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2013年1月12日 (土)

「最高の離婚」 第1回 3.11を 「あんなこと」 という不謹慎

 「最高の離婚」 の第1回を見て率直に感想を一言で述べると、「なにをやろうとしてるのかな?」 ということです。

 このドラマの脚本家の坂元裕二サンは、このところの傑作続きで私も過大に期待をしすぎている、という気持ちもありまして。
 で、少し頭をクールダウンしながら見始めたのですが、クールダウンすると、とにかくしょっぱなから主人公の瑛太クンのしゃべりがウザい(笑)。

 亭主がどこぞで女房の愚痴を言いまくる、というパターンは、なんか古いアメリカ映画だかで見たような、ずいぶんとオーソドックスな手法です。 ワタシ的には、田村正和サンの 「カミさんの悪口」 とか。
 おそらくそんなパターン化した演出を狙っているのでしょうが、中年男が女房の悪口を吹聴するなまだしも、いい若いモンがですよ、べらべら自分の家庭の恥をしゃべるのはいかにもアンリアル。
 しかもそれを聞く瑛太クン行きつけの歯科医たちはみんなあしらいながら煙たがってる。
 かなり周囲に対して無神経でないと、こんなことはできません。

 この一連の作業を、瑛太クンはあくまでカリカチュアライズして演じている。
 つまりこのドラマは、コメディである。
 見ている側は、そういう認識をします。 まああらかじめコメディドラマ、という情報がある人は最初からそう見てますが。

 瑛太クンがボロクソにけなしている、女房役の尾野真千子サンに目を向けると。
 確かにズボラを絵に描いたような人格で、なにしろ家庭においては、まったくのやる気ゼロ。 いつもスッピン。 炊事洗濯まるで駄目。 一言文句を言ったらば。 プイ!と出たきり、ハイ!それま~でぇ~よ~。 フザケヤガッテフザケヤガッテフザケヤガッテコノヤローっ! …あ、違った(相変わらずひつこい)。 
 これはますますコメディだよなあ、という気になってくる。

 でも、見進めていくと、尾野サンは瑛太クンが言うほどどーしょーもない嫁ではない、というのが見えてきて、「これってホントにコメディなのかな?」 という気になってきます。

 瑛太クンは宮城銘菓の 「萩の月」 を尾野サンとその仲間たちに食われてしまったことについにブチ切れ、ダウンロードで入手した離婚届に書きこむよう尾野サンに強要するのですが、ズボラな尾野サンは何度も書き間違え、ついにこの話はうやむやのうちに終わってしまう。
 これは尾野サンがズボラを装って、わざとこうしているのではなかろうか。
 つまりこう見えて、尾野サンはだいぶいじらしい性格を持っている。

 彼女が働いている、瑛太クンの実家のクリーニング屋でも、彼女はかなり明るくて実に周囲に溶け込んでいます。
 クリーニング屋で一緒で働くオバサンに(瑛太クンのお母さんのような気もするけど、名前で呼び合ってるし未確認。 スミマセン)、「アンタそんなんじゃ三行半つきつけられるよ!」 と言われ、「『オマエ!』『バカー!』『出ていけー!』 みたいな?」 と返す当意即妙のボケも持ってるし(笑)。

 瑛太クンの祖母の八千草薫サンも、彼女のアバウトさが気に入っている模様。
 この八千草サン、孫の瑛太クンに対して、結構的確な性格分析をしています。
 「この孫は理屈っぽくて面倒くさくて、絶対犯罪者になると思ってた」。 物事に細かすぎてこだわりすぎる、という孫の危うさを見抜いている。
 八千草サンは安産祈願のお守りを尾野サンに手渡して、ひ孫の顔を見ることを楽しみにしている、と言います。 尾野サンはクリーニング屋とかおばあちゃんとか、こういう環境に、どこか安住したがっている。 彼女はズボラでだいぶ瑛太クンの評価を下げてるけれど、彼女なりの存在意義は備えている、と感じるのです。 ただそれが、瑛太クンには見えてないだけ、みたいな。

