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2012年10月 7日 (日)

「平清盛」 第39回 「兎丸無念」(本日放送)を見て

おことわり 初出時より若干文章を手直しいたしました。 ご了承ください。 なお、コメント欄までお読みいただければ、筆者としては幸いに存じます。

 前回レビューから私のなかでくすぶり続けている 「清盛がそこまでこだわる夢とは?」 という疑問が、ますます大きくなったと感じる、今回の 「平清盛」。

 そりゃ、宋との貿易によって国を富ませる、経済的なイニシアチブをとることで実質的な最高権力者として世の中を意のままに動かそうとする、という 「理屈」 の部分では理解できます。

 でもそれを構築するのに、どうして清盛はなりふり構っていないのか。

 今回このドラマでは、「清盛さまが生き急いでいる」、ということを登場人物のひとりに語らせていました。
 つまり清盛は自分の寿命と闘っている、という視点です。
 でも作り手は、清盛に 「オレには時間がないのだ」 ということを明言させていない。
 今回清盛には、身を切り裂くような試練が訪れますが、それでも清盛が、どうしてここまで急ぎたがるのか、最後まで作り手は清盛自身に語らせようとしなかったように思えます。

 自分の夢を盤石にするといって、ドラマの中では大輪田泊に岬を作り、宋の要人を迎え入れる、という方策が、具体的な効果が見えにくい状態で提示されます。 でもこれだけでは比較的説得力に乏しい。 清盛は宋の要人の来日に合わせて、工期を半分に短縮しようと強行するのですが、それが物語の中で、歪みを生じる原因となっていきます。

 もし自らの夢を盤石にしたいのならば、京にいる平家の人材をもっと充実させ、自分が死んだあとも福原遷都を具体化出来るように手を打ったほうが効果的であるようにも思える。

 でも清盛はあえてそのことをせず、精神的にダメージを受けた棟梁の重盛とか、ちょっと頼りなさすぎる宗盛とか、身内を偉いポストに就かせることだけやったらあとは知らん顔。 「子供は親の背中を見て育つ」 などと今回兎丸に説教しくさっていましたが(ガラ悪いな)、清盛は何より自分の子らに、もっと気配りをして平家万代の安定を図るべきなのでは、と思うのです。

 清盛が自分中心で夢に邁進していることを如実に示しているのは、彼が禿の存在を肯定している点です。
 いや、肯定しているどころではなく、時忠に命じて大輪田泊建設に後顧の憂いがないように裏で糸を引き禿を組織しているのは、ほかならぬ清盛である、という点。
 清盛は禿が兎丸と同じような出自であることを知っているはずなのですが、兎丸が禿の存在を嫌悪していることに理解を示そうとしない。 禿は自分と同じような不幸を背負っている子供たちだから、兎丸がその子らの将来を憂い、嫌悪するのは当たり前なのですが、清盛は 「もと海賊は義に厚くて困る」 などと言って呆れるだけ。

 いまの清盛には、かつての高平太が持っていた、人の心の痛みを理解する部分が欠如してしまっている。

 要するに、夢に邁進するあまり、自分勝手な人間に堕してしまっているんですが、「それもこれも、大輪田泊が完成すれば理解できる」 などと、目的を神格化してしまって(どうもうまく説明できないな)理解を強要したがっている。 そこには清盛の高尚な思惑が見当たらないんですよ(どうにも分かりにくい文章でスミマセン)。

 かように前回から、「ドラマの肝心な部分が空洞化している」 という感がぬぐえないのは、前回指摘した 「清盛の夢である福原のビジュアルが乏しい」 ということがあるのですが、それ以上に、「清盛が、自分のやってることが果たしてベストなのかどうかに、きちんと思いをいたしているか?」 という語り部の視点が抜けているせいなのではないか、という気がします。

 それって意図的にやってるのかもしれませんが。

 つまり今まで義に厚い青春野郎だった清盛が、自らの夢を追い求めるあまり、やっていいことと悪いことの区別がつかなくなっていく状態、というものを意図的に演出しているのかもしれない、ということです。

