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2013年5月12日 (日)

「雲の階段」 第1-4回 満たされないグラス

 登場人物の考えが分からなくて 「つまんない」 という判断をされてしまうドラマがたまにあります。 このドラマの視聴率が悪いのも、おそらくそこに原因があると思う。 なにしろ主要人物の行動規範というものがちょっと分かりにくい。
 でもそこを乗り越えると、このドラマは結構面白い部類に入るような気がするんですよ。

 このドラマの面白さの中心は、無資格なのに医者をやっている主人公が、次第に野心をもたげていくピカレスク的な側面、そして医師免許がないことがどこでバレてしまうのか、というハラハラ感だと感じます。
 そして主人公をめぐる、恋愛模様、といったところでしょうか。

 で、その主要人物たちの、「分かりにくい」 行動規範なんですが。

 まず長谷川サンが演じる、主人公の相川三郎。

 彼は過疎の島の診療所で事務員をやりながら、無資格のまま医療行為をやっています。 いや、院長に無理強いされてやらされている、というべきか。 どちらにしろ、なあなあのうちにやっている。 でも村の人の評判はいい。 知識も豊富で腕もいいから。
 ただまず彼がどうしてこの島に来たのかが分かりません。
 なにしろしゃべりはボソボソで歯切れが悪く、なにを考えているのかよく分からず、そしてとにかく、とても暗い。 春の日差しのなかで、とても暗~い(ハハ…)。
 たぶん自分の人生の目的も分からず、優柔不断で流されるままフラフラとこの島に辿り着いた、そんな感じです。 過去に何かあって、その苦しみから逃避してきたのかもしれない。
 長谷川サンは現在、ほかのドラマ(「八重の桜」)で綾瀬はるかチャンの夫をサワヤカーに演じているだけに、この暗さをまず受け入れられるかどうかが、視聴の分かれ目になる気がします。

 そして彼に医療行為を無理強いしている院長、大友康平サン。

 彼の行動規範もよく分からない。
 違法行為を強制して、いったいどーゆーつもりなのか。 アホなのか(笑)。
 院長の考えるところによると、自分が死んだら後継者がいない。 しかしこんなへんぴなところに医者が来るわけがない。 だから見込みのある三郎に自分の持っている技術や知識を叩き込ませるのだ。

 でもですよ。

 大友サンはかなり勤務態度がよろしくなく(笑)、しょっちゅう休んでるし、三郎に何もかも押し付けて、とても無責任なように感じる。
 のちにこれが病気のためだということが判明するのですが、それにしたって三郎には医師免許を取らせる努力をすべきでしょう。
 診療所の大勢は、この院長の無理強いに批判的です。 でもなんとなく成り行きでそれを容認しちゃっている。
 どうも過疎の島、という限定的な狭い世界で、院長も周りの人間も、大局的なものの見方が出来ない心理状態になっている、そう判断すべきなのでしょうか。

 そんななか、ひとり積極的に三郎を応援する、看護師の鈴木明子(稲森いずみサン)。
 また彼女が、なに考えてるか、よく分かんないんですなぁ(笑)。

 彼女が三郎を応援するのは、彼女が三郎を好きだからなのですが、どーしてこんなにワケの分からんネクラな男を好きになるのか(笑)。

 まあマジメに考察すると、たぶん稲森サンは、このヤサ男がなにを考えているのか分からないところに最初に興味を持ち、それから 「無資格なのにかなりその医術の腕が確かだ」 という頼りがいがあるところに惹かれていき、「でも無資格」 という危険な側面をスリルとして味わっている。 そしてヨロメキ風の(いつの時代の表現だよ…笑)この男を守ってあげたい。 ユドンハフツーウォーリー。 そして私が、この人の医療スキル向上を支えてあげるの。 おそらくそんなところかと。
 それと見逃せないのは、彼女がかつて子宮外妊娠で子供を堕していた、という過去でしょうか。
 明子はその精神的な乾き、空虚感を、三郎というミステリアスな異性に満たしてもらいたがっている。

