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2011年11月27日 (日)

「カーネーション」 第8週 結婚の耐えられる軽さ

 先週、糸子(尾野真千子サン)の前から忽然と姿を消した父善作(小林薫サン)たち。
 小原呉服屋はもぬけの殻、看板も外されて、家にいたのはハルおばあちゃん(正司照枝サン)だけ。 どゆこと?
 その続きから、今週の話は始まります。

 この話が、また号泣もので。
 冒頭から泣かされるとは思いませんでした。

 玄関先に置かれた、白い大きな包み。
 その前に、糸子とハルおばあちゃんは立っています。

 糸子がその白い布をゆっくりとめくる。
 最初、糸子の影に隠れて 「小原…店」 の、…の文字が読めません。
 糸子がどくことで、「小原洋裁店」 の文字が、視聴者にようやく判明する。

 「これが、おとうちゃんのけじめのつけかたや。

 黙って受けちゃり」

 ハルおばあちゃんの声にゆっくりかがみ込み、その看板の文字をまじまじと見つめる糸子。

 「どこ行ったん? おとうちゃん…」

 おばあちゃんによると、善作は隣町で質屋をやることになったらしい。 神宮司さんのつて、ということは、あの石田太郎サン演じた大地主ですな。
 おかあちゃんの千代(麻生祐未サン)らも一緒にそこで暮らすことになって、おばあちゃんだけが糸子のもとに残ったと。 糸子は家族全員を養う必要が、なくなったのです。
 糸子は家族がバラバラになったことを嫌がります。

 「分かっちゃりて。
 おとうちゃんかてな、しんどかったんやし。

 あんたの稼ぎで食わしてもらうのが、ずぅっとな」

 なにも言わずに、糸子の前から消えた善作。
 その父親の心の痛みを、がらんとした呉服屋の冷たい空気から感じ取るかのような糸子の表情。
 ドラマはここまで表現できるんだ。
 そんな感動もそこそこに、語り手はそんな心の寒さもなんとなく可笑しみをもって表現していきます。

 「(急にがらんとしてしもうた家は、寂しいし心細いし、ただの雪まで、なにか知らん、怖い…)」

 玄関の戸締りをしたそばから、戸を恐ろしげに叩く音(笑)。 「い~~と~~こ~~」(爆)。 真冬にユーレイか?(爆×2)。

 「糸子ぉぉ~~開け~~てぇぇ~~っ」(ワロタ…)。

 糸子が玄関を再び開けると、そこには雪にまみれたおかあちゃんが。
 糸子のことを心配する善作に無理強いされて、途中迷子になりながらひとり、隣町からやってきた、というのです。
 がっくりと玄関先に腰を下ろすと、そこには 「小原洋裁店」 の看板が(笑)。
 とても申し訳なさそうにしながらも、それを見るなり、あのおっとりとした調子で、「はぁぁ~~! まぁぁ~~ええ~~なぁぁ~~!」 と喜びます。
 そんなのんきそうなおかあちゃんの様子に、糸子はさっきまでの寂しさや緊張の糸が切れたように、おかあちゃんに話しかけます。

 「なんや…。
 …おかあちゃんの顔見たら、…やっとこの看板、喜んでもええ気ぃなってきたわ…」

 「喜びいな! あんた、なんぼでも!
 あんたの看板や!

 とうとう、小原洋裁店が出来るんやで」

 おかあちゃんの言葉はしっかりしてても、やっぱりそこにはとても楽観的なものを感じる。
 裕福な家に育ったおっとりさ加減が、雪模様の寒い日に心をさびしがらせる糸子の心を、溶かしていくかのようです。
 糸子はうれしそうな顔をしながら、表情を崩していきます。

 「そやけどな…。

 うちのせいで、家族がバラバラになってしもたんや…」

 気持ちが高ぶっていく糸子。

 「おとうちゃんが、ずうーっとしんどかったんやて思たらな……!」

 泣き出してしまう糸子。
 おかあちゃんがおっとりとした調子で、糸子を慰めます。

 「あれあれあれあれ…」

 「うちは…なんちゅうこと、してしもたんやろ……!

 (号泣しつつ)みんなに、どないして謝ったらええんやろと思たらな……!」

 「アホやなぁぁ…。
 そんなこと、思わんでええ…。

 あんたはただ、頑張ったんやし。
 おとうちゃんかて静子らかて、あんたが悪いなんてちっとも思てへん!」

 あくまでおっとりとしつつ、糸子を包み込むような千代の言葉に、糸子は母親の胸に顔をうずめて、号泣し続けます。

 泣けた…。

 そこにやってきたハルおばあちゃん。

 「(千代に)アレ? 来ちゃったんけ?
 (糸子に)アレ? どないしてん糸子?」

 「おばあちゃんあっち行ってて!」
 せっかく自分の店を許してもらって大人としての大きな一歩を踏み出したというのに、子供みたいに泣きじゃくっているところを見られたくない、という思いで、糸子はおばあちゃんに怒ったように言うのです。

 「なんや、泣いてんけ?」
 「あっち行ってて言うてるやろ!」

 そして春になったころ、小原洋裁店が、開業します。
 開店祝いに酒を持ってきた善作。
 糸子は父親に何か話しかけようとするのですが、善作は 「おまえ、肥えたやろ?」 と話をはぐらかします。
 糸子が号泣した晩から、このふたりは会ってなかったのかな、と考えるのは楽しい。
 私はこの時のふたりの話しぶりからして、一度も会ってなかったとは思えないんですが。
 でもまともな話は、一度もしてなかった。
 それは善作の照れだと思うし、糸子の気遣いだったと思う。
 親子の関係なんてものは、いつでも不格好で不器用なものです。
 そんな 「言葉を交わさなくても伝わる」 以心伝心の微妙な関係を、ここでは表現し尽くしていた気がするのです。

 開業した小原洋裁店は、最初のうちは客もチョボチョボで、思ったように客足が伸びません。

 それでもなんとかしのいでいたある日。

 糸子は神戸の伯父の正一(田中隆三サン)から、かつて糸子が勤めていたテーラー店の川本勝(駿河太郎サン)を引きあわされる。






 今週は糸子(尾野真千子サン)が 「小原洋裁店」 を開業、結婚、出産と、人生の大事業を次々と成し遂げる話(ってちょっと待て、今までの部分は導入かい!)。
 ところが、これが見ていてちっともめまぐるしくない。
 逆にテンポが最大限に早められることで、かえって作り手がそこになにを込めているのかが、見えてくる気がしました。

