« 「平清盛」 第32回 「百日の太政大臣」(8月19日放送)を見て | トップページ | 「平清盛」 第34回 「白河院の伝言」(9月2日放送)を見て »

2012年8月28日 (火)

「平清盛」 第33回 「清盛、五十の宴」(8月26日放送)を見て

 清盛(松山ケンイチクン)がなかなかフィクサーに見えてこない…、これは当ブログでのコメントのやり取りのなかで私が漏らした感想ですが、清盛が50の齢を重ねた、とされる今回は、その傾向が最も際立った回になった気がします。

 と同時に、清盛をここまで若々しく描写することに作り手がこだわっている(?)ことには、何か別の、「開き直り」 ではない意図、つまり清盛を大物に見せるより優先されている何かがあるのではないか。
 そんなことを感じました。

 冒頭、自分の子たちや流罪放免になったV6の森田クン(清盛の義弟)など、清盛が太政大臣時代に官位を上げられるだけ上げた者たちを交えての会議のなかで、清盛は自らの意図をあらためて語ります。

 「朝廷にひとりでも多く一門の者を送り込めば、物事は動かしやすい。
 物事が我らの思いのままに動けば、さらに多くの者を朝廷に送り込める」。

 要するに 「数の論理」、派閥の論理なのですが、これは同時に、清盛ひとりだけでは決められるものも決められない、という、自らの 「弱さ」 を受け入れているがゆえの論理でもある。

 だけどドラマのなかでそこんところを突っ込んでいる描写というものは正直ない気がします。
 清盛という人物はあくまで、でっかい夢を持ち、少年のように無邪気で、明るさというもので一族を引っ張っている。 清盛の弱さ、という側面は、あまり見えてきません。

 ただここで清盛が示している平家一門のビジョンの根底には常に、「平家は一蓮托生」 という誓いが潜んでいる。 この清盛の発想の淵源が、叔父忠正を斬ったことにあることは、自明です。

 「一蓮托生」 というビジョンから浮き出てくるのは、「個人の長所をうまく用いれば悪い部分はカバーできる、平家はその集合体だ」 という理屈です。
 現にこの冒頭の時点で、V6の森田クンの口さがないところが、朝廷での参議の際に大いにモノを言っている、という利点が強調されています。

 そしてそれは清盛50歳を祝う宴の席で、さらに発展した論理を展開していくのですが、それはあとのお話。

 で、その冒頭の平家参議級会議が終わったあと、清盛は時子(深キョン)から50歳を祝う宴を開きたい、と提案を受け、「よきに計らえ」 と言ったはいいけど、「…で、誰の?」 と訊き返す始末(笑)。

 「誰が五十なのじゃと訊いておる」

 清盛のその言葉に、時子や盛国(上川隆也サン)は、少々蒼ざめたような表情をします。 「スワ、殿がボケた?」 みたいな感覚。
 これは今回ラストで清盛が倒れる、まず最初のフラグなのですが(笑)、「ヤだなあ、殿がですよ」「えー、オレ?、ウソ~」 みたいな展開になって笑い話になっちゃう。
 でも笑えなくなってしまうのは、次の展開。
 清盛 「まことか?」
 盛国 「…まこと」
 清盛 「…さようか。 もう50年も生きておったか。 あまりに目まぐるしくて、気がつかなんだわ、はっはっは」

 ホントに肌つやもおよろしくて…と、画面に向かって突っ込むどころか 「こんなに年相応に見えなくてい~の?」 と心配になってしまったワタシ(笑)。
 これって作り手が、清盛が貫録がついてこないことを、自嘲的にギャグにしている、という逆手手法かとも考えたのですが、ちょっとここで考え直して。

 この部分、清盛がそれだけ自分の夢に向かって夢中になっていた、という説明が番組HPではされてましたけどね。
 そもそも清盛をそんな青春貴族に仕立て上げよう、という意図以外にも、実は平家という新興勢力が、新しい世を作り上げよう、という気勢にのっとり、従来の旧態依然とした政治を刷新していこう、という若々しさを演出するためのものなのではないか、というようにも思えてきた。

 清盛は、古臭い因習を打破しようとする、若々しさの象徴なんですよ。
 だからいつまでたっても若い。
 ちょっとそんなことを、考えたわけです。

 いっぽう滋子(成海璃子チャン)は、神事の舞を披露しながら突然の大雨にも毅然と舞い通して、ますます変人好きの(笑)後白河(松田翔太クン)の気に入られていくのですが、そこに現れたのは、後白河のもうひとりの皇子、以仁(柿澤勇人サン)と養母の暲子(佐藤仁美サン)。

 また分かんないのが出てきたぞ(笑)。

 要するにまあ、先ごろ亡くなった二条天皇の腹違いの弟、ということになりますか。

 しかしですよ。

 あ~もう、なんじゃ今頃!(笑)

 コイツが出てくるなり、自分も父上(後白河)の息子のひとりだから、兄(二条)が逝去したあと自分が天皇にいちばん近い東宮であるべきなのに、滋子の子供がエコヒイキされちゃって、みたいな文句をグチグチ言い始めるんですよ。 あ~もう混乱する(笑)。 こっちは頭悪いんだからな!(爆…)。

 この以仁の動きに対抗して、滋子は義理の兄であるV6の森田クン(もう役名書くのうっとおしい)に頼んで以仁の邪魔立てをするよう画策します。
 ここで後白河の嫌いな清盛のご威光が、却って以仁の野望を阻んでいる、という転倒の構図はなかなか面白いものがあります。
 口の悪い森田クンも滋子にはタジタジ。
 滋子も策士になってきた、つーか、権力の座に座ると罹ってしまう病気の一種か。

 厳島神社では宮司(温水洋一サン)に壮大な神社増築の構想を語りながら、私の嫌いな兎丸の子供子兎丸(ネーミングスゲー安直)と対面する清盛。

 清盛は子兎丸をあやしながら 「この子が大きくなるころには、この国も変わっておろう。 今とは違う景色が見られよう。 のう?」 とサワヤカーに青春貴族ぶりを全開にするのですが、子兎丸はまるで平家のその後を予見するかのように、泣き続けます。

 ここらへんも芸が細かい。

 で、芸も細かいついでに先の平治の乱で平氏に寝返った源氏の宇梶サンが、息子を伴って清盛に謁見。 宇梶の息子は(もう名前はい~や)そこが平家の屋敷であることも忘れて、「どうして源氏のクセに平家にペコペコせにゃならんのだ?」 とひとしきり親父に文句を言うのです。 歴史が分かる人は見ていて楽しいでしょうけど、私みたいなノータリンには 「もう新しいひと出ないで、お願い…」 つーか(ハハ…)。

 しかし我が願いもむなしく(笑)、清盛の50を祝う宴には、さらに清盛の弟だという忠度(ムロツヨシサン)が初登場。
 しかしダーレもこいつが誰なのか分からない(笑)。 これも 「平家が多過ぎてわけが分からない」 というクレームを逆手に取った自虐ネタか。

 この忠度、顔の下半分は髭ボーボーというかなりキョーレツなキャラで、熊が転生したのかと思ったんですが(笑)このクマがね…。

 で、宴にはAAAの人を除く平家のほぼフルメンバーが参加。 AAAの人は大宰府のエライ人になって出張中とのこと。
 しかしこの平家の宴、3世代が入り乱れてしゃべりまくる。
 えーと、これは清盛の弟で、これは清盛の子供で、でも時子の子供じゃなくて、これはえーと、あ~っ!もうワケ分からんっっ!(ハハ…)。

 しかもそこに前後して、常盤(武井咲チャン)の息子牛若(のちの義経)まで乱入(プロレスかよ)、コイツまで清盛を父上と慕っているのです(コイツって…)。
 しかしですよ。
 常盤はいつの間にか一条長成の妻になっている、というではないですか。
 なんだソレ。
 手籠めにしてたでしょ、清盛(下品でスミマセン)。
 ちゃんとそこらへん描写したほうがいいんじゃないでしょうかっ?(どうもコーフンしてきた…笑)。
 藤原摂関家なんかどーでもいいっつーの(暴論だ、暴論…)。

 それは置いておきまして、ここでいきなり姿を現した常盤と牛若に対する、時子の反応が、また少々凄みを感じさせながらも寛容なもので。 深キョン、演技がうまくなったなぁ(しみじみ…)。 優しそうな顔して、目が笑ってない、目が(笑)。

 ただ 「義経」 を見ていた私にしてみれば、この牛若を見たときの清盛の反応、というものは少々物足りなくて。 まあ 「義経」 では義経が主役でしたから渡哲也サン(清盛役でした)も義経を持ち上げたりしたんでしょうけど。 「義経」 では渡清盛があまりに義経を可愛がるもんだから、清盛の子供たちのあいだとは微妙に軋轢が生じておりましたっけ。

 今回は、牛若が義朝(玉木宏サン)の子供だ、ということで殿も格別な感情がおありだろう、と時子に述懐させるのみでしたが、頼朝(岡田将生クン)への感情と、どのように違いがあるのか、というところまで突っ込んで描写してほしかったような気がいたします。

 盛り上がる清盛50の宴。 そこにさらに乱入してきたのは(だから…)、藤原摂関家のイジワルふたり、基房(細川茂樹サン)と兼美(相島一之サン)。
 このふたり、この日が平家の一大イベント当日であることを知ってか知らずか、いずれにせよ無礼講の場を一気にシラケさせる話を持ってきます。 厳島神社の修復は許さん、という話です。

 清盛はその話を制して、このふたりも今日は来ちゃったんだから一緒に楽しみましょう、みたいな感じで宴に誘います。 イジワルコンビは手ぶらで来ちゃったから、と言って自分たちの雅な舞を献上つかまつるのですが、これって自分たちの雅な教養のあてつけ。
 それに対して清盛も自分の息子らの舞で対抗します。

 宴は平家と公家の意地の張り合い、といった様相を呈していくのですが、じゃ歌詠みで勝負、となったとき、一朝一夕では身につくことのないこのラウンドに、清盛は慌てることなく、初めて会ったばかりのクマチャン、じゃなかった、忠度を京屈指の歌詠み兼美の相手として指名するのです。

 まあ、展開的には、ここでクマチャンは兼美をあっと言わせるのだろうな、とは思っていたのですが、案の定そうなるなか、この宴の模様を見ていて私が感じたのが、今回冒頭に書いたことです。

 宴では、教盛(鈴之助サン)は武に優れ、経盛(駿河太郎サン)は文に優れ、みたいなことをやりながら、それでは舞ではこのふたり、歌詠みではクマチャン、というように、互いの長所が発揮できる場で平家の人間たちは、自分を輝かすことができる、という考えを見る側に強烈に印象づけた。

 ひとりひとりは不完全な存在。

 でも適材適所を効率良く配置することによって、組織は力を発揮できるようになる。

 ただ、そこで要となるのが、やはり司令塔の存在です。

 平家という組織の司令塔は、紛れもなく清盛です。

 この扇の要がはずれたとき、平家という組織は瓦解していく。

 ことこのドラマを見る限り、その司令塔としての存在が、若々しくてフレキシブルなヤツだ、ということが、実は平家繁栄の原動力となっていたのではないか、と作り手は訴えたいのではないか。

 宴のあと、忠度を歌詠みの最終兵器に起用した理由を身内から訊かれた清盛は、「なんかそんな気がしたから~」 と、見る側をすごくじらすような答えしかしません。

 でも清盛は、「お前ダレ?」 とかとぼけといて、実は忠度の個人的力量を予め知っていたのではないか。
 でなければ、こんな一大イベントの席で、清盛自らが誕生日に(その日にやったかどうかは知りませんけど)自分の顔にミソつけるようなことはせんだろう、と。

 そんな頼もしい清盛は、その宴の席でイジワルコンビに勝ったことをことのほか喜び、酔った千鳥足で舞を舞いながら、扇子で空をあおいだとき、なんの拍子か、その場がぱあっと明るくなります。

 福原の港を造る土木工事の際の逸話だったか、清盛が扇をあおぐと沈みかけていた太陽がふたたびのぼった、というものがありました。 それをここでもってきたわけですね(やっと自分の知識がほんの少し役に立ったぞ)。

 つまり平家の権勢が沈む太陽にも待ったをかけた、つーことですが、その逸話は遠く伊豆の地にも宇梶サンによってもたらされます。
 でも、頼朝は自分の子供が峰サンに殺されたショックから、まだ立ち直れず、目の下にクマを作ってぼけーとしたまま。

 いっぽう清盛は、ぶっ倒れます(説明簡潔すぎ…)。

|

« 「平清盛」 第32回 「百日の太政大臣」(8月19日放送)を見て | トップページ | 「平清盛」 第34回 「白河院の伝言」(9月2日放送)を見て »

テレビ」カテゴリの記事

コメント

 今回は、ダンス、ダンス、ダンス!&歌合戦!滋子ちゃんも、摂関家ブラザーズも、盛ちゃんずも!兼実と忠度の恋の歌合戦!手ダレ同士の闘いなのでしょうけど、もっと早送りにしてほしかったです!和歌の素養の無い身としては!


