« 「ファースト・クラス」 第1回 蹴落とし合いの果てにあるもの | トップページ | 2014年春、私が最近好きな曲 »

2014年4月27日 (日)

「花子とアン」 第2-4週 「規律が厳しい」 とは本来どういうことなのか

 皆様ご機嫌よう。 第1週のレビューから、はや3週がたってしまいました。 第2週までは主役の安東はなを山田望叶チャンが演じ、そして第2週の終わりから吉高由里子サンにバトンタッチしたわけですが、この3週間のこのドラマは、上流社会と小作農家とのあまりにも強いコントラストを描きつつも、さらに重層的なテーマが錯綜して、まったく飽きることがありませんでした。 本日私は先週分今週分のたまっていた録画をほぼぶっ通しで視聴。 計3時間。 これが全く苦にならない、というのは、前回のレビューにも書いたとおり、画面から滲み出る情報量が多い、ということが理由だと思います。

 そして、このドラマで現在のところ、私のいちばんの興味の中心が、はなが寄宿する学校の、ブラックバーン校長(トーディ・クラークサン)であります。
 この校長、なにしろ怖い。 とにかく怖い。 とてつもなく怖い。 あえてつげ義春流に言えば、テッテ的に怖い(笑)。
 はながなにかしら問題をしでかせば、「ゴー! トゥー! ベーーーーーッド!!!」(笑)。 要するに 「ベッドで寝てろ」、謹慎しとけということです。 これが、ゴー・トゥ・ベッドじゃ済まないケースが出てくるのが、また怖い(笑)。
 こんなに怖いキャラクターは、私もドラマを見ていて久しぶりに見た(爆)。 「赤毛のアン」 のキャラで補完するとすればマリラ・カスバートあたりになると思うのですが、イヤその比じゃない(笑)。 イメージ的には 「アルプスの少女ハイジ」 のロッテンマイヤー女史を彷彿とさせる。 でもそれ以上に怖いな(笑)。 「MOZU」 の中に出てくる悪い奴らなんかより絶対怖い(笑)。

 いや、ただ怖いだけじゃないですよ、さすがに。
 でも、このブラックバーン校長の怖さというのは、少女期の山田望叶バージョンのはなにとって、この修和女学校という場所自体の理不尽さと、完全にリンクしているように感じるんですよ。
 つまり、理由なき怖さ(笑)。 ブラックバーン校長は、修和女学校の 「規律の厳しさ」 を、まさにからだじゅうで体現している人なのです。 現在の常識から言うと、もう理不尽なくらい厳格。

 これが、自己主張が強い印象がある吉高由里子サンに主役交代しても、完全に吉高サンのパーソナリティを抑え込んでいるのが、実に興味深い。 吉高サンはブラックバーン校長の醸造している学園内の規律という縛りのなかで、ある程度もがきつつも、その枠に完全に絡み取られてしまっているように見えるのです。

 第2週冒頭、この修和女学校へと、はなは父親の伊原剛志サンによって半ば強制的に入れられます。
 貧乏な安東家にとって、東京のお嬢様学校に娘を入学させるなんてのは、かなり無理な所業です、のっけから。
 それを、「給費生」 という、ほかの人からの寄付で修学が成立するような方法をあえて選択し、「お前の大好きな本がたくさん読めるから」 という甘言ではなを騙して(笑)ろくに学校にも行かせてないはなを放り込んじゃうんですから。 この父親は、実にゴーインな人物であります(笑)。

 この、上流階級の中に放り込まれたはなは、鶴の中にはきだめ…意味が分からん(笑)…鶴の集団の中にみにくいアヒルの子状態。 去年の 「あまちゃん」 では 「じぇじぇ!」 だったけど、今年のはなは 「てっ!」「てっ!」 と驚きまくり。 流行らせるつもりかな(笑)。

 とりわけはなにとって脅威なのは、所作言葉づかい担当の軍曹・ハリセンボンのはるなサン、将校クラスがともさかりえサン。 そして元帥の座にましましているのが、ブラックバーン校長なのです。
 そこにひとりだけ、はなを比較的やさしい目で見ている浅田美代子サンがいる。 ただ彼女の素性の一端は第4週で明らかにされましたが、全体的に見てどういう人なのか、というのがあまりよく見えてこない。

 浅田サンだけでなく、修和女学校の人物たちについて、かなりこのドラマはブラックボックスの部分が大きい気がします。 それはこのドラマの作り手が、「描く必要がない」、と考えているからにほかなりません。
 そのスタンスが、「この学校はどうしてこんなに規律が厳しいのか」、ということについても 「それが当たり前の時代だから説明の必要自体がない」、という部分で共通している。