 しかしもともと青春野郎だったから、それが自分の夢とせめぎ合っているうちにどう醜く変形していくのか、という境目というものが見えてこない。 悪魔と天使の対決みたいな分かりやすい演出、つーか(笑)。 ブラック清盛VSホワイト清盛、みたいな演出。

 ここ数回のこのドラマのモヤモヤ感は、そこに起因しているような気がしてきました。
 これはこれで、権力が肥大し、それに拘泥され驕りが生じている清盛の姿を、如実に描写しているのかもしれない。

 京の五条の橋の上で、弁慶と義経が対峙する様子が、今回の冒頭でした。
 それを禿の存在と絡めたところは、斬新だったと思います。

 その禿が今回、清盛と袂を分かった兎丸の前に立ちはだかります。

 兎丸は清盛の悪口を言ったために禿たちによって惨殺されるのですが、小さい頃の自分に出自が似ている禿に殺される、というのは、要するに、子供のころの自分に殺される、という構図であるような気がする。
 禿は清盛が自分の夢=兎丸の夢を実現させるために世間に放った刺客である。
 だからこそ、兎丸は自らの幼い日の夢によって惨殺された、という構図が、浮かび上がってくる気がするのです。

 清盛はこう盛国に話していました。

 「わしの目指す国の形は、すでに、若き日の兎丸が思い描いておったもの。

 その国の形が出来たとき、…すべては報われよう」

 こうした仕掛けは、やはりこのドラマの真骨頂だと感じます。

 しかし兎丸が禿たちによって惨殺されたとき、清盛は時忠に冷酷に 「禿たちを始末せよ」 とぼそりと告げる。

 時忠は自分が汚れ役を一手に引き受けていた負い目、苦しみというものがあったのでしょう。 禿たちの象徴である赤い羽根を思いきり火にくべて、怒りを表現します。

 清盛を取り巻くモヤモヤ感は置いといて、やはりこの、兎丸と時忠は、今回の白眉だったと感じます。

 兎丸、やっといいヤツだと思いかけたのに…。

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コメント

 清盛に最も理解がある、盛国でさえ、「殿のお心の内にある国づくり」と言ってる、抽象的な、清盛の国づくり!「わかってなくても、忠臣って、尽くすのね」と妙な感心をしてしまいました。(笑)

 多分、国を宋との貿易で富ませるー商業が栄えるー物資や貨幣が行き渡るー仕事が増えるー民も豊かになる(適当ですいません)をスムーズにするためには、一族独裁が都合がいい。清盛の改革は上からの改革で、兎丸の夢見た、上下が逆転して、民の暮らしが楽になるのとは違うんじゃないかな。清盛のやり方だと、最後にあぶれた分の分け前を民はすするだけ。民が一番下層階級である事も変わらない。支配者が既存の貴族から、平家という成上がり貴族にかわっただけ。宋の使者を平家の泊で迎えたいのも、平家が宋との貿易を独占したいが為、兎丸には、平家の為にかむろを利用する清盛にうんざりしたでしょう。かつて、武士を犬扱いしていた貴族と同じ事を貧しい民の子供達にやらせているのですから(笑)やらせている時忠も汚れ役を担わされて、気の毒でしたけど。

 ただこのドラマの清盛の心の中には、いつかガラガラポンをしてやるぞ!という野望はあったかもしれません。でもそこに行き着くには時間が足りなくなってきて、行き急いでいるのかなとも思えました。(笑)清盛の顔に皺メークが施されてありましたね。老い=衰退を清盛が自覚しはじめたのではないでしょうか。(笑)

 五条大橋は神木くん、可愛かったです!牛若とわかった途端デレてる弁慶も!

 清盛と民心との乖離はこれから、だんだん傷を広げていくのでしょう。西行の和歌も出てきたけど、何のためだったか、さっぱりでしたね。(笑)民に近いお坊さんという事での登場だったのでしょうけど。(笑)諸行無常で、このところ見ているので、物足りないくらいでちょうどいいのかな。(笑)清盛、時子、時忠などに、影が見えたし。兎丸が殺された事は清盛の夢が一部死んだ事でしょうから、崩壊は平家の内部から始まっているのです。外から、壊す義経主従も出会ってしまいましたから!