 清盛くん、精力的にがんばったら、もう50歳!病気で倒れるまでは老けのメイクをわざとしないとかの噂もありますが。私とタメとはとても思えません(笑)

 でも、前向きに生きてる人って、年を感じさせないのは事実ですよね。なんせ、「賭け」で、義弟を歌合戦に起用して、あたるのですから!もう、オリンピックの火の鳥ニッポンみたい!ちなみに賭けの裏にはデーターがあり!清盛くんも、覚えてないにしても、忠度に賭けるデーターを持っていたのじゃないかなと推測させてくれます。(笑)

 後、厳島神社の改修計画の話をしながら、国づくりを垂直方式じゃなくて、横に広がるフラット型にしたいという具体的じゃないけど、理念を表明したのは良かったのじゃないですかね。フラット型という事は、摂関家の伝統的政治の方にとっては由々しき事態だったでしょう。しかも財と権力を持ってる平家だから、始末が悪い!

 ダンスバトルと歌合戦の結果より、清盛にやられた感がしたのじゃないでしょうか。時代が止められない事に。

 ただ、手かざしで夕日を持ち上げちゃった!の逸話は、清盛の威光を世に知らしめる効果とともに、反感を余計買う結果にもなる。清盛は無自覚だし、前向きしか考えてないだろうけど。

 頼朝に同情的な時政パパなんか、まだ田舎の人のいいおじさんだけど、不穏な雰囲気。

 病んでる頼朝くん!でも、あんなに膳を並べられても、食えないと思うぞ、籐九郎!空気読め!
 牛若が清盛を父と慕っている!このあたりが、由良様に源氏の嫡男として厳しく誇りを持って育てられて、今は清盛によって流人の生活をしている頼朝にとって、将来受け入れ難いものになるのでしょうか。何も知らない牛若、可愛かったですけどね。ベラ政子に生け捕りにされる前に、病み倒れそうな頼朝くんでした。たったあれだけの出番に長く書いちゃった!

 上り坂の頂上にきて、倒れちゃった清盛!予告に電線マンならぬ、白河法皇が再登場!夢なの?夢に一話使うとか?

 松ケンくん剃髪して、入道に臨むらしいです。老けて無くても意気込みはかいたいと思います。

 視聴率はまた一桁だったらしいです。私もBSで見て、24時間テレビのマラソンのゴールを見ちゃったです。(笑)裏切ってごめんね、清盛くん(笑)夕日の頃に見た方が気分の出る回だったから、許して!おまけにちょっとだけ出た頼朝のやつれっぷりに、心のほとんどは奪われてました(笑)凄く間違った見方をしています!頼朝、美男なんだもの!


投稿: ささ | 2012年8月28日 (火) 20時56分

ささ様
暑い、いや熱い(笑)コメント下さり、ありがとうございます。 残暑お見舞い申し上げますconfident

せ~~を~~は~~や~~み~~、ですもんね(あっ違った)。 確かに歌詠みはカッタルイ(笑)。 カルタのほうがカッタルくない(言葉遊びしてます)。
にしてもこのクマチャン、つぶらな瞳で男の私でも、ちょっとペットにしたくなるようなキュートさでした(爆)。 クマチャンダンスもするし(笑)。

松山クンに貫録を求めても仕方ないんでしょうけどcoldsweats01、なんか見ていて、とても意図的に松山クンは老けた演技を避けている、と見えたので、今回のような趣旨のレビューとなりました。

まあ、清盛がクマチャン忠度の文才について把握していたかどうかはあえて考えず、清盛の心情を振り返ってみると、ある程度の 「賭け」、というものはやはり存在していかな、と私も思います。

でなければ、忠度が兼美を打ち負かしたあとで、あれだけ清盛が愉快がるはずがない。

清盛は自分の持っていたデータが確実かどうか、という一抹の不安を残しながらも(もしデータを持っていた場合でも)、「どんな目が出るか分からないからこそ面白い」 双六のような人生、というものを楽しんでいたのだ、と考えることができる。

このドラマでの 「遊びをせんとや生まれけむ」 の理論的な落とし所が、ここだったように思えるのです。

…これって本文に書いたほうがいいなあ…(笑)。 今は暑くてその気が起きませんが、あとで気が向いたら本文に組み込みます(笑)。

フラット型マンション、じゃなかった(笑)横へ横への政治構想、アチャ~、本文で書くの忘れました(やはり暑さのせいか)。 いや、昨日はかなり慌ててこのレビューを書きあげたものですから、いま読み返したらやはりかなり文章が荒い(トホホ…)。 少々直させていただきましたが、暑くてもう気力がない(♪みんな暑いのが~、みんな暑さが悪いんや~)。

まあ、この部分はささ様のコメントに付け足すところはございませんのでそのままで。

「義経」 では、もうちょっと中井頼朝のタッキー義経に対する憎しみの感情というものが複雑だったような記憶がございますが、まあこのあと、兄を差し置いて戦功をどんどんあげていく義経ですから、ここんところの清盛に対する感情の違い、というのが、きょうだい仲違いの原点にある、という論調は、見ていて面白いです。

しかし予告ではまさに刮目いたしましたね(笑)。 ワイルドだぜぇを絵にかいたような政子の登場と(笑)、金ピカに光るタフマン白河の再登場(笑)。 タフマン飲んで、あの世から復活か?(ハハ…)。

投稿: リウ | 2012年8月29日 (水) 11時12分

昨晩、「息もできない夏」を30分ほど見ました。武井咲ちゃんは年相応の役の方が自然かなと思ったり。でも常盤も背伸びしながら(感覚的に。本当に背伸びしたら彼女は高身長!)がんばってるなと!牛若含めて3人も子供がいるなんて!時代劇とはいえ、かなり無理がありますよね。(笑)だから、年相応の役をやってる咲ちゃんが、逆に健気に見えたりしました。お話は全く関心のない内容なので、咲ちゃんの可愛さだけ見てました。(笑)途中流されるCMを見るために見たのですけど、ドラマで久々に江口さんを見ました!彼は正義感のある役が多いんですね。咲ちゃんと年の差恋愛するのでしょうか?優しいおじさんって感じだったけど。(笑)

 

 

投稿: ささ | 2012年8月29日 (水) 11時12分

この回も楽しかったです。

なんといっても盛~ズのおどり!
やっぱり若くてきれいな子が踊るといいわね==、
なんて完全におばちゃん化して見ていました。

おどりに関しては、長男重盛に一票です。
次男、もうちょっと頑張ってほしいけど、これはまさか今後の伏線・・・というわけじゃないだろうな・笑

手かざしとか、うまく伝説をエピソードに織り交ぜていますね。

政子は・・・・、
唖然としました・苦笑
受け身、女性らしい八重姫とは対照的に持ってきたかったんでしょう。

次回が楽しみ☆

投稿: マーシー | 2012年8月29日 (水) 11時19分

ささ様
ゲッ、同時刻にコメント投入(なんという偶然…笑)。 ただちに返信させていただきます。 コメント下さり、ありがとうございます。

「息もできない夏」 は、見てるとホントに息が詰まるので、暑くて見るのをやめました(なんだソレ)。 みんな暑いのが~、あ、いやいや(笑)。

でもまあ、常盤に関しまして、男の私といたしましては、清盛、あそこまでやっといて、それを放逐したなんて、そこんところどうなのよ?常盤さんに申し訳ないとは思わないんですか?男として責任があるんじゃないんですか?今のお気持ちを聞かせてください!と、テレビレポーター並みに突っ込みたくなるところ(笑)。

江口サンは咲チャンとドラマでどうにかなりそうだったんですか? さすがにこの歳の差は、カトチャン並みかと(オーゲサか…笑)。

投稿: リウ | 2012年8月29日 (水) 11時21分

マーシー様
またまたほぼ同時刻のコメント投入(笑)。 なんかチョクで話し合ってるみたいでコーフンします(あのね…笑)。 コメント下さり、ありがとうございます。

盛~ズって、リリーズじゃないんですからcoldsweats01。 やはり常盤のその後なんかより、イケメンのブレイクダンスのほうが(違うか)女性受けするんですね。 やっぱり女性脚本家だ…(何を納得してるのか…笑)。

ムネムネは、やはりヘタレの伏線が張られまくってる気がいたしますよねcatface。 たぶん宇梶親子も、後半に向けてかなり重要な役回りになってくるような気がいたします。 息子の敵地における大胆な感想は、その布石なのかな。

1週間外で暮らしてたら、こんな格好になっちゃったぜぇ、ワイルドだろう?みたいな政子(爆)。

その動物的な動きに期待します(なんかちょっと、ずれてるような…笑)。

投稿: リウ | 2012年8月29日 (水) 11時32分

 都市の差恋愛はそう煽って報道されてまして、でも私が昨晩みた30分では、残念ながら?その気配はなかったです。(笑)

 清盛としては、いい再婚先を世話した事で勘弁してもらいたいのじゃないですかね。義朝の奥さんだし、あまり深い仲になっても、得策じゃないでしょう。(笑)それより、旦那をなくしても、上級貴族の奥様に成り上がった、常盤ちゃんが凄い!と、この前の番宣番組で言ってたような。(笑)

 マーシー様、私も重盛の方が舞は上手に見えました。ワイルド政子は、八重姫と千鶴丸の事で意気消沈している男を、鞭入れるにはいいのじゃないでしょうか。八重姫も野暮ったい田舎の姫だし、政子は野生児?頼朝が一番雅で綺麗なんですから(笑)

 タフマン法皇、、強そうでしたね。夢を使えば、退場した人も誰でも出れる!そのうち頼朝も義朝とか、由良とか、千鶴丸の夢を見るのかも(笑)どんどん登場人物が膨張していくようですが、大丈夫なんでしょうか。(笑)

 

投稿: ささ | 2012年8月29日 (水) 12時49分

追伸、暑さで冒頭から誤記が。年の差だよ~(笑)都市の差だと、ロンドンと東京とかになるじゃないか!ごめんなさい。暑いですね。ロンドンと東京だと「冷静とうだうだの夏」という恋愛なのかな(笑)

投稿: ささ | 2012年8月29日 (水) 12時55分

>常盤のその後よりもイケメンのブレイクダンスのほうが

そうです、そうです、そうです!!!!!・爆

もおおお、眼福でした、この回は。
重盛君、「下流の宴」の面影もない。
これから楽しみな俳優さんです。
NHKでも、いい役振ってあげてください(って、すっかり母の気持ち・苦笑)。

牛若は、あそこでいじめられればのちの伏線かと思いきや、案外なじんでましたね・笑

常盤さんは・・・・、
ちょうど次女が「こころ」の感想文書くんですけど、
「先生の死後、奥さんは‘ワタシ‘と結婚するって説が有力なんだって」と言ったら、ビックリしていました。
自分のために大の男二人が自殺したってのに、女は強い!

