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2014年4月27日 (日)

「花子とアン」 第2-4週 「規律が厳しい」 とは本来どういうことなのか

 皆様ご機嫌よう。 第1週のレビューから、はや3週がたってしまいました。 第2週までは主役の安東はなを山田望叶チャンが演じ、そして第2週の終わりから吉高由里子サンにバトンタッチしたわけですが、この3週間のこのドラマは、上流社会と小作農家とのあまりにも強いコントラストを描きつつも、さらに重層的なテーマが錯綜して、まったく飽きることがありませんでした。 本日私は先週分今週分のたまっていた録画をほぼぶっ通しで視聴。 計3時間。 これが全く苦にならない、というのは、前回のレビューにも書いたとおり、画面から滲み出る情報量が多い、ということが理由だと思います。

 そして、このドラマで現在のところ、私のいちばんの興味の中心が、はなが寄宿する学校の、ブラックバーン校長(トーディ・クラークサン)であります。
 この校長、なにしろ怖い。 とにかく怖い。 とてつもなく怖い。 あえてつげ義春流に言えば、テッテ的に怖い(笑)。
 はながなにかしら問題をしでかせば、「ゴー! トゥー! ベーーーーーッド!!!」(笑)。 要するに 「ベッドで寝てろ」、謹慎しとけということです。 これが、ゴー・トゥ・ベッドじゃ済まないケースが出てくるのが、また怖い(笑)。
 こんなに怖いキャラクターは、私もドラマを見ていて久しぶりに見た(爆)。 「赤毛のアン」 のキャラで補完するとすればマリラ・カスバートあたりになると思うのですが、イヤその比じゃない(笑)。 イメージ的には 「アルプスの少女ハイジ」 のロッテンマイヤー女史を彷彿とさせる。 でもそれ以上に怖いな(笑)。 「MOZU」 の中に出てくる悪い奴らなんかより絶対怖い(笑)。

 いや、ただ怖いだけじゃないですよ、さすがに。
 でも、このブラックバーン校長の怖さというのは、少女期の山田望叶バージョンのはなにとって、この修和女学校という場所自体の理不尽さと、完全にリンクしているように感じるんですよ。
 つまり、理由なき怖さ(笑)。 ブラックバーン校長は、修和女学校の 「規律の厳しさ」 を、まさにからだじゅうで体現している人なのです。 現在の常識から言うと、もう理不尽なくらい厳格。

 これが、自己主張が強い印象がある吉高由里子サンに主役交代しても、完全に吉高サンのパーソナリティを抑え込んでいるのが、実に興味深い。 吉高サンはブラックバーン校長の醸造している学園内の規律という縛りのなかで、ある程度もがきつつも、その枠に完全に絡み取られてしまっているように見えるのです。

 第2週冒頭、この修和女学校へと、はなは父親の伊原剛志サンによって半ば強制的に入れられます。
 貧乏な安東家にとって、東京のお嬢様学校に娘を入学させるなんてのは、かなり無理な所業です、のっけから。
 それを、「給費生」 という、ほかの人からの寄付で修学が成立するような方法をあえて選択し、「お前の大好きな本がたくさん読めるから」 という甘言ではなを騙して(笑)ろくに学校にも行かせてないはなを放り込んじゃうんですから。 この父親は、実にゴーインな人物であります(笑)。

 この、上流階級の中に放り込まれたはなは、鶴の中にはきだめ…意味が分からん(笑)…鶴の集団の中にみにくいアヒルの子状態。 去年の 「あまちゃん」 では 「じぇじぇ!」 だったけど、今年のはなは 「てっ!」「てっ!」 と驚きまくり。 流行らせるつもりかな(笑)。

 とりわけはなにとって脅威なのは、所作言葉づかい担当の軍曹・ハリセンボンのはるなサン、将校クラスがともさかりえサン。 そして元帥の座にましましているのが、ブラックバーン校長なのです。
 そこにひとりだけ、はなを比較的やさしい目で見ている浅田美代子サンがいる。 ただ彼女の素性の一端は第4週で明らかにされましたが、全体的に見てどういう人なのか、というのがあまりよく見えてこない。

