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2012年4月 7日 (土)

「梅ちゃん先生」 第1週 とりあえず1週間分見た感想です

 大傑作 「カーネーション」(当ブログではもう耳タコ)の後番組として登場した 「梅ちゃん先生」。 とりあえず1週間分見ました。

 そりゃ 「大傑作」 と比べると見劣りするのはどうしようもないことであるので、極力 「大傑作」 ではどうだったとか考えないようにしながらレビューを進めていきたいと存じます。

 全体的な話の作りを見た印象を申し上げますと、ん~、まあ、え~、そうかよ、という感じですね(なんなんだ)。

 つまり見ていて、スッと入り込めない部分がある。

 まず第1回目、玉音放送があった直後、主人公梅子(堀北真希チャン)の姉、松子(ミムラサン)が、いきなりその場を抜け出して、物陰でうれしがります。 いいなずけ(成宮寛貴クン)が帰ってくるといううれしさなのですが、それに梅子も心から同調している。
 パッと見ただけでは、「なんやねんこのふたり、戦争に負けたのに」 という感じなのですが、その後ミムラサンはそんなに成宮クンがノーテンキに帰って来られるわけではない、ということを知って落ち込むし、梅子がどうしてこんなに一緒によろこんでいたかというと、彼女自身も姉のいいなずけにちょっと惚れていたからだった、というのがその後分かる。 いちおうフォローはきちんとされてるんですよ。

 ただこういう時間差攻撃で、登場人物たちの行動をパッと見で不可解だと感じさせるのは、あまり物語序盤ではしてはいけない気がする。 戦争に負けてよろこんでいるとは何事か、と視聴者が思ってしまうと、一気に登場人物たちに感情移入できなくなりますからね。

 「戦争に負けたことがいいことなのか悪いことなのか分からない」、とこの時点で感慨を述べている梅子にも疑問符がつく。 この女の子はなんの信念もないんだな、と。 なんの信念もないから、国家がいくら非常時でも朝寝坊したり、ドジを連発するんだな、と。 視聴者からの感情移入アクセスを拒否しているような印象を受けてしまうんですよ。

 そしてこの、主人公梅子の家族の設定についてですが。

 空襲を受けたからとても粗末な家に住んではいるのですが、実はこの一家って、とてもハイソサエティ(上流家庭)な気がします。

 父親の下村建造(高橋克実サン)は厳格を絵にかいたような人で、母親の芳子(南果歩サン)もかなりおっとりとした性格。
 今週の途中だったか(これも時間差攻撃か)、この建造が下村家に婿としてやってきたことが判明するのですが、建造はそんな下村家で大学医学部の教授として、婿としてのプレッシャーの中で厳格にならざるを得ない。 梅子の父の置かれている状況には、思いを馳せる必要があります。

 たとえば、今週の中盤で梅子が問題を起こし、モト冬樹サン扮する闇市のオッサンが 「弁償してくれ」 とねじ込んでくる場面がある。

 そんなとき、建造は頭ごなしに梅子に向かって、「何をお前は考えてるんだ!」 と怒鳴りつけます。 娘をハナから信頼していないのか、と見ているほうは思ってしまう場面です。
 けれどもよく考えてみると、これは下村家の婿として、建造がただやみくもに厳格でなくてはならないという状況のなかにいる、ということを説明している場面である気もしてくる。

 もっと端的にそれが分かるのは、建造の実の弟で砕けた性格の鶴見辰吾サンを交えた、下村家の夕餉の場面です。
 鶴見サンは最近仮面ライダーで悪役をやっとるのですが(笑)、兄の建造にとっても悪役みたいな人で(笑)。 建造は弟が下村家に来て下品な話とか卑猥な話をするのがいたく気に入らない。 ここで建造のATフィールド(精神的障壁)は全開になるわけです。 厳格な自分をおびやかす存在なわけですよ。

 この鶴見サンの訪問は、下村家全体の少々お高くとまった性格をあぶり出している場面だとも言えます。 「この家の人たちには、縁のない話ばっかりしちまったかな」。 これからは頭を使って金儲けする時代だ、というのが、大学教授先生さまが大黒柱の下村家には縁のない話だ、としているのです。

 話は戻りますが、先ほどの弁償問題発生の際、梅子の母の芳子は、「弁償ですって、どうしましょう?」 という態度を見せます。
 これも芳子が上流家庭として世間ずれしているところを表現しようとしている部分な気がする。 娘のことより弁償のほうが問題だ、と言わんばかりですよね。
 これも振り返って考えると、お嬢様でおっとりしすぎているから娘より弁償のほうがだいじに思えてしまうんですよこの人、ハイここで笑って、みたいな場面に見えてくる。 笑えませんけど(笑)。

 この両親とも、梅子に対していつも 「ついで」 みたいな反応をする、というのが、このドラマで梅子が恨み事を言うネタのひとつになっています。

 さらにこの三人きょうだいが 「松竹梅」 であることで、梅子の劣等感にとてつもない影響を与えている設定になっている。

 ここを 「なんだこの親は、松竹梅なんて、ずいぶん子供に安易で不平等な名前の付け方をするな」、と見てしまうと、この物語全体を見誤ってしまう気がします。
 私も正直ここはいぶかしく思っておるのですが、そんな子供に劣等感を植え付けるような名前の付け方って、普通しますかね? 何か御両親にはお考えがある気がいたします(ないかな~…笑)。 でもたとえあったとしても、それが梅子に伝わってない。
 つまりこの家庭は、なんとなく上流家庭としてのぎくしゃく感を抱えているのではないか、と私は考えてしまうのです。

 梅子の祖母の正枝(倍賞美津子サン)。
 やはり上流家庭独特のおつに澄ましたところが少々見受けられます。
 それがこの、空襲後の粗末な家の中で、とても冷たく見えてしまうきらいがあるんですよ。
 朝食のお粥にワカメが入っていたからと言ってよろこんだりするのですが、それってとても形だけのお上品なよろこびかた。 梅子が弁償問題を起こす時も、なんか冷たく傍観してるだけです。 どうにも家族全体で、視聴者の感情移入を拒絶してるな(笑)。

