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2012年7月29日 (日)

「平清盛」 第25回 「見果てぬ夢」(6月24日放送) を見て

 まだまだ絶望的なまでに先頭集団から離されたままの 「平清盛」 のレビュー。
 12馬身ほど離された状態で最終コーナー大外から一気に抜き去るには、かなりの負けん気が馬に必要です(だからなんの話だ)。

 その馬の競い合いを重要な回想シーンとして配置した 「見果てぬ夢」 の回(ウマくつながった)。

 レビューを追いつこうと前回少々焦り気味で説明不足の点も多々ございましたので、今回ちょっと清盛(松山ケンイチクン)と義朝(玉木宏サン)の関係について、突っ込んだ考察を行なおうかな、と考えておりますが、根がい~かげんなのでどうなるかは分かりません(ハハ…)。

 実際のところ、「見果てぬ夢」 という今回のサブタイトルは、信西(阿部サダヲサン)が考えていた 「遣唐使復活」 についてだと思うのですが、この回亡くなってしまった義朝の妻、由良御前(田中麗奈サン)の思いともかけているダブルミーニングの趣が強い。
 こういう 「ダブルミーニング」 などという手法って、根っからの大河ファンは大好きでありまして(笑)。 少なくとも去年の某大河の 「サブタイトル詐欺」 の連発に比べりゃ…(笑)。

 ただ前回、清盛と義朝とのあいだに横たわる複雑な感情について少々考える機会を得たために、そっちのほうにばかり神経が行ってしまって、どうも信西の見果てぬ夢のほうは、個人的に、どーでもよかったっつーか(笑)。
 割りばし遊び(国家予算編成ってとこですかね)に夢中になっているあいだに、その割りばしが地鳴りで揺れ出した、スワ大変!でまた来週!だったので。

 というのも、「そんなに信西が命を懸けている遣唐使復活って、どんだけ~?」 と感じてしまうからです(またナマイキな 「高度な批評」 とやらが、始まったぞ…)。

 この回、作り手は手こぎ舟で宋に渡ろうとした、若き日の信西と清盛の回想シーンを挿入しました。
 それで 「あああん時からこのふたりは、宋に対して大きな夢を持っていたんだなあ」 というのが分かったのですが、そこまで信西がこだわる 「宋」 の国の国力って、その当時いったいどれほどのもんだったのか、という重層的な説明がない。
 確かにこの回、淡海という宋の高僧と在りし日の信西の対話を配することで、遣唐使復活に懸ける信西の意気込みだけは伝わったのですが、当時の日本人の総意としては、「そりゃいい考えだ!」 なのか、「そんな莫大な経費がかかりそうなことをする必要があるのか?」「宋に学ぶ必要が今さらあるのか?」 とか否定的な感じなのか、そこらへんの描写が欲しい。

 この 「宋との貿易」 に関しては、のちのち福原の遷都を画策していく清盛の、重要なモチベーションのひとつである、と感じるのですが、何か物足りなさを感じるんですよ。
 それは、登場当時からこの信西が(役名忘れた)、「変わり者」 として描写されていたことが大きいのではないか、と感じる。
 今回この回想シーンであらためて浮き彫りになったのが、「かの国は、人を生まれではなく才をもって量る。 百姓であろうと商人であろうと、いくらでも高い位に取り立てるという、素晴らしき仕組みがある」 という、信西のかつてのセリフに見える、信西の最大の動機です。
 このドラマの宋に対する認識って、その程度にとどまっているのが、なんか、物足りなく感じる。
 ただこれは、高度な批評とエラソーに言いながら、イチャモンのひとつなので皆様どうぞどうぞご了承ください…。

 でもまあ、宋に対する思いというものを、見る側も信西などと共有して、夢見ることができるような作りには、してほしいな、という気も、するのです。
 でないと今後、清盛の福原遷都にも、一定の説得力が生まれにくくなる気がする。

 …あーどうも、すごくいいドラマなのに、エラソーにイチャモンをつけてる罪悪感が…。

 いちいち語り出すと、かように長くなってしまうのが、このドラマをレビューしたくなくなる大きな理由です(笑)。

 出来があまりにいいから、それ以上のことができるだろうって、期待しちゃうんですよね。

 近年の大河ドラマのなかでは、もっともクオリティが高い、と強く感じるのに。

 おかげで清盛と義朝との複雑な関係を考察する気が、失せてきた…(爆)。

 くそー、よーし、いくぞー(はっはっは)。

 この回、馬屋番などという屈辱的な仕事に甘んじている義朝のもとにやってきた清盛。
 重病の由良御前に、宋のよく効く薬を都合しようと提案するのですが、にべもなく断られます。 「貴様の助けなど借りぬ。 源氏は平氏とは違う!」。 信西にすり寄ってる貴様からもらった宋の薬など、死んでも要らんわ、ということです。

 清盛は 「源氏と平氏の勝負は、武士が朝廷に対して、じゅうぶんな力を得てからでも遅くない」、という内容の、かつての忠盛の言葉を引き合いに出します(この回は、こうした過去の回想シーンが、ことごとくとても効果的に配置されていた気がします)。
 清盛は武力と財力を信西に利用させ、信西の知力を利用して、朝廷に対峙する力をつけている、という理屈です。

 義朝はそういう、ギヴアンドテイクのパワーバランスに対して強く反駁する。 「力でのし上がってこそ、武士の世ではないのか?」、と。
 つまり義朝は、力こそが武士の本質的な存在価値だと考えている。 小手先の交渉などより、力でねじ伏せることが、武士の武士たる所以なのだ、と。
 清盛は先の保元の乱で、それが通用しない考えであることを悟っています。
 義朝はそれに対し 「すべてにおいて恵まれた貴様とは、俺は違うのだ」 と、屈辱にまみれた顔で、馬の鞍を磨くのです。 かける言葉が見つからない、清盛。

 そんな折、義朝の子、頼朝(中川大志クン)は、母親の由良の関係で蔵人を務めていた上西門院(じょうさいもんいん)の殿上始の儀で(ア~説明がメンド臭い)生まれて初めて、清盛と出会います。

