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2012年1月19日 (木)

「運命の人」 第1回 新聞って何? 新聞記者って何?

 山崎豊子サン原作、1971年の沖縄返還交渉の際のスクープ記事をめぐる話である、今回のドラマ。
 大まかな設定は事前にドラマ紹介サイトなどで確認していたので、第1回の話を見ていて感じていたのは、「ああそれでああなるのか」 みたいな、いかにもまったりとした雰囲気。 話の先が分かってしまう、というのは刺激的でないですね。

 ただ、ドラマの問題意識を貫いているように思えたのは、この 「沖縄返還の際に日米のあいだで密約があった」 ということが事実であれガセであれ、基地問題が現在に至るまで大きなしこりとしていつまでも居残り続けている、という点であります。

 極東の軍事的な拠点としての沖縄、というアメリカにとっての 「うまみ」 は、沖縄返還の際にも最後まで残しておきたい思惑があることは、外交的に考えればじゅうぶんあり得る。
 そしてアメリカに、他国からの軍事的脅威から守ってもらいたい、というのは、日本のスケベ心としてどうしても存在しているんですよ。

 だからいくら佐藤栄作総理がお涙頂戴で 「沖縄返還の悲願」 みたいなエラソーな大義名分で返還実現を飾り立てたって、「その裏にはいろいろとなんかあるんだろう」 というのは、やはりどうしても透けて見えてしまう。

 「密約」 に関しての私の見解は、まずそんなところであります。 「密約」 に拘泥せずとも、辺野古基地の移設とか今日的なニュースじゃないですか。 このドラマがなぜ今作られるのか、という意義は、じゅうぶんここで発生しているわけであります(「なぜ今その問題が?」 という議論、実は私は嫌いです。 何かから目をそらすためとかいう前に、今だろうが将来だろうが、考えねぱならないことは考えねばならないからです)。

 それにしても、私の住んでいるところの近くには米軍基地がないのでまったく問題に感じたことがないのですが、基地の近くに住んでいらっしゃるかたがたの苦痛はいかばかりかと存じます。

 だいたいあの、戦闘機の爆音。

 かなりのものですよ、あの騒音は。

 テレビとかラジオとか、電話とかネットとか、電波に影響はないんでしょうかね?

 守ってもらってるからしゃーないか、というレベルの話なのかなあ?
 政治家の皆さんは、一度そういうところにお住みになったらいかがでしょうか?
 米軍兵士たちが何かしでかしても指をくわえてなければならないし。
 一度指をくわえてみたらいかがなんでしょうかね?

 まあまあ。

 次に、ドラマ的な体裁について。

 主役の本木雅弘クンが毎日新聞の記者で、真木よう子サンが彼に外交機密文書を手渡してしまう外務省事務官の役。

 全体的な流れを見ていて感じたのは、話がいかにも情緒的な部分に流れつつあるような感覚。
 この話って結局現実でも、下世話な色恋沙汰で処理されもみ消されてしまった、といういきさつがどうやらあったらしいのですが、ドラマの論調もそんな下世話な方向に、行っちゃいそうな感覚なんですよ。

 つまり、真木よう子サンがモックンに、危険を冒してまでマル秘文書を渡してしまう必然性、というものが、今イチ伝わってこない。
 いや、伝わってこないのとは違う。
 真木サンのご主人がはーらーだ泰造(笑…原田泰造サン)なんですが、彼が結核で仕事が出来ない代わりに真木サンは外務省に勤め出した、という事情がまずある。
 その泰造サンがやたらと性格に問題があって、というとっかかりの設定。
 そして自分のボスである石橋凌サンのもとに足しげく通うモックンの男っぷりにほだされて肉体関係になり?モックンのために役に立ちたい、という気持ちが全開ガールになってしまう。

 うーん。

 別にいいんですが、彼女が実は、沖縄県出身だったとか、そういう理由づけがほかにあれば、かなりドラマが下世話な方向に傾くのを防ぐことが出来るのではないか、なんて考えたりしました。 事実がどうだったとかいう話じゃなくて、ドラマの体裁上、です。

