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2012年6月23日 (土)

「もう一度君に、プロポーズ」 第10回(最終回) やさしさのかたち

 ドラマレビューを、再開いたします。 実質的に5月19日付 「梅ちゃん先生」 第7週レビューが最後でしたので、1か月ちょっとぶりのドラマレビューとなります。 いろいろと大変お騒がせし、ご心配をおかけして、申し訳ありませんでした。



 で。
 「もう一度君に、プロポーズ」 ですが。



 視聴率的にあまりイケてなかったとは思います。
 昨日の最終回も、おそらく裏番組の 「八日目の蝉」 映画版に関心をさらわれたことでしょう。
 なにしろ昨日は夜10時過ぎあたりから、、当ブログの 「八日目の蝉」 テレビドラマ版の記事(2年前)へのアクセスが、ハタラメッタラ多くて(笑)。 PCアクセスだけでも1時間1000件超えてた(驚愕)。

 視聴率争いをしている日テレやフジテレビだったら、こういう低空飛行のドラマはとっくに打ち切りで、詰め込んだような内容のものを視聴者にお出しするところでしょうね。
 けれどもTBSは太っ腹というか最初から諦めているというか(笑)、まるですべてを任したかのように、ドラマのスピードは悠然としたまま、最後まで変わることがなかったのです。
 今の時代、こういう局側の姿勢って大事だと感じます。
 結果結果って言い過ぎる。
 それで良質のドラマが、どれだけ駆逐されてるか。

 そんなこのドラマ。

 最終的に、悪人がひとりも出てこないドラマでした。

 途中まで唯一、可南子(和久井映見サン)の弟の裕樹(山本裕典サン)だけが、いけ好かないヤツのように思われていました。
 けれども結局彼も、死んだ父親から家のことを頼むと言われ、一家を支えていこうと決心したがゆえに、片意地を張っていた。
 それもこれも、家族を思うがため。
 要するに、優しいがゆえの、いけ好かなさだったんですよ。

 また、物語中盤に登場した、可南子の元カレ、一哉(袴田吉彦サン)。
 この物語の主人公、宮本波留(竹野内豊サン)にとって、強力なライバルになるか、と思われたのですが、この一哉もサバサバの権化で(笑)、実にいいヤツ。
 波留のパートナーで、波留との記憶をごっそり喪失してしまった可南子に対し、一哉は良き相談相手となるも、よりを戻そうとかひっかきまわそうとか、そういうドラマ的な意地悪をまったくしようとしない。
 最終回に、「オレってそういうドロドロしたの嫌いだから」 みたいなことを言ってましたが、まったく見上げた根性です。 裕樹が自分の姉ちゃんにはこの人しかいない、と考えていたのも当然でしょう。

 そして、波留が勤める自動車整備工場 「ミズシマオート」 の仲間、桂(倉科カナチャン)。
 彼女は波留にひそかな思いを寄せていたのですが、可南子がああいうことになって宙ぶらりんになっている状態の波留に、いったん接近しようとする。
 でも、桂も、自分の中にあるそんな 「イヤな自分」 と闘っていた。
 彼女は自分の波留への恋心を、「波留さんが私のことを一番弟子だ、と言ってくれた」 という、職務遂行上の満足と引き換えにして、解消しにかかるのです。
 優しいんだよなあ。 けなげだし。
 でも恋心って、そんなに簡単に解消する性格のものじゃないですよね。 ドラマはそこんところもちゃんと描写してくれていた。 作り手の仕事が、ていねいです。

 私はこういう人たちが出てくるのを見て、実に危なっかしいものを感じていました。
 つまり横恋慕とか取ったり取られたりとか、テレビドラマがよく陥る、下世話な展開が待っているのではなかろうか、と。
 でもこのドラマは、一貫してそんな下世話な方向には、行かなかった。
 却って私は、自分の下世話な勘繰りを反省してしまいました。
 テレビドラマって、自分の性格を映す鏡みたいなものですね。

 さらにこの桂を含めた、「ミズシマオート」 の従業員たち。
 全員が、見事なまでに善人で(笑)。
 あまりに人が良すぎて、なんかウザいくらい(笑)。

 ミズシマオートの社長、光石研サンは、だからこそ、かねてから自分一代でたたもうとしていたこの整備工場を存続させたいという気持ちになり、波留に次期社長になるよう、依頼してくるのです。
 最終回、当然のように(笑)、優しい波留はこの要請を受諾します。

 可南子の職場である図書館の職員たちも、館長の杉本哲太サンをはじめとして、みんないい人ばかり。
 ミズシマオートの従業員も、図書館の職員も、互いに憎まれ口をたたくことはあっても、それが信頼関係の上のじゃれあいにとどまっている。

 可南子の母親である万里子(真野響子サン)も、物事の道理をわきまえた、実に前向きな生き方を貫いている女性でした。
 波留の養父・太助(小野寺昭サン)に至っては、人格者なうえにかなりの冗談好き。 これを息子の波留は嫌がることなく、家族どうしの気安さとして、微笑ましく受け止めていた。

 幼い頃に波留を捨てた、産みの母親の朝加真由美サンにしても、最終回で波留を産んだ時の年齢が15歳であったことが判明してびっくりしましたが、悪い人じゃなかったし。

 ここで気付くのは、このドラマの登場人物たちが就いている職業が、「他人のために何かをして喜ばれる」、という、基本的な仕事のありかたから逸脱していない職業だ、ということです。
 波留の自動車修理も、可南子の図書館も、朝加真由美サンが勤めていた花屋さんにしても。
 唯一、裕樹が勤めていた大企業だけが、不自然な競争意識のなかで神経がすり減っていくような仕事だった。

 肝心の主人公ふたりにしても、当然のようにお互いが、限りなく優しい。

 自分との記憶を失ってしまった可南子に対して、波留は気が変になるくらいのダメージをおくびにも出さず、それをひたすら受け止め、前に進もうとします。
 彼の行動規範にはやはり、自分がもらわれっ子だという幼い頃からの意識が、大きく作用していると思われる。
 怒りとか悲しみとかを、彼は表に容易に出さないのです。