頼政の息子は、馬を巡ってムネムネといさかいがあるんですよ、確か。
このあたりからくると、バカ息子やバカ親戚のために清盛の苦労が絶えないのかも。
どう贔屓目に見ても平家は権力側なので悪役で、
だから癪を伸ばすために、脚本家は中2病の時期を長くしたんですかね。

>さささま
どうみても、頼朝が「麗しの姫」ですね・笑


話が飛びますが、先日のフジの「剣客商売」、
頑張っているのはわかりますが、どうも出来が・・・。
大治郎が斎藤工くんというのがね、大根すぎてダメでした、彼は。しかも殺陣もできないし。
杏ちゃんを三冬というキャステングが先で、身長で工くんが抜擢されたのかな。

私的には、将来、重盛クンに大治郎やってほしいですが、
三浦春馬くんもけっこう殺陣は頑張っているんですよね。

脳内変換して、妄想で楽しみます。

投稿: マーシー | 2012年8月29日 (水) 17時03分

 剣客商売、原作も読んでるし、岩井半四郎さんが出てる昔から見ていたせいか、北大路さんは頑張ってたけど、大治郎はうーん、もう少し殺陣に切れ味のある人が良かったかな。大治郎はただでっかいだけの人じゃないのよね!池波さんの人情の世界には、まだまだお若い!杏ちゃんもちょっと違う。おはるは良かったですけどね。でも久しぶりに池波さんの世界を見れてうれしかったです。おいしそうな下町の料理や、水辺の風景など、しみじみできました。(笑)

 頼朝が麗しの姫!そうなんですよ。もう世話係の籐九郎や時政パパを惹きつけてるみたいですね。でも、同じ年頃に義朝は関東で武者修行をして、たくさんのシンパを作っていたわけで、源氏の血を引いてても、せんが細い頼朝くんです。武勇じゃなくて美貌で惹きつければいいか!源氏の若君が御労しいという同情かしら?

 フラット型の社会を作られるより、京での朝廷の中は公家任せで、政治は鎌倉でわけてやってもらう方が、公家達には都合良かったのかもしれません。形だけでも、守ってきた秩序はそのままなのだから。清盛(平家)の公家や天皇家まで侵食していくやり方は嫌がられただろうなと、フラット型構想を聞いて思いました。伝統を破壊される危機感が、あったのでは。大袈裟に言うと国体の維持を侵す存在だったのかな?

 重盛のママの方が、琵琶の先生だったり、和歌もできたり、出来のいい方でしたから、宗盛が重盛に劣るのは仕方ないかな。(笑)平治の乱の頃から、宗盛の情けなさは積み上げられてますからね。(笑)重盛が死んでから平家の歯車が狂い始めるのでしょうね。賢い知盛がいても、宗盛を補佐するのは。彼等を直接的に追い詰めるのが、遊んでやってた牛若だというのが、悲しい皮肉ですね。源平の最終決戦まで描くかどうかはわかりませんが、清盛の栄華が「めでたしめでたし」では単純に終わりそうにないドラマですね。見るのに去年と違って、気力が要りますね。嗚呼、しんど~(笑)

 

 

 

投稿: ささ | 2012年8月29日 (水) 20時33分

>さささま
私は時代劇チャンネルで放映していた中村又五郎の版が一番好きです。
大岡越前は、大治郎、はまり役ですね。
山形勲版でも、大治郎は同じで、なかなかよかったな。

演出家が能村庸一さんではないんですよね。
それが大きく影響しているのではと思いました。

杏ちゃん、工くんにはいい勉強になったかもしれませんが、とても及第点はあげられません。
この二人を変えるなら、レギュラー化もいいんですが・・・、
今のままでは、見るに耐えないかな。

おはるはよかったけど、彼女が三冬でもよかったかな、というのは、「龍馬伝」で千葉の娘を演じたせいでしょうか。
剣道着姿がきりっとしていて、愛嬌もあって、なかなか良かったんですけどね。

現在、時代劇をきちんと演じられる俳優さんが少ないので、北大路さんに集中しますね。
テレビ東京の新年の時代劇も北大路さんです。

歌舞伎の役者さんに、もっと頑張ってほしいんですけどね===、なかなかテレビでもいい演技する役者さんがいませんねえ・・・・。

投稿: マーシー | 2012年8月30日 (木) 00時07分

ささ様
コメント下さり、ありがとうございます。 ちょっと見ないあいだにコメントがたくさん届いて、ちょっと錯綜してるので、一括して返信してしまうことをお許しください。

都市の差coldsweats01、ロンドンはやたらと涼しかったみたいですね(ハハ…)。 同じ夏なのに、日本はバカみたいに暑くて、ロンドンが羨ましいです。 さらにこのクソ暑いのに、隣国たちからは好き勝手なことされて、ますますイライラする、つーかangry

常盤は思ったよりもかなりしたたかですよねー。 私はやはりクマチャンのおしりかじり虫ダンスより(笑)常盤のことをもうちょっと描写してほしかったですね。
義朝に姿を変えた頼朝に、「こんなどーしよーもない悪世を生き続けなければならないつらさむなしさが分かるか!」 とまで啖呵を切った清盛なのですから。

結局権謀術数を駆使して我が世の春を楽しんでいる、サイコロの目がうまく出て満足している、それだけの描写では…。 常盤とのことは、だから清盛にとって、もうちょっとのどの奥に刺さったトゲくらいの描写が欲しい。

だいたい時子に隠れて夜這いしてたんですから(ハハ…)、そのあと修羅場が用意されてると、思ったんですけどそれも不発で(どうも下世話ですね)。

このドラマ、死んだ人はそれでクランクアップ、という形になっていないのがすごいですよね。
今までの大河だと、役者さんに気遣いしてか、いったん終わった仕事をまたまた呼び戻して、ということ自体に、制作者が二の足を踏んでいたような気がするんですよ。
まあ役者さん自体のスケジュールとか、いったん歳を重ねた役に入り込んでした役者さんに、また若き日の役になれ、という無理もありますが。

でも、大河という物語の性質上、かつてのVTRを使用しただけの回想シーンだけではなく、それまでドラマに出てこなかった回想シーン、というものも、その都度あってもいい、と思うのです。

だから、玉木宏サンが頼朝になり変わって再び現れたときは、ホントにビックリいたしました。

こーゆーことって、ありかよ?みたいな(笑)。

鎌倉幕府になってからの政治形態というのは、今でいえば都市機能の分散、という感じだったんでしょうかね。 国会と省庁を地方に分散させるみたいな。
いずれにしても清盛が今回構想を打ち出した横へ横へ、という権力構造は、その当時の朝廷政治だけでなく、「中央集権主義」 という、国家としての宿命というか、ビョーキみたいなものに楯突いているのと一緒だと思うんですよ。

このことの重大性をもうちょっと見せてほしい、というか。

でも、雅な物語の構築が今年の大河のもっとも目指している部分だと思うので、そこらへんの堺屋太一サン的なツッコミは、ないでしょうね。

「剣客商売」 については、拝見したことがないので、ちょ~っとパスです(笑)。

投稿: リウ | 2012年8月30日 (木) 11時31分

マーシー様
コメント下さり、ありがとうございます。 こちらも複数のコメントに、一括して返信してしまう失礼を、お許しください。

やっぱりダンス大会は女性のハートを射抜きますね(笑)。 私が気になったのは、やはり清盛が老けて見えないいーということと、常盤はなんなんだよぉ~?ということでした(笑)。 イケメン頼朝にも、あまり関心ないし(それだとこの先、かなりキツイかな…笑)。

「こころ」 の感想文は、私も高校時代に書かされました。 難儀しましたよ~(爆)。 太宰治並みに暗いじゃん、みたいな(笑)。

当時の国語の教科書、というのは、今もそうかもしれないけど、やたらと 「エゴ」、利己主義ということを問題にしていた気がします。 自分が良ければそれでいいのか、みたいな。

今じゃ世の中、エコならぬエゴによって動かされている社会になってますからねー。 コンビニだって四六時中開いてなきゃヤダー、というエゴの産物ですよね。 ネット通販だって、いちいち店に行くのヤダーというエゴみたいなもんだし。

このドラマでの清盛を見ていると、あまりそうした、エゴみたいなものを感じないんですよ。
確かに平家一門だけを繁栄させようとしているようにも見えるけど、「横へ横へ」 の政治構想といい、すごく自由な発想のもとで、日本全体を豊かにしよう、というでっかい夢がまず存在している。

瀬戸内海は岩場だらけで船が通りにくいから、船を通りやすいように工事しよう、とか、そういう発想がとても大義に適っている。
おそらく予算の関係上、そうした平家の財力を見せつけるようなシーンは再現できないのだ、と思いますが、こういう部分があってこそ、初めて「ああ、平家というのはとてつもなく巨大な財閥みたいなもんだったんだな」 というのが説得力を帯びてくる、そんな気がいたします。

「剣客商売」 に関しましては、ささ様への返信にも書きましたが、部外者なのでちょっとパス、です(笑)。

ただ、斎藤工サン、大根でしたかぁ~(笑)。

「江」 では京極なんとかとか、やってましたよね(忘れた…笑)。
最近では、「36歳で医者になった僕」(36歳かどうかは忘れた…笑)で、テレ東で 「最上の命医」 をやっていた時とは正反対の嫌味な医者をやっていて、うまいな~、とは感じていました。
時代劇には向かない気は、ちょっとしますねcoldsweats01

投稿: リウ | 2012年8月30日 (木) 12時02分

 イケメンは背が高くて、足が長いですから、腰高なんですよ。だから、剣道や武道の心得がないと、時代劇では腰が決まらない!モデルの杏ちゃんも、殺陣がショーのウォーキングみたい!剣の有段者には見えないのです。(笑)日本舞踊もそうですが、腰が決まらないと、ちょっと、辛いものがありますよね。ドラマの為に練習はしたのでしょうけど。(笑)斉藤くんは大根というほどひどくはないけど、現代的すぎるお顔立ちとか、台詞のしゃべり方とか、加藤剛さんのやってた役なので。(笑)見劣りしちゃいますよね。

 時子にしても、子供達にしても、常盤親子に寛大ですよね。というか、この家族、王家と違って修羅場がほとんどない。池禅尼くらい。彼女も亡くなって一族はまとまって和気藹々にみえます。

 その点後白河の家族は、火種がいっぱい!以仁王なんか、親王にもしてもらえない!鳥羽ちゃんとなりこちゃんの娘が養母になっているのに!二人の遺産で金持ちだから、お話は聞いてあげるけど。きっと、二条帝もそうだったけど、なりこちゃん系が育てた子はたまちゃんの産んだ後白河をどこか、馬鹿にしているのだろうな?と思わせてくれました。これは、たまちゃん、なりこちゃんの諍いのせいなのかしら?(たまちゃんはその気がなくて、なりこちゃんが一方的に毒づいていたのだけど)

 以仁王の親王宣下を、滋子ちゃんが、時忠兄さんに「ごにょごにょ」で阻むのも、女の戦いは怖いです。でも滋子ちゃんなりに、したたか!以仁王と頼政、西光、成親が同じ回で出てくるというのは、次への布石でしょうね。(笑)このあたりが、行き当たりばったりで、秀忠がやけをおこして、大阪城に火をかけるお話とは違うところです!

 横へ、広がっていく政治構想を深く掘り下げるより、雅な舞や和歌の世界も見せたい、絡み合う人物ドラマも見せたいみたい、いろいろ見せたいドラマなんですよね。これから、「駆ける」大河!来週は白河法皇が楽しみです!禁じ手でも何でも、やっちゃえ!?
 

