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2012年7月25日 (水)

「平清盛」 第24回 「清盛の大一番」(6月17日放送)を見て

 ひと月以上遅れのレビューが続きます。
 少々焦ってます(笑)。
 早く追いつかねば、先頭集団はすでに折り返し地点を過ぎコーナーポストを曲がって16馬身のリード(なんのこっちゃ)。

 で。

 前回叔父忠正(豊原功補サン)を斬った清盛(松山ケンイチクン)と、父為義(小日向文世サン)を斬れなかった義朝(玉木宏サン)。 まあ玉木サン、腰が抜けて結局父を斬れず、ほかの人に斬らせてしまいましたが。

 この回の 「対比演出」 は、この清盛と義朝の行く末がひとつ。
 そして、宮中で行なわれた相撲節会行事と、清盛の息子重盛(窪田正孝クン、「ゲゲゲの女房」 の水木先生のアシスタント、倉田役でしたね)(こないだドラマ 「走馬灯株式会社」 では、自分がさらわれてきた子だと知って自殺してしまう青年の役をやってました)(あ、自分はあのドラマはアレ一回きりでリタイアです)(暗いの好きじゃないんで)の婚礼の様子。

 最初の対比演出では、「清盛は身内を斬ったことで肝が据わり、さらに力をつけていくのに対して、義朝は父を斬れなかったことで自分の弱さに直面してしまい意気消沈してしまう」、という描写がされていました。

 そしてそこで、「清盛は父忠盛(中井貴一サン)に似ていき、義朝はうだつのあがらなかった父為義に似てくる」、という共通項を配してきた。

 こういう比較論法は、特に競争社会に身を置く人にとっては、実に身に迫る話であります。

 いつも人と比べられながら、他人からの評価にさらされながら生きていると、ライバルの浮き沈みにはかなり敏感になってくる。 正直きついっスよ。 心優しい人にとってはね。

 他人と競争していて、自分はなんでダメなんだろう、と考えるとき、「親のせいかな」 とか、「環境や今までの自分の生き方のせいかな」 と考えることは、よくあります。
 そして自らの葛藤のなかで、他人と競争することが、他人と切磋琢磨して互いに高め合うという意味ではなく、他人を蹴落としていく、という意味に、すり変わっていく。
 このドラマが歴史的事実を背景にしながら特に社会人に共感を得やすいのは、これを比較論法で効果的に見せている点に理由があるのかな、という気がします。

 ただし。

 清盛がこの回、九州地方の実権を握っていく過程で取った行動、というのは、ドラマ的には痛快に見えたけれども、実際によそからお仕事をもらってくる社会人の目から見れば(別にフツーの人でも分かる人は分かりますけど)、ちょっとばかりイージーの域を出ていない気がいたしました。
 というより、説得力にちょっと欠けていた。

 まず清盛は、大宰府役人の長である原田が、地方の豪族と結託して税金逃れをしている事実をとっさに見極める。
 そしてすぐさま自分たちのボーリョク的な駒である兎丸(加藤浩次サン)ら海賊の残党をあてがって、九州の実権を強圧的に握っていくのです。
 カンタンでいいなあ(笑)。

 まっとうなボーリョク組織であれば、ここでは兎丸たちは、それ相応の見返りというものを欲しがるものです。
 これって反社会的な描写が必要かもしれないけれど、そんなにしゃっちょこばる必要もないですよ。 兎丸たちに骨付き焼き肉とか食わせりゃよかったりする(笑)。
 いずれにしても私がここで感じたのは、「ここは平氏が九州で実権を握っていく過程なのだから、もうちょっと理詰めで見せてほしかった」 ということです。 要するにニコニコしながら原田をドーカツしました、ということなんですから(笑)。

 そして信西(阿部サダヲサン)が企画した古の宮中行事、相撲節会の復活に、原田が嗜んでいた宋の茶を供して、自分がそこにいないのに後白河(松田翔太サン)の心を揺り動かしていく、という過程。
 清盛のこの 「大一番」 は、やはりちょっと詰めが甘いように感じる。
 どうして宋の茶を供すると後白河が 「清盛と遊びたく」 なってくるのか(笑)。
 その背景というものを、後白河が 「面白きもの」 を欲している、という精神状態にのみ頼ろうとしているのが、物語的にもうちょっとお膳立てがあれば、という気がしてくるのです。
 後白河は、清盛と遊びたいがために、帝の地位まで松雪サン庇護の守仁皇子にくれてやってしまう。
 どーして帝じゃ清盛と遊べないのか?という説明がなかったよ~な気がします。

 ただし(本日2回目)。

 平氏が九州での実権を事実上握っている、と後白河に理解させた、宋の茶の演出というものは、後白河の尋常ならざる心に火をつけたという点で、ドラマとしての体裁を保っているように思える。
 そしてそれを相乗効果的に演出していたのが、節会で展開していく相撲の取り組みの様子と、清盛の息子重盛と藤原成親(吉沢悠サン)の娘経子(高橋愛チャン)との婚礼の様子でした。
 重盛は叔父を斬れと命令した信西に仕えている自分の父清盛に不信感を抱いていて、この婚礼の席でいきなり経子に向かって 「この結婚は、なかったことにしてチョーダイ」 と頼みこむのですが、清盛はそんな重盛を薄ら笑いを浮かべながら、相撲みたいに中庭に投げ飛ばすのです。 そして何事もなかったかのように、婚礼を強行してしまう。

