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2014年8月

2014年8月24日 (日)

「軍師官兵衛」 第29-33回 荒木村重の使い道

 このドラマは戦国時代における敗者についても、その 「負けざま」 に目を向けている傾向がある気がします。 官兵衛の義理の兄である櫛橋左京進しかり、水攻めの高松城の清水宗治しかり。

 そのなかでも、かつて官兵衛が仕えていた小寺氏と、官兵衛を監禁した荒木村重については、「逃亡した」 という点で共通している。 いっぽうで潔く切腹してもののふとしての生きざまを見せた武将が数多くいながら、この時代でも見苦しく逃げ回ってその寿命をまっとうした者たちがいたのです。

 小寺氏が官兵衛から見逃されたとき、私は 「これって切腹するより残酷かも」 と思いました。 それは視点を変えれば、官兵衛が自らの甘さを後々までの戒めとするための処遇だったとも言える。 そこで小寺氏を切腹させてしまえば、官兵衛も自分の見通しの甘さから監禁に至った経緯について、気持的にケリをつけられちゃいますからね。
 でも小寺氏にもののふとしての誇りが残滓のように残っていれば、小寺氏は死ぬまで、自分の情けなさと、対峙しながら生き続けていくことになる。
 見逃したのは官兵衛の苦渋の決断で、自分の世話になった殿を殺せないという慈悲の行動なのだ、という見方もございますけどね。 考えようによっちゃ、却って残酷なんですよ。 官兵衛にとっても小寺氏にとっても。

 「逃げること」 について、人というのは否定的に考えがちです。 碇シンジも 「逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ」 と自分を追い込んでいた(笑)。
 逃げることに罪悪感があるから、人は苦しみます。 苦しまないためには、「別にどーでもいーんだ」 と投げやりに開き直るか、「これは逃げてるんじゃない」、と強弁をするしかない。 ここで自分が逃げたことで生じたさまざまな損失を、正面から取り戻そうとする度胸のある人間は、非常に稀だ。

 小寺氏に関しては、あんまり 「もののふとしての誇り」 みたいなものは感じられなかったから(笑)、「見逃してもらってあーよかった、命が助かった」 と思ったかもしれない。 ドラマでは亡くなる寸前に官兵衛と再会し、自分の息子を官兵衛に託したけれど、小寺氏が官兵衛から見逃してもらった後どう生きたかについては、鶴チャンのそのくたびれた容貌から推察するしかありませんでした。

 しかし 「これは逃げてるんじゃない」、と強弁した荒木村重については、ドラマはここに来て、かなりこだわった気がします。 ドラマの作り手は、官兵衛がキリシタンに帰依するタイミングまで、荒木村重を大事に残しておったのです。

 そしてさらに作り手は、村重を秀吉のお伽役にし、かれの生き方を茶々と交差させることによって、それまで秀吉をただ拒絶するだけだった茶々の考え方を、劇的に転換させる契機に仕立て上げた。
 こういう、ドラマとしての組み立ての妙は、見ていてとても刺激的です。

 この、絶妙な設定の組み立てで実現したのが、第33回の 「傷だらけの魂」。 すいませんね、レビューが1週遅れで(ハハ…)。

 秀吉になびかない茶々(二階堂ふみサン)が唯一所望したのが、道薫と名を改めた荒木村重のお伽話。 信長への裏切りからここに至った話を、秀吉、官兵衛や、村重を裏切った高山右近などの前で披露する、という場を、ドラマの作り手は編み出したのです。

 当事者たちにとっては、なんとも耳の痛い話ばかりが続いたとき、秀吉は、「もういいだろう」 とお開きにしようとするのですが、茶々は 「聞きとうございます!」 と耳を貸しません。 茶々は、見苦しく逃げた男がなにを考えて生きながらえているのか、知りたがっている。 それは生き恥をさらして自分の家族を奪った秀吉に仕えている、自分自身への答えを見つけたがっているからこその反駁なのです。 道薫は答えます。

