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2013年6月 2日 (日)

「家族ゲーム」 第2-7回 いつ向き合うんですか? 今でしょ!(笑)

 「この国では、どーでもいい大昔のことはチマチマ学習させるクセに、自分たちにとっていちばん大事な認識のもととなる近・現代史をきちんと教えない」。

 これは吉本荒野を名乗る田子雄大(櫻井翔クン)が、沼田家の長男慎一(神木隆之介クン)に滔々と諭した、現代日本人のアイデンティティの喪失の淵源となるべき話のひとつです。

 これは特にこのドラマ全体に流れている謎の中核に迫る話でもないし、この事実自体たいして目新しい視点の話じゃない。
 じっさい昭和史なんて、3学期に入ると猛スピードで学習したクチですから私も。

 けれども、この話が象徴しようとしているのは、たんに日本人の歴史認識の問題点についてではない、と私には思われるのです。
 またこの国の教育、に限った問題を抽出しようとしているわけでもない。

 つまり、ひとりひとりがこれからの長い長い自分の一生を生き抜いていく力の拠りどころをどこに求めるか、という話に帰結する問題なのではないか、と私は感じるのです。 大仰なスケールの話になってしまいますがね。

 便宜上ここでは吉本荒野で話を進めますが、吉本荒野が目指しているのは、まずもって自分が仰せつかった沼田家次男茂之(最上晟周クン)の有名私立合格でもないし、長男慎一の更生でもない。 仮面夫婦を続ける父母(板尾創路サン、鈴木保奈美サン)の関係修復でもない。
 かと言って沼田家全体の家庭崩壊などではさらさらないことも明白。 ただドラマとしては、吉本荒野の意図を分からなくさせることで物語の興味を増そうとしている部分はありますけど。

 彼の目的でいちばん見えるのは、沼田家の構成員すべてに対して、まず 「目の前の問題に真摯に向き合う」 姿勢を構築しようとしていることです。
 つまり、沼田家の人々は、誰もが自分の直面している問題を、直視していない。

 次男はまず引きこもり(まあこれは早々に解決しましたが、もう問題がないわけではない)。

 長男は優等生を演じている。

 父親は会社のカネの横領を自分が悪いせいではないと思っている。

 母親は株に手を出したのを、自分が変わりたいからだ、とことさら自分が受けてきた傷のせいにしようとする。

 要するに、自分を取り繕ったり、ことさら自分以外の人のせいにしたり、自分かわいさで自らを偽り、ごまかし、論理のすり替えをして責任を回避しようとする。
 自分の悪い部分をなんとか正当化して、けっして認めようとしないんですよ。

 これはとりもなおさず、自分の弱さと向き合っていないことの証左である。

 自分の弱さを容認できないがゆえに、他人に対して強い自分を演じようとし、押し付けようとする。

 つまりこれは、現代日本人が現代史をきちんと学ばず、自らの正当性だけを抽出して情報を取り入れ続けていることに、究極的につながっていると私は感じるんですよ。

 吉本荒野が目指しているのは、まず自分の弱さと向き合え、ということだと私は思います。
 自分の弱さを直視しない限り、自分と闘えない。

 だからこのドラマでは、吉本荒野も、究極的に、自分の弱さを直視するために、自分が過去に犯した過ちを直視するために、沼田家の家庭教師を遂行している。
 このドラマが従来のような、教育ものドラマとしての予定調和的な帰結を拒絶しているのは、実にここに原因があろうか、と感じます。 このドラマの行きつく先には、吉本荒野が田子雄大に戻れるかどうかのカギが隠されている。 「吉本荒野」 という名前自体が、彼にとっての乗り越えるべき、壁であろうと思われるからです。

 吉本荒野はまた、「優等生」 慎一に対して、「想像力」 という言葉をしばしば使います。
 櫻井翔クンのこのセリフはいかにも人を食ったような言い方で、これも 「言い古されている」 ことへの作者の 「照れ」 を感じるのですが、吉本荒野が目指しているもののひとつが、「人の心の痛みを想像し、同苦すること」 であることも、ここからは見えてくる。
 話の流れを見ていると、これも過去の過ちを田子雄大が乗り越えようとするために吉本荒野になりきって遂行しているように見えます。

