« ハシモト、最近新着記事が少なすぎるぞ、とお考えのかたがたへ | トップページ | 「激流~私を憶えていますか?~」 最終回まで見て »

2013年8月 4日 (日)

「あまちゃん」 第14-18週 メディアの操作と批判

 東京編に入ってからの 「あまちゃん」。 クドカンサンはアイドル業界というものの魅力を巧みに探りながら、同時に芸能界に対する体系的な批判を加えようとしているような気がします。

 前回レビューでも書いたのですが、メディアミックスが始まって、一挙に社会的な潮流を作ることにこのドラマは成功しつつある。
 見る者を元気にさせるこのドラマ。
 ここ数週、その魅力は80年代アイドルの代表的なふたりである薬師丸ひろ子サンと小泉今日子サンをぶつからせることによって最大級のうねりを生み、そしてその舞台を、現代アイドルの象徴的存在であるAKB48を模した場で行なわせることで、アイドルというものを歴史的に俯瞰できる構造を目指しているように思われるのです。

 しかしそれも今週まで。 主人公天野アキ(能年玲奈チャン)は、この集団的自衛権…じゃなかった(笑)集団的競争システムから脱出し(正確に言うとクビになり…笑)、母親の天野春子(キョンキョン)と共に、新たな芸能事務所を設立するのです。 このドラマが次に向かうべき場所とは、どこなのか?

 かように糸の切れた凧みたいにゆく先の定まらない(笑)このドラマ。 登場人物たちは前回も指摘したように、かなり 「エイヤッ」 という感覚で、そのときの自分の気持ちに正直に、あと先の見境なく、自らの行動を前進させるのです。
 でも作り手の頭の中には、常に北三陸への思慕が存在している。 東北を元気に、故郷を元気に、という、地元復興への強い思いが底流にある。
 その証拠に、東京でアキの心は、北三陸への思いに時々行ったり来たりを繰り返します。 そもそも彼女が所属していたアメ横女学園(アメ女)では、地元(GMT)を前面に出したプロモを展開しようとしているのだし。

 蛇足ですがここでちょっと不思議に思うのは、最初、全都道府県からアイドルを集める、などと豪語していたアメ女のプロデューサー太巻の思惑が、結成当初からかなり急速にしぼんでしまっているように見えること。 結局5、6人しかいね~んじゃね?(笑) だいたい水口(松田龍平クン)みたいなスカウトマンが数十人とかいなけりゃハナから無理っしょ(笑)。 ただ大所帯になったら天野アキなんか埋もれてしまうけど(笑)。

 とにかく 「まめぶ大使」 として東京に出てきていた安部チャンとか、南部ダイバーの夢破れて鮨屋の見習いをしている仮面ライダーフォー…種市先輩が絡み、このドラマは東京編になっても北三陸の匂いから離れることを拒絶している。

 アキが北三陸にいたときに、自分が生まれ育った東京のことなど一顧だにしなかったことを考えると、これは雲泥の差です。
 そりゃヤナ思い出しかなかったからそ~なるのですが(笑)、アキがアメ女の活動にあまり違和感なく溶け込める背景には、GMTのノリが海女クラブのそれに類似していたことも原因ですが、もともとアキが世田谷の下北沢(セリフから類推)という、演劇のちょっとした中心地に住んでいたことも原因として絡んでいるような気がするんですよ。

 メディアミックス、という話に戻ると、このところの 「あまちゃん」 は周辺情報を拡充することで影響力をさらに加速させようとしているような気がするのは、私だけですかね。
 小泉今日子サンがもう、前いつ出たか記憶がないくらいに久しぶりのシングル盤 「潮騒のメモリー」 を 「天野春子」 名義で発売したりすることもそうですが、私が気になっているのは、ユイ役の橋本愛チャンが、アイドルの道を断たれ 「積み木くずし」 化しているのと並行するような形で、現実でも 「第2のエリカ様?」 みたいな報道がにわかになされていること。

 彼女に彼氏がいようがなんだろうがいいのだけれど、このドラマを 「もっと見たい」 と私を前のめりにさせる要因のひとつが、「ユイは大丈夫か?」 という思いなわけで。 これが現実問題でも絡んでいる、となると興味がますます惹かれる構造になっているのではないか、これってもしかして視聴率アップのひとつの策略なのではないか、と思うことがある。

