« 独断と偏見によるベストドラマ2011 | トップページ | 「第62回 紅白歌合戦」 2011 頑張ろうばかりではつらくなる »

2011年12月31日 (土)

「カーネーション」 第13週 手足をもがれゆく者

 たった3回なので今週は楽かと思ったのですが…。

 このドラマ、そんなに甘くなかった(笑)。

 とっとと参りましょう。

 月曜放送分。

 亡くなる前の善作が、この世をいとおしむように見上げていた、トンビの舞い飛ぶ空。
 そこにアメリカ軍の戦闘機が飛んでいます。
 昭和19年12月。
 悠々と大阪の街を飛び回る敵方の戦闘機の低い爆音は、日本軍の制空権の喪失を意味しています。
 まずここに、今週の糸子を悩まし始める無力感のベースがある。
 要するに、日本政府はやすやすと、敵の侵入を許してるわけでしょう。
 やつらがやろうと思えば、いかようにもできる、ということですよ。
 なすすべがない。
 まな板の鯉なわけですよ。
 もう政府なんか当てにならない。
 状況は悪くなる一方。
 そこで糸子を動かしていくのは、ただ生きる本能だけ、なのです。
 まずは食べること、そして食べること、さらには食べること。

 昭和20年正月。
 糸子は娘3人を引き連れて、神戸の松坂のお屋敷にやってきます。
 祖父の清三郎。 少々、まだら状態で認知症が進行している状態です。
 その清三郎、糸子を自分の娘の千代だと思い込んで、糸子を呼びます。 糸子はおっとり千代のマネをして少し笑わせるのですが。
 清三郎は死んでしまった善作に、生きているあいだひどいことをしたと言って、泣きながら謝るのです。
 どうやら善作が死んだことは認識しているらしい。

 「千代…。 善作君には、かわいそうなことしたなあ…。

 このわしもな、元はゆうたら貧しい貧しい、一介の丁稚(でっち)やった。

 それを、ここの松坂の父が見込んでくれてな…貞子の婿にまで、引き上げてくれた…。

 そやのに…。

 わしにはそういう、『懐(ふところ)』 ゆうもんがなかったんや…。

 甲斐性がないゆうだけで、あんな気のええ男を毛嫌いして…つろう当たってしもた……」

 そんなこと気にせんでええ、という糸子に、清三郎は頼み込みます。

 「なあ千代…今日うち帰ったらな…仏壇に手ぇ合わして、よう拝んどいてくれ…。
 わしが、『松坂の父が許してくれ』 ゆうとったって…なあ千代…」

 「ところどころはおうとるな」 と貞子が言ってちょっとだけ笑わせますが、この、ぼけつつある清三郎。 記憶が喪失されつつあるこの祖父の状態が、戦争によってあらゆるものを喪失していく、という意味で、糸子にとって些細なきっかけのひとつになっていることに注目します。
 確かに先週の終わりで、幼なじみの勘助が戦死してしまったことによる喪失、という端緒はあるんですけどね。

 別れ際、清三郎を除く貞子や伯父、そして従兄弟の勇らの玄関での見送りに、糸子はふと考えます。

 「(この人らぁにも、またもっかい、会うことがでけるやろか…)」

 いちいち別れるのに、そんなことを思わざるを得ない状況。
 「ほなな…」
 あいさつをする糸子に、貞子は突然、たまらず抱きつきます。

 「…糸子…。

 …あんた、生き延びやぁ…。

 …必ず必ず、また顔見せてな…」。

 まるで今生の別れであるかのように、その場にいた大人たちは唇をかみしめます。
 当たり前にあることの奇跡を、私などはここから感じるのです。
 記憶がなくなりつつある清三郎。
 糸子の胸には、父親に続いて清三郎も失いつつある、という重たい思いがある。
 糸子の手足がもがれていく序章が始まっています。
 壊死が、その手足の先から、始まっている。

 東京、そして名古屋、と都市部への爆撃が、タブロイド判1枚になってしまった粗末な新聞から報じられます。 新聞は、「盲爆」 という表現を使っています。
 「次は大阪…」。
 東京、名古屋と来たら、誰もがそう感じるはずです。
 この圧迫感。

 焼夷弾、という、火災を起こすことが主たる目的の爆弾についての説明も、ここで行なわれます。
 人道的見地から行けば、人口集中地帯を火の海にするという攻撃は、実に 「えげつない」。
 しかし昨今の、「軍事拠点および敵方指導部の壊滅」 をピンポイントで上品に行なう(これにしたって本当はえげつなさをひた隠しにしてますけどね)攻撃とは、根本的に考えが違うんですよ。
 もっと言えばあの20世紀の中ごろ時点では、考えが違うどころか、人命軽視とか人道配慮とかいう概念自体がなかった。
 あったらあんだけ根こそぎやりませんでしょ。
 原爆なんか落としませんでしょ。
 ナチスだってユダヤ人をあんだけ虐殺しませんでしょ。
 つまり敵に対する異様なまでの怒りとか恐怖とか、「やつらは全滅させなきゃならない」 という理論がただあるだけ。

 敵のえげつなさにいまさら気付いた日本国民。 建物を消火するのにバケツリレーの訓練が始まります。 ちらっと見た 「おひさま」 でもやってたなあ。
 ただここで展開するのは、「こんなことやってても焼け石に水ちゃうやろか」 という、糸子の空虚感です。

 と、画面が一気に暗転します。
 そして東京大空襲のテロップが。
 この暗転の仕方がまた見事で(褒めすぎちゃうか?…笑)。
 一瞬電気が止まったか、と思うような、ブツッとした切れ方なんですよ。 糸子たちの消火訓練の様子の消え方が。
 昭和20年3月10日。
 私の記憶が確かならば、その数日後に大坂も、大空襲に見舞われるはずです。
 縫い子のトメは、もう今から呼吸困難になっとる。

 3月13日。

 寝静まった夜中に、空襲警報が鳴り響きます。

 「来た!」

 「来た!」

 「怖い、怖いよー」

 ハルおばあちゃんを背負って2階から降りて来た糸子。
 縫い子たちが 「トメちゃんがよう逃げんって!」 と慌てています。 「あんたら先防空壕行き!おばあちゃん、ごめんやで!」 おばあちゃんを下した糸子はトメをきつく促します。

 「トメちゃんっ!」
 「イヤですっ、うちよう逃げませんっ!」
 「しっかりし!! あんたはよ逃げな、燃やされんやで?!」
 「イヤやー怖い怖いーー」
 「トメちゃん立ちい!!」

 「先生早よう!!」 叫ぶ昌子。
 トメは糸子がいくら強引に引っ張っても動きません。

 「…うちがいといちゃら」
 「はぁっ?!」

 ハルおばあちゃんです。

 「うちが一緒にいといちゃる…泣きな、泣きな、なんも心配することないて」

 「みんな、逃げたかぁ~~っ!」
 木之元のおっちゃんが見回りでやってきます。
 「逃げてへん」 ぼけーっと玄関先に座っている糸子。
 「うわっ、何してんや?!」
 「まあ、いよいよ火ぃついたら逃げるやろ」
 ノンキというか投げやりというか。
 「先生…」
 ハルおばあちゃんをおぶって奥から出てきたトメ。
 「うちも、逃げます…おばあちゃん燃やすわけにはいきませんーー!」

