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2012年10月16日 (火)

「平清盛」 第40回 「はかなき歌」(10月14日放送)を見て

 清盛と後白河の間を取り持つ潤滑剤として機能していた滋子の死。
 今回ドラマで描かれた、その死があまりに唐突なことは、この物語が 「精神性の物語」 の性格を色濃く反映していることの証しだと感じます。

 いったいどうして滋子は突然みまかってしまったのか。
 フラグ立ちまくりでしたけど(笑)。

 でも今回の話を見ていてなんとも不満なのは、この滋子の死についてではない。
 清盛がなにゆえ 「生き急いでいるのか」、その焦りみたいなものが、話の筋立て、清盛自体から、にじみ出てこないことによります。

 その不満の土台には、前回、つまるところ清盛が間接的に殺したも同然の、兎丸についての感慨が清盛に大きく欠如している点がある。 付け加えれば、前回まであれほど都を跋扈していた禿たちも、清盛の命で時忠が全員粛清したと考えられるのですが、それも清盛は一顧だにしていない。

 清盛は子兎丸を笑顔で出迎えたりするが、妻の桃李(柊瑠美サン)の表情は硬いまま。 清盛は大輪田泊の完成を亡き兎丸に報告したりしているが、自分の犯した罪についての感慨など、微塵もないのです。

 脚本はそこを突っ込むべきなのではないか、という気がする。

 しかし突っ込むべき人物として機能していいはずの盛国は、前回 「殿と一緒に修羅の道をどこまでも」、と誓ってしまっています。
 ここで清盛も、自分の進む道は修羅の道だ、という自覚をしているはずなのですが、あえて自省を試みない。

 清盛のまつりごとの基盤には、周囲の軋轢を考慮するという視点が、根本的に欠けているのです。

 その潤滑油を一手に請け負っている感のあるのが滋子。
 ただその潤滑油としての働きは、今回ようやく取ってつけたように、分かりやすく提示されたのみだった、というのがいかにも残念です。

 その理由として、西光と成親の精神的動向についての描写が簡単すぎる、ということがあるように思う。

 西光は、日宋貿易の実現で師・西行の願いがかなった、とホクホクになるのですが、西行が再開させた相撲節会を清盛がむげに断ったことでその態度を一変、清盛に対する憎しみをまたムク!ムク!と(ハハ…)募らせる。

 ここで清盛が平家の予算をそっちにいくらか思いやりでまわしておれば別になにもそのあと起きないんですけどね。

 成親は成親で、なんとな~くないがしろにされてる不満を抱えている。

 その気持ちのありようが、比較的イージーなんですよ。

 だから、そんなふたりが滋子に呼ばれてちょっと褒められたくらいで、途端に機嫌を回復する、というくだりも、実にイージーに見えてくる。

 ここから見えてくるのは、清盛が滋子に、そういう役割を一手に押し付けちゃっている、という屋台骨の貧弱さを露見してしまっている、という点。 フォローは滋子がしてくれるから、自分は西光も成親もないがしろにしていい、という、まあそこまでは思っていないにしろ、そういう 「意識の欠如」 というものが致命的に思える。

 要するに人というものは、いろいろ貢ぎ物をして酒でも飲ませて、おだてていればかなり従順になってくれる。

 それを清盛が率先してやらんでも、清盛はそういう処世術を息子や孫たちに示すべきなのです。

 でも息子や孫たちが血道をあげているのは、貴族的な生業の取得。

 ここらへんの描写も、なんだかしつこいくらいにやっているような気は、するんですが、今回伊藤忠清がそれについて危惧を感じる程度で、それ以上の重層的な危機感につながっていかないもどかしさ、というものもある。

 そして今回、もうひとつよく分からなかったのは、清盛の 「横へ横へ」 というまつりごとの在り方に対して後白河が提示した、後白河自身のまつりごとについてです。

 ここで作り手は、「梁塵秘抄」 という、後白河自身が編纂した今様(流行り歌)集を、彼のまつりごとの象徴として結び付けよう、と試みている。

 滋子 「梁(うつばり)の塵を動かすほどの声。 すなわち、美しきうたごえの奥義を集めた歌集ということにござりましょう?」

 後白河 「うむ。 それもあるが…。

 今様など、梁に積もる、塵の如きもの。

 吹けば飛ぶようなものじゃ。

 清盛の泊のように、世に役立つようなものではない。

 何よりうたごえは、のちの世に遺すことは出来ぬ。

 だが、それゆえにこそ、わしは今様が好きじゃ。

 誰にも顧みられることなくとも、いつもそこにあり、そこにいる者を慰めてくれる。

 楽しませてくれる。

 わしは、今様が好きじゃ」

 滋子 「(後白河の肩に寄り添い)それが、法皇様のめざす世にござりますね」。

 ここで、後白河が 「今様」 を 「滋子」 と掛けてしゃべっていることに、見る側は気付くのですが、こうした格式の高い話の運びはこのドラマの真骨頂とはいえ、「誰に顧みられることがなくとも、いつもそこにあり、そこにいる者を慰め、楽しませてくれる世」 というものがどのようなものか、よく考えると、漠然としているような気がしてくる。
 そういう世を、当の後白河が実現しているのかどうか、と考えても、このドラマにおいてその描写はないという気がする。
 つまり、うつろな器、という気がするんですよ。
 いれものばかりで、実はそこには、何も入っていない。

