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2012年12月

2012年12月31日 (月)

2012年 「第63回NHK紅白歌合戦」 実況、するっぺかなァ

 はじめにおことわり。 この記事、初出時は2ちゃんねるみたいに実況したのですが、少々体裁を整えました。

 いつも第1部では家族が寄せ集まってパーティをしてるので、まともに見ることが出来ない 「紅白」。 21時からの第2部を中心にした実況であります。

 AKB48。
 やはり前田敦子チャンが出てこないと、ぽっかりと穴があいたような気がするものですね。 結構彼女って、AKBを象徴する顔だったんだなーと感じます。
 レコ大を今年も獲ったらしいですが、服部克久サンが授賞式のとき、「これが今の日本の現状です」 とか言ったらしいですね。
 CD付き握手券を売ってるのだからこんな言いかたになってしまったのでしょうが、彼女たちの頑張り、競争社会を見てるとすごいなーと思うんですよ。 しかも楽曲的にもよく練られていると思うことが多い。 握手券だけ別に売りゃ、こんな歪んだ評価などされないのになー、と思います(21時30分)。

 五木ひろしサン。 「夜明けのブルース」。
 この曲、今年(2012年)の確か夏季の 「ラジオ深夜便」 の 「深夜便の歌」 だったんですよ。 よく聞きました。
 スゲエぞ、フェンダーストラト抱えて歌っとるぞ、五木サン(笑)。 間奏ホントに弾いてるのか? フェイクか?(笑) 後ろのAKBが少々UZA(ハハ…)(21時40分)。

 ごりーぱみゅぱみゅ(爆)。 稲垣吾郎クンがデブのメイドの特殊メイクで出てきたぞ(笑)。 「ぱみゅぱみゅ」 言えてないし(笑)。 きゃりーぱみゅぱみゅ本人は、さすがにファッションモンスターだ(笑)。 今年なにが流行ったのかまったく知らない私でも、彼女の曲はよく聞いた気がします(21時41分)。

 「梅ちゃん先生」 の共演者が出て来たけど、高橋克実サン、ドラマの中ではかなり本人のキャラと違う役だったので、なんか堀北真希チャンのお父さんのコスプレしてるみたい(笑)。
 それにしても徳永英明サン、またカバー曲だけど、定着しちゃいましたねこれが(今回は 「上を向いて歩こう」)。
 私の甥っ子などは、オリジナルの曲を知らないくせに、徳永サンの歌でその曲を知ってる場合が多くて(笑)、「オリジナルのほうがずっとよいのだぞ」 と言いくなるんですよね(21時55分)。

 なんだ、由紀さおりサン、日本で歌わないのか。 ピンク・マルティニとの共演。 ホテルリッツみたいな場所。
 曲は定番 「夜明けのスキャット」。 これって、「サウンド・オブ・サイレンス」 のアレなんですよね(それ言っちゃ野暮…笑)。 なんかが画面を横切ったぞ?(22時00分)。

 斉藤和義サン。 髪染めたんスね。 相変わらず不機嫌そうだ(笑)。
 思い出します。 「イカ天」 の後番組で、たったひとりで出てきたときのこと(23、4年前)。
 バンドじゃないとか審査員に言われて仏頂面で(笑)。
 それが紅白かぁ~。
 これ、「家政婦のミタ」 の主題歌ですよね? 去年やったらもっと旬だったのに(22時03分)。

 天童よしみサン。 ジャニーズとどっちが主役だ? まあよくある組み合わせですがね。 視聴率が下がりそうなとき、AKBとかジャニーズを動員する方法(22時10分)。

 氷川きよしサン。 和製ブルース調ですね。 森進一路線かな(22時18分)。

 坂本冬美サンと言えば、ラジオ人間の私は 「♪のぉどぉ~にスウぅ~ッキリぃぃ~~っ」(笑)。 「誰が27歳やねん」(笑)。 「桜」 対決は、坂本サンっスかね~。 「夜桜お七」 は名曲です。
 西田敏行サンも出てきて、来年(2013年)の大河 「八重の桜」 も楽しみです(22時20分)。

 おお~っ、堀北真希チャンと綾瀬はるかチャンのツーショットだ!(ハハ…)(22時22分)。

 握手券なしの実質的セールスナンバーワンの登場ですね。 嵐。 まあいっこも聞いたことがなくて恐縮です。 「鍵部屋」 に主題歌ってあったかな?(22時24分)。 3回も衣装替えしたぞ。 堀北真希チャンは相変わらず醒めてるな(笑)(22時27分)。

 来たぞ、美輪サン。 「ヨイトマケの唄」。 今年一番の注目です(22時29分)。

 曲のすごさは言うまでもなく。 今さら論じるまでもありません。
 衣装は、スーツっぽいいでたち。
 「男装の麗人」 なんてよく言うけど、この場合はなんと言うべきか?(笑)
 全身真っ黒で、「黒は不幸を呼び寄せる」 とか言ってませんでしたっけ、この人? でもすごくまともに見える、今までで一番(22時32分)。 金髪にしてるのは、金運がつくからとか聞いたことがありますが、この人はこういうおとなし目のきちんとした髪形にすれば、若かりし頃、「伝説の美少年」 みたいに言われた頃を彷彿とさせると思うのですが。

 若い人は、「ヨイトマケの唄」 を聞いて、どう感じるんでしょうね。

 和田アキ子サンは、今年は森光子サンと中村勘三郎サンの追悼バージョンか…。
 途中でバックのスクリーンに向けて(つまり観客にお尻を向けて…笑)歌ってましたね。
 審査員席の中村勘九郎サンに感想を求めるとはちょっと酷なような気もいたしましたが、気丈に答えてましたね、勘九郎サン(22時43分)。

 MISIAサン、アフリカの砂漠で歌っとるぞ(スゲ…)。 なんで 「大奥~誕生」 のテーマ曲を歌わんのだ?(22時46分)。 最後はすごい声量だったな~(22時48分)。

 永チャン、また登場ですか。 永六輔(違う…爆)。
 なんか一度出て味しめちゃったんとちゃう?(笑)
 今年は歌詞間違えないかな、矢沢永吉サン(間違えなかったみたい)。
 格が違うな、やっぱり。 迫力が違う(22時50分)。

 出たな、オモダカヤ(素直に変換できん…笑)。
 どうして福山雅治サンのライヴで襲名披露などしておるのだ?(笑) 「龍馬伝」 つながりか?(笑)

 それにしても市川中車こと香川照之サン、かなり気合入ってたな。 いろいろござんしたからね。 亀治郎サンあらため猿之助サンは、勘三郎サン亡きあと、歌舞伎界の中心を担う人になりそうですよね(23時08分)。

 プリプリですか…。 同世代なんですけどね。 私より妹たちのほうがよく聞いていた気がします。 「M」 とかね。 奥居サン、いや違った、まあいいか、ダイヤモンドみたいな衣装ですね(笑)。 声を外しまくってましたけど、まあいろいろありますよ、ね。
 キーボードのオバサン、好みだなぁ(あーゆーのがいいのかオレって…)(23時12分)。

