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2014年1月 5日 (日)

「ごちそうさん」 前半まで見て

 前回の感想文からかなりブランクが空いてしまいましたが、この正月休みに去年の年末までの前半部分をようやく見終わりましたので、ちょっと全体的な感想を書いてみようかと思います。

 と、その前に、年始にやってた 「タイムスクープハンター」、ご覧になりました? 要潤サンが大正時代に本郷のあたりにタイムワープしたら、め以子が出てきた(笑)。 この番組で杏サンは、タイムスクープ社のナビゲイター・古橋ミナミとしてふだん働いているわけですが、思わぬところでかけ持ち出演。 沢嶋(要サン)がそれを見て、ミナミと勘違いするというからくり(笑)。
 そのときめ以子はお団子でも食べてたのかな(笑)。 「違います、私、め以子です!」 と言って逃げていきました(笑)。 そこに落ちあったミナミが登場。

 まったくイメージの違う杏サンの2パターンを見て、この時のめ以子がヤケにかわいく見えたのが、自分的にはまず意外でした。
 意外だというのは、「ごちそうさん」 の本編において、私がめ以子に対して持っているイメージというのが、いつも口を尖がらせて眉間にしわを寄せている、というものだったから。
 そして食いしん坊というわりに、あまり四六時中ものを食べてるイメージというものがなかった、というのもひとつ。

 つまり 「ごちそうさん」 本編では、め以子の魅力というものを、今イチ表現しきれていないんじゃないか。 逆に言えば、「タイムスクープハンター」 のスタッフの遊び心のほうが、皮肉にも、め以子の魅力を引き出してしまっているんじゃないか。 などと考えたのです。

 そしてもうひとつ考えたこと。
 杏サン、古橋ミナミをやっているほうが、やはりなんか、合ってるんですよ、私のイメージのなかでは。

 古橋ミナミはめ以子と違って、冷静沈着。 クールビューティ、という面持ちですね。
 「平清盛」 での北条政子もそうだったのですが、杏サンはどちらかというと、かなり理詰めで役を演じるタイプなのではないか、という気がします。 つまり、演技そのものが、とてもクレバーである役者。
 これってお父上である渡辺謙サンに影響された、というより、お父上の役者のスケールを杏サン自身が背負いこんじゃってる結果そうなっているように、私には思える。 あんな大俳優の娘が、チャッチイ演技などをしてはならない、というプレッシャーが彼女をクレバーにしている、というか。

 ただし、このクレバーな演技力が、め以子と生理的に合わない気がするんですよね。

 め以子って、設定上かなりバカでしょう(笑)。
 お見合いをやってる途中で断ってしまうという考えの浅さだし、材料費も考えんと豪勢な料理作っちゃうし(笑)。 父親の原田泰造サンや母親の財前直見サンも夫の悠太郎も友人たちも、そして本人でさえも、「め以子という人間はバカだ」 ということを認識しまくっている(小姑の和枝さんはかなり本気で思っている…笑)。 直情径行で、あまり本音と建前を上手に振り分けるタイプじゃない。

 でも当のめ以子は、自分の本能に従って行動してしまうわりに、その自分の状態を、かなり冷静に分析して言葉に出来る能力を有している。 思慮が足らないバカとかいう設定のわりには、クレバーなんですよ。 どうもこの自語相違が、見ていて気になる。

 これは 「ごちそうさん」 全体に流れている、ある 「理詰め」 の雰囲気と合致しているようにも感じます。
 これって脚本の森下佳子サンがかつて書いた 「JIN-仁-」 とも共通しているように思えるのですが、この人の書く話って、人物の動機というものがかなり考え抜かれている傾向にある。 「ごちそうさん」 の東京編には、そこらへんの緻密さが比較的なりをひそめていて、ずいぶんのんびりとした脚本を書くようになったんだな、原作がないとこんなものか、という気がしたんですが、大阪編から話は人物の内面をかなり深くえぐるようになっている気がしますね。

