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2012年8月 8日 (水)

「平清盛」 第28回 「友の子、友の妻」(7月15日放送)を見て

 平清盛(松山ケンイチクン)は、なぜ源頼朝(中川大志クン)を助けたのか。

 第28回の眼目は、そこであります。
 なぜならこの回、清盛は頼朝を殺す殺すと言っといて、だいたいの日本人は(笑)頼朝がそのあとちゃんと生きて、鎌倉幕府を立ち上げたことくらい知っているから(「立ち上げ」 って、パソコンか)。

 これまであまり、裏表という部分を見せず、人物評価的にストレートで屈託のないところばかりを見せてきた松山清盛でしたが、信西(阿部サダヲサン)が死んでからの清盛は、ちょっと違う。
 信西が死んでからの清盛は、光ってる。
 信西が死んでからの清盛は、いい汗かいてる。
 信西が死んでからの清盛は、男だぜー。
 カッチョイ~っ(元ネタ分かんない人もいるでしょうね…)。

 清盛はそんな自分を、「叔父上(忠正)を斬ったときから、オレの覚悟は決まっている」 と表現していた。
 でも見ていて感じるのは、そんな理不尽を要求した信西が自害した時からの、清盛の一連の行動が、それまでとは明らかに違って、ひと回り大きくなっている点です。

 覚悟覚悟と言っても、その意味は広うございます。
 その覚悟の質は、この回のクライマックスで特殊偽装したアンリアルな設定のもと、明らかになることとなる。

 それにしても、この回の清盛の苦悩は、これまで単純な熱血バカに見えた男が直面した 「選択を迫られた者の行動パターン」 として、だいぶ説得力を伴っていたように感じます。
 そして彼はその経過のなかで、「建前の自分」 と 「本当の自分」 を使い分けることの醍醐味に、気付いたように感じる。

 その結果、これまでおそらく徹底してまっすぐで少年の心を保ち続けていた清盛は、女房の時子(深田恭子チャン)にウソをついて、常盤(武井咲チャン)と不義密通へ…(そこかよ)。

 そしてこのドラマは、2005年大河 「義経」 の時代と、今回ようやくかぶりました(それ以前の源平題材大河については知識が乏しいのでご勘弁を)。

 先の大河で常盤御前を印象的に演じていたのは、稲森いずみサンでした。
 正直言って、稲森サンの 「平安バージョン」 は、当時最強だと思いましたね(笑)。
 だからそれ以降稲森サンが現代ドラマに出ると、「どうしてこの人こんなに現代人が似合わないんだ」 という不満タラタラで(爆)。
 武井咲チャンは、「稲森常盤」 には存在感を譲るものの、その毅然さでは、稲森サンに肉薄している。 由良御前(田中麗奈サン)が亡くなったあたりからその凛とした意志の固さに磨きがかかり始めている気がします。 なにしろ声が気にならないというのはすごい(褒めてんのか?)。

 ちなみに先の大河で後白河を演じていたのが、平幹二朗サン。 もう、こういう悪の枢軸みたいのやらせると、ハマりまくりでしたね(笑)。 その女房?が夏木マリサンで。 そりゃ晩年の小原糸子が東洋の魔女(バレーボールかよ)に見えてしまっても仕方がないくらい、この人は 「里見八犬伝」 の頃から、悪女をやらせるとピカイチで(一般の認識では、ユバーバでしょうけど)。

 ムダ話ばかりしてますね。

 今回松田翔太クンが演じているその後白河上皇を頼ってきた、デブ頼サマ(塚地クン)と成親(吉沢悠サン)。
 優しいフェイントをかけられて安堵したのもつかの間、長恨歌を聞かされて 「どんな歌?(きゃぴ♡)」 と訊いたデブ頼に後白河は態度を豹変、「朕は、この歌のように身を滅ぼした皇帝になりとうない…!」 と、その身柄を拘束してしまうのです。

 邪悪なオーラに包まれていた平幹サンと違って、こういう静かなる負のエネルギーという放出の仕方も、とても印象的です。

 清盛の前にひっ立てられたデブ頼と成親。

 成親は身内のよしみで許してもらえますが、デブ頼は国の重要無形文化財(信西)を亡きものにした罪で、許してもらえません(ここらへんの情状酌量的な審判の揺らぎが、のちの頼朝の処遇の呼び水になっている気がする)。

 ここでデブ頼は、「面白うないのう…」 と述べるのですが、清盛は 「志無き者の一生が面白うないは道理!」 と喝破します。 すでにみち様にご指摘されてしまっているのでここでは多く語りませんが(ささ様と間違えた…平にご容赦を…汗)、清盛のなかで 「遊びをせんとや」 の意味が、深遠さをますます増しているセリフであることは、指摘しておかねばなりません。
 信西がしていたのは、割りばし遊びではありません(笑)。
 国家の将来を見据えた、必死の 「遊び」 だったのです。
 のんべんだらりとした享楽に興じていたデブ頼がしている 「遊び」 とは、質が根本から違う。 ただ、どうもデブ頼がかわいそうに見えてしまうのは、塚地クンの人徳なのでしょう。

 ここで 「武士が公家を断罪すること」 が当時いかに驚くべきことだったのかがナレーションで明らかになりますが、これはつまりこのクーデターに加担しなかった公家たちに、戦後処理ができる力のある公家がいなかった、ということの裏付け、でもある。 清盛が出しゃばりの印象を与えるが、それだけの力を、清盛しか持っていなかった、ということ。
 言ってみれば民社党も自民党も、同じ公家でどーしよーもないから、オレが断罪してやる、といったところでしょうか。 これじゃ当時の天皇も、国民の象徴みたいな感じ?
 いや、二条天皇の拝命で清盛は動いているわけだし、清盛が出しゃばっているわけでもない。 ただこの裁定の経過は、清盛が力をつけていく印象を周囲に与えるものだから、後白河としては、やはり 「面白くない」 ものであったでしょう。

 いっぽう話は前後しますが。

 義朝(玉木宏サン)は憔悴しきった顔で、東国へと逃避行を続けています。
 そこで少年頼朝は、父義朝とはぐれてしまう。
 義朝がなくしてしまっていた(先の清盛との一騎打ちの際に現場に置いてきちゃった)髭切。
 父がなにも答えないため、頼朝はそれがこのへんに落ちているのでは?と探しているあいだに、はぐれてしまったのです。
 この経過が、今回のドラマの組み立てのうえで、重要なお膳立てとなっています。
 髭切がなければ、今回の清盛による頼朝の裁きに、ドラマ的なメリハリがつかないからです。

 逃亡の途中、義朝は長男、次男(頼朝の異母兄たち)と、悲惨な別れをしていきます。
 前回の項で私は、源氏が修羅の結びつきで動いているにすぎない、ということを書きましたが、いくら修羅の結びつきでも、親子は親子だったようです。
 ドラマ的に、この 「義朝が東国の女に産ませた子ら」 について、ほとんどまともな描写がされていなかった(私の記憶がないだけかもしれませんが)ことが裏目に出たような気もいたします。 なんかいきなり、の感はぬぐえませんでしたが、悲劇だけは伝わる。

 義朝の次男朝長は、瀕死の自分の体に父親にとどめを刺してもらおうと、懇願します。
 父為義を斬れなかった義朝は、自らの息子に、手をかける。
 この部分も、朝長がちゃんと父親に構ってもらえなかったことからくる、最後の甘えだったような気がしますし、義朝は義朝で、まともなことをしてやれなかった息子への最後の愛情だったかもしれない。 父為義を斬れなかったことを、この時点で乗り越えたのかもしれない。

 あ~ダメだ(笑)。 こういう細かいところまでレビューしていては、いつまでたっても終わらんぞ(笑)。

 義朝は正清(趙珉和サン)の義父長田忠致のもとに匿われるのですが、すでにこの義父の様子が、少々怪しい。
 人間、失敗した者には、とことん冷たいものです。
 それも自分が手柄を立てるためなら、どんなみじめな敗残者にでも蟻のように群がる。
 逆に、羽振りのいい者にも、蟻みたいに群がってくるし。
 蟻ん子みたいな人間ばかりとも限りませんが。

 義朝はその気配を察し、正清に 「もはやここまで」 のサインを出します。
 子供のころ正清には木のぼりを教えてもらったが、間違わずにのぼることをそなたが教えてくれたのに、自分は間違うてしまった。 木のぼりは、もう終わりじゃ、と。
 機を見てそこらじゅうに潜む敵方をけしかけ、義朝と正清は、互いに刺し違えます。

 ここらへんの描写を見ていて、結構冷静に見ている自分がおりましたが、おそらくそれは前回、「また会おう…」 と清盛に言って去っていった義朝が、「冥土で会おう」 ということだったのか…という虚しさか。 父為義の二の轍を踏んだということゆえか。 「源氏は、もう終わりじゃ」 と嘆いた義朝、源氏の本流が自分たちであると自負するなら、なにゆえに浅慮な行動に出たのか、という思いゆえか。
 前回出てきた摂津源氏とか、あともうじき歴史に登場してくる木曽義仲も、なんとか源氏だったはずですが(忘れた…)、源氏が終わることは、結局なかったのでは。
 知識がないので、あまり不用心なことは書かないようにしときます(笑)。

 あ~だからっ!(笑)
 ダメだってばよ、本題がまだまだ先じゃん…(笑)。

 ただ義朝の悲劇は、この回の清盛の頼朝への断罪シーンのほうで、より鮮やかに描写された気は、するのです。

 で、話をはしょりまして…(笑)。

 義朝の最期を伝え聞いた清盛は、心に深い思いを秘めながら、表面上、自分の思いをまったく顔に出さず、能面のような表情のまま、捕縛された頼朝と対峙します。
 清盛は頼朝に、父親兄弟たちの消息を、無表情のまま淡々と語るのです。

 実は、本放送時たまたま休みでこのシーンだけを1分ほど見たのですが、視聴が遅れ遅れになっているその時点でここでの清盛を見て、「なんだ清盛、ずいぶんエラソーになってるじゃないの」 という感想を抱きまして(笑)。

 ここで泥だらけの頼朝を、いかにもエラソーに睥睨している清盛は、「自分が勝者でそなたは敗者じゃ」 という立場を明確にするものだっただけでなく、好敵手のあまりに情けない最期を聞いた直後の清盛の、友に対する怒りが含まれたものだったように思われるのです。