 いわく、「結婚って、そんなに大したことじゃない」。

 ここで繰り広げられていた結婚の話は、周囲(特に親族親戚関係)の怒涛のパワーによってなし崩しに決定されていく類のもの。 「これはいい話だから」 の一点張りで話が進行し、糸子のためと言いながら、本人の気持ちをあまり考慮していない(笑)。
 そして糸子も不快感を催しながらも、周囲に押し切られる形で結局結婚してしまう。

 冷静になって糸子の判断材料を探っていけば、まず小原家が娘ばかりであったことが挙げられます。 そこに長男でありながら婿に来てくれる、という川本の存在はありがたい。
 この論理は正一が善作に繰り広げてましたけど、糸子の頭にもあった、と思うのです。

 さらにこの縁談が持ち上がったときに出てきた、「勝君が紳士服をやり、糸子が婦人服をやる」 という組み合わせが、小原洋裁店にとっての、利潤追求の思惑と合致したこと。

 そして糸子が仕事一辺倒で、恋愛にまったくと言っていいほど興味がない状態であったことも大きい。
 これまでの話を見ていて、糸子が異性に対して恋愛感情を抱いていたのは、21年の生涯を通じて大工方の安岡泰蔵(須賀貴匡サン)だけ。 それにしたってあこがれの領域を出ていません。
 彼女はもう、洋裁を自分の天職とかなり早い段階から割り切っていて、ほかのことに構っている気持ちがあまりない。

 そんな彼女がいとも簡単に結婚を強いられてしまう、というドラマを見ていてまず感じたのは、「結婚って大ごとみたいにばかり思っていたけど、相手がいないとか、あんまり細かいことにこだわってするもんじゃないんだ」、ということ。

 いまの世の中、結婚したくてもできない、という人に限って、いろんなことを考えすぎています。 収入がどうだとか、性格がどうだとか、価値観が合うとか。

 でも、収入のことなんか考え出したら結婚なんて出来ゃしませんよ。
 性格だって、たいがいの人はどこかしら問題があるんじゃないですか? 問題ない性格の人なんか、個人的にはあんまり出会ったことがない(笑)。

 価値観が合う、というのは重要ですけど、なにからなにまで価値判断が合致するなんてのもまれだし。 要は、許容できるかどうか、共有できるかどうかじゃないですか。 違う価値観というものを楽しむくらいの余裕って必要。

 それに顔がイヤだ、相手に恋愛感情がない、って言っても、だいたい自分が贅沢言えるような顔してないし(爆)。
 だいたいなんか、相手に求めすぎるんですよね。 勝手にハードル高くして、結婚しない人間が増えているような気がする。
 そんなんじゃないんだと。
 結婚なんか、大したことじゃないんだと。

 ドラマを見ていて、この糸子と川本のムリヤリな結婚を見る側に納得させるファクターというのは、確かにそこかしこにありました。

 まず、なんと言っても親の思い。

 結婚すれば、親は喜びます。
 子供が自立した、という何よりの証拠ですし、これで子孫を残せる機会が出来た、ということで、親はご先祖たちにも顔向けができる。

 まず語り手は、その外壁を、喜劇的な要素で埋めていきます。
 顔合わせしたはいいものの、あせって 「わしは小原さんと(結婚したい)」 と言い出す川本を制して 「あかん! 急いたらアカン! ものには順序とゆーもんが…ゴニョゴニョ」(笑)とストップをかける正一。 正一は善作をまず説得にかかり、その気になった善作が大の苦手の千代の父、清三郎(宝田明サン)を伴って、糸子を説得にかかるのです。
 この意外な取り合わせに、糸子は目を白黒。
 「誰か病気なんか?」 と尋ねると、善作は 「なんじゃらほい?」(笑)。

 「うちまだ結婚する気なんかこれっぽっちもないねん…商売かて始めたばかりやし」
 「おまえにのうても、向こうにはごっつうあんねん!」(なんじゃソレ…笑)
 「向こうにあったかてうちには…」
 ハルおばあちゃんが横レスします(笑)。 「なあ、嫌いなんか?」
 「いや、嫌いやないけど…」
 善作は川本がいいヤツであることをハルおばあちゃんに力説(笑)。
 「(糸子に)そやろ?」
 「まあ、ええ人はええ人やけど」
 さらに横レスしてくる清三郎(笑)。 「なに、ほかに好きな相手でもおるんか?」
 「そんなもんいてへんけど…」

 「(善作、ハルおばあちゃん、清三郎の三人、合唱して)ならええやないかあ~~!」

 笑い転げました(転げはないか…笑)。 そして糸子のことはほっといて、その場で盛り上がりまくるこの3人(爆)。
 結婚が本人の意志とは別に、親族の怒涛のパワーで決まってしまう好例ですな。
 私は善作が千代を妻にした際、小原家と神戸のあいだにはぬぐい難い軋轢が生じたのではないか、と考えておったのですが、ことこのシーンを見ている限りでは、ハルおばあちゃんと清三郎との会話にもまったくなにもわだかまりが感じられなかった。 これにはちょっと推測が間違っていたかな?などと感じもしたのですが、もしかするとそれが結婚話のパワーを物語っていたのかもしれません。
 
 ところで非常に蛇足ですが、川本が小原洋裁店の開業祝いに持ってきたのが、真っ赤なカーネーションの花束(ですよね?)(花には疎いもんで)でした。 なぜにカーネーション?(笑)。

 今週繰り広げられた 「糸子の結婚(噂)話に喜ぶ心情」 について、はっきり言ってしまえば喜ぶ人たちには何の根拠もない、と私には思えます。

 「結婚というのはめでたい」、という、言わば世間的に思い込まされている価値判断によって、周囲はこれを喜んでいるわけです。

 糸子はそれを直観するがゆえに、理由もなくただ 「結婚というのがめでたい」 という思い込みだけで騒ぐ人たちを嫌悪する。
 糸子はこの話を周囲に言いふらしまわっている勘助(尾上寛之サン)を見つけ、草履を投げつけて追っかけまわします(笑)。

 「この、しゃべりがっ! このボケぇ! 人の話どんだけしゃべりまくっとるんじゃっ! 待てぇっ!」

 それでも結果的に、「結婚というのはめでたい」 ということに、なっちゃってるもんだ。

 それを裏付けていたのが、泰蔵と結婚した八重子(田丸麻紀サン)の打ち明け話でした。

 「けど、うちもそんなやったでぇ。

 うちも美容師になりたかったさかい、まだまだ嫁には行きたないから、そんなことばぁっかりゆうちゃったら、親が勝手に結婚決めてしもたんや。

 『ここはほら、家が髪結い屋やし、嫁が美容師やりたがったところで、旦那も文句は言えへんはずや、こんなええ話はない』 ちゅうて、どんどん話が進められて、気が付いたら、祝言の日ぃまで決まっちゃって。