 石川さゆりサン(「天城越え」)、頭が巨大化してる(笑)。 アイメイクが濃いぞ(笑)(23時17分)。

 サブちゃんっ(「風雪流れ旅」)! また大雪だぞっ!(笑) 猛吹雪だっ!(爆) 完全に狙ってるよな…(笑)(23時21分)。

 いやー、いきものがかり、トリですか。 びっくり。 オリンピックテーマですもんね(「風が吹いている」)。 きよえチャン、久々に見た。 大雪はそのまんま残ってる(笑)(23時26分)。 にしても、澤サンと吉田サンのツーショット、迫力あるなァ…(23時31分)。

 あれ、ごりーぱみゅぱみゅがいない(笑)。 大トリ、SMAPの登場(23時32分)。

 「さかさまの空」 って、菅野よう子サンの作曲だったのか…。 アニメとかその道の人にとっては大家なんですよねこの人(23時34分)。

 私が考えていたのは、ここでバックスクリーンに 「梅ちゃん先生」 のタイトルバック、そして 「梅ちゃん先生」 の出演者が出てくる予定だったんですが…(笑)(23時35分)。

 ここで今年の紅白フラッシュバック。
 うえっ、水森かおりサン、小林幸子サンの代役したんだ、今年…(爆)(23時38分)。

 まあ白組でしょうね(23時40分)。

 やっぱり白組だった。 でも結構競ってたな(23時41分)。

 ほーたーるのーひーかーありー。 平尾昌章サン、また髪の毛が…(23時43分)。

 それでは皆様、よいお年を~(23時45分)。

 …というわけで。

 紅白に対しては、年々その興味が低下しているのに、いざ見始めると、結構面白がっている自分がいます。
 結局私にとっては、その年をフィニッシュする思い切りを促す番組なんですよ。
 「今年? なんか流行ったの? なんにも知らない。 売上チャートの曲、なんにも知らない」。
 今年は特にそうだったけれど、どこかでヘビーローテーションしている曲がある(AKBの曲じゃないですよ…笑)。 「ダイヤモンド」 だって、プリプリの再結成とかで、ラジオでよくかかっていた気がするし、いきものがかりの曲はオリンピック中継のたびに流れていたし。
 「さかさまの空」 はなんだかんだ言って深い曲だよなあと思いながら朝ドラを見ていたし、ももクロの曲のひとつは 「悪夢ちゃん」 の主題歌だったし。

 服部克久サンが言ったように、今の日本の音楽産業は、壊滅的なのかもしれない。
 でもそれは、CDセールス、という観点から見た問題で、もしかするとダウンロード、というやり方を含めれば、もっともっと多くの人が音楽を聞いている、とは思うんですよ。 集計の仕方を、もうとっくに変えなければならないのに、いつまでも旧態依然としていることが悪いのではないか?と思うのです。

 いずれにしても、「ヨイトマケの唄」 みたいな、人の心にズシンと来るような曲を1曲でもやっていただければ、年の瀬を感慨深く終えることはできる、と思うのです。

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「PRISELE$S~あるわけねぇだろ、んなもん!~」「悪夢ちゃん」「猿飛三世」 最終回まで見て

 まだまだ終わらない今年の当ブログ(笑)。
 とりあえず最終回まで見た10-12月期のドラマの感想文などを簡単に。

 「PRISELE$S~あるわけねぇだろ、んなもん!」

 全体的な印象としては、香里奈サンが木村クンの仲間になってガキ共の万引き疑惑を晴らしたあたりまでは、「これってかなりイケてるかも?」 などと感じていたのですが、その後はまあ、予定調和的な話に終始した感があります。 単純に言えば、「先が読める展開」 ということになるのでしょうが、でもなんとなく、それが見ていて心地よかったし、引っかかりがなくす~っと見てしまう気安さが存在していた。 このドラマの最大の長所は、たぶんそこでしょうね。
 だから同じ録画している番組でも、「さあ見よう」、と肩に力が入ってしまうドラマよりも、「まあ見ていて肩こらないし」 みたいに簡単に見てました。

 言い換えれば、このドラマの 「見やすさ」 は、木村クンの 「見やすさ」 と同質である。
 彼の演技はハスッパで、「口のききかたどうにかしろよ」 みたいに反感を抱いてしまう人には不適切だけれども、そのわだかまりを超えてしまうと、とても気を許せちゃうようなところがあるように感じます。 これはある意味で、現実にヤンキーの人と会話をしているときの、「なんとなくこわい」「なんとなくムカつく」「なんとなく気安さを感じる」「なんとなく頼れそうな気がする」「ちょっと友達になってもいい」 みたいな感覚に似ている。 木村クンはヤンキーではないけれども、彼の演技を見ていると、大なわとびで 「こっち入ってこいよ、まあどうでもいいけど」 って言われているみたいな気持ちにさせられる(ヘンな例えだ…笑)。

 そしてこのドラマの登場人物たちは、そんな木村クンの一種独特な磁力に吸い寄せられるような形で、最終的に1500人以上も集まってしまう(笑)。

 集まられた木村クンは、やはりちょっとハスッパ気味に 「あ、ちょっと今歯磨き中なんで、口ゆすいできます」 みたいな、照れたような、「別に」 みたいな、そんな反応をする。

 そして西行、じゃなかった(笑)木村クンをいじめてきた藤木直人サン(彼、ホントに木村クンと兄弟みたいに思えましたね、顔の作りが似てた)さえも、彼のそんな特殊な磁力に惹かれていく。

 最終的に、ミラクル魔法瓶を出て行っちゃった木村・中井・香里奈チームでしたが、「カッコよすぎ」(笑)。
 でも、このドラマの根底には、閉塞感が充満している今の日本企業で、なにが不足しているのか、という問題提起がずっと流れていましたから、こういう終わり方が痛快でよかったのかもしれません。

 最後の生放送は、「ご愛嬌」(笑)。 このドラマの 「気やすさ」 を象徴したラストでしたよね(笑)。

 そしてやはりこのドラマを脇からガッチリ締めていたのは、中井貴一サンでしょうね。
 かなり面白かったです。 この中井サンと、「鍵のかかった部屋」 での佐藤浩市サンは、「このふたり、コメディをやらせても恐ろしいほどうまい」 と意外な収穫をした気がします。

 それにしても香川照之サン。 「南極大陸」 でも、「どーしてこんなのに出てるのだ?木村クンのドラマに出たいのか?」 などと思っていたのですが、ここでもそんな感じで(笑)。 「どーしてこんなどーでもいい役で出てるのだ?木村クンのドラマにそんーなに出たいのか?」 みたいな(爆)。