 父親、祖父がかつて通り過ぎてきたのと同じような屈辱に耐えながら、落ちぶれた源氏の末裔として、最盛を誇る平氏の棟梁に杯を注ぐ際、その酒をこぼしてしまうのですが、そのとき清盛は、これ見よがしに大きな声で、「やはり最も強き武士は、…平氏じゃ! そなたのような弱き者を抱えた源氏とは違うッ!」 と叱責する。

 ぎりぎりと歯噛みをし、涙をためてきっと睨み返す頼朝。
 そんな頼朝に、清盛は、さも嬉しそうににっこりと、笑うのです。

 ここは清盛、頼朝に、「そうじゃ、こんな辱めを受けて、悔しいとも思わなければ、源氏は本当に終わりじゃ!」「そなたの父親はしょぼくれていっこうに浮き上がってくる気配すらないが、そなたはそんな父親を、乗り越えよ!」 という気持ちを込めているのだ、と感じましたが、あとでちゃ~んと義朝と頼朝が、解説してくれました(笑)。

 頼朝が帰ってくると、母親の由良御前が、危篤状態。

 義朝はその状態に堪らず、あんなに意地を張ってもらわないと言っていたのに、清盛のところに行って宋の薬をもらってくる、と言い出すのですが、これを由良が、拒絶する。

 ここは、泣けました。

 「…なりませぬ…。

 行ってはなりませぬ…。

 平氏に頭など!…下げてはなりませぬ…!

 殿…。 いついかなるときも…源氏の御曹司として…誇りをお持ちになり…生きてこられた殿を…由良は…心より…お敬い…申し上げておりまする…。

 かようなことで…お志を…曲げないで下さりませ…」

 情けない極致にいる義朝に対して、妻のこの言葉は、泣けます。

 「たわけ! そなたの命に代えられるかっ!」

 自分のつまらんプライドなど、お前が生きていられればどうだっていい、という義朝のこの叫び。 こちらにも泣けます。

 「…あれ…殿らしゅうもない…されど…うれしや…。

 どうかわたくしを…どうか…誇り高き源氏の妻として…死なせて下さりませ…」

 「由良…!」

 「…と…父が…」

 「と父が(申しておりました)」 って、ここで笑わせるかな(笑)。 由良の登場したての頃の無邪気さをここで思い出させてくれるし、これで由良は最初から最後まで、徹頭徹尾想いを変えなかったということが表現できるし。
 さらにここで 「あらうれしや」 なんて、古い言葉づかいを持ってくる周到さ。
 こういう精神的な表現が、ものすごいんですよ、このドラマ。

 考えてみれば田中麗奈サンが出てきた当初、「なんじゃこの逆八の字眉毛は」 と思っていたのですが(地毛ならぬ地眉かな?…笑)、またたく間にこの眉毛は女子たちの間で流行りまくりまして(って、この人が起源かどうかは知りませんが…)。 もう彼女も、30を超えたのですか。 月日は百代の過客にしてムニャムニャ…。

 で、「と父が効果」(笑)で骨抜きになった義朝が、常盤御前(武井咲チャン)に甘えに行ったらひじ鉄食わされた、というエピソードは飛ばしまして(だって際限なく長くなっちゃうんだもん…笑)、そんな折に義朝は、デブ公卿のドランクドラゴン塚地クンから信西暗殺を持ちかけられるのですがここも割愛(考えてみればホントにこのドラマ、平氏の経済的基盤とか遣唐使の当時的意義とかやってるヒマないな)(でもそれをやらんと物語が重厚的になっていかないんだけどな~)。

 ヘタレになり下がっている義朝は、信西暗殺の要請などハナから尻ごみしてしまうのですが、それを後押ししたのが、「清盛とはどういう人物なのか?」 という、我が子頼朝からの質問でした。

 そこでインサートされたのが、かつて義朝と清盛が競い合った馬の早駈けの回想シーンです。

 この時に自分の出自や父との確執に悩み、自分の小ささにのたうちまわっていた悪平太時代の清盛。
 清盛に勝とうと日々鍛錬を重ねていた義朝。
 差は明らかでした。 義朝の圧勝。

 そんな昔を回想する義朝、すっかり 「あの頃のオレはすごかった」 オヤジ状態であります(笑)。
 「最も強き武士は源氏だ! 貴様のような、情けない者を抱えた平氏とは違う!」。
 ヘタレの極みにいる悪平太を罵倒する、在りし日の義朝。
 さっき清盛が頼朝に向かって叫んだ言葉と、一緒じゃないですか。
 「やはり最も強き武士は、…平氏じゃ! そなたのような弱き者を抱えた源氏とは違うッ!」。

 このドラマ、かなりこういうイメージのたたみかけを、随所で行なっている気がします。
 だから記憶力がよくないと、ただ 「そーなのか」 で終わってしまうようなところがある。
 「と父が」 もその初歩的なたたみかけの一種なのですが、由良の今際の言葉のなかに出てきた 「御曹司」 という言葉も、初期によくセリフの随所に出ていた。 トータルパッケージとして神経が、行き届きすぎているんですよ、このドラマ。

 だから権力基盤については説明が貧弱になってしまうのか(オマエもかなりしつこいぞ)。

 「負けぬからな…次は!負けぬからなッッ!」

 義朝の耳朶に残る、清盛の屈辱に満ちた負け惜しみの叫び。
 義朝はそのとき、清盛が立ち上がってくれたことがうれしくて、満面に笑みを讃えていたのを、清盛に見られたくなかった、と回想します。 生涯競い合える相手が、見つかったことが、うれしかったのだ、と。

 それで頼朝も、清盛のあの時の笑みに合点がいったわけですが、そこで頼朝に、清盛の思いが注入されているのを、見る側は強烈に感じていくのです。 この構造はすごい。

 そしてその話を聞き、打ちひしがれていた義朝の表情は、徐々に生気を取り戻していき、義朝は、静かに立ち上がるのです。

 遣唐使復活の予算のめどがつき、まずその成功を祈願する熊野詣でへと出立しようとする、平氏一門。
 これも、信西が宋の高僧淡海と会見した時に、淡海が信西を讃えて 「熊野詣の甲斐があった!」 と歎ずる場面と呼応している。
 ただだからどーなのか、というと、別にどーでもいい気はするのですが(爆)。

