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2014年4月 6日 (日)

「花子とアン」 第1週 かなりしっかりとした話

 第1回を見た限りでは、「『赤毛のアン』 のエピソードを絡めた、牧歌的な話なのかな」、という感想を持った今回の朝ドラ。 山梨の方言丸出しのセリフ回しがとても別世界に思えて楽しかった。
 しかし物語は第2回から、「地主と小作人」 という当時の農業の構造を堅実にまとめて見せ、しかも三島…じゃなかった、エート主人安東はな(山田望叶チャン)の父親である伊原剛志サンが、ただノーテンキな人物ではないところをさらっと描写する。 1回目で花子が石板叩き割り攻撃をした相手の男の子、朝市(里村洋クン)とのわだかまりも急速に修復する、という、展開のもたつきを極力排した話の運びもする。 前回の朝ドラと比較するのもナンですが、脚本力の違いを格段に見せつけているように感じます。 見ていて1回の15分がすごく短い。 美輪明宏サンの 「ごきげんよう、さようなら」 が出るとエッ、もう終わり?みたいな感じで毎回終わる。

 これは画面から滲み出る情報量がかなり多いことに由来する気がします。
 第1週を見ている限り感じたのは、1900年、明治後期の山梨県甲府の空気感を醸し出すことに、比較的成功しているのではないか、ということ。
 甲府、というと、東京からさほど離れていない印象があるけれど、当時の交通の便はどうだったのかな。 結構悪かったのではないか、という気がします。 旧甲州街道って笹子峠とか起伏があるし。
 そんななかで甲府と東京を行ったり来たりしている三島…じゃない(どうも 「はつ恋」 が抜けんなァ)伊原サン演じる行商人。 「肝心な時に婿殿はいたためしがない」 と、じっさまの石橋蓮司サンにチクリとやられるけれど、それにはきちんとした理由が存在している。 それをドラマはいちいち説明するわけでもないのですが、母親の室井滋サンとの馴れ初めのシーンで三島…(しつこい)伊原サンが行き倒れてたりと、ちゃんとプロットの上で 「東京-甲府間の行商のきつさ」 が表現されている。 両親の馴れ初めのエピソードが事実なのかフィクションなのかは分からないけれど、両親の描写もいい加減だった前作の朝ドラと比べると、もうなんつーか、第1週でリキが入ってるのかもしれないけれど、話の構造がゴシック建築みたいに感じる。 これってやはり、事実に基づいた原作がある強みなのかもしれません。 完全フィクションでここまでやるには、もう最初から膨大な量の設定資料を作る必要性がある、と思うのですが、前回の朝ドラは全くそのへんの深みはなかった(なんかすごくけなしてますね、前回のヤツ)。

 まあ深みがないほうが視聴率はいいんですどね、朝ドラの傾向としては(スゲー嫌味ぬかしとるぞ…笑)(「梅ちゃん先生」「ごちそうさん」 ファンのかた、ゴメンナサイ)(って 「梅ちゃん」 も入るんかい)。

 だからというわけではないが、今回は視聴率悪そうな気がする(ハハハ…)。

 翻れば、かなりの傑作に入る予感がするんですけど。

 少女時代の山田望叶チャンの演技から安東はなの性格が滲み出まくりだったことはここからも自明ですが、本がすごく好きな性格を、第6回目(土曜日放送分)で母親のDNAを受け継いだ形にまで昇華させています。 母親が三島(…)から聞いたいろんな場所の話にときめいたのと、自分が本を読んでいろんな場所を想像し、胸を苦しくさせるのとはおんなじだ、という話ですね。
 ここでははなが、両親の馴れ初めを立ち聞きしていたからそういう話になったんですけど、近所のおばちゃん(松本明子サン)から、はなにしっかり 「ボコ(子供)のきく話じゃねえ」 と釘をささせるのも忘れない。 ここらへんのなにげないセリフの周到さ。 「両親が出会った話くらいいーじゃん」、という現代の視点では、けっして出てこないセリフだと言っていい。