 「悪夢ちゃん」

 このドラマも、最初は 「題材が面白いな」 と思いながら見ていたのですが、回が進むにつれて、なんか話が錯綜してたような感じで(笑)。

 立ち位置がはっきりしないんですよ、登場人物たちの。

 主人公の北川景子サンは、最初のうち、「アタシはサイコパス教師」 みたいな感じですごく二面性の強い教師だったのですが、そのうちそれには原因があることが判明して、徐々に本来の自分を取り戻していく、という過程を経ていたから、そんなにブレを感じなかったのですが、北川先生の学校の教師たちがまた、なんとなく裏の顔を持ってるような、ワケありそうな人たちばかりで。
 結局キムラ緑子サン演じた校長先生ひとりが、ワケありだったのですが、特に保健室の先生の優香サンは、「コイツいったいいいヤツなのか悪いヤツなのか」 というのが分かんなくて、なんとなくモヤモヤしてましたね、特に北川サンとの絡みの部分は。

 これってそもそも、最初ホラー仕立てで出発してたのかもしれないですね、オープニングタイトルもおどろおどろしかったし。
 でも話が進んでいくにつれて、なんかばらまかれた伏線を収拾させるのに躍起になっている、という印象のほうが強くなってしまった。 ユメノケとか、夢王子とか、設定が混み合いすぎてるんですよ。

 それで、説明的な話が後半特に多かった気がするのですが、見ていてまあ、そこそこ楽しめました。 最後に登場したのは、やはりGACKTサンだったと思うんですけど、入院していてネットとかで調べる機会がなかったので、真相はどうだったのかは分かりません。



 「猿飛三世」

 これも気安く見れる昔の時代劇っぽいドラマでしたね。
 結局太陽を掴もうとしているあの体操はなんだったのか、よく分かんなかったんですけど(笑)、それ以外は頭あんまり使わない、エンターテイメントに徹したドラマだったと思います。
 特に殺陣がすごくて。
 最終回、猿飛と服部の15分にならんとする直接対決は、いや~、燃えました。 「いったいいつまでやってんだこのふたり?」 みたいな、こんな延々と続くバトルは、「ドラクエ」「FF」 のラスボスとの対決以来か、くらいな(なんじゃソレ)。

 そして猿飛の両親が、浅野ゆう子サンと柳葉敏郎サンの 「親愛なる者へ」 コンビ(笑)。
 おふたりともいい年の重ね方をしておられます。 このふたりのスピンオフみたいの見たい気がする(笑)。



 以上で~す(軽い…)。

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権威のやたら低いマイベストドラマ2012

 おことわり この記事、ちょっと書き足しました。

 今年(2012年)はホントに、きちんと最後まで見たドラマが少なかったです。 忙しかったからとか、年末に来て入院したからとかありますけど。
 でも質的に言えばそんなに悪い年ではなかったと思うんですよ。 よく出来たドラマが多かった。

 で、のっけから私のドラマランキング1位を発表してしまいますが、「カーネーション」 です(あっさり…笑)。
 特にこのブログの賢明なる読者のかたがたならお分かりだと思うので、別にもったいつける必要もないか、と(笑)。

 ただこのドラマ、あまりに傑作すぎたおかげで、その後のこのブログ運営に多大なる支障をきたすことに(ハハ…)。
 つまり、次回作である 「梅ちゃん先生」 の当ブログレビューに対して、妨害工作が頻発いたしまして。 不本意ながら、「梅ちゃん先生」 のレビューを中断する憂き目となりました。

 今さらながらこのことを思い返すと、どう考えても 「カーネーション」 が傑作すぎたから、という理由しか思い浮かばない。
 「梅ちゃん先生」 は私も当初、阿部寛サンの 「結婚できない男」 などの傑作コメディを連発していた脚本家サンだったので、このまったりしたゆる~い話の運びには何か裏にあるのではないか、などと勘繰っていたのですが、結局全部視聴したわけではないが、なん~の仕掛けもなかったみたいですね(笑)。
 つまり 「梅ちゃん先生」 は、朝ドラにふさわしく、どこから見ても分かりやすく、気楽に笑えて泣ける、ほのぼのとした設定のユルい路線を目指したのだろう、と思われるのです。
 そして世間的には視聴率がよかった。 そういう分かりやすいものが好まれた、ということです。

 これは去年(2011年)の大河ドラマ 「江」 にも言えたことですが、あれも視聴率がよかった。
 その原因はやはり、「分かりやすかった」 ということに尽きる、と思われるのです。
 今年(2012年)の大河 「平清盛」 は、その点難解の極みで、それゆえに視聴率的には惨敗。 けれども作品の質、という観点から述べさせていただければ、今年ほど傑作の大河は近年まれだった。

 ただ、日本の映像文化、というエラソーな態度で(笑)テレビドラマを語ろうとした場合、確かに質のいいドラマが量産されることは望ましいことではあるけれども、だからと言って分かりやすいものとか、話の作りがテキトーなドラマに対して、敵対心を持つのもどうか、とは感じるのです。

 たかがドラマ、されどドラマ。
 でも、されどドラマ、でもたかがドラマ、でもある、と思うのです。
 嫌なら見なきゃいい、というのは、どんな番組にも当てはまることでしょう。

 ドラマのリアリティとか整合性とか、そういったことを考え出すと、正直なところ、きりがない部分がある。 どんなにリアルなドラマでも、どこかにちゃんと演出されている部分はあるし、それがなければ作り手の主張というものが入り込めないし。
 それにドラマって、好みも人それぞれでしょう。
 なのに、自分が気に入らないドラマをなぜか、延々と我慢して見続ける人がいる。
 特にNHKの朝ドラ、というのは、習慣性が強いから、そういう理不尽な視聴形態をやめようとしない人々が多かった。 「梅ちゃん先生」 の当ブログレビューに対するさまざまな嫌がらせは、そこに問題の本質があるように思えるのです。

 で。

 今年(2012年)見たドラマを、ブログ記事をさかのぼってみたのですが、冒頭に述べたとおり、完走したドラマが、実に少なくて(笑)。

 これじゃベスト10も出来やしない(爆)。

 だから1位はいいとして、ベスト3までにしときましょうかね(権威なさすぎ…)。

 第2位はまあ、「平清盛」 です。 第3位は、…んー、「鍵のかかった部屋」 かなァ?(たぶん完走していれば、「ゴーイング マイ ホーム」)。 「鍵部屋」 は、佐藤浩市サンが面白かったから。 いや、大事なのを忘れていた! 「リーガル・ハイ」 だ! アレが第3位です。

 でもNHKの朝ドラと大河がワンツーなんですから、個人的には満足だったっつーか…(笑)。

 ちょっとこれじゃいかにもしょぼいので、もし最後まで見ていたらきっと評価が高かっただろうな、というドラマを列挙すると…。

 「運命の人」(TBS)
 「開拓者たち」(NHK)(これ未完走かよ…笑)
 「37歳で医者になった僕」(フジテレビ)
 「大奥~誕生」(TBS)(途中まで見ていたけど、結構失速気味な気がしたんですがね)
 「遅咲きのヒマワリ~ボクの人生、リニューアル」(フジテレビ)

 それと、完走して、個人的にはだいぶ好きな作品。

 「もう一度君に、プロポーズ」(TBS)
 「ゴーストママ最前線~僕とママの不思議の100日」(日本テレビ)
 「コドモ警察」(TBS)

 こんなところでしょうか。

 それと、今年の10-12月期のドラマで、完走したドラマが数本あったんですよ。 「ゴーイング マイ ホーム」 「遅咲きのヒマワリ」 とか、「あとでまとめて見よう」 などと思って見るのを保留していたドラマが、突然の入院で最終回あたりの録画が出来なくなったことが悔やまれるのですが、それ以外に、それこそ 「肩の力を抜いて見れる」 ドラマは簡単にそのつど見ていたので、病室で続きを全部見ることが出来て。

 それは 「PRISELE$S~あるわけねぇだろ、んなもん!~」「悪夢ちゃん」 です。 あと、すでに視聴を終えていたのが 「猿飛三世」。

 このドラマの感想文は、ちょっと別項目で書いてみようかな、と思います。 まあ簡潔に…(笑)。 今年(2012年)のうちに終わるかなァ?

