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2013年11月17日 (日)

「ごちそうさん」 第7週 鯛が大阪弁でしゃべるキッチン・オペラ

 このドラマ、大阪編に入って、どうも面白さに加速がついてきたように思えます。
 相変わらずめ以子(杏サン)の経済観念とか詳細な部分に関しての説明が不十分とか、構成にはところどころ甘い部分も見受けられる。
 ただそれを補う、何かがきちんと説明されている感覚。
 そのおかげで、15分を見終わったところで、「次はどんなんやろう」 という気持ちを、見ている側に起こさせる。 その原動力になっているものは何なんだろう。

 まず考えられるひとつは、め以子を苦しめ続ける小姑の、和枝(キムラ緑子サン)の本性に深く関わっていると思われる、過去の説明が(さわり的ではあるが)なされたこと。

 和枝は、め以子がとうとうブチ切れてそこらじゅうにぶちまけた洗濯物のあとを見て、自分もむかし嫁ぎ先で同じ目に遭って同じことをしていたのを、思い出します。
 その回想シーンでは、和枝の息子と思しき男の子が、和枝にすがって泣いている。
 その息子が着ていた着物と同じ柄の、つまり息子の着もののきれっ端で作ったと思われるお守りを、和枝は肌身離さず持っているのです。

 この息子はいったいどうなったのか。
 和枝は出戻りだから嫁ぎ先にはいられなくなったことは明白ですが、それで息子とも縁を切ったとまでは考えられる。 ただ息子の着物で作ったお守りを持っているとなると、その息子が不慮の出来事で死んでしまったということまで考えられてくる。
 和枝がどこでそんなに性格がねじくれてしまったのかを見る側が思いをいたすには、じゅうぶんな材料なんですよ。
 そして、そんな、め以子に対して同情を持つ機運を描いておきながら、なおかつめ以子に難題をふきかける和枝。
 この和枝の行動規範が何なのか、やはり見る側としては気になる。

 そして原動力のふたつめは、め以子が師匠と仰ぐ、「ほうるもんじいさん」(近藤正臣サン)の登場です。 「ほうるもん」 とは、「ホルモン」 の語源のひとつとも言われてますよね。
 酉井捨蔵という本名のこのジイサン、食材を余すところなく使い切る達人という触れ込みであり、それが大阪の 「始末の文化」 を体現する存在である。 今のところこのジイサンが、伊丹十三監督の 「タンポポ」 での山崎努サンほどの存在感を披露したわけではないけれども、「師匠」 的な存在が物語に登場すると、お話って急に面白くなる傾向って、やっぱりあるんですよ。
 和枝がめ以子に過去の自分を重ね合わせながらも、さらに仕掛けてきた難題に対して、このほうるもんじいさんが助け船を出す。 ここらへんのつなぎ方は見事だなぁと感じました。

 その難題。
 これも、鯛を親戚同士でやり取りする 「魚島季節」(うおじまどき)という、大阪の風習を絡めたもので(蛇足ですが、おにぎりを三角に握るのはお葬式の時だけとか、そんな風習の蘊蓄も今週はありました)。
 これをめ以子に任せたはずの和枝が、いざめ以子が魚屋のバイト(つーか、手伝い?)までして金を工面してそろえた鯛とは別に鯛を手配し、すでに親戚に配ってしまって、大量の鯛が余りまくる、という話。

 これって、いちおう和枝は株で家計を助けている、という描写があったから、ああその鯛買った金も株で儲けたもんなんだろうな、ということは想像ができるのですが、和枝にも経済観念というものが、なんか欠けてる感覚。
 しかもほうるもんじいさんの助けでその鯛の始末を敢行しため以子も、やはり鯛を引き立てるための食材を買いまくりで、こちらも相変わらずの経済感覚のなさ。
 こういうところがこのお話のリアリティを著しく減退するファクターとはなるんですけど。

 ただ私が面白いな、と思ったのは、こういう 「お金ど~すんねん」 という気持ちを吹き飛ばしてしまうきっかけというものに感心したため。
 目の前に大量に余った、40匹にもなる鯛の山。
 その鯛がですよ、め以子に大阪弁で 「わてらどないなるの?」 とか 「腐っても鯛言いますけどなぁ」 とか、しゃべり出すんですよ(笑)。
 これは明らかにめ以子の幻覚なんですが(笑)、その場に現れた後妻の静(宮崎美子サン)に 「これどうすんの」 と聞かれ、「もうっ!モオ~っ!モオオオ~っ!」 とついに牛になったかと(笑)思うとその場から出奔(笑)。
 それでめ以子は、酉井に助けを請うんですけどね。

 この、鯛がしゃべる場面は、め以子が食材に対して生来持っている愛情がその幻覚を引き起こした、と言ってもいいんだろうな、と思う。 しかも鯛が大阪弁でしゃべる(笑)というのは、め以子にとって鯛が、自分に立ちはだかる 「この土地」 の象徴に見えていることの証左でもある。
 つまりここでは、主役はめ以子ではなく、鯛なんですよ。
 この主客逆転のダイナミクスというのは、表現がブッ飛び気味の映画なんかではよくある表現なんですが、テレビドラマで出てくると結構新鮮。 鯛がしゃべり出し、それに主役のめ以子が過剰に反応する。 そうすることで、大正時代の厨房が一気にオペラコンサートの場に豹変する、そんな高揚感を生み出す作用がある。

