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2012年6月28日 (木)

ザ・ピーナッツの伊藤エミさん死去

【スポーツニッポン6月27日】 「恋のバカンス」「恋のフーガ」などのヒット曲で知られ、1960~70年代に一世を風びした双子姉妹「ザ・ピーナッツ」の姉、伊藤エミ(いとう・えみ、本名澤田日出代=さわだ・ひでよ)さんが15日、東京都内で死去した。 71歳。 愛知県常滑市出身。 死因など詳細は非公表。 葬儀・告別式は近親者で済ませた。 引退した75年以降は、公の場に姿を見せることはなかった。

 私の世代(1965年生まれっス)にとっては、ほとんど引退直前の記憶しかないザ・ピーナッツですが、彼女たちの歌には、後追いでハマっていた時期があり、今回の訃報には大変ショックです。

 私が子供時代ザ・ピーナッツについて持っていた印象は、「一昔前のオバサン」。
 「シャボン玉ホリデー」 での姿も数度見たことがある気がいたしますが、当時はクレイジーキャッツも、「一昔前のコメディアン」。
 実は同じ渡辺プロの後輩で、私がトチ狂っていたキャンディーズなどは、ザ・ピーナッツの正統な後継者という位置づけだった。 にもかかわらず、私は彼女たちにそんな 「古臭い」 印象を持っていたのです。
 同じように、私が当時夢中になって見ていたドリフターズも、言ってみればクレイジーキャッツから派生した、正統な後継者。

 つまり私は、ザ・ピーナッツもクレイジーキャッツも、大人になるまでそのすごさを実感できなかったのです。

 学術的に(?)当時の彼女、彼らのすごさを学んでいくうちに(テレビの懐古的な証言番組とか、よくありましたからね)、特に昭和30年代の歌に、とても衝撃を受けるわけです。

 クレイジーキャッツには、「金がなくてもそのうち何とかなるだろう」 という 「思想」 とか(笑)、「ホンダラダッタホーイホイ」 だけで成立してしまう曲には、かなりショックを受けました(笑)。
 なにしろ当時の私は、なんでも物事を深刻に考えてしまうタイプ。
 植木等サンのノーテンキぶりには、人生観を変えられました(ちょっと大げさが入ってます…笑)。

 ザ・ピーナッツの、とくに初期の曲には、さらにハマりました。
 古臭いのですが、それがスタイルとしてきちんと成立しているがゆえに、有無を言わさず聞かせてしまう 「風格」 というものが、彼女たちの歌にはあるのです。

 私がガキンチョ当時、双子デュオに対して持っていたイメージは、「こまどり姉妹」(笑)。
 リリーズもそうだったっけな~。
 そこからくるイメージは、「なんとなくダサい」。
 双子なんだから、上手にハモれるのは当たり前だろう、というクソ生意気な論理です(笑)。

 けれども彼女たちのデュオには、「同じ声でなければできないこと」 というチャレンジ精神が、常に見え隠れする。
 ユニゾンの時に見せる表情は、私が大ファンであるビートルズの、「ダブルトラッキング」 を連想させるのです。 ダブル・トラック・レコーディングというのは、1回録音したものの上に、同じ音程で歌を重ねること。 そうすることで、ヴォーカルにツヤが生まれ、引き立って聞こえるようになるのです。
 この 「新しい」 感覚は、リリーズにはないかな~(笑)。

 そしてザ・ピーナッツは、初期の歌ほど、さまざまな音楽のごった煮的な、コラボ感覚、フュージョン感覚がついてまわる。

 元々基本的な土台にポップスがあり、そこから派生的に、ジャズでもムード歌謡でも、カンツォーネでも民謡でも音頭でも、果ては東南アジア系の土人音楽(土人って、どうも差別用語みたいですが、私にとっては結構スタイリッシュなイメージですので御諒解のほどを)まで、なんでもこなす。
 音頭なんてものは、たぶん昭和30年代でも、じゅうぶんダサかったと考えられます。
 でも彼女たちは、ポップスの味付けでもって、それを若者に聴かせるような 「新しい音楽」 として、昇華させていった(まあ宮川泰サンとか、スタッフの功績が大きいですが)。

 ところがそれが、私が物心ついた時分(1970年(昭和45年)から1975年(昭和50年)あたりか)から、どことなく 「時代におもねっている」 ような感覚になってくる。
 時代を牽引するような勢い、自信に満ちていたものが、時代を追いかけているような感覚に変化していく(これは私だけの感覚かもしれません)。