 と同時に、話がなんとなく論理的に動いていってる印象がするんですよ。
 たとえば、大阪での小姑、キムラ緑子サン演じる和枝の意地悪な性格がどこからきているのか。 これを説明するために、和枝の小さい頃からの性格までさかのぼり、そして物語は、その持って生まれた性格から生じた因業の深さにまで、話を切り込んでいく。 和枝は株投資の詐欺に引っかかって、ガス漏れ騒動を起こすまで話が深刻化してしまう。 東京編のほのぼのモードとは対極の、話の振れ幅です。
 ここらへんの展開は見ていて凄みさえ感じるほどでしたが、凄すぎていたたまれなくなったのも確か。

 和枝は、妹である希子から言われたことを自分の胸に当てて、なんとか自分の持って生まれた性格を直そうと試みるのですが、結局それが出来ません。
 お話がメデタシメデタシ、という方向になかなかいかない、というのは、作りそれ自体がクレバーであるからだ、と私は思います。 ドラマなんだからノーテンキに解決しちゃえばいい。 そんなスタンスを取れないんですよ、あまりに賢すぎると。
 最終的に和枝は、農家に嫁ぐということで物語の表舞台からいったん退かせ、クールタウンするという方法しかとれなくなる。 これもクレバーな退場のさせかただと感じます(クレバークレバーとしつこいねどうも)。

 ただ和枝役のキムラ緑子サンには、もう唸らされまくりました。 コテンパンにやっつけられるのではなく、あくまで自分の因業の始末としての退場。 それをよく演じていた。

 め以子がぬか床を別れ際に渡して、これをいけずだ、と表現するのは、やはりめ以子ってクレバーなんだと思う。 だけどそれって、和枝にとってはあくまで 「小賢しい」 の域を出てないんですね。 和枝は立場上負けたままに自分を置かないために、その場でそのぬかの入った甕を叩き割る。 仲直りもしない、みじめでもない、実にうまく出来た退場のさせかただ、と感じました。

 物語が次に狙いを定めたのが、西門家の凋落の原因となった、悠太郎の父親正蔵の取り扱い。

 もともと、め以子からの求愛を 「お断りします」 と悠太郎がむべに断っている時点で、西門家にとてつもない結婚への障害があることは示唆されていたのですが、この西門家の状態が、悠太郎をこういう頑固で意固地な性格にしてしまった、というところまで、物語が考え尽くされている。

 そしてその淵源に、銅山の鉱毒問題を絡めてくる、という手。 正蔵をその問題の責任者に据えてきた。 これも、やはりかなり重たい問題であり。

 ただし物語は鉱毒問題に対してどこまで責任を追及させるか、という手段を登場人物たちに取らせない。 正蔵と悠太郎が長年のわだかまりを捨てて和解する場面では、やはり見ている者を感動させることに成功したと感じるのですが。 やはりここは、正蔵を演じる近藤正臣サンの演技が手練れていた、という印象に落ち着くでしょうか(なんかどうも上から目線だな…はっきり 「泣けた」、と言やいいのに)。

 ええ、ええ、泣けましたよ(カワイクナイねどうにも…笑)。

 ここから感じるのは、どうにも取り返しのつかないことって、やはり起きてしまうんだ、ということ。 正蔵はあくまで、自分の人生逃げて逃げてばかりだったけれども、その苦しみを背負い続けた、という時点で罪も抹消される、かもしれないし、やっぱり結局責任逃れだ、と謗られても仕方ないかもしれない。

 それをうやむやにしている、という点では、とてもリアルに近い始末のつけ方なんじゃないだろうか、という気はするんですよ。
 人生なんて、責任のつけ方がうやむやに終わってしまうものだらけだから。
 まあ、物語に正蔵を残しておきたいから、鉱毒問題の責任をあいまいにしたのかもしれませんけどね。