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2012年12月30日 (日)

小沢昭一サンの死に思うこと

 今年は、「昭和を彩った」 という形容詞がつくかたがたが、数多く亡くなられた年だったように感じます。
 大滝秀治サンや森光子サン、山田五十鈴サンなどが亡くなられ、勘九郎サンは予想外ではございましたが、小沢昭一サンが亡くなられたことは、ことにTBSラジオを中心にして聞いている私にとっては、特に思うことが多く、病室のベッドの上でいろいろと考えをめぐらせました。

 「小沢昭一の小沢昭一的こころ」 を最初に聞いたのは、もういつだったのかの記憶もないほど昔になります。 確か小学校あたりだったか、とにかく1970年代の初頭ということになるでしょうか。 ウィキで調べたら1973年からということなので、少なくとも小学3年以降、ということになります。
 父親の運転する車の助手席に座りながら、夕方の若山玄蔵サンの番組内だった、と思う。 番組の前後かに 「♪チェックポインーチェックポインー(チェックポイントチェックポイントだと思う…笑)だいきょ~せーきゆ(大協石油だと思う…笑)」 というラジオコマーシャルが流れていて。 それと抱き合わせで覚えていたような気がするのです。

 大協石油ってありましたよね昔。 なんか記憶違いかもしれないけれど、ロールシャッハテストみたいな目ん玉ふたつあるお化けみたいなのがロゴマークで。 違うかな~。 どうもネットで調べても分からない。 ウィキによれば、今のコスモ石油の前身のひとつみたいですが。

 それはそうとして(だけど気になる…笑)、そんなふうに、私的には声だけでおなじみだった小沢昭一サンをテレビできちんと初めて見たのは(たぶん映画とか何かで既に顔は知っていたと思うのです)、「ザ・ベストテン」 の 「今週のスポットライト」 に登場した時のことだと記憶しています。 そこで小沢サンは、「ハーモニカが欲しかったんだよ~」 という歌を披露されて。

 これは黒柳徹子サンとの強力な結び付きと、反戦のためだったのだという気がしておりますが、当時の若者番組だった 「ザ・ベストテン」 に、壮年のかたがゲストで来るなどというのは、非常に奇異なことであったと今にして思います。

 それゆえに強烈な印象があったのですが、それからは 「徹子の部屋」 で毎年コスプレをする人、みたいな感覚もありながら(笑)、個人的には 「明日のココロだ~っ」 の人として認識し続けたのであり。

 去年(2011年)初頭に 「徹子の部屋」 に一緒に出演した(その時の当ブログの記事はこちら→ http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2011/02/3-fa39.html)永六輔サンの落胆ぶりはことに激しく、「土曜ワイド永六輔その新世界」 を病室で聞いていた私ももらい泣きしてしまうほどの切なさでした。 「大沢悠里のゆうゆうワイド」 内の 「小沢昭一的こころ」 も、10日の月曜日に亡くなってそれから14日の金曜日までのあいだに過去の放送の名場面を再放送したのですが、それもついに終了。 たまたま入院していたために、ラジオばかり聞いていた私にとっては、これで小沢昭一サンを送った、という機会を得たことになります(小沢サンの訃報の第一報も、大沢悠里サンの放送のなかで知りました)。

 昨日、TBSラジオで小沢昭一サンの追悼番組をやったのですが、そのなかでのコメントでも、永六輔サンのコメントは特に悲痛極まるものでした。

 と同時に、この軽快な口笛の流れるテーマ曲を聞くのも、これが最後ということになったわけですが、そのことにも感慨を禁じ得ません。
 この曲の作曲者は、故山本直純サン。
 この人の作曲するいろんな曲に囲まれながら、私は生きてきたような思いがあるのですが、その機会が減っていって、もしかするとこれが最後の牙城だったのかもしれないのです。
 確かに現在のところ文化放送の 「吉田照美のソコダイジナトコ」 で 「みんなの寅さん」 というコーナーがあり、そこであのおなじみの 「男はつらいよ」 のテーマ曲が聞けることは聞けますが、まずその時間はラジオ聞いてないんで、普通だと。

 それで、病室でいろいろ考えてたんですけど、なんだか私の生きてきた時代を面白くしてくれていた人が、もうどんどん鬼籍に入ってしまう年代に突入しているんだよなあ、と。

 これらの人々は、たぶん生まれる前にあの世からこの世を見て、「こんな戦争ばかりしている世の中を明るくしよう」 という志を持って、この世にやってきたのではないか、と。

 戦後、私たちはそんな人たちに大いに励まされながら、復興そして高度経済成長を成し遂げたような気がするのです。

 これって非現実的な話ですけどね。

 1965年生まれの私が感じているのは、世の中どんどん大人物が減ってるな、という感慨です。 もっと世の中、面白くする人出てこないかな、という気がする。 無責任な物言いですけどね。

 でも、なんにも気兼ねせずに笑えていた時代、というものが、ときには懐かしくなることがあります。 小沢昭一サンなどは、そんなアバウトな笑いを緻密に作り上げた、そんなおおらかな時代の寵児だったような気がしてならないのです。

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「松任谷由実 デビュー40周年 はてない夢の旅」 ユーミンのふたつの顔

 遅ればせながら、入院前に録画しておいたNHKのユーミン40周年番組を見ました。 どうもインタビュー・エディションというのも今日やってるみたいですけど、脳学者の茂木サンが出るかでないかくらいで、内容的にあまり変わらんですね。

 まずは小林克也サンナレーションによる荒井由実時代からの、コンサート・イベントなどを中心としたユーミン・ヒストリー。 そしてユーミンに多大なる影響を与えたプロコル・ハルムとのアビイ・ロード・セッション。 それから、初期のユーミン・サウンドを支えたキャラメル・ママとの久々の共演による 「ひこうき雲」。

 個人的にいちばん興味があったのが、このキャラメル・ママとの共演だったのですが、それはとりあえず置いといて、ユーミンには確実にふたつの顔がある、とこの番組を見ていて考えていました。