 だいたいそうでも考えないことには、なんでこの男が沼田家にここまでやってるのかが、分かんないですもんね(笑)。
 ドラマ的な組み立てを考えた場合、吉本荒野が過激なことをやればやるほど、比例して彼自身の動機も巨大にする必要が生じてくる。 かつての松田優作サンの 「家族ゲーム」 ではラストでその重大性をアピールし、長渕剛サンの 「家族ゲーム」 ではその動機自体を放棄していた(なんか、「さすらいのカテキョー(家庭教師の略)」 みたいな…笑)。
 今回の櫻井翔バージョンでは、吉本荒野の動機に光を当てることで、ミステリーとしての要素がドラマに注入され、疑心暗鬼の目を持って視聴者を食いつかせることに成功している。

 そしてこの物語の中核に見えるのは、理由ばかりを探して自己変革しようとしない、今の日本人が陥りつつある 「緩やかな保守化」 に対する問題提起なのではないか、という気がする。
 相手の痛みを考えず、まず自分の正当性を確認してばかりいる。
 こういう生き方をしていては、逆境にぶち当たるととても脆くなってしまう気がするんですよ。 「どうして自分はこんなに正しいのにこんなことになってしまうんだ」、とね。

 それに同時に見えるのは、こんな精神の貧困化が進むなかで、「カネ」 の優位性だけがいつまでもこびりついて離れない現実です。

 吉本荒野がどこから100万円を調達してきたのかは知らないが、ともかくこのカネで鈴木保奈美サンの精神的バランスは崩れている。
 株取引で出た1000万円の損失補填を申し出る父親を突っぱねる板尾創路サンも、カネによって生じる自分の 「オトコ」 としての価値喪失を、頑なに拒絶しようとするからだ、と思うのです。
 そして吉本荒野が次々に仕掛けてくる策略の裏にも、「協力料」 としてのカネが常に絡んでいる。

 ドラマとして見ると、「演じる」 ということを子役の時代から続けてきた神木隆之介クンに長男慎一を演じさせる、とか、かつては 「東京ラブストーリー」 などで屈託のない若さをふりまいてきた鈴木保奈美サンに、中年の現実を突きつけて神経質な役を演じさせる、とか、どことなく人を食ったような演技をしてきた板尾創路サンに、ちょっと現実を甘く見ている中年男を演じさせる、とか、キャスティングの妙をとても感じます。

 そして何より、今までどことなく本質がつかみにくかった気がする櫻井翔クンに、吉本荒野という役をやらせていることの、凄みも感じる。

 話の流れだけを見ていると、だいたいこんな感じになっていくだろうな、という次の展開が見えやすい、ということはあるけれども(たとえば次男が 「いじめられる側」 から 「いじめる側」 になっていくだろうなとか、父親の社内的な立場が悪くなっていくだろうなとか)、そこに内在しているテーマの深刻さで見せてしまう。
 そんな魅力が、このドラマにはある気がするのです。

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コメント

リウ様

UPお待ちしておりました〜(*^ー゚)bgood

>ひとりひとりがこれからの長い長い自分の一生を生き抜いていく力の拠りどころをどこに求めるか、という話に帰結する問題なのではないか、と私は感じるのです。

>理由ばかりを探して自己変革しようとしない、今の日本人が陥りつつある 「緩やかな保守化」 に対する問題提起なのではないか、という気がする。

>「カネ」 の優位性だけがいつまでもこびりついて離れない現実

>吉本荒野が目指しているのは、まず自分の弱さと向き合え

>人の心の痛みを想像し、同苦すること

なるほど、なるほど〜って読み進んじゃいました。

吉本荒野の奇抜な行動や言葉の中に社会的なメッセージが含まれてますよね。

いま、巷には「絆」という言葉があふれていますが、一種の流行になることのないようにと願っています。
「個」をあまりに尊重した結果、社会全体で「絆」や「モラル」が失われてしまった日本。
「うめちゃん先生」の時代からバブルの手前くらい?までは貧しくても隣近所で助け合って生きてましたよね。
 大震災を経て、日本全体が富を求めすぎる事なく、自分をみつめ直し、他を思いやり、互いに知恵を出し合って住みやすい社会を築いていければなあと思います。