 この時の清盛の心情としては、「今は我慢、と信西に仕えているのにそれも分からんとは、我が息子も未熟者よのう」「でも、このまっすぐさはかつての自分を見るようじゃ」 といったところでしょうか。

 個人的な感想を述べさせていただくと、ここでの清盛もまた、まだまだ未熟者の域を出てはいない気がする。
 でも前よりは世間を知ったであろう。 叔父を斬ったことで。
 それだけ清盛は、大きくなっているのです。 中井忠盛に近づいている。
 まだまだ、という印象を視聴者たちにかすかにふりまきながら。

 この時点での清盛の 「中途半端な大物感」、というのが、実に見ていて興味深いのです。
 この先がますます楽しみに、なってくる。

 満足な地位も与えられずに、赤い束帯姿のままの義朝。
 そこにやってくる、黒い束帯姿の清盛。 もうこの色の違いだけで、どっちが大物なのかが瞭然としてしまう、この演出。
 義朝はかつて父為義が中井忠盛に負け惜しみをしたように、清盛に毒づきます。

 「信西入道の目論見が分からぬか。 源氏を叩き、平氏を取り立て、武士に絶大な力を持たせる気は、毛頭ない。
 貴様も用が済めば捨てられる。
 わが父や、貴様の叔父のように、無残にな」

 清盛は厳かに義朝に近づき、言います。

 「それでも今は、ほかに道はない。
 信西殿と手を組むより」

 「その先にあるというのか。 貴様の言う、武士の世とやらが」

 清盛笑みていわく。

 「そうだ」

 清盛の笑みは、まるで義朝に共闘を働きかけるかのようであります。
 義朝はしかし、仏頂面でその場を離れます。
 絶望でこの世を量っている義朝。
 希望が力となり、その力という視点でこの世を見るようになってきている、清盛。

 成長していく清盛。
 でもその成長は、まだまだ途上である。

 そんな感覚を強く抱いた、「清盛の大一番」 でした。

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テレビ」カテゴリの記事

コメント

>ひと月以上遅れ
私は土曜日に観ているので一週遅れです。
日曜の夜はスケジュールの調整が…。

>「ゲゲゲの女房」 の水木先生のアシスタント
それを言ったら平氏の中に勝さんが…。

>清盛の 「中途半端な大物感」
この後に義朝との対決、葛藤と続きますしね。
初代マツケン版「清盛」では義朝をライバルとして
キャラ立てしながら決着はあっさりしていたので
(後白河が高橋英樹氏だったので、そちらに力が入った?)
その辺りの対比が興味深いです。

ところで本作前半の主人公の貧乏臭さは
市川雷蔵初主演の「新・平家物語」を
意識していたのでしょうかね~。

投稿: 巨炎 | 2012年7月25日 (水) 20時36分

リウ様、レビューありがとうございます。深く御礼申し上げます。

 私も、トントン拍子で清盛が、九州で実権を奪っていくのを見て、当時は源氏にはまっていたのもあってこの回はさらっとで満足してました。源氏は虐げられてるから。(笑)

 玉木くんが公式ホームページのインタビューで、「義朝は、殿上人になったけど、その先に何を求めていたのだろう。武士の世をつくる夢はあったが、その先はなかった。父を超えたがそこまでだった。」というように答えていて、清盛に対しては、「面白き世をつくるという漠然さが清盛の強さ」と答えているのを読みまして、少し、清盛を見直しています。この義朝、清盛が大好きだったから。

 いつものように、息子の官位は上がっても、清盛は公家の一歩手前!だったら、自分で取りに行くというわけで、九州の税がうまく徴収できてないというので調査に行く。(もう覚えていないから、アヤシイです。)

 九州は大宰府での密貿易で清盛は足掛かりがあるし、その辺の悪党より平氏の方がヤバイでしょ?急にゴットファーザーな世界になって笑いました。不正取り締まりという、恫喝。

 信西の相撲の節会や、御所の建替え修繕、宋風の宴準備、ついでに息子も後白河帝の側近、成親の妹と結婚させるなどなど、かなり頑張ったのでは。現世の決められない政治のていたらくからしたら、仕事したみたいじゃないですか。内容はともかく(笑)

 重盛の結婚式の清盛には「えらそーに言える立場じゃなくない」と思ったりしました。重盛のママ、明子さんは家柄じゃなく、清盛が選んだのにね。この時は、庭に投げ飛ばされ繊細に見えた重盛も、知性的で、しかも頼もしい武者になって平治の乱、宿命の対決では活躍します!清盛より、大人に見えたり!(笑)

 この回では、清盛がただ恩賞の沙汰を待つのではなく、もらうために努力して、結果的に後白河帝から、位を頂戴する。なのに、源氏は玉木くんの言うように、限界が来ている。義朝はその先を考えてなかったのだろうなと思わせる。戦で生きる武士だから。

 日宋貿易が清盛の歴史的業績だからか、宋は、海賊船で宋への密航を信西と考えたり、この回の帝へのおもてなしだったり、宋は万能なのかというくらい、ちりばめられてまして、滋子ちゃんの結婚で宋風にした時、「そういえば、大一番で、宋風を後白河が喜んでいたっけ。」と思い出しました。

 帝だとどうして、清盛と遊べないのか(笑)だって、帝は品行方正でないとまずいんじゃないの(笑)気ままができない!後白河さんは、制約付で遊ぶなんて、つまらないタイプでしょ(笑)まあ、デレルのが早いなとは思ったけど、放送時間的制約ではないでしょうか?

