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2012年3月 1日 (木)

「スタジオパークからこんにちは」 尾野真千子サンの思い、糸子の思い

 周防役の綾野剛サンの 「スタジオパーク」、また国会中継で流れたようですね。 これで2度目だ。 なんか間が悪いなあ。 政治家たちの顔がまた一段と憎たらしく見えますよ(爆)。
 いったいいつになったらやるのかって、もう出番ないでしょ、綾野サン、「カーネーション」 で。 放送されるタイミングを永久に失ったよーな気が…(追記 国会に潰されることがなければ、3月8日に放送されるようです)。 

 それはそれとして、昨日の 「スタジオパークからこんにちは」 のゲストが、「カーネーション」 ヒロイン糸子役の尾野真千子サン。
 昨日は東京にも大雪が降って、前半はその情報が画面の一部を占拠するような形になってしまい、なんかつくづく、「カーネーション」 ってちゃんとした形で視聴者のもとに届かないなあ、なんて感じています。 「紅白」 でも尾野真千子サンとコシノジュンコサンの絡みが見たかったのに。

 しかしこの 「スタパ」 が、結構見どころがあって。

 感想どうしようかなーなんて思いながら見出したのですが、途中から 「コリャ書かねばイカン」、なんて。

 まず登場時。 尾野サン、いきなり後ろ姿で足踏み式のミシンを操っています。
 そしてしゃべりは、結構関西弁混じりでサバサバとした、糸子そのままの印象。
 これがちょっと意外でして。

 というのも、数年前にドラマ 「火の魚」 の番宣で今は亡き原田芳雄サンが 「土曜スタパ」 にお出になったときの、VTR出演された尾野サンの印象が強烈に残っていたんですよ。
 「結構この人、ナイーヴな人なんだな」、と。
 とち子という 「火の魚」 の役柄そのままの人だな、と。
 原田芳雄サンが尾野サンのことを褒めていらっしゃったことを、今でも記憶しています。

 今回の 「スタパ」 でも、ご自分の性格を 「人見知りするタイプ」、と話していらっしゃいましたが、その感覚から申し上げると、「糸子のイメージを崩してはいけない」、という意識が働いていた、と感じる。 服装も、なんか糸子が自分で縫ったような感じのもので。 これも、「今日は糸子として出てきている」 という意思の表れでしょうね。
 役柄の糸子がそのような、人見知りをするタイプではない、ということを思ってからは、共演者のかたがたなどにも、積極的にあいさつに行ったりした、と話してました。 だいぶ頑張ったんでしょうね。

 ご出演されたドラマの経歴の中で、件の綾野剛サンと芦田愛菜チャンをいじめまくった 「Mother」 については軽~くスルーされて 「名前をなくした女神」 のほうばかりが話題になっていましたが、注目だったのは、放送当時17歳だった 「余命半年」 というNHKのドラマ(1998年)。 VTRの紹介に 「え~、みせんとってよ~」 とイヤそ~な顔をしていたのですが、見てみるとこれが、ウワ、メチャカワイイ。 空手をやってる少女の役で、役柄が糸子そのまんま。 チビ糸子を見ているような感覚でした。 「あんなぁ、あたしじゃりン子チエと違うんやでぇ」 ってセリフを復唱しながら 「もう見せないで」 と謙遜してました。

 そして 「カーネーション」 のダイジェスト。 なんかいろんなシーンがこちらも思い浮かんで、かなりのダイジェストにもかかわらずちょっとこっちも目がウルウルしてしまいました(私もだいぶこのドラマのレビューに心血を注いでおりますんで…)。

 そのダイジェストの感想を訊かれた尾野サン。
 「う~ん、楽しかったなあ、と思って…見てました…アハハ」。

 ちょっとこのあたりから、尾野サンが糸子に寄せる思いが、ちょっと垣間見えた気がしたんですよ。
 いろんなつらいことがあったけれども、みんな楽しい思い出、みたいな。
 このドラマに出ていたこと自体が夢のような瞬間の連続だったなあ、みたいな。