 ひとつはパフォーマーとしてのユーミン。 ユーミンのステージは昔から派手だったんですが、私が見たのはたった一度だけ。 「パール・ピアス・ツアー」 の時。 もう30年も前だぞ(爆)。 いや、もともと私、ライヴとか見ない人間なんですよ。 拓郎サンもみゆきサンもサザンもさだサンも、一度も見たことがない。 上條恒彦サンのは見たか、小学生くらいのときに(ハハ…)。

 で、このパール・ピアス・ツアーはユーミンのライヴのなかでも結構地味めだったほうでして、ド派手な仕掛けなどはなかったけれども、のちに当時FM東京でやってたユーミンの番組で、この私が見た当日のことをユーミンが話してくれた、という思い出があります。 なかなかツアーの中のその回のことなんか、話題になんかならないでしょう。 この日は特に観客の体温が低くて(笑)、それでユーミンは覚えていたらしい(笑)。

 で、ユーミンというのはつくづくコンサートで目いっぱい派手なことをやりたい性分の人なんだなー、ということがこの番組前半でつくづく分かったのですが、本当にいちばん彼女が売れてて、シャングリラみたいなド派手なことをやっていた1990年代って、ほとんど私、ユーミンをフォローしてなかったな、なんて考えて。

 私が愛していたのは、ユーミンのもうひとつの顔、「内省的表現者」 としてのユーミンだったんですよ。

 その表現力が最も充実していたのは、やはり荒井由実時代のアルバム4枚にとどめをさす、と考えています。

 特に好きなのがファースト・アルバムの 「ひこうき雲」 で。
 数年前、このアルバムのマスター・テープを聞きながら、当時のスタッフ、そして演奏者たちがあれこれとトークをする、という 「MASTER TAPE」 という番組が、やはり同じNHKで放送されていたのですが、これは私にとってもかなり貴重な保存番組となりました。 この番組を見てからというもの、「雨の街を」 を聞くときに、松任谷正隆サンがピアノの上に置いていった、一輪のダリアの花を思い浮かべるようになったものです。
 「MASTER TAPE」 という題名の番組だから、もしかするとユーミンのほかにも、いろいろとやろうとしてたんじゃないかって思うのですが、これ以外に出てきませんね、あれから(たぶん)。

 その番組のレビューも当ブログでは書いたのですが(こちら→ http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2010/01/master-tape--10.html)、当時キャラメル・ママのメンバーでギターの鈴木茂サンだけが、とある事情で問題起こしてここに加わってなかったんですよ。
 それが今回、この番組で出てくれまして。 それがうれしくて今回このレビューを書いてます(笑)。

 「MASTER TAPE」 のなかでも、即興的に鈴木サン抜きで演奏が始まって、そのときにユーミンが 「今度キャラメル・ママとツアーしたいね」 みたいなことを言い出していたのが、今回叶ったような形ですよね。
 ただまあ、ここ数年のユーミン、やはり声質が変わっているみたいで、「ひこうき雲」 はオリジナル・キーで歌われなかった。 にもかかわらず、最後のヴァースの一番高いキーを出すのに、ユーミンは苦労していたようです。

 この演奏後に、キャラメル・ママのメンバーたちとのトークが繰り広げられたのですが、鈴木茂サン、結構しゃべっていましたね。 ただまああたりさわりのない話に終始した感はあります。 曲の世界観がしっかりしているから、あまり苦労することはなかった、みたいな。
 やはり 「MASTER TAPE」 でのトークを聞きたかったな。 特に細野晴臣サンのガット・ギターの味がトークの前面に出た感じだったので、鈴木サンの、なんかアドリブ全開のギターを抜き出して聞いてみたかったし。

 まあ何にしても、この 「ひこうき雲」 というアルバムをはじめとして、荒井由実時代のユーミンの曲は、暗いものがかなり多い。

 私、暗いもの好きで(笑)。 だから軽薄短小、ネアカ時代ってすごく嫌でね(笑)。 それはいいとして、だから 「松任谷」 時代よりも 「荒井」 時代のユーミンのほうに心酔してる。

 特にやられたのは、2枚目のアルバム 「ミスリム」 のラスト、「旅立つ秋」。 詩を書く者として、晩秋の空気を完全に言葉にしている、と感じましたね。

 荒井由実時代の空気を代表しているように思える曲、「曇り空」。 彼女の醸し出す 「曇り空」 の空気は、彼女が通っていた多摩美術大学の上に垂れこめていた、1972年あたりの空気を忠実に描写しているような気がします。 多摩美術大学は、私が住んでいるところの比較的近く。 私が彼女の音楽に共鳴するのは、そんなところからきているような気がすごくする。

 「ミスリム」 にはまた、「私のフランソワーズ」 という曲があるのですが、この曲のベースにあるのは、フランソワーズ・アルディの 「もう森へなんか行かない」 だと感じます。 「もう森へなんか行かない」 の曲の出だしは 「私の青春は去って行ってしまう」 ですからね。 ユーミンの作り出す曲の不思議なメロディ・ラインは、個人的な感想を申し上げれば、プロコル・ハルムよりもフランソワーズ・アルディの曲(作曲者はいろいろですが)に影響を受けているような気がしてならないのです。 私もフランソワーズ・アルディは大好きです。

 これらに共通しているのは、やはりかなり内省的である、ということです。 彼女はファースト・アルバムから、「恋のスーパー・パラシューター」 みたいな、派手なパフォーマンスを指向するような曲がありながら、「花紀行」 とか、「なにもなかったように」 とか、とても心の奥深い部分に沈んでいくような印象を受ける曲が多い。

 これも以前にブログに書いたのですが、ユーミンの曲を聞きながら、私も生きてきました。
 ユーミンだけじゃないですけどね。
 でも私のなかでのユーミンは、やはり今でも、「曇り空」 のなかにいるのです。

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「平清盛」 最終回まで見て

 歴代大河のなかで最低視聴率を記録したという、今年の大河 「平清盛」。
 その原因を私なりにたどれば、まずおしなべて物語が難しく、登場人物の区別がつきにくく、しかも話も画面も暗いことが多かった、という3点に絞られるか、と感じます。
 よくマスコミなどで巷間囁かれるのは、平安時代がとっつきにくいという話でありますが、私個人に言わせていただければ、実に外した批評です。 要は、どの時代であろうが、分かりにくくて暗いものは皆見ないのです。

 話が難解なうえに登場人物の区別がつきにくい、というのは、たいていの場合、その演者の力量によって解消されるべき問題だと私は考えるのですが、今日我が国の役者の存在感というものは、昔に比べれば軽いものになっていると言わざるを得ない。 役者の個性というものが埋没傾向にあることは否めない、と私は考えるのです。