 まあいちばんの原因は、この男がイケメンであることなんでしょうけど(笑)。

 第1回、東京からやってきて同じく子宮外妊娠で、長谷川サンの手術で胎児は死亡したけれど一命を取り留めた、田坂亜希子(木村文乃サン)も、おそらく同じような感覚で、長谷川サンに惹かれていく。
 これ、稲森サンの役名も 「アキコ」、木村サンの役名も 「アキコ」 ですね。 同じ名前だから同じ感覚なのか(笑)。
 でも、人格も環境も違うけれども、同じ名前だからこそ同じ運命をたどる、みたいなことはあるかもしれない。

 またこの田坂亜希子の行動規範がですねぇ…(以下略…笑)。

 これもマジメに考察すれば、田坂亜希子は東京の大病院の令嬢。 親は仮面夫婦、望まない政略結婚に嫌気をさして、別の男との子供を身ごもっていたわけだったんですが、やはり彼女も、心にかなり満たされないものを抱えている。 その乾きが、長谷川サンに向かっていると思われるのです。

 つまり、モテモテなんですよ、このワケ分かんない男(笑)。 不愉快だなあ(笑)。 イケメンだったら何でもいーのか(笑)。
 でも手先が器用だし(笑)。
 長谷川サンのかつてのドラマ 「セカンドバージン」 でも、鈴木京香サンは長谷川サンの、指の長いところにキュン!キュン!(「あまちゃん」 かよ)してましたよね。

 ドラマの展開としては、たった3度の手術経験くらい(数え方の基準で違ってくる気がしますが)で田坂の大病院に移籍早々、VIP待遇の政治家の手術をしてしまう、という、ちょっと考えられないような急成長ぶりでリアリティに乏しい、ということはあるかもしれない。
 しかし実戦でメキメキ成長する、というケースもあるかもしれないし(医術のことも知らんとテキトーなこと言ってますけど)。

 ただお話として面白いから許せる気はしますね。

 最初の手術で大パニック状態になりながら明子に支えられて何とか三郎が面目を保っていく様子であるとか、2度目の手術では破格の待遇で診療所が迎えた 「本物の」 医者(田中哲司サン)がなにも出来ずに、屈辱にまみれながら 「無資格の」 三郎に手術をお願いするとか。
 3度目の手術では大病院の意地悪な衆目のなかで難しい手術をやり遂げてしまう、その爽快感であるとか。

 こうしたケースのなかで、「医療行為とは何なのか」 とか、「医師とはどういう存在であるべきなのか」 とかいう問題提起も、確かになされている。
 でも私がこのお話のなかでいちばん重要だと感じるのは、登場人物たちが共通して抱えている、「ワケの分からなさ」 のウラには、「心の渇き」 が潜んでいるのではないか、ということです。

 三郎はおそらく、今までの人生でなにをしても認められてこなかった、と私には思える。
 そして自分が何者なのかも人生の目的も分からず、空虚な気持で生きてきたその心の渇きを、他人から評価される医療行為によって満たそうとしている。
 でもそれは、どこまで行っても 「無資格」 という違法行為の範疇から出ないのです。
 言わば、間違った飲み物で、グラスを満たそうとしても、けっしてそのグラスは満ちることがない。

 明子が三郎に求めているものも、おそらく自分が何者であるかの答えであろうかと思われるのですが、三郎はおそらく、明子にとっての答えを持っている人間ではない。
 これは亜希子にしても同様で、亜希子が求めているものを三郎がもっているとは考えにくい。