 姉のミムラサンが戦争が終わってよろこんでいた、とさっき書きましたが、これも考えてみると、ハイソサエティであるがゆえの世間知らず、という推測も成り立つし。
 兄の竹夫(小出恵介クン)も、まず父親が医学部の教授であるという理由だけで、自分も将来医者になる、というコースを疑いもなく進んでいるから、人間的に面白味があまりない。
 この竹夫、初登場時のセリフが 「つまり梅子は、朝飯抜きで空腹に耐えるか、遅刻して職長に怒られるか、いつもどっちか片方の試練を受けてるわけか」。
 のっけから梅子の朝寝坊を分析しているわけですが、これって家族を笑わせようと思って言ってるの?それとも的確な分析を自慢してるの?つー感じです(笑)。

 そんな竹夫は今週後半で、大学の権力側にいた自分の父親に対する疑問を、いきなり父親にぶつけます。 それは松子のいいなずけ、成宮クンが戦死してしまったことを自分の責任だと感じないのか?ということです。 あ、戦死したんです、松子のいいなずけ(なにを取ってつけたみたいに…)。

 これってなんかいかにもトートツな父親への反発なよーな気がするのですが、竹夫は大学でばらまかれた軍国主義への糾弾ビラをおそらく見ているわけですよ。
 で、自分の父親もそんな軍国主義に疑問を感じることなく、姉のいいなずけを戦死させることに加担したと思ってしまった。
 これって 「なんでそれで父親を責めにゃならんのだ?」 って思われがちですけど、かつて大学教授などというものは、権力の側にいる人間として認識されていたわけですよ。
 だから60年安保闘争の時なんか、学生たちからつるし上げを食らっていたくらいで。
 ここらへんを押さえておかないと、「僕がもっと早く軍医になって戦地に行ってれば、吉岡さん(松子のいいなずけ)の代わりになれたのに、姉さんに申し訳ない」 などと口火を切って父親批判をするのが理解できなくなる。

 それにこの当時は、軍国主義に対しての憤りが、国民全体に反動的に爆発し出している、という状況も鑑みなければなりません。
 「政府がやってたことはなんだ、軍部がやってたことはなんだ」、という怒りですね。
 当時流行った動きに、「真相はこうだ」、というものがありました。 今まで国民をだましやがって、ということですよね。
 竹夫が陥っていた父親への疑念も、同じ淵源によるものだと考えねばなりません。

 折しもこのドラマでは、灯火管制から解放された、8月15日、敗戦の日の夜の模様を描写していました。
 下村家のハイソな女性たちはそれを見て、「日本は平和になったのねー」 などとノーテンキな感想を漏らしておりましたが(笑)、実はこれも、灯りをつけた国民の感情ってそんなに単純な心情ではなかったのでは?と私は思うんですよ。
 「あ~あ~ばかばかしい。 今まであんなに頑張ってきたのに。 一億総玉砕。 日本は丸焼けだよ。 鬼畜米英がこの国をやりたい放題し出すぞ。 もう空襲はないんだろ? じゃあ何の気兼ねも要るもんか。 点けろ点けろ、電灯点けろ。 政府だか日本軍だか天皇だか悪いの誰か知らんけど、あてつけだよ、あてつけ」 みたいな、空虚で投げやりな態度。
 おそらくその心情をこのドラマでいちばん表現していたのは、プッツン5していた鶴チャンでしょうね(意味不明か?)。 片岡鶴チャン。 プッツンというのは、キレたという意味(説明必要か?)。 プッツン5というのは、鶴チャンがバラエティ芸人の時にやってた番組名(ギャグの説明をせなならんとは、不毛だ…笑)。

 で。

 「カーネーション」 においては…って比較すなっちゅうねん(爆)…まあまあ、私が1週間分を見ていて感じたのは、「これって大阪と東京の 『家族』 に対するとらえ方の違いがそのまま出ているんじゃないか」、ということです。

 善作と糸子の親子関係。
 今回の堀北真希チャンと高橋克実サン父娘の関係。

 たしかに愛情が濃い薄い、の程度の違いはあります。

 善作の場合、娘に暴力はいとわない、自分のことは棚に上げる、あげくに酒に溺れていく、というどうしようもないスパイラルを描いているくせに、その娘に対する愛情が人一倍強いことが分かる。
 その、父親の愛情を象徴的に描いた態度が、「ギュッギュやで~」 だったのであり、根岸先生に土下座して糸子に教えてやってくれと頼んだことであり、店のものを全部売っぱらって糸子にミシンを買ってやったことであった。

 つまりやってることがすべてストレートなんですよ。

 そこには 「人間というもの、いいところもあれば悪いところもある」、という説得力が裸のまま視聴者に届く勢い、というものがあった。

 対して大学医学部教授の高橋克実サンは、厳格、杓子定規、世間体を考えすぎる。
 つまり、こちらも見ていてとても見る側が感情移入しにくい欠点を有しているわけです。

 先ほどの梅子の弁償沙汰の話。
 これは、梅子が浮浪児のヒロシと懇意になっていたところ、そのヒロシが盗難事件と共に行方不明になってしまったからでした。 濡れ衣だったのですが、モト冬樹サンは梅子に損害賠償を求めてきた。
 そのときの父建造の態度は、先ほども書いたように、やみくもにどやしつける、というものでした。

 父親としては、娘を信用していないと受け取られても仕方のない態度ですよね。

 けれども娘が担いできたその浮浪児ヒロシの治療をしたあと、健三は梅子に対してちゃんと、娘のいい部分を理解している、という部分を垣間見せるのです(あ、ヒロシは盗難の真犯人を捕まえようとして果たせず、その道すがら、道端に落ちていた饅頭を食って食中毒を起こしたのです)。

