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2012年2月12日 (日)

「カーネーション」 第19週 「自信」 表/裏 「評価」

 今週のサブタイトル、「自信」。
 自信というものは、いったいどうやってついていくものでしょうかね?
 若いころはそりゃあ、自分の作ったものを 「どうだ、オレって凄いだろう」 くらいの勢いで周囲に見せびらかしたりするものです。 性格が逆でも、シレッとすごいものを作ってきて、まわりから 「すごい!」 と言われて、「そう?そんなことないよ」 などと謙遜しながら、内心ほくそ笑んだりする(笑)。

 ただ、ハナから 「自分はすごい」 という自信家、って、ホントにすごい場合もあるし、同じ 「すごい」 でも 「すごいカンチガイ」 という場合もある(笑)。

 いずれにしたって天性の自信家でもない限り、「自信」 というものは、周囲からの 「評価」 があって、初めてついていくものだ、と思うんですよ。

 今週の 「カーネーション」 は、どんな人でも、自信というものをつけていくのには、大きな山をいくつも乗り越えなければならない、という思想が貫かれていたように感じるのです。

 どうして毎週、これだけのものが作れるのか。
 とにかくこれは、作り手の人間性、人間に対する洞察が深くなければ、これだけのものは出来ない、と申し上げてもいい気がします。
 このドラマは、見る側すべての人に、表面上のことを表面的に捉えることを勧めていません。
 表面的な描写がたとえあったとしても、そこには常に、深い部分で何かがうごめいている。
 優雅に水面を進む白鳥も、水面の下では足を常にひたすら動かしているのだ…というのは花形満の至言ですが(笑)、このドラマはまさにそれ。
 見る側に、深い思索を、常に強要してくるのです。

 今週、この物語の主人公である糸子は、クリスチャン・ディオールの後継者として台頭してきた、イヴサンローランという21歳の若手の才能が世間に受け入れられていく過程を見て、自分の感性が老いてきているという危惧にさらされます。

 イヴサンローランの話はすでに、先週の女性洋装店経営者井戸端会議(長っ…)で先鞭がつけられていたのですが、ディオールについても、すでに戦後すぐの時点でドラマのなかに登場してきていた。
 どうしてこういう個人名が単発で出てくるのか、ココシャネルだってええではないか、と思っていたのですが、すべては今週の、糸子が自信を喪失する話のためのお膳立てだった、ということにも、限りない計画的な企みを感じる。
 つまり、話が全部、つながっているんですよ。

 しかもこの深い話が、関西のお笑いをベースにした文化的要素をまぶして完成されているんだから、これはもう、…んー、あんまりほめるとつまらん(笑)。

 で、今週の話から派生的に私が考えてしまうのは(また考えすぎの虫が…笑)、例えその、天才的なイヴサンローランにしても、周囲から評価されなければ、自分の作品に自信を持つことなどあり得ないのではなかろうか、ということです。

 確かに冒頭書いたとおり、サンローランがかなりの自信家で、「どや!」 みたいに虎ペースで優勝、ちゃうちゃう(いくら大阪だからって…)、トラペーズラインというニューモードを大々的に発表したのかもしれないんですけど、糸子に言わせれば、「なんやこのアッパッパ」 みたいなこんな服を出すのって、ホントは勇気のいることだったんじゃないかな、と思うんですよ。

 私は昔から、ファッションショー、というものを見ていて、「誰がこんな服着るの?」 みたいにいつも感じていました。
 まあそれは実用的、という部分よりも、コンセプトを発信する、という部分が大きいんでしょう(ファッションに関しては、ズブの素人ですので分かりません)。
 でも最初にこれを始めた人には、やはり世間の 「常識」 の壁って、厚かったんだろうなー、と。 ファッションショーに出すような奇抜すぎるデザインでなくとも、モードに楯突くようなデザイン、というのには、風当たりも強かったんだろうな、と。

 美術の世界だって同じで、ピカソがいきなり 「アビニョンの女たち」 みたいな絵を描いたら、そらケンケンゴウゴウだと思いますよ。
 結局それって、世間的に受け入れられないと、ただのヘタクソな絵、で終わりですからね。
 やはり評価というものがついて初めて、人は自分のやっていることを正しい、と思えるようになるんだ、と思うのです。
 そしてそれが、最終的に自信につながっていく。




 ま~た前フリでこんなに書いちゃったよ。
 もう、…今週は飛ばすぞ!(まったく当てになりませんが…)。




 月曜放送分。

 安岡美容室にやってきた糸子。 来るなり八重子たちが、あからさまに客の姿を隠そうとします。 パーマをかけていたのは、高校を卒業して東京の洋裁専門学校へと行く予定の、直子です。
 「アカン! こんなすねっかじりがパーマなんて100年早いわ!」。 出た、善作の必殺技、「100年早い」(笑)。 直子は自分が田舎者と思われるのが嫌で、一生懸命イメチェンを図っている様子です。

 糸子が安岡の店に来たのは、自分が新たにデザインした美容師たちの制服を見に来たからでしたが、そこで八重子が、「ディオールの新作見た?」 と糸子に渋い顔をして話しかけてきます。
 「なにコレ、こんなんただのアッパッパやん」。
 それがあの、トラペースで優…アレです。 女性の体のラインを見せることを無視し、肩から台形のように広がっていく服です。

 ここで八重子が、「なにこの服アカン」 みたいに先導役を務めていることには注目です。
 八重子が進取の気風を兼ね備えていた人なら、「この服ええんちゃう?」 ということになり、糸子も少しは影響された、と思うのです(少しね)。
 見る側を糸子と同じ気持ちにさせるほんのちょっとしたからくりです。
 糸子は八重子と一緒に、ディオールの後継者である、このイヴサンローランについてヤイノヤイノかまします。

 直子が東京に対して巨大な威圧感を抱いていることは、出発直前になっても荷物の山のなかでフテ寝して、「着ていく服ない」 と駄々をこねていることからも分かります。
 赤いチョッキを着てうつ伏せで寝っ転がっている直子。 糸子は大阪のオバチャンらしく、直子をガンガン急き立てます。
 これは今週後半、同じようなイメージのたたみかけが待っています。

 それにしても、あんなけ自信家だった直子が自信を喪失している。
 今週の 「自信」 をめぐる話は、早くも始まっています。

 そして今週から、三女の聡子役で、安田美沙子サンが登場。 「(ネジ1本…いや、5本くらい抜けてるような顔して)」 という糸子の性格分析には笑いました。
 聡子はテニスでかなり強いみたいなのですが、糸子がこの、聡子に対してほとんどまったく関心を示さない。 やはり畑違いの道を歩んでいる者には、興味がわかないのでしょうか。 予定では3人ともファッションデザイナーの道を歩むことになりますから、聡子がテニスから洋裁を選ぶ時の話にも、がぜん興味が湧いてまいりました。

 聡子と入れ替わりでやってきたのが、北村。 「ひろい食いすんな~」 と聡子に冗談をかますのですが、聡子、本当にしそうなんだよな…(笑)。
 で、その北村、相変わらず呼ばれたがりで糸子には悪態のつきまくり、糸子も丁々発止であります。
 「(千代に)コイツに食わせる塩辛なんぞない、要らんで!」 って、部長課長かと言いたくなりましたが、北村が持ってきたのは、「ワイと組めへんけ?」 という話。
 糸子は思いっきりタメを効かせて(笑)「…死んでも嫌じゃ」 とかまします(笑)。 「なにが悲しいてホラ吹き男と手ぇ組まなアカンねん、アホらしい」 と、その場に寝っ転がってしまう糸子(笑)。 糸子も結構しつこい(笑)。
 糸子はそこにやってきた直子に北村の相手をさせるのですが、北村が持ってきた、トラペーズラインの写真を見て、「はぁ…ええなあ。 ええんちゃう」 と、まあどーでもよさそーな顔をして言います。 北村はこのトラペーズラインで、ひと山当てようと目論んでいるのです。

 寝っ転がってその話を聞いていた糸子、「どこがええんやこんなの」 とのっそり身を起こして、日本人の体形に合ってない、あんたも洋裁の道進むんやったらそのくらいのことは考えられなあかんで、と直子に忠告します。 こんなもん売れへんわ、と。

 「ほなどんなんやったら売れるっちゅうんよ?」「そらこれまで通りのこう、腰がシュッ!と締まって、ふわっと…」 北村に思わず力説してしまった糸子、こんなヤツに商売のヒントなんか与えちゃれるかいなと、またゴロ寝モードに逆戻り(笑)。 「やめとこ…」「やめんといて!なんで?」(笑)。
 「寝んなってオイオイ!どうしたらええ?オイ!ゆえよっ!」「嫌や。もったいない」(笑)。

 そんなふたりの丁々発止が続くなか、直子はひとり、「ええんやけどな、コレ…」 とつぶやきます。 そんな直子を、「こんな分かってない子が洋裁なんかで食べていけんのかいな」 というような、憐みの混じった顔で見ています。