 まあ、たまたまかもしんないけど(笑)。

 このドラマの吸引力を高めているのは、やはりこのドラマがAKB48とそのプロデューサーである秋元康サンに対するちょっとしたパロディ的な、批評的側面を有していることも同時に挙げられる。
 AKB48というユニットというのは、個性が埋没傾向にある現代で物量作戦に訴えたアイドルのひとつの完成形であり、競争原理の導入によって人間の業を増幅させるシステムである、といっていい。
 そこには感動的なドラマが生まれやすいいっぽう、人としての業が抱える齟齬も同時に生まれやすい。 「金儲け」 であるとか 「有名になりたい、人よりも上に立っていたい」「異性とも付き合いたい」 とか。 そんな醜い部分を見るのも、人って悪趣味だから好きなんですよ。 そこも結局商魂に利用されている。

 このドラマのなかの太巻は、さすがに投票券をCDに忍ばすとかアコギなマネ(笑)はしないけれども、「恋愛禁止」 などの項目が有名無実化していることを、このドラマではかなりあけすけに批判している。 「バレなきゃなにやったっていいんだ」、という、「人として」 の道を踏み外している構造が、臆面もなくさらけ出されているんですから。
 でも 「人ってそんなものでしょ、こういうファンへの裏切り行為も見世物のひとつなんですよ」、という部分が見え隠れすることに、世間は嫌悪感を示すわけですよね。 つまり、そういうアイドルの、そしてその発信者のキタナイ面を見透かすことによって、AKB及び秋元康サンに対して、世間の受け手というのは、優位に立てる錯覚を得ることができる。

 この構造というものの端緒は、やはり1980年代のアイドルの変容からきているように思えるんですよ。
 アイドルが1970年代の神様的存在だった時代から 「隣のお姉さん」 という位置に自ら降りてきて、聖子チャンの涙を 「ウソ泣き」 と揶揄しだした世代から、この構造は始まっている。

 だからこのドラマに出てくる往年のアイドルは、薬師丸ひろ子サンと小泉今日子サンという、1980年代のアイドルでなければならない必然性を伴っているように思えるのです。 まあ、70年代アイドルで朝ドラに出せるような人たちってあまり思いつかないけど(笑)。 でも70年代アイドルは雲の上の存在だから、アキたちと同じ批評的土壌に立てる価値観と、ずれてると思う。 ドラマとして成立しないんですよ。 アキの母親になるには高齢出産になってしまうし(笑)。

 「あまちゃん」 東京編のここまでの流れは、そんな視聴者側の批評家眼的ニーズを満足させる大きな魅力を伴っていた。

 このドラマの吸引力を高めているもうひとつの要因は、若き日の天野春子を演じる有村架純チャンに負うところも大きい気がします。

 この子、ホントに若い日のキョンキョンにそっくりだ。 よく見つけたな、という感じ。 しかも現代的な美少女のカテゴリも併せ持ってるし。
 ところが 「あまちゃん」 以外で見つける彼女、ちっともキョンキョンに似てないんだな。 髪形が聖子ちゃんカットじゃない、というのもあるんだけど。
 でも、彼女の存在というのは、キョンキョンが若い頃に同時期を生きてきた男の子にとっては、なんかタイムスリップをしたような甘酸っぱい感覚にとらわれるとても強いファクターなんですよ。

 彼女、役柄的に、当時の女の子たちが持っていた価値観を代表しているようなところがある。
 女性の力が台頭してきた時代の初期にあって、「アバズレ」 から 「ヤンキー」 への過渡期にあると同時に、前時代的なウェット感も共有している。 最近の女の子って、ここらへんのこだわりがなくて、ヤケにカラっとしてるんですよね。 土着的な、因習的なしがらみとは無縁の、次世代的な価値観の中にいる。

 私は別に、特別キョンキョンのファンだったわけではないですよ、確かに。 でもなんか、有村架純チャンを見ていると、自分の若かった時代に戻るような錯覚を覚えます。
 これこそ偶像(アイドル)そのものでしかないんですけどね。 有村架純チャンは、1980年代の住人じゃないから。