 「お父さん、ありがとう。 ホンットにありがとう! お父さんてすごいのね!」

 「医者が病人を治療するのは当たり前だ」

 「人の命を助けるのが当たり前だなんて、やっぱりお医者さんってすごい!」

 「医者の力より、すごいもんがある」

 「なあに?」

 高橋サンは笑って梅子を見つめたまま、何か言いかけるのですが、別のことを言ってそれをはぐらかすのです。

 これって、梅子が病のヒロシに向かって一生懸命言葉をかけ、励ましていたことをさしている、と思うんですよ。 「医者の力よりすごいもんは、患者を勇気づける言葉、そしてその気持ちなのだ」、と。

 つまりこの場面は、影が薄いとばかり思っていた自分の末娘に、そういういい部分があった、ということに父親が気付いた場面であった、と感じるんですよ。
 これっていいも悪いもすべてあけすけな大阪の親子関係と違って、とても本質が見えにくい話ではある。 とてもハイソな東京的な親子関係だ、と感じたんですよ。 さきほど断ったように、そこには愛情の濃い薄いは確かにあるかもしれない。 でも愛情がない、というわけではない。

 このお話をですね。

 ヒロシという浮浪児が梅子を女医さんにするキーパーソンにしたとか、梅子に父親の医師という仕事をすごいと思わせたことが梅子の将来の動機につながってるとか考えながら見ると、なんかあんまりおもしろくない話なんですよ(ハハ…)。

 私はここ、というか、今週の真の主役は、このヒロシ君だった、と思えてならないんです。

 ヒロシは、両親が死んでから千葉だったか?の親戚の家を頼ったのですが、はじめ親切にしてもらったのに、その見返りとしてこき使われた(その前に逃げたんだっけな?)。
 だからヒロシは他人の親切が信用できなくなっているのです。
 これもツッコミどころ満載の話ではあります、確かに。
 こんな時代なんだから見返りに働くくらいはとーぜんだとか(笑)。
 いちいち話の掘りが浅いんですよ、このドラマ。
 脳内補完が必要だ(笑)。
 これを脳内補完させてくれるのは、瀕死状態になっているヒロシが、息も絶え絶えに話すセリフであります。

 「父ちゃんと、母ちゃんが死んでから、初めてだ…こんな、親切にしてもらったのは…。

 でも…もういいよ…。

 オレなんか、生きてても、人に迷惑かけるばかりで…。

 もう、このまま…」

 つまり本当は、その親戚にも、そんなにヒロシ自身が言うほど親切にはしてもらわなかった、ということなんじゃないでしょうかね。 「こき使われた」 という仕事は、その親切に対する対価としては、子供なりにあまりにきつすぎた、ということなんじゃなかろうか、と。
 それをこの子は、「自分がその親戚に迷惑をかけた」 と、どこかで認識し悪く思っている。 けなげだ、と見る側は判断できるんですよ。

 これに対して梅子はヒロシを叱咤します。 父建造が梅子に対する認識をあらたにしたと思われるセリフです。

 「ダメ! 生きるのよ!

 戦争で、生きたいのに死んでいった人たちがたくさんいるのよ!

 私たちは、その人たちの分も、生きなきゃいけないの!」

 「…けど…生きてても…いいことなんか…」

 「ううん。 きっといいことがある。

 頑張ってれば、神様がきっと、ご褒美をくれる!

 だから…、生きて!」

 「そうかな…」

 「そうよ。 絶対そうよ!

 うちのお母さんのおはぎ、おいしいよ。 食べると、甘くて幸せな気持ちになるの」

 梅子は思いっきりの笑顔を見せます。 「…そうか…」。 ヒロシも、笑顔になるのです。

 このドラマのヒロイン。

 線が細くて演技が出しゃばってなくて、骨太のヒロインを半年間見続けてきた視聴者には、確かに物足りない部分があるかもしれない。

 でも、そんな、人生に対して貪欲でもない、埋もれてしまいそうなパーソナリティの弱さでも、生きることはできる。
 そんなことをこの場面から、私は感じたのです。

 ただこの場面。

 ハンディカメラゆれすぎ(爆)。 酔っちまうよ(ハハ…)。

 いずれにしても、1時間半通しで見て、幸いなことに寝てしまうところはなかったです(ひょっとして5秒くらいはあったかも…笑)。

 ん~だけど、物語としては結構クセモノだな、と感じますよ。 15分ごとに見ていてはアラが修復されない、というか。 1時間半通しで見たから納得できた部分が、とても大きい、大きすぎる。

 これって15分ごとに見てると、イライラすると思うなぁ。
 どこまでレビューを続けることができるだろう。 とりあえず付き合ってみます(心もとない…)。

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コメント

リウ様、感想ブログお疲れ様でした。
リウ様に「補完」されてわかることもあり、またそれでもと思うところもあり。

本当に流し見していたんだなぁと自分が思うのが、
・おとうさんは入り婿だった
・おとうさんが一方的に梅子のことを怒った
などという部分で、金曜日にいたっては私、流し見どころか音しか聞いてなかったんでまったくわかりませんでした。
音しか聞いていないと、放送ドラマのようでした。音と、セリフで、なんとなく(あくまでなんとなく)わかる。
嗚呼、このドラマの、この仰々しいBGMと空々しいセリフの数々はこの為にあるんだと思いました。

要は、ホントに流し見のためにある。

リウ様に補完されても、まだ今ひとつわからないのは、竹夫の「自分が替わりに死んでいれば・・」発言。
父への反発だったとしても、自分が医者になって替わりに死ねば・・・というのはよく飲み込めなかったです。
子どもっぽい反抗?で、理論度外視のことをいっている、と言う設定なんでしょうか。
私、このセリフのことは何度も考えたんですが、やっぱり腑に落ちない。
父親(権力?)への反抗、というリウ様の補完で、大学でそういったビラがまかれていた(かもしれない)というのはわかりました。
でも、その前段、終戦を迎えて「自分は何をすればいいか」の話をしていたときに、父に「おまえは医学を学んで人の役に立て」と言われて素直に大学に行ってます?し、反抗、と言われても唐突感が否めないんですよ。そこに、まったく「ため」がなかったので。
一瞬でも、本をバッグに入れる手が止まる、表情が曇る、ような演出があったら、「反抗」が爆発する、と言うくだりはナットクできます。でも??
親にないがしろにされている感もないですし、みそっかすの妹に共感するようなシーンもなく、存在そのものが謎です。