投稿: ささ | 2012年10月 8日 (月) 09時33分

ささ様
コメント下さり、ありがとうございます。

時代はもはや平家の驕りの部分に差し掛かっているわけですから、ドラマを見ていてモヤモヤする、というのは当たり前なんですけどね(笑)。

でもその 「驕り」 の本質が、うまく描けていないのではないか、という気は、するんですよ。

やはりそれは、平家が隆盛を誇っている、ということが、ドラマを見ていて容易にイメージできてない、というところから発生しているのではないか、と。

ドラマでは、政治の中枢が平家によって独占されつつある、ということと、どうやら大輪田の港が大規模な開発の中にあるらしい、ということが、平家の力の巨大さを物語っている部分か、と思われます。

あ、あとは遠い伊豆の地まで、清盛の影響力が及んでいる、みたいなところ(エンケンサンが話してましたね)。

物語序盤では、白河法皇の力が巨大だ、ということがきちんと表現されていたように思われるのですが、その違いって何なのかな。

ん~、それってやはり、清盛に、有無を言わせぬ強制力を、みていてあまり感じないことなのかもしれない。

伊東四朗サンがカラスは白だ、と言えば、カラスがみんな白になってしまうくらいの迫力、とでもいうか。

その迫力が、松山クンにはない、ということなのかな(また若い人から反論されそうですがcoldsweats01)。

以前と違って狡猾なところなんかは、とても表現できているとは思うんですけどね、松山清盛は。

今回見ていて、モヤモヤした最大の原因は、清盛が悪に徹しきれてないから、命令系統に混乱が生じている、みたいに感じてしまったことです。

だから兎丸が行方不明だ、という情報が入ったとき、清盛が慌ててそこらじゅうを探し回る、という行動に出たのも、なんか 「兎丸が清盛批判をしたら禿にやられるのは分かるだろうに、国の実質的なトップがそんなフレキシブルに探しまわれるのならば、最初からもっと昔からの仲間を大事にしたらよかろう」、などと考えてしまったわけですよ。

で、結局兎丸のカタキを取ろうとした蝉松とかも、清盛が石に経文を書いているのを見て、泣き崩れてしまう。
清盛が兎丸に対して抱いていた思いを目の当たりにし、カタキを取ろうという気持ちを苦しみながらも断念したのだろう、と思いますが、見ていてご都合主義的かな、と感じました。

冷たい感想ですけどね。

だから、清盛の行動を見ていて、かなりモヤモヤしてしまうわけですよ。
善と悪の境目がはっきりしてないから。

でもそれが、巨大な権力を持て余して驕りたいけど清新な夢も追いかけている、という二極分離を起こしている清盛を表現していることかもしれない、とも思うのです。

どうも自分の考えがまとまらないまま、レビューしてしまったきらいがありますね。 記事本文よりこちらのコメントのほうを読んでもらいたい感じがします。

投稿: リウ | 2012年10月 8日 (月) 12時23分

ご無沙汰しております。
リウさま、体調いかがですか。
夏の次にいきなり冬、みたいな気候ですから、
体調管理も大変なことと、お察しいたします。
腰は、体操するしかないです。
手術はリハビリも大変だし、手術は成功しても、腰は治らないということもあるので、なるべく避けたほうがいいのでは、と思いますが・・・。

さて、最近の「清盛」、
相変わらず清盛だけ、きちんと描けてないなあという気がするんです。
ないものねだりと言われれば、それまでだけど。
その周辺や源氏はとても丁寧に書いていると思うのにね、この隔たりはなんなんだろう。
靴の上からかゆいところを書くような、そんなもどかしさを感じます。

