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2013年3月20日 (水)

「とんび」 最終回まで見て

 世には 「泣ける話」 というものがあって、いわばこれは、お客に泣いてもらわないことには話にならない。 泣かせることが生命線なわけです。
 そしてそれは時に、「お涙頂戴」 と見下したような物言いをされ、泣かせるための小細工が鼻についたり、あざとさが透けて見えたりして、見ている側を興醒めさせる。

 私も正直なところ、「泣ける話」 というのには、身構えてしまうところがあります。
 去年、NHKで前後編正味3時間くらいだったか、同じ原作のこのドラマをやった時も、そんな触れ込みで、警戒しているうちに見終わってしまったようなところがある。
 昭和の時代を再現するのに、「CGを使わないことを徹底した」 というNHKスタッフこだわりの画面は、主人公市川安男、通称ヤス(堤真一サン)が乗っていたオート3輪が、博物館から持ってきたみたいなピッカピカだったのがアダとなって(笑)、かなり興醒めしてしまって。
 みなさんこのNHK版を見てたいそう感動されたようなのですが、私は申し訳ないがダメでした。

 だから今回のTBS版に関しても、たいした期待はしてなかった。
 でも、やはりひとつひとつのエピソードをじっくり見せられると、やはり感動が違うんですよ。 かなり今回は泣かせられました(このことは当ブログ過去記事で言及しましたので省略いたします)。

 今回のこのTBS版、舞台が広島から特定不能な土地に変更になったり、10年くらい時代を後にずらしたり、ということがあったのですが、私にとっては枝葉末節の問題でした。 かえって堤サンのときの、あの強烈な広島弁でがなりまくられた怖さが消え、時代設定も新しくしたことで、無理に画面を昔に戻そうとするスタッフの気負いを気にせずに済むようになった。

 話がじっくり見られるようになったことで、このお話のもともとの根っこであると思われる、「家族愛」 がおしつけがましくなくなり、「お涙頂戴」 などという宣伝文句をつけなくても、自然と 「泣けるドラマ」 に成立していった。
 これはやはり、「JIN-仁-」 を手がけた脚本家の森下佳子サンの功績によるものが大きいのではないか、と個人的には思います。 「JIN」 でもそうだったのですが、この人は登場人物の行動の動機付けを、とても念入りに構築していくタイプの脚本家さんのように感じる。
 だから先のNHK版で私が不自然だと思った海雲和尚のお説教も、ひとかどの説得力を帯びたし、ヤスの言動にも、ただの家族愛では収まらぬ、「男としての悲しみ」 とか、「年老いていく者の心」 までが表現できていたのではないか。

 つまり、このドラマを、単なる家族愛のドラマだ、というようにとらえてしまうと、それこそお涙頂戴の薄っぺらい話に堕してしまうのですが、年代を追って丁寧に話が展開していくと、そこには、ひとりの人間が生きていくうえで次第に変質していく、「心」 が画面から滲み出てくるんですよ。

 いちばん端的だったのは、息子のアキラ(佐藤健クン)が東京に行ってしまってからの、ヤスの気持ちのしぼみようと、「老い」 が同時に進行しているように見えたとき。 それまでがむしゃらに息子に対峙してきた父親が、心の支えというものを失ったときに、初めて自分の年齢を意識しだす、とでもいうのかな。

 ドラマはその時点から、「直接息子にぶつけられる愛情」 から、「離れて暮らす息子に対する父親の愛情」、という具合に、愛の形が変容していくのですが、それは結局最終回で、「親は子供に頼ってはいけない、生きているうちは子供が帰ってくる場所でなくてはならない」、という最終結論に導かれていく必然性を伴っている。

 これはおそらく、今回ヤスを演じた、内野聖陽サンの、ドラマの咀嚼能力が大きく関与している。

 内野サンはただ単に白髪を増やす、という外見的な要因に頼ることなく、たとえば手紙などを老眼鏡をかけて見る仕草であるとか、同じがなり立てるのでも、若かったころは溌剌と、そして歳をとってからはある意味自虐が加わるくらいだらしなさを少しばかり加えながら、という具合に 「ガサツさ」 を表現していたように感じるのです。

 だから、ヤスは若い頃と同じように、バカで乱暴で頑固で、子供に対してだけは過剰なくらいの愛情を持っていたように見えても、バカはバカなりに、親として成長し続けている、と、私なりに納得できた。

 ヤスがアキラに対して、「自分の育て方は間違ってなかった」、と感じたのは、おそらくヤスが東京の出版社で、アキラの入社試験の小論文を、アキラの上司に見せてもらったときが最初なのではないか、と感じます。

 その小論文には、海雲和尚(柄本明サン)からの手紙で、母(常盤貴子サン)の事故死の真相を知らされた、と書いてあります。 ヤスはそれまで、「それは自分をかばったせいだ」 とウソをついていたのですが、実はアキラをかばって、母は死んでいた。 自分がついていたウソが、アキラにばれていたことをその小論文で知って、ヤスは愕然とします。

 「『父の嘘を許してやってほしい』 と、そこには書いてあった。 『お前のためを思って、悩んで、悩んで、悩みぬいた揚句ついた嘘なのだ』 と。

 『お前は、母に命を守られ、父に育てられ、たくさんの人に助けられて、成人式を迎えるまで大きくなった。 それをどうか幸せだと思ってほしい。
 生きて今あることの幸せをかみしめ、これからの長い人生を生きてほしい。
 感謝の心を忘れない大人になってほしい。
 母に、まわりの人たちに、そして何より、父に、
 お前を誰より愛してくれた父に、
 いつか、
 ありがとう、と言ってやってほしい』。

 手紙を読んで、涙が止まらなくなるのは生まれて初めてだった。
 (略)
 そして、自分はもうじき逝く、と和尚は書いていた。
 美佐子さんに、僕の母に会えたら、お前が文武両道、立派に育っていることを伝えてやる、と和尚は書いていた。
 『美佐子さんはきっと喜ぶだろう』、と。

 それから、最後の最後に、こうあった。

 『だが、美佐子さんがいちばんうれしく思うのは、お前が父の偽りの告白を聞いたあとも、一度たりとも父を恨まずにいてくれたことだろう』、と。

 僕は和尚の手紙を読んで初めて気づいた。

 僕は確かに、母が父をかばって死んだのだと思い込んでいた。
 だが、本当に、ただの一度も、父のせいだと思わなかったのだ。

 父を恨むことは本当に一度もなかった。
 我慢していたのではなく、そんな思いは一切湧いてこなかったのだ。

 そのことが僕はうれしい。

 僕自身ではなく、僕に恨みを抱かせなかった父を、誇りに思う。

 父は、嘘をついた。

 僕は二十歳になって事実を知った。

 だけどそれが、それがいったい何だというのだろう?

 大切な真実というものは、父と過ごしてきた日々にあるのではないだろうか」

 応接室でそれを読んでいたヤスは、いつの間にかその場を抜け出し、出版社の屋上で、慟哭する。 息子への、そして息子からの思いに、包まれながら。

 入社試験で、父親への思いを書き連ねるというのは、結構引いてしまいそうな行為であります。 ファザコンかお前は、と言いたくなるような話だ(笑)。
 
 しかし、そういうことが臆面もなく出来てしまう人というのは、人の子として、むしろ誇れることなのではないか。
 いくら乱暴でバカでガサツでも、父親は全力で、息子を愛した。 周りの人たちも、同様にアキラの背中を、少しずつ温め続けた。
 そして息子は、その全力の愛を感じることが出来たからこそ、父親を、そして環境を恨むという発想自体を持つことがなかった。

 そう、見る側が思えるとき、「お涙頂戴」 という枷(かせ)というのはきれいになくなって、心からドラマを見て泣くことが出来る。

 もちろん、その小論文を書いた時点で父親と離れて暮らしていたアキラにとって、父親への思いが実像以上に美化されていた、という側面は否定できない。
 だから同じ職場で働く、7歳年上でバツイチ子持ちの由美(吹石一恵サン)との結婚を、父親は祝福してくれるだろう、と思い込んでいる。
 しかしヤスには、「アキラが連れてくる嫁は、美佐子に似てなければならない」 という思い込みが最初からあった。 アキラが連れてきた由美を見てその思いが打ち砕かれたヤスは、この結婚に反対するのです。

 由美はこれに対して、単独でヤスの説得に乗り出します。 それまでアキラから、父親の自慢話ばかりを聞かされてきたからこそ、この由美の行動を、見る側が不審に思うことはまったくない。 ここにこのドラマの構成の、用意周到さが見て取れる。

 そしてヤスの、変なこだわり(これも散々周りに息子の嫁のことを自慢しまくっていた手前、という土台があるにしろ、その根っこには、歳をとって意固地になりがち、というヤスの経年変化で説明がつく気がします)を打ち破ったのは、海雲の息子でヤスの幼なじみである照雲でした。
 この照雲を演じた野村宏伸サン、個人的には 「この人ってデビューのころから、シロウト臭さがまだ抜けてないな」 と感じたのですが、今回はそのシロウト臭さが、最大限に生かされた役だったように思います。 ヘンな褒めかたですが(笑)。
 つまり、中途半端で危なっかしいんですよ、見ていて。
 父親が立派な生臭坊主だったから(笑)、その存在の大きさにもがいているような部分が、野村サンのそんなシロウト臭さと結びついて、好ましい効果に結びついた。

 由美の子供の健介を連れて、その場に遅れてやってきたアキラ。
 「この子のおじいちゃんなるって考えはどうだろう」 というアキラに、照雲はキツイ言葉を投げかけます。

 「汚いだろうがアキラ!