 やっぱりちゃんと見てないと、ちゃんとした感想が導き出されませんよね。

 最初清盛は、自ら叔父を斬ったときからの覚悟を口にして、新しき国づくりを邪魔するものは誰であろうと許さない、という態度を明確にしていました。
 だがそこには、どことなく一種の、気後れが存在しているように思えた。

 この清盛の隙を突いたように思えるのは、母池禅尼(和久井映見サン)の助命嘆願です。
 「頼朝は、亡き家盛(大東俊介クン)に似ている」 いう、従来の説を一応作り手は池禅尼に語らせますが、家貞(中村梅雀サン)との語らいで、「自分の意に沿わぬことをしようとしている清盛が、哀れなのだ」 という奥の手を用意します。 断食中の池禅尼は、家貞の 「われわれ年寄り」 という言葉に過剰反応して、白湯に口をつけてしまう(笑)。 ここで見る側を笑わせることで、「家盛に似てるから」 という通り一遍のお話を、より深くしていく。

 それにしてもこの壮年に差し掛かった池禅尼を演じる和久井サン、声がバーサマになってて(笑)。
 まあ声色で年を表現するのは、いわば小手先の技術であるように思えますが、なにしろ世代間の感覚が希薄なこのドラマ、やはり 「この人はこの人の親世代」、というようなことは明確にしておかないと、少々混乱いたします。

 あ~もう(笑)。
 終わんないよ、コレ(笑)。

 で、先の大河 「義経」 でもっとも初期のシーンだった、常盤が我が子牛若(のちの義経)を抱いて清盛と対峙する場面がここで挿入され、常盤の覚悟が描写されるのですが、「女房の時子がコワイから常盤を側室にはしない」 という名目で周囲を納得させ(笑)、まあ、昔の価値観で時子にそれを反駁させます。 「殿の威厳を増すことを妻の私がつまらぬ悋気(ケチ)で阻んでいると思われては堪りませぬ」 と(笑)。
 それに対して清盛は、「常盤はわが友義朝の大事な妻なんだからそんなことするかよ」 と言うのですが、それが本心なの?と問われて 「からかうなよ、コイツう」 と反応して、時子を完全に安心させてしまう(笑)。
 で、この回ラストで、その舌の乾かぬうちに常盤を手籠めにしてしまうのですが(ゲッ…笑)。

 清盛、お前ってやつは…。
 完全な大人じゃないの(笑)。 大物だなぁ…(笑)。
 ウソも方便(笑)。
 時子の報復が大変だ(「義経」 では、確か時子役の松坂慶子サンが清盛に対して、かなり辛辣だったよ~な記憶が…笑)。

 だからぁ~(笑)。
 本題が、いつまでたっても始まらない(笑)。

 で。

 頼朝の沙汰が言い渡される日。

 清盛は、義朝が一騎打ちの場に置いていった源氏代々に伝わる名刀・髭切を、その場に運ばせます。
 刮目する頼朝。

 「はよう…はよう殺して下さりませ…!」

 頼朝は、源氏の宝刀をむざむざ戦場に捨てていった父親に対する失望で、斬首を自ら申し出るのです。
 そしてその失望を、平氏に対する怒りに転化して、「まがいものの武士(平氏)がまことの武士(源氏)に勝ったその後の世界など、見たくない」 と、14という少年のあらん限りの恨みでもって、平氏の棟梁に吐き出すのです。

 その挑発に乗ったかのような清盛。
 にやりと笑いながら立ち上がり、頼朝に近寄っていき、鞘に収まったままの髭切で、頼朝をぶん殴る。

 その瞬間。

 頼朝は、義朝に、姿を変えるのです。

 なんと!

 …こんなこと、していいんだ(…笑)。

 そして清盛は、殴られて情けなさそうなツラを見せる義朝に、あらん限りの怒りでもって罵倒する。
 頼朝に言い聞かせながら、実はもうこの世にはいない、義朝に向かって、叫んでいる。

 「お前もそれで気が済むだろう…。

 ただ一心に太刀を振り回し、
 武士として生き、
 武士として死んだ。

 そう思うておるのだろう…。

 だがオレはどうだ。

 オレはこの先も生きてゆかねばならぬ。

 お前がおらぬこの世で、武士が頂に立つ世を切り拓いてゆかねばならぬのだ…。

 それがいかに苦しいことか分かるか。
 いかに虚しいことか分かるか…!(落涙する清盛)

 だがオレは乗り越える。
 乗り越えてこその武士じゃ…!

 醜きことにまみれようと、
 必ずこの世の頂に立つ。

 途中で降りた愚かなお前が見ることのなかった景色を、
 この目で見てやる…!

 そのときこそ思い知れっ!!

 源氏は平氏に負けたのだと…。

 あのつまらぬ乱を起こしたことを悔やめ!

 おのれの愚かさを罵れっ!!

 オレはお前を、

 断じて許さんっっ!!(髭切の鞘を抜く清盛、瞠目する義朝)」

 清盛は、髭切を、地面に突き刺します。 義朝はそこになく、頼朝がうなだれています。

 「…誰が殺してなどやるものか。

 まことの武士がいかなるものか、
 見せてやる…」

 頼朝は清盛を見上げながら、どこか眩しそうです。

 清盛は頼朝に、流罪を言い渡します。

 「遠く伊豆より平氏の繁栄を、

 …指をくわえて眺めておれっ!!」

 まるで仁王のような形相の清盛。

 頼朝はそのとき、父義朝と共通する志が清盛のなかにあることを確信するのですが、ここで清盛は、この道程がいかに苦しいものであるかを吐露しただけでなく、いかに虚しいものであるかを告白している、その重要性に私は注目します。

 まさに、一本気でまっすぐに生きてきたからこそ感じる、この世の濁悪さ。
 志を一にしながらも敗れ、死んでいった者たち。
 まっすぐな者ほど、その落胆は、大きいのです。

 で、その後清盛は、常盤にまっすぐに、突進していってしまうわけですが(爆)。

 戦いの高揚のあとの戦後処理。
 それが味わい深く展開していた、この回の 「清盛」 なのです(いろんな意味で…笑)。

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コメント

>リウさま
なんだか、「カーネーション」当時を思わせる、渾身のレポですね。
書かれるほうも、よほどのエネルギーが必要だったのではとお察しいたします。

>まさに一本気で~
激しく納得させられました。
あの中2病は、ここにくるまでの大伏線だったのか(それにしちゃ、長すぎたけど)!

常盤は絶対的美女であるが故、それで例のシーンは説得力を持つんですね。
非常に、非常に難しいシーンだし、設定がそもそも、ですので、下手すると清盛は鬼畜みたいに描かれがち(「平家物語」の狙いもそこなんでしょうけど)なんですが、いまのところ、大河ではうまく視聴者を納得させていると思います。

「新平家」の若尾文子さんの常盤は、それはそれは美しかった!
このひとは、ほんとうにおすべらかしが似合う女優さんだと思いました。

 リウ様、いよいよ最後のコーナーを回って、直線に入ってこられましたね。滋子、納経、伊豆の後、3馬身、頑張ってくださいませませ。

 私が見た「友の子、友の妻」より、ずっと深いドラマにリウ様のレビューを読むと、なってますね。

 髭切が、河原に置いてきぼりにされたからこそ、今回のお話は回って、最後、清盛の覚悟と共に、頼朝に返還されるわけで。清盛は友に代わって友の子に返したというか、本当は友、義朝に返したかったのか。

 頼朝と義朝のオーバーラップは、私は受け入れられたけど、どうだったのでしょうか。頼朝の演技が実に武家の御曹司らしくて、可愛かったです。宗盛以外、平氏は頼朝くんに同情的!(宗盛に比べたら出来がいいから仕方ないです!)

 和久井さんと家貞の断食シーンの白湯での攻防は微笑ましかったです。頼朝助命の嘆願をただ「家盛に似ているから」ではなく、清盛の心を軽くするためにしているという母心が、池禅尼さんの長い母親人生の深さを感じさせますし、年寄り扱いされて、思わず白湯を口にするところが、お茶目でした!

 常盤に対して、側室にしたのは、彼女が平安一のとっても美人だったこともあるでしょうが、彼女を愛人として世話することで、他者に手出しされないようにする、結果、義朝の奥さんの生活を守ってあげるという事なんじゃないかしらん。綺麗事言っても、実際は征服者のそれですが。歴史的にそうするしかない!ここで、青木弁慶のようにただ子守をしてたなんて描いたら、みんな善い人の大河になってしまうし。自分の生みの母との対比で常葉の覚悟を確かめるあたり、このドラマは去年と違って、場当たり的じゃないのが良心的だと思いました。(笑)

 私にとっては、この回は頼朝くんが可愛かったのが一番だったです!清盛の覚悟も良かったですけど、「まがいものの武士に負けた、そんな世は見たくない」と言ってる頼朝が、いじらしかったです。こんなんで、平氏を倒し、義経を死に追いやったりできるのかしらと、綺麗なお顔に心配したりしました。(笑)伊豆からは岡田くんだけど、美形のままスライドできて、今作の頼朝は中川くんも岡田くんも多分大河史上、一番美形な頼朝だと思います。(笑)義経は神木くんだから、大丈夫でしょう。神木くんのお母さんを武井咲ちゃんがそのままやるのか、そこは見物ですね。和久井さんのように演技で老けさせるのは無理だろうし(笑)やや不安です。


 

 

 後白河上皇を頼ってきた信頼と成親。機嫌よく迎えて、まずはお膳をだして、慰労する上皇様。その傍らに、顔色一つ変えない、上皇様の乳母で信西の妻。こわいぞ~!