 だからこのドラマは、真木よう子サンの凛とした感じ、それでいてフェロモンを発散させている女優イメージに頼って、ストーリーを進めようとしているように見えてくる。
 さらに言えば、モックン演じる新聞記者がやはり男気満々でしかも仕事のヤバさにうなされたりする繊細な部分を持って母性本能をくすぐる、そんな部分に頼って以下同文。

 ただそんな危うさを感じさせながら、やはり社会派ドラマとしての見応えはじゅうぶんなのであり。

 北大路欣也サンの佐藤栄作総理はハンサムすぎてなんだかなあ、という気はするのですが、特筆すべきは柄本明サンの大平サン(のちの総理)。
 「うー、あー」 とか、最初笑いました。
 でも、毎日新聞のモックンに心を許しながらも、実は読売新聞の大森南朋サン(どうやらナベツネがモデルらしい)にも接触しふたりの敏腕記者を手玉に取っていたり、かなりの権謀家。
 不破万作サン演じるところの田中角栄はなんとなく鈴木ムネオ氏みたいだったのですが、彼のやることも毒入り饅頭とか(違うか)かなり露骨で見ていて楽しい。

 なにしろ山崎豊子サン原作のドラマを見ていて楽しいのは、こういった昔の政治家たちの人間的な面白味、なんですよね。
 必要悪まっしぐらで、ブレがない。
 人間的に悪くても、なんか許せちゃうようなところがある。
 ワルの醍醐味、というものが備わっているんですよ。

 そして途中でリタイアしてしまいましたが、このドラマの前作 「南極大陸」 にも共通して言えたんですが、なにしろ昔の大人たちは、ちゃんと大人なんですよ。 せいぜい4、50年くらい前だっていうのに。
 今の大人はダメですな。
 自分なんかその筆頭ですけどね。
 精神年齢が、低すぎるんですよ。
 永遠の少年、なんていうと聞こえはいいですけどね。
 オレなんか、8歳児のまんまだ。

 モックンの妻を演じている松たか子サンなどは、その点に於いてどうも、幼さが抜けきらない、という気はいたしましたが。 まだ 「不毛地帯」 で唐沢寿明サンの妻を演じた和久井映見サンのほうが、大人感があったかもしれない。
 や、演技力は確かなんですけどね。 顔が幼い、ってことです(どうも言い訳じみたフォローだ…)。

 その点に於いて、主役の本木雅弘クンも、なんとなく 「大人」 ということと格闘しているような部分があった気がする。
 実は事前に、彼がゲストで出てきた 「チューボーですよ!」 を見たんですよ。 まあ番宣目的の。
 そこでの彼は、とても軽くてまるでシブがき隊の時代を彷彿とさせるようでした。 とても 「おくりびと」 でアカデミー賞(外国映画部門)を獲った人とは思えないくらい。
 私、学年は違うんですが、彼とは同い年なんですよ。
 で、この時の彼を見ていていたく共感したのですが、自分が大人になっていいのか子供のままでいたいのかが、なんかとても分からないところがある。
 彼は、ある部分ではとても大人の対応が出来る人です。 自分のことを普通の会話でも 「私」 と言ったりする。 別に 「私」 と言やあ大人だ、というわけでもないんですが。
 でも 「チューボーですよ!」 を見ていて、彼は46歳の大人だけれども、実は子供みたいにはしゃぎたくて仕方がない部分の、すごく強い人だ、と思ったんですね。

 その彼が今回のドラマでは、精一杯声を低くして、「大人」 を演じようとしている。

 それは見ているうちにしっくりくるもので、最初感じていた 「声作りすぎ」 とかいう感想はあっという間に消えていったのですが、松サンにしろ、現代の俳優が大人を演じようとするのには、かなり困難が伴うような気は、いっぽうではしたんですな。

 その点では大森南朋サンや真木よう子サンなどは、年が若くても大人を演じられる俳優さんなのかな、なんても感じたり。

 話がダラダラとしてきたので、ちょっと本題に入ります(これから本題かよ)。

 実を言えば私がこの第1回を見ていて一番感じたのは、「新聞記者ってなんだろう、新聞ってなんだろう」 ということでした。

 モックン演じる弓成や、大森サン演じる山部が血道をあげてビッグニュースを獲得しようとする、ドラマはその様子をかなり露骨に描写していきます。
 つまり昵懇にしている外務省の石橋凌サンの机から「極秘」「大至急」 などとハンコの押された文書を黙って持っていくモックン(ドロボーだ)。 田中角栄から賄賂が送られてきたら 「もっとよこせ」 と逆の方法でスクープをものにしていく大森サン(収賄でしょ)。