姉の方も、済ました顔で「日本は勝つわ」みたいなことを言ったあとで、物陰に走って「○○さんがかえってくる・・」(スミマセン、役の名前忘れました(^^;;))って・・・私はこっちの方が腑に落ちませんでした。そんなこと、ここでやることじゃないように思いました。家に帰ってからとか、違う場所でやるならまだしも。
(彼女の仕事ってなんだったんでしょう、先生か何かなのでしょうか、工場に動員されている少女たちのまとめ役なのかと思っていたのですが)

戦災孤児の子が病気になるくだりの部分は見てません(^^;)ただ、番宣の際に梅子が「生きるのよ!」と叫んでいるのだけは見ていて、その段階から変な違和感があって、見る気がしなかったのも事実です。
リウ様のブログを拝見してその筋書きを見たのですが・・・子どもにそこまでのセリフを苦しい息の下からさせるのって言うのはどうなんでしょう?
ああ、そうでした、放送ドラマとして聞くだけ、でいたら、そのセリフが無くては流れがわからないのでした。
・・・と言うのが私の理解です。
そも、いくら背伸びしてても子どもです。そのシチュエーションで、そんなこと言うのかしら・・・。その段階で、「言わされた感」があって・・・。

父親も、大人なら、戦災孤児の子どもを助けるのはいいとしても、その来し方行く末について大人としての考えや行動があってもいいように思いますが、そういうのはありましたでしょうか。それは、来週かな。

リウ様の、
「 線が細くて演技が出しゃばってなくて、骨太のヒロインを半年間見続けてきた視聴者には、確かに物足りない部分があるかもしれない。

 でも、そんな、人生に対して貪欲でもない、埋もれてしまいそうなパーソナリティの弱さでも、生きることはできる。」
と言う部分の視線の優しさに脱帽です。
でもね・・・
それでも私は思うのです。
それだけでは、あまりにも生きづらい世の中を。
生きることは出来る、でも生き続けることの辛さを。
私がこの子の母だったらそっちの方が気にかかる。
これから、それを描いていくドラマになるのかな。
男性脚本家だ、と言う部分で私はあまり期待していないのですが・・・そうだとしてもたぶんテンプレート的な展開になる予感がするので。(「おひさま」のときは、逆に期待したんですけれど。)
私はもう、録画予約もキャンセルしましたし、twitterの検索履歴からも梅ちゃん先生は削除してしまいました。後は、見れたら見る、で見ていくつもりです。もっとわかんなくなっちゃうかな・・・。
あっ、これ以上書くと、お目汚しになるかもしれませんので、コメントはこれ以上は極力控えるようにしますね。たぶん見なくなるので、書くこともないと思いますが。

投稿: samantha | 2012年4月 8日 (日) 10時28分

samantha様
コメント下さり、ホッとしてます。 お気に入りだった番組をけなしてしまった関係上bearing

ただ、全体的な出来を考えると、内容は違うけれど、点数としては 「おひさま」 クラスかなぁ、とは感じるんですよ、このドラマ(また要らぬことを口走っているかも…)。

「おひさま」 の魅力を支えていたのは、満島ひかりチャンだった、と思う。 あんまり見なくなっちゃったのは、彼女の出番が少なくなった時分からだったでしょうか。

「おひさま」 を見ていて私が思っていたのは、井上真央チャンが、太陽の陽子だと自負するわりには、「おひさま」 たり得てないではないか、というところでした。 彼女はいつもみんなに支えられて生きていた。 有り難いことです。
それを、若尾文子サンは同一人物でありながら、あの年になってもあまり有り難がってない、というか、気付いていない感じがした。 そこかな。

いや、現代編がウザかったのがやっぱり…coldsweats01。 まあいろいろですけど。

ただ、ドラマって、流し見で見てたら、やはりますます気に入らなくなってしまうと思いますよ。 どうでしょうね。 そう思いますけど。 見落としてはならないところを見落として、ますます登場人物たちがなにをやってるのか分かんなくなっちゃうから。

ミムラサンが 「日本は勝つわ」 と言っていたのも、もともと自分の本心から言っていた言葉ではないんでしょうね。 あの時代は滅多なことを言えばどこでチクリ魔が聞いてるかもしれないし。 戦争が終わった、ということは、そういう他人の目を気にしながら生きる必要がなくなったから、「あの人が帰ってくる」 とよろこんだのでしょうが、戦争で不幸な目に遭っている他人の手前、物陰に隠れてよろこぶしかなかった。 物陰に隠れてましたよね、あの時ミムラサン。

竹夫の 「自分が代わりに死んでれば」 発言は、本文のなかでも一応解説いたしましたがcoldsweats01、やっぱり分かりにくかったでしょうか。 

終戦を迎えたときに父親から、変わらずに医者を目指せばいいんだ、と諭されたとき、竹夫はちょっと腑に落ちないような顔をしてました、たしか。 「そんなことでいいのかな、でも今まで目指してたんだから…」 みたいな。

つまり本文にも書きましたが、もともと竹夫は、父親が医学部の教授であるという理由だけで、自分も将来医者になる、というコースを疑いもなく進んでいた。 それが終戦で学内にそれまでの軍国主義への反動の嵐が吹き荒れ始めているから、その風をもろに浴びていたところに、姉松子のいいなずけが死んだ、という知らせが飛び込んできて、松子はそれを聞いて寝込んでしまった。