 そやから、祝言の日に初めて泰蔵さんの顔見たんやでーうち。

 けど、今思たら、親のゆう通りやっと。

 おかげさんで毎日好きな仕事もさしてもろてるし、泰蔵さんにも、文句いっぺんもゆわれたことないしなぁ。
 …確かに、こんなええ話はなかったわ。

 無理やりにでも結婚さしてもろて、ほんまに有り難かった思てる――」

 そして、あのおっとりとしたおかあちゃんがまたすっかり勘違いして、「間違いないわあの人やったら…おめでとう…!…おかあちゃんうれしいわあ…!」 と泣きながら糸子にすがりつくに至って、糸子はそないにうれしそうに言われたらもう抗う術はない、というように、「うん…おおきに…」 と返してしまう。

 親の喜ぶ顔が見たい、ということが、個人の幸せよりもまさっていた時代。

 今じゃ自分が気に入らなかったら、いくらでも拒絶していい、って時代ですからね。
 自分の人生を自分が決めないでどうする。 そんな時代ですからね。

 この全く今と逆の価値観が、かえって新鮮に思える。
 で、自分に合った人、なんて、考えて考えて、結局晩婚化して、それ以上に結婚できない人が増えて。
 幸せっていうものは、考えすぎると、中身が空っぽになってしまうんじゃないでしょうかね。
 理想の結婚なんて、考えれば考えるほど、机上の空論になってしまう。

 そして祝言の日取りはあっちゅー間に決まっていきます。 祝宴の場は、奈津(栗山千明サン)が営む吉田屋。
 今週は駒子(宮嶋麻衣サン)が言い出した、「糸ちゃんと若女将は仲がいいのか悪いのか?」 という疑問にも、ドラマはある一定の見解を表明しています。

 日取りも決まって、周囲の糸子に向かう好奇の目はますますひどくなるばかり。
 喜ぶ人々にお礼を返さない糸子に、ハルおばあちゃんは 「みんな喜んでくれてんやし、ありがとう思わんけ!」 と怒り出す始末。

 そんななか、300坪のテントを作らなければならないという、切羽詰まった緊急の仕事が入ります。 デレデレニヤニヤした顔ばかり見ていた糸子は、この仕事を頼んできた男の必死な形相を見て感動(笑)、祝言の日にちが近いのに、それを引き受けてしまいます。
 洋裁店でもそんなことやるんですなあ。
 けれどもなにしろその仕事、厚手のテントを縫うもんだから、ペダルをこぐ足に力入れなきゃならないし、針はすぐに折れてしまうしで、かなりの重労働。 膝に負担がかかったせいで、糸子は歩けんようになってしまいます。
 慌てるハルおばあちゃん。
 履物屋の木岡(上杉祥三サン)に担がれてやってきた病院で糸子はまたまた商売っ気を出して、看護婦たちの制服の仕事を取ってきてしまう。 呆れかえるハルおばあちゃん。

 御祝儀代わりの仕事が増えてきたところに来て、看護婦の制服。
 ここで明らかになるのは、糸子のワーカホリック(仕事中毒)ぶりです。
 以前も膨大な仕事をこなしていた糸子が描写されていましたが、そりゃヒマな時もあるでしょうが、糸子がこの膨大な量の仕事をこなす時の態度は、とても精力的。
 これは単に若さゆえ、という側面もありますが、怖いもの知らずという以外にも、いったん仕事をし始めるとなかなか止まらない、という糸子の業務傾向。 本当のこのコは、仕事が好きなんだな、というのが伝わってくるのです。

 だからこそ結婚なんか、二の次三の次。
 結局糸子は、祝言の日まで仕事をし続け、祝宴に大幅に遅れることになります。
 善作の意向で、糸子がいないにもかかわらず、酒宴だけは開始(善作らしい…笑)。
 奈津はこのていたらくに激怒(笑)「引きずってでも連れてきちゃる」 と吉田屋をあとにします。

 小原洋裁店に辿り着いた奈津は呆然。
 糸子は、歩けなくなっていたのです。
 近所の戸を叩きまくって助けを呼びに出る奈津。 しかしみーんな吉田屋に行ってんらし(笑)。 仕方なく奈津は、糸子をおぶって吉田屋までだんじりのごとく爆走(笑)。
 「悪いなァ…なんや、重たないか?」
 「重たいわっ! どんだけ肥えてんよっ!」
 「最近おかわりしてへんさかい痩せたはずやけどな」
 「この貸しは倍にして返してもらうよってな」
 「しゃべりすぎたら息切れんで」
 「うるさいわっ!」(笑)。

 奈津に背負われ吉田屋に辿り着いた糸子。
 「はああ~~~っ…! この…ブタっ!」
 出てくるハルおばあちゃん、憤ってます(笑)。 「ほんまにアンタ、何考えてんやっ!」
 殺気立つ現場に糸子は当事者意識まるでゼロで(笑)「なんやみんな怖いなあ…」 ときまりの悪そうな顔。
 すると今度は、「花嫁衣装どうしたん?」 という話! 「忘れた」 て、頼むでホンマ(すっかり関西弁モードだ…笑)。
 すると奈津が、「もう面倒見切れん」 とばかり、自分が着るはずだった花嫁衣装を持ってくるのです。

 父親の死で、祝言をあげることなく籍だけ入れていたために着ることのなかった、自分の花嫁衣装。

 わざわざ神戸のおばあちゃん(十朱幸代サン)が用立てた豪華な花嫁衣装は結局キャンセルされ、糸子は奈津の花嫁衣装を着て、祝宴の席に向かおうとします。
 着付けの様子をどことなくうれしそうに見ていた奈津は、「馬子にも衣装。 ブタにも晴れ着!」 と散々憎まれ口を叩くのですが、その間に勘助に余興をやるよう指示している。 こうすることで、糸子をいつの間にか席につかそう、という意図のようです。
 祝宴の場につこうとする糸子に奈津は 「猿にも化粧」 ともう一度嫌味を言う。 これも糸子を怒らせて自力で歩かせようとする以外に、大勢の目に触れるこの場に向かう意気込みを与える起爆剤を与えたように思えます。