 そのうえでキャスティングを見れば、主役を27歳の若者、松山ケンイチクンひとりに据えたことで、必然的に平家一族の年齢差というものが狭まってしまい、ただでさえ 「○盛」 という名前だらけのこのドラマを、ますます分かりにくくしてしまった。
 平家だけならまだしも、朝廷の人間たちもみな同じような名前ばかり。
 個性が希薄な役者たち(くれぐれも歳をこいたオッサンの個人的見解です)がいきなり何人も登場して分かりにくいドラマを展開するのですから、それについていけない人たちが続出するのは当然の成り行きか、と感じます。

 しかし、「昔はよかった」 などと嘆いても詮ない話です。 特に年配の視聴者ほど、現代の役者たちが演じることのできる力量を見定めながら、彼らを評価していくほかはない。

 そうした目で今年の大河を見ると、主役の松山ケンイチクンは、途中少々疑問符が付く感じにも見えましたが、特に第3部の後半からはスパートがかかったように尻上がりによくなっていった。 演技力という点において、ここ数年の大河主役の中では内野聖陽サン以上の可能性というものを感じました。 末恐ろしい存在です。

 そして肝心の内容についてですが、難解であるという欠点をあえて省いた話をすれば、私個人としては、自分が30年見てきた大河ドラマの中では、もっとも優れたものであった。 そう批評させていただきます。

 この物語が立脚していたのは、平清盛を歴史上どのような立ち位置にある人物だったのか、という視点だと感じます。
 つまり人物評的に決して良い人間だと認識されていないこの人物を、作者は実に否定も肯定もせず中立的な立場で冷徹に分析し、そして作者なりの脚色を加えることによって、作者自身の思想をそこに入り込ませることに成功した。

 作者が清盛を、歴史的に 「点」 ではなく 「線」 としてとらえていることは、この物語の語り部が源頼朝であることからも明らかである、と感じます。
 
 頼朝を清盛の分析者として位置させ、父義朝の志の体現者としてリスペクトさせると同時に、清盛の失敗を学び、反面教師とさせた。

 清盛の失敗と言えば、「武士の世」 を目指しながら、一族が公家化しなければその目的が果たせなかった、ということではないでしょうか。
 つまり、藤原摂関家が天皇家に対して取っているスタンスを手本にしながら、清盛はそれを真似るしか方法がなかった。
 そして天皇を意のままに操ることにあくまで固執し、福原遷都という時宜をわきまえない暴挙に出ることによって、その権勢を失っていった。

 頼朝はそこから学習し、常に京とは距離を置き、政治の実権だけを鎌倉に委譲させることで実質的に名前だけの存在と化している天皇家から権力を奪い取った。
 朝廷に対して執着とかがないから、わざわざ遷都などという大仰なことをしなくてもよかったのです。 ただ政権を手中に収めるだけでよかった。
 だから後白河が、のちに頼朝と双六遊びをしようとしても、すでに戦っているステージからして違うから、面白くなりようがない。 朝廷はもはやその時点で完全に有名無実化していて、鎌倉に対抗する勢力たりえなかった、ということも、きちんと描写していたと思います。

 しかし物語は、清盛を単なる失敗者としては捉えていません。
 「武士の時代の先駆者」 としての位置付けはもとより、「歴史に登場したのが早すぎた男」 としての悲劇も表現していたように思うのです。
 最終回、語り部の頼朝もこの世を去り、室町時代のことまで物語は言及します。
 清盛が目指した貿易立国という政策は、室町時代にようやく花開くこととなる。 小兎丸がその継承者として未来を見据えたような演出は、見事だったと感じます。

 また、「一蓮托生」 という運命共同体として平家が存在していたのに対して、頼朝の政治というのは、「恩賞」 による結び付き。 それはやがて鎌倉幕府を崩壊させる一因となっていったことは、小学校で習いましたが(笑)、この 「恩賞→損得による結び付き」 をきちんと描いていたことも特筆すべきことかと。
 頼朝は朝廷から離れようとするあまり、朝廷にかわいがられた弟の義経を追討してましたが、ここらへんの描きかたは少々不十分さを残したとはいえ、「点」 で歴史をとらえていない作者の気配りというものも感じました。

 そしてこのドラマは、清盛を歴史学的だけでなく、人間学的にもとらえようとしていた。
 その試みが最大限に生きたのは、清盛を白河法皇のご落胤、とした設定だったように思います。
 学説的にあまり主流とは言えないという、「ご落胤説」。
 作者はそれをあえて登用し、清盛を呪縛するための道具として活用した。

 「頼朝挙兵」 のコメントにも書いたのですが、私は清盛が白河院から受け継いだ 「もののけの血」 というものを、人間が元来持っている 「宿業」 の象徴だった、と考えています。
 環境であるとか、直すことがなかなかできない性格であるとか、人は自分ではどうすることもできないものに心を悩まされる。 作者は清盛に、もののけとして猛り狂う十字架を、清盛に背負わせたのです。

 そして清盛は、「民のため」 という若き日の誓いを、権力の頂上に登っていくごとに、忘れていく。

 これもコメント欄にすでに書きましたが、清盛は父忠盛や叔父忠正、盟友義朝、信西を失ってきた経緯のなかで、彼らを 「武士の世を目指すために犠牲になった」 というとらえ方をしてしまった。 清盛はただひとり、彼らの志を継ぐという悲壮さの中で、彼らが生きていたならどう行動したか、清盛のやり方にあくまで同調したか、という視点を失ってしまった。

 その最も象徴的な出来事が、兎丸の死であった、と私は考えています。
 兎丸は言わば、民意の象徴。
 その兎丸を、清盛は間接的ではありますが、自らの命によって殺しているのです。
 私はこの瞬間、清盛の中にある 「民のため」 という志が、単なる名目に変わってしまったと思います。
 兎丸の死を、清盛は自分を反省させるための糧とせず、また志のために犠牲になったと勘違いしてしまった。

 それと対照的だったのは、兎丸と同じく清盛とは幼い頃からの仲間、鱸丸こと平盛国です。
 私は結局彼の存在意義というものが、ちょっと最後まで分かりかねたのですが、彼はあくまで清盛の 「心の軸」 を目指したのではなかろうか、という気がしています。
 父忠盛が清盛に教えた言葉、「生きることがどういうものかが分かったとき、心の軸が出来る。 心の軸が体を支え、体の軸が心を支える」。 盛国は清盛を支える、心の軸にあくまでこだわったのではなかろうか、と(追記…スミマセン、番組HPの上川隆也サンインタビューと同じようなことを書いてしまいました…くれぐれも自分で考えたことなので、ご了承ください)。

 そしてこのドラマを始終貫いた、「遊びをせんとや生まれけん」。

 結局どのような生き方をしようと、消極的な生き方よりも、何かに夢中になって生きることこそ価値がある、ということではなかったでしょうか。 世の中は、打って出ている人たちの行動によって動いている。 そこには賞賛や、批判もあろう。 でも、ウジウジ考えてなにもしないよりも、一生懸命になってつまらんことでも何かを成し遂げようとするほうがよほどいいではないか。