 浅田サンだけでなく、修和女学校の人物たちについて、かなりこのドラマはブラックボックスの部分が大きい気がします。 それはこのドラマの作り手が、「描く必要がない」、と考えているからにほかなりません。
 そのスタンスが、「この学校はどうしてこんなに規律が厳しいのか」、ということについても 「それが当たり前の時代だから説明の必要自体がない」、という部分で共通している。

 第4週までの時点で、このドラマを引っ張っているもっとも太い線は、「はながこのように理不尽なまでに厳しい規則の中で、退学にならずにどうやって切り抜けていくのか」、という点にある、と感じます。 はなが受けるパニッシュ(懲罰)の度は増していき、しまいには全校の清掃、という途方もないレベルに達する(笑)。

 ドラマはこの太い線に第3週の、はなの里帰りを絡めて、社会格差を浮き彫りにし、はなが勉学に励む理由を明確化する。 そして第4週に登場したのが、はなの生涯の友となる、葉山蓮子(仲間由紀恵サン)です。

 彼女はほかの人物と比べて、かなり丹念に素性を明かされている気がします。 ハリセンボンのはるな軍曹が当初はなのご学友だったのに行き遅れで学校にとどまる、という経過を見てきているから、24歳でこの学校に入ってくるというのはとても遅い、特殊なケースであることは見ている側にもすぐ分かる。 特にはなの周囲は16歳ばかりですから、もうはっきり言って 「オバサン」 なんですな。
 ここらへん、見ている側の受け取り方が修和女学校の常識に既に染まってしまっているのは面白い。 現在の常識をもう逸脱しているから。 24歳でオバサン、なわけないでしょう(笑)。

 まあ仲間サンとか吉高サンの実際のトシを考えるとアレなんですが(笑)、ここでアンにとってのダイアナに当たると思われる仲間サンが、「赤毛のアン」 とは正反対にアン(はな)を酔っ払わせてしまう。 この構造も面白い。 それにしても酒癖悪いなこのアンは(笑)。

 で、この期に及んでブラックバーン校長の閻魔ぶりも頂点に達すると思われるのですが(笑)彼女は意外と冷静に推移を見守っている。

 これは、はなが入学当初まったく英語ができなかったのに、美人のスコット先生の、恋人へのラヴレターをまる写しして落第を免れたときと似ている気がする。

 つまり最初から分かっているんですよ、ブラックバーン校長には。 どうしてはながこれほど完璧な英文を書けたのか、はながどうして酔っ払ってしまったのか。

 彼女の 「厳格」 というのは、はるな軍曹やともさか大尉の行なっている厳格とは、性質的に違う。

 どうして厳格でならねばならないのか、それは彼女が、淑女を育てようとしているからなのです。 人間を育てようとしているからなのです。

 軍曹や大尉の厳格というのは、自分が厳しくされたからとか、自分の意にそぐわないから、というレベルでしかない。 これははっきり言って、私情の域を出ていないんですよ。

 目的がしっかりしていないと、いくら校則やなんだで生徒たちに厳しく接しようとしても、その中身は結局空洞化してしまう。
 空洞化している校則なんか、子供たちはバカにして従おうとしませんよ。 そこに隠れている真意というものを、子供たちは見抜く力をもっている。

 でも、人間を育てるためには、教師たちは厳格でなくてはならない。 その構造って、現代では完全に崩壊しているでしょう。 目的意識がきちんとしていないから、崩壊したと思うんですよ。

 蛇足的に感想を述べると、里帰り編で出てきたはなの妹かよ役の黒木華サン。 こっちが 「はな」 じゃんかよというのは置いといて(笑)この子は存在感あるなァ。 蒼井優サンみたいな素朴な清楚感がある。
 じっちゃんの石橋蓮司サンも、要所で泣かせる。 「自分のやりたいことを探しているうちに、こんなに歳をとってしまった」 というのは、オジサンにとっては結構痛い言葉であります。 セリフが少ないのに、そのセリフの重みがすごいんだ。