ヴィジュアル的には、とても美しく耽美的な部分もあり、
あのカムロですね、
鳥の羽をつけた衣装も、人間離れしたどこか動物臭い雰囲気、うまく出ていたと思います。
兎丸を殺した後、激昂している清盛を、
「やったでしょ」と、得意げに覗いている場面なんかね、
人間として扱っていない。
それが妙な生臭さと浮世離れした感じを出して、
面白かったです。

「始末しろ」と一言で片づける清盛も、為政者としての残酷さを身に着けたという場面でしょうか。

衣装だけ役という演出も、なかなかでした。

残念なのは・・・・、
いや、もう繰り返しますまい。

投稿: マーシー | 2012年10月 8日 (月) 18時59分

 このドラマの清盛は気のいい奴なんですよ!兎丸が「悪が悪にかわるだけじゃないか!」と清盛に詰め寄ってましたから、清盛は兎丸にとって善だったはずです。あるところまでは。(笑)

 私も最後兎丸の家来達が清盛に斬りかかってきたのに、兎丸の名で経文を書いているのを知って、斬るのを断念したのは、ちょっと都合よくないかなと思いました。第一それなら、人柱の話の時に「ありったけの石に経文書いて、魔よけにする!」と言ってくれたら、兎丸とも決裂しないで、すんだのじゃないかしらと思いました。後で思いついたという設定なんでしょうが。ただ、「早くしろ!宋の要人がくるまでに間に合わせろ!」とせかすばかりだから、兎丸はきれてしまったのですから。

 悪に徹しきれてない。残念ながら。いい奴なんです。でも兎丸たちは、悪じゃない清盛に惚れこんでついてきたようです。多分、松ケンくんの穏やかさが、清盛の2面性を成り立たせているのだろうけど、(仲代さんや、渡瀬さんと違って)その分、清盛という人間像がぼやけてしまっているようにも思えます。(自分でもうまく表現できないのですが。)

 最近この大河にときめくことがなくなってきました。かむろのビジュアルは斬新だったけど。牛若と弁慶に絡ませる展開も!

 ちゃんと平家主導のお話になったら、つまんなくなったと言ったら、バチがあたりそうです(笑)泊の完成図とか、CGでもいいから、再現できないものでしょうか。

 政子様の恋わずらいとかの方が面白そうなんですけど。(笑)主役は清盛なんですけどね。それでも10月まで、なんとか見続けています。松ケンくんガンバレ!

 

投稿: ささ | 2012年10月 8日 (月) 20時35分

マーシー様
なんとなくご無沙汰です(笑)。 コメント下さり、ありがとうございます。

体操とマッサージとストレッチを、毎日自分に課しておりますが、根がズボラなものですから、かなりメンド臭い、が、痛いししびれるから、痛みにせかされて強制的にやらされている感じですね(笑)。

あとは痛み止めの薬とか湿布とか、投与しまくってます(笑)。 劇的とは申せないまでも、こうしてダラダラと長~いコメントを書けるのですから(笑)、だいぶマシだと思うようにしております。

で、「平清盛」 ですが。

やはりこうして、コメントのやり取りをしていたほうが、きちんと自分の感想を書ける気がいたします。 対話の中で思いつくことが、たくさんあるんですよね。

というのも、やはり批判的なレビューを書くのは、なんか暗闇の中をまさぐっているような感覚だからです。

前回今回と、かなり自分では辛辣なレビューを書いたのではないか、と感じています。 それに対してささ様やマーシー様からコメントをいただけると、ポッと明かりがともったような感じでflair

マーシー様のおっしゃりたいことは、私もなんとなく分かるような気がいたします。
でもそれを言っちゃ頑張ってる人に対して失礼かな、とか?(違うかな~…笑)。

こうした、清盛という物語の中心人物が、心情的にぐらついている、という状態って、実は脚本家にとってかなり難しいスキルが試されるような気がしています。

見ていてどうももどかしいのは、時子が 「平家は一蓮托生だと殿が言ったから、あくまで殿についていく」 という態度を貫いたり、盛国が 「修羅の道を私も殿にお供つかまつります」 とか、「修羅」 だと分かっていながら盲目的についていってしまう、という部分かもしれない。