 さらに言えば院長の大友サンが三郎に求めているものも、それは間違った方法であり、その答えを三郎は持っていない。

 分かりにくい話で恐縮ですが。

 でも、人間というもの、本当に自分にとって正しい生き方をしている人って、かなり少ない気はしますけどね。

 正しい目的、正しい手段。

 人というのは、間違った飲み物、自分には合わない飲み物でグラスを満たした気になっている、もしくは満足しようとしているケースが、とても多い気がするのです。
 おそらくこのドラマは、それを提示しようとしている。
 この物語の題名は、そんな実態のないふわふわした幻想を、象徴しているように、私には思われるのです。

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コメント

リウ様
はじめまして。
雲の階段6話見ました。
無資格医ということがいつばれるのか・・・
事務長や院長に呼ばれるたびにこちらもヒヤヒヤしながら見ておりましたが、まさかの展開!
特に6話の後半、夜の院長室へ向かうシーンは緊迫感がありました。
原作は未読ですが、ドラマとは時代のズレがあるせいか、ん?という所も若干ありますが、そんなことは気にならないぐらいの怖さであります。
こういうドラマは女の人のほうが好きかも。
三郎もイケメンだし(笑)

リウ様のレビュー、いつも楽しみに拝読しております。
これからも楽しませてくださいね。

投稿: miyamiya | 2013年5月26日 (日) 13時59分

miyamiya様
こちらこそはじめまして! コメント下さり、ありがとうございます。

このレビューに関しては、反響がなかったために、その後 「雲の階段」 は録画したものを積極的に見る気にならず…(笑)、第4回で止まったままです。
でもmiyamoya様からコメントをいただいたから、ちょっと見てみようかしらんcatface。 まさかの展開が気になる(笑)。

確かにコレ、女性受けのするドラマかもしれませんよね。 「第二楽章」 なんかもそうかも。 ただ 「第二楽章」 も、告白しちゃうとレビューの反響がないのでリタイアしてます(笑)。

miyamiya様にプレッシャーをかけるつもりはございませんが(笑)コメントをいただくと、ちょっとそのドラマをちゃんと見届けなければならないという義務感が私の場合発生いたしますので(笑)もし私の拙いレビューの続きをお読みになりたいと思った場合は、積極的にご投稿ください(プレッシャー、かけとるがな…爆)。

投稿: リウ | 2013年5月27日 (月) 07時08分

 自分は日頃、民放のドラマはあまり見ません。けれども、この「雲の階段」については別格で、配役、ストーリー展開、すべてにおいて無茶苦茶おもしろいと思います。個人的には、おそらく何年に一度出会えるかいなかぐらいの作品のような気がしています。
 なお、話しがずれますが、昨年のNHKの「平清盛」は総じてあまりおもしろいと自分は思いませんでしたが、「信西」のキャラクターだけは今だに印象的で、民放張りに彼だけをスピンオフしたドラマがいまだに見たいぐらいです。

投稿: らん丸 | 2013年6月14日 (金) 21時31分

らん丸様
コメント下さり、ありがとうございます。

先にいただいたmiyamiya様へのコメントでお約束していた手前もあって、大変遅ればせながら、きのう第5回のレビューをアップさせていただきました。

でも第6回も続けて見たのですが、「自分の破滅を待ち望んでいる」 というのはどうかな、などと書いたばかりのレビューを見直さなければならない羽目に?(笑) いや、もうこのテーマで書いてしまってるから、修正のしようがないですけどね。

このドラマの脚本である寺田敏雄サンは、「てっぱん」 では共同脚本でしたが、かなり叩かれていた。 私はそんなに叩かれるほどのものではない、と思っていましたが。
今回は、やはり文学作品が原作に控えている、というのがいいのかもしれませんね。

いちばんいいのは、登場人物たちに関して、深い考察が可能だ、という点でしょうか。 このドラマ、いちいち全部を解説したりしません。 でも断片的な情報によって、余韻を深いものにしている。

第6回は第5回みたいに個別でレビュー出来るものではない、と思うのですが(ばれるばれない、というせめぎ合いの回だったので)、今後も注視していきたいと思います。

投稿: リウ | 2013年6月16日 (日) 09時49分

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