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2012年5月 5日 (土)

「梅ちゃん先生」 第5週 とりあえず、またしてもさらに性懲りもなくもう1週見た感想です

 先週、やっとなんだか仕掛けが動き始めた、と言って評価に価するレベルにまで到達したかに見えたこのドラマ、今週の設定はかなり乱暴で(爆)。

 学費を稼ぐために闇市で体温計を売り始めた梅子(堀北真希チャン)、ショバ代を払わなかったために問題となり、叔父の鶴見辰吾サンに助けてもらった際に飲まされたコーラに感激、折しもサッカリンを持っていた友人の手も借りて、ほかの友人が秋田の故郷でハナちゃんが病気だというのに汽車賃が払えず帰れなくて困っているのを助けようと、画策したのが 「コーラ作り」(笑)。

 は、話が突飛過ぎる(笑)。

 そして夏休みが終わってすぐに始まった試験で合格ラインに到達しなかった梅子は(医専というシステムが今年限りで、それに落第すれば確実にジ・エンドとなる)再試験をするも、その試験の途中に教室を抜け出し友人のひとりの婚活に(笑)首を突っ込み、教師から 「落第だ」 と烙印を押されてしまうのですが、友人たちのバリケード攻撃によってそれを阻止してもらうことができ、めでたく再々試験に合格いたしました、というお話。
 しかも最後っ屁のごとく、秋田のハナちゃんは牛だった、という笑えないオチ付きで(笑…っとるがな)。

 ただ(…って反旗を翻すつもりか…)。

 私はこのドラマを見ていて、「時代がアバウトだった」、ということを感じてしまうのです。
 医専の女学生たちがコーラ作りをするなんて、かなりあり得ない話ですよ、確かに。
 しかもそれって、もともとは梅子が自分の学費を稼ぐために出発してるのに、いつの間にか梅子の友人が秋田に帰る旅費の話で完結してしまっている。 …で、梅子、自分の学費を稼ぐとゆー話はどーなった?というツッコミ必至でしょう。

 で、その 「コーラ作り」 なのですが、これも 「酸っぱさが足りない」 からと言ってお酢を加えたり(笑)、色を代用品コーヒー豆から抽出しようとしたり、スンゲーいい加減な作り。
 こういうおままごとみたいなことがよく出来る、と呆れ果てるのですが。

 それを飲んだ警官やら友人やら鶴見辰吾サンやら、みんな揃って 「まずくない、うまい」 という感想を漏らすんですよ。

 これってかなり出来すぎた話のように感じる。 フツーの神経ならば。

 でも、当時の日本って、こういういい加減なバッタモンが跋扈していたような気は、するんですよ。
 何でもかんでも登録商標その他商業的な権利もすべてお構いなしで、商品もその名前さえもまがい物の品物が、出回っていた気がする。

 いまではどの商品も、かっちりとした開発技術によって生まれるものであり、当然マーケティングとか抜け目のないシステムが出来上がってるけど、当時はそんなもの自体がない。
 それは、確かに雨後のタケノコのようであったけれども、それ自体に庶民のパワーを感じさせる勢いというものがある。
 なにもかもシステム化されて安心安全が当たり前のようになっている現代の尺度から見るから、この 「コーラ作り」 がキテレツに見えてしまうのではないでしょうか。

 ま確かに医専の女学生がやるこっちゃないですが…。

 そして 「本当にあとがない」、という再試験よりも、友人の婚活のほうが優先されてしまう、というこの構造。

 それ以外でも、梅子はちゃんと勉強をしてるのか?という疑問がつぎつぎと湧いてくるようなドラマの流れなのですが、こぶ平チャンのナレーションで、見る側は梅子が、それなりの再試験に向けた勉強はしている、と判断しなければならないのです。
 ドラマの流れだけを見ていれば、確かに梅子は勉強とか再試験とかなんかどーでもよくて、まわりのことに的外れで不要なおせっかいをしてばかりいるように見える。
 でもそうじゃないことは、ちゃんとドラマを見ていれば分かる。
 朝ドラに関して、かなり的の外れた批判が多いことには閉口します。
 ちゃんとみんな、見てないんですよ、よーするに、朝ドラなんか、時計代わりだから。

