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2011年11月19日 (土)

「カーネーション」 第7週 芽吹く花、しおれゆく花

 だめだこりゃ。

 このドラマ。

 傑作すぎる。

 言葉を失うとはこのことです。

 1週間分を一気に土曜日に見ている私は、前にも書きましたけど、ホントに毎週映画を1本見たような、ずっしりと重たいものを感じています。

 おそらくこのドラマ、毎回朝ドラだと26週なのですが、大震災関連で遅れて始まったために25週で終わるものと思われます。
 つまり25作分の映画の脚本を、作者の渡辺あやサンは書いていることになる。
 完全に降伏であります。
 こんなの、死ぬよフツー。 オレだったら絶対死ぬ(笑)。 レビューだけでも死ぬとゆーのに(笑)。
 信じられないクオリティのドラマだ。
 褒め言葉がほかに見つからない。

 今週のサブタイトル、ワレモコウの花言葉、「移りゆく日々」。
 そのタイトルどおりに、ドラマはこれから花咲こうとする若々しい才能の勢いと、しおれてゆく花のように身をかがめていく世代との対比を鮮やかに描いている。
 そしてドラマの語り部は、その両方に限りない愛情のまなざしを注ぎ、見る者の心を根こそぎ揺るがしにかかるのです。
 今週ばかりは、さすがに私も涙が止まりませんでした。
 けれども決してそれは、ドラマ的に泣かされている、という感覚でなく、なんというか、魂の部分で震えて感じている、という感覚でした。




 今週の話の口火を切るのは、父親を亡くした吉田奈津(栗山千明サン)の後ろ姿。 糸子(尾野真千子サン)はその通夜に行くのを嫌がります。 「奈津は糸やんに弱いとこ見られるのを嫌がる」 という勘助(尾上寛之サン)の言葉を気にしてのことです。
 けれども行かないわけにもいかず、通夜の席で申し訳なさそうに頭を下げる糸子。 奈津は糸子を、キッと睨みつけたままです。

 糸子は駒子(宮嶋麻衣サン)から、奈津は気落ちした母親の代わりに頑張ってる、こんな状態だから籍だけ入れといて、早く婿殿の男手が欲しいのとちゃうか、という情報を仕入れます。
 しかし相変わらずツンケンしてズケズケものを言ってる、と奈津の様子を聞く糸子は、腑に落ちない様子です。

 「(元気? 奈津のアホ。 なに強がってんよ。

 なにをひとりで我慢してんよ。

 泣かなあかん。
 こらえたあかん。

 うちが泣かしちゃる。
 ケンカでもなんでも吹っ掛けて、泣かしちゃるよって)」

 また今年も通り過ぎていくだんじりを、ひとりで寂しく見ながら、糸子は物思いにふけります。
 このだんじり。
 糸子が歳を重ねていくたびに、その巨大な山車が通り過ぎるのを、糸子はいろんな気持ちで見ている。
 歳を取るごとに、ただ無邪気に大騒ぎで見ていた昔とは違い、降り積もっていく気持ちと共に、だんじりが通り過ぎるのを見ている。
 ここの見せかたもとてもうまい。

 そしてそのだんじり祭りが終わるころ、泰蔵(須賀貴匡サン)の妻八重子(田丸麻紀サン)が、息子の太郎がいなくなったと駆けずり回ります。 太郎を探す糸子たち。

 その太郎、たまたま離れを通りかかった奈津に保護されるのですが、そこに駆けつけた泰蔵との会話で、泰蔵が自分のことをきちんと認識していたことを、初めて奈津は知らされるのです。

 かつて糸子との会話で、「あんたがどない思いを寄せても、向こうはあんたのことなんかちっとも意識してへんやろ」 と言われその通りだと思っていた奈津には、この事実は衝撃的でした。

 「大変やったな。 おやっさん」

 「……うちのこと、……知っちゃったん?」

 「…吉田屋の、奈っちゃんやろ?」

 うれしそうになるのを必死で押さえて、「…ほな…」 と踵を返す奈津。

 「ほんま、(太郎のこと)おおきにな」

 息子のことでお礼を言う泰蔵に、振り返って、少女のようにペコリと頭を下げる奈津。
 でももう、奈津は婚約を控えている身なのです。
 かなり、切ない。
 奈津は後ろ姿のまま、画面から遠ざかっていきます。
 奈津の表情を映さない、という手法がまたうならせます。

 いっぽうサエ(黒谷友香サン)のドレスが評判を呼び、糸子は踊り子たちのドレスの注文に追われるようになります。

 発注に製作が追い付かず、糸子は苦肉の策として、直接生地を注文者の体に当てて裁断していく、という方法を編み出します。 これがのちに、糸子の行く末に大きな光を当てて行くことになるのですが、それはまたのちのお話。

 糸子は仕事を自分の家(小原呉服店)にまで持ち込んでドレスを製作し続けます。
 「オモチャ」 などと職人にバカにされながら、テーラーロイヤル店主(団時朗サン)のあからさまな商売人根性に辟易しながら。 

 サエもテーラー店主のことがキライらしく、小原呉服店に立ち寄っては 「独立して開業すれば直接糸ちゃんに頼める」、と糸子に独立を勧めるようになる。
 ふたりが会話しているところに、善作(小林薫サン)が帰ってきます。
 このとき、べつだん 「何しに来た」 というようなそぶりもしないで、普通に善作はサエにあいさつをするのですが、糸子はもうそわそわしっぱなしです。
 そんな糸子を尻目に、サエは店にシャンプーが置いてあるのを見つけて、これ幸いと買っていく。

 ここは言わば今週のクライマックスへの導入とも呼べる部分。
 糸子が父親に遠慮せず仕事が出来るようになることと、父親の商売がもう呉服屋やらなんやら分からなくなっていることの導火線なのです。

 糸子は稼いだお金で、扇風機(ドラマでは 「電気扇」 と言うてました)を木之元電キ店から4掛けで買い、これ見よがしに父親の前に置いておくのですが、自分のほうを向いている電気扇に善作は手酌しながら 「…なんや気ぃ悪いのう。 …あっちゃ向いとけ」 とそっぽを向かせる。 扇風機に自分のことをじろじろ見られて恥ずかしかったのでしょう(笑)。 まあ父親にしてみれば、子供が便利なものを親に頼らず自分の金で買ったというのは、けったくそ悪いもんであります(笑)。 それのお世話になって 「あ~涼しい」 っていうのが(笑)。 なに親孝行のつもりでおるんじゃいと言うか。

 糸子はサエから言われてやる気満々になっていた、「小原洋裁店」 の開業を善作に持ちかけます。 とっくりの残りが少ない、割らんようにしといてやと言うハルおばあちゃん(正司照枝サン)の事前の通達が可笑しい。 でも糸子は 「そら分からん」 と聞く耳持ちません(笑)。

 酔っぱらっている善作は、案の定糸子の話を 「ほ~ん」 とおちゃらかして最初は聞いています。
 しかし 「小原洋裁店」 という屋号を聞いた途端、色をなして訊き返してくるのです。

 「小原、洋裁店…。

 お前なに勝手に看板変えてんねん」

 善作は酩酊しながらも、お前がやってることはただの職人ごっこや、商売人として成長することが重要なのだ、と、ほぼ屁理屈に近い理論を振りかざします。
 どないしたらうちを認めてくれるのか、と訊いてくる糸子に、「せやなぁ~~、もう一軒やなあ~~、もう一軒繁盛さしたら認めてやらんこともない」 と、なんかもったいつけたようなエラソーなセリフ(笑)。

 「(クッソォォォ~~~、このヨッパライがあっ!)」

 ここは笑いどころですが、実際その通りになりつつあるのがちょっと笑えない部分もある。
 善作の仕事が現在どうなっているのか、ということをシビアに考えれば、先週のレビューでのコメントに書いたのですが、かなり小原呉服店の経営状態は悪化の一途をたどっている、と思われる。 そのいっぽうで糸子と妹の静子(柳生みゆチャン)の収入に頼りっきり、という面もあるかとは思うのですが、いくら糸子が一生懸命仕事をしても、テーラーロイヤルの店主のがめつさを考えると、歩合制みたいな 「やればやっただけ収入がアップする」 ということは考えにくい。 ロイヤリティがロイヤルの店主に入らない(シャレか)ことを考えれば、サエの勧めていた独立という方法は小原呉服店にとっても願ったり叶ったりの状態だと考えられるのです。

 それを善作は頑として認めようとしない。
 おそらく自分が飲み歩いている金も、ほとんど娘たちの捻出によるものなのでしょうが、そのことを恥じる気持ちはもたにゃならん、と私は思うのです。
 ただ善作は、だらしなく酔っ払いながら、「自分の引き際」 を考えている。

 つまり善作は、自分を貶めることで、娘のジャンプアップの土台を踏み固めているのではなかろうか。
 自分が頼りないところを見せれば、ますます娘はなにくそと頑張るだろう。
 これはていのいい言い方をすれば、「わが子を千尋の谷に突き落とす親ライオン」 みたいな構図ですが、実際のところそんなに立派な性格を伴っていない。
 いろんなことをやってきたのにすべて尻すぼみになってしまっている自分の、堕落と引き換えの置き土産なのです。