 この安東はな。
 「貧乏な小作人の娘」 という時点で一家に欠かせない労働力の一員であることを初回から見せまくっていましたが、地主のカンニング竹山(敬称略…笑)が年貢増税したので(あーもう、テメーラの都合で増税とか、現代も地主と小作人の関係そのままじゃねーか、国と国民って)自分から 「奉公に出る」 と勝手に決めて、カンニング竹山に頼み込んで話をまとめてしまう。

 ここらへん、並のドラマならば 「健気」 というレベルで語られるんでしょうが、このドラマはけっしてそんな視点ではなを描いていない。 「一家が困窮しているから、奉公に出るのは当然だ」 という、明治に生きる少女の視点で描かれているんですよ。
 これが大人たちにとっては、「子供の浅はかさ」 というレベルで捉えられている。 「奉公に出るったって、そんな生易しいものじゃないんだ、しかもお前ひとりがいなくなったらこちらの労働力もひとり減る」、という観点なんですよ。

 三島…が(三島かよ)勉強もできない長男に対してロクでもないと考えるのと、長女のはなに対してかける期待の過大さ、という 「ひいき」 の仕方に対しても、このドラマはきちんとその展開を考えている。 はながカンニング竹山に依頼した奉公の仕事は男の子ではないと務まらないという話になったときに、長男の吉太郎が 「おらが行く」 と言い出すのも、父親から自分はよく思われていない、という負い目があったからの話になっていて。
 伊原サンは伊原サンで、行商でいろんな土地の情報を見てきているから、明治の自由民権運動なんかも直に接している。 自分の子供に学をつけさせよう、という気持ちが強いのは、ここから発生している、という因果関係もしっかり描写しているし。

 で、寡黙ではあるけれどじっさまの石橋蓮司サンの存在もかなりリアルだし、その娘である室井滋サンの描きかたも、かなり深い。

 もともと貧乏な小作人のひとり娘(ほかの子供が病死したとかもあり得るか)みたいだから、ムコ殿をとるというのは当然考えられるのですが、学もないからそんなに頭のいい女性としては描かれてない。
 でも、凡庸ではあるけれど、やはりちゃんとした母親なんですね。 はなが無断で教会に入って本を読んで、共犯者の(笑)朝市を置いて逃げて帰ってきてしまった、と懺悔しても、室井サンははなをむげに叱らない。 はなが持ち込んだ奉公人騒動も、ただオロオロしながら自らの存在を悲しみ、それを受け入れていく。 「雨ニモ負ケズ」 に出てくる賢治の、ひいては当時の農民の姿と、重なるんですよ。
 そんな母親が、長男の奉公あけを機会に、はなを女学院に行かせてくりょう、とじっさまの石橋サンに頼み込む。 その場にいた父親も、一緒になって土下座する。 憤然としてその場を立ち去るじっさま。 ピシャリと締まる木戸の音。 土下座したままの両親。
 憮然としているじっさまのもとにはながやってきて、自分はじっちゃんと一緒にいるという約束を破らない、と話すのですが、石橋サンは 「オマエの母親は頑固で言い出したら聞かない、まるで富士山のようだ、名前が 『ふじ』 だけえな」 と話す。

 ここらへんの、シリアスとユーモアが渾然としているドラマの佇まい。 「おしん」 みたいにダバダバ泣かせるのかと思うと、「泣いてばかりじゃ人間生きられない、どこかで悲しみを受け入れ、ユーモアでスルーしないと」 という、人間の生業のリアルさを肌で感じるんですよ。

 そしてドラマとしての仕掛けがあったように感じるのは、「はなはいつになったら、ちゃんと『花子』 と呼んでもらえるのか?」 ということ(笑)。
 この第1週ではなは、もうことあるごとに 「自分のことは花子と呼んでくりょう」 と言い続けるのですが、私が見た限り、誰~もはなを 「花子」 と呼んでない(笑)。 そりゃもう、ムキになってるのかというくらい、誰も花子って呼ばないんですよ(笑)。 友達もじっちゃんも両親も(笑)。 なんか次週の予告を見る限り、吉高サンになってからも 「花子」 とは呼ばれていない模様(笑)。 もしかすると花子の生涯の友、仲間由紀恵サンが初めてはなを花子と呼ぶような、そんな予感がする(あくまで予感)。

 第1週では、かなりよく出来たドラマだ、という印象を持ったのですが、その吉高サンにバトンタッチしてからはどうなっていくのか。 そこらへんに注目、といったところです。

 …。

 三島じゃねーぞハシモト! 安東吉平だ!