 で、冒頭に書いた展開が許されてしまう当時の再試験制度って、やはりこれも 「アバウトだなぁ」 と感じる。
 話がアバウトなのではなく、そういうこともなあなあで許されてしまう、時代の雰囲気がアバウトだ、と申し上げたいのです。

 これって確かに、一般教養課程だからこういうアバウトも許される、という気もするんですけどね…。
 これが実際に人の命を左右する実習段階になったら、こんなことは許されない気がする。

 もともと梅子のような劣等性が医者になるために作り手が編み出した方法が、医専の受験合格ラインが戦争の影響を受けて低くなった時期のものであった、ということに加えて、梅子たちの学年で医専そのものが消滅し、次の学年からはきちんと大学に通わなければならない、というぎりぎりの設定をしたことだと思われます。

 つまり梅子たちは、ゆとりが認められていた最後の世代、ということになる。

 だからこそこういうおっとりでマヌケでい~かげんなキャラでも医学生として成立している余地が残されている。

 そんなアバウトが許されていた梅子が、自分の落第(すなわち医者をあきらめる、という事態)もものともせず友人の婚活のために友人を説得しにかかる。

 フツーに考えれば、優先順位なんか、おのずから明らかですよね。

 でも梅子は、どこかで 「医者になれなければそのときはそのとき」、と考えているフシがある。

 追試中の教室から抜け出した梅子にとって、落第(=自分の医者の夢が断たれること)よりも、友人が幸せになることのほうが、大事なのです。

 しかしその思い込みは、常に常にちょっとずつずれている感も、無きにしも非ずなのですが(笑)。

 教室を飛び出した梅子がその友人に向けて放ったのが、「自分が幸せになっちゃいけないなんて考えている人が、他人の病気を治して幸せになんかできるはずがない」、というセリフでした。

 このセリフ、梅子の姉のミムラサンに、職場でパワハラを続けている上司の平岳大サンに向けてのセリフでもある(これはドラマ的な構成のうえの話で、梅子は平岳大サンのことは知りませんけど)。

 平岳大サンが自堕落な生活を送るのは、戦争で死んでいった者たちのほうがよほど生きる価値があった、オレは幸せになる資格がないんだ、と考えていた故のことでした。

 同じように梅子の友人の西原亜希サンも、夫が戦地で死んだのに、新しい旦那を迎え入れるなんて、自分ばかりが幸せになっちゃいけない、と考えている故のことでした。

 でも、死んだ人のほうが生きる価値のある人間だったとか、自分ばかりが幸せになるのは申し訳ないとか、そうじゃないでしょ、と梅子は考えるのです。

 これは去年の東日本大震災で、家族や知り合いを亡くした人たちに向けたメッセージでもある、はず、なんですが…。

 …。

 こういう 「なんじゃコリャ」 みたいなシチュエーションで、こういう重要なメッセージが伝えられても、届いて欲しい人に届かない可能性って大きいような気が…。

 このドラマがどうして戦後でなければならなかったのか、というのは、戦後の焼け野原と被災地の風景とを作り手が同一視しているところから生まれている、と私は感じます。

 でも話が突飛であればある程、伝わらなければならないメッセージも伝わっていかない、というもどかしさも、感じてしまうのです。

 ただ救いなのは、このドラマ、視聴率だけはいい、ということです。
 伝わってほしいメッセージは、伝わっているのではないか、という一縷の望みも、感じることは事実です。 ドラマの良し悪しじゃないんだろうな~、こういう場合。

