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2012年1月 9日 (月)

「開拓者たち」 第2回 涙することも許されない凄惨

 参りました、どうにも。
 
 NHK、本気出してるな、このところ。

 敗戦後に満州開拓の人々が味わった悲劇。
 特に青酸カリで集団自決する人々の描写と、逃亡の途中で飢えが極限状態に達し、一緒に連れていた、今まで自分たちと共に生きてきた馬を、射殺するシーン。 そしていつの間にか死んでいる、幼い子供。

 ドラマとして泣けるとか、そんなレベルを完全に超越している。

 あまりにむごすぎて、涙も出てこないんですよ。

 覚えるのは、限りなく嫌なものを見た、吐き気にも似た嫌悪感。

 そして思うのは、これが、明治維新で革命にも似た気風によって成立した社会システムの、これが、末路か、という怒り。 あの清新でまっすぐ上だけを見ていた、坂の上の雲の果てが、これか。
 完全なる負け戦であるがゆえに、日本政府が自分の国の人間(日本人)を守る余裕がない。 政府として機能してない。
 その救いの手がのべられなかった人々にとっては、もう自分の国に見棄てられた、と同じことなのです。

 しかしそれ以上に悲惨を極めているのが、開拓者たちの証言。

 死んだ者は川にドボンドボンと投げ入れられ、「助けてくれ」 という同胞も知らん顔して見棄てていく。
 ドラマのなかでの満島ひかりチャンは、なんとかみんなで逃げきろう、と頑張ったりするのですが、実際にはもう、自分のことしか、考えられないわけですよ、みんな。

 青酸カリでの集団自決とか、可愛がっていた馬を射殺するシーンだとか、ドラマとして見ていてかろうじて人間の情に訴える部分を残しているのですが、実話ではそれ以上に、「考える」 ということを捨てなければ頭がおかしくなってしまうほどの悲劇に、見舞われているわけです。
 作り手はそれを証言だけにとどめ、ドラマにすることを躊躇している。

 考えてみれば我々は生まれてこのかた、この国に生きているけど、この国に生活が守られている実感、というものに乏しい。

 この国のために税金を強制的に給料から差っ引かれて何かを買えば強制的に税金も一緒に払って、なんか上の連中からしてもらっているのか、というと、よく分かんない。

 義務教育とか公共交通とか、あまりに当たり前すぎて有難みを忘れている点もあるでしょうが。 でも税金を有効に使われていない、という感覚は、絶えず付きまとっている。

 政治家なんか、結局自分たちの保身だけ。 税金に群がってるハエでしょう。 定数削減する度胸なんかこれっぽちもない。 なんで赤字の国の公務員にボーナスなんて出るのよ?
 平田容疑者は見逃すくせに、コソコソつまらん交通違反はしょっぴく警察共(反社会的な言動、平にご容赦願います)。
 天下りが問題視されてるけど、信号機ひとつとっても利権が絡んでいるし、だいたいド田舎なのに信号機ばっかりどうしてこんなに多いんだとか、いろいろあるでしょう(笑)。

 結局、なんかしてもらってることも実際にはあるのかもしれないけれど、それってかなり幻想の部分が多いって、私などは思うんですよ。

 だから自分の身は結局自分で守るしかない。 年金なんかアテにしてるほうが間違っとるよーな気がする。 死ぬまで働くしかない。 人間、死ぬまで仕事ですよ。 リタイアなんて甘ったれんな。 働け働け。 死ぬまで働け(と国に言われているよーな気がする)(一面ではその通りの気もしますが)(年寄りに働かせるんなら、もっと雇用に関する法律をバンバン作りなおせっつーの)。
 国に本当の意味で守ってもらうには、生活保護者にでもなったほうがいいんじゃないのか? 医療費も住むところの家賃も出してくれるし。 こっちじゃ逆に、働くな働くな、みたいな。
 本当に生活保護を必要としている人たちは、そりゃいるでしょうが、どうしてこう、真面目な者がバカを見るようなカラクリばかりが見えるんですかね。