諫言、「諫める」 ということが行なわれないと、物語の揺らぎが解消しないような気がするんですよ。

まあそれが、平家滅亡の序曲だ、という解釈も成り立ちますが。

投稿: リウ | 2012年10月 9日 (火) 07時53分

ささ様
再コメント下さり、ありがとうございます。

マーシー様への返信で書いた、「諫言」 ということを、兎丸が行なってたんですね。
だから今まで嫌いだった兎丸が、私の中で見直されるきっかけになっていた。

その兎丸を、間接的であれ、清盛は自分のその手で殺してしまったも同然なのですから、これは、清盛が自らの 「良心」 さえも、自分の手で絞め殺してしまった、と同義になったのだと感じます。

で、結局大輪田泊の完成がずいぶん後までずれこんだとか(何か月だったっけな~?)。
ずれ込むなら最初からせかすなっつーの(笑)。
ずれ込んだことで、宋の要人に対して清盛がどのような恥をさらしたのか、そっちもきちんとやっとかないと物語のバランスがよくない気がいたします。

つまり清盛の自分勝手で、蝉丸とかが苦労している、という構図が崩れないんですよ。
敵を討たれても仕方ないですな。 どうして石の経文で諦めるのだ(笑)。

ささ様のおっしゃることいちいちごもっともで、私が小難しい理屈をつけるよりもよほど説得力があります。

私が見ていて不自然だなーと感じたのは、国でいちばんエラソーな清盛が、兎丸が行方不明だからといってアスリートのようにそこら中駆け回っていたこと(笑)。 禿でも帯同していなければ、平家の傲慢さに嫌気がさした民衆に袋叩きに合うんじゃないか、と(笑)。

工事が大変だ~大変だ~といって、なんも現場が出てこない、というのは、やはりかなり致命的なような気がします(笑)。

投稿: リウ | 2012年10月 9日 (火) 08時07分

>私が見ていて不自然に
これは、リウさまだけではなく、日本全国の視聴者が同じように感じたかも・苦笑


今回「へえ~~」だったのは、清盛が人柱を立てずに、経文を書いた石を沈めたというエピソード。
彼は意外と理系的なリアリストだったんじゃないかなあ。
宋との貿易とか、神輿に矢を放ったこととか。

それを少年マンガ的な理想主義者にしてしまったことから、事実との齟齬ができているとか・・・。
私が感じる違和感は、そこから発生しているのかもしれません。


神輿には、重盛は太刀打ちできませんでした。
これは清盛カリスマの大きさを物語ったんでしょうけど、
説得力あったかなあ。

投稿: マーシー | 2012年10月 9日 (火) 09時33分

 兎丸捜索に清盛が駆けずり回るのは、それだけ泊の工事が大切だから?と言ったらまずいですかね。兎丸が泊工事の現場監督みたいじゃないですか。東電の吉田所長みたいに!

 そうではなくて、旧友だからだと思います。清盛が素を晒せる相手。信西も義朝も鬼籍ですから、最早兎丸くらいしか、馬鹿を言い合ったり、けんかしたり、悪ふざけする相手はいない。盛国だと家来だから、逆らいはしないけど、兎丸は自由だし。得がたい人物なんじゃないでしょうか。(笑)同じ夢を見た人って、男の子には大事なんじゃありませんか?私、現実派の女子なんで、想像しかできませんが。

 清盛は兎丸にとって、悪が本性ではないという事だと思うんです。重盛の事は放っといても、夢を紡ぐ大事な友は、探しに行く。義侠心ってやつ?