 私は去年の 「江」 に感じていたのと同じように、劣等生どうしの共感で、このドラマを見続けていくことになりそうです。

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コメント

リウ様、こんばんは。
東北訛りの江美ちゃんが見舞いに行った、幼馴染の「ハナちゃん」が、実は牛だったオチ。

「やっぱり其処かよ!!」と、ツッコミを入れつつも「梅ちゃん先生」しっかり視聴しておりました。

此処で一席。
「梅ちゃん先生」と掛けて「笑点大喜利」の林家木久翁師匠と解く。
其のココロは、何方もツッコミ入り捲り。
『屋根から落っこちた』『ヤーネー』

何故に、こんな話を持ち出したかと言いますと、『梅ちゃん先生』を視聴する際、上記のノリで楽しませようとする、制作サイドのコンセプト? に気付かされたからです。

NHKの番組に『日本の話芸』というのが御座いまして、東西の話芸名人による、通好みの達者な噺や講談を毎回披露しており、木久翁師匠等笑点メンバーも、此の列で様々な噺を語っております。
其の一方『笑点大喜利』では同じメンバーが、分り易くオバカなノリで、観客からツッコミを入れられつつも楽しませる。

然れど、何方も同じ話芸である。その懐の深さを、朝ドラで再現しようとしているのでは? 例えれば……、

『カーネーション』は『日本の話芸』
『梅ちゃん先生』は『笑点大喜利』

プロレスならば、猪木と馬場の全盛期。
よしもとならば、ダウンタウンと新喜劇。

と言った処でしょうか。

戦前戦後をモチーフにしたドラマであるものの、前者で高くなった敷居と狭くなった間口を低く広くする為、後者が取った手段は、とことんシンプルに且つ、ベーシックな部分で外し捲くって、視聴者の耳目に違和感を持たせ、注目を集める。

其のような制作サイドの、強かな計算も感じられます。しかも子どもや高齢者等、幅広い層に分り易くて視聴率も良い。

ヤフー感想欄での肯定側、否定側両方の意見が噛み合わないのは、このドラマを楽しむコンセプトが異なっているからでは……。

何時に無く、多弁となってしまいました。

梅子台風、周囲の人々を愛の嵐、人生の嵐に巻き込んでおりますが、本人の周囲はピーカン状態。自分の地域も、先程揺れました。

投稿: M NOM | 2012年5月 5日 (土) 19時40分

M NOM様
コメント下さり、ありがとうございます。

ハナちゃんハナちゃんと言いながら、ハナちゃんの具体的な説明がなされないので、「牛か?」 などと考えていたらそうだった、というのが、木久翁師匠のワンパターン芸と共通していた、という考察は、いつもながらかなり鋭いですね、M NOM様。

このドラマ、実際、軽い感じで見てると 「しょーがねーよな~」 とか 「あり得ないし」 みたいな感覚でへらへら笑えたりします。

そうやって軽くへらへら笑っていれば楽しめる罪のないドラマに過ぎない、と感じます。

へらへらと笑いながらも、たま~に繰り出される真面目なメッセージがだからこそ効果的にこちらの心に響く。
そんな構造のドラマなのではないか、と。

さしずめ梅子は、「与太郎の女の子版」 ということになると思うのですが、与太郎と違うのは、あくまで彼女、「かわいい」、という点です。

カワイイのに、いつも何かちょっと足りない。

足りなそうに見えるからこそ、ヤフーでも 「勉強そっちのけでいろいろやりすぎる」 と批判されたりするのでしょう。

ヤフーの感想欄、いったん気に入らないと見ると、もう 「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」 とばかり、実に細かいところまであげつらって批判しようとする。

こういうのを、揚げ足取り、と言うのだと思います。

そのあげくに、製作側の事情にまで下らぬ詮索を入れまくる。
どこまでクサせば満足するんでしょうね。

ただ確かに揚げ足を取られるほうが抜けベンベンなのだから、仕方がないと言えば仕方がないのですけどね。

でも抜けベンベンを武器にしているとしたら。

こりゃもう、受け手の心の広さだけが問われるわけですよ。

まさに 「大喜利」 をどう楽しむか、という方法と似ています。 M NOM様の慧眼には敬服いたします。

「大喜利」 って、「つまんない」 と言ってしまえばそれだけの芸なんだと私は考えています。 裸の王様にも似ている。
でも見る側は、ある程度のお約束を念頭に入れながら、楽しんでいる。