 子供を連れてくるなんてやり口が汚いだろ?
 こんなことをしたら、ヤスがなんにも言えなくなるだろ?

 はっきり言うけどな、アキラ。
 おじさん…この嫁さんは反対だ。
 やめたほうがいい。

 ヤスの言う通り、この人は、お前のお母さんに何ひとつ似てないからだ」

 反駁するアキラに照雲は答えます。

 「お前のお母さんはもう、いないからだ」

 「オヤジのためにそうしろってこと?」

 「お母さんのためだ。 お前のお母さんはもう、なにも言えない。 お前のすることを、応援することも、叱ることもできない。 そういう人だ。
 だけど、お前のことを、誰よりも愛してた。 それは間違いない。
 そんなお母さんのために、せめてどこかひとつでも、面影を感じられる人を、選んであげようと思わないのか?
 なにもそっくりな人を連れてこいとは言わない。
 だけど、どこかひとつでも似てるところがあれば、お母さんは喜ぶと思わないか。
 『アキラのなかに、ちゃんと自分は生きてるんだ』 って、そう思えると思わないか?

 この人(由美)は、お前(アキラ)には、お母さんの思い出がないから、『それは無理だ』 って言った。
 確かにそうかもしれない。
 でも、たとえそうでも、それはお前以外の人間が、けっして言ってはならないことだと思う。
 この人は、そういうことを平気で言う人だぞ。
 そんな人、お母さんが喜ぶと思うか?

 どうなんだ? アキラ?

 …答えろっ!」

 こぶしを握り、答えに詰まる旭。 同時に、ヤスのこぶしも、固く怒りに震えていきます。

 「クソ坊主っ!! テメエになにが分かんだよっ!
 美佐子は…喜ぶに決まってんだろうがっ!

 アイツは…アイツだったら…『孫つきで来てくれんの、ありがとう!』 って、そう言うよ!

 『離婚してくれて、(前の)旦那さんに感謝しなくちゃね』 って、トンチンカンなこと言うに決まってんだよ!

 テメエに似てるとか似てねえとか、ケツの穴の小せえこと言わねえんだよ!

 この子(由美)はよ、アキラがオレと、気まずくなんねえようにって、婚姻届持って、乗り込んできたんだよ!

 ここまで、コイツ(アキラ)のこと考えてくれる女が、どこにいんだよ!

 オレみてえな、学もねえ、こ汚ねえオヤジをよ、『好きだ』 って言ってくれる、そんな女がどこにいんだよ!

 アキラと…オレと…まとめて好きだって言ってくれる、もしそんな女がほかにいるとしたら、美佐子だけだろうがっ!!

 …似てるんだよこの子はっ…!

 …美佐子にそっくりなんだよっ!!

 だから、オレの娘になるんだよっ!!」

 結局これは、照雲が一芝居打って、ヤスから本音を引き出した、ということなのですが、照雲の言ってることは、実はヤスのもうひとつの本音でもある。
 つまり、長く離れていることでオヤジを美化していたアキラと、同様の美化を、ヤスは美佐子に対してしていたわけですよ。
 そんな美佐子を思うあまり、ヤスは息子が母親に似ている嫁を連れてくることで、美佐子が喜ぶだろうと、勘違いをしてしまった。

 でも、照雲の言葉によって、ヤスは、美佐子が生きていた時の息遣いを、ようやく思い起こすことが出来たのではないか。
 確かに美佐子は、ヤスの耳の痛いことまで、ずけずけヤスに対して言っていた部分もある。
 しかもかなり、天然ボケみたいな要素もあった。
 無邪気にその場を和ませるようなことをして、バカなヤスを呆れさせ、それでヤスの精神は平穏を得ていたような部分もあった。

 このシーンが見る側を泣かせるのは、そんな美佐子の息遣いを、見る側がヤスと同時に思い起こすことが出来るからなのではないでしょうか。
 ヤスが無意識に撮ってしまった、美佐子の生前最後の写真。
 ことあるごとにその写真立てはインサートされ、美佐子は確実に、市川家のなかで生き続けていることを実感できる。

 ここで比較検討してしまうのは酷ですが、やはり前後編くらいの短い時間だと、ここらへんの芸当をこなすことは難しい。

 そんなヤス、美佐子がアキラをかばって荷物の下敷きになってしまったように、今度は葛原、通称クズの子供をかばって、荷物の下敷きになってしまいます。

 最終回の視聴者の興味、というのは、実にこの、ヤスが最後に死んでしまうかどうか、だったのではないか、という気がする。 少なくとも私はそうでした。
 なにしろ微妙に設定は変えてあるし、原作にはない展開もあった、と聞き及びます。
 そしてアキラの 「物語には終わりがある」 という最終回前のナレーションが、またミソなんですよ(笑)。

 しかし、最終回、このドラマはヤスを死なすことなく、その点では視聴者(オレだけかな)をはぐらかしながら、とても清々しいまでのラストを用意した、と言っていいのではないでしょうか。

 私がこの最終回を見て感じたのは、人が心の拠りどころとする 「場所」 の大切さ、と同時に、ひとりの人がそこにいることで、周囲の人々に気持ちにも 「支え合い」 が生じている、そんな人の生業についてでしょうか。
 少々分かりにくいか。
 つまり絆、と言ってしまえば簡単なんですが(笑)、このドラマは、ヤスが吸っていたタバコの 「ハイライト」 であるとか、ヤス行きつけの店である 「夕なぎ」 のくすんだ佇まいであるとか、五感を刺激するような形で、「人がそこにいること」 を表現しようとしている気がしたんですよ。 「人がおるんよネー、人がそこにー、おるんよネー」 って、吉田拓郎サンの 「唇をかみしめて」 の歌じゃないですが(おっとこの歌、広島弁だった)。

 最終回、ヤスが死ぬのではないか、という見る側の疑心暗鬼は、コミカルな場面が続くことで高まっていくように思えます。
 再検査、という診断を気にするヤスに、体を大事にしてもらおうと思った 「夕なぎ」 のたえ子(麻生祐未サン)が 「それは確かに心配だ」 と追い打ちをかけ、ヤスをすっかり意気消沈させてしまうところとか、その医師(浅野和之サン)が 「それは…『恋』 という病気です」 とふざけてしまうところとか、さらに東京に出てきたヤスが萩本常務(高橋和也サン…えっ、あの男闘呼組のカレだった?)のタクシーから一方的に追い出されて 「これが常務のすることかよ!」 と地団駄を踏む場面とか。

 しかしなんだかんだで、結局東京でアキラの家族と住むことを決意したヤス(ここらへんの動機付けも、森下脚本らしく念が入ってました)が、住み慣れた場所を離れる寂しさというものに取りつかれていく過程が、私としては最終回、もっともぐっときたところでした。

 引越し際に押入れの奥から出てきた、ひとつの箱。 それには、美佐子が内職をしていたおもちゃの道具であるボンボンとか、幼いアキラが破った母子の写真、母親がいないからとヤスの仲間たちが一斉に集まった卒園式の写真、アキラの通信簿などが入っている。

 私なんかは、ボンボンが出てきただけで泣けてしまうのですが、このボンボンは、トウフの容れものや、和菓子(タイ焼きかな?…タイ焼きのエピソードとか、あったかな?)の簡易な箱のなかに入っている。 いかにも生活感があふれています。

 「親なんだなーオレ…。 親しかこんなガラクタ、取っとかねえだろ…」。

 
 つまりこの場所は、ヤスが生きてきた場所なんですよ。 10話にわたって話を語ることが出来るから、ここらへんの感慨もきちんと表現できるのだ、とあらためて感じます。

 そのヤスの感慨は、「夕なぎ」 での送別会で、ますます鮮明に見る者の涙腺を突いてきます。
 
 この送別会、全く盛り上がりません。 照雲の奥さんが、ヤスが栄養失調になった話をしても、みんなでヤスの見合いを止めに行ったという話をしても、最後は盛り下がってしまう。