 「死にたくても死ねないのでございます。 それならばと、開き直りました。 生き恥をさらして、生きていくほかないと。

 私にはもはや、人の心はありませぬ。

 私は乱世が生んだ、化け物でございます。

 茶々様。 それがしも、あなた様に伺いとうございます。 父母を殺されながら、なにゆえ仇のもとで生きながらえておられるのです? あなた様も私と同じ化け物でございます。 ここには化け物しかおらぬ。 天下惣無事など絵空事にございます。 誰が天下を取ろうと、この乱世が終わることなどありませぬ」

 無礼な道薫の言葉に激高する秀吉。

 「どうぞこのような首でよければ、お討ち下され!」

 「エイヤアッ!」 刀を振り上げる秀吉。 そこに、官兵衛の高笑いが響く。

 「ハハハハハ、アッハハハ…。 望みが叶いましたな、道薫殿。 (秀吉に)この男は死にたいのでございます。 されど、自ら命を絶つことは出来ぬ。 それゆえの悪口雑言」

 「殺してはなりませぬ!」 叫んだのは茶々です。 「生き恥をさらし生き続けることこそ、この男が受けなければならぬ報い…」 目を見開いて、残酷に笑う茶々。

 「…この男を、どこぞに閉じ込めておけ!」 充血した目を剥いて言い残し、その場を去る秀吉。

 ここでは秀吉も、天下をとったあとの為政者としての欺瞞を暴かれた格好であり、道薫の言葉はいちいち庶民の立場での物言いにも通じる部分がある。
 高山右近も、自分はキリシタンなどと人格者を言いながら荒木村重を裏切った経緯があり、悔恨をするしかない状況。
 石田三成などは秀吉アゲで自分がいいとばかり思っているから、いきり立つばかり。

 そして茶々は、残酷に道薫を見下して 「死ぬまで苦しむがよい」 と吐き捨てながら、実はその嘲りは、自分自身に向かっている。 二階堂ふみサンがそこまで意識して演技したのかどうかは分かりませんが、すごく深い演技だと思いましたよ、ここは。

 つまりここで茶々がうすら笑いをしたのは、生き恥をさらして秀吉の妾みたいになっている自分への嘲りである。 そして、戦国の生んだ化け物として恥をさらして生きていくことこそ、自分に残された道なのだ、と悟った瞬間。 茶々のうすら笑いを見て、そこまでの恐ろしさ、おぞましさみたいなものを感じました。

 ここで注目すべきなのは、この時点で官兵衛も、村重も、けっして気持的には救われていない、ということです。
 官兵衛は監禁されたことについて、「恨んでいない」 と口では言いながら、実はかなりまだ根に持っている部分がある。 村重が秀吉にお伽衆として仕えることになったことが判明した時点から、官兵衛の心中は穏やかではないのです。

 そして村重が自分で死ねないことを承知しているから、秀吉によって討たれることを阻止しようと、高笑いをした。
 これは、言ってみれば 「そんなことでテメーの思い通りにさせるかよ」 という思いからの行動である、とも考えられます。 官兵衛はけっして、道薫を助けようと思って高笑いしたわけではない。 一瞬にして斬り殺されてしまうことよりも、苦しみを抱えながら生きていくことのほうが、よほどつらいことを悟っていたからでしょう。 これって小寺氏を見逃したときの官兵衛の気持ちと通じている。

 しかしこれらのことについて、やはり官兵衛は自らのなかにわだかまりを残し続けているわけです。 「化け物」 と名指しされて、やはり自分の中にあるのは、魔の所業なのだ、ということが、ここで明確に分かったのではないか。
 だからこそ、自分の迷える魂を救済するために、キリスト教の洗礼を受けることにつながっていったような気がするのです。

