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2013年7月14日 (日)

「八重の桜」 第23回 「会津を救え」(6月9日放送) 第24回 「二本松少年隊の悲劇」(6月16日放送) 第25回 「白虎隊出陣」(6月23日放送) 第26回 「八重、決戦のとき」(6月30日放送) 第27回 「包囲網を突破せよ」(7月7日放送) 第28回 「自慢の娘」(7月14日放送)を見て

 鶴ヶ城落城までのここ数回の 「八重の桜」。 正直言って 「見るのが嫌だ」、とすら思っています。 何度も申しますが、やはり私も福島の生まれですから。
 いきおいレビューも大幅に滞り気味。 私の拙いレビューをお待ちくださっている数少ない(ハハ…)かたがたには誠に申し訳なく、ここでお詫び申し上げます。
 まあ、世にはセリフの一字一句まで詳細にお書きになっている(著作権無視の…笑)(ウチもそーですが)大河ドラマのブログがあまたございますので、そちらに各回の深い感想はお任せするといたしまして、また今回も当ブログでは、総論みたいな形でレビューを書いてまいります。

 ここ数回の 「八重」 を見ていて感じるのは、「戦争状態」 になることで高揚していき、形成されていく、「バトラーズ・ハイ」 とでも呼べる当事者の精神状態の変化です。

 ここで圧倒的不利な戦況のなか、自らの命も顧みずに 「会津」 という自らの故郷を守るために戦う、この流れは、太平洋戦争末期にこの国全体が突入していった 「一億総玉砕」 という精神状態に、比較的酷似しているように思えます。 つまり会津は80年後の日本のプロトタイプと考えることもできる。 このドラマの作り手は80年後の日本をまるで投影させるようにドラマを描いているような気さえする。

 弟の三郎を薩長に殺された八重は相手をかたきと見て憎悪を募らせていく。 その後戦況が悪化するにつれて 「家族を新政府軍に殺された」 という人々は膨れ上がっていくわけですが、八重の弟は比較的早い鳥羽・伏見の戦いで戦死しているために、その憎悪の先頭に立っているとも言える。
 戦闘が続けば続くほど、自分の身内でなくとも友人知り合いが殺されていくケースは増えていくわけですから、やはり憎悪が精神的なうねりとなって好戦的な世論を形成しやすい土壌を生んでいくんですよ。
 そんななかで相手に従おう、などという西郷頼母のような考えは即、「厭戦気分を煽る」 腰ぬけの論理である、と排除されがちだ。 太平洋戦争中には大政翼賛会だのかなり組織的な強制力で、大がかりな戦争賛美の力がはたらいて、もっともっと 「物言えば唇寒し」 の風潮が出来上がってひどくなってたけれど、頼母を非難する佐川官兵衛、梶原平馬など会津藩若手家臣の構図は、旧日本軍の構図、「非国民」 と謗る庶民レベルの相互監視体制、さらには現代の 「KY」 という集団同化強迫と重なるところがある。

 会津藩がこのような、太平洋戦争下の日本と同じ傾向に見えるのは、おそらく会津の精神的土壌が 「忠義」 を重んじた融通の利かない性格のものであったことが大きい気がします。 これってやはり旧日本軍の性格とちょっとダブっているように、個人的見解としては感じるんですよ。 「のらくろ」 も 「忠犬」 をモットーとする猛犬連隊でしたしね。
 そして 「徳川家を守る」 という家訓のために、会津藩は常態的に追鳥狩りみたいな 「軍事訓練」 を行なっていた。 こうした実戦的な 「動」 の部分と、什の掟に見る精神的な 「静」 の部分との結実が、奥州同盟を結んだにもかかわらず次々と脱落していくほかの諸藩と会津藩が違う、決定的な要因になっているのではないか、と感じるのです。

 だいたいですよ、徳川の治世になって260年もの間、まともな戦争なんてなかったんですよ。 それがここに来て、鳥羽・伏見の戦いとかに比べるとはるかにまともな戦争を行なっている。 これは会津の軍事力に一定の底力がないとできない話じゃないのかな、という気がします。

 まあ圧倒的に火力において不利だから、そもそも負けることは目に見えている戦ではあります。
 これも日本とアメリカの戦力の差を連想させる部分がありますね。 このドラマでは特に、砲術指南の山本家が舞台ということもあってか、かなり専門的な 「飛び道具」 の知識が散見される気がします。 女性の脚本だからここらへんおざなりかと思ったらさにあらず。 このドラマで繰り広げられる会津の悲劇を演出している目覚ましい効果のひとつが、この 「圧倒的な火力の差」 を視覚的かつ論理的に描写しているところだろう、と感じる。

 ちょっと心して見なければならないかな、と思うのは、藩主の松平容保公についてでしょうかね。

 この人の行動って、このドラマの擁護的な立場(西郷頼母追放の真意とかね)から見た描写があってもなお感じるのは、「やはりどこか保身的に見えちゃう部分もあるのかな」、ということです。
 もともとの京都守護職でも家訓というアキレス腱を握られた部分もあったけれど、結局拒みきれない部分があったと思うし。
 鳥羽・伏見ではあろうことか徳川慶喜について行っちゃうし。 いくらゴーインに連れ去られた、とは言えですよ。 どっか、拒みきれてない。 なんかどこかで長いものに巻かれちゃう、自己保身がチラッとだけど見えてしまう。
 で結局鶴ヶ城が落城しても生き残るわけですしね。