 よく新聞では 「政府関係者によると」 というニュースソースがありますが、あれってかなり厚顔無恥でないと世間に公表できない話なんじゃないか、と。

 で、そこではたと気付いたのですが、実は40年前の当時より、現代のほうが記者クラブとかぶら下がり取材とかが一般化しすぎていて、今の新聞記者はずいぶん楽チンなのではないか、と。 サラリーマン化しているのではないか、と。

 その是非は別として、新聞記者、というプライドって、今は 「大企業だから」 みたいなものに変質してしまっているのではないか、ということです。
 昔はまだ、「真実を報道することのリスク」 と闘いながら、記者たちは危ない橋を渡っていたような気がする。
 まあ、これは個人的な感想ですのであしからず。

 「新聞記者にとっていちばん大事な原則は、情報源を守ることだ。 極端なことを言えば、そこさえ守れば、真実のためにあとは、何をやっても構わんと俺は思っている」

 「問題意識を持ってアンテナを張るだけだ。 聞いた通りに書く奴は単なるブン屋だとなめられて終わりだ。 本物の新聞記者は、テーマを持って本質を問い続ける 『問い屋』 でなければならない」

 こういう問題意識で記事を書いている記者って、今の新聞社にいるのかな~、なんて感じる(あくまで個人的な感想ですよ)。

 個人的な感想のオンパレードになってしまいますが、私が現在の新聞界を見ていていちばんその問題意識で紙面を作っているのは、東京新聞あたりなんじゃないのかな、なんて感じる。

 あとはみんな、政府の御用聞きみたいな感覚じゃないのかな(あ~あ、私も敵を作りやすいタイプだ…)。

 ドラマ中、でんでんサン演じる毎日の販売部長が 「もっと読者受けするものを書けへんか、新聞読んでるのはインテリばかりとちゃうねん」 とイチャモンをつけてくる。 それに対してモックンは 「部数が欲しけりゃスクープをとって挽回する」 と答えます。

 これって毎日新聞の現実を結構如実に表しているシーンのように私には思えました。

 スクープの毎日。
 新聞協会賞の毎日。

 私がチューボー(ですよ!じゃなくて)の頃から感じていたのは、毎日新聞というのはかなり現実に即した論調の新聞なのではないか、ということでした。
 読売新聞はどちらかというと政府寄り、大衆迎合的。
 朝日新聞は左向き。 産経は右向き。 日経はワケわかんない。

 ただしその毎日も、今ではだいぶ他紙と比べると、紙面は少ないし、スケールが縮こまっている印象がある。 土曜版だ日曜版だ、と大盤振る舞い出来ないほど経営が行き詰まってるのかな、という印象がある。 日曜版なんか、戦時中みたいなのペラペラ一枚ですよ(今はどうか知らない…ここ数年とってない)。

 これって弓成が示していた態度で紙面を作っていった結果、インテリばかりが読む新聞になってしまったせいなのではないか。
 スクープと言っても、そんなに四六時中出るわけでもありませんからね。

 一昔前、毎日新聞は 「いろんな意見を載せる」 というスタンスで紙面を展開していたような気がします。
 でもこれって、「この事象にはこういう意見もあればああいう意見もある」、という切り口を見せるのには寄与したけれども、「じゃあ毎日さん、あなたの意見はどうなのよ」 という決め手を失う結果になっていったような気がするのです。

 新聞の読者というのは、結構断定的な議論をほしがっているような部分がある。

 その点で、読売の場合とても断定的に論旨が展開しているような印象がある。
 朝日の論調も断定的だけれど、どうも朝日の場合は理想論ばかりで机上の空論の傾向がある気がする。