 そんな作者の思想が、この物語全体の底流に流れていた気がするのです。

 そしてこの物語の秀逸なところは、これらの思想を、きちんと平安時代末期のエイトスにまぶしていた、ということです。 短歌や都歌、さまざまな風俗が、制作予算が少なそうなわりに(笑)織り込まれていた。

 さらに付け加えれば、このドラマ、やたらと法華経の経文とか思想が絡んでいたように感じる。 つまり、法華経によって平安を貫かれていた、という平安時代の、終焉のようにも解釈できる余地がある、ということです。 鎌倉時代になると、武士のカミサマである八幡様が勢いを増すことになる。 まあ考えすぎかもしれませんですが。

 以上、入院によって最後の数回をキャンセルしてしまったレビューの代わりとして、総括的な文を書いてお茶を濁してみました。 同じ脚本家さんの書いた 「ちりとてちん」 も放送当時は低視聴率だったけれど、今はその評価が高い、と聞いております。 おそらくこの 「平清盛」 も、後年評価が高まっていく作品だ、と確信しております。 大衆的ではなかったかもしれませんが、私的にはこういう大河ドラマが今後も量産されることを期待しております。

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2012年12月28日 (金)

入退院の顛末そして御礼…

 コメント欄をご覧のかたがたには周知のことなのですが、しばらく入院いたしておりました。
 このほど退院しましたので、ご報告申し上げます。

 病名は椎間板ヘルニア。 だましだまし仕事をしておったのですが、ついにある日、ベッドから起き上がれなくなりまして。

 救急車で病院搬送、そのまま入院とあいなりました。

 自然治癒を当初は目指したのですが、回復の見込みなく、このままだと春先までかかるという話になったので、手術を決意いたしまして。 もともとが緊急搬送だったうえ、2週間も3週間も入院の期間が延びたのは、そのせいです。

 で、その手術をするまでの2週間というもの、すなわち完全なる寝たきり状態。
 これは半端なくキツかったです。
 将来、絶対寝たきり老人にはなりたくないという決意が、これでかなり固まりました(笑)。

 寝たきりというのは、まあもろもろの屈辱的な話は省きまして(笑)、すごく体に悪い。
 体力が落ちるのはもちろんですが、心臓が血液を無理して運ぶ必要がなくなるから、血流がすこぶる悪くなる。 久々に立ち上がったとき、足がガクガクなのは当然として、貧血みたいになりましたもん。 もっと老いてしまうと、いったん寝たきりになるともう、蟻地獄みたいに、回復するのは困難なのではないか、と思います。

 とりあえず一介のブロガーとしてはこれ以上説明すると野暮になってしまうのでやめますが、過去の入院時と確実に違ったのは、私のようなつまらない者の病状を心配してくださる、このつたないブログの、賢明なる読者のかたがたからの励ましのコメントを、たくさんいただいたことです。

 なんとお礼を申し上げていいのやら。 私はつくづく、果報者です。
 病室からケータイで返信を数回いたしましたが、素っ気ない返信で誠に心苦しかったです。 なにしろパケホーダイじゃないので私のケータイ(笑)、ちょっとケチ臭くひよりました(笑)。

 それで、この場を借りて、コメント欄にメッセージをくださったかたがたおひとりおひとりに、御礼の返事をいたしたいと存じます。




 rabi様。

 真っ先にメッセージをお送りいただき、誠にありがとうございました。 rabi様には常に、このブログを温かく見守っていただいているような気がいたします。 雪のほうはいかがでしょうか。 病室はいつもぬくぬくとしていたので実感がわきませんでしたが、シャバは寒いですね(笑)。
 坂元裕二サンについては、個人的な評価としては、「負けて、勝つ」 でだいぶ低下いたしましたが、今回、宮本理江子サンの演出というのは期待できそうな気もいたします。
 まあもともと、坂元サンってそんなに注目していた脚本家さんではなかったんですけどね…。 連発してたからなー、ここんところ傑作を。

 「クリスマスの約束」!
 ああ~今年は見逃した…。 BS-TBSとかで再放送してくれないかな…。



 マーシー様。

 ご心配おかけいたしました。 とりあえず動いてます(笑)。
 カンバーバッチがビートルズのマネージャー、ブライアン・エプスタインを演じるというのは知ってましたが、そういや結構似てます(笑)。
 ただこのエプスタインという男、同性愛者でして(そりゃ当時のモラル社会からすれば明らかな異端)、しかも死因がドラッグの過剰摂取。 これは確かに現代でなければドラマ化するのが憚られる人物であることは確かです。
 ただ、彼は弱冠26歳くらいで(確かそれくらいの年齢だったと思います)ビートルズを見い出し、彼らを効果的に売り出すプランナーとしての才能が図抜けていた。 機会があればドラマを見てみたいですね。



 
 みち様。

 ご無沙汰してます。 ご心配くださり、ありがとうございました。
 自分の文章が軽妙な語り口であるとは思ってなかったのですが(笑)、まあオチャラケ癖がありますから(笑)。 ぼちぼちレビューも再開したいですが、頭もまだ寝たきりモードかな(笑)。
 「ゴーイング マイ ホーム」 は最後の数回、HDD容量不足で結果的に見逃すことになってしまいました。 お正月とかに集中再放送とかしてくれないかな~。



 ささ様。

 無事、生還いたしました(笑)。 いつもいつも、大河では熱いコメントを下さり、本当にこのナマケモノブロガーの起爆剤になっております(他人行儀かな?)。 足の痛みはいかがでしょうか? このたびは私もささ様と同じ病気で入院してしまいました。 まあ、私の場合は寝たきり2週間ですから、寝たきり3日間のささ様には勝った(勝ち負けの問題か?…爆)。

 「平清盛」 については、総括的なレビューになってしまうかな、と思ってます。 なにしろ録画したものが残っておりませんので、細かいレビューは無理かな、と…。
 それにしても最終回、禿が琵琶法師だとは、ちょっと気付きませんでした。 やはり寝たままで見てると細かいところに気付かないのかな。 そういう点から言って、あまり最後の数回は、深く見ることが出来ていないかもしれません。

 結局今年の大河は、私にとって、思い入れという点ではなく、作品の出来から言って、ベストワンに推したいものであったと感じます。 「花神」 にしてもそうでしたが、良質の大河というのは、おしなべて視聴率がすこぶる悪い(笑)。 「花の乱」 も視聴率低かったし。

 要するに、暗くて難しかったのが視聴率の悪さに響いたんだと思います、今年の大河は。




 えみし様。

 お励ましのコメント下さり、ありがとうございました。
 寝たきりは、もう金輪際ごめんですよネ!(笑) 私もよく2週間も耐えられたものだと思います。




 PIPI様。

 ご心配いただき、恐縮です。
 「平清盛」 の理解度が低くなってしまう、とのお嘆き、申し訳ありません(汗)。
 ただ、拙ブログの 「平清盛」 レビュー、本編だけでなく、コメント欄のやり取りをお読みいただければ、大まかな理解が可能なような気がいたします。 特に最終回、このドラマが室町時代まで見据えた話にまで切り込んでいるのを見て、「なんかコメント欄でもう書いちゃったな」 などとちょっと考えたりして(ああ自画自賛)。




 Zai-Chen様。

 ご心配おかけいたしました。
 弁慶の仁王立ちはなんかオマケっぽかったですけど、義経が割腹して、白馬が飛び出さなくてよかったです(「義経」 を見ていた人にしか分からないギャグ?…笑)。




 ゆみ様。

 入院中はコメント欄にばかり書き込みしてましたので、至らなかったことをお詫び申し上げます。
 今回ケータイで自分のブログに初めてアクセスしたのですが、パソコンとずいぶん勝手が違うので自分でも戸惑いました(笑)。




 あみーご長嶋様。

 お励ましのコメント下さり、ありがとうございました。
 1か月休むと、なにかと大変ですけど、再発しないようにそろりそろりと仕事も再開せねばならないようです。 お互いに、健康には留意いたしましょう!