 それにしても薬師丸ひろ子サンとキョンキョンとの対峙シーンには、血湧き肉躍りましたね(笑)。

 このふたり、確か過去に映画の2本立てで一緒になったよーな記憶があるんですが、基本的に共演というのは初めてでしょう。
 ふたりとも役柄の上では本人のイメージとかなり違う。
 でもその生きるスタンスにおいて、なんかとても、役柄と本人が近い気がするんですよ。

 薬師丸サンはかつて安全地帯の玉置サンと結婚していた時期とかあって、結局別れちゃったけど、なんとなく 「これだ」 と信じてこの道を歩いていないような感覚。 数年前だったか 「A-Studio」 で 「ここは自分の居場所じゃない」 と思いながらこの仕事を続けてきた、というご本人の証言を聞いて、なんかとても納得した覚えがあります。
 言うなれば、どこかでとても、アバウトな感覚というものがこの人には備わっている。
 それが今回のドラマでも、役者以外のことではとてもオープンでだらしないところとか(笑)天野春子がアイドルになれなかった理由に 「運がなかったのよ」 とアキにさらっと言ってしまうような部分とかに現れているような気がする。

 いっぽうのキョンキョンは、前にも指摘しましたが、どこかで 「アイドル」 という自分の存在を批評家眼でどこか醒めた目で見ているような部分を私は感じていました。 早々に聖子ちゃんカットをバッサリ切ったり、「なんてったってアイドル」 なんてのはその客観的スタンスの最たるもので。
 それが今回のドラマでは、自分の過去を冷ややかに見つめ続ける天野春子のスタンスと被っている。
 天野春子がその過去に置き去りにしてきた、やり残してきたこと、というのが、キョンキョンのそれとどこかで重なる部分を感じるんですよ。
 「娘に夢を託している」。
 ドラマの中で薬師丸ひろ子サンや、喫茶店 「アイドル」 のマスターである松尾スズキサンは、その動機を無責任に論じます。
 簡単にそうとは言い切れないであろうことを、視聴者は容易に考えることができる、でも、それが何なのかは、視聴者にも当の春子にも、今のところ分かってない。 「娘をアイドルにする」、という動機はチラッと語られていたけれども、それだけじゃないことを、見る側は予感したりするのです。
 アキが本物のアイドルになった時点で、天野春子はキョンキョンとしての忘れ物を、同時に見つけることができるのではなかろうか。 そして天野春子として、このドラマがこれから遭遇するであろうあの大震災後に、アイドルとはいかなるものであるかが、理解できてくるのではないか。 そんな予感がするのです。

« ハシモト、最近新着記事が少なすぎるぞ、とお考えのかたがたへ | トップページ | 「激流~私を憶えていますか?~」 最終回まで見て »

テレビ」カテゴリの記事

コメント

リウ様
こんばんは。

お忙しい中、力のこもったレビューありがとうございました。

確かに、アキや春子が思い描くアイドル像は、AKBに代表される、現代の「アイドル」とはちょっと違うようです。特に、今週の展開は、その違い、ズレというのが、春子VS太巻のバトルとなって顕著に表れたと思います。「普通にやって、普通に売れる物作りなさいよ!」という春子の啖呵は、「普通が一番つまらない」という太巻の言葉と対をなすものでありますが、同時に「普通にしていても人が集まってくる、皆が笑顔になる、そんなアイドル見つけて来なさいよ!」と言っているようにも聞こえます。まあ、アキがそんなアイドルかどうかは、今のところまだ未知数なのですがね。

東京に出てきてからの春子さんの行動には、結構色んなとこから(と、いってもネットの中ですが)、批判が集まっているようです。確かに、常識的には考えられない事ばかりやってましたね。先週の春子さん(笑)。ただ、私にはその行動のイタさや、みっともなさが、あの時代に、自分のやり残した物の重さとして感じられたのですが、こんな私はあまちゃんなのでしょうか?(笑)
でもですよ、鉛筆についた消しゴムでトークバックボタンを押して指示を出すとか、今時“プロデューサー巻き”より珍しくなってるであろう80年代ギョーカイ人的粋がり方を、「小泉今日子」にさせているということは、クドカンも敢えてやってると思うんですよね。

