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2011年12月 8日 (木)

ジョン・レノン31回目の命日に思う、ジョン受難の時代

 今日はジョン・レノンが凶弾に倒れてから31年目の命日である。

 去年は生誕70年、亡くなって30年、という節目の年だったためにかなり話題にのぼっていたが、今年はしずかなもの。 たまに 「ジョンが捨てた歯がオークションにかけられた」 とか 「便器がオークションにかけられた」 とか、アホみたいな話題ばかりが思い出したみたいにニュースで話題になるだけだ。

 そして特に日本だけだと思うのだが、ジョンのパートナーだったヨーコ夫人によるトリビュート・ライヴ、「ジョン・レノン・スーパーライヴ」 に誰が出たとか彼が出たとか、そんなニュースもこの時期だけの特徴的な傾向だ。 今年はこのライヴになかなか出なかった桑田佳祐サンが初めて出るらしいのだが。

 それにしてもジョン・レノンファンの私がここ数年如実に感じるのは、ジョンに対する評価が矮小化されつつある、という危惧である。

 ビートルズ解散後のジョンの活動期は、おおざっぱにとらえて10年。
 そのうち正味5年くらいしか、ジョンは音楽活動をしなかったわけであるが、この活動期間の短さは、ジョンのフォロワーである私にとって、年を経るごとに致命的となりつつある。

 つまり、いくら内容の濃いソロ活動をジョンがしたと言っても、その評価をするには、いい加減限界がある、ということなのだ。

 これは私だけの感じ方かもしれないが、音楽評論家たちのジョンに対する近年の記述などを読んでいて思うのは、「もうジョンについてはいくらゾーキンを絞っても新しいことなんか出てきやしない」、という諦めの態度だ。
 10年くらい前まではそれでも、「現代のミュージック・シーンにジョンが与えている影響」 みたいなものを論評する素地があった。
 しかしここ数年は、海外で製作されるジョンの映画を契機として以前の知識を引っ張り出し、ジョンが自分の人権を守るためにどう努力したのか、とか、FBIやら国家権力とジョンがどう闘ったのか、とか、そんなことばかりだ。
 さらに去年新たに発売されたソロ時代のリミックス盤と、以前のリミックス盤との違いとか。
 もうなんか、叩いて叩いてようやくホコリを出しているような状態。
 だがジョンの活動年数がこれ以上伸びようがない現状を考えると、それはもうどうしようもない事実、でもある。

 さらに私が危機感を抱いているのは、ジョン・レノンが平和の使者であるかのような評価と、それに反駁する人間ジョンとしての評価が対立する構図が、ここ数年のうちに固定化されすぎている、ということについてだ。

 ここでクローズアップされねばならないのは、先ほど話題に出た 「スーパーライヴ」 をはじめとする、ヨーコ夫人の 「ジョン・レノン啓蒙運動」 である。
 彼女のジョン啓蒙の活動は、「ジョンをいつまでも覚えていてほしい」 という気持ちの発露であることは疑いがない。
 正直、ジョン・レノンがこれほど巨大なイコンを継続してきたのは、元ビートルズという肩書もさることながら、ヨーコの啓蒙による部分がかなりを占める。 このことは否定できないだろう。
 しかし彼女の活動が、ジョンという人間のイメージを固定化してしまっている、ということもいっぽうでは言わねばならない。
 このことについてヨーコを責めるのはお門違いだ。
 われわれファンが、ヨーコから受け継がれてきた啓蒙活動を、発展し継続させていかねばならないのは自明なのだ。

 しかしここ最近、ことにビートルズファンは、ジョンを忌避する傾向があるように思えてならない。
 これは単に比較論、としての考察なのだが、ジョージ・ハリスンは没後10年、ということでその伝記映画が話題にのぼり、そのソロ時代の音楽性に対する再評価も高まっている。
 ポール・マッカートニーはすでにジョンのソロ活動期間を30年以上も上回り(ジョンの音楽活動停止期間を含めるともう35年以上になる)、その評価の機運も、近年とみに高まってきている。

 それに比べてジョンはなんだ。

 ビートルズファンよ、ジョンの作品は、「なんでも鑑定団」 のテーマ曲、「ヘルプ!」 だけなのか?(極論…笑)。

 自分たちがジョンの曲に脳みそをグチャグチャにされ揺さぶられまくったことも忘れて、「ヨーコがジョンを冒涜してる」 とかいう感覚で、ジョンを評価しようともしない。
 「ジョンはもう卒業」 とばかり、命日になるのにジョンの曲をリクエストしようともしない(これ、ラジオ日本放送の 「ビートルズ10」 のことをあからさまに言ってます…笑)。

 結局このことを言いたいがために、シチメンド臭い理論を長々と展開してしまった…(爆)。

 ビートルズファンよ、ジョンに対する感謝を、今一度思い出そう!