 そんな物語の中で、め以子は本当に、毎日笑顔で暮らしているんだろうか。
 物語は、食べ物を中心として、「ものを食らう物語」 として成立しているんだろうか。
 私の考えでは、ちょっとそこらへん、うまくいってない気がします。
 それはやはり、物語がノーテンキな方向で動いていない、ということが最大の理由なんじゃないのかな~。
 食欲というものはたぶんに本能的なものなんだと思うのだけれど、物語がなんとなく、理屈で進めたがっているから、そこに齟齬を感じるのでしょう。

 つらい現実の中で、食べ物を食べたときに、「ああ生きててよかった」、と思えるくらいのお話であればいいな、と私は感じます。 め以子に、オープニングテーマのときくらいの笑顔でいてほしいな、と感じます。

 物語は後半。 その予告みたいなものを見たんですが、西門家はガラッと雰囲気が変わるみたいですね。 子供も3人もいるし、その子たちも、1月の終わりにはずいぶんと大きくなっている。

 その、自分の子供たちに比べて悠太郎とめ以子が、あんまり歳の差を感じさせない、というのは、これはご愛嬌でしょうかね(笑)。 話が大きく展開することに対して、ちょっとしたワクワクは、感じています。

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コメント

杏サン、CMとか雑誌表紙とか売れてますね~。
活動内容と差が無いので別に構いませんが。

>子供も1月の終わりには大きくなっている。
ああ、そうなんですか。
め以子が杏サンの実年齢に一番近い時期は短いのですね(笑。あの髪型とほっかむりはイマイチなので後半予告でやっていた、おしんっぽい姿に早く変わるのもいいか?

リウ様
こんにちは。

新年1回目、観ました。
め以子が、ちゃんと大阪のおかんになっていました。2階の部屋に3人並んで寝る子供たちを起こしに上がるめ以子の図は、なんとなく「カーネーション」を思い出しましたね。もっとも、こちらのおかあちゃんは、布団引っぺがしたりはしませんが(笑)。

森下さんは、クレバーといいますか、本当にエピソードを一つ一つ、理詰めできちんと落としながらホンを書かれますね。私は、TBS版「とんび」のとき、それを強く感じました。「あの話、どうなっちゃたの?」とか、「この人、こんなんだったっけ?」と言う疑問が、観ていて殆ど湧いてこない。
だからこそ、泣けるときには素直に泣けるし、ここぞというときに感動できるのかなあ、と思います。

その代り、と言っては何ですけど、クドカンのように、おちゃらけのようなやり取りの中に、重たい意味を持つ言葉をぶっこまれる驚きはないし、渡辺あやさんのように、思い切った省略により、観る者があれこれ想像力を働かせることもない。まあ、ここらへんは、それぞれの作風なのでしょう。

でも、まあ、かなりの変化球だった前作の後に、こういう、無駄のない、それこそ「始末」の極みみたいなドラマがあるのもいいのかな、と思います。いくら「朝ドラ」とは言え、一つの作品で、趣味嗜好価値観がこれだけ細分化した現代の老若男女を満足させるのは無理ですから。最近の朝ドラは、意図して、作品ごとにカラーを変え、シリーズ全体として多くの人に楽しんでもらおうとしているように思えます。

まあ、かく言う私も、和枝さん、正蔵さんの週ではかなり引き込まれて観ていたんですけどね(笑)。

巨炎様
コメント下さり、ありがとうございます。 返信が遅れましたこと、重ねてお詫び申し上げます。

杏サンは見方によってはかなりカワイイ、と私は踏んでいます(酷い言い草だ…笑)。 アヒル口をさせておくには惜しい(笑)。 「タイムスクープハンター」 を見て認識を新たにいたしました。 もっとかわいいめ以子が見たい、それが私の目下の不満です(ハハ…)。