 

 

投稿: ささ | 2012年8月30日 (木) 20時38分

 リウ様こんばんわ、Fクルーラーです。ご試食ありがとうございます。(笑)
 盛り上がっているところ、ちょっとおじゃまします。
 以下、タワゴトなんですが。。。
 このドラマ、もとから、或いは途中から、ファンタジーを目指しているのではないかという感じがしてきました。だから和歌や舞を丁寧に描写する、崇徳さんの祟りで一話まるまる使う、頼朝が義朝に変身する、清盛が自分の歳も知らずいつまでも老けない、来週はもののけ法皇さんが主役になる、更に言えば、平家滅亡まで?お話が続くというのは、本来は悲劇となるところ、ファンタジーにしてしまおうというもくろみかしらと思えてきました。もっとタワゴトを言えば、最終回、武士の世となったところ(鎌倉幕府成立?)で若き清盛が目を覚まし、阿部サダヲさんあたりに「武士の世が来る夢を見た」と言って終わる。
(まさかまさか)
 「平清盛」なのですから、(「平家物語」ではないので)清盛さんのサクセスストーリーを緻密に展開して、その絶頂期または死の時点で終わるのかな、そうなれば新しい試みかな、と勝手に思ってました。だからリウ様ご指摘のように緻密さが欠けているのではないかという感じはずっとしていましたが、まあ毎度なんとなく楽しめてしまうので、そんなことを考えて納得しようとしているだけなのですが。
 ところで、牛若と知盛たちがふれ合う挿話、タッキー義経でもあったのですか。そんな軍記物語があると言うことなのでしょうか?壇ノ浦のことを考えるとちょっと面白いとは思いますが、義経さんはそんな複雑なキャラではないような気もします。

 
 さらにところで、シツコクて申し訳ありません、すでに再放送が始まった「はつ恋」、今週土曜日の午後3時から、1話から3話まで再々放送、その夜に4話の再放送ということになっており、NHKさんの自信のほどが伺えます。今のところディレクターズカットは成功しているようです。(よりわかりやすくと言うか、染み入りやすくなったように感じます。)
 とりあえず録画だけでもいかがでしょうか??(ホントはこれをお知らせしたかったのです、スミマセン)

投稿: Fクルーラー | 2012年8月30日 (木) 23時53分

ささ様
コメント下さり、ありがとうございます。 このところ夏の疲れが徐々にたまってきたせいか、早朝に返信できない橋本です(笑)。 まだ半月くらいはこのまんま、とか。 死ぬshock(爆)。

役者に武道の嗜みがないと時代劇はつらい、というのは、実に目が肥えたかたのご意見です。 ささ様もマーシー様も、その点ではご一緒と感じますが、私はその点については少々疎いかな。 殺陣がヘタクソだ、とかあまり考えたことがなくて。

ただまあ、真剣勝負ということになると、ただ踊りみたいな感覚で刀を振り回していると、とてもよくそのアラが見えてしまいます。 要するに、ちょっとでも刀が触れてしまえば、斬れちゃうわけですからね。 特に剣豪ではない、普通の者たちの斬り合い、というのには、私はいくら昔でも 「ぶざま(無様)さ」 が付きまとっていたのではないか、と考えています。 そこらへんの命のやりとりが見えないと、ただの剣舞と同じになってしまう。

だから以前どこかの大河か時代劇で、すごくへっぴり腰の真剣勝負というものを見たとき、すごくリアルだな、と思ったことがある。 「ヘタすりゃ死ぬ」、という切迫感がとても出てたので。

これが剣豪同士、ということになると、死ぬということにも一定の理(ことわり)を感じながら、無の境地で自分の恐怖心を克服し、相手を制するよりまず自分を制しよう、という気構えが垣間見える。

ここでモノを言うのが、「腰が据わっているかどうか」、なのだ、と勝手に解釈してしまいますが。

昔の日本人は足が短くて(人のこと言えませんが)、重心が低かったのが武道の基本的な姿勢にかなり寄与していますよね。

大男には大男なりの刀の構え、身のこなし、というものも、いっぽうではあった気がするのですが。

滋子チャンの巨乳ぶりがなんか話題みたいですが(このサイト右側の 「瞬ワード」 による…笑)、エキセントリックな気性が権力維持という方向につながると、かなり危険なものを感じます(笑)。 ゴニョゴニョに、凄みがある(?…笑)。

いずれにしても 「盛り込み過ぎ」 のこの大河、私みたいな経済フェチ(笑)をうならせるより、平安絵巻を目指しているようなので、そこんところに着目しながら見ていきたいですね。

投稿: リウ | 2012年8月31日 (金) 12時05分

Fクルーラー様
コメント下さり、ありがとうございます。 100円セールの時のDポップ派、橋本です(値引き率がいちばん高い…笑)。

「はつ恋」 でありますが、実は裏番組にいつも見てるのがあって録画を断念しておりまして…coldsweats01

それと、「ディレクターズカット版」、というのが、少々クセモノと考えてるフシがございまして(笑)。

アレって結構、冗漫になっちゃう危険性が常にある気がするんですよ。 つまり、本編を見たかたの、「もっと見たい」 という欲求にこたえたようなものなのではないか、という感覚。

でもFクルーラー様のおっしゃるように、出来がいいのでしたらこれは見る価値あり、ですね!

ただこの暑さで、ここんところテレビの視聴が週1時間程度になっちゃってるので(笑)、Fクルーラー様のご期待に添えるかどうかは、少々微妙でございます。 その節はどうぞご了承くださいませconfident

「平清盛」 のファンタジー仕掛けは、Fクルーラー様ご指摘の通りか、と感じます。

私が平安時代に描いていたイメージ、つまり 「百鬼夜行」 であるとか、もののあはれを顕現している感覚がある。

ただその流れのなかで、清盛の抱いているでっかい夢が、なんかすごく無邪気に思えて仕方ないんですよ。

言ってみれば、現代の概念から立脚している 「愛」 とか 「希望」 とか、「志」 とか。
清盛のそれだけが、平安の価値観のなかで、ヤケに現代的な視点からの薄っぺらいものに思える。

これはたぶんに、清盛のそのでっかい夢が、セリフだけでしか表現されていないことへの私自身のもどかしさが含まれています。

「義経」 に関しましては、やはり義経が主役でしたから、平家の人々とのそれぞれの関係性の違いに踏み込まざるを得なかった、ということだと思います。 でなければ話が50話も続かない(笑)。 確か宮尾登美子サンとかの原作があった、と思うのですが…。 おそらく宮尾サンの考察によるものではないでしょうか。

投稿: リウ | 2012年8月31日 (金) 12時32分

 滋子ちゃんが雨に濡れても、踊り続けたのは、巨乳効果を狙っての事だったの?(笑)盛り込んできますね。(笑)

 ごにょ、ごにょ!あの、口八丁のお兄様がタジタジなんですから。これからも、あるかもしれません。(笑)経済の大河は「黄金の日々」かな!今回の大河は多方面に楽しむ大河ですね。だから、平家や清盛の活躍が薄れてしまう!ごちゃごちゃの世界から、清盛の人生を見て行くというような感じですね。俯瞰から見る大河ですかね。

 その割に主人公は子供っぽいままですけど。でも50歳になっても、私など、たいして出来はよくならないですから、清盛だけを責められないです。男の人は女より10歳はお子様ですしね。(笑)(良い意味でですよ、もちろん!)夢に駆けていく、そういう清盛に重盛の母、明子は惹かれていたのだし。明子さんの気持ちで見れたら、優しく楽しめるかもしれません。(笑)

投稿: ささ | 2012年8月31日 (金) 12時36分

リウ様、ご返信ありがとうございます。
 「はつ恋」については、情報提供が私の役割と存じておりますので(笑)リウ様のご都合にあわせていただければと。

 「清盛」のファンタジー化、自分で書いておいて実はハマりはじめていて、いろいろ妄想して愉しんでおります。(笑)人間の葛藤などドラマとしてのリアリティーを保ったまま、ディズニーの「ファンタジア」のような「平安絵巻」にして、ラストで夢から覚める。(覚めた後のエンディングもいろんなセリフが考えられます。)
 そうなると、ひょっとすると「清盛」は伝説の大河になるかも知れないな、とか。
 タワゴトです。失礼いたしました。
 

投稿: Fクルーラー | 2012年9月 1日 (土) 08時57分

ささ様
コメント下さり、ありがとうございます。 世田谷は全く雨が降らないのですが、横浜とかで降ってる関係上?なんかちょっと涼しくなった気がいたします。 ずいぶん局地的に大雨になっているようですね。 世田谷の道路は、雨が降らないので汚い話ですが犬のおしっこがなかなか流れていきませんですsad

平安時代の大雨は、いまのゲリラ豪雨に比べればずいぶんマシだったと思いますが、別に雨に濡れた滋子の巨乳は際立ってなかったよ~な気がいたします(笑)。 おそらく湿気が多いと、カーリーヘアもすごいことになるかと思うのですが(笑)。

現代の50歳と当時の50歳を比べてはなりません(笑)。
山口百恵を見てごらんなさい、引退当時もう、少なくとも40くらいの風格はありましたから(いや、容貌じゃなくって…笑)。
冗談はともかく、私の親の世代なんか、24、5でもういっぱしのオトナでしたよ。 たぶん、子供を養う、家庭を持つ、ということに、それなりの覚悟があったからそう見えたのだと思います。

ましてや元服が15?それ以前?の当時、清盛の少年オッサンぶりは目に余る(爆)。

私が男だから、んでオッサンだから、そう思ってしまうのかな、とも思います。

投稿: リウ | 2012年9月 1日 (土) 10時01分

Fクルーラー様
レス下さり、ありがとうございます。

そうおっしゃっていただけると助かりますcatface。 なにしろバテ気味なので(スイマセン、しつこいですね)。

「夢オチ」、というのは話的にスンゴク裏切られたよ~な気がするのですがFクルーラー様は如何?(笑)。

でも、「義経」 では義経が死んだ?瞬間、ピカーッと光って白馬が天を駆けて行きましたからねー(ハハ…)。 ポカーン、というラストが用意されてるかもしれない…(笑)。

まあ私は、この物語のラストは、やはり頼朝と政子のシーンで終わるのではないか?と踏んでいます。
確かいちばん最初がこのふたりだったから、このふたりで物語を締めるのが様式美のような気がするんですよ。 脚本家のかたもそんな形式にこだわっている部分が、今まで見たなかでは垣間見えます。

タワゴトと謙遜なさらずにお気軽にお立ち寄りくださいませconfident

あ、世田谷にも雨が、ようやく降ってまいりました…。

投稿: リウ | 2012年9月 1日 (土) 10時25分

滋子ちゃんが雨でもめげずに舞い続けたのは、彼女の揺るがない強さを表していると思います。彼女は動じない。障害もプラスに変える!大酒のみもチャームポイントにしてしまう!家柄の低さだって、財力でカバー!

 以仁王が八条院と会いに来た時も、痛烈な事を言われながらも、そこでは、平然としている。公家の出ではないけど、平家の財を後ろ盾に、息子の東宮の座を邪魔されないように手立てを打つ。ついでに、後白河がなりこちゃんの娘にうんざりしている気持ちも救ってやる。

 滋子ちゃんは確固たる意思がある。後白河をまず自分から愛している。憲仁親王を愛している。たまちゃんのように愛がわからないと取り乱したりしない。たまちゃんは天然で、なりこちゃんの攻撃をスルーしていたけど、滋子ちゃんは、しっかり親王宣下を阻んで、結果としてやりかえす。後白河にとって頼もしい相棒です。

 滋子ちゃんは凛々しいです。雨中で踊っている姿は凛々しさそのものだったのではないでしょうか。(巨乳フォーカスのためじゃなくて。(笑))去年の江ちゃんも母として、毅然とできたはずですが、ぐだぐだでした。それは愛を求めるだけで、能動的に動かなかったからかもしれません。江ちゃん、大人になってからは、流されてばかりだったもの。(笑)滋子ちゃんの方がかっこいいです!