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ビートルズ」カテゴリの記事

コメント

リウ様、こんにちは。
コメを書きたいと思いながら、書き始めると時間がかかるので、書けないでいました。

私が初めて自分からビートルズを聴いたのが、35年前、中1の時でした。
その頃は、イーグルスとかキッスとかベイシティローラーズとか人気でしたが、隣の席の男子が「基本はビートルズだぜ」と言ったので聞いてみた次第です。

性格的なものや曲の感じからいって、女の子はどうしてもポールの方が好きですよね。
ジョンは・・・暗いイメージ。
ジョンのソロアルバムを聴いても、万人受けするとは思えないです。(でも、たまに聴きますが)

それから、私はヨーコの存在がジョンの評価を下げているような気がします。
オノヨーコを好きだという女性はあまりいません。
正にヨーコと同年代の女性も「ああいうタイプはキライ」と言います。
どうしてヨーコは日本人女性から嫌われるんでしょうか?
話はそれますが、ヨーコの肩書きは「芸術家」だそうです。
確かどこかのお嬢様で、芸術系の大学を出てるとか。
あの時代に働きもしないで、親のお金で好きなことして、ジョンと出会って結婚して「私はあのジョンのパートナーなのよ」って顔してるところが、他の女性の反感をかうのでしょうか?
実際はどういう方かはわかりませんが。

先日ラジオを聞いていたら、ジョージが91年に行ったツアーで、クラプトンがギターをひいた「サムシング」が流れてて、「うわ~、こりゃスゴイ」ってなりました。
それがきっかけで、ここ1ヶ月、車の中で聞いているのはビートルズです。
クラプトンがジョージの奥さんと何かあったとかって話もありますが、2人はずっと友人だったんでしょうか?
リウさま、知ってたら教えて下さい。

chie様
コメント下さり、ありがとうございます。

知ってたらって、知りすぎてます(爆)。 ビートルズに関することなら、歴史知識よりかなり私はお役に立てます(ハハ…)。

35年前、と言いますと、私と一緒です(私のほうがちょっとだけ早いかも?)。 35年前私は小6でしたが、ちょっと前から聴き始めていました(張り合ってます…爆)。

で、まずヨーコ夫人についてですが。

確かに彼女に対する風当たりは昔っから強いですね。

お察しの通り彼女は小野財閥の令嬢で、ジョンと出会うかなり前から前衛芸術家として活躍していました。 ジョンと出会った場が、ロンドンでの個展だったということですから、その道ではそれなりに活動していた、と言えるのではないでしょうか。
まあ親の金でそういうことが出来た、という側面もあるかと思いますが、箸にも棒にも引っかからなければ個展なんか開きようがないですからね。
前衛芸術家としてはいっぱしの地位も得ていた、と考えられます。

ただ、前衛芸術、というのは、私も美術にはちょっと詳しいですが、かなり強い自我が必要です。

他人から見てアホか、と思えるようなことを生真面目にやりとおすんですからね。

便器の話を本文で書いたのでその話をしますが(笑)、展覧会に便器を置いて 「これは芸術作品だ」 と言い放った前衛芸術家もおりました。
かの有名なジョン・ケージは、ステージに置かれたピアノの前に座ったきりほぼ何もせず、その時間がそのまま題名になった 「音楽作品」 もありました。 ヨーコも似たようなことをやってたわけです。

で、ジョンはそんなヨーコとロンドンの個展で出会ってしまったのですが、ジョンを惹きつけたのは、ヨーコの作品から感じられるポジティヴなメッセージだった、と言います(詳細を書くとまたまたさらに長くなるので割愛)。