 こういう部分で、ちょっと否定的に見てしまえば、この人は会津の人々を危険に晒した、とも言えるし、その点で石を投げられても仕方がない部分もある。
 年端もいかない白虎隊も出陣させてあげくに飯盛山の悲劇を誘導しちゃうところもあるし。

 ここんところ、でも心得違いしないで見ていきたいな、と思うのは、やはり昔の尺度で考えれば、やはり藩主というのは、玉(ぎょく)なんですよ。 玉を取られれば、すべてがジ・エンド。 家来たちは主を守るために存在しているのが常識ですからね。 しかも倫理的規範が他藩よりもしっかりとしている会津藩。 並々ならぬ忠義を家来から一身に集めているのだから、自分が戦いのイニシアチヴを取らなければならない強迫観念は常に抱えているでしょう。
 「容保が意地張って自分の首を差し出さないから会津が徹底的に攻撃されてんじゃん」、というのは現代の尺度でね。 いや、当時もそんな考えはあったかもしれない。 石投げつけられてるほどだから。 「アンタが腹切りゃウチの家族が死なずに済んだんだ」 って。
 でも当時の常識から言うと、藩主が首差し出すのは行き過ぎ、という感じなのかな。 長州にしたって家老3人の首を差し出してようやく赦免、という感じでしたから、田中土佐が自刃の際に神保内蔵助に話したように、「最初から我らの腹を差し出しておれば」、会津は悲劇を免れたかもしれない。 いや、京都守護職の時点ではなくて、新政府に対して恭順を示そうとした時点でですよ。
 容保の意識では、恭順をいくら示しても相手は自分の首を狙って攻めてくるではないか、藩主の首などもってのほかだというのに、ならば最後まで抵抗を貫こうではないか、…という感じなのかな。

 容保公は戦局が進むにつれて、「我に忠義を尽くせよ」 という感情が膨張していっているように感じる。 こういう側面って容保公の場合もともとそんなに強くなかったような気がするのですが、やはり戦いが熾烈を極めてくると、家来たちの忠誠心を自らにより強く集中させる必要性が生じてくる、と思うんですよ。 冒頭に 「バトラーズ・ハイ」 などと形容しましたが。

 「三郎のかたきを取る」 とか、だれしも自分の大切な人を殺されたら 「復讐」 の気持ちが生まれることは当然です。 ここでは、悲しみと怒りの感情が混在する。 「かたきを討つ」 という行為って、やはりどこかで人間の感情を揺さぶる作用があるように感じます。 「忠臣蔵」 もそうだけど。
 「悲壮さ」 というものがそこにはついてまわり、限りなく復讐の行為を正当化させていく。
 これも 「バトラーズ・ハイ」 のひとつなのかな、という気がする。

 でもこのドラマでは八重に、「憎しみのための殺戮」 について試行錯誤させる余地を作っている、と感じます。
 戦闘の真っただ中で、八重に、「鉄砲は殺戮の道具だ」 という父権八のかつての言葉を思い出させたり、八重に新政府軍の敵を至近距離で撃たせたりしている部分です。

 そりゃ目の前だったら、それって 「的」(まと)ではなくて 「自分と同じ人間」 ということをいやがおうでも気付かせますからね。 「命中!」 なんてイッチョアガリみたいに言えなくなるはずです。
 でも八重が実際にそういう場面に遭遇していた、として、果たして現代人と同じような人道的なことを考えるのかな、と私は考えてしまう。
 このドラマでは、ほかにも新政府軍の大山巌とか板垣退助とかにも人間的な部分があるのだ、ということを、まるでバランスを取るために挿入している気がするのですが(その点世良修蔵の描写はカンペキなワルモノでしたけど…笑)、彼らにしたって 「バトラーズ・ハイ」 に陥っている状態で、果たして 「女子供まで戦闘に加わっているのか」、みたいな躊躇をしていたのかどうか。 確かに御武家の、頼母の家族が揃って自刃しているところを見れば、それはもののふの気持ちで見れば、自分たちの行動を振り返るよすがになるかもしれないけれど。

 白虎隊自刃の場面でも、鶴ヶ城が燃えていると勘違いして自刃してしまうという解釈を採用せず、「もはやここまで」、という気持ちから、もののふとして最高の死に方である腹切りを選んだ、という描写をしている。 ここにも 「バトラーズ・ハイ」 が含まれているような気がするのですが、「いくさ」 という非日常的な状況が、いたずらに 「悲壮」 という側面を肥大化させていき、普通では考えられない行動を取らせてしまう、そんな面がこのドラマでは強調されている気がするのです。

