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2014年8月10日 (日)

「第46回 思い出のメロディー」 生きるさま、過ぎてゆくもの

 今年も 「夏の紅白」 とも呼べるNHK 「思い出のメロディー」 がやってまいりました。 今年は台風の影響で、時折台風情報のワイプ攻撃(「イカ天か」)を受けながらの放送となりました。

 「夏の紅白」、と言っても、1曲1曲にいろんな思いを馳せられる瞬間は、紅白なんかよりこちらの番組のほうがよほど多い。 まあ自分もアラフィフの人間ですから。
 紅白では三原綱木とニューブリードのみなさんは別スタジオで、本会場のNHKホールでは歌手のみなさんが変なイヤホンをつけながら歌う、という実に味気ないシステムなんだけれど、「思い出のメロディー」 ではちゃんと同じステージで演奏する側と歌い手が共演できる。 アナログだろうけど、こちらのほうがよほど好感が持てますよ。 まあ私も昔の人間なんだろうな。

 トップバッターは黛ジュンさん。 「天使の誘惑」(昭和43年) ですが、いきなりキイがオリジナルより低く(たぶん…笑)、しょっぱなから時の流れを感じざるを得ません。 黛サンは当時かなりパンチの効いた歌声で売っていましたから、声量の衰えというのは隠しきれない。 1968年ったらもう46年前ですから。
 しかしながらミニスカート! 一時期ちょっとお太りになっていた時期があったような不確かな記憶があるのですが、脚線美はほとんど46年前のまま。 これには驚きます。

 どうしても年齢を重ねると隠せないものが出てくるのは当然のことです。 声なども使ってないとはっきりと変質してしまう。 高音なども出せなくなる。 でも当時のイメージとほぼ同じ体型というのは、これには相当な努力が必要です。
 こうした、その歌手おひとりおひとりの、人生であるとか、時の流れの中に消えてしまったもの、時の流れに逆らって維持しているもの、そんなものが見えることが、「思い出のメロディー」 の興味深い部分のひとつである、と私は考えています。

 これは歌手のかたがたにとっては、ある意味で残酷なチャレンジである、と言っていい気がする。

 ヒット曲が出て、みんなに注目されているあいだは緊張感もあったりするだろうけれど、人気が落ちれば自分をよく見せる必要もなくなるから、ダラーンとしちゃう。 歌手じゃ食べていけないから、俳優をやったり事業をやったりもするでしょう。
 それが何年かぶりに 「歌ってください」 と懇願されて、「あの人はいま」 みたいな衆目の好奇にさらされる。
 これが五木ひろしサンとか八代亜紀サンとか、四六時中歌っているような人たちにとってはなんでもないことなんだけれども、たまに出るような人にとってはね。
 特に昔の歌というのは、その歌手と曲との結び付きがいまよりずっとずっと強いから、「この曲を歌うのはこの人でなければ」、という観客の要請もある。
 そうしたいろんな障害を飛び越えながら、NHKという大メジャーどころで歌わねばならんのですよ。 テレ東の 「にっぽんの歌」 みたいな気楽さがない。

 アグネス・チャンさんなどはデビュー当時のオリジナル・キイ自体が異常に高いから(笑)キイを下げて歌うことにあまり違和感がない。 アグネスは 「ひなげしの花」 を歌ったんだけれども、キイが下がって大人の歌、という別の側面を楽曲が持つことになって、これはこれでアリだな、と思う。
 ただアグネスが歌っているあいだ、なんか白いムームーみたいのを着た少女たちがまわりを踊っていて、「児童ポルノからあなたたちを守るワ」 みたいな演出だったよーな気がする(ハハ…)。

 大津美子サンは当時から朗々と歌い上げるタイプの人でしたから、「ここに幸あり」 もやや大げさなビブラートを効かせるとそんなに声量の不安定さが気にならなくなる。 これは頭脳プレーかな、という気がしました。 というより、歌手としての勘が鈍ってない、ということなのかな。
 「愛と死を見つめて」 の青山和子サンは、声も外見もイメージがさほど変わってなくて、これにはちょっと驚きましたが、いろいろ努力なさっているんでしょう。
 却ってこの曲を聴いているあいだ、「この曲の罪深さってどんなものだったんだろう」、と考えてました(ややこしいこと考えながら見てるよなオレも)。 要するに実話みたいなものだったんですから。 この作品のおかげで、この世に残されたマコは相当人生が変わったと思うんですよ。 吉永小百合サンが主演の映画まで作られて、当時最強のコンテンツだったわけですから、巨額のカネが動かないはずがない。 となると、今度は僻みややっかみが生まれるだろうと思うんですよ。 青山和子サンの屈託のない歌い方を見ていて、「うーん、そんなに罪がなさそうに歌われても…」 と、ちょっと複雑な気持ちにはなりました。