 かように、現代社会にしたって国民が国に守られている実感なんか、絶望的に程遠いのに、敗戦当時は日本の屋台骨自体が完全に麻痺してしまってるんですからね。

 それに、このドラマを見ていると、「国は自国の国民を守るべき」 なんていう精神的な土壌も、その当時はなかったように思えてくるんですよ。

 つまりこのドラマのなかで、ひどい目に遭っている日本人の当事者たちの、当時の日本政府に対する文句とかが、ほぼ見受けられないんですよ。

 「なんで自分はこんな目に遭ってるんだ~!」 という叫びはあるけど、それが日本政府に、向かってない。

 分かるのは、集団自決する際にも、「天皇陛下万歳」 と叫んで死んでいった者たちが多い、ということです。
 これは恣意的な作り話じゃない、と私は思う。
 私はこの手の話を、何度も何度も見聞きしてきた。
 つまり当時の日本人は、自分の国の政府を恨むとかいう意識自体が、なかったように思えるんですよ。
 彼らにとって日本国とは、天皇陛下のことだった。
 日本国政府が入り込む余地が、そこにはないように、私には思えるんですよ。

 もとはと言えば日本政府が始めたことですよ、すべて(軍部とも言えるけど)。

 それなのに政府自身が収拾できないほど手を広げてしまって、とどのつまりはみんな(でもないけど)見殺し、ですからね。
 開拓民にしてみれば、自分たちの人生を狂わせたのは、全部日本国政府だろ、ということになるんじゃないでしょうか。
 いくら損害賠償しても足りないくらいに。

 大震災で原発が事故って放射能が漏れて、もまるで同じカラクリであることに、自分は戦慄しますね。
 これほどの被害を全部賠償できる能力なんか、自分たちだけぬくぬくしている政治家や公僕たち(東京電力も?…ハハ…能力よりやる気そのものがないでしょう)に、あるんでしょうかね?
 税金上げて電気代上げりゃいいと思ってんでしょ、どうせ。 自分たちは以前と同じ状態で。

 いずれにしても、国に見棄てられた国民がどうなるか。
 私は戦争の悲惨さよりも、国の無責任さに怒りがこみ上げて仕方ないのです。
 ドラマ自体の感想とはおよそ程遠いものになってしまいますが、「誰のせいでこうなってんだよ」 という気持ちばかりが押さえられません。

 どうせ国は、お門違いの方向にばかり手厚い保護をし、無駄なことにばかり金をかけ、本当に必要なものにはフタをする。 こども手当とか、ド田舎の信号機にばかり金をかける(信号機に恨みでもあんのか?…笑)。

 異国で亡くなった人たちを、どれだけ手厚く葬ることが出来たんでしょう。
 DNAを調べたら日本人じゃなかったとかあったけど。
 旧満州で、シベリアで、南国の島々で、戦争のあったすべての地域で亡くなった人たちを、どれだけ。
 誰が始めた戦争だ。
 戦前の政府と戦後の政府は別物か?
 本当に、国なんか、あてにならない。

 かなりドラマの感想とは言えないレビューになってしまいました。
 ドラマを見ながら気分が悪くなったことの、単なるはけ口になってしまったことを危惧いたします。

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テレビ」カテゴリの記事

コメント

実は1回目を見逃していまして、それは日曜の再放送を録画し、2回目も(仕事で夜いなかったので)録画し、その録画の途中で帰宅したので途中から見たのですが・・・とにかくドン引きしてしまいました。


ちょこっと見て、というような内容でないことに気がつきまして。


まだ、見れていないのですが(時間も長いし、これは腰を据えてみないといけない、と思ったので、ウィークデーには見れそうにない)リウさんのおっしゃるように、涙することもできない、ドラマのようですね。

