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2012年10月20日 (土)

「大奥~誕生~[有功・家光篇]」 第2回 素振りするのはなんのため?

 この 「男女逆転時代劇」 の設定の、どこに意味があるのかとか、このドラマの見どころとか、第1回のレビュー及びコメントで書き尽くした気がするので、もう第2回目以降はレビューいいかな…と思いながら、途中まで今回、第2回は見ておりました。

 見ておりましたが(笑)。

 有功(ありこと、堺雅人サン)が必死に素振りをしてるのを見てたら、書きたくなってきた(爆)。

 今朝方、前回のこの記事へのコメント返信で、「男も嫉妬がすごい、嫉妬という字は男へんにしたほうがいいくらい」 などと書いたのですが、そのあとこの第2回を見たら、「なんだ、先に書いちゃったみたいじゃねーかよっ」 みたいな展開で(笑)。

 もともと女所帯みたいなところの大奥、そこから女を一掃して入ってきた男どもだからかもしれないけれど、ここの男ども、なんか発想がワイドショー的(つまり下世話)(あれ、これって暗に女性を冒涜してるのかな?)(不適切な発言は平にご容赦ください)。

 んま~ともかくそいつら、性格が悪いの極致。

 もっとも彼らにも彼らなりの事情というものがあります。

 なにしろこの男所帯の大奥、要するに国家による人権蹂躙であり、要するに全員が拉致被害者なわけですよ。

 しかも。

 このブログにコメントを下さるマーシー様もご指摘されていましたが、実際の大奥という場所は、退いたあとは就職先が斡旋されるみたいなアフターケア完備の場所だった(「篤姫」 でも、明治時代になっても宮崎あおいチャンが最後まで、大奥の女性たちの面倒を見てましたよね)。 にもかかわらず、こっちの大奥は、どうも事情を知ってしまった人限定みたいですけど、入ったら最後、もう生きてシャバには絶対に出られない刑務所みたいな場所なんですから。

 これじゃいくら男だって、根性ひん曲がります(笑)。

 そのひん曲がった男ども、有功が家光(多部未華子チャン)にS気味ながら(笑)気に入られているのを知って、もう女の腐ったのみたいに(ブーッ!イエローカード2枚目)嫌がらせをしまくるんですよ。

 何かと言えば 「社長!」(あ、これは 「純と愛」 だった)…じゃなくって、「お公家」 だの 「うらなり」 だの 「赤シャツ」 だの(あ、これは 「坊つちやん」 だった)「野だ」 だの(あっこれも 「坊つちやん」 で総理のことじゃありません)悪口の応酬。
 果ては、膳に死んだネズミを仕込ませるし。
 それに激怒したこうきクン(玉栄)を逆に集団リンチの根性焼き(発想がヤンキーなんだけど…笑)。 玉栄は有功に心配はかけまいと、それをひた隠しにします。 有功はそこんところ、深く詮索しない。

 ただまああのひん曲がった男ども、飼い殺しの身分だから、こうして鬱憤を晴らすしかないんですが。

 つまりこれって、春日局(麻生祐未サン)が強権発動したこの異常な設定が、ただでさえネガティヴな感情が渦巻く人間社会を、さらに悪化させている、という構図なんだ、と感じるんですよ。

 そして有功には、それがある程度、見えている。

 それは有功が、聖職者としてこの世の無常や幸福の根源的な意味を問うてきたからこそ見える性格のものに思えます。
 いやがらせが頻発するなか、有功は玉栄に言います。

 「玉栄。 知らぬ顔をしよ。 息巻いて騒げば、相手の思う壷や」。

 ひん曲がった男どもは、有功をコテンパンにするために剣術指南役・澤村伝右衛門(内藤剛志サン)との特訓をし向けます。

 しかし有功は、その挑発に乗らない。

 澤村は、有功のお付きの僧侶であった明慧(駿河太郎サン)を、春日局の命によっていとも簡単に切り殺した人物。 普通ならば、有功は澤村を、弟子のカタキと憎しみを募らせてもいいはずなのですが、まず殺生を禁じている仏門の教え、という立場から、有功はそれをためらうような展開を示します。