 清盛くんが甘ったるいのは今まで何回もあったので、また元に戻ったのかと、私は思っただけでした(笑)

 でも、結局、また、大事な友と夢の一部を失ってしまう。しかも、自分が抑圧のために使っていたかむろによって。(兎丸だけ、殺されたのはどうして?みんな暴行されたり、財産とられたりしたけど、命まではとられてなかったのに!兎丸が貴族じゃなかったから?もしこれが仕組まれた謀殺だったら、誰が黒幕だろうかと勘繰りたくなりますが(笑)ちゃう、ちゃう(笑)清盛の泊建設を面白く思ってない人とか。(笑))

 泊建設がどうなったか、宋の要人との面会の首尾はどうだったか、描いてほしいですよね。「黄金の日々」の方が海に商いに行く夢がいっぱい広がっていたような気がします!あれは商人が主役だからだろうけど。(笑)

 

 

投稿: ささ | 2012年10月 9日 (火) 09時55分

マーシー様
再コメント下さり、ありがとうございます。

「少年マンガ」 的、と言えば、初出時に書いてそのあと削除してしまったのですが、「ブラック清盛VSホワイト清盛」 という葛藤のさせ方を清盛にさせると、より少年マンガ的であるような気がいたします。

清盛が理系的なリアリストというマーシー様の考察は、興味深いですね。

ただ、以前の清盛には情に厚い部分もあったように思えます。
物語では清盛がそれを捨て去る大きなきっかけとして、叔父を斬ったことが提示されている気がいたしますが、松山清盛はまだまだ青春野郎を続けていた、という印象が強い。 義朝と一騎打ちした時も、頼朝を伊豆に流罪にした時も。

その、頼朝を流罪にした時に、清盛は自らが茨の道を歩きながら、虚しさや苦しさを乗り越えて、この世の頂点に立ってやる、と宣言したのですが、この 「虚しさや苦しさ」 というものがどのようなものであるか、その後平家が隆盛を誇ってしまったために、見えにくくなってしまった、というきらいはあろうか、と感じます。 この 「虚しさや苦しさ」、兎丸が殺されて初めて提示されたような気がします。

投稿: リウ | 2012年10月 9日 (火) 14時13分

ささ様
再コメント下さり、ありがとうございます。

高平太も兎丸も、「オモロイことをする」 という動機で共に生きてきた、と感じるのですが、兎丸は今まで賄賂だとか恫喝だとか、いろんなことを 「オモロイ」 という感覚でやってきたにもかかわらず、禿に関してだけは、拒絶反応を示してます。

反対勢力を黙らせるために 「言いつけ屋」 を世に放った、という清盛の感覚が、兎丸がいくら悪に手を染めてきたもと海賊とは言え、善悪の一線を越えてしまっている、と感じたのだと思う。

清盛にしても、どうして禿の存在自体が常軌を逸していることに気付かないのか、というもどかしさがこちらにはあるんですよ。

後白河ととんち比べをしたり、公家連中を黙らせたりしているうちはまだいいのですが。

禿たちがそれまでしなかった残虐行為を兎丸にしてしまった、というのは、兎丸が自分たちと同類だ、と感じたからこそではないのかな、という気がいたします。

自分たちが殺してしまっている人間的な感情を、自分たちと同類なのにこいつは持っている。

そして彼ら(彼女ら?)は、清盛を、自分たちと同じ、人間の心を捨て去った者としてみている。

だから兎丸を惨殺したことを、清盛に褒めてもらいたくて仕方がないのです。

清盛はそのことを嫌悪し、時忠に非常な命令を下す。 「禿を、始末せよ」 と。

兎丸が死んだ瞬間、清盛の清々しかった夢が崩壊していく、この構図は見事だな、と感じます。

でも見ていて、とてもやりきれないものは、感じますよね~bearing

投稿: リウ | 2012年10月 9日 (火) 14時26分

 かむろたちは褒めてもらえると思って庭に潜んでたようでしたね。

 兎丸がかむろを嫌悪したのは、多分盗賊上がりの自分の出自によるものが大きかったと思います。底辺の子供達が、汚れ仕事をやらされているのがやりきれなかったのでしょうね。

 かむろが兎丸を殺したのは、リウ様の推察が素敵!きっと兎丸は抵抗というか反撃しなかったのじゃないかなと私は思うのです。彼は義賊の子だったから。平家に利用され、汚れ仕事をやらされている、子供達を嫌悪というよりそう仕向けた平家を嫌悪しただろうし、かむろの子供達を憎めなかったのではないでしょうか。自分も平家の隆盛に力を貸している身だから。子供達は平家のために役立って褒められるのがうれしそうでしたし。ポルポト政権下で、子供が指導係になって(子供は余計な知識がないから)大人達を強制作業させたりしていたのを思い出しました。キリングフィールド!そこが兎丸には悲しかったと思うんです。本当にやるせないお話でしたね。