 マヒナスターズは香西かおりサンと 「お座敷小唄」。
 でもどうせなら三沢あけみサンと 「島のブルース」 でもやったほうがよかったような気がしますけど。 あ、ほら、司会の仲間由紀恵サンの出身地つながりで(つながってもいないか…笑)。 というより、出来るだけオリジナルの人で聞きたいよな、というのはあるんですよ。 今回島倉千代子サンの追悼コーナーで川中美幸サンとか水森かおりサン、藤あや子サンなんかが島倉サンの歌を歌ったのは別によかったのだけれども、なんかちっとも知らない人が石原裕次郎サンと牧村旬子サンの 「銀座の恋の物語」 を歌ったりとか、「ど~してだ?」 と思った。 ただこれは大詰めでの石原まき子サンの登場と、石原裕次郎サンの 「ビッグショー」 の発掘映像公開の前フリではあったのですが。
 でも 「銀恋」 は、牧村旬子サンのパートを歌った瀬口侑希という人、結構声の雰囲気がオリジナルと似てた気はします。

 そしてただただ驚いたのは、「月がとっても青いから」 の菅原都々子サン。 御歳86(もうすぐ87)歳! いやいや、この曲、なんかオリジナルキイだった気がするぞ。 そりゃ声は出てるとは言い難かったけど、あの曲の甲高いキイがそのお歳にしてはかなり出ていた気がします。

 「柿の木坂の家」 の青木光一サンの88歳というお歳もそうなのだけれど、もうこの歳まで来ると、元の声が出るとかそんな次元じゃないんですよね。 出なくて当たり前。 それがおふたりとも、驚異的な声量でしたよ。
 それにしても 「柿の木坂」 が目黒のことだとばかり思っていた私…(笑)。 目黒通り走ってると環7との交差点で柿の木坂陸橋というのがあってですね…(笑)。

 オリジナルの人でない、という点では 「東京五輪音頭」 の人もそう。 民謡歌手なのかな。 2020TOKYOのひな壇がせりあがっていく派手な演出(笑)だったけど、それにしてもこういう曲が売れてた、というのは時代を感じます。
 もともとこの曲って、作曲が古賀政男サンだったか、三橋美智也サンが歌うことを想定して作られた曲だったらしい(「ラジオ深夜便」 でそう言ってた)けど、三波春夫サンが歌ったものがいちばん売れたのには、やはり三波サンのアバンギャルド的な過激さに支持が多かったからだ、という気がするんですよ。
 「オリンピックのテーマ曲に音頭かよ」、というのは、昔っからどうも違和感がぬぐいきれなくて、いろいろ考えたんですけど、それが私の結論です(笑)。
 こういう 「それってちょっとダサくないか?」 という思いをぶっ壊すだけのパワーが、三波サンの歌にはある。 これが三橋美智也サンだと、独特のダウナーな声質のベクトルが却ってお行儀よく聞こえてしまい、「やっぱ音頭ってダサいよね」、というように聞こえてしまう(スゲー暴論ですが)。 この曲ってリズムが結構変則的で、メロディのおもむくままに作曲されてる傾向がある。 それが三波サンの持つエキセントリックさと合致して、世間の支持を得た、と私は考えてます(どーでもいーか)。