こぶチャンがナレーションをやってるのも、実はそこんところを製作側が意識しているのではないか、と思えてまいりました。

投稿: リウ | 2012年5月 5日 (土) 22時00分

「大喜利」を楽しみに見ているならそれもわかります。
でも、相手は「朝ドラ」なんですよね。

「ちりとてちん」が落語を取り入れてそれなりの成功をしたので、リウ様の言う手法もわかるのですが、今回ばかりは「穿ちすぎ」の印象があります。
そも、そこまで制作側は考えてないと思います。

Yahooの感想欄、「江」以来久々に見に行きました。リウ様のおっしゃることももっともと思いました。
でもやっぱり、私も☆一つしか差し上げられないですね。イヤ、差し上げたくないから感想も書けません。
もう、今週からは見ていません。twitterからだけ、情報を吸い上げています。

何度も何度も考えたのですが、震災復興とこのドラマの接点は、ことが起こった後の荒廃した風景以外、何一つ見つけられませんでした。

投稿: samantha | 2012年5月 6日 (日) 01時09分

samantha様
コメント下さり、ありがとうございます。

このドラマに真面目に向き合おうとすればするほど、限りなく失望するというのは、いたしかたのないことです。

それは 「江」 でも同様でした。

だったら何も考えず、へらへら笑って見てりゃいいのではないか、と私は思うのです。

この楽しみ方が大喜利に似ていると申し上げましたが、このドラマが大喜利そのものだと申しているわけではありません。

こういう、さほど質の高くない大衆演劇のようなドラマでも、こういうほうが見やすくていい、と感じるかたは、どうも大勢いらっしゃるようです。

「江」 も 「梅ちゃん先生」 も、おしなべて視聴率がいい、というのは、その事実を表わしている、と感じます。 それを衆愚とひとくくりにするには、少し躊躇がある。 質の良し悪しだけで論じられない世界、というものもあるか、と思うのです。

ただ私の場合は、「出来の悪い子」 を見ているような感覚(笑)。 そしてそんな出来の悪い子供が、イッチョマエの口を聞く瞬間を楽しみにしている、そんな感覚ではあります。

投稿: リウ | 2012年5月 6日 (日) 08時24分

これ以上書いて、リウ様に嫌われる前に、コメントするのを辞めようと思います。

ただ、

こうした状況を擁護するような発言をする人を何人も見ましたけど、そこまでこの国の人間の心は腐ってしまったのかと悲しい思いでいっぱいです。


いままでありがとうございました。
もう二度と、不愉快な思いをおかけいたしません。

投稿: samantha | 2012年5月 6日 (日) 22時16分

初コメです。
少し前にふらっとこちらにたどり着きました。
カーネーションの大作を少しずつ読ませて頂いて、一人「あの場面をもう一度」状態で、とても幸せです。

この国の人の心はどうだかわかりませんが、事の本質を考えることをしない人はとても多い気がします。

「カーネーション? おもしろかったねー 梅ちゃん先生もおもしろいよー」という人が、身の回りにわりと多くて、ビックリです。何のこだわりもなく同じテンションで見れるなんて、私には信じられません。

ネットでは逆に、こだわり過ぎ?なのか、リウ様のいわれるような「揚げ足取り」だったり、批判の仕方が下品なのもあったりで、ドラマの感想を見ることもなくなってました。

リウ様のレビューは、思慮深いのにユーモアたっぷりで、目の付け所もよくて、いいと思います。(エラそうですみません)
劣等生目線のところが特に好きです。
なにより丁寧ですよね、レビューも、コメントされる方へも。

閑話休題のコメントで、「なんとか応えなければ」と書かれてましたけど、無理なく、変容?!なく、リウ様の感覚で続けて頂けたら幸いです。

…だったら、閑話休題の所にコメすべきでしたね。
こんなところに切り込んで、不愉快な思いさせたらごめんなさい。何分、新参者なのでお許しを。


投稿: アップル | 2012年5月 7日 (月) 07時47分

ヤフーの感想欄はホント…。「おひさま」の後半は批判されても仕方無いと思っていましたが、「カーネーション」終盤の深みを読み取る努力もせず掌を返して揚げ足取りに終始する人が多いのは辟易しました。