 「だってよ…テメエがいないと、つまんねえじゃねえかよ…。 テメエみたいなバカ、ほかにいねえだろうがよ…!」。

 取引会社のタコ社長(ベンガルサン)のつぶやきが、その場にいる全員の気持ちを代弁しています。
 確かに人間、誰もがひとところにいることが出来るわけではありません。 いろんな事情で住むところを変えなくてはならなくなることは往々にしてある。
 でも、ヤスなんかは、その土地のカミサマに受け入れられ、バカだなんだと笑われながらも、そこにいなくてはならない存在になっている。
 「いりゃあいたで厄介だが、いなくなると妙にさびしい」、などというと、個人的には矢吹丈を思い出すワタシ(笑)。
 ヤスはそんな存在なんですよ。

 「本当に幸せなときは、涙が出んだ…」。

 送別会の途中、ヤスは何度も目をこすります。 たえ子は翌朝、「もう毎年プレゼントできなくなるから」 と言って、ハイライトを数カートン、ヤスに渡します。 タバコの吸い殻であふれた灰皿と共に、ヤスのタバコの匂いまでが、こちらに伝わってくるような話であります。
 ここらへんの演出が、いちいち深いんですよ。
 五感を刺激する、と先ほど書きましたが。
 「夕なぎ」 を出て、店に一礼をするヤス。
 後ろ姿で、残される者の寂しさを余すところなく表現する、たえ子。

 だからこそ、ヤスにとっては、最初良かれと思って決断した東京住まいが、まったく水に合ってなかったことを、見る側は何の疑いもなく、受け入れることが出来るのだと思います。

 どこで生きることが、その人にとっていちばんいいことなのか。

 このドラマが、単なるお涙頂戴に終わっていないのは、そんな部分までを考えさせる力にあふれているからだ、と私は思うのです。

 ヤスがアキラに、東京に一緒に住めない理由を語ります。 ここからこのドラマの最終的な結論が始まっている。

 「オレが…オレは、お前の親だからだ。

 オレが、ここに来たらよ…お前が、逃げてくる場所がなくなるだろうが…。

 うまくいってるときはいいよ。
 けどよ、長い人生、なにが起こるか分かんねえじゃねえか。
 東京で暮らしていけなくなったら、お前どうすんだよ。
 オレまでここに来たら、お前ケツまくって逃げるとこなくなるじゃねえか。

 オレだって、ここにいたら楽しいと思うよ…
 …けど、オレは、親だから。
 いけねえんだよ。
 寂しくなくなるからって、ここに来たらいけねえんだよ。
 親の、親だから。
 遠くで笑ってねえといけねえんだよ!」

 このヤスの話は、まったく論理的でないことには注目しておかねばならない気がします。
 つまりヤスは、言うなればバカだから、自分の気持ちを、ちゃんと伝えきれてない。
 親だから、って、理由になってないなどと言われたら、ヤスはたぶん言い返せなくて逆切れします(笑)。
 でも、アキラはそれを聞いて、ちゃんと納得した。
 アキラには、父親が伝えきれない言葉が、ちゃんと見えて、聞こえているからなのです。
 そしてまたもやインサートされる、美佐子の最後の写真。
 美佐子はたぶん、ちょっと天然の、菩薩的な役割を果たしている。
 「ヤスサン、それでいいんだよ」。
 美佐子はたぶん、ヤスの気持ちもアキラの思いも、すべてお見通しなのです。

 「夕なぎ」 でぼーっとしている妙子。 ヤスのいない穴が、ぽっかりと空いたままのようです。 そこに入ってくるひとりの男。 ヤスです。 ヤスは照れ臭さを隠すために、「パトロールだよ、パトロール!」 と言い訳をします(笑)。 「出戻りの年増が3カ月後に死体で発見されたら、寝覚め悪りいからな!」(笑)。 「おい、ビール!」。 たえ子は、身じろぎもしません。

 「だって…だって、まだビール冷えてないから…」 たえ子の目に涙がたまっていきます。 たえ子はそれを見られたくないために、ヤスに背中を見せる。
 「じゃあ、茶でいいよ…。 あ、腹も減ってんだけど、なんかテキトーに!」
 「いちいちいちいち…! ここはアンタんちの台所じゃないんだからねっ!」

 このたえ子を演じた麻生祐未サンも、最近老け役多いけど、やはりうまいわ。

 アキラと由美のあいだに、男の子が生まれます。 連れ子である健介はそれを拗ねて、ヤスの元にやってくる。
 ヤスは健介を一瞬怒りそうになる表情を見せますが、「でかした!ひとりでこんなとこに来るなんてよう」 と、健介を褒めます。 そして電話でも、アキラを少し諭しそうになるけれども、「まあいいわ」 と話を打ち切る。
 「これはアキラの、父親としての問題だ」 という割り切りがされているからですよね。 そして健介が自分で考える問題だ、とも思っている。

 東京から飛んできたアキラは、健介の元に駆け寄るなり、健介を平手打ちします。 マジで叩いてる(笑)。
 しかしこのドラマを見続けてきた人たちにとって、これを体罰だとか子役に対する暴力だとかと、考えることはないはずです。
 なぜなら、それが愛情だ、ということが分かりきっているから。
 そしてこれは、父親としてのアキラと、息子としての健介の問題だ、ということが、分かりきっているから。
 叩いたあとで、アキラは健介を、抱きしめます。

 ヤスはアキラと一緒に海を見ながら、アキラにしみじみと語ります。 これは先ほどの、「オレは、親だから」 という話の続きと位置付けることが出来る。 言わばこのドラマの、最終結論です。

 アキラ 「子育てって、難しいね。 区別してるつもりなんて全然ないんだけどなあ」

 ヤス 「まあ…いまの健ちゃんにはそう見えちまったってこった」

 アキラ 「気をつけてたつもりだったんだけどなあ」

 ヤス 「あのなあ。

 エラソーに育てようとすっからいけねえんだよ。

 だいたいな、親なんて、そもそも大したもんじゃねえんだ。

 子供よりちょっと長く生きてるだけで」

 アキラ 「…そうかな?」

 ヤス 「おう。 自信持って言うけどな、子育てなんて間違いの連続だぁ。

 それでもありがてえことに、子供はちゃ~んと育ってくれるんだよ。 自分の力でな」

 アキラ 「そうとも言えないと思うけど?」

 ヤス 「(言い切る)そうなんだ! お前はお前の力で育ったんだ。

 ヘヘッ…。 だいじょぶだよ、健ちゃんは。 ひとりで、ここまで来たんだぞ。 お前よりよっぽどたくましいよ。

 だいじょぶだ」

 アキラ 「…うん」

 ヤス 「けどよぉアキラ。 イッコだけよ、親がどうしても子供にしてやらなきゃいけねえことがあんだよ。

 それはな。

 子供に寂しい思いをさせねえってことだ。

 寂しさってのはよ。

 雪みてえにチロチロチロチロ降り積もって、いつのまにか心をガチガチにすんだってよ。

 だから、親は海にならねえといけねえ。

 海になって、笑ってなきゃいけねえんだ。

 海には、雪は積もんねえから。

 …って、昔和尚が言ってた。

 ヘヘッ…。 オレが出来てたかどうかは知んねえけどな」

 アキラは自分が編集した 「とんび」 という本をオヤジに手渡し、こう言います。

 「俺さ。 自分が不幸だなんて思ったこと一度もないんだよ。

 普通に、ずっと、あったかかったから。

 だから、オヤジはオレの海だったんだと思うよ。

 …

 ありがとう。 お父さん」。

 ヤスは、感極まってしまいます。

 海辺で遊ぶアキラたち親子を見つめる、ヤスの姿。 そこに、美佐子が寄り添っています。

 確かにこのドラマの父と息子は、世間一般から見たら、互いに対する思いが強烈すぎるのですが、強烈だからこそ、人としての基本的な感情を思い出させる力を持っています。
 ヤスは単に、子煩悩というだけではなく、アキラが生まれたときの感動を、ずーっとそのまま持ち続けている、希有な人間なのだ、と思う。
 そして息子は、親に対する 「恩」 を、さらに母親がいないことで周囲の人たちから受けてきた恩も余計に、感じ取りながら生きてきた。
 このドラマは、ダイジェスト的にすると見落とされやすいファクターによって成立している部分が大きい、と個人的には感じます。
 TBS版の 「とんび」 は、その部分を私に認識させてくれた。
 さらに原作では、ヤスはもっと論理的なことも語っていたらしいのですが(笑)、このドラマでのヤスはさらに 「バカ設定」 で(笑)、でもだからこそ、噛み砕いた、分かりやすいロジックでドラマを表現することに成功した、と思うのです。

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コメント

内野さんをバカ親父にしただけでも、とんびの価値は上がったと思います。無条件な親バカ!