 「なんかひとつのことに没頭してましたけど、そのなかでいろんなことがありすぎて、…なんかすごい、…んー宝物になったんだと思います」。

 そんなさばさばとした対応に終始していた尾野サンに変化が見られたのは、スタッフから 「尾野サンを一言で表すと」 という証言を聞かされていたとき。

 最初は 「オッサン」 とか 「糸子そのまま」 とか 「狂犬」 とか、まあけなし言葉だらけだったのですが、「人を巻き込むのがうまい」「明るさと強さをもった人」「尾野さんの姿勢を見ていると、自分も頑張ろうと思った」 などというスタッフの話を聞いているうちに、尾野サンは両手を頬に当て始め、「え~うれしい…」 とつぶやく。
 「ちょっと、ウルウル?」「しないです」 そんなもん、みたいに応対していたのですが、鼻が赤くなり始め(ちょっと 「カーネーション」 のレビューのときみたいな細かさが自分も入り始めてます…笑)、ウルウル、ちょっとし始める。 かなり涙を我慢している、という感じなんですよ。

 そして両手で火照った顔をあおぎ始める。 それでも別の話が進んでいくに従って、涙が出てきてしまうんですよ。 そしてちょっと、むせるのです。 そしてあけすけに苦笑いする。

 この動作のいちいちが、「ちょっと」、というのがまた、ん~、なんつーか(なんなんだ)。

 まあこのときは演技じゃないと思うのですが、つくづくこの人、こちらをグッと来させる涙の流し方をいたしますね。 「カーネーション」 での涙の演技は、そのどれもが別のもので、「この人どんだけ泣きのバリエーションがあるんだ」、と感じたのですが。

 そして果ては、男性アナウンサーからハンカチをもらって涙を拭いたりするのです。
 こみ上げてくるものを抑えられない、という感じです。

 その、ドラマへの思いがどないな質であるものなんかを私が想像してしまったのは、次の場面です。

 それは、糸子の母親千代役の、麻生祐未サンのコメント。

 「これからも、気を落とさずに、…糸子が終わったら病気しないで、…いろんなたくさん、面白い顔を、みんなに見せてください…んー。 みんな、ホント、大好きだから」。

 そしてペコっと一礼。 「ありがとうございます」。

 どうも細部を読みまくる癖がついちゃってるのか、「気を落とさずに」、というのが気になるんですよ(笑)。

 つまり尾野サンとしては、最後まで糸子を演じたかったんだろうな、というのが、ここから読み取れるのです。 そしてその思いを、麻生祐未サンは知っていた。 「みんな、ホント、大好きだから」 というのも、尾野サンを慰めているように感じる。

 …あ~なんか、ゴシップ週刊誌みたいやな(笑)。

 この麻生サンのコメントを見た尾野サンは、「もう!」 と小さく言いながら、また両手を頬に当てるのです。 また感無量な様子。 もう涙を隠そうとしません。

 そして、尾野サンが主役交代について自分の考えを述べたのが、このような言葉でした。

 「そうですね、いや、じっさい私も寂しいですね。 あの、8ヶ月間撮影で、大阪にいたので。
 やはりその、バトンタッチすることは、正直すごく寂しかったです。
 あたしが、死ぬまでやりたい、という気持ちはホントにたくさんあるんですけど。
 でも、…私の力では、まだまだ、その、おばあちゃんをやる、力はまだないんですよね。
 どう考えても、…んー、たぶん見てる人たちが、それこそ、混乱してしまう、と、思うんです。
 でもそのときに、あたしすごく尊敬してるんです、夏木マリさんていう人を。 すごく好きで。
 あのかたが、やってくれるって聞いたときに、すごくうれしくて。
 で、確かに夏木マリさんてこう、方言が、関東のかたで、岸和田、関西弁はぜんぜん、なんですけども、でも、…すごく、気持ちを伝えてくれる、役者さんていうのを私すごく尊敬してるかたで。
 この人にやっていただけるなら、私は何にも言うことはないと、なんか、…安心して、なんか、バトンを渡せましたね。

 …きっとその、方言という面では、きっと、今までずっと見てたかたは、『あれ、ちょっと変わった?』 って思ってしまうところもあると思うんですけども、でも、それが芝居ではなくって、私たちが伝えたいのはやっぱり気持ちであって。 その気持ちが、たぶん、全国に、伝わるんじゃないかなと、私は、安心してます」