 酉井の助けを借り、鯛料理を制覇しため以子。
 「もう食えへん」 という食卓で、義妹の希子(高畑充希チャン)が、「鯛のなかのタイ」、つまりワンピースで鯛の形をした骨を見つけます。 それは極端な内気の希子が見つけた、小さな 「希み」 のような気もする。 ここらへんの食材の使いかたも、まことにうまい。

 そして今まで悪い見方しかしていなかった西門の家の者たちを、逆の視点で見つめることができるようになっため以子、という話につなげていく。
 ここにはめ以子の夫である、悠太郎(東出昌大サン)のめ以子に対する思いというものもさりげなく作用している、というのも見てとれるのが、いいんですよね。
 バイトで疲れきって、食卓の席で座ったまま寝てしまうめ以子に、「苦労ばかりかけて済まんなぁ」 とつぶやくとか、め以子が東京の両親に宛てて書いた、きれいごとばかりの手紙のあとで、ちゃんとフォローの手紙を出すとか。
 ただまあ、め以子の手紙がきれいごとばかりというのは、ちょっと違いますけど。
 それはそれで、め以子の覚悟が見て取れる内容で。
 その覚悟が分かるから、め以子の父親(原田泰造サン)は、心配する母親(財前直見サン)に 「ほっておけ」 という。
 冒頭で書きましたが、このドラマがきちんと説明し始めた 「なにか」 が、そこにはあるような気がするんですよ。

 このドラマの主題歌が、悠太郎の視点に立っている、というのは感じています。
 「どんな君でも愛している」。
 今週の、東京での描写にもありましたけど、め以子はバカでバカでしょうがない面も確かにあるんですよ。 でも悠太郎は、そんなめ以子でも、愛している。
 どうなっていくんでしょうかね、この悠太郎も。 なんとなく 「先に死亡」 フラグが出ているような気もするんですけどね。

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コメント

リウ様
こんにちは。

鯛が喋るあの場面は、め以子がよく「そなた~愛い奴じゃのう~」とか言って食材に語りかけている、あれに対応しているのだと思います。
確か、ぬか床になったおばあちゃんの口癖を引き継いだのですが、正直、私は観ててちょっと苦手でした。
でも、そのおかげで、あの場面の何とも言えぬ可笑しみが出たような気がします。祖母譲りの食材への愛を、ワザとらしいぐらいわかりやすく振っていたからこそ、観ようによっちゃあ危ない人の妄想になりかねないあのシーンがよく効いていた。
こういう組み立ての上手さは、森下さん、流石です。

さて、西門家の姑小姑抗争は、お静さんのダークサイドが見えてきたことで新局面ですね。
でも、こうして見ると、和枝さんの方がやり方がストレートな分、観ててどこか可愛げがあります。やはり、まっこと怖いんは、お静さんタイプの人ですね。

ところで、来年度後期(つまり次の大阪制作)の朝ドラには、なんと、外国人、それもイギリス人のヒロインが登場するようですよ。
ついに・・というか、なんと・・・というべきか。いずれにせよ、大当たりか大コケのどちらか、のような気がします。

> 「先に死亡」 フラグが出ているような気も
め以子達の世代は「カーネーション」の泰三
ぐらいなので通天閣は徴兵対象は微妙ですね。
「澪つくし」という作品では柴田恭平演じる夫が
食料関係の兵士として徴兵されて亡くなりましたし、
将兵とは別の形で召集される可能性も。
源ちゃんといい、さてどれだけ生き残れるか。


>朝ドラに外国人のヒロイン
自分も知りました。
大正時代の外国酒?(当時は薬代りな事も)
まあ昔は男が主役な事もあったし。
これまでは日系二世の「さくら」が上限。
大河とは対照的に絶好調の朝ドラは
「ごちそうさん」以降、
しばらく時代モノが続きますね。

Zai-Chen様
コメント下さり、ありがとうございます。

外人が主役、と聞いて、ミッキー・マッケンジーを思い出した私は、相当オールドタイマーなようです(笑)。 今じゃ 「相棒」 で何食わぬ顔をして刑事をやってる男が(刑事だよなァ?見てないから水谷サンの職業も分かんない)その昔新人刑事時代に泣かした女ですね(ちゃうちゃう)。

それはそうと、私もあの時代劇口調はなんとかならんか、と感じているひとりです(そんなでもないか…笑)。 まあちょっと、「ういやつよのう」 などと出てくると、ちょっとそこらへんがこそばゆくなる、というか(笑)。

まあ、性格悪いのにストレートも何もない気もいたしますが(爆)、いけずなことをされて不快になっても、め以子は自分なりの方法でそれを克服しようとしているところが、いいんじゃないでしょうかね。 そりゃ、それがベストではない。 でも人間、何か困難にぶち当たって、ベストな方法を選べる人って、そうはいないでしょ。 ああすりゃいいんだこうすりゃいいんだ、と思っている人は、め以子なりの、ちょっとベストではない方法で物語が解決してしまうことに、不満を覚えるのではないかな、そんな気もします。

巨炎様
コメント下さり、ありがとうございます。

まあ徴兵、という方法でなくとも、パートナーを殺そうと思えばいくらでも方法があるわけで(ハハ、ハハ…)。 ただ物語第1回の炊き出しのシーンで、なんとなく悠太郎氏の影が見えなかった、そんな気持ちから死亡フラグを想定しました…(笑)。

どうもヒロインを雄々しく(雌々しく、じゃめめしくになっちゃうか)ひとり立つ状態にしようとすると、パートナーというのは邪魔になるのがセオリーみたいなとこって、朝ドラにはありません?(笑) 「ゲゲゲの女房」 では、まあ現実がそうだからだけど、最後まで夫婦ともに一緒でしたけどね。