 Fクルーラー様。

 無事退院いたしました。 ホッ…。
 映画 「大奥」 情報、ありがとうございます。 結局ドラマの 「大奥」 も、たぶん最終回まで録れてないと思う(未確認)ので、レビューにはつながらないと思いますが、何より 「はつ恋」 の集中再放送も見逃してしまったこと、Fクルーラー様には申し訳なく思っております。
 それにしてもオノマチにまたやられたとのこと。
 来年の冬ドラマの彼女も、大いに期待できるかな?




 わかば様。

 ご心配おかけいたしました。
 大河の最終回はこのところ回想シーンで15分、30分延ばしというテが常套だったので、実にスッキリしてよか最終回だったと思います。
 ただ最後の清盛は、歯がまぶしかった(爆)。 ホワイトニングしすぎつーか(笑)。




 そら様。

 励ましのコメント下さり、ありがとうございました。 いい骨休みになりました。
 ただまあ、休んだ分また働かにゃあならないでしょうね(笑)。




 巨炎様。

 「江、落馬しちまえ!」 には病室のベッドの上で笑いました。 だけどああいう分かりやすいのがよほど視聴率がいいんですもんね。 「梅ちゃん先生」 もそうだったけど、みんなドラマをしかめっ面で心臓バクバク言わせながら見たくないんでしょうね(笑)。




 皆様のコメントを読んで大いに励まされました。 心配をしてくださるかたがたは、私にとってかけがえのない財産なのだな、とあらためて感じております。 本当に、本当に、ありがとうございます。

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2012年12月 5日 (水)

中村勘三郎サン、死去

【共同通信】  人気歌舞伎俳優で、テレビドラマや現代劇でも活躍した中村勘三郎(なかむら・かんざぶろう、本名波野哲明=なみの・のりあき)さんが5日午前2時33分、急性呼吸窮迫症候群のため東京都文京区の病院で死去した。 57歳。 東京都出身。 葬儀・告別式の日取り、喪主などは未定。 6月に食道がんであることを公表し、手術を受け、療養中だった。

 数週間前、週刊文春の 「勘三郎危篤」 の記事を読んで、「また大げさに書いてるよ」 とばかり思っていたのですが、どうも記事の方向性というのは残念ながら正確だったようです。

 残念です。 私はこの人に直接お目にかかったことはありませんので、人となりは知っているわけではありません。 が、「さんまのまんま」 などのバラエティにお出になっている姿を見ていて、「この人ってすっごくいい人なんだろうな」 というのは肌で感じていました。 だからでしょうか、とても喪失感があります。

 大竹しのぶサンも 「オールナイトニッポンGOLD」 で勘三郎サンの話をすることが時々あって(勘三郎サンはその昔、しのぶサンに恋心を抱いていた時期があったらしいんですが…笑)。 こうしてみると、私の 「勘三郎サンいい人説」 には、さんちゃんしーちゃんが大きく絡んでいる。

 まあそのほかにも、和田アキ子サンとか、いろんな飲み友達の勘三郎サンに関する話を聞いていると、「1.この人はどうも大酒飲みらしい(笑)」「2.この人の酒はとても楽しいみたいだ、一緒に飲んでみたい(笑)」「3.この人は酔うととても気前がいいようだ(ハハ…)」 というイメージが勝手に形成されていきまして。

  勘三郎サン本人を知らなくても、そうした周辺情報から好感度が上がるということはままあることです。

 私はこの人の出ていたドラマはそんなに見たことがなかった、と思っていたのですが、ウィキで調べたところ、勘三郎サンのテレビドラマ出演自体が非常に稀で、そのなかでもかなり高確率で見ていたことがさっき判明しました。

 まず 「幕末グラフィティ 福沢諭吉」(1985年)。 TBSテレビ。
 これは 「幕末グラフィティ」 という題につられたんだと記憶しています。 「幕末グラフィティ」 という冠って、まず武田鉄矢サンの 「坂本龍馬」(映画)があったから。 と言っても別にコレ、武田サンの映画だったから見たわけではなくて(笑)、私は当時も今も吉田拓郎フリークなので、拓郎サンが高杉晋作の役で出ていたこの映画に、ちょっこしハマっていたのです(主題歌も加藤和彦サンと歌ってたし)。

 このドラマで私は 「勘九郎(当時)=福沢諭吉」 という図式が出来上がってしまいまして(笑)。 その内容はほとんど覚えていないのですが、英語のfreeという言葉を、「自らを由とする、すなわち自由」 と翻訳したのが福沢諭吉である、という知識だけは身につきました(笑)。

 その次に見ているのが、鷲尾いさ子チャンが確か現代のかぐや姫の役だったか、その 「ばら色の人生」 というドラマ(1987年)。 NHKだったからか、当時の勘九郎サンの演技は結構おとなしめに見えましたが、これも内容をほとんど覚えてない代わりに、登場人物たちが起業した 「ケータリング」 という言葉だけは覚えた(笑)。 「仕出し弁当屋」 のおしゃれなバージョンみたいな。

 その次が 「武田信玄」(NHK大河、1988年)の、今川義元役かな。 今川義元のバカ殿イメージって、私の場合はここでかなりつきました(笑)。 でもいつも酒飲んで酔っ払ってるわりには切れる人物だったような記憶があります。 大河では 「武蔵MUSASHI」 も見ていたので、ここに出てたのも見てたはずなんですが記憶にない。

 その大河では、やはり主役の大石内蔵助を演じた 「元禄繚乱」(1999年)にとどめをさすでしょうね。 これを最後に、勘三郎サンの演技をテレビで見ることはなかった気がします。

 「元禄繚乱」 では、手垢のついた 「忠臣蔵」 という題材ながら、解釈の仕方が斬新で 「結構面白いなコレ」 と思いながら見ていました。

 それにしても、どうしていい人というのは早死にしてしまうんだろうなー、という気がします。 おそらく明日放送の 「大竹しのぶのオールナイトニッポンGOLD」 では、しのぶサンのお話が聞けると思う。 ちょっと聞き逃せません。

 …月並みな言葉ですが、ご冥福をお祈り申し上げます。

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