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2014年9月30日 (火)

「マッサン」 第1-2回 長縄跳びの、輪に入れるかどうか(追記:第1週の感想、コメント欄に書きました)

おことわり 「麦の歌」 について、少々書き足しました。

 朝ドラ史上初の 「外人ヒロイン」 となる、このドラマ。 その女性の故郷は、まるで話題作りに一役買ったかのような独立投票のニュースが最近あった、スコットランドです。
 
 第1回の冒頭、昭和46年(1971年)の時点で、老いた主人公マッサン(玉山鉄二サン)の妻であったその女性、エリー(シャーロット・ケイト・フォックスさん)は、亡くなっている。 この、エリーの遺影の、屈託のない澄みきった笑顔を見ていたら、なんか早くも涙がじわーっと…(笑)。 早い、早いっつーの(笑)。

 そして主題歌の、中島みゆきサンの歌へ。 こないだの 「オールナイトニッポン月イチ」 で話しておられましたが、「私の歌が朝っぱらから、いーんでしょーかね~?」 というご本人の懸念通り、これが重たい(笑)。 泣かせる(笑)。

 「なつかしい人々 なつかしい風景 その総てと離れてもあなたと歩きたい
 嵐吹く大地も 嵐吹く時代も 陽射しを見上げるように あなたを見つめたい
 麦に翼がなくても 歌に翼があるのなら 伝えておくれ故郷へ ここで生きてゆくと
 麦は泣き 麦は咲き 明日へ育ってゆく」(「麦の歌」)。

 この歌詞がエリーの立場で書かれたことは自明ですが、なにも国際結婚でなくても、住み慣れた土地を離れ、家族とも疎遠になる花嫁の気持ちに置き換えることもできる。 「嵐吹く大地」 や 「嵐吹く時代」 も、きちんと今の私たちに当てはまるように、書かれている。
 「麦」 というのは、このドラマがウィスキーのことを扱っているからの物言いではありません。
 いわば 「踏まれることで育っていく」、私たちのことなのです。
 そしてその麦は、「ここで生きてゆく」、という覚悟、決意を歌っている。
 それが、私を泣かせるのです。
 やっぱり朝っぱらから、重たいぞ(笑)。
 さすがみゆきサン、といったところです。

 そのみゆきサンが 「マッサンと言えばさだまさし」 とラジオで言っていたように、私もこのドラマの題名を最初に知ったときは、「さだまさしかよ」 と思いました(笑)。 さだサンがまっさんと言われるようになったのは、ずいぶん昔ですけど、たぶんイメージがグレープとか 「関白宣言」 のころのインテリ風な時代には、言われてなかった気がする。 その話は置いといて。

 みゆきサンの感動的な歌が流れるクレジットタイトルを見ていたら、なんか配役に 「早見あかり」、の文字が。 えっ、こないだ 「アゲイン!!」 の記事で、話題にしたばっかりだったんですが…。 なんだ、ももクロ卒業して、苦労してないじゃん(いや、そうでもないらしいが…)。
 ただ、「アゲイン!!」 の記事ではあえて書かなかったんですが、この子あんまり演技がうまい、と印象ではなかったんですよ。 それにあの応援団長だったから魅力的に見えたんであって、バージョン変わるとどうなるのかな、と思った。 うーん、今回は、ちょっと微妙かもしれない。 でも、「アゲイン!!」 で思い入れは私の胸に刷り込まれてますんで。 応援したいですね。

 1-2回のストーリー的な印象から言うと、どうもトリッキーな展開だな、という感じかな。
 最初から主役のふたりはラブラブで、いきなりスコットランドから帰国して、実家に帰ってきたらマッサンの様子がおかしい。 実はエリーに 「家族はこの結婚に大賛成」 という嘘をついていたから、というのが第1回。 おおっ、ずいぶん端折るな、最初の出会いからやんないのか、と思ったら、第2回でそこまでの過程をマッサンの妹の早見あかりチャンに語る、というからくりになっていた。