「カーネーション」の視聴者は1)朝ドラの枠を超えた本格大河として全体の構成や深みまで腰を据えて読みといた人。2)朝ドラの枠の中で上位として観ていた人。3)朝ドラは朝ドラと元から深く考えず観ていた人。4)挑戦的内容に最初からドン引きしていた人。といった感じ。アップル氏が仰っているのは概ね2)と3)の方ですね。

「梅ちゃん」の場合は「江」と似たスタンスでも大河ではなく朝ドラ枠な事。またリウ様の指摘にあるように主人公が劣等性で周囲にも、そう認識されている=分不相応にチヤホヤされていないので作品全体に「馬鹿な子ほど可愛い」なノリが生まれます(笑。「ゲゲゲ」の再放送と併せたBS枠や片岡さんや倍賞さんを起用してお父さんや叔父さんほど味のあるキャラになっていない等、視聴率稼ぎにあざとさを感じる部分もありますが…。

私自身は肩の力を抜いて、たまに観る程度で一週間の内容はこちらで確認する事にしています(笑。

投稿: 巨炎 | 2012年5月 7日 (月) 09時04分

samantha様
なんと申し上げたらいいのでしょうweep

私がsamantha様を嫌っているのではなく、私のほうこそsamantha様に嫌われてしまったようです…。

samantha様のコメントで不快に感じる、という感覚が私にはもとからないのですが、こういう場で議論をするのは却っていろんな考えもあるんだなあ、という感じで、面白くやり取りをしていました。

嫌われたのなら致し方ありませんが、「こういう考えの人もあるんだなぁ」 と思っていただきたい、と申し上げるしかありません。

ただ、心の腐った人間だと思われるのは、悲しいです…。

投稿: リウ | 2012年5月 7日 (月) 10時27分

アップル様
はじめまして。 コメント下さり、ありがとうございます。

もともと 「たかがドラマ」 という価値観の人はかなり多い、と申し上げてよろしいか、と思います。

だからいったんそのドラマを気に入れば、「カーネーション」 のレビューのようにとことんまでやってしまう私のブログというのは、とてもじゃないが主流になりえない気がしています。 「たかがドラマ」 に何でそこまでするのか、と。 「こだわりすぎ」 なんでしょうね、私も確かに。

比較的多数の人が、ドラマの内容よりも、視聴率を気にします。 ドラマの感想もありきたりで、視聴率がどうとかやっているブログのほうがアクセスがよろしいですから(おおっと辛辣だぞ…coldsweats01)。

本当に内容のいいもの、製作者の思い、情熱が大きいドラマでも、重苦しければ見る人は少ない。

「カーネーション」 はその枠を超えて受け入れられたほうだとは思うのですが、いかにこのドラマが優れているかまで思いが至る人は、比較的少数なのではないか、と感じます。 このブログの 「カーネーション」 のレビューに賛同のコメントをいただいたかたは、みな本当にいいものとは何か、を分かっていらっしゃるかただ、と思います。

ただ、「梅ちゃん先生」 を気楽に面白いドラマだと思って見ているのは、衆愚だとは言えない気がする。
そりゃ、世のなかもっと、見て意義のあるコンテンツは多いですけど。
本当にいいものを見極めているかたにとっては、もどかしいことかもしれませんけど。
お気楽なドラマを見たいという向きも、世のなかにはあるんだなあ、と。

そう考えれば、なんか自分の視野まで広くなる気は、するのです。

投稿: リウ | 2012年5月 7日 (月) 11時09分

巨炎様
コメント下さり、ありがとうございます。

「カーネーション」「梅ちゃん先生」 の視聴傾向比較についてはアップル様のコメント返信で書いてしまったので、別角度から…。

まあ私も、夏木編の第1週目には、がっかりのレビューを発信したひとりだったのですがcoldsweats01

「カーネーション」 を夏木編を含めてどう評価しようか、と私が考えるとき、このドラマのプロトタイプとなったであろう名作 「風と共に去りぬ」 を引き合いに出せば、「このドラマは50年後にどう視聴されるであろうか」 ということでしょうか。