 この場面。

 ハルおばあちゃんの絶望がまだ続いていたことを物語っています。
 息子よりも長生きしたってなんもええことない。 そんな絶望です。 アメリカさんが燃やしてくれるんなら、こら好都合や。 盛大なお焼きやで。 景気ええやないか。
 そして結局それに付き合う糸子。
 おそらく糸子は、アメリカさんの攻撃なんてたぶんそんなに大したことはないだろう、と考えている部分もある気がします。
 なにしろ空襲、っていっても、街が根絶やしにされるほど焼かれるとは想像もしていないだろうって、思うんですよ。
 それにいざという時の女のしたたかさ、生きる執念というものを信頼しているフシもある。

 「もうどうでもええわ」 と思いながら、自分の生きる力を信頼している。
 女性ならではの発想のような気がするんですよ、ここで逃げずにいったんとどまっている女たちの気持ちって。

 防空壕に走り出した糸子たち。
 糸子は不意に、善作の位牌と遺影を忘れたことに気付きます。
 でも糸子は無理にとって返さない。

 「(けどしゃあない。 堪忍や。 お父ちゃん。 縁があったら、また会おうな)」

 このとき糸子の胸には、確実に父親の声が聞こえていたはずです。
 「引き返すことあらへん! 無理に引き返して、自分が死んだらどないすんねん。 はよ行け糸子!」。
 これは私の想像のセリフですが(笑)、死んだ者より生きた者を優先させようとする糸子のスイッチが、ここで入ったような気がする。



 火曜放送分。

 なんとか無事だった岸和田。
 家に戻って来た糸子は、さっそく仏壇にあいさつします。

 「…お父ちゃん。 また会えたな…」

 糸子は善作の遺影と位牌を布袋に包み、すぐに持ち出せるようにすると 「こんで安心や」 とひとりごちします。

 防火訓練はますます真剣さを増します。 指導する澤田のオバハンも目が血走ってる。
 貧血で倒れようもんなら、「甘ったれるな! それでも日本の女か! B29は130機もいてるんや! ノンキに貧血なんか起こしてたら、焼かれてしまうてゆうてるんや!」。

 「(せや、B29は130機もいてるっちゅうのに、バケツの水なんぞなんぼ撒いたところで…埒あくかいな)」

 糸子の空虚感は、ますます具体性を帯びてきている気がします。
 竹やり教練、防火訓練、防空ずきん。
 そんなものがいかに子供だましだったか。
 そんな子供だましで、いかに当時の政府が、国民を翻弄したか。
 高速代無料、増税しない、八ツ場ダムは中止。
 そんな子供だましで、いかに現在の与党が、国民を愚弄したか(笑)。
 首都高も実質的な値上げだし。
 1月1日からって、いつの間にそんなの決まったの?
 みんなもっと怒りなさい。

 糸子は山中町の山奥、という場所に、家族を疎開させることにします。 郊外だから爆撃もないだろう、ということでトメらの不安も解消させ、避難をしやすくし、そこの農家を手伝うことで、食料もなんとか確保しようとしている。
 てきぱきとアンタはこっち、アンタはあっち、という指示をする糸子。 実に小原家の家長同然の動きをしています。
 しかしハルおばあちゃんは、この場所で死ぬ、と言って聞きません。
 舌打ちをする糸子。
 相変わらず態度悪いです(笑)。
 「(年寄りの寝言なんて、聞いてられません)」。
 ハルおばあちゃんは糸子の実力行使によって、ほぼ強制的に疎開させられます(爆)。 「放せ!放せちゅうてんのに! もう、糸子っ! なにすんねんっ! うちは、いかへんちゅうてるやろっ! こらっ! この不孝もんっ! 覚えとれよっ! あほーっ!」(笑)。

 糸子はブンむくれるハルおばあちゃんを尻目に、その農家のおっちゃんに食料交渉。 自転車を漕ぎ漕ぎ、なんとか食料を持ち帰ります。

 6月。 終戦まであと2カ月。

 空襲警報は日増しにその頻度を上げていき、防空壕への避難もかなり手慣れてきたオハラ洋装店の面々。
 それにしてもこう朝昼晩では、体がもたないし商売になどならないし、まるで避難訓練ばかり毎日命がけレベルでやってるのが日課みたいになってくる。 何のために生きてんのか?という気になってくる。
 しかも季節は梅雨に突入。
 糸子は大雨のなか、自転車を漕ぎ漕ぎ食料調達。
 山中町の疎開先は雨漏りがひどくてムカデがよう出る。
 「糸子、はよう家帰らしてくれなんだら、うちらムカデに殺されてまうで」 毒づくハルおばあちゃん。
 「はいはい、戦争終わったら、すぐ帰しちゃるよって」 意に介さない糸子(笑)。
 「戦争なんか終わるの待っちょったら、うちらのほうが先死んでまうわ」。

 このハルおばあちゃんの言葉は、壁に耳あり正司にメアリー、じゃなかった(笑)、どこぞで誰かが聞いてるなんて心配などもはやどうでもいい、という状況を意味しています。

 千代はこんな恐慌状態などどこ吹く風で、蛍を見に行ったけど出てへんかったぁ~~とのんきな話をしています。 「楽しみやなぁ~…」。

 さめざめとした月の出ている夜。

 片足を引きずりながら歩く影があります。
 いったい誰?
 6月の蛙が、戦争など関係なく鳴いています。
 そこにもうひとり、何かから逃げているような、モンペの影。
 「こら泥棒ーーッ! 待てぇーーっ!」
 その片足を引きずっていた男は道端に座っています。
 色眼鏡をかけた、どうやら傷痍軍人のようです。
 泥棒を追いかけてきた男が、その傷痍軍人にどこへ逃げたか聞きます。
 「あっちや…」
 傷痍軍人は、その泥棒をかばって追手を撒きます。
 「…おい、行ったど」

 物陰から姿を現した泥棒。

 なんと、奈津です。

 顔は泥だらけ。

 ここまで身を持ち崩してしまったのか。

 「なんじゃお前…ごっついべっぴんやの…腹減ってんのか?…食わしちゃら…来いや…」

 いかにもやばそうなその男。
 奈津に向かって、手を差し出します。
 おずおずと、その男の差し出した手に、手を伸ばす奈津。

 「(ものが考えられへんようになってました)」。

 ここに、糸子のナレーションがかぶさるのです。
 ものが考えられなくなっていたのは糸子ですが、奈津もそうだったことをここで暗示しているのです。
 まるで魅入られたようにその男についていく奈津。

 そしてトンビならぬB29の舞い飛ぶ青空。
 7月です。
 もう敵機は毎日のように悠々と制空権を掌握している。
 無策。 無策。 無策。
 空襲警報は朝昼晩どころか、四六時中鳴っている状態。
 対空砲とか迎え撃つ友軍機とか、そんなもんなどな~んもない。
 まるで手足をもがれたような無策ぶりです。

 「(なけなしの食べもんを、あっちへ運びこっちへ運び、食べてへんし、寝てへんし、なんやもう、ものが考えられへんようになってました)」

 糸子が向かった山中町の疎開先では、千代がうつろな目をしてうちわを仰いでいる。 倒れ込む糸子。 蝉が鳴いている。 小原の店に戻っている糸子。 自分がどこで何をしているのか。 まったく分かっていません。 糸子が動いているのは、ただ食べなならん、という、生き物としての最後の本能だけです。