 しかしいっぽうで、このバトラーズ・ハイは、どこかで 「非日常を愉しむ」 という側面も持っている、ということをこのドラマの作り手は描くことも忘れていない。

 たとえば二本松少年隊の回でも、「八重の桜」紀行で紹介していたような、一種の 「修学旅行気分」 という少年たちの様子が描写されていたし、鶴ヶ城に籠城した女性たちの炊き出しの様子や敵の弾を味方の弾にしてしまう作業の楽しさ、凧あげをする様子とか、悲惨さばかりが強調されているわけでもない。
 そのひとつのハイライトが、第27回 「包囲網を突破せよ」 での、山川大蔵の彼岸獅子を巧みに使った無血入城だったのですが、こういう 「なんだコリャ?」 みたいな、牧歌的とも言えるエピソードは、私に大昔の源平合戦の、那須与一を思い起こさせます。

 あげくの果てに、「冗談だろコレ?」 みたいに感じたのは、佐川官兵衛が殿からの杯で酔っ払って寝てしまって朝駆け攻撃に遅参してしまった、というエピソード。 コレ 「牧歌的」 じゃ済まないだろ(笑)、みたいな。 ほっとくなよ、みたいな(笑)。 誰か起こせよみたいな(笑)。

 現代日本の常識が当てはまらない、という点でちょっと蛇足的に書いておきたいのは、こないだNHKBSでやってた歴史討論番組でやってた、会津藩がドイツ(当時のプロシア)に北海道(蝦夷地)北東地域の売却を打診していた、という話です。
 会津藩が京都守護職のために慢性的な財政難に陥っていたことはこのドラマでも強調されていますが、それを打開するためにこの戊辰戦争のさなかに、当時幕府から預かっていたのかな、なんかで統括していた蝦夷を売る話を持ちかけていたらしいんですよ。
 これって現代の日本の常識からいうと言語道断の話としか思えないんですが、当時の領土感覚というのは、日本のカテゴリに蝦夷が含まれてなかったんだろうな、と。
 これって 「会津藩、売国奴かよ(笑)」 みたいな話じゃなくて、そこまで逼迫していたんだろうな、と感じるし、会津もバカ正直だけじゃなくて、したたかに動こうとしていた、ということでもあるんだろうな、と。
 で、その番組によると、そのお金で最新の兵器を買いつけて海路新潟(越後)経由で持ち込もうとしていたらしい。 このドラマでも時々 「越後」 の地名が出てまいります。 そこまで見据えて越後の地名を出してるのかどうかは分かりませんが、かなりこのドラマの脚本家さんは調べてるな、という気がいたします。

 結局そのBSの番組では、ヨーロッパ諸国が日本を植民地にできなかった要因が、欧州全体のミリタリーバランスがギスギスしだしていたみたいなことにあると指摘していましたが、それって第一次世界大戦につながっていく話じゃないの、とちょっと身震いいたしましたね。

 いずれにしても、小賢しいことをここまでグダグダと書いてまいりましたが、

 …。

 正直言って毎回泣いてます!(ハハ…) もうボロボロですっ!(ハハ…) もう見たくない!(これ本音)。

 二本松少年隊の回ではもう目が腫れました。 そして白虎隊。 中野竹子(黒木メイササンの悪いイメージは、これで個人的に完全に払拭されました)。 そして頼母の家族たち(あのあどけない女の子…)。 妻の千恵。 神保雪。 田中土佐と神保内蔵助。 そして今回、砲弾の爆発を防ごうとして失敗した、大蔵の妻、登勢。 一瞬助かったと思っただけに、かなりのショック。 どうなったのでしょうか。

 いずれにせよ、死んでゆく者たちが、みなそれぞれにかなりのインパクトで迫ってきて、涙を禁じ得ません。
 山本覚馬の国を思う気持ち、会津を思う気持ちにも泣けてきます。
 もはや坂本龍一サンのテーマ曲が流れてきただけでも泣けてくる(ハハ…)。

 それにしても戦闘シーンがすごい。 すごすぎる。

 近年の大河ドラマはこれに比べれば皆フヌケのオコチャマレベル。 しかも戦国時代の大河でフヌケなんだから何をかいわんや、です。 いや、「でした」。

 このドラマは、「戦闘シーンが残酷だからって自粛する必要などない」、ということを世間に表明しただけでも、近年かなり有意義な大河ドラマだ、と感じるのです。

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コメント

わーい!レビューだ!お疲れ様です。

でも、眠いので今日は、感謝、感謝!で失礼します。

官兵衛さんの寝坊。というか、もっと早くに誰か起こせよ!蹴飛ばしてでも!

でも、これって、会津が出遅れたという象徴なのかも。時を逸した事の。軍備でも、時勢の判断でも!容保さんの出処進退でも!

