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2012年10月31日 (水)

「平清盛」 第42回 「鹿ケ谷の陰謀」(10月28日放送)を見て

 ここんとこ、クサし続けたこのドラマ。

 松山ケンイチは、あまりに若造で壮年の清盛を演じきれてない、とまで暴言を吐きました(コメント欄にて酔っ払った末)。

 あまりにクサしまくったおかげで、思わぬ事態にまで至りまして。
 そしたら、今週の 「鹿ヶ谷」 の出来はとてもいい、というコメントが続々と。
 ただそれを聞いて、見てみて、やっぱりよかったです、というのはなんか癪で(笑)。

 このひねくれ者は、そんなにクルクルと自分の主張を変えたくないのであります。

 しかし。

 クッソオ…(笑)。 やられた…(笑)。 ここ数回、三味線弾いてやがったんだ、このドラマ(でもないけど)。
 汚ねえぞっ!(下品な言葉はあえてご容赦) こっちはそのおかげで、毎朝自分の暴言の言い訳のコメントに時間を割かれてだな…(爆)。

 見ましたよ! ええ! 「鹿ヶ谷の陰謀」!
 クソっ、傑作だった…。
 ひねくれ者でもいい時はいいと言いますよ。

 と、黒ハシモトはここら辺にいたしまして…。

 今回が傑作だと私が思うのは、ここ数回、このドラマを見ていて非常にやきもきしていた問題に対する答えを、あまりにも裸のまま、白日のもとに晒してくれた、という一点に尽きます。

 西光がどうしてここまで清盛のやることなすことにガキみたいな反応を示していたのか。
 追い立てられるように悪の道を突き進み始めた、清盛の心の奥底にあったものは何なのか。

 ここ数回、このふたつはずうっと私の不満の中心に居座っていて、「このドラマはその部分を深く掘り下げようとしていない」 とまでレビューに書いた気がします。

 西光は師である信西の悲願であった日宋貿易が成就すればホクホク顔であったのに、信西が再開した相撲節会を清盛が 「そんなことやってられっか」 と一蹴したことに激怒、滋子が仲を取り持てばまたホクホク顔、と、見ていてなんかホント、ガキみたいで。
 「精神的動向についての描写が簡単すぎる」 と書いたのは、前々回のレビューでした。

 清盛のほうは清盛のほうで、福原に居ながらにして、日本の政治を牛耳っているような大物ぶりを発揮しているのですが、それがとても小手先のように思えてばかりで。 自分がこの国の頂に立ってやる、という目的を達成しようとしているのは分かるのですが、どうしてここまでなりふり構っていないのか、それが不明で。

 ここで容易に考えつくのは、「清盛はもう結構な年だから、自分が生きてるうちに目的達成しようとしている」 という動機でありますが、どうも弱い。 しっくりこない。

 で、父の忠盛から受けてきた屈辱、というものを晴らそうとしているのか、親子二代の悲願成就か、という理屈も考えたのですが、ん~、それでもなんか、もっとなんか…(こういう、「納得できる動機」 探しというのは、年々ハードルが高くなっているのであります)。

 で、「義朝との、友との約束を果たそうとしているのか」、という動機も考えたのですが、そもそも武士の世、といっても、日本国の頭の部分がすげ変わっただけ。
 この無意味さ、というものを兎丸が清盛に諫言した末に、兎丸は殺されていった。
 しかし清盛は、兎丸の死を、正常な形で弔ってはいない。 兎丸の心情など無視して、大輪田泊を完成させたことで弔ったつもりになり、ひとり悦に入っている。

 結果的に清盛がなにを考えているのか分からないまま、清盛は狡猾に策を弄し、自分の思うがままにイカサマで自分だけ先に双六の上がりに辿り着こうとしている。 「権力の魔性に取りつかれたただの男としか描ききれていない」 とレビューに書いたのが、前回でした。

 そんな、本題の空洞化にイライラしたあげくの果てに、主役の松山クンの演技にイチャモンをつけてしまった(まあ、壮年を演じきれてない、と思っているのは本音ですけど、そういう批判などもともとしたくない人間なのです、私は)(ひどく酔っ払っていたのでご勘弁ください)(また取り繕っとるぞ)。

 とはいえ、今回の出だしも、なんとなくヘロヘロしてるかな、といった風情で。

 冒頭から、鹿ケ谷で後白河を中心とした謀議が行なわれるのですが、まず 「こんなヤツいたっけ?」 と思われる人物が、ふたりいきなり出てくる。 多田行綱と、俊寛です。

 俊寛は法勝寺の執行、ということですから、つまり後白河が以前、清盛と蜜月状態だった叡山に対抗して、自分の出家を執り行った寺の人間ですよね。 でもドラマを見ていてパッとすぐには分かんない。
 多田行綱に至っては、コイツ初めて見た、という感じで(出てましたっけ?)。
 で、この行綱が、清盛を捕縛する、という後白河らの企てに、結構最初からビビりまくってるんですよ。
 なんか見ていて、「コイツラこういう子供だましみたいな陰謀を企てていて、大丈夫なのかな?」 という感じ。 デブ頼たちの陰謀のときと、レベルがあまり変わらん、というか…。

 で、そこで行なわれた陰謀のシナリオ通り、叡山の座主である明雲が言われもない罪で捕えられ、ボコられたうえに流罪という運びになる。 それを平家がたの源氏である源頼政が連行するのですが、その途中で僧兵たちによって奪還されてしまう。 後白河は重盛に、叡山を攻めよと命令するのですが、ここまでは後白河の青写真どおりなのです。 平家を困らせて清盛を福原から引っ張り出そうとしている。

 さて失態を演じた源頼政に対して、清盛は優しいのですが、そこにあの多田行綱がやってきて、この企てを暴露して味方につくよう促します。 でも頼政は清盛に優しくしてもらったばかりだから首を縦に振りません(なんかアブナイ書きかただな)。

 ここで多田は 「この企てを知ってしまったからにはただではおかぬ」 とすごむのですが、このとき、「清盛にこのことは告げ口しませんよ」 なり、多田は頼政から確たる言質取る必要がある、と思われる。 でもそれがない。
 頼政もここで、「このことは聞かなかったことにいたしまする」 とか言わないんですよ。
 どうして多田は秘密をしゃべっちゃった相手をそのまま捨て置くのか。 こういうところが最近甘いんだよなあ、と思いながら、序盤は見ておったのです。

 でも、そのヘロヘロも、中盤あたりからぐっと引き締まってきて。

 この、頼政と行綱のシーンのあと、伊豆の籐九郎と頼朝の語らいが始まります。

 政子が嫁に行ってしまうことがここでは話題になるのですが、先週、頼朝の 「動こうとしない今日」 に対して、強烈なアンチテーゼを投げかけた政子の言葉がフラッシュバックします。

 「明日と昨日は、けっして同じにはならぬ。 昨日は変えられぬが、明日はいかようにも変えられる」。

 そのことを挙げて、「つまりこれだけ気楽な女なのじゃ」 と呆れかえっている頼朝を尻目に、籐九郎はこうつぶやくのです。

 「…されど、あるならば見てみとうござりますな。

 …鮮やかに明日が変わる、その刹那というものを」。

 頼朝は、虚をつかれたように、その何気ない一言に沈思する。

 この籐九郎のセリフには、私も強く共感しました。

 毎日があまりに同じことだらけで、頑張っても頑張っても、現状維持だけが精一杯。
 悪いことだけは確実に起きる。 いいことなんか、すずめの涙(それを少女ポリアンナのように見つけていかねばしかたないんですが)。
 自分にはゼロをプラスに転じる力などないのだ、と思い知らされることばかりで。
 「なんかこう、劇的に人生、ひらけていかないもんかなぁ!」 と叫びたくなる時がある(いや、車の中でひとりで叫んでます…笑)。

 見てみたい。
 人生が急に、ぱあっとひらける瞬間を。

 このセリフがきっかけとなって、この回のドラマは急速に見る側を惹きつけてやまなくなります。
 つまり、この瞬間から、頼朝は明日がぱあっとひらける瞬間に、立ち会っていくのであり、清盛の明日は、霧の彼方にどんよりと隠れて行ってしまうのですから。

 ああ、このダイナミズムが、大河なのであります。
 このあと鹿ケ谷の陰謀と伊豆での頼朝・政子との動向は、交互に展開するのですが、まさに相互が相互を補いながら、交響曲のような興奮を構築していく。 頼朝・政子サイドの描写が無駄である要因など、ないと思われるのです。

 陰謀が佳境に入るさなか、ハロプロの愛チャンが父親の命日の法要を知らせに成親・西光を訪ねます。 「我らは親不孝者にござりますな」 と感慨を述べる成親に対して、西光はうめくようにつぶやきます。

 「野良犬の声なんぞに耳を傾けたがために…」

 このセリフは、今回後半で重要なポイントとなってきます。 西光が清盛に対して抱いている、ガキみたいな怨念の中核が、ここには潜んでいる。

 陰謀が進行していくのを、清盛は持ち前の嗅覚で不審がっています。 信西が襲撃され自刃して果てたときと、空気が同じだ、というのです。
 これを黙って聞いている、盛国。

