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2012年5月 5日 (土)

「もう一度君に、プロポーズ」 第3回 強い心、脆い心

 前回第2回のこのドラマを見ていて感じたこと。
 それは 「話が下世話な方向に行きつつある」 という危惧だったのですが、その原因となりそうな倉科カナチャンの横恋慕エピソード、今回第3回を見る限りではまだまだ保留、といったところでしょうか。

 ただしカナチャンが波留(竹野内豊サン)への思いを押し隠し、オンラインゲームで知り合った男の子とのその後に関しては、一切不明。
 見た感じ比較的フツーっぽい男の子のようでしたが、出会って2、3時間で別れており、別れたあとでミズシマオートの飲み会に合流した時のカナチャンの様子は、なんかかなり酷いことをされたような感じに映りました。
 でもカナチャンはあくまでその男の子が悪いヤツだとは言及してない。
 ちょっと気になります。

 だけど今回の話のメインは、波留と可南子(和久井映見サン)の細やかな心の動き。
 このドラマの方向性としては、こういう深い心理描写がメインなほうがしっくりする気がします。

 波留は可南子との思い出のヴィンテージカーを修理することに集中し始め、可南子は最近5年間のスキルが欠落したまま、図書館の勤務を再開します。
 けれどもふたりの新たなスタートが切られたなか、ひとり暮らしを強いられる波留の生活に、ちょっとずつちょっとずつ、不便というものが重なっていく様子が描写されていく。

 たとえばこないだ加奈子が整理整頓したはずだった家の中は再びゴミ袋が散乱し始め、おそらく可南子が一手に引き受けていたと思われる、家賃や電話代などの支払いが滞り始めている。
 経済的にも逼迫しだしている、という感じですよね。 それまでは可南子も図書館勤務で家計を助けていただろうから。

 ゴミの片付け中に足を滑らせて再びゴミをぶちまけてしまう波留。
 けれども波留は苦笑いをして、自嘲的にゴミをまた拾い集めるのです。
 これって結構ストレスたまる作業ですよ。
 だのに波留は気の抜けた嗤いで自分の中にたまりつつある不満を、ガス抜きしようとしている。

 これ以外にも、勤務先のミズシマオートでも、桂(かつら、倉科カナチャン)だけは可南子が5年間の記憶を失っていることを知っているけれども、ほかの従業員には知らせていないし、こういう 「あいつは知ってるあいつは知らない」 みたいなことって、結構神経使いますよ。
 面倒臭いから全員に教えちゃえばいいのに、って思いますけど、行きがかり上そうなっちゃってる、という説得力は残されています。 管理人も知らないし。

 こういう目には見えないことが雪のように降り積もって、かなり鬱々とした気持ちになるはずなのに、波留はその気持ちをひた隠しにして、どんなところでも明るく、そして余計に元気にふるまっている。

 可南子のほうはというと、図書館での業務にネット予約、というものが導入されていたらしくて、苦労している模様。
 そんななか、失った5年間の出来事だけは把握しておきたかったのでしょう、過去5年の新聞収縮版をパソコンで見たりしています。
 そこに出てきた出来事、リーマンショックとか民主党が政権を取ったとか裁判員制度が始まったとか、結構重要なものもいくつかありましたが、最もショッキングなのは、やはり去年の東日本大震災でしょう。 かなり改竄された新聞紙面でしたけど(「東日本大震災」 という名称は、3月12日の時点ではなかったと記憶してます)、この記憶がすっぽり抜け落ちていて、これをあとから追体験するというのは、いったいどんな気分なんだろう。

 けれどもそちら方面の欠落を埋めようという努力はするのに、波留に関する記憶を、可南子は積極的に埋めようとしません。
 埋めようと思えば、自分の日記帳をいくらでも活用できるのに。
 5年前より以前から書いていたのだから、可南子が自分の日記帳を覚えていないはずはないですよね。

 このことも波留はどこかで、何気なしに傷ついてると思うんですよ。

 だのに彼はへらへら笑って、全然気にしてない、と可南子に意思表示する。

 この波留の思考形態は、波留の養父である小野寺昭サンによってこう解き明かされます。

 「波留はね、ずっと気を遣われて生きてきたんだよ。
 ほら、血が繋がってないじゃないオレたち親子って。

 …波留は、養子なんだよ。
 生まれてすぐに、家で引き取った。
 (暗い顔をする可南子に)ていう話をすると、そうゆう反応になっちゃうじゃない、みんな。
 当の本人は全然気にしてないのに。
 あいつはさ、気を遣われる苦しさっていうのかなあ、そういうのをずうっと感じて生きてきたんだよ」