前半の最後で生まれた女の子は、まあ、今週に入ってからはまだ見ておりませんが、予告では焚き火遊びとかしていたみたいですね。 直子みたいなものなのかな。

Zai-Chen様
コメント下さり、ありがとうございます。 返信が遅れまして申し訳ございません。

私はどちらかというと、シリアス化に対してはちょっと戸惑いながら見てましたね。 というのも、出だしがラブコメだったから。 いや、少女時代はラブコメじゃなかったか。

んー、なんというか、もうちょっと笑えるシーンが多かったらいいのにな、という感覚で、このレビューも書いてますね。 たとえ笑わせても、クスッという笑いがほとんど、という気がします。 馬介とか室井とか、もうちょっと上手に使ったらもっと面白いのにな、という気はするんですよ。

で、どうも年のせいか(最近この言い訳多いぞ…笑)、その場その場で重要だなと思われるセリフが、あとで思い返すと何を言ったんだかよく覚えていないケースが多いんですよ、このドラマ。

そのことを踏まえて考察した結果、「つまりセリフが論理的すぎて、心に残らないのではないか?」 という思いに至ったわけです。 今回の記事の中で、「クレバー」 というのは褒め言葉でありながら、どこかでそれを皮肉っぽく言おうとしているところがある。

まあこれは、ただの個人的な感想なんですけどね。 これでこのドラマを一刀両断に批評するとかいう気持ちはないです。

でも、なんでこのドラマを見続けているのか、自分でもいまだにその理由が分からないところがあります。 このくらいの朝ドラはいくらでもあった気がするし、だいたいかなりの傑作でないとたいていリタイアしてしまうんですから。

結局杏サンを見ていたい、ということなのかもしれないし、キムラ緑子サンがどのような形で再登場するのかにも興味があるのかもしれない。

よく分からんです(笑)。

さて後半スタートですが…。栄之助ー!!(笑。
「カーネーション」の時には現代パートで一人和服のまま、やり手だった守やマメに老けていた譲に比べても終始、チャラ男だったのが今回は洋服姿で頼りがいあり?
次週は「これで、終カレー」って希子が彼と結婚して退場とか?悠太郎と余貴子の再会は、ちょとミスリードというかフェイクの匂いも…。

しかしラジオにカレーと「カーネーション」のキーアイテム(ただし、ちゃんと観ていないと解らない)を解り易く話の中心にもってくる「ごちそうさん」スタンスは相変わらず。こりゃ、ケーキもあるかな?食が中心になるのは必定だけに最後はめざしか~。

>「セリフが論理的すぎて心に残らない」
まあ、これが良くも悪くも親切設計な所。
ふ久が物理現象に興味を持つあたりは
め以子に「悠太郎さんの血」と言わせ、
それが落石や放火といった犯罪行為に及ぶのは
窃盗の前科があった自分の血も影響している件を
自覚していない辺りは、糠漬けナレでツッコミ。
解り易い分、重厚感や深みは損なわれる。

一方「カーネーション」では優子や直子の子役時代の描写の積み重ねが「小難しい」(糸子談)性格形成に影響していく様、子役時代が1週限定だった糸子よりマメといっても言いぐらい。ただ台詞で説明など一切、されないわけで…。

巨炎様
コメント下さり、ありがとうございます。

実は先週分、ただいまレビュー執筆中です(笑)。 その途中で 「軍師官兵衛」 第2回を見てしまって、官兵衛のほうを先にアップしてしまった(笑)。 気付いたら巨炎様からコメントいただいてた(笑)。

で、先週の新年第1週を見ての感想は、まあそちらでということですが、まああまり、褒めてるレビューじゃないですね(いや、あまりじゃない…笑)。

そうなんですよね、私が今週注目していたキャストは、「良い子」 の長江サンと、もうひとりが茂山サン。

ただなんか、あまりテレビの近くで見てなかったので、顔がよく分かんなかった、というか。

「アイス」 のダジャレが2回目だし、なんかもうダジャレも限界?みたいな(笑)。

「カーネ」 と比較してはいけないとあれほど…(笑)。 セリフで説明し過ぎなんですよ、このドラマ、「カーネ」と比較したら(だから比較したらこーゆー論調になってまう…爆)。

で、相変わらずめ以子に 「私バカだし」 とか言わせてるし。

あ~、もうあとはこれからレビューのほうに書きます(笑)。

やっぱり「カーネーション」と「梅ちゃん」の
ハイブリットが「ごちそうさん」テイスト?

