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2013年10月 4日 (金)

「銀河パトロール ジャコ」 ものを作り続けるモチベーションって、なんだろう?

 少年ジャンプ創刊45周年のレジェンド枠として、最初から11回(本編10回+オマケ1回)の予定で連載された、鳥山明氏の新作、「銀河パトロール ジャコ」。 フォルム的に 「ウルトラマン」 を模したと思われる銀河パトロールの 「自称」 超スーパーエリート・ジャコが、地球にやってくる、というお話です。

 鳥山氏と言えば、「ドクタースランプ」「ドラゴンボール」 の作者としてだけでなく、超ヒットゲームソフト 「ドラゴンクエスト」 のキャラクターデザインなども手がけている、もう説明不要の人。
 ただそんな説明不要の人でも 「ドラゴンボール」 の連載終了後は、ほとんど表立った活動を停止してしまったため、近頃の若い人は知らない人も多数出てきている感じ。 この人が 「旧世代」 のあいだで話題になると決まってネットでは、「鳥山信者ウゼエ」 とか拒絶反応が起こったりします。

 私は単行本さえ買うまでには至らないものの、「ドラゴンボール」 が読みたくてジャンプを買っていたプチオッサンの時期がございましたので(笑)、今回もユーワクに勝てず、鳥山作品を読みたいがために、ジャンプを買い続けました(ハハ…)。

 それで感じたことは、とにかく鳥山氏の作品と、ほかのジャンプ連載陣との、世界観がまるで違う、ということ。 これでい~のか?ってくらい(笑)。

 ともかく詰め込まれている情報量とか、そのスピード感、温度差などが、完全に鳥山氏の作品だけ浮いちゃってるんですよ。 たとえて言えば、コロコロコミックのなかのマンガがひとつだけジャンプに紛れ込んじゃってるような(笑)。

 いっぽうで、その絵的な路線から行って、「ドラゴンボール」 の子供、とでも呼べる作品は、ちらほら散見する。 「ONE PEACE」 もそうですし、「NARUTO」 もそうだと感じます。
 でもその情報量は極端に大きい。 特にワンピースなどは、以前もたまに読んだりしてたんですが、かなりゴチャゴチャして何をやってるのかワケが分かんないところがあって。 逆に言うと、週刊誌においてここまで描き込まれていること自体が驚異的である、と感じる。

 情報量が多い、ということは、途中からの読者が入り込みにくい、ということでもある、と思います。 なにしろナルトなどは、誰が敵で誰が味方かとか、何を目的で戦っているのかとか、どういうルールが存在しているのか、すら分からない。 結果的に、意味が分かっていれば面白そうなんだけどな~、と思いながら、読むときはスッ飛ばし。
 同じことは 「ブリーチ」 とか、「銀魂」 とかにも言えて。 何やってるのかホント分かんないんですよ。
 「こち亀」 みたいな古参のマンガも、何かに急き立てられるように、情報量が多い。 昔はここまで詰め込んでなかった気がするんですが。 情報量が多いってだけで、読む気がしなくなって。 つーより、やっぱりギャグのパワーが落ちてますよね、両さんたちが大騒ぎしているわりには。 無理ないよ、単行本でもう200巻近い歳月やってますからね。

 それでも、ワケ分かんないなりに途中からでも入って行けるのもあるし。 「暗殺教室」「トリコ」 とか、「ベルぜバブ」 ですかね(ベルぜはここ数回、ちょっと分かんない…笑)。 最近始まった 「HACHI」 なんかは、「コイツ慣れてるな」、という感じのマンガですよね。
 って、少年ジャンプの批評をするためにこれ書いてるんじゃなかった(笑)。 本題に戻ります。

 とにかく、そんな血の気が多いほかの連載陣と比べて、格段に体温が低く、読みやすく、独自の世界を完成させてしまっている、鳥山氏の作品。
 少年ジャンプでは読者アンケートというものがあって、結果が悪いとどんどんページの場所がおしまいのほうに追いやられてしまうのですが、今回の 「ジャコ」 はもう連載開始直後あたりから、中間よりちょっと後ろ、という定位置に収まってしまい、これ、11回って最初から決めてるからいいけど、ヘタしたら鳥山氏ほどの超大物が打ち切り、みたいなパターンだよな、なんて心配するほどでした。
 その点では11回というのは非常に適当な回数で(笑)、だいたい11回くらいあれば、単行本1冊が出せる計算(笑)。 御大に恥をかかさないで済む回数つーことで(笑)。
 ジャンプの打ち切りで最速なのがだいたい、11回から14回くらいなのかな~。 今も同じなんですかね?