家族ゲームの根底には、そういうメッセージも込められているような気がします(拡大解釈かもしれないですけどcoldsweats01

リウ様の今後のレビュー、まだまだ期待してますね。
みなさ〜ん、お尻叩いてあげてくださいね〜happy01

そうそう、twitterによる視聴率分析が興味深かったので参考までに。
//smmlab.aainc.co.jp/?p=20895
今の視聴率という指標が時代遅れになっているのに、それに一喜一憂しているTV業界の人たちが見ればなあ なんて思った次第です。

なかなか面白いです。
私の中では、今季一番かな。

まず、若さという幻想を振り切った鈴木保奈美さんに、女優魂を見ました。
ここまでやれないですよ、
特にちょっと前の山口なんたらさんのアレを見た後では。
女性として、敬意を表したいと思います。
これから芸域がどんどん広がるでしょう。

このドラマ、なんといってもキャステイングが絶妙ですね。
どの役も、ほかでは考えられないくらいハマっています。

それにしても、始まる前の下馬評はさんざんでしたっけね・苦笑

rabi様
コメント下さり、ありがとうございます。

各回についての詳細な分析は、既にほかのブロガーさんがやってるでしょうから、総論的な話になってしまいました。 ただドヤ顔して書いたことは大したことないですが。

このところ多忙で、なかなかドラマレビューに手がつけられないのがもどかしいのですが、期待されている限りはそれにこたえるようやっていきたいと考えております。

でも、各回ごとの詳細なレビュー、というのも、最近してないので、そういう気にさせてくれるドラマにはめぐり合いたいですね。

いや、忙しくてダメか…(笑)。

「カーネーション」 の後遺症がまだ残ってるんでしょうかね。

いずれにしても、あっちを立てればこっちが立たず、という感じで、この週末は 「家族ゲーム」 を見出したら止まんなくなって、4回ばかり続けて見てしまって、それでレビューを書いていたら、もう休日が終わり。 「八重の桜」「あまちゃん」「雲の階段」 など、ご要望があるのに手がつけられないというのはなんとも残念です。

マーシー様
コメント下さり、ありがとうございます。

話は別で恐縮ですが、なんか、「剣」 の放送が、確か3回で止まっちゃってますよね? なんでかな。 やってるのかな。

「江」 で再登場したときは、鈴木サンもかなりキレイに見えることを意識しておいでのようでしたが、今回は 「更年期近づく女」 とゆー感じで鬼気迫るものを感じます(ハハ…)。

ただまあ、山口サンの場合は、あれはあれでよかったんじゃないかと私は思います。
スンゲー演技してない風で(それが却って鼻につくのかも?)。
いずれにしても、彼女らがトレンディドラマの主役であった時代、私も仕事を覚えるのにかなり忙しく、いちばんドラマから離れていた時期でしたので、昔の栄光というものがよく分かりません(笑)。 テキトーなことをぬかしております(ハハ…)。

私、このドラマかなり気合を入れて視ています。作者の本間洋平氏については、何も知りませんし、原作も読んだことはありません。ただ、「吉本荒野」という名前は「吉本隆明」からとっているのではないかと思います。今回スレ主様の文章を読んで、よけいそんな思いが強くなりました。

虎児様
コメント下さり、ありがとうございます。

詩人を気取るクセして、吉本隆明も知らない私
coldsweats01。 モグリだ(笑)。
というより、現代詩に対してぬぐいがたい不信がある、と言ったほうがいいでしょうか。 要するにエラソーなんですよ、よく知りもしないで。 認めるのを拒んでる。

私も吉本荒野に薫陶を受けたほうがよさそうです(笑)。

Thanks-a-mundo for the blog.Really thank you! Will read on…

今日、最終回なんですね。見ようかなと思ってますが、この頃お子様になってきたのか、9時過ぎると寝落ちしてしまってて。ガリレオはかろうじて見てますが。録画の保険をかけて。

桜井くんは少しブラックな感じの演技の方が、はまるかなあと思ってます。でも、昔やっていた保育園か幼稚園の先生が、私は一番のお気に入り!(笑)可愛かったから。

でも、松田優作や長渕剛とは違う桜井ワールドを今日は楽しみたいです。

>さささま
終わりましたよ=、
見ごたえありました。

桜井君の保育園の先生、太陽先生でしたっけ、
DVD出ているのかな。
子どもともども、大ファンでした。

彼は最近、学歴のせいか、インテリっぽいいい子ちゃんの役柄が多くて、昔からの嵐ファンには、物足りなかったらしいです。

「ガリレオ」は、マジつまりません。
2回くらいまでは頑張りましたが、今週もみなかったし、最終回も見ないと思います。
柴崎コウが出るスピンオフがもし面白いとしたら、彼女が出ない映画はこけますね~。


脚本家が変わったんですかね、
湯川先生が普通の人になっちゃって、謎解きもお粗末だし。
子どもは、「同姓同名の別な人だと思えば・・・」、と言っています・苦笑

ガリレオは、前シリーズ同様、映画を宣伝する為のドラマです。映画は原作の世界観を損なわないようほぼ忠実につくられていると思います。映画は科学と自然の共生と家族の愛かな?