 私はこの、盛国の存在についても、ここ数回、「どうしてイエスマンになり下がってしまったのか」 と不満を隠しませんでした。

 でもよく考えてみると、ここ数回の清盛は、自ら心を隠している。
 自分がこの世の頂に近づけば近づくほど、清盛は孤独であるに違いない、と思うのです。

 今回、不安を隠そうとしない清盛のそばに、黙ってついている盛国、というのは、それだけで清盛にとっては心の安寧をもたらしてくれる心強い存在になっているのではないか、そんな気がしました。
 おそらくこのあと清盛は、もっともっと孤独になっていく。
 それにつれて盛国のそうした存在意味は、この先もっともっと大きくなるような気がしてまいりました。

 ここに現れたのが、多田行綱。

 陰謀のとっかかりのときからビビりまくりだった行綱、その陰謀をばらしに来たのです。
 このくだりを見ていると、先に行綱が頼政に陰謀をばらしにいったとき、そのまま頼政を放っておいた、ということは、頼政から事が露見することを本当は狙っていたのではないか、という気もしてくる。

 「頭目は…誰じゃ?」

 上目遣いに口をへの字に曲げた(ハハ…)清盛が、厳かに多田に訊きます。

 そして、ついにその日。

 その日同じころ、政子は頼朝とは別の男のもとに嫁ぐことになっている。 ここから京と伊豆との交互の描写が始まります。

 京では、成親と西光が、相次いで平家に捕えられる。
 その報を聞き、サイコロをぎゅっと握りしめ悔しがる後白河。
 だからあんな子供だましみたいな陰謀してるから…(笑)。

 後白河の陰謀は、先ほども述べたように、かつてデブ頼らが企てた陰謀と、性格的にあまり変わらないと思うんですよ。 ポッと出のヤツに一切を任せる。 こういう場合は、長年自分の子飼いにしてきた者を従えるべきだと思われるのです。

 でもそんなヤツなんかそもそもいない。

 もともと変わり者として名の通っている後白河のまわりには、あまり優秀な人材が揃っていないように思える。
 今回の明雲ボコりまくり(笑)でも、摂関家の藤原兼実とか、頭のいいクラスの官僚たちが、その常軌の逸しぶりに一斉にそっぽを向いている。
 そんな人望のない後白河の企てた陰謀、その稚拙さを、今回冒頭のシーンでは、実は如実に描写していたことになる。 ヘロヘロにも、ちゃんと意味があった(笑)。

 そして。

 白洲の前にひっ立てられた西光。

 そこに、上目遣いで口をへの字に曲げた(しつこい)、狡猾そうな清盛がやってきます。

 「西光どの。 なにが気に入りませぬ?」

 清盛は、西光の息子たちを流罪にしたことを恨むのは筋違いだ、すべては信西が思い描いた国づくりという大義名分のためにやっていることだ、と諭しにかかります。
 西光は、片腹痛いというように、目を閉じたままそれに反駁する。

 「わがあるじ信西のめざした国づくり?

 そなたごとき者に、あのかたの代わりがつとまると思うてか?

 …聞こえたか?(目を見開き、清盛を見上げて不敵に笑い)

 …無頼の高平太」

 父親を侮辱されたことに気を動転させる重盛、「そうなのか…」 とようやく腑に落ちたような表情の盛国。
 清盛は表情を変えぬまま、配下の者に西光を痛めつけるよう指示。
 奥に引っ込んで行きます。

 いっぽう、伊豆では遠雷が轟き、雲行きが怪しくなってくる。
 嫁ぎ先へ急ぐ政子の一行に、大粒の雨が降り注いできます。
 何かを思いあぐねているような政子。

 京では、西光への暴行が続いています。
 こちらは空っ風が吹き、乾いたような土煙が舞っている。

 この、天候の対比という演出の妙も、久々に見る気がする。
 いっぽうでは雲行きが怪しくなって嵐になりながらも、大量の雨で潤っていく心を描いており、いっぽうでは乾いた土煙を立たせることで、からからに乾いた清盛の心というものを表現する。
 ああ、なんか久々にすごいことになりそうだ…。

 土煙の中ボコられる西光、まるであざ笑うかのように、奥にいる清盛を罵倒し続けます。

 「まったく…! わがあるじ信西の先見の明よ…!

 20年も前に、野良犬を朝廷に上げれば、こうなることを見抜いておられた…!

 平治の戦で、源義朝は、わがあるじの首をとった…されど、もしあの時義朝が兵をあげなんだとしても、いずれそなたがわがあるじを討っていたであろう…!

 なんとなれば…。

 そなたの国づくりは、志ではない…!

 復讐だからじゃあっ…!!」

 その瞬間。

 遠巻きから座ってそれを見ていた清盛。
 満面に、憎悪に満ちた笑みを展開するのです。

 すごいぞ、松ケン。

 「…復讐…?」

 「さよう…! おのれを犬と扱う王家への恨みつらみに…突き動かされておるだけだからじゃあっ…!

 さようなものに付き合わされて、…よい面の皮じゃあ…!

 民もー…! 公卿もー…! うぬらもなあーーっ…!」

 名指しされて十把ひとからげに 「ツラの皮」 呼ばわりされる平家の面々(笑)。

 そして、この世の憎しみを、すべて背負ったような形相で立ち上がる、松ケン…じゃなかった、清盛。

 「どこから現れ…どこへ行くのかも分からぬ、得体のしれぬ男の復讐に、付き合わされておるのじゃからなぁっ…!」

 大きく息巻く清盛、その瞬間に、奥から脱兎のごとく飛び出して、ボコられ続ける西光のところに駆け寄ります。
 配下の者が散る。 再びひとりになった西光を、清盛は思い切り、足蹴にします。

 「うっ! うっ! ううっ!!」

 伊豆。

 降り続く雨のなか、頼朝の庵に、ずぶ濡れの政子がやってくる。
 政子はくるなり、髭切のもとに突進。
 血相を変えた頼朝と、その取り合いになります。
 もみ合いの末、鞘が抜かれた髭切。
 政子はその切っ先を、頼朝に向けるのです。

 「『遠く伊豆より、平氏の繁栄を指をくわえてみておれ』…。
 そう入道様に言われたとおっしゃいましたな?
 それはまこと、かような暮らしをせよということか?!」

 「ほかになにがあると申す?!」 反駁する頼朝。

 「ならばなぜ! (清盛から)この太刀を渡されたっ?!

 (政子、頼朝に髭切の柄を握らせ)武士の魂を忘れるなということではないのか?」

 ここでフラッシュバックするのが、私が清盛に最後に共感した(笑)、頼朝流罪を言い渡すシーン。
 この時の清盛は、自分が醜いことにまみれようともそれをしなければならない、という苦渋を抱えていた。 武士の世を目指し、この世の頂に登ろうとする男の孤独。 そのむなしさ。 清盛はそのすべてを、亡き義朝の分まで背負って、生きていこうと悲壮な決意をしていた。

 しかしその清廉な決意が繰り返されるなか、画面で鬼の形相のまま西光を蹴り続ける清盛は、その志を忘れ、自分がそもそも持っていた、「白河法皇のご落胤」 としての屈辱、劣等感を晴らすための道具として権力の魔力に取りつかれてしまっている。

 だから、「復讐」 なのです。

 ああ、それでか。

 もう、納得しまくり。

 早くこれを出せよ!(笑)って、鹿ケ谷のこの場面でしか、清盛の本心は暴露できなかったんですよね。 もう、溜めに溜めまくっていたわけだ。

 ここで清盛が若いイメージのまま、という、私がここんところクサし続けていたことが、とても効果的に働いている。

 つまり、もう60近いジイサマが、西光を思いきり足蹴にしたとしても、別に痛くも痒くもないと思うんですよ。
 だけどこのドラマの清盛は若いまんまだから、このシーンが限りなく暴力的に演出できる。
 まあ、清盛がジイサマだ、という設定であれば、「体力も衰えたジイサマがかつての清廉な決意を忘れ、情けなくブチ切れているだけ」 といった哀れさ、というものが演出できた、とも思うけど。

 若い清盛ジイジに(笑)思い切り蹴られ続け、もう死んでしまうのではないか?という風情の西光は、息も絶え絶えに叫び続けます。

 「見よー…! この横暴な振る舞い…!

 …どこまで行っても、…性根は無頼者ぞ…!