 「どうしてこんな曲が売れるのか?」 という不思議さという点では、菅原洋一サンの 「今日でお別れ」 もそうだったな。 今日お出になった菅原サンは見事にロマンスグレーのカッコいいおじいちゃま、という変貌を遂げてたんですけど、「知りたくないの」 とかで出てきた当時の菅原サンに対して私が持っていた印象は、「髪の毛がヘンに長いのに太ってる人」 という感じでして(大変失礼なことを書いて申し訳ございません)。
 どうしてこういう風貌の人が売れるのかな、というのが子供心にはとても不可解だったんですよ。
 でもこの人は確か、カンツォーネのシンガーとして出てきた人で(ウィキではタンゴバンドとか書いてるな)、当時は容姿がどうでも歌が良ければ売れる時代だった。 フランク永井サンとかと同じ系統なのかな。 今日の番組のなかで由紀さおりサンがしゃべってましたけど、当時のミュージック・シーンは世界中からいろんな種類のいい音楽が入ってきた、間口の広い豊かな環境だった。 今じゃフランスとかイタリアとかの音楽なんか、ちっとも入ってこないですもんね。
 そう言えば菅原洋一サンは、昭和40年代のテレビにはほのぼのキャラみたいな感じでよくお出になっていた気がします。 私のなかでは佃公彦サンのマンガと同じカテゴリに属していた気がする(笑)。 佃公彦サン、いたなァ。 水森亜土サンとか。 ウワー懐かしいぞ(笑)。 ヨネヤマママコサンとか(当時よくテレビに出てた気がする)。 テレビに透明なアクリル板みたいのが登場すると、決まって水森亜土サンが出てきて、即興で絵を描きだすの(話がとんでもない方向に行ってるんですけど…笑)。

 「ど~してこんな曲が売れるのか」 というつながりでは金井克子サンの 「他人の関係」 もそうだった気がします(笑)。
 でもこの曲、あの振り付けがかなりのインパクトだったから(笑)。 日吉ミミさんとかと同系統で、金井サンも鼻にかかったような無表情な歌い方の人でした。 当時からオバサンっぽかったから(小学生のガキにはみんなそ~見えるんです、申し訳ございません)(当時は大人っぽい人が多かったのは事実)いま見てもじゅうぶん若くてイケます(なにがだ?)。

 後半の1発目に出た西城秀樹サン。 脳梗塞を2度もやってしまう、というのはご本人にとってもかなりつらいことだ、とつくづく思います。 だって1度目のときに回復して、「水を飲まなきゃいけないんです」 みたいな感じでよくラジオとかにお出になってた気がするんですよ。 あんなに健康に気を遣ってたのに、同じことが2度も起きるなんて。
 ステージでは、「情熱の嵐」 と 「ヤングマン」 を熱唱。 注目すべきは、かつてのような激しいアクションがほとんどできず、特に下半身がまるで固定されているようだったのに対して、「ヤングマン」 での 「YMCA」 の振り付けはちゃんと出来てたし、なにより歌にはまったく影響がない、と断言さえ出来るほどだったこと。 でもあそこまでやるのは相当きついだろうな、と思いながら見ました。

 ヒデキ、ガンバレ!

 ヒデキ、ガンバレ!

 新御三家のなかでもいちばん好きだったし。 応援します!

 新御三家と言えば御三家のうちのおひとり、橋幸夫サンも 「潮来笠」 で登場。 春日八郎サンの 「お富さん」 と同様、「歌詞が未だによく分かんない曲」(笑)。 ファイティング原田サン、結構若いんだな。 うちの親より年下だ。

 かなり順番メチャクチャで端折りましたが、「愛燦燦」 から美空ひばりサン、そして先ほど述べた石原裕次郎サン。 おふたりとも50代前半で亡くなられているんですよね。
 発掘された裕次郎サンの映像では、歌の初めにMCをなされていましたが、なんともそれが安定感がある。 噛まないんですよ。 自分の言いたいことに逡巡してない。
 これってすごいことだな、という気がしました。
 つまり、当時は大人たちが、いまよりもはるかに 「大人」 をしていた。 頼りがいがあった。
 今じゃ自分もその筆頭として、「大人になりきれてない」 大人がいかに多いことか。
 もっと自分も頼りがいある人物にならねばいかんですよ。
 こんなことじゃイカンですよ。

 裕次郎サンの発掘されたその曲は、「粋な別れ」。 「命に終わりがある 恋にも終わりが来る 泣かないで 泣かないで 粋な別れをしようぜ」 という、まき子夫人にとってはちょっとしんどいのではないか、と思われる歌詞の曲です。
 それでもまき子夫人は、幸せそうに裕次郎サンの歌う映像に見入っていた。
 これが本当の、「いつまでも終わらない恋」、なんだろうな。 素敵です。

