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2012年10月 7日 (日)

「平清盛」 第38回 「平家にあらずんば人にあらず」(9月30日放送)を見て

 少々苦言に満ちたレビューとなってしまいますが。

 清盛(松山ケンイチクン)が権力の拡充を目指して自分の娘徳子(二階堂ふみサン)を高倉天皇(千葉雄大サン)に嫁がせようと画策する今回。

 これがいかに大それたことかを、ドラマではおじゃる丸たちや平家の身内らに一様に驚かせて表現しようとするのですが、どうにもそのとんでもなさが立体的に伝わってこないもどかしさがある。

 この原因は何なのだろう、と考えたのですが、なんかたびたびで書くのも憚られますけど、結局清盛の巨大な野望が具体的にビジュアルで提示されないことにいちばん根本の原因がある、と感じられてならないのです。

 つまり今回、大輪田泊に岬を作り上げる、という難問を解決しようとしたシーン。
 少しばかり大きな甕(かめ)の中に小皿を古い船に見立て、そこに石を積むことで船を沈めさせ、岬の土台を作り上げよう、というアイディアが兎丸(加藤浩次サン)から出されます。
 要するにミニチュアセットでそんな壮大な工事が説明されちゃってるんですよ。
 清盛はそのプレゼンに感嘆し、「それいいじゃん」 とOKサインを出す。
 それですべてあとは想像してよ、という感じなのがイカン。

 どうにもこの福原。

 清盛の壮大な夢の一大拠点であるはずなのに、福原のお屋敷だけしか出てこなくて、まるでなにも開発されていないように感じる。

 だから清盛がいくら天皇に娘を入内させるなどというとんでもないことを考えても、それってすごいことなの?と思わざるを得ない。
 さらに時忠(森田剛クン)が禿というヒットラーユーゲントみたいな組織を使って反対勢力を粛清し、平家の権力の大きさを思い知らせようとしていても、やはりこれがとても小手先のことのようにしか見えてこない。 森田クンはこの回のサブタイトルである 「平家にあらずんば人にあらず」 の言いだしっぺみたいな役割を演じるのですが、それがとても唐突に見えてしまうのはそのためです。
 平家の行なっている大規模な工事とか、財力権力基盤が具体的に示せていないために、清盛の 「野望」 が、「野望」 に見えてこない。
 それら部分の説得力が増してこないんですよ。

 その、「具体的ビジュアル」 という弱点を補おうと、今回、清盛の力を警戒している後白河が、どうして清盛の娘の入内を認めさせたのか、という話を、作り手はメインに持ってきます。

 ただこのメインの話。

 「大きいものの食べ比べ」 というとんち話に頼りすぎたきらいがある。

 つまり後白河が、どういう思惑によって、自分にどのようなメリットがあって平家との縁組を許したのか、というパワーバランスやら、うまみがどこにあったのか、その原因を複合的にもっとしつこいくらいに提示してくれたら、見ているほうももっと溜飲が下がる、と思うのです。

 清盛の具体的な夢が提示されないから、清盛の変節というものが具体的に見えず、モヤモヤと 「清盛は汚く変わっているようだが、どう変わっているのか?」 という疑念を抱いたままでドラマを見続けていたところ…。

 私が今回もっともいいな、と感じたのは、今まで私が 「キライだキライだ、キライだぁ~~~っ!」(アニマル?)と言い続けていた、兎丸でした。

 彼は禿たちを操る時忠の前に現れ、時忠に詰め寄るのです。

 「おいっ!
 ちょっとやり過ぎとちゃうか?

 あの禿ゆうやつも、もとは身寄りのない子供やろ?
 それをこんなことに使てええと思てんのか?」

 時忠はいかにも小心そうなヤツが虎の威を借りているような狡猾な雰囲気で(ここらへん森田クンうまい)、兎丸の怒りをかわそうとします。

 「これは海賊の棟梁だったお方の言葉とも思えませぬな」

 兎丸は激高します。

 「海賊やったからゆうとんねん!」

 時忠は構わず続けます。

 「放っておけばそれこそ賊になるしかない者たちぞ。
 こうして食いぶちを与えてやっておるのじゃ。
 これもまた、貧しい民を救う、立派なまつりごとであろう?」

 兎丸はそれに対抗する理屈が見つからないのですが、その怒りで時忠の胸ぐらをつかみます。

 そこに聞こえる、粛清された公家の悲鳴。 兎丸は、凍りつきます。

 ここで時忠が、「平家にあらずんば、人にあらず」 と言うのですが、どぉ~もトートツ(笑)。

 つまり平家以外のものはみんな人ではない、というのですが、じゃ兎丸は平家一味だからいちおう人間?とか(笑)、要するに、じゃ人間以外のものはどのように定義されるのか、という理屈が抜けている。