 いっぽうの村重。

 ここで為政者に一矢報いた、ということはあるかもしれないけれど、結局自分を化け物と断罪せざるを得なかった。 逃げ続け、オレは信長に負けていないと強弁し続けた先にあったものは、自分を徹底的に貶めることだけだったのではないだろうか。

 その道薫の気持ちをドラマは、高山城落城の際に助かった息子の又兵衛によって、解決の方向に導こうとした。 ここらへんの歴史の再構成もうまいなぁと思いました。 又兵衛を黒田が面倒見ていた、という主人公アゲというのはございましたが(笑)。

 道薫は、又兵衛を抱きしめたときに(最初は 「自分には子はおらぬ」 と拒絶していたのですが、その経緯は割愛します)「だし…」 と呻きます。
 ここ、どうして息子を抱きながら、自分の妻の名前なのか。
 やはり村重の心の奥には、妻を見殺しにした、という罪悪感が、強くこびりついていたんでしょうね。

 本日からは九州攻め。 秀吉の側近だったからいつもの戦国大河になるのかと思っていたら、結構差別化が図られていて、このところは見ていて面白いです。

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2014年8月16日 (土)

「花子とアン」 6/30-8/16 これで最後のレビューにしますかね

 かなり本日は脱力しました…(笑)。

 いつになったら村岡花子はアン・シャーリーと出会えるのでしょうか。 来週はようやく花子がラジオに出る話になるらしいですが、気になるのはももが再び登場する、ということ。 もう、ももは北海道で幸せになりました、でいいんじゃないのかな。 来年の朝ドラのヒロインなんだから、大切にしてほしいものです。

 それほど今回の朝ドラは、序盤での期待がレイプされていくパターンが多いような気がいたします。 つくづく残念です。 題材はいいんだがなあ。 どうしてこうしちゃうかなあ。

 ただ今週は、花子のひとり息子である歩クンが亡くなってしまう話で、イイ感じに回復してきたな、と思っていた矢先だったので…。
 あまりに重たい展開だったから、週の終わりにはコメディにしようという意図は理解できます、いや、理解したいと思います。 でもそのコメディがグダグダだと、マジメにドラマを見ている人は怒ってしまうんですよ。 もっと歯切れのいい笑いにもっていかないと。 私なんかはもはやいーかげんに見てるから失笑する程度で済みますけど。 でも見ていて恥ずかしかったな。 見ている側が恥ずかしくなるようなコメディは、いかがなものかと。

 その内容をあらためてここに書くのもばかばかしいのですが、歩クンのお葬式でパルピテーションに遭遇した醍醐サンと吉太郎クン。 この時点でイヤ~な予感はしたのですが(笑)、このふたりが互いに好意を持っていることを察して、蓮子のダンナの宮本が甲府にいる地主のせがれの武まで呼んで 「武と醍醐サンが結婚する」 という大芝居を吉太郎クンの前でさせて、結果的にゴーインにくっつけさせてしまう、という…。

 べつにいーんですけど。 設定がアレすぎますよね。 吉太郎と宮本の関係とか、武が甲府から出てくる手間とか、もう全部すっ飛んでますから。

 もうあんまり深く考えないで、このドラマを見たほうがいい気はしますね。 他愛のないドラマだと思います。
 朝ドラには、そういうレベルのドラマってかなり多いことを、この歳になって学習した気がします。 逆説的に言えば、「カーネーション」「あまちゃん」 なんてのはアホがやるレベルですよ。 あんなことまでする必要なんかない(逆説ですからね、念のため)。

 正直もう、「花子とアン」 に関してレビューをすることはない、と考えていたのですが、とりあえずリタイアはしないけれど、もうこれっきりこれっきりという意味で、レビューをいたしとうございます。

 今回の朝ドラは、翻訳家で文学者の村岡花子氏を題材にしています。

 ただ、その本業についてこのドラマは深く食い込む気がなく、多くを割いていない。 そっちより、「赤毛のアン」 のアン・シャーリーと親友のダイアナ、という関係をそのままプロトタイプにしようとする意図があったのでしょうが、村岡花子氏と 「白蓮事件」 の柳原白蓮氏の友情のほうに、ドラマとしての最大の重点が置かれている、と感じます。