 最後は五木ひろしサンの 「追憶」。 そんなに売れた曲じゃなかったと思うんだけど、今回の 「思い出のメロディー」 の趣旨にとても合っているような気がして、聞き入ってしまいました。

 歌が世につれなくなってから、早幾年。
 流行歌という 「共通のツール」 を持っていた私たちは、いつの間にか歳をとり、時と共に死に絶え、思い出の残骸だけが残されていきます。
 50年後にいまの時代を懐かしがるような、この手の番組が果たして存続出来ているのか。 50年後なんか私たちの世代にとってはどうでもいいことだけれど、「誰でも知っている歌」 というものを持たない民族というのは、どこか寂しいような気がするのです。

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コメント

通りすがりの者です。思い出のメロディー、ここ何年か楽しみに見ています。当方アラフィフ。
歌手のみなさんにについて書かれていること、私もほぼ同じように感じました。
特に、黛ジュンさんのキーが低いこと、かつての”パンチ”が無くなったこと。最近までほぼ変わらず歌っていらっしゃいましたから、私はご病気を懸念しました。脚線美も感心しながらもちょっと細すぎ?ご病気?島倉千代子さんも亡くなる少し前から声量がかなりキビシクなられていましたから。
ヒデキに関しても、舞台への登場退場を映さなかったのは歩行に支障があるのかも。顔の表情もまだまだでしたが、歌声には安心しました。
菅原洋一さんのくだり、同感です。水森亜土さん覚えてます!!左右両手で漫画を描くのですよね。
ほかの記事も読ませていただきます!!

お久しぶりです。
今回は、司会も選曲も個人的にいまいちピンと来なかったので観ませんでした。
50代以降の年齢層にはツボだったかもしれませんね。

どなたかが感想を書いてくださるのを楽しみにしておりましたら、案の定リウさん(^^ゞ

先週からチャンネル銀河、朝10時~、
90年~2000年代の「思い出のメロディー」放送しているのでほぼ毎日見ています。(再放送は9月中旬以降らしい)
本日(11日)は05年、トシちゃんが出るものです。ここ5年ぐらいは意表をつく面子が多かったのですが・・。
でも子供の頃、この番組はお盆に親戚の家で見る怖い番組のうちの一つでした。
年配の歌手が歌う姿は子供心に大変恐怖心を抱くものでした。

PCNCU様
コメント下さり、ありがとうございます。

水森亜土サンって、いまの若者から見てもとてもポップに見える存在なのではないか、という気がします。 きゃりーぱみゅぱみゅなんかとファッションセンスが地続き、同じ地平にいる、という気がするんですよ。 描いている絵もポップカルチャーだし。 再評価されてしかるべき人なんじゃないかな~。

当方49歳なので、黛ジュンさんが活躍していたころってまだ3歳とか4歳とか。 でも叔父がこの人のレコードを持ってまして、追体験組であります。 この人にも 「どうしてこの人が歌うのか?」 みたいに不思議に思っていた曲がございまして、「夕月」。 なんで演歌調なんだよ?みたいな(笑)。 でも当時はザ・ピーナッツとか江利チエミサンも演歌調の歌うたってたし、さして珍しいことではなかったのかも。

ほかの記事も読んでくださるとのこと、感謝申し上げますconfident

あみーご長嶋様
お久しぶりでございます。 コメント下さり、ありがとうございます。

「思い出のメロディー」 がお盆の時期にやっている、というのはひとつのミソでございますね(笑)。 つまり懐かしい歌で先祖の霊を歓迎している、彼岸会の儀式みたいな(笑)。

今回は綾小路きみまろサンが男性の司会であったのですが、結構この大舞台に気後れしているようなところが散見されたような気がします。 裕次郎サンのMCがとても見事に思えたのは、その前フリがあったからかもしれません。

しかしながら女性の司会であった仲間由紀恵サンは、ご自身が昔歌手であったという経歴を持ちながら、ほぼ完璧なMCでした。 SMAPの中居クンとかもそうなのですが、あまりに司会が万事そつなく行なわれると却って物足りないとか、私も困った性癖です(笑)。

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  • : レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]

    レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]
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    こちら上記の海外版。 内容的には国内版とほぼ一緒なので、値段が安いこちらのほうがいいでしょう。

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