 ただやはり、どんな論調でも、断定的なほうを読者は欲しがるような気がするんですよ。

 だから読売も朝日も、土曜版日曜版が大盤振る舞いできる(スゴイ偏見による極論で申し訳ない)。 毎日よりは儲かっている、ということじゃないでしょうかね。

 ドラマのなかでモックンが語っていたように、戦後の新聞というのは、戦前の大本営発表そのままを垂れ流し、国民を欺いてきた反省の上に立っている。

 でも記者クラブだぶら下がりだって、今の新聞はその反骨精神を、どこかに捨ててしまっていたずらに形骸化した権威だけが残ってしまっている。

 ドラマを見ながらそんなことを、私は考えていたのです。

 再三お断りしますが、これは私だけの感覚かもしれません。
 ただTBSも、同系列の毎日新聞について、結構突っ込んだドラマを作ったなあ、という気はいたしました。
 それともこのドラマのもともとの題材である西山事件について、毎日新聞の正当性だけをクローズアップさせる気なのかな。

 まあそのスタンスはよしとして、いずれにしても見ごたえのあるドラマであることだけは、間違いないようです。

 あ、書き忘れましたが、本文中全部実名で書きましたが、ドラマではみんな架空の名前になってます。

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コメント

>リウさま
御身体の具合、いかがですか。
乾燥や冷えがひどいので、体調崩す人が多いみたいですね。
ご自愛くださいませ。

途中まで見ていましたが、ちょっと肌合いが合わないかなという気がして、リタイヤしてしまいました。
>新聞ってなに?
というリウさまの疑問、私も感じます。
本当に記事も内容もうすっぺらになって、半分以上、広告だらけ。

一時期は、「スクープの毎日」と言われていて、
所沢の産婦人科の事件をすっぱ抜いたのも、毎日の記者で、覆面取材をして、ギリギリのところで書いた、と、知人から聞いたことがあります。

いま、そこまでのリスクを冒す記者もいなくなったんじゃないでしょうか。
みんな、高学歴でいい子ちゃんばっかりになっちゃって。

テレビからも新聞からも視聴者が離れて行っている。それに対しての、郷愁なのか、焦りなのか。
ちょっとわかりません。

リウさまのレポを読んでいて、
佐藤総理が引退するときに、
『新聞記者は出て行ってくれ」と全員追い出し、
ひとりでテレビの画面に語っていたという出来事を思い出しました。

新聞は真実を書かない、
真実は、いま、映像を流すテレビだけ。

彼は、何を語りたかったんでしょうね。

投稿: マーシー | 2012年1月20日 (金) 08時43分

マーシー様
コメント下さり、ありがとうございます。 私の体調をお気遣い下さり、深く深く感謝いします。 ナッソーウェル(そんなに…)といったところでしょうか。 相変わらず無駄に正直ですcoldsweats01

私は序盤の編集部の様子が、「ER」 みたいだなーと思って引き込まれました。 男ってこういうドラマが好きなんですよね(笑)。 政治部に振り回される社会部とか。

それに比べてモックンと真木よう子サンとのやり取りは、なんかお約束みたいな感じで。 モデルの人たちがそんなに美女美男のペアじゃなかったんなら、これってかなりの脚色だぞ、とか(笑)。

佐藤首相の退陣会見は、私もドラマを見ながら連想しておりました。 北大路サンがモックンの失礼な質問にあからさまな敵意を示していた部分ですね。

あれって、佐藤総理は当時の新聞というメディアに、「真実を見抜く力がある」 と畏怖していた部分もあったんでしょうね。

それに比べれば、テレビはありのままに事実を映すと思われがちだけれど、事実は映しても真実は映さない。 実はいかようにも恣意的に与することができるメディアなんですよね。 佐藤首相は政治家のいかがわしい嗅覚で(笑)それを敏感に感じ取ったからこそ、新聞を締め出してテレビだけにした。

それをテレビというメディアが勘違いをしてしまって我が物顔に世の中に君臨して。
でも実は虚構で演出だらけなんだということが、視聴者にバレバレになってしまった。 近頃じゃハイビジョン化で男も女もドーラン塗りたくりまくりなのだ、ということまで露呈した(爆)。

それというのも、社会で働く以上、いかな新聞記者でも、しがらみが発生してしまう、ということが大きい気がします。

私なんぞどこからもお金をもらっておりませんので、好き勝手気ままに書いておりますが、もし東京電力がスポンサーだったら、原発について疑義とか書かないでしょう。

難しいものです。

投稿: リウ | 2012年1月20日 (金) 13時18分

リウさま、はじめまして!