 でも、そんな教義的な理屈ではどうしようもない憎しみというものが、有功の表情に見てとれる。

 「私には打てぬ。 今は俗世の身とは言えども、一度はみ仏に仕えた身。

 カタキならなおさら、憎しみに曇った心で人を打ちとうない」

 有功に澤村と互角に戦えるだけの技術が備わっているのか。
 なんか能ある鷹が爪隠しとんのとちゃうか(笑)。
 見る側がちょっとした疑心暗鬼に陥る場面です。

 ひん曲がった男どもが嘲るなか、澤村は有功の実力を試そうとしたのか、「いゃあああえいいっ!」 と木刀を一閃。
 目を瞑る有功。
 いつか夢の中で見た、青い空にただひとつぽっかり浮かんだ、白い雲が一瞬よぎります。
 この雲。
 玉栄と行なっていた書読みの(なんの本かは分かりませんでしたが、王維とかゆうてました)なかで、「こんな世の中は肌に合わないので、僻地に引きこもろう」 とする友に、王維が答えた言葉の中にありました。

 「そうか。 元気でゆくがよい。 もうなにも訊くまい。 きっと白い雲が、いつまでも君と共にいてくれるであろう」

 そして有功はそのぽっかり浮かんだ白い雲~、な~にやら寂しい旅のそ~ら~、いとし殿御の心のうちは~雲にお訊きというのか~え~これこれい~しの~地蔵さん~~。

 なんの話でしたっけ(ハハ…)。

 有功はその白い雲に、この大奥から出たい自らの気持ちを、重ね合わせていたんだと思うんですよ。

 つまり有功が澤村の一閃に目を瞑ったのは、澤村が自分を殺すはずはなかろう、という思惑があったからではなく、澤村にそのような殺気を感じなかったとか、剣術を心得てるからこそ来るスキル的な安心感でもなく、明慧のいる場所に自らも委ねたい、という心境のなせる行動だったのではないか、と。

 澤村 「木刀とはいえ、このまま打ち込んでいれば、あなた様は死んでおりましたぞ」

 有功 「であろうな」

 澤村 「それでも、構わぬ、と?」

 なにも答えない有功。

 澤村は構えを解き、有功に素振りを命じるのです。
 有功はフツーの基準である千回を自ら買って出て、ヘロヘロになりながらもそれを完遂する。 最初のうちは面白がって笑って見ていたひん曲がった男どもも、そのうち飽きてきてみんなでてったあと。
 バタンキュー。
 はい、これで今日の分はおしまい。 明日も頑張りましょ~!(ヘロヘロヘロヘロ…笑)。

 それはいいとして。

 この有功の素振りには、自らの憎しみをそれで淘汰させる、という目的も備わっているとは思うのですが、ぶっ倒れた有効から、「もうなにも、考えたくないのや」 という言葉を、作り手は導き出させている。

 つまり有功が素振りを必死の形相で完遂したのは、悲しいことが多すぎたために、怒りや憎しみが大きすぎたために、そんなネガティヴ思考自体を自分の心の中から、締め出そうとしている行為だったと思われるんですよ。

 あるがままに、不幸を受け止めることで、悲しみや憎しみ、怒りをスルーするー(シャレか)。

 どうも嫉妬男のつまらんリンチとか、話が下世話な方向になりかけていたところに、こういう深い解釈が可能な展開になってくると、がぜんレビューする気も沸き起こってくる、というものです(笑)。

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テレビ」カテゴリの記事

コメント

リウさま、
早速のレポ、ありがとうございます。

あのリンチ場面、男子校のイジメそのものって感じですよね。(らしいです)
今は三越になっている昔の越後屋などでは、厳しい勤めに耐えかねて奉公人が逃げるのを阻止するため、格子のついた部屋に寝かせていたとか。
憂さ晴らしに女を買いに行くこともできず、酒も飲めない、そんな環境で男たちが暮らしているのですから、相当ないじめがあったと聞いています。
そんな話を思い出しました。

タベちゃんは、可愛い====☆
あの憎々しげな表情も、タベちゃんだから許せてしまうというか、男装が似合いますね。

このドラマ、ロングショットが多い。
昔の東映の時代劇を思わせます。
頑張っているなあ。

田中くんの姿勢が悪いのが気になりました。
あと、着付けも。
着物の寸法があっていないのかな。
短めにきりりと着たほうが、いいと思います。

このドラマのお気に入りは、意外なことにイナバくん(春日局の息子)でした・笑
とても姿勢が良く、所作がきれい。
時代劇に向いています。

投稿: マーシー | 2012年10月20日 (土) 20時14分

初回を見逃し、なんとか2回めから参戦?

