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2012年9月16日 (日)

「ゴーストママ捜査線~僕とママの不思議な100日」 最終回まで見て

 いや~、ベタだと承知していながら、毎回のように泣かされました、このドラマには。
 最終回も都合2回はボロボロ泣いて。

 話の組み立てとしては、毎回先がホントに読めて(笑)ゴーストとしての設定も突っ込もうと思えば突っ込めることが多くて(たとえば物は触れないのに、ちゃんと地面には物理的に触れているとか、影がちゃんとあるとか)、正直言って理屈でドラマを見ようとすると、かなり抜けベンベンなドラマでした。

 でも、なんか見ちゃう。

 どうしてこういう、失礼な物言いですが質的に高くないドラマを見続けてしまったのか、ちょっと考えてみたんですけど。

 もともとゴーストが人間と関わろうとする話というものには、結構興味が惹かれる、ということがまずあると感じます。

 このドラマのプロトタイプとして私が真っ先に思い描くのが、「ゴースト~ニューヨークの幻」。
 この映画でゴーストを演じたパトリック・スウェイジは、現実でもかなり早死にをしてしまったのですが、映画での彼は思い残すことがあって、死んだあとも恋人のデミ・ムーアのもとに居残ってしまう。 そしてそれが解決した時に、彼は天国へと旅立っていくのですが、この状況と天国からのお迎えが来る時の描写を、この 「ゴーストママ」 では踏襲している。

 それ以外にも、物が触れるとか相手に思いが伝わるとか、このドラマは 「ニューヨークの幻」 で提示された面白さを、きれいになぞっているように感じます。
 これらの要素は、なんか見ていて楽しいんですよ、やっぱり。

 そしてもうひとつ、このドラマを見続けてしまった要因としては、ドラマに安心感がどっしりと座っていた、ということです。

 「ニューヨークの幻」 とまた比較してしまいますが、あの映画では物語の核に恋人どうしの愛情というものを据えていたけれど、「ゴーストママ」 では家族の愛情というものを中心に据えていた。
 そしてこの家族の構成員をあくまで屈折させずにカラッとまっすぐに演じさせることで、見ている側が安心できてしまう。

 それはとりもなおさず、「家族みんなで見ることのできるドラマ」 という長所に繋がっていると感じます。 おそらくこのドラマが求めていたものは、そこだった。

 要するにこのドラマ、「ニューヨークの幻」 の手法を借りて、大昔のホームコメディを目指している。
 日テレで土曜夜9時の同じ枠で大昔やっていた(大昔かよ…)「池中玄太80キロ」 なんかのほうが、よほど屈折している話だったように思えます。 このドラマは 「池中玄太」 よりも昔の 「サザエさん」 的なほのぼののほうが近い。

 このドラマ、原作漫画があるらしいのですが、かなり設定を変えていたようです。
 主人公をゴーストである仲間由紀恵サン(蝶子)に設定し直しているのもそのひとつ。
 原作では蝶子の息子であるとんぼクンが主人公らしい。

 正直申しまして、このドラマの第1回を見たときは、仲間由紀恵サンはなんとなくわざとらしいコメディエンヌぶりだし、とんぼクンを演じた君野夢真クンも 「最近は子役がもてはやされすぎ」 とか眉をひそめるような感覚でした。
 でも回を追うごとに、仲間サンのウザったさが(笑)なんとなくクセになってくるし、君野夢真クンの演技は自然さが加速度的に増していった気がする。

 それ以上にワザトラシかったのは、蝶子の夫でとんぼクンの父親、航平を演じた沢村一樹サン(笑)。
 この航平という人、とても屈託がなくてこんなにいい人って世の中にいるのかってくらい素直な人で。
 沢村サンのせくすぃ~ぶりを知っている視聴者からすると、あまりにまっすぐすぎて極度につまんない役なんですよ(笑)。

 しかし、、この3人の屈託のなさが、ドラマの純真さを引っ張っていくかなり重要なファクターとなっている。
 それにとんぼクンの腹違いのお姉さん(つまり蝶子の産んだ子ではない、航平の前の妻との子供)である葵(志田未来チャン)の、継母に対するちょっと屈折した気持ちがまっすぐに修正されていくのが気持ちいい。
 これも、葵の本来の素直じゃない性格を残しながらだから、見ていて不自然さを感じないのがいいんですよ。

 すごくノーテンキで、何も考えていないように思えるこのドラマなのですが、そんな意識的にやってる抜けベンベン、というのも、安心感につながっている部分なのかもしれません。

 だから、このドラマを見るときは、小難しい理屈なんか考えず、家族で笑って泣きましょう、というスタンスがいちばんいい。

 最終回では、ドラマ途中でなんかご都合的に心筋梗塞で死んでしまった蝶子の上司(笑)三船(生瀬勝久サン)の心残りだった、自分の息子(塚本高史サン)との確執に決着がつき、三船のおじちゃんは天国に旅立っていきます。