 で。

 後白河上皇派と、そのあとをついだ二条天皇派の両方から疎まれた信西は、生気を取り戻した義朝を含めた軍勢の襲撃を、受けることになるのです。

 …

 あ~、やっぱりしんどいぞ、このドラマのレビュー(笑)。

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コメント

 私が阿部サダオが信西だからと、疑問を飲み込んだ部分を解説してくれて、ありがとうございます。宋に気安く行けないからの外国への憧れ。ハワイに遊びに行けちゃう今の我々には、わからん!(と言っても行っってないけど。)
 当時の文化や政治の面では、本場に触れたいってあるのかも。バレエはボリショイとか。見果てぬから夢は大きくなるのだし。

 信西に清盛がつく、その為の信西の魅力を描いた回だけど、私には、阿部ちゃんだからしか思ってませんでした。叔父を斬る後はギブアンドテイクな関係なのだと思っていたら、次回、清盛はもっと深い繋がりを信西と持っていることがわかる。何としても助けたいほど!でも鈍感な私などはそこまで信頼し合っていたの?とびっくり!

 信西は清盛と後白河に居場所をくれた人なんですよね。そこが大きいのかな、ドラマ的に。「誰でもよーい!」って言葉はきっと、聞こえた側には、逆に「あなたであればよい!」という肯定する言葉で、はみだしっ子には愛情ある言葉だったのでしょう。その中に利害関係があったとしても。

 由良御前の最後は、泣けました。源氏の棟梁の妻である事に誇りを持って生きた人生、義朝に出会ったころの口癖を持ってくるとか、かなり反則です。義朝、もっと大事にしておけよ!

 頼朝に清盛の事を聞かれ、馬比べの話が伏線回収。それで、元気を取り戻したのか、義朝は清盛と並び立つ為、馬比べの二回戦、じゃなく、平治の乱に立ち上がる。信頼に唆されてじゃないところが、うまい具合だと思いました。しかも戦こそ、源氏の力の見せ所だし。義朝はそういう描写でされてるけど、清盛は見せかけの武士としての力量の描写がいまいちかもしれません。信西と仲良しでいい思いしてるだけじゃね。リウ様のご不満のごとく。源氏にない経済力と、交際術も見たい!頼朝が本物の武士が見せかけの武士に負けたと悔しがるのなら。

 このドラマはやっぱり、登場人物の内面を重視していると思います。だから、内面が複雑な王家の方々がやっぱりキャラが立つ!

 清盛と義朝も心の葛藤をお互い抱えて、認め合ってるみたいですし。だから、そのキャラの心に寄り添うとかなり、見てる側は重たいです。平治の乱と宿命の対決は源平の戦いとして見ると、楽しめます。歴史にこだわると、一騎打ちにふざけるな!となるでしょう。がんばって追いついてください。マラソンで一回お休みですから。(笑)

 

 

ささ様
お暑いなか長文のコメント下さり、ありがとうございます。

私も節電しながらレビューして、だいぶくたばりました(笑)。

この回いきなり?登場していた信西の妻(えーと、あの、…スケバン刑事ですよっ!…笑)(あ、浅香唯チャンだ)に、「感心を通り越して、呆れかえるわ!」 ってうれしそうにしゃべっていた清盛ですが、いろいろ昔のことを思い出すうちに、政治を思いのままに操っている信西の心の裏に、初めて会ったときから変わることのないまっすぐさ、というものを感じていったのでしょうね。

ただそのことに対する感情的な説明は完璧でも、具体的根拠の構築のほうがおざなり、ということなのではないかな、という気がいたします。

「やってみて、言って聞かせてさせてみせ、褒めてやらねば人は動かず」、確か山本五十六の言葉にこういうのがあります。

人を動かすには、やはり理屈だけでは弱い。

私が平氏の財政基盤とか、遣唐使の当時的意義を具体的にこのドラマに求めてしまうのも、そんなところに理由があります。

でも、ないものねだりしてもしょうがないし(笑)、このドラマはそこを突っ込まなくても、じゅうぶん大河として完成されている。 知的好奇心を満足させてくれる、という点において。

由良が最後に、よく出来た女房を演じ切ったのには脱帽でしたが(泣けた~)、常盤御前がそのあとに、自分が尊敬しているお方が亡くなった…と、子らと手を合わせるシーンも秀逸で、ヘタレ状態の義朝にひじ鉄食らわせるその凛とした様子にも、個人的にはシビレました。 愛する男だからこそ、自分などに空虚のはけ口を求める逃避などではなく、きちんとひとり立ってもらいたい。

これで常盤はその後…という展開になっていくんでしょうかね。

なななんと、マラソンで一回お休みなのですか!

ということは、先頭集団がお手付きで一回ペナルティ…じゃなかった(爆)、12馬身離されていたと思っていたら、あと8馬身程度だった!という話じゃないですか(なんだソレ)。

頑張って追いつくぞ~(ヘラヘラ…暑い…笑)。

 8月12日はマラソンでお休みです。今日も9時からでしたが、柔道の実況のために、10時02分からでした。来週は8時からですが、変更もあるかもだそうです。

 というわけで、お盆休みぐらいまでに清盛に追いついてくださいませませ。(笑)

 今日の回は、評価の難しい回でした。崇徳さんが久しぶりに登場で、うれしかったです!予告が良かった!頼朝、おかえり!崇徳ちゃんの讃岐ライフの次は頼朝の伊豆暮らし!乞うご期待です。

ささ様
情報下さり、ありがとうございます。

オリンピックの柔道というのはここ数年というもの、どぉ~も見ていてイライラします。
日本人が作ったんだから日本人の作ったルールでやらせろ、みたいな。
要するにもう、別のスポーツになっちゃってるんですよね。

それはそうと、どうも夏ドラマが全滅っぽいので(「サマーレスキュー」 はどうした?…笑)、「清盛」 のレビューに精魂を傾けようと思う、今日この頃です(「シャーロック」 は、全部終わったらレビューします…ペコリ)。 おそらく今週中には怒涛の寄りで外掛け一本(なんか相撲と柔道がごちゃまぜになっとる…)。