 少年おっさんもここまでくると、3月、4月に汚いなりでふてくされヤンキーだった頃にガキ過ぎると言ってたのが懐かしい。重盛よりずっと今でも青臭い!重盛はでも父の夢追いなところが好きなのかも!(笑)盛国なんか、清盛に半分呆れているし!松ケンくんに無理のないように、していくのじゃないですか。今のままだと、深キョンだって、綺麗なまま。着物の色などで、少し老けさせるのかな?特殊メイクとかで老けさせると今のカメラだとかえってわざとらしいからしないのかもしれません。

 でも、弟や子供達と同年齢に見えるし、清盛と近い年齢だろう北条時政とかの方がずっと年寄りに見えちゃうので、視覚が混乱しちゃいます。(笑)まあ、去年だって、信長より家康の方がやってる人は最初から年寄りだったし、大河じゃよくある事ではありますけど。(笑)人物の深みをだすことで、清盛に貫禄がついたらいいのですけど。どうなんでしょうか。わくわく路線で清盛は行きそうですよね。(笑)


 

 

投稿: ささ | 2012年9月 1日 (土) 13時02分

リウさん。
残暑お見舞い申し上げます。

毎日暑い
とにかく長い夏ですね。

夏のお疲れが出やすい時期です。
ご無理はありませんよう、くれぐれもご自愛ください。

と言いつつ

私もFクルーラー様と同様に、『はつ恋』はオススメです。
ラストのもっていきかたは賛否分かれるところかと思いますが、画がとにかくキレイです。

それと、8日からのNHK土曜ドラマは、吉田茂を主人公にした『負けて勝つ』が始まります。
渡辺謙主演、坂元裕二脚本
敗戦国の総理として勝戦国のマッカーサーと対峙した吉田茂を、どのように描くのか
坂元脚本なので、なおさら楽しみです。

ご存知だったかもしれませんが

明日の清盛は、ファンタジー色が強いようですがタフマン白河が言った『まだ頂点の景色を知らぬ』の真意こそがテーマになりそうな…
天の頂は、どんな景色なのでしょうね‥

それではまた

投稿: みち | 2012年9月 1日 (土) 16時33分

リウ様、おひさしぶりです。
清盛とは関係のないコメントになるので、「閑話休題」の方に書かせてもらおうかなと思ったのですが、こちらにさせてもらいますね。

Fクルーラー様オススメの「はつ恋」、今放送している最中ですね。
以前、火曜日の夜に放送されていた時は、リウ様と同じように草なぎくんの方のドラマを見ていて、私は中園ミホさんの脚本も苦手だったので、こちらはほぼスルーしてました。
でも最後の3話ほど続けて見たら、シマッタな~と、思わず“食わず嫌い”を後悔しました。
全般にとても丁寧に作られたドラマで、登場人物の心情がすごくよく伝わってくる。カメラワークというのか、画面上での見せ方をきちんと考えられている作りで映像がとても美しく、出演者・スタッフの皆さんの本気度・真剣さが表れていました。久しぶりに正統派のドラマを見せてもらったような気がします。
木村佳乃さんと青木宗高くんの二人の演技が特によかった~~☆

でも、残念なことに、この再放送はBSなんですね。。。
Fクルーラー様の情報に喜んだ後、地上波しか見られない私は、が~~~ん…とショックが大きかったです~(泣)
中華ナベ買わないと…(違)

リウ様、はつ恋、ご覧になったら、レビュー楽しみにしています^^

投稿: ほとりん | 2012年9月 1日 (土) 16時37分

ささ様
コメント下さり、ありがとうございます。 世田谷はよーやっと雨で潤いました。

璃子チャンと樹里チャンが風貌的に似てるためか、どうも比較してしまいますが、やはり去年の江の母親らしからぬところが際立ってまいります。

去年の大河でいちばんひどかったのは、やはり江が自分の子供たちに愛情を注ぐ場面が、極端に少なかったこと。 それで自分の主張ばかりしてるから、おそらく同性からはすごく共感の得られない女性として完成されていた気がします(笑)。

つーか、あれは脚本家の、樹里チャンいじめだったと私は個人的に結論づけているのですが。
脚本家は上野樹里チャンが大嫌いだったに違いない。
秀吉と淀の恋愛からこっち、ろくすっぽ出番がなかったですからね。

どうも主役についての描写について不満がある点では、「平清盛」 も去年の大河に共通するものがあるのですが、今年の大河は全体的な作りが非常によろしいので、そっちを堪能しようか、と。

ただ、主役が描けてない、ということではないんですよ、今年の大河は。

周囲の人物の完成度と主役が同程度では、主役として引き立っていかないと思うんですよ。
先週の 「ぞくぞくいたします」 というようなセリフひとつで、清盛の心の動きが見えてくる、というような作り方は、だから賛成です。

予算のないなかでどうやって清盛が巨大であるかを見せ、平家の力が我が世の春を満喫しているだけのものに見せていくか。
なかなか難しいことだと思います。

声ひとつで年齢を表現してしまった和久井サンみたいな解決の方法もあるのかもしれません。
それは作り手や出演者たちの腕の見せ所だ、と感じます。

投稿: リウ | 2012年9月 1日 (土) 20時43分

 去年の脚本家さんは樹里ちゃんか江ちゃんのどっちかが、嫌いだったのだろうなと私も思います。淀を主役にしたかったのだろうな。ほぼ、淀が主役でしたけど。公開いじめだわ。(笑)樹里ちゃん、江ちゃんのどっちにしろ、NHKさんから押し付けられたものだったし!斉藤くんや、向井くんはその償いの献上品みたいな意味もあったのだろうし!向井くんは黒木瞳との公開収録のNHKの深夜ドラマの頃が良かったです。頑張っていたから。

 松ケンくんはある程度実年齢を超えても、上手に演じる技量は持ってると思うのです。後白河にやり返す、「ゾクゾクします!」のような演技はもっとこなせるはずなんです!滋子ちゃんの「ごにょごにょ」もそうですが、貫禄は、関東武士が怯える程なはずなんですから、脚本、演出、演者で頑張ってもらいたいものです。やっぱり、主役が際立たないと、清盛の大河じゃなくなってしまう。せっかく脇が皆それぞれ目立っているのですから。たった数分出てきた岡田の姫に、持ってかれちゃ駄目!その後、タフマン白河のインパクトが来たし!清盛、今全盛期なんだから、がんばれ。(笑)

 

 

 

投稿: ささ | 2012年9月 1日 (土) 22時14分

みち様
お久しぶりです。 コメント下さり、ありがとうございます。

私はもうすでにバテバテですが(笑)、みち様はいかがでしょう? 「こまめに水分を取って」、というのが天気予報の常套句になっちゃってますよね。

「はつ恋」 イチオシのコメントが多いですねーcoldsweats01。 実は食指がなかなか伸びなかったのですが、みち様とほとりん様のダブルパンチで、今日第3回の途中から、拝見させていただきました(遅すぎ…笑)。

なんか、キャスト的に恋愛ドラマには馴染まない感覚がしたんですけどね、伊原剛志サンとか青木ムネムネとか。
結構面白かったので、これから放送の第4回も見てみようかな、と思っています。

「負けて、勝つ」 については、渡辺謙サンが吉田茂かよ、みたいな感じかありますが(笑)、なにしろあの坂元サンですからね、脚本が。 それまで個人的にあまり注目してなかったこの人が、ここ3本くらいは傑作ばかり書いてますから。

吉田茂、と言えば私の場合、「小説吉田学校」 の映画での、森繁久彌サンがワン&オンリーですね。 鳩ポッポのご先祖様もお出になるみたいですが(笑)。

投稿: リウ | 2012年9月 1日 (土) 22時25分

ほとりん様
こちらもお久しぶりです。 コメント下さり、ありがとうございます。

どうも皆様のご趣味に沿えないテレビの視聴をこのところしているようであります(ハハ…)。

「はつ恋」 はディレクターズバージョンを途中から拝見いたしましたが、結構抜け道を作りながら話を構築してるな、という感じは致しました。

いちばん感じたのは、木村佳乃サンの 「スキルスタイプのガン」 に対する不安。 水がたまっているというスーパードクター伊原サンの診断に対して、かなり胸の痛みを痛がっている。

これを、「木村サン、オーゲサに痛がりすぎ」 と感じてしまうと、ドラマ自体がオーゲサに見えてくる。

けれどこの木村サンの胸の痛みに見る側が寄り添うことができるから、表面上とても良好な木村サンと青木ムネムネとの夫婦関係がとても危うく見えてくるし、木村サンと伊原サンの、元恋人どうし、という関係にも危険性を感じることができてくる。

だいたいの人は、自分の若い時の夢の大きさに勝っていない現実を生きています。
伊原サンの場合、スーパードクターとなってその夢に勝っているように思えるのですが、やはり木村サンが指摘した通り、昔を懐かしんで美化する傾向にある。

夫婦の関係というのは、いかに自分に妥協しながら、相手の大きさに自分を合わせていくかだ、と思うのですが、なかなかそれは難しい。

そんなことを思いながら、第3回を拝見しました(追記:第4回を見て、この感想がすごく的外れなことが判明いたしました…。 ここまで書いてナンですが、お忘れください)。

こんなところで長々と書いてしまうのは、1回2回を見逃したためにきちんとしたレビューを書けないという判断ゆえの逃げ、なのですが(笑)。

「はつ恋」 お勧めの皆様にはこれでお茶を濁してしまって、よろしいでしょうか? あまりに責任感がなくて、自分でも恥ずかしいのですが…。

投稿: リウ | 2012年9月 1日 (土) 22時50分

 Fクルーラーです。「清盛」スレでこんなに「はつ恋」のカキコミが来るとは思いませんでした。みち様ほとりん様や以前rabi様からの応援(?)もあってご視聴いただいたので、お礼をかねて少しだけ。
 このドラマ、1話からいろんな伏線を張りつつ背景を小出しにしながらストーリーを作ってきているので、途中からは逆に入りにくいと思います。例えば三島の悲痛さは、チンピラ高校生が医師になろうとした動機が、愛する緑を守りたい(癌から守りたい)一心からであるため、医師を続けてスキルを上げて行くたびに別れた緑の存在が心の中で大きくなる、という構図からきています。このピュアな愛も1話から繰り返し示されています。
(既に全編何度も見返しているので(笑))
 でも抑制された演技とBGMは本当に巧いと思いますし、主題歌は良いし(MISIAファンなので仕方がないのですが)、全編ロケ(おそらく)の画像も美しいので、これから最終回(色んな「LOVE」がキラキラ輝くような終わり方です。)まで視ても、十分愉しめるとは思います。
 スレを作ってレビューしていただくならば、やはり1話から見ていただくべき作品かと思います。
 いつになるかはわかりませんが、また再放送の情報提供(笑)しますので、改めてご覧いただければ幸いです。
 最後に、rabi様、みち様、ほとりん様、応援まことにありがとうございます。

投稿: Fクルーラー | 2012年9月 2日 (日) 00時53分

ささ様
再コメント下さり、ありがとうございます。 少々返信にタイムラグか生じてしまいましたが、先のコメントを書いたあとちょっと 「はつ恋」 を見て、あまりに涼しいので眠くなり、寝てしまいました。 やはりひと雨来ると違いますね。 今起きたらちょっとのどが痛い(笑)。 風邪ひいたかな(笑)。

「上野樹里」 も 「江」 もあの人は複合的に嫌いだった、というほうが当たってますネ!(笑)

そもそも去年の大河は、主人公に対する脚本家の愛が、微塵も(←ここ重要)感じられなかった。 全体的に面白く拝見してましたけど、そこんところはなんかイヤ~な気分になりますね、思い返すと。

今年の場合は、清盛に対して脚本家のかたの愛が感じられない、ということはまずありません。 それどころか、こういう青春野郎!(笑)を清盛のキャラに設定することで、清盛に対する興味を持続させているような傾向がみられる気がいたします。

だからなのかな、政略結婚とか賄賂とか、清盛が悪いことをしているようにちっとも見えてこないのは。

でも清盛に貫録を感じない、というのは、おそらくアキラ様など若いかたとは違う感想なんだ、と思います。 いろんな考え方がありますからね。

やはり違う意見を聞くのも、重要ですconfident

投稿: リウ | 2012年9月 2日 (日) 06時11分

Fクルーラー様
再コメント下さり、ありがとうございます。

第4回を拝見しましたが、やはりFクルーラー様のご指摘は当たっておりました(笑)。 先のコメントで書いた第3回のみの感想は、まったく的外れもいいところで(恥ずかし…)。 これは第1回から見ないと到底駄目ですね。 難病ものなのかな?と思ったのが、そもそも的外れな感想の原因でした(これもまた的外れな考えかも?coldsweats01)。

それにしてもrabi様の応援コメントまで覚えていらっしゃるとは、Fクルーラー様の義理堅さには脱帽です。
エ?rabi様のそんなのあったかな?と思ってコメントを見返してしまいました(笑)。 rabi様はこのところコメントをいただけないのですが、お元気なのでしょうか? 何か私もヘンなことを書いたかどうか、ちょっと気になります。

このブログ、いずれにしてもいろんなかたがコメントでいらっしゃるのですが、以前へヴィーコメンテイターだった人がぷつっと来なくなると、やはりとても気になりますね。 何か失礼があったのではないか、それとも何かやんごとなき事情が発生したのではないか、と…。

私も軽口叩きなほうなので、自分の言ったことや行動に、いつの間にか相手が憤慨していることが、現実でもよくあります。 今回の 「はつ恋」 の的外れな感想も、橋本の軽はずみな行動のひとつと思って寛容に受け止めていただけたら、幸いです。

投稿: リウ | 2012年9月 2日 (日) 06時27分

 「どっちか」で、お茶を濁したのに、「どっちも!」だなんて!そのとおりだと思います!もう去年の事だから優しくしようかなと思ったのですが(笑)滅茶苦茶けなしてたのを、50歳になったので、すこ~し反省しまして(笑)江に対して愛情はなかったですね。かの人は。淀が好きだったからか。秀忠の向井くんが主役なら、良かったのでしょうが、悲しい事にかの人は男主役の話は書けない人のようでしたから。「さくら」も「篤姫」も女主役ですからね。だから、かの女の願望どおり秀忠も京極氏も王子さまになってしまうわけだし!