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コメント

リウ様 ご無沙汰です。

 出遅れましたが、復帰おめでとうございます。
当方も人事異動があって勤務状況が変わり、バタバタして遅れてしまいました。
 しかし「はつ恋」を引用して下さってありがとうございます。反応できるのは小生位かと思われますので大変恐縮です(笑)。伊原さんのほかには竹山さんが出ていますね。あと朝市くんが「村上健太」とははじめ気がつきませんでした。少し成長したのもあるのでしょうが、全く違う役柄で。。。青年期の朝市が窪田君(下流の宴)のですから、これらのキャストは「はつ恋」というより中園さんのお気に入りか(笑)。
 今のところ伊原さんの汚れ役(?)に少し違和感を感じていますが、カーネもはじめは麻生さんに違和感を感じていた(「JIN」とのギャップですね)くらいですから、心配してません。。。花子のモチベーションに関わる重要な役ですしね。
 「はつ恋」しか知りませんが、中園さんは最近の朝ドラのような視聴者へのくすぐり(ギャグ)を入れる方ではない印象ですから、視聴率は落ちるかもですね。その分重厚なドラマになりそうな気もしています。
 

Fクルーラー様
コメント下さり、ありがとうございます。 仕事の環境が変わるのは大変ですね。 ご自愛くださいまし。

で、私と言えば、どうも休業中もコメント返信はするし、ブランクの期間がたったの2カ月とあまりにも短かったので、「休む休む詐欺」 だと思われてるんじゃないか、と…(笑)。

ただ、かなりリフレッシュは出来た、と自分では考えています。

「はつ恋」 はかなりしつこく再放送したから、根強い人気があるんだと思いますよ。 たぶん三島と言って分かるかたはFクルーラー様のほかにもたくさんいるのではないか、と思います(笑)。

それにしても里村洋…と書いていて、どこかで聞いたような名前だな、と思っていたら、ドリの息子かぁ~(笑)。 ちーとも分かりませんでした(ハハハ…)。

リウ様
おはようございます。

実はこのドラマの1週目で、一番印象に残ったセリフは、山崎一さん演じる牧師様の「貧乏人と金持ちは存在する。それも事実です」(だったかな)という言葉でした。

普通のドラマなら、「人格者」として記号的に描かれることが多い牧師や坊主。しかも、はながこれから行くミッションスクールとの繋がりを、いやでも想像してしまう牧師様に、こうした苦い現実感覚に満ちた台詞を言わせるところに、「王道朝ドラ」の皮を被りつつ、当時の社会の現実を、深く、かつシビアに描こうとする姿勢を感じました。

「ゴシック建築」とリウ様も書かれておりましたが、確かにこのドラマ、登場人物の人間関係、また、それをとりまく社会状況の構造を、大変緻密に取り込んで、ストーリーを作っています。

それは、現時点で一番表に出ている「格差」「貧困」でもあるし、はなと、お兄ちゃんの吉太郎に対する父・吉平さんの愛情の偏りでもある。また、一つの場所に土着して生きていく安東家のような農民と、吉平さんのように、本来「まれびと」として、様々な土地を訪ね歩く者との世界観や文化の違い。中園ミホさんは、いかにも「おしん」チックな世界の中に、はなを取り巻く世の中が、どんな形ををして、どういう物で建て込まれているかをキチンと描かれていると思います。

実は、ワタクシ、「ごちそうさん」は決して嫌いではなく、何だかんだ言いながら結局最後まで楽しませてもらったくちなのですけど、この構成力は、確かに格段に違いますね。

今週から、はながいよいよアメ横女学院、じゃなく修和女学校に入るわけですが、「八重の桜」の学校が、どちらかといえば、士族の子女が新しい社会に適応していくための教育の場という色が濃かったのに対し、30年程時代が下った本作では、娘をミッション系の女学校に入れることが、既に新興ブルジョワジーにステイタスのようになっている事が伺え、大変興味深かったです。