イキナリ揚げ足取りで申し訳ありませんが、
義朝の回想シーンの台詞、両方「源氏」になってます。

しかし、この第25回で初回に生じた
「何で頼朝がそんなに清盛をヨイショするの?」
な疑問が半分、回収されたのでホッとしました。
もう半分は第28回なわけですが、
これは第27回の一騎打ちがちゃんと伏線となっていて
ストーリーに多少の粗がありながらも、
群像的として各キャラの魅力が出ているから、
充分、カバーできている感じがします。

巨炎様
コメントおよびご指摘くださり、ありがとうございます。 さっそく直させていただきました。 暑さでボケてますね(ボケはいつものことか)。

大河ドラマが陥りやすい弊害として、プロットが権力者中心でまわっていって、上のほうでチャンチャンバラバラやってるだけではないか、という 「庶民感覚との遊離」 という問題があります。

この、かなり周到に練られた傑作大河である 「平清盛」 でさえ、その轍を踏んでいる、と感じます。

もっと裏で勉強しないと、保元や平治の乱で武将以外で動いている 「軍勢」 というものの正体が、読めてこない。

彼らは荘園のなかで働かされていた者たちなのか、それとも本当に平氏、源氏の血族なのか。

私が平氏の経済基盤についてこだわるのも、そこに一因があります。

いったい彼らは、どういう結びつきで、「一族」 として行動を共にしているのか。

それが表現できたとき、初めてこの 「傑作平安絵巻」 は、全体的なヒエラルキー論を含めた説得力を持つのだ、と感じるのです。

 一昨日の崇徳ちゃんの納涼祭りはですね、ちょっと柔道の中継で放送が遅れすぎたせいか、やや、すべった感じがしました。

 もう、井浦新さんの演技力頼みというのが(ツイッター解説も含めて)はっきりわかる回でした!崇徳院は井浦さんしか考えられないです。映画で三島を演じるそうですが、(三島に敬意をこめて、横文字から漢字表記に改名したらしいです。)崇徳ちゃんにこれだけのめり込んでいるのを見ると、三島の演技はきっと神がかり的になってると期待させてくれます!

 内容については、リウ様が追いついたらレビューしてくれそうなので、その時に!暑い時に見ると納涼効果もあがると思います。私は、崇徳ちゃんに同情してしまったので、ホラーには見えなかったです!哀しかったです。

 崇徳ちゃんは、「面白く生きる」なんて、軽々しくアドバイスする相手じゃなかったのです!清盛くん!

 井浦さんによると、清盛の歌会でのどの子もみんな我が子!って歌なんて、崇徳ちゃんにはできない発想だそうで、清盛が羨ましかったらしいです。「もはや、歌ではない」けど。(笑)自分には面白く生きるなんてできない、嫉妬や焦りがこめられているそうで、それだけでも、崇徳様は人として深いです。

 平治の乱では、塚地さんの演技が楽しめます。見果てぬ夢でも、義朝をそそのかしていましたが。信頼がぴったり!でも、後白河は彼のどこが気に入ったのでしょう。そこも後白河の変わり者気質で、説明できるから、なんとなく納得してますが。

 見果てぬ夢では長恨歌が、まだ、後白河の信頼への寵愛を諌めるために献上するという扱いで、信頼は楊貴妃なの?と妄想して笑ったりしましたが。確かに国と上皇を危うくしたのだから、楊貴妃でもおかしくない(笑)

 塚地さんの演技を見ていると、兎丸の加藤さんの演技と役柄が違うせいもあるけど、芸人さんの演技も様々だなと思います。

 いろんな演技を楽しめるのが、大河ドラマの懐の広さだし、醍醐味でもあります。そこで、主役をはるのは大変、代々の主役の皆さん、それぞれ素晴らしい!もちろん、今作の松ケンくんも!(笑)それにしても、猛暑!うちの犬は、クーラーの下に逃げ込んでいます。

私は崇徳ちゃんの回、大変楽しみました。

滋子ちゃんのくせっけ、結婚式も(当時結婚式なんてないんですが。)、妄想先生のブログによれば、
歴史が好きな人ほど、抵抗感なく楽しんでいるそうで。

ドラマなんだから、いいんですよ。
現代の人にもわかりやすくなくっちゃ。

興味持ったら、歴史の専門書でも、小説でも読んで、「本当はこうなんだ」と、理解を深める。
大河の役目は本来、その入り口なんじゃないかと、私は考えています。

井浦さん、三島をやるんですか。
これは楽しみですね。今の月9にもご出演ですが、ちょっともったいないような・・・。

先日の「家族、貸します」もなかなか面白かったです。
これ、義朝さんと、由良御前ですよね・笑
義朝さん・・・、じゃなかった、玉木くんも憑依する俳優さんですね、
最後の演技はすごかったです。
ぜひ、シリーズ化してほしいです。

娯楽に絡めて、現代の家族の問題をうまく浮き彫りにできそうな予感・・・・。

橋本さん、こんばんは。

感想がアップされていて嬉しかったです!
自分はこの回の「見果てぬ夢」というタイトルだけで既にやられてしまいました。
橋本さんは信西と由良の「見果てぬ夢」について書かれていましたね。僕は、女性の気持ちに沿えなくて、、由良さんの夢には気がつきませんでした。。信西の見果てぬ夢、清盛と義朝の見果てぬ夢にとても心が痛みましたね。。
自分の私見ですが、清盛と義朝は本当は同じ夢を見ていたのではないかと思ったので。根本的にお互いがお互いの存在を必要としていたでしょうし、競い合い、並び立って、共に武士の威信に満ちた世の中を作りたかったんだと思います。方法こそ違いましたけど。
義朝は死ぬ間際まで何度も何度も比べ馬の日の光景を心に浮かべるんですよね。立ち上がって「次は絶対負けぬからな」と叫ぶ清盛の声を背中で聞きながら笑顔を浮かべる自分の姿を思い返すんですが、自分には義朝の見ていた夢が言葉以上に伝わる気持ちがしました。当時はさらーっと流していたあの場面が後々こんなに感慨深いものになるとは、思いもしませんでした。