 これは、5年間の記憶を失ってしまったときから自分が感じていたモヤモヤ感と、共通していたことに、可南子は気付きます。
 「優しくしてくれるのは、ありがたいんです。 うれしいんです、ホントに。
 うれしいんですけど、…優しくされればされるほど、それが、重く感じて…。
 申し訳ないっていう、気持ちになります。
 …
 気を遣われるのは、…つらいです」
 そんなことを可南子は、カウンセリングのお医者さん?に話してましたよね。

 「なんとなく、分かった気がします。
 お父さんと話してみて。

 どうして、私があなたと一緒にいたのか。

 想像はできるというか、理解はできるっていうか」

 そう言う可南子に、「気持ちはまだってことね」 と、またガス抜きのような笑いで応える波留。 でも彼の心の中は、かなり前進したという気持ちでいっぱいのはずです。
 「前向きに受け取っておくよ」。
 それが彼の、人生の処方箋なのです。

 あくまで前向きに。
 悪いことは考えない。

 でもそこには、やはり澱のように沈んでいく気持ち、というものがあるのです。

 可南子は昔の友人たちに誘われていた飲み会に出ることを決意します。
 そこで目にしたのは、(可南子の記憶の中では)前回会った6年前とは、まったく予想だにしない道を歩んでいる、友人たちの姿(約1名変化なしの人あり)。
 そこで厳しい会社経営をしている友人から 「つらい時には前向き前向きって言ってないと、やってらんないの」 という言葉を聞く可南子。

 おそらくこのとき、可南子は同じ 「前向き」 という言葉を使っていた波留が、実はとてもつらい気持ちを押し殺しているのではないか、と感じたんだと思うんですよ。
 このあと可南子は、「もう会わないほうがいいと思う」 という言葉を波留に伝えることになるのですが、おそらくそれはそう感じたことが理由だと思う。 冷たくて唐突な判断、ではない気がするんですよ。

 可南子の日記を再び読んでいる波留。
 それは、波留と可南子が一緒に暮らし始めたときの日記です。
 それは 「じゃあ、また」 という別れの言葉を口にする寂しさから解放された日。

 「でも、今日からは、同じうちで暮らすのだ。

 このうちへ、波留と一緒に帰ってくる。
 このうちで、波留の帰りを待っている。
 このうちで、波留が帰りを待っていてくれる。

 『じゃあまたね』 は、もう言わない。
 今日からはここで、『行ってきます』 と、『行ってらっしゃい』 を、
 それから、
 『ただいま』 と 『おかえりなさい』 を、
 波留とふたりで、言い合うのだ。」

 その日記を波留が読み終えたとき、玄関のチャイムが鳴ります。
 「ただいま」「おかえりなさい」 ではなく、ふたりが交わした会話は、「ちょっと、いいですか?」「うん」。
 切ない。

 そして可奈子の口から、先ほどの 「もう会わないほうがいい」 というセリフが飛び出すのです。

 「あの…もう、会わないほうがいいんじゃないかと思います」

 「え?」

 「それ言いに来ました」

 「なんで?」

 波留は訳が分からない、というような感じで訊き返します。
 波留の心の底に澱のように沈澱していた気持ちが、掻き乱され始めたような感覚です。

 「職場に行ったりしたのが迷惑だった?」

 「そんなこと(ありません)」

 「じゃあ、オヤジがやっぱストレスだったとか…ハハハ」 この笑いも、先ほどの 「ためていく作業」 と同じ感じです。

 「そうじゃ、ないです」

 「じゃあ………どうして?」 波留は精一杯、平静を装いながら訊く。

 「やっぱり…記憶が…気持ちが戻らないの…戻るあてもないのに、ずっとこのままでいるのは……」

 「待つよ。

 オレは、いくらでも待ってるから。

 ゆっくりでいいって言っただろ?」

 可南子はそんな波留の、無理をして平静を装い優しくなろうとしている様子に耐えかねたように、訊き返します。

 「…なんでそんなこと言うんですか?