姉を思う気持ちも手伝いながら、「自分が死ねばよかった」 というのは、一種のあてつけなんですよ。 父親に対する。

でも私もsamantha様と同じように、竹夫のこの反抗には、トートツ感は否めませんでしたよcoldsweats01。 つまりドラマの流れとして、それがトートツに思えるような話の持ってきかたを、しちゃってるわけですよね。 少なくとも竹夫が学内にばらまかれたビラを読んでいるところの描写くらいは欲しかった。

それと、梅子の華奢感ですが。

ドジばかりであまりにも頼りない。 確たる信念もない。
でもそれでも、梅子にはある種の行動力が備わっているように思えます。
全部空回りしてますけどね(笑)。

まず戦災孤児のヒロシの居場所を突き止めようと、ミニトトロを追いかけたメイのように(笑)ヒロシを追いかける。 そしてどこから調達したのか、靴墨とウェスを持ってきて、手に職をつけさせようとする。 さらに寒かった今年の冬だったにもかかわらず(爆)極寒の川に入って魚を取ろうと奮闘する(季節設定は秋口でしたけど…笑)(そう言えば夏から秋の設定だったのに、画面が寒々してたな~…爆)。 そして病気のヒロシを、非力なのにもかかわらず、おぶって父親のいる自宅まで連れてくる。

世の中には、「この人大丈夫?」 みたいな人が、なんかみんなの助けによってしっかりと生きている、というケースがままある、と思うのです。

糸子はそれとは完全に逆のたくましいタイプでしたが、梅子はそれとは違って、「支えられて生きていく」 タイプではないか、と思われるのです。

う~ん、でもまあ、ドラマって、相性みたいなものが、ありますから…。

無理して見る必要もないんじゃないかとも、思いますです。

投稿: リウ | 2012年4月 8日 (日) 13時28分

リウさま初めまして、カーネーションの記事をツイッターから飛んで拝見させていただいてました。カーネーションへの限りないまでの愛情が感じられて途中何回か涙ぐんでしまいました笑

隠しきれない恋、の回のとき、巷ではそれはそれは糸子と周防への批難ごうごうでどうしてもこの二人を嫌いになれない、というかどこか認めてしまっていることがどうにも苦しかったのですが、こちらのブログの記事を拝見してその苦しさから解放されました。なんだか大袈裟に聞こえますが本当です。笑
わたしはあの回を見ていてまず一番には毎朝ときめき(笑)をくれた周防さんはもう見れないんだと思って悲しく、どんどん周囲から孤立していく糸子を見て痛々しくて目を背けたくなっていたのですが、2回目に見たとき(カーネーションは一日3回は見てしまいました笑)糸子の団子を買ってきたシーンの「食べて」にすこし違和感を覚えました。
言ってしまうとアレなんですけれども(笑)糸子が自己中心的で傲慢なのは割といつものことで、その回はそれが誇張されただけなので苦しくはあれど違和感を覚えたりはしなかったのですがあのセリフだけはどうにもきれいに飲み下せない何かがありました。何かな―と考えたまま老境編に突入してしまったのですが(笑)その違和感がこちらの記事で一気に解けていきました。
あの食べて、にはリウ様のおっしゃったように、糸子の、周防の全てを自分のものにしたいという感情がでていたのですね。それは糸子の人生の中で初めてで、そして以後もなかったことのように思います。(あるかもしれませんが・・・笑いかんせん周防さん贔屓なもので目が曇ってますorz)
 なんだか話が盛大にそれてしまいましたが、リウ様のカーネーション、ひいては糸子の過ちへの温かく優しい視線に勝手に射抜かれてしまいました笑

ええとそして梅ちゃん先生なのですが。
あまり朝ドラ経験がない私ですが、朝ドラのセオリーのようなものとは認識しております。なので(他でも言われていますが)気の毒な作品だと思うんですよね。前作カーネーションがリアリティが(とっっっても)あるファンタジーだとすると、梅ちゃん先生はリアリズムを一切排除した完全なファンタジー、これはフィクションですよ!と銘打ってるものだと思うんです。だから梅子はラジオを玉音放送直前にぶっこわしても怒鳴られるだけで済むし、戦時中とは思えない明るい雰囲気の中で綺麗な印象を受けるし、家族の描写が絵に描いてあるようなものになってしまっているのではないかと。
それを現実に即した物語で評価されたカーネーションと比較されるのは可哀想だな、と思ってしまうのですよね。
しかし、それにしては一切リアリティのない話ですよーというメッセージが伝わってきにくいというか、偉そうにいうとリアリティないのにリアリティを追っているように見えてしまうところがあるんですよね。リアリティは私の中でキャラクターの人間性みたいなもので、カーネーションでは善作が一番わかりやすいお手本になりますが、人間の矛盾した点、のようなもので。
梅ちゃん先生の登場人物は私見ですがまったく現実味が感じられません。でもそういうドラマや映画で素晴らしいものってたくさんありますよね。こんな人間いねーよと思いながら笑ったり感動できるというか。でも梅ちゃんはそこも徹底していないような気がしてならないのです。なんか無駄に現実味を持たせようとしてしまっている気がして・・・。いや気のせいだといいのですが(汗

あとはこのドラマ、ナレーションの発言率と人物の心情をざっくり言ってしまう所から、万人に分かるように作ってありますよね。別にそれはいいと思うのですよ。ジャンルのひとつとして朝ドラというものは本来そうだと思いますし。(朝忙しくしている人でも分かるように作られるものですよね。前作はその部分ではだめでした笑←誉めてます笑)
でもそのドラマが脳内保管必要というのはちょっとなあ・・・と。人物の心の動きを分かりやすくしようとしているのかしてないのか、全くわからないのですよ。うーぬ。わたしの読解力の問題なのでしょうかね・・・。あ、わたしが未だにカーネーションの余韻に浸りまくっているというのは大きな大きな問題だとおもいます。笑

でもまだ一週間なので、これからどんどん面白くなっていくことを期待して気長に見ていきたいと思います!