 作画的な話をすると、「ドラゴンボール」 のころと比べると、ちょっと線が太くなって、それとスクリーントーンの使用が増えたかな?…という気がする。 いや、鳥山氏ってコンピュータ彩色に完全に切り替えているようだから、単純にPCでモノクロの彩色やってるのかな、という感じでしょうか。 本人によると、「意識して昔風な作風にしている」、とのことでしたが、どうなのかな、「ドクタースランプ」 のときに比べても、描き込みは少ないし、なんかやはり、どこか違う。 ドラクエのパッケージで、近年の画風に見慣れてはいるんですけどね。

 (ここからネタバレ)「意識して昔の作風にしている」 という鳥山氏本人の話は、実は今回のこのお話が、「ドラゴンボール」 の前日譚みたいになっていたことによるものでした。 本編の10回が終わってオマケの11回目、最終回となるお話には、幼少時の孫悟空とかブルマ、悟空を育てたほうの 「じっちゃん」 孫御飯とか出てきてたけど、「ドラゴンボール」 開始時当時の絵と遜色ない感じ(まあ多少の違和感はあるとしても)。 マンガ家って、画風が変わっていくと、急に昔の作風で描こうとしても描けない場合があるけれども、そこはそれ、「天才」 鳥山氏のなせる技なのかと、ちょっと感心します。
 ただ、悟空って幼少時からサイヤ人のカッコしてたっけな?みたいな(ハハ…)。 あまりヘタなツッコミはできませんけど(単行本持ってないんで確認できない)。
 いや、連載途中から、「これってドラゴンボールと関係あんのかな?」 みたいなことは感じてました。 オーモリとかオカワリとか固ゆでとか登場人物の名前が食品関係だし、出てくるヒロイン役の女の子の名前もタイツで、「ブルマの関係者かよ?」 みたいに感じてたし(笑)。 そしたら案の定、タイツはブルマのお姉さんでした。

 もともと鳥山氏のマンガというのは、登場人物がバカをやって、それにシラケル周囲の反応によって笑わせる、「間」、すなわち引き算によるギャグが主流だと思うのですが、この 「ジャコ」 でもその間は健在。
 この人の世界観というのは、もともとほのぼの路線だと思うんですよ。 だから今回は、好きなように描かせてもらっている感じ。 まあ御大のやることに、ジャンプ編集部がケチをつけられるはずもないし(笑)。

 「ドラゴンボール」 はでも、ほのぼの路線とはだいぶ違う気もするんですが、最初のころはやはりほのぼのとしてましたよ。 それが、バトル中心の話になってから、どんどんシリアスになっていって。
 ただかなりシビアな戦闘シーンでも、どことなくとぼけたような展開にいつもなるし、だから悪が悪そのものに転化して行かない安心感みたいなものがあった。 それがだんだんと、ピッコロ大魔王とか、フリーザみたいなキャラを出すことで、その安心感が裏切られる時が来るのではないか…?という、そんな緊張感で読者を惹きつけていたような気がするのです。

 そして 「ドラゴンボール」 は不世出の人気作品となり、鳥山氏は自分の意に反して連載を継続させられるという状況に陥り、もう馬車馬みたいに働かされたあげく(笑)、さんざん話は引っ張られて(笑)、結果的に鳥山氏は大金持ちになり(笑)、別にこれ以上働かなくてもいい状況にまでなった(このレビュー、ここからが本題です…笑)。

 だからってわけかどうなのか知らないけれど、さんざん無理をしたせいなのか、「ドラゴンボール」 以降は、鳥山氏はほとんど引退状態に自分を置いてしまった。
 もうこれ以上、無理をして稼がなくてもいい、という感覚ですよね、いずれにしても。

 さらに金持ちになったせいで手に入れた、ごく初期のPCによって、CG彩色という方法を身につけてしまった鳥山氏。
 じつはこれも、鳥山氏のゲージツ的な絵の良さを結果的に損ねる要因となってしまった気がします。
 この人、前は水性ボールペンを水に溶いて、それを筆につけて彩色していた、という記憶がおぼろげながらあるんですが(なんかどっかで鳥山氏の絵の描きかたを読んだ気がする)、CG彩色なんかよりも、そっちのほうが格段に味がある。