 「それでもお父ちゃんがそないゆうかぎり、うちは従うしかありません」。

 ブンむくれる糸子ですが、この時すでに、子は親を超えつつある(「巨人の星」 か?)。
 ところがやはり、糸子の自信が確かなものになっていくには、もう一軒の就職先が必要なわけです。 でなければ天狗になってしまう恐れがある。
 ここで糸子はテーラーロイヤルを辞め、板尾創路サンの生地店に再就職することになります。 相変わらずのスピード再就職です。 「辞める?…どういうこっちゃ!」 と狼狽しまくる帰ってきたウルトラマン。 「こっちが訊きたい」 とボケとも本音ともつかぬ返事を返す糸子(笑)。

 糸子がウルトラマンから怒鳴られているころ、安岡髪結ひ店に、奈津がやってきます。

 この場面。

 玉枝(濱田マリサン)は午後の陽ざしの中で、うつらうつらしている。
 小鳥のさえずる音だけが聞こえる。
 ウルトラマンの怒鳴り声から一転、とても印象的な話の始まりを告げる、しずかな導入部分です。

 「丸髷に結うて」

 と、決意したように言う奈津。 「明日…入籍するんやし」。
 玉枝は驚きつつ、「そら、…おめでとうさん」 と返します。

 「大変やったなあ、お父ちゃん…」
 奈津の髪を梳きながらそう言う玉枝に、「こないだ泰蔵兄ちゃんから、同じこと言われた」 と、うれしそうに、そして寂しそうに話す奈津。

 「あの人、うちの名前知っちゃってんな。 びっくりしたわ」 玉枝には話しやすいのか、ちょっと素直に告白する奈津です。

 「そらぁ知ってるやろ。 吉田屋の奈っちゃん言うたら、ここいらで有名な別嬪さんやんか。
 なぁ。
 こないして髪おろしたら、奈っちゃんまだ女学生みたいやな」

 おっとりしている玉枝の話しぶりに、奈津の鼻の先が、見る間に赤くなっていきます。

 「…おばちゃん」

 「ん?」

 「…うちな…。

 …ちびのころ…。

 あのお兄ちゃんのこと…。

 …

 …好きやってん」

 驚く玉枝。

 「あ…。 そうか…」

 「うん」

 うつ向く奈津。 涙がこぼれてしまいます。

 「…ずっとな。

 好きやってん…」

 ただ黙ったまま、奈津の泣くのを後ろから見守っている玉枝。
 そこに、泰蔵の妻八重子と、子供達の声が遠くから聞こえてくる。
 玉枝はそそくさとその場を立って、玄関のほうに向かいます。

 玉枝は小声で、八重子にこう告げる。

 「ちょっとあんた、散歩しちょいで」

 八重子はわけが分からず、「けど今散歩から帰って来たばかりやさかい」 と普通の声で言うのですが、「ええから! もう一回いっちょいで!」 と小声で玉枝はたしなめるように言い、店の看板まで仕舞って、戸を閉め、奈津のもとに戻ってきます。

 「…泣き! 奈っちゃん」

 このとき玉枝の言葉が奈津のなかの何かを決壊させ、奈津は堰を切ったように、号泣するのです。

 おそらくそれは、長い間片思いに苦しんできた、そして泰蔵が八重子と結婚してからもずっと続いてきた、奈津のなかの思いです。
 そして父親が死んでから気落ちする母親を支えながら気丈に振る舞ってきた、思いです。
 ドラマが始まって以来初めて見る、奈津のあまりにも、あまりにも悲痛な泣き顔。
 泣けました。
 ただただ泣けました。
 書きながらまた泣いてます(恥ずかし…)。

 玉枝はそんな奈津の髪を、再び梳き始める。

 この場面、午後の光と、しずかな音と八重子のしゃべり声との対比も鮮やかな、まさに映像の芸術とも言えるシーンでした。
 すごすぎる。

 奈津の丸髷が、仕上がっていきます。
 八重子は 「もうちょい散歩にいこか」 と気を利かせる。
 そこに来たのは、勘助にちょっかいを出しながら、「ヒヒヒ、ヒヒヒ」 と品なく笑っている糸子。
 丸髷の奈津が、髪結ひ店から出てきます。
 出てきた奈津は、もういつもの奈津。 勘助のほおをつねって毒づきます。
 その後糸子と勘助は、玉枝から事情を聞くのです。

 「よかったなあ奈津…泣けてよかったで」

 「そやな」

 糸子の言葉に、玉枝が優しく返します。 糸子は玉枝の不思議な雰囲気に、奈津も気を許したのだろうと考える。

 さて糸子の再就職した、板尾創路サンの生地店。

 糸子のナレーションによってその店がまた善作の見立てであること、そして給金が前のところよりもいい、という事実が明らかにされるのですが、そのことからいろんなことがやはり推測される。
 なんだかんだと言いながら、やはり善作は糸子を頼っているのです。
 でなければこんなにあっさり就職させないし、しかも前より給金がいいところなんか掘り当てない。

 この板尾サンの店で糸子がいいつかった仕事は、セーラー服の単なる縫製。
 ここでどのように店を繁盛させる方策を考えつくかは、実に難儀である、と言っていいでしょう。 そのことを善作が前もって見越していたかどうかは分かりませんが、おそらく仕事内容を板尾サンから聞いて、自分も 「こりゃどうしたらこの店をもうけさせることが出来るのか」 と考えた、と思うんですよ。
 で、自分にも分かんないことを、糸子に押し付けた(笑)。
 構造的にはそんな感じなのかな~。

 そこの職場の縫い子さんたちは、みな職業意識が低く、お菓子を食べながら仕事をするような、まったりとした雰囲気。 糸子は流されそうになりつつも、「自分はこの店を繁盛させなあかんのや、ボケーっとお菓子なんか食うてる場合やないど」 と自分を叱咤激励する。

 なあなあの職場っていうのは一見楽そうでいいのですが、実は非常に会社にとっては危険な状態であることが多い。 逆に厳し過ぎてもイカン。 などと経営者のはしくれでもある私はここでいろいろ考えてしまったのですが(笑)それはともかく、糸子はセーラー服の仕事はうちでノルマを片付けるから、昼間は店子として売り上げを上げさせてもらいたい、と板尾サンに頼みます。 板尾サンとしては別にノルマさえ達成してりゃ腹も痛まないので、それを受け入れる。

 糸子はゴーインな売り込みをしたりするのですが、なかなかうまくいかない(ヒマそ~なネコとじゃれあったりしていた糸子ですが、このネコ、今週のちょっとしたアクセントになってた気がしますね、事あるごとに 「にゃ~」 と出てきて)。

 そんなとき、店主の留守の間に来たお客(中村美律子サン)の 「洋服を作りたい」 という要望にこたえたことで、一気に消費者層のニーズが拡大していくのです。

 糸子はそれをかなり簡便な方法で実現することに成功します。
 それは糸子がテーラー店でドレスを量産するのに編み出していた、「客の体に実際に生地を当てて直接裁断してしまう」、という方法。
 ナレーションでも解説していたと思うのですが、当時岸和田にも洋服を着たい、という需要の波が押し寄せていたことは確実です。
 ところが先週やっていたように、自分の体に合った服をあつらえてもらうにはお金がかかるし思い通りに仕上がらないことが多い。
 そこで型紙さえあれば自分で作ってしまおう、という機運が高まっていた。
 今じゃ考えられませんけどね。
 やっぱり当時は、なんでも自分で作る、という社会の成熟段階でしたから。
 と、簡単な経済知識でも解説したくなるところなのですが、ドラマでいちばん強調していたのは、「おばちゃんパワー」(笑)。 オバチャン同士の横のネットワークと、オバチャンたちの家族を巻き込んだ縦のネットワーク。 大阪のオバチャンは、やはり凄い。

 同時に解説されていたのは、糸子の持つ人間的魅力です。

 川原(鶴瓶サンの息子)が用もないのに顔を見に来た、ということで(千代役の麻生祐未サンの反応が、また笑えました)糸子に話すには、テーラーロイヤルで糸子のあとに雇った女性洋裁師が、腕はそこそこだけど客の反応が糸子の時と全然違うというのです。
 糸子が応対していたときのほうが喜んでたしうれしそうだった、と。
 実際オバチャンたちに接する糸子を見ていると、「この人になら任せられる」 というものを、糸子は持っている。
 一見手抜きのように見える 「直接裁断法」 なのに、それを手抜きに見せないだけの腕を糸子は持っているし、何よりお客の顔と合った生地を吟味する気迫というものがある。 おべっかで仕事をしてないから、信頼が自然とついていく。
 糸子の才能は一気に開花し、板尾サンの店は、見る間に行列のできる店となっていくのです。

 ところがその代償として、糸子はかなり睡眠不足気味になっていきます。

 「そやけど、ここが踏ん張りどころなんや。

 小原洋裁店を開くまで、負けるわけにはいけへん」

 糸子の頑張りは、こちらを元気づける何かを持っている。
 だから縫い子のオバチャンたちも、糸子を自然と応援するようになっていく。
 私もやはり、ここが踏ん張りどころだと思いながら仕事をしています。
 どうもそんなところにも、糸子に共感してしまう。

 糸子の仕事は、デザイン画を描くことで一気に視覚的な分かりやすさも加わり、店は満員札止め状態になってくる。
 ここでデザイン画を糸子に教えた根岸先生(財前直見サン)の存在が、陰ながらまたきらりと光る。 出てこないのに。 粋な演出だ。

 「(あかん。

 今や)」

 糸子はとうとう、決心をするのです。

 クリスマスケーキを買って帰ってきた糸子。
 妹たちは大喜び、ハルおばあちゃんもちゃっかりローソクの火を吹き消して大はしゃぎです。
 それを見ている糸子は、重大な決意を胸に秘めていることもあって、あまりパッとした顔をしません。

 そして。

 そこに酔っぱらって帰ってきた、善作。 「お~い、今帰ったぞ~っ」。
 「また酔っぱらってる」。 苦虫を噛み潰したようなおばあちゃんの声。
 それまでにぎやかだった一家の雰囲気は、一気に消沈します。

 この場面。

 善作が酔っぱらっているのがうざったい、という雰囲気以上に、家族全員が善作の行状に半ば嫌気がさしている空気が演出されている。

 「お~い、おまえら、お父ちゃんが帰って来たんや、ちゃんと迎えにこんかい」「あ?なんじゃそりゃ?」「(クリスマスケーキやら)要らんそんなもん」。

 ここから察することが出来るのは、すでに経済的主柱たり得ていない父親に対する軽蔑のまなざしであり、それを自覚しつつも威厳だけは保とうとする父親の断末魔とも言えるあがきです。

 「お父ちゃん」

 糸子が口火を切ります。

 「なんや」

 「うち、年明けたら洋裁屋始める」

 「あ?」
 ご機嫌だった善作の顔色が変わります。

 「今の仕事は今年いっぱいで辞めて、ここで、…小原洋裁店始める」

 「誰がそんなこと許した。
 おまえ!
 誰の許しを得てそんな勝手なことゆうてんや」

 善作は精一杯ドスを効かせるのですが、糸子は動じません。

 「誰の許しももうてへん。
 けどうちは、…もう許しなんか要らん!