 なのに、信頼さん気付かない!成親はどこかビクビクしているのに!見ているこっちは、信西の妻が側にいる時点で、上皇様のお心の立場がわかるのに!さすが、日本一の不覚人!鈍すぎ!そこが愚かで哀しかったのは、塚地さんの人徳だと私も思います。

 平さんの後白河はちょー怖いと思いますが、松田くんの後白河も綺麗だし、パンクな魅力があると思います。平さんだと晩年の謀三昧は確実にうまく演じてくれるでしょうが。松田くんも妖しさでは負けてないです。(平さんの方が好きだけど!「樅の木は残った」で恋したもので。)

 前回ゴッシーが長恨歌を読みながら、のんきにしているようだったけど、信頼を溺愛した結果、自分が幽閉され、乳母の夫で、政治を任せていた信西が殺される事になった事、すなわち、家臣に反逆されたも同じである事に気付いていたことがわかる。後白河は暗愚ではないのです!付合うのにはとてもリスキーなお方!信頼は寵愛されていたから、そこに気付けなかったのでしょう。

 信頼の面白くないに清盛が道理の合わぬ事をしたら、面白くないのは当たり前を最初にご指摘したのは、多分私じゃないです。(笑)私もお馬鹿だから、言った事忘れていますけど。

 義朝の最後は前回の思い入れが強すぎて、正清が一緒でよかったね!ぐらいしか思いませんでした。玉木くんの義朝は凛々しくて、雄雄しくて、「篤姫」のやせっぽち龍馬の情けなさを払拭したし(すいません、たまたま、見た時そう見えただけです)、千秋せんぱいのイメージから脱却したと思います!演技で、悲運の義朝に輝きをつけてくれました!これから、千秋せんぱいを演じても余裕しゃくしゃくでやれると思います!

 このドラマ、登場人物、みんなキャラが立つように書かれているので、肝心の清盛が印象薄かったりしますが、今回は、平氏の棟梁、武家の棟梁として、覚悟のほどと心情を、頼朝を通じて、義朝に吐露したところが、最高に良かったです!源氏の次期様の心の奥深くに刻まれたでしょう。鎌倉幕府の芽が。伊豆では、父の事も母の事も忘れていると言ってましたが。(笑)

 

 

 

こういう清濁併せ飲む大河主人公、最近、いなかったですね~。
個人的には「母上が恐ろしいので?」という息子のツッコミを
ニヤリとしながら肯定したシーンが好きです。

>「義経」
そういえば尾野さんも出ていたはず…。

>「樅の木は残った」
ささ様に同感。
70年代大河黄金期の先駆作品。
総集編だけでも観る価値あり!
若き北大路氏が伊達藩を潰そうとするのが、
「政宗」と比較すると笑えます。

マーシー様
コメント下さり、ありがとうございます。

「カーネーション」 のころ…、ん~、言われてみればそうですねー。
ただなんと言うか、いたずらに長いレビューを書くのって、気分的には意外と楽でして。
ストーリーを録画したものを追いながら、それに感想を加えていくだけですから。
それに比べて、ミドルタイプの文章というもののほうが、焦点を絞りながら書くので、却って難航したりします。

今回も、気分的には最後の断罪の部分だけ書きたかったので、書いてる途中すごくもどかしくて(笑)。 「こんなこと論じてる場合じゃない」 というのを強く感じながら書いてました(笑)。
結局最後には力尽きて、まともなことを書かずにあっさりと…(笑)。

若尾文子サンなら、稲森いずみサンより、さらに存在感があったでしょうね、常盤御前。

強い女、というものを描くとき、昔の映画なんかを見ていると、その彼女自身に、どこか背徳の後ろめたさ、みたいなものを感じます。
それは 「女だてら」、という言葉が、現実味を伴って重たくのしかかっていた時代だったから、と感じます。
だからどこかに、つつましさが存在している。

若尾サンの常盤も、たぶんそんな感じだったのではないでしょうか(想像です)。

ささ様
2度にわたって長~いコメントを下さり、大変ありがとうございます。 「宿命の対決」 より長いコメントかな?catface

まあ、私は駄馬ですが(笑)、ささ様はじめ、コメントを下さるかたがたが優れた騎手なので、なんとか頑張ることもできます。

その駄馬、本文中で 「ささ様からのご指摘」 などと書いてしまって、当のささ様から 「私じゃありません」 とコメントをいただき、慌てて過去のボーダイなコメントのやり取りを読みなおし(長かった…笑)。

ささ様じゃなけれはマーシー様だったか?と考えていたのですが、みち様でした(「叔父を斬る」 の項でした)。

この場を借りて深~くお詫びいたします。

みち様、間違えてしまって大変申し訳ないことをいたしましたbearing。 平にご容赦くださいませ…。

話を戻させていただきます。

やっぱり 「義経」 でも、少年時代の義経、神木隆之介クンに清盛の息子たちが、いろんな感情で絡んでいましたね。 特に私が印象的だったのは、知盛を演じた阿部寛サンだったのですが、この回にはまだ知盛は出てきてないかな?
宗盛に関してはあまり印象的な記憶がなかったのですが、ヘタレという感じがすでに初陣から、そして今回も頼朝いじめして池禅尼にたしなめられるという話で先鞭をつけている感じですね。
つくづく用意周到な話だ、と感じます。
行き当たりばったりでキャラを構築していない。

ん…?(笑)

頭に浮かぶは、「ご」 の字の大河…(笑)。

家貞 「あれ?」 池禅尼 「ん…?」 の場面。
ともすればわざとらしい笑いになってしまうところを、和久井サンはぎりぎりの線で演じていらした。 うまいな~。
家貞が 「ナイショ」 のポーズをとりますが、池禅にも一緒にそうしているのに、後ろ姿しか写さない。
つくづく奥ゆかしいドラマです。

常盤を妾(そばめ)にしたのは、男の私から言わせていただければ、「まあなんだかんだ言って、美人だからのう~」 という感じでしょうか(笑)。

結局男というのは、ご立派そうなことを言ってその実、「とんでもない美人はやはり、そばに置いておきたい」、と感じます。
ほとんどの男性は財力・権力・自信がないからそういうことができないわけであり。
清盛の場合も、自分が権力者である、という自覚がなければこういうことはしませんが、友の妻を手に入れる、ということは、好敵手を征服した、と同じような感覚を持つことができる。

今回の清盛の場合、「女房が怖い」 と橋下市長ばりに本音をフェイント代わりに使用し(周囲を欺くこのテクニックがすごい…笑)実際は自分の征服欲を満足させていくんですからね。

夢を壊すようでいてはなはだ申し訳ないですが…。

で。

やはり男の私としては、少年頼朝に対して、「カワイ~」 とか特別な感情が湧いてきませんで(笑)。

「岡田クンがやりにくかろうな」 ということだけは、感じております(笑)。

ちなみに 「義経」 のときは、少年時代の頼朝は池松壮亮クンでした(「とんび」 で堤真一サンの息子をやってた)(個人的にはなんと言っても、人形劇 「新三銃士」 のダルタニアン)。 今回、美形すぎるでしょ…(笑)。

信西は、出家してたんでしょうかね。
妻がいるということは、ずいぶん俗的な坊さん、という気がいたします(笑)。
その妻、浅香唯サン。
この回、ヨーヨーでも投げそうな感じでしたが(「スケバン刑事」 でしたよね)。

そうだ、ささ様は平幹サンのファンでいらっしゃいましたね。
私も平幹サンと言えば、この後白河とか、妖しい呪術師とか(笑)賄賂役人(「篤姫」)とか、どうもネガティヴな役ばかり見ているので、正義の原田甲斐役には、少々違和感があるかもしれません。 いや、原田甲斐も表向きは悪者ですから、そこらへんのギャップが平幹サンの場合効果的に出たんでしょうね(にしてもささ様渋いご趣味だ…)。

玉木宏サンは確かに、龍馬を演じたときは私も 「線が細すぎ」 と感じていました。
映画で軍人役とか、いろいろ成長されて、今回の 「平清盛」 では、その演技力がついに揺るぎないものになった気がいたします。

今週中には、もう1回くらいレビューを考えております。 どうぞ期待しないでお待ち下さいませ(だってナマケモノですからcatface)。

巨炎様
コメント下さり、ありがとうございます。

そうなんですよねー、尾野真千子サン、「義経」 に、義経の正室役で出てたんですよねー。

しっかしほとんど印象なくて(笑)。

確か結構、ツンケンしている役だった、かもしれない…(笑)。

「芋たこなんきん」 に出てたのも、なんか印象薄くて…(ていうか、あまりコンプで見てませんでしたけど)。

歴史上の人物は現代的な常識から言って、批判の的になるようなことを、大概いくつもやらかしております。
それを大河でやる場合、「主人公は、苦悩した。」 みたいなおためごかしをするパターンが多いのですが、今回は清盛にニヒルに笑わせて、ダーティイメージをつけることに、躊躇がない。

やはり男たるもの、一本気だけでは面白うない、ですネsmile

 平さんは原田甲斐以外だと武田信玄の狂気の父役がすきです!当時は、主役の中井さんよりパパの凄まじい狂気にうっとりしていました(愛!)ちなみの信玄のママは若尾さんでしたね。コワイ夫婦だな。以前の大河はおっかない両親が定番だったような(笑)政宗のママの岩下志麻さん、息子を殺そうとしても、全然不思議じゃない、説得力のある存在感!「草燃える」の政子はもっと凄かったですが。(笑)

 私も自分じゃないとは思ったのですが、厖大なコメントの中を探すのは気力がなくて。(汗:)訂正していただけて良かったです。

 信西は最初学者で出ていて、後白河が登場の回で、妻が乳母だと紹介されていて、ドラマでは鳥羽上皇の側近になった頃から、出家していたような。カソリックじゃないから、出家していても妻はいていいのじゃないかしら。当時は通い婚じゃないかな?仏教に全然詳しくないです(笑)

 原田甲斐が平さんとの最初の出会いなので、白黒テレビで眠い目をこすって見てましたので、違和感ゼロでした!今、見たら違った感想でしょうけど。次の年も原田甲斐に会えると信じていたのに、「春の坂道」になってがっかりしました。「樅の木は残った」のかっこいい響きのタイトルに比べ、「春の坂道」は小学校の唱歌のようなタイトルだと、子供ながらに生意気に思って、がっかりでした。柳生の話で牧歌的じゃないのにね。

 「滋子ちゃんの婚礼」ももうすぐなのですね。

 恋には一途なカワイイ上皇様!も必見でした。がんばってください!休みのうちに、追いつきそうか、抜かしそうですね。(笑)

 

 

リウさん。
ご無沙汰しておりますm(_ _)m

コメント参加はしておりませんが、逐一チェックはしておりました。
ところで、ご丁寧に訂正していただき恐縮ですm(_ _)mささ様、リウさん、ありがとうございます。
リウさんのこの場に集う皆様、大好きです!

まだまだ暑い日が続きますがお体御自愛ください。私も外回りの営業で青息吐息ですが、明日から夏休みなので、今日一日頑張って仕事してきます。

平清盛。いよいよ第三部ですね。崇徳院の最期の表現はNHK高松局のHpで、新さんのインタビューが秀逸でした。
是非ご覧ください。
それではまた!