 「結局、蛍て見れたんやろか…」

 千代に聞くことも忘れていた、のか。 自分が蛍を見ることを忘れていたのか。 そんな宙を舞うような疑問を糸子が考えているとき、公報の配達人がやってきます。

 「ご愁傷様です――」

 蝉がシュワシュワ鳴いています。

 「ご苦労さんです――」

 ぼけーっとしたまま、心ここにあらず、といったふうに頭を下げる糸子。

 蝉がシュワシュワ鳴いています。




 水曜放送分。

 誰もいないオハラ洋装店の店先。

 糸子はぼんやり、夫勝の戦死公報を手にしています。

 5月18日、湖南省の病院で、戦病死した、と書いてあります。

 「…ほうか…」。

 糸子は何の感情も出さずにつぶやきます。

 蝉が鳴いています。

 勝の遺骨の入った箱を抱えて帰ってくる糸子。

 木岡のおっちゃんは、いつもは頭が上がらない自分の妻に 「うるさい!」 と吐き捨てながら、声を絞り出します。

 「わしは見ん。 もう…もう、うんざりじゃ…!」

 木岡の妻はそれを怒ることなく、店から出ないまま、静かに手を合わせます。

 誰もがもう、まわりの男たちが死んでいくことを、いまさらあえて悼む気持ちが消えている。 働き手が次々死んでゆくこの国。 手足をもぎ取られてもなお生きなければならない昆虫のもとに群がる蟻のように、ひっきりなしに鳴る空襲警報。 その死の匂いを嗅ぎつけて、手ぐすねを引いて襲いかかろうとしている国。

 そんななかでただ食べるためだけに無意識のまま生きている汝臣民ら。
 蝉がシュワシュワ鳴いています。

 「(とにかく食べてへんのと寝てへんのと、熱いんとうるさいんと、…

 …あっついなあ…。

 なんしかものが考えられません…)」

 ここまで来るともう、夫が浮気してたんちゃうとかもうどうでもよろしい。 考えることが出来れば怒ったりまだ自分にも感情が残っていたことが分かるのですが、考える気力すら奪っているんですよ、戦局の著しい悪化が。
 喪服を着て葬儀をしていたかと思いきや、また逃げ惑う糸子たち。
 こないだは西のほうが危なかったのに、今度は東が危ない。
 どこもかしこも結局危ない。
 絨毯爆撃で逃げるとこなんかあらへん。
 殺気を帯びてくる消火訓練。
 澤田のオバハンも、もう食べてないせいかフラフラです。
 バケツの水は目標の目印に命中するけれど、それがなんやっちゅうねん。

 「(言われるままに逃げて…。

 言われるままに動いて…。

 食べもんを届ける…。

 寝れる時に寝る。

 でも寝てられんと起きる(空襲警報に飛び起きる糸子たち)。

 そんなんで…)」。

 オハラ洋装店に飛び込んでくる安岡の息子、太郎。

 泣き崩れる八重子。

 泰蔵の、戦死公報です。

 手も足も、もうすっかり食われてしまいました。
 自分で動くことはままなりません。
 よう見ときや。
 目をそらさずによう見ときや。
 これが戦争やねん。
 目ぇそらしたらあかん。

 私が小学校高学年時代に歴史の教科書を読んで戦慄したのも、まさにこの部分でした。
 手足がもがれていく感覚。
 自分の国が死んでゆく瞬間。
 それなのに、まだ悪いことが積み重なっていく状況。
 特にポツダム宣言から原爆投下、ソ連の不可侵条約一方的破棄による北方領土占拠。
 この国は、まさに一度、死んでいるのです。
 戦後、日本人が、もう戦争はこりごりだ、と感じたその息吹は、だから私の胸に刻み込まれています。

 泣き叫ぶ八重子の姿をぼんやり見ていた糸子。 自分の気持ちがどこにもないことを自覚しながらも、こう考えています。

 「(けど、これはこれで楽や。

 悲しいっちゅうんはつらいし、つらいんはしんどい)」。

 糸子は千代に、神戸の工場もお屋敷も空襲で焼けてしもうた、と話をしています。
 「ほうか…」
 気の抜けたような千代の返事。
 伏せったままのハルおばあちゃん。
 そこに優子と直子が、戯れに集めてきた、赤い花びらを、糸子の手のひらに無邪気に載せるのです。
 鮮烈なまでの赤。
 糸子はこんな無邪気な子供たちの思いに無表情を貫くことが出来ず、なんとか微笑みを作ろうとします。

 山中町から生気の抜けたような顔のまま帰って来た糸子。
 商店街は人っ子ひとりいず、ゴーストタウンのようです。

 不意に聞こえてくる、お囃子の音。

 それはまるで、過ぎし日の鎮魂歌のように、糸子の心を動かし始めます。

 だんじり祭り。
 颯爽とした父、善作の姿。
 まぶしいまでにかっこいい、泰蔵の姿。
 巨大な山車を引く男衆、そのなかに勘助の姿。
 それを喜々として見送っていた、少女時代の糸子。
 それがモノクロームの景色の中で、通り過ぎていくのです。

 そして娘たちから手渡された、赤い赤い花びら。
 モノクロームの画面に色を添えていきます。

 再びモノクロームの画面。

 善作との、今生の別れとなった温泉行きの場面。
 夫勝との、やはり今生の別れとなった、出征の場面。

 そして今。

 誰もいない商店街に、ひとりたたずむ糸子。

 あのお囃子の音は、死んだ男たちが鳴らしたものだったのでしょうか…?

 糸子は、だんじりの山車が置かれている場所にやってきます。
 そこにいたのは、木岡のおっちゃん。
 まさか木岡のおっちゃんがお囃子を鳴らしていたわけではないと思うのですが。

 だんじりを見上げる糸子。
 木岡のおっちゃんはその場から離れようとします。

 自転車の倒れる音。
 おっちゃんが何事かと振り向くと、糸子が泣いているのです。
 気持ちもなにも全部なくしてしまったかに思えていた糸子が。

 おそらく糸子は、だんじりを見て、過ぎし日に自分が感じていたことを、すべて取り戻したのでしょう。
 あんなに最悪のことばかり起こったのに、だんじりはこうして変わらず、自分の目の前にある。
 あの頃自分は、みんなは、人間らしい心を持っていた。
 人間たちが、そこにいた。
 自分の娘たちは、こんなひどい状況でも、そのことをまだ忘れずにいる。
 いや、忘れる方法を知らないのかもしれない。
 どうしてこんなになってしまったのだろう。
 アメリカが憎くてたまらない?いや、そこに責任を転嫁するのはお門違いなような気がする。
 戦争を始めた軍部が悪い?いや、戦争に勝って浮かれていたのは、紛れもなく自分たちではなかったか。
 もうあの頃は遠い。
 みんな逝ってしまった。 父親も。 夫も。 憧れていた人も。 かけがえのない友人も。
 くやしい。
 でもその悔しさを、どこにぶつけていいか分からない。

 それまで死んでいた感情をすべて解き放ったかのような、糸子の怒りに満ちた、悲しみに満ちた、慟哭。

 画面を見ながら、凍りつきました。

 木岡のおっちゃんが、心配そうに糸子に寄り添います。
 地面に散らばった、赤い花びら。

 もうこれ以上、なんと表現していいのか、ちょっと分かりません。

 けれども警報は、また無情にやってくる。
 手足をもがれてもなお、警報はすべての静寂を駆逐して、やってくるのです。

 「山中町に、爆弾が落ちた!」

 木之元が大慌てで糸子に知らせにきます。
 なんであんな過疎地帯に?
 もうふざけんな。
 そんな文句なんか、なんの意味もない!

 「優子! 直子! 聡子! お母ちゃん! おばあちゃん!」
 「糸子ー! 糸子ー!」
 「大丈夫や! お母ちゃん、来たよってな!」
 「おかあちゃーん!」
 「お母ちゃん、逃げるで!」
 「どこへ?」
 「川や! みんなで水ん中飛び込も! 燃やされへんよって!」
 焼夷弾が落ちてくる、ヒューという、打ち上げ花火のような音。
 かなりの爆音とともに、画面が大きく揺れます。
 至近距離に落ちたようです。
 立ち上がる煙。
 泣き叫ぶ子供たち。
 逃げられず、その場にひとかたまりになる一家。
 糸子は憎しみに満ちた目を上げ、ひとり屋外に出ていきます。
 火の粉が、まるで蛍のようです。

 「…うちは死ねへんで…!

