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2014年7月20日 (日)

「HERO」 第2期 このシリーズ初めて見たんですけど、その角度からの感想です

 26.5%という、「今どきの」 ドラマにしては驚異的な数字を叩き出した、続編の第1回。

 そのファースト・シーズンや続編の映画に関しても今までノーチェックだったので、個人的には今回初めての視聴になります。 だから初回の終わりに 「Special thanks児玉清」 のクレジットが出ても、特に感慨がない。 ただ児玉サンが主人公の久利生公平(木村拓哉サン)に託していた思いは後学習しました。 いままでのシリーズを見てきた人にとっては、さぞかし感慨深いものがあったと思います。

 そしてやはり、そこかしこにこれまでのシリーズの後処理が行なわれている感覚。 こうした配慮はそれまでついてきた視聴者をないがしろにしていない、という点で好感が持てました。 おそらく26.5%という数字は、「あのあとどうなった」 という視聴者が多かったことによるものだろうと思う。 ドラマはそれに、きちんと答えた、という気がします。

 全体的なドラマの空気としては、「かなりオチャラケが入った、昔ながらのフジテレビの 『楽しくなければテレビじゃない』 路線だな」、ということは感じました。 出演者が丁々発止で軽口を叩きあう。 無駄なセリフがかなり多い(笑)。 でもそのノリで見る側を弛緩させておいて、シリアスなセリフとの緩急で見せる。
 そのセリフの組み立ての目的はそんなところだろう、と感じたのですが、いかんせんシリアスな場面が無駄な軽いセリフの膨大さに埋没してしまって、こちらの心の鐘を強く打ち鳴らさない傾向にはある、そんな気はしました。

 おそらく第1回のいちばんシリアスなシーンは、事件があった居酒屋で久利生公平が 「とりあえず起訴、という見切り発車のような形で裁判に持ち込むことは間違っている(大意)」 と語るシーンだったと思います。
 しかしそこで引き合いに出される、冤罪での長期間勾留とかいう話には、もうちょっと深みが欲しいような気がした。

 だけど、これはこのドラマを初めて見たことの障害かな、という気もする。
 つまり、ドラマのとっかかりから、「どうして事件を警察ではなく検察が取り仕切っているのか?」 という点がとても引っかかっていて、「警察が証拠を挙げられないような案件を検察で調べてもどうにもならんだろう」 という気持ちがあったため。
 警察でどうしようもない案件を裁判に持ち込もう、というのは、そりゃ単なる検察の横暴であろう、と。 久利生公平がそこを突っついてもしょうがないんじゃないのかな、と。

 あとから調べると、どうもこの久利生公平という男は、その服装やしゃべり方はもとより、「検察が捜査権を縦横に駆使している」 という点でかなり型破りな男である、らしい。
 おそらく児玉サンは彼のその点をとても買っていたのでしょうね。
 でもドラマを見ている時点ではそのことが分からないので、「なんか検察がすごく出しゃばっている」 という印象はずーっとありました。

 あと気になったのは、第1回ドラマの中心にあった 「時効」 という制度。 なんかすごく不勉強で申し訳ないんですが、「時効制度ってなくなったとか、ニュースでやってなかったっけな~」 というのが引っかかっていて。 勘違いなら非常に申し訳ございません。 あんなに堂々とドラマでやってんだから、まだあるんでしょうね(自分もとんだ恥さらしだなそーなると)。

 とりあえず見る側をじりじりさせるような展開で、時効なんてどこ吹く風、みたいに行動していく久利生公平。
 結局のところ、時効3日前の暴力事件が発生しなければ宝石強盗事件も根本的な解決には結びつかなかったわけで、そのドラマ的な展開をラストで久利生公平自身に 「ラッキーだったじゃん」 と自虐させるのは面白かったですね。 「見る側のツッコミをかわしてるじゃん」 というか。