おそらく50年後の未来でも、夏木編の失速感というのは俎上にあげられなければならない、とは感じます。
でも、今よりさらに高齢化社会であろう(50年ともなれば持ち直すかな?政治の役目かな?)人々の目から見れば、夏木編の重要性というのはかなり現代に比して真面目に考察される、と考えられる。

特に 「老い」 がもたらす 「残り少ない人生」 への切迫感、孤独感。

ややっ、「カーネーション」 のことを考えながら 「梅ちゃん先生」 を見るのはご法度です(笑)。

ただ、時には肩の力を抜いてドラマを見る心の余裕も、必要ではないか、と…confident

投稿: リウ | 2012年5月 7日 (月) 11時28分

本当にコーラ造りでの原料に驚きました。ヨードチンキまでありましたから。
コーラに必要な香料は高額になります。今、コーラを自作すると2万円かかるそうです。
お金がないのに無理ですよ。

投稿: 通りすがり | 2012年5月15日 (火) 09時56分

通りすがり様
コメント下さり、ありがとうございます。

このドラマ、いちいち設定が突飛過ぎるんですよね。 ヨーチンを入れるなんて、医学生が考えることじゃない(笑)。 いやそれ以前に、コーラを作るという発想が、完全に理解不能(笑)。

でもそこを笑える心の広さは、持っていたいものです。

投稿: リウ | 2012年5月15日 (火) 14時57分

はじめまして。
古い記事に失礼します。
「梅ちゃん先生 面白い」で検索したら4番目にあったのでふらりと来てしまいました。

朝ドラは今まで見たことがなかったのですが、昨年NHKオンデマンドで「おしん」を見てから「おひさま」→「カーネーション」→「梅ちゃん先生」と続けて見ています。

おしんを見た直後に、ぬるい内容のおひさまを見た時はツッコミ所多くてついて行けなくなってしまい最後まで見るのに苦労したのですが、梅ちゃん先生は単純に娯楽として面白いなと思っています。

ツッコミ所満載なのは、管理人さんと同じですごく気になる部分ではありますが、同じ「面白い」でも、梅ちゃん先生に関してはサザエさん等を見るのと同じようにコメディー的な面白さというか、個々の個性的なキャラクターと毎回15分間の間に何か事件が起こるので、毎回笑いながら飽きずに見ています。

最初は、もっと深みある内容で医者の苦労や患者との交流を描いたストーリーになるのかと想像していたので、医者としての心に残るエピソードがほとんどなく、お遊びで医者をやってるんじゃないかと思える甘さと恋愛や周辺の人間の巻き起こす出来事が中心の突飛な展開にイラっとしたこともありましたが、コメディ的な部分を楽しむものだと気づいてからはあまり気にならなくなりました。

ただ、タイトルが「梅ちゃん先生」なのだから、これから医者としての梅ちゃんがもっと描かれるのを期待したいですね…。
あまり苦労せずにトントン拍子に事が進んでいる感じがするので、当時の女性医師の苦労など事実を元にしたリアリティあるエピソードも見てみたかったかな…とは思っています。

投稿: レン | 2012年8月18日 (土) 14時30分

連続すみません。
上記で、「心の腐った…」とコメントあったので気になって…。

samanthaさんは、きっとこのドラマだけでなく現状の日本について色々と思う所があり、単純にこのドラマに対する考えを述べたのではないなと感じました。

だけど、1つのドラマに対して何を求めるかは、人それぞれで、シリアスで深みある物をみたいならそういった作品を探し当てて見ればいいので、このドラマはこのドラマで別ジャンルとして気楽に見ればいいのだと思います。

私は、海外ドラマや映画、ドキュメンタリーや歴史物など色々なジャンルのものを見ますが、全て使い分けて見ています。

コメディーを見ながら笑うことも、仕事で疲れた心を癒し、緊張を解きほぐす効果など、物語を楽しむ以外の良い影響を与えたりすることもありますので、samanthaさんのような、まるで楽しんでいる人間全て何も考えていないように決めつけて侮辱するのはどうかなと思いました。