GMTのボーカル加工に春子がブチ切れた件も、確かに、あの子たちの生歌より良くなってるような気はするし、駆け出しのタレントの承認を、太巻のような大物プロデューサーが事前にイチイチ取るとは思わない。しかし、春子が怒ったのはそこだけではない。それは、1万枚売れなければ解散というあざとい商法に対してでもあるし、レコーディングには顔も見せず、後から雑誌の袋とじ破りながら(ま、これは春子の知らない事ですが)、チョイチョイっと加工して一丁上がり。それでいいの?と問うているように思えるのです。これは、春子を通じてクドカンが、と言った方がいいのかもしれませんが。

鈴鹿ひろ美の時には、それでも何とかひろ美を売ろう、売りたいという熱が、太巻から感じることができました。でも、袋とじを破りながらGMTの歌を聞き流す太巻にそれはなかった。あるのは、効率よく金を稼ぐ小細工と、業界内での自分のポジションだけ。アイドルって、そんなところから生まれてきていいの?って、これはクドカンからの問題提起にも見え、春子にとっては、そんな熱の無い処に、自分の娘と、やり残した過去を預けておくわけにはいかない、と思ったんでしょうね。

ただ、じゃあ、あんた方が目指すアイドルって一体何のよ?という問い掛けに対しては、アキは勿論ですが、春子ですらもよく分かっておりません。ただただ、勢いだけで娘を引き上げて、個人事務所作ったわけですから。その答えは、アキが今後何をするのか、どうなるのかを観ることによって分かっていくのでしょうが、まあ、これを「一貫性がない」「行き当たりばったり」と怒りながら観るか、「困った人だね~」と口では言いながら笑って観ることができるか。そのあたりでこのドラマに対する評価は分かれそうですね。

無論、私は、後者なのですけどね。

Zai-Chen様
コメント連投(あ、結構ブランクあいてたか…笑)下さり、ありがとうございます。

Zai-Chen様、かなりのめり込んで見てますね~(笑)。
私もセリフのひとつひとつに反応しながらレビューを書こうと思ったのですが、このドラマの、ドラマとしての弱さ、というものも同時に感じてしまったので、またまた総論的な話になってしまいました。

確かにこちらの琴線を強くつま弾くセリフが、このドラマごろごろ転がっています。 そこに辿り着くまでの用意周到さというもの垣間見ることができるし、クドカンサンは行き当たりばったりなように見えて、すごく計算高いことがこのドラマで分かった気がする。

そのうえでこのドラマが弱い部分というものを挙げると、「目的」 と 「実行」 との関係がときにずれを生じる、というところで。

Zai-Chen様も挙げていらした、先週の小泉今日子サンの東京再上陸(笑)後の数々の行動に違和感が付きまとう、という視聴者の見方についてもそうで。

もともと、クドカンサンの物語構築メソッドというものは、「まずこんなシーンをやりたい、役者にやらせてみたい」、という 「目的」 が大前提としてあるように思われるんですよ。

これは週刊誌のご本人の連載に書いてあったことですが、「あまちゃん」 というドラマは、もともと東京にアイドルになりに行く、と言って聞かないヒロインを、地元の 「地域活性化」 という名のもとに、金や欲に目がくらんだ大人たちが必死になって引き留める、というシーンを思い描いたことから出発したそうです。

今回キョンキョンが東京に出てくるシーンでも、クドカンサンは同じようなことを考えたような気がする。

すなわち、「薬師丸ひろ子と小泉今日子を、ドラマ上で戦わせたいっ!」(笑)

そしてその 「大目的」 のために、物語というのは多少の強引さを伴いながら展開していく。

これがこのドラマの、プロット的な弱さに直結している気がする。

私がいちばん感じる違和感は、プロデューサー太巻が天野母娘を徹底的に排除しようとする行動に出ていることです。

これはおそらく、対立軸を鮮明にすることによってじっさいのAKBプロジェクトに対するアンチテーゼを模索しようとするクドカンサンの狙いから、そうしているのだと思う。

でも実際問題として考えると、徹底的に敵になるよりも、こういう過去の不満分子はうまく取り込んだほうが得策でしょう(笑)。

それから、天野アキがどうしてみんなから必要とされるのか、ということを周囲に語らせてましたよね。 アキちゃんがいるからみんな元気になれる、とか。 アイドルになるには人を引き付ける、もう一歩の何かが必要だ、みたいな。