ささ様
再コメント下さり、ありがとうございます。
少々業務上のトラブルがございまして、返信が遅れました(ホント、なんでもバラしちゃいますね)(匿名みたいなものだから相好も崩れてしまうのですが)。

というわけで、今週中の 「滋子の婚礼」 はどうもあやしくなってまいりましたがdespair、残り3馬身で騎手を振り落としてしまわぬよう(「走れコータロー」 か)、…できればいいですね。

そうそう、平幹サンと言えば、武虎!ですよね(たぶん名前あってると思うけど、ウィキで調べる気力が…笑)。
平幹サンは顔がコワイ系だからこういう悪役ばかりにおはちがまわってくるみたいですけど、本当はなかなかお茶目な方なんですよね。 年齢を知ると、ああ体をお大事に、いつまでもこの人の演技を見ていたいなあ、と願わずにはおれません。
なにしろ息子さんは演技的にまだまだ、ですので(比べちゃ申し訳ない父上の孤高なのですが)。

若尾サンのほうは、「死んでからもナレーション」 というのが、当時は斬新に思えました(笑)。 「わが子晴信」 というセリフが耳朶に残っています(「今宵はこの辺にいたしとうございます」、のほうかな…笑)。

「春の坂道」、確かに 「春の小川」 みたいで、小学校くらいのおませな女の子(「ひみつのアッコちゃん」 か)には、ゲンナリするタイトルですよね(笑)。 「樅の木」 というのは、私なかなか読むのに慣れませんで(笑)。 書くたびに、「ハテ、カシだったかタデ(縦、という字に似てますもんね)だったか」 と、一瞬躊躇します(笑)。

いずれにしても、その頃の大河の難解さが、よみがえったかのような今年の大河。
大河だけは、視聴率などどこ吹く風、でいてもらいたいものです。

みち様
コメントおよび、お許しいただき、誠にありがとうございます。

やはり 「カーネーション」 ほどの熱を持って視聴することのできるドラマって、そうそう出てこないですよね(「カーネリスト」 としては、そんなに簡単に出てほしくない…笑)。

春ドラマではそれでも、かなりテレビ局の根性を感じるドラマがあったのですが、夏ドラマは各局とも、オリンピックにハナから白旗状態みたいな感じで(笑)。 まあオリンピック中継に放送時間が翻弄されてしまうのですから、じっくり見せよう、という気も起こらなくなるのでしょう。

いや、暑いとなかなか、ドラマ見る気もしなくなりますって(笑)。
私も一応今夜出ればお盆休みですが、お互い頑張ってまいりましょう!

 頼朝の助命嘆願は、池禅尼が有名ですが、最近は上西門院様の説もあるらしいです。母上の由良がずっと仕えて、頼朝も蔵人に取り立ててくれた方です。あのにゃんこを抱いておっとりとしたお方が、助命嘆願をする姿は想像しにくいけど、ちょっと見てみたかったかも。多分、上西門院様の蔵人という事も、捕われてからの、粗略でない扱いには幾分あったかもしれません。(笑)ないわな。上皇様の寵臣、信頼は断罪したのだから。

 最後に籐九郎が出てきます。彼が正清のような立場なのでしょうが、伊豆で見た限り、義朝と正清のコンビより少し距離があるようです。親切に世話してくれているのに感謝しつつも、父と正清のような、深い主従関係にはならない頼朝が、覚醒してなくても、義朝とは違うぞ、という感じでした。籐九郎が身分が低いという事もあるでしょうけどね。

 逆に弁慶が生まれたばかりの義経の世話をしているのが、彼等のこれからの深い主従関係を連想させてくれました。こっちは、乳兄弟から、主従になった、義朝と正清の関係に近いし、たどる道も似てくるのかなと思いました。この回を見ただけではそこまで思わなかったけど、伊豆の回で頼朝と籐九郎を見て、義経と弁慶が生まれた時からの知り合いにした訳を考えました。こじつけだけど。(笑)青木弁慶、義経のストーカーみたいだもの。その為に為義さんの頃から源氏のまわりでうろついていたのじゃないだろうか?

 「樅の木は残った」の頃は小1か小2でして。(若かったです!)「樅の木は残った」が「春の坂道」に代わった事と「ウルトラセブン」が「帰ってきたウルトラマン」に代わった事が子供の頃は人生において同じくらいの理不尽な衝撃でした。ウルトラシリーズは以降楽しくは見てないです!どっちが先だったか、定かじゃないですけど。タイトルは「樅の木は残った」とか「風と雲と虹と」とか、「花神」とか、が内容もですが、好きです。

 今年の大河は史上最低視聴率を更新したらしいけど、花の乱のせいで、三田佳子さんが困ったという話はないし、松ケンくんは大丈夫だと思います。彼のせいじゃないもの。

 去年のように、視聴率と脚本の先生に媚びた大河は勘弁していただきたい!それなら、難解と言われようと、挑戦する今の大河の姿勢でいいと思います。昔のように、一家に一台のテレビが娯楽じゃないですから。ネットもあるし!BSもあるし、録画で見る事も。オリンピックはライブじゃなきゃ意味ないですから、視聴率が大河に回ってこなくてもしょうがないです。でも、源氏の反転攻勢がもうすぐですから、見ないと損ですよ~。昇った平家が滅んでいくところが、もののあわれなんですから。これから、祇園精舎の鐘の声ですよ!

 

 

ささ様
再コメント下さり、ありがとうございます。
盆前のあわただしさがやっと終わり、ようやくお盆休み突入です。
でもご家庭の女性のかたがたは、お盆休みだろうがなんだろうが、家事は続くわけで。 つくづく頭が下がります。

上西門院様は、なんとなく 「この人ネコならぬコネでこのドラマ出てんのかな?」 的な匂いがするかたですが(失礼coldsweats01)、何かとドラマに絡んできますよね。

それにしても源平の似通った名前以外は、言われて 「あの人か」 とすぐに頭に浮かぶようになってまいりました(笑)。 未だにAAAの人の役名は番組HPを見ないと分かりませんが(笑)。

籐九郎、そう言えば塚本高史サンがいきなり出てきて、私もちょっと気になりましたね。 塚本サン、NHKのドラマでは結構重要な役割を振りわけられたりしますので。 番組HPを見たら、のちの安達盛長、とか。 ん~、誰だったっけな(笑)。

弁慶に関しては、もう 「京の五条の橋の上」 という出会いのシチュエーションを、完全にスポイルしてますネ(笑)。 赤ん坊の義経を、弁慶があやしてんのかよ、みたいな(笑)。 でもネットとか見ない人は、ドラマではただ鬼若、という名前しか出てこないわけで、これが弁慶になるのかどうかは表面上、まだ分からないはずですよね。

この、弁慶との邂逅のシーン、「義経」 でも、タッキーがワイヤーアクションで欄干を飛びまくっていました。 確か桜の季節だったか、花びらが舞い乱れまくりだったよーな記憶があります(違ったかな~…)。

「帰ってきたウルトラマン」 に関しては、私もかなり否定的な見解を抱いていたのですが(ただ放送時、私は小学1年生。 かなり入れ込んで見てましたよ…笑)、最近再放送されているのをあらためてコンプで見て、「結構渋い作りだったんだ」 という認識を新たにいたしました。
ただシリーズを通してみると、前半の玄人受けする作りが、後半になるとなんかガキ向けになってくるような感覚。 これが 「エース」「タロウ」 というオコチャマ路線の先鞭だったんだなぁ、という気はいたします。
MATの隊員に、岡クンという女性隊員がおりましたが、これが大人になってから見ると、とても魅力的で(笑)。 「セブン」 のアンヌが大好きだった私は、なんかこの大人受けするキャラが、当時は受け付けなくて(笑)。 なんの話をしとるんだ(笑)。

ウルトラシリーズに関しても、話し出すとかように長くなってしまいます(笑)。

そんな時期にささ様は、大河、なんですからねぇ…。 私とはスタートラインが、そもそも違います(笑)。 「風と雲と虹と」 など、テーマ曲がカッコよくて見ていましたけど(当時小6)、まったく内容が分かりませんでしたもん。 ただのカッコつけ。

私はオコチャマ大河、まあ視聴率がそんなに気になるならやってもいいけど、その代わりかつての水曜時代劇みたいな、玄人をうならせる作品を同時に放送してもらいたいですね。 「真田太平記」「宮本武蔵」…、かなりハマりましたから。

まあクサして笑う大河も、それはそれで面白いかな~。 「武蔵MUSASHI」 みたいな、はずしちゃってるのがいちばん困るかな。

 私が大河を見ていたのは、テレビが家に一台しかないから、親が見ていた大河を見るしかなかっただけです。樅の木が終わった後、時代小説を読むのが好きな母が、「普通、原田甲斐は悪役よね。」と子供をしっかり傷つけるネタバレをしてくれまして、でも当時の私はそれでもいい人だと信じていました。(笑)今だと歴史を誤って覚えるからいけないとか言われそうです。

 武蔵は海老蔵さんが空回りしてましたね。2,3回は見たのですが。面白くなかったです。彼は歌舞伎じゃないと映えない人なんでしょう。

 安達盛長は頼朝の側近です。盛国みたいなポジションでしょうね。良くは知らないけど。鎌倉幕府の御家人だそうです。彼が関東武士を説得したりするのじゃないかしらん。

 京の五条の橋の上で、今作の弁慶だと、義経が来てくれるのをまだか、まだかと待っていそうです。お迎えを待つワンコのように?でもこれだと、あまりにイージーかな。神木くんがかっこよくワイヤーアクションで、きめてくれるでしょう!頼朝がテンション低くナレーションしそうです。(笑)高かったら、また楽しいかもしれません。

 上西門院様をやっている、愛原実花さんはタカラヅカ出身の女優さんで、つかこうへいさんのお嬢さんです。ちょっと浮世ばなれしたお姫様がぴったりだと思います。(笑)これって、二世わくとかでしょうか?