 第4週までの時点で、このドラマを引っ張っているもっとも太い線は、「はながこのように理不尽なまでに厳しい規則の中で、退学にならずにどうやって切り抜けていくのか」、という点にある、と感じます。 はなが受けるパニッシュ(懲罰)の度は増していき、しまいには全校の清掃、という途方もないレベルに達する(笑)。

 ドラマはこの太い線に第3週の、はなの里帰りを絡めて、社会格差を浮き彫りにし、はなが勉学に励む理由を明確化する。 そして第4週に登場したのが、はなの生涯の友となる、葉山蓮子(仲間由紀恵サン)です。

 彼女はほかの人物と比べて、かなり丹念に素性を明かされている気がします。 ハリセンボンのはるな軍曹が当初はなのご学友だったのに行き遅れで学校にとどまる、という経過を見てきているから、24歳でこの学校に入ってくるというのはとても遅い、特殊なケースであることは見ている側にもすぐ分かる。 特にはなの周囲は16歳ばかりですから、もうはっきり言って 「オバサン」 なんですな。
 ここらへん、見ている側の受け取り方が修和女学校の常識に既に染まってしまっているのは面白い。 現在の常識をもう逸脱しているから。 24歳でオバサン、なわけないでしょう(笑)。

 まあ仲間サンとか吉高サンの実際のトシを考えるとアレなんですが(笑)、ここでアンにとってのダイアナに当たると思われる仲間サンが、「赤毛のアン」 とは正反対にアン(はな)を酔っ払わせてしまう。 この構造も面白い。 それにしても酒癖悪いなこのアンは(笑)。

 で、この期に及んでブラックバーン校長の閻魔ぶりも頂点に達すると思われるのですが(笑)彼女は意外と冷静に推移を見守っている。

 これは、はなが入学当初まったく英語ができなかったのに、美人のスコット先生の、恋人へのラヴレターをまる写しして落第を免れたときと似ている気がする。

 つまり最初から分かっているんですよ、ブラックバーン校長には。 どうしてはながこれほど完璧な英文を書けたのか、はながどうして酔っ払ってしまったのか。

 彼女の 「厳格」 というのは、はるな軍曹やともさか大尉の行なっている厳格とは、性質的に違う。

 どうして厳格でならねばならないのか、それは彼女が、淑女を育てようとしているからなのです。 人間を育てようとしているからなのです。

 軍曹や大尉の厳格というのは、自分が厳しくされたからとか、自分の意にそぐわないから、というレベルでしかない。 これははっきり言って、私情の域を出ていないんですよ。

 目的がしっかりしていないと、いくら校則やなんだで生徒たちに厳しく接しようとしても、その中身は結局空洞化してしまう。
 空洞化している校則なんか、子供たちはバカにして従おうとしませんよ。 そこに隠れている真意というものを、子供たちは見抜く力をもっている。

 でも、人間を育てるためには、教師たちは厳格でなくてはならない。 その構造って、現代では完全に崩壊しているでしょう。 目的意識がきちんとしていないから、崩壊したと思うんですよ。

 蛇足的に感想を述べると、里帰り編で出てきたはなの妹かよ役の黒木華サン。 こっちが 「はな」 じゃんかよというのは置いといて(笑)この子は存在感あるなァ。 蒼井優サンみたいな素朴な清楚感がある。
 じっちゃんの石橋蓮司サンも、要所で泣かせる。 「自分のやりたいことを探しているうちに、こんなに歳をとってしまった」 というのは、オジサンにとっては結構痛い言葉であります。 セリフが少ないのに、そのセリフの重みがすごいんだ。

 「あまちゃん」 は変則的(ある意味ルール違反)な傑作だと思うけれど、「花子とアン」 は 「カーネーション」 以来の、朝ドラの正統派な傑作だ、と感じます。

 それでは皆様ご機嫌よう。 さようなら。

« 「ファースト・クラス」 第1回 蹴落とし合いの果てにあるもの | トップページ | 2014年春、私が最近好きな曲 »

テレビ」カテゴリの記事

コメント

名作劇場で「アン」と関連性の強い作品の
要素が取りれられているのでしょうか。

庶民の主人公がお嬢様学校に放り込まれたり
恋心のために身分を偽ったり
お嬢様の親友と互いを云々というのは
「わたしのあしながおじさん」的な話。
アンでは全く感じられない孤児である事への
劣等感を克服する様が作品テーマでした。

ブラックバーン校長は
「こんにちはアン」のカーライル院長が近い?