 そして記憶を失ってしまった可南子のほう。
 彼女は記憶を失ってから、自分の夫に対して、ひたすら他人行儀になります。
 意地悪な私はこれを見て、「可南子って何か波留との5年間の暮らしのなかで、とても衝撃的なダメージを受けたことがあるのでは? その心的外傷が彼女を無意識にこういう行動に走らせるのでは?」 と考えていたのですが、ドラマ的にそのような仕掛けというものは、結局一切なかった。
 彼女は却って、その失ってしまった過去が、怖かったのです。
 彼女は波留との生活を綴った自分の日記を読むことを、拒絶します。
 私と同じように、彼女は自分と夫との5年間の生活のなかで、何かとてつもない嫌なことがあったのではないか、と考えて、過去を知るのが怖くなってしまったのではないでしょうか。
 そしてそれを知ることで、もしかすると波留をも傷つけてしまうことになる。
 結局彼女の 「おそれ」 も、彼女の優しさから発露している。

 ドラマでは、「子供好きで子供が欲しかった可南子に対して、波留がその答えをはぐらかしてしまった」、という、ちょっとした仕掛けが用意されていたのみ。 それも早い段階で、その原因は提示されていた。

 結局このドラマは、大仰な仕掛けの乏しい、優しい人たちばかりのドラマだったのです。

 となると、そんなドラマっていったいどうなっていくのか。

 悪いヤツが出てこないとなると、ラストはどうやったってハッピーエンドになる可能性が、普通のドラマより格段に高くなる。
 作り手の心が優しいのが透けて見えてしまうから、波留と可南子はよりを戻すだろう、というのが想像ついてしまうんですね。
 「もう一度君に、プロポーズ」 して、「ダメだった」 じゃ話にならないでしょ(笑)。

 さらに優しい人が考えがちな、ドラマにとってのスパイスは、「人が死ぬこと」 くらいしかない。
 このドラマにとってそのスケープゴートとなるべき人物が、波留の父親・太助であることも、それで見えてしまう。

 そして先が見えてしまうことでドラマとしての面白味がなくなり、仕掛けもなく、もともとテンポがスローなことも相俟って、とても退屈なドラマになってしまう傾向に陥ってしまいがちになる。

 でも、私の見る限り、このドラマはそういう失敗をしなかった。

 それを回避するために作り手が採った方法。

 それは、方法としてはベタでありますが、「ひとつひとつのエピソードをていねいに作る」「登場人物の心理状態について限りなく深い設定を施していく」、といったことだったのではないか、と思います。

 竹野内豊サンの前作、「流れ星」 でも同様のことが行なわれていました。
 ただ 「流れ星」 のほうは格段に仕掛けの数が多く、ワルモノも結構出ていた。
 だからこそドラマとしての骨格が、かなりしっかりしていたように感じるのです。

 それに対して 「もう一度君に、プロポーズ」 の場合、「いい人」「優しい人」 だらけの設定の中で、どのように事態が変容しながら進展していくのか、ということに重点が置かれていた気がする。

 そしてそれでドラマは大人の視聴に耐えられる心理劇の要素を濃くしていき、金曜日の夜に腰を落ち着けて見ることのできる作品へと昇華していったように感じるのです。

 このドラマで重要だと思われるふたつの要素は、「優しい人」 が考えがちな、ふた通りのパターンの 「優しさの表現」 です。

 ひとつは、「相手のことを思いやって、傷つけないように気を遣う」。

 もうひとつは、「相手の気持ちを考えて、その人のためになるように行動する」。

 一見すると同じようにも思えますが、このふたつの使い分けは、とっても難しい部分がある。

 少しでもそのやり方を間違えてしまうと、相手も傷つき、自分も傷つく。
 そして相手も自分も優しい人間だから、傷ついた時のショックは双方ともさらに大きいものになるのです。

 可南子と裕樹の母である万里子は、裕樹が一家を支えるために身を粉にして働き、家に入れていた給料を、裕樹に内緒でそっくりそのまま定期預金に入れていました。
 それを知った裕樹はとても傷つきます(第8回)。
 これも、「お互いがお互いのことを考えているのに傷ついていく」 というパターンのひとつです。
 ただ真野響子サンはサバサバしたもので(笑)、そのことを機に、「子供たちが出ていったあと、この家も人手に渡すつもり、思い出は胸の中にしまいこんで、それを明日へと生きる糧にするのだ」、というポジティヴな考えを、可南子と裕樹に吐露していました。

 話は前後しますが、可南子は可南子で、同窓会で会った元カレの一哉とのことを波留に伏せていたのがばれてしまったときに波留から優しい言葉をかけられ、うずくまって泣いてしまいます(第5回)。
 可南子にとって夫の波留との記憶がない状態で会っていた元カレに対する気持ちは、かなり波留に対して後ろめたいものであったはずです。 だから可南子は波留にそのことを伏せた。
 そんな気持ちを波留が、さらに大きく包み込むように、すべて許してくれた。
 可南子は自分の感じていた後ろめたさや、自分の心のせせこましさ、いやらしさというものに、そのことで却って直面してしまったがゆえに、かなりのショックで泣いてしまったのだろう、と思うんですよ。

 これも、波留が 「なんでそんなことするんだよ」 とか責めてくれれば、いくらか可南子の罪の意識は軽減したかもしれない。
 波留にしたって自分の怒り(そんなものはそもそも波留にはないようにも思えるのですが)を心のどこかで押しとどめている部分がほんの少しくらいはあるだろうから、波留のなかにもちょっとしたストレスがたまっていくようにも見えるのです。

 これもお互いがお互いのことを思うがゆえに、お互いが傷ついていくパターンですが、それの究極は、やはり波留が可南子との離婚の決意をしたことでしょう。

 「一緒に過去を取り戻そう」 ということが、結局可南子に自分の気持ちを押しつけることになっている、可南子に結局負担をかけている、と考えたために、波留はそう決断してしまったのですが、この時点で可南子は、「自分がどうしてこの人を好きになったのか」、という原因を、ある程度つかみかけていた。
 だからこそ可南子は、波留のこの提案に、いたく傷つきます。

