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2013年4月28日 (日)

「テルマエ・ロマエ」 地上波初登場、見ましたよ

 はじめにお断りいたします。
 わたくし連休に入って(とはいうものの、明日からまた3日間仕事ですけど)かなり酔っ払った状態でこれを書いております。 「酔っ払ってブログを書くとは何事か」 とお怒りになるかたは読まんで結構(じぇじぇ、スゲーこと書いてるぞ!…爆)。

 1週間前にテレビでやってた、「テルマエ・ロマエ」。
 録画したやつをようやく見ました。

 かなり評判だった映画で、古代ローマ人が現代日本にタイムスリップして、日本の風呂文化に感嘆しまくるという内容は知っておりましたが、前半はかなりその内容通りのコメディで面白かった。
 しかし後半に入ると、前半のテンポの良さはだいぶなくなって、ちょっとアクビの出る展開。
 これを見たあとネットでの評判を調べましたが、ほぼ私と同意見のかたが多くて。
 ちょっとこのからくりについて書きたくなった次第であります。

 ただ全体的な評価で言いますと、まあ大ヒットする映画というものは、えてしてこういうもので…という感想しかございません。
 この映画の生命線は、発想の奇抜さによるところが大きい。
 古代ローマと現代日本の風呂における比較文化論、という切り口が極めて斬新なんですよ。
 それをコメディとして見せる、というエンターテイメントによって、この映画は人々の評判となるところとなった。
 その評判は評判を呼び、いつしかその映画の出来以上の動員数を得てしまう。
 フツー以上にヒットをしてしまう映画というのは、だいたいこんなものなのであります。
 結果的に、「これってそんなに評判になるような映画か?」 という感想を、ブームが去ったあとに見る私などの受け手は、感じてしまうのであります。

 ただまあ、つらつら考えるに、作り手は、この斬新な発想の話を映画にするにあたって、もっと 「意義のあること」 を肉付けしようとしたのではないか。

 それは、この主人公であるルシウスの人間的な葛藤と、日本民族の自己犠牲的な精神との融合です。

 これを肉付けすることによって、作り手は単なる比較文化論としてのこの物語を、なんとかひとかどのロジックを伴ういっぱしの映画として、成立させようとしたのではないでしょうか。

 これはいわば、諸刃の剣なわけでして、あまりに説教臭い人生訓などをコメディ映画に融合させてしまおうとすると、映画としての深遠さは増すけれども、テンポも面白さも失われてしまうことを覚悟せねばならない。
 映画人は、どうにか観客の興味を持続させたままで、自分が人生を生きているうえで言いたいこと、それを観客に諭さなければならない、そんな必要性に迫られるわけです。

 この映画は、後半に入ってそのことに挑戦しようとし、失敗している。

 で、作り手がどんな高尚なことを言いたかったのか、と申しますと、先に解説したように、「ルシウスの人間的な葛藤と大和民族の自己犠牲との融合」 だ、と私は考えるのですが。
 それをもう少し解説いたしますと。

 まず、この物語におけるルシウスという男は、古代ローマの浴場の設計技師なわけで、自分の才能の限界を思い知らされています。
 それがタイムスリップによって得た知識を古代ローマに持ち帰って皇帝の信頼まで得ていくのですが、ルシウスのなかでは、「これは自分の実力ではない、盗んだ知識で得ている評価だ」 という気持ちが消えないわけです。
 このルシウスの葛藤が、この映画の中盤から、物語を重苦しくさせていく主因になっている。

 それを救うための鍵として、映画の作り手が用意したのが、原作マンガには出てこない、上戸彩チャンだと考えることができる。

 この人、ルシウスがタイムスリップした場所に決まって居合わせる、という、まあコメディ的な手法から考えれば、「こーゆーのは深く考えないでください」 という立場の人なんですが(笑)、彼女はルシウスとコミュニケーションを取るために、映画の中盤でものすごいラテン語の勉強をするわけです。
 今回地上波初登場ということでカットされたシーンが付け足されたのですが、実はそのシーンが、上戸彩チャンがラテン語を習得していく過程。
 おそらく作り手は、ここで多少の迷いを生じたからこそ、このシーンを本編ではカットしたと考えられます。
 だからこのシーンがないことで、オリジナルの映画では、上戸彩チャンがラテン語を急に話せるようになって、急に物語が違う方向に動き始めた印象になる。