源太と再会した時には悠太郎の嫉妬に悪い気がしなかっため以子が余貴子の再登場にイライラ。源ちゃんが呆れて通天閣に同情するぐらい。
「カーネ」で勝に浮気された時には感じず、周防と不倫した時には感じた「女のいやらしさ」を意図的に出しているのでしょうね。

ただ、リウ様が先のコメで指摘したように三人の子供を産み育てて8年間夫婦として過ごしてきたなら、嫉妬するにしても、もう少し落ち着いた感じがありそうなもの。モテ期⇒三行半(?)のインターバルが作中の歳月というより放映期間中程度の感覚で、時代モノでありながら現代ドラマ的。

これも、め以子自身に「女学生みたい」と言わせてワザとやってるんでしょうね。本作の高視聴率は「梅ちゃん先生」の時と同じイメージで深く考えて観ない浮遊層主体。「ライト」「解り易い」が重視されている感じです。

巨炎様
コメント下さり、ありがとうございます。 返信が遅れました…。

「カーネ」 のことを意図的に分かりやすくなぞっている…なるほどです。 まあレベルじゃ太刀打ちできないからこうするしかないかも(辛辣だな…笑)。

今週の月曜日分を見ましたが、「好きで好きで困っとんねん…仕事が」 だって。 ズッコケにもなりゃしないっつーか(辛辣×2)。

もうどーでもええねんけど(辛辣×3)。

和枝と正蔵のことまでは計算してたけど、その先はグダグダ、という感じがしますね(辛辣×4)。

このまま視聴が終了しそうです。 サヨ~ナラ~(辛辣×5)。

とりあえず今週末までは我慢して見てみます(ハハハ…辛辣すぎました)。

>グダグダ
どうなんでしょうね。
メイン二人に関するプロットはしっかりしていて
「カーネ」ほどの重厚感は無いものの
「梅ちゃん」ほど行き当たりばったりでも無い気がしますが。
で、今日までの感想。

め以子が一家の大黒柱を追い出しちゃう展開で気づいたのですが、コイツの経済観念の希薄さって元がお嬢様ってだけじゃなくて大五の血なんでは?家計簿を几帳面につけていた根岸お母さん似なら絶対にできん。
和枝と正蔵に「始末」を仕込まれていて良かったな~。
(和枝さん再登場。ミセスキャベツって、まさか…)
源太に「余貴子がいたから今の悠太郎がある」という考えで自分を納得させようと話す辺りは、悠太郎と結婚したから源太に再開できたという自覚があるからだろうし、悠太郎が家庭でも職場での「逃げられるものなら逃げたい」という憎んだ事もある父と同じ体験をするのも二人が現実のグレーゾーンに清濁併せ呑む発想を持つニュアンスがあるのでは?

しかし余貴子さん観ていると、悠太郎と同じで理詰めで考えすぎる所があると思います。彼女では西門家を明るくはできなかったし、他の女の名前を寝言で出されても無理に聞かなかった事にした挙句、壊れてしまうかも。

とりあえず本日から「足尾からきた女」。
やっぱりオノマチは、こういう役が本領?