私は、それを悪いとは思いませんが。

「カーネーション」で数週間描かれた太平洋戦争中の市井の人たちの様子も、私の実母や義母に言わせたら、もう見るのも嫌なことを思い出させる内容だったようで(つまり、実際に体験した嫌なことのドラマ化なので辛かったそうで)私はそれが見れたことは良かったと思います。
目先のこと、何を考えることも出来ないくらいの恐怖と疲れと飢えと暑さと寒さと・・・頭がしびれるくらい、それが続いて、いつ果てるともなくて、気が狂うヒマもないくらい命の危機が続いて・・・

玉音放送の後は、気も抜けたろうし腰も抜けたことでしょう。戦争終わって万々歳!だったでしょう。
でも未だにあのサイレンの音だけは勘弁して欲しいそうです。

そうしたことをくぐり抜けて今屈託なく笑顔する義母などを見ると、どれだけあの時代が悲惨だったか、今が幸せなのか、痛いくらいにわかりました。

きっと、この「開拓者たち」からも、感じるところがあると思ってます。
見れたら、またコメントを書かせてくださいね

samantha様
コメント下さり、ありがとうございます。 あらためて明日の朝に返信いたします。 ご了承ください。

samantha様
あらためて返信いたします。 コメント下さり、ありがとうございます。

こういうドラマは、意図的に見ない、という方法もあります。

ただいったん見出した以上は最後まで見なければならない、という義務感に、私は今さいなまれております(笑)。

戦争の悲惨さをいやというほど味わっている方々ならばもはやこの手のドラマを見る必要もないと思う。 私にしたって、この手の話はもう、過去に何度も見てきているので、いまさら見なくてもいい気もする。

ただ、見たことのない人は、やはり無理をしてでも見なければならない、と思うのです。

アウシュビッツの大量虐殺にしてもそう。

私はあの映像を最初に見たとき、やはり今回と同じような吐き気を催しました。
まるでゴミのように大量に穴に捨てられていく人間の死体。

でも、戦争とはどういうものか、これを見ないことには分からない。

今はずいぶんお行儀のよいクリーンな戦争ばかりのイメージが先行します。 米軍とか意図的に残酷な場面を公表しないし。

しかし、戦争の真実、というのは、つまるところ 「人殺し」 であります。

それも知らずにただ感情的に韓国や中国に対していたずらに敵意を煽っていく人間を、私は一切信用しません。 「必要悪としての戦争」 をまことしやかに唱える者を、私は一切信用しません。

「カーネーション」 のそれと比べれば、こちらのほうが完全にむき出しの戦争表現であることは確かです。
ただどちらが適切か、とは一概には言えません。
間接的にも直接的にも、私たちの先祖は戦争に関わってきたのですから。

このドラマに出演されている方々は、やはりこの手の話をちゃんと知っていることのあまりない、若手の役者さんたちが中心です。

やはり若い世代に、こういう話は受け継がれていかねばならない。

でなければいつか、ネトウヨの草の根運動が実を結んで、韓国や中国と好戦的になってしまう土壌が堅固なものになってしまうかもしれない。

若い世代にこそ見せたいドラマです。

すいません。
最初に自分の不勉強をお詫びしたうえで、リウさんのお考えをもう少しお聞きしたくて…コメントさせてください。

先の戦争で日本が隣国にした非道は、もう子供の頃から嫌というほど聞かされてきました。
学校は日教組が強く、義父は天皇大嫌い。

そんな環境でしたので、いつしか日本人として卑屈になっていったことは否定できません。
所詮負けた国です。

と…そればかり

でも、自国に誇りを持てずにいるとなんだかどんどん日本人としてのアイデンティティーがなくなって

ご先祖様に対してもなんだか複雑な思いで


今の関係を考える時、相手さんも無闇に敵視してるのを肌で感じてしまうのです。
ほんとに稚拙な言い方で情けないのですが


たまたまワタシのまわりにいる中国人が、だと思いますが、会社の同僚でとにかくルールを守らない。自分が一番で数字さえあげれば文句ないでしょ…と。やはり印象よくないですよ
娘の同級生のお母さんはPTAで決まった役をいつも無視。
また韓国人のお母さんは自国の家族のために旦那さんが稼いだお金をどんどん送金してる。帰化しないのか聞いたら、いずれ韓国に帰るつもりだから…
新大久保や上野に友達が多いためしょっちゅう入り浸っている。うわべは愛想よくしてるけど…とほんとワタシ自身の印象は申し訳ないけど最悪なんです。
でもだからといって日本人だって何じゃ?と思う人はいるわけで…