堺雅人さん、相変わらず上手いですね〜happy01

男子校のいじめ。。
確かにそんな感じですね。

女子の陰湿ないじめ(男子版)も今後、展開されていくのでしょうか?

マーシー様お気に入りの稲葉役の平山さんは時代劇にも出ていらっしゃるから、着こなし方が上手ですよね。

私は村瀬役の尾美さんもなかなかいいなと思いました。

リウ様の解釈
>つまり有功が素振りを必死の形相で完遂したのは、悲しいことが多すぎたために、怒りや憎しみが大きすぎたために、そんなネガティヴ思考自体を自分の心の中から、締め出そうとしている行為だったと思われるんですよ。

私も確かにリウ様と同じような感想を持ちましたよ〜。
そういう意味で脚本は成功してるのかもしれないですね。

原作がどうなのか、読んでいないのでわからないのですけれど。。。

澤村に木刀を打ち込まれて、「雲がぽっかり」の場面。。。。
「なんじゃ、こりゃ??」と思いましたが、リウ様のレビューでなんとなくわかった感がありました。

リウ様のレビュー楽しみにしてますけど、腰と相談しながら、ぼちぼちと続けて下さいませね。


投稿: rabi | 2012年10月20日 (土) 21時08分

 今回リウ様が全部、書いてくれたので。満足です。男のいじめ、結構陰湿なのね。嫉妬が男へんになる日がくるかも。

 堺さんが素振りするのを見て、去年は剣聖とも言える剣客だったのに、今度は素振りすらした事の無い役!役者さんも大変だ~!

 でも、ぶっ倒れて、「何も考えたくないんや」と玉栄に漏らすところは、切なかったです。でも仏教にしてもキリスト教にしても、汚い俗世の末端まで一緒に下りて、救済していくからこそ、天国も極楽もあるので、有功さん頑張って!多部ちゃんを救わなきゃいけないみたいだから。

 白い子猫、白い雲。有功さんのイメージなのかな。汚れがない。家光はそこに惹かれたのかな。いじめシーンを見て、男の嫉妬について書かれた、リウ様のコメントがよぎりましたよ。予言だったですね!凄いです。

投稿: ささ | 2012年10月20日 (土) 22時04分

マーシー様
コメント下さり、ありがとうございます。

このレビューを書いたあと、夜勤明けだというのにほとんど寝てなかったことが判明(笑)、爆睡してたので返信が若干遅れました。 どうも休日になると睡眠時間がワヤになるようです。 またこれから寝る予定です(笑)。

さてさて、越後屋のお話、ま~たまたひとつ、お利口になっちゃったのですが(しつこいですね)、いじめって文化みたいに、連綿と続いている根の深いものなんでしょうね、人類にとって(大きく出たぞ)。

ひょっとすると昔は、今日よりもずっと陰湿で暴力的だったのかもしれないですね。 昔の人のほうがそこらへん、打たれ強かったかもしれません。 何くそという負けん気とか、ハングリー精神があったでしょうから。

こうきクンの姿勢の悪いのには、とんと気付きませんでした。 立ち振舞いにはまったく疎くて…。 でももともと彼もヤンキー傾向(顔が…笑)、もとい、やんちゃっぽいところが売りのような人ですから(どうもKAT-TUNメンバーは温かい目で見てしまう自分がおります)。

稲葉君は、なんとなく韓流ドラマに出てきそうな顔だちしてますね(イ・ソジンとか)。 イソジンって、うがい薬かよと思いましたが(これ、不穏な冗談になるのかな…)。

投稿: リウ | 2012年10月21日 (日) 04時51分

rabi様
コメント下さり、ありがとうございます。

富山では第1回の再放送がなかったんですねweep。 残念です。 第1回目のほうが面白かったですから(そりゃ初回には製作側も力入れますよね)。 ただ、勝負はつかみの部分ではなく、これからだと思っていたので、第2回の出来の良さにはこちらも大いに安堵したような格好です。

まあ、花登筐サンのお話よりは大したことないいじめだったかもしれませんが(?)、京都男のど根性は見た気がします(なんか、「根性」 という言葉をよく使う気のする今日この頃)。