 今週、息子の歩クンが亡くなった時も、物語の表面で見える限りでは、花子は蓮子にしか電報を打っていない。 おそらく甲府の実家とか、吉太郎、かよなんかにも電報を打ったのだと思われるけれど、語り手にははじめからそのことは眼中にないように思えます。
 これはかつて花子が女学校時代に、初めてバイトしたお金を蓮子のために遣ってしまう(きんつばを買ってましたよね)ことと、つながっている。
 白蓮事件がドラマの主題になっていた数週間のあいだも、花子はかなり緊密に蓮子の手助けをしています。 これほどまでに花子が白蓮事件に関わっていたのかどうかは分かりませんが、ドラマでは身重の蓮子を、人間拡声器のような(笑)リンのいる甲府の実家に匿う、そういう荒技まで使っている。 これもひとえに、花子と蓮子の友情を際立たせるための話である、と言えます。

 だから題名としては、「花子とアン」 より 「花子と蓮子」 としたほうがいいくらいの比重の置きかたなのですが、蓮子をもうひとりの主役として位置付けるために、現実とは設定をかなり変える必要性が生じたような気がする。

 そもそも白蓮事件というのは、宮本や蓮子がかなり主導権を持って世間に公表した感覚なのですが、それをドラマでは 「宮本の友人たちが勝手に新聞社に絶縁状を売った」 みたいな描きかたをして、蓮子たちのダーティさをきれいに打ち消しています。
 白蓮サンというのは血筋的に天皇とつながっているようなところがあって、だからこそ単なる華族の火遊びみたいなニュースの採り上げられ方をしたわけではありません。 これは当時としてはかなりのスキャンダルなわけですよ。

 いろんな文献を読んでいると、もともと華族というのは当時、封建時代の名残で政略結婚とか妾とかは当たり前で、あまり風紀的にきちんとしているとは言い難いユルさだったらしい。 その感覚が蓮子にもあったからこそ、嘉納伝助との政略結婚を嫌ったあげくに数人の男と付き合っている。
 その風紀的な後ろめたさと社会主義的な思惑が合致して、絶縁状を世間に大々的に公表することによって自らに向かう逆風をコントロールしようとした。 そんな意図が白蓮事件の根幹にある気がするのです(上っ面の学習で申し訳ないですが)。

 そのドラマ的な面白さを、今回の朝ドラは結果的には放棄した、そう感じます。
 ドラマの語り手が本当に伝えたいのは、社会に対するアンチテーゼではない。
 それは、白蓮事件が収束してからのいくつかのエピソードから伺えます。

 蓮子は関東大震災のどさくさで幽閉されていた葉山家から脱出し、宮本の実家に住むようになるのですが、そこの母親、つまり姑からいじめを受けるようになります。
 これも事実とは正反対で、リベラルな宮本の母親は蓮子に協力的だった、といいますが、ドラマではあえて正反対にすることによって、「精神の牢獄に入れられているような結婚よりも、どんなに苦しくてもいい、好きな人と一緒にいられることが最上なのだ」、という結論を導こうとしている。

 また、事件以来蓮子と伝助は、じっさいには一度も会わなかったらしいのですが、ここでもドラマはこのふたりをばったり出くわさせている。
 おそらくこれは、物語の語り部がそうさせたかったのでしょう。 伝助は 「愛情を金でしか考えられなかった」、蓮子は 「愛情を素直に受け入れることができなかった、その愛情の質を理解することができなかった」、と告白し(録画全部消してるのでちゃんと書けませんが…笑)、自らの過ちを自覚させ、お互いを許し合う場を、このドラマの語り部は作ってあげたかったのでしょう。