それでは乱文長文大変失礼いたしました。

投稿: 臼井 | 2012年4月 8日 (日) 16時54分

横から失礼します、

読売新聞の来週のあらすじを読みました。
不自然なくらいにこぎれいにまとまっているこの一家、そろそろさざ波が立ち始めるようです。
もう少し見てみようかなと思っています。

「陽だまりの樹」、長女には受けませんでした。
時代劇としてよりも、青春群像としてみたいと思っています。
金曜が最初の放映で、今日は再放送です。

投稿: マーシー | 2012年4月 8日 (日) 18時14分

リウ様

いえいえ大丈夫ですよ。
「おひさま」も「てっぱん」も(当時はTwitterもやってませんし、某掲示板の感想欄を見ているだけでしたから)いろんな意見があったことは存じてます。
でも両作品とも我が家では楽しめましたし(「おひさま」に関しては、舞台になった安曇野が私たちに近しい土地だったことも手伝っていましたが)カーネーションは普段ドラマに淡泊な娘までかじりついての視聴だったので、「ゲゲゲ」からこっち、2年間は本当に楽しく「連続テレビ小説」を見ていたんです。
でも今回は家族の方が私より先に降りました(笑)これは「江」以来の出来事です(爆)


最後に、

支えられて生きていたのは糸子の方で、
梅ちゃんの方はフラフラと突っ走っている印象が私は強いです。
実際、周りを見ても、強いだけで引っ張っていける人ってそんなに多くないですし、糸子のようではありません。
糸子を支えたのは、多分に、関東圏ではあまりない当時の関西地域の地縁や商習慣のもののような気がしています。関東人にはそれが非常に強引に見えるのではないかという気がしています(私は生粋の関東人です)
また、ふわふわした人は結局「許されている」だけです。大きなおいたをしないからです。そして、たいてい、そういう人物を中心に据えて話を書こうとすると、どんどんご都合主義的な話になっていく傾向があると思っています。ああ、そうです、すごく少女マンガチックになる、と言うことです。

梅ちゃんが今後大きな「おいた」をすることに期待しています。医者は、支える仕事です。特に、女医がどんなに大変か(特に昭和の時代の)、私は周囲の友人たちを見て痛感させられていますので。

投稿: samantha | 2012年4月 8日 (日) 18時44分

臼井様
こちらこそはじめまして。 コメント下さり、ありがとうございます。

ツイッターから飛ぶって、よく分かんないんですが(爆…なにしろツイッターの使用方法が分からぬパソコン音痴ですので…)、たぶんどなたかのツイッターに私のブログのアドレスが貼ってあったのだと想像いたします。

「カーネーション」 は今さらゆうてもなんですが、凄みさえ感じる…いや、凄みだらけのドラマでした。

あんなのもう、今後5年くらい見ることができないレベルのドラマだと感じます。

なにしろ、言葉で説明しなくても、画面を見れば伝わってくるものが、あまりにも膨大。
説明不足、省略されること多し、けれども見る側はちゃんと分かってしまう。
行間を読めるドラマ、だったですよね。

糸子が発した 「食べて」 もそうでした。

周防が団子を家にこっそり持って帰っていたのを知っていたから、糸子はいくら好きでもどうしようもできないもどかしさに、イライラしている。 しかも状況的に四面楚歌。

同じ週、糸子が 「…なんで…?」 と、まるで魂をきつく首絞められたように発した言葉も、そうでした。
私は臼井様のように何度もこのドラマを見ることはしませんでしたけど(あーいやいや、1回見て、レビューの時にセリフの書き起こしをするためにもう一度見て、都合2回でした)、オノマチサンのこの時のセリフは、今でも耳に残っています。 これってすごいことですよね。 私はどんな傑作ドラマでも、セリフがまだ耳朶に残っている、なんて経験、したことがありません。

よくよく考えてみれば、「カーネーション」 というドラマは、NHK大阪局スタッフの、とんでもないスタンドプレーだったと思えてなりません。

こんなもの作ったら、どんなドラマをぶつけても見劣りするのは必定です。

正直なところ、「梅ちゃん先生」 第1週を見て一番感心したのは、「カーネーション」 の時にも書いたのですが、「NHKのセット制作力」 です。

東京大空襲からたった5カ月後の蒲田の焼け野原を筆頭として、半壊した学校校舎、鳥居と賽銭箱しか残っていない神社、川沿いのバラック造りの家、「これみんな作ったんだよなぁ~、CGじゃないよなぁ~」 と、その部分には圧倒されました。

下村家の食事時の風景にしても、結構食器とかがピカピカで、それが 「この家は実はとても経済的に潤沢だ」 と思わせる。
大道具小道具のスタッフの仕事に関しては、NHK大阪局と遜色ない、と感じるのです。

ただそこで展開される物語。

「カーネーション」 に慣らされてしまったからこそ、とても質的に劣って見えてしまうのですが、そういう、「比べても詮無いこと」 は、極力排除しながら見ないと、このドラマに対しても失礼な気がするんですよねー。

でも、無理して見る必要も、ありません。

目が肥えてしまったから、もうい~や、でもいいと思うんですよ。

私もどこまで付き合えるか分かりません。 この脚本家さんが作っていた阿部寛サン主演の一連のコメディは、「ニヒルで自虐的な笑い」 が主だった気がします。 堀北真希チャンでどうやって笑わそうとするのか、そこに重点を置きながら、私としては見てみたい気がします。

とりあえず第1週目では、「あの」 堀北真希チャンにし尿処理をさせ、「クッサ!」 と言わせてしまったセンスに、今後は期待したい感じですcatface

投稿: リウ | 2012年4月 9日 (月) 08時12分

マーシー様
コメント下さり、ありがとうございます。

そんなに小難しいことを書き連ねるようなドラマでもないと思ったんですが(笑)、どうも「カーネーション」 の分析癖が抜けきれなくて、今回のレビューも量的にさほどではないのに、かなりこねくり回しました。 完成に、すごく時間と手間がかかってます、このレビュー(ハハ…)。 唯一の休みの日なのに…(爆)。