では、おやすみなさい。

投稿: ささ | 2013年7月15日 (月) 00時33分

ささ様
コメント下さり、ありがとうございます。

タイトルが長すぎる、このレビュー…(笑)。 お待たせしたあげくに、なんかワケの分からないシロモノで(ハハ…)。
暑さでど~にかなりながら書いてるので、80年後の日本とリンクとか、ヘンな論理が展開しております(笑)。

起きろ官兵衛!(爆)

投稿: リウ | 2013年7月15日 (月) 09時18分

>山川大蔵の彼岸獅子を巧みに使った無血入城
これは、もうちょっと官軍側の視点も見てみたかったです。
見抜いていたけど攻撃は無粋とか
地の利を生かして少数のゲリラ戦をやられるより、
包囲網の中で兵糧攻めを加速させてやろうとか。

投稿: 巨炎 | 2013年7月15日 (月) 09時52分

リウ様
おはようございます。

この下品な暑さの中(笑)、密度の濃いレビューありがとうございます。

確かに、追い詰められた集団の中では、過激な主戦論が場の空気を支配していくもので、それは会津も、そこから80年後の日本も同じなのでしょうね。その中で、「退くこと」を主張することが、いかに勇気と覚悟が要ることか、そのあたりも頼母の出立の場面でしっかりと描かれたいたのはよかったですね。

容保公は、結局、徳川幕藩体制イデオロギーの呪縛から、最後まで逃れられなかったのか、とも思います。元々が、そのイデオロギーを体現する者として、幕府の忠実な臣たる会津の藩主におさまった、という面もありますし。新政府軍に下るということは、それを全否定し、自分が拠って立つものを無にすること。京都守護職になったあたりでも書いたのですが、もし、容保公が、じもっティーのお殿様だったら、会津の運命も違ったものになったのではないか、と、思う次第です。

官兵衛さんは・・・あれはポカでは済まされんでしょうね(笑)まあ、有名なエピソードのようですし。逆に、出遅れたことで生き延び、そのことが今後の官兵衛さんの生き方にも大きな影響を与えていくのではないか、と思っております。

投稿: Zai-Chen | 2013年7月15日 (月) 12時13分

会津の戦争で会津にとって一番の痛快事だった、山川大蔵の彼岸獅子入城も、恭順の最後のチャンスをふいにしたところもありますよね。頼母さんが説得してるところに援軍入城という形でこのドラマでは、見せていました。痛快な事も、会津をこれ以上傷つけないで戦争を終わらせたいと思っている頼母にとっては、間の悪い事この上ない。多分新政府の痛手より、結果的には会津にとって、恭順降伏の時期を逸した痛手として大きかったと思います。「日本にはまだ戦艦大和があるから大丈夫だろう」って、沖縄を取られても思ってるのと同じ。

新政府側は、とにかく無駄な戦闘はしない作戦のようです。籠城戦と決めた時点から、会津の拠点を一つずつ潰して行く。大蔵が守っていたところは、新政府側は大苦戦していたのですから、入城してくれて有難かったかも。

市街戦で負けていたら、ゲリラ戦しかないのに、朝寝坊なんて!地の利も何もない!弾薬庫もすでに取られてしまってるし。砲弾を濡れ蒲団で消す、というのも、戦争の末期的状態。敵の砲弾の再利用で砲弾作り。

頼母さんが「道があるんだ。」会津人として、彼の譲れない思い。西田敏行、素敵でした。秋月の解説もナイス!抗戦派が主流の時に恭順を説くのがどれほど困難か。史実では頼母さんが城を離れ、城下を去った時、梶原平馬か、容保さんかの命令で刺客が向けられたらしいですが、任務にあたった人が、頼母親子を追わなかったらしい。彼の道は、秋月のように認めている人も多かったのじゃないでしょうか。

八重さんのたくましい戦いぶり。それを見て、お父さんが「一度も、認めてやらなかった。」言ってるのが。ちょっと泣けました。親が子を認めると、だいたい死亡フラグじゃないのぉ〜!

そこに子役の八重さんの民放からの逆輸入もありましたね。あの子、本当に可愛かったですね。眼がキラキラして。

来週はいよいよ開城のようですね。容保さんはどう決着をつけるのか、つけられずズルズルなのか。八重さん達家族もどうなるのか。

ただ、ごきげんよう岩倉具視が、兄さまに面会。兄さまの行政への知識が生かされる時が、戦争終結と共にきそうですね。しかし、八重さん、新島襄の奥さんに本当になるの?心配になってきました。時がない。(笑)まあ、最悪、最初の解説で草笛光子さんのナレーションかしら。(笑)


投稿: ささ | 2013年7月15日 (月) 13時21分

巨炎様
コメント下さり、ありがとうございます。

考えてみれば、無血入城はかなり奇妙な話です。
新政府軍側の動きもちょっと入れといたほうがよかった気もいたしますよね。
ただそこらへんの話がなかったことで、私は那須与一を連想したのかもしれません。 説明されることで現実味の帯びた話になってしまうのではなく、説明されないことで 「戦場における奇跡」 を演出しようとしたのかもしれません。

投稿: リウ | 2013年7月16日 (火) 12時13分

Zai-Chen様
コメント下さり、ありがとうございます。

どうも知ったようなことばかりで小難しいレビューですが、この大河、1回1回ごとのレビューだと、あんまりここらへんの感想が導き出せない気がいたします(手前味噌ですが)。

たとえばおとといの 「自慢の娘」 の回では、八重がとっさにとった行動がみなの危機を救ったと同時に、八重が教えたことによって登勢が死んでしまう(死んでしまうようですね)。 かつて八重が鉄砲を教えたことによって、やはり戦場に駆り出されなくて済んだ少年たちもいた。
ここらへんの展開の解説がレビューとしては妥当。

