永井一郎サン、加藤精三サンのこと
この1月17日に加藤精三サンが86歳。 そしてその10日後の昨日、27日に永井一郎サンが82歳。 私が幼いころから慣れ親しんできた声優さんが、立て続けにこの世を去りました。
なんつーか、自分よりひと世代上の人たちが鬼籍に入る年代に、すでに突入していることは承知しているのですが、いざそうなってみると、いかに私の親たちの世代の存在が重かったかに思いを馳せざるを得ない。
同時に、「自分たちの世代にはなにもない」 という無力感も湧いてくる(よく考えればいないこともないけど)。 さらに 「自分たちより下の世代には、輪をかけてなにもない」、という危惧すら覚える(田中マークンとか本田とかいるけど)。
ただ、世の中は無常だけれども、この日本という国は、戦後から高度成長時代にかけて、敗戦で疲弊した世の中を鼓舞し、牽引していった偉大な人たちが特に多かった、と感じることが最近とみに多いのです。
自分の中には 「声優さんというのは早死にが多い」、というヘンな思い込みというものがあって。
それは 「宇宙戦艦ヤマト」 の古代進の声をやっていた富山敬サンが比較的早世だったことに端を発するのですが、「ルパン三世」 の山田康雄サンとか、広川太一郎サン、野沢那智サンなど、定期的に若死にしてしまう人のインパクトが強かったことによります。
でも基本的には、声優さんの世界でもだいたいの人は、寿命を全うしていくわけで。
その声優というお仕事は、だいたいが戦後アメリカから輸入されたテレビドラマで吹き替えというものをすることから派生したのですが、手塚治虫サンが作業をスリム化した(それでも労力はかかるんですが)ことで量産が可能になった、国産アニメの隆盛という時代に乗って、我々ガキ共に夢を与えたわけですよ。
この独自なアニメの発展が、今の日本の文化の一翼を担うまでになったのも、そんな 「偉大な人たち」 の存在があったからこそなのであり。
もともとマンガという素地がなければ、そしてそのマンガが面白くなければ、アニメというものが発達していったかどうかは怪しい。 その点、わが国にはトキワ荘のマンガ家たちという奇跡的な一派が戦後に存在していた。 そして手塚治虫という巨人が、その中枢に存在していたからこそ、アニメは興隆した。
ただそのマンガという表現自体も、実は戦前の田河水泡サンの 「のらくろ」 あたりで大きく子供たちの支持を集めていたことは事実。 永井一郎サンが磯野波平の声を担当した 「サザエさん」 というマンガは、その田河水泡サンの弟子である長谷川町子サンによって、戦後間もなく連載が始まったマンガなのです(まあこれって説明不要という気もしますが、ここらへんまでさかのぼって体系的に説明しないと、どんだけ我が国の戦後世代のマンガ、アニメがとてつもないものだったのかが若い人には理解できないように感じます)。
加藤精三サンが星一徹の声を担当した、「巨人の星」 というマンガは、そのなかにおいて 「劇画」 というマンガの発展形のなかで誕生したエポック的なマンガ(諸説ございましょうが)。
その父親像というのは、それまでのマンガにあった表現形態から一歩進んだ、よりリアルを追求したものだった。
個人的な話で恐縮なのですが、私の父親がこの星一徹にとてもよく似てましてね(笑)。 気に入らないことがあるとちゃぶ台なんてチマチマしてない、食卓の大きなテーブルをバーンとひっくり返すような人で(笑)。 私はテレビで 「巨人の星」 を見るたびに、なんかどこかでビクビクしていた気がします(笑)。
だから私にとって星一徹は、「リアル」 そのもの。 ものすごく怖い存在だった。
ところがこの星一徹。
1980年代に始まった、フジテレビの 「オレたちひょうきん族」 で星飛雄馬役の古谷徹サンと一緒に、「巨人の星」 のパロディをやり始めたんですよ。 衝撃的だったなあ。
と同時に、このことで、時代が 「深刻、暗い、クソ真面目」 という方向から、軽薄短小という段階に移行したことを、如実に(私にとっては残酷に)提示された気がします。
そのカリカチュアは最近のauのコマーシャルまで、連綿と続いていた気がしますね。 剛力彩芽チャンとも共演したことになる(笑)。