『流れ星』以来、ちょくちょくおじゃまさせていただいています。
私はいろんなドラマレビューサイトを覗いておりますが、
リウさまの、批判していても決してキツくならない、クスッと笑える(時に大爆笑!)のに的を得た文章は本当に稀で素晴らしいと常々思っております。

運命の人、始まりましたね。
山崎豊子さん原作のドラマは内容が難しいのですが興味があり、結構観ている方です。
今回、リウさまの記事を読ませていただいて、「そういうことか!」と理解したことたくさんあります。
不破万作さんは田中角栄なのですね。
私はまんま鈴木宗男さんかと思ってました~
考えてみれば(考えなくても?)あの時代に存在しているはずもなく‥(笑)
自分のアホさ加減に呆れてしまいました^^;)

「新聞って何?新聞記者って何?」
モッっくん演じる新聞記者を見ていると、本当に昔の人(昭和の人)という感じがして、今はあんなにアツい人がいるとは思えない自分がいます。

これからも更新楽しみにしています!

『開拓者たち』第3話のレビューもぜひお願いしますm(__)m

投稿: suica | 2012年1月20日 (金) 21時12分

suica様
こちらこそはじめまして! コメント下さり、ありがとうございます。

私のようなオッサンの繰り出す寒いギャグに笑っていただいているとは、恐縮ですcoldsweats01。 この男は調子に乗らせるといつも失敗します(笑)。 寒いギャグが増えたらsuica様のせいですのであしからず(初見サンに失礼なヤツですし)。

まあ、ムネオ氏はあの時代にも存在はしていたと思うのですが(またご無礼を…)、ムネオ氏という政治家は、角栄サンの影響を多大に受けている部分もあると思うんですよ。
悪いことをしてるのに憎めない。
それはやはり、人間としての度量とか弱点を隠さない人懐こさとか、普通他人に対して身構えてしまう人間の心を砕けさせてしまう何かがあるんでしょうね。

政治家というのは、そこんところを大事にしないと、国民に痛みを強いる政策を打ち出しても説得力に違いが生じてくる。

小賢しい顔をして自分たちはのうのうとして、増税はいずれにしてもしなければならないなんて、理屈じゃ分かっていても反発したくなりますよね。

角栄サンあたりはその点、人心掌握術に長けていたような気がいたします。

はぁ~また話が脱線してしまいました…。

「開拓者たち」 はこの 「運命の人」 と今回だけは放送時間がかぶってしまいましたので、明日の再放送を録画してあらためてレビューしたいと存じますが、私のレビューなんかでよろしいんでしょうか?

話が横道にそれまくりで、ドラマについてちっともレビューしていないのですが…coldsweats01

投稿: リウ | 2012年1月21日 (土) 11時21分

ご無沙汰しております。久しぶりにドラマをまともに見ましたので久しぶりに寄ってみました。西山氏が今も裁判を起こして活躍しているのを見ているだけに、このドラマはカッコよく描きすぎと感じます。
まだ私のドラマ日照りは続きそうな気配です。カーネーション花盛り、ますます頑張ってくださいませ。こっちは時事批評でやり抜きます。また、寄ります。

投稿: リーン | 2012年1月22日 (日) 23時44分

昨日、一部分見ました。
で、ダメだった理由がわかりました。
モックンの声の出し方です。
低すぎて、わざとらしい。
他の役者さんがいいし、いかにもの描き方が多いので、見ることができないのがちょっと残念。

「昭和」っていうと、必要以上に力んで、大声出している演技が目立つけど、そこまでしなくても・・。
「カーネーション」だって、自然体なのにちゃんとあの時代のエネルギッシュな雰囲気が出ているのに。

「銀龍」には大爆笑。
これ、http://akasaka-kinryu.com/pages/2.us.html
「金龍」のことじゃないでしょうか。

赤坂はTBSの目と鼻の先ですしね~。

最近は、WOWOWで面白そうなドラマやっているようですね。
DVDになったら、借りようかな。

投稿: マーシー | 2012年1月23日 (月) 06時50分

またまた横の話題ですが、
「シャーロック3」、制作決定だそうです。
私のネタ元は、こちら。

http://news.benedictcumberbatchfanjp.org/

投稿: マーシー | 2012年1月23日 (月) 06時52分

横から失礼します。

いきなりですが・・
>マーシー様
シャーロック情報ありがとうございました!