 ここで滋子は、後白河に対して、男なら誰でも一度は好いた女から言われてみたいことを口にするのです(笑)。

 「滋子の心は滋子のもの。

 そして滋子の心は、いつも法皇様のおそばに…。

 法皇様の世が絶えぬことが、滋子の望みにござります」。

 くぅ~~っ。 にくいよコノぉ! ど根性ガエル!(ハハ…)。

 そんな滋子が、フラグは立ってたけど、ある日いきなり死んでしまう。

 ボー然自失。 後白河もですけど、見てるほうも(笑)。

 でもこういう描写の仕方が、人の世のはかなさを優先して描きだそうとするこの脚本の、冷酷かつ温かな視点でもある、と感じるのです。 

 この滋子の死がただのひとりの女性の死ではない、平家にとって致命的なファクターであることを、時忠がいみじくも時子に告げます。 時忠、毎回いいとこもってくなぁ。

 そしていつか後白河が滋子に聞かせていた、別れた恋人を恋うる歌。 後白河は滋子がいなくなったあと、虚しくそれを詠ずる。

 その声ははかなく、暗闇に消えていきます。

 涙にくれる後白河、いつしかその嗚咽は、後白河の狂気をかつて象徴していた、笑い声へと変わっていく。 この演出も、見事です。 滋子の生きているあいだ、久しく聞かなかったその笑い声の復活は、不気味な影を見る側に残していきます。

 やはりこのドラマ、精神性の物語だ。

 ただやはり、清盛の精神性については、とてもなおざりだという気は、するんですが。

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コメント

 滋子ちゃん、あっかんべーをしていた頃が懐かしいです。(笑)

 今回の良かったところ!大輪田の泊が映像として出てきた。CGでも雰囲気でるんだから、工事の過程でも写せばいいのに!CGはお金かかるのかな?

 そして、なんといっても、壮麗、厳島神社ロケ。あの海の回廊を歩く画面。美しい!清盛の偉業は後世的には、厳島神社の改修だったのじゃないかと思わせてくれる、映像でした。やっぱり本物は違う!横へ横へも海へとつながる回廊を示されると、わからないながらも、納得した気になりそうではないですか。(知ったかぶり、許して!)

 滋子ちゃんと後白河の愛は美しく、微笑ましかったです。最初の出会いから、ずっと、後白河の心に寄り添って彼の狂気も寂しさも受け止めて、愛に変えただけでなく、平家との繋ぎ役もしてくれた、得がたい女性でした!璃子ちゃん、巻き毛に、眉を消して、頑張った!西光や成親などへの気遣いは今回取って付けた様に見えたけど、滋子ちゃんとしては良く描かれていたのではないでしょうか。芍薬(?)の花が滋子ちゃんのイメージなんでしょうか。水仙のたまちゃん、菊のなりこちゃんに続いて。

 今様が好き、儚く消えていくものだけど。清盛の泊のように、役立つものじゃないけど。

 ちゃんと今様を編纂して、後世に文化として、今様を残したのだから、ゴッシー偉い!

 儚いもの、塵芥のようなもの、瑣末な物。そういったものに慈しみを持てるのも、天子様には大事な素養だと思います。民としては、自分の目先の事しか考えなくなった清盛より、今様好きで、儚いものにも心を寄せてくれる法皇の世の方がありがたいというか、生きやすい世なのじゃないかしらん。泊で豊かになるのは平家だけだし!

 兎丸の奥様とかは、清盛に不信を抱いているのかなと思ったりしました。西光や成親だけでなくて、内部も危い。孫達は武芸を軽んじているし。そして、滋子ちゃんが亡くなって。時忠、今回もおいしいところを持って行きました。忠清にしろ、時忠にしろ、今の繁栄の危さを知ってる。

 時忠が「平家のあらずんば」を語った時、暗い顔だったのも、かむろの始末にやるせない様だったのも、平家の隆盛が、滋子という女性がバランスを保ってくれていたおかげという、危い基礎の上で成り立っているのを、誰よりも実感しているからだろうと思いました。忠清が知盛達を教えてるところに宇梶さんが通りかかるのは鹿ケ谷の前触れなんでしょうね。(笑)

 主役清盛がいまいち描かれていないのは、去年の江ちゃんと違って嫌われてるからじゃないと思います。が、生き急ぐ清盛の裏側も知りたい!眉毛に白い毛が混じったり、皺がメイクされたり、でも、前回の事すっかり忘れてる!兎丸の死に昔に戻って狼狽してたくせに、もう権力一直線!そのせいで、平家が自滅していくのでしょうが、清盛に寄り添ってみたいですよ。一応主役だし。厳島神社という素晴らしい背景で、清盛の心をもっと伝えてほしかったです!(義朝ほど好きじゃないけど)厳島神社は美しかったですけど!厳島神社が主役だと、NHKスペシャルになってしまうでしょ!それでも私はいいけど、大河じゃなくなるじゃん!