 もっと文句とか言ってください。

 嫌なんです、そういうのが。

 そうやって優しくされることとか、そういう優しさに気付いてもいなかったこととか、気付いてもなんにも出来ないこととか、…あなたに甘えてる自分、気持ちに応えられないことも、のんきに友達と飲みに行ったことも、…

 こうやって、いまもあなたを困らせてることも…。

 なにもかも…!」

 波留は震える可南子を見つめ、不意に抱きしめます。

 これはおそらく、いままで波留のなかで積もりに積もっていたモヤモヤしていた気持ちが、瞬間的に爆発してしまったものだ、と感じます。 どうしてそんな拒み続けるんだ、という怒りの気持ちも含まれている。 いままでゴミ袋をぶっ散らばしたときとか、何かというとイラッとしていた気持ちをぶつけたものだ、とも言える。
 そしてまるでさまよえる魂のような可南子の気持ちに対して、「おかえり、お前の帰る場所はここだ」 と示しているような抱擁である気もする。

 けれども。

 可南子は波留の抱擁を、強引に拒絶するのです。

 人には弱い心もあれば、強い心もある。
 でも自分が弱い気持ちのときに、優しくいたわられてしまうことで、また傷ついてしまう、ガラスのような脆さを持っています。
 自分は強い心を持ってるよ、気を遣わないで、という気持ちがある。
 いっぽうで甘えたい、優しくされたい、と願う心もある。
 波留と可南子には、同様の心模様が、渦巻いているのだと感じました。

 ん~、濃いぞ、いきなり(笑)。

 こーゆーのを待っていた(笑)。

 倉科カナチャン横恋慕エピは要らないぞ(笑)。

 この路線でやってってくださいまし。

 以上。

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コメント

 リウ様、「流れ星」の頃に何回かお邪魔をしてその後も毎日楽しみに読ませて頂いております。
「もう一度君に、~」のレビューはなさらないかしらと思っておりましたが、やはり竹野内さんのドラマは心にぐっと来るものがあり、リウ様の感想が聞けてとても嬉しいです。

 突然の出来事に普通はおろおろとうろたえたり怒ったり落ち込んだりするであろう波留の立場ですのに、彼は優しく可南子を見守ります。それでも一人食事するシーンには(1話での愛妻弁当を病院から帰って食べるシーンも)彼の心がはっきりと表れています。竹野内さんのこういう演技好きです。

 明るく振舞っている波留にも生い立ちの部分で人には分らない辛かった思いがありそうですね。落ち着いたトーンで進むこのドラマ、派手さは無いけれど心に染みる作品です。主題歌の「ただいま」をじっくり聞いてみました。 歌詞がまさにこのドラマの「主題歌」足る所以で目の前に二人のシーンが浮かんで来るようです。

 ご無理の無い程度にレビュー書いて頂けたらドラマを見る楽しみが2倍にも3倍にもなります。(笑)

投稿: ゆみ | 2012年5月 5日 (土) 15時34分

ゆみ様
お久しぶりです。 コメント下さり、ありがとうございます。

いきなりでアレなんですけど(笑)、忌憚なく申し上げれば、今回のドラマ、「流れ星」 に比べるとどうなのかな、という気はするんですよ。

でも、自分も竹野内クンファンですし(笑)。

彼の演技を見ていると、何気ないところまでかなり考え込まれて演技しているところが見える。 コンビニ弁当を食べながら 「ん、うまい」 とか、その仕草のひとつとっても、大げさではなくて彼の人生の生き方から、もうそういう自己防衛本能が備わっている、というような演技の仕方をする。

今回のような、細かい心の動きを堪能できるドラマであれば、今後も自然とレビューが続いていく気がいたします。

ただ期待度が高いから、ちょっと辛口になってしまうときもあるかもしれません。 そのときはご容赦くださいネcatface

投稿: リウ | 2012年5月 5日 (土) 19時12分

リウ様、第3回のレビュー、読ませていただきました!
サブタイトル付け方も、リウ様のセンスが溢れていて楽しみの一つです。
強い心、脆い心。
3話の中で波留が可南子に向ける笑顔はどれも悲しくて切なくて。
見ていてとても辛くなってきます。
それでも一歩ずつ前に進んでいるんだ、と自分に言い聞かせて何とか気持ちを奮い立たせているのでしょう。
(ラストシーンまでは‥)
実際、可南子は自分の事で精一杯なのは当然のことで、
5年分の記憶を無くしたまま、元の職場で働き続けることは、
現実、自分に置き換えたらとても無理な話で‥
可南子のように、その仕事に対してよほど情熱がなければ出来ないことだと思います。
波留の気持ちも友人たちの話を聞かなければ解らないほど、
心に余裕が持てない状態なのでしょう。
それでも、思わず抱きしめてしまった波留の腕をとっさに振りほどく可南子の心理がよく解らず戸惑っています。