 結局可南子の心を後押ししていったのは、優しいまわりの人たちの、ちょっとした言葉の数々によって、でした。 太助が亡くなったあと、波留の身の回りの世話をそれとなく申し出る可南子。 予定調和のように(笑)、このドラマはふたりが大声で 「誓います!」 と約束を交わした、教会へとふたりを運びます。

 前向きに、過去と向き合おうと、自分の日記帳を徹夜で読んでいた可南子。

 「――幸せそうでした。 日記の中の、私――。

 不満とか不安とかもそれなりにあって、…百点満点には程遠い旦那さんだったみたいですけど――」

 波留は屈託なく、謝ります。 そんなところに躊躇がない、「こだわり」 のない男なのです。

 「スミマセン。

 でもありがとう」

 「えっ?」

 「うん、いや…。

 百点には程遠い旦那さんだったから、奥さんのこと幸せに出来てないと思ってたし――。

 そう思ってもらえたなら、嬉しい」

 なんで自分がダメ亭主だと理解してくれて、「うれしい」 と思い、「ありがとう」 なのか。

 つまり、一緒に再スタートを切るには、お互いの優しさに気兼ねして、本当のことを言えないのではダメなんだ、と波留が気付いたからなんだと思います。

 波留は 「相手のことを思いやって、傷つけないように気を使う」 優しさではなく、「相手のことを考えて、相手のために行動する」 という優しさを選んだ。

 「はい――」

 可南子はその優しさを、受け入れます。

 「幸せでした…。

 すごく幸せで…。

 だから(自分の記憶で)分かる範囲でいろんなとこに行ってみようと思ったんですけど、――そう都合よく記憶は戻らないですよね…」

 波留は可南子の中に芽生えつつある、それまでなかった 「意志」 を感じ取ります。

 「でも――可南子はその日記を読んで幸せだと思えたんだろ?」

 「――はい」

 「そんなふうに小さな幸せに気付ける可南子のことが――。

 俺は好きだ」

 ちょっと硬直してしまう、可南子。

 「5年後も、…10年後も、…その先も、平凡な幸せを一緒に迎えに行きたい――。

 だから、

 この先もずっと、

 ――俺の妻でいてくれないか?」

 心にまだ一抹の迷いを持ちながら、それに応える可南子。 「はい」。

 でも言った瞬間、度胸を決めた、というように、ちょっと軽く、微笑むのです。

 波留は静かにうなずくと、可南子からいったん預かっていた、結婚指輪を取り出します。
 黙ってそれを、可南子の左手の薬指にはめる波留。
 笑ってしまう可南子。 「フフッ、照れますね」。

 「ひとつ提案していい?」

 つられて笑いながら、波留は可南子に言うのです。

 「なんですか?」

 「敬語やめない?」

 「あっ…。

 …急には、なかなか」

 「じゃあせめて名前で呼んでほしい」

 「波留サン…」

 「フフっ。 ハハハ…。 『サン』 はいらない」

 「……波留……」

 また照れてしまう可南子。 「やっぱり急には…」

 いきなりここで、波留は可南子を抱きしめます。

 ドラマ中盤で、やはり波留が、可南子を抱きしめた時がありました。
 でもそのときの波留の気持ちは、事態が進展せず、なかなか思うようにならなくてイライラして、それを可南子にぶつけた形だった気がします。
 可南子もそのときは、自分の気持ちの中に波留がいないし、戸惑いのなかで波留を拒絶した。

 でも今回の波留の気持ちは、自分との付き合いをまた一から始めた、赤子のような可南子の初々しい気持ちに対して、いとおしさを感じたがゆえの衝動だったと思う。
 可南子は驚きますが、笑顔でそれを受け入れるのです。

 いつまでも離さない、という表情の、波留――。

 そしてふたりの新しい生活が、再び始まります。
 少しぎこちなさを残しながらも、幸せそうなふたりを、太助の写真が見守っている。
 泣かせます。

 そして6年後――。

 海岸で遊ぶ、ふたりの間には、男の子が。

 えらいベタな終わり方でしたが(笑)、こうでなくてはならんのです(笑)。
 優しい人たちの間で、優しい時間が過ぎていく。
 このドラマは大仰な仕掛けとかドロドロの展開を放棄した代わりに、このような 「小品」 として成立する道を選んだ。
 これを見る人たちは、自分の中にある優しい気持ちが、生きていくなかでいつの間にかささくれ立っていたことに気付かされます。
 そしてそれはこのドラマを見ることによって慰められ、「今のままの優しさでいいんだ、自分は今のままの優しさを持っていていいんだ」 という気持ちにさせてくれる。

 特別に、優れているドラマだ、と大手を振って言えるようなドラマではなかったかもしれません。
 でも、今みたいに人の心がささくれだっているときにこそ、こういうドラマは貴重だと、強く感じるのです。

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コメント

リウさま、レビュー書いてくださってありがとうございます。
最終回、私はもうはじめっからうるうるで、
レビューを読みながら、また感動を新たにしてました。

私も、意地悪に「なんかあったんだ、きっと」って思ってました(笑)
本人も気づいてないから、日記にも書けなかったような。
波留の優しさの奥にある孤独とか、考え方との距離を、
可南子はなんとかして
埋めたかったんじゃないかと思ってました。
その義務感の重さや自信のなさが、
波留に対する拒絶になってしまったとか。

本当にひたすらにいい人が丁寧に生きてゆくドラマでした。
自棄にならず、自分の内なる善を疑わず・・
と言ったら大袈裟ですが(照れ)
こういう生き方を夢見てたら、
いつか周りもそうなっていくんじゃないかって、
希望で胸があたたかくなりました。
それなりの時間がかかりますけど、
焦らずにゆっくりと、ひとつひとつ片づけていくうちに、
力がついていくものですよね。
本当に、素敵なドラマだったなと思います。

(いつぞやコメント欄でちらっと出ていた石立鉄夫さん、
若いころ殺人者というドラマに出てるんですが、
別人みたいにかっこいいです。
それから玉木さんの、セリフの語尾の息漏れは、
鹿男あおによしで、初めて見たときから、
私も気になってました。
でも、再放送でのだめを見たときは、
キャラが素敵だったので忘れてた。)