堺サンのうまさで見せてもらっている感じのこのドラマですが、この先は多部チャンの動向に注目、といったところでしょうか。

尾見としのりサンが出てくると、なんとなくドラマにバッタ臭が漂ってくるような印象が、失礼ながら私にはあるのですが(ホント失礼だな)、なかなか今回はよい役回りのような気がいたしました。

雲がぽっかり浮かんでいると、どうしても花笠道中になってしまう私ですが(分かるかなぁ?分っかんねェ…あ、いやいや)、こういうサブリミナルから、話を深くさせようとする作り手の行為に、ドラマ好きは心をつかまされるのです。

腰のほうは一進一退ですが、どうも足の痛みはこの先長~い付き合いになりそうな予感がいたします…。

投稿: リウ | 2012年10月21日 (日) 05時11分

ささ様
コメント下さり、ありがとうございます。

いやいや、さすがにみなまで書いておりませんcoldsweats01

特に出番が少ないながらも、さらしでギュウギュウに巻いた胸が気になった多部チャンとか(笑)。

あの子猫を放り投げたのは動物虐待じゃないよな?とか(あのニャンコ、キャワイかったですぅ~…笑)。

特に気になるのは、内藤剛志サンですかね。
なんか最近、演技が内向きになっているような気がする(そんな役ばかりなのかもしれませんが)。
お体の具合がよくないのかもしれません(取り越し苦労ならいいのですが)。

至る所に青山はある、と思考を転換することが、信仰の役割だと思うんですよね、個人的には。

ただあまりにもひどいことばかり起きるときには、それにあらがうのではなく、受け流していく。

「知らん顔しよ」 と玉栄に語っていた有功の態度が、今回は最後まで透徹していた気がします。 こういうトータル的な見せ方に、ドラマ好きはぐっときます。

投稿: リウ | 2012年10月21日 (日) 05時23分

私は、宗教は人生に寄り添ってくれるものだと思います。それを言い訳に、都合のいい時しか利用してなかったりします。そして、どん底に落ちてる時、助けてくれなかったら罵倒してみたり。でもすがりたい。苦しみを少しでも、受け止めてくれればいい。そんなものでしょうか?

 「知らん顔しよ」と言う有功さん。素敵でした。

 子猫を投げたシーン、私も、愛護団体から、クレーム来ないか?と思ったけど、あれは、ちゃんと、別撮りしているんでしょう。猫って犬と違って跳躍力がありますから、まあ平気だろうって感じですが。あの時、思わず目をつぶってしまいました。坊さんが殺されるシーンより、猫が怪我するかもで目をつぶるって、ちょっとおかしい感覚ですけどね。(笑)

 さらしでギュ、ギュッが気になりましたか?すいません。私はわりと優しく世話してる春日さんが気になりました。こうして、世話しながら、腹ん中は違うんだろうなとか。

 内藤さんが内向き。でもそれをいうなら、清盛の盛国にも言ってください!いい役者さんの、無駄使い、反対です。飼い殺しも!

  内藤さんは芝居を引き締める役割なんでしょうが、渋いですよね。無駄使いにならない事を願ってます。

 1,2回と見て、これ以上見続けるかどうか、くせのあるお話だから、しんどくなるかもしれません。洗濯しながら、何も考えずに、見ようかなとは思ってます。しんどくなったら、ニュースに変えようっと。(笑)でも、来週も多分見ます。(笑)

 

 

 

投稿: ささ | 2012年10月21日 (日) 10時42分

ささ様
再コメント下さり、ありがとうございます。 また起きたので返信いたします(そのあとまた寝るのかな…笑)。

内藤サンに関しては、先に書いたとおりに取り越し苦労なら何も言うべき話ではないんですけどね。

これって役柄の問題かもしれないし。

昔は結構、いいお父さんとか、明るい役が多かった気がするんですよ。
「ゴーストママ」 の時もそうだったのですが、それが最近は、仏頂面の役が多い。

でもそれを抜かして、なんというか、演技にかつての勢いがない、というか。
私がそう感じるとき、たまにそのかたはご病気だったりするのです(お前はエスパーか…笑)。

盛国に関しては思わずささ様のご不満が噴出してしまった形ですけど、私も同感です(笑)。 イエスマンで終わるなよな、という感じ。 本当に主君のことを思っている、とは言い難いんですよ、こういう家来って。 まあ一蓮托生のひとつの形を体現してるのかもしれないけれど。