 ここ。

 結構今週の話を語るうえで、重要な場面だと思います。 笑いの波状攻撃、といった場面だったのですが。

 直子はこのトラペーズラインを受け入れられるだけの、頭の柔らかさを有しています。
 けれどもそれは、直子にとってかなりどうでもいいことのように見える。
 極めて不機嫌そうに、「ええんちゃう」 と言っていることからも、直子は他人のデザインになんか興味はない、と表明している気がするのです。
 直子は要するに、糸子の2歩先くらいの感覚でいるんですよ。
 糸子には認められないトラペーズラインをいいと思っている時点で、まず1歩。
 けれども自分は自分にしかないデザインを求めている、という点で、2歩。

 そして直子の、旅立ちの日。

 直子は結局、セーラー服を着て、東京へ向かうことになります。
 全国共通の制服が、一種の安心感を直子に与えていると言えます。
 仏壇にあいさつをしていく直子。
 「行ってきます」。
 ご先祖たちに、きっぱりと言う直子。
 やはりこのドラマは、自分たちは異界の人々と共に生きている、ということを、とても言いたがっている気がする。

 こんなややこしい娘でも、いなくなると、さびしい。

 直子を見送ってきた糸子は、直子がいつも座っていた背の低い机の前に座り込んで、ひとりさびしさにふけります。
 ワサワサと展開が慌ただしかったこの日の放送のなかで、糸子が直子の置いていったノートを見ながら、物思いにふけるシーンは、1分以上(70秒くらいやったかな…細かい…)。
 これがえらく長く感じた。
 話を詰め込み過ぎる傾向があるこのドラマで、1分を割く、というのは、とても思い切った判断だと感じる。
 人生のなかで、誰かを見送ったあとの一抹の寂しさ、というのは、誰でも経験したことがある、と思う。
 それをここでたった1分で、感じさせてくれるのだからたいしたものだ。
 そして次の瞬間、小原家にもテレビがやってきて、その静寂が破られたところで、月曜放送分は終わるのです。

 ちょっと待ってくれ~…。 まだ月曜分かよ…。




 火曜日放送分。

 優子と同じ部屋で住み出した直子の様子を、優子が手紙で知らせてきます。

 それによると、直子は来るなり、セーラー服のまんま布団をひっかぶって寝てしまう。
 まるで東京の重圧に押しつぶされたかのように。
 出かけるのを渋る直子に、「誰もあんたの格好なんて気にしてないわよ?」 と東京言葉で指摘する優子に、直子は敏感に反応します。
 「姉ちゃんの服なんか、カッコ悪て着られへんわ」。
 自分がセンスがある、とばかり考えていた優子はその言葉にカチンとくる。
 学校の友達を優子が連れてくれば、セーラー服に着替えちゃってただ押し黙るばかり。
 友達が帰ったあと、「岸和田弁が恥ずかしいんでしょ?」 と姉に指摘されて、いきなり無言のままキレてしまう直子。 放り出されたようになる、直子がいつも引きこもりのようにして描いている、幾何学模様のデザイン画。
 姉の言うことは図星だけれど、認めたくない。
 岸和田弁が恥ずかしい、というのは確かにあるかもしれない。
 でも、恥ずかしいんとちゃう。
 岸和田弁丸出しでも違和感のない空間を、うちは見つけたいんや。
 自分がセーラー服を着ているのも、お仕着せの流行ではない、自分の価値観をそのまま表現できる服を着るときのための、いわばスタンダード、原点なんや。
 直子のそんな、常識を軽侮する、芸術家タイプの思考形態が、BGMのスティールギターのブルーススケールの音とともに表現されていきます。
 そして投げ出された、この直線が中心のデザイン画。
 それは今週の途中で、劇的に変化していくのです。

 いっぽう大阪の繊維組合。
 女性洋裁店経営者井戸端会議(長っ…)で、サンローランがやり玉に上がっています。 ここで 「サンローランはアカン」 という糸子の判断が、さらに固まっていく。
 糸子は、サンローランも自分も、一本立ちしたのが同じ21であることに気付きます。
 これはのちほど、糸子を深い思索へと導くのですが、この時点では、「うちらのころの21と今の21とじゃ違う」 というほかの女性経営者の言葉に、糸子は納得してしまいます。
 ここに糸子の陥った落とし穴がある。

 その井戸端会議のあと、糸子は組合長の三浦に呼び止められます。 いい反物が安く買えるのだが、それを小原さんとこで引き受けてくれないか、と言うのです。 けれども糸子はその量のハンパなさに、ちょっと二の足を踏んでしまいます。

 ここで三浦は 「とりあえずあんたにいちばんに知らせちゃろ思たんや」 と耳打ちし、糸子はなんとなくその好意をどう受け取っていいのかな、みたいな反応をします。
 これはおそらく、周防のことで迷惑をかけた、という気持ちが、組合長にあったのでしょう(解説せんでも分かるか)。 仕事を干されて日雇いをやっていた周防が怪我をしてしまったとき、組合長に泣きついた周防に 「小原さんとこで雇ってもらい」 と勧めたのが、三浦組合長でしたもんね。

 聡子は高校のテニス部に入部したくらいで新聞記事になってしまうほどのアスリートになっていたのですが、糸子はまったく興味なし(笑)。 しかし聡子が食べていた、北村からの土産であるイチゴ(これも赤い!…笑)を見て、そうや、北村と組めば、あの膨大な反物をさばけるやん、と気付きます。
 糸子は早速喫茶店 「太鼓」 へ北村を呼び出し、とりあえず話だけ聞こか、というオーヘーな態度で(笑)北村の話を聞きはじめます。 「わしとこレディメードの店はもう天井知らずでウハウハや、これが天井なんか知るか~てな調子でグワ~伸びちゃってんねん…イテッ!」 と大意このよ~な自慢をする北村の手をひっぱたき、「自慢はえ~ねん、続き!」(笑)。
 「要は、確実に売れる型。 これさえあったらボロイねん!」。 そこで糸子のデザインが欲しい、と北村は言うのです。 北村は、トラペーズラインに狙いをつけている模様です。 しかし糸子はその考えを一蹴します。

 「アカンてこんなもん」

 東京の流行、というものは、大阪に来るまでに半年はかかる。
 そしてそれが大阪人の気質に合わなければ売れない。

 「トラペーズラインは…大阪では絶対はやらへん」

 糸子の商売人、としての長年のカン、です。 糸子と北村は、ビジネスパートナーとしての合意に達したのです。
 ふたりは互いに顔を突き合わせて、越後屋とお代官様のようにニンマリと笑います。 お主らもワルよのう…(笑)。




 水曜放送分。

 東京。
 入学式の日、セーラー服のまましょぼくれた顔で学校へと向かった直子は、その第1日目から、下宿に東北訛りの学生服の男を連れ込んで何やら談義中。 おそらく 「訛り」「学校の制服」 という同じベクトルを感じて、知り合いになったのでしょう。
 この、斎藤源太という青年がしゃべっていたのは、モディリアーニの絵に見られる曲線の組み合わせの造形について。 のちに直子は、斎藤の描いた被服のデザインの、曲線の美しさについて千代に説明していました。 モデルとなるデザイナーがいるのかな? ネットでは、高田賢三(KENZOくらい私も知ってます)ではないか?という声も上がっているようですが…。

 いっぽう繊維組合では、三浦も交えて糸子と北村が祝杯をあげています。 三浦が糸子にひいきしている理由を知りたがる北村。 でも三浦も糸子も、教えようとしません。 そらそうですわな、北村の横恋慕がすべての発端なんですから(笑)。

 でもそんな和やかな祝宴のあとでも、糸子はどうにも一抹の不安が心から離れないのを感じている。

 「(暗あて、重たい…なんや、これ?)」。

 糸子はぱらぱらと、ファッション誌の切り抜き帳をめくります。

 「(ああ…やっぱしこれや)」。

 糸子がめくったページの先には、あのアッパッパの写真が。

 「(サンローランが出してきよったこれが、うちには全然分からんっちゅうのが気になってるんです…。

 分からんもんは、しょうもないて無視したい。

 けど、分かれへんうちが、悪いんかも知らん。

 サンローランは21歳。

 21歳のとき、うちもやっぱり…)」

 「小原洋裁店」 の看板が上がった時の回想。

 「(誰よりもうちが、時代の先を分かってる思ってた。

 …あの自信はなんやったんや?