 死ねへんで!!」

 B29に向かって叫ぶ糸子。

 山中町の焼ける様子を遠くから見ている者がいます。
 奈津と、あの傷痍軍人です。

 「わしは空襲なんぞなんも怖ない。
 燃やされて困るもんやら、ひとっつもないよってな。

 …お前もそやろ?」

 奈津はうなづきます。
 けれどもうなづく瞬間に、涙がこぼれます。

 「泣くなや」

 手を肩に回す男。
 奈津は涙を流し続けます。

 この場面。

 男は何かを失えば、絶望する。
 「ゲゲゲの女房」 でも、戦争で希望を失い、遊び呆けていた旦那さんがおりましたよね。
 けれども女性は、たとえ手足をもがれようとも、次の命の萌芽をそこに見ている。
 だから悲しみを感じないなんて冷笑主義には、なかなか陥らないのです。
 女性は泣きながら、あらたな気力がわき上がるのを感じる。 現実主義なんですよ。
 男性はその点、絶望に陥ったら、甘えん坊みたいに拗ねてばかりですな。

 8月15日。

 ワケの分からない玉音放送を聞いた後、木岡のおっちゃんが絶望した声で、「日本が負けたー!」 と騒いで回っています。

 「あ~負けたんや~! 負けたんやで、日本が!
 畜生ォォォーーーーっ! 負けてもうたんやぁぁ~~~っ!」

 みんなが出払ったあと、糸子は淡々とラジオを消し、立ち上がります。

 「さ。

 お昼にしようけ…」。




 なんや結局、いつもと同じくらいの労力と長さになってもうたやないの(笑)。
 「紅白」 で今さっき、椎名林檎サンが 「カーネーション」 歌ったのを、奇跡的に聞けたけど、「紅白」 の時間までかぶってもた。
 頭ん中、完全に岸和田弁や(爆)。
 もう 「紅白」 の実況をする気力、のうなってしもたわ。
 それではみなさん、もう今年はこれでしまいですわ。
 よいお年をお迎えください。
 ほななー。

« 独断と偏見によるベストドラマ2011 | トップページ | 「第62回 紅白歌合戦」 2011 頑張ろうばかりではつらくなる »

NHK朝ドラ 「カーネーション」」カテゴリの記事

テレビ」カテゴリの記事

コメント

リウさん、レビューお疲れ様です。
今週の放映分3回、普段の半分なのですがその
濃密さは、前半が凝縮されたといってもいい
感じですね。
日常生活が蝕まれていき何も考えられなくなる
事で、戦争の恐ろしさ、虚しさを痛いほど
感じさせられるのですが、糸子がだんじりを
見て号泣したように、幸せだった日々との
対比がこれでもかというくらいこちらの心を
揺さぶります。
特に前半の幸せの象徴だった祝言のエピと
今週を見比べると、もう涙が止まりません。

あの時代と比べて、今は戦争こそないけれど
ロクでもない世の中だなあ、と感じますが
それでもこんなドラマが作れる、というだけ
でも、日本!まだ捨てたモンじゃない、と思う
ようにして新しい年を迎えようと思います。
来年こそ良いお年を!

fuku様
年またぎになってしまいました。 あけましておめでとうございます。 本年もfuku様にとって、ご多幸な年になりますように。

やはり終戦までの日々を土曜日までの6日間やる、というのはさすがにきつい気はしたのですが、3日でもじゅうぶんきつい。 しかしこのくらいの苦痛は覚悟しとかないと、当時の人々はそれこそ、そんな覚めない悪夢を何年も重ねてきたわけですから。

だんじりと共に、だんじりに見守られながら生きてきたがゆえに、だんじりを見た瞬間、糸子に人としての感情が戻ったのでしょうね。

私はこのような極上のドラマを見られることは奇跡だ、と考えながら見ておりますので、fuku様よりは悲観的かもしれません。 新年早々イカンなあcoldsweats01。 希望を持ってまいりましょう!

リウ様、明けまして御目出度う御座います。
本年も宜しく御願いします。

ウトウトしながらも紅白視聴後、新春初感想UPさせて頂きます。

総集編前編見ました。第1話、あんな、かいらしいデュオで始まったんですね♪
最終回、正司歌江さんも加え「それでは皆さん、御機嫌よう」と、あのメロディーラインで締めたら面白いかもしれません。

年末エピ、たった三話でも手抜き無し。
木岡のおっちゃん、縫子のトミちゃんが、いい味を出してました。
空襲警報の最中、パニックを起して一歩も動けないトミちゃんの姿が、リアル描写でハラハラしました。
現代的な切り口、斬新でしたね。

だんじりを見上げる、木岡のおっちゃん。
在りし日の光景を回想し、泣きじゃくる糸子を無言で見守る姿。漢でした。
玉音放送後「負けてもうたんやー」と叫ぶ姿は、国の歩みと軌を一にしてきた、日本男子の側面が垣間見えたのでは。
男は「負けた」女は「終った」の捉え方、秀逸です。

空襲の夜景を、奈津と見上げる兵隊ヤクザ。
リウ様の見解とは異なりますが、自分にはアクティブで強かな側面の有る男に映りました。おまけにかなり厭世的。
奈津、堅気の人生を捨てて、男と共に道を極める玄人を目指すのか?

劇中では語られませんでしたが、平吉の安否は?
成長した安岡次郎と三郎は、ゴン太坊主になって喧嘩三昧に明け暮れ「岸和田少年愚連隊」になるか?
八重子さん、安岡家最強伝説を確立か?

「カーネーション」後半に期待大です。

M NOM様
あけましておめでとうございます。 新年早々、眠い目をこすりながらコメントをお寄せ下さり、感謝に堪えません。 M NOM様にとって本年が、人生最良の年でありますよう心よりお祈り申し上げます。

…なるほど、M NOM様は最初からご覧なのではなかったのですね。
私はあのオープニング、なかなか危ういものを感じたんですよ(笑)。
あれと、糸子がだんじりミシンに乗っかっているシーン。 ちょっとアレかなーなんて(爆)。 で、最初の2週間くらいは、ちょっと疑心暗鬼になりながらレビューし続けました。

でもああいう、ベタのそしりを免れないような演出をすることを、このドラマって結局怖がってなかった、と今は強く感じるんですよ。

最後もあのパターンで、というM NOM様のアイディア、いつもながら秀逸でございますね。 素晴らしいパッケージングだと感じます。

奈津と傷痍軍人が街の燃えるのを見ていたシーン。

私はやはり奈津の涙が、糸子が流した涙と繋がっているような気がしたんですよ。

ここまで身を持ち崩していても、まだ泣ける気力は残っている。
泣ける、ということは、まだゼロからでも立ち直れる火種は、ぶすぶすとくすぶっている。
この世を見据えた気になって冷笑している傷痍軍人には、その点でまっとうな人間に立ち直っていく素地が見えませんでした。 あのままいけば、傷痍軍人はそれこそ、やばい人間になってこの世を泳いでいくしかないような気がいたします。
だから奈津は、自分がまともに生まれ変わりたいならば、いつまでもあの男と行動を共にするべきではない、とも感じますね。
私、男には少々厳しいのですcoldsweats01

「岸和田少年愚連隊」、笑いました。 相変わらずユーモアが冴えていらっしゃいますね! 私も 「正司にメアリー」 ではうまいことやった、とほくそ笑んでいたのですがcatface、M NOM様のセンスには敵いません。

それではこのドラマ、後半戦も楽しんでまいりましょう!