 うちが決めたら、…そんでええ!」

 糸子を睨みつけて聞いていた善作。 ちゃぶ台を激しく叩きます。 クリスマスケーキと取り皿が大きな音を立てる。

 「なめとんのかおんどれはぁ!」

 止めに入る千代とハルおばあちゃん。 「やめり!やめり!」 ちゃぶ台の上には、平和なクリスマスケーキ。 仁王立ちする善作。

 「わがが決めたらそんでええ!?

 はぁぁ~~!

 偉うなったもんやのう!」

 糸子も負けじと立ち上がり、父親ににじり寄ります。

 「そうや。 偉なったわ!

 おとうちゃん毎晩毎晩酒ばっかり食ろうて、酔っ払ってるあいだにうちは偉なったんや!
 悪かったな!」

 善作は砕けたように座り込んでいきます。

 「毎日朝から晩まで働いて、洋服屋と生地屋繁盛させた。
 賃金ぜんぶ家入れて、電気扇かて買うた。
 今日かてクリスマスやさかい、妹らにケーキ買うて帰っちゃったんや!

 悪いけどな。
 お父ちゃんより、今はうちのが、よっぽどこの家支えとるんや!」

 座り込んでいた善作、糸子のあまりに言いように、怒りの形相で再び立ち上がります。

 「なんやとおおっ!」

 「殴りたいんなら殴ったらええ!
 けど商売は!
 商売だけはうちがしたいようにさしてもらう!!」

 「このガキがあっ!」

 糸子を殴る善作。
 家族の悲鳴。

 善作はちゃぶ台の上に置かれた家族のだんらんの象徴、クリスマスケーキを持ち上げ、裏返しにして思い切り元の場所に叩きつけます。

 「こんなもんがなんぼのもんじゃい!!」

 クリームがあたりに飛散し、ケーキは半分に崩れる。
 悲痛な妹たちの悲鳴。

 「半人前がなめんなよ!」

 泣き出してしまう妹たち。
 その場を憤然と出ていく善作。
 糸子は。

 善作に思い切り殴られ、以前なら吹っ飛んでいたでしょう。 頬にはこぶしの痕。
 でも糸子はその場に立ったまま、じっと痛みをこらえている。
 この力関係が、父親の力の衰えが、また悲しみを助長させる。

 そしてぺちゃんこになってしまった、クリスマスケーキ。

 ケーキというもの自体が、パティシエ達の 「万人に幸せになってもらいたい、笑顔になってもらいたい」 という気持ちの結晶だ、と私は考えているのですが、その思いがむなしく粉々にされたことへの悲しみが、「モッタイナイ」 という気持ち以上に、激しく私の心を傷つけるのです。

 ところがあまりの出来事に狼狽しながら、ここでハルおばあちゃんが取った行動。

 ハルおばあちゃんはその潰れたケーキをひっくり返し、汚いとかそんな気持ちはわきに置いといて、それを取り分けて妹たちに食べさせようとするのです。

 泣けた。

 ひたすら、泣けた。

 マジで泣けた。

 あーもうダメだ。

 「ハハハ! 食べれる! 食べれるて!

 はははは!

 だいじょぶや、だいじょぶ!
 ちょっとへちゃがっただけや!

 味変わってへん」

 泣き続ける妹たち。

 「ほれ! ほら! 味変わってへんて!

 な!

 箸、皿に入れて。

 大丈夫。 食べれる。 な。

 …」

 「へちゃがった」 ケーキを皿に取り、おかあちゃんが糸子に差し出します。

 「ほれ!

 あんたがいちばんにお食べ! な!」

 ダメだ。

 なんとかしてくれ。

 震える手で箸を持ち、ケーキを口に運ぶ糸子。
 それを見て、おばあちゃんが糸子に向かって、こう言うのです。

 「なあ…。

 よう…よう買うて来てくれたなあ!

 ハハ…。

 おおきにな、…糸子!」

 おばあちゃんも、とうとう泣いてしまいます。
 千代も泣きながら、糸子に 「おおきにな…」 と言うのです。

 それまで我慢していた糸子も、とうとう声をあげて、泣いてしまう。

 「糸子…おおきにな…」

 「…もう嫌や…」

 二階に上がってしまう糸子。
 しばらくして、糸子は着物を持って降りてきます。

 「かんにん…。

 しばらく、お父ちゃんと、顔合わせたない…。
 神戸のおじいちゃんとこいさしてもらう…」

 家を出ていく糸子。
 泣きぬれる千代。

 しかし。

 頼った先の神戸で糸子が見たものは。

 すっかり世代交代して羽振りのいい、従兄弟の勇の父親と母親、そして対照的に、気が抜けてしまったようなおじいちゃん(宝田明サン)とおばあちゃん(十朱幸代サン)の姿。

 「ココア飲もう」 

 好きだったココアを糸子が持ってきても、気のない返事の貞子。 いたたまれなくなって 「仕事ほっぽり出してきてるのが気になるからもう帰るわ」 と糸子がしゃべっても、貞子は以前のように無理に引きとめません。 おじいちゃんは籐椅子に持たれたまんま、眠ったまんまです。

 「(この人らは、うちを守ってくれる人らやのうて、
 …うちが守っちゃらならなあかん人らになったんや…。

 …ここはもう、うちが甘えられる場所やない…)」

 この容赦ない展開。

 悲しくて、寂しくて、寂寞、というのはこういうことを言うのだろうと思うのです。

 そしてもうひとり、世代交代をしようとしている人物がまたひとり。

 たったひとりだけ残っていた謡の教室の生徒サン(ただしその後ろ姿は、善作よりだいぶ年上と思われます)に、教室をやめることを言い渡した善作。
 「謡やめて、なんかやるんか?」 と訊くその年配の生徒サンに、善作はこう答えます。

 「いやもう…きれえさっぱり…千秋楽や…」

 善作は商店街の人々を集めて、吉田屋でおそらくその決意を皆に語って聞かせている。
 電気屋や履物屋の主人が持っていた白い大きな包みは、おそらく 「小原洋裁店」 の看板であるはずです。 善作はおそらく、小原呉服店をたたむ、という決意を語っているに違いないのです。

 しかし。

 その様子が気になる吉田奈津の視点で、話は急に動き出す。

 吉田屋の婿に来た男は、見てくれはいいけれどもどうも気構えがなっとらんような雰囲気の男。 その夫に苛立ちながら、奈津は善作の催した会合にやってきた泰蔵と顔を合わせて、またどことなくときめいたりしている。
 結局なんだかんだと応対に追われているうちに、奈津は結局なにが披露されたのかが分からぬまま、商店街の集まりはどんちゃん騒ぎになり、白い包みも何なのか、分からない。
 そしてそのまま、物語は進行していくのです。

 この構成はうなります。

 見る側にはおおよそ分かり切っていることなのに、やけに急にはぐらかされるような展開。
 翌日、いつものように学校や仕事に出かけていく小原家の娘たち。 糸子も結局、すぐに神戸から帰って、いつも通り仕事をしています。 2か月の間、どうも話は先送り状態のようです。
 昨晩の酒が残っているような善作、やはり時期的に2月くらいだと思うのですが、結構粗末な布団で風邪をひくのではないか、というような状態で寝転がり、糸子が出かける様子をうかがっています。
 その様子は静かにカメラが移動していく状態で、四方八方から、善作の様子を映し出す。 色彩はまるで、すべての情熱が過ぎ去った時のように、淡い色彩です。
 そこにやってきたハルおばあちゃん。

 「朝や」

 おばあちゃんは、息子を毅然と起こしにかかります。

 「今日やろ?」

 「ああ…」

 「そやけどなぁアンタ」

 「言うな」

 言うなて、自分の母親に(笑)。

 「わしが決めたことや…好きなようにさしてくれ」

 店先に張ってあった商品宣伝の紙を剥がしていく善作。
 ずいぶん風雪に耐えたであろうその紙は、バリバリと固そうな音を立ててはがれていきます。

 そして小原呉服店の看板を、ただずっと見上げて立ちつくす、善作。

 千代がその様子を見ながら、涙を浮かべています。

 吉田屋の集まりで披露していたように、22年が小原呉服店の営業期間だった、ということを考えると、そんなに長期間ではないように思える。
 二十歳そこそこであろうと思われる糸子も、おそらく開業のすぐあとに生まれている。
 呉服屋自体たぶん善作が一代で起こしたのでしょうから、そんなに歴史のない呉服屋、ということになると思うのですが、ここでの日々は、やはり善作にとって、千代にとって、家族そのものの歴史であるのです。

 その晩仕事から帰ってきた糸子。
 様子がおかしい木之元を不審がりながら、小原呉服店が廃墟のようになっていることに驚きます。
 あまりにもしんとして、不気味な店のなか。
 なにも残っていません。
 そこに揚げものを揚げる音がしてくる。

 「おばあちゃん!」

 「なんや、かえっちゃったんか。 ああびっくりした」

 矢継ぎ早にどういうことなのかを尋ねる糸子。

 「なにがあったん?」

 「あんなあ…今日から、うちとアンタの、ふたりっきりや!」

 つづく。

 えっ?