 21歳が、ほんまにそないに分かってるもんやろか?)」

 糸子は安岡玉枝に、自分が21のころはどうやったかを聞きに行きます。
 ただこの質問は、ちょっと危険なものが含まれている。
 玉枝に糸子がイケイケドンドンの頃を回想させると、どうしても避けられない、嫌な思い出が目の前に横たわってしまうからです。
 玉枝はしかし、その嫌な思い出を巧みに回避し、糸子ががむしゃらになって突っ走っていたことだけを思い出します。 しかも無理をして失敗したことばかり(笑)。 テントを縫うとか、あんな厚手のものを縫うなんて、ホントムチャしよりましたわぁ。 それで足腰立たなくなって、奈津におぶわれて結婚披露宴へ。 当然大遅刻。 糸子と玉枝はそれを思い出しながら、お互いに 「はぁ~」 とため息をつくのです。 「ムチャクチャやったわ…」 と(笑)。

 ただやはり、ディオールの後継として世に出ようとしていたサンローランが、それまでのモードをひっくり返そうとして出してきたこのトラペーズラインには、同じ21歳のころの糸子と共通する、がむしゃらさを感じないわけでも、ないのです。

 しかしここで糸子が下した結論は、「21歳は間違いのう、…アホや!」(笑)。 なんも怖がることない。
 けれどもこの場合糸子は、若さの勢いを、がむしゃらさを、怖がるべきだった。 松田恵や昌子が心配するなか、糸子はそれでも前に進みます。 「(自信を持って、うちなりの商売やったらええんや!)」。

 いずれにしても、自らを奮い立たせるためには、自分に自信のないようなことではあきません。 ものごとを引っ張っていくためには、自分が今まで生きてきた経験則にのっとった、自信というものがなければ、人はついてこないのです。
 それはのるかそるかの大ばくちでも、やはり長年培ってきた経験で、人は動いていくものです。

 私はこのプロジェクトについて、仕入れた反物がかなり安かった、ということは、売値もかなり低く抑えることができたのではないか、という気がするんですよ。
 さっきから匂わせまくっていますが(笑)、結局このプロジェクトは、失敗します。
 これ、ドラマのなかでは、デザイナーズブランドみたいに、高級品ぽく売り出していたように、私には見えました。 大口は全滅、小口にも散々言われた、なんてのちに北村が言ってましたからね。 価格を高く設定しすぎたのが失敗の主な原因だったんじゃないのかな。 トラペーズラインを採用しなかったことは、枝葉末節の話なような気がするんですよ。
 これってリーズナブルブランドで格安品として(同じ意味やがな)売り出したら、庶民層にごっつ売れたような気がする。 当時だって最先端のモードでなく、一世代前のモードでもよろしい、という庶民は、たくさんいたはずなんですから。

 いっぽう東京。

 直子が連れてくる男たちは、日に日に増えていきます(笑)。
 呆れかえる優子。
 そこには原口先生も含まれていたのですが、彼らが話題にしていたのは、「卵」 が自然の美しさ、というものをすべて内包している、ということ。
 そうした話を聞くと、私などは畑は違うのですが、トヨタのエスティマが、いちばん最初に売り出された時の宣伝文句を思い出してしまいます。
 「走るタマゴ」。
 初代のエスティマは、「タマゴを車にするのだ」、というコンセプトが透徹していた。 特にエミーナなどは、ワンボックスカーの完成型、といまだに私は思う。
 今のエスティマからは、そんな志は消え去ってしまいましたね。 「走るシェル(貝がら)」 といった雰囲気ですが、思想はなくなってしまった気がする。
 いずれにしてもこの、卵を究極のデザインと結び付けようと考える、このフェノメノンたちの思想は、直子に何らかの影響を及ぼすことになるのです。

 この席で、優子の優等生ぶりを原口先生が褒めます。 優子は学校で、主席なのです。
 優子はただ生真面目なだけで…と謙遜しますが、直子は 「その通りや」 と噛みついてくる。

 「課題とかな、アホみたいにキチキチ出しよんやし。 点取りがうまいだけで、別に才能があるわけちゃう」。 凍りつく一同(笑)。 仲間のひとりが、優子の服はディオールか?とその場をとりなし褒めようとします。 優子は自分で作ったのだと自慢し、サンローランのトラペーズラインのすごさが、若者たちの間で話題になります。 既に若者たちの感性は、サンローランを受け入れているのです。

 話のなかで、優子はつい、直子に抱いている不満を 「軽い話題」 みたいに話してしまいます。 直子はこれにも噛みついてくる。

 「うるさいんじゃ!
 うちは姉ちゃんみたいに、ノーテンキちゃうねん!
 なにがトラペーズラインや。
 ようそんな他人がデザインした服着てヘラヘラしてられんな?
 あんなあ。 この道進むて決めたら、うちらはもうその瞬間からデザイナーなんや。
 なに着るかは、そのまま、デザイナーとしての面構えなんや。
 自分の面構えも決まってへんのに、よその服まねして、喜んでる場合ちゃうんじゃ。
 ほんなことも分かれへんけ?!」

 さっきすでに解説してしまいましたが、直子がセーラー服を着ているのは、要するに自分の面構えが決まってないから、決まるまでの押さえとして着ているだけなのだ、ということです。
 その原点からうちがどないな服を着るのかは、ここからはうちの主張や。
 誰にも文句は言わせへん。
 それがデザイナーとしての、誇りなんや。
 サンローランがなんやっちゅうねん。
 そんなものをマネして、自分っちゅうもんがないんかい。
 自分がないくせに成績がいくらよくたって、ほんなの意味ないわ。

 これは直子が、糸子や優子より1歩も2歩も前に意識が行ってなければ、出てこないセリフなのです。 ただ10歩も20歩も行ってしまってたら、直子の眼中には、母親も姉も入らなくなってしまう。 ちょっと前を行っているからこそ、そして(学校の成績という)形式的な部分で姉のほうが上だからこそ、姉に闘志を燃やしてしまう、と思うんですよ。
 優子はしかし、直子のその、芸術家としての孤高に対して、本能的なクリエイターとしての嫉妬を爆発させてしまう。 周りに人がいるにもかかわらず、優子はいきなり、直子につかみかかります。

 「なんじゃコラ!」
 「出来損ないが!」
 「このアホッ!」

 新山千春サン、ホントに怒ってるみたいだった…(笑)。

 その乱闘後、誰かが書いた(斎藤かな?)女の裸体の絵の上に卵が割れてしまっています。 斎藤がせっせと畳を拭いている(律儀だなぁ…)。
 優子は嗚咽しながら、手紙をしたためています、糸子に。 青いインクがきれいでしょう。 白い便箋が、悲しいでしょう(なんやねんソレ)。

 「直子は、手に負えません」(笑)。

 その手紙を読む糸子。

 しかし糸子が気になったのは、ケンカの部分ではありません。
 「直子が連れてきた男の子たちは、サンローランのトラペーズラインや、サックドレスなんかの今の流行にとても敏感で、さすがにうちの生徒です」、「(ここや)」。

 この抑えきれない流行が、やがて岸和田にも到来することになる。




 木曜放送分。

 トラペーズラインの影響下にある、サックドレスの注文が、オハラ洋装店に倍々ゲームで舞い込むようになってきます。
 その注文に気軽に応じながら、心中穏やかではない糸子。

 「うち…読み違えた…。

 …うちやってしもたかもしれん…」

 糸子は八重子に、弱音を吐きます。
 八重子は、失敗したかてまた取り返せばいい、と励ましますが、糸子は浮かない顔のままです。 もう商品は、完全に出来上がっていて、後戻りのできない状況なのです。

 「いや、ほんでもな…うちがいちばんショックなんは、…どないしても、サックドレスがええと思われへんことなんや。

 あんなけ若い子ぉらが目ぇ輝かしてるデザインに、うちはよう目ぇ輝かさんやし。

 うちは…。

 世の中に遅れ取ってしもてる…。

 間違いのう…」

 今まで、百貨店の制服やら、男もののアッパッパ、モンペをおしゃれに着こなす方法、そして水玉のワンピースなど、世間のモードを先取りしていたような印象のあった、糸子の仕事の数々。
 それがいつしか、思考の柔軟性が失われて、固定観念に縛られるようになってしまっている。
 糸子の固定観念の中心にあるのは、女性の体のラインを美しく見せるのが洋服の基本なんや、という思い込みです。
 サックドレスはシルエットがまるで直線で、糸子の固定観念を根本から否定しているデザイン、と言っていい。
 時代から取り残されるのは、こと洋裁師にとっては致命的とも思われます。
 打ちひしがれた表情のまま帰ってきた糸子。
 北村のにぎやかな声が、店の奥から聞こえてきます。

 「なんやアンタまた来てたんけ」。 糸子のいつもの啖呵にも、元気がありません。
 必要以上に明るい北村、商売の話を一切しようとしないところから、糸子は商いがうまくいっていないことを察します。 結構あうんの呼吸やな(笑)。

 宴がはけたあと、糸子と北村はふたりでしみじみ酒を酌み交わします。 糸子の予測は図星だったようです。 「残った分はうちが買い取る」 と安易に責任を取ろうとする糸子。 北村は 「カッコつけんなよオマエ」 と憤る。

 「たかがこんな岸和田のよう。 ちっこい店の女店主がよう…。
 お互いの損で痛み分けや。 ほれでええがな」

 「うちが甘かった…。
 また一から出直し。 勉強や」

 「大変じゃないと勉強にはならない」。 いつか自分が清三郎に言ったことを、糸子はまた、自分自身で噛みしめることとなったのです。

 「あんたにはほんま、悪いことしたな」

 糸子は居ずまいを正します。

 「かんにん。 この通りや」

 「…
 うっわ! うわわわわわわ! 気色悪ぅぅ~~っ! エライもん見てもうたがなコレ」

 北村は初めて見る糸子のしおらしいところに、一瞬反応に困るのですが、ここはお笑いで返さなあかん、という大阪人の瞬発力で乗り切ろうとするのです。 ナイス選択です。

 「あかんあかんこれは中から酒で清めなエライことなるぞコレ…ほんま…ああ、アカンアカン…」

 糸子は北村の、いかにも不器用な配慮に、ちょっとばかり救われたような表情をします。
 せや、辛気臭いのはなんとやらじゃ。 コイツ、なかなかええとこある…。 けど大ショックや…。 けどちょっとホッとした…。