 ルシウスは先に抱いていた、剽窃による偽りの名誉、という意識以外に、女房に逃げられたとか、紛争を挟んだ皇帝との関係とかで、かなり落ち込むのですが、上戸彩チャンの励ましとか、どさくさで一緒に過去にタイムスリップしてしまった老人たちの力とかによって、「オールフォアワン、ワンフォーオール」 の精神を学び、立ち直っていくわけです。

 ここまでくると、この物語は原作をかなり離れた代物、ということになってしまうような気がしてくる。
 最近、このマンガの原作者のかたが、この映画で自分がもらった報酬がわずかなものだったと暴露して話題になっていましたけど、確かにこの話の発想の斬新さを考えればそれは少なすぎる、とは言えるけれども、映画の作り手のほうから言うと、「そりゃ最初のプロットはいただいたけれども、出来上がったのはこっちのオリジナリティによる結論の映画だ」 ということになりはしないかな、なんて考えたりしました。

 いや、でもそれは映画制作者のほうがゴーマンだろうな(笑)。
 もっと気前良く払いなさい(笑)。
 少なくとも閑古鳥が鳴いてたんじゃないんだから、成功報酬の上乗せくらいしてやんなさい(笑)。

 なんの話だ(笑)。 酔っ払ってワケ分かんなくなっとる(笑)。

 いや、だから、言いたいことを説教臭く言おうとするのは、難しいってことですよ(笑)。 特にこんな、コメディ映画ではね。

 どうも言いたいことが半分も書けなかった気がしますが、酔っ払っているので勘弁してください(ハハ…)。 見てすぐ録画消しちゃったし、もう細かいところ覚えてないし(イーワケしとる)。

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映画」カテゴリの記事

コメント

リウ様
おはようございます。

映画の後半部分、私も物足りなかった~(笑)
原作は未完。しかも1話完結型のギャグ漫画。1本の映画としてストーリーを完結させるため、ああいう付足しが必要なのは分かるのですが、なんか、ありがちなガンバリズム的展開になったのはちょっと残念でしたね。

ただ(ここからネタバレ)、

「平たい顔族」の日本人親父連中が、古代ローマの兵士と混じって一生懸命温泉を掘っているという絵面のバカバカしさのお蔭で、その時は面白く観ておりました。

私が思うに、上戸彩ちゃん演じるキャラクターに何もかも背負わせすぎかな、と。

漫画家志望の女の子、というのは最後のオチのためだろうし、古びた温泉旅館の跡取り娘というのは原作にあるエピソードをアレンジしたもの(原作では、古代ローマの研究者にして美人温泉芸妓という凄い設定のキャラですが)。その上、ルシウスと心通わさないかんので、いきなりラテン語喋れるようになるし、この映画の無理なところを一身に集めたような感じで(笑)、だから、立ち位置がよくわからないキャラになってしまったような気がするんですね。

人物の移動方向は逆ですが、現代の技術や知識が過去に持ち込まれる、といえば「JIN」。ドラマ版のあのラストは、はっきり言って原作を凌駕していました。ああいう切なさがちょびっとあってもよかったんじゃないかなあ。まあ、基本コメディなので、難しいかもしれませんが。

一応見てみたんですが、
10分でリタイヤしてしまいました・・・・。

Zai-Chen様
コメント下さり、ありがとうございます。 この記事をお読みくださったということは、別に酔っ払って書くのがけしからん、とお思いになっていない、ということでよろしいですね(笑)。

私もあらためてこの記事を読み返してみて、「この男、酔っ払ってるのに結構まともなこと書いてる」 と思いました(自画自賛)。
ただ後半に入るほど論旨が中途半端で(笑)。