巨炎様
コメント下さり、ありがとうございます。

あの~言い訳がましくてナンなんですが、前回のコメントは酔っ払って書いてましたんで、そこらへん差し引きしていただければ、と存じます(笑)。

でもまあ、グダグダじゃないけれど、アキが東京編から出てきてる時点で計算されてたことだったろうけれど、やはりどうにも今週の決着の仕方は、これまでにも増して理屈っぽすぎる、と感じますね。

まあめ以子流に言わせていただければ、私もバカだから、どうしてふたりが仲直りできたのかが、見ていて分かりませんでした。 そんな理屈で納得するんなら、め以子はどうしてあそこまで意固地になって怒っていたのだ、と。 周囲もドン引き、悠太郎も検閲という言葉で応戦してたけど、寝言にまで過剰に反応されては身もフタもないです。 「女学生みたい」 というセリフで予防線を張っているのも、め以子のずるさ(ひいては作り手のずるさ)も感じてしまうし。

今週のお話を見ていて感じたのは、要するにめ以子が悠太郎を追い出す、というシチュエーションを作りたかったがゆえの展開だったのではないか、ということです。 だから新婚時代のめ以子のおおらかな意識とも、意図的な齟齬を作り手は設けている。

私に言わせれば、悠太郎はアキとの秘密を、そこまで夫婦間のこじれの原因になってるならとっととめ以子に話しちゃえばよかったと感じますね。 結果的に二人の持っていた秘密というのが、私に言わせれば大した秘密になってなかった、と思うから。

悠太郎がめ以子に、あなたのカレーに戻ってきてしまう、としゃべっているところ、数か所セリフの差し替えがあったみたいです。 途中からアフレコしたような感じでした。 おそらくこれは、東出サンがセリフを言い間違えたのではなく、理屈をもうちょっときちんとしたものに変更したくてそうなったんだと思う。

作り方が 「理詰め」 という範疇を出てないから、そういうセリフの細かいところが気になるのだろうし、結局そんなセリフって、「私みたいなバカ」 にはちっとも心に残らないんですよ。 どうしてこれで納得できるんだ、みたいな。

正直なところ、かなり視聴意欲は減退しています。 まあ子供たちもどんどん成長させるし戦争には突入するしで、結局最後まで見てしまいそうですけどね。

なにしろ今週は、め以子の不機嫌が、こっちも見ていて不快でした。 源ちゃんじゃないけど、許したれやみたいな。

リウ様
おはようございます。

今週の「ごちそうさん」
確かに、「それでいいんかい」という始末の付け方でしたね。一応理屈は通っているけど、釈然としないというべきか、太巻さんではないけど、「な~んか違う」と言うべきか。

どうも、1週間でエピソードを決着させなければならない、土曜日には決めゼリフの「ごちそうさん」を誰かに言わせなければならないということに拘り過ぎている気がしますね。図らずも今週、同じようにヒロイン夫妻のすれ違いを描いていた「ちりとてちん」が、綺麗にまとめると思いきや、まさかの展開で来週持越しになったのとは対照的です。

こういう、定型化した繰り返しパターンって、諸刃の剣だと思うんですよ。観る側の感情と上手くシンクロしているときは「待ってました!」となるんですが(倍返し!とかですね)、上手く感情移入できない展開の後にやられても、「なんじゃそれ」という風になってしまう。そんなパターンの陥穽を、強く感じる昨日でした。

「足尾から来た女」は、私としてはかなり面白く観ることができました。テーマの重さもありますが、なによりドラマとしてよく出来ていると思います。
オノマチって、いいホンで演じれば演じる程、役へのシンクロ率が高まる女優さんなのでは?そういう意味では、今回は、(役名の)サチそのものでした。

Zai-Chen様
コメント下さり、ありがとうございます。

「足尾から来た女」 のレビューを執筆中ですが、どうにも論旨が難解で手間取っております(笑)。 文章の才がもっとあれば、簡単に分かりやすく書きあげることが出来るんでしょうが、いまのところ大幅に書きなおさなければアップできるようなシロモノではございません(笑)。 アップできたとしても、ご理解いただけるようなレビューになっているかどうか…。