 それと第1回で印象的だったのは、久利生公平になんとなく漂っている哀愁、でしょうか。

 いままでのシーズンを見たことがないので、ファーストシーズンでのコンビだった松たか子サンと、どのような関係だったのかは私も知りませんでしたが、このセカンド第1回でその関係は随所でつまびらかにされていた。
 彼女と行く道が別れ、そのままになってしまった、ということが、久利生公平の背中に哀愁となって蓄積されている。 木村クンはそんな男の寂しさを、とてもよく表現していたのではないか、という気がするのです。
 出だしのセリフから 「ヨロシコ」 とか、外見や態度にちっとも若者から成長していない部分を感じながらも、彼の一見成長していない人生のなかでも、なにかに傷つき、蓄積疲労している部分がある。 そんなことを感じたりしました。

 視聴率の良さが、そのまま内容の良さに関連しているわけではないことはおうおうにしてあるんですが、私が引っかかるのは、これをフジテレビが55周年ドラマと位置付けていること。
 26.5%に欣喜雀躍してるしこの局(笑)。
 まあなんつーか(笑)。

 セカンドシーズンで新たなパートナーとなった北川景子サンに関しては、ドラマ上あまり重要な立場にはなり得ないだろう、という予感はします。 つまり松たか子サンの代わり、ではなく、松たか子サンとの関係への橋渡しをしそうな。
 第1期に出ていた阿部寛サンが今回出てないのは仕方ないけど、出てたらスゴイだろうな。 松サンも阿部サンも、出てきたら面白いだろうに。 そうなったら視聴率ガッポガッポですよ、フジテレビさん(笑)。

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テレビ」カテゴリの記事

コメント

リウ様

お忙しい中、立て続けのレビューupありがとうございました。ヽ(´▽`)/

「HERO」第2話は、視聴率7%減。 がっかりされた方も多数ということなのでしょうか?

まあ、録画されてみる方もいらっしゃるので、今時の視聴率はほんとあてにならないんですけどね。┐(´-`)┌

何となく、HEROのパターンを踏襲しつつ、新たなキャラクターの背景や性格を描写していく流れはできてるなという気がします。

「時効」に関しては、私は不勉強なせいか、全然気にも止めずに見ちゃってました。専門家から見ると、突っ込みどころ満載なのかな?

今夜は「若者たち」3話を見ました。1話は、ちょっとひいてましたが、2話め以降は良くなっていると私的には思ってます。
でも第1話でリウ様が速攻give upされたように、離れちゃった人は、もう見ないでしょうから、視聴率は下がるばかりでしょうね。

rabi様
コメント下さり、ありがとうございます。

「若者たち」 がよくなっているなんて信じられない!(笑)。 まあ10分でリタイアした私にはとやかく言う資格はございません。 ただあの冒頭10分を思い返すとどうも今でも虫唾が走って仕方ありません。 どこをどうすりゃよくなんのか(まだ言ってるよwobbly)。

「HERO」。 ある程度の事情が分かってしまえば、あとは木村クンと松たか子サンがどうなるのかくらいしか、視聴者の関心がないのではないでしょうか。 第1話のトリックは、自慢に聞かれちゃいそうですが、結構すぐに分かっちゃったし。

時効に関してはウィキを読んだんですがよー分からんくて(笑)。 いずれにしても完全撤廃ではないんだな、という気はしました。 でなきゃあんなに堂々とドラマでやるはずはございません(笑)。

北陸の梅雨明けももう少し、という感じでしょうか、お身体ご自愛ください。 私は暑さもまだこれからが本番なのに完全にくたばってます(笑)。

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  • : レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]

    レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]
    全200ページ程度のボリュームのなかで、キャンディーズに関する特集記事は50ページ。 ただし、これが濃い。 全シングル曲、ほぼほとんどのアルバムの解説は当然として、彼女たちの芸能界における歴史から見た考察、コメディエンヌとしての彼女たち、DVD解説など多岐にわたり、キャンディーズが分析されています。 特に圧巻は、レア音源に関する記述。 ここまで調べている読み物には、個人的にはお目にかかったことはありません。 700円。