追伸:『閑話休題そしてお詫び』を拝見しました。
何だかとても申し訳けなくて‥
私はこの『もう一度君に、プロポーズ』や、『開拓者たち』など、
自分が好きなドラマのレビューを、いつも素敵な記事を書かれているリウ様に、
ダメ元くらいの軽い気持ちでお願いしていました。
もちろんリウ様の食指の動かないドラマレビューは望んでおりません。
私は竹野内ファンでもありますが、
気持ちを逆なでなど全くされていませんよ。
リウ様の記事はいつも優しさにあふれています(*^ ^*)

投稿: suica | 2012年5月 6日 (日) 21時43分

suica様
コメント下さり、ありがとうございます。

第3回のタイトルはそれなりに考えたのですが、第2回のタイトル 「下世話な話にならねばよいが」 というのは、そのまま自分の危惧を申し上げたものになりました。 ちょっとそれが、竹野内ファンをがっかりさせちゃったかな、ということを感じたのです。

「流れ星」 は演出がかなり緻密で、私のレビューもどんどん乗るタイプのドラマだったのですが、今回は結構語り口が大人しめ、という気はいたします。

だから 「流れ星」 とは味わいかたもちょっと変えなければならない気がするのです。 竹野内クンの演じる仕草のひとつひとつを吟味する、というような。

第3回ではそれに加えて、第2回では保留気味だった、可南子の心情までかなり切り込んだ感じで、レビューするほうも乗りました。

それで、波留も可南子も、お互いに強がって、「そんなに気を遣わないで、自分は強いから」、と意思表示はするけれども、その実、裏ではとても傷つきやすい、脆い心を癒されたくて叫んでいるのではないか、と考え、このようなタイトルになりました。

ただドラマの流れを見ていると、桂とか可南子の弟とかが、どうもありがちな方向にドラマを持って行っちゃいそうな危険性は、まだ感じる。

私も何度も打ち明けていますが竹野内ファン、ではあるのですが、やはりしがないドラマレビュワーですので、今後このドラマに対しての見解が揺らいでも、ちょっとご了承願いたいなー、と思うのです。

波留の、今までなんとなく笑ってごまかしてきた自分の中にあるイライラをそのままぶつけてしまったようなあの抱擁には、シビレました。

こういうドラマが、見たいんですよね。

「優しさにあふれている」 などと書いていただいて、恐縮です…。

投稿: リウ | 2012年5月 7日 (月) 10時16分

今期はドラマ見れてないですが、
面白そうですね。参考になりました。

投稿: 副腎ヘルス★吉野 | 2012年5月 7日 (月) 22時20分

副腎ヘルス吉野様
大人しめの作りのドラマではあります。
大感動、というほどには至らない気もいたしますが、よろしければご覧くださいませ。

投稿: リウ | 2012年5月 8日 (火) 14時23分

リウ様

お久しぶりです。
今クールやっと、ドラマ観てます。
「リーガルハイ」と「もう一度〜」。

もう一度〜の2回目で竹野内サンの表情がほとんど変わらないことにちょっと戸惑っていたのですが、3回目でこの男の懐の深さにしみじみして、子供じゃないんだからいちいち顔に出したりしない今回の演技にすごく好感を抱いています。

おっしゃるとおり、大感動はしないかもしれないけれど、そして大いに嘘くさいですが、もう一回夫婦じゃない状態に戻れる体験っていいな〜、程度の感動はもらえるような気がしてここからの展開も楽しみです。

私は、旦那さんへの横恋慕より、弟君の悪意の方がウザイ。男女の兄弟ってこんなもんじゃなかろう?

投稿: みり | 2012年5月12日 (土) 15時14分

みり様
お久しぶりです。 コメント下さり、ありがとうございます。

まだ第4回目は見ておりませんが、第3回ではこの弟君、竹野内サンが飲み会ではしゃいでるとこに偶然遭遇してしまう、という、ちょっとベタな展開でしたね。 こういう方法で弟君が竹野内サンへ反感を募らせてしまうドラマの方法論、こういう性格のドラマではあまり見たくないですね。 倉科カナチャンの横恋慕と同じで。 なんかドラマが、安っぽくなってしまう気がするんですよ。 竹野内サンと和久井サンの心理描写が秀逸なのだから、わざわざ下世話な展開にする必要ってないと思う。

竹野内ファンはますます彼の魅力にハマっていってしまうだろうなー、という作りではありますネ(笑)。

弟の山本裕典クンは、もしかしてお姉ちゃんが大好き?なのかも(少々危ない匂いもするような…)。

投稿: リウ | 2012年5月12日 (土) 18時07分

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