 結果、私がガキンチョの頃に考えていたような、「ザ・ピーナッツは古臭い」 という範疇に、収まってしまったのではないでしょうか。

 ただ、彼女たちが引退した昭和50年を逆算してみたのですが、この時点で彼女たちは、34歳です。

 34って言うと、今じゃ出産も当たり前の若い年代ですが、当時としては、失礼ながらやっぱりかなりオバサンの部類に入る(まあ、小学校のガキにしてみりゃ、まわりはみ~んなオバサンみたいなものですが)。

 「大阪の女」 などは、これがあの最先端を行っていたポップス歌手が歌う曲か、と思われるほどの演歌調。
 「指輪のあとに」 とか、「さよならは突然に」 とか、なんかヤケに歌謡曲歌謡曲してしまっている。 「チャレンジ精神」 が彼女たちの歌を魅力的にしていたのに、なんか安全牌を選んでいるような印象。
 「浮気なあいつ」 も、確か当時すでにブレイクしていたキャンディーズの後塵を拝するような形の歌で。 「内気なあいつ」 の二番煎じか?みたいな(笑)。

 でも、ここまで書いといて、みんな好きなんですけどね(ハハ…)。

 ただやっぱり、「すごみ」 を感じるのは、昭和44年くらいまでの曲かな~。 曲自体が、巨大な実験場、という感覚があるのは、やはりその時代まで。

 ザ・ピーナッツと言えば、今どきの私より若い世代(私の世代も入るかな…私が古い曲を単に知ってるだけですから)「恋のバカンス」 とか 「恋のフーガ」、そしてオチャラケた向きには 「モスラの歌」 という曲くらいしか思い浮かばないのでありましょうが、「ウナセラディ東京」 とか 「可愛い花」(デビュー曲)、「キサス・キサス」 などは、「大人が聴くための歌謡曲」、という挑戦的な感じがするし、「南京豆売り」「今池音頭」 などは、美空ひばりサンの 「お祭りマンボ」「車屋さん」 に共通した、ミックスカルチャー的、ミスマッチ的な魅力にあふれています。

 言わば、J-POPのもっとも源流に存在している双子デュオ、と呼べるでしょうね。
 もっと再認識がされるべきです。

 謹んで、伊藤エミさんの、ご冥福をお祈り申し上げます。

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芸能・アイドル」カテゴリの記事

コメント

 多分彼女たち以上の双子デュオは、現れないと思います。とにかく、上手でした。とても残念です。

 

ささ様
コメント連投、ありがとうございます。

ザ・ピーナッツは、ステレオ録音で、ふたりの声が左右から出てくるようなことをやってました。 サイモンとガーファンクルよりかなり前のことです。
71というと、私の母親と同学年。 その点でもいろいろ考えさせられます。

ザ・ピーナッツは昭和16年生まれ。
ということは、ワタシの母と同い年。

71歳とは早すぎる死だなぁと思います。
75年当時の古本がうちに何冊かあるけど、
なぜか、ジュリーの記事のほとんどが切り抜かれている。謎なのは、伊藤エミさんとの記事が
ごっそり手元にない。
誰にあげたんだろう母は・・・

7、8歳の頃に引退し、結婚しているせいか
リアルタイムの記憶もないのですが
強烈な印象を残したのは「モスラの歌」

訃報を聞いてからずっと、この歌が頭をぐるぐる
回っています。
私にとって、ザ・ピーナッツ=モスラ です。

ラジオでも特集していましたが
「恋のバカンス」は、やっぱり、本家本元が
いちばんですね。いろんなユニットがカバーしたけど、彼女たちにはかなわない。

ジュリーとの間に一人息子がいること。
今日まで知りませんでした。

あみーご長嶋 様
コメント下さり、ありがとうございます。 いつぞやはお励まし下さり、重ねてお礼申し上げます。

お母様が私の母と同年代なんですか!
「モスラ」 の歌は私どもが子供の頃、よくテレビで映画が幾度となく繰り返し放送されてましたから、刷り込まれてますよね(笑)。 正確ではないと思いますが、そらでフルコーラス歌えますよ(爆)。 「♪モスラーヤ、モスラー、ドンガンカサークヤ、インドンムー…」(ハハ…)。

確かこの曲、インドネシア語だとかなんか、聞いたことがあるのですが…。

映画の中では、ふたりとも同じセリフをユニゾンで喋ってましたよね(笑)。

あみーご様のお宅にはなんか、ボーダイな資料が眠っているご様子ですね。 お母様も伊藤エミサンとジュリーとの結婚のときは、34歳くらいでいらっしゃったはずで、ひょっとするとジュリーのファンでいらしたとか?