 どういうことなのか?

 だいたい分かるけど?(笑)

 たぶんおばあちゃんは糸子の世話役としてここに残ったのでしょう。
 煮物ばかり作っていた印象しかないおばあちゃんが、揚げ物をしているということは、たぶん根岸先生との思い出の品、なのでしょう。
 つまりそれは、糸子の新しいスタートを祝う、「勝(カツ)」 レツであるはずだ、とは考えられないでしょうか?
 いや、すべては憶測にすぎませんが…。

 しかし今週、奈津の号泣の場面とか、最後の静けさのなかの揚げ物の音とか、音が重要な役割を演じることが多かったような気がしてなりません。
 そしてそこに絡まる午後の陽ざし、朝の冷え冷えとした色彩を失った世界。
 それが作品自体に上品さをまとわせることに成功し、芸術的な至高にまで達している。
 だから映画的だ、と思うのです。

 そしてそこで展開される、糸子の若々しいエネルギーの爆発と、善作や神戸の、しおれていく花のような寂寞とした描写が、鮮やかなコントラストを物語に添えている。

 ここまで芸術品のようなドラマって、少なくとも私の記憶にはございません。

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コメント

こんばんわ。
私も今週はいい歳こいて大泣きしてしまいました(恥)
特に奈津の号泣のエピは映像も素晴らしく美しいし珠玉の5分間ですね。
リウさんが仰るように、このドラマ、人間の
感情の根源の部分に激しく訴えかけてきます。
そして脚本が素晴らしいのはもちろんですが、
演出、撮影、照明、編集、音響、音楽、そして役者の
皆さんがその脚本に存分に応えているからこその
このクオリティ。
今年はNHK朝ドラ50周年だそうですが
こんな奇跡的な出来のドラマの放映にリアルタイムで
立ち会えていることがまた奇跡に思えてくる
第7週でした。

投稿: fuku | 2011年11月20日 (日) 00時57分

リウさん。お疲れ様でした…
レビューを読みながら再度涙しました。

流石に場面の切り取り方が素晴らしく、こんな濃密なドラマ、どう纏めてくださるか…心待ちにしておりました。

体力いりますよね
ほんと
こちらも本気で見ないといけない、と思います。

魂の底から揺り動かされる。感情のふりはばがあまりに大きくて。

そして、画 の美しさと 音の効果 五感をフルに刺激される。

奈津の背中で終わった先週。その直前の盛り上がりから突然の静寂が今週も演出されていて、つづく の文字に唖然と致しました。

もうわかりきっているんですがね(笑)白布の中身は。でも疾走しているストーリーの中で、丁寧に丁寧に善作の千秋楽を描くセンスにはもう…演出。どんな監督さんがされているんでしょうか。巧い!巧すぎます!

そして、私も風邪で鼻づまりで辛い状態で迎えた木曜日。
あのケーキの場面。
予感はあったんですがね。水曜日が大阪のオバチャンのタテタテヨコヨコ(パッチ屋で最初にした窓拭きにかけてるこの憎さ!)に大笑いし快哉を叫び、猫チャンのニャーで終わってたでしょう?これも犬じゃだめだったですよね(笑)
だから、きっとこれは嵐になる、と。

ケーキは今だって特別なものです。カットケーキじゃなくホールケーキは『家族』のハレの日には食卓に鎮座まします。そのケーキが無惨にも引っくり返される。

何度見ても、涙が溢れます。平和の象徴とも言うべきケーキが…

ダメだ
あかん
また涙が

ハルおばあちゃん…必死に笑って…
千代お母ちゃん…
一番に食べりって泣きながら糸子に手渡して…

尾野さんは、本番の直前に本気で叩いてくださいと小林さんに直訴したそうです

みるみる赤くなる指の後
箸を持つ手がぶるぶる震える。
これは演技を越えてます。
こんなんみせられたら、もうあかんでしょ。中毒になるっちゅーもんです。

それから間髪置かず、神戸の侘しい老夫婦の姿。
暗い部屋から見える豪勢な庭。でもその主は意気軒昂に糸子にミシンを用意してくれたかつてのお祖父さんでなく、油の乗った叔父さんになり、なんでも 聞きやぁと頼もしかったチャーミングなお祖母ちゃんでなく、いつぞやの食卓で末席に座っていた叔母になっていた。
この世代交代の見せ方が、善作へと気持ちをぐぐっと引き寄せる。

『つづく』と明日への引き継ぎが凄いです。

多くを語らない。ポーンと視聴者へ物語を投げて『さぁ、後はあなたの物語を綴って』とばかりにくるから受けとる側は自分の来し方を振り返り、あれこれ考えてしまう。
考えるポイントは各々にあり、それは無限に広がるようです。

私は、養女です。
父とは血が繋がってません。
口が達者で強情でとにかく可愛くない養女だったと思います。
ビンタを張られるのに飽きたらず何度も真っ暗な土蔵に何時間も閉じ込められました。ネズミのチュウチュウなく声を聞きながら…泣いて泣いて…

お酒もよく呑む人で口下手なくせにお酒が入ると大口たたいて力を誇示する。職場の愚痴をよく聞かされました。
大嫌いでした。でも現在は弟夫婦との二世帯住宅で、米作りも弟にまかせ、母のために米研ぎしてます。
そして…歳をとったなぁ…としみじみ思うのです。

投稿: みち | 2011年11月20日 (日) 03時22分

リウ様、おはようございます。
感想UP、お待ちしておりました。

今週のカーネーション。
・おばちゃんパワー、侮り難し。
・ネコー!!
・世代交代
・最後は男達で〆
の四点セットでしょうかね。

暴君的インパクトが強い善作ですが、土曜日の宴に商店街の方々が参集する場面から伝わる限り、商売人として町の世話役として、其処其処の人望を培って来たと、想像が付きますね。
下駄屋と電気屋の大将が、喜々として彼の営みに協力し、止めは下駄屋内儀が亭主に駄賃をくれたの台詞。
この場面だけで、善作もう一つの貌を、大いに伺い知る事が出来ました。

宴席では看板をバックに「ワシに代って、娘の糸子を、皆さんで守り立ててやって下さい。導いてやって下さい。この通りですわ」
と、畳に突っ伏して嗚咽する善作のシーンが
描かれていた事かと。

家庭人としてはマイナス評価でも、公人としては勤まっていた。妻子からマルチに高得点を要求される、平成の亭主達から見た善作はどう映る?

酔っぱらって上機嫌で帰るシーンも、三人吊るんで飲みながら、染み染みと「わいはアホやな」と、案外自嘲的に呟いてたりして。
(家庭内暴力、当たり前の光景として向こう三軒両隣に丸聞こえ。内儀達の怒鳴り声も響けば、お互い様か……)

頑固一徹な亡父の姿を、善作に反芻しつつ、週末の場面を堪能致しました。

嗚咽する奈津を黙って見守る玉枝さん。懐の深さと、不思議な仁徳を兼ね備えた愛すべき「浪速のおばちゃん」ですね。
そして若き糸子にも、その片鱗が見え隠れしています。

糸子と奈津、両ヒロイン波乱の人生を合わせ鏡の如く描く様は、朝ドラ版「ふたりはプリキュア」路線を構築しようと、スタッフは考えているか?

次週から、洋裁店の看板を上げた糸子の波乱含みの人生がスタートです!!

