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2012年2月 8日 (水)

「平清盛」 第5回 このドラマの批判に対する考察、など

 第5回のレビューを始める前に、巷間言われている、NHK大河ドラマ 「平清盛」 批判について、ちょっと自分なりの考えをまとめてみようかと思います。



 「画面が汚い、グラグラ揺れすぎる」。

 別にまあ、平安時代があれほど汚かった、とは自分にも思えません。 汚いなら汚いなりに、掃除する人はいたでしょうし(笑)。 汚いからこそ掃除する人は今みたいに掃除機で済んだつもりになっている人より、掃除に執念を燃やしていたと思うし(笑)。

 ただこのドラマを見ていて感じるのは、黒澤映画へのオマージュですね。
 ことにNHKの場合、「七人の侍」 への傾倒が伝統的にかなり強い気がする。 農民と盗賊との戦闘みたいのが出てくると、「これは 『七人の侍』 のパクリだ」 という議論がいつも噴出するほど。 それほど 「七人の侍」 が名作であることの証なんですが。
 その 「七人の侍」 のメイクって、ほんとにみんな、汚いんですよね。
 「大昔は汚い」、という黒澤明監督の考え方が、2012年のNHK大河ドラマにまで影響を及ぼしている、という見方がもっとも適しているのではないか、と思われるのです。
 画面が揺れすぎるのは、私もたま~に、勘弁してもらいたい時があります。

 「天皇家を王家と呼ぶな」。

 「王」 という言い方は 「天皇」 という言い方よりも格下だ、という考えからそう思われるかたのおるのでしょうが。
 このドラマをちょっと見れば分かるけど、このドラマ、「天皇家」 をだいぶ侮辱した描きかたをしております。
 道徳に反することをいたしますしね。 近親相姦だろうが不倫だろうがお構いなく。 まあ昔は一夫多妻は常識でしたけどね。
 この乱れた関係はびこる状態で、却って 「天皇」 なんて言ったほうが侮辱です。
 今の皇室とは決定的に性格からして違う、という作り手の配慮だ、と強く感じますね。
 わざわざ 「王家」 と下げなくても 「朝廷」 とかでもいいかな、とも思うけど。
 「朝廷」 という表現ですら朝廷を侮辱しているような気がする。

 「松山ケンイチがわめきすぎる、下手すぎる、清盛のイメージじゃない」。

 松山ケンイチクンの演技を過去にちょろっと見た印象で言わせていただきますが、彼はわざと少年期の清盛をあのようにあらくれ者として演技している、と感じますね。

 それと、平清盛って、実は人間的に、そんなに魅力的ではなかったのではないか、という、作り手の意図も、まあ考えすぎかもしれないですけど感じるんですよ。

 つまり、平清盛は巨大なる権勢を誇ったけれども、結局後継がうまく育ってくれなくて、彼の死後、一気に平家は崩壊していった。
 ここに、天性の戦略家である源義経が、兄頼朝の言うのも聞かずにスタンドプレーで壇ノ浦まで追いつめて、滅ぼしちゃった。
 これって、平清盛がその魅力的な人間性で平家をまとめ上げていたならば、もうちょっとなんとかなったのではないか、滅亡なんて道は防げたのではないか。
 そんな作り手の考えを、ちょっと私は感じるのです。

 源頼朝がこのドラマのナレーションをしている、という点にも私は着目します。

 清盛は後継者作りに失敗した、ワンマン社長気味のイケイケドンドン、という人物である半面、頼朝を許してしまったり、血の粛清というものをあまりしてないような感じなんですよ。

 頼朝は平家に助けてもらったからこそ、平家に対してある種のシンパシーを感じているし、だからこそスタンドプレーで平家を滅ぼしちゃった弟の義経に対してキツイ仕打ちをする。

 頼朝役の岡田将生クンの未熟なナレーションに対して文句を言う向きもありますよね。
 でもあれも、新興台頭勢力である武士の、「若さ」 というものを象徴している未熟なナレーションのような気がする。 頼朝の平家に対するシンパシーと合わせて、頼朝がこの物語のナレーションをしていることには、意味がある、と感じるのです。 



 で、第5回まで見てきてやはり感じるのは、人物の名前が区別がつきにくいのに、セリフで 「誰それがあれこれ」 とか言いすぎる点。 人物の相関図が分かりにくい点。
 地名とかに因んだニックネームをつけるとか、その点では脚本に工夫が必要だと感じます。

 私はりょうサン演じる堀河局が、檀れいサン演じる璋子(たまこ)サマに仕えている身分だと、番組HPを見るまでよく分かってなくて。
 なんかりょうサンのほうがエラソーじゃないですか(笑)。
 あの人が誰の正室で、この人は本当は誰の息子で、というのが、ちょっと性急に言葉だけで説明されすぎている気がする。