新年、おめでとうございます。
今年一年は、さて、どんな年になりますことやら。

で、さっそくのレポですが・・・、
>誰もがもう~
から始まるリウさまの一節、さすが詩人でいらっしゃいますね。
表現の見事さにうなりました。

あの地面に零れ落ちたカーネーションの花びら。
希望が地に落ちたとも思えるし、
男たちが流した血にも見えて。
崩れ落ちた糸子のそばにすぐに行かず、まず倒れた自転車を起こしたおっちゃん・・・。
なんていったらいいんだろう、
もうどん底まで落ちた人たちにとって、表面だけの同情や慰めなんて、
屁の足しにもならんのですね・・・・・。

このことろ何年間か、朝ドラで(だけに限定しなくても)、ここまでリアルで迫力のある戦争時代の描き方、なかったように思います。

戦争を知らない世代にも、ここまでのドラマが作れたんですねえ・・・・。
(以前にもこの話題が出ましたが、リアルに戦闘場面や戦争時代が描けないのは、平和が続いているということで、アメリカがリアルな表現ができる、だから良いとは限らないなとも思うんです)

おっちゃんの
「戦争が終わった、負けてもうた」というセリフには悔しさがにじみ出ていましたが、
「終わったんやて?」と家をぞろぞろ出ていく女連中には、どこか、
「解放された」という明るさがにじみ出ていた…と思うのは、私の気のせいでしょうか。

「ご飯食べよ」という糸子のふてぶてしさ。
憎たらしくならないのは、なぜなんでしょうね、
女性=おばちゃんの本質的な強さだからかしら。

東欧が自由化された時にも、解放離婚が流行したそうですけど、
男は体制が崩壊してしまうと、もうエネルギーがなくなってしまって、何もできなくなっちゃうんですって。
酒に逃げて文句ばっかり言っている夫と、どんなことをしてでも生き抜こうとする妻との間にすれ違いができて、離婚したんだそうです。


安岡家はフィクションなんですね。奈津もフィクションのような気がしましたが、どうなんでしょう。
お嬢さん育ちの彼女も、未熟なツッパリを捨てて、これからたくましく生きていくんでしょうね。
あの男性は、たくましく混乱の時代に生きていけるような気がしますけど。(=レッド・バトラータイプ?)
どういう形でこの二人が再会するのか・・・、
楽しみでなりません。

マーシー様
あけましておめでとうございます。 本年もマーシー様にとってご多幸な年となりますよう、心よりお祈り申し上げます。

寝正月で寝てたんですが、地震で起きてしまいました。 確か新年をまわって30分くらいの時も茨城のほうで地震があったし、1月1日から揺れるなよな~という気分になります。

「誰もがもう」、の部分、どこだったっけな?なんて、探すのに苦労いたしましたcoldsweats01。 もうそれくらいレビューがダラダラと長くて(笑)。 おほめ下さり恐縮です…。
花びらを希望とか男たちの流した血とかに変換できるマーシー様のほうが、よほど私よりも詩人でいらっしゃいます。

以前にも言及しましたが、この時代、ホントに10年足らずなんですよね。
その10年足らずは、まさに破壊の10年足らず。
建設は死闘、破壊は一瞬、と申します。
破壊することがどれだけ、人々の人生に大きな暗い影を落としていくか。
まさに大震災も同様だと感じます。
放射能によって、わが故郷が住めなくなる地域になってしまうとは。
私などはもういい年行ってますから、別にいいんですが、問題なのはこれから何十年後かに放射能の影響が病気になって現れたとき、それを政府がどうにかしてくれるのか?という点であります。
話はまさに、これから50年、100年後の未来、のことなんですよね。
これは先の戦争とまったく同じ性格の、暗い影響になっていく、と思うのです。

新年早々暗い話で申し訳ありませんがbearing

戦争が終わったとき、確かに鬼畜米英によってひどい凌辱が行なわれるのではないか?みたいなことを考えた向きもあったかもしれません。
でももともと、欧米に対する好意的な見方は存在していたわけだし、やはりもう、空襲の不安に悩まされることがなくなってほっとした、という気分のほうが大きかったのではないか、という気もいたします。
鬼畜米英なんて、お上がことさら大げさに喧伝していただけ、と見る向きもあっただろうし。

自分の人生がうまくいかなかったからと言って酒におぼれる男って、私も結構見ております(ハハ…)。

どうして男って、こう悲観的でニヒリズムに浸りたがるんでしょうかね。

リウさん。明けましておめでとうございます。
新年早々の地震は、またか!と肝を冷やしました。結構長く揺れましたから
大事に至らずホッと胸を撫で下ろしました。
もう、暫く試練は勘弁してほしいと思いました。
とにもかくにも、今年も宜しくお願い致します。


昨年の(いつもこの時期はへんな感じです)ベストドラマの選出は納得でございました。
やはりカーネーションがその座を獲得しましたか…
年末にきちんと戦争を終わらせて、新年は希望の一歩から描かれるようでホッとしました。

シュワシュワシュワ…
五月蝿い、暑い暑い夏。終戦の年はほんとに暑かったようですが、体感温度はさらに過酷だったかもしれません。
ワタシ、夏が昔から嫌いで蝉の声は不快な周波数なのかなんもやる気がでなくなってしまうので、劇中の糸子の無力感は自身に迫りました。

赤い花びらに一筋の光がさし、もうなんも考えられんようになっていた糸子の手足をもがれた心に小さな皹が入った瞬間

それからだんじりのお囃子が聞こえてきて導かれるようにだんじりの前に佇む糸子の脳裏にモノクロームで去来する去りし日々の幸せな光景…

絞り出すように号泣する泣き声

『泣き、なっちゃん』と寄り添ってくれる人のいなかった時代の残酷さ。
家長として社長として、盾になり守っていかなければならない若干30歳の女性にはどれ程の重圧がかかっていたことでしょう。

食べること、寝ること
これが妨げられることは『人間』を一時死なすことなんだと、わかりました。
死なさなきゃいきてけない

礼節などはそれがあってのこと


これの表現


言葉がなく
ただただ涙
でした。


それでも、どんなに追い詰められていても、人にとって未来をかんじ、希望すること
これは動物にはない人間の独自性だと思います。

希望をもつということ

ワタシは前編最後の回でそれを一番感じました。

それにしても、木岡のおっちゃんのさりげなさ。死なへんで!と怒る糸子の強さ。
『さ、お昼にしよけ』とラジオを消しポツポツと歩く後ろ姿で前編を〆る演出の秀逸さときたら…

安堵というより長編映画の幕間という感覚で休憩に入った感
で強制的に休んでいるこちらは『早く早く先を見せてくれ!』と禁断症状に陥る始末

マズイ。非常にマズイ。
と思いつつやめられないなぁ
あと3ヶ月も見れると思うと、心のお年玉をもらった気分です。

リウさんのレビューもとてもとても楽しみにしています。
今年も宜しくお願い致します。

みち様
今年もどうぞよろしくお願いいたします。 みち様にとって、今年が人生でいちばんの年になりますよう、心よりお祈り申し上げます。

ベストドラマ選出は、ちょっと反則すぎたかなと、反省しております。 ただ、物語が半分でも、2位以下のドラマが追い付けないです、「カーネーション」 には。 物語の後半を見ずとも、この時点でもう、ベストワンだったのです、私にとっては。