 うまいよなあ、こういう複雑な表情するの、この人。

 いっぽう母親が苦汁をなめているそのとき。

 直子は卵をまじまじと見つめながら、デザイン画を描いています。
 それは卵の曲線を生かした、今までの直線主体の絵柄とは完全に逸脱したデザインです。
 それは直子というファッションデザイナーの卵が誕生したことを暗喩しているような気もするのですが。
 そこに流れてくるのは、あの、だんじりのお囃子なのです。
 そのとき、疾走するだんじりの山車がフラッシュバックする。
 勢いよく引かれていく鉛筆の線が、それに呼応する。
 ミシンもそれを負うように、布を勢いよく縫っていきます。
 そしてだんじり。
 素早く動く鉛筆。
 裁断される、深紅の布。
 まわるミシンのコマ。
 赤い光に照らされて、ふと目覚める、直子の姿。
 裸体の絵に卵が落ちます。
 割れる卵。
 黄身は、黄身とは呼べぬほど、真っ赤な色をしています。
 新鮮な卵だなあ…(感想そこに持ってくるかい)。

 オハラナオコ、というブランドの、誕生です(気が早いがな)。

 「ソーリャ!ソーリャ!ソーリャ!」
 再び大阪。 だんじりごっこをする子供たちが通り過ぎていきます。
 オハラ洋装店。
 夏休みに入った直子が、あのフェノメノンを引き連れて、帰ってくるといいます。
 千代は 「何をどんなけ食わせんねん」 と糸子が呆れるほど、料理作りに余念がありません。 テレビの料理番組のレシピがあっという間に変わってしまうのに手を焼いたりしてますけど、これ、最近のテレビでは、停止機能というものもついてるのもあるから、ひょっとしてこの先 「こんな時代もあったね」 と、いつか話せる日が来るかもしれません(せやからなんやねんてソレ)。

 ところがやってきたのは、あのフェノメノンだけ(すっかり代名詞として使うてますが)。
 フェイントかけて帰ってきたのは、ドギツイ付けまつげ、目の覚めるようなショッキンググリーン(そんな色あるんかいな)のシャツ、左右の長さが違う紫のパンツルックの、「直子REBORN!バージョン」(家庭教師ヒットマンかいな)(少年ジャンプを読んでないかたには何のことやら…)。
 糸子もこれには、完全に度肝を抜かれるのですが、パンツの左右の長さが違う、というのもアナーキーですし(笑)、襟からボタンにかけてのラインは(どういう名称だかワカラン)卵の曲線を生かした奇抜なものになってるし。
 このコントラスト著しいファッションの要になっているのは、真っ赤な口紅であり、そして糸子が直子に買い与えた、あのガキっぽい赤いバッグ、なのです。
 このバッグが自分の原点である、というこれは、直子の意思表示でもある気がする。

 「ひょっとして………直子か?

 …なんやあんたそれ?…なにが…?…どないしたんやいったい?…ええっ?…え…え…」

 糸子の狼狽は笑えるのですが、いっぽうでは若い感性に置き去りにされた、糸子の敗北宣言のようにも聞こえる。

 千代の作った膨大な手料理を、赤い口紅を塗ったくった口が食べてます(笑)。

 「(お化けや…オバケがトンカツ食べてる…)」(爆)。

 糸子はあいた口がふさがりません。

 ところが直子と一緒にやってきたフェノメノンのひとりである斎藤から、糸子の得意技である立体裁断について感嘆をもって尋ねられると、状況は一変。
 この、顧客の体に直接布を当てて裁断していく方法は、このドラマのなかではもともと多忙にいちいち型を取っているヒマがなくて糸子が始めたものだったのですが、ピエール・カルダンがその方法を披露したように、パリではこの裁断法が主流になっているらしいのです。 ピエール・カルダン財団…、岸恵子サン、パリの叔母さま、「赤い疑惑」 を連想します(そーゆートシなんですっ)。

 で、得意満面でその立体裁断をフェノメノンたちに披露することになる糸子。
 蛇足になりますが、糸子の左腕には、まち針を刺すためのボンボンみたいの?(笑)が腕時計みたいについてまして。 その色も赤。 ホントにこのドラマ、何かというと赤い色が印象的に使われます。
 直子はその様子を、じっと見つめています。
 その表情を読み解くとすれば、「今まで気付かなかった母親の偉大さに気付いた尊敬の念」「この人は自分と同じステージで闘っているライバルなのだ、という対抗心」 が入り混じったものといえましょうか。




 金曜放送分。

 昭和34年。 物語は相変わらずだんじりのように疾走します。

 北村が、似合わないアイビールックでバッチリ決めております(笑)。 VANとは明言してませんでしたけどね(私も門外漢などと言いながら、結構知ってますね)。
 そして優子も、東京の学校を卒業して、オハラ洋装店に勤めることとあいなりました。
 それを祝う晩餐の席で、優子は東京から遊びに来たいという友達がいるけどいい?と糸子に訊いてきます。 その場にいたほぼ全員、「それって優子の恋人」 と察しがついたらしいのですが、糸子だけはその点かなり鈍くて(笑)。

 ところがこの男。

 スンゲーウサン臭くて笑える。

 まるで大昔の映画の、役者のしゃべり方みたいなウソ臭さで(失礼)、しかも婿養子になってやってもいいみたいな慇懃無礼さで、もし大阪に来たら職を斡旋してほしいくらいの甘ちゃん大明神で(笑)。 んもー笑えるほど見てるだけでムカムカしてくる感じ(ハハ…)。
 糸子はこういう甘ちゃんの権化には当然ながらかなり手厳しい。

 「いや、(ツテなんか)ないでほんなもん。

 ちゅうか、まあ、あるとしても、ないと思といてください。

 男のお宅が、やっと成人して、いよいよ社会に出てったろかっちゅう時に、嫁の親のつてなんぞ当てにしていたらあきません。

 どうぞお宅が、ほんまに勤めたい思う会社を、自分で探して見つけてください。

 そら最初は、いろいろ苦労もあるかと思います。

 けど、そういうことこそ、のちの財産になるっちゅうものやのに、先回って取ってまうようなまね、うちはようしませんわ」

 唖然とする男。
 むくれる優子。

 ボクやっぱり人んちに泊まるの苦手だからさ、と宿泊を断るその男、どう見ても優子のためにならんと思うのですが、んー。
 なんか自分のレビューの書きかたが長女に寄り添っていない、と感じていたのですが、どうもこのドラマ自体が、長女の側に立っていないような気もしてきた。
 土曜日分まで見てきて、結局この男、なんだったんだ?という気がするんですよ。
 次週予告を気になって読んでしまったのですが、どうも来週、優子は子供を産むらしい。
 この男の子供なのかな?
 だとすれば、相当男を見る目がない状態で産んでしまう、黒木メイサチャン状態になってしまうような気もするんですが(失礼)(失礼)(下世話だなあ…)。
 でもこのまま、優子を貶めるような状態で一方的に終わっていかない、とは強く思うんですよね。 なんたって実在のモデルがちゃんといらっしゃるんですから。
 今後この男を深く絡めていくのだとすれば、優子がこの男のどこに惚れたのかを、作り手はおそらくきちんと描いていくはずだ、とは思います。

 だから糸子の説教も、至極当然に思えたのですが、糸子はさらに、思いを独白します。

 「(そら、好きなんやったら結婚したらええ。 それも縁や。

 なんぼ気に入らんかて、縁ちゅうもんは横から他人がぶった切ってええもんちゃう。

 良かれ悪しかれ、本人がたどれるとこまでたどってるうちに、いずれ答えは出てくる。

 …ほんでええんや)」

 糸子はもつれた赤い糸をほどきながら、優しく微笑むのです。
 そんな親の気持ちなど分からずに、乱暴に2階に上がっていく優子。
 「こら!下りてこんかいな!仕事や!」。
 いちいち気にいらんことがあるたびに職場放棄してどないやねん、ということです。
 ブンむくれる優子のぶっきらぼうな 「イラッシャイマセ」 に驚く客。
 優子は結局首席で卒業したらしく、そのために講師になるという道もあったらしいのですが、あえて岸和田に帰ってきた。
 その気持ちは親としてうれしいのでしょうが、商売をやる以上は甘えは許されへん。 店を継いだあとに立ちゆかんようになるからや。

 「(焦らんでええけどな。 勉強やで)」。

 父善作が口を酸っぱくして娘に言っていた言葉を、今度はその娘が、自分の娘に心のなかでかけてやるのです。

 そして優子がいなくなったあとの、東京の直子の下宿。

 赤いレース、不気味なガラス瓶、おどろおどろしい造花、まるで母親の胎内にいるかのような、赤いイメージで統一された、魔女の部屋(笑)。
 効果音も、心臓の鼓動の音になってます。
 まるでプラグスーツ(エヴァかよ)に包まれながら眠る碇シンジのように(ハハ…)風邪で寝込む直子。
 その布団のデザインは、母親から貰ったあのバッグのそれと、まったく一緒に思えます。

 しっかしまっかっかの布団。

 気が昂ぶって眠れないでしょうなぁ…(爆)。

 そこに、斎藤源太に連れられて、千代が見舞いにやってきます。
 その部屋の異様さに、口をあんぐりさせてしまう千代。
 しかし直子は、生まれたばかりの赤ん坊のように、無邪気におばあちゃんに抱きついて泣いてしまいます。 知らず知らずのうちに、直子は自分を表現しようと、頑張りすぎていたのかもしれません。
 ここ、冒頭付近で書いた、東京出発前にフテ寝する直子と、急き立てる糸子とのシーンの、完全な裏返しになってますよね。