 そしてその、璋子サマが産んだ、崇徳帝。 なんか出てくるたびに成長が著しくて混乱してます。
 この前少年だったろー、みたいな(笑)。
 そしてその崇徳帝を演じる井浦新サン。
 ARATAサンに似てません?
 同一人物で別の芸名使ってるのかと思った(のは私だけでしょうかね)(と思ったら、同一人物でした! あくび様、ご指摘かたじけのうございます)。

 そこに今回、松雪泰子サン演じる得子(なりこ)様が参戦。
 相変わらずあまりにもバカ正直すぎて怖い(笑)璋子サマの対抗馬として、三上博史サン演じる鳥羽上皇(蛇足ですが、この、上皇とか法皇とかの違い、というのも分かりにくいし、たまちゃんが法王、と呼んでもなんかピンと来なくて。 伊東サンと呼ぶわけにもいかんし…白河とか鳥羽とか言われても、やはりピンと来ない)と関係を持つわけです。 ますます天皇家、とは呼べない。
 この三上サン、璋子サマのバカ正直に付き合うほどの心の広さなどまったくなくて(笑)、「おまえはもののけ姫じゃ!」 と大雨のなか傘もささずに外に出て、ずぶ濡れになりたがる。 それを見て得子サマは三上サンの心に付け入るのです。



 で、今回の話を見ていて感じた疑問点ですが。

 海賊討伐を命じられた平家一門。 清盛も勇んでそれに加わるのですが、北面の武士の業務はどうしたのかな? まあそんなの想像すりゃいい話ですが、ちょっと気になったので一言。

 そして阿部サダヲサン演じる高階通憲、という中流貴族。
 誰かさんの肝いりで(國村準サンだったかなぁ?)貴族会議に出席したはいいものの、「海賊が悪さをするのは、もとはと言えばアンタラ貴族が自分たちのことばかり考えているから悪いのだ」 という持論を展開、つまみだされたのかどうかは知りませんが、そもそもそういう過激な論調の者を貴族会議に呼ぶこと自体がヘンじゃありません?
 で、その阿部サダヲサン、結局海賊退治に向かう平家の荷のなかに潜んで、清盛がひとりの時にいきなり荷からのそのそ出てきて、清盛に説教を食らわすのですが、「…で、あんた結局何しに来たの?」 とゆーか(笑)。

 あと、もうちょっと突っ込んで描写してもらいたかったのは、力を蓄えに行くのだ、として東国に向かった源義朝(玉木宏サン)の背景状況。
 なんかすごくトートツな気がいたしました。
 ここらへん、強引な語り口ではあまり済ませてはならないような気もいたします。
 その点、「カーネーション」 の省略の仕方って、同じくゴーインなんですけど、なんか納得ができるんだよなあ。 両者の違い、というものは、ちょっと私もよく分かりません。 気に入ったドラマだから許せちゃってるのかもしれませんね、「カーネーション」 のほうは。

 冒頭、前回私が 「顔が似通っていて違いがよく分からない」 と書いた、玉木宏サンと藤木直人サンがニアミス。 清盛も加わって、彼らが人生をどう生きたいのか、というスタンスを明確にしていきます。 玉木サンは 「強く生きたい」、藤木サンは 「美しく生きたい」、清盛は 「面白く生きたい」。
 清盛の場合、まだまだ 「遊びをせんとや」 を、テレビゲームをせんとやくらいの心構えにしか見えません(先週と同じことを書いてスミマセン)。 ただこれもちょっと安易な引き合わせのように見えた(なんかけなしてばっかりいるぞ)。

 その清盛、海賊退治に我先にと参戦するのですが、阿部サダヲサンがさっきの 「海賊たちは貴族たちに追い詰められて海賊になったのだ」、という理論を振りかざしたあとだから、平家は民衆の不満を抑圧しようとしている、清盛はそれに喜々として加わっている、という構図が見えてくる。

 この海賊たちとの戦闘は次回なので、そこから清盛がなにを学んでいくのかは、とても期待ですね。

 で、海戦の直前に、もと漁師の鱸丸(上川隆也サン)が 「海を侮ると痛い目に遭う」、という忠告をし、それに広瀬大尉、じゃなかった、平家家臣の伊東忠清(藤本隆宏サン)が反発するシーンがありましたよね。
 これも、潮の流れで形勢が一気に変わってしまった、平家滅亡の壇の浦の戦いを連想させるシーンでした。 どうも作り手は、清盛が死んだあとの、平家滅亡までの論理的な組み立てまでをドラマのなかで表現したがっているような気が、私はここでしたんですよ。

 そして皆が立ち去ったあと、ヤな叔父(笑)忠正(豊原功補サン)が清盛に向かって、清盛に流れている 「もののけ」 一派の血が、いつか平氏に災いを及ぼすのではないか、という危惧から、清盛を嫌っていることを告白します。
 不勉強なのでよく分からないですが、少なくとも清盛が生きているあいだは、平氏は栄えておったのではないでしょうかね。
 つまり清盛の存命中に、何かドラマ的にいろいろ災いを連発して仕掛けてくるのかな、という気はしました。 不勉強だ不勉強だ…。