当時は前衛、というジャンルがまだまだ未来の可能性を開くエポックメイキングな側面があったと思います。 ジョン自身も美術学校の出身でしたし、そこらへんの感性のアンテナがヨーコのそれと合致したのでしょうね。

ここまで来ると私はもう、歴史の必然というようにふたりの出会いをとらえています。

ヨーコが意図を持つ持たないに関わらず、ジョンはヨーコに、惚れちまったのです。

結果的にヨーコがジョンを利用しているようにも見えてしまうし、前衛芸術家としての自我の強さが醸し出す押しの強さにもあまり好感は持たれないだろうし、彼女のポジションはとてもかわいそうな部分もある、と私は思います。

でも、彼女は別にジョンと付き合わなくても、実家がじゅうぶん金持ちだったし、そしてかなり実業家として才能がある、という意外な側面もある。
これって意外と見落とされがちなのですが、重要なことですよ。

私は 「もしジョンがヨーコと出会わなかったら、ビートルズはこれほどまでに評価され続けるバンドにはなっていなかった」、と考えています。
ビートルズを劇的に終わらせるカンフル剤として、ヨーコの役割は歴史上欠くことが出来なかった、と思うのです。

そして彼女はジョンを忘れさせないための啓蒙活動をし続けている。 これはお金が儲かるとか、そういうことでやってるわけでは全然ないんですよ。 さっき書いたように、彼女はもうじゅうぶんお金持ちなのですから。

好感を持たれづらい人かもしれませんが、彼女のスタンスは一定の理解をしてもらいたいなぁって、個人的には思います。 ジョンが日本に興味を持つきっかけとなった人だし、ビートルズと日本が強烈に結び付けられている原因のおひとりなんですから。

長くなってすごく恐縮ですが、ジョージの奥さんとクラプトンについて。

何かあったって、ありまくりました(爆)。

クラプトンがジョージの奥さん、パティを略奪してしまったんですから(かなり話を省いてます)。

クラプトンは 「いとしのレイラ」 でその自分自身の心情を歌いそれが代表曲に。 名曲 「ワンダフル・トゥナイト」 もパティのことを歌った曲です。
ジョージはそれに対して、結構恨み節全開の替え歌をアルバムに入れたりしてますが、不思議なことにこのことがふたりの友情に深刻な影響を及ぼすことがなかった。

クラプトンはその後パティと別れてしまいますが、おそらくパティに対して忸怩たるものがジョージもあったせいで、あまり友情にひびが入らなかったんじゃないでしょうか。

chie様がいいなーと思った91年の日本公演ですが、これもお互いの友情が成し遂げたツアーでして。

ジョージの生前最後のツアーって、この日本でしかされてないんですよ。

一説によればジョージが愛息を失くして落ち込むクラプトンを励ますために話が持ち上がった、とも言われていますし、クラプトンが音楽活動から遠ざかっているジョージを引っ張り出すために、「日本ならファンの反応がいいから」 と持ち出された話、とも聞いています。
どっちにしてもお互いがお互いのことを考えて持ちあがった話のようです。

このほど公開されDVD化されているジョージの伝記映画(スコセッシ監督)で、クラプトンがジョージに関してかなり突っ込んだ話をしているという噂もちらほら。 見てみたいですね。

いやー、ビートルズに関して話し出すと、止まらないんですよ、自分。

chie様、ムチャクチャ長い返信になってしまって大変申し訳ありません。 とんだスズメバチの巣をつついてしまいましたねcoldsweats01

すっごい詳しいリコメありがとうございます。

そうですか、オノヨーコに関しては私自身はあまり興味がなかったので、他から聞いたイメージでいましたが、一度ウィキでも読んでみます。

ジョージとクラプトンて、そんな事情があったんですね。
11月の終わりに金沢でクラプトンのライブがあって、私は行かなかったのですが、すごく良かったそうです。
演奏も地方だからといって手抜きすることもなく、かっこよかった~って。
その前には、エアロスミスもきたし、クリストファー・クロスが来たり・・・何で金沢???って思います。
来年はオサリバンも来沢します。

ジョージの伝記映画見てみたいですね。
レンタルしてるのかな?要チェックです。

ジョン・レノン、私もニガテなんです。
私は、父にビートルズやカーペンターズを、オープンリールのテープで聞かされていたので(爆)リウ様よりもっと年季が入っているかもです。
でも私は明確に、ポールの曲の方が好きですね・・・未だに、レノンの曲は回避してしまうことがあります。