 でも、鳥山氏は、CGによる簡単な彩色を選んでしまったのです。 今回の 「ジャコ」 も、カラーページを見るとその方法は変えてないみたい。

 これは、鳥山氏をひとりの絵師、という観点から見ると、とても惜しい成り行きだと感じます。

 ジャンプにはもうひとりそんな状態のマンガ家がいらっしゃいまして(笑)、名を富樫某というのですが(笑)、まぁ~連載をしてるのに、ほとんど出てらっしゃらない(爆)。 無理して稼ぐ必要ないからなんでしょ、やはり。

 ただ、絵を描く者が必要以上に売れてしまうことって、芸術とかにとって果たしていいことなのかな~、という気はどこかでします。 マンガを芸術と呼べるかどうかの議論は置いときますが。

 自分の描いたものがカネになって、自分が大金持ちになってしまうのって、まあ私もちょっと(だいぶ)憧れたりするんですが、いざ自分が大金持ちになってしまったとき、それでもまだ、もっとすごいものを描いてやる、というモチベーションというものって、継続したりするものなんだろうか?という気が、するんですよ。 答えを想像してもしょーがない問いですけどね(笑)。

 考え方を変えると、もし自分が宝くじに当たって、3億円でも6億円でも、無課税で手に入ったとしたら、そんときに果たして、自分の好きな仕事を続けてられるかな、ということです。
 もちろん今の仕事を嫌々やってたりしんどかったりした場合は、即刻辞めるに決まってますけど。

 もしゴッホが生前に今みたいな評価をされて売れ続けて、弟のテオに世話にならんでも済むような状態になってたら、あんな傑作を描き続けることができただろうか、なんて。
 ユトリロは生前、貧乏のどん底状態にあったときの絵が売れて、そのあとはいっぱしの金持ちになったんですが、金持ちになってからの彼の作品は、かなり芸術的価値が落ちる。
 対して、ピカソなんかは同じように、生前にきちんと評価されて、やはり大金持ちになったんですが、それでも死ぬまで傑作を生み続けた。
 ここらへんの違いというのは、「すごい作品を描いて世間をあっと言わせてやる、もっともっと評論家筋にも評価される作品を作ってやる」、というモチベーションが、彼にあったかどうかの話なのではないか、と感じる。

 マンガ家も同じで、自分の作品が売れてしまっても、ちゃんと働き続けるかたもいらっしゃいますよね。 まあ自分のプロダクションを大きくしてしまって、働かなきゃ立ちいかない、という状況があるとかいろいろ理由はあるとしても(笑)。

 ただ節税とか自分の金に群がってくるアリンコたちを排除するとか、かなり頭のいいお金の使い方をすれば、働かなくてもやっていけちゃう場合もある。
 鳥山氏や富樫某の場合はそれなんじゃないかなと思うけれど、いったん仕事からリタイアしたあとも、今の世の中、面白いことがあふれすぎている、というのも、文化という観点から見るとアレなんじゃないのかな、と(笑)。

 つまり、世の中が面白すぎて、金があると、いくらでも遊べてしまうんですよ。

 つまりモノを作る達人たちが、その罠にはまり、結果的に世の人々を歓喜させる作品を継続して作っていくモチベーションを失ってしまう。
 それは人間の文化にとって、とても大きな損失なのではないか(大きく出たぞ…笑)。

 まあ考えたってしょーもないことですけどね。 こういうことは、自分が大金持ちになった時に考えたい(笑)。

 とにかく今回、鳥山氏に単行本1冊程度の連載を描かせることになったモチベーションというのは、いったい何だったのかと考えると、「ドラゴンボールのクロニクルに花を添えてみたい」、という欲求だったのではなかろうか、と。

 でも、「どこから読んでも入りこめる」、という作品だった、と感じます、今回も。
 これって今のジャンプ連載陣にとって、重要なことじゃないのかな~。
 自分たちの作ったゲームのルールに従って遊んでるのって、仲間うちの話で終わっちゃうじゃないですか。
 マンガというコンテンツが他人に対して知らんぷりをするような作風になっていくことって、けっして業界にとっても得策ではない気が、するんですけどね。