「運命の人」
本木くん、頑張っているのですが、私もマーシー様と同じ印象を持ちました。なんか作りすぎてる感がしますcoldsweats01
本木君は、あまり強気の性格ではないらしいです(「はなまるカフェ」に出てらして、やっくんと話されていましたが・・)ので、その分、頑張ってるせいかもしれませんね。

また、同じ時間帯の枠で、「南極物語」、そして「運命の人」と昭和前半の時代を扱うというのも、今の若者世代の人たちには受け入れられないかもですね。

もちろん、沖縄の基地問題の根本がここにあるという訴えもわかってはいるのですけれど・・・

リウ様のおっしゃる、新聞記者のサラリーマン化。確かに番組の中での「新聞記者とは!」みたいな気概のある人たちの比率は非常に少なくなっているのではと思います。警察官、教師も・・・

今は人並みで十分、どうしてそれ以上を望まなくちゃいけないの?何事も波風たたないのが一番。
(何でも手に入る豊かな時代になっちゃったせいでしょうかbearing)

こういう風潮が長く続いて停滞モードで漂流中の日本なんじゃないかな?
なんて思ったりしてます。

投稿: rabi | 2012年1月23日 (月) 12時17分

リーン様
お久しぶりです! コメント下さり、ありがとうございます。

たま~にリーン様のブログには寄らせてもらっておりますが、なかなか時事問題から離れることのできない状態が続いておりますネ。 私もこのところ社会的な発言をこのブログですることが多いのですが、この国について考えていると、どうにも絶望だけが先立ってしまって…。 若者が世の中を変えたい、と思い出した風潮に期待はしておるのですが。

それにしても確かに西山記者、カッコよすぎますネcoldsweats01

投稿: リウ | 2012年1月23日 (月) 13時18分

マーシー様
コメント下さり、ありがとうございます。

モックンの声が作りすぎ、というのは、見ているうちに慣れてくるとは思うのですが…coldsweats01

彼の役作りというのは、どうも外見から入っていくそうですね。 そこから入って自分にしっくりいかないと、なかなかその役をできると確信が持てないそうで。

今回のモックンの声に関しても、そのことで彼が役に没頭出来ているのだ、とフィルターをかけながら見ている部分もありますネ、私としては。

まあまだ昨日放送分についてはまだ未見なので、「銀龍」 に関してはハテナ?というところですが。
料亭のことなんですね。 政治と料亭は切っても切れませんよね。

ああ~それにしても、「大聖堂」 はバシバシ再放送してるのに、「シャーロック」 はさっぱりですね。 最新作は本国で1月1日からやってるのか…。 年明け早々とは、スタッフ、かなりの自信であるとお見受けいたしました。

投稿: リウ | 2012年1月23日 (月) 13時46分

rabi様
コメント下さり、ありがとうございます。

雪のほうはいかがでしょうか? くれぐれも雪掻きは2人1組で(雪国のかたに対して、釈迦に説法だ…coldsweats01)。

東京はほんの数センチ降っただけで大騒ぎ、今晩も何かそのような予報です。 雪国のかたにしてみれば、鼻で笑いたくなるようなていたらく、であります。

ヤックンとモックンの対談は見てみたかったですねー。 フックンは何かの雑誌の表紙で最近見ましたが、「あ~トシ食ったな~」、なんて(笑)。
や、当の自分がトシ食ってるってbearing

今の日本のサラリーマン化、であると同時に、大人の自覚の衰退、というものもあるような気がいたしますね。

サムスンなんかにも抜かれてって、国際競争力も著しく低下しているのは、そういう勤勉さとか自覚とかをないがしろにしてきたツケなのだ、と感じます。 ゆとり、というのは日本の将来にとって最悪の政策でした。 休みすぎなんだよなー。

休んでいないのは私みたいなビンボー人ばかりですかねcoldsweats01。 ビンボーヒマなしとはよく言ったもんです。

投稿: リウ | 2012年1月23日 (月) 14時01分

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