 つまりそれだけのウラを読みとれる演出がされており、尾野サンはその演技力をいかんなく発揮している、ということになるでしょうか。
 こうした分析をドラマに対してしだすと、どうもこのドラマが、ただ単に笑わせたがってるだけ、とは思えなくなってくる。 

 瑛太クンはやったことのない野球につきあってギックリ腰になってしまい(ここから個人的に瑛太クンへのシンパシー度が急上昇しましたが、それはそれとして)、昔付き合っていた真木よう子サンに偶然出会い、彼女にマッサージを受けながらも再び恋をしてしまいます。

 いっぽうクリーニング屋で 「アンタも化粧したほうがいい」 と言われた尾野サンは、なんだかんだ言いながらも化粧をして瑛太クンに見せつけようとする。 このくだりもなんともいじらしい。

 基本的に瑛太クンは女房に100パー幻滅してるから顔を見ようとしません。
 月が大きいから一緒に見よう、と誘っても、そんなのは目の錯覚だという現実的な瑛太クンは相手にしようともせず、網戸もちゃんと閉めろと細かいことのほうにばかりチェックが行く。
 そしてふたりとも雑誌を見ながらの食事。
 飼っている猫がテーブルに上がってくるのを互いにそのつど下におろしながら、DVDの延滞のことで口げんかになってくる。
 そこで瑛太クンはあらためて尾野サンの顔をちゃんと見るのですが、普段スッピンの彼女が化粧をしていることに気づこうともしない。
 尾野サンは 「(DVDを)返す!」 といってテーブルを立ち、洗面所で化粧を荒々しく落として、寒風の吹く街に飛び出す。

 ここ、何気なく見てしまうのですが、かなり緻密な演出がなされている気がします。
 猫が何度もテーブルに乗ったりするのに至っては、「これまで演出か?」 という感じなのですが。

 
 つまり、笑わせようとしてないんですよ、このコメディドラマ。

 それがいちばん分かるのは、瑛太クンが真木よう子サンを誘って入ったお店での会話。

 その時ちょっとばかり大きめの地震が起きるのですが、ここで瑛太クンから、この最悪の女房と出会ったそもそものきっかけが、2年前の東日本大震災であったことが明かされるのです。

 当日、交通機関マヒで、大勢の帰宅難民と共に甲州街道を歩いていた瑛太クンは、たまたま顔見知りの尾野サンと出会う。
 二人は意気投合し、無邪気に笑い合いながら甲州街道を歩いていきます。
 そしてそのまま一緒に尾野サンの部屋に帰宅。 二人は意識してテレビなど外界の情報を遮断したまま、一夜を過ごすことになる…。

 この打ち明け話のとき、瑛太クンは数回、「あんなこと」 がなければ、というような話をします。 「あんな大震災など起こらなければ、あんな最悪の女を女房に持つことはなかった」、というわけです。

 この発言は、かなり誤解を招きかねないセリフであります。
 下手をすると、被災者のかたがた、ご家族を亡くされたかたがたの神経を、かなり逆なでする発言であります。

 でも。

 瑛太クンのこの発言は、直接の被災者ではない我々が、もうすでに至っている心境を端的に表わしているのではないか。
 私にはそう思えてならないのです。
 要するに、こうした発言は、ツイッターとかブログとか、公にはけっしてしてはならない発言ですよ。
 だからこれが 「公器」 であるテレビドラマで発言されることを、「不謹慎である」、と非難すべき向きが現れるのも当然のことと思う。
 でも私たちは、もうどこかで、「あの日」 の出来事を、自分の意識から知らぬ間に遠ざけようとしてはいないか。

 瑛太クンがこの日に知り合った尾野サンと結婚までしてしまったのは、つまりこの日の特殊な空気、パニックのなかでの奇妙な連帯感、がそうさせてしまった。 少なくとも彼はそう考えている。
 これって、「吊り橋理論」 みたいな、「既存の考え方」 に、自分を簡単にはめてしまっている、とも言えないだろうか。