 オリンピックだと、夏のドラマを見る気力がなくなってしまいますね。清盛もだけど、中継やお盆を兼ねてお休みするドラマもあるだろうし。せっかくだから、男子マラソンを応援しながら見ることにします。リウ様、レビューは、ゆっくり追いついてください。

 

 

 

 

ささ様
コメント下さり、ありがとうございます。

「滋子の婚礼」、アップいたしました。 あーあと2回だぁ~(笑)。

山本周五郎サンの原作、「樅の木」 は伊達騒動にかなり大胆な推理を加えてますよね。
昭和30年ごろの作品だそうなので、大河は原作発表から15年…。 ん~、この説が浸透するにはまだまだ日が浅いか…。

つーか、伊達騒動ってフツー原田甲斐がワルモノでしょ、というささ様のお母様の認識が、まずスゴイ(笑)。

伊達騒動って、そんなに有名だったんでしょうか、「樅の木」 が発表されるまで。

「武蔵MUSASHI」 については、先に水曜時代劇の役所広司版 「宮本武蔵」 を見ていたから、かなり鎌田敏夫サンの独自解釈には承服できないことが多くて。

確か安達一族って、北条氏に政権の中心が移ってからも鎌倉幕府の要職にあったような気がするのですが。 ウィキ調べたら確かにそうでした(笑)。 まさか北条氏の時代まで見据えてドラマを書いているわけでもない、とは思うのですが(笑)。

京の五条の橋の上は、そもそもやるんでしょうかね、今年?(笑)。
「義経」 は、五条大橋のところ以外でも、結構ファンタジー仕掛けでしたけどね(笑)。

上西門院様は、コネではないみたいですねcoldsweats01。 宝塚出身ならば実力も伴っているのでしょう。 「滋子の婚礼」 でも、重要な引き金役を果たしてましたね、…ギャグの(笑)。

 母は多分、歌舞伎の演目にある先代萩の話を知っていたのだと思います。これって歴史じゃないけど。(笑)でも子供の頃は親の意見は絶対ですから!(嘘で~す)

 武蔵は前評判は凄かったのに、見てみたらつまらなくて、巌流島と1回目くらいしかまともに見てません。なのに、面白くないと言うのも失礼なんですけど。2回以上は見ているのですが、全く印象が残ってないです。しかも役所さんのドラマと混同している感じです。おつうさん?(ヒロインは)が役所さんの方が可愛かった気がします。

 ではこれから、滋子ちゃんのレビューを読ませていただきます。

ささ様
レス下さり、ありがとうございます。 どうもお盆休み、昼も夜も関係なく寝てしまっております(笑)。

伊達騒動、歌舞伎の演目にあるんですネ! なるほど~、です。
私もつらつら考えるに、原田甲斐って結局にっちもさっちも行かなくなって自害して果てたんでしょ?みたいに考えてしまうのですが(夢を壊すようではなはだ申し訳ありません…coldsweats01)。

ただ歴史って、誰も実際に見たわけではないから、いろんな推理が可能なわけで。

「武蔵MUSASHI」 では、原作吉川英治サンの架空の設定をそのままプロットとして応用しているだけで、原作の持つ良さ、面白さを完全に封印してしまっていました。

お通も架空のキャラですが、鎌田サンはそのお通に、「自立する女」 という現代的アレンジを施してしまった。 これが大失敗のほんの一因(つまりまだまだある…笑)。
そのときお通を演じていた米倉涼子サンが、かわいく見えなかった、というのも、至極道理な話だと思います。

それに比べて役所版の古手川祐子サンは、可愛かったなぁ。

>「普通、原田甲斐は悪役よね。」と
>子供をしっかり傷つけるネタバレ
甲斐の七回忌に集った人達の連盟状が大正時代頃に発見されていたのが原作執筆の切欠だし山本周五郎氏の解釈の方が、まだ真実に近いと自分は思います。

「忠臣蔵」でも最近は、最悪のタイミングでキレタ赤穂の殿様が一番、問題で浪士達は世間のバッシングや再就職の糸口のため仕方なく討ち入りをしたのが、「天晴れ忠義の対照である殿様が刃傷に及んだのも余程の理由で吉良が一番悪い」と講談で脚色されたという説が出てますよね。

巨炎様
コメント下さり、ありがとうございます。

伊達騒動の歴史的解釈については私は不勉強でよく知りませんが、ささ様のお母様はどうやら歌舞伎の演目からの知識で子供時代のささ様に話したと思いますので、そこのところは…。

忠臣蔵も、やはり状況的には浅野内匠守がキレちゃならぬところでキレちゃった、というのが本当のところなような気がするし、赤穂藩の人々は仇討しなければならないおつとめのつらさというものもあったと思いますし。

人々がその事象についてどう自分たちが見たがっているか、によって変わってくるものも、歴史には数多くある、と私は考えます。

野田首相がやってることだって、後世の人から、野田はよくやった、とか褒められたりして(どうかな~…笑)。

 私の母はミーハーで、「篤姫」も「天地人」も大好きな人というか、楽しんじゃう人なので、歌舞伎の「先代萩」の方が山本周五郎先生より馴染みやすかったじゃないでしょうか。それと、「樅の木」は父が好んで見ていたのです。それが面白くなかったのじゃないですか。だから、ちゃちゃをいれてきたのだと思います。両親は2歳しか違わないないし、クリスチャン同士なので、夫婦でも遠慮がないのです。

 私はただ、平さんが素敵としか、見てないですから。(盲目的で、どう素敵だったか、ほとんど覚えていないけど)栗原小巻さんが綺麗だったとかぐらいしか、覚えてないです。お子様なので。

 伽羅先代萩の仁木弾正が原田甲斐をモデルにした役で、奸臣として描かれているらしいです。先代萩は、お世継ぎの代わりに自分の子供に毒入りの菓子を毒見させて、お世継ぎを守る政岡の話くらいしか、知らないのです。(女形の役者さんの見せ場です!)片岡千恵蔵さんが原田甲斐を演じた映画もあるらしいです。

 私なんかの歴史認識はかように浅いのです。でも、ドラマは学ぶより、楽しむものだと思っています。

ささ様
こちらにもコメント下さり、ありがとうございます。

私の母親には今年の大河、あまり評判がよくありません。 どうも話がよく分かんないみたい。
そりゃそうですよね、平家の人間、王家の人間、誰が誰やら注意深く見ていても混乱しますもん(笑)。

私の母は 「梅ちゃん先生」 も毎日けらけら笑って見ております。
私はもうあれから見てないんですが(笑)。

いや、それでいいんだ、と思うんですよ。 気楽に見て楽しめれば、それだけで。

ドラマなんか、そんなに目を剥いてほめちぎったり批判したり、するようなものではない、と私は考えます。

けれどもひとたびそのドラマにハマってしまうと、もうなんか、とても感情的には、なってしまうものです。 「どうして 『清盛』 の視聴率がこんなに悪いんだ!」 と誰かひとりが叫べば、賛同する人たちはまるでシュプレヒコールのように、「そうだ、そうだ!」。

正直言って、分かりにくいですよ、今年の大河。

でも分かってくると面白いことが分かる。

今じゃ私も、重盛だの頼盛だの基盛だの知盛だの、結構頭でイメージを伴いながら書いてますもんね(まあ 「伊豆の流人」 でいろいろレビューするのに番組HPを見まくったからそう出来るようになったのですが)。

私は歴史がこの先どうなったのかはあまり気にしないで、見ていくつもりです。

ただ知盛は、「義経」 で壇ノ浦の戦い、最後は錨を体に巻きつけて海に沈んでいった壮絶な場面は、やはり頭に焼きついたまま見ていく、と思います。 時子(松坂慶子サン)が安徳天皇を抱いたまま海に消えたシーンも。

でも今年の大河で、壇ノ浦までやるのかな?(笑)。

横から失礼いたします。

永井路子さんや、山本周五郎氏は戦前の偏向教育を受けていて、戦後、「自分たちが習っていた歴史はいったいなんだったんだろう」と、愕然とするところからスタートしているんですね。

ですから、既存の通説は全く信用せず、自ら資料を読み込んで検証し、独自の見方で話を切り取っている。


彼らの凄いところは、歴史的事実だけではなく創作人物やエピソードも交えて、娯楽としても楽しめる小説を書いているということだと思います。

通説は事実と違い、面白おかしい部分もたくさんあるわけですが、ドラマでは時々、その人が乗り移ったかのような神がかり的な演技がありますね。
「花神」でも感じましたが、
やはり、思いを残して逝った人が、憑依するのでは・・・・といえば、今回の崇徳帝なんか、モロにそうなんですけど。

滋子さんも、平家躍進の立役者でありながら、あまり取り上げられることはなかったので、そういう意味で期待したいところです。

「新撰組血風録」も(白黒版ですが)、それまでは悪役だった新撰組がヒーローとして取り上げられて一躍ブームになりましたけど、
典型的な例なんじゃないかな、なんて思います。
栗塚旭版が良すぎて、BSのは見る気がしませんでした。
栗塚版の脚本家は、特攻隊の生き残りなんですね。
見ているときにはそれを知らなかったけど、思いがビンビン伝わってきました。

ごくまれになんですけど、役者さんや脚本家さんの、何かを突き抜けたような「思い」が伝わったときに、視聴者として、すごい幸福感を味わいます。

マーシー様
コメント下さり、ありがとうございます。

教育という点では、私自身も戦後世代の教師から教わってきたせいか、やはり先の戦争に対する大いなる反省を刷り込まれてきたような気がいたします。

だから 「過ちはもう繰り返しませんから」 という 「過ち」 も、戦争はもうこりごりだ、という気持ちの上から自然発生したものだ、と理解できる。

私が大いなる危惧を抱かざるを得ないのは、「向こうにだって非がある、なんで過ちなどと自虐せねばならんのだ」 という感情が台頭しつつあることです。 それは戦後の大いなる反省が薄れゆくことの証左でもある。

確かに歴史を冷静に見つめ正確に検証することに異論はありませんが、戦争の悲惨さというものを忘れてしまった国民は、最近とみに悪化している隣国たちに対する感情に、歯止めが利かなくなってくる。

「新選組血風録」 の先の作り手たちも、やはり自分たちがそうした、生と死のはざまで揺れていた命の尊さを知っていたからこそ、描けたものがある、と私は考えるのです。

日付的に終戦記念日になったので、こんな話になってしまいました。 終戦じゃない、敗戦記念日なんだ、ということは年配の人からよく聞かれる。 でもこれはけっして自虐なのではなく、戦争はもう起こしてはならない、という祈りなんだ、と私は思います。