 奈津の機転によって、糸子が遅れたことは問わずになりながら、祝宴は盛況になっていきます。

 「(あんがい、うちの着物がちゃうことには誰も気づいてへんようでした。

 …いや、ほんまは気ぃ付いちゃったかもしれません。

 せやけど、そのことにも、うちが遅れてしもたことにも、誰も何もゆわんと、ただただ今日の日ぃを喜んでくれるだけでした)」

 神戸のおばあちゃんだって、自分が選んだ赤が基調の花嫁衣装と、奈津から借りた純白の花嫁衣装が違うことなど、すぐに分かっていたはずです。 「自分が花嫁衣装を選ばなかったら、なんのために自分は生まれてきたのか」 とまで話していた貞子おばあちゃんですよ(笑)。 でも涙を流して喜んでいる。
 そのほかにも、同席した商店街の人々、知人友人たちの結婚を寿ぐその顔、顔、顔から、糸子はみんなに祝福される喜びを、一身に感じていくのです。
 これは言わば、それまで自分がホトホト嫌になるほど好奇の目にさらされてきたことの、クライマックスとも言える行事。
 こういうセレブレーションが、ありがたいなあ、と思えることで、結婚にも一定の意義を見い出していく。 この描きかた。 新鮮です。

 さっきまであんなに怒っていたハルおばあちゃんの、うれしそうな顔。
 涙を浮かべながら微笑む、おかあちゃんの顔。
 きまりの悪そうな、本心を顔には出すまいと必死にこらえて仏頂面している、おとうちゃんの顔。

 「――うちは、果報者(もん)です」

 他人の思いによって生かされている自分を自覚するとき、糸子の目からは一筋の涙がこぼれるのです。

 そして。

 翌朝、勝がいることにあらためて驚いてしまう、糸子。
 違和感というものがぬぐえない糸子は、なんでも屈託なく笑う勝に 「足の爪いっこで、ようあんだけ笑えんな」 とほっこり気分になったりするのですが、やはり実利的な便利さで一緒に暮らしている気分が抜けません。
 そんな糸子にハルおばあちゃんがある日とうとう、キツーイ一言。

 「あんたなあ。
 新しい職人雇たとちゃうんやで。
 勝さんは、あんたの旦那さんなんやで。

 …

 一回ちゃあんと、夫婦で話しい!」

 ふたりはようやく、同じ部屋で寝ることになります。

 そのとき糸子は自分の素直な気持ちを、そのまま勝に伝えようとします。

 「あんな。

 うちな。

 仕事好きなんや」

 「そらぁ、見ちゃったら分かるよ」

 「そやから…。
 この先…。

 うちの店が、どんだけ繁盛したかて、もう働かんでもええちゅうほど儲けたかて、…うちは働くと思う。

 勝さんが、なんでうちと結婚しようと思てくれたんか分かれへんけど、…うちはそんなんや…。

 普通の、うちの奥さんみたいに、こまごまとした家族の世話やら、…死ぬまで出来へんかもしれん。
 …
 (勝のほうを向き)…寝てんか?」

 「…寝てへん。 聞いてるわ」

 「…
 そんなんやけど、ええか…?」

 「…かめへん。

 ロイヤルで、あんたが働いてるとこ見て、ええなあ思たんや。

 愚痴言わへん。
 手ぇ抜けへん。
 周りにどんだけいびられようが、好きなよおーにやって結果出す。
 コイツの仕事っぷり、ほれぼれすんなぁ、思ちゃったんやし。

 あんたは思うように働いたらええよ…」

 意義なんかは、後付けでいい。
 結婚なんて、そんなものなんじゃないのか。
 そんな作り手の声が、聞こえてくるかのようです。
 そして糸子が 「結婚してよかった」、と思った瞬間、物語は一気に2年後(昭和12年)にスッ飛ぶのです。

 スゲ。 早え(笑)。 相変わらずだんじりのよ~な強引さだ。

 外装が気に食わなかった小原洋裁店を、糸子は大幅にリニューアルしています。 看板も 「オハラ洋装店」 に変え、縫い子さんも入れて、静子(柳生ゆいチャン)も下働きしているようです。 しかも糸子のコレは、コレになってます(分からんて…笑)。 つまり妊娠中。

 なんだこの話のはしょりかたは(笑)。
 はしょりすぎだ(爆)。
 いいと思ってんのか(笑)。
 すごいよなこのブツ切りかた。

 訪ねてきた善作は、もう今からお腹の中の子が気になる様子です。
 千代は糸子のお腹をさすって、「ああ~動いてやる~! はよ出てきいなぁぁ。 みんな待ってるよってなぁぁ」 と、相変わらずのおっとりした口調でお腹の子に語りかけます。

 ここですよぉ。
 いかに家族がつながっているか。
 家族の絆、なんてよく簡単に言うけど、要するにみんな、出会いたいから出会っている。
 どうしてこうも、簡潔に絆を表現できるかなあ。

 糸子はまたまた、子供が生まれることをうっとおしがっている。 とっとと産んで現場復帰するつもりでいる。

 ところが。

 「思い上がりもええとこでした」。

 うーんうーんと唸り続ける糸子を見ながら、産婆さんもハルおばあちゃんも千代も、大福でも食べながら、そりゃののんきなものです。 「まだまだ、もっと気ばらなあかんで」「ハハハ…」。
 なんじゃこの平和な 「スゲーあたりまえそーな出産シーン」(笑)。
 次の瞬間には赤ちゃん産まれてるし。

 でもこの 「日常的な風景」 っぷりがかえってリアリティを感じるのです。
 あんなにのんきに構えていたハルおばあちゃんや千代は、赤ん坊が無事に生まれたのを見て、「よかったなあ…」「ほんまによかった…」 と大泣きします。
 ギャップが大きかった分、「出産というのは当時珍しくもなんともなかったが、無事に生まれることはそんなことより何より重要だったんだ」 ということを、見る側に思い知らせてくれます。 乳児死亡率、おそらく高かったでしょうからね。
 そしてかつて大仕事を終わらせた時のように、爆睡しちゃると糸子が思ったのもつかの間、生まれたばかりの赤ん坊はその日から、夜泣きを始めるのです。

 「(けど、いちばん思いも寄らんかったんは、とにかくこの、赤ん坊の可愛さです)」

 糸子が見つめていると、睡りながら時折ヒクッと痙攣する赤子。
 確かに可愛い。
 この可愛さぶりに完全に骨抜きになってしもうたのが、おじいちゃんになった、善作(笑)。
 「優子」 と名付けられたこの赤子の面倒をみると言って聞きません(笑)。
 「(せやから)はよわしに貸せ。 はよ! はよ! あ~はよ! はよ!」
 足をバタバタさせる善作(爆)。 どっちが赤ん坊じゃ(笑)。
 「明日からな、善ちゃんが世話しちゃるよってな~」(笑)。
 善ちゃんて誰やねん(爆)。