 そして演じ終えた感想を訊かれて。

 「うーん。 なんだろう…。

 とにかく、宝です、ホントに。

 何度も、何度も言うようですけど、私のなかで、…糸子、『カーネーション』 っていうのは、自分の中ではずうっと、宝物で。

 それは、箱の中にしまっておく宝物ではなくて、これからもずっと受け継がれていく、みんなの心の中で生きていく、宝物、だと思ってますね、今は」

 そしてニュース解説に移るときに流れた、「ふたりの糸子のうた」。

 尾野サンにとってお気に入りだった、というこの歌のシーン。 うれしそうに一緒に歌ってました。 クソッ、またやられたぞ(笑)。 MLACT様、私もやられてしまいました(爆)。 同棲してるやつが羨ましい?(なんだソレ)。

 そんな尾野サン、尾野サンとしてドラマの男性陣の誰がいちばん好きか、という問いに、「北村!」(笑)。

 ほっしゃん。が尾野サンのことを散々やなヤツとこき下ろしていた過日の 「スタパ」 とは一転。 そのときVTR出演していたときは、尾野サンはいたずらっぽい目つきでほっしゃん。を挑発していたのですが。
 まあ、勘助もいい、とも尾野サンはおっしゃってました。

 尾野サンが糸子でいられるのも、あと1日?2日?

 土曜日放送分のどこから夏木マリサンに代わるのかな?

 でも、「安心してバトンタッチした」 と尾野サンがおっしゃるのだから、ちょっと不安もある夏木マリ編、私もその思いを汲みながら見ていきたいなァ、と感じました。

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コメント

リウ様、こんにちは。おひさしぶりです。
オノマチ糸子さんを見られるのも明日が最後になりました。
はぁ~…残念で、残念で、残念で・・・仕方ありません。
老け役は若いオノマチさんには無理??
いえいえ~、14歳の女学校の頃からのオノマチ糸ちゃんをずっと見続けてきたんだもの。私の中では、尾野真千子さんという役者さんがカーネーションの小原糸子をやってるという感覚ではなくて、尾野真千子まるごと小原糸子だったんだもの。半年足らずの間に私は何十年もの糸子の人生を糸子と一緒に泣いて笑って駆け抜けてきたわけで…。
「老け役に違和感」より、役者が交代の違和感の方がどれだけ強いか…。
たとえドラマのスタッフの人たちがいいドラマを作り上げるためとか言ったって、私は物わかりのいい視聴者になんかなってやんないぞっ(笑)
…リウさんのコメント欄をお借りして最後のアガキとグチを書かせていただきました(笑)

私も今回は、拝見できました。

確かに、麻生さんのオノマチさんへの言葉は、この手のメッセージにしては、「?」って思う部分もあり・・・、ちょっと歯切れもよくなかったですね。

ただ、制作側が決めてしまったことはどうしようもないわけで・・・。

糸子ではない素のオノマチさんは、ちょっと不器用そうな感じが、とても好感が持てました。
彼女も、職人タイプの女優さんなんでしょうね。
いまはバラエテイなどに出ないと、経済的には難しいでしょうけど、でも、王道を行ってほしいと思います。

次はどんな作品に出るのでしょうか。
楽しみです。

リウさま

ついに明日で尾野さんとお別れです。
何ともいえない土曜日となりそうです。

来週からは夏木マリさん、私の印象はやはり
NHKテレビ小説「ひまわり」でのヒロイン松嶋
菜々子の母親役(確か動物病院の院長役)です。
脇を固める俳優としては可もなく不可もないでしょうが、
晩年期だとしてもヒロインを務める柄ではないでしょう。

NHKも慌てていると思います。大絶賛の尾野さんを降板
させる理由探しに。
どっかのお偉方が夏木さんに変な約束でもしたのかな。

それにしても実年齢59歳の老け顔を朝から見せられる
のは堪らないだろうな。
一体、何歳までを放送するつもりなのでしょうか?