>正直言って、分かりにくいですよ、今年の大河。
>でも分かってくると面白いことが分かる。
理解する楽しみが観る事の充実感に繋がる感じですね。

「カーネーション」は娯楽性重視で大多数を引き入れてから、
次第に深みに偏重を置いて視聴者を篩にかけていきました。
「梅ちゃん先生」は深く考えたら負け!
(私は開業前辺りから、もう投げました)

>「花神」
70年代当時にして20%切りましたから、
今、放映したら「清盛」以下になっちゃうのでは?
だいたい主人公の村田蔵六=大村益次郎が達磨顔で、
吉田松陰や高杉晋作、河井菊乃助の方がカッコいいし
そもそも群像劇なせいで蔵六が主人公に見えん!
私の父はこのため視聴を切ったそうです。
(私は総集編を一気観しただけ)
でも、この作品こそ大河の最高傑作と主張する人は多く、
amazonレビューはダントツぶっちぎりだったりする。

>「新撰組血風録」
>栗塚旭版が良すぎて、BSのは見る気がしませんでした。
>栗塚版の脚本家は、特攻隊の生き残りなんですね。
自分だけ生き残った申し訳なさ等、あるんでしょうね。
BS版は序盤以降はイマイチだったそうです。

>巨炎さま

「新撰組血風録」は・・・、
そうですね、生き残った人間が、戦死していった人たちへの痛切な哀悼の気持ちを持っていることが、ひしひしと感じられました。
そして、このドラマの役者さんたちの所作、体つきが実に引き締まって美しいんです。
で、いいところで必ず流れる春日八郎の主題歌!・爆

いや、詞も美しいんですよ、実に。

実際、明治維新は彼らがいなければもっと早く達成されただろうし、新政府に人材も豊富であっただろうし。

でも、彼らなりに精一杯生きた、という気持ちはあったでしょう。
それがこのドラマで結実した。

「花神」は、新撰組とは裏表の世界ですが、
篠田三郎!!!!!
実にすばらしかったです。

子どものころは、「なにこれ、地味で面白くない」と思ったけど、今見てみると、たまりません!

蛇足ですが、「血風録」を知らなかったころは、「燃えよ、剣!」に夢中になりましたが、今見ると、制作陣に「血風録」の純粋な心よりも、「当てよう」というあざとさが見え隠れしたのが、残念です。

巨炎様
コメント下さり、ありがとうございます。

「花神」 は中村梅之助サンを見た最初でしたが、結構それ以降ファンになっていた気がします。 ただこのお話もやっぱり途中で挫折(小学高学年?中学生だったかな?にはやはり少々難しく…)。

大村益次郎の写真だか肖像画だかを何かで見たときは、ちょっと愕然としましたね(笑)。 こういう額の人、いるの?みたいな(笑)。

巨炎様の父上が視聴を打ち切った理由の 「群像劇」 というのが、やはり当時のガキンチョには難しかったのでしょう。 ただテーマ曲だけはテレビにラジカセのマイクをくっつけて録音いたしました。 この、ワルツ風の曲調が好きですね。

ウィキで配役などを今見たのですが、高杉晋作→中村雅俊サン、オランダおいね→浅丘ルリ子サンなど、私が歴史上のこれらの人物に持っているイメージの原型があって、ちょっとばかりコーフンいたしました(笑)。 龍馬の妻お龍を、なんとナウシカがやっていた!(笑)。

確かに去年の 「血風録」 は、私も完走できませんでした…。

マーシー様
巨炎様へのレスに割り込みます(笑)。

春日八郎の歌は、私気付きませんでした!(笑)。 私の郷土の誇る大スターだというのに…。 最近 「ラジオ深夜便」 でこの人の歌を聞くことが多くて、結構ハマってます(「お富さん」 のリズムセクションが斬新だ…笑)。

先日見た、歴史の常識を見直す、みたいな番組(去年やったものの再放送みたいでしたが)、そこではアメリカの開国要求の折衝に当たった岩瀬忠震という幕閣の外交についての再評価をしていまして、巷間言われているような腰抜け外交を江戸幕府がやったわけではけっしてない、という、私の今までの知識を根底から覆す話をやっていました。

岩瀬に比べりゃ、龍馬なんてチンピラみたいなもんだ、とか(ある意味暴論…笑)。

薩長の都合によって歪められた歴史、というものも、どうやらあるようです。

http://www.youtube.com/watch?v=fl5UyuDBBfI&feature=related

リウさま、プレゼントです♪
今聞いても、わくわくするような曲で・爆、

>薩長の都合によってゆがめられた
イギリスと交渉する高杉だったかな、
どこかの領有権を主張され、延々と古事記を朗読して、相手をけむに巻くんですよ・笑
尾藤さんの伊藤が、「わしの英語力では通訳できません」と冷や汗たらたらなんですが、
「訳さんでもいい」って勢いで、ひたすら、ひたすら朗読し続け、ついに、あのイギリスが根負け・笑

こんなエピソード、知りませんでした。中村さん、よかったです。

橋本さん、こんばんは。

僕はこの回、大好きなんですよ。
橋本さんがよくおっしゃる「情緒的」な部分でやられてしまいました。
皆様方にとっては松山さんの演技は若くて物足りなく見えるのかもしれませんが、年齢があまり変わらない自分には「松ケン上手いな」「貫禄出てきたよな」と感心しきりで。というか感動しきりで、「この虚しさがわかるか」のところでは恥ずかしながら落涙してしまいました。
その前の感情を押し殺した表情が痛々しかったから余計に胸に迫ったのかな。

僕の母は聖子さんと同い年ですが、「清盛」大好きみたいです。妹達は母に倣えですから、やはり毎週見ているようですね。自分の家では物心ついた時から大河ドラマを見てました。でも母は女性主人公の大河は見ないんですよ。女性大河の年は巻き添えで教育テレビの「日曜美術館」を一年間鑑賞することに(笑)それはそれで良い番組なので楽しくはありますけどね。女性なのにおかしな人だなあと今さらながらに思います。

僕の夏休みは九月になりそうです。毎日暑いですよね。働いてる皆さま方!がんばって乗り切りましょう!!

マーシー様
プレゼント、ありがたく頂戴いたしました(笑)。 開けるまでは 「花神」 のテーマ曲かな?と思ったのですが。

昔はこうした、講談調の歌謡曲がかなりありましたよね。 三波春夫サンとか三橋美智也サンとか。 それにしてもこの新選組の歌、途中でリズムが変わったぞ(笑)。 ビートルズの歌にも間奏でリズムが変わるヤツが数曲あるのですが、どっちが先だろう?(笑)。

こないだの歴史再認識の番組では、江戸幕府の通詞はかなり働いてたみたいでした(笑)。 岩瀬は安政の大獄で更迭され失意のうちに亡くなってしまったのですが、エリート官僚を使いこなせない、というのは、どうも歴史的な慣例のようです(笑)。

アキラ様
お盆休みもなく頑張っておられる由、心からエールを送ります。 オッサンには、この時期やっぱり暑さがしんどすぎますwobbly

私もあのシーンでは、義朝ザケンナ、勝手に死んじまいやがって、許さねえぞ! という清盛の感情をひしひしと感じました。

さらに言えば、あのシーンでの清盛の涙は、「お前は勝手に死んで逃げてったから楽だろうけどな、こっちはこの腐った世の中を、傷だらけになりながら血へどを吐きながら、これからも生きなきゃならないんだ!」 という涙だったと思う。

友を限りなく思っているからこそ、激しく叱り飛ばす。
そして傷つき続ける少年のままの心。

だからこそ頼朝を、清盛が許した(つーか、生きることのつらさを味あわせるための罰)のだということが、とてもよく分かりました。

女性の生理と男性の生理は、結構違うと感じることは私も多いですね。 男はウジウジ、女はダメだと見限るとすぱっと断ち切っちゃう。
アキラ様もこれから生きていく過程で、いろんな男女の違いが見えてくる、と思いますよ(笑)。

とても魅力的な記事でした!!
また遊びに来ます!!
ありがとうございます。。

 この回の清盛の覚悟は(頼朝を通じて、義朝に向けた)、すっごく胸を打ちました。多分、清盛で、宿命の対決の河原に座り込んだ後姿と同じくらい感動しました。でも前者は無言だったから、私的にはよりエモーショナルでしたけど。言葉として、友への哀惜とこれから、一人で武士の世を切り開く覚悟を込めた、心に残るシーンでした。宿命の対決で去っていく義朝を何も言わず(言えずかな?)背中で見送った、清盛の言葉を聞いたと思いました。

 松ケンくんはお若いですけど、貫禄はだしていると思います。でも、40代以降を演じるのに見かけを老けさせないままでやるのは、かなり大変。そこの演技力を見込まれてキャスティングされてると思いますが、後半のカネタンの妻夫木くんのようにならないか、心配もあります。そうならない為にも清盛のこれからを、脚本で魅力的に構築してほしいなと思います。

 

 

橋本さん、こんばんは。
明日は休みを取れたのですが、仕事が終わらずこんな時間になってしまいました。。職場から住まいが近いので、ついつい遅くなってしまいます・・・。

清盛は、信西、義朝と、次々に、若い頃(子供の頃?)から強い絆で結ばれた友人を失ってしまいましたね。志半ばで無念の死を遂げた彼らへの悲しみ、失ってしまった悔しさ、遺されたことで自分に託された重荷、、清盛の心の内を思うと自分までとても辛くなります。
でも清盛には自分を見守ってくれる、西行、盛国という、これも若いころからの友人がいるんですよね。清盛は盛国に見取られて亡くなったそうですしね。それに自分を陰に日向に支えようという健気な長男もいる。考えれば多くの人から愛情を受けた人なのかもしれませんね。
それにしても宗盛は、、ダメ息子感が際立ってますね!子供の頃はあんなにかわいかったのになあ。伊豆の旅人では、さらにこ狡いところまで身につけてる!単純に嫌なヤツって今まで出てこなかったドラマですけど、宗盛は今のところ単純に嫌なヤツですよね。

橋本さんおっしゃってた男性と女性の違いですが、男性がある程度の権力を握ると常盤のように美しさで他から突き抜けている女性を手中にしたくなるのと表裏をなして、女性は突き抜けた権力を手にした男性に惹かれる部分がありますよね。権力の持つ後光にあやかりたいという気持ちだけじゃなくて、純粋に権力を持つ男性の強さに惹かれるというか。
身近なところで職場でも感じることがあります。親会社が大手商社なことから、要職は親会社の息のかかった人が就くことが多いのですが、入社以来の生え抜きでどんどん上っていく人もいるんですよ。そういう人って、性格的に冷たかったり、エゴイストな部分が強かったり、勝ち負けに拘ったり、いわゆる女性受けする優しさとか癒しとか気遣いとか持ち合わせていないと思う。見た目も決して良くなかったり。でも上っていく人が持つ特有の魅力があるんでしょうね。そういう魅力に惹きつけられる女性って多いんだなあと感じるこの頃です。
僕も結構こういう人に魅力を感じますけどね。絶世の美女よりも。(ホモ疑惑が起きそうですが・・・)でも友達にはなりたくないかな(笑)
でも権力を手中にした女性に異性として魅力を感じる男ってあんまりいないんじゃないかなーと。でも友達には不思議となってみたいかな。

明日は地方の親戚を送りがてら、丸の内にある「三菱一号館美術館」に行こうと思ってます。バーン・ジョーンズ展が8/19まで開催中なんですよ。興味のある方はぜひご覧ください!