宗教観に関しては、まあいろいろございますので、いかに付き合っていくかが肝心なのではないか、と感じます。 ただ、なにも信仰しない、という人よりは、ある種の哲学観を教えてくれる宗教を信じる人は、人間的に強いと思います。

それがオカルト的な方向、原理主義的な方向に向かうとき、信仰というのは人間にとってアヘン、害毒となりうる、という気がいたします。

投稿: リウ | 2012年10月21日 (日) 12時47分

すみません、3話のレポを待たずに書き込んでしまいます。

堺さんの演技力の凄さは言うまでもありませんが、
タベちゃんもすごいねえ。
さすが舞台で鍛えられているだけ、あるわ。
ワンコだけじゃないわね=、
と感動しました。

で、予告見る限りでは、
重盛くん、登場ですか====!!!!
しかもニート風じゃないっすか。 いや=、これは見逃せませんっ!

投稿: マーシー | 2012年10月27日 (土) 20時06分

マーシー様
コメント下さり、ありがとうございます。

いやー、そうですか。 まだ未視聴です。 見たいドラマが多過ぎるのに、体がついていかないのが残念です。

こうなると、ドラマを絞って見ていかないと、HDD容量も底を尽きかけているし、ちょっと大変なことになりそうです。

とりあえずヘロヘロになりながらも、レビューを続けますので、見守ってやってくださいまし。

投稿: リウ | 2012年10月28日 (日) 02時17分

リウ様

こんばんは。
リウ様の仰るとおり素振りを続けるのは「素振りに集中することで大奥の負の感情から解放されたい」からです。
原作だと、そのメッセージがもっと伝わりやすい感じです。

3話ってご覧になりました?
多部ちゃんの「次々と悲しみが襲ってくる者はどうしたらいいのだ?」みたいなくだりで、
「そういう時は手近なものを斬ればいいのでは?」って部分ですが、個人的に結構違和感を感じました。

ドラマだと割りと感情的に言ってるのですが、
原作だと凄くあっけらかんと言ってるんですよ。
マリーアントワネットの「パンが無ければお菓子を食べればいいじゃない?」的に。

で、その「あっけらかん」ぶりが多部ちゃんの「苦難の末に出てしまった認知の歪み」を示す重要なシーン(後の大奥の規則を作り出す根本にもなる部分)なんですけど、そこを出さない。
なんだかな〜という感じです。

あ、シナリオ書き始めました。
お題を与えられてそれに応えて書いていくんです。(そしてお題の枚数は毎回増える)
「シナリオの技術を学ぶ」状態なのですが、書いてて思ったのは、このドラマの脚本はト書き(目に見える部分。映像になる部分。例:堺雅人が素振りをする。)が弱い。

堺雅人位だと解釈力でカバーできてるんでしょうが、他の役者はついていっていない印象を受けます。


投稿: まぐのりあ | 2012年10月30日 (火) 00時14分

まぐのりあ様
コメント下さり、ありがとうございます。

第3回については、まだ未視聴なんですよ~。 土曜日に 「遅咲きのヒマワリ」 と 「純と愛」 を途中まで見て、それからずーっと、テレビドラマとはご無沙汰で(朝のニュースだけは見てます)。

多部チャンの過去は、まぐのりあ様のネタバレによると壮絶でしたからねー(あっまだ覚えてた)。

ドラマとしてどこまで原作のエッセンスを引き出せるか、見モノなんですけどね。 まだ見てない(ハハ…)。

シナリオライター養成講座かな? NHKのラジオ深夜便を聞いてたら、内舘牧子サンも同じように、養成講座からのスタートだったとか。 デビューが40歳で、「ひらり」 を書いたのが43。 ずいぶん遅咲きのクセに順風満帆みたいですが、自分のOL時代の人間観察が、かなりドラマ作りに役立ったそうです。

その養成講座で、講師のかたから 「今まで見た映画の中で一番感動したものは?」 と訊かれて、映画なんか見たためしがなかった内舘サン、小学校のころに見た 「土俵の鬼・若乃花」 と答えたそうです(笑)。 さすが相撲大好き人間。

あまり映画とかドラマとかをたくさん見なくても、人間に対する観察力が、シナリオを書くうえで重要みたいですね。

頑張ってください!

