« 「松任谷由実 デビュー40周年 はてない夢の旅」 ユーミンのふたつの顔 | トップページ | 権威のやたら低いマイベストドラマ2012 »

2012年12月30日 (日)

小沢昭一サンの死に思うこと

 今年は、「昭和を彩った」 という形容詞がつくかたがたが、数多く亡くなられた年だったように感じます。
 大滝秀治サンや森光子サン、山田五十鈴サンなどが亡くなられ、勘九郎サンは予想外ではございましたが、小沢昭一サンが亡くなられたことは、ことにTBSラジオを中心にして聞いている私にとっては、特に思うことが多く、病室のベッドの上でいろいろと考えをめぐらせました。

 「小沢昭一の小沢昭一的こころ」 を最初に聞いたのは、もういつだったのかの記憶もないほど昔になります。 確か小学校あたりだったか、とにかく1970年代の初頭ということになるでしょうか。 ウィキで調べたら1973年からということなので、少なくとも小学3年以降、ということになります。
 父親の運転する車の助手席に座りながら、夕方の若山玄蔵サンの番組内だった、と思う。 番組の前後かに 「♪チェックポインーチェックポインー(チェックポイントチェックポイントだと思う…笑)だいきょ~せーきゆ(大協石油だと思う…笑)」 というラジオコマーシャルが流れていて。 それと抱き合わせで覚えていたような気がするのです。

 大協石油ってありましたよね昔。 なんか記憶違いかもしれないけれど、ロールシャッハテストみたいな目ん玉ふたつあるお化けみたいなのがロゴマークで。 違うかな~。 どうもネットで調べても分からない。 ウィキによれば、今のコスモ石油の前身のひとつみたいですが。

 それはそうとして(だけど気になる…笑)、そんなふうに、私的には声だけでおなじみだった小沢昭一サンをテレビできちんと初めて見たのは(たぶん映画とか何かで既に顔は知っていたと思うのです)、「ザ・ベストテン」 の 「今週のスポットライト」 に登場した時のことだと記憶しています。 そこで小沢サンは、「ハーモニカが欲しかったんだよ~」 という歌を披露されて。

 これは黒柳徹子サンとの強力な結び付きと、反戦のためだったのだという気がしておりますが、当時の若者番組だった 「ザ・ベストテン」 に、壮年のかたがゲストで来るなどというのは、非常に奇異なことであったと今にして思います。

 それゆえに強烈な印象があったのですが、それからは 「徹子の部屋」 で毎年コスプレをする人、みたいな感覚もありながら(笑)、個人的には 「明日のココロだ~っ」 の人として認識し続けたのであり。

 去年(2011年)初頭に 「徹子の部屋」 に一緒に出演した(その時の当ブログの記事はこちら→ http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2011/02/3-fa39.html)永六輔サンの落胆ぶりはことに激しく、「土曜ワイド永六輔その新世界」 を病室で聞いていた私ももらい泣きしてしまうほどの切なさでした。 「大沢悠里のゆうゆうワイド」 内の 「小沢昭一的こころ」 も、10日の月曜日に亡くなってそれから14日の金曜日までのあいだに過去の放送の名場面を再放送したのですが、それもついに終了。 たまたま入院していたために、ラジオばかり聞いていた私にとっては、これで小沢昭一サンを送った、という機会を得たことになります(小沢サンの訃報の第一報も、大沢悠里サンの放送のなかで知りました)。

 昨日、TBSラジオで小沢昭一サンの追悼番組をやったのですが、そのなかでのコメントでも、永六輔サンのコメントは特に悲痛極まるものでした。

 と同時に、この軽快な口笛の流れるテーマ曲を聞くのも、これが最後ということになったわけですが、そのことにも感慨を禁じ得ません。
 この曲の作曲者は、故山本直純サン。
 この人の作曲するいろんな曲に囲まれながら、私は生きてきたような思いがあるのですが、その機会が減っていって、もしかするとこれが最後の牙城だったのかもしれないのです。
 確かに現在のところ文化放送の 「吉田照美のソコダイジナトコ」 で 「みんなの寅さん」 というコーナーがあり、そこであのおなじみの 「男はつらいよ」 のテーマ曲が聞けることは聞けますが、まずその時間はラジオ聞いてないんで、普通だと。

 それで、病室でいろいろ考えてたんですけど、なんだか私の生きてきた時代を面白くしてくれていた人が、もうどんどん鬼籍に入ってしまう年代に突入しているんだよなあ、と。

 これらの人々は、たぶん生まれる前にあの世からこの世を見て、「こんな戦争ばかりしている世の中を明るくしよう」 という志を持って、この世にやってきたのではないか、と。

 戦後、私たちはそんな人たちに大いに励まされながら、復興そして高度経済成長を成し遂げたような気がするのです。

 これって非現実的な話ですけどね。

 1965年生まれの私が感じているのは、世の中どんどん大人物が減ってるな、という感慨です。 もっと世の中、面白くする人出てこないかな、という気がする。 無責任な物言いですけどね。

 でも、なんにも気兼ねせずに笑えていた時代、というものが、ときには懐かしくなることがあります。 小沢昭一サンなどは、そんなアバウトな笑いを緻密に作り上げた、そんなおおらかな時代の寵児だったような気がしてならないのです。

|

« 「松任谷由実 デビュー40周年 はてない夢の旅」 ユーミンのふたつの顔 | トップページ | 権威のやたら低いマイベストドラマ2012 »

ラジオ」カテゴリの記事

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/521783/56429211

この記事へのトラックバック一覧です: 小沢昭一サンの死に思うこと:

« 「松任谷由実 デビュー40周年 はてない夢の旅」 ユーミンのふたつの顔 | トップページ | 権威のやたら低いマイベストドラマ2012 »