 清盛の周囲の人達はわりと丁寧に描かれているのに、主役だからか、清盛が、なおざりにされているように感じてしまいます。清盛が死んだ時、為朝や義朝が死んだ時ほど、悲しく、寂しく思えるか、心配です。(笑)清盛の人物像は、ちゃんと描かれているのに、私がうまく汲み取っていないのかもしれませんが。(笑)

 政子様が小奇麗になってました。「ぶしつけな女」と言われていたけど。滋子ちゃんが死んで、政子が歴史に登場してくるという展開なんでしょうか。来週、聖子ちゃんが出るみたいですね。いったいおいくつの設定でしょうか。清盛の産みの母より年上のはずなのに(笑)羽衣を忘れた天女なのかしら?(笑)

投稿: ささ | 2012年10月16日 (火) 21時53分

ささ様
コメント下さり、ありがとうございます。

やっと、やっと出てきた大輪田泊。
ただやっぱり、一瞬で印象に残りませんでした。
土方衆がそこで作業していたり、清盛たちが一緒にその画面の中に収まっていれば、かなり違ったと思うのですが。

厳島神社にしても、「現地ロケしてるだけじゃん」 みたいな(ささ様とちがって辛辣ですね、私も…)。

ただ、ここ数回オウム返しのようにビジュアルの点とか清盛の貫録とかを言及してきたので、ちょっとそっちは諦めて(笑)、それ以外で気になる点を書き連ねました。

この回を見ていてとても気になったのは、なんだか話がすごく上滑りだな、という点。

エピソードが滋子の死に向かってどれも咀嚼不足、という気がしたんですよ(今様の使いかたはのぞきます)。

いちばん気になったのは、やはり西光と成親ですかね。

西光、ちょっと自分の意に沿わないことがあったからって、すぐにブンむくれるなよ! ガキかよ! みたいな。

成親、なに滋子におだてられてぽわ~んとしてんだよ! ガキかよ! みたいな。

これってみんな、そのあとこいつらが問題起こすって知ってるからそう見えるんじゃなくて、ひとりの大人としてすごく思慮が浅すぎるんですよ。

もっと、おだてられていい気になりながらも、油断のならないひとことをセリフにすれば、かなり違ってくると思う。

「滋子様のお気遣いがあればこその平家じゃというのに、入道はなにも分かってはおらぬ」 とか。
いい気になりながらも裏で非情なことを考える。 それが人の機微だと思うのです。

別れた恋人を恋うる歌、あれはとてもよかったです。 最愛の人を失った、空っぽの枕に忍び寄る、清盛への対抗心。 こういうところがこのドラマの、他の追随を許さないところだと思います。

後白河のめざすまつりごと。

実際どうだったのかは不勉強ですが、このドラマでの解釈は、やはり漠然としている気がしますね。

不要だけれど、いつでもそこにあって人を慰めてくれる、というのは、文化の領域であって、政治の領域ではない気がする。

そしてやはり、いちばんモヤモヤするのは、清盛の一直線が思想的にはとても横へ横への広がりを見せていない、という点。

つまり、清盛のこういうよくない状態を見せることで、平家の権力基盤が揺らいでいることを表現しようとしているのかもしれませんが、ここは禅問答みたいな筋立てはやめて、はっきりとその問題点を清盛自身に認識させるべきだ、と感じます。

はっきり言って、いまの清盛には、国を富ませること以外になにも見えていない状態。

だから兎丸が死のうが禿が皆殺しになろうが、重盛が偉くなろうが西光が相撲をやりたがろうが、まったくそれらの他人の気持ちが見えていない。

…源氏のほうはまあ、髭切を触るなと怒鳴るくらいの回復が見られます、程度つーか(爆)。

投稿: リウ | 2012年10月17日 (水) 07時50分

リウ様の方が私よりお優しいと思いますよ。(笑)だって、私、清盛より厳島神社に感動しましたもん。ドラマより神社が印象に残っては、そりゃ、まずいから、これまで登場させなかったのかと逆に思ったくらいです。松ケンくんには悪いけど、厳島神社をずっと見ていたかったです。(ひどいな~)

 西光と成親への描写は、鹿ケ谷への布石でしょうけど、いまだに、師、信西を絡めてしか物事を考えられない西光さんと、裏表の顔を持つ、成親。吉沢くんの、影では表情をコロっと変える様は好きですが、ワンパターンですよね。二人とも。まあだから、クーデター企てても、平家に反撃されるのでしょうけど。清盛も彼等も人間としての深みが描かれていない気がします。ただ、小日向さんの為朝みたいに、演じ手の卓越した力で、深みを見せているというのなら、仕方ないところかもしれませんが。

 つまらないような台詞でも、泣ける芝居ができる役者はそうはいません!

 去年の先生のように、役者の表現力に丸投げというのは、まずいんではないでしょうか。

 とはいえ、ゴッシーは良かったです。最後まで。愛が深い王家の方々。狂ったように笑いながら、泣いてる法皇様。もう側で「いつもお側にいます。」と寄り添ってくれる人がいなくなったのね。松田くん、50歳には見えないけど、ゴッシーの愛は感じられたよ!

 清盛にしても松ケンは頑張っているとは思うのです。厳島神社の存在感には負けるけど。(笑)

 ただ、深みは表現できていない。権力を富を求める心の内がわからない。遊びをせんとや~だけじゃないものがあるだろう!父が死んだ年を越えたら!自分の衰えを感じたら!ヤンキーの兄ちゃん気質のままかい?ひょっとしてそれだけなの?