永井一郎サンは 「サザエさん」 の波平役、というのが一般的ということになりましょう。 私もそのイメージが非常に強かった。
ただ、自分が中学生くらいのときはそのイメージが巨大すぎて、永井サンがほかの場面で出てくると、とても違和感を持ってしまっていた時期もありました。
そのいちばんの弊害は 「機動戦士ガンダム」。
永井サンがナレーションだったんですが、ナレーションが出るたびに 「コイツは波平、コイツは波平…」 という声が頭の中に広がり(笑)、ついにこのアニメをマジメに見ることがなかった(笑)。 それ以来ガンダムとは疎遠なままです(笑)。
「未来少年コナン」 のダイス船長役も、だから最初は 「コイツは波平、コイツは波平…」 という感じだったんですが(笑)、なんかズッコケキャラクターだし、何より話が面白いんで(そりゃそーだ、宮崎駿サンの出世作なんだから)気にならなくなった。
でもですよ、「さるとびエッちゃん」 ではエッちゃんの飼い犬で(エッちゃんがワカメだったよなあ、そーいえば)関西弁をしゃべるブルドッグ(なんじゃソリャ…爆)だったのに、当時は小学生くらいだったから気にならなかったんだよなァ。 チューボーあたりになるとヘンな知識が邪魔してダメだよな(笑)。
そんな自分ですが、永井サンの吹き替えでいちばん個人的に印象に残っているのは、宮崎駿サンの 「名探偵ホームズ」 のなかの、「海底の財宝」。
「さるとびエッちゃん」 のリスペクトなのか知らんけれども(笑)、登場人物が犬ばかりのこのアニメのなかで、永井サンが担当したのは、双子のブルドッグ(笑)。 イギリス海軍(だったっけな)のお偉いサンで、すごくエキセントリックな兄弟ゲンカをしていた(もちろん2役)。 当時私は大学生になっていたこともあって、もうかつてのような 「コイツは波平…」 という呪いの言葉も聞こえることがなく(笑)、素直に 「この人はすごい、やるときゃやる」、という印象を持ったのでした。
宮崎アニメの中では、「コナン」 のダイス船長をはじめとして、「ナウシカ」 でもミト、「ラピュタ」 でもなんかの将軍かなんか(なんだったっけか)、とにかく重要な役が多かった。
この加藤サンと永井サンが共演、はしてなかったのかもしれませんが、チョイ役で一緒に出ていたアニメが 「はじめの一歩」。 でも個人的にいちばん印象に残っているのは、なんと言っても 「ペリーヌ物語」('78年)にとどめを刺します。
ここでこのおふたりは、ペリーヌが精神的にいちばんつらかったであろう、パリ編での下宿屋で登場します。 永井サンはそこの下宿屋の、ごうつくばりの管理人、シモンじいさん。 お金のないペリーヌ親子に、馬車は○○サンチーム、犬(バロン)は…などと細かく料金設定してくる金の亡者で(笑)。 でも最後はペリーヌにとてもよくしてくれるようになる。
このときは永井サンの声が結構作っていたので、波平だとは気付かなかったなァ。
かたや、加藤サンの役はそこの下宿人で、とても美味しいスープを作るガストンさんという人。 ケチでなかなかそのスープを他人にやったりしない男だったのですが、ペリーヌの母親マリが病で弱っていくときにそっと差し入れしてくれた。
ここでの結末は本当に話が暗くて、もう涙なしでは見ることができません。
ただ声優さんたちに興味の中心を移すと、このパリ編でルクリおばさんという男みたいなおばさんが出てきて、ペリーヌ達と旅を共にしたロバのパリカールを買い取っていくのですが、この声優さんが磯野フネ役の麻生美代子サン。 思わぬところで、シモンじいさんの永井サンと共演するのです。 後年このことに気付いたときは、ちょっとだけコーフンしました(ハハ)。
私のなかでは、もう知り合いとかそういうレベルじゃなくて、遍歴の一部、魂の一部のような、このおふたかたが亡くなられたことは、残念という言葉だけでは言い尽くせません。
月並みではございますが、おふたかたのご冥福を、お祈り申し上げます。
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