 まだまだ、成長の途中の清盛だけど、義朝との差は確実に広がってます。赤い着物で、しょげてる義朝がたまらなく私は愛おしかったです。(笑)やっぱり私は義朝で終わります。
 

投稿: ささ | 2012年7月25日 (水) 20時55分

橋本さん、こんばんは。
自分の会社では代休を水曜日に取るのが不文律で、今日は休みでした。
で、運良く橋本さんの清盛のレビューを拝読することが出来ました。

しかし、ちょっと悲しかったです。
太宰府でのアレコレ。自分も橋本さんと同じように感じました。ご都合主義というか、あまりにも駆け足だったので。
やっぱり、これだけ登場人物が多い群像劇では端折るところは端折らないと際限がなくなるのかな、とは思いましたが。

でも、清盛の薄笑い、と義朝の仏頂面は・・・。ちょっと違うのではないかなと。
義朝は、確かに仏頂面で清盛の前から去っていきました。でも、「武士の世は来るのか?」の問いに清盛が「そうだ」と答えた時、義朝もやはりわずかに微笑みました。その表情は、清盛に対する心情を表していたように思います。清盛の答えに対する安堵、羨望、近しさ。並び立ち共に武士の世を切り開きたいと希望に照らされたような。しかし直後に、我が身がいま置かれている立場が自分自身に突き付けられたように、表情を固くしたのだと思います。そもそも、殿上であのような言いがかりをつける行動自体が清盛との近しさへの甘えに近いのではないかと思いました。

清盛は真情を明かした重盛に「左様か」と答えます。確かに笑顔でした。でも薄ら笑いでは断じてないのでは?と自分は思います。
僕はこの回、清盛のあの表情が一番心に残りました。初めて見る父としての慈愛の表情だと思ったからです。
若いころの自分自身と重ね合わせてのこともあるでしょう。また、清盛は信西の心の内を理解しつつあり、その目指す世界を共に目指そうとする覚悟を決め初めていたのだと思います。その思いを嫡男として理解してくれという親の願いもこもっていました。

うーーん。橋本さんはこのドラマお好きじゃないのかもしれませんね。無暗にレビューをせがんではいけないなと反省しました。。

ささ様。
この前は具体的な予告編は何卒ご容赦をなどと、出過ぎたことを申し上げてすみません。
ささ様のご意見はいつも深く読み応えがあり、自分はとても楽しみにしています。ささ様がおっしゃるように、松山さんの演技が(もちろん脚本あってですが)群像劇としてこのドラマを成り立たせていると感じています。
松山さんの演技はこれが初見かと思っていましたが、何年か前に見た映画「椿三十郎」の若侍役で出ていらっしゃったようです。この映画面白かったですよ。自分は織田さんがあまり好きではなかったのですが(一連の踊る大捜査線が好きでなかったので・・・)上手いなあと。食わず嫌いを反省しました。肝心な松山さんの演技はいくら考えても思いだせないのですが。。
今後もささ様のコメントを陰ながら楽しませていただきます。

投稿: アキラ | 2012年7月25日 (水) 21時10分

 アキラ様へ

 ごめんなさいね。おばさん、こらえ性がなくて。リウ様に甘えて、つい、いろいろ書いてしまいます。でもこの「清盛の大一番」はレビューをリウ様に書いていただけて、内心ほっとしております。リウ様、感謝申し上げます。

 織田さんの「椿三十郎」に松ケンくん出てましたか。見ましたけど全然気付きませんでした(笑)織田さんより、三船さんの映画の方が好きだったりするものですから。(笑)黒澤映画への思い入れもありまして。

 アキラ様にご不快な思いをさせる事が先々あるかもしれませんが、どうかお許しください。

 

 

 

投稿: ささ | 2012年7月25日 (水) 23時47分

巨炎様
コメント下さり、ありがとうございます。

皆様とお話ししていくうちに、私のエンタメに関する知識が浅いのがどんどん暴露されていくのですが(笑)、初代松ケンサンと高橋英樹サンの平家ものは知らなかったです。

雷蔵サンの平家物語は、まあこないだ見たのですが、あれは話が単純で力強くて分かりやすかったですね。

今ああいう単純なものをやっても、「リアリティがない」 とかすぐに突っ込まれてしまいそうなのは、時代が悪いのか、私たちの目が肥えすぎてしまったのか。

今年の大河 「清盛」 は、その点仕掛けだらけで、めくるめく感じですよね。

平氏のなかに勝サンがいるのもそうですが、重盛の弟が 「四十九日のレシピ」 を見ていた人ならピンとくる、ハルミですよ、ハルミ(笑)。

それにしても鶴瓶サンの息子さん、なんか最近よくテレビで見るなぁ。
演技的にはまだこれから、という感じなんですけど。

投稿: リウ | 2012年7月26日 (木) 08時19分

ささ様
コメント下さり、ありがとうございます。

義朝のことについてはアキラ様への返信に譲るとして、私がこのドラマを見ていてちょっといつも物足りなく感じるのは、「平氏の財政基盤はどこからきているのか」 という説明が、かなり貧弱である、ということです。