これからも、ブログを楽しみにしています。
心身ともに、無理をせず、
楽な気持ちで書きたいこと書いてくださいね。
私も、感謝の気持ちを忘れずに、読ませていただきます。

そら様
コメント下さり、ありがとうございます。

あ~なんか、ホッとしました(笑)。 ドラマレビューを再開して、アクセスはそれなりにあったものの、半日くらいコメントがないので、もう飽きられたかと思ってました(笑)。

それにこのドラマに対して、必ずしも肯定的な記事でもなかったですし。

でもこのドラマ、そんなに話題にのぼるようなドラマではなかったとは、正直に思うんですよ。
そんなに傑作じゃない。 先が読めまくりだし(笑)。

太助が亡くなってしまう前に、波留が野球のグローブとボールを探しに行って、それを見つけて戻ってくるまでの時間。
もう、見ている側には、すっかり分かってしまっている。
でも、それでも私は、泣けましたけど。 分かっているから泣ける部分がある。

こういう、「人の良心を安心させる」 ようなドラマというのは、震災からこっち、増税とか原発とかでイライラしてばかりの時代には、とても必要だと感じるのです。

だから、復帰第1号にこの作品を、選びました。

実はこの記事、ずいぶん前から書いていたものに、最終回を見てからの感想を継ぎ足して、全体的に仕上げたレビューだったのですが、途中でフリーズしてしまって(笑)。

気を取り直してもう一度書いたレビューです。

ところどころぎくしゃくしている部分もあるし、気負って書いている部分もあるか、と思います。
またエラソーな部分が揶揄されそうですが(笑)。

ところでセリフ語尾の息漏れ、「陽だまりの樹」 を見ていたら、成宮寛貴クンも、かなり重症(ハハ…)。

江口洋介→玉木宏→成宮寛貴ラインが完成した(爆)。

リウ様、はじめまして。
レビュー再開ありがとうございます。
そして再開の1回目に「もう一度君に、プロポーズ」を選んでくださいました。
私は、ドラマのテクニックなどよくわからない素人なのですが、
切ないけれど、心を癒してくれるこのドラマが好きでした。
「流れ星」のときに、リウ様のブログにたどり着き、
より深く「流れ星」を堪能することが出来ました。
今回の作品は、リウ様のレビュー魂を燃やすようなモノでなかったかもしれません。
それでも好意的なレビューをしてくださり、
嬉しく読ませていただきました。

一時レビュー中断されたときは、残念で堪りませんでした。
「言葉の暴力」はキツイですよね・・・。
これからも、ドラマ素人にもわかるレビューをお願いいたします。

リウさま「お帰りなさい!」(笑)

 レビュー再開してくださって嬉しいです。
「もう一度君に、~」地味なドラマでしたが私の心にはとても心地よい思いを残してくれた作品でした。

 優しい人しか出てこないドラマなんて嘘っぽいかもしれませんが現実が余りにもギスギスしている今、金曜日の夜、穏やかな涙が溢れてきて「次はどうなるんだろう」と次週が楽しみでなりませんでした。

 小さな家族の物語でしたが、「相手を思いやる心」や「親子の愛情」がストレートに表現されていて心地よかったと思います。 

 番組のファンメッセージも随分と沢山寄せられていますね。今の時代日本人が求めている「何か」がこのドラマの中にあったのではないかと思っています。

 それにしてもこのドラマは主役のお二人のキャステイングが全てだったのではないでしょうか?本当にお似合いのお二人でした。

かめの母 様
こちらこそはじめまして。 コメント下さり、ありがとうございます。

レビュー魂は、燃えました(笑)。

先が読める、スローテンポなドラマなのに、どうして(録画してあるほかのあまたのドラマより先に)見てしまうのか。
それを考えると、レビュー魂は燃えるのです(笑)。

そしてたどり着いた結論が、「このドラマは、人の中にある優しさを、安心させてくれる」 というものでした。

このドラマ、小野寺昭サン演じる、波留の父親や、ミズシマオート社長の光石研サン、そして図書館館長の杉本哲太サンが、自ら 「さりげなさ」 を演出しながら(笑)、文字通りさりげなく、主人公ふたりに対して、かなり重要なセリフを言うんですよ。

そして決まって、それを言ったあとに、「どうだ、いいことを言っただろう」 みたいな、一種の照れ隠しをする。

こうした、気取らないと同時に、すごく相手に聞いてほしい、相手の血となり肉となってほしい言葉を、この脇役の人たちは言いたくてしょうがない(笑)。

そして主役のふたりは、それをクレバーに咀嚼する能力に、とても長けている。

その小気味よさが、見ていて快感だったんでしょうね、このドラマ。

大声で 「このドラマは傑作です」 と主張することのない、とてもまっすぐな、いまの世の中ではバカにされそうな正直さを持ったドラマだった、と思うのです。

ゆみ様
コメント下さり、ありがとうございます。

結局一番振り回されていたのは、裕樹の恋人の市川由衣チャンだけだったでしょうか?(笑)

裕樹の最後に出した結論も、「今まで曲がりなりにも付き合ってきて、それはないでしょ」 という気もするものでしたが、どうも私、人生もここまで生きてしまうと、「でも、若いからこそ、自分の決断が正しいと思っても、実は間違ったことをやってるものなんだよな」 なんて、鷹揚な目で見てしまうのです(笑)。

同じようなことが、波留と可南子にも言えるかと思う。

ふたりがどんな決断をしても、そこには 「最善」 というものは、そもそも存在していない、と思うのです。

話は全く違うほうに飛びますが、6歳未満のお子さんが脳死になって、移植手術が行なわれた、というニュースがありました。

そのお子さんのご両親の決断、というのは、どこまで行っても 「最善」 にはたどり着けない気がする。

そのご両親にしても、波留と可南子にしても、答えを最善にするには、これからの自分たちの生き方にかかっているのだ、という気が、とてもするんですよ。

同じケースとして考察するのは間違っているかもしれませんが。

でも、波留と可南子との間には、5年間の空白のあとにふたりで紡ぎ出した、「ドラマ」 がある。

可南子がもじもじしながらも最後にうなづいたのは、やはりその、記憶を無くしたあとに、自分の心の中に入ってきた、ゼロの存在の波留を、結局受け入れたからなのだ、と感じます。