「ごちそうさん」 について、「足尾」 のあとにあまり考えたくないんですが(笑)。

なんつーか、問題を起こしたくて起こしている脚本には、共感が出来ないですね。

「倍返し」 と言えば、「足尾」 で鈴木保奈美サンが自分の子供にけしかけてましたよね(笑)。 「6発やられたら、12発やで!」 みたいな(あ大阪弁じゃないか)。 「倍返しかよ」 とテレビに向かってツッコミました(お約束)。 そのあとの子供の返しにも笑いました(笑えるドラマじゃないんですが)。

なんか 「ごちそうさん」 には、セリフだけで解決しようとすんなよ、と言いたいです。

今週までがBOX2巻の内容。
まあ、正蔵の大往生を通じて大阪編登場してきた
キャラの総決算という感じで、さすがに盛り返した感じ。
(大五達は最早、空気っぽいですが)
特に和枝さんが柿の葉が落ちるのを見ている場面、
作中で全く登場しない最初の奥さんが迎えに着たよう…。

まあ、やっぱり朝ドラは中盤~折り返し時期は
中弛みを生じ易いのかもしれませんね。
「カーネーション」も周防編の頃は
後半は迷走してしまわないか心配してました。
続く三姉妹編のボルテージの上がりっぷりは半端なかったけど。

巨炎様
コメント下さり、ありがとうございます。

今週(いや、もう先週になるのかな)の水曜日分まで見たんですが、そうですか、正蔵は死んじゃうのですか、って完璧にそういう流れだしなァ(笑)。

まあ正直に書きますと、相変わらず理屈っぽい感じがします。 巨炎様はこのドラマをどのようにご覧になっていますでしょうか。 私は僭越ですが、なんかどうも、笑かそうとしている部分でも笑えないし、見ていてイライラすることが多いです。

私が 「カーネ」 で危機感を抱いたのは、夏木編の第1週のみだったですねー。

>理屈っぽい
「ごちそうさん」と言わせる方向に無理にでも持っていこうとしている所はあるかもしれませんね。ただ、そういう意味では今週の源ちゃんの出征話は捻りが効いて良かったかも。

「カーネーション」では勘助自身が自覚していないような感情を平吉に代返させていましたが、それを上手く料理した感じです。
め以子&源太と通天閣&アキの組み合わせは恋愛と家族愛の中間的なイメージっぽい(正蔵が倒れた時には源ちゃんも「第二の父」的な発言してましたし)。酔いつぶれた源太がお袋にしか話せないような本音をめ以子に洩らし、居合わせた悠太郎が何も語らずに去っていくのはいい感じ。

巨炎様
コメント下さり、ありがとうございます。

このところ 「最高の離婚」 の再放送を関東地区では毎日やっておりまして、まず夜勤から帰ってひと眠りして見るのがこのブログとその再放送の繰り返し(笑)。 「ごちそうさん」 の視聴がますます遠のいていきます(笑)。 どうもこのままフェードアウトしそうですね。 なんとなく見るのに気が重い。

「『ごちそうさん』 と言わせる方向に無理にもっていく感じ」 というのは、Zai-Chen様もご指摘されてましたね。 私も感じます。 要するに話が無理やり、ということです。 理詰めで話が運ぶわりに、登場人物たちがヘンなところ(特に週の序盤)でバカだ、というのが、私のこのドラマに対する大まかな印象ですね。

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  • マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 下

    マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 下
     1600ページも費やして、この上下巻はまだ彼らのデビューまでしか書かれていない。 3部作計6巻のうち2巻に過ぎないのだ。 なんと気の遠くなるような作業なのだろう。  本書はビートルズを語るうえで孤高の一作となるはずだ。 虚飾をすっかり剥ぎ取った、20世紀最大の奇跡に潜む真実が、これを読めば理解されるはずである(当ブログ紹介記事より抜粋)。 本書下巻では、1962年のレコードデビューまでが書かれています。