これは天野アキが震災後も物語の中心に居座ることができるための大きな布石だと思うのですが、いまのところの私の実感では、「アキだけがそうなの? 喜屋武チャンも結構そうじゃん」 みたいに思えてしまうところがある(笑)。 ここらへん、能年玲奈チャンの演技力のせいなのか、プロットが弱いせいなのかは分からないけれども。

アキを称える言葉を、ただセリフだけで表現しようとするから、実感を伴って響いてこないんですよ。

でも、クドカンサンは、物語を書いてるとき、結構ワクワクしながら書いてるんだと思います。 「こうしたら面白いよな~、うわ、これって最高」 みたいな(笑)。

でもその 「目的」 を登場人物たちに 「実行」 させるとき、強引にならざるを得なくなる。 これがこのドラマが 「かすかに」 持っている、弱さなのだと感じます。

でも面白いからいーや、なんですよ、基本的に。

そんなに気にすることじゃない。
重箱の隅突っついて(今回の私のコメントがそれですが)グダグダ言いながら見てたら、そんな顔になっちゃうよ、つーか(笑)。

このドラマ、見出すとちょっと止まんないところがあって。

毎日見てたら、すごく先が見たくてイライラすると思うんですよ(笑)。

だから固め見しているズブンの方式って、結構気持ちいいっス(笑)。

今回はこの、「先を見たくて仕方なくなる」、という事をメインに据えて、レビューしてみた次第です。

>太巻の思惑
大吉に見られるような地方の反発が想像以上でアキが最初に上京した頃には死に体企画だったのでしょうね。口を拭ってアメ女の下請けにするぐらいは、やりかねない男だし。

上京した兄から聞いたGMTのアパートの実情でユイは何を思ったか?彼女の転落人生は朝ドラのお約束でしたが、母親の情報が小出しにされて浮上してこないのは、ちょっとイライラします。

結局、私はアイドル業界に興味が薄いせいか最近はながら見かな?アイドルネタは5年前の「だんだん」でもやってまして、タイトルは島根か鳥取あたりの方言だったと思いますが意味は忘れました…。「あまちゃん」は「じぇじぇじぇ」が流行語大賞を取りそうで一応、勢いはありますね。

巨炎様
コメント下さり、ありがとうございます。

巨炎様、かなり冷静に見てますね~(笑)。

「だんだん」、あ、マナカナがやってたやつですね。 まあこれもきちんと見てなかったですが、AKBみたいなアイドルじゃなかったんじゃないかな。 今回は、AKBを俎上に乗せて批評を加えている点が、目新しい気がします。 「だんだん」 は 「ゲゲゲの女房」 でも初期の島根編のときは頻繁に使われてましたよ、「ありがとう」 という意味です。

「今でしょ!」 は私も、みんなが使っているのを見てから知ったクチで、今回の 「じぇじぇ」 は発信源が特定されてる点で、こっちのほうが当事者感覚がありますね。 流行語大賞にはこっちを選んでほしいものです(?)。

ユイにイライラ、私もです(笑)。

リウ様、こんにちは。
御無沙汰しております。

残暑御見舞い……と、申し上げるべき処でしょうが、
此の酷暑では季節感が破壊されてしまいそうで、挨拶の言に
迷ってしまいます。

あまちゃん感想・ビルディングストーリーの否定?>
主役のアキや母の春子が「大人げない」のは兎に角も、
所謂「社会を支える柱」とも言える大吉や政義等、
北三陸の大人キャラの「大人げなさ」に??の状態です。

彼等はドラマの構造上「ヒロインの後見役」を担っている
と思われる筈なのに、それを放棄しての小ネタ披露三昧。
辛うじて夏さんの「海女クラブ」や漁協、勉さんが踏ん張って
いますが。

おそらく一歩も三陸から外に出て揉まれた経験が無い侭、
地元で就職し無意識に「お山の大将」状態してる弊害なのでは?

