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2013年1月 7日 (月)

「父と子 市川猿翁・香川照之」 下世話な精神では語れない親子関係

 週刊誌レベルではよく目にする、市川猿翁サンと香川照之サン(市川中車サン)の関係。

 その記事のされ方の傾向を見ると、猿翁サンが猿之助時代に、妻の浜木綿子サンと息子の香川照之サンを捨てた経緯から、猿翁サンは妻や子を 「嫌っている」、妻と子は自分たちを捨てた父親を 「恨んでいる」。

 今回のこのNHKスペシャルは、「そんな下世話な気持ちでは言い尽くせないことがあるんだよ、人の世って」、と言いたくなるような内容でした。

 確かに猿翁サンが妻子を捨てた原因である、藤間紫サンのことに、この番組は一切言及していない。 その点ではかなり片手落ちの、都合のいい話であるかもしれない。

 でも、そうせざるを得ない宿業の中で我々は生きているし、そもそも家族って、構成員ひとりひとりの、そうしたドロドロの部分を、ぶつかり合いながらも共有して一緒に暮らしたり、許せなくて離れたりしているものなんじゃないのかな、と思うのです。

 それを見下すようにして面白がるのも、また人の世の常なんでしょうけど。

 下世話な部分では語りきれない、まあ週刊誌的に見れば 「綺麗事」 的ではあるが、猿翁サンが妻子を捨てた理由。
 それは、そもそも初代市川猿之助の時代にさかのぼる話になってしまうのです。
 初代猿之助は、市川一門から独立した経緯を持っており、歌舞伎界であまり後ろ盾がない。 さらに三代目猿之助となった猿翁サンは、猿之助を襲名したと同時に、初代と二代目、つまり祖父と父を亡くしてしまう。 さらに後ろ盾がない状況になってしまったわけです。

 だからほかの梨園のようにきちんと妻を持って子供を産んで、その子供をかなり小さい頃から歌舞伎俳優として育てる、という当たり前のことが、猿翁サンには出来なくなってしまった。
 役者も子育ても、という二足のわらじをはくほど器用ではなかったし、役者を極めたい、という思いのほうを猿翁サンはとってしまった、と。
 まあ確かに、藤間サンとつきあう余裕はあったのかよ、とツッコミを入れたくなる話ではあります。

 いずれにせよこのことから香川照之サンの精神的な牢獄状態が始まる。 
 しかし彼の気持ちの中では、父親にこういうことをされても、なおまだ、父親を求める気持ちをせき止めることが出来ない。 そして歌舞伎俳優としての道を、どこかで捨てることが出来ない。
 香川サンが俳優として立ち、実力派と認識されるまでに至っているのは、おそらく彼のなかに、フツーの人以上の 「演じたい」 という欲求があるからだろう、と思うのです。

 彼は若かりし頃に公演中の父親のもとを訪ねるのですが、きっぱりと実に生々しい決別宣言を受ける。
 それが、猿翁サンが7年前?に脳こうそくを患ったこと、そして藤間紫サンが亡くなったことで、状況が変わってきます。

 香川照之サンが父親に急接近し、今回異例中の異例として、47歳で歌舞伎界入りしたことは、そんな彼の 「父親を求める気持ち」「歌舞伎を演じたいという気持ち」 が結実したものだ、と感じます。 特に 「歌舞伎を演じたいという気持ち」 というのは、今回の番組で本人から説明がなされていましたが、彼の息子から 「どうしてパパは歌舞伎をやらないの?」 と言われたことが大きかったらしい。 そりゃ、未経験の歌舞伎を47歳で始めよう、っていうのは、無謀ですよ。 47歳の私が言うんだから間違いがない(説得力なし)。 ジョン・レノンだって、息子から 「パパはビートルズだったの?」 と言われなきゃ、活動再開しなかったし(なんの話だ)。

 でも、彼の息子(このたび一緒に市川團子を襲名)にしても、あの幼さで父である香川サンにそういうことを言う、というのは、どこかでそういうことを言いたくなる素地があるんじゃないでしょうか。 もしかすると父親の気持ちを、息子は敏感に感じ取っていたのかもしれない。 番組では、團子クンは猿翁サンに演技指導してもらうなど、もうやる気満々であり。 團子クンも歌舞伎をやりたい、という気持ちが本性的に備わっているように、私には見えました。