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    ポール・デュ・ノイヤー: ポール・マッカートニー 告白
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    全200ページ程度のボリュームのなかで、キャンディーズに関する特集記事は50ページ。 ただし、これが濃い。 全シングル曲、ほぼほとんどのアルバムの解説は当然として、彼女たちの芸能界における歴史から見た考察、コメディエンヌとしての彼女たち、DVD解説など多岐にわたり、キャンディーズが分析されています。 特に圧巻は、レア音源に関する記述。 ここまで調べている読み物には、個人的にはお目にかかったことはありません。 700円。

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  • 山口 百恵 -

    山口 百恵: ゴールデン☆アイドル 山口百恵(完全生産限定盤)
    全シングルA・B面プラスボーナストラック(「あなたへの子守歌」)を、山口百恵名義としては初のブルースペックCDとしてリリース。 音はいわゆるドンシャリ系ではなく、アナログ盤に準拠した原音に忠実な印象です。 パッケージングはアナログシングル盤サイズで中袋、CDを納めるケースが完全にドーナツ盤をイメージしています(よく言えば斬新…笑、悪く言えばチャッチイ…笑)。 しかしその発想は買える(笑)。 ほぼ原寸大のシングルジャケットと裏の歌詞カードの複製ブックレット。 ただスキャニングは欲を言えばもう一歩。 当時シングル盤を中心に聴いていたかたなら、この編集盤はかなりの 「買い」 です。 しかしこのジャケット表紙の写真、スッピン風で個人的にはすごく好き。

  • デイヴ・グルーシン&リー・リトナー -

    デイヴ・グルーシン&リー・リトナー: Two Worlds / Grusin & Ritenour
    NHK朝ドラ 「花子とアン」 で美人のスコット先生が夜な夜な歌い、チビはなチャンがすっかり覚えてしまったイギリス民謡、「ザ・ウォーター・イズ・ワイド(流れは広く)」。 このアルバムでルネ・フレミングが歌っていたのを思い出しました。 ルネのソプラノはけっして大袈裟でなく上品で、私のとてもお気に入りのソプラノ歌手ですね。 このアルバム自体は全体的にクラシックにギターのリー・リトナーが絡むフュージョンぽいものなのですが、故・黒田恭一サン評するところの、「大人が聴く音楽」。 胸を締め付けるような哀しみと、すべてを包み込むようないたわりに満ちていて、私の人生のなかでも最上位に位置する愛聴盤です。

  • 桜田淳子 -

    桜田淳子: ゴールデン☆ベスト 桜田淳子~シングル・コレクション
    彼女の活動期に発売されたシングルをすべて網羅したベスト盤。 確かに後年のものほど馴染みがありませんが、選曲漏れがないので、彼女の存在とは何だったのか自体に思いが至るベスト盤です。 音も楽器の音像がよくてなかなかいいマスタリングをしている気がします。 2600円程度で推移しています。

  • ザ・ビートルズ -

    ザ・ビートルズ: ザ・ビートルズBOX(限定生産品)(USBメモリ)
    パソコンにUSB端子があり(たいていついてると思います)、パソコンで音楽が聴ける環境をお持ちの人ならば、聴くことができます。 現在のテクノロジーで最もいい音質で聴ける、ビートルズの音楽です。 ただし国内版にもかかわらず、訳詞とか一切なし。 ジャケットもブックレットもパソコンデータ。 純粋に音楽だけ楽しみたい人向けです。 また、曲間にコンマ何秒かのブランクが入ります。 「アビイ・ロード」 のメドレーも同様です。 しかし、音はさすがに、すごい。 大きな音量であればある程、目の前にビートルズが迫ってくる勢いです。 ツヤが違います。

  • The Beatles -

    The Beatles: The Beatles [USB]
    こちら上記の海外版。 内容的には国内版とほぼ一緒なので、値段が安いこちらのほうがいいでしょう。

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