投稿: M NOM | 2011年11月20日 (日) 03時26分

fuku様
コメント下さり、ありがとうございます。

ほとんど半日がかりでレビューを書きあげたのですが、やはり最後はメロメロ(笑)。 でもそれだけ書かねばならないとこちらに思わせる気迫が、画面全体から漂っています、このドラマ。
まさに五感を刺激する総合芸術、といった趣の、とんでもない化け物に変身してきた。

NHKの仕事、というのは、本来大道具小道具、音響、音楽、かなりの部分で手抜きがない。
問題なのは、ただ脚本のみに帰趨してしまうのです。
ところが今回、その脚本が素晴らしくいいために、もともと手抜きがないNHKスタッフの仕事が、さらに気迫のこもったものになっている。

おそらくここまでの質のものは、今後またしばらくは出てこないであろう、と感じます。 だから今は大事にこのドラマを見なければ…。

投稿: リウ | 2011年11月20日 (日) 08時48分

みち様
コメント下さり、ありがとうございます。

ゲゲッ、小林薫サン、本当に尾野真千子さんを殴ったんですか! じゃああの頬の赤い痕は、メイクじゃなくってモノホンだったのですね!
いや、でもいくらなんでもこぶしでは殴ってないでしょう、平手打ちでしょう。
私もあの場面、「これは平手打ちかな」 とその頬の痕を見ながら考えたのですが、状況的に平手では激しさが伝わらないと感じたので、「こぶしの痕」 とかレビューでも書いてしまいました。 まあどっちゃでもいいか(笑)。

みち様の告白にはいつも恐縮してしまいますので私も告白してしまいますが、うちのオヤジも以前お伝えしたように星一徹タイプなので、このような修羅場にはとても既視感があって。

特に一家だんらんを目指して母親が作り上げた食事の場で、食卓上で怒鳴り声が響くと、もうなんか、それだけで子供の心は、容赦なく傷ついていくのです。 大げさに言えば、戦争と平和が食卓の上で交差する、まるで蟻地獄のような、望んでいないのにその方向にどうしても行ってしまうことへのどうしようもない気持ち。 そしてすべてをぶち壊そうとしてしまう猛り狂った気持ちが、いやでも引き出していくやるせなさ、情けなさ、対象が何か分からない、かわいそうという気持ち、苛立ち、悲しみ、悲しみ、悲しみ…。

フツーに話をすれば分かるのに、どうして人間は無理に自分をこけおどして強いものに見せようとして相手を恫喝して話をさせたがるのだろう。

それは家族だから本音で話せる、という、いいところではあるけれども実は甘えによるものだ、と私は思うのです。

一緒にいるからこそ余計にうざったく感じる。
人間は、よほど相手が好きでもない限り、自分以外の相手が自分の行動半径内に立ち寄ることを嫌がります。
それは家族でも同じ。
だから家族には、必要以上にうざったさを感じることが多いのだ、と私は考えています。

しかも相手は家族だから、自分と似たものを感じてしまう、自分の嫌な部分をそこに見てしまったりする。
近親憎悪、とはよく言ったものです。

三つ子の魂百まで、とはよく言ったもので、基本的な性格は今でも大して変わっておりません、私の父親は(笑)。 でも腑抜けてしまうより元気だからい~か、なんて考えてます(爆)。

投稿: リウ | 2011年11月20日 (日) 09時14分

M NOM様
コメント下さり、ありがとうございます。

次週予告ではあまりの展開の速さにまたまたあぜん(笑)。 どんだけ飛ばすのか、このドラマ。 これじゃコシノ三姉妹が生まれるのもあっちゅー間、ですね(笑)。 渡辺えりサンとか出てきたらどうしよう…(爆)。

しかし飛ばしまくっているのに、話がちっともぶれない。 話自体が、だんじりのようなんですよ。

そしてそのだんじりを毎年見る糸子、という構図が、特別の感覚を呼んでくる。
私の住んでいる地域でも、毎年花火大会がごくごく近所で行なわれるのですが、それを見ている自分も、毎年毎年変わっていく。 いろんな状況のなかで花火が上がるのを見ている。
このような、「祭り」 的な風物詩で人生が彩られていくことの重要性も、このドラマを見ていると感じるのです。

善作の商店街における存在の位置は、第1回目のだんじり祭りのときに如実に描写されておりましたね。 ひとかどの役割を祭りでは演じていたのに、実生活の描写に入ると、「なんだこの人、祭りでは颯爽としてたのに、ずいぶん問題あり、の人なんだな」 という齟齬を見る側に感じさせていく。

このほど亡くなった吉田屋の主人などは、そんな善作のことを陰で悪く言っていた。
それは一面では事実だったんでしょうけど、それが単なる蔭口で終わってしまう人格というものを、善作は身につけていたと感じるのです。

「わいはアホやな」 と自嘲していたのでは?というM NOMサンの想像に、「浪速恋しぐれ」 を思い出してしまいましたが(笑)、娘のために家財一式売り払う、とまで啖呵を切っていた父親の、面目躍如、といった趣の、今週後半の描写でしたね。
二十歳そこそこの娘に屋号を変えてまで店を譲る、というのは、実はかなり娘を買っている所業に思えるのです。 強がりばかりではここまで出来ません。 いくらほかの店を2件も繁盛させたからと言って、まだ成人して間もないんですよ?
善作の懐の広さを感じさせると同時に、自分自身に抱いていた情けなさ、というものも強く感じた、今週終盤の成り行きでした。

投稿: リウ | 2011年11月20日 (日) 09時36分

「カーネーション」の素晴らしい感想を、毎週毎週ありがとうございます。
今週は、金曜日の(!!)回の録画に失敗してしまい、(私は朝の放送は一度見ているんですが)見ることが出来なかった家族のために、リウ様のブログを読んでもらいました。主人は素晴らしい文章だ!と褒めております。勧めた私もうれしいです(^^)

今週の、陰影に富んだ物語のすばらしさが、ただただ思い出すだけでも身に染みて哀しく、何度も読みたい小説、のような感じです。
金曜日の平手打ちのシーン、最初から、指の跡2本・・・それがみるみるうちに赤く腫れてくるのを「メークにしてはずいぶんていねいにやるな、おかしいな」まさか・・・と感想に迷っていたのですが、公式HPの方で、本気の平手だったと言う記事を読み、納得してしまいました。それ以前にも、平手うちのあるシーンなどではその跡、目の下の黒ずみが濃くなっているという時間経過のわかる様子なども映し出していたので、今回もメイクかと思ったんですが・・・すごいです。
小林薫さん、いたたまれなくなって出て行くシーンは、本当に心苦しかったんじゃないかと思います。
おばあちゃんの「味は変わってへん」
おかあちゃんの「あんたが一番に食べり」
糸子の大粒の涙・・・
あのシーンは名場面です。

それぞれの登場人物への、脚本家の共感というか目配りは凄いと思っています。ちょこっとしか出てこない登場人物にも、くすっと笑えたりええっっと思ったり、こんなに展開の早いドラマなのにそうした点がきちっとかかれていて。

こんなドラマに出会えたこと、本当に幸せだと思っています。
また、リウ様他、ドラマの感想ブログを上げてくださるみなさまのドラマへの情熱があってこそ、このドラマも目にとまるようになったかなと思っています。
いつもありがとうございます。また読ませてくださいね。

投稿: samantha | 2011年11月20日 (日) 13時26分

samantha様
コメント下さり、ありがとうございます。

旦那様にくれぐれもよろしくとお伝えくださいませ。 おほめいただいて、恐縮です。

平手打ちのシーンがマジだった、ということは、昔ならテレビ番組雑誌に書いてある程度の話だったのでしょうけど、今じゃそういう情報もHPで簡単に見ることのできる時代になっているんですよね。

話を立体的に見ることが出来る、という点で、インターネットの力はすごいな、ということをあらためて感じます。

さらにこういう場で、皆さまと感想を分かち合うこともできるし。

どうやら来週、川本と結婚する話の展開になるようですが、この川本が鶴瓶サンの息子だった、というのも、ネット検索で知ったし。

それでも本編がすごいからこそ、なんでも調べたくなる気になるのであり。
本編自体はそんな知識なんかなくとも、完全に成立する揺るぎなさを持っている。 以前このブログでも、「語り口がエラソーだ」 とか褒め言葉として書かせていただいたんですが。

勘助の友達でもなるカフェの男の子とか、ほんのチラッとしか出ないのに、見る側が覚えている、というのは、やはり描き方がしっかりしているからなんでしょうね。

毎回レビューがしんどくなってきて、このところこのブログもほかのドラマの記事を書こうという気になってまいりませんが、まあ集中してこのドラマのレビューだけは書きたいと考えるようになってまいりました。

投稿: リウ | 2011年11月20日 (日) 16時39分

>だめだ
>このドラマ
って、リウさまも人が悪い!!!
見事にひっかけですね?

いや====、今週もすごかったです。
家にいるときには、一日に何度も見返してしまいます。

善作びいきの私としては、もう=====、なんっていったらいいか・・・、
いままでのリウさまのレポや皆様の書き込みで全部言い終わってもいいようなものなんですけど、

糸子が、生地屋でお客に合う反物・・・じゃなかった、生地を見立てて、裁断する。
ここが将来への布石になっていますね。
いままでの駒子の洋服つくり、ダンスホールの女給さん、なぜ女性たちに人気が出たかというところ、
>自分に似合う生地とデザインを見立ててくれる
って、これね、女性にとっては最高にうれしいことじゃないですか。

でもって、またもやいつもの通り、お父ちゃん登場なんですが・笑、
呉服屋も同じなんですよ。
私の担当は天才的に、その人の好みと似あうものがわかるんです。
だから断りきれずに蟻地獄なんですが・苦笑、

特に、洋服の黎明期、お客にとって糸子のような洋服屋さんは得難い存在だったと思います。

お父ちゃん、娘に養ってもらうのは、やっぱり沽券が許さなかったんでしょうか。
そして結婚生活でもたぶん、対照的ない糸子となっちゃん・・・。
(なっちゃんの今週の着物と来週の着物、すごい素敵です♪)
なっちゃんも、幸せになってと、心の中で願ってしまいます(なんなんだ、あの婿は!絶対これから波乱ですよ!!)。

>朝ドラ版プリキュア路線
いいですね、これ。
受けました☆


BSでは明日の朝7時半ですね、次回が待ちきれません!!