 いっぽう清盛の弟、大東俊介クンは置いてけぼりを食らうのですが、そのときに母親の和久井映見サンと語らい、和久井サンがどうして中井貴一サンに惚れたのか、という理由を聞いていく(役名だと誰が誰やら分からん)。

 このドラマ、このように、立場的に憎まれる人でも、ちゃんとその背景を描こうとしている点に、好感が持てます。 一方的なワルモノを、作ろうとしていない(去年はその点、ひどかった…)。

 で、叔父から自分が嫌いなもっともらしい理屈を聞かされて憮然としていた清盛に、呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーンの(呼ばれてないか)阿部サダヲサンが、前述したとおり、清盛に説教を食らわすんですね。

 「(アンタみたいな要らぬ荷を京からわざわざ引いてきたのか、と嘆く清盛に)それは、人が生きる、ということを表わしている。
 誰もみな、知らず知らず重き荷を背負うて生きておる。

 …

 されど、それでもそなたは生きてゆかねばならぬ。

 現(うつつ)に生けるもののけがごときお方の血という、重き荷を背負うて。

 そしてそれを与えられたということはそなたに、それだけの力があるということじゃ。

 その禍々しくも輝かしき定めを背負うて、道を切り拓き、生きてゆく力じゃ。

 そなた自身にとって、平氏にとって、世にとって、災いとなるも、宝となるも、…そなた次第よ」

 父忠盛(中井サン)が、「平氏になくてはならぬ男なのだ」、と清盛を評したのも、ここに回答が隠されている、そんな気がいたしましたね。

 …で、阿部サダヲサン、アンタ何しに来たの?(笑)

 まあ次回、それも分かるんでしょうが。

 囮を使って海賊を待ち受ける平氏の船団。
 そこに現れたのは、…パイレーツオブカリビアン!…じゃなかった…、まあとにかく(笑)、次回は見ものであります。

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コメント

 阿部さんは狂言師というか、補足説明係りだと思います。(笑)すごい便利な人です。どこでも出せるし。学者というテキトーな身分だし。本当はえらいのでしょうが。清盛の諸葛孔明だったりして?この辺の歴史は不勉強ですからわかりません。

 私は忠正叔父さんの清盛嫌いを最初、面倒な人だと思って見ていましたが、当時の人って災いがとにかく怖い、命とり、なるべく祟りは避けたいというのが、今より切実だと思うのです。もののけとか本気で信じていたでしょうし。陰陽師がいる時代だし。

 忠正叔父さんは、一門の繁栄が生きがいみたいな人のようですから、よそ者で穢れのある子っていうのは災いでしかないのだろうなと今週思いました。まあ平家の最初の災いは家盛の早世でしょうね。忠正叔父さんマジギレしそうです。忠盛の死もありますかね。忠盛がいなくなったら、この大河、魅力が半減しそうですけど。

 世間のこの大河への批判はリウ様とだいたい同じ意見です。揺れるカメラも龍馬伝で慣れてますから、私としては問題ありません。それに龍馬伝ほど、スタッフさんもとんがってない気がします。王家もこれを皇室と結びつける表現をしたら逆に不敬罪じゃないかと思われます。たまちゃん、鳥羽ちゃん、なりこちゃん、りょうさんよくこんな怖い人達に仕えていると感心するくらい。でもりょうさんのメイクが一番怖かったりする。きっともののけ除けだわ(笑)頼朝のナレーションですが、清盛から見たらこわっぱですからね、たどたどしいのもご愛嬌。たいして邪魔していないと思います。義朝パパが大好きなのだろうと義朝がかっこいいたび思ってしまいます。不遇な境遇にいるけど、清盛なんかよりずっと武士として志のある若い義朝パパに頼朝は心寄せているのかしら。西行、義朝、清盛三人の今の生き方への考え方の違いというのも面白かったです。・

 海賊との戦いは来週で、海でのロケ、迫力がありそうです。気分は「パイレーツオブカリビアン」忠盛パパめっちゃ強いので、楽しみです!

 

 

名前変更しました、よろしくお願いします。
ところで、
>そしてその崇徳帝を演じる井浦新サン。
 ARATAサンに似てません?
 同一人物で別の芸名使ってるのかと思った(のは私だけでしょうかね)。
 
ええっ!?別人なの?と気になったのでウィキで調べました。同一人物だそうです。今のが本名らしいです。

平清盛、今のところ平氏源氏よりもおどろおどろしい王家に釘ズケです、この頃は源氏物語のような雅やかさはあまりないのですかね?
朝ドラに続き大河のレビューも楽しみにさせて頂いてます。

ささ様
コメント下さり、ありがとうございます。

阿部サンは神出鬼没でいいわけですネ! 妙な説得力があります…
まあその後、やんごとなきお方になるらしいですけどね、阿部サン。
清盛が哲学的なことを叫ぶと出てくる、ハクション大魔王みたいです。