 私はずっと、松ケンくんが起用されたのは、表現力をかわれての事だと思っているので、是非彼のポテンシャルを全部注いで、清盛を清濁併せ持つ魅力的な男に仕上げてほしいなと思うのです。デスノートのLのように!(源氏にほとんど、かまけていた私がいうのもなんですけどね。(笑))

 

投稿: ささ | 2012年10月17日 (水) 09時27分

ささ様
再コメント下さり、ありがとうございます。

「ワンパターン」、というのは確かに感じます。

このドラマの見事なところは、布石を撒き散らして(笑)、それがひとつの事件に収束していくさまなのですが、あまりに撒き散らかしすぎて(笑)くどくなってるきらいが、ことに第3部に入ってからは多いような気がしています。

この西光と成親は、鹿ヶ谷を知らない視聴者が見ても、「どうしてこんなに執拗にこのふたりのことをやるのか?」 と思うくらいに採り上げられています。 布石を撒き過ぎなんですよ。 だから描写がワンパターンになってくる。

この鹿ヶ谷を物語の根幹にかかわるくらいの重大事として作り手が考えている、という解釈を、私などはしていますが。

清盛とゴッシーとの双六争い、という側面も、少々くどすぎるきらいがあるように思われます。

それよりも、清盛の心の中で葛藤するもののけの正体を、視聴者に白日のもとに曝け出して欲しい!

平家という巨人が内側から腐っている、という物語の本質は、とりもなおさず、清盛の心の中で腐っていくものを提示しなければ、教科書通りの解釈しか生まれてこないと思うのです。

今様などを絡めて精神性の物語を紡ぎ出すことにおいては、確かにこのドラマは成功していると感じます。

でも、ささ様のお話にも出てきた、「遊びをせんとやだけじゃ」 物足りない、そんな部分がもう露見しまくっている気がする。

「遊びをせんとや」 の結論を、第1回にすでに出してしまっていた、ということが、吹石サンが再登場した回で分かってしまったのですが、そのテーマが純粋であるからこそ、清盛の中にあるドロドロとした葛藤がうまく表現できない。

そんな気がするのです。

投稿: リウ | 2012年10月18日 (木) 08時03分

 第1回から、テーマを提示しているのはこの頃の常なのかもしれませんが、それだけじゃね。大河って、フルコースの料理のようなドラマのはずなので、前菜もメインもデザートも必要なんです。同じ料理だけじゃ飽きちゃう。(笑)

 滋子ちゃんの死がメインのお話でしたが、国母でもたまちゃんと比べると、滋子ちゃんの方が平家にとって、重要度は高いはずなのに、ドラマではたまちゃんの方がなが~く愛してじゃなくて、長く描写されていたと思います。鳥羽ちゃん、全国に水仙捜索の御触れまで出したし!国政にもたまちゃんより滋子ちゃんの方が影響あったはずだけど。(笑)鳥羽ちゃん、たまちゃんのメロドラマは長かった!面白かったけどね。

 これって、清盛の生き方が、現在、宮廷に向いていないからだというのもあるけど、お話として、やっぱり駆け上る頃のもがいている頃の様の方が重要だったからなのかという考えが今朝、頭に降っておりてきました。20~30代、平治の乱くらいまでが清盛の生き方として、脚本的に魅力的だったのかなと思いました。だとすると、ちょうど、松ケンくんが無理なく演じられる年齢であり、共感する若い人達も多かったのかな(笑)

 私のように、中年から、老年に足を踏み入れ始めた者は、58歳を演じる松ケンくんに???だったりしますけど、今はデザート期なのかなと思えばいいのかと思いました。(笑)でも正直、清盛が絶大な権力をほしいままにしているというのを、ナレーションや周りの人の説明台詞で済ませているのは、とっても不満。清盛、福原で庭見てるだけじゃん!密貿易やってる頃とたいして違わないと思うけど(笑)NHKの懐具合は全く考えてないです。すいません。その分松ケンくんに演技で汗かいてほしいです!それでも、江よりは内容の充実したドラマだと思います。今様に生きる後白河の精神性とか。今様好きのゴッシーじゃなきゃ、遊びをせんとや~でドラマは成り立たない!儚さを愛する世界が平家、清盛の人生の中にあるのかもしれません。


 

 


 

投稿: ささ | 2012年10月18日 (木) 13時46分

ささ様
再コメント下さり、ありがとうございます。

私は鳥羽チャンたまチャンのお話は、そんなにくどくは感じなかったですね。 どうしてだろう。 ドロドロ過ぎたから?(笑)

コレを見て気持ち悪くなれっ!というオーラが、あの頃はすごい出てたような気がするんですよ(ヘンな感想だなァ)。 だからくどいと感じさせるヒマがなかったような…。

やっぱりお花畑で七転八倒でもさせなければ、ドラマとしてはつまんないですな(あの~…笑)。

そしてこのドラマの華だったのは(すでに回顧モード…爆)、義朝との 「進む目的は同じなのに、なぜか方向が違う」 という清盛の葛藤がピークを迎えた、平治の乱だったような気がします。

主人公は、葛藤してくれなきゃつまらんのですよ。

第3部の弱点は、いろんな事象を平家の権力基盤の脆弱化の理由としているけれども、みんなバラバラに見える点です。
平家の土台が揺らいでいる一番の原因は、ささ様ご指摘の、「清盛が中央から遠ざかっている」、ということだと感じます。 そこから清盛の、「細かいところまで見えない」 病が進行している、と思われる。 禿にしても、一族の貴族化にしても。