すみません、文章に荒いところがありました。

>いまは
今の時代は、女優さんたちにとっても~
という意味です。
オノマチさんに限定した話ではありません。

お騒がせしました。

リウさん。こんばんは。

スタパ。録画してあったのを見ました。
尾野さんの素顔と思い。カーネーションによせる深い思いに、交代劇の裏側を探るより作品として完成させるプロの仕事に思いを致すことができました。
チーフプロデューサーによると特殊メイクや演技である程度は老いを表現できるが声だけは致し方ない、とか…

今日たまたま喫茶店に入ったら『尾野真千子』の文字が目に入りほとんど読んだことがない女性誌を手にとっていました。内容は…尾野さんのお母さんのインタビュー記事でした。

長い下積み。厳格なお父さんは芸能界に入ることに大反対で、河瀬監督が高校受験勉強の家庭教師?をして(尾野さんのために)説得。上京した後は仕送りは絶対するな、と経済的な助けもなくバイトしながら頑張ってきたそうです。

芸名を決める時には『真』は長女から『千』は次女から『子』は三女からそれぞれお姉さんの名前からつけてもらった名前だそうで、そしたらいつもお姉さん達と一緒にいるようで頑張れる、と本名のままにしたそうです。
なんか…糸子がオーバーラップするような家族だなぁと思いました。

大好きになりすぎてTwitterもチェックして(笑)ほっしゃん。とのやりとりにメチャうけまくり(笑)気取らず飾らずの人柄は日本人大好きなキャラですもの、人気者になっちゃいましたが役者としてのこれからに期待と声援を贈り続けたいです。

ほとりん様
コメント下さり、ありがとうございます。

お久しぶりです、と言われて、アレ?そんなに?と思って履歴を確認いたしましたら、ホントにお久しぶりでございましたねcoldsweats01。 お久しぶりです。 お変わりございませんでしょうか。

オノマチサンの女学生時代の糸子は、正直なところちょっと、んー、まあ、昔はみんな老けてたし、という脳内補正をしながら見ていたところがありました(笑)。 静子が子持ちで現れた時にはさすがに、「それはないやろ~」(爆)。 チッチキチ~(ハハ…)。

ああっ、BSプレミアムの 「カーネーション」 一週間が始まってまう!

皆様、コメント返信はまた折を見てさせていただきます。 申し訳ありません。

ほとりん様、またコメント下さいましね(なんかオネエ言葉だなぁ…)。

マーシー様
コメント下さり、ありがとうございます。

麻生祐未サン、そうですよね、歯切れ悪かったですよね。

「スタパ」 のなかでも話題が出てましたけど、「外事警察」 というのは、私がオノマチサンを初めて意識して見たドラマでした(「芋たこなんきん」 とか 「義経」 のタッキーの正室とか、出てたはずなのに…)。 その映画版。 楽しみですねぇ~テレビでやるの(映画館に見に行かんのかいな…笑)。

「夏木マリサンの岸和田弁」 が云々、とつい口走ってしまってましたね、オノマチサン(笑)。 こんなところも不器用ゆえなのかもしれません。

これってつまり週刊誌的な視点で申し上げれば、「あんなん岸和田弁ちゃうで」 と難癖をつけたいうことなんでしょうが(笑)、もちろんオノマチサンの本意はそこにはありませんよね(言葉尻をとらえて悪く言いふらすマスコミのなんと多いことか…)。

でもこの厳しい世の中でも、たぶんバラエティに出なくても、オノマチサンは女優だけでいける逸材だと感じますですconfident

MLACT様
コメント下さり、ありがとうございます。

いや~私もオノマチサンの見せるいちいちの仕草に、やられてしまいましたよ!(笑)

今回の交代劇についてあえて司会のアナウンサーからオノマチサンに質問させる。
このこと自体にNHKの慌てぶりが反映されている気は、いたしました。

ただ、どうなんでしょうね、どうもこの物語、糸子の人生のどの部分までやるのか、というプランが最初のうち明確に立ってなかった気は、どっかするんですよ。

もし立っていたとしたら、最初っから晩年は夏木サンだ、と発表すべきでしたよね。

私の想像では、このドラマ、おそらく糸子の亡くなるところまでやるんじゃないか、という気はします。

この物語の落とし所は、三姉妹が心の中で永遠に持ち続けている、「真っ赤なカーネーション」、だと思うからです。

お母ちゃんが亡くなっても、いつまでも白くならない、真っ赤なカーネーション。

それは糸子が亡くなったあとの三姉妹の様子を描写することで、より鮮明になる気がするのです。

…、あくまで私の想像ですcoldsweats01ゞ。

みち様
コメント下さり、ありがとうございます。

女性週刊誌情報、ありがとうございます。

長い下積みがあったからこそ、ある種のつつましさがオノマチサンには感じられますよね。

確かこのドラマの主役が決定した時のインタビューか何かで見たのですが、朝ドラのヒロインになってしまうことで、自分が今まで経験したことのない波が襲ってくるのではないか、という不安みたいなものを、オノマチサンは口にしていました。