豊原功補サンがマジギレするところは、怖くてあんまり見たくないですね(笑)。 私この人、怖くって(笑)。 「鉄の骨」 の部長さん役も怖かったし、去年の 「新選組血風録」 の芹沢鴨役も怖かったし(笑)。 なんかバラエティで砕けたところを見てみたい人のひとりです。

世間の批判って、まあちゃんと見てないことが多いですからね、往々にして。 「王家」 の表現だって、見てみりゃすぐ分かるのに。 石原幹事長のエイリアン発言だって、「文脈を見ろ」 とかオヤジさんみたいなことをおっしゃってましたが(笑)、最近の新聞記者の文章咀嚼能力のなさ(とゆーか揚げ足取り根性)には、私も辟易しています。 ためにする批判だらけ、なんですよ、上も下も。

りょうサンを見てると、これ、昔だったら原田美枝子サンあたりがやってた役だろうな、なんてぼんやり考えます。 本文中にも書きましたが、私この人、先週まで鳥羽チャンの正室だとばかり思っていたんですよ。 だから寝床を監視してたのかな?とか(笑)。 私の注意力が散漫なのかな?

岡田将生クンも、よく見ると個性のない顔立ちで、藤木直人サンとかあと数人、同じような顔をしたイケメン俳優のなかに紛れさせたら、私は絶対分かりません(爆)。

その点、海賊の兎丸は、個性的…やっぱりジャック・スパロウ狙いかな?

あくび様
ご指摘くださり、ありがとうございます。 HN、やはりこちらのほうがお呼びしやすいです

それにしても、ななな~んと、やっぱりARATAサンでしたか! 私もちょっとウィキに取材の手を広げればすぐ分かったことなのに…。 さっそく訂正文を入れさせていただきました。 ありがとうございます。

そうか、新、というのを、シンと読んでしまったけど、アレってアラタ、なんだなあ…。

この前まで少年だったのに、政治に関わろうとしてたので、なんだなんだ、そんなに成長しちゃったの?と思いながら見ていたのですが。

 堀川さんは、私、百人一首で知っていたんです。先日の歌会での「ながからむ心もしらす黒髪の」の歌、高校で覚えさせられたでしょ?清盛は寝小便の歌と勘違いしてたけど。私にとってご主人のたまちゃんより堀川さんの方が文学的歴史的には有名人なんです。もちろん西行もですけど。

 忠正叔父さん怖いですか?豊原さん昔は優しいイケメンの役やってましたけど。力入れて演技してると思うけど、全然怖くありません。(笑)清盛の平家での壁ですから、頑張ってキレてほしいです。(笑)もし将来忠正叔父さんを味方にできたら、清盛の度量は相当でかくなったという事ですけど。どうなんでしょ?清盛の存在が平家にとって災い転じて福となすという展開にするかどうか、それとも不穏なままにするか、脚本の腕の見せ所かも。

 私も兎丸に期待しています!狂犬加藤が見られるかしら?海賊は荒々しくなくちゃ!

 イケメン、確かに西行、義朝、頼朝、雰囲気が似てますね。というか、こんなに意地の悪さを感じさせない頼朝って、かわいくって「どうしちゃったの?」って感じです。石坂さんだって意地悪だったから、こんなに良い子で幕府作れるのと心配してしまいます。イケメンさん達にもそれぞれの個性が垣間見れる演技を期待したいものです。それほど出番があるかが問題だけど。

 阿部ちゃん、もっと物語を転がして!(笑)

 

 

某知事さんは、大河というとかつての「新平家物語」を期待されていたのかもしれません。
でも現実の話、今の役者さんであのレベルのドラマは、もう作れないと思います。
また、作ったとしても視聴者がついてこられるかどうか。

時代劇も、時代に合わせて新しくなっていかなければならないのでしょう。
その意味では今回の試みは野心的し、前向きの姿勢は大いに評価できると思います。

大河のテーマ音楽って、中高生の吹奏楽部で使われるんですよ。
長女のときには「新撰組」。
「天地人」もオープニングはすごいいい曲でしたね(ってか、あれだけって気も・・・・苦笑)。
今回は初回の、「強くなれ!」でかかった音楽になるのでは・・・、と長女は推察しております・笑


なんだかんだといいつつ、今年は期待しておりますよ。
個々の皆様と一緒に☆

蛇足ですが、
「平家物語」でいい人に描かれている重盛は、長男だけど正室腹ではないんですね。
「小松殿」と呼ばれていましたが、時子と時忠を中心とする平家の主流派にはなじめなくて、最後は(壇ノ浦かな)裏切って、トンずらしちゃうんです。

だから「善人」に書かれているのかもしれませんね。

頼朝に岡田君持ってきて、義経はだれがやるんだ、と長女は心配しておりますが・笑、
友人の考察では、義経は出てこないのでは・・・、と。
これもまた、どうなるか楽しみです。