なんででしょうね。
未だに、ジョン・レノンに対する評価というのがわからないでいます。

 私は1953年生まれの名古屋在住の普通のサラリーマンです。
 12月9日、私に起きた少し楽しい出来事を紹介します。
 その日の朝、私はいつものように起きてあとから起きてきた家内に言いました。
「きのうちょっと変わった夢をみたけど何だったと思う?」
「さあ、また夢の中であせっていたの?」と家内。
「実はビートルズがうちに来たんだ。午後ずっとスケジュールが空いているからうちでゆっくりしてるって。で、ジョージは兄貴(私の兄、大阪在住)が街へ連れて出てジョンとポールとリンゴの3人がうちに入ってきたんだ。うちのソファーの僕の左側にジョンが座ってポールが右側に、リンゴはポールの向こうの良平(私の息子)のサイレントドラムの所で遊んでた。僕がジョンに『午後スケジュールがずっと空いてるなんて最近売れてないんじゃない?曲はちゃんと作ってる?』って聞くと、創作意欲はものすごくって曲をたくさん作りたいんだってなことを言ってた」
「ふーん、それからどうしたの?」と家内。
「そんな話をジョンとしていて何かださなきゃと思って、何か飲むかって聞くと飲むってことだから『Coffee or tea?』ってなぜかここだけ英語の会話になってて。3人ともコーヒーがいいっていうんだ。この時一瞬、夢の中だけど『今日は女房がいないけどちゃんとコーヒーが作れるかなあ』という不安が頭の中をよぎったんだ。案の定僕はコーヒーメーカーを家じゅう探し回ってた。どんどん時間が過ぎていくから3人が退屈してるんじゃないかあとあせりだしたよ。で、結局コーヒーが作れないままでこの夢はおしまい。」
「やっぱり、あせる夢だったんだ」
「でもビートルズが我が家に初めて来てくれたし、これまでビートルズが出てくる夢みたことなかったからすごく楽しい夢だったよ」
 そのあと会社に行ってポップスファンの若い部下とお昼を食べながら、何気なくきのう見たビートルズの夢の話を彼にしました。彼は
「きのうはジョンレノンの命日ですよ。それちょっとすごい夢ですね」と。
 私はきのうがジョンの命日だったと聞いてかなり興奮しました。命日だったジョンとだけ会話をして、ジョージは家には入ってきてない・・・。ひとりで変な納得をしていました。私は早速、家内にメールをしました。
「きのうはジョンの命日だったんだ。ちょっとすごくない。コーヒーを3杯入れて応接間にだしといて」
「へー、すごいね。コーヒーはもう遅いんじゃない、でも一応だいとくわ」との家内からの返信。
 その夜、家に帰り応接間を覗くと部屋中にコーヒーのいい香りがただよい、冷めた3杯のコーヒーがありました。私は、テーブルにジョンのCDを立てその前に線香を3本供えました。そして久しぶりにジョンとビートルズのCDをずーと聴いていました。
 この日の話はこれだけです。夢と命日は全くの偶然です。でも世界中の私のようなビートルズファンの心のどこかには30年たった今でもジョンがずっといるのだと思います。多くの人に私と同じようなジョンからのメッセージがきっと届いているでしょう。

chie様
再コメント下さり、ありがとうございます。

chie様のご友人、羨ましいです。 なんたってジョージの生前最後、のツアーだったのですから。 私はその時分会社の都合もあり、さらにまさか生前最後になるとも思わなかったためにそのライヴには行きませんでした。

金沢でライヴが多い、というのはなぜなんでしょうね? 風光明美なところだからかな? 雪の季節には私も訪れてみたいですconfident

ジョージの伝記映画は、前後篇合わせて3時間、という長尺らしいです。 レンタルするかどうかは分かりませんが、私が足しげくコメントを投稿しているサイトの友人たちの話では、とても評判がよろしいです。 特にリンゴの話には泣けるらしい…。