おそらくこれをトータルで解説し、構造的批判を加えることのできる人物を配することによって、ドラマのいちいちのシーンのバラバラ感は一気に引き締まる、と思われます。

盛国はそれを放棄してしまったので、目下のところ一番の適役は時忠に思えます。

だから時忠が、最近いい役だな~、と思える(笑)。

「清盛、庭見てるだけじゃん!」 というのは予算のない大河にありがちなパターンかもしれませんが(モックンの徳川慶喜がそうだった)(あれはつまんなくて途中リタイアした近年唯一の大河です)、なんとか頑張ってほしいものだ、と思います。

投稿: リウ | 2012年10月19日 (金) 07時52分

 もっくんの「徳川慶喜」最終回しか見ていません。つまんなかったのですか?全く興味がもてなかったので、多分最終回しか見なかったのだと思います。

 時忠はいいお芝居してくれていると思います。権力の絶頂に安住しきってないような、どこか、不安げなところがいい。まあ、彼や忠清のように、武士時代の平家を知る者にとって、戦争を知らない子供達の有様は苦いものかもしれません。

 でも、清盛はどこか、おめでたい奴なんですよね。細心の注意をはらうという事ができない性格みたいです。憎めないというか、だから、驕っていると思われるのか。側にいる盛国は、それでもついて行く人なので、諌めてはくれない。バブルの後、一代で経済界のガリバーになった企業が、ガラガラと崩壊していったように、平家も滅んでいくのでしょうか。

 鹿ケ谷が来たら、今のマンネリな感じも一気にはじけてくれるでしょうか。鹿ケ谷で、また、重盛は辛い立場ですけど。

 それでも、保元の乱や平治の乱の頃のわくわく感がないです。ドラマの終末期だからですかね。

 多分、松ケンくんの清盛に感動したのは、宿命の対決で、河原にうずくまって泣いてる姿だけに、私はなるかも。あの時は、清盛と同じ気持ちになれました。友との永遠の別れ。時代劇らしくなかったかもしれないけど、彼の肩を震わす後姿に泣けました。風に揺らぐ竹林に、静かな川の流れ。松ケンくんの背中がとても愛おしく思えました。(でも、これって、義朝への惜別だから、清盛じゃなく、義朝を惜しむ気持ちに共感してるのよね。(笑))清盛自身に寄り添える日はもう来ないかもしれないです。でも、たいして好きな人物じゃなかったけど、ここまで、見続けられたのは、ドラマのクオリティが高かったからだと思います。それと、リウ様が頑張ってレビューしてくれているからです。去年を見続けた手前、投げ出せなかったのもありますね。(笑)去年は忍耐力を試される大河だったですから。(笑)今年は去年に比べるとずっといい!

投稿: ささ | 2012年10月19日 (金) 10時13分

ささ様
再コメント下さり、ありがとうございます。

私も、ささ様という読者の存在あればこそ、レビューを続けていますconfident

ただ、去年の某大河と比べてしまっては、「平清盛」 がカワイソウ、というものです(笑)。 いや、「徳川慶喜」 だって、去年の某大河に比べりゃずっと質的に上だった(ハハ…)。

じゃ、なんで 「徳川慶喜」 はリタイアしてしまったのか?というと、当時は 「ささ様のようなかたと一緒にブチブチ文句を言いあえる」 場というものがなかったせいなのではなかろうか、という気がいたします。

結局徳川慶喜なんて、何を考えてるのかよく分かんない人ですから、それをやはりワケ分かんない、というような描写をされてしまうと、こっちもどうとらえていいか分かんなくなるんですよ。

確かこの大河、モックンが結婚して、初夜にひな祭りだかの人形遊びをしていた時に見限ったと記憶してます(笑)。 世間ずれしてるのはいいけど、見ててつまんないんだもん(笑)。

去年の某大河は突っ込むのが楽しかったからリタイアしなかったのかな(笑)。 睥睨の快楽、というか(爆)。

平たく言ってしまえば、松山清盛に不満がちょっとずつ鬱積しつつある、第3部であります(上川盛国も同様かな)。

投稿: リウ | 2012年10月20日 (土) 08時31分

 清盛が3部に入って、つまんないというか、無難になりすぎで。優等生大河なのに、江より人気がないのが歯がゆいでございます。

 コーンスターチも汚しも頑張っているけど、そのわりにはみ出し感がないですよね。はみだしていた人達、去っていったし。鳥羽ちゃん、崇徳様、兎丸、白河法皇。

 こじんまりまとまってるこの頃の回です。悪くはないけど、面白みというか斬新さに欠ける。かむろは視覚的に面白かったです。

 その最たるが、演技が安定してる、盛国!もったいない!上川さん程の役者に!頷き隊をやらせるのは。もちろん黙っていても、存在感はありますよ。でもね、もっと使いようがあるはず!本気ださせたら、他がしぼんでみえるからかもしれませんが。(笑)不満だわ。(大奥のところにも書いたけど)

 今日も見ました。鹿ケ谷への前哨戦ってとこでした。聖子ちゃんの乙前さん。本当に年齢不詳だわ。彼女の存在はファンタジーでいいのではないかしら。(笑)

 

投稿: ささ | 2012年10月21日 (日) 22時07分

ささ様
コメント下さり、ありがとうございます。

いったん失った視聴率というのは、実は分かりやすくするよりも、過剰気味に 「変態」 にならなければ、回復しないんだと感じます。

「変態」 って、そのまんまの意味ですけど(笑)。

つまり冬彦さんみたいのが出てこないと(あ、ご存知ですよね?…笑)みんな食いついてこないんですよ(ある意味野次馬的、と言えます)。

最近野次馬の対象になったのは、松島菜々子サンでしたよね(ミタです)。

鳥羽チャンはじゅうぶん変態でした(笑)。 タフマン白河も大変態(爆)。 崇徳に至っては、もののけにシャバドゥビダッチ変身(なんじゃソレ?…仮面ライダーをご覧ならば分かります)。