どんなに愛し合っても、やっぱり一緒に死ぬわけにはいかないのが、夫婦の定めでもあります。 セオリーというより、それが人の世の常、なんでしょうね。 襄も八重より先に亡くなるし。

息子の話、出ましたね。

和枝対め以子の構図から、
義姉と後妻の主導権争いの狭間に飛び込んだ図に。
義妹が萎縮した性格になっていたの解るわー(笑。
ただ同じ立ち位置で励ましあえる存在として、
め以子に心を開いてきたのは大きいでしょうか。

和枝の敵=自分の味方という図式は成立しない事を
理解してもらうためには、この子の存在が重要でしょうね。
通天閣対源ちゃんの落し所と並行して描いていく?
大阪嫁入り編が落ち着くには、もう少し懸かりそうですね。

巨炎様
コメント下さり、ありがとうございます。

出ましたね、息子の話(リピートしとる…笑)。

そしてなんでもキチキチやらな気が済まない和枝が、向こうの家からどんだけ屈辱的な追い出され方をしたか。 最小限の描写でしたが、これで物話の質はますます深まった気がします。

私がここ数日のこのドラマを見ていて気付いたのは、笑わせるつもりが作り手にあるのかどうかが不明なのですが、ヤケに笑える場面が多いよな、ということなんですよ。 少なくとも悠太郎が源太に嫉妬する場面(水曜放送分)くらいまでは。

なんかこの先、どんな題材が待っているのか、ますます面白くなってきた気がします。

ゴタゴタした展開にはなっていますが
伏線をあまり引っ張りらない
相変わらず解り易い作品です。

それにしても組合長、アンタって人はー!
「カーネーション」で「踏み外すのも人の道」と
言っていたのが自分に返ってくれば世話はない。
まあ、め以子も
お見合いの席を蹴る⇒通天閣に袖にされる、
希子のお見合い妨害を画策⇒通天閣と破局、
見事に因果応報なんですけど(笑。

「カーネーション」で糸子が引退を考えたのは
組合長が「いつても引退できるで」と発言したのが
切欠なんですが「カッコよく年をとったお父ちゃん」
のイメージに彼が近かったのでしょうね。
一方、北村は優子にとっての
「ぶっきらぼうだけど優しいおじいちゃん」。
周防は…、まあどうでもいいや(笑。

今週、金曜日にオノマチ主演「長谷川町子物語」です。
昨日、サザエさん45周年特番で紹介されました。
「マー姉ちゃん」は扱われなかった…。

巨炎様
コメント下さり、ありがとうございます。 出張で返信が遅れました。 大変失礼いたしました。

とゆーわけで、じぇじぇじぇじぇじぇ!! 「長谷川町子物語」 って、放送昨日じゃないですか! いや~、完全にノーマークでした…。 おんなじマチコでしたか~(オノマチ主演と知ってたら絶対チェックしてた)。

田中裕子サンは、確かに長谷川町子のイメージが強かったですね、出はじめのころは。 あの手のお目目がちっちゃい女優の人って、当時珍しかった気がします。 キャンディーズのランちゃんはやはりお目目が小さい、と言われていたけど、私に言わせれば、どこが?という感じでした。

なんの話をしてるやら(笑)。

とゆーわけで、先週の後半から、「ごちそうさん」 のほうは見ておりません。 「ちゅらさん」 もたまってきたし、ちょっと今日は出張でクタクタなのに、そろそろたまった録画を片付けなければならないし、あ~一日24時間なんて、短すぎる…。

組合長や源ちゃんの事で揉めた二人も一応、和解。
ただ組合長との和解は保留という形。
大阪編は2週間で騒動一纏めのパターンでしょうか。
こちらの人間関係が落ち着くまで前半の全てを使い、
後半に震災や戦争を描くパターンかもしれません。

>「長谷川町子物語」
クサナギ手塚よりはマシでしたが、やや微妙。
序盤の15歳はさすがに苦しいし、弟子入りやデビュー、戦争等における逆境描写が弱くてメリハリが今ひとつ。
中盤は良くて「長谷川家物語」。恋人と死別したり画家を諦めて妹の売り出しに奔走するマー姉ちゃんの方が目立っていて朝ドラで主人公になったのも納得。演じたのは長谷川京子さん。大河で彼女を捨てた男が合間にCM出演しているとムカつくなぁ!
終盤に漫画ばかり描いてきた自分の人生を葛藤する辺りでようやくといった感じ。だた「カーネーション」や「平清盛」ほど内面に踏み込んだ脚本とは言いがたく尾野さんの演技力でカバーした印象。

しかし最後に54歳を演じている場面、「カーネーション」21、22週もこれぐらいのメイクならと思うのですがヤフー感想欄では「晩年も尾野サンがやれば良かった」とかいう意見が。50代と70~90代は別でしょうに。
私はオノマチ信者ではないので彼女を賞賛する事を前提とした思考の偏りにはついていけんです。「カーネーション」でも優子の方が老けて見えるという意見は仕方無いにしても何故、新山サンのほうが批判されるのやら…。

巨炎様
コメント下さり、ありがとうございます。

組合長がどーしたんですか?(笑) 全然見てないので分からんです(笑)。 古いドラマの再放送見てたんで(笑)。 やっぱりブログつーもの、新鮮さが売りですよね。 古いドラマの話なんか、誰も食いつかない(ハハ…)。