結局、Zai-Chen様が引用された 「集団老人パワー」 というものまできちんと言及されてなかった(笑)。

実は私はあの場面、Zai-Chen様と同じで、バカバカしさを感じながらも、老人たちの描写がいかにも、という感じで、ちょっと物足りなかったんですよ。

簡易宿泊施設を作るために、土建屋の経験を持つ老人キャラが必要だったんだとか、今の老人たちは、とりあえず年金でがっちり守られていて、満たされた人生を送ってる、という描かれ方、とでも言うのかな。 いかにもマンガ的で(マンガが原作だからしょーがないけど)「あーっはっはっは」 という感じ、みたいな(つまりバカバカしい、つーことで…笑)。

それと書き忘れたのが、上戸彩チャンを、いわば客寄せパンダ的にしている部分ですね。

当時上戸彩チャンはまだ独身だったと思うので、そのファン層を当てこんでいる、というか。

だから制作者の思惑としては、恋愛という方向にどうしても持っていきたいわけですよ。
いかにもギョーカイ的発想つーか。

もひとつ書き忘れたのが、タイムスリップの扱いがとても独創性に富んでいてよろしかった、ということで(こちらはよい評価)。

こういうあっという間の、鳥のキスみたいなタイムスリップって(なんだソレ)あまり見たことないなぁって。 これが前半のテンポの良さを下支えしてるんですよね。

なにしろ録画消さないでもう一度確認しながら論じれば、もう少しまともな評論になったのにな、と思っています(笑)。

マーシー様
短いコメント下さり、ありがとうございます

この映画、前宣伝だけで見た気になってしまって(笑)、前半のギャグ的展開も、「こんなもんか」 と思っちゃうんですよね。 私はあえて楽しみましたけど。

前半10分、後半、娘の付き合いで、所々見ました。でも、まあ、面白かったです。Part2と、真夏の方程式の予告がもっと面白かった!のは内緒!(笑)でも、老人パワーの温泉施設建設とか、楽しかったです。それも含めて、日本のお風呂文化に代表される海外から見た日本の良さを、感じさせられました。ついでに、笑い付き!

原稿料百万円はフジテレビと出版社が映画化の交渉をして、原作者に支払われたようです。つまり、作品の使用権利の許諾権 が、著者じゃなく、出版社にあるような感じですね。漫画だからかしら。まあ、窓口役なんでしょうけど。

だから、フジテレビが非道だと一方的に巷のように決めつけるのもどうかと思います。漫画の著作権の地位を上げる事が大事かもしれません。東野圭吾さんのように、ドラマや映画のおかげで、ベストセラー作家になれば、印税で返ってくるので、宣伝とわりきれるかもしれませんが。(笑)

多分、出版社は、交渉権を手放さないとは思いますけど。でも、テルマエロマエ、そこそこ面白かったです。前半を10分以降、見てないのは、ちょっとつまらなかったからだけど。(笑)


ささ様
ヨッパライの 「読まんで結構」 というクソナマイキな(笑)前置きにもかかわらずこの記事を読んでくださって感謝します(笑)。 「八重の桜」 もそろそろネタ切れですもんね(ハハ…)。

まあ原作者に支払われたくだりも、ヨッパライの戯れ言なので、あまり細かく分析しても…(笑)…という感じなんですが、出版不況で、変なところに利権が残ったままになっている、というのが問題なような気がいたしますね。 で、原作者に頼っている出版社の社員たちが、原作者たちを馬車馬のように働かせてそれを山分けしてる、みたいな構図。

まあヒット作品というのが、あまたある出版物のなかのほんの一握り、というのが根源にはあるんでしょうけど。

この映画、原作には出てこない上戸彩サンがまた絡んで、続編が作られるみたいですが、なんとなく恋愛映画になっちゃいそうな気がいたします(笑)。

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    こちら上記の海外版。 内容的には国内版とほぼ一緒なので、値段が安いこちらのほうがいいでしょう。

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