後は「良かった探し」のポリアンナネタがあれば完璧。
(ちなみに「あしなが」は声優ネタでポリアンナがお父さんのお嫁さんになる話)
原作「少女パレアナ」「パレアナの青春」も
村岡花子さんの訳なんですよね。

巨炎様
コメント下さり、ありがとうございます。

「パレアナ」もそうでしたか! うーん、村岡花子サン、結構いろいろ訳されているんだなァ。 知らないあいだに私もひとつやふたつは読んでいたかもしれません。

ブラックバーン校長がカーライル院長と同等の厳格さを兼ね備えていたとすると、修和女学校に入ってからのはなが、すっかり妄想癖をなくしてしまったことにも一理ある、という気がいたします。 このドラマでちょっと整合性が取れていないのが、はなの妄想が第1週からほとんど展開していないことだと思うので。

まあ、あまり妄想ばかりしちゃうとコメディになっちゃうからいいか(笑)。

リウ様
どうも。ぐっど、もーにんぐ・・でございます(笑)

ブラックバーン校長を演じているトーディ・クラークさんはニュージーランド出身。本国で女優活動をした後、ロサンゼルスに渡り、ハリウッドで演技コーチとしてキャリアを積んでこられたとか。なるほど、あの「全身教育者」オーラはこういうところから出ていたのか、と、妙に納得しました。

劇中のブラックバーン校長は、それに加え聖職者としての使命も負っていることを、「罪深き者」の蓮子様を許すとき使った"I trust you."という言葉から感じました。
キリスト教の思想には全く疎い私ですが、「神との契約」が信仰の源なら、trust=信用とは、契約のまさしく根幹となる言葉ですからね。本心をまるっとお見透された蓮子様にどこまで届いているのか分かりませんが、この言葉の重みは、相当なものだと思います。

結局のところ、茂木先生にせよ、タキ先生にせよ、生徒たちに接する態度を裏付けているものは、自分が今まで生きてきた経験則からのものでしかないのです(タキ先生の方はまだ明らかにされていませんが)。しかし、ブラックバーン校長は、明らかにそこから一段昇った場所から全体を見渡している。ゆうてみれば、いわゆる「神の視線」っちゅう奴なのかもしれませんが、だからこそ、その下に居る者は怖いし、畏れるし、理不尽だとも感じる。何しろ、神様というのは、常に結論しか仰りませんからね。

これは、翻ってみれば、布教と教育をセットにして日本に広めようとしていた宣教師たちと、西欧なみの国になることを目指して突っ走り始めた当時の日本人との認識のズレも物語っているように思えます。その一方で、未だ江戸時代そのままに土地と因習に縛られる安東家のような農家もあり、その「家と血縁」故に疎外され、孤立せざるを得ない蓮子様のような存在もいる。

今週からは、そこにどうやら「軍隊」というものの存在が関与してくるみたいだし(特に、陸軍の主な人材供給源は疲弊した農村でした)、黒木華ちゃんは恐らく「野麦峠」だし。いや~本当にこのドラマ、いろんなものが重層的に折り重ねて作っているなあと思う次第です。

リウ様、こんにちは。
感想UP拝読しました。

東京と甲府の二元放映、花子の成長譚に並行して安東家の人々の
葛藤にも興味深い部分が有ります。
長女を偏愛し、他の子どもへの興味が薄い父親の姿。

現在は安泰でも、周蔵御爺やんが物故された後に波乱展開を予想してしまいます。
花への依怙贔屓甚だしい父、改心は有るのか?

初期の朝ドラ父親像「時代の空気を纏ったヒロインの壁」

昨今の朝ドラ父親像「卯建の上げられないヘタレな男」

厳格さよりも親しみやすさを選択した、制作側の配慮でしょうが「儂は許さん」と、ヒロインに立ち開かる封建的親父の存在が不在だと、スリリングさを欠いてしまうと考えるのですが。
自分、センスが古いでしょうかね?