で、「尾野マチコ物語」…じゃなかった、「長谷川マチコ物語」 ですが、そーでしたか。

オノマチのドラマにハズレなし、という伝説は 「サマーレスキュー」 で瓦解したのですが(笑)、最近の昔物ドラマでとても物足りなく感じるのは、戦争に関する描写がヌルすぎる、ということですね。 昔のテレビマンは戦争を体験してるので、その描写に迫力があるのはもとより、「この地獄はいつまで続くのか」、という息苦しさまで感じたものです。 戦争を知らない子供たちの子供たちの子供たちが作る戦争物は、やはりダメだ。

「カーネーション」 に関する批判というのは、私もうどーでもいいと思ってますから(笑)。 言いたいヤツには言わせておけばいいし、どうせ泡のような議論だと思います。 アレを超えるドラマは今後20年くらい出ないんじゃないでしょうかね。 小手先で出来ている話じゃないんですよ。 家族が大事とか、友情が大事とか、愛が大事とか、そんなレベルで成立している話じゃないから。

リウ様
こんばんは。

横レスみたいになりますが・・

長谷川町子さんという方は、人前にあまり出ることもなく、生涯独身を貫いて、要するに一代記を描くには、大変やりにくい方だったのではないかと推察いたします。
だからこそ、朝ドラは、起伏に富んだ人生だった「マー姉ちゃん」を素材に選んだのかと。
ただ、今回は、なんつっても「サザエさん放送45周年記念」ですから、そうもいきませんわなあ。

私は、途中から、糸ちゃんの残像を以てこのドラマを観ておりました。だって~、オノマチがモンペ着てるんですもの・・・流石に、セーラー服姿を見たときは、この先どうしようかと思いましたが(笑)

ただ、今回観て、改めて思ったのは、尾野真千子という女優さん、何かを一生懸命やっているときの顔がホントに美しいな、と。
作りとしては随分ユルいドラマでしたが、机に向かうオノマチ町子さんの横顔に免じて許します(って随分エラソーですね)。

Zai-Chen様
コメント下さり、ありがとうございます。

確か 「マー姉ちゃん」 が放送された当時、長谷川町子サンはご存命だったと記憶しておりますが、「サザエさん打ち明け話」 というのが当時朝日新聞で週イチ連載されていて、これを読むのが楽しみだったなぁ~と、いま懐かしく思い返しているところです。

自分の記憶ばかりで話をしてしまいますが、「サザエさん」 の新聞連載が終了したのが確か昭和48年くらいで、自分が新聞なんぞを読み始めるちょうど寸前だったのが悔やまれます。 リアルタイムで体験したかったなぁ。 ま、新聞、ガキでもラテ欄は見てたかな(笑)。

「サザエさん」 で思い出すのは、全国エリアでは分かりませんが、火曜日の午後7時から、というゴールデンな時間帯に、かつて 「再放送」 をしていたことですね。 この時間帯に再放送なんですから、いかに視聴率持ってたかが分かる(笑)。 「♪うちと~おんなじね~なーか~よしーねー」「♪明るい笑いを~ふーりーまい~て~」 とか、その再放送でしか聞けないテーマ曲というのもございました。 これを若い人たちに披露すれば、70へぇくらいはもらえる気がします(○○へぇとかも、もう古いか…笑)。

大阪の西門家内輪もめ編完結。

ラスボスの和枝さんは、
め以子の「皆、仲良く」路線に陥落せず、
矜持を守って退場という落し所。
農家に再婚相手がみつかる件はやや安易ながら
彼女のキャラは大切にされていた印象だし
その内、再登場もあるかな?

…で前フリなしに関東大震災。
年をまたぎそうですね。

リウ様、おはようございます。

「ごちそうさん」視聴御見限り?の状況で、孤塁を護り視聴していました。
大坂編、笑い有り、涙有りの展開で、グイグイ惹き付けられました。

このドラマ、主人公め以子の成長の陰で、義妹・西門希子の
成長譚描写の様相を呈して来ましたね。
「馬介印の焼氷♪」で美声を披露した少女が、主人公夫婦の傍らで、
どんな人生を歩むのか?を見守りたいです。

年末総集編放映や、ネット配信視聴をお薦め致します。
本業激務のご様子、ご自愛下さい。

巨炎様
コメント下さり、ありがとうございます。

ん~、まだ天神祭の当たりをうろうろしてるんですよね、視聴が(笑)。 少しずつ見てはいるんですが。

和枝さんが退場ですか~。 なんかもったいない気もするなぁ(笑)。

関東大震災って、大阪にはカンケーない気もするんですが、どうやって絡めてくるのかなァ? はーらーだ泰造です!とか出てくるのかなァ?

M NOM様
コメント下さり、ありがとうございます。

いえ、視聴はやめておりませんよ、ご安心ください(ハハ…)。
ただ2週間ばかり視聴は遅れております。
忙しいを言い訳にしておりますが、コメント返信はできますしね(笑)。 結局皆様とワイワイ対話をしていたほうが楽しかったりします。 ですのでコメントは歓迎です。

ノリコチャンが思わぬ注目株になってますよね、確かに。 それに比べてめ以子のほうは、しかめっ面ばかりなのがテレビ桟敷の 「和枝」 サンたちには格好の餌食となるみたいで(笑)。

リウ様
おはようございます。

ついに、関東大震災です。
この震災で、東京が甚大な被害を受け、経済の機能のかなりの部分を大阪に移さざるを得なかった。そのため、大阪が飛躍的に発展することになる。いわゆる「大大阪時代」に繋がっていくというのを聞いたことがあります。
「カーネーション」で、糸ちゃんが堂島百貨店に制服の営業に行ってたころが、最も華やかなりしときなのかもしれません。