 このドラマの清盛って、大事なところで抜けてるんですよね。かむろの危険性にもっと早く気付けよ!時子さんだって、時忠に「やりすぎじゃないのか」ってやんわり言っているのだから。

 松ケンくんももう少しなので、頑張ってもらいたいです。去年のおめでたい戦国ラブロマンスファンタジーに比べたら、天と地ほどの差があります。登場人物が多いし。去年の先生はかむろの哀れさなんて、見向きもしないと思います。(笑)

 

投稿: ささ | 2012年10月 9日 (火) 21時18分

さささまのご考察も深いですね~、
かむろの描き方は、ヴィジュアルも含めて、山岸涼子さんの漫画を思い出しました。

兎丸の子が、亡骸にすがりながら父を呼ぶ姿は、兎丸自身にかぶりますね。
これで、兎丸率いる水軍が、のちに平家に対してどう動くのか。
布石なのか、そうではないのか・・・、
ちょっと気になります。


それにしても、リウさまがご回復なさったからこそ、ここで遊ばせていただけるので、
ほんと、お大切になさってくださいね。

投稿: マーシー | 2012年10月10日 (水) 07時43分

ささ様
再コメント下さり、ありがとうございます。

清盛が大事なところで抜けている、というのは、もしかするとわざと、なのかも、なんて感じています。

権力の肥大化と共に、肝心な部分をきちんと思索することを忘れてしまっている清盛、平家の衰退の端緒を、作り手はそんなところに求めているのかもしれません。

また、禿たちにとっては、やはり清盛というのは、ヒーローなんだと思うんですよ。

身寄りのない子供たちが、「入道様がこの国でいちばんエライ」 などという庶民の噂を耳にするのは、ごく当たり前のことだっただろう、と。

そしてその入道様のために自分が働いている、ということが、入道様の心と同化することだと考えているフシがある。

だから禿たちは、人間の心を忘れた清盛を、そのまま映し出している鏡、とも言えるのではないか、と。

…。

それにしてもコメント欄のほうがよほど充実しております(爆)。 本文にも 「コメント欄を読んでチョーダイ」 と追記いたしました(ハハ…)。

ささ様やマーシー様のコメントで、インスピレーションわきまくりです。 ホント、感謝、ですconfident

投稿: リウ | 2012年10月10日 (水) 07時46分

マーシー様
再コメント下さり、ありがとうございます。

源氏の平家追討では、すっごーくうろ覚えで申し訳ありませんが(笑)、壇ノ浦で潮の流れが変わるまでは、結構海戦では平家のほうが押せ押せだったよーな記憶があるんですが、そこに水軍がどれだけ関わっていたか、成長した子兎丸を再び登場させるのか、結構見ものですね(このドラマ壇ノ浦までやる、と決めてかかってますが…笑)。

腰のほうは回復には程遠いですが(笑)、コメントのやり取りで気が紛れますwink。 ただこれから、「ゴーイングマイホーム」 の初回2時間のヤツを見ようかどうか、ちょっと体力気力と相談してます(笑)。

投稿: リウ | 2012年10月10日 (水) 07時54分

リウ様
こんにちは。

兎丸暗殺は、時忠の独断専行だった、というのは考えすぎでしょうか?禿は自分の考えがなく、基本、命じられた事を忠実にやっているだけですし、清盛の様子からみても、禿が兎丸に手を出すとは思ってなかったようですし。やはり森田クンが怪しい(笑)

この二人、前の回でかなり激しく対立していました。兎丸の存在が、清盛にとって大きいものであればあるほど、一度反旗を翻らされると、そのダメージは甚大なものになる。今や、平家秘密警察長官という感がある時忠なら、清盛の為を思うからこそやってのけてしまう気がします。で、あれば、最後の時忠の尋常ならざる怒りの表現も理解できます。
良かれと思ってやったのに、その結果、自分が育てた禿を自らの手で始末する羽目になってしまった。時忠もまた、清盛、というよりは巨大化した平家という組織に裏切られたのだと思います。