映画ありきのドラマですから(笑)

映画とは別物という感覚らしいです。多分、映画制作にあたって、柴咲コウをキャスティングできなかった(いろいろ巷で言われてますが)ので、ドラマも吉高由里子をヒロインに据えざるをえなかったようです。ドラマはあんなもんでしょう。ドラマになった、原作も物理の必要性は低い地味なのがほとんどなので。本来の草薙刑事を相棒に映像化すればいいと思いますが、それだと、相棒!というか、ありきたりな刑事ものになるので、それを嫌っているのかもしれません。北村一輝はローマ帝国か、TBSに出張のようですし。
東野圭吾の物理ストックが厳しくなっているようだし。(笑)福山雅治がいなかったら、一桁の視聴率じゃないかしらん。福山雅治の主演ドラマとしての価値しかないのが、残念です。

ガリレオは、おいといて!家族ゲーム、見ましたよ!睡魔との戦いに勝った!

面白かったです。でも桜井くんはやっぱ、優等生なんだな〜!松田優作や長渕剛のような底知れぬ狂気や破天荒さは無い。それがマイルドで良くもある。そこはお好み!エッジはきいてたので、良かったんじゃないでしょうか。ジャニーズのトータルなイメージも損なわない種明かしだったし。パート2もいけるんじゃないでしょうか。今後はジャニーズで、学生役をキャスティングできるだろうし。(笑)世間はごり押しと言いますが。

鈴木保奈美さんも江ちゃんでお市の方をやった時よりずっといい演技でした。神木くんが良かったかな。桜井くんより上手?芸達者?それがちょっと嫌味になるように、演出してるのが、面白さをだしていると思いました。

正直、ガリレオより家族ゲームの方が作品としては、上質だと思う。(私はガリレオファンですけどね!)無制限に弾けている分、主張がはっきりしている。エッジがきいてる!桜井くんの絆、うんぬんの台詞はすっとした。でも、言葉や行動じゃなくても繋がる愛もあることはあるよ!でもそれを主張したり、寄りかかっちゃだめだけど。

愛は育むものだから。頑張って、起きてて良かったです。


ささ様 マーシー様
コメント下さり、ありがとうございます。 横レス絡みなので、一括して返信してしまうことをお許しください。 それとマーシー様、ささ様には別記事でご説明したのですが、今回急な出張が入りまして返信が遅れました。 お詫びいたします(横レスだからいいのかな?…笑)。

「家族ゲーム」 はこれから最終回まで見てレビューいたします。 って、「雲の階段」 のほうが先になりそうですけど。

櫻井クンの場合、結構良識で動いてるような、ものごとを一歩引いて醒めた目で見ているような、そんな感覚が私の場合あるのですが、この彼のパーソナリティが、今回は十二分に発揮された吉本荒野のような気がいたします。

この吉本センセ、歩くときは小学生の体育の行進みたいだし(笑)ラジオ体操はサワヤカーな笑顔でやってるし(笑)、「なんかフツーなようでいて異常」、という絶妙な演出をしていると感じます。

そもそもこの物語が私たちの世代に与えたいちばん最初のインパクト、というのは、伊丹十三サンや由紀さおりサンなど、沼田家の人々がカウンターのようなテーブルで一方向だけを見て黙々と食事を取る、あのシーン。

その異常さは今回、森田監督が提示した象徴的なやり方でなくともじゅうぶん表現されていたし、その家族の異常さを映し出す鏡として、櫻井クンの吉本センセはとても機能していたように感じますね。

あ、なんかもうここでレビューの前フリをしてしまったかも?(笑)

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  • : レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]

    レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]
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    こちら上記の海外版。 内容的には国内版とほぼ一緒なので、値段が安いこちらのほうがいいでしょう。

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