さらに城を出てゆくときの西郷頼母が八重に言った言葉も、レビューとしてはおいしいところです。

そしてツッコミどころは官兵衛の遅参(笑)。

しかしここらへんって、かなり感想が導き出されやすいのです。 どうもそれだけ書くにはなんとなく、物足りない。 ドラマブロガーとしてのサガなのでしょうが、困った性癖です。

私がこの連休を利用して集中視聴しながら思ったのは、やはり鳥羽・伏見で敵前逃亡してしまった容保公が、その後自らを反省しながら、どう考えて徹底抗戦の道を選んでいたのかな、ということです。

そしてもう一点は、八重がいかにして 「おなごがいくさ場になんて」、という当時の常識中の常識をかいくぐって、戦いに参戦したのか。

今回の当レビューでは、そこんところを見事に書き忘れました(暑さのせいです…笑)。

投稿: リウ | 2013年7月16日 (火) 12時29分

ささ様
コメント下さり、ありがとうございます。

ズブンのレビューが小難しいせいで、ささ様にはお仕事で忙しいにもかかわらず、かなり濃密なコメントを書かせてしまい大変恐縮です。

あ、ズブンと言っても分がんねが(笑)。

私が 「八重」 を見ていて不思議に思うのは、「恭順恭順、って言うけど、その性格っていったい何?」 ということです。

結局来週では容保公の降伏が新政府軍に受け入れられるみたいですけど、「でも最初っから会津は恭順の意向を示しているんだよね?」 と思ってしまう。

新政府軍は恭順のどこが許せなくて、そして降伏のどこを容認したのでしょうかね。
来週を見てみないことには分かりませんけど。

ドラマを見ている限りでは、新政府軍を操っているように見えるごきげんよう(笑)をはじめ、西郷吉之助も口ではうまいこと言ってるけど結局反乱軍の象徴として、スケープゴートに会津を選んでいる気がする。 勝もそこらへんゴニョゴニョ、とゆー感じで(笑)。

そしてそのスケープゴートが、榎本や土方に照準が変わっていって、最後は函館まで行ってしまう。

ごきげんようは、見ていてキッタネエなコイツ、という印象がぬぐえません(笑)。

春嶽から 「あんたらの新しい政府は出だしからして間違ってる」 などと言われてたわけですよね。

それが、山本覚馬の管見を(この字でよかったのかな?)見て国家100年の計をそこにあざとく見出して、いいとこどりしよーとしてるんじゃねーのコイツ、という感じでした(ハハ…)。 「な~に三権分立、学校の制定に感心してんだよ、今の世の中から見ればそれは常識だけど、アンタそこを卓見だと見抜くくらいの見識があるのかよ?」 って思っちゃって。

このドラマを見てたら、私はけっして昔、500円札を使おうという気にはならなかったでしょう(なんか怒りの矛先がここんところごきげんようにすべて向かってます…)。

黒木サンはもうイメージ回復したので(笑)今度は小堺サンのイメージ回復を願いたいところですcoldsweats01

投稿: リウ | 2013年7月16日 (火) 12時49分

あの、100円札の板垣退助はよろしいんですか?会津攻めの司令官ですけど?(笑)

ごきげんような岩倉具視、美味しいとこどりしそうですよね。春嶽に歪んでる!って文句言われてるくらいだから、きっと身内からも言われてるはず。新政府側だって、一枚岩とはいかないはずなので。だから会津戦争も求心力を高めたり、不満の矛先を向けさせる意味が岩倉具視達にはあるのかもしれません。中国や韓国の反日を悪く言えませんね〜!みんなやってるのだから!国内をまとめるには戦争!

でも、お城で凧揚げしていた少年達の一人が、文仁妃紀子様の曽祖父らしいです。つまりあの凧揚げは平成の次の次の御代に繋がる、とっても意味のある凧揚げだったようです。すぐ総攻撃になったので、やばいんじゃないかと私は思ったんですけど。(笑)将来、会津の血をひく天皇を戴く事になりそうです。最も私はその御代に生きてるかどうか(笑)未来の天皇陛下はまだ小学一年生。凧揚げして、城内の人達を鼓舞した、彼のひいひいお爺様も、小学生くらいでしょう。大阪市長をされたそうですよ。

会津は賊軍となって敗北したかもしれませんが、将来の天皇の血筋になったのですから、出口はちゃんと未来に繋がっていたのではないでしょうか。きっと八重さん達にも出口はあるのでしょう。八重さんが銃を下ろす時、また、ドラマが始まるのでしょうか。でも、3分の2は会津でしたね。立派な会津大河ドラマだと思います。

投稿: ささ | 2013年7月16日 (火) 21時37分

>新政府軍は恭順のどこが許せなくて、
>降伏のどこを容認したのでしょうかね。
そりゃ、攻める側は武器を持って恭順といわれても信用できないし、攻められる側は皆殺しにされるかもしれないのに武力放棄なんて出来ないものでは?20世紀の冷戦もこの心理の裏返し。