 終始オチャラケ気味だった生瀬サンが最後に見せた笑顔。

 やはり自分の死ぬ時も、自分が旅立つ時も、残された人たちには笑って手を振り旅立っていきたい、そう思うのではないかなんて感じました。 生瀬サン、締めるときは締めるなぁ。

 そして長いこと蝶子ととんぼクンが秘密にしていた、「お母さんがまだ近くにいる」 ということを、沢村サンが知った瞬間。
 ここも、沢村サンがそれまで屈託のない人物を演じ切ってきたからこそ生まれる感動があったような気がします。 ボロボロ泣いた1回目(笑)。

 そしてボロボロ泣いた2回目は、仲間由紀恵サンが旅立つその瞬間、沢村サンにも未来チャンにも仲間サンの姿がはっきりと見えるようになったとき。
 今までお母さんのメガネをかけなければとんぼクンにしか見えなかったその姿。
 やはり見ている側としては、ずーっともどかしかったんですよね。
 これを最後に見ることができた、というのは、ドラマを作る側の良心の表れだし、こうでなくては最後にモヤモヤとしたものが残ってしまう。

 このドラマを貫いていたのは家族の愛情だ、と先ほど指摘しましたが、家族の愛情って、実はいつも照れくささや、逆に作用してしまう憎しみとかにかき消されてしまうことが多い。
 逃げずに真正面から、(ほぼ)毎回このドラマはその部分を執拗に描写していた気がします。 生瀬サンと塚本クン親子の話も結局そうだったし。

 そしてなんとなくウザかった仲間サン(もとい蝶子)が天国に旅立ったとき、あのウザったさがなんとなく恋しくなる。 ゴーストなのに、お化け屋敷でユーレイにビビりまくったり(笑)、毎日授業参観状態でとんぼクンに文句を言われたり。 でも全力で、蝶子は家族を愛し続けたからこそ、あの騒々しさがなくなってさびしく思う。

 それも作り手の計算のうちだった、と腑に落ちるのです。 だから、最後に天国に旅立ったあとの蝶子のナレーションで終わっていくドラマの構成に、やっぱり安心してしまうのです。

 そして、死んでいった者たちは、いつも家族の幸せ、成長を願っている。
 最終回で語られたテーマのひとつは、あの大震災で亡くなった人々から発せられた、生き残った人々へのメッセージでもある気がするのです。

 なんだかんだ言って、心があったかくなるドラマでした。

 今年の夏は暑すぎて、あったかくなると困りものでしたが(笑)。

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テレビ」カテゴリの記事

コメント

リウ様こんにちは。
誰もコメントしないので。
(いつもリウ様のレビュー楽しみにして読んでいる者です。)

私も最終回まで見て、ボロボロ泣きました。
軽い感じなのに・・・と思いつつ、
見てしまって、おっしゃる通り、
心がほっこりしました。

なんといってもとんぼ君かわいかった!
しかし仲間さん、ずーっと同じ
警官の制服に黒パンプス、
夏のロケ、大変だったでしょう。

こういう善人ホームドラマもいいですね。
少なくともリウ様もレビューをやめてしまわれた
「サマーレスキュー」よりずっといい!
無理して見続けてますが、
去年の大河並に突っ込みどころが多く、
安直な展開や台詞が多く、イライラします。
早く次週の最終回、終わってほしい
(意地で見届ける予定)

清盛のレビューも、
いつも楽しみにしてます。
歴史本の知識とリウ様のレビューが
なければとっくに断念してますが、
私は清盛の心情がよく分からない点と、
兎丸外は、基本的にこの大河、
おもしろく拝見してます。

では残暑バテなさいませんよう。

ちん様
はじめまして。 コメント下さり、ありがとうございます。

このブログにいらっしゃるかたは目が肥えているかたが多いせいか、このドラマを見ている人はいないのかな、などと思っておりました。

でも、私がとてもいいな、と思ったのは、「夏休み、家族みんなでこのドラマを見よう!」 という作り手のスタンスがとてもはっきりしていたことでした。

こういうドラマをひねくれて見ちゃうのは、人間的にかわいくないと思いますがいかがでしょう?coldsweats01

その点 「サマーレスキュー」 は、なんかひねくれて見ないとついていけない部分があるように感じます。 「ここはこうなんだけど、実は作り手の意図は別にあるんじゃないか」 とかみたいな(笑)。

私がこのドラマをリタイアしたのは、どこかで書いた気がしますが、登山客たちのあまりのわがままさが見ていて嫌になったからでした。 その登山客のわがままさに引きずられて、主人公たちの心がささくれだっていく、そんな構造が見えてしまったからです。

山を見てると心が洗われるけれども、それを見ようとする人たちは、まるで地獄の亡者みたいに我も我もと先を争って、ゴミを捨てることもいとわず、ツアーコンダクターに文句を言うことも、山の診療所の貧弱な装備に文句を言うこともいとわない。