ホントに、ほかのコメント欄でも書きましたが、私もゆみ様同様、「このふたりの組み合わせはドンピシャだな~」 と感じましたhappy02

はじめまして。
私は単純にこのドラマが好きで、特に最終回のリピが止まらない状態でこちらのサイトを拝見しました。
リウさんの分析に感動!!!
また、新たな視点で楽しめそうです。
ありがとうございます。

自称可南子様
こちらこそはじめまして。 コメント下さり、ありがとうございます。

そりゃ、あんな旦那さまから愛されてしまう可南子サンは、とてつもない果報者です(笑)。
リピしてしまうのも、おそらく波留の優しさに、いつまでも包まれていたくなるからなのだ、と感じます。

自分の言いたいことをぐっと飲み込んで、さらっと無邪気に受け答えしてしまう。
あんな男には、あこがれます。

いろいろと、よかったです。

みり様
そうですねー。 簡単なコメント下さり、ありがとうございますwink

前のコメントでは、ネガテイブなことを書いてしまいました。

リウ様のレビュー復活、おめでとうございます。
また楽しみましょう。

このドラマはなんとなく見逃してしまっていました。
リウさまのレビュー、みなさまがたのコメントを拝見して、ちょっと後悔・・・。

いまの世の中には、このようなドラマこそ、必要だったのかも。

もし再放送があれば、今度こそ見逃さないようにいたします☆

マーシー様
コメント下さり、ありがとうございます。

「義憤」 は、ネガティヴとは言わない、と思いますcatface。 個人攻撃用アニノマスみたいのが多過ぎて困ります(あ、アノニマスか?…笑)(サイバー攻撃してる連中です)。

このドラマは、せっかちで先読みして満足してしまう人向けではないようです(笑)。 マーシー様はいかが?

そしてやはり、主演のおふたりに好感を持っていないと、かなりどーでもいいドラマなような気がします(私もズケズケ書くなぁ…)。

でも、竹野内クンのいちいちの仕草には、男の私でも 「かっこいいなあ」 と思うことしきりでした。 大型バイク乗りまわしてるしhappy02

リウさんはじめまして。
ブログの終盤、私が感じたことや想いと同じ部分も多々あり・・・リウさんのとても素晴らしい(私が言うのもおかしいですが、ごめんなさい(--;)リウさん)
文章力がズシーン!と胸に響きまして、涙を流しながら読ませて頂きました。
何だか、人に自分の気持ちが伝わったかのような感覚で泣いちゃいました。
リウさん素敵なコメントをありがとうございます。
このドラマを見て私は心が温かくなりました。作りての方、演じる側の俳優さん女優さん・・・すべての方々の心が優しいからこそのドラマですよね。
たくさんの想いが詰まった作品で、出会えて本当に良かったと思います。
竹野内さん、和久井さんの表情に気持ちが表れていて、何も台詞がなくても感動しました。
リウさんのブログをまた拝見したいです。長々と申し訳ありません。

感動したからついコメントしてしまいました。ありがとうございました。

みさお様
こちらこそはじめまして。 コメント下さり、ありがとうございます。

かなり否定的な見解を書いて、竹野内ファンのかたがたの神経を逆なでしてしまったように感じるのですが、受け入れていただいてホッとしています。

特に私の心を癒してくれたのは、太助役の小野寺昭サンでしたね。
カープファンで、オヤジギャグが好きで、極度な照れ屋で。
自分の死期を悟って、生きているうちにしなければならないことを全部片付けていく。
飄々としているがゆえに、その寂しさを、ストレートに感じてしまうんですよ。
最期の瞬間も、見事でした。
太助が息を引き取る瞬間、物置の片隅からやっと波留が見つけた、くたびれた野球のグローブと、ボール。
子供の頃の記憶が、波留によみがえっていくのを、なんとなく疑似体験しているような気持ちになるんですよ。
「親父!」 と号泣することなく、ただ黙って、幼かったころの記憶が目の前の父親と共に、死んでいくのを見守っていた波留。

…イカン、書きながらまたウルウルしてきたぞ(笑)。

とにかく心の温かくなるドラマでした!happy02

おかえりなさいませ。
そして、ありがとうございます。

丁寧なドラマだと思いました。
ほんわりと、やさしくなれる脚本、演じる方々みなさんぴったりあってましたね。

薫子様
コメント下さり、ありがとうございます。

ただいま、と言っていいのかどうか…(笑)。 なにしろコメントに返信し続けておりましたので、休んでいるという感覚自体がありませんでした。 申し訳ないです。

このドラマは、奇をてらったところがなくて、見ていて安心してましたね(山本裕典クンのところ以外は…笑)。

リウさん。ドラマのレビュー再開、ありがとうございます。

心にジンワリ染み入るいい話でした。ドラマのロケ地になっていた北区の中央図書館は以前勤めていた会社のお客様がすぐ近くにいて、仕事帰りに利用していたもので大変懐かしく思って観てました。

リウさんが危惧されていた、ドロドロに陥らずあくまで2人の夫婦の再生の話に絞っていたため、優しい人々のあったかいドラマで、私もホンワカいたしました。
人の裏側や思惑が絡んだものがどちらかといえば、私の試聴ポイントになることが多い中、最後まで見続けたのは『人の善意』を安心して見せてくれたからだと思います。

確かにリウさん曰わく、傑作と言われるものではなかったかもですが、佳作だったんじゃないかなぁ
竹野内さん、和久井さんの魅力も再認識出来たし(*^_^*)

そして、レビュー再開の作品として選んだリウさんの心中も、なんとなく感じています。


実は、お休み中のささ様やマーシー様達とのやりとりを楽しく拝見させていただいてました(*^_^*)
大河ドラマ。多分初めての完走になりそうです。
子供の頃、嵌まっていた江戸川乱歩の世界観となんとなく同じ匂いを感じ、妖怪や物の怪の伝奇ものも幼少時から惹かれるジャンルだったせいかもしれません。