 卑しき犬ぞぉぉ…っ…!」

 ここで 「王家の犬」 と蔑まれてきた父忠盛からの恨みというものも、「白河法皇のご落胤」 という屈辱とミックスされている。
 「ご落胤」(出生)。
 「無頼の高平太」(劣等感)。
 「王家の犬」(階級)。
 この世に対する怨恨の3点セットだ(笑)。
 もう、清盛の内面、じゅうぶん分かりました(笑)。

 そしてかつての清盛が抱いていたやるせない決意が地にまみれた時。
 そのやるせない決意は、インサートされるずぶ濡れの頼朝に、どくどくと流れていくような錯覚を引き起こします。
 ああ、これぞ大河。

 西光を蹴り疲れた清盛。 うめくように西光に言い放ちます。

 「わしは武士じゃ…。

 武士の世を…!(また西光を蹴り上げ)」

 ここでかつて頼朝の前に髭切を突き刺したシーンと入れ替わる。 「作るのじゃ…」。

 そしてもうほぼ死んだのではないか、と思われるような西光の顔。

 「武士の世を…!」

 ずぶ濡れの頼朝。 髭切が突き刺さったときの若き日の頼朝。 醜く怒り続ける今の清盛。 この3つのシーンが、もう完全にごちゃまぜとなって、見る側の心を揺さぶってくる。

 ああ…。

 死ぬぞ(笑)。 西光死ぬぞ(そっちかよ)。 もう死んじゃうくらいシビレまくりました。

 清盛の志が頼朝に注入し続けるなか、ずぶ濡れの頼朝が見上げると、そこには同じくずぶ濡れの政子が笑っている。

 鎌倉幕府の内面的なスタートラインであります(笑)。

 立ち去ろうとする政子に、頼朝はすがりつきます。

 「連れて行ってくれ…。

 私を明日へ…。 …連れて行ってくれ…。

 昨日とも違う…。

 今日とも違う…!

 私の明日へ…!」

 ここ。

 泣けました。

 私自身も、昨日も今日も同じような毎日のなかで、のたうちまわっている心もちがするからです。

 泣けたけど、「連れて行ってくれ」 とは他人任せだな、と思っていたら、政子がしっかりその部分を突っ込んでくれました(笑)。

 「…『連れていけ』 とは、…女々しいおかたじゃ…(ハハ…)。

 共に参ろうぞ。

 まだ見ぬ明日へ…!」

 ずぶ濡れのまま抱き合う頼朝と政子。
 くそっ。
 このドラマの、どこにイチャモンをつけられようか(不肖橋本、繰り返すけど、いい時はいいと言うぞ)。

 そして乾いた土煙が舞う裁定の場、重盛が父・清盛を必死で止めに入ります。
 なんとこの対比の妙よ。

 死んだか?と思った西光、絶え絶えの息で呻きます。

 「分かっていたことじゃ…。

 …わがあるじ…信西が死した時…天は!…この国を見棄てた…!…」

 清盛、よろよろと立ちあがり、「洛中引き回しのうえ、朱雀大路にて…斬首せよ」。

 ひっ立てられ退場していく西光。 そこに残されたモノに、清盛の視線が釘付けになります。

 それはかつて、信西が国づくりのために予算計上をせっせとしていた割りばし(割りばしって、ほかに言いようがないかな?…笑)。

 清盛はそれを見るなり、まるでそれが憎いかのように手に取り、何度も折り続ける。

 これってどういうことなのか。

 つまり、清盛は、「自分は何者なのか」 ということを自らに問い続けながら、若き時代を生きてきた。

 でも信西(当時高階通憲)はそんな清盛に、「誰でもよ~い!」 と、気の抜けたような答えを用意していたのです。

 そんな信西の気持ちを折った清盛は、自分を探し続ける、という行為までも、みずから否定したことになるのではないか。 それだけ自分が偉くなった、と思いあがっていることの象徴として。

 「焼き捨てよ…!」

 別に2本ばかりの割りばしなど、焼き捨てる必要もないのに、清盛は配下の者にそう吐き捨てます。

 伊豆。

 政子が落ちていた髭切の鞘を、頼朝に手渡します。

 頼朝のナレーション 「(私は、私の明日を見つけた。

 そのとき、平清盛は、明日を見失いかけていた)」 笑うふたり。 ♪ふたりは若~い~。

 しかしここで終わらないのが今回の 「平清盛」。 ダメ押しが待っていました。

 双六に負けた形の後白河。
 乙前がそこにやってきます。

 「乙前…わしはまた、…失うのか…?」

 滋子に続いて、この法皇の座も?という意味でしょうか。

 乙前 「国の頂を巡る、壮大なるすごろく遊び。
 あまたの駒を失うは道理にござりましょう。

 あなたも…。

 入道様も…」

 さまようかのように西光を蹴り続けた足を引きずりながら、それでもなお空威張りするように歩く、清盛。

 この清盛のていたらくと、後白河とを同列に論じる、この回のダメ押しには、完全に参りました。

 ふぅ…。

 もう、なにも申し上げることはございません。

 それにしても、ここ数回の三味線弾きは、なんとかならんかったのか?と恨み節がまたぶり返す(笑)今日この頃であります。

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コメント

リウ様

渾身のレビューありがとうございました。
お疲れさまでした。sleepy
って、これからお仕事かな。。

>つまり、もう60近いジイサマが、西光を思いきり足蹴にしたとしても、別に痛くも痒くもないと思うんですよ。
 だけどこのドラマの清盛は若いまんまだから、このシーンが限りなく暴力的に演出できる。

な〜るほど、そういうことかぁ。

ただ、ちょっとやりすぎ?
こんなに蹴っ飛ばしちゃったら、ふつう死んじゃうでしょう。。。、言葉も出ないでしょう。。という感じでしたよね〜。

でも、このシーンの直前の松ケンの顔の表情は素晴らしかったですよね。ほんとに。。。
ほれぼれしました。松ケンの実力を見せつけてくれましたね。

この回は、大河ドラマの名に恥じない回でしたねnotes

投稿: rabi | 2012年10月31日 (水) 18時00分

クランクアップして取材に応じる松ケンの
コメントから考えるに清盛のラストスパートは
ここからのようですね。

投稿: 巨炎 | 2012年10月31日 (水) 18時36分

 リウ様、壮大なレビュー、お疲れ様でした。心より、御礼申し上げます。ぺこり!

 私もこのところの、「死んだふり」(笑)に騙された一人ですから、リウ様の口惜しいお気持ちもよ~くわかりますですよ。でも、レビューしてくださいまして、ありがとうございます。

 私はずっと、清盛は白河のご落胤でという設定なので、武士であるというのは、格下げ?とか思っていたわけです。でも、彼は兎丸、盛国と同様、罪人の子なんですよね。盗賊の父を持つ兎丸、禁漁の勅命に背いて死刑にされた猟師の子の盛国、白河に背いて清盛を生んだ為に罪を負って殺された母の子である清盛。

 兎丸は盗賊のおっ父は、貧しい民を助ける為に盗みをしてたから、義賊であって、むしろ、それを誇りにして、這い上がってきた。

 でも盛国と清盛はお上の理不尽によって、罪人の子の運命を歩まされてきた。子を殺さず産み落としたのも、その子の命を守ろうと逃げ出したのも、母として、当然の事をしただけだったのに。

 自分をわが子として、育ててくれた、父から、「強くなれ」と宋剣を与えられた清盛。武士として野良犬から、這い上がる事。武士の世をつくる大義を果たす事を目指して、やってきた。それが、王家の犬と蔑まれながら、闘ってきた、忠盛の宿願でもあったから。

 信西は「誰でも良い」と彼を朝廷へと引き上げてくれた。認めてくれた。源氏の御曹司、義朝は友として、ライバルとして、武士の世を共に目指してくれた。

 信西の弟子、西光は信西に心酔するあまり、師を見殺しにした(西光からすると)清盛が許せなかったのでしょう。それと、彼は信西と違って誰でも良いという寛容さを持てなかった。

 西光が清盛を「無頼の高平太」と呼び、「清盛の国づくりは、野良犬の復讐だ」と清盛の事を罵るのに、清盛が烈火の如く怒り鬼と化すのは、それが、清盛の武士の世をつくるという大義の底に隠してきた、隠れていたものを抉っていたからだと思います。そして、盛国は、清盛が、武士の世をつくるという大義で、理不尽にも与えられた宿命を乗り越えようと、心の痛みとともに闘っているのを見守ってきた。同じ痛み、苦しみを背負う者として。

 などと、考えていくうちに、清盛に凄く、共感してしまったのです。出自は本人には努力ではどうしようもない事もある。でもそれで粗暴なのだと、西光は責める、蔑む。卑しむ。(まるで大阪の市長さんと週刊朝日みたい)私はずっと、兎丸は清盛の影だと思っていましたが、彼は光だったのです。屈託なく己の出自を誇れるのだから。何度も西光を蹴る、清盛。頼朝に髭切を突き刺した時のように泣いてはいないのですが、泣いてるように思えました。彼の心の底に澱のようにへばりついている、差別されてきた苦しみ、痛みが。心に仮面をかぶっていたんだなと。義朝がいない世で一人で闘って、汚れにもまみれながらも、この世の頂に立つべく、生きてきた。

 また、源氏のパートが希望をよびこむ。びしょ濡れになりながら(伊豆は熱帯雨林か!)、政子が髭切を抜いて、「武士の魂を忘れるなという事」と清盛を好意的に代弁して、ついに、へたれの頼朝を立ち上がらせました。頼もしい!「明日へ連れて行ってくれ!」という、頼朝の女々しい口説き文句でしたが。「共に参ろう」なんと頼もしい伴侶か。