けれど反応がまったくございませんでしたので(毎年結構ベストドラマの記事にはコメントが寄せられるのです)、これは失敗したかな、と(笑)。

まあもう、これを機に、ベストドラマはやめといたほうがいいですね。 みち様のご感想を読ませていただいてようやくほっといたしましたが、もう今年はいたしませんbearing

私も夏は嫌いです(笑)。 寒いのは厚着をすればなんとかなるけれど、熱いのは、もうどーにもなりませんからね(爆)。

敗戦の夏(いちいち奈津と変換してしまうな…笑)。

暑かったとは申しますが、今ほどじゃないでしょうね、いくら暑くても(笑)。
今朝、地球上でいちばん暑い場所、とかいうテレビをやってましたけど、その低地地帯のすぐそばにあるアフリカの高地で気温が26度とか、熱帯ちゃうやん!とツッコミ入れまくってました。 日本のほうがよほど熱帯やっちゅうの。 もう温帯ちゃうで。 日本は熱帯や!(爆) (ちなみに地球上でもっとも暑い場所の気温は、55度とか…死ぬ…笑)。

おそらく終戦の夏も、せいぜい平均気温が30度を超えたくらいじゃなかったのかな、なんて感じます。 私の子供のころ(1970年代)は、気温が30度あるって大騒ぎしていた記憶があるんですよ(記憶違いかもしれませんが)。

今回のレビュー、出来るだけドラマに合わせて芸術的に、単なる情景描写だけにせず書きあげたつもりでしたが、いかがでしたでしょうか。
その表現の拙さは別として、納得して書こうとすると、3回分でも1週間分6回と同じくらいの長さになってしまうということなんですよね。 つまりこのペースでいつもの6回分をレビューしてしまったら、いつもの倍はかかる、ということになってしまう。

これでも、優子と直子のケンカのシーンとか、削ったつもりなんですが…。

中身が、圧倒的に濃すぎます。 レビュワー泣かせです。 でも頑張ります。

リウさん。

今日は娘に付き合って福袋、ゲットしに出掛けました。
街は昨年の暗さはどこに?といった風情で賑わっていました。

そういえば、心斎橋の百貨店の初売りで、糸子達姉妹も福富久箱?を買っての帰りの電車で嬉しそうに箱の中身の話してたこと、思い出しました。
あの頃は、お父ちゃんも健在で勘助も疲れた糸子に肩をかして寝かしてあげてましたね。


ワタシは年が明けても何やらパッとしません。年々疲れがたまり、容易に復活みっちゃんになれないのです。
年のせいだなんて思いたくなかったけど、気持ちはまだ30代のつもり(この中途半端さもビミョー (笑)だったけど。あ〜嘘はつけません。

ささ様ではないですが、ワタシもぎっくり腰の常習者で整形外科では軟骨がつぶれたレントゲンを見せられて愕然といたしました。
お大事にって言葉も、昔より使う頻度が増してます
これが年をとるってことなんだ…と感じてます。
それにしても、みなさん記憶力が凄いですね。ワタシ、それは若い時からザル脳でどんどん忘れてしまうので、ちょっぴりコンプレックスです。
ただ、忘れる って欠点ではありますが大いなる長所でもあると、友達に言われたことがあり、それが支えです。

忘れる力はある意味切り替えが早いから、悪いものを引きずらないんだよ。と…嬉しかったです。

でも
忘れてはいけないこと、これは忘れちゃだめだってことは、気持ちにリンクさせてインプットしておかないとだめですね。

なかなか難しいのですが…
記録にとるようにすればいいんでしょうかね


ふと思ったんですが、女はあんな酷い経験をしてても現実的に生きてゆくことができるようにできているのかしら?
コシノさんも戦後復興をなし得たのはそんな逞しい女の力があったから、とおっしゃってましたが、男も女も人間という括りでは同種ですが、本来は全く違う生き物なのではないかなぁ
だからそういうふうに元々できているから、どこまでも平行線の部分は否めないのかもしれませんね。
目標がなくなってへなちょこになる(男は)のは一点に集中することが男として生きていく全てだから仕方ないことかもしれません。
今まで何度も『あ〜嫌だ嫌だ!でもしゃあないなぁ』と家族のためにと動いてこれたのはこれまた女の特性なんでしょうね。
『負けてもうた』に対して『終わったんけ』と言う女達『さ、お昼にしよけ』と呟く糸子。

このセリフひとつとってもあやさんの非凡さがわかるというものです。

みち様
再コメント下さり、ありがとうございます。

なにをするにも 「カーネーション」 の記憶がついてまわる…、これってなんだか、個人的にですけど、失恋した時の感情に似ている気がします(笑)。
なにをやっても、どこに行っても、「ああこれはあの人と一緒にやった」「ああここはあの人と一緒に来た」 と思い返してしまう(笑)。
福袋ひとつ買うにも、「あああのときはみんな若くて、善作お父ちゃんも生きてた」 って切なくなったり(切なくはなってないですか…笑)。

私もいい加減トシ食ってきたのかな、なんて考える時があります。

疲れがたまる、んですよ(笑)。

寝りゃ治ったんですけどね、つい数年前までは(笑)。

今年はワヤワヤな寝正月になってしまって、録画を貯めていたのを見倒そうなんて思ったのにほとんど手つかず(笑)。

気持ちが若いまんまで体がついていかないから、ぎっくりも起こすんでしょうかね。
ホントにあれは、ともすれば常習化しますよね。
どうもひどいと、脊髄からヘンな液が出てくるとか。 軟骨成分がすり減って、グルコサミンが必要かも(あ~なんか、年寄りの話題みたいだ…爆)。

ストレッチのほかに、背筋を鍛えたほうがいいみたいですよ。 うつ伏せになってエビぞり運動(お達者クラブだこれじゃ…笑)。

でも、みち様。

忘れることが出来るっていうのは、人にとって大切な能力だと私は思いますよ。
私の場合は忘れなければ生きていけないような、思い出せば恥ずかしいことの連続です。

それに私だって、ポンポン固有名詞が出てくるわけではありません。 時にはハテ、あの役者さん、なんて名前だったか?と、ウィキペディアを首っ引きにして返信をすることがありますから。
なにも引け目をお感じになることはございません。

いや実際のところ、私も 「女ってしたたかだよなあ」 と思うことは、結構あります。
失恋しても引きずらない(個人差はありますが)。
無くしたものは返ってこない、と割り切りが早いんですよ。
男は執着心が強くて、いつまでも済んだことをウジウジウジウジ(爆)。 記憶力がいいのもこういうところで大きな障害となるんですな(笑)。

終戦の際の木岡のおっちゃんと糸子の対象的な反応。

やはりこれは、鮮やかな対比を見せることが目的のシーンだった、と思うのです。

女はたくましい。

戦後になると、糸子のだんじりぶりが加速しそうです。

リウさん。

だんじり、走り出しました!