平氏の経済的基盤やそれを支える下々の兵士や民の存在が描かれていないことは、僕も感じているんですが、そこまで描き込んでしまうと物語が散満になってしまうリスクもあるような気がします。上層のみを描いている今でさえ登場人物が多いこともあり、この人物はもう少し深く突っ込んでもと感じることがありますから。そこら辺のバランスはとても難しいですよね。
この物語は、現実なのだか登場人物の心象風景なのだか微妙な場面が多くあります。
チャンバラごっこをし、「強うなったな」という言葉と宋剣を遺していった父親の魂や、オウムに姿を変えて閉ざされた門を超えて父の下に現れた息子の魂。清盛と義朝の一騎打ちも二人以外の気配すらなくて幻のような、この世の出来事でないようなシーンでしたし、清盛に張り倒された頼朝が義朝に姿を変えるシーンもそうでした。
夢か現か的な、、このドラマの大きな特徴のひとつのような気がします。そこに、リアルな下層の人々の下支えの描写を入れることは、このドラマで相容れるのは難しいのかなと感じます。あくまで自分の私見ですが。そういう現実を無視して綺麗事だけで進んでいくドラマに心酔しているのとも少し違うかなと思います。。

話は違いますが、橋本さんの太鼓判ドラマ「カーネーション」ですが、自分は未見なんですが橋本さんの感想を拝見してまるで視聴したかのように感じているんですけど、自分の家族になんだか似ているように思います。うちは母親と僕、妹二人なんですけど。母親は自分一代で仕事で独立した仕事中毒のガリ勉なんですが、妹二人もガリ勉の仕事中毒(一人はまだ大学生ですが)で何の迷いもなく母親の後を継ごうとしています。(自分はそんなに勉強好きではないので、サラリーマンになりました;)育児など二の次三の次の母親に対して反抗期があったでもなく、母の歩いた道をひたすら追っていく二人を見ているとなんとなく重なる思いがあります。これまで女性が主人公のドラマは見たことがないんですけど、、時間が出来たら見てみたい作品です!
では夏バテにお気をつけて!

ささ様
再コメント下さり、ありがとうございます。

「平治の乱」 については、鋭意レビュー制作中でありますが、暑さでバテてなかなか進みません(笑)。 今週中に、などとタカをくくっておりましたが、ささ様のお見立て通り、追いつくのはお盆前あたり(お盆期間中?)になってしまいそうです。

いずれにせよ、夏ドラマはもうどーでもいい状態なので(だから 「サマーレスキュー」 は…笑)「平清盛」 強化月間と参ります(笑)。

それにしても、崇徳帝の歌に込められた、彼の精神状態まで推し量るとは、このドラマはますます侮れませんね。

学術的にどうとか、という話ではなくて、ドラマの俎上に崇徳帝の詠んだ歌を乗せるということ自体が、作り手の意気込みというものを感じるんですよ。

ゴッシーは塚地クンのフーセンドラゴンぶりをめでたのでしょう(本日、ドラクエ最新作、10発売!)(フーセンドラゴンはドラクエのモンスターの名前です)(ドランクドラゴンとかけてます)(解説しまくらなければ分かりません)(ちなみに私はWiiを持ってないのでドラクエ最新作ができません)(解説くどすぎ)。

塚地クンはいかにも、デブであることを可愛さの象徴として売り込むことだけに長けた、ノーナシの権力フェチ公卿ですからね(イカン…「平治の乱」 のレビューもそうなんですけど、暑さで少々論調が過激になってます…)。

そんなステレオタイプのおデブバカを、ゴッシーはある種の典型を見る目つきで見ている。
要するに、フィギュア感覚で愛でているんだ、と思いますよ。

私はこの塚地クンを、デブでブスということを逆に武器にして相手に安心感を与えた、木嶋佳苗の平安バージョンだと思って見ています(嗚呼…論調が過激すぎる…)。

とんだ楊貴妃ですね…

マーシー様
コメント下さり、ありがとうございます。

井浦サンはたまに、どーでもいいようなドラマに出演なさりますよね(笑)。
私はこの人の出演作品のタイトルをつらつら眺めながら、「この人って結構、傑作の匂いをかぎ分けてる」 と感じることが多いのですが、出演を決めるのにいったい何が基準なのかしらん。 ひょっとすると 「井浦新」 と 「ARATA」 という具合に、二面性を打ち出したいのかもしれない。

ただ、三島の生き方に感銘して、自分も本名で勝負しなけりゃダメだと感じた、ということのようですから、かなり真面目なかたのようです。

でも井浦サン、三島も本名じゃ、ないんですけどねー(笑)。

ご記憶のかたもおいでだと思いますが、私は最初、別人だと思ってました(笑)。 「この人、ARATAに似てるよな~」、なんて、レビューに書いちゃって(笑)。

義朝と由良の別ドラマ、もうやっちゃったんですか
どうもチェック機能が暑さでやられてますな…。

アキラ様
長文のコメント下さり、ありがとうございます。

これは次回 「平治の乱」 の書きかけのレビューに書いてしまっていることなのですが、私は義朝と清盛の目指していたところは、若干の食い違いがある、と感じています。

ただ共通しているのは、青春時代に誰もが抱えている、「世の中はこんなんじゃダメだ」、という思い、だと思う。

清盛が若い頃、これは現代的な自我っぽいのですが、「自分はいったい何者なのか」、という思いにさいなまれていた。

それに対して義朝は、「自分が最も力を発揮できる場所はどこなのか」、という苦悶を抱えていた。

清盛のそれはとりもなおさず、自分が白河法皇のご落胤であることに端を発した 「からっぽの自分の自覚」 だったと思うのですが、義朝は自分の力を試そうとするあまり、「力」 というものの持つ強力な誘惑に身をゆだねていった。