 つまり、「あの日」 をもう、特殊な日として分離したがってるんですよ、彼の中では。
 それってでも、私たちにも言えることではないのか。
 確かにあの震災や被災地のことを四六時中考えたりするのはしんどい。
 でも考えることは必要だ。
 でも、その痛みから逃げようとするのも、やはり人間の営みだとも、思われてくるのです。

 このドラマで、30キロの道のりを帰ろうとするふたりの会話は、あくまで明るい。
 私も全く動かない車の中で、帰宅難民の人たちを見ましたが、どうだったろう、こんなにはしゃいでいる人なんかいなかった気もしますよ。
 でも、ふたりははしゃがずにはいられなかった。
 そして帰宅してからも、テレビやネット、情報などを見る気に一切ならなかった。
 「その日」 から、意識してふたりは、「その日」 を遠ざけようとしているのです。

 こういうことを考えさせるドラマというのは、やはりコメディでは片付けられない、と思うのですが、でもいっぽうで、私たちは、「笑う」 ことで、こうした痛みを忘れようとするのも、また事実なのだと思う。

 だからこのドラマは、「無理やりコメディにしなければならない宿命」 みたいなものに突き動かされて、コメディドラマとして成立している。

 う~ん…。

 難しいかな。 私の言うこと。

 こうした 「ねじくれた理論」 というのは、結局なにを言おうとしているのか分からない、という副作用に私を陥れます。
 ただ簡単に、「コメディドラマだろ」 と思いながら見てしまっても、出来の悪いコメディだな、と感じてしまう。
 でもそれが、確信犯だとしたら。

 坂元サン、またややこしいことをしてくれたもんです。

 そしてある日、うやむやなまま放置されていた、とばかり瑛太クンが思っていた離婚届は、突然尾野サンによって区役所に提出されてしまいます。
 そして行きつけ?のソバ屋で、瑛太クンと同じように、亭主の愚痴を言いまくる尾野サン。
 瑛太クンが歯医者でやっていたこととまったく同じことを、尾野サンもやっていたのです。

 瑛太クンはあれほど女房の悪口を言っていたのに、帰ってきて家の中がひっそりしていることに、ちょっと不安がります。 つまりあんなに嫌がっている女房がいなくなるのが、怖いのです。
 遅れて帰ってきた尾野サンに、瑛太クンはほっとしてまた嫌味モードになるのですが、彼女が用意したのは、妻から夫への三行半。

 この第1回ラストでの立場逆転は、このドラマがどこに向かおうとしているのか、という私の気持ちをさらに混乱させました。

 いずれにせよ、このコメディドラマは、人を笑わせようとしていない。
 瑛太クンの過剰すぎる弁舌も、あれは目くらましの一種だ。

 瑛太クンが気になっていた真木よう子サンも、どうもプレーボーイである綾野剛サンが、実はダンナだった。
 ここから動いていくドラマもあるのでしょうが、いったい坂元サンが何をどうしたいのかが、第1回を見ている限りよく分からない。

 なんだかワケの分からんヘンなドラマが、始まったものです(けなしてはいないので念のため)。

 そうそう、蛇足のようですが。

 エンディング、主役級4人が桑っちょ(サザンの桑田サン)の曲に合わせて踊るダンスは結構面白い。 特に真木よう子サンは前クール 「遅咲きのヒマワリ」 でも、秀逸なタイトルクレジットでした。 「いいのは主題歌の部分だけ」 なんて陰口を叩かれないことを願います。

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コメント

リウ様
こんばんは。

「最高の離婚」私は、結構面白く観ました。
確かに、「コメディ」という頭で観てしまうと、ちょっと期待外れになるかもしれませんね。このドラマ。ただ、ドッカンドッカン笑わせるのではなく、どこか、身につまされるところでくすりと笑わせるコメディ、というのもありと思うのですよ。

昔のアメリカ映画ということで言えば、ビリー・ワイルダー監督の作品などがそうでしょうか。確かに、瑛太くんの役どころは、ワイルダー監督の映画でジャック・レモンが演じる、せこく、いじましいのに何故か憎めない小市民に通じるものがあるような気がする、というとちょっとほめ過ぎかなあ。
これだけテレビに笑いが氾濫している中で、ストーリーというものに縛られるドラマで、「笑い」を追及するというのは、かなり難しいことだと思います。かなりぶっ飛んだキャラ設定だった「リーガル・ハイ」にしても、根っ子には、結構真面目なメッセージを内包していましたし。