行けぇ〜糸子〜!って感じです。

ところで、年末の話になって恐縮ですが『カーネーション 質問にお答えします』 ご覧になりましたか?
その中で、オノマチさんが一番印象に残っているシーンについて二宮星ちゃんがかいらしくインタビューしていたんですが、意外にも『ふたりの糸子のうたのシーン』だそうです。
これから始まるんやなぁ〜と思ったそうです。

何度も朝ドラのオーディション受けて落ち続けてやっと手にしたヒロインの役。感慨もひとしおだったんでしょうね。

普段のオノマチさんは気さくで、ほんと気持ちいい人。
motherでの虐待母の面影は微塵もありませんでした。
motherといえばこれから出演予定の糸子に深く絡んでくる相手役が、なんと綾野剛さん。
まなちゃんを虐めていた虐待男!
長髪をバッサリ切って、さてどのような演技を見せてくれるか…それもとても楽しみになりました。

カーネホリックの日々はまだまだ続きます(笑)

みち様
コメント下さり、ありがとうございます。

「カーネホリック」 って、造語ですか(笑)。 「カネ中」 じゃだめか(笑)。 カネ中じゃ、金の亡者みたいか(笑)。

綾野剛サンと言えば、今NHKBSで放送している 「開拓者たち」 で、満島ひかりチャンの弟役で出ておりますね。 憲兵になってしまって、とても葛藤している役です。 「Mother」 のころはコイツ許せねぇ~みたいに思ってたのですが、もともと仮面ライダーだったらしくて(笑)。

もし綾野サンと尾野サンが芦田愛菜チャンの目の前に現れたら、愛菜チャンは立ったまま失神…それはないダロー(ひとりボケツッコミ…笑)。

でも尾野サンの役者根性から行くと、けっして笑顔を見せなかったんじゃないかって思うんですよ、「Mother」 撮影中のとき、愛菜チャンに。

ほかのインタビュー記事で感じたのですが、尾野サンってかなりナイーヴなような気がいたします。 人見知りらしいし、念願の朝ドラも、いざ主役を勝ち取ってみるといろいろと悩んでいるようだったり。

あ、「お答えします」、見ましたよ! ふたりの糸子の歌のシーン、ほかのかたのコメントにも書きましたが、私はしょっぱなから 「なんじゃコリャ」 と思ったんですけどね。 尾野サンにとっては印象的だったんですねー。 今にして思えばしょっぱなのこの歌、「このドラマ、人からどう思われようとかまわない」 という渡辺あやサンの開き直りだった気がします。 二宮星チャン、「あかり」 って読むんですネcoldsweats01。 インタビュー度胸も満点で見ていて危なっかしくなくて、なんとも末恐ろしいですcatface

13週、再見レビューです。
ホント、この週はフルサイズならどうなったやら。

>清三郎の認知症
やっぱり「ふたりっ子」が元ネタかな。こちらでは高島忠夫、共に元東宝トップスターというのが怪しいぞ(笑。神戸の震災にショックを受けた形で麗子の娘である双子を香子&麗子の子供時代と思ってました(子役の香子と二宮糸子に言動から容姿からソックリ。ステレオタイプの難波っ子といってしまえば、それまで?)。
しかし、やはり「カーネーション」はより深みのある内容にしてます。一番の成功者に思えた清三郎氏にも尊敬する人がいて、越えられない葛藤を抱えていた。最後の登場で彼は深みが一段、増したと思えました。
また、これが晩年の糸子自身の描写にも繋がる。私はリウ様とは「想い出」の解釈が若干、異なり大切な人の存在はより心の深い所に仕舞い込まれる事で、形に拘る必要がなくなるのだと考えます。糸子が曾祖父の話を初めて聞いたのだと思いますが、清三郎氏は義父を凄く尊敬していて、それは貞子さんぐらいしかもう知る人はいない(後、正三さんが漠然と感じている程度)。実際、若者は年寄りに知らない人の自慢話をされても、あまり感銘は受けませんしね…(写真磨きをさせられた時の里香を参照)。

>「年寄りの寝言」vs「舌打ちはイカンな」
なおハルさんを連れ出すのは糸子(長女)と静子(次女)。やっぱり第24週で年少者達にプライドを壊されまくるのは若い頃の報いでは…。まさに反省なんぞ、せんでも因果は巡る(笑。実はハルさん、疎開先で幼い優子&直子相手に糸子を愚痴り倒していたのでは?殆ど「この子の七つのお祝いに」(←シチュエーション的には「八日目の蝉」の作品)のパターンです。

後、当時は泰蔵の戦死が意外でしたかな。(徴兵時は30歳後半~40歳頃とギリギリで引っかかってしまいましたね。この逆は木之本)従来の作品(「おしん」「すずらん」「おひさま」等)では兄弟がいたら片方が戦死、片方が生還だったもので。これが玉枝さんの精神状態にトドメとなったのが判明するのは次週の話。

巨炎様
コメント下さり、ありがとうございます。
返信がちょっと、遅れました。 本文を読んでいるうちに、バタンキュー、ですわ(笑)。

で。

これ、3回分のレビュー…(笑)。

たった45分なのに、ここまで戦争の悲惨さが余すところなく描写されているとは、放送当時も舌を巻いたものでしたが、今読んでみてまた舌が絡まりまくっております(笑)。

自分で書いていながら、「思い出」 についてどう解釈してたか忘れてる橋本でございますが(笑)、私も巨炎様の解釈には首肯してしまいます(ハハ…)。

私の父親は自分の大伯父のことがとても自慢で(なにしろ福島郡山の紡績会社のドンだったらしくて)、酔っ払うと決まってその話のなるのですが、家族全員誰~も会ったことのない人について自慢話をされても、誰も聞く耳を持っていません(ハハ…)。 私はかわいそうなのでいつも聞いてやっておりますが、確実に自分のなかにもその大伯父が口伝によって生き継がれたような気がする。

清三郎の義父も、残された家族の者が語り継いでいかなければ、歴史の波のなかに消えて行ってしまう存在です。 写真は残るかもしれないけれど、その人がどういう人だったかは、誰も知らなくなる。

空襲でいったん糸子が見捨てた、善作らの位牌。

彼らが生きていた証拠というのは、そら位牌だけでは到底伝わっていきません。

気難しい頑固な人だったのかな。

明るくて何でも聞いてくれるような人だったのかな。

善作や勝について、私たちはそのことを今、知っています。

清三郎のなかで失われつつある、いろんな人たちの記憶。

それはこの週に亡くなっていく幾多の人々の記憶と、同じなのかもしれません。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/521783/53614221

この記事へのトラックバック一覧です: 「カーネーション」 第13週 手足をもがれゆく者:

« 独断と偏見によるベストドラマ2011 | トップページ | 「第62回 紅白歌合戦」 2011 頑張ろうばかりではつらくなる »

2018年12月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          

BOOKS

  • マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 下

    マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 下
     1600ページも費やして、この上下巻はまだ彼らのデビューまでしか書かれていない。 3部作計6巻のうち2巻に過ぎないのだ。 なんと気の遠くなるような作業なのだろう。  本書はビートルズを語るうえで孤高の一作となるはずだ。 虚飾をすっかり剥ぎ取った、20世紀最大の奇跡に潜む真実が、これを読めば理解されるはずである(当ブログ紹介記事より抜粋)。 本書下巻では、1962年のレコードデビューまでが書かれています。

  • マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 上

    マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 上
     1600ページも費やして、この上下巻はまだ彼らのデビューまでしか書かれていない。 3部作計6巻のうち2巻に過ぎないのだ。 なんと気の遠くなるような作業なのだろう。  本書はビートルズを語るうえで孤高の一作となるはずだ。 虚飾をすっかり剥ぎ取った、20世紀最大の奇跡に潜む真実が、これを読めば理解されるはずである(当ブログ記事より抜粋)。 この上巻ではビートルズの祖先から遡ってリバプールで人気に火が付き始めたところまでが書いてあります。

