« 「平清盛」 第43回 「忠と孝のはざまで」(11月4日放送)を見て | トップページ | 「平清盛」 第44回 「そこからの眺め」(11月11日放送)を見て »

2012年11月10日 (土)

「PRICELE$S~あるわけねぇだろ、んなもん!~」 第1-3回 大切な価値の居場所

 当ブログで木村拓哉クンのドラマを採り上げる場合、常に俎上に上がるのが、この人自身の評価であります。
 つまり木村クンのドラマを論じるのではなく、木村クン個人に議論の矛先が向かってしまう傾向にある。

 それはとりもなおさず、木村クンの演技者としてのスタンスが、世間に出始めのころからほぼ変わらないことによるものが大きい。
 彼は誰を演じるにしても 「木村拓哉」、というカテゴリーから、(著しく)逸脱しようとしません。 頑ななまでに。

 このスタンスは木村クンを評価する際の分水嶺となる。
 私の場合、この 「演じる役より、その役を演じる俳優のキャラ優先」 というありかたについて、あまり批判したりとか積極的にしたくないほうですかね。
 なぜなら、昔から、そういう 「個人キャラ優先」 の俳優さんって、いましたから。
 片岡千恵蔵サンとか、左卜全サンとかね(古っ!…笑)。
 …そう、古いんですよ。
 今はこういうことのできる俳優さんというのは、まったくいないとは言わないまでも、まず見かけない。 器用さとかうまさが優先されますからね。

 そのうえで木村クンの演技を評価すると、必ずしもうまいほうだとは言い難い。
 でも私は木村クンの演技を見ていて、彼が頑なに守ろうとしているものを、尊重してあげたい気持ちになる。
 だって、人の世なんて(大きく出たぞ…笑)、一期一会だと思うから。
 こういうスタンスの人が俳優をやっていて、それを同じ時代に生きている私たちが見る。
 いずれにしたってアクが強いから、後年 「あんな奴がいたなぁ」 という記憶には、強く残るわけです。
 そういう演技者のありかたも、あっていいと思うのです。

 で、このドラマの木村クンですが、相変わらず誰に対してもタメ口(まあある程度は使い分けてますよ)で、感情もとてもむき出し。 考えてることが表情にすぐ出る(人の心が読める 「純と愛」 の待田愛でなくても分かる…笑)。 常識のある大人からすれば、彼は大人になりきれないピーターパンの象徴みたいに見えるのではないだろうか。

 でも、彼がもと勤めていた、「ミラクル魔法瓶」 という会社には、彼の居場所というものが、あったわけです。 そこでの木村クンに対する評価は、実際の世間的な彼の評価と共通する部分があった。

 つまり、ナマイキそう、態度が横柄、といった評価は、気さくである、一緒にいて気を遣うこともなさそう、なんでも相談しやすそう、という評価と、実は表裏一体である、ということ。

 そのなかで木村クンは後者の好意的な評価を獲得しており、彼はその会社のなかで自由に泳いでいたわけです。

 それが、ある出来事がきっかけとなって(なんかネタバレブログがネタを隠しとるぞ…笑)会社を追い出される。 つまり汚職が発覚した時点で、彼の評価は、前者の否定的部分が一気に大きくクローズアップされ、会社内での居場所を無くした。

 住んでいるところも爆破され(笑)ケータイも落とし一気に文無しになった木村クンは、まあ超絶貧乏となったわけですが(笑)、ここで私が注目するのは、彼がそのことについてあまり気に病んでいない、という点です。

 つまり、自分がどんな状況に置かれようとも、その状況を彼はどこかで面白がっている。
 ビンボーでさえ、そのノウハウを知ることを、彼は面白がっている。

 面白がっている、などと書くと誤解を招きそうですが、「目の前に壁がある。 逆境がある。 それを乗り越えるのが人生の醍醐味だ」 という、ある種の強靭な精神力が、もともと備わってしまっているように見えるのです。

 だから面白がっているとはいえ、彼はいつもふざけていない。

 彼にとっては会社での地位とか濡れ衣を着せられ傷つけられた名誉とか、そんなところに興味がないんですよ。
 彼の価値観の中心に座っているのは、そんなことじゃない。

 要するに、やる気があるかどうか。
 目の前のことに真剣になれるかどうか。

 目の前のことに真剣だから、彼は年端もいかない子供たちに対しても、ありがたいと思ったときには、真剣に一礼をする。 「こんなチラシの裏に書いたビラなんか、誰が読むかよ」 みたいなビラを、せっせせっせと書き続ける。