女学院卒業式。ブラックバーン校長は果たして、日本語で祝辞を述べてくれるでしょうか?
絶対日本語を理解なさっておられますよ。彼女は。

私も本作の父親はあまり魅力的に感じないです。

贔屓という点だけでなく退学の危機という噂を
聞きつけてくる経緯のとってつけ感な描写など
「主人公の父親」以上の個性がイマイチ。

「梅ちゃん」や「ごちそうさん」等の
基本お気楽系なら、あまり気にならないのですが
画面越しに時代の空気感が伝わってくる
本格派路線なだけに余計に引っかかります。

Zai-Chen様
コメント下さり、ありがとうございます。

ぐっど、イブニング~(笑)。

「トラストミー」 で墓穴を掘ったどこぞの国の首相もおりましたが(爆)、朝ドラに出てくる外人さんたちって、なんとなく本国で活躍できない二流の人ばかりを集めている印象(大変失礼)なのに、今回は美人の(この形容はセクハラか?)スコット先生にしても、「きちんと演技が成立しているな」 と感じることが多いです。 これは秋からの外国人ヒロインの朝ドラに向けての、いわば予行演習なのかも。

ともさかりえサンの大尉に関しては(笑)、この先はなの英語力に対しても一定の理解を示していくような兆候が、第4週では見られました。 ブラックバーン校長の言葉を蓮子に同時通訳していたはなの英語力を、認めてましたからね。

つくづく学術的な解説を賜り、Zai-Chen様には当ブログの質向上に大きく貢献していただいております。

私は特に付け加えるべきことがございませんが(笑)、特にはなの父親が社会主義に染まっていることを考えると、これからの軍国主義化が安東家に与えるインパクトというのは結構深刻なものになると予想しています。 そのときにこの父親が、映画 「ビューティフル・ライフ」 の父親みたいにいつまでもお調子者でいられるかどうか。 はたまたどう転進していくのか。 見ものです。

M NOM様
コメント下さり、ありがとうございます。

はなの父親は、安東家のなかでいちばん多く出演し、はなといちばん多く絡んでいる癖に、その全体像が見えてこない象徴のような気がしています。

裏返すと、ほかの安東家の人々についてはそれほど説明する必要がない。 ただのビンボーな小作の百姓ですから。

でもはなの父親は、ある日ふらっと甲府にやってきてはなの母親の前で行き倒れになり(笑)成り行きで結婚しちゃってるけど、じっさいこの男がどのような経緯でもって行商をはじめ、キリスト教に親近し、社会主義に吸い寄せられるのか、その背景というものがはっきりしていない。

滅多に家に帰ってこないことは、この男が安東家にとって大きなブラックボックスであることと同義だ、と思われるのです。

その男がどうして子供を分け隔てありまくりで接するのか(笑)。 勉強をしようとしない長男を冷酷に見限るのか。

もし中園ミホサンにそこまでの用意がなされているのなら、このドラマはもっとスリリングの度を増していくように思われるのです。

巨炎様
コメント下さり、ありがとうございます。

はなの父親に関しては、前のM NOM様への返信で書いたのですが、かなりブラックボックス的な部分が大きい。 だから饅頭屋のオッサンにはなが退学させられそうだ、ということを聞くのも、はなが少女時代に脱走しようとしたまさにそのときに 「偶然」 通りかかったことも、なんか彼のミステリアスを際立たせているような気もするのです。

買いかぶってますかね(笑)。
この父親は、先にも書いたとおり、ただのお気楽をやってるわけではないように、私には見えるんですよ。

んー、その意味では視聴者がお父のキャラを
掴みかねた状態が続いているのかもしれませんね。
はなに対する贔屓も突き詰めていけば
「私はお前の才能を愛しているだけだ」
になってしまうんですよねー。

シャアは初代ガンダム以降、父の理想の実現という
大義に取りつかれて(アムロとララァ以外の)
個々人に対して以前にも増して壁を作っていく
のですが、この人も社会に目を向けるばかり
贔屓している、はなの人格すら疎かにして、
いずれはそのしっぺ返しを受けたりするのかも。

しかし、今週の描き方などを見ると
奥さんに「他の子も目をかけてやって」と
描写のバランスを取りながら
ヒロインのサクセスストーリーを機能させるための
(「ハイジ」におけるデーテさんみたいなものか?)
記号的キャラの可能性もありで難しい所。

巨炎様
コメント下さり、ありがとうございます。

まあ、はなの父親に関しては、これからに注目、ということで。

にしちゃあ、子供たちにとってはこういう、エコヒイキしまくりの父親というのは困ったものです(笑)。 この父親には、知識に対して大きなコンプレックスを抱えているようなところが見受けられる。 だから子供に夢を託している、どこかでずるい部分も見えるんですね。

はなの一生にとっては大きな恩人ととらえてもいいこの父親ですが、ただまっすぐな愛情ではなを見つめている母親やじっちゃんに比べると、問題が大きい。

ドラマ的に見て、この構図って面白い気がします(不謹慎ですが)。

リウさま
おじゃまいたします。


>流行らせるつもり?