>いいとこどりしよーとしてるんじゃねーのコイツ
リウ様、結果的に岩倉さんを褒めてます。覚馬の見識を認めるには、岩倉の側にも相応の見識が必要(もっとも「管見」自体が福沢諭吉著「西洋事情」の影響が大きいので岩倉もそちらを見ていた可能性もある)だし敵側の人間であっても良い所は取り入れるというのは柔軟さの表れ。「ならぬことはならぬ」の一点張りで覚馬や頼母の言葉を中々、容れなかった会津上層部とエライ差。

吉田松陰が述べた
「事を為す時、人は皆、狂気」は西郷が、
「国家百年のために藩の枠を超え」は岩倉が、
それぞれ実践しているというのは
山本さんは暗に会津を突き放している?

ちなみに実話の覚馬の捕虜待遇はもっと良くて、「管見」に先立つ「拙見」(第22回参照)では「会津は薩摩に比べて時代遅れだが悪気は無かったので公正に裁いてやってくれ」的嘆願書だったらしいです。ゴマすりや自分の意見をなかなか容れない自藩への鬱憤をあったかもしれませんが覚馬本人は実は薩長史観だったりして…。

こういう史実を踏まえると、覚馬と西郷の交流、権八に鉄砲を撃つのを見咎められた八重という序盤の展開をもっと生かせなかったものでしょうか。
あんつぁま大好きで覚馬の言葉で語っているだけの八重と父が前半で何度も対立。しかし第28回の頃には八重の中に亡くなる父の会津土着精神が根付き、一方で故郷の惨禍を直接、見ていない覚馬は西郷にどんどん傾倒していく。京都で再会した二人のすれ違いは数年後の西南戦争で顕在化するとか…。

どうも会津の人々全員を「会津」のカテゴリーで括って綺麗に描こうとしている所があって、「カーネーション」や「平清盛」のように欠点を魅力的に描く思い切りの良さが感じられないのが辛いです。

投稿: 巨炎 | 2013年7月16日 (火) 23時45分

ささ様
コメント下さり、ありがとうございます。

板垣の100円札、私知りませんもん(ハハ…)。 世代的にどうなのかなァ、昭和40年生まれのズブンのような人が板垣の100円札に出会う確率、というのは。 地方に行けばまだ確率は高かったかもしれません。 でも福島県人はそれ使うのかなり抵抗あったでしょうね(笑)。 それに比べれば野口英世、なんて隔世の感がございますね。

私は板垣がどういう人物かも知らないから、ただ単純に、小学生のときは 「板垣死すとも自由は死せず」 の、戦後民主主義の先駆けとなった人物として認識していたような気がいたします。

文仁妃と言われて誰だかとっさに思いつかないワタシ(笑)。 あ、キコ様かぁ。
そう言えばこないだの 「自慢の娘」 の回で、いつの間にか、みたいな感じで元号が明治に変わっとりましたが、明治天皇の影など微塵も出てまいりませんねこのドラマ。

会津の人たちにとってみれば、元号が変わったなんてちーとも気付かない出来事だったのだと思いますが。 なにしろここ数回で、たった1か月くらい?の出来事をずーっとやっている、というのは、私も大河を見ていて初めてのような気がします。 これは大震災・原発事故で被災されたかたがたの実感的な年月の長さと比例しているような気がいたします。

投稿: リウ | 2013年7月17日 (水) 13時38分

巨炎様
コメント下さり、ありがとうございます。

まあズブン、頭が悪いもんでご容赦くださいまし。 頭が悪いクセに知ったようなことを書いてますしねgawk

と、ちょっと巨炎様の鋭いツッコミに結構拗ねたような書き方してますがcoldsweats01ゞ、このドラマの主眼というものは、大震災・原発の被災者の方々に向かっている、復興へのエールなのではないか、と私は考えます。

だから登場人物を比較的良心的に(悪く言えば甘く)描こうとしているのではないか、と。

私が 「八重の桜」 に涙しながらもどこか物足りなさを感じるのも、そういうところだろう、と思う。 1回ごとのレビューをなかなか書く気になれないのは、何度も申し上げているように、簡単な感想しか導き出されないことによるからです。

ただ、このドラマが復興へのエールを主眼としているならば、ここまでのストーリーは、いわば避難生活の塗炭の日々とも言えるし、明治期に入ってみながそれぞれの道を探って再び歩み出そう、とするのならば、それにはひとりひとりがどういう気持ちで立ち向かったらいいのか、ということを一緒に考えていくようなストーリーになるのではないか、と私は考えています。

その点では、そりゃ取捨選択されてる部分もあって都合のよい話になっている側面もあるけれど、「今の日本、あまりにも冷笑主義的すぎる。 『ならぬものはならぬ』 でバカ正直で生きる生き方があってもいいのでは?」 と私は思うのです。 このドラマの主眼はそこにあるのではないか、と。