 私は昔からこの有名な言葉は、平家の下っ端が酒の席かなんかで調子に乗って言った言葉、みたいな感覚でいました。
 つまり今回の時忠のように、具体的に反対勢力を粛清するための口実として理性的に放たれた言葉ではない、そんな気がするんですよ。
 もし今回のように、兎丸を納得させるための理屈として採用するのならば、もっと大局的な理屈を付け加えるべきだ、と考えます。

 でもそこは不問といたしまして、兎丸の葛藤、というものが、このドラマを見ていて初めて見えたのが、個人的にはしびれたわけです。

 しかしどうも、この兎丸も次回はドラマを去っていくようです。
 あ~あ、せっかくいいなと思ったのに(笑)。

 そう言えば。

 京の五条の橋の上で、今回は終わりましたっけか(他人事…笑)。

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コメント

 「平家にあらずんば人にあらず」を言ったのは、平時忠と言われているので、ぎこちなかろうが、唐突だろうが、森田クンの台詞になったのでしょう。(笑)ちょっと悲しそうな顔をして言うものですから、尊大なふるまいよりも、平家の裏側を支える苦さのようなものを感じてしまいました。正しすぎることを間違いだとする社会のひずみが、時忠に影を与えているのかもしれません。(そんなわけないか!)

 ナチスの親衛隊のようなかむろ、色彩的にはありですけど、もう少し使いようがなかったかなと思います。兎丸からしたら、盗賊より性質が悪いようですけど。

 泊まりの工事を映像化しますと、レッドクリフのようにやってもらうしかないので、撮影期間が足りなくなりそう!お金も!古い船に重しを詰め込んで、沈めるとか、金かかりますよ~!だいたいロケのお金は底をついているのじゃないでしょうか(笑)

 八重の桜で会津で合戦やらないといけないし!
(やらないかもしれませんが。(笑))

 徳子の入内もこちらとしては、歴史の事実なので、それほどだいそれた事とは思えませんでした。でも以仁王は小者でしたね!あれじゃ、クーデターも失敗します。鳥羽ちゃんの直系って、どんだけ偉いの?親王にもなれないのに(笑)

 平家の栄華が極まったのに、なぜか、滅びが見えてくる。日本人って平家物語の諸行無常が好きなんです。徳子だって、「入水したのに、浮かび上がって助かった人」ってつい思っちゃう。時子に武家の娘としての覚悟を答えていた時、「結果は違っているな」と皮肉に感じてました。やっぱり私にとって、この大河のピークは、宿命の対決で終わってしまったようです。後は諸行無常です。(笑)

 

 

ささ様
コメント下さり、ありがとうございます。

ささ様がコメントを書いていらっしゃるあいだ、私も本日放送分のレビューを書いていたのですが、時忠の苦渋に関しては、偶然にもそちらでフォローしたつもりではおります。 そちらも併せてお読みください。

ただどうもここ数回、モヤモヤ感が取れなくて、今日書いた分にもそのことをぶちまけてしまったのですが、かなり分かりにくい文章になってしまったきらいがあります、「平家にあらずんば」 と 「兎丸無念」 のレビューは。