わたしが「じぇじぇじぇ」みたいに
流行語狙ってるの?
って思ったのは

「こぴっとがんばれし」

です。
これ、言い方がすごくかわいらしい。

仕事できゅうきゅうしてるとき
つい、朝ドラ見てる同僚に
「こぴっとがんばれし」
って言ってしまう・笑

あおぞら様
コメント下さり、ありがとうございます。

「ずら」 というのがこのたび山梨の方言だということが分かったくらい、山梨の方言には疎かったのですが、「~でごんす」 という言いかたもあらたまった感じでいいですね。 最近NHKは方言の流行語発信地とゆーか(笑)。

しっかし山梨編に出てくる人々は、みんな煤けているけど、「龍馬伝」 のときみたいにクレームが出ないのは、不思議です。

本格派を期待させて脚本の粗がどんどん広がっていく
「おひさま」の再来の危険がひしひしと…。
実話ベースという強みがある一方で、
有機的に機能しないままのアンネタのとってつけや
就活⇒却下⇒家族に知られる展開が既に3回。
(毎回、地主親子が絡むのも定番)

第3週の華やかな世界とビンボーな世界の狭間で
揺れる女学生の初恋は良かったのですが、
バイトとはいえ翻訳家の第1歩である
今週でも恋バナ主体で話が進んでいるのは…。
原稿が燃えて追加の仕事が入るという
「カーネーション」では絶対にやらない小細工展開。
編集長が訳のチェックをしている場面で
「富山先生にふられた」とバイトに話す方に
話のメインが取られてしまうのは何なのだ。

凄まじく不安になってきました。

追記:
再来年の大河は期待できるかも?

巨炎様
コメント下さり、ありがとうございます。

アゲッ、あ、これは 「ちゅらさん」 の驚きかただった(笑)、てっ!(笑)そんなにアラが見える展開になってるんですか。 また先週から見てないんですが(笑)。

原稿が燃えてしまうというのは藤田朋子サンの 「ノンちゃんの夢」 を思い出しますね(古すぎだっての)。 あの朝ドラもツッコミどころ満載だった(笑)。 イヤ~な連関だな(爆)。

それにしても、当ブログ 「花子とアン」 のレビューもアクセスが多いのですが、このところ急激にアクセスを伸ばしているのが、放送当時に書いていた 「カーネーション」 の過去記事。 いまちょうどデパートの制服のところやってるから、第4週とか5週のアクセスがすごいです。 ここからクリスマスのケーキぶっちらばしまでノンストップだからなーこの朝ドラ。 いちばんのめり込んで見る時期ですよね。

あの頃は(ハ!…ちゃうちゃう)よくもまああんなにダダ長い記事書いてたよな(まあここ20年来最高のドラマだったから当然ですが)。 あそこまでセリフを抜き書きして書きたいドラマは、あれ以来ホントにないですね。

女学校編、つまり第一部終了。
「本格派ドラマで視聴率はむしろ下がりそう」
というリウ様の懸念をよそに視聴率は前作以上!
本格派っぽく見せていただけの、お気楽朝ドラ。

バイトの件に続いて年少者達に授業をしている場面、
英語の短文を十羽ひとかけらの生徒達が
主人公の後を受けて喋るだけ、それっぽい場面だけ。
卒業二か月前にきて進路を決めていない主人公。
いや決まっていないまでも、複数の選択肢を持って
足場を固めていく過程は描けよ!
「夢、夢」連呼しながら将来のビジョンもなく
就活も疎かにしているヘッポコ学生みたいです。
それで朝市のコネで地元学校に就職という、
「赤毛のアン」⇒「アンの青春」をなぞる展開。
教える立場から東京の女学校の年少生徒を見た描写が前フリとしてあれば第3週ぐらいに都市と地方の落差
を描く展開も期待できるのですがね…。

巨炎様
コメント下さり、ありがとうございます。

え~、ポール・マッカートニーの公演→延期→中止、という一連の出来事で、かなりこちらも消耗してしまって、返信を書くのが遅れました。 なにとぞご了承ください。

で、やはりこちらも公演に向けて体調を整えたりしておりましたので、このところホンットに録画したほぼ全部のドラマを見ていません。

「花子とアン」 に関しては、巨炎様の舌鋒が鋭くなっているので、余計見る気がしなくなってきた気がします(笑)。 巨炎様のご考察は、いつも的を射てますから。

それにしても、「ごちそうさん」 については、巨炎様は結構鷹揚に捉えていた気がするのですが(個人的な印象なので悪しからず)、「花子とアン」 に対しては厳しいですね。 本格派に見せようとして実は違った、というガッカリが、そうさせるのでしょうか。