彼女たちの引退は、思想的にも興行的にも、おそらく同じ事務所の後輩であるキャンディーズにも、大きなひな形として残された側面が大きいか、と感じます。 そしてその引退の流儀が、山口百恵に引き継がれていった。

潔い引退、という点で、一切あれ以来、お顔の写真も拝見したことがない、というのは、すごいと思います。

一度まとめてきちんと聞いてみたいなと思いつつ、
果たせなかったのが「ピーナッツ」。

ほんとにあか抜けていて、素敵な大人の歌を歌ってくれていました。
いまの歌謡会は、おこちゃまばかりで・・・。

リウ様、こんばんは。

小野ヤスシ氏、地居 武男氏等、テレビ画面で馴染み深かったコメディアン、俳優諸氏の相次ぐ訃報報道。時代が慌ただしく転換して行く気分を味わっています。

リウ様同様、自分にとってザ・ピーナッツは『モスラ』の小美人の役が印象強いですが、もう一つ『シャボン玉ホリデー』でハナ 肇氏と見事な絡みを魅せた、コメディエンヌ振りも忘れられません。

『お父っつあん、お粥が出来たわよ』
『何時も済まないねぇー』で始まる貧乏コント。
洒脱な雰囲気とは一転した、泥臭い展開。
其れでも、侘しさを吹き飛ばす「華」が、彼女達には有りました。

若いアイドル達に、此のネタを演じさせたら、多分器用にこなしてくれると思いますが、ザ・ピーナッツを上回る華やぎを、何処まで醸し出す事が出来るでしょうか?

お笑いにも気品を……は、ハードル高過ぎかな。

リウ様
こんばんは。
ザ・ピーナッツの認識は、私もリウ様とほぼ同じですが、「恋のフーガ」が流行っていたのは覚えています。でも、やはり、「モスラ」ですかねぇ。モスラの小美人、歴代のゴジラ映画の中でも何代か替ってますけど、あれだけ見事に「ダブルトラッキング」で台詞を聞かせてくれたのは、初代のザ・ピーナッツを置いて他にありません。

バブルの終ぎわにクレイジー・キャッツの再評価ブームが来て、その流れで、ザ・ピーナッツの初期の曲もよく耳にするようになったと記憶しています。後期の、いかにも歌謡曲チックなピーナッツからは想像もつかない、モダンな(本当にこの形容詞が似合いますよね)、楽曲、ハーモニー、アレンジは、その当時の基準から見ても、十分に新鮮でしたよね。

ご存知かもしれませんが、ザ・ピーナッツの二人は、ポールより一つ上、ジョンより一つ下なんですね。彼女たちが引退した75年、ポールは「Venus And Mars」を出し、ジョンは「Rock 'n' Roll」を出して長~いお休みに入った年です。こんな昔に引退して、人前に出なくなったにも関わらず、これだけ多くの人から親しまれ、歌い継がれているデュオは、今後も出てこないのでは、と思います。

リウ様、お久しぶりです。ブログ復活、嬉しいです。
先の私のコメントでリウさんを傷つけてしまったらごめんなさい。自分への戒めとして渡辺和子さんの言葉を書きました。

ところでザ・ピーナッツの「恋のバカンス」はロシアで大ヒットしたんですよ。先日も蚤の市でロシア人おやぢが「お前日本人だろ、これを聴いていけよ」と蓄音機で恋のバカンスをかけてくれました。丁度訃報を聞いたばかりの頃で、タイムリーなサービスでした。

動画でロシア版が聴けます。

http://www.youtube.com/watch?v=nBy5vMXmewc

ロシア人は日本語の発音が上手な人が少なくないです。

ウィキペディアによると、「当時のソビエト連邦国家テレビラジオ委員会(ゴステレラジオ、国営放送局)のヴラジーミル・ツヴェートフ東京特派員が本曲を気に入り、ソビエト連邦本国に持ち込み積極的に展開、人気歌手ニーナ・パンテレーエワが1965年にカニークルィ・リュブヴィー("Каникулы любви")のタイトルで大ヒットさせた歌詞はその後もリバイバルされ、ロシア人の中にはこの曲が日本で作られた曲であることを知らない者さえ居る程、現在のロシアでも世代を超えた有名曲となっている」だそうです。