藤木はもう、二枚目やるのはちょっと辛いかも。

ささ様
再コメント下さり、ありがとうございます。

私、全般的にあまり深い教養はないのですが(笑)、なくてもっとも残念な教養のひとつが、百人一首なんですよ。 強制的に習わされた機会が、ございませんでした。 だから西行法師も分からず、前回堀河局の歌を西行が直した、という構図にも、ときめきませんでした(残念!…)。
だけどアレ、百人一首、覚えられたかたはつくづくすごいなぁ~と思います。 そのカルタ取りなんかを見ていると、人間業とは思えません

忠正オジサンが危惧したような平家にもたらす災いって、少なくとも清盛が生きていたあいだは 「人生それくらいの試練はあるでしょう」 程度のものしかなかった気は、なんとなくするんですよね。
結局平氏にとっての災いって、平氏が滅亡してしまう、ということがいちばん大きいんじゃないのかな。 つまりその滅びの原因を清盛が作った、というドラマ的な方向を作り手は目指しているのかな、と考えると、この先なかなか一筋縄ではいかない複雑なドラマになってくるような気がいたします(今でも人間関係複雑で難しいんですけど)。

頼朝が頼りなさそう、とのことですが。
私は頼朝も、実は北条家の後ろ盾で幕府を作れたのではないか、なんてちょっと考えています。

なにしろ鎌倉幕府、源氏はたった3代で終わっちゃったでしょ? アレって頼朝の構築した権力が盤石でなかったことの表れなんじゃないか、と。
というよりも、世襲制で政治の実権を握るというのは、天皇家を除いてはアレがいちばん最初だったから、権力を盤石にするノウハウがまだまだ確立されてなかった、という解釈もできるのですが。

だから今回のドラマで頼朝が頼りない 「頼」朝だったとしても、あまり不思議ではないような、そんな気もいたします。

杏サン、ベラに続いてもののけメイクですが(笑)、彼女が頼朝に対してどれだけ影響力の強い女房なのか、そこらへんの描写まで、作り手は考えているのかな、なんて感じます…。

マーシー様
この直前のささ様への返信でちょっと力尽きてひと眠りしてしまい、時間差の返信になってしまいましたゞ。
 コメント下さり、ありがとうございます。

あんまり 「新平家物語」 を褒めないでくださいまし(笑)。 見たくなります(たぶんでも、もし再放送をNHKでやったとしても、忙しくて見ること叶わないでしょう…)。

それにやはり、私にとっては、ドラマの場合特に、同時代性、というのは重要な気がするんですよ。
その役者の今、が見たい、みたいな。
映画にはそれがない、というのは、…どうしてなのかな。 黒澤映画のなかの加山雄三サンとか、田中邦衛サンとか、見ていて気にならない。
その時代で定着しちゃっているからなのか、テレビドラマと映画の作品レベルの違いからくるのか。

特に昔のテレビドラマの場合、受信機自体が小さかったせいもあって、役者の顔のどアップが、やたらと多用されていた気もする。 そこでは役者は、あまり大げさな演技を要求される必要がなくなってくるのですが、テレビの黎明期(と言っても当時もすでにだいぶたっていますが)は、役者の側にも「映画の演技」「舞台の演技」「テレビドラマの演技」 という棲み分けが確立していなかった、ということも考えられる気がするのです。

それと、昔の役者の演技って、やはり今と比べると、だいぶメソッド(アクターズスタジオみたいですが)が違う気がする(気がする話ばかりで恐縮です)。 「こういうのが昔は、上手い演技だと思われていたんだ」、という違和感、というものは、たとえ黒澤映画だろうが、ついてまわるんですよね。

ああなんか、話がだいぶずれ始めている…(笑)。

吹奏楽部で大河のテーマ曲、というのは定番なんですか。 だとすると、「江」 のテーマ曲はとてもよかったので、今年の 「♪遊びを~、せんとや~、生まれ~、けん~」 という、昔の戯れ歌?っていうのかな、昔の歌の旋律ってこんなもの?みたいな今年のテーマ曲より、「江」 のほうが分かりよくていいのかもしれません(ただ、ジャンッ!の部分だけは、樹里チャンのロボット舞を連想してしまいそうですが…笑)。

でも今年は、片手で演奏するピアニスト、舘野泉サンのピアノ演奏には引き込まれますし、タイトルバックの東映アニメーションの仕事ぶりにも、刮目ですよね。

義経が出るかどうか、というのは、興味がありますね。 清盛が死んだあとまできっちり描くとなると、必須の人物ですから。 頼朝があそこまで出てくるとなると、義経も出そうな気がいたします。