 明日を伴侶に手に入れた頼朝。明日が見えなくなりつつある清盛。明日が来なくなって、今日で終わったら、それは死ぬる事。

 法皇にとっては双六遊びですから、作戦も甘いですよね。兵力のあてもないままですから。双六遊びの代償は大きいですよね。お互いの力も削がれてしまったし。清盛にとっても、後白河法皇にとっても。

 足を引きずって歩いていく清盛に衰えを見ました。だいたいあんなに蹴っても、西光さん、息あったし!それも、衰えなのかな。

 ここ数回のていたらくに騙されちゃったですね。(笑)でも、面白かったです。見応えのある回でした。蹴り飛ばすために、清盛がズンズンと、飛び出して行ったのを見て、だから、若いままなのねと私は思いました。(笑)迫力あったもの。清盛の苦い人生、松ケンくんには最後まで頑張ってほしいです。もう撮り終わってるけど。

 それでも、視聴率は一桁だそうで。もったいな~い!ゾクゾクできたのに!(笑)


 

投稿: ささ | 2012年10月31日 (水) 21時50分

リウさまのレポ、さささまのコメント、ともに読みごたえがあり、納得したり、うなったり。
楽しませていただきました。

清盛のあの場面で、すっきりしたという人、周りにも多くいました。皆さん、同じように感じていたようで・苦笑

最後のあの男同士(こら)の盛り上がりは最高でした。
>共に行こうぞ
こんな頼もしい女性ばかりだったら、男性ももっと雄々しく生きていけるでしょうね。

>足を引きずる清盛
間違いなく平氏は下り坂ですもんね、
次週ではいよいよ、重盛君が・・・、
のようで、心してみたいと思っています。

投稿: マーシー | 2012年10月31日 (水) 23時09分

rabi様
コメント下さり、ありがとうございます。

そ~です、その時間私はこれからお仕事でした(笑)。 寒いと痛いところがますます痛くなるような気がしますが、それに加えて風邪っぴきみたいになってる感じです。 どうもイカンです。

西光、あんだけ蹴られたら、角田美代子にやられなくとも死にます(ハハ…)。

ただ、清盛がヨボヨボのジーサンだったら、「見よ~!この横暴なるふるまい!」 と西光がこれ見よがしに周囲に訴えても、まったく説得力がない(爆)。 「ジーサマのふにゃふにゃキックで、何を被害妄想針小棒大に騒いどるか」 みたいな感じで(笑)。

こういう、現在過去未来~のミックスダウンみたいな演出は、そうそう頻繁にはできないでしょうが、このドラマ、清盛の人生に救いというものを用意しているのか、甚だ不安になってきました(笑)。

投稿: リウ | 2012年11月 1日 (木) 08時01分

巨炎様
コメント下さり、ありがとうございます。

私もそんな感じがしますねー。 なんたって、清盛はもっともっと偉くなって、もっともっと孤独になっていくでしょうから。

投稿: リウ | 2012年11月 1日 (木) 08時04分

ささ様
コメント下さり、ありがとうございます。

まあ、木曽のオジサンオバサンはどう思うか知りませんが(あ、アキラ様のね…笑)、画面が過去とか現在とか伊豆とか京とか目まぐるしく変わって、却って分かりづらさは増したのかもしれません。

だから分かりやすいものを求めている人たちは、視聴率には貢献しそうもありませんよね。
でもこの回も、やはり最初から見ていなければ、分からないことが多すぎるような気がします。 第1回からの伏線が回収されてますからね(笑)。

それにしてもささ様の考察には負けましたhappy02。 やっぱりもうこのドラマに関しては5、6行で締めて、あとはささ様に書いてもらおう(爆)。

特にささ様の考察でよいのは、清盛の心の中にある悲しみを見据えている点だと思います(年上の人にエラソーでスミマセン)。

怒り続ける清盛の表情に、泣き顔の清盛を見ている。

私はそういう愛情のこもった考察はできません(笑)。

「復讐」 と言われたことがかなり図星で、自分の中にあるすべての憎悪が湧出した、というのが 「冷たい」 私の見立てでした。

ただこの復讐。

もっともっと掘り下げると、「もののけの血に対する復讐」 という側面も担っているような気がいたします。

つまり、自分自身に対して、その復讐というものが向かっているような気がするんですよ。

だから、ささ様のように、盛国と清盛との共通点を見い出すこともできないし(笑)。 つまるところ、「母」 としての視点なんですよね、ささ様のそれは。

このドラマの、作り手の視点のすごいところは、清盛が自らのもののけの血を忌避しながらも、その 「血」 の繋がりで王家との連携を強めていく、という二律背反を描いている部分なのかな、という気がします。 清盛が自ら憎んでいるものを道具として、自らが、まだ誰も見たことのない、この国の頂に立とうとしている。

これにも、復讐、という側面が絡んでいる気がするんですよね。

この世のてっぺんに登る、ということは、とりもなおさず、まわりには誰もいない状況が作り上げられていく過程だ、と言えます。

ただその栄華の頂上に立ったときに同時にくる身の破滅、という悲劇から、どんなラストが待ち受けているのか。

見終わって、「ああ、清盛の人生、スッゲー虚しかった…」 と思っちゃうのか(爆)。

最終回を見たあと、みんなズドーンとショックで寝込んじゃうようなラストは、いやだなあcoldsweats01

投稿: リウ | 2012年11月 1日 (木) 08時43分

マーシー様
コメント下さり、ありがとうございます。

私なんかの拙いレビューより、ささ様の考察を読んだほうが、よほどためになります。 とても敵わないですよね、ささ様には。

まあ、頼朝と政子の話はメインではないので、こういう指摘をするのもなんだかな、と思うのですが、このドラマでは、このあと頼朝が類まれなる政治力を発揮していく素地というものを、ほとんど描いていない気がいたしますよね。 伊豆に流されて20年間だったかな、ほとんどフヌケ状態でしたから(爆)。

ただ、頼朝に、清廉だったころの清盛のこころざし、という血が輸血されたことは、今回はっきりと見てとれました。 このドラマにおいては、それでじゅうぶんなのかもしれません。

投稿: リウ | 2012年11月 1日 (木) 08時52分

よいしょしてくださってありがとうございます。(笑)でもうれしいです。るんるん!(単純バカなのよね!)

 もののけの血、己への復讐につまるところ、なっているのだと思います。なにせ、熱病で死にかけた時『もののけ白河』の夢を見るぐらいだもの。(笑)白河よりビッグになって、彼のかなえられなかった景色を見てやるそうですから(笑)

 怒りより、悲しみを思ったのは、松山ケンイチの個性によるものが大きいと思います。(これまで、演技をけなしてもきましたが)彼、明るくても、無表情でもどこか、泣きたいのをこらえてる時の我が家の近所の泣き虫だった男の子の小さい頃(もうすぐ20歳かな?)に似てるんですよ。(笑)

 盛国はずっと、清盛同様、私の不満のもとでして、ずっと、彼の位置を考えていて、理不尽な罪をお上から背負わされた共通点をやっと見つけたのです。だから、イエスマンなのかなと。いつも一緒の義友主従とある意味似た関係ですよね。(笑)喜びも悲しみも苦しみも一緒という事で。一緒に泥にまみれる覚悟なんだろうな。だって、清盛、一人ぼっちになってるから。清盛自身でそう追い込んでいるところも見受けられるし。

 もののけの血への憎悪、忌避はそれはもう、想像以上持ってるのじゃないですか。だから、白河の院政を続けようとするゴッシーも追い落としたい!もののけ一掃みたいにして!白河のせいで、自分と自分の母は罪人になったのだから!鳥羽ちゃん(と白河)の愛しいたまちゃんを守る為、腹の中の清盛は災いだから、殺せとなったのが発端ですから。(韓流ドラマのような、設定!)

 でももののけへの復讐は最後は自分に還ってきそうですよね。でも心の底では覚悟してるかもですよ。政子さま曰く、頼朝に武士の魂あげたでしょ!忠盛が「強くなれ」と言った時のようにして!友の義朝は「自分が死んでも、源氏は滅びない、再興する。」と言い残して去っていったわけですから、敵の未来の総大将に自分を滅ぼす太刀を授与したようなものです(笑)

 本当にいい回でしたよね。三味線弾きであしらわれてたですね。この大河もともと、わかりやすくなかったもの。油断してたな~。でもこういういい回がもっと続いてほしいです。

  

 

投稿: ささ | 2012年11月 1日 (木) 10時42分

ささ様
またまた取り急ぎ(笑)。
ただいま 「大奥」 第3回のレビュー執筆中ですが、またタイムアップです(笑)。 どうも時間が足りない(笑)。 明日の朝、またあらためて返信いたします。

投稿: リウ | 2012年11月 1日 (木) 16時24分

 「大奥」!楽しみに待ってます。このドラマの多部ちゃんは『あたり!』です。もう少しで「平清盛」から浮気しそうだったくらい!清盛と対照的にこちらは、直接ストレートに激しく心に迫ってきますから!