ところで、先日読んだ科学雑誌にとても興味深い記事がありました。
『記憶の書き換え』について
例えば酷く心を痛める経験、犯罪に遭った方の経験って忘れられない傷として何時までも苦しめられますよね。
そんな記憶は脳の海馬に刻印されて、ちょっとしたきっかけでフラッシュバックを起こし、同じ感情が沸き起こってしまう。
その伝達物質をブロックする薬がラットの実験で有効になったとか
ただ、特定の記憶にだけ作用する薬はまだ出来てないようです。
現段階では、激しい感情の噴出を抑えることは可能だそうです。
そんな薬があったら、、、、
なんだか精神が物質にとって替わることにもなるのかな…などと考えてしまいました。

これからもリウさんのブログ、楽しく拝見させませていただきます。
再開してくださりありがとうございます。

みち様
コメント下さり、ありがとうございます。

アレって北区の図書館だったんですか~。
わが街世田谷区野毛にも、野毛図書室というものがありますが、ずいぶん前に改築しておしゃれになったのはいいのだけれど蔵書がかなり削られて、すっごく不満なのです(笑)。 昔のほうがよかった…。 クラーイ学生時代は、よく通いました(笑)。 新聞収縮版を見てると、時間がたつのを忘れるんですよ(爆)。

先のコメント返信で取り上げた、太助(小野寺昭サン)が亡くなるところですが、あの場面、太助が楽しみにしていた、ツバメのヒナの旅立ちが、同時に描かれていましたよね。 竹野内サンがそれを見て、「親父が話してたツバメ、旅立ったよ」 と報告しようといそいそと、既に息を引き取った太助のいる部屋に行く。

前に書いていたグローブの件も相俟って、かなりそれまでにばら撒いていた布石を、回収しにかかっているシーンなんですよね。 すごく複雑にできている。

それを、さらっと見せてしまうんですよ、このドラマ。
じゅうぶん 「佳作」 の域はクリアしている、と感じます。

「平清盛」 に関しては、ちょっとレビューを書きたい衝動が、このところふつふつと湧き始めてきています(ハハ…)。

精神的に躁極性障害(躁うつ病を、最近ではこういう言い方をするそうです)の症状がある人を、新型のうつ病として考える向きがあるらしいですが、結構フツーになりますけどね、「いやなことをするのにはとても拒絶反応が起こるが、好きなことは喜々としてやってしまう」 なんて。

つまり、嫌な思い出に対する拒絶反応が、強すぎるらしいんですな、そういう人って。
だから逃避せずにはいられない。

ただ私の場合、「人間の記憶」 に関してはちょっと別方面のことを考えていて(笑)。

記憶というのは、自分が自分であるための道具にすぎない、と最近、特に思えてならないんですよ。

でも、自分は自分でなくてはならない、というのも、それも単なる思い込みなわけで。

なにが言いたいのかと申しますと(笑)、脳の働きがマヒしてしまった場合、人は仏教上の輪廻を繰り返す意味自体がなくなるのではないだろうか、ということなのです(あ~ややこしい…笑)。

見たことのない死後の世界について考察しているわけですから、かなり茫洋とした思いですけどね(笑)。

でも、死後の世界に於いて、自分がこのブログのような、「記録する媒体」 にめぐり会わなければ、死んでてもたぶん、かなりつまらない気がするのです。

「記録」 を 「記憶」 と置き換えてもいいのですが、私たちはこの世に生まれてきたときに、仏教摂理上説かれる、前世の記憶というものを無くして生まれてくる。

それって前世の自分の記憶が、「捨ててももういい」 と思えたからそうするのであって。

で、また一から国語も算数もやり直さなければならなくなるわけです(爆)。

ちょっと話がとめどなくなってまいりましたので、このへんで切り上げたいと存じます(スミマセン…)。

こういうことを考えてる私って、かなりヘンですよね?

リウ様、おかえりなさい!
レビュー再開一発目が『もう一度君に、プロポーズ』
本当に嬉しかったです。

“やさしさのかたち”の変化
、「相手のことを思いやって、傷つけないように気を遣う」
から
「相手の気持ちを考えて、その人のためになるように行動する」
やさしさのバージョンアップを遂げた二人は最強ですね。
本当に素晴らしい考察です。

可南子さんの元カレ、一哉さんの
「オレってそういうドロドロしたの嫌いだから」は
教会での感動シーン直後のセリフで、私、思わず笑ってしまったのですが、
リウ様の「まったく見上げた根性です。 裕樹が自分の姉ちゃんにはこの人しかいない、と考えていたのも当然でしょう。」
を読んでまたまた爆笑してしまいました。
リウ様のユーモアのセンス、最高です。

これからもリウ様のドラマレビュー楽しみにしています!


 一見すると同じようにも思えますが、このふたつの使い分けは、とっても難しい部分がある。

リウ様
申し訳けありません。
確認もせずに送信してしまいまいました。
お許しくださいm(__)m

suica様
コメント下さり、ありがとうございます。

いろいろと推敲しコピペしながら、送ってくださったんですネconfident。 気にしてません、とてもありがたいです~。

ただsuica様が取り上げてくださった袴田サンの部分、あまり読者の皆様を笑かそうと考えて書いた部分ではなかったのですがcoldsweats01、でもどんな部分でも楽しんでいただくのも、これもまた、ありがたいことですconfidentconfident

余韻がとても優しい気持ちなのも、このドラマの特徴ですよね。
「あ~面白かった」、ではなく、「いいものを見させてもらいました」。

今考えてみれば、単純そうな話なのに、味わうべき部分がとても多かったと感じます。
特に竹野内サンの演技は、波留の気持ちをとてもよく表現できていたな、という感じ。
戸惑いとかあきらめを笑い飛ばしてしまうところとか。
ニュートラルであそこまでの演技を竹野内サンができるのは、見る側に伝わりにくい気もするけど、もっと深化してほしい部分だと感じます。