ヨーコサンに関して、私もこのブログでいろいろ書いておりますので、もしとてつもなくおひまでしたら(爆)、カテゴリ 「ビートルズ」 でサーフィンしてくださいませ。

めんどくさいなぁぁ…という場合はこちら→

「徹子の部屋」 オノ・ヨーコ出演http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/10/post-b41c.html

「金スマ」 オノ・ヨーコ出演
http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/12/post-ad1a.html

samatha様
コメント下さり、ありがとうございます。

ジョンについては少々とっつきにくい点は多々あるかと存じます。
なにしろシニカルでラジカル。

しかしジョンは 「ビートルズの良心」、なのです。

彼がビートルズの存在に与えた功績は、確かに楽曲の良さよりも、精神的な支柱たりえた部分かもしれないです。

そして彼は終生、「自分にウソをつきたくない」 という姿勢を貫き通した。
ビートルズという偶像が巨大になっていくのにそのことに抗うのは、かなりの精神的な戦いがあったと思うのです。

40歳という年齢で死んでしまったために、彼の方法論というのは、もうすでに彼の年齢を越してしまっている我々からすると、稚拙な部分もあることは否定できません。

けれども彼はいくらまわりからバカにされようと、自分の主張を貫き通した。

その部分でジョンは、もっと評価すべき人物だ、と私は確信しております。

舞鶴 戎様
はじめまして。 コメント下さり、ありがとうございます。

ジョンの命日は日本時間では9日、ですから、まごうことなくジョンの命日にジョンの夢をご覧になった、ということですよネ!
いいなぁ~。 羨ましいです。 そして何より、偶然にしてはすごすぎる!

私も昔はそういうアンテナがあったんですけどねぇぇ…。
詳しくはこちらに書いてますけど。
http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2008/12/post-db15.html

…また張り合ってしまった…coldsweats01

張り合いついでに(笑)私も夢の中でビートルズ全員としゃべったことがあるのですが、全員ものの見事に日本語で(爆)。

デビュー曲、「ラヴ・ミー・ドゥ」 の英語ってなんかヘンだ、みたいなことをメンバーたちとしゃべってるんですよ(ワケが分からん…爆)。

夢のなかのジョンが、「創作意欲はすごくある」 なんて、実際もそうだったんだと思うんですよ。
ジョンは戎様の心を借りて、そのことを訴えたかった気がするなあ…。

それにしてもジョージは戎様のお兄様に連れられて、どこに行ったのでしょうかねー。

道頓堀かな?(「ブレードランナーの世界だ」、とか…笑)。

夢から覚めて、出すことの叶わなかったコーヒーを3杯入れるなんて、戎様、カッコよすぎです!
きっと線香の香りより、ジョンはコーヒーの香りのほうにつられて、戎様のお宅に伺ったかもしれないですね。

 私はジョン・レノンが亡くなった時、高校3年でした。私の後ろに座っていた柔道部の男子でエレキギターを趣味で弾いていた子が、次の日一日中泣いていました。彼ももう立派な大人でしょうね。

 でも私はビートルズの全盛期はリアルタイムでは知らないし(お子様だったので)、ジョン・レノンはオノ・ヨーコさんと結婚してからの平和活動の方が印象的です。

 大震災後、いろいろなところで何度か「イマジン」を聴きました。人間が苦しみの中にある時、とても優しく慰めてくれて、励ましてくれる曲だと思います。私はこの曲を作ってくれただけでも、ジョンに感謝しています。他にも彼の名曲はいっぱいあるでしょうけど。ジョンがヨーコさんと結婚したことで、今でも彼女の存在を疎ましく思う人は、ジョンに素直になれないのではないでしょうか。彼女の啓蒙活動も含めて。高校の同級生だった泣いていた彼は、「奥さんのことより、ジョンの音楽が好きなだけだから」とさらっと言ってましたけど。

 でも、リウ様の「ビートルズ愛」はなかなか深いですね。

 

 

 

 

ささ様
コメント下さり、ありがとうございます。 「カーネーション」 の記事書きに没頭して、返信が遅れました。 申し訳ございません。

高校3年で泣くな、っつーか(私も意外に冷たい…coldsweats01)。
私は涙こそ出ませんでしたけど、もう呆然自失でしたね。
ショックというか、その喪失感は日を追うごとにかなり深刻なダメージになっていきましたけど。
少なくとも3、4年くらいは、その喪失感に悩まされましたよ。