投稿: リウ | 2012年10月30日 (火) 09時45分

リウ様
こんばんは。
未視聴なのにネタバレすみません・・・。
私が行ってるのはシナリオライター養成講座なのかな?(テキトーだ・・・)ゲゲゲの女房の脚本家とかいたみたいです。

観察力というか、人の負の部分の洞察力はピカイチだと思ってます(図々しい)。恐ろしいほど他人の過去の背景が当たってしまう・笑

でも、それだけじゃドラマは書けないんですよね〜。
そもそも「いいこと」「悪いこと」って言われるけど、それは単なる認知の問題で「起こっていることは同じ」って事を描きたいな〜なんて考えてます。
勿論他にも描きたいメッセージやネタはガツガツありますが。
今は「基礎のき」なので、そのうちストーリーの転がし技術とかを学ばせてもらって、キッチリ面白い作品を仕上げたいです。

全く関係ない話ですが、私はテレビやドラマが1番じゃないんですよ。3番めくらい。
1番は漫画。その中でも「ヒカルの碁」って漫画がイチオシです。囲碁を通して人の生きざまを描いてるんですが、読むと毎回泣いちゃう。

今20代なのですが、昨年過労で入院しました。
昨年中に無理矢理復帰して(多少ゆるめに)仕事してますが、投薬と通院は欠かせない。
しかも別の一生ものの病気も見つかって結構ボー然としてたんですよ。今も嫌なときはぼーっとしてますが・笑

でも、そんなときでも、私には「ヒカルの碁」があった。
ヒカルの碁で泣いて「ああ、私にはまだ感情があったんだ」とか思うんです。で、生きる活力も湧いてくる。
そんな作品を作りたいな〜なんて、淡い淡い期待と執念で書き始めたところです。
書く事と職業にする事は違うと割り切ってるので、ほそぼぞかもしれませんが、よしなに。

関係無さすぎる話してすみません。。

投稿: まぐのりあ | 2012年10月31日 (水) 01時24分

まぐのりあ様
レス下さり、ありがとうございます。

ひや~、山本むつみサンと言えば、来年の大河の脚本家ではないですか。 その養成講座は有望です(繰り返しますが、ガンバッテ!)。

人間の負の部分の洞察が鋭いなんて、私の過去もネガティヴファクターばかりですから(今もか)、見透かされまくってるかな~(笑)。

いずれにしても、喜びも悲しみも、人生を彩るファクターであると感じます。 うまくいかないことが、人をいろんな方向に成長させていく。 うまくいかないのを自分のせいにするかまわりのせいにするか。 うまくいかないことをゴールにするかスタートにするか。 人間の面白さって、そんな、人生に対する姿勢の違いから、いろんなドラマが生まれていくことだろう、と感じるのです。

「ヒカルの碁」 は話題だけは知っている程度です。 やはり20代の方とは文化的ギャップがあるな(笑)。 マンガ原作者とかを目指しておられるのですか? 同じ小畑健サンの作品で、「バクマン。」 というのはマンガ原作者とマンガ家のお話ですよね。 そちらのほうは少々読んだことがありますが、多少エンタメ的とはいえ、「売れる商品としてのマンガ」 の、シビアなふるい落しがリアルに描かれているような気がします。

私はドラマなどを見ていて、「動機」 というものが執拗に描かれ、リアルを形成していくような作品に心惹かれます。 執拗ではあるけれど、くどくない。 そんな動機の描かれ方が好きなのです。

いかにもテレビ的な、チャラいお話というのは、まあ別メニューを頼みたくなる心境と同じでたまにはいいのですが、視聴者ってこの程度だから、というようなものが見えるのは、なんとなく嫌かな。

マンガに関しては、ホントに最近読まなくなったけれど、前は 「ビッグコミック」 1誌・命で(笑)。 最近は甥の読む少年ジャンプをパラパラ見程度。 ただ、「ナルト」 とか、何やってるのか皆目分かんなくて(爆)。

人生を共にできるマンガと出会うことが出来る、というのはいいですよね。 私にとってのバイブルは、「あしたのジョー」 ですかね(ホント、オールドタイマーだなぁ…笑)。

投稿: リウ | 2012年10月31日 (水) 13時21分

リウ様

ドラマに関係ない話にお付き合いいただいてありがとうございます。
私の父は現在50代ですが、10年位上前の当時に「ヒカルの碁」一緒ににハマって、毎週一緒に週間少年ジャンプとアニメを見てました。
セリフのアテレコする位、親子でハマってました・笑