天皇家がいかに権力を持っているのか、ということは、藤原摂関家を始めとする貴族たちや武士たち、まわりの者たちの反応からうかがい知ることができる。
そしてその、天皇の権力というものがいかに空洞化しているか、ということも、同時に描けている気がする。

それは、天皇家に対してまわりの者たちがあまりうやうやしく思っていない、ということから、見てとれるのです。

それに対して、平氏がいかに財政的政治的に権力を持っているか、という説明は、寺院を寄進したとかで説明はされるけれども、いったいどうやってそこまでの財政基盤が築けているのかの説明がない。

だから清盛の政治への働きかけに、いまひとつの説得力が伴ってこない、と感じます。
天皇家に対する描写と同じで、財政基盤の理由が空洞化しているから、清盛がハッタリで動いているような印象がぬぐいきれないのだ、と私は思うのです。

「叔父を斬る」 の回では、そこんところを別に説明しなくても物語が完成していたからこそ、私も感動いたしました。

でも、清盛の九州進出、というのは、かなり平氏の権力を増大させるうえで、また平氏の財政基盤の成り立ちを知らしめるうえで重要な話のように思えるのに、いきなり兎丸を使ったパワーゲームですからね。

アキラ様のご指摘で私がこのドラマを好きじゃないんじゃないか、とコメントをいただきましたけど、私、兎丸が結構キライかもしれない(笑)。
彼が出てくると、すごく話がイージーに陥ってしまうんですよ。 「海のあらくれものが陸にあがった」 的な感覚ではなくて、もっと組織だった武装集団として見せることができないのか。

そしてもうひとつ。

今回、宋のお茶がどうしてあそこまで効果的に物事を運ぶよすがとなっていくのか、それに対する説明がない。
ただ 「宋の物はいい」 という説明だけでは、どうしてそれが譲位とか自分が公家になるための道具になるのかとか、そんな大袈裟なことに結び付いていかない、と感じるのです。

だから後白河が清盛と遊びたがっていることが、なんか 「ゴッシーってだって、常軌を逸してるから♡」(笑)という動機で片付けられてしまう危うさにつながってくる。

ここに書いたもろもろのことは、自分で言うのもナンですが、かなり高度な批評だと思っています。

つまり、このドラマの作り手は、ここまで出来る、ということを今まで見てきたからこそ、初めて書ける批評なのです(やっぱエラソーかな)。

けなしているふりをしながら、自分じゃかなりほめてるつもりですconfident

投稿: リウ | 2012年7月26日 (木) 09時25分

アキラ様
コメント下さり、ありがとうございます。

実はこの 「清盛の大一番」、アキラ様が好きな回だ、ということをコメントでいただいて知っておりましたので、アキラ様がどういう反応をするのかな~と、ちょっと考えながら記事を書きました。

で、案の定、反論のようなコメントをいただきまして(笑)。

実は、待ってました(笑)。

では、忌憚のないところで議論を始めましょう(ハハ…)。

私はこの回の義朝を見ていて、「強がっていた自分、偉そうに見せていた自分」 がいかに虚像だったのか、父親を斬れなかったことですごく自覚してしまった、と見てとりました。

そしてそんな無様な自分を、家来の正清の前でさらけ出してしまったことへの屈辱。

死出の旅に立とうとする父親を、その正清に、斬らせてしまったのですからね。 情けない極致だ。

これは父親に対する自責の念でもあり、息子としての役目も果たせなかったことへの激しい後悔でもある。

そして斬首の座に同席した身内からも、最大限の侮辱でもって 「源氏の棟梁はアホバカだ、無能でどーしよーもない」 と言われて死なれていったのですから。 親戚一同、ご先祖たちから 「あーあほんに情けなや」 と言われているも同然。

そんな義朝が父親の弔いをするには、自分がかつての父親になるしか、道がないんですよ。

ちょっと違う、という声が聞こえてきそうですけどね(笑)。

つまり、見失ってしまった自分のアイデンティティを、かつての父親が味わっていた同じ屈辱を味わうことで、心の中の穴を少しだけでも埋めようとしている。

そんな義朝にとって、清盛ののし上がりようは、清盛の長男・重盛が感じたことと大差なく、「信西にすり寄ってうまくやってるにすぎない」 という印象だ、と思うのです。

そして貴族の娘と自分の息子を結婚させたりして、コイツ(清盛)は武士の世などと言っているが、実は貴族の亜流、もしくは新しい貴族になろうとしているのではないか。

「せいぜい利用されて用が済めばポイだ」 と義朝が清盛に忠告するのは、そんな義朝の危惧が隠されているように感じます。

それに対して清盛は、「それでも今は、ほかに道はない。 信西殿と手を組むより」 と答える。
今はじっと我慢して力を蓄えていけば、そのうちに武士の世になるチャンスはやってくる、という実に殊勝な心構えなのです。