「陽だまりの樹」 は、手塚サンの原作も、そんなにものすごいギミックがあったとかじゃなかった気は、するんですよ。 ただ自分の曾祖父なのかな?、手塚良庵というご先祖のことを描きたかったみたいで。 でも連載中のヤツを読んでたから、全体的に読み直さないとちょっと正当な評価が出来ないですね、本当のところは。

チラッと見ましたが、笹野高史サンの手塚良仙には笑いました(ソックリ)。

投稿: リウ | 2012年4月 9日 (月) 08時25分

samantha様
レス下さり、ありがとうございます。

「最後に」、ということは、もうコメントは打ち止めですか?coldsweats01 私もそのうち追随(レビュー離脱)するかもしれませんのでよろしく(ハハ…)。

確かに糸子も周囲の人に支えられながら生きていましたよね。
ただそれって、「苦しくなったら私の背中を見て」、じゃないですけど(笑)、糸子にだんじりのような、人を引っ張る力があったからこそだったのではないか、という気はするんですよ。

社会のいろんな場面で、「頼れる人、頼りない人」 という分類って、あるような気がします。

同じ社長でも、「この人にはついていきたい」、とか、「この社長はどうも頼りなさそうだ」 とか。

糸子は前者のタイプですよね。 梅子は後者のタイプ。

でも、どちらとも、人に支えられて生きる、という構図に於いては、結果的に一緒なのかなー。

私も、糸子に降りかかるとんでもないギミックに、期待しています。 ただそこまで視聴意欲が継続するかどうかは、未定であります(ハハ…)。

堀北サンのコメディエンヌとしての才能の開花に、期待しましょう(あ~だから、そこまで見るのかな~って…)coldsweats01

投稿: リウ | 2012年4月 9日 (月) 08時49分

リウ様

一つだけ、疑問。
あのセットで、一つ私が探し続けていたのは、電線だったんですが、電線が見えなかった気がするのです。
電線、あの当時はなかったでしょうか。
どうやって電気を供給?していたんでしょうか。
というか、
あの焼け野原で、電気がどうやって供給されていたのか、疑問だったんですがそのあたりのことをご存じありませんか?
(電線を捜しながら、戦時中はどうやって電気を作っていたのだろうと・・・アメリカ軍はそういう施設を狙ったりしなかったのかと違う疑問が湧いてきました)

投稿: samantha | 2012年4月 9日 (月) 09時01分

samantha様
レス下さり、ありがとうございます。

そう言えば見当たらなかったような気もいたしますね、電線(録画消しちゃったので確認不能)。

「カーネーション」 の場合、大正初期のだんじり祭りの描写で、過剰すぎるくらいの電線があったような気がいたします。 当時は電線って、今より何本も余計にあったと思います。 その点でも抜かりがなかったですよね、あのドラマは。

終戦当時でも、やっぱり電線はあったと思うんですよ。 大空襲のあとでも。 だって当時のライフラインとしては、電気って唯一のもののように思います。 ガスだってさほど家庭で使ってなかった気がするし、水道だって井戸だったろうし、下水だって完璧でもなかった。

でも、電気がなければ軍需工場も機能しないわけですから、やはりこのライフラインの復旧は完璧ではないまでも真っ先に行なわれている気がします。

敗戦の日の夜に早くも電灯がともった、というエピソードって、私の記憶が確かならば、どこかで聞いた気がします。

投稿: リウ | 2012年4月 9日 (月) 16時57分

リウ様

何度もスミマセン。

私は、電線が見えなかった時点で、「嘘くさいセット」と思ってしまいました。ましてや電気がともった時に、どこに電線があったっけ?と一生懸命画面を見ましたがどこにもその欠片が見えず。
関連して、玉音放送についても、電気が来てないと聞けないんだよな、と思いました。
空襲が激しかった所など(東京なら、大空襲のあった下町など)、聞く為には聞けるところまで行かなくてはいけなかった、と言うような事態もあったでしょうね・・・。
私たちは、ドラマの中で何度も玉音放送を聞いているわけですけど、電気が当時どのように供給されていたのか一つ取っても、もう少し突っ込んだ考察が見たいなぁと思う部分ってあるんだな、と思いました。調べてみたら、当時すでに、計画停電・・・じゃない、無計画停電なるもの(笑)が存在したようですし。

投稿: samantha | 2012年4月10日 (火) 07時40分

電線ね、ありましたよー
ドラマの中で確認はしてないんですけど、番組のメイキング映像の中に出てました。
取り急ぎ☆(笑)

投稿: ほとりん | 2012年4月10日 (火) 10時21分

ほとりんさん

ありがとうございます。
ですが、全景を映し出しているシーンでは見あたらなかったように思うのですが。
何回か見直して、確認してみたんですが、どこにあるのかわかりませんでhした。
私はもう、録画データを消してしまったので確認のしようがないのですが、明日もう一度本放送にて確認してみます(写れば、ですが)

投稿: samantha | 2012年4月11日 (水) 00時45分

samantha様
レス下さり、ありがとうございます。

なんか電線談義が高まってますねcoldsweats02

私はいろんな場面でのセットを見ていて、ただただ感心してましたcoldsweats01。 「セットだけは相変わらずすごいよなぁ」、と。

いろんな見かたがあっていいと思います。 ドラマを見て想像できる余地がある、というのも、いいじゃないですかcatface

投稿: リウ | 2012年4月11日 (水) 07時26分

ほとりん様
お知らせくださり、ありがとうございます。 って、お久しぶりですよねー。 コメント欄も逐一チェックしてらっしゃるんですか。 コリャいい加減なことが書けないなぁ…(ハハ…)。