  • ポール・デュ・ノイヤー: ポール・マッカートニー 告白

    ポール・デュ・ノイヤー: ポール・マッカートニー 告白
    まず驚かされるのが、表紙のポールの写真です。 よくこんなのが採用されたな、というくらい、刻まれた年輪が顕著に分かる 「年老いたポール」。 飾り気のないその写真に、「素のポール」 をあぶり出そう、という心意気が見える。 そして実際、著者のその目論見は、成功しているように思えます。 何より大きいのは、「NME」「Q」「MOJO」 など音楽メディアで長年記者を務めてきた著者がポールと同じリバプールの出身者である、ということ。 さらにポールと同じファースト・ネームであること。 だからポールはまるで自分の分身に話しかけるかのように、時折同郷人にしか分からない言葉で気さくに著者に話しかける。 この本を読む者は、まずその 「不思議なリラックス感」 に包まれるはずです。  本の構成は大きく二つに分かれます。 前半ではビートルズからウィングス、ソロに至るポールのたどってきた長い長い歴史、後半ではポールの人格に迫る試みがなされていく。 そのインタビューは、一気に行なわれたものではありません。 著者がNMEの記者だった1979年のものから、明示はされていないがおそらく2013年、「NEW」 の発売前後が最新のものではないか、と思われます。 実際読んだ感覚では 「キス・オン・ザ・ボトム」 あたりが最新のような気もする。 その30年以上にわたる膨大なポールへのインタビューを、項目によって構成し直しているようです。 ですから、今年(2016年)亡くなったジョージ・マーティンについてのポールの見解であるとか、最新の情報が提示されているわけではない。 ポールの情報というのはこの歳になってもなお日々更新型ですから、その点については物足りなさが確実にあります。 さらに、30年以上というとポールのものの考え方にも変化変遷があってしかるべきだと思うのですが、30年以上をリミックスにかけているからその変化というものがつかめてこないもどかしさがある。 表紙を飾ったポールの 「老い」 という問題にも、この本はきちんと答えてくれているわけではない。 さらに言えば、ジョン・レノンの死について多くが割かれているのとは対照的に、2001年に亡くなったジョージ・ハリソンの死についての記述はない。 正直なところ、このような本を読み漁ってきた身としては、衝撃に値するような情報が書かれているわけではありません。 しかし前述したような、リラックスしたムードのなかでポールと語らっているような疑似体験を共有できる強みが、この本にはある。 この本全体に貫かれているのが、この心地よさなのだ、と思うのです。 その心地よさが乱れるパートがあります。 自身の失敗作、どうでもいい作品について語るときのポールは多分に感情的になりがちであり、イライラした様子を隠しません。 特に 「シークレット・フレンド」 を語るポールのくだりはポールファンなら一読に値する部分でしょう。 しかしそのイライラも、ポールの人間性が垣間見える瞬間としてこの本にとっては必要なパートなのです。 3000円以上と、この本は決して安くはない部類の本です。 ただその値段に見合うパフォーマンスは兼ね備えています。 この本と付き合った1か月足らずの間、心地よい体験をすることができました(アマゾンの自身のカスタマーレビューより)。

  • : レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]

    レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]
    全200ページ程度のボリュームのなかで、キャンディーズに関する特集記事は50ページ。 ただし、これが濃い。 全シングル曲、ほぼほとんどのアルバムの解説は当然として、彼女たちの芸能界における歴史から見た考察、コメディエンヌとしての彼女たち、DVD解説など多岐にわたり、キャンディーズが分析されています。 特に圧巻は、レア音源に関する記述。 ここまで調べている読み物には、個人的にはお目にかかったことはありません。 700円。

MUSIC

  • ザ・ビートルズ -

    ザ・ビートルズ: サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド(スーパー・デラックス・エディション)(4CD+DVD+BD)
    ロック界、いや、すべてのポップミュージックにおけるアルバムの中で史上最高と称され、すでに世界文化遺産の域にまで達しているこのアルバム。 そのアルバムの発売50周年を記念して、スペシャルエディションがリリースされます。 なかでもブッ飛ぶのがこのスーパースペシャルボックスセット。 CD4枚組であらたなリミックスのステレオ盤1枚、モノ盤1枚、初期テイク集が2枚、さらにブルーレイ1枚とDVD1枚で5.1サラウンド、ハイレゾ音源、ドキュメント映像 「メイキングオブサージェントペパーズ」 のデジタルリマスター等々、卒倒するようなラインナップです。 18、000円プラス税と値は張りますが、史上最高の名盤だからこそこれは買い。 5月26日の発売までに予約をしておけば、アマゾンならば値下がりした時に値段がそのあと高騰しても最安値で購入できます。 ビーファンならずとも、これは注目ですぞ!

  • 山口 百恵 -

    山口 百恵: ゴールデン☆アイドル 山口百恵(完全生産限定盤)
    全シングルA・B面プラスボーナストラック(「あなたへの子守歌」)を、山口百恵名義としては初のブルースペックCDとしてリリース。 音はいわゆるドンシャリ系ではなく、アナログ盤に準拠した原音に忠実な印象です。 パッケージングはアナログシングル盤サイズで中袋、CDを納めるケースが完全にドーナツ盤をイメージしています(よく言えば斬新…笑、悪く言えばチャッチイ…笑)。 しかしその発想は買える(笑)。 ほぼ原寸大のシングルジャケットと裏の歌詞カードの複製ブックレット。 ただスキャニングは欲を言えばもう一歩。 当時シングル盤を中心に聴いていたかたなら、この編集盤はかなりの 「買い」 です。 しかしこのジャケット表紙の写真、スッピン風で個人的にはすごく好き。

  • デイヴ・グルーシン&リー・リトナー -

    デイヴ・グルーシン&リー・リトナー: Two Worlds / Grusin & Ritenour
    NHK朝ドラ 「花子とアン」 で美人のスコット先生が夜な夜な歌い、チビはなチャンがすっかり覚えてしまったイギリス民謡、「ザ・ウォーター・イズ・ワイド(流れは広く)」。 このアルバムでルネ・フレミングが歌っていたのを思い出しました。 ルネのソプラノはけっして大袈裟でなく上品で、私のとてもお気に入りのソプラノ歌手ですね。 このアルバム自体は全体的にクラシックにギターのリー・リトナーが絡むフュージョンぽいものなのですが、故・黒田恭一サン評するところの、「大人が聴く音楽」。 胸を締め付けるような哀しみと、すべてを包み込むようないたわりに満ちていて、私の人生のなかでも最上位に位置する愛聴盤です。

  • 桜田淳子 -

    桜田淳子: ゴールデン☆ベスト 桜田淳子~シングル・コレクション
    彼女の活動期に発売されたシングルをすべて網羅したベスト盤。 確かに後年のものほど馴染みがありませんが、選曲漏れがないので、彼女の存在とは何だったのか自体に思いが至るベスト盤です。 音も楽器の音像がよくてなかなかいいマスタリングをしている気がします。 2600円程度で推移しています。

  • ザ・ビートルズ -

    ザ・ビートルズ: ザ・ビートルズBOX(限定生産品)(USBメモリ)
    パソコンにUSB端子があり(たいていついてると思います)、パソコンで音楽が聴ける環境をお持ちの人ならば、聴くことができます。 現在のテクノロジーで最もいい音質で聴ける、ビートルズの音楽です。 ただし国内版にもかかわらず、訳詞とか一切なし。 ジャケットもブックレットもパソコンデータ。 純粋に音楽だけ楽しみたい人向けです。 また、曲間にコンマ何秒かのブランクが入ります。 「アビイ・ロード」 のメドレーも同様です。 しかし、音はさすがに、すごい。 大きな音量であればある程、目の前にビートルズが迫ってくる勢いです。 ツヤが違います。

  • The Beatles -

    The Beatles: The Beatles [USB]
    こちら上記の海外版。 内容的には国内版とほぼ一緒なので、値段が安いこちらのほうがいいでしょう。

無料ブログはココログ