この物言いに対して義朝が一瞬微笑んだのは、私は 「コイツ甘いな」 という笑みだったような気がします。

まあ、感じかたは人それぞれですので、アキラ様の思ったことを否定するつもりは全くありませんし、また私が感じたことを押しつける気もありません。

「みんな違って、みんないい」、だと思うんですよ。

私が義朝の反応をそう見てしまったのは、清盛の理想というものが、まだまだ発展途上にある、と感じたからです。

それと。
重盛の婚礼の件ですが。

清盛が薄ら笑いを浮かべて、と書きましたけど、これってすごくネガティヴな意味にも取れる表現ですよね。

アキラ様がこのシーンを見ていて、清盛の親としての気持ちを感じた、という部分には、とても興味惹かれました。

つまりまあ、これってアキラ様が私などよりもずっとお若いことからくる感想なのではないだろうか?と。

別にアキラ様を 「若いから」 とバカにしているわけじゃ毛頭ないので、そこのところは強くお断りしなければなりませんが。

私などから見ると、松山ケンイチクンは、とても若いんですよ。 窪田正孝クンのような人が息子というのは、だからちょっと違和感を禁じ得ない。

それと、やはりこのドラマを見ていて、主人公の成長速度は、極端に遅いと感じながら見ている。

鎮西平定に動いたこの回の清盛のやり方が、イージーであまりにさらっと描写されてしまった不満も、重盛の婚礼の席では感じながら見ているわけです。

この席での清盛と重盛のやり取りというのは、いつか忠盛と清盛の間でなされたような親子のぶつかり合いに、とても酷似している。

だから清盛も、「自分もかつて、父親の真意が分からずに反発したものだ」 という目で、自分の息子を見ている。

だから清盛は、笑っているのです。
薄ら笑いというのは、そのかつての自分に対する蔑みでもある。

この場面でもっとも効果的だったのは、それを見ていた池禅尼(和久井映見サン)の微笑みだった、と私は感じます。

つまり、私などは年配ですから、池禅尼と同じような視点で、清盛と重盛を見ている。
親というのも成長していくものだから、清盛にしたって、その成長の途上にあるのです。
エラソーに重盛を投げ飛ばしてますけどね。

アキラ様は私より若いので、清盛の親としての情に、より近く寄り添うことができている。

たぶんそういうことなのだろう、と思うのです。

「このドラマをお好きじゃないのかも」 と書かれてましたけど、いえいえ~、そんなことはありませんよ~っ(笑)。

ただ、ちょっと気を入れて書いてしまうと、ここまでなってしまうので(笑)、なかなかレビューに踏み切れないだけです。

私の場合、歴史的知識など度外視してドラマとしての体裁でレビューしています。

ですのでたまに思い違いもあるかもしれませんが、そのときはまたアキラ様、突っ込んでくださいませ。
別に喧嘩をしているのではなく、議論をしているのですから。

投稿: リウ | 2012年7月26日 (木) 10時05分

 兎丸、漫画的ですよね。架空の人物で将来清盛の経済面を支える人物になるそうなんですが。残念ながら、清盛の大一番では海賊上がりの野蛮人のまま(笑)でしたね。実は滋子ちゃんの回で、あの時の約束を果たそうと清盛がうさちゃんに言ってました。(すっかりこっちも忘れてたけど)

 経済面でのうさちゃんの活躍はこれからで、宋との貿易と福原遷都への経済からの支援をするのではないかと思いますが、ベラちゃんの頼朝いけどり大作戦とか描いているとそこまでやれるのかしらというか、うさちゃんまで手が回るかとも思います。(笑)

 この清盛の大一番は私も源氏びいきだった事もあって、シャンシャンだったなと思って、そんなに好きじゃありません。(笑)好きな方には申し訳ないですけど。後白河さんが常軌を逸してるてるから!多分一番説得力があるかなと。世間では無理矢理の清盛上げとも言われたりしますが、漠然とした考えが強さでもあるらしい(笑)ですから。

 相撲には現役の幕内力士が登場してるし、それなり力入れてるのですが、ドラマの内容で話題をさらってほしいものです。

 平氏の経済基盤を描くと時代の流れへの描写に時間がさけなくなるというか、先を見た私からすると、平治の乱での源平対決に収斂するようにお話が進んでいたように思えますので、経済とかの描写は簡単になってしまったのではないでしょうか。この回は平氏の回だったでしょうけどね。(笑)予告になりますが、家定が亡くなる前に唐果物の為に宋との貿易にせいを出したと笑い話にしてましたが。宋との貿易は、忠盛の先代からみたいですよ。そこから描くと、大変でしょうね。

 次の回の「見果てぬ夢」は信西さんの回です。もう死ぬフラグがいっぱい。上げ上げです。信西への清盛の揺るがぬ気持ちを説明するには、ちょっと苦しい気もしますが、それなりの描写はされてます。私は信西が阿部サダオだからと無理に納得したのですけどね。(笑)ご堪能下さい。

 

投稿: ささ | 2012年7月26日 (木) 10時39分

 日本テレビの2時間ドラマ?に田中麗奈さんと玉木くんが出ているそうで、宣伝しています。由良御前と義朝の印象がもうほとんどなくなっていました。(笑)平清盛ではいい夫婦でしたけど。