 「(忙しい一日が終わって、優子をおぶって歩く。
 この時間が、うちはしみじみと好きでした。
 せやけど、なんでか知らん、優子とおると、うちは自分が弱なった気がします。

 こんなふにゃふにゃした子が、しっかり大きなるまで、何事も起こらんでくれるやろか。
 世の中は、平和であってくれるやろか。

 そんなことばあっかし思います)」

 いきなり出てきた、「平和」 という言葉。

 それまでまったく画面からにじみ出ることさえなかった戦争の影が、糸子を弱気にしているような気がします。
 普通、子供が出来ると自分が強くなろう、という自覚が芽生えるはずです。
 子供のために一生懸命になって働く。
 なのに自分の想像を超える憎悪が世界を覆い始めている、という不安が、そんな親の自覚を粉砕していく。

 いつもはノーテンキな勘助が、沈鬱な顔をして 「赤紙が来た」 と糸子に打ち明けます。
 だんじりが角を曲がるように、物語は再び、大きな曲がり角に差し掛かったようであります。

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コメント

リウ様、おはようございます。

度々のフライングコメント、ご勘弁下さい。
其れも此れも「カーネーション」の魅力に嵌まった故に。

吉本新喜劇的な今週の展開、前半の助演男優として佐藤平吉君をお忘れなく。
正一伯父さんと勝氏の会話を、耳をダンボにして立ち聞きするわ、糸子のボケを否定する二人の「ちゃうちゃう」に参加するわ、テレビ桟敷の此方側から「何で、お前が加わるねん」のツッコミが、多数寄せられた事は想像に難くない(笑)

そして、糸子を担ぎながら展開されて行く、奈津の陰険漫才。テンポ良いツッコミがポンポン飛び出して、本職よりも小気味が良い。
NHK、番宣の為に二人をNGKの舞台に立たせろよっ、と訴えたくもなりますね。

光と陰、表裏一体のキャラとして立って来た奈津。今後、彼女に人生のピンチが訪れた時、救いの手を差し伸べるのは糸子? それとも泰三兄ちゃん? 後者なら怒濤の展開が訪れそうな予感。

しかし、陽子を抱きたくて駄々を捏ねる善作サン。まんま、めだか師匠やおまへんか。
岸和田にも「戦争の嵐」が接近してきた悪寒を引き摺って、ドラマは次週に。

投稿: M NOM | 2011年11月27日 (日) 04時41分

リウさま、今週もお疲れ様でした、
毎日の放送が待ちきれないのと同じくらい、週末のリウさまのレポも楽しみにしております。

今週も素晴らしかった。
なんといっても婚礼の席の、おじいちゃん、おばあちゃん、足が悪いから、椅子に座っているんですね。
で、電気屋のおばちゃんは、留袖じゃなくて、ちょっといい着物に黒い紋付羽織。
黒の紋付羽織って、庶民の凄い知恵だと思うんですよ、これ一枚羽織れば、冠婚葬祭、なんでもござれ。
で、疲れ切ったおばあちゃんが転寝しているところなんかも、とてもリアル。

こういうちょっとした心配り、演出ですね、
糸子の出産では、おばあちゃんとお産婆さんがおにぎり食べたりして、

結婚も出産も、ごくありふれた日常の中にしっかり溶け込んで、しかも非日常。
そこがしっかり描かれています。

糸子のお母ちゃんは、きちんとした結婚式あげたんでしょうか。
あげてないかもしれませんね。
おばあちゃんの婚礼衣装にかける気合は、娘との二人分だったのかも。
そしてなっちゃんの婚礼衣装がここで使われるとは!

人ひとりのしあわせって、多くの人たちの心遣いによるものなんですね。
あえてそれを大声で言わないところが、この作品の良さです。

今回も善作は絶好調・笑
ちょっと不満なのが、糸子に「普通の奥さんらしいことはしてあげられない」と言わせた部分。
この時代、専業主婦なんてほとんどいないと思うんです。
みんな、稼業があって、そのために一家総出で働く。
専業主婦が出てきたのは、戦後のかなり遅くなってからの高度成長時代からですから。
まあ、このあたりは今の時代に合わせたのかなとも思います。

結婚って・・・・、
私も晩婚でしたが・苦笑、してみれば意外とあっけないものですよね。
最低限の価値観が合えば、あとは何とかやっていける。
この勝さんみたいな夫は、探してもなかなかいないですよ。それがぽんと出てくるところに、糸ちゃんの強運があるのかも。

しかし、主人公が幸せになりかかるとやってくる大きな不幸、というのはドラマの定石で、今度はいよいよ戦争に向かっていくんですね。
明日が待ちきれません。

投稿: マーシー | 2011年11月27日 (日) 07時46分

M NOM様
コメント下さり、ありがとうございます。

平吉の役どころ、面白かったですよね。 レビューでははしょってしまいましたが。 このほかにもはしょらなければならない部分が多過ぎて、少々困り果てておりますcoldsweats01。 とうとう日付越えまでしてしまうくらい、レビュー作成に時間がかかるようにもなってしもて…。
ただ毎日のようにレビューもこのところ書けないので、致し方ありません。

奈津のポジションというのも、作り手は必死になってベタベタの関係を回避しようとしているように見えます。 ブタだのサルだの罵倒しまくるくせに、結局ありがたい存在になっている。 ふたりとも21なのに、かたや吉田屋の若女将として店を事実上任されている状態、かたや自分の洋裁店を切り盛りする身。 早くから自らが経営者的立場になっていることに、共通のものがあるんですよね。

駄々をこねる善作には笑いましたhappy02
あの時代の人たちにとって、結婚する、出産で家族が増える、子供たちが成長していく、というのは、ひとつのパフォーマンス、イベントみたいなものだったような気がします。 ほかに娯楽がないから(娯楽というと誤解を受けそうですが、感覚的に似たものを感じる)。

まったくそれまでこのドラマで軍靴の足音が聞かれなかったために、最後の勘助の姿は、ちょっと衝撃的でした。 庶民を巻き込んでいく戦争、という存在を、とてもさりげなく描写していたように思います。