そもそもニュースやテレビで取り上げられる反日キャンペーンばかり見聞きしていることも複雑なところで、リウさんが隣国の方にポジティブな感情をお持ちのように、あちらでも日本に対して友好的な方もいると信じたいのですが、殆ど報道されません。SMAPのコンサートやらアニメなどの話題くらい。


自分の肌感覚を信ずれば、どっちもどっちじゃん!
なんですけどね。

戦争に一方的に悪い国はないんじゃない?お互いあそこが悪いここが悪いばかりじゃまた繰り返しちゃうよ…


幼少期の刷り込みが軌道修正できたことは自分にとって幸いでした。

日本だっていいとこ沢山ある。先の戦争でだって人間を忘れなかった日本人はいたんだといろんな書物で知ることができましたから

お伝えしたいことの10%も言えてない…

ほんと情けないです。

みち様
コメント下さり、ありがとうございます。

うーんと、みち様のコメントをどう取っていいか、からなんですけど、なにも日本ばかりが一方的に悪いわけじゃない、という論調なのだと判断してお話にお答えしたいと思います。

まあ私にしたって、なにも隣国に対してあくまで肯定的なことはないです。

告白してしまいますが、以前中国人の女性とお付き合いしたことがありまして(遠~い、遠~い昔です…笑)。 ヤタラメッタラひどい目に遭った(爆)。 まるで戦争でひどい目に遭った仕返しをされているようでした(ハハ…)。 ひどい目、っていっても暴力じゃないですよ、念のため(笑)。 男と女の痴話レベルの話です(爆)。

だからホントは全中国人に対してはらわたが煮えくりかえっている(ウソです、ウソ…笑)。

冗談はさておき(あながち冗談で済ませたくない話でもありますが)隣国の、尖閣や竹島の領有権を主張しているのも、いつまでたっても日本を責め続ける論調も、実にイライラします。

でも、ちゃんとなんとか条約で賠償にはけりがついた、といっても、ヤイノヤイノが収まらないわけですよね。

じゃついてないんじゃないんでしょうか?

私は、喧嘩して相手をぶん殴っといて、あとから仲直りしたとしても、ぶん殴ったほうがもうそれでチャラ、という顔をするのはおかしい、と感じます。 例えはヘンですけど。

でも同時に、ぶん殴られたほうにしても、いつまでもねちねち 「あのときはぶん殴られた」 と言うこともフェアじゃない、とも思う。

戦争というのは万単位で憎しみ合うわけですから、上のほうで勝手に 「仲直りしました」 といっても 「自分は違う」 という人たちが続出するのは当然です。 要は、どこでその仲直り条約の強制力の決着をつけるかだ、と思うのです。

実はそのことを決めるのは、とても難しい。

だって大震災で放射能が漏れて損害を受けた、と言って、損害賠償をし出したら、何兆とかいう話ではけっして収まらないと思うんですよ。 それと同じことだと思うんです。 どこかでかなり強引に、線引きをしなければならない。

ひとりひとりの損害を考え出したら、戦争というのは実に割の合わない所業です。 だから国際的に強制力のあるのは、「こっちが勝ったから、こっちが負けたから」 という論調だけになってしまう。 そして遺恨だけが、残っていく。

人類の歴史って、みんなそうじゃないですか?
宗教がこれに絡むと、また話がややこしくほどけにくくなる。

それを許し合うのは、とても難しい。 でも、いつかは、許さなければならない。

相手が許さない、と言っているのなら、許そうという機運が高まるまで、こちらは粛々と頭を下げ続けなければならない。
ただ、こちらが謝っているんだよ、ということも、相手に分かるようにはしなければならない、と思うんですよ。

