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2012年2月 4日 (土)

「平清盛」 第3回 負けるものか、という気持ち

 どうもレビューが大変遅れましてゴニョゴニョ…。

 風邪気味で寝てばかりいたせいでゴニョゴニョ…。

 もとい。

 家出状態の清盛(松山ケンイチクン)は鱸丸(上川隆也サン)を筆頭とした郎党を連れて、漁村の船の警護役をして、民の暮らしを守っているつもりでおったのですが、乞食のようななりをしておったために?自分たちが退治している海賊と混同されて検非違使(警察みたいなもんですな)に捕えられ、父親の忠盛によって無罪放免となる。

 しかし鱸丸以外の郎党が捕まったままとか、条件付きの釈放に清盛は納得いかない。 そんな荒くれ者の清盛の前に現れたのが、玉木宏サン演じる源義朝。 かつて白河法皇(伊東四朗サン)を討とうとしたその気概を認め、「自分と勝負しろ」 と清盛に迫るのです。

 しかし清盛はそんな初対面の義朝に 「なんだオマエ?」 みたいな感覚で、まったく取り合おうとしない。 まあ当たり前か。

 義朝は小日向文世サン演じる父親の源為義に付き添って、北面の武士(上皇の警護役、まあ近衛兵みたいなもんですな)に取り立ててもらおうとするのだけれど、藤原家成(佐藤二朗サン)はにべもなく 「北面の武士は清盛に決まった」 とのたまう。

 「清盛の出世が早い」、ということについて、その原因には結構諸説があるらしいですね。

 その諸説のなかで 「清盛が白河上皇の隠し子だった」 という説をこのドラマでは採用したのですが、「隠し子だったから出世が早い」、という性急な結論を、このドラマでは採っていない。

 白河法皇亡きあとの権力は、三上博史サン演じる鳥羽上皇に移っているわけですが、この鳥羽上皇、白河上皇と敵対していたためにその落としだねである清盛及びそれを匿っている清盛の父、忠盛(中井貴一サン)に、いい感情を持っていない。
 「彼らの忠誠心を試すために、北面の武士に取り立てよう」、という意図が隠されていた、という話に持っていこうとしているわけです。
 ただ、清盛はそんな出世話には全く興味なし。

 それにしてもまっこと、平氏と源氏の名前には苦慮いたします。
 みんな同じような名前ばかりで書いてて混乱する。

 複雑な事情などスッ飛ばして、早く今回のテーマに辿り着きたいのですが、経過を書いとかないと言いたいこともよく伝わんないだろうし。 ああもどかしい。

 で、清盛は捕えられたままの郎党を助けようと、彼らを脱獄させます。
 そこに再び現れた義朝、「どうして北面の武士にならぬ?」 と清盛に問い質すのですが、「王家の犬になってこびへつらって生きたくない、オレはひとりで生きるんだっ」 と甘っちょろい反抗心をむき出しにする清盛に、義朝は大いに幻滅。 「オレと勝負しろ」 という話も、なかったことにしろ、ということで。

 そのとき、郎党たちは検非違使によって、再び捕えられてしまう。
 「ここで出ていってはまずい」 という鱸丸の的確な判断をよそにわめきまくる清盛。
 いちいちやってることがガキすぎる。

 でもですよ。

 ガキなんですよ、この時点での清盛は(笑)。

 「ガキだよなあ」、と視聴者に思わせる時点で、松ケンクン及びドラマスタッフの思惑は、大成功しているわけです。

 自分たちが守った米を自分たちが食ってどうするんだ、というのも立派な理屈。
 でもそれを鱸丸に褒められて悦に入るのは、幼さといってもいい。
 逃がした郎党たちが無邪気に大通りを歩くのを見て 「ハッハッハ、あいつらときたら」 と郎党たちの保護者気取りでいるのも、標高10メートルくらいの小さなお山の大将、という風情から抜けきらない。

 なにしろ 「この面白くもない世の中に対して楯ついている」、という根性からして、暴走族と紙一重じゃないっスか。 やってることはとりあえず立派かもしれないけれども。

 で、郎党たちを助けようと申し開きをしようとする清盛に、父忠盛が放った言葉は、その清盛の幼さを、ものの見事に一刀両断にするのです。

 「責めを負うと申すならやりようはただひとつ。 この件には一切関わりはないと言い通すことじゃ。

 …

 民を守っておったと…?

 まこと守ったと思っておるか?

 その村の民は賊に襲われた。 その賊はな、お前たちが退治をした海賊たちだ。
 お前たちへの恨みから、徒党を組んで村を襲ったのだ。

 よいか。 浅知恵で押さえつけた者は必ず浅知恵でやり返す。 それで傷つくのは、弱き民だ。

 お前は民を守ってなどおらぬ。 お前がしたことは賊と同じだ。 お前が村を襲ったのも同じなのだ!