追伸)
コシノさんは何年も前から着物も手掛けていますね。善作さんもきっと天国で喜んでいるでしょう。

投稿: マーシー | 2011年11月20日 (日) 21時19分

マーシー様
コメント下さり、ありがとうございます。

冒頭の文句は、1週間分を見終わったときに口を突いて出た言葉でした。 「なんじゃコリャ…どうやってこの感動的な話をレビューすりゃいいんだ…」 という意味ですcoldsweats01。 結局気の利いた感想などちょっとも出てこず、当たり障りのないレビューとなってしまいましたが。

糸子の洋服の見立てに関して、「どうしてあそこまで客の要望にこたえられるものを作れるんだろう?」 という疑問が、フツーのドラマなら湧いて出るはずだ、と私は思うのですが、このドラマは 「糸子の一生懸命さ」 によってすべてが説明され尽くしている。
そんなところに感心するんですよ。

「直接裁断法」 が功を奏した中村美律子サンとのシーンは、見ているこっちのほうがワクワクしてきます。
やはり自分の才能と世間のニーズが合致する、というのを見るのは気持ちがいいんですよね。
サクセスストーリーは人を元気にする、そんな気がします。

そんな糸子の一生懸命と、糸子の才能が相乗効果を醸し出していく。 糸子は仕事をしていて、楽しくてしょうがない、と思いますよ。

ところが善作のほうは、なにをやってもどうにもうまくいかない。
おそらく灸治療もパッとしなかったことでしょうし、自分の考えた冬物アッパッパも糸子の話によるとそんなに売れなかったらしいし。
ただ善作も、アッパッパにこだわっている時点で、洋服の台頭、という時代の趨勢に発想が取り残されている気がするのです。

そして自分は、酒に呑まれていく。

この対比。

糸子が 「うちのほうがよっぽどお父ちゃんより家族を支えてるんや!」 と叫んだのは、お父ちゃんしっかりしてくれ、という叫びだったのかもしれません。

奈津に続いて、糸子も結婚。 早いっスね。 やはりこのドラマ、コシノ三姉妹をどうやって育てていったのか、に重点が置かれるドラマとなっていく気がいたします。

投稿: リウ | 2011年11月21日 (月) 07時52分

予告では、お父ちゃんが赤ちゃん抱っこしていましたもんね、少なくとも土曜までには、そこに達するということで・・・^^;。

予告で「ここまで見せていいんかい?」ってくらい大盤ふるまいするのに、本編でこの面白さって、なんなんでしょう。
予想通りのところと、予想させておいてするっと裏切る部分、両方とも気持ちいい。

ケーキ買って帰るところから、お父ちゃんがちゃぶ台返しするあたりまで、予想通り、おばあちゃんの反応も予想通り。

これ、うちの母や祖母だったら、「こうして食べてしまえば同じや」って、やっぱりお箸で潰れたケーキ集めたと思います。
すっごいリアリスト・笑

日本の女性のリアリズムの上に、男たちの甘えは成り立っていたんでしょうね。

おばあちゃん、つらいと思います、善作はなんといっても自分の息子なんですもの。
それがふがいない。ふがいないのに、いばる。

たぶん、おじいちゃんも同じようなタイプ?
なんて、またまた妄想・苦笑

魅力がつきないドラマです。

投稿: マーシー | 2011年11月21日 (月) 14時56分

リウ様

先日、コメント書いて、さあ投稿という時にサイトがフリーズしちゃって、ガックリcrying

ちょっと間が空いちゃいましたが、盛況なので覗いているだけの日々でした〜coldsweats01

先週のケーキの場面、共感しまくりでした。
私も子供の頃、クリスマスに両親の夫婦喧嘩が始まり、ケーキを父が投げつけてしまい、姉妹4人泣きながら潰れたケーキを食べた哀しい思い出があります。weep

今、放送中の昭和前半は私の母が生まれた頃ですが、私が育った時代も似通っていた部分はあったように思います。
父親はよく飲んで遅く帰宅してたことを考えると、今より飲み屋さんのお代が安かったのかな?なんて思います。

このドラマは脚本の良さもさることながら、演出や照明、衣装等々、スタッフの方のきめこまかやな部分が製作に表れていると思います。
オーバーになりすぎず、かといって主張するべきところは小さな部分にもこだわりを見せ、リアリティも追究して・・。

スタッフの方達の努力やアイデアがすご〜く、いい感じにマッチしていて素晴らしい作品になっていますね。

投稿: rabi | 2011年11月21日 (月) 19時00分

マーシー様
再コメント下さり、ありがとうございます。 どうやら私が新しい記事を書いているあいだに投稿してくださっていたみたいですね。 返信が遅れ大変申し訳ございません。

このドラマ、毎日視聴していらっしゃる皆様と話が合わせづらいのですがcoldsweats01、我慢できずのぞいてしまった番組HPによると、どうも川本と結婚するらしいですね。 鶴瓶サンの息子、大抜擢だなあ。 お顔立ちは鶴瓶サン、というより伊集院光サン、という感じがしてますけど(笑)。 用もないのに顔を見に来た、とか、なんとなく気になる(というかヘンな…笑)登場の仕方をしてましたけど、先週。

で、我慢できずHPのあらすじを読んでしまった私ですが、たぶんマーシー様のおっしゃる通り、話が分かっていても引き込まれると感じています。 その点心配ない、…考えてみればすごいことです。

女はリアリスト(現実主義者)、男はロマンチスト(夢想家)、実際その通りですよね。 「食べれる食べれる」 というのも、実はきちんとちゃぶ台を磨いているからこそできる発想だと思います(ゴミ屋敷だとこうはいかない…笑)。 リアリストだなあ…。

おばあちゃんも、かなり現実主義的に、「うちの産んだ息子は当てんならん、糸子のほうがよっぽど見込みがある」 と、かなり明るく割り切っているのかもしれません。

投稿: リウ | 2011年11月22日 (火) 07時25分

rabi様
フリーズに負けずにコメント下さり、ありがとうございます。

ここんところこのサイト、私も使用していてたまにフリーズするようになって。 ちょっと前にどこかに書いた覚えがあるのですが、文字変換もままならなくなってきて。 いちいち設定し直してタイプしております。 ココログを離脱したほうがいいかもしれません。 ほかのブログ運営会社のサイトに投稿するときなんか、ちっとも問題がないのですから。

rabi様も悲しい思い出がおありなんですね。 どうしてこう、家族だんらんの時にケンカって勃発するんでしょうね。 ほんわかお祝いムードのなかで、ついつい本音をしゃべりたくなっちゃうんでしょうね。 本音をしゃべれば角が立つ。 犠牲になるのはいつも子供たちと、いたいけなケーキ(って何だ?…笑)(ケーキに限らず犠牲になる料理は数知れず…)。

今より経済的に余裕のなかった時代でも、飲み屋で一杯、というのは常識だった、ということは、確かどこかに書きましたが、ちょっと興味深いです。 今だって安い飲み屋じゃ1000円くらいでちょっとひっかけるくらいのことはできるのですが、これを自前でやろうとすると500円もあれば事足りるんですよ。 缶ビール350㍉2本で200円、惣菜コロッケ1個50円、コンビニの焼き鳥1本100円、(いじましい…笑)(気分が滅入るからやめよう…爆)。

ともあれcoldsweats01このドラマ、なんか、「格が違う」、という感じがしてます。

投稿: リウ | 2011年11月22日 (火) 07時41分

お邪魔します。
私、前作の「おひさま」、前半はかなり嵌っていたんですよ。それが戦後編になったとたんの失速(失速の要因は、脚本家が「戦後」というものを捉えられなかったことに尽きると思っていますが)、家族の内輪話と散発的なエピだけでストーリーがほとんど無いに等しい展開に脱落。そのトラウマが残っていて「カーネーション」はできるだけ距離を置いて、感情移入を避けしらっと視聴のつもりが・・・・・。二週目あたりから映像の斬新さ、ストーリー展開の素早さ、役者さんの鮮度の良さ(とにかく演技が瑞々しい)、映像抜きで音楽として通用するBGM(もちろん映像とマッチしてより素晴らしい)、何より脚本と演出の完成度の高さに、魂をガシッと掴まれてしまい、今や「カーネーション」なしには一日が始まらない状態です。
橋本様の言われるとおり、朝ドラ史上最高傑作であるだけでなく、日本のドラマ史においても出色の出来であると思います。「それでも、生きていく」につづいてこうしたドラマを半年間楽しめるのは至福としか言いようがありません。
セット、美術、時代考証、小ネタの使い方など細部に至るまで作り込まれた映像は時に、芸術的な領域ですらあります。
おそらく、今後ドラマ作りの作法みたいなものに影響を残す作品ではないかと思います。

投稿: 虎児 | 2011年11月22日 (火) 17時43分

こんばんはー。
今日もカーネーション視聴、堪能致しました。

ネタバレ避けの為、詳細は省略しますが、益々「上品な吉本新喜劇」に磨きがかかって来ました。痛快で何度も笑っております。
この様子を見た本家・吉本が「カーネーション面白ろそうやないかい。ワシ等だったらそのパロディー劇、やったらん事もない!!」とばかりに、即興で作劇しちゃうかもしれませんね。

何しろ、パッチ屋大将と生地屋大将は、自前の芸人さんですので、即レギュラー入り。
糸子役は、山田花子?
善作役は、池乃めだか?
楽しい妄想が膨らみます。

中村美津子さんに同伴したおばちゃん役、春やすこサンだったとは驚きです。次の芸人枠は、誰が登場する?
・カンカン帽のおっちゃん達
・フラメンコ調のギターBGM
で、月亭 可朝師匠か?