なんか書いてるだけでやんなってきちゃいますよね(笑)。 だから見るのをやめました。

「ゴーストママ」 って、「ごくせん」 を見ていた人にはいろいろと仕掛けがあったようなのですが、未視聴の私にはさっぱり分かりませんでした。

でも、楽しかった。

ドラマを楽しいと思って見るのは、やはり生活に不可欠ですよねーhappy01

 このドラマは高2の娘のお気に入りです。彼女はごくせんシリーズのファンでして今回も生瀬さんと仲間さんの安定感のあるコンビが出ているので、ドラマを楽しめると言っていました。ちなみに、小栗くんの月9も面白いらしく、つれあいさんに勧めてましたが、つれあいさんはつまらなかったらしいです!家族で、好みがバラバラ。

 私は時々、見ていました。ごくせんコンビは、ほのぼの安心して見れます!

 多分、震災に限らず、家族を失った人たちに、亡くなった方たちは、側にいて、いつでも家族を見守っているのだと、優しく語りかけているドラマだったと思います。とんぼくんも可愛かったです。

 「ゴーストニューヨークの幻」は映画館に一人で見に行きました。母と感情の行き違いがあったあとで、かなり怒りまくったまま、映画館に夕方出かけて、映画のおかげでたっぷり泣いて、すっきりしてから家に帰った、まだ30歳手前のちょっと弱かった自分を思い出しました。今でも映画のテーマ音楽を聴くと、涙腺が緩みそうになります。

 ドラマも映画も、見ていて楽しいというのは、大事な要素だと思います。人の心に優しく沁みる、そんなドラマも素敵だと思いますよ。私は清盛くらいしか、ドラマを続けて見る余裕がないですけど。(笑)

ささ様
コメント下さり、ありがとうございます。 神出鬼没ですね(笑)。

ささ様も目の肥えたうちのおひとりだと思っていましたが(笑)とんだご無礼をいたしましたcoldsweats01

「負けて、勝つ」 の第2回は未だ最初の15分でリタイアしたままの私ですが、このドラマの最終回2時間スペシャルは、なんのストレスもなく一気に見ることができました。
ツッコミを野暮だと思わせることができるかどうか。
この手のドラマの生命線は、そこにあると感じます。

「ゴースト~ニューヨークの幻」 は、私も若かりし頃(もう20年以上前の映画なんですもんね)劇場で見て、ボロボロ泣きたかったのに周囲が気になって泣けなくて(笑)、そのストレスのあまりVHSビデオを買ってひとりで何回も見ながら泣きまくりました(爆)。 5回以上は見てるかな~。

デミ・ムーアのその後はこの映画の役を否定するようなのばっかりでだいぶ幻滅いたしましたが、この映画での彼女は最高。 ウーピー・ゴールドバーグも西光。 あっいや最高(笑)。

サイコウというと、最近西光で変換されてしまう私のPC(爆)。 鹿ヶ谷を待て(爆×2)。

リウ様

連投すみません。
私もこのドラマかなりハマって見ていました。
「泣き」系にどうやら弱いようで・・・笑

「触れられないのに、立って歩いてる」とかホントにツッコミどころ満載だったのですが、やっぱ肝心の「泣き」シーンには魅せられました。
仰るとおり抜群の安定感だったと思います。

このドラマで秀逸だな〜、と思った演出があるのですが、
仲間由紀恵が「A」と言えば、それをトンボ君が「A’」と伝える、という手法です。
仲間由紀恵はユーレイだから、自分の意思を伝えられない。だからトンボくんが代弁するけど、子供だから難しい言葉は分からない。
仲間由紀恵の状態(「泣いてる」とか)を言いつつ、肝心のポイントを第三者に伝える。

ドラマのキャラにはトンボ君の言うことしか伝わらないはずなんですが、視聴者には仲間由紀恵の言った「A」とトンボ君の言った「A'」が眼と耳に入る。
同じメッセージを違う人に言わせて強調させる「シナリオライティングの重要な手法」を踏襲してるな〜と。

まぐのりあ様
コメント三連投、ありがとうございます。

そう言えば 「伝言ゲーム」 の妙も、このドラマにはありましたよね。

「伝えたい気持ち」 というものが蝶子(仲間サン)の側にあって、そして 「その気持ちを伝えたい」、というとんぼクンの気持ちがもう片方にある。 そのフィルターを通すことで、愛情というものだけが濾過されて視聴者のもとに届く。

このドラマがあまりにも 「癖のある人物」 を排除して素直な人たちだらけのドラマにした、ということが、やはり視聴者をそれで油断させてしまう、という部分があるんですよね。

そこに純粋に濾過された、「伝えたい人の思い」 だけが伝わっていくから、何か見くびりながら知らないうちに泣けてきてしまったのではないでしょうか。

ちょっと不思議な長所を持っているドラマのような気がいたしましたconfident

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    こちら上記の海外版。 内容的には国内版とほぼ一緒なので、値段が安いこちらのほうがいいでしょう。

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