それで分かんない相手だったら、相手がかわいそうなのだ、と思うしかありません。

そんなまどろっこしいことはほとんどの人は拒絶するでしょうね(笑)。 話し合いをしたくたって、領有権のようなレベルでは向こうに話しあう気すらないし。 まあ領有権はそれとして、謝っていく、というのは実に、根気のいる地味な作業です。

だから庶民レベルで、「先の戦争では申し訳ないことをしたと思っています」 とまず先に、謝るのが、隣国の人々に対して取る態度なんじゃないか、と思います。 「こんな考えの人もいるんだ」、と向こうの人々に思わせることが、たとえ草の根でもいちばん効果があることなんじゃないか、と思う。

つつましい日本人です。 いつかそんな態度が、「日本人は信用できる」 という国際的なコンセンサスを形成する礎になるんじゃないでしょうか。

重ねて言いますが、これってかなり根気のいる作業です。

政府のODAとか、実はその点でまったく機能してないんじゃないか、と思われて仕方ない。

そんなところまで考えないままで無理に友好的になったって、どちらも反感を募らせるだけ、という気もします。 そうした倫理的態度を抜きにしてあちらの俳優とか歌手とかにお熱を上げる、というのも違うような気がする。

要するに、「互いにいたずらに反感をあおる」、これだけは食い止めていかねばならないのではないでしょうか。

両方ですよ。 どっちの国も。

ネットでバーチャルな世界だけでそうした幻想的な反感が形成されていくことに、だから私は大いなる危惧を持っています。

私の言いたいことは、みち様にきちんと伝わったでしょうか?

どんな国にも、いい人もいれば悪い人もいる。 割合は違えど、その比較でもって 「あいつらロクでもないのばっかりじゃん」 と判断したがるのが、人間ってもんです。
そこかな。

人付き合いってただでさえ難しいし、同じ日本人同士でだって反目するんですから(これがご近所だと悲惨…)、それが戦争、なんて言ったら余計にこじれまくることは必然ですよ。

だから戦争だけはイカン、と思うのです。

リウさん。

ありがとうございます。

あんな独白みたいな文章で(かなりわかりにくかったと思います。)汲み取っていただいて


喉にささっていた小骨の正体がわかりました。
許さない、と思っている相手にそれでも謝罪し続けることが未来の関係に希望をあたえることができるのでしょうね。

そこで重要なのは謝罪することは卑屈になることではない、ということなんでしょう。

粛々と謝罪すること
痛みに対して


土曜日のカーネーションで安岡のおばちゃんと糸子がまみえます。
見守りたいと思います。

みち様
夢想とも思えるコメントに返信くださり、ありがとうございます。

書いてから考えたのですが、「謝り続ける」 というのを、自分でもやってないことに気付いた(笑)。 数人の韓国人の友人がおりますが、言ったことない(それじゃダメじゃん)。

「心の立場で謝り続ける」、というニュアンスに変更いたしとうございます(ひよってんなぁ…)。

ただ、やはり友人たちとの間でそのような議論になったときには、その立場は明確にしていきたい。

私のこのような考えには、ガンジーとかジョン・レノンとかが影響している気がします。

非暴力主義なんか、今どき一顧だにされぬ感覚でありますが。

「あなたが望めば、戦争は終わる」 とジョン・レノンは言いました(ヨーコサンも含む)。

荒唐無稽かもしれないけれど、戦争を終わらせるのは、結局はひとりひとりの心なんだよ、と言っている、と私は解釈しています。

モラル的に中国人は発展途上にあると思われるし(長い間共産主義でしたからね)、いくら儒教の考えが浸透しているからと言って、半島の人々には、ファナティック(感情の起伏が激しい)という民族性がある。