トンビのような鷹か、鷹のようなトンビか。親子だったら、どっちでもいいんですよ。トンビでも、鷹でも。でも、天国で見守ってるおかしゃんは、神様か菩薩様か。常盤貴子さん写真の中だけなのに演技している。写真に演技させる内野さんは凄い!

大人になったタケルくんのシーンになると、JINのように、主題歌が流れ始める。そのへんはあざといかなとも思いましたが、TBSのお約束みたいなものですから。ちょっと中だるみした時はあの音楽聴く為に頑張って見てた時もあったので、まあいいかな。(笑)

NHK版はコンパクトだったのと、堤真一さんが肉体労働者の感じがうまくて、今でも好きです。小泉今日子の不思議感が面白かったし。

麻生祐未さんは定番だったけど。和尚さんは柄本明さんがいい!生臭坊主、胡散臭い!でも深い愛情を演じていましたね。野村くんは中途半端な持ち味が、演技に生かされていたと思います。素人っぽい二枚目がうまく化けました。彼はこれから、面白いと思います。このまま、不器用でいてほしいです。(笑)

しっかりとした原作物は、いいドラマになるんですね。十分楽しめました。WBCで、延長になった時は、待ちくたびれて、寝過ごしてしまったり。本当にいいドラマでした。

投稿: ささ | 2013年3月20日 (水) 15時16分

ささ様
コメント下さり、ありがとうございます。

このようなダラダラと長いレビューにコメントなど、大変だったと思います。 ささ様には、感謝してもしきれません。

私も、皆様に共感も呼ばないようなレビューを、老体に鞭打って(笑)必死こいて書き続けるよりも、ちょっとお休みしたほうがいいかな、と考えています。

投稿: リウ | 2013年3月21日 (木) 08時04分

リウ様、どうしたんですか?

お身体、大事にしてくださいね。

お休みも気分転換と、お身体の為にいいかもしれません。

この記事、私はとっても好きです。特に、NHK版への興醒めが、オート三輪のピカピカにあった所とか。正直だわ!私は、「三丁目の夕日」の堤真一を、思い出してしまって、あれは、邪魔でした。(笑)三丁目での堤さんは自動車屋の親父さんだったでしょ!だぶらせるなよ!と思いました。(笑)違う理由だけど、あそこで、興醒めした人がいて嬉しかったです。

内野さんもオート三輪に乗ってましたね。時代的には、オート三輪じゃないだろうとも思ったのですが、狭い路地を、走るためなのかなと思って見てました。それに、ヤスさん楽しそうだったし。

このドラマ、連続ドラマとして、構成のきちんとした脚本、しっかりとした演技のできる役者(子役も含め)、そして、手堅い演出と、とってもいいドラマだったです。

リウ様がセリフおこししてくださった最後の部分。私も好きです。ヤスさんは海だったとみんな、アキラくんのように思ったのじゃないかしら。おとしゃん、おかしゃ、、アキラの家族でピクニックした海、おかしゃんが亡くなって、寂しかったアキラの背中をみんなで温めた海、ヤスさんが、和尚さんに、諭されていた海、そして、アキラの家族を見守るヤスさんが見つめている海。静かで、優しい、慈しみのある海。きらきらしてて。癒された!笑ってる!海には雪つもんないから!和尚さん、胡散臭いって思って、ごめんなさい。NHK版の和尚さんだと、人格者って先に思うけど、柄本明さんだと胡散臭くて、余計に言葉が心にしみるんです。多分、ヤスさんの所まで、柄本明の和尚さんは、おりてきてくれてるからかな。

海を優しく見つめられるドラマが出来て良かったです。

リウ様、素敵なレビュー、ありがとうございました。私も、このレビューを読んで、泣けた!優しくなれたかしら?ドラマよりリウ様のレビューに泣けました。ヤスさんの老いに、自分の父をだぶらせてしまったからかもしれません。

お身体、ご自愛ください。気温差が激しいですから。冬が一気に初夏だったり!お大事に。

最高の離婚、最高の最終話になってるって!真木さんが番宣してました!見ようっと!

投稿: ささ | 2013年3月21日 (木) 09時52分

リウ様

ご無沙汰してます。
「とんび」最終回、見損ねっちゃって残念!って思ってたら、リウ様の久々のレビューにありつけてhappy01

ヤスは亡くなったわけじゃなかったんですね。
ホッとしました。
子の帰ってくる場所、なるほどね と思いました。
両親ともに亡くなってしまうと、法事で帰っても自分の居場所はない。。。
親がいなくなるというのはそういうことですね。

自分が親として子どもに、どれだけの事をしてやれているのかは。。。
反省しきりです。bearing

リウ様もお疲れの中、レビューしていただきありがとうございました。ヽ(´▽`)/

老体?に鞭打って、今後とも是非よろしくお願いしたのですが。。。
気まぐれレビューを無理のない範囲で。

投稿: rabi | 2013年3月21日 (木) 09時58分

リウ様

いつもレビュー楽しみに読ませていただいてます。
「とんび」は、健君の涙じわーの番宣を見て、
さらに重松さんが苦手で避けておりました。
(泣きたくないのではなく、
家族愛が嫌というか・・・自分の父母への
感情がフクザツなもので素直に"親の愛は
深い"と思いたくないというか。
特に自分が見ている事で
家族が見るのを避けたかった!幼稚ですけど)

けれど森下さん脚本は大好きなので
時々チラッと見ていました。
最終回は自宅に一人だったので後半だけ視聴し、
今、リウ様のレビューで涙してしまいました。

やはりこういうドラマ、多くの人が
見た方がいいかもしれませんね。

これを嫌って思うのは
私の心が乾いているから・・・??

リウ様、体調に気をつけて。
次のレビュー楽しみにしております。

投稿: | 2013年3月21日 (木) 11時12分

ささ様
再コメント下さり、ありがとうございます。

少々拗ねたような形でかなり恥ずかしいのですが、今回私が落ち込んでいるのは、ひと様からはぜいたくに思われるような理由があります。 おそらく九州女のささ様にしてみれば、「そんなことで落ち込んでどうするの!」 という理由です。

つまりこのところ、アクセス数が、かなり多いんですよ。

「信長のシェフ」 の最終回のレビューにしても、「タモリ倶楽部」 の東横線のレビューにしても。

昨日アップしたこの 「とんび」 の記事も、正直なところたった1日でかなりアクセスがきています(春休みだからかなァ?…笑)。

私が利用しているこのココログのプランでは、パソコンからのアクセス数しかカウントしないのですが、それでも数千にのぼる。

このアクセス、ちゃんと私の記事を読んでいるかどうかの 「質」 というものは分かりません(調べりゃ滞在時間とか分かるんでしょうけど)。

ただ、こんなにアクセスがきてるのに、なんの反応もない(コメントが来ない)、ということが、とても不思議で。

私の書いていることを 「そりゃオマエの妄想」 とか、いくら批判的な内容でもいいから、反応があれば、私も手ごたえ、というものを感じます。

しかし、まあこんな長いレビューなど、ダラダラと読む気にはなれないのだろう、ということはだいたい想像がつくのですが、「橋本リウ」 で検索してくる人もかなりいらっしゃいますので、そんなかたがたは、たぶんちゃんと読んでくださっていると思うのです。

そのことに関しては、大変ありがたいことだと感じます。

でも、コメントをいただくのは、いつもの通りささ様だけ(不遜な書きかたで大変心苦しい)。

ささ様が毎回コメントをお寄せくださるのは大変ありがたいことで、その手間と労力を考えると、私が拗ねていることなんか吹っ飛んでしまうほどです。

でも、私の側からすれば、「自分は便利にタダ読みされて、利用されてるだけのピエロか」 と思ってしまう。 ゴーマンなことに。

まあ結局、「自分の書いてることはワケ分かんなくてつまんないんだろうな」、というように思っちゃう。
だいたいお金を払ってでも読みたい文章じゃないと自虐はしておりますので。

こういう落ち込み方って、このブログを書いててはじめてでして。
このところ、多忙とか疲労とか、結構自分のヒマをこじ開けながらレビューをしています。
特に今回は、ほとんど祝日の休みを返上して(笑)書いたもんですから、スゲー無駄な努力に思えてしまって(ハハ…)。