宮藤作品は不明なので、はっきりと感想が述べられませんが、
キャラの成長、成熟を、トコトン外し捲くっている作風に馴染むか
否かで、此のドラマの好悪を定めている視聴者が多いと思います。
ビルディングストーリー、古いのかな……。

ずぶん、上京した南部OB会長の立場から神視点で、この状況に一喝
したくなったので一言述べて締めさせて頂きます。
「おめえたつ、何やってんだ!?」

M NOM様
おひさでございます。 コメント下さり、ありがとうございます。

重ねてお暑うございます。 この暑さはすでに国家非常事態宣言レベルの暑さだと思っています、冗談抜きで。 政治は暑さで人が死ぬ、という状態をフツーだと思ってはいけない。 直ちに都市の緑地化に着手し、建物はすべてツタで覆わせるべきだ。

と、マジメで荒唐無稽な話から入りましたが、このドラマ、というよりは、朝ドラの宿命として主人公の成長というのは大きなファクターであることは、M NOM様のお感じになる通りだと思います。

ただ、クドカンサンのドラマの傾向として、主人公たちって、一向に学習しないんですよ(笑)。

これってつまり、ズブン達にも言えてることなのかなと思うんですけど、人間ってじっさい、成長なんかしてるのかな?なんて思う時がある。

そりゃ宇宙戦艦ヤマトを見て感じることは、若い時よりもちょっと深かったりすることは確かですよ。 昔よりは見識があるわけだし。

でも、宇宙戦艦ヤマト2199とか平成仮面ライダーとかを見ている時点で、ズブンって成長してないな~、未だにアニメや特撮ヒーローものなんか見てて…、なんてのも、同時に感じたりするんですよ(ハハ…)。

まあそれとは別に、やはり本性、という部分で、人は変わっていかないし、同じ間違いを繰り返していくし、言われても直んないものは直んないし…。

と同時に、いまの世の中、なんかどこか、子供のまんま、ということをよしとする傾向がある気がします。 アンチエイジングは顔だけじゃなくて、心のほうも同じ、という。

クドカンサンの 「主人公たちが全く成長しない物語」 いうのは、そんな 「コドモ大人」 の風潮を、投影しているものなのかもしれない。

ナマイキ申し上げましたが、なんとな~くそんな気がします。

北三陸の人たちも、ずっと変わらない、というのが、アキにとっても受け入れやすいことでしょうし。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/521783/57920682

この記事へのトラックバック一覧です: 「あまちゃん」 第14-18週 メディアの操作と批判:

» 有村架純、キョンキョン似は直々公認 [映像トピックス【バックナンバー】]
女優の有村架純が新CM発表会に出席。朝ドラ「あまちゃん」で小泉今日子演じる天野春子の少女時代を演じている有村。本人からも「似てるかもね」と言われた部分とは?※3:11~「あまちゃん」についてのコメント... [続きを読む]

« ハシモト、最近新着記事が少なすぎるぞ、とお考えのかたがたへ | トップページ | 「激流~私を憶えていますか?~」 最終回まで見て »

2018年11月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30  

BOOKS

  • マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 下

    マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 下
     1600ページも費やして、この上下巻はまだ彼らのデビューまでしか書かれていない。 3部作計6巻のうち2巻に過ぎないのだ。 なんと気の遠くなるような作業なのだろう。  本書はビートルズを語るうえで孤高の一作となるはずだ。 虚飾をすっかり剥ぎ取った、20世紀最大の奇跡に潜む真実が、これを読めば理解されるはずである(当ブログ紹介記事より抜粋)。 本書下巻では、1962年のレコードデビューまでが書かれています。

  • マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 上

    マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 上
     1600ページも費やして、この上下巻はまだ彼らのデビューまでしか書かれていない。 3部作計6巻のうち2巻に過ぎないのだ。 なんと気の遠くなるような作業なのだろう。  本書はビートルズを語るうえで孤高の一作となるはずだ。 虚飾をすっかり剥ぎ取った、20世紀最大の奇跡に潜む真実が、これを読めば理解されるはずである(当ブログ記事より抜粋)。 この上巻ではビートルズの祖先から遡ってリバプールで人気に火が付き始めたところまでが書いてあります。