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BOOKS

  • マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 下

    マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 下
     1600ページも費やして、この上下巻はまだ彼らのデビューまでしか書かれていない。 3部作計6巻のうち2巻に過ぎないのだ。 なんと気の遠くなるような作業なのだろう。  本書はビートルズを語るうえで孤高の一作となるはずだ。 虚飾をすっかり剥ぎ取った、20世紀最大の奇跡に潜む真実が、これを読めば理解されるはずである(当ブログ紹介記事より抜粋)。 本書下巻では、1962年のレコードデビューまでが書かれています。

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    ポール・デュ・ノイヤー: ポール・マッカートニー 告白
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  • : レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]

    レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]
    全200ページ程度のボリュームのなかで、キャンディーズに関する特集記事は50ページ。 ただし、これが濃い。 全シングル曲、ほぼほとんどのアルバムの解説は当然として、彼女たちの芸能界における歴史から見た考察、コメディエンヌとしての彼女たち、DVD解説など多岐にわたり、キャンディーズが分析されています。 特に圧巻は、レア音源に関する記述。 ここまで調べている読み物には、個人的にはお目にかかったことはありません。 700円。

MUSIC

  • ザ・ビートルズ -

    ザ・ビートルズ: サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド(スーパー・デラックス・エディション)(4CD+DVD+BD)
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    山口 百恵: ゴールデン☆アイドル 山口百恵(完全生産限定盤)
    全シングルA・B面プラスボーナストラック(「あなたへの子守歌」)を、山口百恵名義としては初のブルースペックCDとしてリリース。 音はいわゆるドンシャリ系ではなく、アナログ盤に準拠した原音に忠実な印象です。 パッケージングはアナログシングル盤サイズで中袋、CDを納めるケースが完全にドーナツ盤をイメージしています(よく言えば斬新…笑、悪く言えばチャッチイ…笑)。 しかしその発想は買える(笑)。 ほぼ原寸大のシングルジャケットと裏の歌詞カードの複製ブックレット。 ただスキャニングは欲を言えばもう一歩。 当時シングル盤を中心に聴いていたかたなら、この編集盤はかなりの 「買い」 です。 しかしこのジャケット表紙の写真、スッピン風で個人的にはすごく好き。

  • デイヴ・グルーシン&リー・リトナー -

    デイヴ・グルーシン&リー・リトナー: Two Worlds / Grusin & Ritenour
    NHK朝ドラ 「花子とアン」 で美人のスコット先生が夜な夜な歌い、チビはなチャンがすっかり覚えてしまったイギリス民謡、「ザ・ウォーター・イズ・ワイド(流れは広く)」。 このアルバムでルネ・フレミングが歌っていたのを思い出しました。 ルネのソプラノはけっして大袈裟でなく上品で、私のとてもお気に入りのソプラノ歌手ですね。 このアルバム自体は全体的にクラシックにギターのリー・リトナーが絡むフュージョンぽいものなのですが、故・黒田恭一サン評するところの、「大人が聴く音楽」。 胸を締め付けるような哀しみと、すべてを包み込むようないたわりに満ちていて、私の人生のなかでも最上位に位置する愛聴盤です。

  • 桜田淳子 -

    桜田淳子: ゴールデン☆ベスト 桜田淳子~シングル・コレクション
    彼女の活動期に発売されたシングルをすべて網羅したベスト盤。 確かに後年のものほど馴染みがありませんが、選曲漏れがないので、彼女の存在とは何だったのか自体に思いが至るベスト盤です。 音も楽器の音像がよくてなかなかいいマスタリングをしている気がします。 2600円程度で推移しています。

  • ザ・ビートルズ -

    ザ・ビートルズ: ザ・ビートルズBOX(限定生産品)(USBメモリ)
    パソコンにUSB端子があり(たいていついてると思います)、パソコンで音楽が聴ける環境をお持ちの人ならば、聴くことができます。 現在のテクノロジーで最もいい音質で聴ける、ビートルズの音楽です。 ただし国内版にもかかわらず、訳詞とか一切なし。 ジャケットもブックレットもパソコンデータ。 純粋に音楽だけ楽しみたい人向けです。 また、曲間にコンマ何秒かのブランクが入ります。 「アビイ・ロード」 のメドレーも同様です。 しかし、音はさすがに、すごい。 大きな音量であればある程、目の前にビートルズが迫ってくる勢いです。 ツヤが違います。

  • The Beatles -

    The Beatles: The Beatles [USB]
    こちら上記の海外版。 内容的には国内版とほぼ一緒なので、値段が安いこちらのほうがいいでしょう。

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