 その点、今年は主役の清盛くんにも、松ケンくんにも、愛情を感じられます!清盛はいいやつなんですよ!兎丸や盛国と船上でふざけている時など。義朝と最後の対決をした時も。松ケンくんの持つ、柔らかさが、清盛の権力を上っていく上での、苛烈さなどを、中和しているのかも。

 私も、子供の頃は5,6歳上だったら、とてつもなく大人だと思っていたし。「おはなはん」が老けたって全く疑問に感じなかったですから。50歳になって、20代の松ケンくんが50歳を演じているのを見ると、どうしても、若い!って視覚と思い込みで見ちゃう!年を取るのも、かなしいものです。私の高校生の子供達は松ケンくんを見ると、「Lががんばってる!」って言っていますから(笑)

 清盛のダーティヒーロー的なところも、大河を長く見ている者としては、見たいかなという欲望があり、素直で若々しい、いい奴の清盛に物足りなさを感じてしまう。大河として、無難な枠にはまってほしくないというか、とことん突き抜けてほしい!白河法皇や崇徳ちゃんは突き抜けたのですけど、どっちかというと、無難にきれいにまとめているのが、ちょっと不満!?

 清盛にも突き抜けてほしいのです!義朝亡き源氏など、なにするものぞ!権力と財を見せ付けてほしい!憎憎しいところが心地よくなるくらいに!みんな善い人って世界は見飽きてお腹いっぱいでして(笑)つい久しぶりの涼しさに戯言を書きました。松ケンが頑張っているのは、わかっているのですけど。脚本も丁寧な作りだと思っていますけどね。(笑)


 

 

投稿: ささ | 2012年9月 2日 (日) 10時24分

ささ様
再コメント下さり、ありがとうございます。

「江」 は、気楽にツッコミながら見ることができた、という点がもっとも価値がある部分だと思います(いえいえ、皮肉ではなく)。

「梅ちゃん先生」 にしてもそうですが、みんなドラマをツッコミながら見るのが、好きなんですよ。

でも、やはりその作りが許せて笑える部分がありながら、許せない境界線、というものもある。

そのボーダーラインを受け手が行ったり来たりする。 結局受け手にとってそれがスリリングなのだ、と感じます。

若い頃の歳の差、というのは、年を取ってからの歳の差と比べて、比較相対的にかなり大きいものがありますよね(笑)。 自分が中学生のころ、高校野球の球児は、すごくオジサンに見えたし(笑)。

だからカトチャンが歳の差を感じていないかもしれなくても、相手の女性はかなり年齢のギャップを感じていると思います(なんの話だ)。

昨日の清盛はまだ見てないのですが、「五十の宴」 の回での清盛は、基房とか兼美とかから露骨な嫌がらせをされても、清盛は動じない境涯にまでのぼりつめてましたよね。

まあ、ゴッシーとの丁々発止でその境地にまで達したのだと思うのですが、「相手のマイナスのパワーをすべて吸収してプラスに転じてしまう」、という心理状態、というものには、私も常々あこがれます。

や~なことイジワルなこと、すごくひんまがった皮肉っぽいこと、よく言うヤツがいますでしょ?(ささ様の周囲にはいらっしゃらないかも知れません)。

その暗黒面に引き込まれてこっちも 「ザケンナバーロー」 とかいう気持ちになったら、それこそ相手に負けたことになってしまう。 でも、それって自分に余裕があったらどうなのか。

清盛はおそらく、自分や平家の地位が盤石になって、なおかつ財政的にも相当潤沢になったから、ここまでの境地に達することができている。

私が見ていて物足りないなあ、と感じる部分は、実はそこなのではないかな、という気もいたします。 恵まれてるから貫録もつくんじゃん、みたいな。

確かに後白河や藤原摂関家との確執は描かれてはおりますが、なんとなくイージーにカタがついちゃう傾向を、私などは感じてしまう。
精神的な克服ばかりで前に進んでしまうような部分を感じてしまう(この前の回の、乙前の舞によって自らの原点を思い出し、後白河の手のひらでもてあそばれていた屈辱を、そんなことをしてるのは日本中に自分ひとり、という発想の転換で克服してしまうところなど)。

…。

これってまたまた 「高度な批評」 という性格のものだと、お断りしなければなりませんcoldsweats01

投稿: リウ | 2012年9月 3日 (月) 07時40分

 私は「平清盛」に熱狂はしておりませんので、リウ様の高度な批評に対しても、平気!でもコアな方達は傷つくのかしら?

 龍馬伝も脚本や演出で叩かれてまして、中にはうなずくこともありましたが、私は毎週5回以上見てました!そうなると、世間で欠点と思われている事も愛おしくなるし、今では高千穂登山の回のエクスカリバーな演出なども微笑ましく思ってます!あの回は実際に、高千穂の峰でロケした事が重要なんです!あれで、辛口描写が多い薩摩のご機嫌をとったようなものです!私も、本物の山に懐かしさを感じたもの!隣の県だけど。

 清盛にそこまでの愛情はありませんが、見る以前の「清盛の大河で何が面白いよ!」のマイナス気分はすっかりなくなり、離脱しかけた事もあったけど、毎週堪能している始末。昨日も見ました!なかなかファンタジーだったのと、おさらいになる回でした。子供っぽい清盛が何故そうなのかも、わかったような気がします!納得できるかは別の話ですが。後、権力を上る推進力についても説明がありました。「そうなの」と思えるかな?(笑)

 この大河の長所は丁寧さ!だから、主役が大変!でも、複雑な人間関係を頑張って描いていると思います。去年なんて、みんな江ちゃんの知り合いでしたが、今年はそれぞれ内部にきしみを持ちながら、外部とも軋轢を持つ!清盛くらいじゃん!調子いいのは!ゴッシーだって、邪魔しているようで、実は遊びたがっているだけだし!義朝は愛しのライバルだし!清盛もいろいろあったけど、よその方が大変なので、調子のよさが目立っちゃいますね。多分、清盛くん恵まれた御曹司のままで、行きそうですよ!後ろはもう向かない!

 私は本質はかなりネガティブなんですよ。しかも人付き合いが苦手!若い頃は深く付き合おうとして、傷つけ傷ついた事もあります。それでも、子供の為、子育ての為に、それなりに、人と付き合ってきました。だから、ここ18年は、イジワルとかあっても、なんとか、子供を守って、避けてきました。子供を守る為にはタフじゃないとやってけないので、心の底まで見せ合う付き合いはしないのです。軽く付き合うのです。見せかけの笑顔で付き合うのはズルイとは思うのですが、イジワルにあっても、へこたれていられない!それと、イジワルや皮肉で(私に対してじゃないけど、他人がそうされているのを見るのは不快なものです。)、人間関係がしんどくなりそうだったところで、身体がパンクして、パートもやめられたし、結果オーライな感じもあります。

 その分つれあいさんが苦労してます。サラリーマンやめて起業してしまいました!家族は大迷惑だったけど、会社の事でイライラをぶつけられるよりは平穏かなと思ってます。

 清盛くんは、ポジティブのまま駆けていくのでしょう!ゴッシーと遊びながら!テーマ音楽の今様のように。愚痴っぽくなってすいませんです。(笑)


投稿: ささ | 2012年9月 3日 (月) 10時34分

リウさま

こんちにちは。ちょっとご無沙汰でした。

平家の「数の論理」。確かにそのとおりですね~
潤沢な資金力に物を言わせ、数の力で政治の場を取り仕切る・・これって、かつての「田中軍団」のようです。田中角栄という政治家には、勿論色々な評価があって当然ですが、良きにつけ悪しきにつけ、本気で日本の国の形を変えようしていたのは確かじゃないのかなぁ。そうした意味では、清盛と共通するところもあるのでは?などと思ってしまいます。ただ、その政治がその後の日本にもたらした事を考えると・・・・ですが。

このドラマの作り手は、清盛に「少年漫画の主人公」と「日本の首領(ドン)」の両方のキャラを持たせたいが故に、幾つになっても「青春貴族」していたり、影の経営部分がスルーされたように感じる、ということもあるのではないでしょうか?世間から重厚さを求められる「大河ドラマ」というコンテンツでは、ことさらその辺が目立ってしまうというか。少年漫画つながりで言えば、本宮ひろ志先生がこの物語を漫画化されれば、もっとストレートに、「青春貴族」としての清盛が堪能できると思います。あ、決して本宮先生の作品が、重厚さを求められてない、などと言ってるわけではないですよ(汗)。

今週の放送でも、ご覧になってなかったらいけないので多くは書きませんが、臨死体験に及んでもなお、清盛はしっかり青春していましたし(笑)。

投稿: Zai-Chen | 2012年9月 3日 (月) 10時55分

ささ様
再コメント下さり、ありがとうございます。

今日はもう昨日の清盛を見る時間がございませんが、説明不足と思われる点も、いろいろと後付けで説明があると、ちょっと場違いな感想になってしまいそうですね。

「龍馬伝」 はよかったと思いますよ~。
この物語でいちばん作り手が表現したかったことって、龍馬の人間的な魅力だったのではないか、と感じています。
香川照之サン(あっ、役名忘れた…ヤバイ)の龍馬に対する敵意を片方で描写することで、その敵意が、龍馬という人間性に惹かれていたがゆえのことだ、という結論に持っていく。
この大河が終わる数回前になると、「ああもう、福山サン、暗殺されちゃうのか」、というえも言われぬ寂しさを感じていました。

それってやはり、作り手の意識通りに、福山サンが演じ切れていたからだ、と感じるんですよ。

ネガティヴで人付き合いが苦手、というのは私も同様です(笑)。 だから経営者には向いていない(爆)。 会社なんかやってると、その業務の煩雑さには少々うんざりすることがございます。 これじゃ雇われていたほうが、会社に何でも自動でやってもらえるし、楽だなどと思うことが多々あり。 ヤなことあれば会社の文句や愚痴を言えばいいんですから。

まあ、人付き合い、あまり最深部に迫って付き合ってしまうとしんどいですからね。
人ってかなりメンド臭い生き物ですよ(笑)。
でも、腹を割って話せばみんないい人なんですけどね。
だけれども心の奥にはどうしても動かせない部分というものは誰でもあって、そこんところを 「頑固だなあ」 と思ってしまうか、まあそれがパーソナリティなんだし、と妥協するか。

そこのところの折り合いって、若い頃はつきませんから、必要以上に傷つけたりしてしまう。
でも、傷つき傷つけられることの連続が、人生なような気もいたします。
そこから始まるのかな、本当の人生というものは。
傷つけられたからそこで終わり、じゃなくて。