盛国はもうイエスマンなので諦めて(笑)、時忠に乱を起こしてもらいたいですね(変態の乱)。

鹿ケ谷鹿ケ谷っていかにも分かったように書いてますけど、私も最近知った知識ですし(ハハ…)。

聖子チャンだけにファンタジーを押し付けてはカワイソウ。 「義経」 のときの平幹後白河みたいに、松田翔太クン、はじけてくれ!(笑)

投稿: リウ | 2012年10月22日 (月) 07時24分

 白河、鳥羽、崇徳って、みんな天皇、上皇!しかも出家して、姿も変態!ゴッシーもその資格ありますけど、このところ、丸くなってるような。ゾクゾクするとか、双六遊びとか、形式美はありますが、パターンに毎度はめられると、飽きちゃう!(オバサンはわがままです。腰痛いのに、座ったり、立ったりしながらも、見てるんだから、頑張ってるご褒美がほしいです。(笑)ほとんど、自分の都合ですが。(笑))ゴッシー期待してますが、どうかな。でも、今様を謡う、声は素敵。


 盛国の上川さんは、舞台だと、ハジケルそうじゃないですか。キレッキレッの、盛国を見たいです。清盛を実は操ってて、政府転覆を画策する、恐ろしいブラック盛国とか。(笑)

 冬彦さん。懐かしいですね。何回か見ました。(笑)でも、大河だと、ちょっと悪趣味かもしれません。(笑)そこがいいのだけど。

 NHKの制約か倫理コードがあるのか知りませんが、清盛のお話はこじんまりしてきているのです。まあ、後は滅ぶだけだからかもしれませんが、大河のロマンがないのですよ!大河じゃなくて、書院の庭の池を見てるみたい。

 鹿ケ谷もあまり知らないので、ウィキちゃんに教えてもらいましたが、ドラマ的に盛り上がれるか、心配です(笑)やっぱり政治的駆け引きとかだと、平さんくらいの重鎮に演じてもらうほうが、後白河の凄みはでるでしょうね。松田くん頑張って!幸い平さんの後白河、全く見てませんから!きっと素敵だったんでしょうね。(笑)

 

 

投稿: ささ | 2012年10月22日 (月) 09時37分

ささ様
再コメント下さり、ありがとうございます。 即レスでくださったのに返信が遅れて申し訳ありません。

おそらく第3部の清盛というのは、ピカレスクという形で、悪に突っ走る生き方をしている、と作り手は見せようとしているのではないか、と感じます。

でも、第2部まで、清盛にはきちんと人間らしい感情が存在していた。

それがどのような契機でもって清盛がその人間性を捨て去ったのか。
そして自分がまわりのことを見えていない状況になっていることを、本人がどう考え、または苦悩、葛藤しているのか。

その部分が完全に抜けているのが、第3部の致命的欠陥なのではないか、という気がします(少々酔っ払っているために論理が過激なことをお断りいたします…笑)。

しかしピカレスク、とは言え、本人は日本のためを考えてやってるから、かなり盲目的に自分は正しいと思い込んでいる。

問題なのは、この日宋貿易事業を、自分は隠居したから、みたいな状態で、中央から離れ、平家本体からも遠く離れた場所でやっている、ということに尽きます。 だから重盛にかかるプレッシャーが大きくなり、西光や公家などの賛同が得られない。

このドラマは第3部に入って、そこを断片的に伝えることはできても、その問題点を明確化してトータライズして、見る側に伝える術を持っていません(ホント過激だな…)。

清盛、悪いよなぁ、狡猾なジジイになったよなぁ、という感想を見る側に導かせるだけでは、第2部まで清盛の内面を描写してきたことが、いったい何だったのか、ということになる。

…とりあえず、今週分を早よ見なければ…(爆)。

投稿: リウ | 2012年10月23日 (火) 07時26分

>さささま
平さんと比べては、かわいそうです・苦笑

でも、それくらいの気概と勉強心がないと、大河の主役は本来、難しいはず、なんですけどね。

仲代さんや平さん、セリフがなくとも、表情だけでぞくっとさせられました。
時忠は、山崎進さんが最高でした。

投稿: マーシー | 2012年10月23日 (火) 08時38分

マーシー様、仲代さんの清盛に、平さんの後白河法皇、山崎さんの時忠で、私は見たいです。多分ゾクゾクすると思います。重厚だな~。(笑)小学生の頃から、おじさん趣味なので、最高の配役です。(笑)

 リウ様、この季節になると、たいてい大河は終末になるので、面白くなくなるんですよね。龍馬のように、暗殺が待ってるとか、赤穂浪士のように、討ち入りがまってるとかじゃないかぎり!だから、文句もそう言えないのですが。

 清盛の晩年が、崩壊へ向かっていくだけに、若い役者達の演技でどれだけ、盛者必滅の悲しさ、狂おしさ、虚しさ、その中で、もがき、輝く人間の姿を見せてくれるか、楽しみでもあります。最後に優等生をかなぐり捨ててくれるかもしれませんし(笑)

 清盛にはあれだけびびってる頼朝が、決死の覚悟で、弟に打倒を丸投げして、東国武士をまとめて、武士の世を作っちゃう、そういう巨大な影に、是非台詞説明なしでも、納得できる偉大な武人に戻ってきてほしいものです。福原の海眺めてばかりじゃなくて(笑)じゃないと、説明されないまま、棟梁押し付けられてる重盛が、ストレスかかり過ぎで、死んじゃいそう!超かわいそう!来週は圧倒的な清盛の力が見られる予定かな?