今後、はなの成長や、時代が大きく動いていく中で、女性として社会に伍していくのが困難な時代に立ち向かい、自立していくのかという本編のテーマにどうやって収斂させていくのか、期待しています。

おそらくセットで見ることになるカーネーションとはまた違った風合いのザラッとした現実感が感じられるドラマになってくれたらいいのですが。ただ、そうだと、やはり視聴率、あまり良く無さそうですけど(笑)。

Zai-Chen様
コメント下さり、ありがとうございます。

「ごちそうさん」 については、かーなーり、クサしまくったレビューを実は書いていたのですが(後半が始まってから1週目だったかな)、あまりに過激なので世に出してません(笑)。 その一端をここで披露すれば、「見ていてイライラする」bearing。 まあこれ以上は言いますまいthink

と言いながらさらに書いてしまうと(笑)クランクアップ後の杏サンと東出クンの、あの腫れ物に触るよーな感じも、見ていてイライラします(爆)。 オマエラ好きなんかい嫌いなんかい、はっきりせいや!(by源ちゃん)つー感じでしょーか(笑)。

今回の脚本は、そうした、見ていて感じるしっくりこなさ感(ヘンな日本語)、じらされ感というものが一切ない。

たとえば、はなのオヤジはどうしてこんな性格なんだ、と見る側が考えると、それについての手がかりを次々繰り出してくる。 ただそれを分かりやすく説明しようとしないんですよ。

だから、画面から目が離せない。

こういうドラマは、朝ドラとしては極めて不適切なのです(笑)。 「カーネ」 も 「ちりとて」 も、この轍を踏んで視聴率を悪くしている。

内容の濃さと視聴率がリンクしたのって、「あまちゃん」 が最高だったんじゃないでしょうか。

でもそんな 「あまちゃん」 よりも、「ごちそうさん」 は視聴率よかったわけですから。

まあ世間なんてそんなもんか、と私は思ってます。

3週まで。華やかな世界と小作人農家の世界を
交互に見せていくのが、いい感じですね。
これまで単に好きで勉強していただけの花子ですが
玉の輿にのるための教養レベルで済ませるには家柄がネック、
農家の娘には戻れないという事で学問で身を立てる事を
真剣に考えていくようになるのでしょうか。

しかし女学校の恋バナは前作同様に少女漫画的ですが
「ごちそうさん」が完全に女性視点だったのに対して
本作は多分に男性視点という印象です。
め以子の場合は「結婚すれば女学校を辞められる」発言、
悠太郎の「なんの魅力も感じられない」というツッコミ、
自分がモテキになったら浮かれるのに
夫に不倫疑惑が持ち上がると源ちゃんが呆れるぐらい
ジェラシー状態と男が女に抱く都合の良さゼロ。

対して本作は必要があまり無い地主親子との関わり描写で
「健気でモテるヒロイン」を強調している所がやや引っかかる。
「赤毛のアン」は完全に女性視点の物語で
(マシュウやギルの方が「都合の良い異性」)
アンはダイアナを酔っぱらわせるわけですが
花子は酔っぱらってしまう側?

巨炎様
コメント下さり、ありがとうございます。

実はまだ、第2週までしか見ておりませんで…(笑)。 春ドラマを見倒しているせいでなかなか視聴が追いつきません。 しかも見ている春ドラマ全部レビューしてないし(まあ期待はずれなのはそもそもしませんが、「花咲舞」 とか 「MOZU」 とか途中まで書いて保留のままだし)。

しかし子役のチビチャンの安東はな編はよかったなァ。 脱走しようとしたはながオヤジさんと門のところで偶然会うことについての説明がないとか、まあ細かいことを言ったらキリがないのですが、そんなことを感じさせない緊張感が、物語に漲っている。

それに、「英語を学ぶこと」 について、自分からやる気を出さなければ学校が手とり足とり教えてくれるわけではない、という 「まるで大学」 のような英和女学院の(ドラマのなかでは違うか)姿勢も深く心に響きました。 ブラックバーン校長が、なにしろコワイ!(爆)

さてさて、第3週はどうなるのか(もう第4週なんですけど…笑)。 見始めたら止まらないんで(第2週がそうでした、一気に1時間半見ちゃった)、この先見るのが楽しみです。