 それでもお前がこうして生きておられるのは、お前の知らぬところで、平氏一門がお前を守っておるからだ!

 かように赤子同然の者が、いかにして、ひとりで責めを負うと申すのじゃ!」

 ぐうの音も出ない清盛。
 ガキがシュンとしている姿そのまま、であります。
 しかしドラマはさらに、清盛をガキっぽく見せる演出をたたみかけてくる。

 自分がここで知らん顔して、しゃあしゃあと生きていけない、と清盛は絞り出すように呻きます。
 そこに清盛の叔父、忠正(豊原功補サン)が 「平氏と縁を切ればすべて丸く収まる」、と主張するのですが、父忠盛は 「ならぬ! 清盛は平氏にはなくてはならぬ男だからだ」 と言下に否定。 忠正は(あ~ややこしい)「姉上(忠盛の妻宗子、和久井映見サン)の気持ちを考えたことがおありか?」 と詰問。 どこの馬の骨とも分からん白拍子の子供が、正妻の子を差し置いて家督を継ぐというのが、忠正には許せないのです。 どうもこの忠正、のちに清盛と決定的に敵対するようであります。
 「白拍子の子供」 と悪しざまに叔父に蔑まされて、駄々っ子のように唇を噛む清盛。
 う~む、ますますガキっぽいぞ。

 そこに追い打ちをかけるように、宗子が 「清盛は私の子にございます!」 と、自分の心の痛みを押し隠した宣言が。
 清盛は、ますます自分の駄々っ子さ加減を噛みしめざるを得なくなってくるのです。

 そしてとどめが、清盛の弟、家盛(大東駿介クン)の、「母上のためにもどうか、父上の仰せの通りになさって下さりませ!」。
 本来ならば家督を譲られるはずの家盛のこの言いよう。 自分にも忸怩たるものはあるだろうに。 しかもそんな弟が、自分の知らないあいだに自分より数段立派になっている。

 清盛のガキっぷりは、ここに極まるのです。

 「オレは…オレは…!」

 清盛、いたたまれなくなってその場からエスケープ。
 みな自分の立場を慮って我慢しながら生きている。
 それに比べてオレは何だ。
 自分なりに正しいと思って生きてきた。
 それがすべて、平氏の掌の上で粋がっていただけだとは。

 清盛はあらためて、源義朝に勝負を申し込みます。
 が、清盛のオコチャマ加減に幻滅していた義朝は、ガキの言うことなんか歯牙にもかけない。

 しぶしぶ勝負に付き合った義朝、比べ馬で清盛に圧勝します。
 そりゃ毎日鍛錬してるもんなあ。
 途中で落馬した清盛。 草むらのなかで苦汁をなめる清盛を、カメラは俯瞰で、いかにもちっぽけに映し出す。 このシーンにはしびれました。

 「オレは…オレは…どうしようもない男じゃ…!

 赤子のように…守られておるとも知らず…思い上がって…ひとりで、生きておるつもりになって…。

 オレは…なにも出来ない…つまらない奴だ…!」

 打ちひしがれる清盛を睥睨していた義朝。
 しかしドラマの作り手は、義朝にそのまま立ち去らせることを潔しとしません。

 義朝は清盛のもとに立ち戻り、オレが勝負したいと思ったのは、時の最高権力者であった白河法皇に立ち向かおうと舞いを舞っていた清盛だったのだ、と告げます。
 つまり貴族の頂点にいた白河に対峙する武士の象徴としての清盛。
 「おまえは 『武士は王家の犬だ』 と言ったがそれは違う、武士が王家を守ってやっているのだ」、という逆転の発想を清盛に伝授するのです。

 そのうえで義朝は清盛に、まことの武士の頂点は源氏だ、今日はそれが分かって気分がいい、と吐き捨ててその場を去る。
 清盛は立ち去る義朝に、「勝ち逃げは許さぬ! 次は負けぬ! お前なんぞ、叩きのめしてやる!」 と叫び続けます。

 ここ、なんですけど。

 ウサギとカメというお話がありますが、カメが勝ったというとこに気を取られて、ウサギの屈辱、という側面には、今まであまり日が当たったことがないように思える。

 屈辱を受けてみて初めて気づくのですが、特に男というものには、傷つけられたくないプライド、というものがあります。

 それを傷つけられたときに、打ちひしがれて沈んでしまうか、「なにくそ」「フザケンナ」 とばかり立ち向かうのか。

 実はそれって、低迷している日本経済にも同じことが言えるような気がする。

 自分たちはかつて世界第2位の経済力を誇ったけれども、今は超高齢化社会に突入し、国力自体が低下しているところに来て、かつて新興国であった他国が次第に 「安かろう悪かろう」 ではなく、確かな技術力も擁するようになってきている。 我が国のお株は、奪われっぱなしなのです。