無駄な努力なら、レビューなんか書かないほうがいいか、とまあ、思ったわけです。

でも、ささ様のためだけに書く、というモチベーションだけは、残ってます。 また、表現したい、という気持ちもあるし。

愚痴みたいな話になってしまって申し訳ないです。

なんか誤解されそうですが、「オレがこれだけ頑張ってんだから、1行コメントのひとつでもよこしやがれ、コメントの嵐にしやがれ」 (笑)と思っているわけではありません(返信も結構大変だし…笑)(そう考えると、ささ様だけでじゅうぶん)。

ただ、「ただなのをいいことにいいように利用されてる」、という虚しい気持ちは、ご理解いただきたいと思います。

まあ、何度も書いてアレですが、自分なんか大したもんじゃないんですけどね。 アクセスが多かった分だけ、虚しくなった、という、結論としてはゼータクな悩みです。

投稿: リウ | 2013年3月21日 (木) 12時06分

リウ様
お久しぶりでございます。

私はTBSもNHKもどっちも派(笑)なのですが、丁寧に作っているということでは、やはり今回の方に軍配ですね。特に、ヤスを最初「悪ガキがそのまま大きくなった人」にしたことで、アキラと一緒に成長していく姿をキチンと描いていたのは、よかった思います。

今から考えると、堤さんのヤスは、柄は悪かったかもしれませんが、出てきた時から一人前の大人だったような気がします。だから、西田尚美さんが演じていた美佐子さんも、どこか儚げで、堤さんのあのガタイで守ってあげなければという佇まいでした。

そこへいくと、常盤さんの美佐子さんは、もう、菩薩様?マリア様?とにかく"母性"そのもので、内野さんのヤスも、「うちには大きな子供がもう一人いるから」などと言われそうなキャラ。それが、幸福の絶頂から、いきなり母なる美佐子さんを失って、アキラへの愛情以外は全く訳わからないなりに、親として成長していく。そのプロセスを描きこむのに、連ドラの尺はぴったり嵌っていたのかもしれません。

それにしても、同じ原作で、セリフや起こる事件がほぼ同じでも、キャラクターの作り方で、全く違った観方ができてしまうのですから、脚本の力と言うのは奥深いものですね。


それと、
>「いりゃあいたで厄介だが、いなくなると妙にさびしい」

確か、「あしたのジョー」の中で少年院の看守が、ジョーのことをそっくりそのまま言っていた記憶があります。
私は、この言葉で思い出すのは、ジョーもですけど、やはり寅さんですかねぇ。寅さんは十五の時に父親と大喧嘩をして家を飛び出して以来、放浪の生活を送るわけですが、もし、その後も葛飾柴又に定着して、団子屋を継いで、嫁さん貰って子供でもできたら、きっと内野版ヤスみたいな親父になってるんだろうなあ・・と妄想したり(笑)。だって、しょっちゅうタコ社長と喧嘩してましたし、朝の挨拶は「労働者諸君!」ですし、「男はつらいよ」に欠かせない「マドンナ」も、元は聖母という意味ですしね。森川さん、ちょっと意識して書いてる?などと思いながら観ておりました。

それでは、これからも、レビュー、楽しみにしております。あ、ただ、くれぐれも、お身体等、無理されませんように。

投稿: Zai-Chen | 2013年3月21日 (木) 12時15分

rabi様
コメント下さり、ありがとうございます。

もう雪掻き、のシーズンじゃないですよね(笑)。

rabi様は、私の体調とか精神状態とかに合わせてコメントをいただくので、たぶん今回も、私がしんどいしんどいとこぼしているので、ご遠慮いただいているのだ、と思っていました。

まあ、先のささ様への返信にあらかたのことは書きましたので、私がゼータクな悩みで落ち込んでいることはご理解いただけたと思います。

まあこんなことなら、アクセス推移データなんか見ないほうがいいのですが、やはりまず、アクセス数でやりがいに火が付きますので。

しかし今回はそれがアダとなって、「なんだよみんな読み逃げか」 と思ってしまった次第で。

自分のレビューがつまんないことは棚に上げて(笑)。

そういうわけなので、どうぞお気になさらないでくださいまし。

投稿: リウ | 2013年3月21日 (木) 12時33分

くすっ!可愛い!お察ししてましたが、ごめんなさいね。最初にお返事したのが、私みたいなオバサンで。そりゃ、リウ様の士気も下がりますよ。許して。(笑)

でも、コメントを残さずに、素通りされた方達のお気持ちもちょっとは、わかりますよ。だって、これだけの文章ですよ!前にドストエフスキーか!ってリウ様の文章を言った事がありますけど、ドストエフスキーに文章で意見を言うには、ちーいいっと勇気がいります。私だって、龍馬伝の頃から、読んでましたが、コメントを書けたのは、お気軽な江ちゃんのレビューだったもの。(笑)いや、リウ様のレビューがお手軽じゃなくて、レビューの対象の江ちゃんがお手軽だったので、気楽にコメントをかけたのです。(笑)

ごめんなさい。私はドストエフスキー級の文章でも、たじろがない、恐れ知らずというか、恥知らずなので、多少場違いでも、気安く書いちゃうんですよ。リウ様のファンだから!リウ様のレビューのファンだから!

とんびは静かな作品だし、もしかしたら、否定的コメントとかもしにくい作品なので、コメントを残しにくいのかもしれません。絶賛コメントというのも、書きにくいし。好きな作品だけど、感想にするのが難しいのかも。

では、リウ様、気持ちをリフレッシュしてくださいませませ。皆様からのコメントがそろそろたまってきますよ!それと、私も一日に何度もここを訪れていますが、コメントは毎回は書けません。回数が多くて(笑)読むだけでも、立ち読みでも、許して!ここに来て、極上のリウ様のレビューを、コーヒーを飲みながら読むのが、ネットでの息抜きなの!以上、追っかけファンからでした。

投稿: ささ | 2013年3月21日 (木) 12時55分

最高の離婚、見るはずが、なんと、寝飛ばしてしまいました。(笑)いつの間にか、寝ちゃっていました。あーあ。残念至極です。

投稿: ささ | 2013年3月22日 (金) 00時19分

??様
コメント下さり、ありがとうございます。 返信が遅れて申し訳ありません。 昨日数件の返信をした時点で、また仕事になってしまったもので…。

私も親子の情については、このドラマみたいのは嘘っぽく感じてしまうほうのタチです。 「泣かせてなんぼだろ、ケッ」 みたいな(笑)。
それに重松清サン、私も結構苦手なんですよ(笑)。

世の中、なにもこんなストレートな愛情ばかりの親だけがいるのではなく、憎しみが生じている親子関係、というのはある、と思います。 子に対して責任を持つことが出来ない親、そして親に対して恩を感じることが出来ない子。 程度の差こそあれ。

けど、このドラマみたいに、いくら愛情がいっぱいあっても、ケンカしてしまうことはあるんですよ。 人と人だから。

結局は、「親子」 という関係を、勘違いしてしまうからこそ起こるんじゃないでしょうか、そうした諍(いさか)いというものは。 「誰のおかげでここまで育ったと思ってるんだ」 とか、「生んでくれって言った覚えはない」 とか。

関係が悪くなったときにそれを救うのが、愛情というものなのでしょう。 それがないと、気持ちのすれ違いは憎しみを増大させていく気がします。

ラストシーンでのヤスのセリフ 「子育てなんか、間違いの連続。 親なんて、そもそも大したもんじゃない。 子供は勝手に自分で育つ。 子供に寂しい思いをさせなければいい」 というのは、そういう意味で、親子関係とはどうあるべきか、ということへの、肩ひじ張らない結論だと思うのです。

たぶん、私なんかも心が乾いているほうです。

でも、そのことに、あんまり意味はない。

要は、子供として、メシを食わせて住まわせてくれて着るものも買ってくれて学校も行かせてくれて、みたいな、基本的なことに対して親に感謝さえしとればいいのではないでしょうか。

投稿: リウ | 2013年3月22日 (金) 11時19分

Zai-Chen様
コメント下さり、ありがとうございます。 ちょっと昨日のコメント返信中に用事が出来てしまいまして、返信が遅れました。 申し訳ありません。

少年院の看守の言葉、とサッ、と出てくるところが、いいですねぇ~(笑)。 分かってもらえて、「光栄の行ったり来たり」 です(これは葉子への言葉…って、いちいち言わなくてもZai-Chen様は分かりそうだ…笑)。
私もここ数年はさぼっておりますが、「ジョー」 は穴のあくほど読みましたので、何かの拍子にセリフがパッと浮かんできてしまいます(笑)。

寅さんとの類似点は私も感じておりましたが、どちらかというと、ヤスが 「男はつらいよ」 に心酔して、寅を真似ていた、と捉えるべきか、と(笑)。 ドラマには出てこなかったけど、たぶんヤスはこの映画が大好きだと思う(笑)。