投稿: リウ | 2011年11月27日 (日) 09時24分

マーシー様
コメント下さり、ありがとうございます。

日曜日は放送もないので、何かの一助となればレビューを書く意味もございます。

婚礼のシーンは、ちょっと気を抜いて見てしまうとなんてことないシーンの連続だったのですが、ご指摘のとおり神戸の祖父母ご夫妻は足の悪いのをカバーするような格好だったし、奈津と糸子が仲がいいのか悪いのか?という駒子の疑問にも答えたような仕上がりだったし、どうってことはないシーンで細かい演出がされていて、見る側をそれで納得させてしまう。 手抜きがなさすぎます。

出産シーンで産婆さんとおばあちゃんが食べていたのって、おにぎりでしたか。 いかにもあたりまえのシーンで、かえって 「こんなもんだよな」 みたいな。 旦那の勝サンはオロオロしないし、つわりでウップ、とかもないし、必要以上に絶叫していきんだりしないし(「江」 じゃほとんどこのパターンだったよーな…爆)。

周囲がちやほやするのって、誕生日とか結婚式とか、あるイベントの場合がピークになることが多いですよね。 結婚の場合、みんなが祝福することで、世帯構成の変化を周囲が丸ごと受け止め、そして所帯を持った身には責任感が芽生える。 こういうイベントもせんと、いつの間にか一緒になっちゃった、とかいうと、いつまでたっても周囲から認めてもらえないような気もします。

糸子が 「自分は普通の奥さんみたいに出来ないかもしれない」 と夫に語ったのは、言わばそれまで事務的にしか付き合ってこなかったことへの、一種の言い訳のように私はとらえました。 「自分はこんなやねん、仕事が好きで好きでたまらんねん」 という言い訳じみた自己弁護のセリフ。 それを夫の勝が受け入れてくれるところが、なんともいいじゃあーりませんか。

善作が質屋をほっぽり出して優子チャンの面倒を見よう、というのは、質屋が結構順風満帆なことの裏返しのようにも思えます。 千代が店番をしているのかもしれない。 「子供は幼少の時分がいちばんオモロイ」、という経験則が、善作にはあるんでしょうね(笑)。

投稿: リウ | 2011年11月27日 (日) 11時09分

リウさん。ほんとに毎回作品の肝を簡潔に纏めてらして感心しきりなのであります。
レビュー読みながら善作の目に見えない愛情を思いだしまたまた涙しました。

あのわかりにくい擬音、わかっていただけました?(笑)
とにかく笑いのセンスが抜群に巧い!
「ちゃうちゃう」はお察しのとおり叔父さん、勝さん、平吉くんの息のあった突っ込みですわ。
後、お祖父さん、善ちゃん、ハルおばあちゃんの「ほなえーやないか」も笑いこけました。


凄いスピードで進んでいるくせに決して雑に見えないのは、なんなんでしょうね。渡辺あやさんがお風呂で苦悶しながら考えてるようですが、はしょり方が納得できる、こと。並みの脚本家にはできることではない。

リウさんが看破されてるように現在の結婚に対して痛烈な皮肉のように人生の最大イベント?そうかぁ?てな感じでアッサリと描く。とはいえ、そこに奈津を絡めてキチンとドラマとしての盛り上がりは出している。実際私なんかは早婚だったので式じたいしたくなかったもんです。でも親に晴れ姿見せるのも親孝行だと諭されて式を挙げましたが。

出産も経験者なら「わかる、わかる。そうなんだよねぇ」てなもんですよ。じぶんらの時は立ち合い出産なんて気色ワルッ!でしたしね。
産まれるまでは早く早くだったけど産まれた瞬間から、お腹にいた時のほうが楽だった!と思いました。寝さしてくれえー

…「うちは弱なった気がしました。」

これこそ渡辺あやの真骨頂…と思いました。このセリフ。
怖いんですよね…ふにゃふにゃしててあまりにも頼りなくて…初めて自分だけ面倒みてればよかった娘から母になる畏れ。
母は強し!とは言うけれどそれは母として成長していく過程で自ずと身に付くもので…
強くなった、でなく弱くなった、に母となった経験者なら誰しも頷いたと思います。

来週は戦争の色濃くなる時代をどう描いてくれるのか。楽しみでありまた恐くもあります。


ダブルでの投稿の消去。お手数おかけしました。申し訳ありません。
あわてんぼうは終生治らないかも(-_-;)

投稿: みち | 2011年11月27日 (日) 13時35分

またまたかくの忘れましたが・汗、
ちょっと検索してみると、最近、「カーネーション」を取り上げるブログが増えてきています。
ちょっと前までは、ほとんどなかったのに。

で、今日の読売新聞でも、
「投稿が増えてきている」と、取り上げられていました。お父ちゃんへの共感が、圧倒的に多いそうです。

この主題歌へ、違和感があるという意見も出始めてきているようですが、私は好きなんですけどねえ・・・。

視聴率、先日見たときには19,8%まで伸びていました。
20%越えも、近いでしょう。

投稿: マーシー | 2011年11月27日 (日) 19時45分

リウさま、毎回のレビューまことにお疲れ様です。土曜日の午後、まだかまだかと更新を待ち焦がれておりますが、いざ拝読すると、深みのある感想からうかがえる熱意と労力に、呑気に楽しみにしている自分が恥ずかしくなるほどです。

今週のあれこれはおまかせするとして、私の中のツボは、なかなか来ない糸子を「引きずってでも連れてきちゃる!」と息巻いてきた奈津が、床で固まった糸子を見つけ、「なに?」と問いかけるときの、驚きのあまり素の優しさが垣間見えちゃったところがたまりませんでした。

私の両親はお見合いですが、母は父に敬語、お酒はいただかないものの善作同様理不尽な怒りに触れることも多かった子供時代を、ドラマを通じて思い返します。
そして今週のリウさまの結婚に関する記述(Niceタイトル)に、思春期のあるとき、母になせ父と結婚したのか尋ねたら、「しょうがなかった」「おじさん(母の兄)にすすめらて」と苦笑しながら語ってくれ、「愛はなかったのか!」とショックを受けたことを思い出しました。
今私はまさに結婚できていない30代後半女(笑?泣?)
親元を離れて十数年、もはや結婚など、ツンドラ地帯で植物を探し出すような状況となってしまいましたが、そのぶん歳をとった父は丸くなり、父と母、互いにいたわり合うようになっています。
おっしゃる通り、結婚とは人生最大のイベント、ベストを追求しなくちゃとどこかでガチガチに考えてしまっていたのかも。人が人とつながっていくことを力まずに受け入れるというか、その流れに身を任せてみるおおらかさが大事なのかもしれません。今さら気づき始めたぞ。
ごめんなさい、長くなった上に後半内省もいいとこですね。
失礼致しました。