芸人サンは、キャラが立っているし破壊力があるので、扱いを間違えたらドラマが「死んで」しまいますからね。

芸人サン枠サプライズ・最終兵器には、糸子3人の妹役後期で、かしまし娘の皆さんの御出演を、請い願っております。

投稿: M NOM | 2011年11月22日 (火) 19時37分

こんばんは。
レスされるの、大変だろうとコメントするのぐっと堪えてましたが…

うふふ
ニヤリ
ちゃうちゃう!
エェcoldsweats01

今日はかぶりつきで楽しい!
関西人のDNAが自分にも欲しかったぁ
新喜劇。知らんもんなぁ
笑いのさじ加減。センス良すぎですわ

天才がメキメキ頭角を顕す、その瞬間に立ち合っているという感覚です。
オノマチさん、間のとりかた天才です。

それとお父ちゃんが画面 に映らないところで、糸子のためにどれだけ動いていたか、うかがい知れる一幕がありました。
それそこに在る善作という人の性格が、もの凄いリアリティで描かれてるからでしょうね


追伸
リウさんの経験。お話いただき恐縮です。
風邪はすっかりよくなりましたcoldsweats01

投稿: みち | 2011年11月23日 (水) 00時43分

虎児様
コメント下さり、ありがとうございます。

私は何度か書かせていただいているのですが、朝ドラは1週間分まとめて見るタイプなので、ちょっとでも展開がまったりしてしまったり、先を見るのがなんとなくためらわれる、という場合、途端に脱落してしまいます。 かなりよく出来てるな、と思う作品でもです。

「おひさま」 に関しては、やはり1週間分1時間半を通して見ていて、結構途中でダレることが多かった。 もう戦争突入前にリタイアしていたので、虎児様の感想に 「そうなのか~」 としか御返事できないのが苦しいですが、また総集編の再放送でもあれば(見逃した…)、かなりスリムな形で見ることもできるかもしれないと考えております。

「カーネーション」 に2週目からハマった、ということですが、確かに1週目は、なんとなく助走、という感覚でした。 見る側も、作り手の側も。
ただ幼い糸子のケンカの場面を機にして物語が急に沈鬱になったり、ずいぶんメリハリはついてました。 その1週間のなかでのメリハリって、このドラマの真骨頂だと思います。 だから1時間半ぶっ通しで見ても、まったくダレない。

「JIN」 とか 「それでも、生きてゆく」 とか、日本のドラマ界はやろうと思えばできるのだ、ということを確かに感じさせますよね。 こういう作品に巡り合うのは、とても幸せです。

投稿: リウ | 2011年11月23日 (水) 09時44分

M NOM様
再コメント下さり、ありがとうございます。

M NOM様の 「妄想カーネーション」(笑)、とても的確な配役でその都度笑ってしまいます。 山田花子サンが糸子って、もう考えただけで 「それ…見テェ…」(爆)。 めだかのトーチャンにどつかれて舞台から消えてしまうほど吹っ飛んでしまったり(笑)。

春やすこサンもお出になっていたのですか~。 漫才ブームで 「あかんタレブ~」 とか歌っていたことを思い出します(私もそーとーコアなこと覚えてます…笑)。

このドラマ、本当に 「お笑い」 の人たちがさりげなく、しかも印象的な役でゲスト出演するパターンが多いですよね。 とても計算され尽くしたなかで感じる遊び心、という点にも感心いたします。

かしまし娘、個人的にはとてもご無沙汰しています。 ぜひ登場してもらいたいものですね、何らかの形で。 ハルおばあちゃんが出てきちゃったら話が変わっちゃうと思うから、残りのかたがたを…。

投稿: リウ | 2011年11月23日 (水) 09時57分

みち様
再コメント下さり、ありがとうございます。 重複してコメントが入っておりましたので、追伸がついてないほうをまことに勝手ながら削除させていただきました。 ご了承ください。

ええ~~? なにがちゃうんですくわ~?(笑)

ひょっとして川本と結婚するいうことですか? とゆーことは番組HPに騙された、ということでしょうかsign02 なにがちゃうんだろう…。

まあ土曜日を楽しみにさせていただきますが、このドラマそんなサプライズもあるということは、ますます手の込んだものを感じますね。 どこまでやらかしてくれるんだろう…。 そうしてあっちゅー間に子供が生まれて…。 えーと、コシノヒロコサン、ということになりましょうか…。

私の父親もそうだったのですが、厳格で理不尽に力を行使する男って、昔は多かったのかな~。

お風邪がよくなったそうで、安心いたしました。 今年は寒暖の差が激しいので、お互い注意してまいりましょう!

投稿: リウ | 2011年11月23日 (水) 10時13分

>その1週間のなかでのメリハリって、このドラマの真骨頂だと思います。
なるほど・・・・。その一週間を真剣に視ていなかったことが今さらながら悔やまれます。
 昨夜「開運なんでも鑑定団」の900回記念特集で過去の鑑定例を流したのですが、その中に確か2005年放送で細川隆一郎さんが出品された際スタジオの客席に小篠綾子さんがいらしたのです。細川さんと旧知の縁だったようで、亡くなられる一年前のお姿だと思いますがとても90才には見えませんでした。なんか、とても得した気持ちになったので再レスで恐縮ですが報告させていただきました。

投稿: 虎治 | 2011年11月23日 (水) 14時05分

虎治様
再コメント下さり、ありがとうございます。

恐れ入ります、虎児様、虎治様、どちらもご一緒ですよねcoldsweats01

「なんでも鑑定団」、いや~小篠綾子サンがお出になっていらっしゃったんですか! 見たかったなぁ~…って、「テレビ中毒者」 などと自分で言っておきながら、結構決めた番組以外は見ないもので、こういう 「出会い頭のうれしい出会い」 ということに滅多にお目にかかれなくて。

ドラマを見ていても、かなりバイタリティのあるかただったんだろうな、というのは感じております。 おそらくコシノ三姉妹の母、ということで、メディアにも多少は露出していたんだろうなぁ。 やはり 「決めた番組しか見ない」 私には、拝見する機会がなかったでしょうけど…。

投稿: リウ | 2011年11月23日 (水) 15時09分

おはようございます。

僕は、今までで、
この「移りゆく日々」の41回と、
「誇り」の糸子と根岸先生が街を歩く回が、
心に残っています。

全部をみていないのでわかりませんが、
「カーネーション」というドラマの柱は

「仕事」と「家族」

ということなのではないか、と勝手に思っています。

タイトルが花言葉になっていますが、
赤いカーネーションの花言葉は、
「情熱と母の愛情」だそうです。

おそらくどこかでこのタイトルの週がでてくると
思うのですが、(わかりませんが)

仕事に対する情熱。
家族をめぐる愛情。

の物語だと思うんです。

朝ドラ+渡辺あや+尾野真千子

ということで、
きまったころから楽しみにしていましたが、期待通りで、毎回、泣きそうになりながら見ています。

素晴らしい作品だと私も思います。


投稿: 心の綾 | 2011年11月30日 (水) 06時54分

心の綾 様
コメント下さり、ありがとうございます。

全部ご覧になってないのに、結構キモとなる回はしっかり押さえていらしてますよねhappy02

「仕事と家族」。 ここに 「恋愛」 というものが入ってこないところがこのドラマのこのドラマたるゆえん、のような気もいたしますね。 確かに奈津が泰蔵に寄せた想いとか、ありますけど、刺身のツマ的なものでしかないし。

カーネーションの花言葉に関しては、ドラマの中でまだ言及されておりませんけど、花言葉って結構種類があるらしいですから、どういう花言葉になるのか、そこにも注目ですよね。

ドラマの中では 「簡単にしおれない」 象徴として、そして、勝が糸子に贈った花束(これの意味がちょっと個人的にいまだ判然としないのですが)として、カーネーションが使われてますよね。

情熱と愛情の象徴としての、「赤」。
タイトルバックでミシンのだんじりを操るミニ糸子の衣装も、赤。

このドラマって、そんじょそこらの 「よく出来たドラマ」 ではなく、なんかもっと先の、芸術的な深みを目指しているような気がするのです。

投稿: リウ | 2011年11月30日 (水) 12時28分

第7週、再見レビューです。

ちょっと私とリウ様で引退や仕事の引継ぎに関して見解がズレるのですが「独眼竜政宗」の影響度の差なのでしょうか(笑。私は「カーネーション」は「勝つにせよ負けるにせよ全力を出し尽くす。親がそれを実践してこそ、子はその背中を追いかけ乗り越えようと飛躍していく」作品と考えています。勝新が偉大で頑張りすぎたため滅亡した豊臣家を考えれば「政宗」に比べてかなり無茶ですが、潰れかけの呉服屋が二代後には世界的デザイナーの一大ブランド×3(伊達家は最初から名家で天下も獲っていない)を実現した背景には天分や運だけで片付けてはいけない必然がある。そういう前提で書かせていただきます。前フリなが…。

第7週のラスト、かなり視聴者をじらせますが、その過程自体に最終回への伏線があるような。唄のお弟子さん曰く「やめるにやめられない」は善作にも当てはまる。糸子の成長を促し店を譲る事を考える一方、自分自身が納得するまでは終われない。ツマラナイ意地と言われても足掻き続けた。そして近所あげての宴会(ショーウィンドウを作ったのは泰蔵か?)。善作が見上げた看板は全てを出し尽くした男の人生や地域の絆の象徴でもあった気がします。
小原呉服店も洋装店も一代で終ってしまいました。しかし善作が実践し、糸子が昇華させた生き様は娘達に受け継がれ小原家も地域の憩いの場として残った。時代や世代の移り変わりを容赦なく捉えるからこそ、変わらずに続くモノもまた際立ちました。

