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2013年3月26日 (火)

「泣くな、はらちゃん」 第9-10(最終)回 笑おう、たとえ心が痛くても(その2)

 昨日のレビューの続きでございます。

 最終回、岡田サンははらちゃんと越前さんを、いったん別れさせようとします。
 「新婚さん」 気分を味わって、もうこれっきりにしよう、というのです。
 「やっぱり違う世界の住人どうしは、一緒にはなれない」、という気分が、最終回のドラマには蔓延していました。 そしてふたりは別れた。
 でも(ネタバレになりますが、このブログ基本的にそうなので…笑)最後、はらちゃんは雨に濡れる越前さんの前に、傘を持って再び現れます。

 このラストって、「じゃあふたりの決心って何だったの?」 という矛盾を内包している。 別に深刻に別れる必要なかったじゃん、と。

 岡田サンは越前さんを 「万能の神様」 にしないことで、設定の曖昧さに乗っかって、いくらでも人間にしようと思えばできるはらちゃんの設定を変えることをせず、「また会えること」 の切なさに、このドラマの落とし所を選んだ、と私には思えるのです。 切なさを見る側に与えることで、ラストの感動を呼び込もうとした。

 
 この結果、「最後はどことなく迷走していたなあ」、と私は見終わって思ったのですが、でもそれは岡田サンの 「どうやってこのドラマを終わらせようか?」 という迷いと、岡田脚本に時々見かけられる 「やさしさ」、「人の良さ」 が合わさったラストだった、と同時に感じるのです。

 岡田サンが最終回で頼ったと思われる、「切なさ」。

 最終回の話で時々出てきたのは、胸のところを押さえてチクチクする、という、「切なさ」 の話でした。
 はらちゃんも、越前さんも、お互いに 「この人と一緒になってはダメだ」、という認識がある。
 それはバーチャルな恋愛をどこかで否定しているところからきていると思われるのですが、本来結ばれる運命にないものが互いに惹かれあう、ということで、「切なさ」 というものが生じます。
 そしてその叶わぬ願いが成就した時、「会えてよかったね」、ということを見る側は感じる。
 ただこのドラマは、「切なさ」 に頼って、「ハッピーエンドのあとの大変さ」 を放棄したようにも見えるんですよ。

 でも。

 たぶん荒唐無稽で設定も曖昧だから、なんとかなるだろーと思う(笑)。
 こうしておけば、半年後に 「泣くな、はらちゃん」 SPでもできるかもしれないし(笑)。
 「ハッピーエンドのあとの大変さ」 を放棄した、ということは、つまりこのあといろんな話が展開する余地が残された、ということと同じですからね。




 えー、第9回の話に戻りますが(はぁぁ、また長くなりそうだ…)。

 「この世界の現実に染まって、汚れていくかもしれない」、という百合子さんの不安は、的中してしまいます。

 無邪気にサッカー遊びをしていたはらちゃんたちに絡んできた不良グループ(言いかた古っ)に、はらちゃんたちはボコボコにされてしまう。

 「なんでですか! なんでそんなことをするんですか! やめてください!」

 止めようとするはらちゃんを集中して殴る蹴る、不良たち。 そこに割って入った越前さんも、平手打ちを喰らわされてしまいます。
 倒れ込んで苦しむ仲間たち。 不良は、はらちゃんを見下ろしてニヤケています。
 さらにはらちゃんを痛めつけようと胸ぐらをつかむ不良の手を、はらちゃんはつかみ返す。

 そしてぶん殴る。

 驚く越前さん。

 その場に駆けつけた百合子さんも悪魔さん(忽那汐里チャン)も田中くん(丸山隆平クン)も、はらちゃんの仲間たちも、はらちゃんにもともと備わっていなかった 「暴力」 という手段の誕生に、恐れおののくかのようです。

 「テメエコノヤローっ!」 殴り返す不良たちを、逆に馬乗りになって痛めつけるはらちゃん。

 「なんでですかあっ!