 「ごめんな…岸和田から遠かったやろ?」

 「そら遠いけど…来てよかったわぁ…あんたの顔見れて、ほっとした…」

 直子の火照った顔をさする千代。 千代はすっかり変わってしまった孫のなかに、昔っから変わらない何かを見つけたようです。 こういうのは、ちょっとグッときます。

 ところがその晩、同じ寝床での寝物語に千代が語った話は、少々衝撃的。

 このおどろおどろしい部屋を、まるで 「神戸箱」 のようだ、と回想する千代なのですが、その際に、母貞子が既に亡くなってしまっていることが明かされるのです。
 ホントに人が死ぬところをやらないのが徹底してる。 このドラマ。

 これってちょっと冷たいんじゃないか、とも思えるのですが、実は、人が死ぬところの悲しさを直截的に表現するよりも、こうして回想のなかで人の死を表現していくことによって、その人がどれだけ遺された人々のあいだで生きているか、ということを、このドラマの作り手は表現したがっているようにも思えてきました。

 ドラマのなかでは、今際の際にいろんなことを双方に語らせてお涙頂戴していく、という手法がよく採られます。
 最近ではそれでも、「その数日後に息を引き取りました」 みたいな時間差が主流になってきたようにも思えるのですが、それでもやはり、家族が亡くなる時って、あまり劇的な会話なんかしないものだ、と思うんですよ。
 いや、するかな。
 どうだろう。
 重病で死んじゃうのが確実、という場合は、するんだろうなぁ…。

 ともかくここで出てきた 「神戸箱」 の話は、千代も涙ながらに語っておりましたが、貞子おばあちゃんのおっとりとした性格を思い出させるマストアイテムだった気がするのです。
 この箱に入っていた骨董品の数々は、困窮に陥りがちだった小原呉服店のピンチを、何度も救ってくれていた。
 おばあちゃんはただ道楽のためにその箱の中身を送り続けたのか。
 それとも家計の足しにしなさいよ、という意味で送ってくれていたのか。
 いずれにしても、貞子という人の人となりが、死ぬエピソードを直接挿入しなくとも、強烈に印象づけられる。
 わざわざ死ぬところを見せない作り手の心意気を、このアイテムのエピソードに、見ることができるのです。

 そんな千代に、直子はその名の通り、素直な子供になって、そんな箱より、おばあちゃんがおったらうちにはじゅうぶんや、と言うのです。

 「ほうか…うれしいなあ…」

 「おばあちゃん」

 「ん?」

 直子はこんなことを言うのは恥ずかしい、というように、向こうを向きます。

 「…長生きしてな…」

 向こうを向いたままの直子の髪をなでながら、千代が答えます。

 「ん…任しとき…」

 …

 …泣けました。 この場面。

 …





 土曜日放送分。

 翌朝、3人のフェノメノンと一緒に直子が写っている写真を見せながら、直子は自分より才能のある人間と出会って、ちょっと焦った、と千代に告白しています。

 「楽しみやなぁ…みんな立派な洋裁師になるんやろなぁ…」

 「うん…なるやろな」。

 千代が岸和田に帰ってきます。 与えていた5000円を、全部使てしまった、と事もなげにしゃべる千代に、糸子も優子も、呆れてしまいます。
 来る学生来る学生に、ええもん食べさしてたら、いつの間にかなくなってしもた、とノンキにしゃべる千代。
 糸子も渋い顔してましたけど、現在の感覚から言うと、5万くらい使っちゃった、という感じでしょうかね。 10万だとシャレになんない気がする(笑)。 ビンボー人の自分からすれば、羨ましい話ではありますが(ハハ…)。

 この日のキーパーソンは、優子に初めて任された、妊婦の顧客です。

 優子は初めて自分が受け持った顧客に対して、全力を尽くそうと努力し続けます。
 しかし糸子は、「考えすぎたらアカン」、と優子の一生懸命をクールダウンしようとしてばかり。
 客の状態を見ながら、それを納品するときにいちばんええ状態で渡せばそれでええんや、というスタンスです。
 優子は、何度も着てもらわなきゃイヤや、と願うのですが、そんなことはお客が決めることや、と糸子は取り合わない。

 糸子は何かとその客に対して時間をかけ過ぎる優子を注意したりするのですが、ある日、その忠告も功を奏さず、長時間にわたる採寸の果てにその妊婦が倒れてしまいます。
 忙しいオハラ洋装店の様子を映しながら、時計の針が無情に過ぎ去っていく場面を、ドラマでは描写していましたが、見ているほうはじりじりする。
 まあ少なく見積もって、45分、優子は採寸してたでしょうかね。

 結局その顧客が優しかったことから、クレームという事態は免れたのですが、ここで強調されていたのは、日々の経験が、人を成長させる、ということでしょうか。
 それは昌子と松田から、優子に教示されます。

 「まあまあ。 そらそない一足飛びに一人前にはならへんて」 と昌子。

 「みんなぁ、失敗しながら、ちょこっとずつ上がっていくもんやよって」 と松田。

 「縫い子かてな。 最初からなぁんでもうまいこと行く子ぉほど、伸びへんねん。

 はじめのうちは、失敗しといたらええんやて」

 優子はかように、毎日がまさに、勉強の連続となっていったことでしょう。 「イラッシャイマセ」 という他人行儀な挨拶も改まっていましたし。 現場で学習することは、何より身につくものです。

 ところが。

 そんなときに直子からかかってきた、一本の電話。

 直子が、どうもごっつい賞を、獲ったらしいのです。

 色を失う優子。

 日々、ちょっとずつ育っていくカメの優子に、まさに昌子の言う 「一足飛びで」 有名デザイナーの道を歩んでいくウサギの直子。 この対比が鮮やかです。

 日々が失敗の連続、という段階では、なかなか自信、というものはついてまいりません。
 その経験を踏まえて行動することができるようになったとき、初めて一人前の仕事人、と呼べるようになる、と思うのです。
 ところが直子の場合、「評価」 というものが先に立ってしまった。
 私は常々考えるのですが、「他人の評価」 ほど当てにならないものはない。
 結局は大勢の人の賛同がついてきて初めて、評価というものは定まるんだ、と感じるんですよ。
 なんちゃら審査員やら、エライのかもしれへんけど、偉い人のお墨付きだけで世の中渡っていけるほど甘くはない、と思うのです。
 そら、偉い人が言うんのなら、という安易な衆愚があることも確かです。
 でも、結局は、大勢の人の評価、でしょう。
 なんちゃら賞、というものには、その賞を取った人の自信を空洞化させる、ワナが潜んでいる。

 直子にとって、優子にとって、この受賞はどのような効果を発揮していくのか。
 どこまでこのドラマのクオリティは、継続し続けるのでしょう。
 半日以上レビューにかまけていると、さすがに…(グチは言うまい…笑)。




 …どうも土曜日放送分になると、脱力してくるなあ…。

 毎回おしまいにいくごとにテキトーになっていくレビュー、平にご容赦ください…。

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コメント

おいらも よく録画してみてる・・・・確かにテンポよくて 内容も 面白いよねぇ~

投稿: てるひこ | 2012年2月12日 (日) 06時02分

てるひこ様
コメント下さり、ありがとうございます。 そやそや、面白いでぇ~このドラマ!smile

投稿: リウ | 2012年2月12日 (日) 09時29分

毎週毎週、的確な感想に感嘆しています。

ところで、10日金曜日の「あさイチ」最後で、有働アナの「周防さんはこれから出てくるのか?」、「実はほっしゃんと上手くいくんじゃないか?」という尾野さんへの突っ込みをどう思われましたか。
尾野さんはどちらにも少し意地悪そうに「それは言えません。」と応えていましたけど気になりますよね。

投稿: MLACT | 2012年2月12日 (日) 10時03分

楽しく拝見しています。私が注目しているのは通行人の様子などで、特に小学生の男の子二人が毎回季節感や時代感を出しているところです。(やっぱり21歳は)アホや!といいきる糸子におもちゃのピストルをかまえる月光仮面ごっこの子たち。アホはおまえじゃ、といわんばかり。靴下履いて月光仮面セットに身を包んだ子と普段着のままの子などのその子らしさもちゃんと表現されてて細やかだなあと思います。こういう面白さは昔の映画にはよくあったように思うのですが。

投稿: ひさひさ | 2012年2月12日 (日) 14時39分

MLACT様
はじめまして。 コメント下さり、ありがとうございます。

その 「あさイチ」、残念なことに見逃してしまったのですが、「スタジオパークからこんにちは」 に、今週綾野剛サンがお出になるそうで、もしそれが 「カーネーション」 絡みのご出演であれば、尾野真千子サンが糸子役をやる残り3週間で、周防が再び出てくる可能性は、とても高いような気がいたしますね。 どんな形でこの3週間が展開するのか、とても楽しみです(名残惜しいけど…)。

投稿: リウ | 2012年2月12日 (日) 16時30分

ひさひさ様
はじめまして。 コメント下さり、ありがとうございます。

まったくこのドラマ、細部にまで凝ってますよね。
私がちょっと気になっているのは、商店街の場面でいつも正面に見える、お店の看板です。
ずいぶん現代的なフォントのような気がいたします。
オハラ洋装店のフォントも、結構現代的に感じます(お店のタテ看板のほう、かな?)。
リアリティ追求のなかで、スタッフの遊び心なのかもしれませんですね。
現代編では、現実と同じように、この商店街もモールのなかに収まってしまうんでしょうかね?