だから義朝は、武士の本分を 「力」 である、という人生の結論に達しているわけです。

ただ両者とも、「現状に対する不満」「現状打破の気持ち」 においては、ベクトルが同じなのです。

だから互いに、強く惹かれあっていく。

このドラマの幽玄な部分は、「源氏物語」 的な生き霊、物の怪との共存的な世界から、武力という力が台頭していく、現実回帰的な境界線の曖昧さからきている気がします。

だからところどころ、夢か現(うつつ)か判然としない部分が演出される。

ただ私の場合、清盛の言動に、イマイチその現実浮遊感が災いしている部分を見るのです(ぶっちゃけて言えば 「なんか重みがない」)。
それを現実に引き戻すのには、平氏の組織としての全体像をきちんと見せる、ということが不可欠なのではないか、という気がしています。

「カーネーション」 は、「自分にもそういうところがある」、という共感がないと、なかなか入り込めないドラマだと感じます。

これもぶっちゃけて言えば、聖人君子はこのドラマを忌み嫌うでしょう。 品がないとか人間こんなに汚くないとか。
嫉妬とか自分を棚に上げとか、そういうことをしたことがある人なら、特に共感を呼ぶ、と感じます。

まあ長ったらしいお話なので(笑)、お仕事がかなり落ち着いたときに見られたらよろしいのではないでしょうか

 木嶋香苗については、同性としては、どうして男の人は彼女にお金を貢ぐのか、わけわかりません。でも、リウ様のお言葉のように美人じゃないところが、安心感を与えるのだとは思います。それと、どこか、こんな女が自分を騙しているわけがないとたかをくくっているのかなと思います。

 崇徳ちゃんの回は、もう崇徳の怨霊伝説を、映像にしてみましたという力の入れようです。それと、井浦さんが、怨霊の哀しみを凄まじく演じていて、素晴らしいです。崇徳ちゃんサイド、文句なしでした!

 清盛の方も第3部にお話を続けるようにがんばってます。西行がまた、出てきまして、ちょっとお邪魔気味だけど、崇徳ちゃんの和歌の友というのと、崇徳ちゃんの死後、讃岐を訪ねて、崇徳の死を悲しんだ史実に寄り添っているのでしょう。いきなり出てくるのは相変わらずです!(笑)

 では、平治の乱、がんばってください。阿部ちゃんの信西最後の回です!このドラマの道を拓くキャラでした。清盛と後白河、どっちも不遇の時から、役割を与えてくれた人で、平治の乱では、西光も導いていく、阿部ちゃん凄いです!多分彼じゃなかったら、信西はただの成上がりの権力者にすぎなかったでしょうね。レビュー、期待して待ってます。

ささ様
取り急ぎ返信いたします。 あ~、今日もアップできません(笑)。 寝過ごしました(笑)。 もう7、8割がた、出来ておるのですが…。

またあらためて明日の朝、返信いたします。

ささ様
あらためて返信いたします。

木嶋佳苗被告…じゃなくて死刑囚かな?は、男性心理を巧みに突いた立ち位置で、女性としてのプライドをいたずらに膨張させていった、という気がいたします。

男だからこそ分かるのですが、だいたい自分の顔にかなりの自信がない限り、男というものはとても自分の容姿に劣等感を持っています。
だから道行く美人を見ても、「ああ目の保養になった」 とは思うものの(笑)彼女と付き合える、とは到底思わない。

で、自分に 「相応」 の女性に目が行くわけです。

そういう弱肉強食的な男女関係を熟知していると、女性の場合 「多少器量が悪くとも、母性とか都合のいい女とかを演じれば、男というものはかなりなびいてくる」、という認識に至るはずです(こちらの考察はささ様にお譲りします)(あ、ささ様が器量良しだったらこうした考察はできません)。

信頼は自分の器量の悪さにこそゴッシーがなびいているのだ、ということを、熟知しています(笑)。

だからゴッシーの容姿端麗に自分も近づこう、などという大それたことを考えない(笑)。

却って信頼にしてみれば、ペット的な興味でしかない自分に、ゴッシーがいつ飽きてしまうのか、がとても不安なわけです。

だから十把ひとからげで、皇室もろとも幽閉してしまう(なんか考察が、変な方向に向いている…笑)。 籠の鳥にしときゃいつだって思うがままですから。

それと木嶋佳苗が、どうつながるのか?

…自分でも分からなくなってまいりました(爆)。

 器量は10人並以下で、しかも、もういい年だし、気が利かない子で生まれてこのかた生きてきましたので、木嶋さんの考察は無理!他人様のお金を騙し取っていい暮らしをするためとはいえ、男に媚びるなんて、絶対できない、私は寅年生まれのせいか不器用なんですよ。娘と息子が迷惑をかけた時以外、他人に頭下げない主義ですから、かわいくないのです。私は。(子供たちだって、成人したら、自分で責任とってもらいます!)(笑)男の人はかわいい女がいいみたいですし。木嶋さんもかわいかったのでしょうね。被害者の方達にとっては。


 後白河の容姿端麗に自分が近付こうとは思わない、太鼓持ちの謙虚さ!松田くん相手だとそうですよね。信西によると信頼さんは生まれもいいらしいし。信西からしたら、生まれのいい人は悪左府様のように、勉強をがんばるとかじゃないと、認められなかったのでしょうけど。後白河のお馬鹿な取り巻きに政治的役割を与えるなんて、愚の骨頂だったのでしょう。

 でも、家柄のいい人って、勘違いもできちゃうわけで。後白河も幽閉されて、酔狂が過ぎた自分を反省するみたい(多分?)です。木嶋さんと違うところは、後白河は手玉にとれるほど甘くないというところです。それと、木嶋さんの方が、信頼より、自分を知っていて、ずる賢いと思います。

 信頼はお育ちのよさからか、つめが甘いですもの。塚地さんの演技は楽しめました!