 はた目から見れば、猿翁サンが体の自由の効かないことをいいことに、押し掛け女房みたいな感じで、香川照之サンは自分の歌舞伎界入りを認めさせ、まるで父親に復讐するみたいに言うことを聞かせようとしているのかもしれない。

 でも、父親に積年の思いをぶつける、というのは、人として当然の行動なんじゃないのかな。

 そしてそれが許される状況になったことを、香川照之サンは有り難い、と感じている。
 脳こうそくの父親から稽古をつけてもらっても、やはり通訳がいないとダメだし、まともな所作とかが伝わるはずもない。 でも息子は、父親とそういう関係を取り戻したことを、とても感謝している。 息子は自由の利かない父親の手を取り、何度も 「ありがとうございます」 と言い、感極まって涙する。
 週刊誌的な下世話なものの見方では、ここんところの人情の機微を察知し解説することはできない、と私は思うのです。

 積年の思いがあるからだと思うのですが、私は市川中車という歌舞伎役者の演技をつらつら見ていると、今はいかにも気合が入りすぎているような印象を持ちます。 でも彼が、表面的な歌舞伎の基本だけではない、歌舞伎という文化における、演技の中に潜む何かを探し当てたとき、まことの歌舞伎役者に変貌する可能性を、感じたりもするのです。

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テレビ」カテゴリの記事

コメント

リウ様

私もこの番組、見ました。
NHK的というか、藤間さんのことを抜きにして家族の有り様を伝えるというのは、どうかな?と思いましたが、現状の父と子の生き様を伝えるという意味では成功していたように思います。

香川さんは素晴らしい俳優さんです。
その彼がこの年齢で歌舞伎の世界に飛び込む。
並々ならぬ決意だと思います。
やはり番組でも語っていらしたように、息子さんの言葉があって、こういう選択をされたのでしょう。

息子さんには才能があると思います。TVで放送されている言葉の端々から感じます。
それを父親である香川さんはわかってらっしゃるのでしょう。
歌舞伎という世界で、その才能を花開かせてほしいという香川さんの想いを感じました。

もちろん、彼自身も歌舞伎をやりたいという想いはあったでしょうけれど、47歳という年齢からすると、かなり困難なことは明白ですよね(startが40年は遅れているのですから)

4代目の猿之助さんが「型はできてるから・・」と言ってたように、中車として、これからどれだけ、こなれた演技ができるようになるかが楽しみです。

また、この番組は息子さんが成長された時に、父親である香川さんの努力・決意の凄さをあらためて知る術となるように思います。

香川さんはTV、映画、CMそして歌舞伎と、働きづめのような気がします(歌舞伎にはお金がかかるでしょう?後ろ盾もないわけですし)。50にさしかかると体力の衰えも感じますし、体を壊したりしないようにと祈るばかりです。

投稿: rabi | 2013年1月 7日 (月) 12時55分

rabi様
コメント下さり、ありがとうございます。

番組中でも流れた、「龍馬伝」 などの出演作を見ていると、香川照之という人は、役に入り込むテンションそのものに、鬼気迫るものを感じます。
今回ナレーションを担当した福山雅治サンも、そんなところで彼を高く評価し、友に選んでいるのだ、と感じます。

そのくせ、「PRISELE$S」 みたいなどーでもいいのに出ちゃうところもあるけど(笑)。 アレは息抜きなのかな(笑)。 もっと木村クンと絡むかな、と思ったけど、最後まで彼を金田一と認識しなくて(笑)。

團子クンはどういう育ち方をしたのかな、と見ていて思いました。
いやいやながらやってない。 かなり積極的。 女形が似合ってました。 将来が嘱望されますね。

猿翁サンが三代目猿之助であった時代、うちの母親は祖母を連れて、よくスーパー歌舞伎を観劇していました。 それで私も、テレビでよくその中継を見たことがあるのですが、これが歌舞伎界では異端だ、と陰口を叩かれることはよく理解できます。

つまりこのスーパー歌舞伎というのは、後ろ盾のなかった三代目猿之助サンの、起死回生の策だったんでしょうね。

亀治郎改め四代目猿之助サンは、テレビドラマなんかやってる場合ではなくなりそうな…(ハハ…)。 勘三郎サンがテレビドラマに出なくなったのも、やはり歌舞伎に体力を集中させていたからだと思うし。

市川中車サンの場合、ドラマでも引く手あまただろうから、やはり体力的に心配ですよね。

投稿: リウ | 2013年1月 7日 (月) 17時13分

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