私は 「ごちそうさん」 のほうが、見ていて数倍イライラしましたけど(笑)。

まあ、5週目以降を見てみないことには分かりません。 いま何週目なのかな?(ゲンナリ…笑)。

>本格派に見せようとして実は違った、
>というガッカリが、そうさせる。
正にそうですね。
「ごちそうさん」は「梅ちゃん」で耐性が
ある程度、ついていたし
主人公に一貫して厳しい和江さんが
要所を締めてくれていたので
熱中はしていなかったけど最後まで観れた。

「花子とアン」は「カーネーション」は無理でも
「ゲゲゲ」ぐらいは期待させながら
「おひさま」的な適当な事を、
実話というベースがあって
モデルの人の実名を使いながら
フィクションだからと開き直ってやっている。
(「おひさま」も女学校時代はまだマトモでした)

巨炎様
コメント下さり、ありがとうございます。

私は 「ごちそうさん」、和枝サンのイケズぶりもなんかちぐはぐに見えたんですよね。 なんかわざとこじらそうとしている、というか。 わざと難解なこじらせかたをしておいて、主人公への批判の矛先をずらして、結局視聴者をケムに巻いてんじゃんかよ、みたいな。

とにかく先をちゃんと見ないと、お話しについていけない…(笑)。

さあ、いよいよロクデナシのおとうが帰ってきました。

音沙汰の無かった4年間を語ります。
ずっと警察の追撃を巻いて…ではなく隠れっぱなし。家族に迷惑がかかってはと言い訳してますが、はなにはハガキをよこしてましたから関心が薄い家族には切手代も惜しんだのでょう。
警察も行商人など知識階級でもないのでアウト・オブ・眼中だったそうです。ショックを受けたそうですが、はなと奥さんは慰めてくれるので結局、顧みなかった家族が逃げ場になってます。

兄やんの糾弾が救いですが、これも主人公アゲ。
はなが家の借金のために甲府で働く道を選んだとか、譲(爆)との見合いを受けたとか、もう矛盾だらけ。
借金(←しかも、これをかよが作った借金のように言う)返済なら10年間、受けた高等教育を生かして東京で高給な職につくべきだし、見合いに関しては何となくパルピテーションを感じないで迷っている程度。

「ごちそうさん」は無理に理屈で纏めようとしている所がドラマ性に齟齬を生じていましたが本作は論理自体が破綻。おまけに足元定まらない親子が都合よくフォローされる有様です。

巨炎様
コメント下さり、ありがとうございます。

やっと学芸会での 「ロミオとジュリエット」 とその翌週の数回を見たのですが、このドラマは 「このことについてもっと掘り下げるのか」 と予測するとちっともそのあと音沙汰がない、というパターンが多いような気がしています。

まあ、まだ3週か4週視聴が遅れているので(爆)、そのあとフォローされるのかもしれないんですけど。 この 「浅さ加減」 が視聴率の好感触に通じているのかもしれないな。

気になったのは、初めてのバイトではなが 「英英辞典でも買おうかしら」 と気もそぞろのところ。
家族のことを考えたりしないのかな?とか。

でもよく考えてみると、はなは特待生制度でちっとも家族に経済的な迷惑をかけているわけでもない。

しかしながら妹の女工としての働きに引け目を感じているところとか描写してるんだから、何かバイトで稼いだ金で家族に…と思う部分も、まあほしいと言えばほしい気もする。

ただ中園ミホサンのこれまでの 「女性が自立するドラマ」 という視点を考えると、このドラマの主人公も、貧乏な家族からの独立を宿命づけられているのかな、という気も、ちょっとするんですよ。 だから 「家族のため」 とかいう視点が、はなには根本的に欠けているのかもしれない、と。

もともと年端もいかない年頃から、修和に入れられてますからね。 もう根本の意識的に、ススまみれの実家とは違う、お嬢様に染まってしまっているから。

さーて、あと数週きちんと見て、どんな感想が出てくるか、ワタシ的にはちょっと楽しみではあります。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

« 「ファースト・クラス」 第1回 蹴落とし合いの果てにあるもの | トップページ | 2014年春、私が最近好きな曲 »