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BOOKS

  • マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 下

    マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 下
     1600ページも費やして、この上下巻はまだ彼らのデビューまでしか書かれていない。 3部作計6巻のうち2巻に過ぎないのだ。 なんと気の遠くなるような作業なのだろう。  本書はビートルズを語るうえで孤高の一作となるはずだ。 虚飾をすっかり剥ぎ取った、20世紀最大の奇跡に潜む真実が、これを読めば理解されるはずである(当ブログ紹介記事より抜粋)。 本書下巻では、1962年のレコードデビューまでが書かれています。

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  • ポール・デュ・ノイヤー: ポール・マッカートニー 告白

    ポール・デュ・ノイヤー: ポール・マッカートニー 告白
    まず驚かされるのが、表紙のポールの写真です。 よくこんなのが採用されたな、というくらい、刻まれた年輪が顕著に分かる 「年老いたポール」。 飾り気のないその写真に、「素のポール」 をあぶり出そう、という心意気が見える。 そして実際、著者のその目論見は、成功しているように思えます。 何より大きいのは、「NME」「Q」「MOJO」 など音楽メディアで長年記者を務めてきた著者がポールと同じリバプールの出身者である、ということ。 さらにポールと同じファースト・ネームであること。 だからポールはまるで自分の分身に話しかけるかのように、時折同郷人にしか分からない言葉で気さくに著者に話しかける。 この本を読む者は、まずその 「不思議なリラックス感」 に包まれるはずです。  本の構成は大きく二つに分かれます。 前半ではビートルズからウィングス、ソロに至るポールのたどってきた長い長い歴史、後半ではポールの人格に迫る試みがなされていく。 そのインタビューは、一気に行なわれたものではありません。 著者がNMEの記者だった1979年のものから、明示はされていないがおそらく2013年、「NEW」 の発売前後が最新のものではないか、と思われます。 実際読んだ感覚では 「キス・オン・ザ・ボトム」 あたりが最新のような気もする。 その30年以上にわたる膨大なポールへのインタビューを、項目によって構成し直しているようです。 ですから、今年(2016年)亡くなったジョージ・マーティンについてのポールの見解であるとか、最新の情報が提示されているわけではない。 ポールの情報というのはこの歳になってもなお日々更新型ですから、その点については物足りなさが確実にあります。 さらに、30年以上というとポールのものの考え方にも変化変遷があってしかるべきだと思うのですが、30年以上をリミックスにかけているからその変化というものがつかめてこないもどかしさがある。 表紙を飾ったポールの 「老い」 という問題にも、この本はきちんと答えてくれているわけではない。 さらに言えば、ジョン・レノンの死について多くが割かれているのとは対照的に、2001年に亡くなったジョージ・ハリソンの死についての記述はない。 正直なところ、このような本を読み漁ってきた身としては、衝撃に値するような情報が書かれているわけではありません。 しかし前述したような、リラックスしたムードのなかでポールと語らっているような疑似体験を共有できる強みが、この本にはある。 この本全体に貫かれているのが、この心地よさなのだ、と思うのです。 その心地よさが乱れるパートがあります。 自身の失敗作、どうでもいい作品について語るときのポールは多分に感情的になりがちであり、イライラした様子を隠しません。 特に 「シークレット・フレンド」 を語るポールのくだりはポールファンなら一読に値する部分でしょう。 しかしそのイライラも、ポールの人間性が垣間見える瞬間としてこの本にとっては必要なパートなのです。 3000円以上と、この本は決して安くはない部類の本です。 ただその値段に見合うパフォーマンスは兼ね備えています。 この本と付き合った1か月足らずの間、心地よい体験をすることができました(アマゾンの自身のカスタマーレビューより)。

  • : レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]

    レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]
    全200ページ程度のボリュームのなかで、キャンディーズに関する特集記事は50ページ。 ただし、これが濃い。 全シングル曲、ほぼほとんどのアルバムの解説は当然として、彼女たちの芸能界における歴史から見た考察、コメディエンヌとしての彼女たち、DVD解説など多岐にわたり、キャンディーズが分析されています。 特に圧巻は、レア音源に関する記述。 ここまで調べている読み物には、個人的にはお目にかかったことはありません。 700円。