 レビュー期待していますよ。ただ、お腰の方も大事にしてくださいね。(笑)

投稿: ささ | 2012年11月 1日 (木) 19時59分

リウ様
こんばんは。
いや、凄いものを見せてもらった、という感じです。皆様も書かれてますが、松ケンのあの表情。あれだけ、冷酷で、醜い「憤怒」(だけではないんですが)の顔をした役者を、私は観たことはありません。強いて言えば、「カーネーション」で、「稼いでるさかい、誰も文句言わさへん」と八重子さんに嘯いていた糸子に匹敵する醜さと思います。(尾野真千子さん、すいません)

でも、大河の主人公を、終わり間際のこの時期に、ここまで落とすかな~。私も、リウ様同様、この物語をどう畳むのかが、ものすごく気になっています。キーとなるのは、ドラマ冒頭の頼朝の言葉かな。「清盛なくして、武士の世はなかった」これにどういう形で繋げ、私たちを納得させてくれるのか。ここまで観て、絶対何かやってくれる、とは期待しているのですが。

歴史ではこの後、頼朝が義経を滅ぼし、頼朝が打ち立てた源氏政権も3代で滅び、本当に「武士の世」になるのは、承久の変で北条政権が後鳥羽上皇を流罪にしてからですもんねぇ。そのとき、杏サン、じゃない政子さんは、尼将軍として一世一代の大演説をぶつわけですが・・・さすがにそこまではやらないと思いますが、どこまでフォローするんでしょうか。源氏を襲った悲劇まで匂わすと、物凄~く陰鬱な終わり方になってしまいますよね。

それはそれで観てみたい気もするけど、それこそ三日ぐらい寝込んでしまいそうな気がします(笑)。

投稿: Zai-Chen | 2012年11月 1日 (木) 21時39分

昨夜は寝ないで一気に5回分視聴しました。(兎丸退場回は残念ながら録画がありませんが・・・)
何というか・・・最終回を待たずにズドンと心に重く効きました。

清盛の繕ったような表情の仮面が粉々に砕け落ちる音が聞こえました。たぶん重盛にも、居合わせた平家郎党全ての人の耳に聞こえたのではないでしょうか。崩壊のスタートでしょうね。

何故西光には清盛の仮面の下の表情が見えたのですかね。
清盛蔑視の感情とは別に、「信西の志とは違う」という一点はわかっていたのでしょうね。やつれた姿で算木で国家再生の予算組みをする信西の姿を見て、師光は手を合わせていましたから。。信西の志を誰よりも近くで見て、理解している人間ですもんね。

橋本さんがおっしゃるように、清盛の乾き切った孤独が切々と伝わってきたのと併せて、重盛の悲しみと孤独も本当に心が痛かったです。重盛は清盛を愛していますし、敬っていましたから。難局に翻弄され、父親の真意も明かされず、それでも父親の政事を支えていこうと悲壮な決意で必死に生きてきた重盛の目に清盛の姿はどう映ったのでしょうね。

今日は一日給料ドロボーのようなサラリーマンでした。いかんですよね。
久しぶりに生き生きした橋本さんの清盛の感想、嬉しかったです!


投稿: アキラ | 2012年11月 1日 (木) 23時18分

リウ様

渾身のレビューありがとうございます。心動かされました。皆様のコメントも含めて、深い考察を読めてとても嬉しいです。

話題のシーンですが、西光の告発が西光個人の憎悪から出たものだけではない、という演出はすごかったです。史実以上にドラマチックなのが「これぞ大河」なのですね。西光からは信西が、頼朝シーンと回想からは義朝が、透けて出てきて現在の清盛を非難する。二人とも若き日の清盛の同志なので、「武士の世」に燃えていた昔の清盛自身からの非難でもあり、とても辛く哀しいシーンだと感じました。罵りの言葉自体は間違いなく西光の憎悪から出た言葉だと思いますが(一部聞き取れなかったので、ここで理解しました)。西光のキャラの薄さへの不満は以前からリウ様も仰っていましたが、今回の西光のためにはこれしかなかった、と納得してしまいました。

あれだけの告発を受けても、清盛のやってきたことは間違っていない、と思ってしまうのは清盛に入れ込みすぎたせいでしょうか(笑)。一つ一つの選択はベターなはずだったのに結果的にはどうしてこうなった、という類の哀しさがありました。悪いことをした、でも間違ってはいない、なんて言葉もありました。「諸行無常」が見えてきたと思います。


ただ、源氏側に心を奪われがちになってしまいました。頼朝政子が輝きすぎてもう…。平家ノーカットver.も見てみたいです。

投稿: くうじ | 2012年11月 2日 (金) 07時09分

ささ様
あらためて返信いたします。 このところ返信のしかたがワヤクチャでスミマセン(ハハ…)。

腰のほうは背骨のズレを自分で治しました(こんなシロート療法でいいのか?)。 だってずれてるところから髄液が漏れだして、大腿部の神経を圧迫してるんだもん(って、医療ドラマの見過ぎか?)(知らないのに知ったようなふりして書いてます)。

ただ足の痛みと痺れはいかんともしがたく、どうも清盛のように足を引きずって歩くような感覚が抜けません。 この先まともに歩ける日は、来るのかな?

調子がよくなるとストレッチとか怠け気味になって、またひどくなってまた再開、という悪循環、というか(笑)。

ささ様のほうがよほどお悪いと思うのですが、どうも年をとったせいか、病気自慢の傾向が芽生えたようです(自分がこんだけ病気してる、ということは、自分がこんだけ頑張ってんだ、という訴えの裏返しなのだ、といま気付きました…笑)。

「大奥」 は、そんなに期待されるほど(このレビューみたいに)渾身のものにはならない予定ですが(笑)、今日明日が2連休なので(そもそも土日休み、というものがございません、うちの業種)それを利用して、録画機の容量を確保する作業にいそしみたいものです。

松ケンクンの表情に泣き顔が見える、というのは、それだけ根を詰めて役に没頭しているからなんだ、と思います。 それでもここ数回は、そんな深層の心理を出す機会がそもそもない台本でしたから、ここで脚本の藤本サンも、松ケンクンも、ここぞとばかり思いを吐き出したのでしょうね。

盛国演じる上川サンも、「ただ見守る役」 というのは、かなり難しい演技を強いられるような気がしてまいりました。 つまり、清盛ひとりでは精神崩壊を起こしそうな権謀術数や、いわれもない逆風(ここまでくるといわれもある、か…笑)を、後ろからつっかえ棒のようにして支える。
そこには盛国なりの、権力に対する復讐というものも内包されている。
そう考えてみるとすごいな。

それと、髭切に武士の魂を託した、という解釈。

これはそのまま、武士の世を作ることによって生じる軋轢とか矛盾などの、ネガティヴなファクターさえもいっしょに頼朝に託した、という気がするんですよ。

つまり、この物語では、「武士の世を作る」 ということ自体に、正直なところ肯定的な立場をとっていないように感じる。

悪によって悪を洗い流す、という、「ドラゴンボール」 方式が採用されているような気がするのです(笑)。

投稿: リウ | 2012年11月 2日 (金) 09時58分

Zai-Chen様
コメント下さり、ありがとうございます。

「カーネーション」 の引用をするから巨炎様かと思たら、Zai-Chen様でした(笑)。 「カーネ」 の話が出ると、もう忘れ気味になってる(ひどいな)私は戦々恐々で(笑)。 自分の書いたクソ長い(ハハ…)レビューを読み返しながら巨炎様の緻密なコメントに返信しておるのです(笑)。

Zai-Chen様ご指摘の、このドラマのそもそもの冒頭の、頼朝の述懐。 清盛がいなければ自分はいなかった、武士の世は実現しなかった、というのが、この諸行無常の物語の折衝点なのだ、と私も感じます。

ただそこには、やはり武家社会の矛盾そのものも、一緒に受け継がれている深み、というものを、ドラマを見ていると感じてきます。

やっぱりすごいわ。

いろんなものの見方を喚起させてくれるんですからね。

いやはや、視聴率が最悪の、類まれなる傑作が生まれる瞬間に、我々は立ち会ったものです。

投稿: リウ | 2012年11月 2日 (金) 10時11分

アキラ様
コメント下さり、ありがとうございます(ホッ…笑)。

木曽のオジサンオバサンにはたぶん不評だと思いますが(すいませんね私もシツコクテ)、本当にすごい話だったと思います。

シツコイついでに話をさせていただければ、本当にそのドラマに対する愛情が失せてしまった場合、アキラ様もご指摘だったように、これ以上わざわざレビューを起こしたりしないと思うんですよ。 黙ってその後は書きません。 お察しくださいまし。

松山クンに関してはまあ、下らんブロガーの個人的意見だ、と思っていただければ構いませんが、今回はそんなヤナ奴である私でさえブッ飛んで完全降伏したのですから、それで溜飲を下げてくださいましcoldsweats01

信西と清盛の違いは、予算編成を良心的に行なっているか、現在のこの国みたいに歪んだ使い方をしているか、という違いもある、と感じます。 清盛は予算がうなるほどあるのに、それを良心的に振り分けていない、という恨みがある。