そしてやはり、ジョンのことを真に理解するには、ヨーコ夫人のことを理解しなければならない、というのが私の自説であります。

ジョンをミュージシャンとして見るか、人間ジョン・レノンとしてとらえるかで、ヨーコに対する評価も変わってくるとは思うんですけどね。

歴史と同じで、ビートルズというアイコンは、なかなか底なし沼なんでございます(笑)。

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BOOKS

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     1600ページも費やして、この上下巻はまだ彼らのデビューまでしか書かれていない。 3部作計6巻のうち2巻に過ぎないのだ。 なんと気の遠くなるような作業なのだろう。  本書はビートルズを語るうえで孤高の一作となるはずだ。 虚飾をすっかり剥ぎ取った、20世紀最大の奇跡に潜む真実が、これを読めば理解されるはずである(当ブログ紹介記事より抜粋)。 本書下巻では、1962年のレコードデビューまでが書かれています。

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    まず驚かされるのが、表紙のポールの写真です。 よくこんなのが採用されたな、というくらい、刻まれた年輪が顕著に分かる 「年老いたポール」。 飾り気のないその写真に、「素のポール」 をあぶり出そう、という心意気が見える。 そして実際、著者のその目論見は、成功しているように思えます。 何より大きいのは、「NME」「Q」「MOJO」 など音楽メディアで長年記者を務めてきた著者がポールと同じリバプールの出身者である、ということ。 さらにポールと同じファースト・ネームであること。 だからポールはまるで自分の分身に話しかけるかのように、時折同郷人にしか分からない言葉で気さくに著者に話しかける。 この本を読む者は、まずその 「不思議なリラックス感」 に包まれるはずです。  本の構成は大きく二つに分かれます。 前半ではビートルズからウィングス、ソロに至るポールのたどってきた長い長い歴史、後半ではポールの人格に迫る試みがなされていく。 そのインタビューは、一気に行なわれたものではありません。 著者がNMEの記者だった1979年のものから、明示はされていないがおそらく2013年、「NEW」 の発売前後が最新のものではないか、と思われます。 実際読んだ感覚では 「キス・オン・ザ・ボトム」 あたりが最新のような気もする。 その30年以上にわたる膨大なポールへのインタビューを、項目によって構成し直しているようです。 ですから、今年(2016年)亡くなったジョージ・マーティンについてのポールの見解であるとか、最新の情報が提示されているわけではない。 ポールの情報というのはこの歳になってもなお日々更新型ですから、その点については物足りなさが確実にあります。 さらに、30年以上というとポールのものの考え方にも変化変遷があってしかるべきだと思うのですが、30年以上をリミックスにかけているからその変化というものがつかめてこないもどかしさがある。 表紙を飾ったポールの 「老い」 という問題にも、この本はきちんと答えてくれているわけではない。 さらに言えば、ジョン・レノンの死について多くが割かれているのとは対照的に、2001年に亡くなったジョージ・ハリソンの死についての記述はない。 正直なところ、このような本を読み漁ってきた身としては、衝撃に値するような情報が書かれているわけではありません。 しかし前述したような、リラックスしたムードのなかでポールと語らっているような疑似体験を共有できる強みが、この本にはある。 この本全体に貫かれているのが、この心地よさなのだ、と思うのです。 その心地よさが乱れるパートがあります。 自身の失敗作、どうでもいい作品について語るときのポールは多分に感情的になりがちであり、イライラした様子を隠しません。 特に 「シークレット・フレンド」 を語るポールのくだりはポールファンなら一読に値する部分でしょう。 しかしそのイライラも、ポールの人間性が垣間見える瞬間としてこの本にとっては必要なパートなのです。 3000円以上と、この本は決して安くはない部類の本です。 ただその値段に見合うパフォーマンスは兼ね備えています。 この本と付き合った1か月足らずの間、心地よい体験をすることができました(アマゾンの自身のカスタマーレビューより)。

  • : レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]

    レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]
    全200ページ程度のボリュームのなかで、キャンディーズに関する特集記事は50ページ。 ただし、これが濃い。 全シングル曲、ほぼほとんどのアルバムの解説は当然として、彼女たちの芸能界における歴史から見た考察、コメディエンヌとしての彼女たち、DVD解説など多岐にわたり、キャンディーズが分析されています。 特に圧巻は、レア音源に関する記述。 ここまで調べている読み物には、個人的にはお目にかかったことはありません。 700円。