投稿: リウ | 2012年2月12日 (日) 16時35分

>月光仮面ごっこ
私もチェックしました☆
懐かしかったです。

北村との仕事がうまくいかなかったのは、リウさまがご指摘の通りじゃないのかなあ。
見ているうちに、時代がちょっとわかんなくなってしまったんですが、ご婚約成立時の美智子さまのファッション、「きゅっ、ふわっ」でしたよね。
あの時のミッチーブームを思うと、いきなり全部がサックドレスに移行したかなあという疑問が・・・。

糸子が今後、独り身を通すのかどうか、北村とは平行線のままかどうか、とてもとても気になります。

北村の前で寝っ転がって、ふてぶてしい態度(それでもかわいいんだけど☆)とっているのがとても好きです。
ほんとはここまで本音が出せる相手と結婚するのがいいんだろうけど、男女の仲には色気も必要なので、難しいですね。

優子の結婚相手にも・・・・、
俳優さんてすごいですね、たたずまいだけで「胡散臭さ」、全開。
だまされちゃ、だめよ==、と、叫びたくなります・苦笑

投稿: マーシー | 2012年2月12日 (日) 16時48分

とおりがかりました。はじめまして。
文中10万ではしゃれにならん、と書いておられますが、劇中にでてきた床屋さん(関西では散髪屋ですね)の値段が150円(現在はだいたい3500~4000円)だったので、現在のおおよそ20分の一の物価と考えると、麻生おばあちゃんは10万円程度お使いになってこられた、ということになりそうです。

投稿: 英知 | 2012年2月12日 (日) 20時02分

マーシー様
コメント下さり、ありがとうございます。

月光仮面が懐かしいなんて、おいくつですか?(笑)。
私は結構あの月光仮面、あそこまで完璧にコスプレしてるガキンチョなんかいなかったのでは?なんて感じてしまいました(ハハ…)。

でもそれはそれで、時代のエポックを象徴的に描写している一環だ、と思うんですよ。 フォントのことにしてもそうですけどね。 このドラマ、リアリティを追求しまくっているくせに、どこかパラレルワールドみたいな匂いがする。 完全に、その時代を再現しようとしてない部分を、私は感じるのです。

戦後の流行歌が、まるでそれしかないような感じで出てくる、というのも同様な匂いを感じる。
「リンゴの唄」「銀座カンカン娘」「高原列車は行く」。

これって、その時代を懐かしがる人たちに向けたものでは、あまりない気がするんですよ。

このドラマを見ている人たちって、一昔前までと違って、その時代に生きていない人が大半なのではないでしょうか(うちの両親などは確実にその時代生きておりましたが)。

見る側にしてもそうだけど、作り手にしてもそう。

このドラマはそういう意味で、その時代に生きていなかった人が、その時代を象徴するイコンとして認識しようとするためのドラマになっていて、歴史的に我々はもうその段階に入っている、ということを暗に作り手は言いたがっている気が、するのです(分かりにくい話でスミマセン)。

優子の恋人も、ホントに、昔のNHKのアナウンサーとか、小津安二郎の映画に出てくるどっかの出来のいい息子みたいな、これも言ってみればそのステレオタイプ的なイコンを狙っているような気がします。

…なんか、ワケわかんない話で申し訳ないです。 もう少し私に表現力があったならなぁ…。

投稿: リウ | 2012年2月13日 (月) 07時41分

英知様
はじめまして。 通りすがりにもかかわらず、この無駄に長ったらしいレビューを最後まで読んでくださったようで、大変有り難く思います。

物価の件なんですけど、ん~、結構このくだりを書くのは苦労したんですよ。

だって物価って、モノによって推移がバラバラじゃないですか。

私の場合、ドラマでうなぎごちそうしていた、と千代が言っていたので、当時だいたいうな重が300円程度だったため、まあいろいろ加味して、だいたい今の感覚で、うな重を5万円くらいごちそうしたのではなかろーか、と推理したんですよ。

単純に大卒の初任給とか比べると、英知様の計算通りになるのですが…。

投稿: リウ | 2012年2月13日 (月) 08時01分

今週もお疲れさまでしたぁhappy02

雪かきに明け暮れ、なかなかコメントできないままでしたが、盛況でよかったですsmile

今回、相変わらずのリアリティ追究に関心したのは、東京へ送られた荷物。

麻ひもだけで荷造りされてましたね。
そういえばガムテープが発売されたのはいつ頃だったんでしょう?

大学入学時に母親が大きな布団袋いっぱいに荷物を作ってくれて、鉄道のチッキ(今は死語?)で送ろうとしたら大きすぎて(重すぎて?)駄目だと言われ、落胆して持って帰ってきたのを思い出しました。
今は亡き母が一晩中かかって荷物を作り直してくれたのを思い出します。

レビュー、半日はほんとに大変です。
体調にはご注意くださいねnote

投稿: rabi | 2012年2月13日 (月) 16時06分

今回も半日を費やしてのレビュー、ありがとうございます。

いよいよ直子が覚醒しましたね。
個人的には優子贔屓なのでもう怖いったらなかったんですが…
あのドクンドクンの心臓の音から始まる目覚める直子を象徴した描き方は音と絵の入り方が、なんだかざわざわして鳥肌がたちました。
皮膚感覚まで刺激された!でした。

ところで金曜日のアサイチでのオノマチさん。録画して見ました。
素のオノマチさんはとても人見知りでシャイな人でとてもチャーミングな方でした。
画面では糸子のイメージを崩さないようとても気をつかっていらしたように見受けました。

何度もオーディション受けて、でも落ち続けて…けれど夢を諦めなかった。そして小原糸子はこの方の類いまれなる才能と演出、共演者、光、音、美術、衣装、等々のスタッフの化学反応でとてつもなく生き生きと、命 を吹き込まれ毎日なんやわけわからん、とにかく見逃してなるものか!と虜になってしまったのです。
不思議なドラマですよ〜


北村と糸子の掛け合いはセリフの最後の方はアドリブが多いそうで…文化としてお笑いが根付いてる関西ならでは!羨ましいです。さといも〜からのじゃがいもはアドリブだそうです。もっとちょこちょこありそうで。それを想像するのも楽しみになってます。


ところで…やっぱり貞子おばあちゃんはとうに亡くなってたんですね。神戸箱からの会話で知らされる。リウさんおっしゃるように異界との境界がハッキリ描写されないから千代さんと直子を上から見てる視点が貞子おばあちゃんになってるように感じました。
『ココア飲もうやぁ』あのかいらしい声が聞こえたような気がいたしました。

長生きしてや

任しとき

この会話
泣けました(涙)
ありがとな。ではなく
任しとき…

おばあちゃん、ありがとね。こっちがありがとねって言いたくなりました。

投稿: みち | 2012年2月13日 (月) 23時09分

rabi様
コメント下さり、ありがとうございます。

ニュースで北陸などの大雪を見るたびに、rabi様のことを心配しておりました。 私の新潟の知り合いにも電話をしたのですが、市街地にも関わらず今年は結構積もっているようです。 雪掻き、大変にお疲れ様です。

過日の返信で、雪は好きだなんて書いてしまって、ホントに豪雪地帯のかたがたの心情を考えなかったなーと反省いたしました。 コメント返信には、とても気を遣うのですが、ほんの拍子に、相手のかたを傷つけるような言葉は、出てしまうもので…。

今の引っ越しの荷物は、みんなそれぞれの大きさに合わせた、段ボール箱、ですもんね。 チッキってなんですか?(笑)って、手荷物預り証ですよね。 私は使ったことないな~。 ただ、昔は国鉄の貨物、というのは、結構主流でしたよね。 今物流と言えば、トラックが主体ですからね。 長~い貨物列車が通るのを、昔はよく見かけたものですが…(今もあるのかな?)。

投稿: リウ | 2012年2月14日 (火) 07時34分

>チッキ
ああ==、懐かしいなあ♪
なんてかくと、また「おいくつですか?」なんて突っ込みが入りますが・苦笑。

>ココア飲もうやあ
ああ、ひょっとしたら、『おばあちゃんと飲んだココアとちゃう」ってことですかね?
深読みのしすぎかもしれませんが。


オノマチさんの、その放送、見逃してしまいました。
とっても残念です===。

3月に、お墓詣りで新潟に行くんですよ。
帰りに越後湯沢に寄る予定なんですが、
そのころにはどうかな。

投稿: マーシー | 2012年2月14日 (火) 10時40分

みち様
コメント下さり、ありがとうございます。 先のコメントを書いているうちにまたまた強烈な眠気に襲われて…いつものことですが、時間差の返信となってしまいました。 失礼いたしました。