 しかし意外にもこのドラマで、いちばん見る側の理解を得られ(てしまっ)たのは、この嘉納伝助だったということは、皮肉としか言いようがありません。
 つまりこれってお嬢様育ちとかインテリとか、そういう人たちの行動基準というのが、現代的に理解とか共感をされにくいことにつながっているのではないか、と私は考えるのです。
 確かに伝助を演じた吉田鋼太郎サンの演技がよかったというのもあるけど。 お金でしか表現できない不器用な愛。 そっちのほうがヒロイン達よりよほど共感されてしまった。

 このドラマが一部の人々に共感されないのは、ドラマ的な設定のヌルさもさることながら(それが大前提かな…笑)、「お嬢様」 的な発想の世間ズレした部分とか、甘さ、ノーテンキさに集約されているのではないか。

 今週のエピソードで、歩クンが廊下に落書きしてしまうのを、花子は一緒になって落書きしまくってしまいます。
 花子は締め切り間近でも辞書を枕に居眠りしてしまったりするんですが、歩クンが亡くなったあとも添い寝しているうちにホントに眠ってしまう。
 ここらへん、「お嬢様感覚で、どこかネジが抜けている」 という捉え方もできないだろうか。
 以前にもこのブログで書いたように、花子はどこか、きちんとした人の感覚からは、ずれているんですよ。 花子なりのありのままさで、彼女は生きている。 その飾らない頼りなげなところに、みんなが手を差し伸べてくれる。 「なにもかも周りからお膳立てしてくれて気楽なもんだ」、と思われるかもしれませんが、そうしてあげたくなる頼りなさ、危なげな素朴さ、というものも、世のなかにはある、そんな気がする。

 なんだ、結局このドラマの擁護になっちゃったぞ(笑)。

 でもね、今日の三文芝居はないんじゃないか、とは思いますよ、やっぱり(笑)。 特に歩クンが亡くなってからの、この落差ですからね。 チェンジオブペースを目論んだんでしょうけどね。 失敗してると思うなあ。 さすがに今日のは。

 あとは、花子がアンと巡り合える日を楽しみにして、このドラマを見続けたいと思います。

 ごきげんよう。 さようなら。

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2014年8月10日 (日)

「第46回 思い出のメロディー」 生きるさま、過ぎてゆくもの

 今年も 「夏の紅白」 とも呼べるNHK 「思い出のメロディー」 がやってまいりました。 今年は台風の影響で、時折台風情報のワイプ攻撃(「イカ天か」)を受けながらの放送となりました。

 「夏の紅白」、と言っても、1曲1曲にいろんな思いを馳せられる瞬間は、紅白なんかよりこちらの番組のほうがよほど多い。 まあ自分もアラフィフの人間ですから。
 紅白では三原綱木とニューブリードのみなさんは別スタジオで、本会場のNHKホールでは歌手のみなさんが変なイヤホンをつけながら歌う、という実に味気ないシステムなんだけれど、「思い出のメロディー」 ではちゃんと同じステージで演奏する側と歌い手が共演できる。 アナログだろうけど、こちらのほうがよほど好感が持てますよ。 まあ私も昔の人間なんだろうな。

 トップバッターは黛ジュンさん。 「天使の誘惑」(昭和43年) ですが、いきなりキイがオリジナルより低く(たぶん…笑)、しょっぱなから時の流れを感じざるを得ません。 黛サンは当時かなりパンチの効いた歌声で売っていましたから、声量の衰えというのは隠しきれない。 1968年ったらもう46年前ですから。
 しかしながらミニスカート! 一時期ちょっとお太りになっていた時期があったような不確かな記憶があるのですが、脚線美はほとんど46年前のまま。 これには驚きます。

 どうしても年齢を重ねると隠せないものが出てくるのは当然のことです。 声なども使ってないとはっきりと変質してしまう。 高音なども出せなくなる。 でも当時のイメージとほぼ同じ体型というのは、これには相当な努力が必要です。
 こうした、その歌手おひとりおひとりの、人生であるとか、時の流れの中に消えてしまったもの、時の流れに逆らって維持しているもの、そんなものが見えることが、「思い出のメロディー」 の興味深い部分のひとつである、と私は考えています。