朝ドラ主役、ということで世間がちやほやしてくるだろうけど、自分はなんとか自分を見失わないで生きたい、という意志を感じたものです。

オノマチサン、ツイッターもやってるんですね。

まあ私はさすがにそこまで…、という感じですが、同じようなもんか、毎週ほとんど 「カーネーション」 の記事にかまけっきりで、「スタパ」 のなかでの微妙な仕草まで書き殴ってますからね(笑)。

女性は歳をとると、声が低くなるもんですからね。 尾野サンではそこが表現できなかった、というのは、さっき見た今週ラストの夏木サンの声を聞いてみてとても分かった気がいたしました。

今頃リウ様の頭の中はカーネーションのレビューのことでいっぱいになってるでしょうか。
ん?寝てるかな^^
けさ、夏木マリさんの糸子を見て、ほんのちょっとのシーンにもかかわらず、意外なほどにマリさんの糸子を受け入れている自分がいました。
違和感ナシ(笑)
それどころか、来週からどんな展開になるのかしらと、とても楽しみにしている自分がいます。
掌を返すとはまったくこのことですね。いい加減な視聴者でございます~(^^;
でも、きっとリウ様も同じように感じられているのではないかと、勝手に想像しています。
1分足らずのシーンと予告の映像だけでも、マリさん、いい味出されてました。
ただ、もし、このドラマが糸子が亡くなる時までやるとしたら、「あー、おもろかった」と、最期に微笑んで天寿を全うするオノマチ糸子さんの姿を見たかったなぁ~・・って、これも私の勝手なワガママ。最後のボヤキにさせてくださいませ(笑)

何で最後まで、小野さんに、老け役をさせないんですか?何で、夏木マリやねん!

ほとりん様
再コメント下さり、ありがとうございます。

はぁぁ~。 寝ちゃ書き寝ちゃ書きしながら、ようやく完成いたしました、今回のレビュー。 私もほとりん様と同じ感想をもちました。 ビックリするくらい同じ感想ですね(詳しくは第22週のレビューをどうぞ)。

オノマチサンの、宝云々、という話は、この週の内容を踏まえてのことだったんでしょうね。

脚本家サンのメッセージは、オノマチサンにしっかりと伝わったか、と感じます。

「スタパ」 での視聴者からの意見で、「『カーネーション』 までオーディションに受からなくてありがとう」、というものがありましたが、実にその通りだと思います。 ほかの駄作朝ドラ(失礼)に受からなくて、ホントに良かった。

昭和レトロ様
コメント下さり、ありがとうございます。

このドラマは、「老い」 というものも真摯に見つめるものだと感じています。 私なんかにはまだ遠い先の話ですが、でもそろそろ近づいているかな。 脚本家のかたもまだまだ若い。 どのように、老後という問題を見つめていくのかに、注目していきましょう!

今、「カーネーション」冒頭の1,2週のビデオを(撮ってあったものを)見ています。

14才をやっている尾野さんにも相当無理を感じますが(笑・・・今見たら、ですが)、このスピード感のあるドラマを、14才の段階から駆け抜ける、もともとの勢いのあった尾野さんだったからこそ、糸子というキャラクターがここまで受け入れてこられたと思うんですよね。

でも後半に来て・・・娘が大きくなり、孫が出てくる段になって、またムリを感じるようになってきたのは否めませんよね。
特に、後半、どうやら優子の次女がいろいろ問題を起こすようで、そこにおばあちゃんとして関わっていく・・・
それは、尾野さんだと、ビジュアル的にも、話の流れ的にもいろいろムリが出てくるようにやっぱり思いました。
時に、予告でも見ましたが、本当に高齢の方の為に、布をあて、その服を考えていくという流れの中で、尾野さんがそこにはまる、とは正直思いにくい。