投稿: ささ | 2012年10月23日 (火) 09時56分

マーシー様、ささ様
コメント下さり、ありがとうございます。

とりあえず今週分は視聴いたしました。 どうも今朝方書いたコメントは、酔っ払いついでで正解半分、勘違い半分、といったところでしょうか(笑)。 先まで見ないで書くもんじゃないですね(笑)。

本日のところはレビューを書いている時間がございませんが、鹿ヶ谷の前哨戦、としては、半分合格、半分ハテナ?といった感じでした。 そのハテナ?の部分は明日以降に乞うご期待(気を持たせるなぁ…)。

人生も終盤に差し掛かってくると、自分がこれまでしてきたことの集大成的な話になってもよさそうなんですよね。

だから本来であれば、大河は若い時の華々しい出来事が華、なのではなくて、いままでの人生で主人公が植えてきた種がどう花開き、それまでないがしろにしていたことがどう矛盾点として大きく肥大化していくか、そこが見どころだと思うんですよ。

だから私どものような年配者(まだ若いつもりですが)にとっては、大河ドラマの意味というのは、終盤になればなるほど増していく、という気がいたします。

人生、どう締めくくるか、というお話になるのですから。

投稿: リウ | 2012年10月23日 (火) 14時34分

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%B0%E3%83%BB%E5%B9%B3%E5%AE%B6%E7%89%A9%E8%AA%9E_(NHK%E5%A4%A7%E6%B2%B3%E3%83%89%E3%83%A9%E3%83%9E)

かつての大河「新平家物語」のキャストです。
後白河は滝沢修さんで、貫録十分。
曲者というよりも正統派、品のある凄味が迫力ありました。
仲代さんは、滝沢さんは新劇の神様だから、共演するのがとても怖かった、緊張したと語っておられました。

そう、
>迫力
ですよね、今の若手に足りないのは!

年代的なものもあるから仕方ないんでしょうけど、
昔の映画やドラマを見ていて感じる、体そのものから発する迫力、生命感、エネルギー。

今の日本の社会の閉塞感が強いから、役者さんにだけ求めても無理なことはわかっているんだけど。


TBSとWOWOWの「ダブル・フェイス」、とてもよかったです。
画面の重量感、質感が今までの日本のドラマや映画とも違っていて、お金と手間とやる気があれば、いまの日本でもこれだけの作品ができるのだと、目からウロコ。

海外ドラマに比べると、銃撃戦が軽いのは課題だけど、久々に「見た!」って満足感がありました。
わくいさんの透明な美しさが際立っていました。

今までのこの手のドラマというと、
あの屋上の主人公の住処と言い、横浜というロケーション、ショーケンやマツダ父の日テレ系ドラマか、
東映のヤクザ映画ですけど、そのどれとも違う。
いい意味で、「抜けた」感じが新鮮でした。

後編は・・・・・、
レンタルが出るまで我慢ですねえ・苦笑
これくらいのドラマを見切るのは、見る側にも体力が必要ですねえ。その体力がなくなってきているわが身をしみじみ実感・苦笑

ところで地上波の夕方のドラマから、韓流が消えましたね~。
「相棒」の再放送が20%を超えたので、他の曲も右へ倣えで、今までの再放送始めたと聞いています。
昔のドラマはやっぱり面白い。

投稿: マーシー | 2012年10月24日 (水) 08時29分

http://www.takashimaya.co.jp/tokyo/event/index.html

追伸です、
いま日本橋高島屋8階で、「昭和のジオラマ展」開催中。
梅ちゃん先生のオープニングの、あのジオラマの作家さんです。
見に行きたいけど、時間あるかな~、
ちょっと厳しいかも・・・・・。

投稿: マーシー | 2012年10月24日 (水) 08時37分

新・平家物語は良かったですよね。
今、キャストを見ても凄いメンツが揃っていました。

いつの頃からか、NHKの大河ドラマに重厚感がなくなりましたね。

やはり視聴率狙いだったのか、いわゆる当代人気女優、俳優を主役に抜擢しはじめた頃からでしょうか?