…どうもディープな話してますね(笑)。
まあいろいろありますけど、「遊びをせんとや」 の境地になかなか達することができなくて苦しむのは、世の常ですから。

投稿: リウ | 2012年9月 3日 (月) 14時43分

Zai-Chen様
コメント下さり、ありがとうございます。
えーと、ご無沙汰でしたっけ?
どうぞ気が向いたときにコメント下さいまし。

「数の論理」 というものが、志が伴っていれば説得力も生まれましょうが、現在の政治はもう、政局を弄ぶだけの道具と化しているところが、見ていてなんともムカつくのです。

特に腹の立つのは、「問責決議案」。

あんなことやって、何が楽しいのか。
与党にプレッシャーをかけるためだというのは、相手に羞恥心があれば意味をなすのです。
議決決定権がない参議院で法案可決して衆議院で否決されて。
たらいまわししとるだけではないですか。

本宮ひろ志サンの率いる 「群衆」 は(笑)、けっして烏合の衆ではないところに意味がある、と感じます。
本宮サンの描きかたを踏襲するとすれば、参議に上がった平家一門がつぎつぎとお歯黒集団を論破していく痛快さに、いちばん演出の力を入れたでありましょう(笑)。

それが、平家だけの会議の席で、「V6の森田クンの口の悪いのが幸いして…」 などとセリフだけで片付けられてしまうから、ちょっと物足りないのかな(物足りない要因を探しまくってますけど…笑)。

投稿: リウ | 2012年9月 3日 (月) 14時54分

リウ様

初めまして、くうじと申します。僕が「平清盛」をじっくり見始めたのは鳥羽院の崩御の後からですが、それ以来毎週熱くなっています。またこちらのリウ様のレビューや皆様のコメントを読んでさらに深く鑑賞させていただいております。その中でリウ様の本ドラマに対する不満点について、なるほど確かにと思いながらも、これだけのものを作り上げている制作者なんだから何か意図があるのでは、といろいろ考えました。根拠の薄い(学校で習ったこととウィキペディアの流し読み程度です)推測が多く恐縮ではありますが、少しずつ投稿させていただければと思います。やはり考えが形になり始めると、誰かに聞いてほしくてたまらなくなってしまいます(笑)。リウ様がどのドラマにしても批判をなさるときは非常に気を遣っていらっしゃるとお見受けします。それを掘り返すようで申し訳ありませんが、甘えさせてください。(執拗にやり合うつもりは全くございませんので、その点はご心配なく。)また、特にこの回のみを話題にしているわけでもないのに記事を遡ってコメントすることについてもご容赦ください。

今更ではありますが、個人的にこのドラマの一番の特徴は平安末期の世界観や王家・貴族・平家・源氏それぞれの価値観を非常に大事に見せてくれている点だと思っています。コーンスターチは良し悪しとしても、画面の端々まで深く作りこまれていると感じます(素人なのでその真偽のほどはわかりませんが)。これらの世界観や価値観がドラマの基本骨格、あるいは大前提みたいなものではないでしょうか。視聴者はどの人物にも感情移入できますし、あるいはこの時代を自分が生きているような視点を持つこともできるように思います。ただ、主人公の清盛については例外かもしれません。清盛役の松ケンの演技についての批判が某感想投稿欄で時々ありますが、これが原因だろうと推測しております。清盛は自分が行ってきたことやそれについての意図、気持ちを質問されない限りあまり口にしませんし、今思っていることについても本当の真意までは喋っていなかったように記憶しています。はっきり意志を明確にして口にするのは、やろうとしていること、未来を見据えたことに絞られているように感じています。まあ探せばいくらでも当てはまらないセリフは出てくるのでしょうが…。もしある程度でも同意していただけるならば、このことが清盛の描かれ方に込められた制作者の意図を理解する糸口になるかもしれません。視聴者の視点を清盛の外に置き(ただし一定の感情移入をさせなければドラマとして成立しない恐れがあるので絶妙なさじ加減でもってつかず離れずをキープ)、清盛の深い部分での感情や意図を視聴者に明かすタイミングを周囲の登場人物と同じくらいにする。これによって、視聴者にも清盛の周囲が感じている清盛の大きすぎる器を実感させていると僕は推測しています。時代の先の先を行く者の考えや感情は、その時代を生きる者には完全には理解できない、というスタンスなのではないでしょうか。もしかすると、これに加えて視聴者に容易に感情移入させないという効果も計算して、序盤(回想シーンやレビュー等の又聞きからの推測で恐縮ですが)での現代っ子的なひねくれた清盛くんだったのかもしれません。小説では主人公像を周囲の人間からの視点で捉えることは時々出会う手法ですが、ドラマでやるのはリスクがあったと思います。序盤で視聴者が離れた一因かもしれません。視聴者としても賛否が分かれるところでしょうね。ただ、清盛をできるだけ大きく見せるための手法としては、効果的だと思います。後ろへの盛り上げも十分できそうですし。
ちなみにごく稀に特別な人(最近では夢の中での白河院)に対して清盛が自分の感情などすべてを吐露するとき、見ている者としては大きく心を揺さぶられてきたはずです。やっと清盛の気持ちが語られた!理解できた!という感動なんだと思います。もちろん松ケンの演技は言わずもがな。また吐露する相手は、清盛同様時代の先の先を行く者や、時代の先頭を走る者、時代を超越した存在(白河、義朝、祇園女御あたり?信西、後白河、忠盛も入るかもしれません)で、清盛のような大きな存在を理解できるのはやはり限られている、という見方もできそうです。

熱くなってしまいました…。
さて、この「清盛、五十の宴」の回の記事にコメントさせていただいた理由がここからでして(まだ続きます(笑))。厳島の計画に代表されるように、上述の世界観や貴族側、平家側(清盛を別枠として挙げてもよいかもしれません)双方の価値観の違いがよく表れていました。これに加えて、宋との貿易を軸にした貨幣経済でもって新しい世をつくりたいと願っている清盛が、舞や和歌のような貴族的な昔からの価値観を決してないがしろにしておらず、むしろ尊重して同じ土俵で相手していることもポイントだと思いました。一般的にドラマ上(ではむしろ現実でそうかもしれません)、新しい価値観が古い価値観を一掃しようというとき、古いものはだめだ、だから捨て去られて当然だ、という描かれ方をすると思います。勧善懲悪のわかりやすさに乗っかれるので。そうはせずに、平家がかなりの権力を握ったこの時点においても、清盛が貴族的価値観を貶めたりせず、摂関家と対等に舞や和歌の勝負をする場面は何か意味があったのかもしれません。もちろんこれは文化面での話であって、政治とは別次元という見方もできますが、当時舞も和歌も政治の一環だったりしたようなので、やはり見落とせないかなと思います。あ、でも乗った後で厳島構想を発表してどやっ、ってなっていましたね。良さを認めた上で超える!ということだったのかな。何となく、自己解決です(笑)。今後どす黒い清盛入道になっていくとこのあたり変わっていくのかもしれませんね。

実はこの回、個人的には平治の乱前後と同じくらい熱くなったので、その理由も考えてみたかったりしました。最後の方でこじつけた感があるのはそのせいです…。それにしても重盛と宗盛の舞のシーン、重盛・基盛(崇徳さまのせいで亡くなった次男)兄弟で見てみたかったです。この回以降の重盛の孤独や苦悩を見るにつけ、基盛が生きていたら…と思ってしまいます。

本当に長々とすみません。お返事を頂けると嬉しいですが、急いでいただかなくて結構です。気長にお待ちしています。
とここでリウ様のこの回のレビューを読み返したところ(先にちゃんと読み直しておくべきでした、申し訳ありません)、冒頭に同様の話題がありましたね。話の方向が合わず、会話しているようで全くずれているコメントになってしまいましたが、ここはどうかひとつよろしくお願いいたします。

投稿: くうじ | 2012年9月17日 (月) 04時23分

な、長すぎる。その上読みにくいorz
ここ何週間か投稿しようか迷っていた気持ちが爆発してやってしまったことと、笑って許していただければ・・・。

投稿: くうじ | 2012年9月17日 (月) 04時30分

くうじ様
こちらこそはじめまして。 長~いコメントを下さり(笑)、ありがとうございます。

私は役者個人の力量について、あまり批判をしたくないタイプなのですが、時々もどかしさが文章に出てしまうこともあるようです。

松山ケンイチクンが若すぎる、というのは、その元をたどればおそらく、NHKの人選、という部分に行きつくだろう、と感じます。 これは脚本家の意志ではどうにもならない部分もあるかと思います。

NHKが主役をキャスティングするうえでここ数年の傾向として、若者ウケする人を選んでいるのではないか、という疑念は、絶えずついてまわっています。 「義経」 のタッキーなんかもその範疇だったですが、「風林火山」 は別として、宮崎あおいチャン、妻夫木クン、福山サン、上野樹里チャン。

これらの人選を見ていて感じるのは、福山サンをのぞいて、相当壮年期を演じるのにこんな若い人でいいのだろうか?という思いです(早死にした義経ものぞきますが)。 却って福山サンのように、実際の年齢よりも歳を取った人のほうが、無理なく自然にその主人公の生涯を演じられるように感じる。

そうした側面から考えると、私はNHKの制作者サイドの浅慮さのほうが浮き彫りになってくる気がどうしてもいたします。

脚本家のかたは却って、その制作者側の意図に無理やり合わせるような形で、毎回の脚本を構成していかねばならない、そんなジレンマを抱えている気がする。

確かに松山クンは実力派だと私は感じます。
ただ、実力ではカバーできない年齢、というものも、ドラマ制作の上では存在している、と感じるのです。

それを隠すために、ある程度の老けメイクは必要だ、と感じるんですけどね。 でも清盛、剃髪しちゃったから白髪はもう使えないし(笑)。 あ、でもヒゲを白くすることくらいはできますよね。

脚本家のかたが、清盛に貫録がついていないことを見越してかどうかは私にも分かりませんが、このドラマの清盛は、やはり加齢させないことによってその意図を確定しようとしている傾向にある、と私は感じます。 うくじ様のおっしゃられるような、「周囲から見た視点で清盛を捉える」 ことによって清盛の貫録を表現しようとしているのであれば、それはやはり失敗していると考えます。 「それをドラマで表現することはリスクがある」 というくうじ様のご指摘の通りではないでしょうか。

私はこのドラマの弱点は、セリフだけで話が展開しすぎるところにある、と考えています。

つまり清盛に貫録をつけさせるには、なにも松山クンにその責務を全部任せちゃう方法でなくとも、清盛の意向、そして壮大な夢がどのように具体的に展開していくのかを見せるだけでも、とても効果的である、と感じるのです。

それは物語の序盤から繰り返し述べてきたことですが、「平氏(平家)の経済基盤に対してもっと具体的な描写が欲しい」、ということです。

このドラマにおいて、平家の経済力のすごさを実感できたのは、「平家納経」 の回だけだったように感じる。 あれほどまでに豪奢な仏典を製作することができるのだから、その資金はかなり潤沢なのだろう、という見せ方ですね。

それ以外に厳島神社の大胆な改築、といっても具体的にどうしたのか実感できないし、福原遷都のためにどのくらい大規模な土木工事が行なわれていたのか、そのビジュアル的な説明も一切ない。

私は思うのですが、こういうものを、たとえ稚拙なCGでもいいから見せることで、平家の巨大さが見えてくるのではないでしょうか。

でも、たぶん予算的にそういうことができないからこそ、セリフだけで、または地図や図面だけで片付けようとしている。

そのことを考えると、具体的なビジュアルに頼らなくても、セリフだけでここまでのことができるんだなあ、という感嘆は、いっぽうではあるのです。

で、「五十の宴」 についてですが(ふぅ~…笑)。

この回のレビューで清盛を古い価値観をぶっ壊す新世代の象徴みたいに書いたことは、これは政治的、経済的な側面からの考察であることをお断りしなければなりません。

もともとこのドラマは、故事や和歌を効果的に使用しながら、登場人物たちの内面をえぐり出していく、という手法に頼りながら進行しています。

だから清盛が、古い文化までぶっ壊そうとしているわけではないことは分かりますよね。 そもそもこのドラマ、「遊びをせんとや」 という都歌がテーマなドラマなんですから。