 だからこそミラクル魔法瓶の中村敦夫サンは、自分の後継者に利益追求の冷たい判断しかできない藤木直人サンよりも、木村クンにその素質がある、と死ぬ間際に言い残したのです。

 何かのために一生懸命になれる。
 誰かのために一生懸命になれる。

 このドラマは、けっしてビンボー生活のノウハウを教えるものでもないし、ましてや木村クンが濡れ衣を晴らして会社に返り咲き、藤木直人サンと立場が逆転する、という、ありがちに思われるハッピーエンドを描こうとしているわけではない。

 ビンボーでも腐るな。
 そしてビンボーに、安住するな。

 このドラマの主眼は、そこにあるように思える。

 そのうえでドラマの脇を固める俳優さんたちが手堅い、ということは強みだと思います。
 まずは木村クンの復帰の鍵を大きく握っている中井貴一サン。
 空気みたいな存在の上司を、すごくうまく演じている。 全然笑わせようとしてないのに笑えるというのはすごい。
 ユバーバが(ゼニーバか?)そのまま実写で出てきたような夏木マリサン。
 彼女は貧乏のなんたるかを実に処世訓的に把握している気がする。
 そしてイッセー尾形サン。 「おるおる」 系の嫌味な専務を好演しています。
 そして今回ドラマの木村クンの相手役、ということになるのでしょうか、頭の切れる戦国武将オタクの香里奈サン。 ツンデレ系、ということになるのか、とにかく彼女のキャラが生かされた役になっている、と感じます。

 プロット自体に緻密性がない部分はまま見受けられるのですが、なにしろ見ていてあまり肩が凝らない。 気楽に見ながら、「オレも現状打開しないとな~」 という気分にさせてくれる。

 このドラマを見て、木村クンのことをとやかく言いたがる向きが多いのも分かるのですが、いっぺん自分の価値観について、ちょっと疑問を持つということも、振り返ってみる、ということも、私たちには必要な気がします。

 少なくとも役のなかの木村クンは、そりゃ会社に復帰もしたいだろうけど、そっちよりも大事なものを優先している。

 価値観の置き場所が、違うんですよ。 ドラマの中のその他大勢の人々と違って。 香里奈サンも、子役たちも、そこについて行っている。

 中井貴一サンは、まあベタな展開だろうけど、そんなとこに気付きながら、木村クンの味方になっていくような気がするのです。

 そもそもこのドラマ、題名の時点から、木村クンに批判的な人たちをふるい分けている気がする。

 「あるわけねえだろ、んなもん!」 ですよ?(笑)

 私この副題を知って、少々ムカっとしましたもん(笑)。 なめとんのか?って。

 だから見るの乗り遅れて(笑)。

 この題名を見てもなおこのドラマを見よう、という木村クン寄りでない人たちは、だからよほど木村クンを批判したい人たちなんだ、と思いますよ(爆)。

« 「平清盛」 第43回 「忠と孝のはざまで」(11月4日放送)を見て | トップページ | 「平清盛」 第44回 「そこからの眺め」(11月11日放送)を見て »

テレビ」カテゴリの記事

コメント

リウ様

レビューありがとうございます。happy01

>ビンボーでも腐るな。
 そしてビンボーに、安住するな。

>このドラマの主眼は、そこにあるように思える。

>そのうえでドラマの脇を固める俳優さんたちが手堅い、ということは強みだと思います。

さすが、リウ様。ほんと、そうだと思います。
脇を固めてらっしゃる方たちとのバランスがとてもいい感じですね。

ビンボーを礼賛というわけでもなく、それでもってビンボーを卑下するわけでもなく。。

今はこういうアパートはほんとに稀だと思いますが、昭和の時代には、こういうアパートもまだ残っていたなと思いました。
困った人がいれば、お互い様で助け合っていたような時代でしたね。

今は、コスト削減優先の時代ですから、新人を育てる人も時間もなく、使い捨ての時代になってしまっています。人を切り捨てること優先みたいな。。。
余裕がないせいで、失敗を許せなくなっているのではないかと。。。
ささいな事で人をバッシングする風潮も、余裕がないせいかなと思います。