MUSIC

  • ザ・ビートルズ -

    ザ・ビートルズ: サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド(スーパー・デラックス・エディション)(4CD+DVD+BD)
    ロック界、いや、すべてのポップミュージックにおけるアルバムの中で史上最高と称され、すでに世界文化遺産の域にまで達しているこのアルバム。 そのアルバムの発売50周年を記念して、スペシャルエディションがリリースされます。 なかでもブッ飛ぶのがこのスーパースペシャルボックスセット。 CD4枚組であらたなリミックスのステレオ盤1枚、モノ盤1枚、初期テイク集が2枚、さらにブルーレイ1枚とDVD1枚で5.1サラウンド、ハイレゾ音源、ドキュメント映像 「メイキングオブサージェントペパーズ」 のデジタルリマスター等々、卒倒するようなラインナップです。 18、000円プラス税と値は張りますが、史上最高の名盤だからこそこれは買い。 5月26日の発売までに予約をしておけば、アマゾンならば値下がりした時に値段がそのあと高騰しても最安値で購入できます。 ビーファンならずとも、これは注目ですぞ!

  • 山口 百恵 -

    山口 百恵: ゴールデン☆アイドル 山口百恵(完全生産限定盤)
    全シングルA・B面プラスボーナストラック(「あなたへの子守歌」)を、山口百恵名義としては初のブルースペックCDとしてリリース。 音はいわゆるドンシャリ系ではなく、アナログ盤に準拠した原音に忠実な印象です。 パッケージングはアナログシングル盤サイズで中袋、CDを納めるケースが完全にドーナツ盤をイメージしています(よく言えば斬新…笑、悪く言えばチャッチイ…笑)。 しかしその発想は買える(笑)。 ほぼ原寸大のシングルジャケットと裏の歌詞カードの複製ブックレット。 ただスキャニングは欲を言えばもう一歩。 当時シングル盤を中心に聴いていたかたなら、この編集盤はかなりの 「買い」 です。 しかしこのジャケット表紙の写真、スッピン風で個人的にはすごく好き。

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    デイヴ・グルーシン&リー・リトナー: Two Worlds / Grusin & Ritenour
    NHK朝ドラ 「花子とアン」 で美人のスコット先生が夜な夜な歌い、チビはなチャンがすっかり覚えてしまったイギリス民謡、「ザ・ウォーター・イズ・ワイド(流れは広く)」。 このアルバムでルネ・フレミングが歌っていたのを思い出しました。 ルネのソプラノはけっして大袈裟でなく上品で、私のとてもお気に入りのソプラノ歌手ですね。 このアルバム自体は全体的にクラシックにギターのリー・リトナーが絡むフュージョンぽいものなのですが、故・黒田恭一サン評するところの、「大人が聴く音楽」。 胸を締め付けるような哀しみと、すべてを包み込むようないたわりに満ちていて、私の人生のなかでも最上位に位置する愛聴盤です。

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    桜田淳子: ゴールデン☆ベスト 桜田淳子~シングル・コレクション
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  • ザ・ビートルズ -

    ザ・ビートルズ: ザ・ビートルズBOX(限定生産品)(USBメモリ)
    パソコンにUSB端子があり(たいていついてると思います)、パソコンで音楽が聴ける環境をお持ちの人ならば、聴くことができます。 現在のテクノロジーで最もいい音質で聴ける、ビートルズの音楽です。 ただし国内版にもかかわらず、訳詞とか一切なし。 ジャケットもブックレットもパソコンデータ。 純粋に音楽だけ楽しみたい人向けです。 また、曲間にコンマ何秒かのブランクが入ります。 「アビイ・ロード」 のメドレーも同様です。 しかし、音はさすがに、すごい。 大きな音量であればある程、目の前にビートルズが迫ってくる勢いです。 ツヤが違います。

  • The Beatles -

    The Beatles: The Beatles [USB]
    こちら上記の海外版。 内容的には国内版とほぼ一緒なので、値段が安いこちらのほうがいいでしょう。

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