ロシアで日本人歌手が公演する際や一般市民がカラオケを歌う時、恋のバカンスを歌えば大盛り上がり間違いなしです。私は出だししか歌えません。修行します。

マーシー様
コメント下さり、ありがとうございます。

昔の歌って、特にムード歌謡などは、ホントに場末の(笑)キャバレーとか夜のネオン街を連想させるものが多くて。 ザ・ピーナッツの 「ウナセラディ東京」 も、まさにその傑作のひとつ。

今、「大人が夜に聴く歌謡曲」、というものは、絶滅危惧種ですよね。 たとえあっても、メロディがよくない。

昔は 「いかに美しいメロディを創り出すか」、ということに、作曲家がしのぎを削っていた気がすごくします。 「青春の光と影」、「終着駅」、「夜霧のしのび逢い」。 氷山の一角ですけど。

今は、メロディラインがとてもぞんざいに扱われている情けない時代だ、と強く感じます。

M NOM様
コメント下さり、ありがとうございます。

訃報というのは、続きますよねー。 不思議なものです。

小野ヤスシサンと地井武男サンに関しては、ちょっとした記事をまたあらためて書くつもりです。

ザ・ピーナッツのコメディ路線、というのは、いったい彼女たちが元祖だったのかどうかは分からないのですが、「アイドルがコメディをやる」 やはりもっとも源流に属している気がいたしますね。

私が思いつく限りでは、江利チエミサンが 「サザエさん」 をやったのも、やはり同じカテゴリーなのかな、なんて感じますが、ちょっとなんか違うような気もする。

東京12チャンネルの 「ヤンヤン歌うスタジオ」 なども、アイドルがコメディをやるという点で先駆的ですが、「シャボン玉」 よりずっとあとだし。

キャンディーズがやはりコメディエンヌとしての路線をアイドルと同時に走っていたのも、ナベプロのなせる技という気がいたしますね。

Zai-Chen様
コメント下さり、ありがとうございます。

私の場合、ザ・ピーナッツの歌に接したのは、ちょうど自分がいい大人になってきた頃にNHKFMの 「ひるの歌謡曲」 で、かなり頻繁に彼女たちの特集を(一週間ぶっ通しで)やっていたのがきっかけです。 全部カセットに録音して、いい曲を選りすぐってベスト選曲を作りました(時代だなぁ~)。

「ひるの歌謡曲」 はあの時代、かなり 「使える」 FM放送でした。 どーしてなくなってしまったのか…。 今どきエア・チェックなんてまどろっこしいことをする人なんて、いないからかな。

小野ヤスシサンにしても地井武男サンにしても、うちの親たちと同年代なんですよ。 伊藤エミさんも同じ。 ジョンもポールもみんな同じ。
なんともいや~な感じがいたします。

「黄金期」 というものを知っている年代のかたが、次々にあの世に旅立つ時期を、迎えているのでしょうか。

トモコ様
コメント下さり、ありがとうございます。

いえいえ、とてもありがたかったですよ、トモコ様からのアドバイス。 気持ちの切り替えが、いつも必要なんですよね。 ネガティヴな気持ちの時には、ポジティヴに変えていかなければ。 

でもなかなか、人ってそういう切り替えが、うまくいかないものなんですよね。

だから、人生そんなもんだと考えることは、とても大事だと思います。 「気持ちを切り替えよう」 という強迫観念よりはずっと効果的。

ところでこないだ、ラジオを聞いていたら、「ロシア人はロシア民謡を知らない」 という、かなり衝撃的な(笑)話を小耳にはさみました。

「黒い瞳」 などは、フリオ・イグレシアスが歌ったりして、全世界的に超有名なロシア民謡なのに、ロシア人がだ~れも知らない、とか。

確かそれは共産主義下の、スターリンによる大粛清の影響で、民謡など昔の伝統的な音楽も否定された結果だったとか。

こちら日本では、学生運動華やかなりしころ、うたごえ運動のおかげでロシア民謡はかなりの数、知られていますよね。

私はその世代ではありませんが、叔父が買っていたポール・モーリアのロシア民謡選集なんかを聞き込んで、やはりかなりの数知っています。 「ヴォルガの舟歌」 とか 「カリンカ」 とか。

日本人は日本人で、あこがれの共産主義国ソビエトの民謡だから、喜々として歌ってたんですけどね(笑)。
当のロシア人(当時だから、ソビエト人?)は、禁じられ続けた末に、歌を忘れたカナリアになってしまっていた。

