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2013年4月16日 (火)

三國連太郎サン死去…。

 週刊誌で、老人ホームに入っているという記事を読んだのは、つい最近だと記憶しています。 三國連太郎サン。
 私も週刊誌のゴシップなど話半分で読んでいるからよく覚えていないが、そこで取材を受けた息子の佐藤浩市サンはそのことについて、否定はしてなかった気がする。
 そう言えば、このところ、三國サンの姿を見かけなかった。
 その記事を読んだとき、私は 「三國サンはすでに、『死ぬ準備』 を自らに課しているのか」 と思ったものです。
 自らの死期を悟り、群れから離れ、ひとり静かに森の中に去っていく、巨象のように。

 このブログでは、すでに数回、三國サンのことについて言及しています。
 ですからあらためて三國サンに対する私自身の思いをここに書くより、そちらを読んでもらうほうがいいので、ちょっと貼り付けます。

 ひとつは、教育テレビの番組 「知る楽」 で三國サンが採り上げられていたのをきっかけに書いた個人的な昔話。
 「三國連太郎サンから百恵チャンのこと」 という題名です。 → http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/01/post-c087.html

 この記事内でも書いているように、若い世代にっては、三國サンというのは 「釣りバカ日誌」 での西田敏行サンとのコンビが圧倒的な知名度だろうと思われるのですが、私は正直なところ、このシリーズを2、3本程度しか見ていない。
 それはおそらく、渥美清サンの死によって生じた 「男はつらいよ」 の空白を、この映画が埋めることはできない、という思いからですが、私の思いとは裏腹に、20年以上も続編が作られ続けた、というのは、やはり世間的に評価され、興行的にも成功していたからだろう、と思われるのです。

 上記のブログ記事で書いたように、三國サンに対してネガティヴイメージが先行し(笑)その後 「この人はすごい役者である」 という評価が定着していた私にとって、「釣りバカ日誌」 でコメディをやる三國サン、というのは、とても意外なものでした。
 その動機を今回ニュースで知ることができたのですが、これは藤山寛美サンに対する尊敬の思いからの出演だったらしい。

 三國サンの演技のすごさでいちばん私が印象に残っているのは、やはり百恵チャンとの 「赤い運命」「霧の旗」 ということになるのでしょうが(笑)、「マルサの女2」 も忘れることはできません。

 私はこの人の風貌を見ていて、どことなくユダヤ系の顔をしているな、というイメージを長いこと持っていたんですよ。 「ベニスの商人」 に出てくる、シャイロックみたいなイメージ。
 その人が、新興宗教を隠れみのにして脱税をする男の役をやる。
 伊丹十三サンのキャスティングの妙、ここに極まれりの役だと思いました、当時。

 父親の死を報告する佐藤浩市サンの姿も拝見いたしましたが、やはりこの人と三國サンとの関係というのは、「父」 と 「息子」 なのではなく、最後まで 「役者」 と 「役者」 だったのだろう、との感慨を抱きました。 佐藤サンにとって、三國サンは 「お父さん」「オヤジ」 ではなく、意識的に 「三國さん」 なんですよ、あくまで。

 当ブログでは 「A-Studio」 に佐藤サンがゲスト出演されたときのことを記事にしています。
 そのときに、佐藤サンと三國サンの関係については、ちょっと言及している。
 そのときの記事は、こちら。 「『A-Studio』 佐藤浩市サンと三國連太郎サンと中井貴一サン」 という記事であります。 → http://hashimotoriu.cocolog-wbs.com/blog/2009/07/a-studio-08ea.html

 三國サンの、演技に対するその姿勢。 ストイック、というより、エキセントリックと言うほうがしっくりくる気がします。
 佐藤浩市サンはそんな存在を、父親としてではなく、役者として、対峙し続けた。
 佐藤サンの役者としての存在感の大きさを否定する人は、いまもう世間にそうはいない、と感じます。
 結果として、佐藤サンは複雑な思いが集約されている、自分の父親に対する最大の親孝行をしていた、という、逆説的な結論が導かれている。 これは皮肉ではなく、親子の関係が人生を昇華させる要因になったという点で、特筆すべきものがあるのではないでしょうか。

 友達みたいな、なあなあの関係の父と子ではなく、互いに切磋琢磨していく、対等のライバル関係としての父と子。

 あこがれますね。

 
 あらためて、三國連太郎サンのご冥福を、お祈り申し上げます。

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

親子別姓を名乗っている経緯を今回、初めて知りました(汗。
プライベートがある程度、犠牲になった事が役者としてプラス?
佐藤さんは緒形拳主演の「社葬」(1989年)で社長の二代目とか
やってましたが、その辺の呪縛はあまりなかったかな?