ところで、イケズの和枝さん。震災前にひとまずドラマの舞台から降ろしたのは、森下さんの、和枝さんというキャラに対する愛情の表れ、と言えなくもありません。

不謹慎な言い方かもしれませんが、「震災」は、め以子と和枝を和解させるには絶好のきっかけです。実際、こういう時こそ傍にいてくれたら頼りになりそうだし、また、こんな時に「ふん、バチが当たりましたんや」とか言わせたら、それっこそ、同情の欠片も見いだせない極悪人になってしまいますもんね。ドラマ的には。

つまり、どうやっても、対立していた二人の関係が改善してしまう。また、そうやってもなんら不自然じゃない「震災」の時に、あえて和枝を不在にすることによって、イケズを貫く出戻り惣領娘の矜持を守らせたのかな、と。
このまま、和枝さんという複雑な内面をもった女性を、ツンデレ状態でめ以子の味方にして、「ヒロインあげ」隊の一員に埋もれさせてしまうのは、確かにもったいないとも思いますので。

まあ、深読みしすぎかもしれません。しすぎでしょう(笑)。単に、キムラ緑子さんに舞台のお仕事でも入ったのかもしれませんが。

Zai-Chen様
コメント下さり、ありがとうございます。

宮崎駿監督の 「風立ちぬ」 も、関東大震災を描いていました。 東日本大震災後の日本と比較整合しやすいんでしょうかね。 まあ一概にひとくくりにはできませんけどね。

震災後の日本は、何を指針にして進めばいいのか。 何を北極星にして航海すればいいのか。
東日本大震災を体験した私たちがあらたにドラマを作ろうとする場合、大正時代に起こった関東大震災に託そうとする傾向は、分からなくはありません。

ただその関東大震災、一方で当時の日本人たちの狭量ということも学ぶべき場だと思うんですよ。
朝鮮人が井戸に毒を入れたというデマが広まって、自警団が結成されて、虐殺が起きて。

震災後に整然と救援物資を待つ日本人のマナーの良さは、東日本大震災のときには世界から称賛されたけれども、関東大震災のころは、日本人の国民性はもうちょっと程度が低かったのではないか。

それはとりもなおさず、朝鮮人とかに対する蔑視の度が現在よりはるかに高かったことの表れだと思う。 日清日露を勝ち続けたことで、日本人は自分たちがアジアのなかの一等国なのだという驕りをいつしか持ってしまい、朝鮮に対しては、お前らの頭が悪いから自分ら日本人が守ってやってんだぞ、と思うと同時に、朝鮮人たちの恨みというものも如実に感じていた。
だから震災後に井戸に毒を入れたみたいな疑心暗鬼が起きるんでしょう。

関東大震災はその後、昭和大恐慌と合わさって、軍部の台頭に世の中が傾いていく、ひとつの契機となっている気は、するんですよ。

またややこしいこと書いてんな(笑)。

つまり安易に(安易、でもないでしょうけど)関東大震災を3.11後の日本と整合させることには、ちょっと私個人の中では抵抗もあったりするんですよね。

まあだからこそ、現在の日本が陥りつつある、「いつか来た道」 を描きやすい、ということでもあろうし。
ただ 「ごちそうさん」 が、どこまでその覚悟が出来ているのかは分かりません。 そういう社会問題的なことを考えているようなドラマじゃない気がするんで、2週間遅れの視聴者としては今のところ。

リウ様
こんばんは。

まあ、覚悟ができているようには見えませんが(笑)、震災や、その被災者についてもきちんと真面目に描いていて、好感が持てました。ただ、どうしても、東日本大震災を想起させるところがあるのは仕方ないかもしれませんね。観る側も、どこかでそういう頭で観てしまいますし。
ともあれ、お時間ができたら是非、先週と今週もご覧くださいませ。ドラマとしては、かなり深くなっていると思います。

ところで、関東大震災の時の朝鮮人の虐殺。最近では、あれはデマではなく朝鮮人は本当に暴動を起こしていたなどという胸糞の悪くなるような言説を、ネットでちらほら見かけます。そういう、マイナーな状態ならまだいいのですが、最近では、そうした連中に媚びた本を売ろうとするのか、テレビに出るコメンテーターなどがその尻馬に乗っかって、更に煽るようなことを言ったりするのは憂慮すべきことですね。

確かに、人権意識も、民主的思考も、大正時代に比べたら遥かに高い筈なのですが、国家としての日本に自信が持てなくなると、排外的言説や行動に走る輩が出てくるのは、当時と共通するのかもしれませんね。

Zai-Chen様
コメント下さり、ありがとうございます。

現代において、かの国々に対して印象が悪い、というのは、「あっちが悪いからだ、いつまでたってもグダグダ文句ばかりつけて」、とか、「真実を見つめようともしないクセに」、とか、「検閲が未だに生きているみたいに社会システムそのものが悪い」、とか、そりゃーいろんな要因があるんですよ。
ネットじゃネガティヴなニュースばかり入ってきますしね。

でも、「いー加減にしろよテメエラ」 という気持ちをぐっと抑えて対応するのが、まことの大人というものでしょう。 言いたいことがあれば、理路整然と反論して、それでダメでも、感情的になってしまってはおしまいだと思うんですよ。

国際関係のこじれのいきつく先は、どうしたって戦争です。
戦争というのは、殺し合いなんですよ。 いくらどうとりつくろおうともね。 人をひとり殺せば、その家族の分だけ、悲しみが増える、恨みが増える、不幸が増える。