投稿: ささ | 2012年7月26日 (木) 19時12分

橋本さん、こんばんは。
橋本さんがこのドラマお嫌いじゃなくて単純に嬉しく思っています。気長に待てば、また感想を拝読出来るということですから。

義朝の一瞬の笑顔については、橋本さんの言う通りかもしれません。
「お前は相変わらず甘ちゃんのボンボンだな」みたいな。でも少なからずそんな清盛に義朝は安らぎを得ている、そんな顔だと自分は思いたいです。
しかし、自分もしつこいようですが、、重盛に見せた笑顔は親の顔な気がしてならないのです。
自分が息子くらいの年の頃のことは本人ですから嫌というほどわかっているでしょう。明子を前後の見境もなく妻にしたことも覚えていると思います。しかし、自分は重盛にそれを許さない。家貞が言うように許せない立場に平家一門は上りつつあるからです。すまないという気持ち、それでも一門のため棟梁の嫡男として理解しろという親の願い、そんな願いを押し付ける息子への慈しみを感じました。
橋本さんのおっしゃる通り解釈に正解はないと思います。違う感じ方に触れると目を開かれるような気持ちになりますしね。
僕は橋本さんの風の音の解釈に目を開かれました。
後白河上皇が信頼に幽閉された時、姉上に「こんな時まで歌を謡うなんて」と咎められていましたが、黙って遠くを見る後白河上皇の後ろで風の吹く音がしました。外からではなく、あの狭く閉じ込められた空間の中にです。
思いきり予告篇で申し訳ないのですが、後白河は信西が長恨歌を送った時はその意味がわからなかった。信頼の謀反、信西の死をもって長恨歌が改めて自分の胸元に突きつけられた気がしたと思います。その心情を木枯らしのような風の音が表わしていると思いました。

自分は経験値の低い若造なのですが、、しかしこのドラマには何故だか強く惹かれます。皆さんのように上手く言葉に出来ないのが残念ですが。

橋本さんは等々力近辺にお住まいなんですかね。自分は澁谷です。東京は今日も暑かったですね。
ドラマを楽しみつつ、仕事もがんばりましょうね!

投稿: アキラ | 2012年7月26日 (木) 22時37分

リウさま

こんばんは。

例の太宰府の場面。私は、「ゴッドファーザー」を通り越して「仁義なき戦い」だなと。兎丸一党が出てくるところなどは、「うちの若いモンは、元気ええのんがぎょうさんおるけんの~」という感じです。やってることは、競輪場で暴れる大友勝利(千葉真一サンが演じたシリーズ最凶キャラ)と変わりゃせんの~、と思いながら観ておりました。

だから、税のチョロまかしもおそらくそのままなのでしょう。と、いうかその美味しい話を平氏に仕切らせろ、さもなくば・・・という風に私は受け取っています。

この時期の平氏の財政基盤は親の代からの密貿易です。忠盛の時代に、院宣を偽造して貿易の利権を手に入れる場面もありましたし、合法か非合法かと言えば、明らかに非合法サイドの活動によって利を得ている。まあ、平安末期の統治機構も有名無実な世であっても、大河の主人公的にはどうよ?といところを、何とか非合法感を出さないように描いた結果、兎丸は「ワイは海賊王になるんじゃい!」になり、平氏には何でそんなに金があるのか分かりにくい状態になっているんではないかと思います。

まあ、「ジャングル大帝」のレオが何食って生きているのかは敢えて知らんことにしておこう(笑)、という心境で私は観ておりました。

投稿: Zai-Chen | 2012年7月26日 (木) 22時45分

ささ様
再コメント下さり、ありがとうございます。

いや~、いったんレビューを書くと、皆様からのコメントの反応がすごいですね、このドラマ(笑)。
まあ大半はささ様からですけど(ハハ…)、でも去年も 「ケンケン江江(ゴウゴウ)」 でほぼささ様とのやり取りでしたから、あの頃の感覚がまた自分のなかではよみがえってます。

ただ去年の 「知能指数の低い(爆)」 大河と違って、知識が必要な分だけ、しんどいんですよ。

私はこのドラマを見ていて、「作り手はかなり知識に頼って物語を構築している」、という印象から、なかなか抜け出せません。

つまり、歴史の知識に長けている人たちを満足させようとする目的が、作り手のおおもとの部分にある気がする。
だから登場人物たちの情緒と古典の結び付きに重点が置かれ、「精神的悲喜劇」 の様相が濃い。

それが最も効果的に感動を呼び起こした好例が、「叔父を斬る」の回だった、と感じます。

ただ情緒的な部分に頼り過ぎるあまり、平氏の経済基盤がなおざりになってしまう。

そのまま清盛が力を蓄えていくから、清盛がいくらエラソーにしても、親らしい顔をしても、なんか説得力を伴わない。

「まだガキ」 と、清盛を見ていて思わず感じてしまうのは、最初は松山ケンイチクンの演技がヘタクソだからかな、と思っていたのですが、やっぱりこれは、平氏の権力の本質を雄弁に語ろうとしない脚本にその根本の原因がある、と感じるのです。

情緒的に、あくまで知能的に物語を進めようとするあまり、「平氏は単に天皇家や信西などと心理戦を展開したから力をつけていった」、という説明しか、出来なくなってくるように感じます。

そして清盛のモチベーションを、「平家一族を守る」「武士の世を作る」「宋(当時の感覚では全世界そのもの)と貿易をする」 という、なんかイージーな部分にしか求めることができないのも、なんとなく物足りない(「平家一族を守る」 という動機については、かなりしっかり描き切っているとは思いますが)。