 そこで鍵となるのが、やはりこの 「なにくそ」、という負けん気なのだ、と私は思う。

 「負けぬからな! 次は、負けぬからな!」

 そして清盛は、北面の武士となるのです。

 どこぞの知事サンも、画面の汚さばかりに気を取られないで、この清盛の気概を見習ったらいかがでしょうかね。

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コメント

 ガキのお話でしたね。懐かしいです。でも、ちょっとぐれたガキの話はね。いまいち乗れませんです。忠盛の、一喝は良かったですけど。源氏の君は苦労性みたいだし。松ケンくんは少年を表現するために、漫画的な演技をしているのだろうと思います。私は中井さんが正攻法の演技をして忠盛パパが素晴らしいので、松ケンくん負けないように頑張ってほしいです。

 たまちゃん鳥羽ちゃんの叔父子会話、鳥羽ちゃん、叔父子と帝を呼んで嫌っていたらしいけど、たまちゃんの発案って、ひどくない?鳥羽ちゃんはたまちゃんにいじめられて快感のようなところがあるし、三上さんが楽しい役だろうなと思います。清盛くんが義賊ごっこをやっていて悦に入ってるのより、こっちの方が楽しかったです。

 最後の北面の武士になって「平清盛」と名乗る時の松ケンくんの発声を聞いて、がくっとなってしまいました。まあ、若い表現なのでしょうが、決めてほしかったです。今後に期待してます。

 


 

ささ様
コメント下さり、ありがとうございます。

長らくお待たせいたしました。 書いてる途中で結構自分の感動したこととは違う感想をいただいたためか、ちょっと筆が鈍ってしまったところに、風邪気味となってしまい、仕事以外の時間はほとんど睡眠に当てたため、かようにレビューが遅れてしまいました。

まあ興味の矛先は違えど、このドラマをお互いに楽しんでいる、と勝手にいいほうに解釈させていただきます。

つくづく 「新平家物語」 を知らないことが悔やまれるのですが、このドラマでの松ケンクン、私は今のところ様子見、といった風情であります。

つまり、成長途上の清盛をあえて意図的に演じているのであれば、先が期待できる。

今のところは中井サンに助けてもらっているようなこの大河ですが、今後も熱く見守りたいと思います。

自分は何者か、という問い自体が現代のものなので、この時代に清盛の煩悶は、「あり」か?
という違和感が大きかったです。

まあ、「ヤング・スーパーマン」でも同じような葛藤があるみたいなので、ヒーローがヒーローとしてそのまま成り立たない、現代ドラマつくりの宿命かもしれませんが、
見ているほうはかったるいですね。

なんでこの清盛に感情移入できないのか・・・、
やっとわかりました。

この部分は、テイーンエイジャーに演じさせたらよかったんです。
たとえばジャニーズの山田涼介クンあたりだったら、
おばちゃんたちは「そうかそうか」と、首を大きく振って納得できたかも。

それが図体でかい大人のマツケンが演じるから、違和感があるんですよ。

子役や少年役に人気を取られると、あとの役者がやりにくいからという配慮(昔「梵天丸はかくありたい」とか、セリフが流行語になった大河もありましたし)かもしれませんが、
それくらいのハードル超える演技を見せなくちゃね、
大河の主役は。


いまのところは、たまちゃん、鳥羽ちゃんのSMコンビと、忠盛父など、脇役に魅せられて見ています。
玉木、かっこいいですね☆
なくなる場面は、きっと泣かせてくれるでしょう。
少年頼朝は、誰がやるのかな。

マーシー様
コメント下さり、ありがとうございます。

どぉ~も、松ケンクン、評判がよろしくないですね

確かに松ケンクン、180センチの大男のうえに、高下駄まで履いてたみたいで、同じ180センチの玉木宏サンが見上げてましたもんね。 上川隆也サンに至っては高平太の肩くらいまでしかなくて。 「少年時代」 という別の配役でもよかった気もしますが、そもそも上川サンが私と同じアラフィフなので、そっちのほうに違和感がある…というよりも、上川サン若いよなあ…と感心してしまう、というか。

自分は何者だ、ということについても、やはりご落胤、という設定をしてしまった以上、感じてしまうことなんじゃないかな~、と…。

私は國村準サンとか、やはり凄いなあ、と思いながら見てますね。 結局松ケンクン以外のところで見ているのかもしれませんけどね。

源頼朝がナレーションをしている違和感、というのも、私はあまり感じませんですね。

松ケンクンとか岡田将生クンとかを前面に押し出して、「これからの時代は若者が作っていくのだ」、という気概が見える気がするんですよ、このドラマ。 岡田クンのナレーションは、いわばその象徴で。 未熟結構、未熟上等、といったところでしょうか。

なんとなくコメントを下さるかたと私の感覚がずれてるかな~と危惧しながらのレビューになってしまいますが、温かい目で見守ってくださいまし。

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