政治的・経済的な側面から見ると、まさに 「セリフだけ」 で展開していく清盛の意図なのですが、回を追うごとにその具体性は明らかになっていく気がいたします。

そもそも、朝廷-藤原摂関家、という政治形態に対してもはや清盛が見切りをつけていること。
そして経済的な側面から、この国を動かす中心勢力となろうとしていることです。

それが要するに、古い価値観の打破だということになろうか、と考えます。

私は、某テレビ感想欄みたいに、コーンスターチがどうの逆光がどうのとか、あえて言わせていただけば程度の低い批評をする気は毛頭ございません(あ~なんかエラソーだな~…笑)。

このブログでもたびたび言い訳させてもらっていますがcoldsweats01、これは私にとって、結構高度な部類の批評に当たるのです。 けっして悪意から発生しているもの言いでないことをご理解いただければ、幸甚です。

投稿: リウ | 2012年9月17日 (月) 07時18分

リウ様

お返事ありがとうございます。大変舞い上がっております(笑)お返事に対してもお話ししたいことがたくさんありますが、少し絞っていきますね。

まず何より誤解していただきたくないのが、リウ様のご批判について腹を立てたりいらだったりしたことは全くありません。むしろよくできたドラマの根幹部分に対して批判を加えておられることを尊敬しております。ぶっちゃけ、怖いだろうなぁと察しております。優等生を正しく説教するのが難しいのと似ているでしょうか。なので、僕の文章が突っかかっているとお感じになったとしても、それはただ僕の文章力に問題があるだけです。

後半の清盛vs朝廷・摂関家の価値観の衝突については全くおっしゃる通りだと思います。僕の感じていたことのさらに先を見せていただきました。「経済基盤」に関しては、どうしようもない部分があるのだろうと思います。また別の投稿でお話しできれば幸いです。

経済基盤の描写とは切り離して考えたとしても、安っぽいCGでもいいから平家の巨大さが見たい、というのはリウ様のレビューを読んでから同じように感じるようになりました。僕が最初に申しあげていた、清盛の周囲の人間から清盛の偉大さを感じる、という見方をする上でもこういった説得力がもう少しあればよかったです。清盛自身が威厳たっぷりにふんぞり返るというよりは、周囲の人々があっけにとられたり、恐れ慄いたり、感銘を受けたりするような描写が好みです。
ただこの描写不足が致命的とまでは思いませんでした。こういったシーンは厳島神社の図面などの場面でこれまで何回もあったかと思いますし、深い世界観のおかげで広がる想像力で補えるものが大きいので結構満足してしまえました。

想像での補完を良しとできるかどうかのラインは人によって違うということでしょうね。会話劇で話が進むことについても同じでしょうか。何というか、どこまでぎりぎりを狙えるか挑戦してますねこのドラマ。サッカーなんかでライン際を高速で攻め上がっていくようなどきどきがあります。

ただ想像力でかなり補えるとしても、どうしても福原の海だけは見たかったです(笑)カメラがすっと上に上がって遠くが青っぽく見えるだけでも十分だったのに。


さて、本題です(爆)
松ケンさんの年齢についてです。これに関しては、どうしてもリウ様と相いれないだろうと思います。原因は僕の年齢が松ケンに近く(調べたらなんと同学年でした!)、人生の積み重ねが足りないことで「老い」の表現に求めるものが大きく違うところにあります。たぶん、松ケンを擁護したがっているのもこのせいです(笑)なのでよく頑張ってるよ松ケン!という感想が先に出てきてしまいます。
リウ様が以前の大河から若い役者の主役に対して違和感を持っていらっしゃることに、半分ほどは理解できます。残り半分譲れないのは、ベテラン役者さんが若造りする演技に、僕は違和感を覚えるからです。「若者ウケ」の狙いにどんぴしゃだったこともあるでしょうが。いずれにせよ秀吉役は本当にキャスティングが難しいのでしょうね(笑)
リウ様のおっしゃる「実際の年齢よりも歳を取った人のほうが、無理なく自然にその主人公の生涯を演じられるように感じる」というのは、ベテラン役者さんは若い時代を経験されている分、その通りなのかもしれませんが、溌剌とした若さなどの犠牲になる部分を僕は見たいと思ってしまいます。
上川隆也さんや中井貴一さんのような幅広い年齢をこなせる方が重宝されるのも納得です。

リウ様のお言葉から察するに「見た目」とは別に「威厳」(年齢を積み重ねた奥深さ)も大事な要素なのだと思います。特に清盛のようなその時代にあって巨大な人物とあればなおさらなのでしょう。「威厳」を若い役者さんがどう出していくのか、それは僕には考えが及ばないので置いておきます。自分自身、威厳についての感覚が足りないので、まともなことを言えません。リウ様の清盛に対する懸念の核心はこちらだと思うので、肩透かしもいいところなのですが。申し訳ありません。おそらく僕が見たことのない(「義経」をスルーしておりまして)尋常ではない威厳を持った清盛をこれまでに見てこられたかどうかで同じものを見ても評価が変わるのだと思います。

単純な「見た目」については思うところがあります。地デジの鮮明な映像では、年齢が最もよく出るのは肌つやだと思います。「利家とまつ」や「天地人」で唐沢さんや妻夫木さんのかつらや髭が頻繁に変わっていた記憶がありますが、肌のきれいさとアンバランスだったように思います。自然な肌の老化やしわが出せればよいのですが、まだそこまでの技術がNHKにないのではないかと。特殊メイクはありますが、顔の筋肉の動きまでわかる鮮明さの中では、自然な表情が犠牲になってしまい残念です。最晩年の妻夫木兼続だったかで、そんなこともあったような(なかったような…すみません(笑))。表情の自然さはこのドラマには欠かせません。

まあ技術があろうとなかろうと、「平清盛」はほぼ全ての登場人物について老いの表現はひげと出家と演技にお任せであることは間違いない(例外が思い浮かびません…)ので、これも制作姿勢としてライン際でしょうね。

結局長くなってしまいました。お返事をいただけるにしても、本当に後回しで結構です。最後に、拙い意見にも丁寧にお返事いただきありがとうございました。

投稿: くうじ | 2012年9月17日 (月) 17時25分

くうじ様
またまた長~いコメント下さり(笑)、ありがとうございます。

先のコメント返信にも話題に出た某テレビ感想欄では、かなり盲目的にこのドラマを褒めている人たちもいっぽうではいらっしゃるので、私も結構警戒したかもしれません。

このブログにもうひとり、若い男性のかたでコメントを下さるかたがいらっしゃるのですが、やはり松山ケンイチクンの演技に対しては肯定的であるようです。 と言うより、松山クンの加齢の演技に対してあまり違和感を抱いていない、と言うべきかな。

で、今回くうじ様から 「年齢が行った人が若づくりの演技をするほうが違和感がある」「若い人の溌剌さのほうが見たい」 というご意見をうかがって、これはやはり見ている側の年齢層によるものなのだろうな、という思いが強くなりました。

こういう論理って、若い人の側からすると、反発したくなると思うんですけどね(笑)。

で、私が20代のころ、大河をどう見ていたかをつらつら思い返してみたのですが、22のころの 「独眼竜政宗」 で渡辺謙サン。 このころの渡辺謙サンがたぶん28です。 当時の大河ドラマは老けメイクというのが当たり前だったのですが、この時はさらに踏み込んで、渡辺サンは特殊メイクまでして、伊達政宗の晩年を演じていた記憶があります。

この特殊メイクに関しては、「天地人」 の妻夫木クンはやってなかったと思います。 結構白髪を描き込んでた覚えがありますね。 最近じゃ 「カーネーション」 で夏木マリサンが特殊メイクをしてましたけど、ハイビジョンでもあらは目立たなかったように感じます。 おそらく特殊メイクって、予算を食うとか手間がかかりすぎるとか、別なところに敬遠される理由があるように感じます。

で、さらに翌年の 「武田信玄」。
主役の中井貴一サンは当時たぶん27でした。 信玄、というと、でっぷりとした顔が思い出されますが、中井サンは知っての通り面長で、最後まで信玄のイメージとはかけ離れていた。

当時私は中井貴一という役者の演技について、結構不満を抱きがちでした。 信玄の役だけじゃなくて。 今は当時に比べると、格段にいい役者さんに成長された気がしますが。
でも、信玄が老けたときに、中井サンの演技に 「貫禄が出てないなぁ~」 とは感じなかった。 確か老けメイクもしていたかと思うのですが、私と歳がそう離れていないのに頑張ってるなーという印象が、確かにありました。

私が27の時に放送された 「信長 KING OF ZIPANGU」 で初めて、自分より2つ年下の役者さんが大河の主役を張りました。 緒形直人サンです。

信長は知っての通り♪人間50年~で、50近くかな?まで生きたのですが、自分より2つ年下の緒形クンがそこまで演じても、やはり違和感がなかった。

で。

やはり、視聴者の年齢層によって、感じ方が違うんだなーと、あらためて結論づけたくなってきましたよ~(笑)。 どうでしょう?

ただそれでも感じるのは、渡辺サンにしろ中井サンにしろ緒形サンにしろ、老けたらそれなりの老けた演技をしていた気がするんですよ。

これは当時の演技メソッド(最近じゃメソッド流行りですが…笑)と現在のメソッドが変化しつつあることの表れなのかな、という気もいっぽうではします。

ハイビジョンだから、ほうれい線とか無理に顔に描いても目立つだろうし、今回は眉を剃っていないでメイクでごまかしてるな、というのがとてもよく分かったり。 杏サンは眉を剃るのもいとわない役者根性のようですが。

前にも書いて重複になりますが、今回の場合の松山クンは、あえて清盛を若々しく演じ続けることで、平家を若々しさというイニシアチブで牽引していた、ということを表現したがっているのだろう、と私は考えています。

ドラマというのは、心理劇で見せる面白さというのも、確かにあると思います。
ただ今回の場合、序盤で 「羅生門」 さながらのセットを見せられたり、海賊船(笑)の豪華さに目を見張らされたりしましたので、このところのセリフだけで推移するドラマに、ちょっと物足りなさを感じているだけなのかもしれません。

くうじ様のコメントにきちんとお答えできたかどうかはなはだ不安ですが、思ったままに返信させていただきました。

今度は短いコメントでいただけると助かります(ハハ…)coldsweats01coldsweats01ゞ。

投稿: リウ | 2012年9月18日 (火) 12時23分

リウ様

お返事ありがとうございます。怒涛の返信お疲れ様です(笑)

記憶違い、お恥ずかしいばかりですが、これまでの大河と比較しても、今回は意図して若々しく演じていると読んでいらっしゃるのですね。予算的なものではない、と思いたいところです。

ふと思ったのですが、世代間でスタンダードな父親像が異なることにも、加齢の演じ方感じ方が変わってくる原因があるのかもしれませんね。

次回のレビューも楽しみにしております。またコメントさせていただくことがあると思いますが、そのときはよろしくお願いいたします。

投稿: くうじ | 2012年9月18日 (火) 19時52分

くうじ様
厚かましいお願いで短いコメント下さり、ありがとうございますcatface

長~いこと大河ドラマを見ていると、自分より年下の役者さんが主役を張る時期が必ずやってまいります(あ、もうすでに来年は綾瀬はるかチャンだし、宮崎あおいチャンも結構若かったかな)。

私は緒形直人サンが大河の主役をやったときは、さすがにいろいろ感慨深かったです。

と同時に、大河を別の目で見だしている自分に気付いていく。 今までは見上げていたのに、友達がやっているような感覚、そして自分の息子や娘がやっている感覚、そして自分の孫が…(笑)。

いろんな視点があるんだな~って、思います。 い~かげんなブロガーですが、今後ともよろしければおつきあいくださいませconfident

投稿: リウ | 2012年9月19日 (水) 14時07分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/521783/55526847

この記事へのトラックバック一覧です: 「平清盛」 第33回 「清盛、五十の宴」(8月26日放送)を見て:

« 「平清盛」 第32回 「百日の太政大臣」(8月19日放送)を見て | トップページ | 「平清盛」 第34回 「白河院の伝言」(9月2日放送)を見て »