そして肝心なのは、自分のまっすぐな気持ちに正直に、そして投げず、腐らず、バカ正直と言われてもいい、一生懸命前を向いて生きていくことなのではないか、と。

まあまた知ったようなことを申し上げてしまいましたがsmile

投稿: リウ | 2013年7月17日 (水) 14時04分

お年玉に百円札をもらってました(笑)1966年には硬貨が出てきたそうですから、リウ様は百円札は使わなかったですね。(笑)お若い!私ゃ、宮崎の田舎者なので。(笑)

岩倉具視が小堺さんになって、いやらしさが際立っておりますね。ごきげんようとのギャップが凄い(笑)会津からしたら、腹立たしい事でしょう。

八重の桜、史実てんこ盛りなので、いろんな会津の悲劇を多角的に描いているから仕方ないのですが、ぶつ切り状態で繋いでいくので、こっちの感情もぶつ切りに。だからか、竹子さんや、修理夫人の死に感情移入できませんでした。ゴーリキーちゃんの逃げ回っている様も。大変だと思うけど、戦闘中の八重さんを撮せ!って思ってしまって。藩士もその家族も皆、巻き込まれた戦い描いてるのはわかるのですが。

ちょっと、海賊王の馬鹿馬鹿しさが懐かしくなったりして。清盛と義朝の一騎打ち。川の流れ、静かに清盛の背中を撫でて、竹林を抜けて行く風。懐かしい(笑)

二日ほど残業して、少々くたびれております。たいしてお金になるわけでもないのに。(笑)思いつきで働くもんじゃないな〜といい加減な自分を反省しております。(笑)


投稿: ささ | 2013年7月18日 (木) 07時46分

ささ様
コメント下さり、ありがとうございます。 返信が遅れまして申し訳ありません。

バイト、お疲れ様です。 このクソ暑い時期を選んでお仕事されるのですから、そりゃもう肝っ玉据わってますよ(ハハ…)。 おとといあたりまで涼しかったのにまた暑くなり出して。 「暑さ寒さも彼岸までだ…」 とぶつぶつつぶやきながら、私も仕事しております(笑)。 彼岸まであとふた月とチョイ…(はぁぁ…)。

しかし近年じゃ彼岸どころか、体育の日までつー感じですよね(笑)。

大河ドラマってどうも盛り込み過ぎる傾向が、どの脚本家のかたにもあるように思えます。 あれもこれもと欲張って、結局どれもこれも中途半端、とか。 「江」 の場合は全体的な計画からして破綻してましたけど(爆)。

でもそのなかで、テーマというものはしっかり出してかなきゃいけない、という意欲はあると思うんですよ、どんな脚本家さんでも。
今年の大河を見ていて思うのは、作りが会津の気風と同じく、かなりまっすぐだ、ということ。 だから物語的な深さというものを必要以上に掘り下げようとしてない気がするし、かなりオーソドックスな演出で固めている感じ。

だからありきたりの感想しか思い浮かばないんですけどね。

でも感動してないか、というと、私の場合は感動してます。
毎回泣いてるのはその証拠。
でもそれってご当地びいきかもしれないし(笑)。

剛力チャン家族も要らないよーな気もするけど、でもお城に入れなかった人たちの象徴でもあったんだな、という目で見てます。

投稿: リウ | 2013年7月19日 (金) 12時48分

もう土曜日ですね。明日、いよいよ開城するみたいですね。勇ましく戦うよりも、降伏を受け入れる事の方が難しいものですが、容保様はどう対処されるのでしょう。

ゴーリキーちゃん家族のようにお城に入りそびれた人達もきっといたのでしょうね。ゴーリキーちゃんは書店さんでの演技より、八重の桜での演技の方が、可愛いです。何かとごり押しと言われておりますが、役が役者を育てる場合もあるし、大河ドラマはそういう舞台でもあるので。彼女の声。うまく生かせるお芝居に出会えるといいのでうが。

もう眠くなっちゃった。日曜日はバイトは休み。気力充実で八重の桜を見ます。(笑)でもへばっててもいいように一応録画しておこうと思います。

投稿: ささ | 2013年7月20日 (土) 21時59分

リウ様、今日は選挙の開票速報のために、八重の桜、7時10分からの前倒しになってます。地味な選挙が急に私の身近に。良かった。録画のために確認しておいて。しかし、早く開票しても、世界的にも国内的にも、なんも変わらんと思うんですが。ドラマの会津戦争の終結の方がインパクトがあるんじゃないの。ー崩壊寸前の城を見て八重は少し微笑む。そして放った一言。ー新聞の解説です。ドラマの八重さんよりも、政治家の言葉は私達の魂を揺さぶる事が出来るのでしょうか。自公安定政権と、民主党のジリ貧でしょ。(笑)共産党が第3党にでもなったら、おったまげるかも!まずないし。(笑)でも、無関心は無責任になりますからね。放送時間に注意しましょう。(笑)

投稿: ささ | 2013年7月21日 (日) 10時27分

録画したのを見たのですが、私、初めて、八重の桜で泣きました。いきなりの貫地谷しおりさん!の迫真の演技!「お登勢様が」といいながら、ぐしゃぐしゃの顔!龍馬に見惚れてたおさな様とはまた違う!貫地谷しおりさんは今回、全ての場面で、八重さん以上の演技(笑)でした。もちろん八重さんは八重さん!主役の落ち着いた演技ですから。