どうもまたさらにややこしいことを書いてますね(笑)。 なにしろ、互いに憎悪を増長させるというのは、けっして得策じゃないことは、この場を借りて断言しておきたいですね(なにも日本と中韓だけの問題ではなくて)。 100年先、200年先の子供たちのためにも。

関東大震災は1週間で終り?
め以子の基礎や基本固めの方が重視されるスタンスなのでしょうか。包丁が落ちる場面は女学校の先生が亡くなる伏線だったのは上手かったですが。

しかし、震災未亡人のふみさんが玉枝さんを少し若くしたような感じで設定や雰囲気がそっくり。「カーネーション」とのスタンスの違いが見えます。

玉枝さんはパンパンに転落した奈津への励ましの言葉を自分自身にも言い聞かせている。言葉を搾り出すごとに彼女の中に活力が甦っていく様を濱田マリさんが表情や仕草で表現し、そこにナレーションを務める糸子が内面の解説など全く入らない。
対して、ふみさんの立ち直りはめ以子との会話、師匠の「人の力になる事で自分の心も救われる」という台詞、糠漬けのナレ補足まで入る。

まあ「ごちそうさん」が朝ドラとして普通なのであり
「カーネーション」が尋常ではないという事ですが。

巨炎様
コメント下さり、ありがとうございます。

よーやく関東大震災の週のさわりの部分まで視聴が到達したのですが、エ?1週間で終わりなんですか(笑)。 和枝さんのガス漏れ騒ぎからこっち、かなり内容がシリアスになってきて、関東大震災でも話が結構練られていそうだったので、ここでのコメント欄に 「東日本大震災と軽々しく比較するのはどうか」 なんて書いていた自分を反省していたのですが。

とにかく和枝さんの農家への嫁入りまで、結構見ごたえはございました。 レビューを書く価値があるとも考えたのですが、いかんせん朝ドラは、ちょっとレビューが遅れるともうかなりマヌケなことになってしまう(笑)。

ただ、ちょっと頭でっかちな結論にはなってるかな、という感じで。 人間の心理の奥までかなり考えた話にはなっていると思うのですが、ちょっと注視していないとなんかよく分かんないまま、嫁(小)姑の話が終わっちゃったようにも感じる。 まあ、基本的な解決にしなかった、ということが、過去にあったドラマとは一線を画してるとは言えるんですが。

それと巨炎様、「カーネ」 と比べるのは100年早いです(笑…どんなドラマでも…)。

前半終了~。
「おしん」と同年代で華やかな都市部が中心の本作ですが師匠の過去で犠牲になっている地方に触れてきました。しかし西門親子は云々、うなっているのに震災の直撃を受けたと思われる卯野家がケロッとしてるのはどうなんでしょう(笑。

しかし怒ると意固地になりやすい大五を師匠と通天閣の緩衝材として入れるのは上手い。め以子が受け取ってきた手紙を一人で悠太郎が読むのに周りがついていこうとした時のすかさず襖で遮る場面は「ごちそうさん」もやるな!と思ってしまいました。それだけに、め以子が御節を解説していく件は、悪い意味で朝ドラ的かも。

後半は数年後の昭和より始まるようですが終戦後まで「カーネーション」の三姉妹編のように数年単位で進むのか晩年編のように十年単位の経過があるのか、さて。とりあえずモダンな服装は希子?め以子がお見合いを妨害した事で人生が変わったか?

巨炎様
コメント下さり、ありがとうございます。

今週は完全に仕事中心でそれ以外は死んでまして(笑)、まーだ大震災のさわりの部分で視聴が止まったままですが(笑)、はーらーだ泰造サンも出てきた模様ですね。

西門家のほうが雰囲気的に暗い、ということでしょうか(笑)。 それはめ以子のせいもあるかもしれませんね(見てもいないのに想像して書いてますけど)。

私このドラマを見ていて、結構杏サンの表情で会心の笑みとか見たことないような気がするんですよ。 なんかいつも眉間にシワ寄せてるよーな印象。

同時に感じるのは、このドラマはめ以子が食いしん坊で、食べ物を食べている時が一番幸せそうだ、というのが大きな柱のような気がするんですが、ちっともそんな気がしてこないというのもひとつ。 だから食べ物を中心として話が動いてない、という感覚がする。 焼き氷に対してもめ以子サンは比較的冷静な対応だった気がするし、和枝さんのイワシ料理でも、なんかあまりイワシがフィーチャーされてなかったような感じ。 イワシ嫌いのめ以子が、「これはうまい」(ふりかけの名前か)とガツガツ食ってる感じじゃなかったですよね。

まあ、私の頭にずーっと引っかかっているのが、このドラマの冒頭にあった、ぬか床サンのナレーション。 「この物語は、ものを食らう話」 というやつ。

大震災からこっち、そんな話になっているんでしょうかね。

リウ様、こんばんは。
「ごちそうさん」前半終了しましたね。

「ちりとてちん」も前半終了で、しかも両番組共号泣回。
連続して視聴者を泣かせるなんて、BS放送あざといぞ!!
まあ、其のあざとさに乗って、確り目頭を熱くしましたが。
(苦笑)

77・78話の感想>
前日12.26からの為政者行状から、まるでライブ感覚に陥った様な、のめり込み視聴をしました。
正三父さんの手紙モノローグ、テレビ画面の此方側とリンクした錯覚を憶えましたね。

ラストは朝ドラ的収斂で前半を終えましが、
個人的願望を述べれば、
「家族愛に背を向け、荒れ果てた村に贖罪の業を為すべく
 往きて又還らずの、後半生を選択して大阪を去る正三」
のパラレルラストも、視聴したかったですね。