そしてやはりその出発点には、清盛がどこの馬の骨かも分からない人間であることへの蔑視は、確実にあると思います。 アキラ様はメインに考えていらっしゃらないようですが。

出自そのものに対する疑問から西光の清盛に対する認識は始まっているから、「自分がこの国でいちばんエライ人間になろう」 と思っている清盛が、信西の理想をそのうちに道具にしてしまうのではないか、という危惧を常に持っている。 卑しい人間は、結局自分のことしか考えていない、という理論形成です。

清盛は清盛で、信西と付き合っていたころの自分は、「自分が何者であるか」「自分は何をこの世でなすべきか」 に迷っていた。 それを父忠盛の屈辱を素地にしながら、白河、鳥羽、藤原摂関家、という、政治のていたらくを見ながらこの国の維新を成し遂げよう、という動機と絡み、「自分がいちばん偉くなれば問題解決じゃん」、と思ったところから、信西に共感していた清浄な目的が道具化していく。

権力集中してエラクなっていくと、やはり正常なものの見方というものは、出来なくなります。 最近の私も、エラソーだったでしょ?(笑) 話がエスカレートしていくんですよ(笑)。

信西の算木(あ、そうか、算木って言やよかった…爆)を清盛が感情的に折ったのも、自分のかつての志を清盛が捨てたことと同義であり、算木を通じて信西の魂に叱り飛ばされようとしていることへの嫌悪もあった、と感じます。

給料ドロボーって、仕事時間に見てたの?(笑)

近頃じゃスマホと録画機を連携してどこでも見れちゃったりするのかなぁ(よく知りませんけど)。

ああアナログ人間…(スマホなんか、あんな小さな画面でなにが分かるんだ、という感じと、画面を指で動かして油がつきまくりで汚いよなぁ、という感じです)。

投稿: リウ | 2012年11月 2日 (金) 10時59分

くうじ様
コメント下さり、ありがとうございます。

字幕付きの録画設定にしといて、私もよかったです(笑)。 特に怒鳴り散らしまくりだと、結構セリフが聞き取れなかったりするんですよね。 しかも私の場合、極度の難聴もあって、ただでさえセリフが聞き取れないことが多くて。
このドラマ以外は字幕付き録画に設定してないため(だってHDD容量食うんだもん…笑)、レビューでのセリフの書き起こしは結構避けるようにしてます(笑)。

そう、鹿ヶ谷の事件といっても、こんな劇場みたいな裁定にはならなかっただろうと思いますよね。 こういう、現実にはあり得ないようなことをやって、主人公の心の闇や権力の闇を表現していくのが、やはり創作のすごいところだろう、と感じるのです。

これほどまでに主人公をヨイショしない大河というのも、初めて見た気がいたします。

でも、そこから人間のどうしようもできない悲哀を描き出すのですから、くうじ様が清盛に共感したままだ、というのも納得の話であります。

これから先、清盛は、ここ数週の私のように、調子に乗ってこの世の頂に登っていくのでしょうか(笑)。

人というのは、さまざまな紆余曲折があった末に、晩年とても輝く生き方をするかたもいらっしゃいますし、文字通り晩節を汚すような生き方に陥ってしまう人もいます。

しかしこのドラマは、晩節を汚すような生き方をする者(清盛)に対しても、さまざまな意義を見い出そうとしているように思えます。

「諸行無常」 の話を取り扱いながら、「諸行無常」 を否定しようとしている。 その先の光を見据えようとしている。

今週傑作だったから、またあと数回はショボイ回になるかもしれませんけど(笑)、もうこれは、最後まで侮れませんconfident

投稿: リウ | 2012年11月 2日 (金) 13時11分

 西光さんについて。大熱演でした!

 彼にとって、信西さんが全てだったと思います。多分信西の死に際して、物陰から、見守っていく形で、結局見殺しにしたというのを、彼は悔やみ続けているのだと思います。

 「信西が死んだ時、天は世を見放した。」西光さんも見放されたんです。きっと。なのに、信西は最後まで、家来なのに無力だった自分じゃなくて、どこの馬の骨かわからん清盛の助けを待っていた。信西は西光を逃がした。出家の名も与えて。でも彼を最後に選んでくれなかった。現実的な人だったですから、出自に関係なく力のある者を選びました。

 清盛への怨念は、彼が信西を清盛同様、見殺しにしてしまった事への、深い後悔からくるものもあるのじゃないでしょうか。そして、西光さんは信西との過去で、時を止めてしまっていたのでしょう。あの算木を形見がわりに持って。

 清盛が算木を折ったのは、リウ様の言われるように、若い頃の、自分探しや武士の世に理想を求めていた自分との決別なのかな。もう、戻れないのです。西光みたいには。(西光にはそこしかないわけですが)

 でも、清盛の心はとても、苦しいはず。かむろに兎丸が殺された時のように。自分でかつての自分を否定し殺していくようなものだから。

 だから、彼は仮面の下で泣いてるように、私には思えます。義朝と別れた、河原でうずくまっていた時のように。重盛じゃないけど、助けてあげたくなりました。権力を上り詰めて、汚れて行った清盛の息子重盛が、『清い』というのも、天の計らいの妙なんじゃないでしょうか。(笑)清盛は重盛には、清いままでいてほしいのかもしれません。

投稿: ささ | 2012年11月 2日 (金) 14時31分

ささ様
コメント下さり、ありがとうございます。

「大奥」、やーと第4回放送前に第3回のレビューアップいたしました(セーフ…笑)。

やはり連休でも、眠気のほうが数段勝ってしまっているようです。 でもなんとかしないと、もう3時間くらいしかHDD容量がないもんで!(笑)無理してでも見続けなければ(笑)。 「大奥」 第3話も、レビューした先から速攻消去です(笑)。

加藤虎之介サンは、「ちりとて」 のときは大男(特に今回の弁慶である青木サン)とのシーンが多くて、結構身長が低いのが印象的だったのですが、今回は全くそのようなように見えない、というのは、やはり存在感がそれだけ増しているからなのかな、という気がいたします。

清盛に関しては、清廉な志、などと何度も書いてきましたが、もともと頼朝を断罪した白洲の場でも、「醜きことにまみれながら」 と(汚いことにだったかな?)、自分がこれからやることは、汚いことなんだよ、ということを宣言している。

でも、それをやるにも、その時点での清盛は、虚しさや苦しさを伴侶にしながら断行していかなければならない、という思いでいたことは確かだった、と感じます。

それが、滋子を後白河に差し出したり、徳子だったかな、また朝廷とくっつけたりしているあいだに、「別にこれって、虚しさや苦しさを感じる話じゃないじゃん」、という思い直しをしているような気もする。

なぜならば、平家一門を一蓮托生として大切にする清盛にとって、身内を増やしていく、という行為は、結構楽しい作業のような気がするからです。

だから頼朝を断罪した場での、清盛自身の苦悩が、いつの間にか雲散霧消している。

そんなからくりなのかな、という気がいたします。

「清」 盛が清くない分だけ、重盛に清いままでいてもらいたい、というささ様の考察。
やっぱり全然黒くないですよ、私のほうがよっぽど黒いです(笑)。

投稿: リウ | 2012年11月 2日 (金) 19時48分

リウ様

こんばんは。
実は、私はこの回あんまりピンと来なかったんですよ。
松ケンが暴走しているのも「白河院の遺言」(でしたっけ?)の回からのような気がしてて。

夢(?)で再会した白河院に「もののけの血」を再び呼び起こされた清盛が、白河院に対抗するかのように走り続けてる、みたいな解釈をしてました。
忘れかけていた「もののけの血」。
ドラマの初めから言われまくってた「もののけの血」。
「松ケンが”もののけの血”という他者評価から解放されてほしいなあ」と願いながら見ているのですが、このまま行ったら多分無理そうな。(いや、最後に一瞬だけでも解放させるのかな?)