とか何とかやっているうちに、マーシー様に、みち様に書こうとしていた内容の先を越されてしまいましたcoldsweats01
私もみち様のコメントを読んでいて、先々週だったか、糸子が 「太鼓」 のココアを飲んで、「こんなんココアちゃうで!」 と言った謎が、ようやく解けた、と思ったんですよ。
糸子は神戸で貞子おばあちゃんが大好きだったココアを一緒に飲んでいて、その味とちゃう、ということだったんですね。 たぶんconfident
貞子おばあちゃんがココアを好きだったことを、すっかり忘失しておりました。
記憶力悪いなーcoldsweats01

尾野真千子サン、今回の 「あさイチ」 は見逃してしまって残念でしたが、かつて 「土曜スタジオパーク」 で今は亡き原田芳雄サンがゲストの時に(「火の魚」 で共演されたときですね)VTR出演していて、「ああこの人は、『火の魚』 のヒロインと同じような性格なんだろうなあ」 と感じたことがあります。 結構内面ですごくいろんなことを考えている感じ。
そんな彼女が糸子のようなハッチャケた役をやっている、というのは、結構驚きに近いものがあります。

ただ、何度も朝ドラのオーディションを受けた、ということは、あまり傑作とは呼べないドラマのオーディションも受けた、ということになるでしょうか。

そのことを考えると、いちばんの傑作である 「カーネーション」 でヒロインに抜擢された、ということには、限りなくツイている、という感じが強くいたします。

前にコメント返信で書いた覚えがあるのですが、私はこの人、結構脚本を見る目がある、と思っていたんですよ。
でも今回の抜擢が何度も落ち続けた末の、となると、すごく運、というものがある、というように思い直してしまう。

関東地方の再放送で、彼女が芦田愛菜チャンを虐待する母親役を周防と演じた(笑)「Mother」 をやっているみたいです。 彼女がいい脚本に恵まれている、ということが実感できると思います。

投稿: リウ | 2012年2月14日 (火) 13時04分

マーシー様
再コメント下さり、ありがとうございます。

「おいくつですか?」 なんて、いや~、マーシー様に失礼なことを申し上げたかな、とちょっと心に引っかかっていたのですが、大人の対応をしていただいて、とても助かりますconfident

しかしココアの件、やっぱり 「太鼓」 でのあのセリフは、神戸のココアと違う、というニュアンスだったんでしょうね。 「ん?」 とか思ったセリフでも、全部意味があると思うと、ホントにますます気が抜けない気がします。

まったく、朝の忙しい時間帯に時計代わり、というドラマではない、という点だけが、このドラマの大きな欠点だと実感するのです。

お墓だけが越後湯沢におありなんですか。 私も今は福島には、墓参りだけですね。 祖母の住んでいたところをなくすのには、反対しておけばよかったとつくづく思います。 子供のころに田舎だ、と言って遊んでいたところがない、というのは、とても寂しいです。

投稿: リウ | 2012年2月14日 (火) 13時15分

リウさん。お疲れ様です。ドリンクが効いたようで何よりです。
風邪ひきかげんの時にお世話になったことがありますが、安物だったせいかあまり効きませんでした(笑)

さて、姉妹篇になってより毎日のように泣くことがなかったんですが(北村とのからみで笑うことが多かったなあ)今週は胸にせまるエピソードが…
久々に号泣いたしましたよ


偶然にもうちも3姉妹がおりますが小原家のように才能溢れるお子達ではありません。けどなんだか優子を見ればうちのおねぇとだぶり聡子は三女がやはりだぶります。
それぞれがライバルなんですよねぇ
進む道は違えど、お互い意識してるのが日々窺えます。

糸子の子育ても参考になるところが大いにあり…
自分もどちらかと言うと世間的には厳しいと思っていましたが
現代の子育ては褒めて伸ばす、みたいなんが主流になりつつありますよね。けど…どうなんでしょう

親は理解者である前に壁になることも必要なんじゃないかなと

さすがに糸子なみにはなれませんが、本気でぶつかってこいや!ともどかしく思うことがままあります。


そうやっていつか親を越えていく。
糸子も越えられていく。そんな流れに

何故か泣けてしまうのです。


説明的なセリフがないからこちらは経験と想像でその間を埋めていく。それぞれのカーネーションができていく。
つくづく凄い作品だと思います。

投稿: みち | 2012年2月17日 (金) 12時44分

みち様
コメント下さり、ありがとうございます。

私も風邪をひいたときに、1000円くらいする極上のものを(笑)試したことがあるのですが、まったく効かず(笑)。 葛根湯のほうがよく効いた(笑)。

1週間分をまとめて見る、ということに、ほとほと限界を感じている 「カーネーション」 でありますが、とりあえず 「清盛」 以外はすべて打っちゃって、明日のレビューも書いていこうと存じます。

この物語、私はあまり 「泣けた」 とか 「出来がよかった、悪かった」 という観点で、もはや見ていない部分がありまして(笑)。

それはやはり、みち様のご指摘されたような、「説明がないから想像で埋めていく」、という、「行間を読む」 ことを楽しんでいる、そんな見方をしておるのです。

糸子というヒロインは、表面的に見ると実にがさつで、自分のことを棚に上げて娘たちに接している部分がある。

でもみんな、そんなものじゃないでしょうか?

私だって人にエラソーに言えるような人生は、歩んでおりません。
糸子のことをとやかく言えるかたがたは、実に立派な人生を歩んでいらっしゃることでしょう。

ただ人の人生、マイナスの部分とプラスの部分を足し算しながら、人というのは生きていくんじゃないか、と。

ひとを傷つけた分、ひとのために何かをする。

子供に対してうるさく言うのは、やはりマイナスのように表面的には見えます。
でも本質の部分で、それは決してマイナスではない。 子供のためになっている。

そして子供は、自分がどうしてこの親の子として生まれてきたのかを、自らの人生のなかで、噛みしめていくことになる。

それが人生なのではないでしょうか。

そこまで感じさせてくれるドラマだからこそ、どのようなドラマもなぎ倒して、このドラマはすごい、と思わせるのです。 「北の国から」 あたりのレベルを、今日的意義で凌駕しようという意気込みを感じるのです。

投稿: リウ | 2012年2月17日 (金) 14時47分

再見も第19週まできました。

糸子が経済的黒星は久方ぶり。晩年のインタビューに照らし合わせると「自分は先が見える女」という自負からくる虚栄心が散見されます。後のミニスカの時にはありませんね。今回の失敗を気にかけて北村のため…と思ったようには見えませんが(笑。

脚本・映像は共にお宝満載。第9週との比較で糸子が良くも悪くも大人になったと分かるし、大阪人の気質を強調するのは人の活動圏が拡大して終盤、これが希薄になる事を逆説的に示唆。10年前は北村と組んだビジネスに賛成した恵さんが今回は反対なのは、安岡家の支払いは完遂で周防からの返済も順調なので守りに入ってるのでしょうねー(笑。
しかし玉枝さんの結婚式回想が一番、凄い。糸子を吉田屋まで引っ張ってきた奈津が大写しに、次の画面で仰天する玉枝自身と八重子さんが映る。ところが酔っ払った勘助はその場に居合わせながら後頭部しか映っていない(オープニングキャストに尾上サンの名前はちゃんとあります)。この回想で玉枝さんの精神状態を示したのですね。結婚式の時に、
「勘助が最初から奈津と一緒に小原家に行っていれば、若女将が汗だくになることもなかったのでは?」
とツッコミが浮かんだのですが、この場面を描くためだったとは…。

>悟氏
実話で離婚したのを本放送時から知っていたので私は期待しませんでした(笑)。学生時代の猫被っていた優子の恋人では、小原家の血が覚醒した優子とは合わなくなるわなー程度(男は子供を産むためのアイテムかよ…)。こんなでも直子の旦那や息子よりは描写が多かった。小原家の男は代を重ねるごとに扱いが悪くなりますな。

>千代さんのお見舞い
やや唐突でしたが全体で見ても、三姉妹編だけで見ても重要でしょうか。前半の「糸子と貞子」、終盤の「糸子と里香」にも被るシーンですが、孫の方が体調を崩しているのは直子だけ。加えて、ここから「糸子が娘達の成長に一通りずつ手を貸していく」と「直子の元を年長者達が順番に訪れてくる」が並行して描かれます。で、感じるのは本当は一番、甘えん坊かもしれないけど尖がっていて上手に甘えられない直ちゃんの困った性格。しかも糸子は「コイツ、誰に似たんや」を連発して直子のそういった一面に終生、気がつかなかった節がありますが、この辺はまた次回。

投稿: 巨炎 | 2012年9月17日 (月) 17時39分

巨炎様
コメント返信遅れて誠に申し訳ありません。 いつも物語トータルな視点からの考察、ありがとうございます。

ゴシップ的には糸子と北村はデートとかしてたり、事件的にはだんじり祭りの練習に出なかったからと言ってひどいことをするヤツがいたり、「カーネーション」 近辺の話題には事欠かないように思える今日この頃です。

別に尾野サンとほっしゃん。の話なんかはどうでもいいのですが、「カーネーション」 関連の記事で、だんじり祭りについてどれだけ岸和田の人たちが誇りに思っているかを感嘆し続けた私自身の感想も、ちょっと一面的であったのかな、という気がしています。
確かにあの祭りは、荒っぽい。 荒っぽいから、荒っぽい人が祭りに関わっているケースもあるのだろう、という気がいたします。

さてこの第19週ですが。

小原親子の競争が静かに始まった、という印象を、改めて振り返って強く持ちました。

糸子は事業に失敗し、優子は地道に歩み出し、直子は落ち込みながらも自分の道を探っていく。 
このあと直子が、自分のブティックを持って経営的にたちいかなくなったりしましたよね。 三者三様なれど、この時期は直子が一つ抜きんでていた、この時期は優子が、この時期は糸子が、というかけっこを見ているようでした。

糸子の結婚式での勘助は、ちょっと記憶にございませんでしたので、巨炎様の考察にはなるほど、という感じです。 あの頃の勘助は、まだ徴兵されてなかったかな?