 「あまちゃん」 は変則的(ある意味ルール違反)な傑作だと思うけれど、「花子とアン」 は 「カーネーション」 以来の、朝ドラの正統派な傑作だ、と感じます。

 それでは皆様ご機嫌よう。 さようなら。

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コメント

名作劇場で「アン」と関連性の強い作品の
要素が取りれられているのでしょうか。

庶民の主人公がお嬢様学校に放り込まれたり
恋心のために身分を偽ったり
お嬢様の親友と互いを云々というのは
「わたしのあしながおじさん」的な話。
アンでは全く感じられない孤児である事への
劣等感を克服する様が作品テーマでした。

ブラックバーン校長は
「こんにちはアン」のカーライル院長が近い?

後は「良かった探し」のポリアンナネタがあれば完璧。
(ちなみに「あしなが」は声優ネタでポリアンナがお父さんのお嫁さんになる話)
原作「少女パレアナ」「パレアナの青春」も
村岡花子さんの訳なんですよね。

投稿: 巨炎 | 2014年4月27日 (日) 16時24分

巨炎様
コメント下さり、ありがとうございます。

「パレアナ」もそうでしたか! うーん、村岡花子サン、結構いろいろ訳されているんだなァ。 知らないあいだに私もひとつやふたつは読んでいたかもしれません。

ブラックバーン校長がカーライル院長と同等の厳格さを兼ね備えていたとすると、修和女学校に入ってからのはなが、すっかり妄想癖をなくしてしまったことにも一理ある、という気がいたします。 このドラマでちょっと整合性が取れていないのが、はなの妄想が第1週からほとんど展開していないことだと思うので。

まあ、あまり妄想ばかりしちゃうとコメディになっちゃうからいいか(笑)。

投稿: リウ | 2014年4月28日 (月) 08時43分

リウ様
どうも。ぐっど、もーにんぐ・・でございます(笑)

ブラックバーン校長を演じているトーディ・クラークさんはニュージーランド出身。本国で女優活動をした後、ロサンゼルスに渡り、ハリウッドで演技コーチとしてキャリアを積んでこられたとか。なるほど、あの「全身教育者」オーラはこういうところから出ていたのか、と、妙に納得しました。

劇中のブラックバーン校長は、それに加え聖職者としての使命も負っていることを、「罪深き者」の蓮子様を許すとき使った"I trust you."という言葉から感じました。
キリスト教の思想には全く疎い私ですが、「神との契約」が信仰の源なら、trust=信用とは、契約のまさしく根幹となる言葉ですからね。本心をまるっとお見透された蓮子様にどこまで届いているのか分かりませんが、この言葉の重みは、相当なものだと思います。

結局のところ、茂木先生にせよ、タキ先生にせよ、生徒たちに接する態度を裏付けているものは、自分が今まで生きてきた経験則からのものでしかないのです(タキ先生の方はまだ明らかにされていませんが)。しかし、ブラックバーン校長は、明らかにそこから一段昇った場所から全体を見渡している。ゆうてみれば、いわゆる「神の視線」っちゅう奴なのかもしれませんが、だからこそ、その下に居る者は怖いし、畏れるし、理不尽だとも感じる。何しろ、神様というのは、常に結論しか仰りませんからね。

これは、翻ってみれば、布教と教育をセットにして日本に広めようとしていた宣教師たちと、西欧なみの国になることを目指して突っ走り始めた当時の日本人との認識のズレも物語っているように思えます。その一方で、未だ江戸時代そのままに土地と因習に縛られる安東家のような農家もあり、その「家と血縁」故に疎外され、孤立せざるを得ない蓮子様のような存在もいる。

今週からは、そこにどうやら「軍隊」というものの存在が関与してくるみたいだし(特に、陸軍の主な人材供給源は疲弊した農村でした)、黒木華ちゃんは恐らく「野麦峠」だし。いや~本当にこのドラマ、いろんなものが重層的に折り重ねて作っているなあと思う次第です。