投稿: クッカ | 2011年11月27日 (日) 22時49分

みち様
コメント下さり、ありがとうございます。

「ちゃうちゃう」 には参りましたcoldsweats01。 すっかりコメントで 「川本と結婚」 と書いたことが 「ちゃうちゃう」 なのかと思って…(爆)。 もう、毎日見てないのだから、余計な詮索をするのは止そう(こっちのカンチガイも爆笑ものですよね)…。

ところで、「簡潔にまとめて」 とおっしゃってくださって恐縮ですが、「どこがやねん」 と言いたくなるようなレビューの長さだと自分では思ってます(爆)。

今週ももうちょっとコンパクトにしようとしたんですよ。

でも無理(ハハ…)。

本当は毎日もしくは隔日みたいに書けば楽なのでしょうが。

ここんところ忙し過ぎて、それもままなりません。

先ほども、コメント返信ひとつ書きあげて、「あかん…眠すぎる…」(笑)。 返信に時間差が生じてしまうこと、平にご容赦願います…。

このドラマに関しては、まあ、毎日書くと、かえって見えづらいものがある気がしますので、このスタンスで書き続けます。 まことに心苦しいですが、週1レビューにお付き合いくださいませ。

それにしても1週間分まとめて見ていると、毎週、見せようとするコンセプトが違うのがさらに驚異的に思えてきます。

この 「果報者」 の週は、話をスッ飛ばしまくることを、ドッカンドッカン、という笑いで補っていく。 そんなコンセプト、と受け取りました。

「自分が弱くなった気がする」…。

ここの解釈もさまざまにできると感じました。

普通だったら強くなりそうな気がするのですが。

これをさらに細かく解説すれば、糸子の人生って今まで、もう強気強気の連続だったわけですよね。 いじめっ子とガチでケンカしたり、女学校をやめて桝谷パッチ店で働く時も我を通す。 自分の店を持つ時も、「もう許しなんか要らん」 とお父ちゃんに啖呵を切りました。

これはすべて、子供のころに糸子が感じていた、女として生まれたことの窮屈さを打破したい、という気分によるものだと感じられるのです。 「なんで女はオモロないねん」 という幼い糸子のつぶやきが、デパートの制服を自分で着て見せちゃれ、そのほうがオモロイ、という善作のけしかけに呼応し、人生を切り開いていく。

糸子の人生、「そのほうがオモロイ」 という価値観によって彩られている、と私は思うのです。

そんな糸子が、守らなければならない赤ん坊を授かった。

その瞬間、オモロイだけでは務まらないあらたな人生の課題にぶつかった、そんな気がするのです。

だからこそ、「自分が弱くなった」 と感じるのではないか。

うーん、この考察、レビュー本文に入れるべきでしたかね(笑)。

ただもう、半日くらい記事を書いてると、最後のほうはもうメロメロなので、ここで書かせてもらうくらいがちょうどいいのかな…。

投稿: リウ | 2011年11月28日 (月) 10時26分

マーシー様
コメント追記下さり、ありがとうございます。

「カーネーション」 を扱うブログ、あまりなかったんですか。 雨後のタケノコみたいですね(笑)。

椎名林檎サンの主題歌に関しては、私もクセがあると感じております。 特に詩人のはしくれとして気になるのはcatface、「何も要らない私が今本当に欲しいもの等、唯一つ唯一つだけ」 という文法の使い方。 「ほしいものなど」 と来たら、「何もない」 という否定の文句がつくのが普通だと思うのですが。 しかもやたらと漢字を使いたがりすぎる、という点も、どことなく詞という世界になじまない気がする(これは詞の世界に限ってのことなので、誤解のなきよう)。 やたらと固くなってしまうんですよ。 字幕なしで聞いていると、なんかなんと歌っているのか判然としない部分も多かったり。

でもですね。

そのタカビシャ感が、このドラマのエラソーな語り口と、マッチしてると私は思うのです。

私はかねてから、このドラマは視聴者におもねらない、エラソーなものを感じる、と書いてきました。
椎名林檎サンのこの歌は、そのドラマの性格をもっとも如実に体現している。 「人がなんと言おうと構わない、私は私のやり方を貫く」、という、椎名サンのスタンスが、ドラマの強引さ、糸子の生き方と重なってくる。

その部分を感じることが出来れば、もっとこのとっつきにくい歌にも親しむことが出来る、と思うのです。

投稿: リウ | 2011年11月28日 (月) 10時45分

クッカ様
コメント下さり、ありがとうございます。

このところレビューを書くのが週を追うごとに遅れてきて、お待たせしてしまうのは大変心苦しいのですが、待っていて下さるというかたがいるということは、やっぱり私も 「果報者」 です、ということになります。 ありがたいことですconfident

糸子を心配そうに見つめる奈津を、カメラが上から下に下がっていき、ミシンの隙間から見せる演出。 こうしたカメラワークにも、ものすごく光る部分があるんですよね、このドラマ。
上からの電灯の光に照らされるライティングも秀逸。 すべてに手抜きがない。 気合が入りまくっている。

結婚をするには、やはり勢いというものも必要なんでしょうね。 エイヤッ!smile

持ちつ持たれつ、という関係も、損得で考え始めてしまうと、実に思考の袋小路に入ってしまう。

私のまわりには、「コイツ、女房にいいように操られてこき使われて働いとんな」 という所帯持ちが多いです(あくまで私のまわりです…爆)(うちの会社の属性かな…笑)。

でも、ただアゴで使って給料持って来い、という女性ならいざ知らず(だからくれぐれも私のまわりだけです)、実際はその代わりと言っちゃナンですが、女房は亭主がきちんと仕事できるようにおいしいものを作ったり、裏方でフォローしたりするわけですよ。

ただどうも今の世の中、それだけじゃたちいかない場合が多くて。

結局共働き、ともなると、ますます結婚という関係も、どことなく契約みたいな情の薄いものになってしまう。 ダンナと同じ墓に入りたくないとか、結局その場限りの関係に堕しているから出てくる発想なのだ、と私は思う(どうも男性の肩を持ってしまいますね、私も)。

でも結局、昔っからずうっとそうだったでしょ、と。
愛情なんかは二の次で、みんななし崩しに結婚して、愛情もそのうちに育まれるもんでしょ、と。

このドラマはそんなことを言っているような気もするのです。

投稿: リウ | 2011年11月28日 (月) 11時33分

リウさん。

確かに1日毎より一週間纏めて見通したほうがより輪郭がハッキリするようです。
いつぞや25本の映画に例えていらっしゃいましたが、そのとおりだなぁと今更ながらリウさんの作品をみる目の鋭さに敬服いたしております。