私はたぶん、堤サンのすごくあらくれなところに引いてしまったところもある、と思います。

今回のドラマで堤ヤスを引きずっていると思われるのが、ヤスが簡単にクズをぶん殴るところ。
アレ、結構浮いて見えたものです。
それは内野ヤスが、ソフトな優しい役作りをしているからだ、というように感じました。
あんなにぶん殴られたんじゃ、クズも片方の歯がガタガタになっとるでしょう(笑)。

でも反対に感じるのは、このドラマ、かなり暴力シーンが多かったところです。 ケツバットもそうでしたが。

つまりこのドラマ、「体罰」 に関して、ひとつの主張をしているようにも思うのです。 「愛情がそこにあればいい」、と。

ただゆきすぎた暴力とか、「自分も先輩からやられたから損じゃん」 とかいう暴力を肯定してない。 そしてしまいには、自分で自分を殴ってしまう。

まあ、昔は 「血の汗流せ涙をふくな」 ですから(笑)、体罰とかいう問題をそれほど考えなくても成立する、人と人との信頼があったのだと思います。

西田尚美サンの美佐子論には同意ですconfident

投稿: リウ | 2013年3月22日 (金) 11時44分

ささ様
コメント下さり、ありがとうございます。

いやー、お恥ずかしいところをお見せいたしました。 覆水盆に返らずで、いったんアップしてしまったコメントは消せませんが、出来れば昨日の愚痴から消してしまいたいほどです。

ただ、やはり人間どこかで、鬱積しているものは吐き出さないと。

告白してしまえば、仕事でもうまくいかないことが多くて(アベノミクスは遠かりけり)そのうえレビューも、アクセスだけで読者のかたがたの反応が分からずめくらめっぽう書いている感覚で(あ禁止用語)、今回もすごくもがいて難産だったもので。
もともとこのブログでは、結構NHK版 「とんび」 をやんわりとですが否定してますしね。

でも居酒屋でクダを巻ける経済状況にもなく(笑)家の者に愚痴っても理解してくれないし。

今回は 「夕なぎ」 の麻生祐未サンみたいに、聴き役になってくださって本当にありがとうございます。

ささ様が愚痴を聞いてくださったおかげで、いくらか気持ち的には楽になって気がします(気がするだけかよ…笑)。

孤軍奮闘してコメントを下さることには、感謝以外のものはございません。 オバサン…って、私もオジサン(いや、体力的にはもう老境)ですからcoldsweats01

ドストエフスキーって、かなりくたびれたカリガリ博士みたいな場末のドストエフスキーですが(あ、外見じゃない…笑)、自己満足に浸ることなく精進を続けたいなーと思います。

「最高の離婚」、最終回、見そびれましたかー。

私は最初から見る気もなく、予約も取っておりません(笑)。
「信長のシェフ」 は別に最終回だけ見てもだいたいのところは分かるので見ちゃいましたが、このドラマはそういうの許されない気がすごくして。 ほかのコメントにも書いた気がするのですが、状況が分からない自分が許せなくなるドラマなんですよ。

まあ、もっと気楽にドラマを見ていればこんなにレビューで苦しむこともないんでしょうけどね。

投稿: リウ | 2013年3月22日 (金) 12時25分

アベノミクス、言葉だけが先行して、それだけ期待が大きいのでしょうが、当然、我が家にも、関係ありません。(笑)まあ、社会が明るくなれば、いいのかな。と思ってます。

夕なぎさんは、美人だし!でも、やっちゃんが帰ってきて、嬉しそうだったのが、可愛かった!嬉しさを隠せないところが。

NHK版とは、時代もずらしたので、作品的にも、荒々しさがなくなったですね。それが、内野さんのソフトさと合っていたと思うし、連続ドラマにした分、親子の年月の積み重ねが無理なく描かれていたと思います。周りで見守る人達もですが。愛おしいと思う心も、育てていくものだなと改めて、このドラマを見てて、考えました。

泣けるドラマは、私も苦手です。でも、年をとってきて、そんなに肩肘はらなくても、時には、作られた物に流されて泣いたとしても、いいのじゃないかと思うようになりました。お涙頂戴で、泣いたって、安っぽいわけじゃない。女々しい自分をみとめてもいいかな。(元々女だしね。)

まあ、でも、泣いてる場合じゃなくて!まだ、子育てが残ってるし、家計は火の車だし。身体はポンコツだし。

アベノミクス、遠いなあ!でも、ヤスさんが生きてて良かった。あれは、大きな釣りでしたね。(笑)

投稿: ささ | 2013年3月22日 (金) 13時04分

リウさん。ご無沙汰しております。
『とんび』のレビュー お疲れ様でした!

リウさんのレビューファンとしては読み応えガッツリで、いつも楽しみに拝読しております。

コメントに関しては
スマホに替えた頃から、使い勝手がイマイチで途中まで書いては ギャ!また消えた!途中まで書いては、別の用事で頓挫  の連続で
そのうち、生物の感想があれよあれよとタイミングがズレて

PCみたいに保存もできるのかもしれませんが、未だに振り回されてます。

でも、読み逃げになっちゃうのかなぁ
スイマセン。

さて、原作ファンとしては正直思うところはありますが、ただ堤監督(東テレで多田便利軒番外地)が『原作に忠実に作るのではつまらない。その原作の血の部分を作品化する』みたいなことをなんかのインタビューで読んで あ、そうか!と単純な私は納得してしまいました。

言葉にして、考えを伝えるってとても高度なことで、もともとボキャブラリーが足りない私など、言いたいことの20%も伝えられないもどかしさにいつも悶々としてしまいます
リウさんの文章は、ささ様が仰ったようにドストエフスキー級なので、コメントするのも(気の利いたこと言わなきゃ!とか)勇気がいります。
言葉足らずを、リウさんにフォローしていただいて、なんとかお仲間の隅に居させて貰ってるように思っています。
こんなファンもいること。
どうか、これからもよろしくお願いします。

『最高の離婚』
完璧を記するリウさんであれば、敢えてレビューしないというのもわかります。わかりますが、最終回をすでに2回も見直してしまった私としては、アァこの夫婦の顛末をリウさんだったらどう纏めてくれただろうか…と思わずにはいられませんでした!

ホント、最高の最終回だったんですよ!
ささ様も見逃してしまったとのこと。返す返すも残念です。
『色鉛筆とおんなじ 大事なものからなくなるの』八千草さんのセリフです。
当たり前にそこにいて、当たり前に毎日があって、そんなの考える必要もなく生活が続いてくと、どうして思っているんでしょう。
自分の家族 夫 親 弟妹 子ども達 当たり前なんかじゃないと二年前のあの日、嫌というほどわかってた筈なのに…
初回『あんなこと』がキッカケで何となく結婚した2人との描写があり、一部批判もありましたが最終回 その本当の意味がわかって、ポンと膝を叩きました!
時任さんがたこ焼きの屋台のオッチャン役で いい仕事してました!

リウさん
毎日毎日、更新してるかな~…あっ!新しいコメント!ささ様、絶妙な返し!ウマい!と時にクスクスしながら、コッソリ見
自称ムッツリみちでした(>_<)

投稿: みち | 2013年3月22日 (金) 19時10分

ささ様
やる気が失せたブロガー(なんだソレ)に毎日毎日付き合って下さり、恐縮の至りです(笑)。 もうだいぶ、虚しい気持ちは癒えましたのでご心配なく(ハハ…)。 却ってお時間を取らせてしまって申し訳ございません。

「泣けるドラマ」 というのにまだまだ不寛容な橋本ですが(笑)、「とんび」 を最初見たときに感じたのも、たぶん 「これ、親がここまで息子を全力で愛したら泣けるに決まってんじゃん、あざと~」 ということだっただろうと思います。 だから 「シラ~っ…」 みたいな感じで見終わってしまった。

当時、このブログでは堤版 「とんび」 をレビューしなかったのですが、ほかの記事に 「感動しました」 というコメントを数件いただいた覚えがあります。 それを読ませていただいて、「もしかするとオレって、すごく薄情?」 とか思っちゃって(笑)。

とにかく内野サン、私生活では思いっきり世間の評価落としちゃってますからねぇ(笑)。
でも私はそんなのまったく気にしないタチで。
海老蔵サンだって、「しょーがねえな~父親が死んでから気付いたって遅いよ」 とか思ってますけど(笑)、それも人生だ(笑)。 でも、テレビドラマにはちょっとも出ませんけど、もし出たらやはり私生活など関係なく見るだろうと思います。