投稿: Zai-Chen | 2014年4月28日 (月) 11時28分

リウ様、こんにちは。
感想UP拝読しました。

東京と甲府の二元放映、花子の成長譚に並行して安東家の人々の
葛藤にも興味深い部分が有ります。
長女を偏愛し、他の子どもへの興味が薄い父親の姿。

現在は安泰でも、周蔵御爺やんが物故された後に波乱展開を予想してしまいます。
花への依怙贔屓甚だしい父、改心は有るのか?

初期の朝ドラ父親像「時代の空気を纏ったヒロインの壁」

昨今の朝ドラ父親像「卯建の上げられないヘタレな男」

厳格さよりも親しみやすさを選択した、制作側の配慮でしょうが「儂は許さん」と、ヒロインに立ち開かる封建的親父の存在が不在だと、スリリングさを欠いてしまうと考えるのですが。
自分、センスが古いでしょうかね?

女学院卒業式。ブラックバーン校長は果たして、日本語で祝辞を述べてくれるでしょうか?
絶対日本語を理解なさっておられますよ。彼女は。

投稿: M NOM | 2014年4月28日 (月) 12時41分

私も本作の父親はあまり魅力的に感じないです。

贔屓という点だけでなく退学の危機という噂を
聞きつけてくる経緯のとってつけ感な描写など
「主人公の父親」以上の個性がイマイチ。

「梅ちゃん」や「ごちそうさん」等の
基本お気楽系なら、あまり気にならないのですが
画面越しに時代の空気感が伝わってくる
本格派路線なだけに余計に引っかかります。

投稿: 巨炎 | 2014年4月28日 (月) 15時36分

Zai-Chen様
コメント下さり、ありがとうございます。

ぐっど、イブニング~paper(笑)。

「トラストミー」 で墓穴を掘ったどこぞの国の首相もおりましたが(爆)、朝ドラに出てくる外人さんたちって、なんとなく本国で活躍できない二流の人ばかりを集めている印象(大変失礼)なのに、今回は美人の(この形容はセクハラか?)スコット先生にしても、「きちんと演技が成立しているな」 と感じることが多いです。 これは秋からの外国人ヒロインの朝ドラに向けての、いわば予行演習なのかも。

ともさかりえサンの大尉に関しては(笑)、この先はなの英語力に対しても一定の理解を示していくような兆候が、第4週では見られました。 ブラックバーン校長の言葉を蓮子に同時通訳していたはなの英語力を、認めてましたからね。

つくづく学術的な解説を賜り、Zai-Chen様には当ブログの質向上に大きく貢献していただいております。

私は特に付け加えるべきことがございませんが(笑)、特にはなの父親が社会主義に染まっていることを考えると、これからの軍国主義化が安東家に与えるインパクトというのは結構深刻なものになると予想しています。 そのときにこの父親が、映画 「ビューティフル・ライフ」 の父親みたいにいつまでもお調子者でいられるかどうか。 はたまたどう転進していくのか。 見ものです。

投稿: リウ | 2014年4月28日 (月) 20時18分

M NOM様
コメント下さり、ありがとうございます。

はなの父親は、安東家のなかでいちばん多く出演し、はなといちばん多く絡んでいる癖に、その全体像が見えてこない象徴のような気がしています。

裏返すと、ほかの安東家の人々についてはそれほど説明する必要がない。 ただのビンボーな小作の百姓ですから。

でもはなの父親は、ある日ふらっと甲府にやってきてはなの母親の前で行き倒れになり(笑)成り行きで結婚しちゃってるけど、じっさいこの男がどのような経緯でもって行商をはじめ、キリスト教に親近し、社会主義に吸い寄せられるのか、その背景というものがはっきりしていない。