もっとなんか、ヒザポンものの何かがあると、もっとのめり込める。

スッゲーゴーマンかましてますね、ワタシ(大汗)。

大汗かいてまで力説した議論ですが、結局 「清盛がなかなか成長しているように見えてこない」 という、ごく個人的な感想の原因を、あれこれ考えすぎてしまうからなんでしょうね。

なんかささ様だけでなく、アキラ様やZai-Chen様への回答も、ここに紛れ込んでしまった気がいたします。

しつこいようですけど、これはかなり高度な批評です(またまたエラソーだな…)。

ここまでのものを書かせてしまう大河ドラマは、やはり大傑作だ、と、精一杯のフォローをしたいと思います。

投稿: リウ | 2012年7月27日 (金) 08時20分

アキラ様
さっそくのレス下さり、ありがとうございます。

清盛の我が子へのまなざしは、アキラ様が考える通り、やはり親としての目線だと私も思います。

だいたい、婚礼の席でドタキャン、なんて、んま~結婚式前日ドタキャン、結婚式直前ドタキャンよりも、かなりタチが悪い(爆)。 まだ成田離婚のほうがましだ(爆×2)。

でも、そうせざるを得なかった重盛って、かなりのまっすぐな気性ですよね。

清盛がこの、枠からはみ出しまくりの我が子に、かつての自分を重ね合わせていたことは、すっごく自明です。 いーや、まだ自分に比べりゃ、カワイーもんだ(笑)。

清盛が重盛の行動を 「戯言」 と一刀両断にしてしまうのって、要するにかつての自分を否定する行為であり、「自分だけの事情、一時の感情に振り回されることが、いかにガキの発想であるか」 を悟った清盛の、一段上からの目線で見た反応だと感じます。

かつての自分を棚に上げてるんですよ、この時の清盛は。
「そういう大人の事情とゆーもんがあるんだ」、とする清盛は、慈しみのまなざしでわが子を見ることしかできないのかもしれないですよね、その点で。

音の点については、たまたまです(笑)。

歴史的知識じゃ太刀打ちできないから、結構違った角度から攻めてレビューに仕立てようとしているだけです(笑)。

今回も、「比較論法」 がどーてらこーてらとか、書きましたけど、その一環です(ハハ…)。

このドラマ、結構同時進行型比較論法が好きですよね。

それについてコメントを下さるかたから 「結構食傷気味」 というご指摘があったものですから、それについての自分なりの感想を、ここでは書いたつもりです。

アキラ様のことも頭に入れながら、「清盛」 はレビューを書いています。
いろんな人のご意見があって、初めて自分のレビューも、成立しているんですよね。

投稿: リウ | 2012年7月27日 (金) 08時52分

Zai-Chen様
コメント下さり、ありがとうございます。

忠盛の偽造許可証による密貿易については、その後立ち消えなのかなー。 清盛がぶっ壊しちゃってから。

あそこの話で私がとても感心したのは、山本耕史サン(藤原…なんだったっけ…笑)がわざわざ口の立ちそうな父忠盛を尋問に呼んだのではなく、痛いとこつつきゃすぐにゲロしそ~なネゴシエイト下手に思える清盛を呼んだところでした。

案の定、清盛は山本耕史サンの鋭いツッコミに、いきなり居直り開き直り(笑)。
清盛のネゴシエイト術がいかに稚拙か、という強い印象を、私の心に残してくれました(笑)。

今回、兎丸をダシに使って仁義なき戦いを展開する清盛も、印象的にはあの頃のまっすぐさに少々毛が生えた程度にしか思えない(笑)。

Zai-Chen様が想像した裏事情も、実際に描き切っていかないと、本当の説得力にはつながらない、と感じます。

ヤバい事情というものを忌避する傾向にあるテレビドラマ全般ですが、本文に書いたとおり、骨付き肉でも食わしてりゃそれなりの説得力に結び付くもんだ、と私は思います(笑)。

私の感じ方って、特殊なのかな?coldsweats01

投稿: リウ | 2012年7月27日 (金) 09時08分

 成長しない清盛にはほぼ、諦め状態です!父としての情愛だったら、後白河に子供だった重盛を賭けの質にとられた時の方があったかも!

 平氏の中に居場所が無い中で王家に存在意義をみいだせない後白河と(彼等がわが身をひがんでたせいもあるけど)双六をやった時に、血のアイデンティティーを繋いでくれた息子を、賭けにされた時の清盛の方が本能からだろうけど父だったと私は思います。重盛の結婚ドタキャンについての清盛は、重盛の性格のまっすぐさや不器用さを(真面目な子って周りの人を傷つけないないように迷った挙げ句、とんでもないことをやったりするじゃないですか!)、己の過去の不品行からすると、父としては叱り飛ばせる立場じゃないが、棟梁としては苦笑しながらじゃないでしょうか?もちろん、父としての慈しみもあったでしょうけどね。アキラ様の説もリウ様の説も男性の視点って興味深いです。

 成長しないのは否、少しずつしてるけど、松ケンくんはローレンス・オリビエじゃないので、年齢からくる若さを演技で覆い隠すのはかえって不自然なので、清盛の精神を若いままにしているのかもしれません。永遠の不良少年!な入道でいくのかも、この先も。(うまく言えないな。)

 (ローレンス・オリビエはわざわざ、名画座にハムレットを見に行ったくらい大好きな名優です。彼のリチャード3世のように、松ケンくんが清盛を演じるのは無理だろうし。その必要もないし!)