却って反体制の、ビートルズの歌などが、密輸されて地下でよく聞かれていたようですよ。 そんな番組を、NHKBSのドキュメンタリーで見たことがあります。

ザ・ピーナッツに関しても、日本人にとっては灯台もと暗しとなりつつあるんですね。

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BOOKS

  • マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 下

    マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 下
     1600ページも費やして、この上下巻はまだ彼らのデビューまでしか書かれていない。 3部作計6巻のうち2巻に過ぎないのだ。 なんと気の遠くなるような作業なのだろう。  本書はビートルズを語るうえで孤高の一作となるはずだ。 虚飾をすっかり剥ぎ取った、20世紀最大の奇跡に潜む真実が、これを読めば理解されるはずである(当ブログ紹介記事より抜粋)。 本書下巻では、1962年のレコードデビューまでが書かれています。

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  • ポール・デュ・ノイヤー: ポール・マッカートニー 告白

    ポール・デュ・ノイヤー: ポール・マッカートニー 告白
    まず驚かされるのが、表紙のポールの写真です。 よくこんなのが採用されたな、というくらい、刻まれた年輪が顕著に分かる 「年老いたポール」。 飾り気のないその写真に、「素のポール」 をあぶり出そう、という心意気が見える。 そして実際、著者のその目論見は、成功しているように思えます。 何より大きいのは、「NME」「Q」「MOJO」 など音楽メディアで長年記者を務めてきた著者がポールと同じリバプールの出身者である、ということ。 さらにポールと同じファースト・ネームであること。 だからポールはまるで自分の分身に話しかけるかのように、時折同郷人にしか分からない言葉で気さくに著者に話しかける。 この本を読む者は、まずその 「不思議なリラックス感」 に包まれるはずです。  本の構成は大きく二つに分かれます。 前半ではビートルズからウィングス、ソロに至るポールのたどってきた長い長い歴史、後半ではポールの人格に迫る試みがなされていく。 そのインタビューは、一気に行なわれたものではありません。 著者がNMEの記者だった1979年のものから、明示はされていないがおそらく2013年、「NEW」 の発売前後が最新のものではないか、と思われます。 実際読んだ感覚では 「キス・オン・ザ・ボトム」 あたりが最新のような気もする。 その30年以上にわたる膨大なポールへのインタビューを、項目によって構成し直しているようです。 ですから、今年(2016年)亡くなったジョージ・マーティンについてのポールの見解であるとか、最新の情報が提示されているわけではない。 ポールの情報というのはこの歳になってもなお日々更新型ですから、その点については物足りなさが確実にあります。 さらに、30年以上というとポールのものの考え方にも変化変遷があってしかるべきだと思うのですが、30年以上をリミックスにかけているからその変化というものがつかめてこないもどかしさがある。 表紙を飾ったポールの 「老い」 という問題にも、この本はきちんと答えてくれているわけではない。 さらに言えば、ジョン・レノンの死について多くが割かれているのとは対照的に、2001年に亡くなったジョージ・ハリソンの死についての記述はない。 正直なところ、このような本を読み漁ってきた身としては、衝撃に値するような情報が書かれているわけではありません。 しかし前述したような、リラックスしたムードのなかでポールと語らっているような疑似体験を共有できる強みが、この本にはある。 この本全体に貫かれているのが、この心地よさなのだ、と思うのです。 その心地よさが乱れるパートがあります。 自身の失敗作、どうでもいい作品について語るときのポールは多分に感情的になりがちであり、イライラした様子を隠しません。 特に 「シークレット・フレンド」 を語るポールのくだりはポールファンなら一読に値する部分でしょう。 しかしそのイライラも、ポールの人間性が垣間見える瞬間としてこの本にとっては必要なパートなのです。 3000円以上と、この本は決して安くはない部類の本です。 ただその値段に見合うパフォーマンスは兼ね備えています。 この本と付き合った1か月足らずの間、心地よい体験をすることができました(アマゾンの自身のカスタマーレビューより)。

  • : レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]

    レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]
    全200ページ程度のボリュームのなかで、キャンディーズに関する特集記事は50ページ。 ただし、これが濃い。 全シングル曲、ほぼほとんどのアルバムの解説は当然として、彼女たちの芸能界における歴史から見た考察、コメディエンヌとしての彼女たち、DVD解説など多岐にわたり、キャンディーズが分析されています。 特に圧巻は、レア音源に関する記述。 ここまで調べている読み物には、個人的にはお目にかかったことはありません。 700円。