だからなのか、加藤虎ノ介を蹴ってるシーンを見ても何となく「わかりやすい」ように感じてしまう。
もっと言えば、「もののけ」と言われる位だからもっと残虐であってもいいかも、なんて思ってしまう。
「無頼の高平太」が「もののけの血」「修羅の道」にまみれてもっと「もののけ」みたいになってしまったような演出でもいいかも、なんて考えてしまうんです。(過激ですかねー)

それはそうと、岡田将生と杏のシーン、「何で雨にしたんだろ?」とか考えてました。
しかも豪雨。金もかかって撮り直しも難しい雨のシーン。
「晴れてる(曇りのような気もするが)場面で、堕ちてゆく清盛」との対比かな?
とか、考えてたんですが、何だか岡田将生と杏にとっては「恵みの雨」のような気もする。
多分両方(又はそれ以上)のニュアンスを込めて作ってるんでしょうねー。

ああー、そのうちお題で「雨」が出されそうなので、今回の「恵みの雨」もストックに入れておこう〜なんて考えつつ。

投稿: まぐのりあ | 2012年11月 3日 (土) 00時22分

まぐのりあ様
コメント下さり、ありがとうございます。

こういう、今回の出来について礼賛一辺倒のところに異論をぶつけてくるとは、まぐのりあ様、いい度胸してますね(爆)。
いやいや、「異論反論オブジェクション」 大歓迎ですから(あ、まぐのりあ様はこの文句の元ネタご存知ないかも…)。


「雨」 に関しては、まぐのりあ様のお考えの通りだと思いますよ。 恵みの雨。 雨というものが必ずしも、否定的なものではない、というところがミソなんだと思います。

大雨が降っているのを、傘をさしたりして避けようとするのはフツーですが、いったん濡れることを決心してしまうと、その雨に打たれることって、結構快感だったりする場合があって。 今までの自分がそれで洗い流せる。 これまで 「雨に濡れるのはいや」 という常識にとらわれていた自分が解放される。 閉塞感を打開できる。 そんな気にさえなるのではないか、と感じるのです。

ドラマの予算のことを考えると、海賊船を出すよりも大雨のほうが、まだリーズナブルだと思います(爆)。 このドラマは、予算のことをかなり考えまくっている、と私は思いますよ(ハハ…)(特に第3部は画面に動きがなさすぎる、大輪田泊をもっと見せろ、ちゅーの…笑)。

というわけで、「雨」 のお題、ガンバッテくださいconfident

「もののけの血」 に関しては、清盛が高平太のときから、拒絶したがっている要因なのだ、と私は感じています。
それでいて、自分の中に確実に存在していて、何かが起きるとそれが反射的に表面に湧出してしまう。

実はこの 「もののけの血」 って、要するにその人自身が抱えている 「宿業」、根源的な心のありよう、ネガティヴな心の動きを象徴的に示している言葉である、と私は思います。

清盛の場合、そこに、実の父(白河院)に対する強烈な嫌悪があることは確実ですが、いっぽうでその白河院に対して、どこかで共感し希求している部分も見え隠れする。

つまり清盛が白河院のいたところまで上りつめ、さらにその上の、まわりに誰もいない、この国の頂に行こう、としている行為が、白河院をどこかで求め、理解しようとしている行為のようにも思えるのです。

つまり、どんなに自分をコケにされ見下されていても、人というのは、どこかに父親を求めているところがある。

清盛の白河院に対する思いを、憎悪だけに限定して考えてしまうと、今回の西光足蹴にの場面も、「ただ復讐と図星を指されて怒りまくっている」 というようにとらえられてしまうかもしれません。

要するに、西光を傷めつけながらも、それって同時に、自傷行為でもある。

この場面を深く読み取るには、そういうことの視野も考える必要があるかな、な~んて、またエラソーに書いてますね、私も(ハハ…)。

あまりもののけの血にとらわれられないほうがいいような気もいたします。 今回確か、「野良犬」 とか 「無頼者」 とか、「得体のしれぬ男」 とか、西光の口からは出た、と思うのですが、「もののけの血」 という単語自体は、出てこなかったよーな気がするんですよ(「もののけの血」 を連想させまくりですけどね…笑)。

全体的なディティールから申し上げますと、清盛が悪の道に突っ走る、という筋書きの、ある種のパターンライズされた一例にすぎない、という気はいたします。

でもあまりにも洗練された悪だと、まるで近未来的な話になっちゃうかもしれません。 悪というものには、ドロドロといろんなものが混ざり合って、醜さと同時に、哀れさ、悲しさも内包している。 そこには父親を慕う気持ちとか、純粋な気持ちもいっしょくたにされていると思うんですよ。

ま~たまたすごい長い返信になってしまいましたが、まぐのりあ様のシナリオ作りのために微力ながら力になりたいかなーなんて、ナマイキなことを考えてしまいました。 討論会のひとりの意見として参考にしていただければな、と思いますcoldsweats01

投稿: リウ | 2012年11月 3日 (土) 04時30分

私、この回3回見たんですよ。1回目はアウトレットモールでの娘の買い物に付き合わされて、半日歩き続けた後で、しかも、最初の5分を過ぎたところから、くたびれきった身体と、思考が半分マヒした頭で見て、臨場感があって、「凄いぞ、これ!」で見たのです。2回目は、気だるいまま、見まして、陰謀のこころもとなさとか、そういうのが気になりまして、「昨日の感動って、気のせい?」って思ったんです。で、疲れがとれて、気分のいい日に3回目を見まして、冷静に「いいところはいい」と考えよう。清盛の心情に心が揺れたではないか。となったのです。

 だから、「なんなの?」という意見が世間にいっぱいあっても、同意できます。(笑)

 明日は重盛くんが亡くなるかもじゃないですか。重盛くん、『清い』。彼が死んだら、清盛の中の良心が死ぬ事と同じじゃないですかね。明子さんの子です。明子さんは清盛が求めて、好きになって結婚した人です。彼の出世には役に立たないけど、彼の心を暖かく潤して、居場所を作ってくれた人です。明子さんと作った家庭が彼にとって、初めての血の繋がった家族。幼い頃の重盛くんはぬくもりの象徴だったじゃないですか。その彼が『清い人』のまま、清盛より先立つ。

 清盛の心を止めてくれる人がいなくなる。修羅の道まっしぐらですね。

 清盛の行き着くところがどうなるのでしょうか。それでも、「彼なくして、武士の世はなかった」と頼朝が総括しているのだから、虚無という事にはならないかもしれません。暗澹たる場所が彼のたどり着いた頂だったとしても、今の清盛は目指すしかないんでしょうね。ズシ~ンと重苦しく、3日くらい、見終わったら、寝込みたくなるかもしれません。もうこたつを出したので準備はOKです!

投稿: ささ | 2012年11月 3日 (土) 11時38分

ささ様
再コメント下さり、ありがとうございます。

そんな、3回も見ちゃ、冷静にもなりますよ(笑)。

私は今回のレビュー、前回逆風があったから手のひら返したようにしたくないな、と思いつつ書きました。 でもレビューのセリフ書き起こしをするためにあらためて細切れにして見ながら、あらためて短いカットのシーンのひとつひとつに神経が注がれていることを実感しました。

でももう一回見る気にはならないかな(笑)。
つーか見てるヒマないしぃ~(ヨタってます)。

私はささ様と対照的に、今まで感情移入できなかった頼朝に泣けた回でしたね。
どうもここんところ、気分的にかなり閉塞気味なので、こういう、ぱぁ~っと明るく目の前が開けるような話には、弱いのです。

明子のことにまで思いが至るとは、もうホントに、このブログの記事作成ログインコードをささ様にお教えしたくなってまいりました(でもそーすると 「橋本リウ詩集」 のタイトル名が完全にフェイクになってしまう…爆)(もう 「詩集」 の部分だけでもブログタイトル詐欺なのに…爆)。

重盛クンは、遊び人の金さんとして復活しましたから(笑)心の準備はできました(笑)。

投稿: リウ | 2012年11月 3日 (土) 23時30分

リウ様

こんばんは。
「明らかに悪意がある」と判断されなくてよかったです・笑

私は自分のブログに、「その解釈は違うんじゃないの?」みたいなコメントを求めて首をながーくして待ってるんですけど、全然来ない・泣
「私の表現や解釈が甘いからなのかな」なんて思いながら書いてます。うーん、来て欲しいのに、異論者。(感情的なクレーマーは困るんですが)

「雨」は、自分を洗い流す行為でもあるんですが、もっとシンプルに「杏」という「明日」をもたらした「恵みの雨」なんだと思ってます。


さてさて清盛ですが。
「清くない清盛」とのことですが、私にはまだ清いと思えてしまうんですよ。

人って、何だかんだで自分を肯定して生きていくじゃないですか。
(「自分を肯定する」事に無意識な人がマジョリティーだから清盛の数字が悪い部分でもあると思うんですが)
だから、自分を否定する人間は自らフェードアウトするか、相手をさせるかで徐々に切り離すのが一般的な人間の反応だと思うんです。
だから今回感情的に西光を蹴っ飛ばして、割り箸(じゃないけど)を折ったのは、ある意味清盛のピュアさだと思うんです。必死で自分を肯定しようとするための。

でも、清盛は自分を肯定しきれていない。
白河院をはじめ、無頼の高平太、武士、など様々な理由で否定されまくって、自尊感情が低いまま大人になってしまった。(あと、私は「両親の愛情が無かったこと」がこのドラマでは最大のファクターだと思ってます。)
そこが清盛の危うさや「感情が見えない」って視聴者に思わせる部分だと思うんです。
これは、後白河も同様で、鳥羽院と檀れい(役名忘れた・・・)に自分の求める愛情を得られずに育ったという自己肯定感の低さや「白河院から始まる王家のねじれの象徴」として陰口を叩かれまくった過去から権威欲が強い。(愛情を確認できずに自己肯定感が低くなった人って権威欲が強かったり、製作系に行く場合が多いです。自分を肯定したくて。)