大河ドラマが軽くなってきてますよね。
(昨年の大河ドラマは最たるもの・・)

当時、主役としては若かったですが渡辺謙の独眼竜は、迫力がありました。
キャストだけの問題ではないのでしょうけれどね。。。


「ダブル・フェイス」後編、見られなかったのは残念crying
前編放送のとき、いつもはTVドラマを見向きもしないゲームonlyの息子達がTVの前に一時立ち止まったほどです。
「シャーロック」の時もそうでしたけど、やはり、場面場面に力があるというか迫力を感じました。

wowwowのドラマ、良さそうなのもちらほらあるのですが。。なかなかそれだけのために契約というところまではいきませんcoldsweats01

ここでご紹介しても良いかどうかわかりませんが、日本文化関連でのサイトです。
とても素敵なので。。。
興味がおありになるようでしたらご覧になってみて下さい。


日本の伝統文様を継承し活用する会
ttps://www.facebook.com/wagarakyoto
上記のサイトはfacebookなので登録しないと見られないですけれど。。

日本再発見マップ
ttp://jvsc.jst.go.jp/live/map/index.html

投稿: rabi | 2012年10月24日 (水) 11時46分

マーシー様、rabi様
コメント下さり、ありがとうございます。 昨日のコメント返信も、一括になってしまったのですが、本日も一括で返信してしまいます。 かさねがさね申し訳ございません。 ただそうしたほうが話が重なりませんし、なにとぞご了承いただきたいと思います。

大滝秀治サンが亡くなって、さらに実感が増したのですが、いまの日本の俳優たち、マーシー様のおっしゃられるような 「迫力のある人」 がかなり希少になってしまった気がします。

以前 「役者」 と 「俳優(男優、女優)」 とをこのブログでは意識的に使い分けている、と書きましたが、「役者」 と私が呼びたい人は、俳優という仕事に対して、かなり自分なりのロジックにこだわっている、そして演じるということに、誰にも譲れぬプライドを持っている。 そしてやはり、なんと言っても、いざ演技に入ると、有無を言わせぬ迫力がある人。

「役者魂」 などと申しますが、やはりそういう人たちは 「魂」 がこもった演技をするし、ある意味演技以外は天衣無縫でも、こと仕事となれば 「役者バカ」 に徹することが出来る。

大滝サンもそうでしたが、そういう人というのは、劇団出身者にことに多い気がいたします。

そういう人は、夜を徹しても役者について、演技論について、議論を戦わせることができる人なんだろうなぁ、と感じますね。

大河は近年若者志向、という感じがしますが、昔からポッと出の歌手とか馬の骨とか(笑)、駆り出されることはままありました。

でもその時の、演技のシロートさんたちの居心地の悪さ、といったら(笑)。

居心地の悪そうなことが、画面からにじみ出てたような気がするんですよね(笑)。

それはやはり、命を削るようにして演技道を貫こうとしている人たちのただなかに放り込まれたからであって。

これは映画の話になってしまいますが、有馬稲子サンなどは、宝塚出身でシロート感覚で映画の世界に入ったら、監督は有馬サンの演技も見ないで、100回くらい 「ハイやり直し」。
こういうのをくぐってきたから、役者としての根性が身についていくんですよ。

それが、演技を知らないシロートがドラマを跋扈するようになると、そんな居心地の悪さなどはあっという間に消えて。

こうした風潮は、ドラマがやはりアイドルと呼ばれた人たちの、人気が落ちたあとの就職場所として定着してしまったときからなのかな。

いわゆる 「不思議感覚」 という俳優さんとか(特に女優に多い)昔からおりましたよ。
秋吉久美子サンとか、桃井かおりサンとか。
そういう人たちの持ってるオーラって、実はシロートの俳優が真似しやすい。 不思議感覚を持つことで、女優になりやすいんですよ(これを 「自分の我を通す」 という勘違いで受け止めている女優が、かなり多い)。 現代は、そんな 「女優まがい」 の不思議感覚(つまらん自己主張)を武器にしている人が、多過ぎるような気がする。

男優に関しては、やはりイケメン重視、という文化があるような気がいたしますが(笑)、確かに中井貴一サンのお父様とか、正直言って顔がよくて起用されてたのかな、と思う時もありました。
でもいくらイケメンでも、役者としての洗礼は受けてきたわけですよ。
それがなくなって、人気のあるイケメンが実力もないまま男優として歳を重ねてしまうケースも、やはり多い気がする。

これって私の、とても主観的な考察ですけどね(笑)。
演技のなんたるかも知らないそれこそドシロートの、外野からの無責任な感想です(笑)。

松山クンに関しては、義朝と一騎打ちをしたとき、頼朝の目の前に剣を突き刺したとき、「役者」 としての気迫を感じました。

でも第3部に入ったら、「巨人」 としての風格が表現しきれていないことを、とても感じる。 妙に狡猾さだけを覚えてしまったオッサン、というように見える。

松田翔太クンに関してもそうなのですが、50だ60だのジイサマが繰り広げている、場数を踏んだ政治の駆け引きをしているように見えない。 ただ自分の感情だけですごろく遊びをしているような感覚。

だから松田聖子サンみたいな、年齢不詳のニョショウをあいだに介するのかな、という気がします。

登場人物たちを年齢不詳にしないと、話が成り立たない危うさ、というものを感じるんですよ。

それはとりもなおさず、俳優たちが壮年期の迫力を演じきれてない、ということによるものなのではないでしょうか。 だからいつまでたっても登場人物たちの青臭さが抜けない話にするしかない。

まあこれって、「昔はよかった」 と回顧している大人のタワゴトにしか、若い人には映らないでしょうけどね(笑)。

一度そういう若い人たちは、黒澤映画なんかをきちんと見てみるべきだ、と感じますね。

あの頃の三船敏郎や、志村喬を。

「生きる」 の志村サンなんか、まだ30代だったかな~(記憶が定かではありません)。

「ダブルフェイス」 に関しては、見てないのでスルーしま~す(ゴメンナサイ…)。

長々とタワゴトを書いてしまいました。 申し訳ございません。

投稿: リウ | 2012年10月24日 (水) 13時14分

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