「3・11」の扱い、確かに微妙なところをついてきましたねえ。ただ、あの日、あんなことがあった日に、30㎞の道を歩いて、誰もいない部屋に帰らなければならないとしたら。そこで偶々、顔見知りで、少なくとも憎からず思う異性に会って、重苦しさが少しでも和らいだ気になったら。ああなってこうなってというのも十分あり得るのではないか、と思いました。実際、「震災婚」という現象もあったということも聞きましたし。
ただ、瑛太くんの方はそれを一時の気の迷いみたいなものと思い込もうとしていましたが、オノマチさんの方はどうなんでしょう?旦那の愚痴は、立ち食い蕎麦屋さん相手に散々言ってましたが、何故、あんな、明らかに合わなさそうな男と結婚する気になったのか。「罪と罰」中抜かしの上下巻読破してまで(笑)・・すいません。私は3行で挫折しました・・そのあたりは、まだドラマの中で明かされてませんよね。「わたし、もうあなたは要らないの」というセリフが、な~んか気になるんですけどね。

でも、このドラマの笑いの起点って、考えてみれば瑛太君の変なキャラ設定と、オノマチさんのアバウトぶりだけなんですよ。で、オノマチさんって、「カーネーション」の時も思ったのですが、間の取り方が絶妙です。セリフ自体は、そんなに可笑しくないのに、そこで笑わせてしまう。流石、関西人!と言いたいところですが、ここで話しているのは共通語でした(笑)。

投稿: Zai-Chen | 2013年1月12日 (土) 23時35分

Zai-Chen様
コメント下さり、ありがとうございます。

まあ記事中にも書いたのですが、私個人としては、「そんなに面白くなかった」 ですね(ハハ…)。 まあ見方はいろいろですから、別に押しつけたりするものじゃございませんが。

でも、いきなりタブー視されがちな 「コメディに大震災のネタ」 という禁じ手をしてるし、坂元サンが何か重大な問題提起をしつつあるのかな?という思いはあるのです。

私も、ビリー・ワイルダー&ジャック・レモンの連想をして 「古いアメリカ映画」 って書いたんですよ(笑)。 でもそれがなんという映画だったのか思い出せなくて(笑)。

私がこのドラマを 「なんとなくつまんないな」 と思いながら、第1回最後まで見てしまったのは、どこかに尾野真千子サンのたたずまいの中に、なんとなくものさびしい気持ちが見てとれる、彼女のズボラを応援したい、という気持ちがわいたから、でしょうか。 その点ではやはりオノマチはすごいと感じる。

まあ確かになん~にもしない嫁じゃやんなりますけどね(笑)。

私が分からないのは、このふたりを離婚させたいのか、再び元に戻したいのか、まあタイトルからして 「最高の離婚」 だから、結局別れさせたいのだろうけど、どう別れたって最高になりようがないこの離婚劇をどうしたいのか。
そしてこのふたりに絡んでくると思われる、真木よう子サン・綾野剛サン夫婦と、いったいどう絡めたいのか。 ドロドロにしたいのか、雨降って地固まるにしたいのか。

分っからないんですよねぇ~。

だからなんとなく、「出ている役者が好きだから見てる」 みたいな感じにもなってくるし、脚本家さんがなにをしたいのか見たいから見てる、みたいな感じにもなって。
これってけっして、「面白いから見る」 という感覚とは違う見かたです、私にとっては。 「メンド臭い」 ですね私も(笑)。 瑛太クンが演じている役と一緒です(笑)。

投稿: リウ | 2013年1月13日 (日) 02時35分

瑛太さんの部屋ではなくオノマチさんの部屋に泊まった の間違いですよ!

投稿: | 2013年1月15日 (火) 01時35分

??様
ご指摘くださり、ありがとうございます。 さっそく直させていただきましたconfident

投稿: リウ | 2013年1月15日 (火) 09時40分

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