で、明子や滋子である種の愛情は満たされる2人ですが、共に伴侶を失ってしまう。
そもそも、「親から愛情を与えられなかった人」って愛情への認知がズレてて、愛情に過大な期待をしたり、愛情を否定したりする。
でも、心の中では愛情を求めて飢えて止まない。
清盛も後白河も1番欲しいものは「愛情」のはずなのに、それが得られない。
だから2番目に欲しい権威を求める。
権威の象徴である白河院の「不如意」の双六を転がし、白河院を凌駕しようとして。
そして権威に執着した人間は狡猾になるし、他人なんか「脇役」くらいにしか思わなくなる。
脇役の西光が何をほざこうが、拷問でもして首をどっかにぶら下げとくのが狡猾になった人間のすること(もしくはもっと酷いことでも)だと考えてるんです。

夢で白河院に再会して「愛情の不在」を痛感した(いや、吹石一恵には愛情はあるんですが)、「生きて愛情を注がれなかった」事を再認した清盛は益々修羅道まっしぐら。
自分の1番欲しいものが得られないと悟ったのだから。
(ここ数回、清盛が厭世観のような三味線弾いてる表情をしてたのもその悟りや諦めだと思うんです)

だから2番目の希望である権威(国造り)に自分を肯定させる。
でも、2番めの希望と、自分で悟ってる状態で、そこを否定されてそんなに激昂するものでしょうか?
白河院と夢で会う前なら何となく分かるんですが、悟った後に言われても「言いたいことはそれだけ?」みたいな感じで相手を淡々と切っていくのが25歳位になれば定着すると思うのですが。(というか、そういう人を山ほど見てきたので・・・)

何だかんだで自分を肯定しきれない清盛の脆さが出た回だとは思うんですが、「だったらこれまでの悟りは?」みたいな疑問が残るところです。

あと、思ったのは、藤本有紀さんって「コンプレックスを抱えた人間」「何か(愛情とか)に飢えた人」の微妙な心情の機微を出すのが凄く上手い(だから共感も得にくく数字悪い)脚本家さんだと思うのですが、(見てなかったけど「ちりとてちん」とか)多分、藤本さん自身がどこかにそういう部分をお持ちなのかなーと邪推してしまいます。
何だかんだで「製作者は作品がその人の全て」なので。(いや、プロデューサーにどれだけ脚本いじくりまわされてるか分からないけど)

投稿: まぐのりあ | 2012年11月 4日 (日) 05時04分

橋本さん、こんにちは。今日の東京は秋晴れですね!
久しぶりの休日なので、午前中は掃除・選択に明け暮れ、今から社会人になって以来幽霊部員と化しているサッカーの練習に行ってきます。

先日、給料ドロボーになってしまったのは、単なる寝不足です。僕もスマホはどうも拒絶反応を起こしてしまいます。電車の中で周りを見ると、スマホ率は日に日に高くなっていますよね。今にケータイがなくなっちゃうのかな?

木曾のオジオバは清盛はもうとっくに視聴してないようです。ある年齢以上(老齢かな)になると、好きなドラマ、視聴するドラマの絶対条件にわかりやすさが一番最初に来るような気がします。長い長い伏線の回収なんてものは、評価云々の前に理解しようとすらしないし、「面白くない」で片づけられちゃうような。僕の親戚だけかもしれないけど。。
若い人達もそうなのかもしれませんね。
数年前に若い人の間でチェーホフを読むことが流行っているって新聞で読んだような記憶があります。難解なものに惹かれる人も多いと思うんですが。清盛の世間的反応で、大河ドラマの性質がどんどん平明なものに流れていって欲しくないです。人生5本目のドラマ視聴者の僕が言っても何なんだって感じですけど、清盛は今まで見たテレビドラマの中で一番気持ちを動かされました。ってまだ最終回は先なのですが。
楽しみですね。どう物語が終結し、どんな余韻をもたらしてくれるのか。橋本さんの感想と併せて、とても楽しみです。

投稿: アキラ | 2012年11月 4日 (日) 12時39分

まぐのりあ様
再コメント下さり、ありがとうございます。

「悪意がある」、って、ああこのブログのてっぺんの文句ですね(笑)。

私が 「悪意がある」 と判断するのは、個人攻撃が主眼となっているもの、論理が感情的になっているもの、憎悪を感じるものに対してですね。

そーゆーのは、書きっぱなしにさせて永遠に(?)ネット空間に晒してやります(黒ハシモトだぁ~…笑)。

さてまぐのりあ様の、今回の長~いコメントに対してですが。

さすがシナリオライターを目指しているだけあって、かなり緻密なお話を聞かせていただきました。 ここまでくると、「私もさすがにそこまで深~く考えてないかな…」 という気がいたします。 ちょっとその点に関しては、まぐのりあ様をじゅうぶんご満足させられるメント返信が出来ない部分が出るかもしれませんが、ご了承ください。

でも。

やはりモノの作り手というのは、かなり仔細な部分まで考え抜かなければならない、という気は、ものすごくするんですよ。

私は自分をあんまり肯定してない部類の人間なので、ちょっとまぐのりあ様の 「自分を肯定している人が大部分」 という考えとは違うと思うのですが、みんなお酒の席とかでは、自分はこれだけのことをやったとか、自分にはこれだけ正当性があるとか、自分を肯定したがりますけど(笑)実は本心では、自分のやってることにすごく不安があるから、自分をあえて納得させたがるんじゃないのかな~、という気がします。

それに会社組織の中では、自分を売り込むことが必要だったりもしますしね(作家の売り込みも同じかな)。
そんなとき、「自信ないけど…」 とか、「こんな自分でいいのか分かりませんけど…」 とか、謙虚になることは必ずしも得策ではない。

私みたいな、世の中に対して消極的な人間は、うずもれていってしまうのが常なんですよ。

話が変な方向になってきたな(笑)。

清盛の場合、愛情がなく育てられたか、というと、必ずしもそんな感じではないですよね。 中井忠盛は清盛を、結構長~い目で見守っていた気がします。 死ぬ前に夢でチャンバラ遊びもしたし(笑)。

清盛はそんな忠盛の、養父としての愛情を感じていたからこそ、父親が王家の犬と呼ばれていた屈辱を晴らそうとしている。

ただその、手段ですよね。

もともと平家というのは、忠盛の代にかなり資産家になってしまったから、清盛はその資産運用をするだけで権力を大きくさせればいい、という、ある意味苦労知らずな部分がある。

そこに清盛が付け加えたのは、頂点に立つ人々(王家)との政略結婚、という手段です。

「汚きことにまみれようとも」 と思っていた清盛でしたが、いつの間にかそれは 「自分の家族を増やす」 という喜びみたいなものとごちゃまぜになって、いつしか自分のやってる事の善悪がつかなくなってきている。 見ていると、そんなからくりのような気がするんですよ。

自分を見下す者をこの世から排除した先には、なにが待っているのか。 そして自分の人生には、どのような意味があったのか。 脚本は、そこを見据えている気がします。 悪を極めることが主眼ではない気がするのです。

ん~、結構もどかしさを感じながら、まぐのりあ様のコメントにお答えいたしました。 私もまだ、清盛の悪に関しては、整理しきれていないところがありますね。

投稿: リウ | 2012年11月 4日 (日) 13時36分

アキラ様
レス下さり、ありがとうございます。

別にサボっていたわけではなかったんですね(ハハ…)。

やっぱり、分かりよくなって欲しくないですよね、大河に関しては。 スイーツ大河なんて、なんかそれ、ケンカ売ってんの?みたいな感じで(爆)。

スイーツ大河の流れというのは、でも 「独眼竜政宗」 あたりから始まっているような気は、するんですよ。

この話をすると長くなるのでやめますが(笑)。

まあ私はスマホは永久にやらないでしょうけど、道行く人がみんな画面を見ながら歩いてる、というのは、なんーかすごくみっともないつーか、危険つーか。 スマホに限らずケータイは、少なくとも自転車運転しながら、というのは法律で禁止してもらいたいっス。

いや~、世のなかの大多数のかたがたは、木曽のオジサンオバサンみたいなスタンスなのではないでしょうか。

でもNHKなんか、視聴率関係ないんだから、大河は我が国のテレビドラマの実力を示す場にしてもらいたいですよね。

分かりやすい時代劇が好きな人は、「猿飛三世」 を見ればいいという気がします(また反感買いそ~なコメントだ…笑)。

では、サッカー頑張ってください(もう出かけちゃったか…)。

投稿: リウ | 2012年11月 4日 (日) 13時48分

 今日も、良かった!重盛くん、江戸の金さんに専念するには、もう1週残ってるみたいです。(笑)

 嗚呼、重盛!清いって辛いのね~。

 私は、清盛とゴッシーに殺意を覚えました!あいつら、外道です。(笑)では、リウ様のレビューを楽しみに待ってます。来週に重盛が持ち越しで良かった!窪田くんの重盛、最高!

投稿: ささ | 2012年11月 4日 (日) 21時12分

ささ様
コメント下さり、ありがとうございます。

あ、重盛まだ死ななかったのね(ハハ、表現が不適切だ…)。

しかし清盛とゴッシーに殺意って、ついに鹿ヶ谷を経てタガが外れちゃったんだな…。

ささ様の督促状はしっかり受け止めました(爆)。 木村クンのドラマよりこっちを先に見ます(笑)。

投稿: リウ | 2012年11月 5日 (月) 08時33分

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