回想場面を反芻したら、め以子の望む「家族の団欒」即ち
「畳の上で斃れる人生」が村人視点で観た場合、
非常に傲慢で厚かましい価値観に映ったんですよね。
其の位に、集中視聴致しました。

古い世代の男性の生き様を表現する為に、ヘタレから一念発起して
「賞賛されない・報われない・けど逃げない」の行動で、
息子夫婦や孫に「己が背中」で人生を語り、受難する正三。

メイン視聴層である、女性受けはしない展開ですよね。
けど「男の生き様」に対し、リスペクト描写が増えたら、
ドラマ的面白さに厚みが増えると感じました。

ご多忙の中、ご自愛して下さい。
良き新年を。

M NOM様
コメント下さり、ありがとうございます。

ようやく大震災の週の視聴が終わって、あと1週間分を残すのみとなりましたが、明日の朝まで仕事だし、年内に見られるのかどうか、といったところです(笑)。

なんですと、号泣するですとcoldsweats02

これは心して見なければなりません。

ただ私の場合、「ちゅらさん」 と並行視聴(笑)。 こっちのほうはもう3週間くらい録画がたまってますけど(笑)。

ん~、基本的にパラレルは反則技ですけど(爆)。

個人的な感想を申し上げると、このドラマ、結構セリフ(理屈)に頼りすぎてるな、という感覚はいたします。 水をぶっかけるようでナンですけど(ハハ、スミマセンです…)。

大震災の週は、しっかりと 「ものを食らう物語」 にはなっておりましたが。

でもなんか、め以子が 「食うのが大好き人間」 に見えないんだよなぁ。 いつもセリフで食い気を説明されている気がする。 たぶん杏サンの演技が、クレバーすぎるんだと思います。

ひとしきりこのドラマの感動に水を差すことを申し上げてしまいましたが、それはそれとして。

M NOM様も、よいお年をお迎えくださいませconfident

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BOOKS

  • マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 下

    マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 下
     1600ページも費やして、この上下巻はまだ彼らのデビューまでしか書かれていない。 3部作計6巻のうち2巻に過ぎないのだ。 なんと気の遠くなるような作業なのだろう。  本書はビートルズを語るうえで孤高の一作となるはずだ。 虚飾をすっかり剥ぎ取った、20世紀最大の奇跡に潜む真実が、これを読めば理解されるはずである(当ブログ紹介記事より抜粋)。 本書下巻では、1962年のレコードデビューまでが書かれています。

  • マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 上

    マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 上
     1600ページも費やして、この上下巻はまだ彼らのデビューまでしか書かれていない。 3部作計6巻のうち2巻に過ぎないのだ。 なんと気の遠くなるような作業なのだろう。  本書はビートルズを語るうえで孤高の一作となるはずだ。 虚飾をすっかり剥ぎ取った、20世紀最大の奇跡に潜む真実が、これを読めば理解されるはずである(当ブログ記事より抜粋)。 この上巻ではビートルズの祖先から遡ってリバプールで人気に火が付き始めたところまでが書いてあります。

  • ポール・デュ・ノイヤー: ポール・マッカートニー 告白

    ポール・デュ・ノイヤー: ポール・マッカートニー 告白
    まず驚かされるのが、表紙のポールの写真です。 よくこんなのが採用されたな、というくらい、刻まれた年輪が顕著に分かる 「年老いたポール」。 飾り気のないその写真に、「素のポール」 をあぶり出そう、という心意気が見える。 そして実際、著者のその目論見は、成功しているように思えます。 何より大きいのは、「NME」「Q」「MOJO」 など音楽メディアで長年記者を務めてきた著者がポールと同じリバプールの出身者である、ということ。 さらにポールと同じファースト・ネームであること。 だからポールはまるで自分の分身に話しかけるかのように、時折同郷人にしか分からない言葉で気さくに著者に話しかける。 この本を読む者は、まずその 「不思議なリラックス感」 に包まれるはずです。  本の構成は大きく二つに分かれます。 前半ではビートルズからウィングス、ソロに至るポールのたどってきた長い長い歴史、後半ではポールの人格に迫る試みがなされていく。 そのインタビューは、一気に行なわれたものではありません。 著者がNMEの記者だった1979年のものから、明示はされていないがおそらく2013年、「NEW」 の発売前後が最新のものではないか、と思われます。 実際読んだ感覚では 「キス・オン・ザ・ボトム」 あたりが最新のような気もする。 その30年以上にわたる膨大なポールへのインタビューを、項目によって構成し直しているようです。 ですから、今年(2016年)亡くなったジョージ・マーティンについてのポールの見解であるとか、最新の情報が提示されているわけではない。 ポールの情報というのはこの歳になってもなお日々更新型ですから、その点については物足りなさが確実にあります。 さらに、30年以上というとポールのものの考え方にも変化変遷があってしかるべきだと思うのですが、30年以上をリミックスにかけているからその変化というものがつかめてこないもどかしさがある。 表紙を飾ったポールの 「老い」 という問題にも、この本はきちんと答えてくれているわけではない。 さらに言えば、ジョン・レノンの死について多くが割かれているのとは対照的に、2001年に亡くなったジョージ・ハリソンの死についての記述はない。 正直なところ、このような本を読み漁ってきた身としては、衝撃に値するような情報が書かれているわけではありません。 しかし前述したような、リラックスしたムードのなかでポールと語らっているような疑似体験を共有できる強みが、この本にはある。 この本全体に貫かれているのが、この心地よさなのだ、と思うのです。 その心地よさが乱れるパートがあります。 自身の失敗作、どうでもいい作品について語るときのポールは多分に感情的になりがちであり、イライラした様子を隠しません。 特に 「シークレット・フレンド」 を語るポールのくだりはポールファンなら一読に値する部分でしょう。 しかしそのイライラも、ポールの人間性が垣間見える瞬間としてこの本にとっては必要なパートなのです。 3000円以上と、この本は決して安くはない部類の本です。 ただその値段に見合うパフォーマンスは兼ね備えています。 この本と付き合った1か月足らずの間、心地よい体験をすることができました(アマゾンの自身のカスタマーレビューより)。

  • : レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]

    レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]
    全200ページ程度のボリュームのなかで、キャンディーズに関する特集記事は50ページ。 ただし、これが濃い。 全シングル曲、ほぼほとんどのアルバムの解説は当然として、彼女たちの芸能界における歴史から見た考察、コメディエンヌとしての彼女たち、DVD解説など多岐にわたり、キャンディーズが分析されています。 特に圧巻は、レア音源に関する記述。 ここまで調べている読み物には、個人的にはお目にかかったことはありません。 700円。

MUSIC

  • ザ・ビートルズ -

    ザ・ビートルズ: サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド(スーパー・デラックス・エディション)(4CD+DVD+BD)
    ロック界、いや、すべてのポップミュージックにおけるアルバムの中で史上最高と称され、すでに世界文化遺産の域にまで達しているこのアルバム。 そのアルバムの発売50周年を記念して、スペシャルエディションがリリースされます。 なかでもブッ飛ぶのがこのスーパースペシャルボックスセット。 CD4枚組であらたなリミックスのステレオ盤1枚、モノ盤1枚、初期テイク集が2枚、さらにブルーレイ1枚とDVD1枚で5.1サラウンド、ハイレゾ音源、ドキュメント映像 「メイキングオブサージェントペパーズ」 のデジタルリマスター等々、卒倒するようなラインナップです。 18、000円プラス税と値は張りますが、史上最高の名盤だからこそこれは買い。 5月26日の発売までに予約をしておけば、アマゾンならば値下がりした時に値段がそのあと高騰しても最安値で購入できます。 ビーファンならずとも、これは注目ですぞ!

  • 山口 百恵 -

    山口 百恵: ゴールデン☆アイドル 山口百恵(完全生産限定盤)
    全シングルA・B面プラスボーナストラック(「あなたへの子守歌」)を、山口百恵名義としては初のブルースペックCDとしてリリース。 音はいわゆるドンシャリ系ではなく、アナログ盤に準拠した原音に忠実な印象です。 パッケージングはアナログシングル盤サイズで中袋、CDを納めるケースが完全にドーナツ盤をイメージしています(よく言えば斬新…笑、悪く言えばチャッチイ…笑)。 しかしその発想は買える(笑)。 ほぼ原寸大のシングルジャケットと裏の歌詞カードの複製ブックレット。 ただスキャニングは欲を言えばもう一歩。 当時シングル盤を中心に聴いていたかたなら、この編集盤はかなりの 「買い」 です。 しかしこのジャケット表紙の写真、スッピン風で個人的にはすごく好き。

  • デイヴ・グルーシン&リー・リトナー -

    デイヴ・グルーシン&リー・リトナー: Two Worlds / Grusin & Ritenour
    NHK朝ドラ 「花子とアン」 で美人のスコット先生が夜な夜な歌い、チビはなチャンがすっかり覚えてしまったイギリス民謡、「ザ・ウォーター・イズ・ワイド(流れは広く)」。 このアルバムでルネ・フレミングが歌っていたのを思い出しました。 ルネのソプラノはけっして大袈裟でなく上品で、私のとてもお気に入りのソプラノ歌手ですね。 このアルバム自体は全体的にクラシックにギターのリー・リトナーが絡むフュージョンぽいものなのですが、故・黒田恭一サン評するところの、「大人が聴く音楽」。 胸を締め付けるような哀しみと、すべてを包み込むようないたわりに満ちていて、私の人生のなかでも最上位に位置する愛聴盤です。

  • 桜田淳子 -

    桜田淳子: ゴールデン☆ベスト 桜田淳子~シングル・コレクション
    彼女の活動期に発売されたシングルをすべて網羅したベスト盤。 確かに後年のものほど馴染みがありませんが、選曲漏れがないので、彼女の存在とは何だったのか自体に思いが至るベスト盤です。 音も楽器の音像がよくてなかなかいいマスタリングをしている気がします。 2600円程度で推移しています。

  • ザ・ビートルズ -

    ザ・ビートルズ: ザ・ビートルズBOX(限定生産品)(USBメモリ)
    パソコンにUSB端子があり(たいていついてると思います)、パソコンで音楽が聴ける環境をお持ちの人ならば、聴くことができます。 現在のテクノロジーで最もいい音質で聴ける、ビートルズの音楽です。 ただし国内版にもかかわらず、訳詞とか一切なし。 ジャケットもブックレットもパソコンデータ。 純粋に音楽だけ楽しみたい人向けです。 また、曲間にコンマ何秒かのブランクが入ります。 「アビイ・ロード」 のメドレーも同様です。 しかし、音はさすがに、すごい。 大きな音量であればある程、目の前にビートルズが迫ってくる勢いです。 ツヤが違います。

  • The Beatles -

    The Beatles: The Beatles [USB]
    こちら上記の海外版。 内容的には国内版とほぼ一緒なので、値段が安いこちらのほうがいいでしょう。

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