 まあどうなっていくか見ものですよね。お話としては、教養を求められて、やめてよ!って時もありますが、どちらかというと、活劇っぽいと思います!少年漫画のような活劇っぽさもずっと続くのではないでしょうか。

 経済は、しっかりした側近盛国の方ができるのかも?最後は「だって、主役なんだもん!」という強硬手段も残ってますからね。そこにまだ逃げ込まないだけ、がんばっているなと今年の大河に思います。(笑)視聴率以外は優等生な大河です。

投稿: ささ | 2012年7月27日 (金) 09時41分

ささ様
再コメント下さり、ありがとうございます。

私も重盛がガキだった頃の、ゴッシーと清盛のすごろく遊びの時のほうが、親としての情を深く感じたかもしれない(笑)。

この回清盛が重盛のドタキャンを見て微笑んだのも、重盛をぶん投げて高橋愛チャンのほうに向きなおり、「こーゆーふつつか者ですがなにとぞよろしく」 とか話をしたのも、なんとなく私自身のなかでは、見ていて「どっちなのか」 の心の整理がつきかねる進行だったです。

ここでの清盛のふるまいを見ていて最も強く感じたのは、清盛が荒くれ者だった頃、やはりなんとなく何を考えているか分からない笑みを浮かべながら清盛の行状を静観していた中井忠盛の反応に、とてもよく似ている、ということでした。

ローレンス・オリヴィエについては、なんか代表作を見てないこともあるかなとは思うのですが、あまりにハンサムすぎて顔がよく分かってないところがありまして(笑)。

ウィキで調べたら、「マラソンマン」 で確か、ダスティン・ホフマンの歯の治療を、どこも悪くないのにやってしまうという拷問をしていたのが、彼だったかな~。 あれ怖かった~(笑)。

私はやはり、本文にも書きましたけど、平氏の権力基盤を丁寧に書かないで感情的な部分だけで推移してしまうところが、この大河のいちばんの弱点のような気がしてまいりました。

でもそれはそれで、「平安絵巻」 としてはとても秀逸なわけで。

いずれにしても、ちょっとスパートかけてレビューしていきたいですが、今回のようにお手軽で済ませようとして論旨が突っ込み不足になってしまうと、またまた突っ込まれそうなのがますます怖い…coldsweats01

投稿: リウ | 2012年7月28日 (土) 10時29分

横から失礼いたします。

私もリウ様のおっしゃる、
>平家の経済基盤を丁寧に描かないで、
という部分、とても気になります。
ここを書かないと、平家の棟梁としてのしたたかさが出てこない。
清盛の魅力も出てこない。

物の怪の血、だけでは、説得力に欠けるようなきがするんです。

何らかの意図があるとか・・・、う==ん、
どうなんでしょうねえ。

投稿: マーシー | 2012年7月29日 (日) 11時59分

マーシー様
横レス下さり、ありがとうございます。

マーシー様のご賛同をいただけて、だいぶホッとしています。
なんか口先だけで清盛が動いているような気が、どうしても付きまとうんですよね。
組織としての平氏を、盛国とか家定とか側近の動きだけで説明しちゃってるから、なんかその中核となる部分が空洞化している。 盛国がもっと、下の者と何かやってるとか見せてくれれば…。

やはりいろいろ盛り込み過ぎて、手が回らない、というのが、実際のところではなかろうか、という気は、しています。

投稿: リウ | 2012年7月29日 (日) 13時55分

>口先だけ
そうそう、
その問題は大きいと思う。

今までの大河では、流れ者の役者ご一行とか、負けたほうが盗賊になったりとかで、庶民の気持ちを代弁するような演出がありましたっけ。
あれは余計と思っていたけど、今思うと重要な役回りだったんですね。

兎丸がその役目かなと思った時もあったんだけど、
成金おっさんになっちゃったもんで・苦笑
盛国は、完全にもったいない使い方です~。


>見果てぬ夢
の、リウ様のコメントも、うなずきながら拝見しました☆

投稿: マーシー | 2012年7月31日 (火) 12時28分

マーシー様
レス下さり、ありがとうございます。

どうも自分が左よりの教育を受けてきたからなんでしょうかね?、こんなふうにヒエラルキーなどというものにこだわってしまうのは(日教組のせいか?…笑)。

今の教師たちはおそらく、私が子供だった頃の教師たちとは、思想的にずいぶん違う、と感じます。
だからきょう日の若い世代は、ヒエラルキーなど関係なく、「上の者たちだけの論理」 で進行していくこのドラマに、何の疑いもなく心酔してしまうのではないか、私はそう見ています。

思い返せば、私たちもさすがに中学くらいになると、「あの教師は日教組だから」 とか、教師の側に潜むマルクスの陰とか(笑)感じながら、教育を受けていたものでしたが。

「平治の乱」、見ましたが、ああ~もう、レビューを書く気力が…(暑すぎる…笑)。

投稿: リウ | 2012年7月31日 (火) 15時11分

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