2019年4月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30        

BOOKS

  • マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 下

    マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 下
     1600ページも費やして、この上下巻はまだ彼らのデビューまでしか書かれていない。 3部作計6巻のうち2巻に過ぎないのだ。 なんと気の遠くなるような作業なのだろう。  本書はビートルズを語るうえで孤高の一作となるはずだ。 虚飾をすっかり剥ぎ取った、20世紀最大の奇跡に潜む真実が、これを読めば理解されるはずである(当ブログ紹介記事より抜粋)。 本書下巻では、1962年のレコードデビューまでが書かれています。

  • マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 上

    マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 上
     1600ページも費やして、この上下巻はまだ彼らのデビューまでしか書かれていない。 3部作計6巻のうち2巻に過ぎないのだ。 なんと気の遠くなるような作業なのだろう。  本書はビートルズを語るうえで孤高の一作となるはずだ。 虚飾をすっかり剥ぎ取った、20世紀最大の奇跡に潜む真実が、これを読めば理解されるはずである(当ブログ記事より抜粋)。 この上巻ではビートルズの祖先から遡ってリバプールで人気に火が付き始めたところまでが書いてあります。

  • ポール・デュ・ノイヤー: ポール・マッカートニー 告白

    ポール・デュ・ノイヤー: ポール・マッカートニー 告白
    まず驚かされるのが、表紙のポールの写真です。 よくこんなのが採用されたな、というくらい、刻まれた年輪が顕著に分かる 「年老いたポール」。 飾り気のないその写真に、「素のポール」 をあぶり出そう、という心意気が見える。 そして実際、著者のその目論見は、成功しているように思えます。 何より大きいのは、「NME」「Q」「MOJO」 など音楽メディアで長年記者を務めてきた著者がポールと同じリバプールの出身者である、ということ。 さらにポールと同じファースト・ネームであること。 だからポールはまるで自分の分身に話しかけるかのように、時折同郷人にしか分からない言葉で気さくに著者に話しかける。 この本を読む者は、まずその 「不思議なリラックス感」 に包まれるはずです。  本の構成は大きく二つに分かれます。 前半ではビートルズからウィングス、ソロに至るポールのたどってきた長い長い歴史、後半ではポールの人格に迫る試みがなされていく。 そのインタビューは、一気に行なわれたものではありません。 著者がNMEの記者だった1979年のものから、明示はされていないがおそらく2013年、「NEW」 の発売前後が最新のものではないか、と思われます。 実際読んだ感覚では 「キス・オン・ザ・ボトム」 あたりが最新のような気もする。 その30年以上にわたる膨大なポールへのインタビューを、項目によって構成し直しているようです。 ですから、今年(2016年)亡くなったジョージ・マーティンについてのポールの見解であるとか、最新の情報が提示されているわけではない。 ポールの情報というのはこの歳になってもなお日々更新型ですから、その点については物足りなさが確実にあります。 さらに、30年以上というとポールのものの考え方にも変化変遷があってしかるべきだと思うのですが、30年以上をリミックスにかけているからその変化というものがつかめてこないもどかしさがある。 表紙を飾ったポールの 「老い」 という問題にも、この本はきちんと答えてくれているわけではない。 さらに言えば、ジョン・レノンの死について多くが割かれているのとは対照的に、2001年に亡くなったジョージ・ハリソンの死についての記述はない。 正直なところ、このような本を読み漁ってきた身としては、衝撃に値するような情報が書かれているわけではありません。 しかし前述したような、リラックスしたムードのなかでポールと語らっているような疑似体験を共有できる強みが、この本にはある。 この本全体に貫かれているのが、この心地よさなのだ、と思うのです。 その心地よさが乱れるパートがあります。 自身の失敗作、どうでもいい作品について語るときのポールは多分に感情的になりがちであり、イライラした様子を隠しません。 特に 「シークレット・フレンド」 を語るポールのくだりはポールファンなら一読に値する部分でしょう。 しかしそのイライラも、ポールの人間性が垣間見える瞬間としてこの本にとっては必要なパートなのです。 3000円以上と、この本は決して安くはない部類の本です。 ただその値段に見合うパフォーマンスは兼ね備えています。 この本と付き合った1か月足らずの間、心地よい体験をすることができました(アマゾンの自身のカスタマーレビューより)。

  • : レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]

    レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]
    全200ページ程度のボリュームのなかで、キャンディーズに関する特集記事は50ページ。 ただし、これが濃い。 全シングル曲、ほぼほとんどのアルバムの解説は当然として、彼女たちの芸能界における歴史から見た考察、コメディエンヌとしての彼女たち、DVD解説など多岐にわたり、キャンディーズが分析されています。 特に圧巻は、レア音源に関する記述。 ここまで調べている読み物には、個人的にはお目にかかったことはありません。 700円。