アベノミクスの恩恵は、たぶん物価が上がり始めたことくらいかな(笑)。 こっちはせっかくデフレでいいと思ってんのに(爆)。 節約の快感を覚えてしまってるから(笑)。

投稿: リウ | 2013年3月23日 (土) 09時33分

みち様
コメント下さり、ありがとうございます。

みち様お目当ての 「最高の離婚」 が当ブログではリタイアですから(笑)、お越しになれないのは当たり前ですよね。 「最高の結末」 などと聞くと、再放送があったらぜひきちんと見たいものですが、みち様のおっしゃる通り、ドラマレビューというのも、ナマモノでして(生物←セイブツって何だ?と思いました…笑)。 それに最近、フジテレビも日テレも、ドラマの再放送というものをちっともやりませんで(笑)。 再放送のほうが視聴率を稼げるのに(笑)。

「読み逃げ」 というのは常連のかたがたにはまったく当てはまらないことなのでお気になさらずに、どうかどうか。

ただ、こんなに一生懸命になって、才能もない人間がドラマの本質を論じようとしているのに、それをお手軽に使われたり冷笑されたりしているのかな、などと思うと、ひどく虚しくなるんですよ。 アクセス千人にひとりの割合でしかコメントが来ない、となると余計にです。 アクセスが多くなればなるほど、反応が分からない虚しさが増大するのです。

前はこんなにアクセスが来なかったので、こういう病気にはあまりかからなかったのですが。

それに、ハッチャキになってレビューした 「カーネーション」 などは、もうコメントの嵐でしたしね。 あれは、仕上げるのがしんどくてもやる気が出たものです。

こういうのは、はたから見ればとてもゴーマンでぜいたくな悩みだろうと思うし、もっと無関心な人は、どうでもいいことで落ち込むのならブログなんかやめたら?という類のものだと思います。

それに、アクセスがすごい来るのだから、それだけで支持されてる、ってどうして思えないのか?という問題でもある気がします。

はぁ~自分で書いててもメンド臭い人間だと思う(ハハ…)。

ともかく今回は、愚痴ってみて、いろいろ自分でも励まされたり悩みの本質を見つめたりできましたので、意義があったかな、などと考えております。 「橋本よ、どーした?」 とコメントをお寄せくださった皆様(みち様への返信に名前をお出しするのはどうかとも思いますが)特にささ様。 ホントに感謝感謝です。

みち様には、ささ様と私のゆる~いおしゃべりで楽しんでいただければ、こちらもコメントのし甲斐がある、というものでございますconfident

投稿: リウ | 2013年3月23日 (土) 10時08分

はじめてコメントいたします。
以前『最高の離婚』で検索してたどりつき、以来過去の投稿をちらちら拝見したりしながら毎回の記事を楽しみにしております。
知らない誰かのブログにコメントをする、ということはけっこうエネルギーのいるものですから、アクセス数は多いのにコメントが少ないことなんてどうってことないですよ。
私にもお気に入りのブログがいくつかありますが、コメントすることなんてめったにありません。
ドラマを見て感動してもわざわざテレビ局に電話しないのと一緒ではないかな。
発信する側とそれを受け取る側って、ぜんぜん意識が違います。私もSNSで日記を更新するときに似たような気持ちになり、はじめて発信する側の苦悩(笑)を理解しました。
偉そうに言える立場でもないのに、申し訳ありません。
それはそうと、『最高の離婚』は本当に良い最終回だったので、機会があったらぜひまたレビューしてください。
ドラマについて真剣に語り合える人が身近にいないため、同じようにドラマを愛していらっしゃる方の意見をこうして聞けることがとてもうれしいです。
テレビドラマなんてくだらない、と見もしないのに決めつけている人もいたりして、たまに心痛かったりするので。
テレビドラマもまだまだ捨てたもんじゃないですよね。
これからも楽しみにしております。

投稿: みりん | 2013年3月23日 (土) 18時16分

みりん様
こちらこそはじめまして! コメント下さり、ありがとうございます。

ご自分の体験から、コメントが来ないことの分析をしていただき、誠に恐縮です。

そう言えば、私のブログにコメントを下さるかたは、ひとかどのコメンテイター、という感じで、かなり文章の内容がしっかりしたかたが多い気がします。
みりん様の文章も、やはりかなりのエネルギーを使ったものだとお察し申し上げます。

何事も、他人の苦労というものは見えにくくて、感謝にまで思いが至る人は少ない。 私も自戒したいと思います。

「テレビドラマなんて」、という人にこそ、「ちゃんと作ってあるドラマを見ないなんてもったいない」 と言いたい気がします。 まあ玉石混交だからしかたないけど。

だから 「このドラマがすごい!」 みたいなことを、このブログでは啓蒙の一環としている部分も、あるかもしれません。

「最高の離婚」、再放送してくれないかな~。

投稿: リウ | 2013年3月24日 (日) 09時33分

はじめまして。
龍馬伝やカーネーションの頃からこちらに通わせていただいているものです。
リウさんの文章、いつも楽しく読ませていただいています。
そうそう、とか。あれはこうだと思う。とか思いながらも読むだけで満足してしまい、ずっと敷居が高くてコメントを送れませんでした。
読み逃げですみません。
今回、差し出がましいと思ったのですが、もしかしたらご存じないのでは?と思いコメントを書かせていただきます。
「最高の離婚」の放送のことですが、フジテレビオンデマンドというサイトで放送済みのフジテレビのドラマを視聴出来ます。
私が書かなくても皆さんご存じのはず。とか、誰かが書くだろうと思って遠慮していたのですが。
もう知っていらっしゃったら余計なお世話ですみません。
視聴は有料ですが、昔のドラマもあるようです。
フジテレビの再放送が少ないのは、こういう理由もあるのかもしれません。
ただで見せてくれれば一番いいのですが。。。

たぶん私はリウさんより少し下くらいで、中島みゆきのオールナイトニッポンも谷山浩子のオールナイトニッポンも学生時代に聞いていました。
当時はタモリさんが水曜日でたけしさんが木曜日でしたよね。
先日のみゆきさんのラジオの話が出た時も「あああ懐かしい!」と思って読んでいたのですが、コメントを書く勇気が持てず、書けませんでした。
先日の復活の深夜のラジオ、みゆきさんも浩子さんも聴いていました。
テンプラサンライズを聴いて、すごく懐かしかったです。

まわりにドラマを見ている人が少ないので(特に会社のランチ友達では皆無)こちらでのコアな話が楽しいです。
今期は、最高の離婚・dinner・信長のシェフ・はらちゃん・まほろ駅前番外地・夜行観覧車・ラストホープを見ていました。
録画が多いので、ほとんどまだ全部追いついてないのですが今期一番好きだったのは、dinner だったりしています。
とんびの裏なので(とんびはNHKの堤さんの時に見たので私の中では完結)視聴率が悪かったと思うのですが、レストランの話でそれぞれのキャラが立っていて面白かったです。
良い意味で、王様のレストランを思い出す感じでした。
長々とすみません。
しかもとんびのコメントの所なのに全く違う話ばかりで。
体調の悪い中のお仕事で、お疲れだと思いますが、更新遅くても良いのでこれからも色々なレビュー楽しみにしています。
でも季節の変わり目なので、お体お大事になさってくださいね。


投稿: miyu | 2013年3月25日 (月) 20時06分

miyu様
こちらこそはじめまして! コメント下さり、ありがとうございます。

miyu様のようなかたからコメントをいただいたのって、やはり自分が愚痴ってしまったからかなcoldsweats01。 たまに愚痴るのもいいのかもしれません(笑)。 いつもいつもこの拙いブログを御贔屓にしてくださり、ありがとうございます。 コメントをいただいたことで、miyu様にお礼ができました。 うれしいものですねhappy02

で、オンデマンドの件ですが。

私も知ってはいるのですが、いかんせん 「テレビは無料で見るもの」 というヘンなこだわりがございまして(NHKはBS込みで受信料払ってますけどcoldsweats01)。

時代がここまで来てしまうと、CSだって見るのにお金が必要だし、「お金を払って見る」 ということが一般化しだしていることは理解しています。

でもなんか、テレビ局のあざとさが見えてしまう、っていうか(笑)。

それより、私の場合録画したものを見ながら細かくチェックすることも多いし(結構チャプターマーク付けまくりながら見てるんですよ…笑)、セリフの聞き書きをするのも録画してないと無理なケースが多くて。

ま、ビンボーだから視聴料にお金なんかかけてらんないよーというのもございますが(笑)。

というわけなので、ご理解いただけたらな、と思います。

みゆきサンのオールナイトは、もう開始まで1か月を切りましたね。 楽しみです。 なんか最近、MP3でラジオ番組を長時間予約録音、みたいなこともできるようになったらしいので、その機械が欲しいなーと思っている今日この頃。