ビジネスのマナー様
コメント下さり、ありがとうございます。
気に入っていただけて何よりでございます。
おヒマなときはどうぞお付き合いくださいませconfident

ささ様
こちらにもコメントを下さり、ありがとうございます。

どうも雨脚が強くなってます(笑)。 花火大会はあるのでしょうか?shock あ、やんだ(どっちだ…笑)。

カネタン(笑)、晩年ヒゲ生やしてただけでしたからねcoldsweats01

このところの大河の 「老けさせない」 演出傾向は、私は否定的です。 やはりそれなりに老けないと、清盛の子供もみんな同世代に見えちゃうというのはまずい。

大河史上なんと言ってもいちばん老けてたのは、「独眼竜政宗」 の渡辺謙サンでしたよね(笑)。 VFXまで使って老けてた(笑)。

松山清盛の場合、「あっオトナだな」 と思う時もあれば、ちょっとした瞬間に 「あ、まだ青年だ」 と思うこと多々あり、です。

アキラ様
レス下さり、ありがとうございます。

な~んだ、アキラ様は私なんかより、よほどいろんな女性を見ておりますね。

私は、女性というのはかなり現実的な生き物だ、と感じております。
それに対して男は夢見がち。
社会でのし上がっていく男は、現実的という点では、女性に近いものを感じる。

嫉妬というのは女へんがふたりもくっついておりますが、実は男のほうが嫉妬深かったりします。
だからのし上がっていく男たちに対して、表面上持ち上げながらも裏でかなり苦虫潰したような顔をしているのは、たいてい同性の男です(笑)。

またその男が、仕事ができるだけじゃなくて人間的に良く出来てたりすると、も~、なんつーか、クソ~、つーか(笑)。

ただ、仕事ばかりにかまけていると、退職した時に結構悲惨です(私ももうそっちに近い年齢?…いやいやまだまだ…笑)。
仕事以外にいいとこないと、仕事がなくなったときにやることがなくなる。

結局女房に悪態ついて、そのくせ女房がいなけりゃなにもできなくて、世の中の連中をみんなバカだと言いながら毎日を過ごしてしまう(誰のことでしょうかね?)。

仕事以外に自分の居場所を見つけておかないと、生ける屍みたいになってしまいます。

なんの話してたんでしたっけ?(笑)。 アそうだ女だ(笑)。

で、女性は出来る女性ほど、なんか心に安らぎを求めたくて、サエなくて優しいだけの男を好きになったりします(あくまで個人的見解…笑)。

そして美人ほど、男たちが 「彼女は美人だから男が放っておかないだろう」 と誰も寄り付かず、却って彼氏がいなかったりする(これも個人的見解)。

ただ、主従関係みたいな付き合いって、やっぱりどこかで破綻が来るような気がします。
やっぱり男女は、持ちつ持たれつ。
1から10まで趣味が合うなんてまずないと思いますから、同じものを見て同じように感じる、という人がいちばんいいんでしょうね(よーするに価値観ということですが)。

…しっかしなんの話をしとるんでしょうか?(爆)。

清盛は平治の乱の時、42歳、太政大臣50歳、出家51歳、没年64歳らしいです。ということは、まだ20年くらい、人生が残ってる!

 出家を機会に老けさせるのかしら?カネタン方式?カネタンは学芸会の「はなさかじいさん」のような可愛いお肌ツルツルのおじいさんでしたが。(笑)(妻夫木くんはカネタン後の映画「悪人」が素晴らしかった!)

 人物デザインの柘植さんが、「老ける」をどう考えるかでしょうね。龍馬伝では龍馬は老ける必要がなかったですし、弥太郎も晩年は俳優さんの実年齢からしたら、さほど年をくっているわけではない。でも64歳ですよ~。最終回だけ、特殊メイクで死んでもらう!(笑)

 明日、あるんでした。7.8%の後は怖れるものはないでしょ(笑)清盛も褒めると叩かれるらしいです。でも世間的に視聴率で叩かれてるんだからね。個人のブログで何褒めようと構わないと思うのですが。妄想さんはお休みされるみたいです。たまに読ませてもらってただけに、残念です。妄想さんの見方が全て好きだったわけではありませんが、読み応えのあるレビューでした。

 世のアンチという方々は袈裟までお憎いようです。50歳の私には、ついていけません。人を憎んでも5年が限度だったな。憎むより愛した方が心が楽なのにな。許せなくても愛すればいいのにと思う次第です。でもこの心境になったのは40代になってからでしたから、お若い方には通じないかもしれません。

ささ様
レス下さり、ありがとうございます。 なんかこのブログの 「清盛」 の、各々の記事もコメントがとても多くなってまいりましたね。 次々にアップすれば、前の記事にはもうコメントも来ないだろう、と踏んでいたのですが。

妻夫木クンのあの金髪を見たときは、さすがに引きましたけどね~(笑)。 「天地人」 の最終回直前でしたか、「スタパ」 に出ているのを見ただけなんですが。

考えてみれば宮崎あおいチャンも 「篤姫」 のあと 「少年メリケンサック」 みたいな、イメージを大胆に変える作品に出てましたからね。

その点上野樹里チャンは、あまり今年になって名前を聞かない気がします。 休養かな。 別に出演して疲れるような大河じゃなかった気がするのですが(主役なのにないがしろにされてたし…笑)(出番がない気疲れだったのかな)。

ブログをやっててネガコメをもらうのは、誰かを批判するような記事を書いたときだけだと思っていましたが、どうもほめても批判される。 割に合わないですよ。 嫌なら黙って立ち去れっつーの(珍しく強気)。

誰かを褒めるのをクサすなんて、そんなことに神経を使うのは、すごいエネルギーを食いますね。 人生もっと有意義に使ったらいいのにconfident

BDやDVDのBOX下巻はここかららしいですね。
やはり本作後半は「清盛と頼朝」の物語でした。

ところで先日、総集編を観たのですがアレ?
過去の作品ではOPでスタッフ&キャストを縦文字で
左から右に流していくパターンだったのに、
金曜ロードショーでやっているような、EDに
画面下に横文字で右から左に流していってます。
これまで演出を担当していた方が近年、NHKを退社して
しまった事が関係しているのでしょうか…、
ああいう重厚演出は残して欲しいものなんですが。

で、第2部はそのEDテロップに併せて常盤を
手籠めにするのはどういう編集センスなのやら。
第3部になると20話を1時間ですから更に苦しく
頼朝の最初の奥さんや義経を出しておいて
夢の中で白河院と対峙する場面もないまま出家したり
終盤の西行の出番をごっそり削り大往生前に
頼朝の元に現れる時を駆ける清盛…(爆。

松ケンの演技は後半、尻上りに良くなっただけに
総集編はかなり割を食った印象を受けました。
第1部が清盛の出番箇所をピックアップしやすく
半分以上は中井サンの忠盛でストーリーを引っ張っていて
上手く纏まっていたのは皮肉というべきでしょうか。

巨炎様
コメントおよび 「総集編」 のレポート下さり、ありがとうございます。

それにしてもこの記事、コメント欄も含めて長いですよねぇ(笑)。 特にこの回は傑作の部類だったからでしょうか。

この作品ほど、「総集編」 がやりにくい大河はないと思います(笑)。 私がやるなら、鳥羽チャンとか朝廷関係はバッサリ切ります(笑)。 このドラマのキモって、やはり平家の滅亡の原因を描いた後半だと思うから。

しかし後半があっさりしてるとは、ちょっと分かってませんね、この編集した人は。

後半を編集するとしたら、「頼朝挙兵」 のエイリアン全開の部分がほとんどの時間を占めると思います(笑)。 あと息子が死ぬとことか(息子の名前、もう忘れてる…ってまずいなコレ…笑)。

まあ確かに、中井忠盛の言ってることをなぞれば、清盛の行動の意味はことごとく説明される、つーのはあると思いますけど…(笑)。

>中井忠盛の言ってることをなぞれば、
>清盛の行動の意味はことごとく説明される
第1回で平太の前に宋剣を突き立てる時の行動が
この第28回にフィードバックされてますね。
清盛も背中で語れる「漢」になっていた。

>2005年大河 「義経」
「篤姫」と同じで宮尾登美子サン原作でしたっけ。
「篤姫」は殆ど観て無いので比較が前提の
「八重」レビューにはサッパリついていけません。

同じ原作者なら邦画「鬼龍院花子の生涯」は観ました。
花子は実は脇役で、かつて「新・平家物語」で清盛を演じた
仲代達矢氏による父・政五郎が主人公な「鬼龍院一家物語」が正しい。

この極道オヤジ、善作のキャラ造詣に影響を与えた気も。
怖いんですけど、格上の大親分にはヘコヘコしたり、
言う事がコロッと変わって意外とお調子者だし。
後、着物に帽子の出で立ちとか。尾野サンが生まれた頃の
作品で今の尾野サンぐらいの夏木サンが敵一家の姐さん役。
脱いで政五郎に刺青見せたりと…。

巨炎様
コメント下さり、ありがとうございます。

まあ、「篤姫」 は見てなくとも別に平気かと存じますが(笑)、「やっぱ篤姫って歴史に埋もれてる人物だったんだな~」 というのがすごくよく分かるので、ちょっと話題にしただけです。 松平容保公なんかは、それに比べればはるかに歴史の重要人物のひとりであるわけで。