コスト削減を優先しすぎる事で、企業が自分自身の首を絞めているのでは?という気がしています。

ビンボーでも、心にゆとりを持って夢を持って前に進んでいってほしいという想いを感じるドラマですね。


「あるわけねえだろ、んなもん!」
私はこの副題は、逆説的なのかなと思っています。プライスレスということ自体が無意味というような。。。

リウ様のレビューは、いつも待ち遠しいですね。lovely
お体と相談しながらupして下さいませ。

rabi様
コメント下さり、ありがとうございます。

「あるわけねぇだろ、んなもん!」 って、いかにも木村クンが言いそうなセリフでしたが、子役のふたりが言ってましたよね(笑)。

木村クンのしゃべり方というのは、かようにいい大人を少々カチンと来させる性格がある。

「とっつきやすい」 などと本文では書いてしまいましたが、実際の木村クンに関しては、逆に独特の 「とっつきにくさ」 があるように私は感じています。

それはありていに言えば、「モテる男のキザったらしいオーラ」(笑)。

ずいぶん前の木村クンのドラマのレビューでも書いたのですが、私は彼の行動規範には、松田優作に対するリスペクトが多分なりとも含まれている気がするんですよ。

松田優作サンも、かなり自分のスタイルを押し通した人だったから。

木村クンの場合、若い時にあまりにもイケメンで人気がありすぎたから、松田優作サンが 「家族ゲーム」 で脱皮したみたいな華麗なメタモルフォーゼが出来ず、若い頃のイメージに拘泥され続けている気がする。

今回のビンボー人役というのは、だからそんな彼にとっては、ちょっと冒険がかっている感じがします。

…また木村拓哉論になってしまいました(笑)。
それだけ私を夢中になって論じさせる何かを、彼は持っているということで(笑)。

今どきの世の中、みんな即戦力ばかり求められていますよね。

コストカットの果てに、失われた大事なもの、それは 「やる気」 だ! という叫びも聞こえてきそうな、このドラマです。

たしかにキムタクと松田優作、似通っている部分ありますね〜。
自分のアイデンティティーをしっかり確立している気がします。

そして、どこか子供っぽいというか、大人になってしまうと忘れてしまうものをいつまでも持ち続けているような気がします。
それは努力によるものなのか、天性のものなのかは判りませんけど。。。

木村くんは、いつも負けず嫌いで、どんな事にも、どんな時でも一生懸命なところが好きですね。

>それだけ私を夢中になって論じさせる何かを、彼は持っているということで(笑)
確かにそうですよね。彼はどこか別格というかユニークなアイドルだと思います。
(もう、アイドルとはいえないかな?)

香取君や中居君は、番組の中でも、時々疲れてるんだろうな眠そうだなあと感じるときがあるんですけど、木村君は、そういうところを絶対に見せないですよね。
そういう意味でもプロフェッショナルだなと思います。

なんだかキムタク礼賛みたいになっちゃいましたけど、これからも続けてみたいドラマですね。
最後はどうなるのか楽しみです。

rabi様
再コメント下さり、ありがとうございます。

そういえば放送が昨日でしたね。 私はまたまた見るのに時間がかかりそうですが(このドラマに限りませんが)。

rabi様のおっしゃるような、「一生懸命さ」 というところも、彼をとっつきにくくしている一因のような気がします。 なんか気安く話しかけられなさそう、という一途さが、彼にはある。

それはどこか、不良少年が持っている結界のバリアみたいで。

でも、真面目な態度で彼と話をすれば、彼はきっと、すごくフランクに話してくれる。 不真面目だったり、色眼鏡で彼を見ているような人と、彼はけっして話そうとしない気がする。

なんかそんな、大縄跳びみたいな変な緊張感みたいなものがあるんですよ。

女性はそんな部分に、男としての 「危険な香り」 を感じ、惹かれていくのではないか、という気がするのです。

また木村拓哉論になってシマッタ(笑)。

これから40代に突入していく彼が、どのようにその 「ヤバい男」 を魅せていくのか、とても興味がありますね、同じ男として(イケメンじゃないですけど)。。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/521783/56082056

この記事へのトラックバック一覧です: 「PRICELE$S~あるわけねぇだろ、んなもん!~」 第1-3回 大切な価値の居場所:

« 「平清盛」 第43回 「忠と孝のはざまで」(11月4日放送)を見て | トップページ | 「平清盛」 第44回 「そこからの眺め」(11月11日放送)を見て »

2019年1月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    

BOOKS

  • マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 下

    マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 下
     1600ページも費やして、この上下巻はまだ彼らのデビューまでしか書かれていない。 3部作計6巻のうち2巻に過ぎないのだ。 なんと気の遠くなるような作業なのだろう。  本書はビートルズを語るうえで孤高の一作となるはずだ。 虚飾をすっかり剥ぎ取った、20世紀最大の奇跡に潜む真実が、これを読めば理解されるはずである(当ブログ紹介記事より抜粋)。 本書下巻では、1962年のレコードデビューまでが書かれています。

  • マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 上

    マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 上
     1600ページも費やして、この上下巻はまだ彼らのデビューまでしか書かれていない。 3部作計6巻のうち2巻に過ぎないのだ。 なんと気の遠くなるような作業なのだろう。  本書はビートルズを語るうえで孤高の一作となるはずだ。 虚飾をすっかり剥ぎ取った、20世紀最大の奇跡に潜む真実が、これを読めば理解されるはずである(当ブログ記事より抜粋)。 この上巻ではビートルズの祖先から遡ってリバプールで人気に火が付き始めたところまでが書いてあります。

  • ポール・デュ・ノイヤー: ポール・マッカートニー 告白

    ポール・デュ・ノイヤー: ポール・マッカートニー 告白
    まず驚かされるのが、表紙のポールの写真です。 よくこんなのが採用されたな、というくらい、刻まれた年輪が顕著に分かる 「年老いたポール」。 飾り気のないその写真に、「素のポール」 をあぶり出そう、という心意気が見える。 そして実際、著者のその目論見は、成功しているように思えます。 何より大きいのは、「NME」「Q」「MOJO」 など音楽メディアで長年記者を務めてきた著者がポールと同じリバプールの出身者である、ということ。 さらにポールと同じファースト・ネームであること。 だからポールはまるで自分の分身に話しかけるかのように、時折同郷人にしか分からない言葉で気さくに著者に話しかける。 この本を読む者は、まずその 「不思議なリラックス感」 に包まれるはずです。  本の構成は大きく二つに分かれます。 前半ではビートルズからウィングス、ソロに至るポールのたどってきた長い長い歴史、後半ではポールの人格に迫る試みがなされていく。 そのインタビューは、一気に行なわれたものではありません。 著者がNMEの記者だった1979年のものから、明示はされていないがおそらく2013年、「NEW」 の発売前後が最新のものではないか、と思われます。 実際読んだ感覚では 「キス・オン・ザ・ボトム」 あたりが最新のような気もする。 その30年以上にわたる膨大なポールへのインタビューを、項目によって構成し直しているようです。 ですから、今年(2016年)亡くなったジョージ・マーティンについてのポールの見解であるとか、最新の情報が提示されているわけではない。 ポールの情報というのはこの歳になってもなお日々更新型ですから、その点については物足りなさが確実にあります。 さらに、30年以上というとポールのものの考え方にも変化変遷があってしかるべきだと思うのですが、30年以上をリミックスにかけているからその変化というものがつかめてこないもどかしさがある。 表紙を飾ったポールの 「老い」 という問題にも、この本はきちんと答えてくれているわけではない。 さらに言えば、ジョン・レノンの死について多くが割かれているのとは対照的に、2001年に亡くなったジョージ・ハリソンの死についての記述はない。 正直なところ、このような本を読み漁ってきた身としては、衝撃に値するような情報が書かれているわけではありません。 しかし前述したような、リラックスしたムードのなかでポールと語らっているような疑似体験を共有できる強みが、この本にはある。 この本全体に貫かれているのが、この心地よさなのだ、と思うのです。 その心地よさが乱れるパートがあります。 自身の失敗作、どうでもいい作品について語るときのポールは多分に感情的になりがちであり、イライラした様子を隠しません。 特に 「シークレット・フレンド」 を語るポールのくだりはポールファンなら一読に値する部分でしょう。 しかしそのイライラも、ポールの人間性が垣間見える瞬間としてこの本にとっては必要なパートなのです。 3000円以上と、この本は決して安くはない部類の本です。 ただその値段に見合うパフォーマンスは兼ね備えています。 この本と付き合った1か月足らずの間、心地よい体験をすることができました(アマゾンの自身のカスタマーレビューより)。

  • : レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]

    レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]
    全200ページ程度のボリュームのなかで、キャンディーズに関する特集記事は50ページ。 ただし、これが濃い。 全シングル曲、ほぼほとんどのアルバムの解説は当然として、彼女たちの芸能界における歴史から見た考察、コメディエンヌとしての彼女たち、DVD解説など多岐にわたり、キャンディーズが分析されています。 特に圧巻は、レア音源に関する記述。 ここまで調べている読み物には、個人的にはお目にかかったことはありません。 700円。