MUSIC

  • ザ・ビートルズ -

    ザ・ビートルズ: サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド(スーパー・デラックス・エディション)(4CD+DVD+BD)
    ロック界、いや、すべてのポップミュージックにおけるアルバムの中で史上最高と称され、すでに世界文化遺産の域にまで達しているこのアルバム。 そのアルバムの発売50周年を記念して、スペシャルエディションがリリースされます。 なかでもブッ飛ぶのがこのスーパースペシャルボックスセット。 CD4枚組であらたなリミックスのステレオ盤1枚、モノ盤1枚、初期テイク集が2枚、さらにブルーレイ1枚とDVD1枚で5.1サラウンド、ハイレゾ音源、ドキュメント映像 「メイキングオブサージェントペパーズ」 のデジタルリマスター等々、卒倒するようなラインナップです。 18、000円プラス税と値は張りますが、史上最高の名盤だからこそこれは買い。 5月26日の発売までに予約をしておけば、アマゾンならば値下がりした時に値段がそのあと高騰しても最安値で購入できます。 ビーファンならずとも、これは注目ですぞ!

  • 山口 百恵 -

    山口 百恵: ゴールデン☆アイドル 山口百恵(完全生産限定盤)
    全シングルA・B面プラスボーナストラック(「あなたへの子守歌」)を、山口百恵名義としては初のブルースペックCDとしてリリース。 音はいわゆるドンシャリ系ではなく、アナログ盤に準拠した原音に忠実な印象です。 パッケージングはアナログシングル盤サイズで中袋、CDを納めるケースが完全にドーナツ盤をイメージしています(よく言えば斬新…笑、悪く言えばチャッチイ…笑)。 しかしその発想は買える(笑)。 ほぼ原寸大のシングルジャケットと裏の歌詞カードの複製ブックレット。 ただスキャニングは欲を言えばもう一歩。 当時シングル盤を中心に聴いていたかたなら、この編集盤はかなりの 「買い」 です。 しかしこのジャケット表紙の写真、スッピン風で個人的にはすごく好き。

  • デイヴ・グルーシン&リー・リトナー -

    デイヴ・グルーシン&リー・リトナー: Two Worlds / Grusin & Ritenour
    NHK朝ドラ 「花子とアン」 で美人のスコット先生が夜な夜な歌い、チビはなチャンがすっかり覚えてしまったイギリス民謡、「ザ・ウォーター・イズ・ワイド(流れは広く)」。 このアルバムでルネ・フレミングが歌っていたのを思い出しました。 ルネのソプラノはけっして大袈裟でなく上品で、私のとてもお気に入りのソプラノ歌手ですね。 このアルバム自体は全体的にクラシックにギターのリー・リトナーが絡むフュージョンぽいものなのですが、故・黒田恭一サン評するところの、「大人が聴く音楽」。 胸を締め付けるような哀しみと、すべてを包み込むようないたわりに満ちていて、私の人生のなかでも最上位に位置する愛聴盤です。

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    桜田淳子: ゴールデン☆ベスト 桜田淳子~シングル・コレクション
    彼女の活動期に発売されたシングルをすべて網羅したベスト盤。 確かに後年のものほど馴染みがありませんが、選曲漏れがないので、彼女の存在とは何だったのか自体に思いが至るベスト盤です。 音も楽器の音像がよくてなかなかいいマスタリングをしている気がします。 2600円程度で推移しています。

  • ザ・ビートルズ -

    ザ・ビートルズ: ザ・ビートルズBOX(限定生産品)(USBメモリ)
    パソコンにUSB端子があり(たいていついてると思います)、パソコンで音楽が聴ける環境をお持ちの人ならば、聴くことができます。 現在のテクノロジーで最もいい音質で聴ける、ビートルズの音楽です。 ただし国内版にもかかわらず、訳詞とか一切なし。 ジャケットもブックレットもパソコンデータ。 純粋に音楽だけ楽しみたい人向けです。 また、曲間にコンマ何秒かのブランクが入ります。 「アビイ・ロード」 のメドレーも同様です。 しかし、音はさすがに、すごい。 大きな音量であればある程、目の前にビートルズが迫ってくる勢いです。 ツヤが違います。

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    The Beatles: The Beatles [USB]
    こちら上記の海外版。 内容的には国内版とほぼ一緒なので、値段が安いこちらのほうがいいでしょう。

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