リウさん。こんばんは
『閑話休題』のコメント欄がすごいことになっているので、こちらでコメントさせてください。

『平清盛』
深い考察もようせんので、感覚的な感想で恐縮ですが、清盛が薄皮を剥ぐように漢になっていっているようで、私は結構熱い涙をホトホトとこぼしながら見ております。
リウさんのレビュー欲が触発されてきてるようで、角度の違う感想をお聞きしたいと思っております。

また『リーガルハイ』は、老人に向かって機関銃のごとく吐き出された堺さんのセリフに魂をもってかれました。
軽い衣を纏いつつ、その本質は刀の切っ先にも似た鋭さで、私、ワナワナとふるえておりました。堺さんの唇から血が滲んでいたのは、演出でしょうか?それとも、魂を込めたが故のほとばしりの一端だったのでしょうか。
いまだに、思い出すと恐ろしい。恐ろしくて泣ける。

そうそう。
前世の記憶について、ですが
長女が2歳の頃、お風呂に浸かってあれこれお話ししていたら突然、自分がお腹の中にいたときのことを話し出してビックリしたことがあります。私と旦那の会話を聞いていたこと、突然お腹が割れて〖帝王切開だった〗怖かったこと。
もしかしたら、前世の記憶も私が聞き出せば話してくれたかも
4歳の時にもう一度聞いたら、???の顔であぁ忘れちゃったんだなぁ でした。

みち様
コメント下さり、ありがとうございます。

「閑話休題」 のコメント欄は、飽和状態です(爆)。
パソコンやケータイスマホの設定次第では、とても最新のやり取りに辿り着くまで気が滅入る展開になってしまっていると思います。 お詫び申し上げます。

「平清盛」 に関しては、さほど目新しい感想は私の中にもないと思うのですが(笑)、とりあえずこの多忙状態をなんとかしなければ、ちょっとレビューにまで到達できないことを、ここでまたお詫び申し上げます。

と言いつつ、コメントには返信している私ですが(ハハ…)。
コメント返信は、やはり最優先にしたいものですから…。

「リーガル・ハイ」 の堺サンの火を吐く長ゼリフ、実はあそこまで言っていながら、古美門先生はあの感情の爆発でさえ、老人たちを説得させるための道具としかとらえていない部分も見受けられる、ということが、「恐ろしさ」 のほんの一端だと感じています(あ~、先のささ様への返信と共に、レビューしたい内容を次々この場で書いてしまっている…笑)。

「前世の記憶がない」 ということについては、そうでもしなきゃこまっしゃくれた理屈っぽい老人みたいな子供ばかりになってしまうだろう、という点で(笑)画期的な輪廻の方法ですが(笑)、もし自分があの世に行って、「また生まれ変わりたい」 と思ったときに、今生きている記憶を失ってしまうことの葛藤というものは、絶対にあると感じるんですよ(あ~また、話があられもない方向に…笑)。

今生きている記憶なんかどうでもいいと思える日が、自分が死んでしばらくしたらやってくるのかな。
そんなことを考えると、なんか悲しくて(ハハ、変なの…)。

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BOOKS

  • マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 下

    マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 下
     1600ページも費やして、この上下巻はまだ彼らのデビューまでしか書かれていない。 3部作計6巻のうち2巻に過ぎないのだ。 なんと気の遠くなるような作業なのだろう。  本書はビートルズを語るうえで孤高の一作となるはずだ。 虚飾をすっかり剥ぎ取った、20世紀最大の奇跡に潜む真実が、これを読めば理解されるはずである(当ブログ紹介記事より抜粋)。 本書下巻では、1962年のレコードデビューまでが書かれています。

  • マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 上

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     1600ページも費やして、この上下巻はまだ彼らのデビューまでしか書かれていない。 3部作計6巻のうち2巻に過ぎないのだ。 なんと気の遠くなるような作業なのだろう。  本書はビートルズを語るうえで孤高の一作となるはずだ。 虚飾をすっかり剥ぎ取った、20世紀最大の奇跡に潜む真実が、これを読めば理解されるはずである(当ブログ記事より抜粋)。 この上巻ではビートルズの祖先から遡ってリバプールで人気に火が付き始めたところまでが書いてあります。

  • ポール・デュ・ノイヤー: ポール・マッカートニー 告白

    ポール・デュ・ノイヤー: ポール・マッカートニー 告白
    まず驚かされるのが、表紙のポールの写真です。 よくこんなのが採用されたな、というくらい、刻まれた年輪が顕著に分かる 「年老いたポール」。 飾り気のないその写真に、「素のポール」 をあぶり出そう、という心意気が見える。 そして実際、著者のその目論見は、成功しているように思えます。 何より大きいのは、「NME」「Q」「MOJO」 など音楽メディアで長年記者を務めてきた著者がポールと同じリバプールの出身者である、ということ。 さらにポールと同じファースト・ネームであること。 だからポールはまるで自分の分身に話しかけるかのように、時折同郷人にしか分からない言葉で気さくに著者に話しかける。 この本を読む者は、まずその 「不思議なリラックス感」 に包まれるはずです。  本の構成は大きく二つに分かれます。 前半ではビートルズからウィングス、ソロに至るポールのたどってきた長い長い歴史、後半ではポールの人格に迫る試みがなされていく。 そのインタビューは、一気に行なわれたものではありません。 著者がNMEの記者だった1979年のものから、明示はされていないがおそらく2013年、「NEW」 の発売前後が最新のものではないか、と思われます。 実際読んだ感覚では 「キス・オン・ザ・ボトム」 あたりが最新のような気もする。 その30年以上にわたる膨大なポールへのインタビューを、項目によって構成し直しているようです。 ですから、今年(2016年)亡くなったジョージ・マーティンについてのポールの見解であるとか、最新の情報が提示されているわけではない。 ポールの情報というのはこの歳になってもなお日々更新型ですから、その点については物足りなさが確実にあります。 さらに、30年以上というとポールのものの考え方にも変化変遷があってしかるべきだと思うのですが、30年以上をリミックスにかけているからその変化というものがつかめてこないもどかしさがある。 表紙を飾ったポールの 「老い」 という問題にも、この本はきちんと答えてくれているわけではない。 さらに言えば、ジョン・レノンの死について多くが割かれているのとは対照的に、2001年に亡くなったジョージ・ハリソンの死についての記述はない。 正直なところ、このような本を読み漁ってきた身としては、衝撃に値するような情報が書かれているわけではありません。 しかし前述したような、リラックスしたムードのなかでポールと語らっているような疑似体験を共有できる強みが、この本にはある。 この本全体に貫かれているのが、この心地よさなのだ、と思うのです。 その心地よさが乱れるパートがあります。 自身の失敗作、どうでもいい作品について語るときのポールは多分に感情的になりがちであり、イライラした様子を隠しません。 特に 「シークレット・フレンド」 を語るポールのくだりはポールファンなら一読に値する部分でしょう。 しかしそのイライラも、ポールの人間性が垣間見える瞬間としてこの本にとっては必要なパートなのです。 3000円以上と、この本は決して安くはない部類の本です。 ただその値段に見合うパフォーマンスは兼ね備えています。 この本と付き合った1か月足らずの間、心地よい体験をすることができました(アマゾンの自身のカスタマーレビューより)。

  • : レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]

    レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]
    全200ページ程度のボリュームのなかで、キャンディーズに関する特集記事は50ページ。 ただし、これが濃い。 全シングル曲、ほぼほとんどのアルバムの解説は当然として、彼女たちの芸能界における歴史から見た考察、コメディエンヌとしての彼女たち、DVD解説など多岐にわたり、キャンディーズが分析されています。 特に圧巻は、レア音源に関する記述。 ここまで調べている読み物には、個人的にはお目にかかったことはありません。 700円。

MUSIC

  • ザ・ビートルズ -

    ザ・ビートルズ: サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド(スーパー・デラックス・エディション)(4CD+DVD+BD)
    ロック界、いや、すべてのポップミュージックにおけるアルバムの中で史上最高と称され、すでに世界文化遺産の域にまで達しているこのアルバム。 そのアルバムの発売50周年を記念して、スペシャルエディションがリリースされます。 なかでもブッ飛ぶのがこのスーパースペシャルボックスセット。 CD4枚組であらたなリミックスのステレオ盤1枚、モノ盤1枚、初期テイク集が2枚、さらにブルーレイ1枚とDVD1枚で5.1サラウンド、ハイレゾ音源、ドキュメント映像 「メイキングオブサージェントペパーズ」 のデジタルリマスター等々、卒倒するようなラインナップです。 18、000円プラス税と値は張りますが、史上最高の名盤だからこそこれは買い。 5月26日の発売までに予約をしておけば、アマゾンならば値下がりした時に値段がそのあと高騰しても最安値で購入できます。 ビーファンならずとも、これは注目ですぞ!

  • 山口 百恵 -

    山口 百恵: ゴールデン☆アイドル 山口百恵(完全生産限定盤)
    全シングルA・B面プラスボーナストラック(「あなたへの子守歌」)を、山口百恵名義としては初のブルースペックCDとしてリリース。 音はいわゆるドンシャリ系ではなく、アナログ盤に準拠した原音に忠実な印象です。 パッケージングはアナログシングル盤サイズで中袋、CDを納めるケースが完全にドーナツ盤をイメージしています(よく言えば斬新…笑、悪く言えばチャッチイ…笑)。 しかしその発想は買える(笑)。 ほぼ原寸大のシングルジャケットと裏の歌詞カードの複製ブックレット。 ただスキャニングは欲を言えばもう一歩。 当時シングル盤を中心に聴いていたかたなら、この編集盤はかなりの 「買い」 です。 しかしこのジャケット表紙の写真、スッピン風で個人的にはすごく好き。

  • デイヴ・グルーシン&リー・リトナー -

    デイヴ・グルーシン&リー・リトナー: Two Worlds / Grusin & Ritenour
    NHK朝ドラ 「花子とアン」 で美人のスコット先生が夜な夜な歌い、チビはなチャンがすっかり覚えてしまったイギリス民謡、「ザ・ウォーター・イズ・ワイド(流れは広く)」。 このアルバムでルネ・フレミングが歌っていたのを思い出しました。 ルネのソプラノはけっして大袈裟でなく上品で、私のとてもお気に入りのソプラノ歌手ですね。 このアルバム自体は全体的にクラシックにギターのリー・リトナーが絡むフュージョンぽいものなのですが、故・黒田恭一サン評するところの、「大人が聴く音楽」。 胸を締め付けるような哀しみと、すべてを包み込むようないたわりに満ちていて、私の人生のなかでも最上位に位置する愛聴盤です。

  • 桜田淳子 -

    桜田淳子: ゴールデン☆ベスト 桜田淳子~シングル・コレクション
    彼女の活動期に発売されたシングルをすべて網羅したベスト盤。 確かに後年のものほど馴染みがありませんが、選曲漏れがないので、彼女の存在とは何だったのか自体に思いが至るベスト盤です。 音も楽器の音像がよくてなかなかいいマスタリングをしている気がします。 2600円程度で推移しています。

  • ザ・ビートルズ -

    ザ・ビートルズ: ザ・ビートルズBOX(限定生産品)(USBメモリ)
    パソコンにUSB端子があり(たいていついてると思います)、パソコンで音楽が聴ける環境をお持ちの人ならば、聴くことができます。 現在のテクノロジーで最もいい音質で聴ける、ビートルズの音楽です。 ただし国内版にもかかわらず、訳詞とか一切なし。 ジャケットもブックレットもパソコンデータ。 純粋に音楽だけ楽しみたい人向けです。 また、曲間にコンマ何秒かのブランクが入ります。 「アビイ・ロード」 のメドレーも同様です。 しかし、音はさすがに、すごい。 大きな音量であればある程、目の前にビートルズが迫ってくる勢いです。 ツヤが違います。

  • The Beatles -

    The Beatles: The Beatles [USB]
    こちら上記の海外版。 内容的には国内版とほぼ一緒なので、値段が安いこちらのほうがいいでしょう。

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