 これがこの世界ですかあっ!

 ああっ!(殴る) ああっ!(殴る)」

 前の晩に、テレビで戦争とか暴力とか、人の作り出す不幸を目の当たりにしたはらちゃんに、芽生えた憎しみなのでしょうか。

 「はらちゃん! もういい!」

 止めに入る田中くんも振り払って、もうすっかり戦意喪失の不良を殴り続けるはらちゃん。

 憎しみに染まっていくはらちゃんに、涙を流す越前さん。 はらちゃんにすがりつき、止めに入ります。

 「やめて、はらちゃん!

 お願い、お願い…!

 やめて…(泣く)…うっ…うっ…」

 はらちゃんの手が止まります。 うっ血した自分のこぶしを見るはらちゃん。

 「ごめんなさい…ごめんなさい、はらちゃん…

 …こんな世界でごめんなさい…」

 退場する不良たち。 越前さんは、その場にいる全員に、頭を下げます。 「みんな…ごめんなさい…」。

 手当てを受けるはらちゃんたち。 はらちゃんは自分のこぶしをまた見つめ、つぶやきます。

 「痛いです…。

 心が…。

 とても痛いです…。

 越前さん。

 どうか、私を嫌いにならないでください…」

 「なるわけないです…なるわけないです!」

 「自分の世界に帰りたい」 と言い出す仲間たち。 マキヒロ(賀来賢人サン)も悪魔さんより、仲間を取ります。

 「私は…」 言い淀むはらちゃん。 迷っているようです。 仲間たちを取るか、越前さんのいるこの世界を選ぶか。 はらちゃんの目に、涙がたまっていきます。 「私は…」。 涙がこぼれ続けるはらちゃん。 泣くな、はらちゃん!(あ~もう、ダメ…笑)。

 越前さんは意を決したように、テープでぐるぐる巻きにした自分のマンガノートを取り出し、テープをはがしていく。

 「はらちゃん」。 微笑みかける越前さん。 「私たちは、…両思いです」。 それを聞き、うつむいてさらに泣いてしまうはらちゃん。

 「ほら、泣くなはらちゃん!」

 静かにノートを開く越前さん。







 もうこの世界には戻ってこないと思われるはらちゃんの仲間たちが、次々とマンガに戻っていき、ノートに吸い込まれていきます。 傷だらけで泣きはらしたはらちゃんも、一緒に戻っていきます。

 微笑んだままはらちゃんを見送った越前さん。 その表情には、どこか寂しさ、やるせなさみたいなものが浮かんでいる。 悪魔さんはマキヒロが自分より仲間を選んだことがショックで、その場にへたりこんでしまう。 田中くんが、悪魔サンの肩に、そっと手を置きます。 「これでよかったのかも」 という表情の百合子さん。

 ノートに戻ったはらちゃんとその仲間たちは、「カンパーイ!」 と、満面の笑みで楽しそうです。

 その夜。

 越前さんは、お母さん(白石加代子サン)やヒロシ(菅田将暉クン)に 「冴えない自分でごめんね」、と別れのあいさつをし、マンガのノートに自分の姿を描きます。 一粒こぼれる涙。 越前さんはノートに笑いかけます。 「はじめまして」。

 越前さんは、はらちゃんたちの世界に旅立ってしまったのです。
 このシーンの視覚的効果は最高で、かなり印象的なCGとなっていた気がします。
 「え…越前さん?」
 驚くはらちゃんと、その仲間たち。 振り向いた越前さん、最初のうちは目から上の部分が見えないのですが、これはいつもエンディングタイトルで現れる越前さんのマンガと一緒のアングルです。 「来ちゃいました」。

 一抹の不安に襲われた百合子さん、駆けつけると、ノートのなかに越前さんがいるのを見つけてしまう。 「いい笑顔だわ、あの子!」 ってオカーサン、そんな問題かっ!(笑)。