MUSIC

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    ザ・ビートルズ: サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド(スーパー・デラックス・エディション)(4CD+DVD+BD)
    ロック界、いや、すべてのポップミュージックにおけるアルバムの中で史上最高と称され、すでに世界文化遺産の域にまで達しているこのアルバム。 そのアルバムの発売50周年を記念して、スペシャルエディションがリリースされます。 なかでもブッ飛ぶのがこのスーパースペシャルボックスセット。 CD4枚組であらたなリミックスのステレオ盤1枚、モノ盤1枚、初期テイク集が2枚、さらにブルーレイ1枚とDVD1枚で5.1サラウンド、ハイレゾ音源、ドキュメント映像 「メイキングオブサージェントペパーズ」 のデジタルリマスター等々、卒倒するようなラインナップです。 18、000円プラス税と値は張りますが、史上最高の名盤だからこそこれは買い。 5月26日の発売までに予約をしておけば、アマゾンならば値下がりした時に値段がそのあと高騰しても最安値で購入できます。 ビーファンならずとも、これは注目ですぞ!

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    全シングルA・B面プラスボーナストラック(「あなたへの子守歌」)を、山口百恵名義としては初のブルースペックCDとしてリリース。 音はいわゆるドンシャリ系ではなく、アナログ盤に準拠した原音に忠実な印象です。 パッケージングはアナログシングル盤サイズで中袋、CDを納めるケースが完全にドーナツ盤をイメージしています(よく言えば斬新…笑、悪く言えばチャッチイ…笑)。 しかしその発想は買える(笑)。 ほぼ原寸大のシングルジャケットと裏の歌詞カードの複製ブックレット。 ただスキャニングは欲を言えばもう一歩。 当時シングル盤を中心に聴いていたかたなら、この編集盤はかなりの 「買い」 です。 しかしこのジャケット表紙の写真、スッピン風で個人的にはすごく好き。

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    デイヴ・グルーシン&リー・リトナー: Two Worlds / Grusin & Ritenour
    NHK朝ドラ 「花子とアン」 で美人のスコット先生が夜な夜な歌い、チビはなチャンがすっかり覚えてしまったイギリス民謡、「ザ・ウォーター・イズ・ワイド(流れは広く)」。 このアルバムでルネ・フレミングが歌っていたのを思い出しました。 ルネのソプラノはけっして大袈裟でなく上品で、私のとてもお気に入りのソプラノ歌手ですね。 このアルバム自体は全体的にクラシックにギターのリー・リトナーが絡むフュージョンぽいものなのですが、故・黒田恭一サン評するところの、「大人が聴く音楽」。 胸を締め付けるような哀しみと、すべてを包み込むようないたわりに満ちていて、私の人生のなかでも最上位に位置する愛聴盤です。

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    桜田淳子: ゴールデン☆ベスト 桜田淳子~シングル・コレクション
    彼女の活動期に発売されたシングルをすべて網羅したベスト盤。 確かに後年のものほど馴染みがありませんが、選曲漏れがないので、彼女の存在とは何だったのか自体に思いが至るベスト盤です。 音も楽器の音像がよくてなかなかいいマスタリングをしている気がします。 2600円程度で推移しています。

  • ザ・ビートルズ -

    ザ・ビートルズ: ザ・ビートルズBOX(限定生産品)(USBメモリ)
    パソコンにUSB端子があり(たいていついてると思います)、パソコンで音楽が聴ける環境をお持ちの人ならば、聴くことができます。 現在のテクノロジーで最もいい音質で聴ける、ビートルズの音楽です。 ただし国内版にもかかわらず、訳詞とか一切なし。 ジャケットもブックレットもパソコンデータ。 純粋に音楽だけ楽しみたい人向けです。 また、曲間にコンマ何秒かのブランクが入ります。 「アビイ・ロード」 のメドレーも同様です。 しかし、音はさすがに、すごい。 大きな音量であればある程、目の前にビートルズが迫ってくる勢いです。 ツヤが違います。

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    こちら上記の海外版。 内容的には国内版とほぼ一緒なので、値段が安いこちらのほうがいいでしょう。

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