 これは歌手のかたがたにとっては、ある意味で残酷なチャレンジである、と言っていい気がする。

 ヒット曲が出て、みんなに注目されているあいだは緊張感もあったりするだろうけれど、人気が落ちれば自分をよく見せる必要もなくなるから、ダラーンとしちゃう。 歌手じゃ食べていけないから、俳優をやったり事業をやったりもするでしょう。
 それが何年かぶりに 「歌ってください」 と懇願されて、「あの人はいま」 みたいな衆目の好奇にさらされる。
 これが五木ひろしサンとか八代亜紀サンとか、四六時中歌っているような人たちにとってはなんでもないことなんだけれども、たまに出るような人にとってはね。
 特に昔の歌というのは、その歌手と曲との結び付きがいまよりずっとずっと強いから、「この曲を歌うのはこの人でなければ」、という観客の要請もある。
 そうしたいろんな障害を飛び越えながら、NHKという大メジャーどころで歌わねばならんのですよ。 テレ東の 「にっぽんの歌」 みたいな気楽さがない。

 アグネス・チャンさんなどはデビュー当時のオリジナル・キイ自体が異常に高いから(笑)キイを下げて歌うことにあまり違和感がない。 アグネスは 「ひなげしの花」 を歌ったんだけれども、キイが下がって大人の歌、という別の側面を楽曲が持つことになって、これはこれでアリだな、と思う。
 ただアグネスが歌っているあいだ、なんか白いムームーみたいのを着た少女たちがまわりを踊っていて、「児童ポルノからあなたたちを守るワ」 みたいな演出だったよーな気がする(ハハ…)。

 大津美子サンは当時から朗々と歌い上げるタイプの人でしたから、「ここに幸あり」 もやや大げさなビブラートを効かせるとそんなに声量の不安定さが気にならなくなる。 これは頭脳プレーかな、という気がしました。 というより、歌手としての勘が鈍ってない、ということなのかな。
 「愛と死を見つめて」 の青山和子サンは、声も外見もイメージがさほど変わってなくて、これにはちょっと驚きましたが、いろいろ努力なさっているんでしょう。
 却ってこの曲を聴いているあいだ、「この曲の罪深さってどんなものだったんだろう」、と考えてました(ややこしいこと考えながら見てるよなオレも)。 要するに実話みたいなものだったんですから。 この作品のおかげで、この世に残されたマコは相当人生が変わったと思うんですよ。 吉永小百合サンが主演の映画まで作られて、当時最強のコンテンツだったわけですから、巨額のカネが動かないはずがない。 となると、今度は僻みややっかみが生まれるだろうと思うんですよ。 青山和子サンの屈託のない歌い方を見ていて、「うーん、そんなに罪がなさそうに歌われても…」 と、ちょっと複雑な気持ちにはなりました。

 マヒナスターズは香西かおりサンと 「お座敷小唄」。
 でもどうせなら三沢あけみサンと 「島のブルース」 でもやったほうがよかったような気がしますけど。 あ、ほら、司会の仲間由紀恵サンの出身地つながりで(つながってもいないか…笑)。 というより、出来るだけオリジナルの人で聞きたいよな、というのはあるんですよ。 今回島倉千代子サンの追悼コーナーで川中美幸サンとか水森かおりサン、藤あや子サンなんかが島倉サンの歌を歌ったのは別によかったのだけれども、なんかちっとも知らない人が石原裕次郎サンと牧村旬子サンの 「銀座の恋の物語」 を歌ったりとか、「ど~してだ?」 と思った。 ただこれは大詰めでの石原まき子サンの登場と、石原裕次郎サンの 「ビッグショー」 の発掘映像公開の前フリではあったのですが。
 でも 「銀恋」 は、牧村旬子サンのパートを歌った瀬口侑希という人、結構声の雰囲気がオリジナルと似てた気はします。