最近はなぜ、ゆるい感じの内容のドラマや漫画などが人気があるのか、それは今の日本人は心身共に疲れている人が多く、家にいる時ぐらいは心を解きほぐすような癒し系のものを求めているからだとよく聞きます。

逆に景気のいい時期は、「おしん」みたいなものや、「家なき子」「この世の果て」「ひとつ屋根の下」等、アニメでも世界名作劇場のなど現実離れした苦労話など多かったように思います。

確かに、ドラマや映画の世界ではネタ切れで良いシナリオが書ける人が減っているという話も聞きますし、一昔前のように「道徳」を教えるような大人でも見れ、子供にも見せたい深みある内容のものが減ったのも事実だと思いますが、
単純に「腐った」のではなく、今人々が求めているものがそういうものなのかもしれません。

日本中が疲弊しきっているんでしょうか…。

「笑い」の癒し効果は、時として本当に、助けられることがあります。

投稿: レン | 2012年8月18日 (土) 15時15分

レン様
こちらこそはじめまして。 コメント下さり、ありがとうございます。

samantha様に関しては、私も苦い思い出です。

おそらく彼女は、もはやこのハンドルネームでネットの世界を旅していない、と思いますので私もレン様のコメントに忌憚なく返信いたします。
samantha様に対してはかなり失礼で出すぎたことをこれから書いてしまいますが、samanthaというハンドルネームを彼女がもはや使っていないと思われる(検索したけど出てこない、という程度ですが)ので、何卒そこのところを酌量していただきたい、と思います。

彼女は朝ドラ前作の 「カーネーション」 の熱烈なファンだった、と思います。 だからこの、何も考えていないような単なるコメディの 「梅ちゃん先生」 に対して、とても許せなくなったのではないでしょうか。

「カーネーション」 のころから彼女とのコメントのやり取りで私が理解していたのは、彼女は私が途中でリタイアした 「おひさま」 などに関してもきちんとその物語に最後までついていき、いいドラマだ、ということを認識していた、という点です。

正直に告白してしまえば、私は 「おひさま」 は最後まで見ようという気にはなりませんでした。

でも彼女が最後まで見ていたのだから、彼女にはこのドラマがいい、と思える点が確実に存在していた。

そしてもう一点確かなこと。

彼女は、過去に必要以上に人を傷つけ、その反省の念にさいなまれていた、ということです。 これはほかならぬ彼女自身が、告白してくださっていました。

つまり彼女には、いったん意見が相容れないと、世間全般の人間が腐っている、と思えてしまうほど、その対象となる人(あるいはモノ)に対して必要以上に攻撃を仕掛けてしまう傾向があったのではないか、ということです。

そのことを踏まえながら論じてしまいますが、人というのはやはり、過ちを犯しながら、重ねながら生きていくいきものである、と思うのです。

そして悲しいかな言えてしまうのは、世のなかにはsamantha様のような人もいる、ということなのです。

おそらく、の話で恐縮ですが、彼女はsamanthaの名前を捨て、自分がまた過去に陥った過ちと同じことを繰り返してしまったことに、またかつてと同じような反省をして苦しんでいる、と思う。

私は 「人と人とは本当は、分かりあえないのではないか」 という根源的な疑問にさいなまれました。

違う次元ですが、お隣の国との間にも、そうやってどうしてもわかりあえない気持ちというものが、存在しているのではないか、と悲観的になったりもいたします。

はじめてコメントを下さったレン様に、このような重たい話をするのは誠に申し訳なかったのですが、自分のなかでもかなり思いがたまっていたので、恐縮ながら吐き出させていただきました。

レン様のコメントは、私も多いに賛同いたします。 あまり根を詰めてドラマを見ていると、気楽なドラマというものをバカにし、低く見てしまう傾向に陥る。

でもドラマは、気楽に見ようとする人たちのものでも、あると思うのです。

投稿: リウ | 2012年8月18日 (土) 19時04分

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