そんな父とよく言い合ってたものです。
「ヒカルの碁は、碁の漫画だけど、碁を通して”どう生きるか”を描いてるから素晴らしい」とか何とか。

漫画の原作は考えてないです。少なくとも今は。
実は、絵(イラスト?)はそこそこ描けて、学生時代によくわからない機関誌の表紙とかにさせられてました。
中学時代の夢は「サンライズでセル画を描きたい!」とかで、親の猛反対で、美術教師を泣かせ普通科に進学しました・笑

漫画自体は今はあんまり新規開拓してないです。
昔から読んでる人の新刊を買う程度です。(それでも壁一面漫画棚ですが・笑

漫画でもドラマでも小説でもドキュメンタリーでも「メッセージ」があって、そこが起点だと考えています。
「動機」は私も気にする部分です。
コンプレックスだったり、プライドだったり、飢えだったりしますが。(マイナスイメージ多いですね)

講座でもやっぱり「身近な人間観察とそこから背景を類推(妄想)しろ」って散々言われてます。
あと、書式の大切さとか・笑

投稿: まぐのりあ | 2012年11月 1日 (木) 00時28分

まぐのりあ様
再レス下さり、ありがとうございます。

「大奥」 の第3回はまだ見てないんですが~(早よしないと第4回が始まってまう…笑)。

碁というのは、布石という言葉があるくらいで、ドラマ作りに似ているような気がいたしますよね。

実際の人生では、自分が生きてて、「あ、あのときのアレが布石だった」 なんて、ほぼ感じないって思うんですが(笑)。

つまりシナリオ作りというのは、多数の人生の設計図作り、構成作家でもあるわけで、自分の中にある常識・非常識も、見つめなければならないような気がする。

より俯瞰的に物事を見渡せないと、多くの人に共感できる話はできない気がするんですよ(ただその逆に、とても近視眼的な見方が却って面白い場合がある。 クドカンサンのシナリオなんかがその手のもののような気がします)。

で、やはり作品に込められたメッセージも、独りよがりだと多くの人に納得してもらえないし。

難しいけど、いちいちチャートを作ったりすると、楽しいかもしれませんよね、お話作りというのも。

ところで、書式の大切さ、の書式って、なんですか?coldsweats01

投稿: リウ | 2012年11月 1日 (木) 09時07分

リウ様

多分、シナリオライターはチャート作ってると思います。
「書きっぱなしにするな(ゴールをはじめに用意しろ)とは一番最初に言われました。

書式は、原稿用紙の使い方です。句読点とかを含めた「シナリを用の」使い方。
驚いたことに、原稿用紙なんですよ、今時。
ワード等の方がはるかに効率的なのに。
しかも、シナリオでは、基本男は苗字で女は下の名前。

ビビりました・笑
「なんてカビの生えた世界なんだ!」と。

投稿: まぐのりあ | 2012年11月 1日 (木) 21時55分

まぐのりあ様
再レス下さり、ありがとうございます。

そう言えば、山本むつみサンの 「ゲゲゲの女房」 も、「書きっぱなし」 ということはなかった気がします。 全部布石は回収してました。 教えを守ってますね(笑)。

書式の疑問にお答えくださり、ありがとうございます。

よいホンというものは、読んでいて風景が鮮明に想像されるものだと感じます。 倉本總サンの 「北の国から」 のホンには、やたらと 「(間)」 というフレーズが出てくる。 これを役者たちは咀嚼しながら演じなければならない。 すごいなあ、と感じます。

山田太一サンのホンなどを読むと、この人の話の運びって、結構不自然な場合があるのですが、「他人と関わりたくない自分と関わりたい自分」 がせめぎ合っているような印象をいつも受ける。

問題は、それをどう不自然さを感じさせずに演出するか、で(シナリオの話からずれてきた…笑)。

結構私も、シナリオ本とか昔読んでいた時期がありました…(笑)。

投稿: リウ | 2012年11月 2日 (金) 10時25分

こんにちは、またブログ覗かせていただきました。また、遊びに来ま~す。よろしくお願いします

投稿: グッチ 靴 | 2012年11月14日 (水) 13時42分

グッチ 靴様
どうもで~すsmile

投稿: リウ | 2012年11月14日 (水) 14時20分

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