滅多に家に帰ってこないことは、この男が安東家にとって大きなブラックボックスであることと同義だ、と思われるのです。

その男がどうして子供を分け隔てありまくりで接するのか(笑)。 勉強をしようとしない長男を冷酷に見限るのか。

もし中園ミホサンにそこまでの用意がなされているのなら、このドラマはもっとスリリングの度を増していくように思われるのです。

投稿: リウ | 2014年4月28日 (月) 20時30分

巨炎様
コメント下さり、ありがとうございます。

はなの父親に関しては、前のM NOM様への返信で書いたのですが、かなりブラックボックス的な部分が大きい。 だから饅頭屋のオッサンにはなが退学させられそうだ、ということを聞くのも、はなが少女時代に脱走しようとしたまさにそのときに 「偶然」 通りかかったことも、なんか彼のミステリアスを際立たせているような気もするのです。

買いかぶってますかね(笑)。
この父親は、先にも書いたとおり、ただのお気楽をやってるわけではないように、私には見えるんですよ。

投稿: リウ | 2014年4月28日 (月) 20時35分

んー、その意味では視聴者がお父のキャラを
掴みかねた状態が続いているのかもしれませんね。
はなに対する贔屓も突き詰めていけば
「私はお前の才能を愛しているだけだ」
になってしまうんですよねー。

シャアは初代ガンダム以降、父の理想の実現という
大義に取りつかれて(アムロとララァ以外の)
個々人に対して以前にも増して壁を作っていく
のですが、この人も社会に目を向けるばかり
贔屓している、はなの人格すら疎かにして、
いずれはそのしっぺ返しを受けたりするのかも。

しかし、今週の描き方などを見ると
奥さんに「他の子も目をかけてやって」と
描写のバランスを取りながら
ヒロインのサクセスストーリーを機能させるための
(「ハイジ」におけるデーテさんみたいなものか?)
記号的キャラの可能性もありで難しい所。

投稿: 巨炎 | 2014年4月28日 (月) 22時20分

巨炎様
コメント下さり、ありがとうございます。

まあ、はなの父親に関しては、これからに注目、ということで。

にしちゃあ、子供たちにとってはこういう、エコヒイキしまくりの父親というのは困ったものです(笑)。 この父親には、知識に対して大きなコンプレックスを抱えているようなところが見受けられる。 だから子供に夢を託している、どこかでずるい部分も見えるんですね。

はなの一生にとっては大きな恩人ととらえてもいいこの父親ですが、ただまっすぐな愛情ではなを見つめている母親やじっちゃんに比べると、問題が大きい。

ドラマ的に見て、この構図って面白い気がします(不謹慎ですが)。

投稿: リウ | 2014年4月29日 (火) 04時01分

リウさま
おじゃまいたします。


>流行らせるつもり?

わたしが「じぇじぇじぇ」みたいに
流行語狙ってるの?
って思ったのは

「こぴっとがんばれし」

です。
これ、言い方がすごくかわいらしい。

仕事できゅうきゅうしてるとき
つい、朝ドラ見てる同僚に
「こぴっとがんばれし」
って言ってしまう・笑

投稿: あおぞら | 2014年4月29日 (火) 07時13分

あおぞら様
コメント下さり、ありがとうございます。

「ずら」 というのがこのたび山梨の方言だということが分かったくらい、山梨の方言には疎かったのですが、「~でごんす」 という言いかたもあらたまった感じでいいですね。 最近NHKは方言の流行語発信地とゆーか(笑)。

しっかし山梨編に出てくる人々は、みんな煤けているけど、「龍馬伝」 のときみたいにクレームが出ないのは、不思議です。

投稿: リウ | 2014年4月29日 (火) 08時39分

本格派を期待させて脚本の粗がどんどん広がっていく
「おひさま」の再来の危険がひしひしと…。
実話ベースという強みがある一方で、
有機的に機能しないままのアンネタのとってつけや
就活⇒却下⇒家族に知られる展開が既に3回。
(毎回、地主親子が絡むのも定番)

第3週の華やかな世界とビンボーな世界の狭間で
揺れる女学生の初恋は良かったのですが、
バイトとはいえ翻訳家の第1歩である
今週でも恋バナ主体で話が進んでいるのは…。
原稿が燃えて追加の仕事が入るという
「カーネーション」では絶対にやらない小細工展開。
編集長が訳のチェックをしている場面で
「富山先生にふられた」とバイトに話す方に
話のメインが取られてしまうのは何なのだ。

凄まじく不安になってきました。

追記:
再来年の大河は期待できるかも?