はや~、ずいぶん長い返信になってしまい、申し訳ありません…。

私、百人一首の中で一番好きで絶対この札だけは譲れない歌が「瀬をはやみ〜」なんです。
だから詠み人の事もちょびっとだけ調べた事があって、恋より政治的な人でこの歌が似合わないイメージだったんですが。これからどう書かれるのか楽しみです。
脚本の藤本さんは「ちりとてちん」でもこの歌とり上げていらっしゃいましたよね。崇徳さんも藤本さんも切ない恋してらしたのね。

あくび様
コメント下さり、ありがとうございます。

ウッ、私の苦手な百人一首の話題だ…(笑)。

「ちりとて」 でも取り上げてらしたんですか、藤本サン(記憶にない…)。 私この人、女性とばかり思っていたのですが、ウィキを調べても、性別が書いてなくて、どっちなのかなーと悶々としております。 「ゆき」、というお名前ですから、女性だとは思うんですが…。 結構謎の人ですね。

「太平記」が大河になったときには、本当にびっくりしました。
この時の真田さんも、はじめのうちは相当批判されていましたね。
批判はいつものことなので、負けずに頑張ってほしいです。

今日の読売新聞に、玉三郎丈の、大河絶賛インタビューが掲載されていました。
さすがに見方が細かくていらして、こんな部分までチェックされているんだと、いち視聴者としては大変参考になりました。

で、最後に、
「批判に負けて方向転換してほしくない、自分たちの信念を通して制作し続けてほしい」と。
これ以上のエールはありませんね。

マーシー様
コメント連投下さり、ありがとうございます。

真田サン、当時このドラマに出ることで批判されてたんですか(いや~、世事に疎くて…)。

玉三郎、と言いますと、坂東玉三郎サマでしょうか? どんな部分を褒めてらしたんでしょうね?

いや、玉サマが絶賛されるまでもなく、今年のドラマは、世界観の構築が見事だと、今のところは感じますね。 脚本や役者より、舞台装置のほうに目が向いちゃってるっていうところも、正直ありますけどね。

でも、こういうワイルドな大河は、私は好きですなあ。

玉さまの記事から抜粋します。
小見出しが、
「これほどのことは映画でも出来ない」
「さりげなく普段着に見せるところがすごい」で、

>ぴかぴかしているとお金がかかったと思われがちですが、さりげなく普段着のようにすることのほうが、すごい。公家の装束もきちんと型から起こした織物。
>女優さんのメイクをほぼ素顔のように見せて、それに負けないような着物をしつらえている。
女性の下げ髪の鬘も、近年まれにみる出来栄え。
生え際も見事。
>カメラやライテイングも、とてもよく研究されている

>脚本では、清盛の変化に期待。
今は純粋な清盛が権力を握った時に、どうやって不条理なものを飲み込んでいくのか。
それを嫌っていた若者が、まさにその真っ只中に入っていくわけですから。

ということで、
>監督や人物デザイン、スタッフの皆さんが、世間の風にあおられて揺らいだり、迎合したりせず、今の姿勢を貫き通して最後までやってほしい

と、結んでおられました。

真田くんは、線が細いと言われていましたね。
青年期は誰だって線が細いのに・苦笑

「草燃える」では、脚本に批判が集中していました。
永井路子さんの原作に沿って、口語でセリフを言わせたら、「時代劇なのに」とか、
合戦の最初の、両陣営のワルグチの応酬に、「品格にかける」とか。
ワルグチ応酬は史実に基づいた描写なのに、それを知らずに批判するっているのはね・・・・。

どうやったって批判されるんだから、今の制作スタッフにも、思い通りにやったらいい、とエールを送りたいです。

マーシー様
コメント連投下さり、ありがとうございます。

玉三郎サマの記事を要約していただき、お骨折りに感謝申し上げます。

やっぱり細部にわたる行き届いた神経を見る目がおありなんですねー、玉サマ。 私はメイクと髪のバランスなどはとんとわからなかったのですが、ウソっぽい貴族よりも、ずっとリアルに見える、とは思っておりました。 まあ女優さんにお歯黒はさすがに違和感がありますが(かつてどこのドラマかは忘れましたが、しっかりお歯黒をしているドラマもございました)、あえてそこまで踏み込まないバランス感覚、というものも感じますし。

それにしてもウィキで調べましたら、玉サマももう還暦だとか。 若いころはそれこそ、「こんなに美しい女形は見たことがない」、というくらいの儚さ、妖しさが全開でした。 時は流れる…。

真田広之サンは、結構私、好きな役者さんなのですが、いや~最近は見ない。 この人、結構背が低いので、昨今の大男だらけの大河には、なかなかお出になりにくいんでしょうかね。 今回も、上川隆也サンが、松山ケンイチクンの胸あたりしかない、というのには、少々ショック。 同年代なもので。 まあ松ケンクン、高下駄をはいてましたけどね。 松ケンクンは180cmらしいですが、同じ身長の玉木宏サンより高く見えましたから。

去年の大河なら文句を言われても仕方ないですが、今年のはじゅうぶん合格点だ、と感じます。

ああ~それにしても、また眠くなってまいりました…。 「清盛」 第6回のレビューは、またお預けということに、なりそうです…。

>真田くん
は、アメドラの「LOST」最終シーズンに出ていました。
本拠地をあちらに移したんでしょうか、
いま、「47RONIN」(赤穂浪士)の制作に入っているはずです。
主役がキアヌ・リーブスですよ、日本で受けるんでしょうか?????