 そしてただただ驚いたのは、「月がとっても青いから」 の菅原都々子サン。 御歳86(もうすぐ87)歳! いやいや、この曲、なんかオリジナルキイだった気がするぞ。 そりゃ声は出てるとは言い難かったけど、あの曲の甲高いキイがそのお歳にしてはかなり出ていた気がします。

 「柿の木坂の家」 の青木光一サンの88歳というお歳もそうなのだけれど、もうこの歳まで来ると、元の声が出るとかそんな次元じゃないんですよね。 出なくて当たり前。 それがおふたりとも、驚異的な声量でしたよ。
 それにしても 「柿の木坂」 が目黒のことだとばかり思っていた私…(笑)。 目黒通り走ってると環7との交差点で柿の木坂陸橋というのがあってですね…(笑)。

 オリジナルの人でない、という点では 「東京五輪音頭」 の人もそう。 民謡歌手なのかな。 2020TOKYOのひな壇がせりあがっていく派手な演出(笑)だったけど、それにしてもこういう曲が売れてた、というのは時代を感じます。
 もともとこの曲って、作曲が古賀政男サンだったか、三橋美智也サンが歌うことを想定して作られた曲だったらしい(「ラジオ深夜便」 でそう言ってた)けど、三波春夫サンが歌ったものがいちばん売れたのには、やはり三波サンのアバンギャルド的な過激さに支持が多かったからだ、という気がするんですよ。
 「オリンピックのテーマ曲に音頭かよ」、というのは、昔っからどうも違和感がぬぐいきれなくて、いろいろ考えたんですけど、それが私の結論です(笑)。
 こういう 「それってちょっとダサくないか?」 という思いをぶっ壊すだけのパワーが、三波サンの歌にはある。 これが三橋美智也サンだと、独特のダウナーな声質のベクトルが却ってお行儀よく聞こえてしまい、「やっぱ音頭ってダサいよね」、というように聞こえてしまう(スゲー暴論ですが)。 この曲ってリズムが結構変則的で、メロディのおもむくままに作曲されてる傾向がある。 それが三波サンの持つエキセントリックさと合致して、世間の支持を得た、と私は考えてます(どーでもいーか)。

 「どうしてこんな曲が売れるのか?」 という不思議さという点では、菅原洋一サンの 「今日でお別れ」 もそうだったな。 今日お出になった菅原サンは見事にロマンスグレーのカッコいいおじいちゃま、という変貌を遂げてたんですけど、「知りたくないの」 とかで出てきた当時の菅原サンに対して私が持っていた印象は、「髪の毛がヘンに長いのに太ってる人」 という感じでして(大変失礼なことを書いて申し訳ございません)。
 どうしてこういう風貌の人が売れるのかな、というのが子供心にはとても不可解だったんですよ。
 でもこの人は確か、カンツォーネのシンガーとして出てきた人で(ウィキではタンゴバンドとか書いてるな)、当時は容姿がどうでも歌が良ければ売れる時代だった。 フランク永井サンとかと同じ系統なのかな。 今日の番組のなかで由紀さおりサンがしゃべってましたけど、当時のミュージック・シーンは世界中からいろんな種類のいい音楽が入ってきた、間口の広い豊かな環境だった。 今じゃフランスとかイタリアとかの音楽なんか、ちっとも入ってこないですもんね。
 そう言えば菅原洋一サンは、昭和40年代のテレビにはほのぼのキャラみたいな感じでよくお出になっていた気がします。 私のなかでは佃公彦サンのマンガと同じカテゴリに属していた気がする(笑)。 佃公彦サン、いたなァ。 水森亜土サンとか。 ウワー懐かしいぞ(笑)。 ヨネヤマママコサンとか(当時よくテレビに出てた気がする)。 テレビに透明なアクリル板みたいのが登場すると、決まって水森亜土サンが出てきて、即興で絵を描きだすの(話がとんでもない方向に行ってるんですけど…笑)。