投稿: 巨炎 | 2014年5月 7日 (水) 09時46分

巨炎様
コメント下さり、ありがとうございます。

アゲッ、あ、これは 「ちゅらさん」 の驚きかただった(笑)、てっ!(笑)そんなにアラが見える展開になってるんですか。 また先週から見てないんですが(笑)。

原稿が燃えてしまうというのは藤田朋子サンの 「ノンちゃんの夢」 を思い出しますね(古すぎだっての)。 あの朝ドラもツッコミどころ満載だった(笑)。 イヤ~な連関だな(爆)。

それにしても、当ブログ 「花子とアン」 のレビューもアクセスが多いのですが、このところ急激にアクセスを伸ばしているのが、放送当時に書いていた 「カーネーション」 の過去記事。 いまちょうどデパートの制服のところやってるから、第4週とか5週のアクセスがすごいです。 ここからクリスマスのケーキぶっちらばしまでノンストップだからなーこの朝ドラ。 いちばんのめり込んで見る時期ですよね。

あの頃は(ハ!…ちゃうちゃう)よくもまああんなにダダ長い記事書いてたよな(まあここ20年来最高のドラマだったから当然ですが)。 あそこまでセリフを抜き書きして書きたいドラマは、あれ以来ホントにないですね。

投稿: リウ | 2014年5月 7日 (水) 14時42分

女学校編、つまり第一部終了。
「本格派ドラマで視聴率はむしろ下がりそう」
というリウ様の懸念をよそに視聴率は前作以上!
本格派っぽく見せていただけの、お気楽朝ドラ。

バイトの件に続いて年少者達に授業をしている場面、
英語の短文を十羽ひとかけらの生徒達が
主人公の後を受けて喋るだけ、それっぽい場面だけ。
卒業二か月前にきて進路を決めていない主人公。
いや決まっていないまでも、複数の選択肢を持って
足場を固めていく過程は描けよ!
「夢、夢」連呼しながら将来のビジョンもなく
就活も疎かにしているヘッポコ学生みたいです。
それで朝市のコネで地元学校に就職という、
「赤毛のアン」⇒「アンの青春」をなぞる展開。
教える立場から東京の女学校の年少生徒を見た描写が前フリとしてあれば第3週ぐらいに都市と地方の落差
を描く展開も期待できるのですがね…。

投稿: 巨炎 | 2014年5月17日 (土) 22時14分

巨炎様
コメント下さり、ありがとうございます。

え~、ポール・マッカートニーの公演→延期→中止、という一連の出来事で、かなりこちらも消耗してしまって、返信を書くのが遅れました。 なにとぞご了承ください。

で、やはりこちらも公演に向けて体調を整えたりしておりましたので、このところホンットに録画したほぼ全部のドラマを見ていません。

「花子とアン」 に関しては、巨炎様の舌鋒が鋭くなっているので、余計見る気がしなくなってきた気がします(笑)。 巨炎様のご考察は、いつも的を射てますから。

それにしても、「ごちそうさん」 については、巨炎様は結構鷹揚に捉えていた気がするのですが(個人的な印象なので悪しからず)、「花子とアン」 に対しては厳しいですね。 本格派に見せようとして実は違った、というガッカリが、そうさせるのでしょうか。

私は 「ごちそうさん」 のほうが、見ていて数倍イライラしましたけど(笑)。

まあ、5週目以降を見てみないことには分かりません。 いま何週目なのかな?(ゲンナリ…笑)。

投稿: リウ | 2014年5月19日 (月) 06時40分

>本格派に見せようとして実は違った、
>というガッカリが、そうさせる。
正にそうですね。
「ごちそうさん」は「梅ちゃん」で耐性が
ある程度、ついていたし
主人公に一貫して厳しい和江さんが
要所を締めてくれていたので
熱中はしていなかったけど最後まで観れた。