 ノートの世界で歌われる歌が、あの 「世界じゅうの敵に降参さ」 であることは実に当たり前で、これは先の当ブログレビューでも指摘した通り、「現実逃避の理論武装」 の歌。
 越前さんはここで、極端な現実逃避に、針が振り切ってしまったのです。
 「いいの?」 と心配するユキ姉(奥貫薫サン)に、「あの世界は、もともと好きじゃないんです」 とさっぱりしたような越前さん。 「はらちゃん、ずっと一緒にいましょうね!」

 ちょっと躊躇したようなはらちゃん。 でも、「この幸せに今は浸っていよう」 と決意したように返事します。 「はいっ!」。

 これが、第9回までのストーリー。

 この越前さんの行動を、ちょっと唐突に思えてしまうのは、それまでの回で、越前さんが少しずつでも、自分の弱さに立ち向かおうとか、外の世界に向かって働きかけようとか、そんな姿勢が見えたからであり。
 けれどはらちゃんの暴力事件が、そんな越前さんの、この世に対する執着を、完全に断ち切ってしまった、と見るべきでしょうね。
 越前さんははらちゃんたちを帰してしまったばかりか、自分までそっちの世界に行ってしまう。 それだけ 「絶望」 したんですよ、この世に。 これは 「自殺」 の遠回しな表現であるように私には思えます。

 でも冷静に考えてみれば、マンガの世界は居酒屋だけ。 かなり狭い世界です。
 しかも毎日(いや、日付という概念もないか)同じことばかりが繰り返される。
 耐えられんのかな。
 はらちゃんたちは耐えてる。
 いや、「耐える」 という意識がそもそもないから、そこで生きていくことが出来ているのだと思う。
 越前さんにそれが出来るのか。

 それに、これって、越前さんの家族に対する、かなりの暴挙だ、という気もします。
 越前さんがいなくなることで、悲しまない家族だと越前さんは考えているのでしょうか。
 オカーサンはのんきなこと言ってましたけど(笑)、それはあの世(マンガの世界)で自分の娘が、生き生きとしているところを見ることが出来たから。

 おそらく越前さんのお母さんのあのノンキな感想は、「自分が輝けるならばどんな状況でもいい」 という発想なのではないか、という気がします。 母親の愛なのかな?
 でも、ぬるま湯につかって日々楽しく暮らすことが、「生き生きとしている」「輝いている」 と考えるのは誤りだ、と私は思う。

 最終回。

 マンガの世界で楽しく暮らす越前さん。

 あ~このあと、私が 「迷走してるな」 と思われた展開が続くのですが、それはまた次回。

 なかなか終われなくてスミマセン…。

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BOOKS

  • マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 下

    マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 下
     1600ページも費やして、この上下巻はまだ彼らのデビューまでしか書かれていない。 3部作計6巻のうち2巻に過ぎないのだ。 なんと気の遠くなるような作業なのだろう。  本書はビートルズを語るうえで孤高の一作となるはずだ。 虚飾をすっかり剥ぎ取った、20世紀最大の奇跡に潜む真実が、これを読めば理解されるはずである(当ブログ紹介記事より抜粋)。 本書下巻では、1962年のレコードデビューまでが書かれています。

  • マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 上

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     1600ページも費やして、この上下巻はまだ彼らのデビューまでしか書かれていない。 3部作計6巻のうち2巻に過ぎないのだ。 なんと気の遠くなるような作業なのだろう。  本書はビートルズを語るうえで孤高の一作となるはずだ。 虚飾をすっかり剥ぎ取った、20世紀最大の奇跡に潜む真実が、これを読めば理解されるはずである(当ブログ記事より抜粋)。 この上巻ではビートルズの祖先から遡ってリバプールで人気に火が付き始めたところまでが書いてあります。