今週のお話はまた…

ということで

26日早朝5:40から『あの人に会いたい アーカイブ』で小篠綾子さんを拝見しました。
糸子のモデルってどんな人なん?って今さらなんですが…興味があって録画しておりました。

イヤハヤ
凄いオバチャンです。でもこの方をモデルにするって、しかも朝ドラでってNHKもかなり勇気いったんじやないでしょうか?だからこそ『生半可なもんは作れん』って気概を殊更感じるのです。

デザイナーの草分けとしての言葉
「ファッションというのは生きてるんです
生きたファッションやるゆうことはだんじりからきたファッションなんです。威勢がよくて非常に斬新な感じですよね」
「引退なんていう言葉はないんです。最期まで現役 終生現役」を貫いたほんまもんの女傑だったんですね

子育てに関してもかなり強烈。たたいて育ててたって(まんま善作やん(笑)「厳しかったですよ。でも放任主義でした。だから自主性あって各々個性ある作品を作るんです。それが誇りです」とおっしゃってましたが、さて今週は一番強烈な個性の持ち主 ジュンコさんの赤ちゃん時代。「猛獣ぶり」に目がテンになりました。

まぁ、綾子さんの子育てをまんま糸子に当てはめて描いたら、今時の視聴者からは非難ごうごう?あや先生はどう描く?それも今後とても楽しみになりました(笑)

投稿: みち | 2011年12月 2日 (金) 02時12分

みち様
コメント下さり、ありがとうございます。 先のかたのコメント返信からちょっと時間が空きました。 申し訳ありません。

小篠綾子サンの情報をお寄せ下さり、ありがとうございます。
やっぱり強烈な関西のオバチャンだったんですねー(笑)。
みち様の書き起こしてくださったインタビューの内容を読んでいると、この人がおとうちゃんに歯向かったりハタチそこそこで自分の店を持つのも、当然みたいに思えてきます。

それに、だんじりに例えているそのファッション観。

これってドラマのためのひとつの象徴的なアイテムだとばかり思っていたのですが、実は小篠綾子サンの人生を実際に言い表わしていた言葉だったんですね。 納得…。

いいか悪いかばかりの議論が先行してしまう昨今の体罰主義ですが、愛情有無の話ばかりじゃなくて、親子のあいだには感情だって存在しているんだと思います。

感情的になってしまうのは、人間だから。
その加減にもよるのだ、と思う。

どれくらいやったらやり過ぎなのか、ということを学ばないまま、他人に物理的な攻撃を仕掛けてしまうとどうなるのか。 そのことを考えたほうがいい気がしますね。

親子の関係も、国際関係も、加減の問題という点では同じ、かな。

投稿: リウ | 2011年12月 2日 (金) 13時12分

ぼちぼち第8週、再見レビューです。

「カーネーション」名物、ハモり演出が「ちゃうちゃう」でスタートですな…。次の「ほな、ええやないか~~」で最強のピークに。宝田明、正司照枝、小林薫の三大巨頭ですから、これには勝てん。後半の聡子に対する姉達の「ならへんわ!」は笑える反面、優子&直子は小原家伝統のお笑い芸人体質(何じゃそりゃ)の残り火なので、ちょっと寂しかったです。アホボントリオの「分かりません~」はやはりバワー不足。コイツら軽かったし年少者から年長者へのツッコミはイマイチ感が…。しかし最後の「知りませんよ…」で大爆笑。(フミ子さんとか、この場面のためだけに登場したような?)総ツッコミから総シカトへ。逆もまた真なり。平成ギャグの新境地。ギャグ演出一つ取っても時代の変転が見えるのが深いですねぇ(笑。

変転といえば三姉妹編は今回の結婚式から丁度、20年後ですが参列者の過半が脱落。それも戦死者と後は千代さん以外の家族・親戚の全員(汗。でも逆説的にお爺さん&お婆さんの家族に対する求心力も示しているような。
静子の里帰りは描かれ、その後もあったようですが孫が生まれ育つ頃になると自分が家族の拠り所になってあげないといけなくなる。糸子視点でハルさんの親兄弟が描かれたことはないし里香など糸子に妹がいた事も知らないのでは?「ファイト」がネタにされたり「萌の朱雀」でデビューした尾野真知子サンが主演な理由もこれ?
松阪家も清三郎氏&貞子さんが亡くなり勇君は海外で独立。下の弟が家は継いだのでしょうけど小原家とは特に親しくなさそう…。正一叔父さんも20年後には70歳前後ですし不倫騒動も遠因でしょうか。縁談を纏めたのはこの人ですし仲人の位置に座ってました。川本家に申し訳なかったでしょうね。妹は駆け落ち、姪は不倫って…(汗。

投稿: 巨炎 | 2012年6月11日 (月) 00時58分

巨炎様
コメント下さり、ありがとうございます。

やっぱり 「ならええやないか~」 は、風格のある御三方が合唱したという 「意外性」 が笑いに結び付いたんでしょうね。
優子や直子のような 「若輩者」 が唱和したかて、迫力とゆうもんが違う(笑)。

さらにアホボンたちでは 「ただのウケ狙い」。
でも却ってその 「軽さ」 が、巨炎様のご指摘の通り、「時代の違い」 というものを強く印象づける小道具になっていたような気がいたします。

確かこのアホボンのうちおひとりは、「ちりとてちん」 で 「ソッコヌケに」 DJをやってた茂山サンの弟さんで、現実でも狂言師を継ぐ家柄が、ドラマの役柄と合ってるなぁなんて感じておりました。
アラレちゃんメガネの人も 「藤間」 というお名前でしたから、日本舞踊の藤間流の、家系のかたなのかな?

先代をしのぐということがいかに大変なのか、というキャスティングでもあったような気がいたしますね。

オハラ家の場合は、優子も直子も、聡子ですらも、「先代をしのいだ」 と言える実績なのですが、糸子にしても、実績的には先代=善作をしのいでいた。

でも子にとって親というものは、どこかでしのげない部分がある。 どうしても乗り越えられぬ一線というものがある。

この3代の物語を見ていくうちに、そんな親と子の力関係も、このドラマは描き切っていたように感じるのです。

巨炎様のおっしゃるように、このドラマは 「そこにいない人」「描かれないエピソード」 によって動いていく側面、というものが、非常に大きい。

不倫騒動の際に叔父が糸子を責める側に加担した、という面も見逃せないのですが、やはり3等親以上になるとですね(笑)、親密の度はひとりひとり、非常に異なりますよね(笑)。

投稿: リウ | 2012年6月11日 (月) 09時11分

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