MUSIC

  • ザ・ビートルズ -

    ザ・ビートルズ: サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド(スーパー・デラックス・エディション)(4CD+DVD+BD)
    ロック界、いや、すべてのポップミュージックにおけるアルバムの中で史上最高と称され、すでに世界文化遺産の域にまで達しているこのアルバム。 そのアルバムの発売50周年を記念して、スペシャルエディションがリリースされます。 なかでもブッ飛ぶのがこのスーパースペシャルボックスセット。 CD4枚組であらたなリミックスのステレオ盤1枚、モノ盤1枚、初期テイク集が2枚、さらにブルーレイ1枚とDVD1枚で5.1サラウンド、ハイレゾ音源、ドキュメント映像 「メイキングオブサージェントペパーズ」 のデジタルリマスター等々、卒倒するようなラインナップです。 18、000円プラス税と値は張りますが、史上最高の名盤だからこそこれは買い。 5月26日の発売までに予約をしておけば、アマゾンならば値下がりした時に値段がそのあと高騰しても最安値で購入できます。 ビーファンならずとも、これは注目ですぞ!

  • 山口 百恵 -

    山口 百恵: ゴールデン☆アイドル 山口百恵(完全生産限定盤)
    全シングルA・B面プラスボーナストラック(「あなたへの子守歌」)を、山口百恵名義としては初のブルースペックCDとしてリリース。 音はいわゆるドンシャリ系ではなく、アナログ盤に準拠した原音に忠実な印象です。 パッケージングはアナログシングル盤サイズで中袋、CDを納めるケースが完全にドーナツ盤をイメージしています(よく言えば斬新…笑、悪く言えばチャッチイ…笑)。 しかしその発想は買える(笑)。 ほぼ原寸大のシングルジャケットと裏の歌詞カードの複製ブックレット。 ただスキャニングは欲を言えばもう一歩。 当時シングル盤を中心に聴いていたかたなら、この編集盤はかなりの 「買い」 です。 しかしこのジャケット表紙の写真、スッピン風で個人的にはすごく好き。

  • デイヴ・グルーシン&リー・リトナー -

    デイヴ・グルーシン&リー・リトナー: Two Worlds / Grusin & Ritenour
    NHK朝ドラ 「花子とアン」 で美人のスコット先生が夜な夜な歌い、チビはなチャンがすっかり覚えてしまったイギリス民謡、「ザ・ウォーター・イズ・ワイド(流れは広く)」。 このアルバムでルネ・フレミングが歌っていたのを思い出しました。 ルネのソプラノはけっして大袈裟でなく上品で、私のとてもお気に入りのソプラノ歌手ですね。 このアルバム自体は全体的にクラシックにギターのリー・リトナーが絡むフュージョンぽいものなのですが、故・黒田恭一サン評するところの、「大人が聴く音楽」。 胸を締め付けるような哀しみと、すべてを包み込むようないたわりに満ちていて、私の人生のなかでも最上位に位置する愛聴盤です。

  • 桜田淳子 -

    桜田淳子: ゴールデン☆ベスト 桜田淳子~シングル・コレクション
    彼女の活動期に発売されたシングルをすべて網羅したベスト盤。 確かに後年のものほど馴染みがありませんが、選曲漏れがないので、彼女の存在とは何だったのか自体に思いが至るベスト盤です。 音も楽器の音像がよくてなかなかいいマスタリングをしている気がします。 2600円程度で推移しています。

  • ザ・ビートルズ -

    ザ・ビートルズ: ザ・ビートルズBOX(限定生産品)(USBメモリ)
    パソコンにUSB端子があり(たいていついてると思います)、パソコンで音楽が聴ける環境をお持ちの人ならば、聴くことができます。 現在のテクノロジーで最もいい音質で聴ける、ビートルズの音楽です。 ただし国内版にもかかわらず、訳詞とか一切なし。 ジャケットもブックレットもパソコンデータ。 純粋に音楽だけ楽しみたい人向けです。 また、曲間にコンマ何秒かのブランクが入ります。 「アビイ・ロード」 のメドレーも同様です。 しかし、音はさすがに、すごい。 大きな音量であればある程、目の前にビートルズが迫ってくる勢いです。 ツヤが違います。

  • The Beatles -

    The Beatles: The Beatles [USB]
    こちら上記の海外版。 内容的には国内版とほぼ一緒なので、値段が安いこちらのほうがいいでしょう。

無料ブログはココログ