二代目呪縛で一番、苦労しているのは緒形直人さんでしょうか。
朝ドラ「ファイト」で主人公の父親で世間に翻弄される工場長の
二代目で「カーネーション」でも一瞬、映っていた(笑。

で、やっとこ三國サンの話ですが私が最も印象に残った、
この親にして、この子ありは「復讐するは我にあり」(1977年)。
昭和38年の日本を震撼させた犯罪者・榎津巌を
先述の緒形拳が父親役を三國連太郎が演じている作品。
三國サンが悪事を具体的に働いた事は無いのですが、
クリスチャンとなる事で辛うじて己の宿業を抑えることが
出来ただけで巌の悪魔の血は間違いなく、
この父親からの由来という話…。

投稿: 巨炎 | 2013年4月16日 (火) 17時16分

リウ様
こんばんは。

三国連太郎さん。謹んでご冥福をお祈りいたします。
人間の闇や業を、ここまで表現できる俳優は今までも、そしてこれからも出てこないでしょうね。まさに、「巨魁」という言葉がピッタリくる役者さんだったと思います。

私が印象に残っている作品は、「マルサの女2」と「復讐するは我にあり」。リウさんと巨炎さん、一個づついただきます(笑)。
それぞれの感想は、もうお二人が余すところなく書かれておられるので、加えることもないのですが、特に、印象的だったのが「マルサの女2」の取り調べシーン。三国さん、夏ばっぱ・・じゃなく板倉亮子@宮本信子さん、そして津川雅彦さん三者の対決は、身の置きどころのない緊迫感溢れるものでした。
そして、この映画のラスボス三国さん。善悪を超越して、人間の暗く、深い部分を、言葉や表情だけでなく、肉体を含めた存在丸ごとで表現されていましたね。

スーさんも、三国さんの存在感があればこそ、大手ゼネコンの社長で有りながら、何しでかす分からない危なっかしいキャラクターとして造形され、西田さん演じるハマちゃんとのコンビネーションで、シリーズの長寿化につながったのだと思います。

合掌。

投稿: Zai-Chen | 2013年4月16日 (火) 19時14分

巨炎様
コメント下さり、ありがとうございます。

「復讐するは我にあり」 はワタシ、未見、だと思います(見たよーな気もするのですが…)。
「飢餓海峡」 も 「金環食」 もそうなのですが、チューボーくらいのときに見てショックを受けたはいいけど、内容をほとんど覚えてない、という映画が、私の場合多すぎます(健忘症だ)。

緒形サンの映画でいちばんショックだった 「鬼畜」 も、ほとんど話の筋を覚えてないし。

緒形サンの息子さんは、私別にイケてないとは思わないんですけど、なんかあまりドラマにお出になりませんね。 巨炎様のおっしゃるような二世の呪縛なんでしょうかね。

投稿: リウ | 2013年4月17日 (水) 06時03分

Zai-Chen様
コメント下さり、ありがとうございます。

まあ私の場合、あまり 「余すところなく」 書いてはおりませんが(笑)、「人間の"業"」 を表現できる役者、というのは、三國サンをおいてはいない気がします。 その点では、去年の 「平清盛」 でさまざまな俳優さんたちが、この 「人間の業」 を演じてこられたのですが、やはり束になっても三國サンには敵わない気がいたします。

で、先のコメントにも書いたのですが、健忘症の私、「マルサの女2」 で、Zai-Chen様が書かれた取り調べのシーンも忘れてました(笑)。

思い出すのは、「赤い運命」 で、「もうこの男に関わったら大変なことになる」 という匂いがぷんぷんする、危険なキャラクター。

当時私は確か小5か6でしたが、人生で初めて出会う、「ヤバそうな人間」 だった気がします(笑)。 それだけにそのインパクトは大。

あの百恵チャンがもう、当時から三國サンに心酔していたのですから、彼女の慧眼には、恐れ入るばかりであります。

投稿: リウ | 2013年4月17日 (水) 06時13分

三国連太郎さんといえば、マーロン-ブランドみたいかなと私は思っていたので、釣りバカのスーさんは、ゴッドファーザーはいつ本性を現すんだろうとか、内心思いながら見てました!だって、私の中では、西村晃さんと並んで、重厚な悪役なんだもの!

白い道を映画化したとき、仏教のお話をラジオで熱く語っておられた時も、親鸞?不思議でした。

三国連太郎のままで往く。戒名もいらない。という事だったそうで、一生を役者、三国連太郎として捧げたのではないでしょうか。

家族には迷惑だったでしょう。

でも佐藤浩市さんって、素晴らしい俳優に、遺伝子を繋いだのは、三国連太郎さん、立派なお父さんだと思います。三国連太郎さん、安らかに、おやすみください。

投稿: ささ | 2013年4月17日 (水) 07時22分

ささ様
コメント下さり、ありがとうございます。

どうもこのブログ、ともすればドラマ以外はお悔やみの記事ばかりになってしまいそうなので、このところ極力避けてきたのですが(坂口良子サンのときも、ホントは書きたかったけど大したことが思い浮かばなかった)、三國連太郎サンの訃報は思うことが多いので、書かざるを得ませんでした。

しかし考えてみたら、もう三國サンについてはかなりこのブログで書いていて…。

とりあえず、今は 「赤い運命」 をもう一度見たいですね。 私にとって三國体験はあれが原点でしたから。

投稿: リウ | 2013年4月17日 (水) 11時20分

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