  • ポール・デュ・ノイヤー: ポール・マッカートニー 告白

    ポール・デュ・ノイヤー: ポール・マッカートニー 告白
    まず驚かされるのが、表紙のポールの写真です。 よくこんなのが採用されたな、というくらい、刻まれた年輪が顕著に分かる 「年老いたポール」。 飾り気のないその写真に、「素のポール」 をあぶり出そう、という心意気が見える。 そして実際、著者のその目論見は、成功しているように思えます。 何より大きいのは、「NME」「Q」「MOJO」 など音楽メディアで長年記者を務めてきた著者がポールと同じリバプールの出身者である、ということ。 さらにポールと同じファースト・ネームであること。 だからポールはまるで自分の分身に話しかけるかのように、時折同郷人にしか分からない言葉で気さくに著者に話しかける。 この本を読む者は、まずその 「不思議なリラックス感」 に包まれるはずです。  本の構成は大きく二つに分かれます。 前半ではビートルズからウィングス、ソロに至るポールのたどってきた長い長い歴史、後半ではポールの人格に迫る試みがなされていく。 そのインタビューは、一気に行なわれたものではありません。 著者がNMEの記者だった1979年のものから、明示はされていないがおそらく2013年、「NEW」 の発売前後が最新のものではないか、と思われます。 実際読んだ感覚では 「キス・オン・ザ・ボトム」 あたりが最新のような気もする。 その30年以上にわたる膨大なポールへのインタビューを、項目によって構成し直しているようです。 ですから、今年(2016年)亡くなったジョージ・マーティンについてのポールの見解であるとか、最新の情報が提示されているわけではない。 ポールの情報というのはこの歳になってもなお日々更新型ですから、その点については物足りなさが確実にあります。 さらに、30年以上というとポールのものの考え方にも変化変遷があってしかるべきだと思うのですが、30年以上をリミックスにかけているからその変化というものがつかめてこないもどかしさがある。 表紙を飾ったポールの 「老い」 という問題にも、この本はきちんと答えてくれているわけではない。 さらに言えば、ジョン・レノンの死について多くが割かれているのとは対照的に、2001年に亡くなったジョージ・ハリソンの死についての記述はない。 正直なところ、このような本を読み漁ってきた身としては、衝撃に値するような情報が書かれているわけではありません。 しかし前述したような、リラックスしたムードのなかでポールと語らっているような疑似体験を共有できる強みが、この本にはある。 この本全体に貫かれているのが、この心地よさなのだ、と思うのです。 その心地よさが乱れるパートがあります。 自身の失敗作、どうでもいい作品について語るときのポールは多分に感情的になりがちであり、イライラした様子を隠しません。 特に 「シークレット・フレンド」 を語るポールのくだりはポールファンなら一読に値する部分でしょう。 しかしそのイライラも、ポールの人間性が垣間見える瞬間としてこの本にとっては必要なパートなのです。 3000円以上と、この本は決して安くはない部類の本です。 ただその値段に見合うパフォーマンスは兼ね備えています。 この本と付き合った1か月足らずの間、心地よい体験をすることができました(アマゾンの自身のカスタマーレビューより)。

  • : レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]

    レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]
    全200ページ程度のボリュームのなかで、キャンディーズに関する特集記事は50ページ。 ただし、これが濃い。 全シングル曲、ほぼほとんどのアルバムの解説は当然として、彼女たちの芸能界における歴史から見た考察、コメディエンヌとしての彼女たち、DVD解説など多岐にわたり、キャンディーズが分析されています。 特に圧巻は、レア音源に関する記述。 ここまで調べている読み物には、個人的にはお目にかかったことはありません。 700円。