しかしちょっと、この2連休、ブログにかまけすぎてワケ分かんなくなっちゃってるのかもしれないですね、書きすぎで(爆)。

なんとかセリフの書き起こしをせずに、レビューを簡潔に済ませちゃいたい、という意識が働いているのかもしれません。

予算がないのは私も重々承知しているのですが(笑)、やはり欲しいビジュアルビジュアル…(呪文か?)。

なんか、今日放送した分で兎丸の手下が怪我したりしてようやく、この工事が大変なんだなということが分かったのですが、どうもそれだけでは説得力説得力…(また呪文)。

やっぱり諸行無常なのかな~…。

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BOOKS

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    マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 下
     1600ページも費やして、この上下巻はまだ彼らのデビューまでしか書かれていない。 3部作計6巻のうち2巻に過ぎないのだ。 なんと気の遠くなるような作業なのだろう。  本書はビートルズを語るうえで孤高の一作となるはずだ。 虚飾をすっかり剥ぎ取った、20世紀最大の奇跡に潜む真実が、これを読めば理解されるはずである(当ブログ紹介記事より抜粋)。 本書下巻では、1962年のレコードデビューまでが書かれています。

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  • : レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]

    レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]
    全200ページ程度のボリュームのなかで、キャンディーズに関する特集記事は50ページ。 ただし、これが濃い。 全シングル曲、ほぼほとんどのアルバムの解説は当然として、彼女たちの芸能界における歴史から見た考察、コメディエンヌとしての彼女たち、DVD解説など多岐にわたり、キャンディーズが分析されています。 特に圧巻は、レア音源に関する記述。 ここまで調べている読み物には、個人的にはお目にかかったことはありません。 700円。

MUSIC

  • ザ・ビートルズ -

    ザ・ビートルズ: サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド(スーパー・デラックス・エディション)(4CD+DVD+BD)
    ロック界、いや、すべてのポップミュージックにおけるアルバムの中で史上最高と称され、すでに世界文化遺産の域にまで達しているこのアルバム。 そのアルバムの発売50周年を記念して、スペシャルエディションがリリースされます。 なかでもブッ飛ぶのがこのスーパースペシャルボックスセット。 CD4枚組であらたなリミックスのステレオ盤1枚、モノ盤1枚、初期テイク集が2枚、さらにブルーレイ1枚とDVD1枚で5.1サラウンド、ハイレゾ音源、ドキュメント映像 「メイキングオブサージェントペパーズ」 のデジタルリマスター等々、卒倒するようなラインナップです。 18、000円プラス税と値は張りますが、史上最高の名盤だからこそこれは買い。 5月26日の発売までに予約をしておけば、アマゾンならば値下がりした時に値段がそのあと高騰しても最安値で購入できます。 ビーファンならずとも、これは注目ですぞ!

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    山口 百恵: ゴールデン☆アイドル 山口百恵(完全生産限定盤)
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  • デイヴ・グルーシン&リー・リトナー -

    デイヴ・グルーシン&リー・リトナー: Two Worlds / Grusin & Ritenour
    NHK朝ドラ 「花子とアン」 で美人のスコット先生が夜な夜な歌い、チビはなチャンがすっかり覚えてしまったイギリス民謡、「ザ・ウォーター・イズ・ワイド(流れは広く)」。 このアルバムでルネ・フレミングが歌っていたのを思い出しました。 ルネのソプラノはけっして大袈裟でなく上品で、私のとてもお気に入りのソプラノ歌手ですね。 このアルバム自体は全体的にクラシックにギターのリー・リトナーが絡むフュージョンぽいものなのですが、故・黒田恭一サン評するところの、「大人が聴く音楽」。 胸を締め付けるような哀しみと、すべてを包み込むようないたわりに満ちていて、私の人生のなかでも最上位に位置する愛聴盤です。

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  • ザ・ビートルズ -

    ザ・ビートルズ: ザ・ビートルズBOX(限定生産品)(USBメモリ)
    パソコンにUSB端子があり(たいていついてると思います)、パソコンで音楽が聴ける環境をお持ちの人ならば、聴くことができます。 現在のテクノロジーで最もいい音質で聴ける、ビートルズの音楽です。 ただし国内版にもかかわらず、訳詞とか一切なし。 ジャケットもブックレットもパソコンデータ。 純粋に音楽だけ楽しみたい人向けです。 また、曲間にコンマ何秒かのブランクが入ります。 「アビイ・ロード」 のメドレーも同様です。 しかし、音はさすがに、すごい。 大きな音量であればある程、目の前にビートルズが迫ってくる勢いです。 ツヤが違います。

  • The Beatles -

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    こちら上記の海外版。 内容的には国内版とほぼ一緒なので、値段が安いこちらのほうがいいでしょう。

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