このあたり、以前からも時折伺えた深作欣二的、あるいは香港ノワール的な世界が見え隠れして、私としては大変面白く観ることができました。
ただ、リウ様ご指摘のとおり、平家がそこまで巨大な組織となった、というのが、ドラマそのものから見て取れないのは残念です(まあ、そのあたりは歴史的知識で補完しておりますが)。
巨大な組織と言えば、やはりスペクタクルとモブシーン!これに尽きるでしょう(笑)やはり宋船のところで、予算を使い果たしたのでしょうか?

投稿: Zai-Chen | 2012年10月10日 (水) 13時56分

 再来年の大河は黒田官兵衛だそうです!V6の岡田くんが主演だそうですよ!また戦国に戻ります!視聴率も戻るといいですね。(遠い目です)

 とりあえずお知らせです。面白い大河ドラマになる事を希望します。

 

 

 

 

投稿: ささ | 2012年10月10日 (水) 17時21分

Zai-Chen様
コメント下さり、ありがとうございます。

また新たな考察を下さって、コメント欄が充実の度を増しております(笑)。 時忠の動向にも、目を光らせるべきですね。

私は時忠って、なんだかんだ言って結構い~かげんなような気がしてますけど、い~かげんな人間が、ドラマ上では初めて清盛に重宝されてますよね、秘密警察担当になって。

となると、今までい~かげんで考えもしなかったことを、考えるようになる可能性は、とてもあるのではないか、という気がしてきます。

ただ、時忠が禿たちに対して抱いていた感情は、兎丸に抱いている感情と似通っている、という側面も、あるような気がいたします。

要するに出自がはっきりしないという点で、時忠は彼らを両方ともそんなに大した存在と考えていないのではないか、というところ。

だから時忠がラスト付近で怒りの表現をしたのも、禿をせっかく育てたのに、という怒りよりも、清盛がこういうどーでもいいやつら(禿と、兎丸ですね)のことで自分を便利に使っていることに対する怒りとか、本文にも書いたように、どーして自分ばっかり汚れ役?、という怒りとか、平家のなかのワルオクン(欽ドン?…笑)としての怒りだったような気がいたします。

しかしこの、「兎丸無念」 の回は、かなり皆様の興味がかきたてられた回だったのだと思います。
清盛に関するモヤモヤは別として(笑)。

あらたな考察をお届けくださり、あらためて感謝申し上げます。

投稿: リウ | 2012年10月11日 (木) 07時43分

ささ様
情報お寄せくださり、ありがとうございます。

はぁ~。 また戦国、しかも秀吉絡みですか(ゲンナリ)。

黒田官兵衛ということは、数年前の山本勘助路線ですな。 脚本の前川洋一サンの作品で見たのは、竹野内豊版の 「人間の証明」 と、最近BSでやってた 「陽だまりの樹」 ですが、ふたつとも原作つき。 今回オリジナルということで、すっごく未知数ですね(不安アリアリ…笑)。

投稿: リウ | 2012年10月11日 (木) 07時51分

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» 平清盛 第39回「兎丸無念」 [あしたまにあーな]
長くこのドラマの中で準主役のような待遇を受けていた兎丸も今回、ついに終了します。この人物が本当に存在していたのかどうかは引っかかる部分ではありますが、それでも清盛に誰も物言いをできなくなるほど権力が高まった状況において、対等な立場で清盛に意見をいうことができる唯一の人物であったことが、彼の存在価値のひとつだったのだと思います。 そんな兎丸は、大輪田の泊の普請作業について無茶苦茶なスケジュールをいう清盛に、マジギレしてしまいます。このような早く完成させて欲しいという要望元と、依頼先の関係というのはいつ... [続きを読む]

受信: 2012年10月 8日 (月) 00時43分

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