MUSIC

  • ザ・ビートルズ -

    ザ・ビートルズ: サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド(スーパー・デラックス・エディション)(4CD+DVD+BD)
    ロック界、いや、すべてのポップミュージックにおけるアルバムの中で史上最高と称され、すでに世界文化遺産の域にまで達しているこのアルバム。 そのアルバムの発売50周年を記念して、スペシャルエディションがリリースされます。 なかでもブッ飛ぶのがこのスーパースペシャルボックスセット。 CD4枚組であらたなリミックスのステレオ盤1枚、モノ盤1枚、初期テイク集が2枚、さらにブルーレイ1枚とDVD1枚で5.1サラウンド、ハイレゾ音源、ドキュメント映像 「メイキングオブサージェントペパーズ」 のデジタルリマスター等々、卒倒するようなラインナップです。 18、000円プラス税と値は張りますが、史上最高の名盤だからこそこれは買い。 5月26日の発売までに予約をしておけば、アマゾンならば値下がりした時に値段がそのあと高騰しても最安値で購入できます。 ビーファンならずとも、これは注目ですぞ!

  • 山口 百恵 -

    山口 百恵: ゴールデン☆アイドル 山口百恵(完全生産限定盤)
    全シングルA・B面プラスボーナストラック(「あなたへの子守歌」)を、山口百恵名義としては初のブルースペックCDとしてリリース。 音はいわゆるドンシャリ系ではなく、アナログ盤に準拠した原音に忠実な印象です。 パッケージングはアナログシングル盤サイズで中袋、CDを納めるケースが完全にドーナツ盤をイメージしています(よく言えば斬新…笑、悪く言えばチャッチイ…笑)。 しかしその発想は買える(笑)。 ほぼ原寸大のシングルジャケットと裏の歌詞カードの複製ブックレット。 ただスキャニングは欲を言えばもう一歩。 当時シングル盤を中心に聴いていたかたなら、この編集盤はかなりの 「買い」 です。 しかしこのジャケット表紙の写真、スッピン風で個人的にはすごく好き。

  • デイヴ・グルーシン&リー・リトナー -

    デイヴ・グルーシン&リー・リトナー: Two Worlds / Grusin & Ritenour
    NHK朝ドラ 「花子とアン」 で美人のスコット先生が夜な夜な歌い、チビはなチャンがすっかり覚えてしまったイギリス民謡、「ザ・ウォーター・イズ・ワイド(流れは広く)」。 このアルバムでルネ・フレミングが歌っていたのを思い出しました。 ルネのソプラノはけっして大袈裟でなく上品で、私のとてもお気に入りのソプラノ歌手ですね。 このアルバム自体は全体的にクラシックにギターのリー・リトナーが絡むフュージョンぽいものなのですが、故・黒田恭一サン評するところの、「大人が聴く音楽」。 胸を締め付けるような哀しみと、すべてを包み込むようないたわりに満ちていて、私の人生のなかでも最上位に位置する愛聴盤です。

  • 桜田淳子 -

    桜田淳子: ゴールデン☆ベスト 桜田淳子~シングル・コレクション
    彼女の活動期に発売されたシングルをすべて網羅したベスト盤。 確かに後年のものほど馴染みがありませんが、選曲漏れがないので、彼女の存在とは何だったのか自体に思いが至るベスト盤です。 音も楽器の音像がよくてなかなかいいマスタリングをしている気がします。 2600円程度で推移しています。

  • ザ・ビートルズ -

    ザ・ビートルズ: ザ・ビートルズBOX(限定生産品)(USBメモリ)
    パソコンにUSB端子があり(たいていついてると思います)、パソコンで音楽が聴ける環境をお持ちの人ならば、聴くことができます。 現在のテクノロジーで最もいい音質で聴ける、ビートルズの音楽です。 ただし国内版にもかかわらず、訳詞とか一切なし。 ジャケットもブックレットもパソコンデータ。 純粋に音楽だけ楽しみたい人向けです。 また、曲間にコンマ何秒かのブランクが入ります。 「アビイ・ロード」 のメドレーも同様です。 しかし、音はさすがに、すごい。 大きな音量であればある程、目の前にビートルズが迫ってくる勢いです。 ツヤが違います。

  • The Beatles -

    The Beatles: The Beatles [USB]
    こちら上記の海外版。 内容的には国内版とほぼ一緒なので、値段が安いこちらのほうがいいでしょう。

無料ブログはココログ