 「ど~してこんな曲が売れるのか」 というつながりでは金井克子サンの 「他人の関係」 もそうだった気がします(笑)。
 でもこの曲、あの振り付けがかなりのインパクトだったから(笑)。 日吉ミミさんとかと同系統で、金井サンも鼻にかかったような無表情な歌い方の人でした。 当時からオバサンっぽかったから(小学生のガキにはみんなそ~見えるんです、申し訳ございません)(当時は大人っぽい人が多かったのは事実)いま見てもじゅうぶん若くてイケます(なにがだ?)。

 後半の1発目に出た西城秀樹サン。 脳梗塞を2度もやってしまう、というのはご本人にとってもかなりつらいことだ、とつくづく思います。 だって1度目のときに回復して、「水を飲まなきゃいけないんです」 みたいな感じでよくラジオとかにお出になってた気がするんですよ。 あんなに健康に気を遣ってたのに、同じことが2度も起きるなんて。
 ステージでは、「情熱の嵐」 と 「ヤングマン」 を熱唱。 注目すべきは、かつてのような激しいアクションがほとんどできず、特に下半身がまるで固定されているようだったのに対して、「ヤングマン」 での 「YMCA」 の振り付けはちゃんと出来てたし、なにより歌にはまったく影響がない、と断言さえ出来るほどだったこと。 でもあそこまでやるのは相当きついだろうな、と思いながら見ました。

 ヒデキ、ガンバレ!

 ヒデキ、ガンバレ!

 新御三家のなかでもいちばん好きだったし。 応援します!

 新御三家と言えば御三家のうちのおひとり、橋幸夫サンも 「潮来笠」 で登場。 春日八郎サンの 「お富さん」 と同様、「歌詞が未だによく分かんない曲」(笑)。 ファイティング原田サン、結構若いんだな。 うちの親より年下だ。

 かなり順番メチャクチャで端折りましたが、「愛燦燦」 から美空ひばりサン、そして先ほど述べた石原裕次郎サン。 おふたりとも50代前半で亡くなられているんですよね。
 発掘された裕次郎サンの映像では、歌の初めにMCをなされていましたが、なんともそれが安定感がある。 噛まないんですよ。 自分の言いたいことに逡巡してない。
 これってすごいことだな、という気がしました。
 つまり、当時は大人たちが、いまよりもはるかに 「大人」 をしていた。 頼りがいがあった。
 今じゃ自分もその筆頭として、「大人になりきれてない」 大人がいかに多いことか。
 もっと自分も頼りがいある人物にならねばいかんですよ。
 こんなことじゃイカンですよ。

 裕次郎サンの発掘されたその曲は、「粋な別れ」。 「命に終わりがある 恋にも終わりが来る 泣かないで 泣かないで 粋な別れをしようぜ」 という、まき子夫人にとってはちょっとしんどいのではないか、と思われる歌詞の曲です。
 それでもまき子夫人は、幸せそうに裕次郎サンの歌う映像に見入っていた。
 これが本当の、「いつまでも終わらない恋」、なんだろうな。 素敵です。

 最後は五木ひろしサンの 「追憶」。 そんなに売れた曲じゃなかったと思うんだけど、今回の 「思い出のメロディー」 の趣旨にとても合っているような気がして、聞き入ってしまいました。

 歌が世につれなくなってから、早幾年。
 流行歌という 「共通のツール」 を持っていた私たちは、いつの間にか歳をとり、時と共に死に絶え、思い出の残骸だけが残されていきます。
 50年後にいまの時代を懐かしがるような、この手の番組が果たして存続出来ているのか。 50年後なんか私たちの世代にとってはどうでもいいことだけれど、「誰でも知っている歌」 というものを持たない民族というのは、どこか寂しいような気がするのです。

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