  • ポール・デュ・ノイヤー: ポール・マッカートニー 告白

    ポール・デュ・ノイヤー: ポール・マッカートニー 告白
    まず驚かされるのが、表紙のポールの写真です。 よくこんなのが採用されたな、というくらい、刻まれた年輪が顕著に分かる 「年老いたポール」。 飾り気のないその写真に、「素のポール」 をあぶり出そう、という心意気が見える。 そして実際、著者のその目論見は、成功しているように思えます。 何より大きいのは、「NME」「Q」「MOJO」 など音楽メディアで長年記者を務めてきた著者がポールと同じリバプールの出身者である、ということ。 さらにポールと同じファースト・ネームであること。 だからポールはまるで自分の分身に話しかけるかのように、時折同郷人にしか分からない言葉で気さくに著者に話しかける。 この本を読む者は、まずその 「不思議なリラックス感」 に包まれるはずです。  本の構成は大きく二つに分かれます。 前半ではビートルズからウィングス、ソロに至るポールのたどってきた長い長い歴史、後半ではポールの人格に迫る試みがなされていく。 そのインタビューは、一気に行なわれたものではありません。 著者がNMEの記者だった1979年のものから、明示はされていないがおそらく2013年、「NEW」 の発売前後が最新のものではないか、と思われます。 実際読んだ感覚では 「キス・オン・ザ・ボトム」 あたりが最新のような気もする。 その30年以上にわたる膨大なポールへのインタビューを、項目によって構成し直しているようです。 ですから、今年(2016年)亡くなったジョージ・マーティンについてのポールの見解であるとか、最新の情報が提示されているわけではない。 ポールの情報というのはこの歳になってもなお日々更新型ですから、その点については物足りなさが確実にあります。 さらに、30年以上というとポールのものの考え方にも変化変遷があってしかるべきだと思うのですが、30年以上をリミックスにかけているからその変化というものがつかめてこないもどかしさがある。 表紙を飾ったポールの 「老い」 という問題にも、この本はきちんと答えてくれているわけではない。 さらに言えば、ジョン・レノンの死について多くが割かれているのとは対照的に、2001年に亡くなったジョージ・ハリソンの死についての記述はない。 正直なところ、このような本を読み漁ってきた身としては、衝撃に値するような情報が書かれているわけではありません。 しかし前述したような、リラックスしたムードのなかでポールと語らっているような疑似体験を共有できる強みが、この本にはある。 この本全体に貫かれているのが、この心地よさなのだ、と思うのです。 その心地よさが乱れるパートがあります。 自身の失敗作、どうでもいい作品について語るときのポールは多分に感情的になりがちであり、イライラした様子を隠しません。 特に 「シークレット・フレンド」 を語るポールのくだりはポールファンなら一読に値する部分でしょう。 しかしそのイライラも、ポールの人間性が垣間見える瞬間としてこの本にとっては必要なパートなのです。 3000円以上と、この本は決して安くはない部類の本です。 ただその値段に見合うパフォーマンスは兼ね備えています。 この本と付き合った1か月足らずの間、心地よい体験をすることができました(アマゾンの自身のカスタマーレビューより)。

  • : レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]

    レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]
    全200ページ程度のボリュームのなかで、キャンディーズに関する特集記事は50ページ。 ただし、これが濃い。 全シングル曲、ほぼほとんどのアルバムの解説は当然として、彼女たちの芸能界における歴史から見た考察、コメディエンヌとしての彼女たち、DVD解説など多岐にわたり、キャンディーズが分析されています。 特に圧巻は、レア音源に関する記述。 ここまで調べている読み物には、個人的にはお目にかかったことはありません。 700円。