「花子とアン」は「カーネーション」は無理でも
「ゲゲゲ」ぐらいは期待させながら
「おひさま」的な適当な事を、
実話というベースがあって
モデルの人の実名を使いながら
フィクションだからと開き直ってやっている。
(「おひさま」も女学校時代はまだマトモでした)

投稿: 巨炎 | 2014年5月19日 (月) 16時37分

巨炎様
コメント下さり、ありがとうございます。

私は 「ごちそうさん」、和枝サンのイケズぶりもなんかちぐはぐに見えたんですよね。 なんかわざとこじらそうとしている、というか。 わざと難解なこじらせかたをしておいて、主人公への批判の矛先をずらして、結局視聴者をケムに巻いてんじゃんかよ、みたいな。

とにかく先をちゃんと見ないと、お話しについていけない…(笑)。

投稿: リウ | 2014年5月20日 (火) 14時33分

さあ、いよいよロクデナシのおとうが帰ってきました。

音沙汰の無かった4年間を語ります。
ずっと警察の追撃を巻いて…ではなく隠れっぱなし。家族に迷惑がかかってはと言い訳してますが、はなにはハガキをよこしてましたから関心が薄い家族には切手代も惜しんだのでょう。
警察も行商人など知識階級でもないのでアウト・オブ・眼中だったそうです。ショックを受けたそうですが、はなと奥さんは慰めてくれるので結局、顧みなかった家族が逃げ場になってます。

兄やんの糾弾が救いですが、これも主人公アゲ。
はなが家の借金のために甲府で働く道を選んだとか、譲(爆)との見合いを受けたとか、もう矛盾だらけ。
借金(←しかも、これをかよが作った借金のように言う)返済なら10年間、受けた高等教育を生かして東京で高給な職につくべきだし、見合いに関しては何となくパルピテーションを感じないで迷っている程度。

「ごちそうさん」は無理に理屈で纏めようとしている所がドラマ性に齟齬を生じていましたが本作は論理自体が破綻。おまけに足元定まらない親子が都合よくフォローされる有様です。

投稿: 巨炎 | 2014年5月28日 (水) 12時58分

巨炎様
コメント下さり、ありがとうございます。

やっと学芸会での 「ロミオとジュリエット」 とその翌週の数回を見たのですが、このドラマは 「このことについてもっと掘り下げるのか」 と予測するとちっともそのあと音沙汰がない、というパターンが多いような気がしています。

まあ、まだ3週か4週視聴が遅れているので(爆)、そのあとフォローされるのかもしれないんですけど。 この 「浅さ加減」 が視聴率の好感触に通じているのかもしれないな。

気になったのは、初めてのバイトではなが 「英英辞典でも買おうかしら」 と気もそぞろのところ。
家族のことを考えたりしないのかな?とか。

でもよく考えてみると、はなは特待生制度でちっとも家族に経済的な迷惑をかけているわけでもない。

しかしながら妹の女工としての働きに引け目を感じているところとか描写してるんだから、何かバイトで稼いだ金で家族に…と思う部分も、まあほしいと言えばほしい気もする。

ただ中園ミホサンのこれまでの 「女性が自立するドラマ」 という視点を考えると、このドラマの主人公も、貧乏な家族からの独立を宿命づけられているのかな、という気も、ちょっとするんですよ。 だから 「家族のため」 とかいう視点が、はなには根本的に欠けているのかもしれない、と。

もともと年端もいかない年頃から、修和に入れられてますからね。 もう根本の意識的に、ススまみれの実家とは違う、お嬢様に染まってしまっているから。

さーて、あと数週きちんと見て、どんな感想が出てくるか、ワタシ的にはちょっと楽しみではあります。

投稿: リウ | 2014年5月29日 (木) 07時02分

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