MUSIC

  • ザ・ビートルズ -

    ザ・ビートルズ: サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド(スーパー・デラックス・エディション)(4CD+DVD+BD)
    ロック界、いや、すべてのポップミュージックにおけるアルバムの中で史上最高と称され、すでに世界文化遺産の域にまで達しているこのアルバム。 そのアルバムの発売50周年を記念して、スペシャルエディションがリリースされます。 なかでもブッ飛ぶのがこのスーパースペシャルボックスセット。 CD4枚組であらたなリミックスのステレオ盤1枚、モノ盤1枚、初期テイク集が2枚、さらにブルーレイ1枚とDVD1枚で5.1サラウンド、ハイレゾ音源、ドキュメント映像 「メイキングオブサージェントペパーズ」 のデジタルリマスター等々、卒倒するようなラインナップです。 18、000円プラス税と値は張りますが、史上最高の名盤だからこそこれは買い。 5月26日の発売までに予約をしておけば、アマゾンならば値下がりした時に値段がそのあと高騰しても最安値で購入できます。 ビーファンならずとも、これは注目ですぞ!

  • 山口 百恵 -

    山口 百恵: ゴールデン☆アイドル 山口百恵(完全生産限定盤)
    全シングルA・B面プラスボーナストラック(「あなたへの子守歌」)を、山口百恵名義としては初のブルースペックCDとしてリリース。 音はいわゆるドンシャリ系ではなく、アナログ盤に準拠した原音に忠実な印象です。 パッケージングはアナログシングル盤サイズで中袋、CDを納めるケースが完全にドーナツ盤をイメージしています(よく言えば斬新…笑、悪く言えばチャッチイ…笑)。 しかしその発想は買える(笑)。 ほぼ原寸大のシングルジャケットと裏の歌詞カードの複製ブックレット。 ただスキャニングは欲を言えばもう一歩。 当時シングル盤を中心に聴いていたかたなら、この編集盤はかなりの 「買い」 です。 しかしこのジャケット表紙の写真、スッピン風で個人的にはすごく好き。

  • デイヴ・グルーシン&リー・リトナー -

    デイヴ・グルーシン&リー・リトナー: Two Worlds / Grusin & Ritenour
    NHK朝ドラ 「花子とアン」 で美人のスコット先生が夜な夜な歌い、チビはなチャンがすっかり覚えてしまったイギリス民謡、「ザ・ウォーター・イズ・ワイド(流れは広く)」。 このアルバムでルネ・フレミングが歌っていたのを思い出しました。 ルネのソプラノはけっして大袈裟でなく上品で、私のとてもお気に入りのソプラノ歌手ですね。 このアルバム自体は全体的にクラシックにギターのリー・リトナーが絡むフュージョンぽいものなのですが、故・黒田恭一サン評するところの、「大人が聴く音楽」。 胸を締め付けるような哀しみと、すべてを包み込むようないたわりに満ちていて、私の人生のなかでも最上位に位置する愛聴盤です。

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    桜田淳子: ゴールデン☆ベスト 桜田淳子~シングル・コレクション
    彼女の活動期に発売されたシングルをすべて網羅したベスト盤。 確かに後年のものほど馴染みがありませんが、選曲漏れがないので、彼女の存在とは何だったのか自体に思いが至るベスト盤です。 音も楽器の音像がよくてなかなかいいマスタリングをしている気がします。 2600円程度で推移しています。

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    ザ・ビートルズ: ザ・ビートルズBOX(限定生産品)(USBメモリ)
    パソコンにUSB端子があり(たいていついてると思います)、パソコンで音楽が聴ける環境をお持ちの人ならば、聴くことができます。 現在のテクノロジーで最もいい音質で聴ける、ビートルズの音楽です。 ただし国内版にもかかわらず、訳詞とか一切なし。 ジャケットもブックレットもパソコンデータ。 純粋に音楽だけ楽しみたい人向けです。 また、曲間にコンマ何秒かのブランクが入ります。 「アビイ・ロード」 のメドレーも同様です。 しかし、音はさすがに、すごい。 大きな音量であればある程、目の前にビートルズが迫ってくる勢いです。 ツヤが違います。

  • The Beatles -

    The Beatles: The Beatles [USB]
    こちら上記の海外版。 内容的には国内版とほぼ一緒なので、値段が安いこちらのほうがいいでしょう。

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