優子の最初のダンナサンは、実際にそうだったんですか。 知りませんでした(笑)。 それじゃ突っ込んだ描写もできないわけですね。 この週で書いた私の予想ははずれました(笑)。 そう言えばコシノ三姉妹のダンナで、ちゃんと話に絡んでたのって、この人だけでしたよね。

「おばあちゃんとの語らい」、という話は、このドラマで繰り返し3世代にわたった共通項ですね。 次世代への 「記憶」 の受け継ぎ、ということもこのドラマのテーマのひとつだったような気がいたします。

投稿: リウ | 2012年9月19日 (水) 13時59分

という訳で前のカキコの続き。

この時期は直子の天性が強調されていますが実は「商売人」という視点で見れば糸子こそ天才だったのではないかと。単純にセンスだけなら努力型秀才タイプという優子と変わらない。この週で初めてのお客さんのデザインを描いている優子を百貨店制服作りの時の糸子にダブらせた点からも解る。ところが…。

雑誌のデザインを参考(=模倣)しただけのものは突き返される。ここまでは「自分の色が無い」と直子に指摘された優子と同じ。ところが八重子さんの助言を受けると
「ウチはまだ百貨店に入った事がありません」
二度、足を踏み入れた程度で買い物などした事がないのに、お客の立場からのイメージを掴んでしまった。優子が挫折の中で体得しなければいけなかった感覚を天性で持っていたのです。(デザインの「閃き」場面を映像演出されたのは糸子と直子のみ)第6週の駒ちゃんやサエ相手の失敗も才能を制御する意味の経験で優子のそれとは意味合いが違う。

糸子を無自覚の天才(パッチ屋大将の太鼓判も本人は知らない)とした上で直子の天性を強調したのは脅威のチャレンジャー=前半に見られた外にある解りやすい障害を期待する視聴者へのミスリードで天才に挟まれた非天才の優子の葛藤を意図的に解りにくくするためでしょう。

結局、松阪家と糸子の間に置かれた善作の葛藤がテンプレで、これが更に娘達に追い抜かれたうえで「老い」や「死」と向き合わなければならない糸子の葛藤のテンプレと…。
善作が向き合ったのは糸子、優子が向き合ったのは直子、そして糸子は…と。リウ様が指摘されたように最初は親の矜持に拘っていたのにプライドずたずたにされた後は逆にふっきれて、あまり優子たちを意識した感じはしなかったですね。

投稿: 巨炎 | 2014年7月30日 (水) 22時05分

巨炎様
コメント下さり、ありがとうございます。

糸子がトラペースの服の流行を理解できなかったことを、「感性の老い」 の問題としてよりも商売の蹉跌の問題としてとらえる方法はどうでしょうか。

つまり、糸子は 「売れてナンボ」 の世界で生きているから、自分が 「なんやねんその服」 という服が売れてしまうことは、自分の感性の老いに直結することはもとより、売上に直接響いてしまうんですよ。

私なんかもビートルズの音楽ばかり聴いていると、いま流行している音楽なんかは、ハナから相手にしない、という態度を取っちゃったりするけれど、糸子にとって 「サンローランなんぞ若造でアホやからトラペースやら相手にする必要なんかなし」、と割り切ってしまえない部分がある。

もしかするとそこが、糸子の限界だったのかもしれません。

なんの限界か、というと、「世界に出ていけたか行けなんだか」 の境界線という意味で。

直子の場合、他人(特に優子やおかあちゃんに対してですが)にライバル意識を燃やすけれど、それを自分の創造性の起爆剤としている点で、世界に通用する気概のようなものがあるように思える。

いっぽう糸子は、「商売に関して天才的」 であるがゆえに、「あの世界的な三姉妹ファッションデザイナーの母親」 というネームバリューを超えて活動が出来ない。

ただ 「世界に出ること」 が最も大事な価値観ではない、というのは、ドラマを見ていて自明なんですけどね。

まあ、モードとかよく分かんないのであてずっぽうの議論ですけど、このドラマのドラマ的な結論としては、「人と交わり、懸命に生きた」 ということが、遺された者たちのその人に対する何よりも価値ある評価になりえるのだ、ということだと私は考えています(今日のところは…笑)。

糸子がいなくなっただんじり祭りで、オハラ洋装店に人が集まり、そこをユーレイになった糸子が満足げに徘徊する。 娘たちにはいつまでも忘れ得ぬ 「おかあちゃん」 として存在し続ける。

すごいドラマもあったもんです。

「カーネ」 以来ドラマレビューにリキが入んないのも当然です(笑)。

投稿: リウ | 2014年7月31日 (木) 13時45分

オノマチの不倫騒動の次は新山千春の離婚報道。
凄いドラマは現実の先を行く(笑。
安田美沙子の結婚だけは逆パターンですが
ドラマ内の重要ポジションの差かな?
ところで…

>「21歳は間違いのう、…アホや!」(笑)。 
ここで糸子が勘違いしているのは「アホ=21歳」で括ってしまい小原糸子がアホであるのを忘れている事。鋸振り回して自分の店を改造しようとしていたアホなまでの拘り。優子等、21歳の時にそんな事しませんよ(笑)。実はこれと同じものをもっているのは三姉妹の中で直子だけで、これを東京で一人暮らし状態になった時の部屋のカスタマイズぶりで表現している。
で、聡子がテニスの全国大会のため上京した際、改めて部屋を見せて優子の再上京で中和された事が示される。一方、小原家の子供部屋は聡子の独占となり多少の趣味が見えますが直子ほどの病的なものはない。糸子と直子が才能のトップツーですがアホ度もトップツー。

直子の内面を千代さん曰くの「神戸箱」状態の部屋で表現しつつ、百貨店で最初に出した店に繋げると…。思い出すのが糸子や優子が店に来た時にショーウインドーや店内に飾られた服がかなりクローズアップされていた事。おそらく第8週の糸子と対比させている。ショーウインドー自体は絶対必要でも、ある事が特別な訳でもない。直子自身は実家にあったから自分もやったぐらいの感覚なんでしょうが成り立ちが糸子と直子で正反対になっているのが解ります。

糸子はせっかく看板立ち上げたのに客がなかなかこないので「店の面構えがいかんのやろか」と考える。少し行き詰ったらお客目線に立った発想が湧いてきて、それを実行に移せてしまう。本当に簡単にやっているので気づきにくいのですが恐ろしい才能です。対して直子はリウ様がレビューでも指摘しているように「私を見て!」的な発想からきて逆にマイナス効果を生んでしまい、その部分は優子が上手く修正する事になった。

実は「マッサン」も折り返しに来て、これと似た状況です。打開策はあるのか?

投稿: 巨炎 | 2014年12月30日 (火) 21時53分

巨炎様
コメント連投、ありがとうございます。

「マッサン」 がこれに似た状況とは…? …ダメだ、まったく分からない(笑)。

「マッサン」 はヤバいです(笑)。 もう5~6週くらいたまってる(爆)。 要するに、マッサンがプラプラしてパンとか作っている週までしか見てない(笑)。

そこまで見た限りでは、ヤフーのビューワーたちにかなり酷評されるパターンを踏襲しつつあるな、という感覚でした(笑)。

つまり、「なかなか本題(ウイスキー造り)に入ろうとしない」。

「ホームドラマレベルのつまらんことに血道を上げる」。

「主人公たちのキャラがウザく見えてくる」。

こうなると☆イチ驀進です(笑)。 だいたい酷評する人なんか、星1すら与えたくないのがヤフー感想欄でありまして(笑)。

それにしても巨炎様のトータライズされた 「カーネ」 考察には、毎度ですが完全に脱帽しております。

特に直子の東京での部屋が幼い日の百貨店につながっている、というのはもう、そこまでスタッフが考えていたのだとすれば、朝ドラというのは毎回毎回三味線弾きまくってますよ(笑)。 ちっとも本気を出していない。

これは、母と娘たちが、同じ土俵で戦っているからこその関連性なんですね。
直子と糸子の類似性はともかく、たとえば優子が母親とは全く違う方向、というのも、母親の存在なくしては現れない性格なのであって。
その対立構図があるからこそ、そのどこにも属さない 「マイペース」 聡子の存在も浮かび上がってくる。

オノマチサンについては、どうも最近、器用貧乏みたいな落とし穴にはまりつつあるような気がいたします。 開き直り過ぎ、というか(まあよう見ないのでいい加減な物言いですが)。 このままコテコテの関西のおばちゃんみたいなキャラになっていきはしないか、と心配です(取り越し苦労かな)。

投稿: リウ | 2014年12月31日 (水) 10時04分

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