MUSIC

  • ザ・ビートルズ -

    ザ・ビートルズ: サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド(スーパー・デラックス・エディション)(4CD+DVD+BD)
    ロック界、いや、すべてのポップミュージックにおけるアルバムの中で史上最高と称され、すでに世界文化遺産の域にまで達しているこのアルバム。 そのアルバムの発売50周年を記念して、スペシャルエディションがリリースされます。 なかでもブッ飛ぶのがこのスーパースペシャルボックスセット。 CD4枚組であらたなリミックスのステレオ盤1枚、モノ盤1枚、初期テイク集が2枚、さらにブルーレイ1枚とDVD1枚で5.1サラウンド、ハイレゾ音源、ドキュメント映像 「メイキングオブサージェントペパーズ」 のデジタルリマスター等々、卒倒するようなラインナップです。 18、000円プラス税と値は張りますが、史上最高の名盤だからこそこれは買い。 5月26日の発売までに予約をしておけば、アマゾンならば値下がりした時に値段がそのあと高騰しても最安値で購入できます。 ビーファンならずとも、これは注目ですぞ!

  • 山口 百恵 -

    山口 百恵: ゴールデン☆アイドル 山口百恵(完全生産限定盤)
    全シングルA・B面プラスボーナストラック(「あなたへの子守歌」)を、山口百恵名義としては初のブルースペックCDとしてリリース。 音はいわゆるドンシャリ系ではなく、アナログ盤に準拠した原音に忠実な印象です。 パッケージングはアナログシングル盤サイズで中袋、CDを納めるケースが完全にドーナツ盤をイメージしています(よく言えば斬新…笑、悪く言えばチャッチイ…笑)。 しかしその発想は買える(笑)。 ほぼ原寸大のシングルジャケットと裏の歌詞カードの複製ブックレット。 ただスキャニングは欲を言えばもう一歩。 当時シングル盤を中心に聴いていたかたなら、この編集盤はかなりの 「買い」 です。 しかしこのジャケット表紙の写真、スッピン風で個人的にはすごく好き。

  • デイヴ・グルーシン&リー・リトナー -

    デイヴ・グルーシン&リー・リトナー: Two Worlds / Grusin & Ritenour
    NHK朝ドラ 「花子とアン」 で美人のスコット先生が夜な夜な歌い、チビはなチャンがすっかり覚えてしまったイギリス民謡、「ザ・ウォーター・イズ・ワイド(流れは広く)」。 このアルバムでルネ・フレミングが歌っていたのを思い出しました。 ルネのソプラノはけっして大袈裟でなく上品で、私のとてもお気に入りのソプラノ歌手ですね。 このアルバム自体は全体的にクラシックにギターのリー・リトナーが絡むフュージョンぽいものなのですが、故・黒田恭一サン評するところの、「大人が聴く音楽」。 胸を締め付けるような哀しみと、すべてを包み込むようないたわりに満ちていて、私の人生のなかでも最上位に位置する愛聴盤です。

  • 桜田淳子 -

    桜田淳子: ゴールデン☆ベスト 桜田淳子~シングル・コレクション
    彼女の活動期に発売されたシングルをすべて網羅したベスト盤。 確かに後年のものほど馴染みがありませんが、選曲漏れがないので、彼女の存在とは何だったのか自体に思いが至るベスト盤です。 音も楽器の音像がよくてなかなかいいマスタリングをしている気がします。 2600円程度で推移しています。

  • ザ・ビートルズ -

    ザ・ビートルズ: ザ・ビートルズBOX(限定生産品)(USBメモリ)
    パソコンにUSB端子があり(たいていついてると思います)、パソコンで音楽が聴ける環境をお持ちの人ならば、聴くことができます。 現在のテクノロジーで最もいい音質で聴ける、ビートルズの音楽です。 ただし国内版にもかかわらず、訳詞とか一切なし。 ジャケットもブックレットもパソコンデータ。 純粋に音楽だけ楽しみたい人向けです。 また、曲間にコンマ何秒かのブランクが入ります。 「アビイ・ロード」 のメドレーも同様です。 しかし、音はさすがに、すごい。 大きな音量であればある程、目の前にビートルズが迫ってくる勢いです。 ツヤが違います。

  • The Beatles -

    The Beatles: The Beatles [USB]
    こちら上記の海外版。 内容的には国内版とほぼ一緒なので、値段が安いこちらのほうがいいでしょう。

無料ブログはココログ