投稿: 巨炎 | 2012年6月 3日 (日) 15時34分

巨炎様
コメント下さり、ありらがとうございます。

この週こそはこのドラマの、前半のクライマックスであったと言っていい気がします。
また自分のレビューを読んで、結構泣いてしまいました(あ~あ…)。

巨炎様にとって善作というのは、かなり男の美学を貫いたように見えるのでしょうか。
善作も、そのように見てもらってとても喜んでいるのではないかと思います。
私はその見方にも一理あると思いますので、否定は致しません。

男たるもの、やはり格好をつけたがるものです。
自分のしてきた仕事に対して、自慢したがることがありこそすれ、否定などはあまりしたくない。

それは、自分で自分の人生を、否定してしまうことにつながるからです。

男にとって仕事とは人生。
だからこそ引き際というものも潔くしたい。
後年糸子も、自分の父親の引き際の美学に、完全に時間差でノックアウトされていましたっけ。

私の場合、善作という人間は、このドラマが始まった当初から、かなり劣等感に苦しめられている設定のように感じていました。

だんじり祭りでは颯爽とした伊達男。
それが祭りが終わってしまうと、途端に商売のヘタクソな、なんか意気地がなくて集金を糸子に頼んでしまうような、ヘタレな父親に戻ってしまう。

その劣等感をますます助長したのが、神戸から悪しざまに商売の甘さを叱咤された時だった、と私は考えています。

そんな商売のヘタクソな呉服屋が、アッパッパの売りかたにも失敗し、しまいにはシャンプーやら売り出して何屋なのか分からんようになってくる。

そして自分は、酒に溺れていく。

そんな善作が自分のヘタレな人生の敵討ちをしてくれる後継ぎを、糸子だと決めたんですよね。

そこからは、どうやって格好よく、糸子に跡を継がせるか。
善作の心理状態は、そこに集中していたのではないか、と思われます。
だからかなり糸子の修行にもなり、経済的に自分が酒を飲み続けることのできるような条件のいい勤め先を、次から次からあてがうことができた。

オハラ洋装店が岸和田の町で何代も小原家の人々の家たり得たのは、そこにはやはりだんじりの力が強く作用したことは言えるか、と思います。

風土的な精神的土台がしっかりしているからこそ、小原家の人々は、だんじり祭りになると、またそこに戻ってくる。

善作の遺志も、糸子の遺志も、だんじりを中心にして、いまもなお人々をその土地に引き寄せるのだ、と感じます。

この週のレビューを読んでいて、「糸子が顧客に人気のある商売人である」、ということが、後年のボーイフレンドたちやさまざまなコミュニティが自然発生していった糸子の人脈の話へと通じるものがあるかな、などと感じました。

つまり、みなさん 「有名人コシノ三姉妹の母親だから」、という理由で集まっていたのではない、ということです。

長文の返信、失礼いたしました。

投稿: リウ | 2012年6月 4日 (月) 07時52分

再コメントすみません。

>後年糸子も、自分の父親の引き際の美学に、
>完全に時間差でノックアウト。

これ私はむしろ呆れました…。その鍵はハルさんです。今週の「お父ちゃんより、今はうちのが、よっぽどこの家支えとるんや!」の台詞直後、それまで俯いていたハルさんが顔を上げて孫を睨み付けます。直後に善作大写しのカットに切り替わるので殆どの人が見落としてしまいますが(ただし次週冒頭のダイジェストに再挿入)、この時の心情を受けた台詞が「お父ちゃんかてな、しんどかったんやし」です。で、後に糸子が当時を回想した台詞が「ええなぁ、お父ちゃんは、あんなカッコええ事が出来て」。

正直、「は~~?何言ってんだオメーは!!?」(by善ちゃん)。

以前に第147回を「糸子が母親のような視点で善作を捉える」と書いたのも、ここが引っかかっていたからでした。孫の味方というスタンスを取りながら倅の苦悩や葛藤も知っていたハルさんと、お父ちゃんのカッコいい所しか見えていない糸子の間にある隔絶の差。(祖母の言葉をその場でかみ締めただけで言下の想いを咀嚼するには至っていなかった事の証左)
リウ様の指摘どおりで、善作は格好悪いんですよ(笑)。でも清三郎氏によって丸裸にされ、娘に最後のプライドが粉砕されるまで足掻いていた。水面下で事を進めたのは家族が離れ離れになる事に糸子が反対するのを見越したからで、全てを出し尽くした姿に格好をつけようとする邪さを私は感じる事はできませんでした。(「格好つけちゃあ、恥をかく」by糸子)
善作の格好良さは格好悪い自分と向き合った末のもので、第119回の糸子がそれを理解していたとは思えないし、逆に第147回最後の台詞「キラキラを剥がされてむき出しになった40男の本性」は理解していないと出てこない。

第21週の余力を残して引退を考えた糸子の描写には彼女の社会人としてのキャパが先人を越える一方、業績や年齢といった物差だけで測り切れるほど人間は単純ではないという戒め、一人の人間としてはハルさんどころか善作にも及んでいないという事を示していたように思います。これも晩年編を読み解いていくのに重要な点ではないかと。

投稿: 巨炎 | 2012年6月 4日 (月) 10時11分

巨炎様
レス下さり、ありがとうございます。

やはり異論があろうとも、感情的にならずこのように論理的に進めていけば、変な憎しみなど起こらずこじれずに済む、と感じます(その点 「梅ちゃん先生」 のネガコメには参りました)。
巨炎様とのやり取りは、議論を戦わせている感覚で私もお答えしたいと存じます。

私は、もともとこのドラマのスタンスは、「人間、誰でもその人生の中で、間違いを犯してしまうことはある」、というものだと感じます。

だから、クリスマスケーキのシーンで糸子が 「そうや、うちはお父ちゃんより偉なったわ! うちのほうがよっぽどこの家を支えてんや!」 と吠えたことは、「売り言葉に買い言葉」、つまり糸子の 「言い過ぎ」 である、と思います。

ハルおばあちゃんも、糸子のその言い過ぎには、敏感に反応した。

けれどもハルおばあちゃんはそのあと、ひしゃげてしまったクリスマスケーキを、妹たちに食べさせようとします。
そして糸子に、「よう買ってきてくれたなぁ!」 と慰めるように感謝しています。
ハルおばあちゃんは、糸子の 「言い過ぎ」 も分かったうえで、自分の不肖の息子のいたらなさを詫びる感覚で、糸子の苦労をねぎらっているのです。 いやはや、やはりハルおばあちゃんは、人間が出来てます。

若い頃は(いや、若い頃に限らず、ですが)自分が血気盛んで、親のありがたみとか、自分がどれだけ言い過ぎているかとか、自分では見えてきません。

糸子がそのことに気付くまでには、やはりそれだけの年月が必要だった、という気が私にはします。

そのとき気付くべきことに気付けないこと。

その連続が、人生なような気がする。

だから、善作やハルおばあちゃんのほうが糸子より上、とかいう感覚は、私の場合はありません。

やっぱり誰でも、間違いはやらかす。
誰のほうがエライとか、この人のほうが人間が出来ていないとか、私はあんまり考えないようにしています。

しかし巨炎様の 「善作の格好よさは、自分のカッコ悪さと向き合った末のもの」 であるというご指摘には、刮目いたします。

よく、自分の家族・親族で亡くなった人のことを、「あの人は頑固者だったから」 とか、「あの人は見栄っ張りだったから」 と、あげつらうことがあります。

でも、その人には、その人にしか分からぬ苦悩を抱えており、その人なりの人生を、闘いきって死んでいった、と思うのです。

巨炎様の視点はまさにそこから来ており、登場人物たちを包括的にとらえようとしなければ出てこない視点である、と感じます。

投稿: リウ | 2012年6月 5日 (火) 07時34分

先日、最終コメントしたばかりなのにネタ話(笑。
生地屋の店主を演じる板尾創路サンが
ほぼ同じ時期に特撮映画で主人公してます。

http://www.zaborgar.com/movie/index.html

これってロイヤルの店主が劇場版ウルトラマンで
今更に主演をはるようなもんですね(笑。
でもエピローグでは90歳を越えて戦い続ける
主人公が描かれ「カーネーション」に通じるかも。
ちなみに糸子が洋装店を立ち上げた直後の
ショーウィンドウは素人に作れるものではなく
今回、善作が根回しの対象の一人にした
ライダー龍鬼が作ってくれたという説があります。
色々とヒーローをはしごにする糸やんでした。

ところで糸子が板尾サンに店子をやらせて欲しい
と迫る場面でのアップ演出は後に、東京で優子が
直子の店の支配人と会った場面で再使用されますが
これは吉本新喜劇なノリの継承なのか、
接客の大切さを示す演出だったのか。

投稿: 巨炎 | 2012年11月20日 (火) 11時10分

巨炎様
コメント下さり、ありがとうございます。

「鉄人ザボーガー」 というのは、私どもの世代でもかなりマイナーなヒーローでした(私はちなみに見たことなかった…かもしれない)(当時はなんでんかんでん見てましたからね、特撮ヒーローものって)(「アイアンキング」 やら 「スペクトルマン」 やら…笑)。

それを中年のオッチャンがやってしまうというところにこの映画の企画の面白さがあったような気がするのですが、当たったのかな?(笑) 紹介記事くらいは私も読んだのですが。

またまた巨炎様のリンク機能が…(笑)。 板尾サンの出てくるシーンなんか、私はとうに記憶の埒外です(ホントにこの店主、もったいない贅沢な使い方してたよなァ…)(もっと物語に絡めてほしかった気がします…笑)。

投稿: リウ | 2012年11月21日 (水) 08時09分

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