そのへんを考慮に入れながら、付き合っていかねばならないのではないでしょうか。

以上、訂正と補足です。

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BOOKS

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     1600ページも費やして、この上下巻はまだ彼らのデビューまでしか書かれていない。 3部作計6巻のうち2巻に過ぎないのだ。 なんと気の遠くなるような作業なのだろう。  本書はビートルズを語るうえで孤高の一作となるはずだ。 虚飾をすっかり剥ぎ取った、20世紀最大の奇跡に潜む真実が、これを読めば理解されるはずである(当ブログ紹介記事より抜粋)。 本書下巻では、1962年のレコードデビューまでが書かれています。

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  • ポール・デュ・ノイヤー: ポール・マッカートニー 告白

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    まず驚かされるのが、表紙のポールの写真です。 よくこんなのが採用されたな、というくらい、刻まれた年輪が顕著に分かる 「年老いたポール」。 飾り気のないその写真に、「素のポール」 をあぶり出そう、という心意気が見える。 そして実際、著者のその目論見は、成功しているように思えます。 何より大きいのは、「NME」「Q」「MOJO」 など音楽メディアで長年記者を務めてきた著者がポールと同じリバプールの出身者である、ということ。 さらにポールと同じファースト・ネームであること。 だからポールはまるで自分の分身に話しかけるかのように、時折同郷人にしか分からない言葉で気さくに著者に話しかける。 この本を読む者は、まずその 「不思議なリラックス感」 に包まれるはずです。  本の構成は大きく二つに分かれます。 前半ではビートルズからウィングス、ソロに至るポールのたどってきた長い長い歴史、後半ではポールの人格に迫る試みがなされていく。 そのインタビューは、一気に行なわれたものではありません。 著者がNMEの記者だった1979年のものから、明示はされていないがおそらく2013年、「NEW」 の発売前後が最新のものではないか、と思われます。 実際読んだ感覚では 「キス・オン・ザ・ボトム」 あたりが最新のような気もする。 その30年以上にわたる膨大なポールへのインタビューを、項目によって構成し直しているようです。 ですから、今年(2016年)亡くなったジョージ・マーティンについてのポールの見解であるとか、最新の情報が提示されているわけではない。 ポールの情報というのはこの歳になってもなお日々更新型ですから、その点については物足りなさが確実にあります。 さらに、30年以上というとポールのものの考え方にも変化変遷があってしかるべきだと思うのですが、30年以上をリミックスにかけているからその変化というものがつかめてこないもどかしさがある。 表紙を飾ったポールの 「老い」 という問題にも、この本はきちんと答えてくれているわけではない。 さらに言えば、ジョン・レノンの死について多くが割かれているのとは対照的に、2001年に亡くなったジョージ・ハリソンの死についての記述はない。 正直なところ、このような本を読み漁ってきた身としては、衝撃に値するような情報が書かれているわけではありません。 しかし前述したような、リラックスしたムードのなかでポールと語らっているような疑似体験を共有できる強みが、この本にはある。 この本全体に貫かれているのが、この心地よさなのだ、と思うのです。 その心地よさが乱れるパートがあります。 自身の失敗作、どうでもいい作品について語るときのポールは多分に感情的になりがちであり、イライラした様子を隠しません。 特に 「シークレット・フレンド」 を語るポールのくだりはポールファンなら一読に値する部分でしょう。 しかしそのイライラも、ポールの人間性が垣間見える瞬間としてこの本にとっては必要なパートなのです。 3000円以上と、この本は決して安くはない部類の本です。 ただその値段に見合うパフォーマンスは兼ね備えています。 この本と付き合った1か月足らずの間、心地よい体験をすることができました(アマゾンの自身のカスタマーレビューより)。

  • : レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]

    レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]
    全200ページ程度のボリュームのなかで、キャンディーズに関する特集記事は50ページ。 ただし、これが濃い。 全シングル曲、ほぼほとんどのアルバムの解説は当然として、彼女たちの芸能界における歴史から見た考察、コメディエンヌとしての彼女たち、DVD解説など多岐にわたり、キャンディーズが分析されています。 特に圧巻は、レア音源に関する記述。 ここまで調べている読み物には、個人的にはお目にかかったことはありません。 700円。