 信西にしても、信頼にしても、歴史の授業では、さらっとだった人で、私の記憶には全くなかった人たちなので、こうして、ドラマで見ると新鮮です。あまり知られていない時代のドラマは食いつきにくいですけど、また忠臣蔵かと思うよりは、楽しいで。戦国、元禄、幕末も常連の良さはあるのですが。来年は明治!新島襄先生は誰がなるのでしょう。

ささ様
取り急ぎ返信いたします。
あ~ 「平治の乱」 、やっとアップしましたが、コメントに返信している時間がありません。 また明日の朝、あらためて返信いたしますので、よろしくお願いいたします。

ささ様
あらためて返信いたします。

ささ様の教育方針には、全面的にさんせーです!(笑)。
子供は高校を出たらもう、自分の足で立つことを考えなけれはなりません。
大学って、自分が行って無意味だったと思うので、一流企業を目指してでもいない限り、お勧めしませんね(やっぱり大学出た者の驕りかな…)。 だいたい学歴で採用を決めるような企業には、明日はないと思ってますから、ワタシ。 一流出とか、あんなアテにならんものはありません。 「社会人力」 が、必要なんですよ、会社にとっては。

まあ、塚地木嶋説はもういいとして(爆)(なんか木嶋佳苗クンについて、コメント欄で以前論じ合った記憶があるのですが…笑)(「どーしてあんなのが」 という興味って、彼女に対してすっごくありますよね…笑)。

塚地信頼はやはり、「ペットとしての魅力」 に尽きる、と思うんですよ。
だから悪だくみをしようとしても、ドラえもんみたいにうまくいかない(笑)。

それと…。

この信頼も、信西ですらも、ワタシ歴史の授業で習った覚えが、ないですからっ! ザンネンっ!

忠臣蔵絡みのドラマって、いまNHKBSでやってますよね、山本耕史サンの。 「薄桜記」 だったかな。 第1回目を見てレビューするかどうか決めかね、そのまま第2回を見ずにいます(ハハ…)。

堀江安兵衛が出てくるんですけど、どうも 「新選組!」 だったかな、阿部寛サンのイメージが強烈に残ってて…。

綾瀬はるかチャンの相手役、大沢たかおサンだったらすごく視聴率上がると思いますけど(笑)おそらく別れた恋人同士なのでそれはあり得ない(そ~なのか?…笑)。

NHKサンが好きそうなところでいけば、綾野剛サンとか?
反町クンとか竹野内クンラインなどがワタシ的には好みかな

 綾野さんは会津公にもう決まってます!二役という離れ業もありますが、難しいですね。(笑)竹野内さんが下馬評では有力みたい。反町さんも何か重要な役ででます!(よく覚えてません!)来年のもそろそろクランクインかしら(笑)

ささ様
レス下さり、ありがとうございます。
うつらうつらしてコメントしているあいだに、ささ様からレスをいただいてしまいました(笑)。

あ~、もう結構、キャストが決まっているんですね! そりゃそーか。 もう来年の大河ですもんね。 私の記憶が確かならば、毎年8月って、大河のクランクインだったと思います。

綾野サンが会津公、と知って、「似てる!」 と思わずひとりごち(笑)。
やはり私も福島の人間ですから、写真を見てよく顔を存じておりますので…

 来年の大河ですが、反町さんは大山巌役らしいです。軍人さんは似合うのではないでしょうか。

ささ様
お知らせくださり、ありがとうございます。

反町サンもここのところパッとしない感じなので、いいドラマに出て実力を発揮してもらたいたいですよネ!

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BOOKS

  • マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 下

    マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 下
     1600ページも費やして、この上下巻はまだ彼らのデビューまでしか書かれていない。 3部作計6巻のうち2巻に過ぎないのだ。 なんと気の遠くなるような作業なのだろう。  本書はビートルズを語るうえで孤高の一作となるはずだ。 虚飾をすっかり剥ぎ取った、20世紀最大の奇跡に潜む真実が、これを読めば理解されるはずである(当ブログ紹介記事より抜粋)。 本書下巻では、1962年のレコードデビューまでが書かれています。

  • マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 上

    マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 上
     1600ページも費やして、この上下巻はまだ彼らのデビューまでしか書かれていない。 3部作計6巻のうち2巻に過ぎないのだ。 なんと気の遠くなるような作業なのだろう。  本書はビートルズを語るうえで孤高の一作となるはずだ。 虚飾をすっかり剥ぎ取った、20世紀最大の奇跡に潜む真実が、これを読めば理解されるはずである(当ブログ記事より抜粋)。 この上巻ではビートルズの祖先から遡ってリバプールで人気に火が付き始めたところまでが書いてあります。

  • ポール・デュ・ノイヤー: ポール・マッカートニー 告白

    ポール・デュ・ノイヤー: ポール・マッカートニー 告白
    まず驚かされるのが、表紙のポールの写真です。 よくこんなのが採用されたな、というくらい、刻まれた年輪が顕著に分かる 「年老いたポール」。 飾り気のないその写真に、「素のポール」 をあぶり出そう、という心意気が見える。 そして実際、著者のその目論見は、成功しているように思えます。 何より大きいのは、「NME」「Q」「MOJO」 など音楽メディアで長年記者を務めてきた著者がポールと同じリバプールの出身者である、ということ。 さらにポールと同じファースト・ネームであること。 だからポールはまるで自分の分身に話しかけるかのように、時折同郷人にしか分からない言葉で気さくに著者に話しかける。 この本を読む者は、まずその 「不思議なリラックス感」 に包まれるはずです。  本の構成は大きく二つに分かれます。 前半ではビートルズからウィングス、ソロに至るポールのたどってきた長い長い歴史、後半ではポールの人格に迫る試みがなされていく。 そのインタビューは、一気に行なわれたものではありません。 著者がNMEの記者だった1979年のものから、明示はされていないがおそらく2013年、「NEW」 の発売前後が最新のものではないか、と思われます。 実際読んだ感覚では 「キス・オン・ザ・ボトム」 あたりが最新のような気もする。 その30年以上にわたる膨大なポールへのインタビューを、項目によって構成し直しているようです。 ですから、今年(2016年)亡くなったジョージ・マーティンについてのポールの見解であるとか、最新の情報が提示されているわけではない。 ポールの情報というのはこの歳になってもなお日々更新型ですから、その点については物足りなさが確実にあります。 さらに、30年以上というとポールのものの考え方にも変化変遷があってしかるべきだと思うのですが、30年以上をリミックスにかけているからその変化というものがつかめてこないもどかしさがある。 表紙を飾ったポールの 「老い」 という問題にも、この本はきちんと答えてくれているわけではない。 さらに言えば、ジョン・レノンの死について多くが割かれているのとは対照的に、2001年に亡くなったジョージ・ハリソンの死についての記述はない。 正直なところ、このような本を読み漁ってきた身としては、衝撃に値するような情報が書かれているわけではありません。 しかし前述したような、リラックスしたムードのなかでポールと語らっているような疑似体験を共有できる強みが、この本にはある。 この本全体に貫かれているのが、この心地よさなのだ、と思うのです。 その心地よさが乱れるパートがあります。 自身の失敗作、どうでもいい作品について語るときのポールは多分に感情的になりがちであり、イライラした様子を隠しません。 特に 「シークレット・フレンド」 を語るポールのくだりはポールファンなら一読に値する部分でしょう。 しかしそのイライラも、ポールの人間性が垣間見える瞬間としてこの本にとっては必要なパートなのです。 3000円以上と、この本は決して安くはない部類の本です。 ただその値段に見合うパフォーマンスは兼ね備えています。 この本と付き合った1か月足らずの間、心地よい体験をすることができました(アマゾンの自身のカスタマーレビューより)。

  • : レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]

    レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]
    全200ページ程度のボリュームのなかで、キャンディーズに関する特集記事は50ページ。 ただし、これが濃い。 全シングル曲、ほぼほとんどのアルバムの解説は当然として、彼女たちの芸能界における歴史から見た考察、コメディエンヌとしての彼女たち、DVD解説など多岐にわたり、キャンディーズが分析されています。 特に圧巻は、レア音源に関する記述。 ここまで調べている読み物には、個人的にはお目にかかったことはありません。 700円。

MUSIC

  • ザ・ビートルズ -

    ザ・ビートルズ: サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド(スーパー・デラックス・エディション)(4CD+DVD+BD)
    ロック界、いや、すべてのポップミュージックにおけるアルバムの中で史上最高と称され、すでに世界文化遺産の域にまで達しているこのアルバム。 そのアルバムの発売50周年を記念して、スペシャルエディションがリリースされます。 なかでもブッ飛ぶのがこのスーパースペシャルボックスセット。 CD4枚組であらたなリミックスのステレオ盤1枚、モノ盤1枚、初期テイク集が2枚、さらにブルーレイ1枚とDVD1枚で5.1サラウンド、ハイレゾ音源、ドキュメント映像 「メイキングオブサージェントペパーズ」 のデジタルリマスター等々、卒倒するようなラインナップです。 18、000円プラス税と値は張りますが、史上最高の名盤だからこそこれは買い。 5月26日の発売までに予約をしておけば、アマゾンならば値下がりした時に値段がそのあと高騰しても最安値で購入できます。 ビーファンならずとも、これは注目ですぞ!

  • 山口 百恵 -

    山口 百恵: ゴールデン☆アイドル 山口百恵(完全生産限定盤)
    全シングルA・B面プラスボーナストラック(「あなたへの子守歌」)を、山口百恵名義としては初のブルースペックCDとしてリリース。 音はいわゆるドンシャリ系ではなく、アナログ盤に準拠した原音に忠実な印象です。 パッケージングはアナログシングル盤サイズで中袋、CDを納めるケースが完全にドーナツ盤をイメージしています(よく言えば斬新…笑、悪く言えばチャッチイ…笑)。 しかしその発想は買える(笑)。 ほぼ原寸大のシングルジャケットと裏の歌詞カードの複製ブックレット。 ただスキャニングは欲を言えばもう一歩。 当時シングル盤を中心に聴いていたかたなら、この編集盤はかなりの 「買い」 です。 しかしこのジャケット表紙の写真、スッピン風で個人的にはすごく好き。

  • デイヴ・グルーシン&リー・リトナー -

    デイヴ・グルーシン&リー・リトナー: Two Worlds / Grusin & Ritenour
    NHK朝ドラ 「花子とアン」 で美人のスコット先生が夜な夜な歌い、チビはなチャンがすっかり覚えてしまったイギリス民謡、「ザ・ウォーター・イズ・ワイド(流れは広く)」。 このアルバムでルネ・フレミングが歌っていたのを思い出しました。 ルネのソプラノはけっして大袈裟でなく上品で、私のとてもお気に入りのソプラノ歌手ですね。 このアルバム自体は全体的にクラシックにギターのリー・リトナーが絡むフュージョンぽいものなのですが、故・黒田恭一サン評するところの、「大人が聴く音楽」。 胸を締め付けるような哀しみと、すべてを包み込むようないたわりに満ちていて、私の人生のなかでも最上位に位置する愛聴盤です。

  • 桜田淳子 -

    桜田淳子: ゴールデン☆ベスト 桜田淳子~シングル・コレクション
    彼女の活動期に発売されたシングルをすべて網羅したベスト盤。 確かに後年のものほど馴染みがありませんが、選曲漏れがないので、彼女の存在とは何だったのか自体に思いが至るベスト盤です。 音も楽器の音像がよくてなかなかいいマスタリングをしている気がします。 2600円程度で推移しています。

  • ザ・ビートルズ -

    ザ・ビートルズ: ザ・ビートルズBOX(限定生産品)(USBメモリ)
    パソコンにUSB端子があり(たいていついてると思います)、パソコンで音楽が聴ける環境をお持ちの人ならば、聴くことができます。 現在のテクノロジーで最もいい音質で聴ける、ビートルズの音楽です。 ただし国内版にもかかわらず、訳詞とか一切なし。 ジャケットもブックレットもパソコンデータ。 純粋に音楽だけ楽しみたい人向けです。 また、曲間にコンマ何秒かのブランクが入ります。 「アビイ・ロード」 のメドレーも同様です。 しかし、音はさすがに、すごい。 大きな音量であればある程、目の前にビートルズが迫ってくる勢いです。 ツヤが違います。

  • The Beatles -

    The Beatles: The Beatles [USB]
    こちら上記の海外版。 内容的には国内版とほぼ一緒なので、値段が安いこちらのほうがいいでしょう。

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