「篤姫」 はやはり、視点の斬新さが売りの大河だった、という気がいたします。 篤姫の夫の家茂だったかな?(名前忘れとる)が暗愚だった、というのにも、「実は能ある鷹が爪隠してる」 的な解釈でしたしね。 篤姫にしても、宮崎あおいチャンの演技で、ひとかどのことをきちんと成し遂げた人であるかのような印象を見る側に植え付けているのですが、物語を俯瞰すると、結局表立った功績を残してるわけではない、というのが見えてくる。

鬼龍院サンに関しては、実話だったのでしょうか? まあネットで調べればすぐに分かりますので、巨炎様のお答えを煩わすこともございませんが、そうか、オヤジが仲代サンだったか…。 なんか夏目サンの啖呵ばかりが記憶に残っていて。 コマーシャルの影響ですねこれも。

なんにしても 「カーネーション」 に結び付いてしまいますね、巨炎様(笑)。 まだ 「カーネ」 ホリックから、抜け出せませんでしょうか? 夏木サンまで出ていたとなると、連想せざるを得ないとこもございますが(笑)。

「カーネーション」 を超えるドラマには、やはりこの先10年はお目にかからないでしょうね(あれからこのブログのドラマレビューに身が入らないのは、私も中毒者のひとりだからかもしれません)。

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BOOKS

  • マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 下

    マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 下
     1600ページも費やして、この上下巻はまだ彼らのデビューまでしか書かれていない。 3部作計6巻のうち2巻に過ぎないのだ。 なんと気の遠くなるような作業なのだろう。  本書はビートルズを語るうえで孤高の一作となるはずだ。 虚飾をすっかり剥ぎ取った、20世紀最大の奇跡に潜む真実が、これを読めば理解されるはずである(当ブログ紹介記事より抜粋)。 本書下巻では、1962年のレコードデビューまでが書かれています。

  • マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 上

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     1600ページも費やして、この上下巻はまだ彼らのデビューまでしか書かれていない。 3部作計6巻のうち2巻に過ぎないのだ。 なんと気の遠くなるような作業なのだろう。  本書はビートルズを語るうえで孤高の一作となるはずだ。 虚飾をすっかり剥ぎ取った、20世紀最大の奇跡に潜む真実が、これを読めば理解されるはずである(当ブログ記事より抜粋)。 この上巻ではビートルズの祖先から遡ってリバプールで人気に火が付き始めたところまでが書いてあります。

  • ポール・デュ・ノイヤー: ポール・マッカートニー 告白

    ポール・デュ・ノイヤー: ポール・マッカートニー 告白
    まず驚かされるのが、表紙のポールの写真です。 よくこんなのが採用されたな、というくらい、刻まれた年輪が顕著に分かる 「年老いたポール」。 飾り気のないその写真に、「素のポール」 をあぶり出そう、という心意気が見える。 そして実際、著者のその目論見は、成功しているように思えます。 何より大きいのは、「NME」「Q」「MOJO」 など音楽メディアで長年記者を務めてきた著者がポールと同じリバプールの出身者である、ということ。 さらにポールと同じファースト・ネームであること。 だからポールはまるで自分の分身に話しかけるかのように、時折同郷人にしか分からない言葉で気さくに著者に話しかける。 この本を読む者は、まずその 「不思議なリラックス感」 に包まれるはずです。  本の構成は大きく二つに分かれます。 前半ではビートルズからウィングス、ソロに至るポールのたどってきた長い長い歴史、後半ではポールの人格に迫る試みがなされていく。 そのインタビューは、一気に行なわれたものではありません。 著者がNMEの記者だった1979年のものから、明示はされていないがおそらく2013年、「NEW」 の発売前後が最新のものではないか、と思われます。 実際読んだ感覚では 「キス・オン・ザ・ボトム」 あたりが最新のような気もする。 その30年以上にわたる膨大なポールへのインタビューを、項目によって構成し直しているようです。 ですから、今年(2016年)亡くなったジョージ・マーティンについてのポールの見解であるとか、最新の情報が提示されているわけではない。 ポールの情報というのはこの歳になってもなお日々更新型ですから、その点については物足りなさが確実にあります。 さらに、30年以上というとポールのものの考え方にも変化変遷があってしかるべきだと思うのですが、30年以上をリミックスにかけているからその変化というものがつかめてこないもどかしさがある。 表紙を飾ったポールの 「老い」 という問題にも、この本はきちんと答えてくれているわけではない。 さらに言えば、ジョン・レノンの死について多くが割かれているのとは対照的に、2001年に亡くなったジョージ・ハリソンの死についての記述はない。 正直なところ、このような本を読み漁ってきた身としては、衝撃に値するような情報が書かれているわけではありません。 しかし前述したような、リラックスしたムードのなかでポールと語らっているような疑似体験を共有できる強みが、この本にはある。 この本全体に貫かれているのが、この心地よさなのだ、と思うのです。 その心地よさが乱れるパートがあります。 自身の失敗作、どうでもいい作品について語るときのポールは多分に感情的になりがちであり、イライラした様子を隠しません。 特に 「シークレット・フレンド」 を語るポールのくだりはポールファンなら一読に値する部分でしょう。 しかしそのイライラも、ポールの人間性が垣間見える瞬間としてこの本にとっては必要なパートなのです。 3000円以上と、この本は決して安くはない部類の本です。 ただその値段に見合うパフォーマンスは兼ね備えています。 この本と付き合った1か月足らずの間、心地よい体験をすることができました(アマゾンの自身のカスタマーレビューより)。

  • : レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]

    レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]
    全200ページ程度のボリュームのなかで、キャンディーズに関する特集記事は50ページ。 ただし、これが濃い。 全シングル曲、ほぼほとんどのアルバムの解説は当然として、彼女たちの芸能界における歴史から見た考察、コメディエンヌとしての彼女たち、DVD解説など多岐にわたり、キャンディーズが分析されています。 特に圧巻は、レア音源に関する記述。 ここまで調べている読み物には、個人的にはお目にかかったことはありません。 700円。

MUSIC

  • ザ・ビートルズ -

    ザ・ビートルズ: サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド(スーパー・デラックス・エディション)(4CD+DVD+BD)
    ロック界、いや、すべてのポップミュージックにおけるアルバムの中で史上最高と称され、すでに世界文化遺産の域にまで達しているこのアルバム。 そのアルバムの発売50周年を記念して、スペシャルエディションがリリースされます。 なかでもブッ飛ぶのがこのスーパースペシャルボックスセット。 CD4枚組であらたなリミックスのステレオ盤1枚、モノ盤1枚、初期テイク集が2枚、さらにブルーレイ1枚とDVD1枚で5.1サラウンド、ハイレゾ音源、ドキュメント映像 「メイキングオブサージェントペパーズ」 のデジタルリマスター等々、卒倒するようなラインナップです。 18、000円プラス税と値は張りますが、史上最高の名盤だからこそこれは買い。 5月26日の発売までに予約をしておけば、アマゾンならば値下がりした時に値段がそのあと高騰しても最安値で購入できます。 ビーファンならずとも、これは注目ですぞ!

  • 山口 百恵 -

    山口 百恵: ゴールデン☆アイドル 山口百恵(完全生産限定盤)
    全シングルA・B面プラスボーナストラック(「あなたへの子守歌」)を、山口百恵名義としては初のブルースペックCDとしてリリース。 音はいわゆるドンシャリ系ではなく、アナログ盤に準拠した原音に忠実な印象です。 パッケージングはアナログシングル盤サイズで中袋、CDを納めるケースが完全にドーナツ盤をイメージしています(よく言えば斬新…笑、悪く言えばチャッチイ…笑)。 しかしその発想は買える(笑)。 ほぼ原寸大のシングルジャケットと裏の歌詞カードの複製ブックレット。 ただスキャニングは欲を言えばもう一歩。 当時シングル盤を中心に聴いていたかたなら、この編集盤はかなりの 「買い」 です。 しかしこのジャケット表紙の写真、スッピン風で個人的にはすごく好き。

  • デイヴ・グルーシン&リー・リトナー -

    デイヴ・グルーシン&リー・リトナー: Two Worlds / Grusin & Ritenour
    NHK朝ドラ 「花子とアン」 で美人のスコット先生が夜な夜な歌い、チビはなチャンがすっかり覚えてしまったイギリス民謡、「ザ・ウォーター・イズ・ワイド(流れは広く)」。 このアルバムでルネ・フレミングが歌っていたのを思い出しました。 ルネのソプラノはけっして大袈裟でなく上品で、私のとてもお気に入りのソプラノ歌手ですね。 このアルバム自体は全体的にクラシックにギターのリー・リトナーが絡むフュージョンぽいものなのですが、故・黒田恭一サン評するところの、「大人が聴く音楽」。 胸を締め付けるような哀しみと、すべてを包み込むようないたわりに満ちていて、私の人生のなかでも最上位に位置する愛聴盤です。

  • 桜田淳子 -

    桜田淳子: ゴールデン☆ベスト 桜田淳子~シングル・コレクション
    彼女の活動期に発売されたシングルをすべて網羅したベスト盤。 確かに後年のものほど馴染みがありませんが、選曲漏れがないので、彼女の存在とは何だったのか自体に思いが至るベスト盤です。 音も楽器の音像がよくてなかなかいいマスタリングをしている気がします。 2600円程度で推移しています。

  • ザ・ビートルズ -

    ザ・ビートルズ: ザ・ビートルズBOX(限定生産品)(USBメモリ)
    パソコンにUSB端子があり(たいていついてると思います)、パソコンで音楽が聴ける環境をお持ちの人ならば、聴くことができます。 現在のテクノロジーで最もいい音質で聴ける、ビートルズの音楽です。 ただし国内版にもかかわらず、訳詞とか一切なし。 ジャケットもブックレットもパソコンデータ。 純粋に音楽だけ楽しみたい人向けです。 また、曲間にコンマ何秒かのブランクが入ります。 「アビイ・ロード」 のメドレーも同様です。 しかし、音はさすがに、すごい。 大きな音量であればある程、目の前にビートルズが迫ってくる勢いです。 ツヤが違います。

  • The Beatles -

    The Beatles: The Beatles [USB]
    こちら上記の海外版。 内容的には国内版とほぼ一緒なので、値段が安いこちらのほうがいいでしょう。

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