MUSIC

  • ザ・ビートルズ -

    ザ・ビートルズ: サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド(スーパー・デラックス・エディション)(4CD+DVD+BD)
    ロック界、いや、すべてのポップミュージックにおけるアルバムの中で史上最高と称され、すでに世界文化遺産の域にまで達しているこのアルバム。 そのアルバムの発売50周年を記念して、スペシャルエディションがリリースされます。 なかでもブッ飛ぶのがこのスーパースペシャルボックスセット。 CD4枚組であらたなリミックスのステレオ盤1枚、モノ盤1枚、初期テイク集が2枚、さらにブルーレイ1枚とDVD1枚で5.1サラウンド、ハイレゾ音源、ドキュメント映像 「メイキングオブサージェントペパーズ」 のデジタルリマスター等々、卒倒するようなラインナップです。 18、000円プラス税と値は張りますが、史上最高の名盤だからこそこれは買い。 5月26日の発売までに予約をしておけば、アマゾンならば値下がりした時に値段がそのあと高騰しても最安値で購入できます。 ビーファンならずとも、これは注目ですぞ!

  • 山口 百恵 -

    山口 百恵: ゴールデン☆アイドル 山口百恵(完全生産限定盤)
    全シングルA・B面プラスボーナストラック(「あなたへの子守歌」)を、山口百恵名義としては初のブルースペックCDとしてリリース。 音はいわゆるドンシャリ系ではなく、アナログ盤に準拠した原音に忠実な印象です。 パッケージングはアナログシングル盤サイズで中袋、CDを納めるケースが完全にドーナツ盤をイメージしています(よく言えば斬新…笑、悪く言えばチャッチイ…笑)。 しかしその発想は買える(笑)。 ほぼ原寸大のシングルジャケットと裏の歌詞カードの複製ブックレット。 ただスキャニングは欲を言えばもう一歩。 当時シングル盤を中心に聴いていたかたなら、この編集盤はかなりの 「買い」 です。 しかしこのジャケット表紙の写真、スッピン風で個人的にはすごく好き。

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    デイヴ・グルーシン&リー・リトナー: Two Worlds / Grusin & Ritenour
    NHK朝ドラ 「花子とアン」 で美人のスコット先生が夜な夜な歌い、チビはなチャンがすっかり覚えてしまったイギリス民謡、「ザ・ウォーター・イズ・ワイド(流れは広く)」。 このアルバムでルネ・フレミングが歌っていたのを思い出しました。 ルネのソプラノはけっして大袈裟でなく上品で、私のとてもお気に入りのソプラノ歌手ですね。 このアルバム自体は全体的にクラシックにギターのリー・リトナーが絡むフュージョンぽいものなのですが、故・黒田恭一サン評するところの、「大人が聴く音楽」。 胸を締め付けるような哀しみと、すべてを包み込むようないたわりに満ちていて、私の人生のなかでも最上位に位置する愛聴盤です。

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    ザ・ビートルズ: ザ・ビートルズBOX(限定生産品)(USBメモリ)
    パソコンにUSB端子があり(たいていついてると思います)、パソコンで音楽が聴ける環境をお持ちの人ならば、聴くことができます。 現在のテクノロジーで最もいい音質で聴ける、ビートルズの音楽です。 ただし国内版にもかかわらず、訳詞とか一切なし。 ジャケットもブックレットもパソコンデータ。 純粋に音楽だけ楽しみたい人向けです。 また、曲間にコンマ何秒かのブランクが入ります。 「アビイ・ロード」 のメドレーも同様です。 しかし、音はさすがに、すごい。 大きな音量であればある程、目の前にビートルズが迫ってくる勢いです。 ツヤが違います。

  • The Beatles -

    The Beatles: The Beatles [USB]
    こちら上記の海外版。 内容的には国内版とほぼ一緒なので、値段が安いこちらのほうがいいでしょう。

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