あの予告でみた・・・本当に年を召した方々の中に、いくらメイクを施してもそこに尾野さん入れた図・・・考えにくくないですか。
やっぱりそこに、大きなムリと、ムリをついつい感じてしまう私たちがいたら、ドラマの伝えたいことが伝わりにくくなりませんかね。

だから、この「物語」には、いくつかのステージがあり、その見せたいものに併せて、役者もチェンジしていくのは仕方ないのかもしれない、と思うと同時に、役者の人気にこだわって、ドラマとしての軸がぶれていくドラマがたくさんあった昨今の中で、潔い態度を貫くこのドラマについては好感を覚えています。
(子役再登場の時にはかなりドキドキしましたが、それもあっさりと使っただけで、なんと潔いこと、と感心いたしました。子役や、人気役者を湯水のように使いながら、堕していったドラマのどれほどあったことか。)

孫を巡って現代的な問題も出てくるようですし、今後も物凄く楽しみです。
個人的には、この高齢者を対象とするブランドや仕立物に物凄く興味があります。自分自身、狭間にいますので(爆笑)、着るものがない、という気持ちは今実際にもっている問題なので。

samantha様
コメント下さり、ありがとうございます。 返信が遅れ申し訳ありません。 どうも常態化してるな…。

samantha様のご指摘の通りだと感じますね。 尾野サンが70の役をやったら、まわりのお年寄りも、みんな尾野サンの実年齢と同じ30くらいの人にやらせないと、釣り合わない。 考えたらすごい世界ですけど(笑)。 昌子も松田も八重子も北村も、みんな老け役なんて…(笑)。

それにしても感じるのは、モデルとなるかたがたがいらっしゃるのに、なんかエライ容赦がないな、ということです。

糸子の不倫話は、まあ実際のほうがかなり長い期間だったですけど、主人公が不倫、なんて時点で結構勇気あるな、と思ったのに。

それが、今度はコシノヒロコサンの次女がヤンキー役…。 優子と直子の憎しみ合いにも近い描写もありますし。

ホント容赦がない。

人気役者を湯水のように…というのは、南…●×のことかなぁ(爆)。

「カーネーション」 にしても、キャスティングとかそのスパンの選択方法とか、いろいろ不備な点も散見されるような気はするのですが、結局面白いので見てしまいますね。 ドラマの姿勢が、潔すぎるんですよ。 ウジウジしてない。

だから夏木サンへの交代も、文句あっか!という感じ。

これが同じ小原でもスカーレット・オハラだったら、「トゥモロー・イズ・アナザー・デイ!」 ってラストにやれば、「風と共に去りぬ」 の全体的なテーマは、そこで完結するんですよ。

でも、「カーネーション」 は違いますね。

年取ったらどう生きるか。
スカーレットも直面しなかった問題を、この1カ月で切り拓いていく、と思うのです。

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    まず驚かされるのが、表紙のポールの写真です。 よくこんなのが採用されたな、というくらい、刻まれた年輪が顕著に分かる 「年老いたポール」。 飾り気のないその写真に、「素のポール」 をあぶり出そう、という心意気が見える。 そして実際、著者のその目論見は、成功しているように思えます。 何より大きいのは、「NME」「Q」「MOJO」 など音楽メディアで長年記者を務めてきた著者がポールと同じリバプールの出身者である、ということ。 さらにポールと同じファースト・ネームであること。 だからポールはまるで自分の分身に話しかけるかのように、時折同郷人にしか分からない言葉で気さくに著者に話しかける。 この本を読む者は、まずその 「不思議なリラックス感」 に包まれるはずです。  本の構成は大きく二つに分かれます。 前半ではビートルズからウィングス、ソロに至るポールのたどってきた長い長い歴史、後半ではポールの人格に迫る試みがなされていく。 そのインタビューは、一気に行なわれたものではありません。 著者がNMEの記者だった1979年のものから、明示はされていないがおそらく2013年、「NEW」 の発売前後が最新のものではないか、と思われます。 実際読んだ感覚では 「キス・オン・ザ・ボトム」 あたりが最新のような気もする。 その30年以上にわたる膨大なポールへのインタビューを、項目によって構成し直しているようです。 ですから、今年(2016年)亡くなったジョージ・マーティンについてのポールの見解であるとか、最新の情報が提示されているわけではない。 ポールの情報というのはこの歳になってもなお日々更新型ですから、その点については物足りなさが確実にあります。 さらに、30年以上というとポールのものの考え方にも変化変遷があってしかるべきだと思うのですが、30年以上をリミックスにかけているからその変化というものがつかめてこないもどかしさがある。 表紙を飾ったポールの 「老い」 という問題にも、この本はきちんと答えてくれているわけではない。 さらに言えば、ジョン・レノンの死について多くが割かれているのとは対照的に、2001年に亡くなったジョージ・ハリソンの死についての記述はない。 正直なところ、このような本を読み漁ってきた身としては、衝撃に値するような情報が書かれているわけではありません。 しかし前述したような、リラックスしたムードのなかでポールと語らっているような疑似体験を共有できる強みが、この本にはある。 この本全体に貫かれているのが、この心地よさなのだ、と思うのです。 その心地よさが乱れるパートがあります。 自身の失敗作、どうでもいい作品について語るときのポールは多分に感情的になりがちであり、イライラした様子を隠しません。 特に 「シークレット・フレンド」 を語るポールのくだりはポールファンなら一読に値する部分でしょう。 しかしそのイライラも、ポールの人間性が垣間見える瞬間としてこの本にとっては必要なパートなのです。 3000円以上と、この本は決して安くはない部類の本です。 ただその値段に見合うパフォーマンスは兼ね備えています。 この本と付き合った1か月足らずの間、心地よい体験をすることができました(アマゾンの自身のカスタマーレビューより)。

  • : レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]

    レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]
    全200ページ程度のボリュームのなかで、キャンディーズに関する特集記事は50ページ。 ただし、これが濃い。 全シングル曲、ほぼほとんどのアルバムの解説は当然として、彼女たちの芸能界における歴史から見た考察、コメディエンヌとしての彼女たち、DVD解説など多岐にわたり、キャンディーズが分析されています。 特に圧巻は、レア音源に関する記述。 ここまで調べている読み物には、個人的にはお目にかかったことはありません。 700円。

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    デイヴ・グルーシン&リー・リトナー: Two Worlds / Grusin & Ritenour
    NHK朝ドラ 「花子とアン」 で美人のスコット先生が夜な夜な歌い、チビはなチャンがすっかり覚えてしまったイギリス民謡、「ザ・ウォーター・イズ・ワイド(流れは広く)」。 このアルバムでルネ・フレミングが歌っていたのを思い出しました。 ルネのソプラノはけっして大袈裟でなく上品で、私のとてもお気に入りのソプラノ歌手ですね。 このアルバム自体は全体的にクラシックにギターのリー・リトナーが絡むフュージョンぽいものなのですが、故・黒田恭一サン評するところの、「大人が聴く音楽」。 胸を締め付けるような哀しみと、すべてを包み込むようないたわりに満ちていて、私の人生のなかでも最上位に位置する愛聴盤です。

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    桜田淳子: ゴールデン☆ベスト 桜田淳子~シングル・コレクション
    彼女の活動期に発売されたシングルをすべて網羅したベスト盤。 確かに後年のものほど馴染みがありませんが、選曲漏れがないので、彼女の存在とは何だったのか自体に思いが至るベスト盤です。 音も楽器の音像がよくてなかなかいいマスタリングをしている気がします。 2600円程度で推移しています。

  • ザ・ビートルズ -

    ザ・ビートルズ: ザ・ビートルズBOX(限定生産品)(USBメモリ)
    パソコンにUSB端子があり(たいていついてると思います)、パソコンで音楽が聴ける環境をお持ちの人ならば、聴くことができます。 現在のテクノロジーで最もいい音質で聴ける、ビートルズの音楽です。 ただし国内版にもかかわらず、訳詞とか一切なし。 ジャケットもブックレットもパソコンデータ。 純粋に音楽だけ楽しみたい人向けです。 また、曲間にコンマ何秒かのブランクが入ります。 「アビイ・ロード」 のメドレーも同様です。 しかし、音はさすがに、すごい。 大きな音量であればある程、目の前にビートルズが迫ってくる勢いです。 ツヤが違います。

  • The Beatles -

    The Beatles: The Beatles [USB]
    こちら上記の海外版。 内容的には国内版とほぼ一緒なので、値段が安いこちらのほうがいいでしょう。

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