是非ドラマの感想なども簡単でよろしいですのでおよせください。

投稿: リウ | 2012年4月11日 (水) 07時28分

samantha様
遅くなってすみません☆
しかも横からぴょっと割り込んでしまってすみませんでした。
たまたまドラマのPR番組のような放送をしていて、そこで電柱と電線を目にしたので書かせてもらいました。
肝心のドラマの画面ではなかなか確認できませんね。

リウ様
いつも忘れた頃にひょこっとコメントに来ましてスミマセン☆
去年の暮れに母が倒れまして、元気になりつつあった中で、先月もまた倒れまして^^;
なんせ高血圧持ちの後期高齢者なので「カーネーション」の最後の1ヶ月は、ヒトゴトでなく身につまされながら見てました。
楽しませてもらった半年間・・あの丁寧に描かれたリアルさから一転、梅ちゃん先生は、なんと申しますか、、まぁ、わかりやすいというか、わかりにくいというか(笑)、いろんな面で中途半端な感じを受けるので、特に今週は笑いが滑りまくりで、俳優さんたちが見ていて気の毒で、なんだかもったいないと言うか…^^;
ガッキーの「全開ガール」みたいに、たとえ話の展開がありがちなものであっても、勢いとメリハリがある見せ方だと、まだ楽しめるのですが…
・・にしても、尾崎さん、なんであの脚本??…となんだか不思議で。。
と感じてしまった今週の梅ちゃん先生でした。
(ごめんなさい、ちょっと早い感想でしたね)

投稿: ほとりん | 2012年4月13日 (金) 14時38分

ほとりん様
レス下さり、ありがとうございます。

ややっ、それは大変でございましたね…。 うかつにお手を煩わせてしまって申し訳ありません。
お母様のご快復をお祈り申し上げます。

「全開ガール」 に関してあらたな記事を書いたのと同じ時間に、ほとりん様がこのドラマについてコメントを寄こしてくださった偶然にビックリしております。 その 「全開ガール」 の脚本家さんが手掛けた天海佑希サンの新しいドラマについてのレビューです。 同じような評価をされていますね、私とcatface

このところ無防備に新しいドラマを見まくっておりますが(爆)、これも 「カーネーション」 の足かせがなくなった結果でしょう。 「梅ちゃん先生」 は、いずれにしても簡単なレビューで済みそうですね…。

投稿: リウ | 2012年4月13日 (金) 15時58分

リウ様の新着レビューが続々と更新される中で、こちらにコソッと?返信です(笑)

いつもこちらにオジャマしては、リウ様のレビューとみなさんの感想を楽しませてもらってるばかりで(いわゆる読み逃げってヤツですね^^;)申し訳ないです。
母は最初倒れた時より驚異的な復活で(笑)、元気でいます。ありがとうございます。でも、今回の方が焦りました~。
リウ様もささ様も大変でしたものね…。冬場って、体もカタくて何かと変調が起きやすい時期なんでしょうか。。
お二人ともお大事になさってください☆

…で、梅ちゃん先生ですが、私も尾崎さんの脚本なので「何か」見せてくれるんじゃないかと期待を込めて見続けてるんですけど、今のところ、すべて使い古されたような登場人物と設定・話の展開で第3週もバク進中な感じです(^^;

堀北真希ちゃんは好きなので最後まで見ていくつもりですが、主人公の梅ちゃんとこのドラマが今後どのように成長していくのか、江ちゃんの時のように、ちとヘンな楽しみ方をしてしまいそうな私です(もうしてるかも・笑)

投稿: ほとりん | 2012年4月20日 (金) 14時57分

夫が見続けているので、お付き合いで私もなんとなく・・・・。

先日、お稽古ごとのある場で、80代の方たちが、「梅ちゃん」談議に花を咲かせていました。
内容ではなく、セットのほう・苦笑

「焼け跡はね、あんなもんじゃなかったですよ」とか、
大空襲の話とか。
こういう人たちも、ある種の懐かしさで見続けているのかなあと、

内容云々よりも、その背景、時代ですね。
それを追体験している。

朝ドラの、ある意味正しい鑑賞法かもしれません。

>電線
ドラマでも、出てきましたよ・笑
電柱を立てて、電気が来る、みたいな。
ここの話が聞こえたのかな・・・、
んなわけはないですね・笑

投稿: マーシー | 2012年4月20日 (金) 15時10分

ほとりん様
コメント下さり、ありがとうございます。

連日記事をアップいたしますと、アクセスがものすごくなりますね、さすがに。 特にすごいのは大野クンのドラマへのアクセスなのですが、これって大野クンファンは客観的な評価をとても欲しがっているのではないか、と感じます。

ただこれほどのアクセスをいただきながら、コメントはほんの少しで。 みなさん読み逃げしていらっしゃるので(爆)ほとりん様も気に病むことはございませんhappy02。 もともと周囲に気を遣いながらも好き勝手に書いているブログです(言ってることが矛盾してる?…笑)。

さて 「梅ちゃん先生」。
ほとりん様のご報告から察するに、もしかすると尾崎サンはただカワイイ堀北チャンを見たいがために脚本を書いているのではないか?などと邪推してしまいましたcoldsweats01

阿部チャンは好き勝手に尾崎サンにいじられてましたけど(笑)。

投稿: リウ | 2012年4月21日 (土) 07時20分

マーシー様
コメント下さり、ありがとうございます。

「なんとなく」…、というのがいちばんいいのかな~、視聴態度としては。

どうもこのドラマ、「驚かせてやろう」 とか、「感動を超ド級にしよう」 とか、作り手の野心を感じないんですよ。

だからまったりと楽しむのがいちばんいい気がしてきました。

私の母親などは福島の田舎者ですから(笑)焼け跡とかにはとんと疎いですが、第1週でヒロシ君の治療をした時停電して、ランプを持ってきてましたよね、確か。 あのランプが自分ちで使っていたランプとすごくよく似ている、と感慨深げでした。 細かい考証は的確なようですが…。

人それぞれに、ハマりポイントというものは、あるものですね。

投稿: リウ | 2012年4月21日 (土) 07時29分

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