向こうの作品は、タッパ低くても何とかうまく撮りますよね。
この映画、今年12月に公開予定だそうですが、例の赤い人(赤西)も、ご出演だそうです。

マーシー様
コメント下さり、ありがとうございます。 今週のレビューが遅れているうちに、ささ様も入院されてしまったのかな? 新しい記事をアップできなくて済みませんです。

真田広之サン、キアヌが主演の赤穂浪士?…って、よく分からないのですが、日本追放の(爆)赤西クンも共演とは…。 ますますワケが分からぬ…。 日本向けの作品でしょうかね?

それにしても、あまりにくたびれるので、効いたことがなくて個人的には信頼度ゼロのドリンク剤なるものを飲んでみたのですが、効果てきめん。 元気はつらつオロナミン…じゃないですが(笑)こんなのが効くようになるとは、年なのかな…(笑)。

元気ハツラツついでに、「清盛」 第6回のレビューも書かねばなりませんね

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     1600ページも費やして、この上下巻はまだ彼らのデビューまでしか書かれていない。 3部作計6巻のうち2巻に過ぎないのだ。 なんと気の遠くなるような作業なのだろう。  本書はビートルズを語るうえで孤高の一作となるはずだ。 虚飾をすっかり剥ぎ取った、20世紀最大の奇跡に潜む真実が、これを読めば理解されるはずである(当ブログ紹介記事より抜粋)。 本書下巻では、1962年のレコードデビューまでが書かれています。

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  • ポール・デュ・ノイヤー: ポール・マッカートニー 告白

    ポール・デュ・ノイヤー: ポール・マッカートニー 告白
    まず驚かされるのが、表紙のポールの写真です。 よくこんなのが採用されたな、というくらい、刻まれた年輪が顕著に分かる 「年老いたポール」。 飾り気のないその写真に、「素のポール」 をあぶり出そう、という心意気が見える。 そして実際、著者のその目論見は、成功しているように思えます。 何より大きいのは、「NME」「Q」「MOJO」 など音楽メディアで長年記者を務めてきた著者がポールと同じリバプールの出身者である、ということ。 さらにポールと同じファースト・ネームであること。 だからポールはまるで自分の分身に話しかけるかのように、時折同郷人にしか分からない言葉で気さくに著者に話しかける。 この本を読む者は、まずその 「不思議なリラックス感」 に包まれるはずです。  本の構成は大きく二つに分かれます。 前半ではビートルズからウィングス、ソロに至るポールのたどってきた長い長い歴史、後半ではポールの人格に迫る試みがなされていく。 そのインタビューは、一気に行なわれたものではありません。 著者がNMEの記者だった1979年のものから、明示はされていないがおそらく2013年、「NEW」 の発売前後が最新のものではないか、と思われます。 実際読んだ感覚では 「キス・オン・ザ・ボトム」 あたりが最新のような気もする。 その30年以上にわたる膨大なポールへのインタビューを、項目によって構成し直しているようです。 ですから、今年(2016年)亡くなったジョージ・マーティンについてのポールの見解であるとか、最新の情報が提示されているわけではない。 ポールの情報というのはこの歳になってもなお日々更新型ですから、その点については物足りなさが確実にあります。 さらに、30年以上というとポールのものの考え方にも変化変遷があってしかるべきだと思うのですが、30年以上をリミックスにかけているからその変化というものがつかめてこないもどかしさがある。 表紙を飾ったポールの 「老い」 という問題にも、この本はきちんと答えてくれているわけではない。 さらに言えば、ジョン・レノンの死について多くが割かれているのとは対照的に、2001年に亡くなったジョージ・ハリソンの死についての記述はない。 正直なところ、このような本を読み漁ってきた身としては、衝撃に値するような情報が書かれているわけではありません。 しかし前述したような、リラックスしたムードのなかでポールと語らっているような疑似体験を共有できる強みが、この本にはある。 この本全体に貫かれているのが、この心地よさなのだ、と思うのです。 その心地よさが乱れるパートがあります。 自身の失敗作、どうでもいい作品について語るときのポールは多分に感情的になりがちであり、イライラした様子を隠しません。 特に 「シークレット・フレンド」 を語るポールのくだりはポールファンなら一読に値する部分でしょう。 しかしそのイライラも、ポールの人間性が垣間見える瞬間としてこの本にとっては必要なパートなのです。 3000円以上と、この本は決して安くはない部類の本です。 ただその値段に見合うパフォーマンスは兼ね備えています。 この本と付き合った1か月足らずの間、心地よい体験をすることができました(アマゾンの自身のカスタマーレビューより)。

  • : レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]

    レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]
    全200ページ程度のボリュームのなかで、キャンディーズに関する特集記事は50ページ。 ただし、これが濃い。 全シングル曲、ほぼほとんどのアルバムの解説は当然として、彼女たちの芸能界における歴史から見た考察、コメディエンヌとしての彼女たち、DVD解説など多岐にわたり、キャンディーズが分析されています。 特に圧巻は、レア音源に関する記述。 ここまで調べている読み物には、個人的にはお目にかかったことはありません。 700円。

MUSIC

  • ザ・ビートルズ -

    ザ・ビートルズ: サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド(スーパー・デラックス・エディション)(4CD+DVD+BD)
    ロック界、いや、すべてのポップミュージックにおけるアルバムの中で史上最高と称され、すでに世界文化遺産の域にまで達しているこのアルバム。 そのアルバムの発売50周年を記念して、スペシャルエディションがリリースされます。 なかでもブッ飛ぶのがこのスーパースペシャルボックスセット。 CD4枚組であらたなリミックスのステレオ盤1枚、モノ盤1枚、初期テイク集が2枚、さらにブルーレイ1枚とDVD1枚で5.1サラウンド、ハイレゾ音源、ドキュメント映像 「メイキングオブサージェントペパーズ」 のデジタルリマスター等々、卒倒するようなラインナップです。 18、000円プラス税と値は張りますが、史上最高の名盤だからこそこれは買い。 5月26日の発売までに予約をしておけば、アマゾンならば値下がりした時に値段がそのあと高騰しても最安値で購入できます。 ビーファンならずとも、これは注目ですぞ!

  • 山口 百恵 -

    山口 百恵: ゴールデン☆アイドル 山口百恵(完全生産限定盤)
    全シングルA・B面プラスボーナストラック(「あなたへの子守歌」)を、山口百恵名義としては初のブルースペックCDとしてリリース。 音はいわゆるドンシャリ系ではなく、アナログ盤に準拠した原音に忠実な印象です。 パッケージングはアナログシングル盤サイズで中袋、CDを納めるケースが完全にドーナツ盤をイメージしています(よく言えば斬新…笑、悪く言えばチャッチイ…笑)。 しかしその発想は買える(笑)。 ほぼ原寸大のシングルジャケットと裏の歌詞カードの複製ブックレット。 ただスキャニングは欲を言えばもう一歩。 当時シングル盤を中心に聴いていたかたなら、この編集盤はかなりの 「買い」 です。 しかしこのジャケット表紙の写真、スッピン風で個人的にはすごく好き。

  • デイヴ・グルーシン&リー・リトナー -

    デイヴ・グルーシン&リー・リトナー: Two Worlds / Grusin & Ritenour
    NHK朝ドラ 「花子とアン」 で美人のスコット先生が夜な夜な歌い、チビはなチャンがすっかり覚えてしまったイギリス民謡、「ザ・ウォーター・イズ・ワイド(流れは広く)」。 このアルバムでルネ・フレミングが歌っていたのを思い出しました。 ルネのソプラノはけっして大袈裟でなく上品で、私のとてもお気に入りのソプラノ歌手ですね。 このアルバム自体は全体的にクラシックにギターのリー・リトナーが絡むフュージョンぽいものなのですが、故・黒田恭一サン評するところの、「大人が聴く音楽」。 胸を締め付けるような哀しみと、すべてを包み込むようないたわりに満ちていて、私の人生のなかでも最上位に位置する愛聴盤です。

  • 桜田淳子 -

    桜田淳子: ゴールデン☆ベスト 桜田淳子~シングル・コレクション
    彼女の活動期に発売されたシングルをすべて網羅したベスト盤。 確かに後年のものほど馴染みがありませんが、選曲漏れがないので、彼女の存在とは何だったのか自体に思いが至るベスト盤です。 音も楽器の音像がよくてなかなかいいマスタリングをしている気がします。 2600円程度で推移しています。

  • ザ・ビートルズ -

    ザ・ビートルズ: ザ・ビートルズBOX(限定生産品)(USBメモリ)
    パソコンにUSB端子があり(たいていついてると思います)、パソコンで音楽が聴ける環境をお持ちの人ならば、聴くことができます。 現在のテクノロジーで最もいい音質で聴ける、ビートルズの音楽です。 ただし国内版にもかかわらず、訳詞とか一切なし。 ジャケットもブックレットもパソコンデータ。 純粋に音楽だけ楽しみたい人向けです。 また、曲間にコンマ何秒かのブランクが入ります。 「アビイ・ロード」 のメドレーも同様です。 しかし、音はさすがに、すごい。 大きな音量であればある程、目の前にビートルズが迫ってくる勢いです。 ツヤが違います。

  • The Beatles -

    The Beatles: The Beatles [USB]
    こちら上記の海外版。 内容的には国内版とほぼ一緒なので、値段が安いこちらのほうがいいでしょう。

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