フジテレビの日曜9時 「ドラマチックサンデー」 枠は、今回のドラマで終わりだそうですが、ウラにTBSが控えているからこそ、意欲的な作品が多かったような気がしています。 「マルモリ」 だけでしたよね、視聴率勝ったのは。 私もほとんど見ることがなかったです、ドラマチックサンデーは。

1行のコメントでも、気軽にお寄せいただいたらうれしいです(返信も楽なので…笑)。 無理にとは申しません。 miyu様のような、なかなかコメントしづらい方もいらっしゃるんだと思って、今後も精進いたします。

投稿: リウ | 2013年3月26日 (火) 14時20分

リウ様

3月21日付で、名無しでコメントしてしまったPIPIといいます。
うっかり失礼しました。
またそんな名無しにまで返信をいただき
恐縮です。

とんび、途切れ途切れにしか見ませんでしたが、
おかげさまで、
ここのブログで味わわせていただいた気分です。

そして、何度も話題にのぼる「最高の離婚」!
本当にリウ様にレビューしていただきたかったです。
(でも怒涛の台詞劇シーンがいっぱいなので
とても大変なレビューになったでしょうが)
私は、後半の回は録画して4.5回は見ちゃいました。

次のシーズンも楽しみにしております。

投稿: PIPI | 2013年3月26日 (火) 17時18分

PIPI様
レス下さり、ありがとうございます。

そ~です、「最高の離婚」 は、レビューするのに精根が尽き果てます(笑)。 ですので録画したものになかなか手をつけられず、視聴をあとにしてたらHDDの故障で(ハハ…)。

それにしても 「最高の離婚」 レビューのご要望がとても多いですよね。 ちょっと思い返しただけでも4、5人いらっしゃったような…。
私もどうなったのか気になってまいりました(やっとかよ)。

もしかすると忘れた頃に、怒涛のレビューが始まるかもしれません(笑)。 その前に、私も結構めんどくさがりなので、なにとぞその後の消息がない場合でもご容赦いただけたらな、と虫のいいことを考えております。

投稿: リウ | 2013年3月27日 (水) 12時43分

橋本様

久しぶりに、お邪魔します。
お体のほうは、大丈夫でしょうか?

「最高の離婚」のレビューがないと知ってから、ここをのぞいてもしょうがないよなと思い避けておりましたが(ほかのドラマ見てなくて・・・)久々に覗いたら、そのことが話題になっておりましたので、おばさんからもお願いします。
DVD見てから(私には全話あるんですが)「最高の離婚」全話見てからでいいですので、どうぞレビューを・・・と言うのは、チョー厚かましいですよね。

ベタな展開と言うのでしょうが、おばさんのように、平凡な人間には、何とも素敵な、幸せな気分になる、最終話でしたので、橋本様のレビュー読めないのが本当に残念でなりません・・・。

ついでですが、尾野さん大好きおばさんは、「カーネーションの舞台裏」と言う公開セミナーに当選し、ナ、ナント、2列目で生尾野真千子さんに会うことが出来ました~。「最高の離婚」の撮影で全然寝てないというのに、とってもいい笑顔でお話しされ、可愛い方でした。

「とんび」1回目だけ見ました。子役の「オカシャン」があまりに可愛くて、泣いてしまい、思うところあり、これはいっぱい泣くような予感で、2回目から見れませんでした。ごめんなさい。
NHKのは、そこまで泣かせなかった気がしますが・・・。
初めから泣くとわかってるドラマや映画は苦手なおばさんですので。

楽しみがなくなり、毎日「最高の離婚」の最終話見て、ニンマリしています。

場違いなこと書いてしまい、すみません・・・。
お体ご自愛くださいませ。

投稿: おばさん | 2013年3月27日 (水) 19時23分

おばさん 様
コメント下さり、ありがとうございます。

「おかしゃん」 は第1回目だけだったと思うので(笑)、問題なく見ることは出来たか、と感じます(笑)。 特に私の場合ですが、最終回は泣くことがなかった。 「サワヤカー」 という感じでした。

「最高の離婚」 のレビューを、また依頼されてしまいました(笑)。 どうにも抜き差しならなくなってまいりましたね(笑)。 と言っても、再放送がなされないとどうにも身動きがとれませんので、なにとぞそこらへんはご了承ください。

でも、もう書くっきゃなくなってきた(笑)。

ナナナナマ尾野真千子に会ったんですかー、羨ましい!

「カーネーションの舞台裏」 という公開セミナーって、いろんなことされてるんですねオノマチサンも。 視聴者の側からすれば、「あんな降板」 の仕方をしたというのに、わだかまりはそこんところなかったんでしょうか?

ああしかし、オノマチサンとはお知り合いになりたいものだ…(このブログ、読んでくれないもんかな…笑)。

投稿: リウ | 2013年3月28日 (木) 16時04分

リウ様

以前、JINで数回コメントさせていただいたpickleと申します。

その後も、リウ様のレビューをちょくちょく拝読させていただき、ドラマのあとの二度おいしい極上のオマケのような感覚で楽しませて頂いておりました。
私が毎クール、自分なりに厳選して試聴している数個のドラマについてどんぴしゃでレビューしていただけることが多くて。。
 今回でいえば、最高の離婚、信長のシェフ、とんび、八重の桜、など…(あと、夜行観覧車を見ていました。これは原作本
読んでいたので)←miyu様と共通項が多そうです。

コメント欄の常連さんとのやりとりも楽しませて頂いておりました。

コメントを残すことが出来ていない私も「読み逃げ」客の一人であった訳ですので、それについて、確かにリウ様の立場で考えるとお気持ちもわかり、申し訳なかったです…

私がコメント残せなかった理由をつらつら考えてみると、他にも書いていらっしゃる方がおられましたが、やはり
①リウ様の文章力に気圧されて、拙い文章を、綴るのに勇気が必要だったこと。
②昨年5月ごろスマホに替えて、操作が億劫になり長文入力がしにくくなったこと。
③年末に出産し、(しかも三人目…)なにかとバタバタしていて自分の思考をまとめることに労力を使えなくなっていること。

などなど…
一つ一つは小さなことなのですが、積み重なって、レビューを読む専門!になってしまっていたような気がします。
こちらのコメント欄に今更コメントするのもとうかしら…と思ったのですが、あえて投稿させて頂きました。

雑多な家事と育児に忙殺される毎日、コマギレ時間で録画したドラマを見たり、レビューを読んだり…唯一自分の時間だなぁと実感できるひと時なのです。
ささやかな楽しみとして、今後もお邪魔させて頂ければ幸いです。

とんび、のコメント欄なのに全然関係ない話題で申し訳ありません。
私はどうしても母親目線になってしまうのですが、ドラマの内容もさることながら、福山雅治の歌が流れてくるところで目頭が熱くなっておりました。我が子はまだ小学一年生が筆頭なので、まだまだこれからが子育て本番なのですが、一人前になるまで、頑張らなくては~ と改めて思わせてくれたドラマでした。

投稿: pickle | 2013年3月30日 (土) 22時40分

pickle様
コメント下さり、ありがとうございます。 お久しぶりです。

私の愚痴を真剣にお考え下さり、却ってこちらのほうが申し訳ないです。 ほんのちょっとしたコメントさえも読んでくださるかたがたが多くて、今回は私の愚痴に対していろんな反応をいただいてしまいました。 恐縮の至りです。

ここのところ、ちょっとアクセス数も落ち着いてまいりましたので、「アクセス1000件にコメント1件か」 みたいな虚しさを味わうことがなくなりました(笑)。 あの虚しさは、アクセス数の激増に伴った症状であったようです。

まあ、あんまり反応がないと、「オレってすごくズレたこと書いてんのかなぁ~?」「つまんねえこと書いてんのかなぁ~?」 と思っちゃうものなんですよ。 メンド臭い性格ですね。

だからあまり話が脱線してしまうと、自分がそのシーンを見て本当に感じることなのに、「妄想です」 とか予防線を張ってしまう。

で、「もっと意味のあることを書かなければいけないのかな」 とか考えて、ますます文章が難解で屁理屈のこねくり回しみたいになってしまう。

難儀なものです(笑)。

スマホの入力って、そんなに難しいんですか~。 そう言えば、そうコメントされるかたが、このブログでも結構多いですね。 送られてきたものを拝見すると、改行とか発信とかで誤作動が多いようです。

pickle様も、3人目がお生まれになったというのに、こんな長文のコメントをお寄せいただいて、却って恐縮です。 ご自愛くださいませconfident

投稿: リウ | 2013年3月31日 (日) 07時19分

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