容保さんの生き残りについても、汚名をそそぐために、生きて証明する。という見解が八重さんより示されました。が、殿様に切腹を思いとどまらせる進言をする八重さんに、ちょこっと違和感が。だって、そうなると、柳沢慎吾が死ななきゃいけないのは、八重さんのせいじゃないかい。とか、「生き残って、会津が逆賊でない証明をしろ!」っていうのは、容保さんに十字架を背負わせる事でもありますね。まあ、来週、あばよ!切腹がおかげで執り行われるようです。開城のため家臣の前を歩いて、城を出て行く容保は、十字架をせおっているかのようでしたよ。

八重さんと川崎さんとの別れも、川崎さんが八重さんを守ろうとして、という形に落ち着きました。川崎さんが初めての会津弁で八重さんと語り合うところで、じーんとしました。二人は夫婦なんだなあ。夫婦だから、別れたんだなあ。

とってもいい回でした。今までの回で私的には一番!だったです。

投稿: ささ | 2013年7月22日 (月) 07時39分

>柳沢慎吾が死ななきゃいけないのは、
>八重さんのせいじゃないかい。
これは仕方無いのではないでしょうか。
リウ様が書かれているように容保自身、
「藩主が首を取られたら負け」という発想で
八重も同じ価値観の持ち主でしょう。
彼女が守ろうとする「会津」=「お城とお殿様」の図。

この時点で八重は会津の外の世界を知るどころか、
会津の中でも武家社会という狭い枠しか見ていない。
現代の価値観を持ち込んでキャラを歪めない点は
評価できますが主人公やドラマの魅力としては別。
全盛期の大河なら領民出身の八重の幼馴染とか
西郷頼母の次男といったオリキャラを出し、
会津戦争を切欠に決裂して、領民を守る力も政治的判断も
出来ずに自分は生き残った容保や維新後は勝ち組に乗っかる
八重に怒りを向けていく形で作品に幅を出すのですが…。

投稿: 巨炎 | 2013年7月22日 (月) 08時22分

別に八重さんを責めてるわけじゃないんですよ。主人公とはいえ、主君に対して、進言する役目(ドラマ上)になって、脚本が八重さんのせいに仕向けているのが、ちょっと。八重さんが可哀想かな〜と思ったので。今年は会津を舞台にしているけど、会津礼賛でも主人公賛美でもない、淡々とした視線なんですね。


八重さんの考えがほかの生真面目な会津の価値観でも、一向に構わないです。だからこそ、川崎尚之助は、彼女の存在を女だと敵に知らせて、彼女を助けようとしたのだろうし。それが、夫婦の永遠の別れになろうとも。川崎尚之助にとって、八重さんが会津なんだし。

まとまらない。バイトでくたびれてるので。

でも、いい回でした。お父さん役の松重豊さん。渋かった〜!

投稿: ささ | 2013年7月22日 (月) 22時02分

ささ様
コメント下さり、ありがとうございます。 何件もいただいたのに、返信が、誠に、誠に遅れまして申し訳ございません。 出張でPCの前に座れませんでした。 私外出してしまうとネットと交信できるのはガラケーだけで、しかもパケット代モロにかかるプランであまりつなげたくなくて(ハハ…)。 入院のときは目ん玉飛び出るくらい電話代がかかりました(笑)。

私から返信がない上に、巨炎様からツッコミを受けてしまわれて(笑)。 うかつなことが書けないっスよね(笑)。 巨炎様、鋭すぎるんだもの(笑)。 あらゆるドラマとのリンク機能すごいし(爆)。

バイトのほうは順調でしょうか。 私のほうはもうメロメロです(そりゃ出張とか働きづめでは…)。 早よ盆休みよ来い、と念じ続けています(盆休み終わればあと4カ月休みなしってか…)。

で、「アバヨ!は八重の責任か」 問題ですが(笑)、まだ未見なので何とも申し上げられません(笑)。
ではこの感想については、またひと月後ということで、てか(笑)。
いや、おふたりの議論に入っていきたいので、さっそく見させていただきます、が、その前に出張の疲れをいやしたいと存じます(笑)。

投稿: リウ | 2013年7月27日 (土) 13時16分

私も、週5日働くようになったので、疲労困憊です。一日中寝転んでいた毎日だったのに!でも暇期になったのか、残業はなくなりました!(笑)くたびれております。今日も働いて、今は眠いです。zzz。

ゆっくり、お疲れを癒してくださいませ。お休みなさい。(笑)

投稿: ささ | 2013年7月27日 (土) 18時12分

ささ様
コメント下さり、ありがとうございます。

ちょっと最新のレビューのほうを優先いたしました(笑)。
それにしても、週5日ってダイジョーブっスか?
腰のこともありますしお大事になさってください。
ってなんか、35℃とかにはならんけれども、最近蒸し暑いから体調にはくれぐれもご注意。

とりあえず萱野どのはやっぱり八重のせいで切腹、とゆーことで(ハハ…)。

投稿: リウ | 2013年7月28日 (日) 10時28分

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