MUSIC

  • ザ・ビートルズ -

    ザ・ビートルズ: サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド(スーパー・デラックス・エディション)(4CD+DVD+BD)
    ロック界、いや、すべてのポップミュージックにおけるアルバムの中で史上最高と称され、すでに世界文化遺産の域にまで達しているこのアルバム。 そのアルバムの発売50周年を記念して、スペシャルエディションがリリースされます。 なかでもブッ飛ぶのがこのスーパースペシャルボックスセット。 CD4枚組であらたなリミックスのステレオ盤1枚、モノ盤1枚、初期テイク集が2枚、さらにブルーレイ1枚とDVD1枚で5.1サラウンド、ハイレゾ音源、ドキュメント映像 「メイキングオブサージェントペパーズ」 のデジタルリマスター等々、卒倒するようなラインナップです。 18、000円プラス税と値は張りますが、史上最高の名盤だからこそこれは買い。 5月26日の発売までに予約をしておけば、アマゾンならば値下がりした時に値段がそのあと高騰しても最安値で購入できます。 ビーファンならずとも、これは注目ですぞ!

  • 山口 百恵 -

    山口 百恵: ゴールデン☆アイドル 山口百恵(完全生産限定盤)
    全シングルA・B面プラスボーナストラック(「あなたへの子守歌」)を、山口百恵名義としては初のブルースペックCDとしてリリース。 音はいわゆるドンシャリ系ではなく、アナログ盤に準拠した原音に忠実な印象です。 パッケージングはアナログシングル盤サイズで中袋、CDを納めるケースが完全にドーナツ盤をイメージしています(よく言えば斬新…笑、悪く言えばチャッチイ…笑)。 しかしその発想は買える(笑)。 ほぼ原寸大のシングルジャケットと裏の歌詞カードの複製ブックレット。 ただスキャニングは欲を言えばもう一歩。 当時シングル盤を中心に聴いていたかたなら、この編集盤はかなりの 「買い」 です。 しかしこのジャケット表紙の写真、スッピン風で個人的にはすごく好き。

  • デイヴ・グルーシン&リー・リトナー -

    デイヴ・グルーシン&リー・リトナー: Two Worlds / Grusin & Ritenour
    NHK朝ドラ 「花子とアン」 で美人のスコット先生が夜な夜な歌い、チビはなチャンがすっかり覚えてしまったイギリス民謡、「ザ・ウォーター・イズ・ワイド(流れは広く)」。 このアルバムでルネ・フレミングが歌っていたのを思い出しました。 ルネのソプラノはけっして大袈裟でなく上品で、私のとてもお気に入りのソプラノ歌手ですね。 このアルバム自体は全体的にクラシックにギターのリー・リトナーが絡むフュージョンぽいものなのですが、故・黒田恭一サン評するところの、「大人が聴く音楽」。 胸を締め付けるような哀しみと、すべてを包み込むようないたわりに満ちていて、私の人生のなかでも最上位に位置する愛聴盤です。

  • 桜田淳子 -

    桜田淳子: ゴールデン☆ベスト 桜田淳子~シングル・コレクション
    彼女の活動期に発売されたシングルをすべて網羅したベスト盤。 確かに後年のものほど馴染みがありませんが、選曲漏れがないので、彼女の存在とは何だったのか自体に思いが至るベスト盤です。 音も楽器の音像がよくてなかなかいいマスタリングをしている気がします。 2600円程度で推移しています。

  • ザ・ビートルズ -

    ザ・ビートルズ: ザ・ビートルズBOX(限定生産品)(USBメモリ)
    パソコンにUSB端子があり(たいていついてると思います)、パソコンで音楽が聴ける環境をお持ちの人ならば、聴くことができます。 現在のテクノロジーで最もいい音質で聴ける、ビートルズの音楽です。 ただし国内版にもかかわらず、訳詞とか一切なし。 ジャケットもブックレットもパソコンデータ。 純粋に音楽だけ楽しみたい人向けです。 また、曲間にコンマ何秒かのブランクが入ります。 「アビイ・ロード」 のメドレーも同様です。 しかし、音はさすがに、すごい。 大きな音量であればある程、目の前にビートルズが迫ってくる勢いです。 ツヤが違います。

  • The Beatles -

    The Beatles: The Beatles [USB]
    こちら上記の海外版。 内容的には国内版とほぼ一緒なので、値段が安いこちらのほうがいいでしょう。

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