 こういう、時系列があっちゃ行ったりこっちゃ行ったりするのは、朝ドラをご覧の舅小姑たちは(先の 「花アン」 の記事も含めて、みたび失礼)嫌うんだよな(笑)。 ドラマに集中しなければならなくなる。

 さらにちょっと混乱するのは、スコットランドでの言語設定が、字幕になったり吹き替えになったり、一定していない部分。 年輩の方に分かりやすくしようとして、却って分かりにくくなってしまった気もするし、エリーがどこで日本語を覚えたのか、ということを、ドラマを見ていて考えさせてしまう。

 そういった点で、ドラマに対する 「とっつきにくさ」、というのは、あるんじゃないかな、と感じました。 たとえて言えば、長縄跳びの輪の中に、入れるかどうかの緊張感がある気がする。
 「花アン」 はそれに比べると、かなり敷居が低い作りだった気がするんですよ、全体的に。 入り込みやすかった。 視聴率がよかった、というのも、実はそんな点に理由があったのではないか、と 「マッサン」 を見てあらためて感じました。

 あとは、どちらかというと今まで屈折した役柄が多かったように思う玉山鉄二サンが、かなり自由奔放な次男坊、というまっすぐな役というのにも、ちょっと私としては、戸惑っているかもしれない。

 ただ、やはりこのドラマの生命線は、エリー役のシャーロットさんにかかっている気はします。 彼女、とても表情の作り方がうまい気がするんですよ。
 いきなりガイジンを抜擢、というので私みたいなオッサンが思い出すのは、その昔むかしに 「熱中時代・刑事編」 に出ていた、ミッキー・マッケンジーさんですね。 このドラマがきっかけで、主役の水谷豊サンと結婚しましたっけ(ご存知のようにその後は離婚、水谷サンの現在の奥さんはランちゃんですが)。
 シャーロットさんにも、なんか 「一生懸命」 というのと、イメージ的に 「澄み切っている」 という点で、ミッキーさんに共通したものを感じる。 早くも私のなかの好感度は、良好であります。

 そしてマッサンの母親が、泉ピン子サン。 先のコメント欄でも書いたのですが、好感度を無視したこういう役どころに挑むピン子サンの度胸は、今の空気を読み過ぎる時代のなかでは、見習う部分が大きい、と私は感じます。
 そんなピン子サンが 「外人との結婚なんて、許さん」 とけんもほろろに言い放ってしまうほどの 「国際結婚」 に対する壁。 これは現在では想像もできないほどの厳しい壁だったと思うんですよ。 私なんかも子供のころ(さっき言った昭和46年くらいですね)は、外人さんを見るのは非常に珍しくて、たまに出くわすとじろじろ見てたよーな気がする(笑)。 それが大昔で、しかも地方、ということになれば、その壁は、いかばかりなものか。

 さらに、日本酒造りの家から、どうやってウィスキーを作るという夢を実現させていくのか。 ストーリー的な興味は、尽きることはありません。 ひょっとすると、大化けしてしまう可能性も、秘めているような気がする、今度の朝ドラです。

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コメント

>「花アン」は敷居が低い作りだった
まあ、その前の「ごち」からでしたけどね。
「マッサン」初回視聴率は「花アン」に
並んだそうですが先はどうなるのか。
「純と愛」のように「梅」からガタ落ちは
無いとは思いますが。

> 「国際結婚」 に対する壁
実は朝ドラ一作目「娘と私」で既にやってたかも…。
娘はフランス人の前妻とのハーフらしいですが
キャストは多分、日本人女性だったようです。
朝ドラも初期の昭和30年代は男性主体で始まり
ヒロイン=主役は昭和40年代で定着。

ただ「おしん」の国民的ブーム以後の10年ほどの間は
新しい方向性を模索していたのか男性主役が多かった模様。
「カーネ」で「いちばん太鼓」やってましたね。

やはり男が主役は第一印象で敬遠されやすかったようですが。「マッサン」に一番近いのは、やはり実話モデルで大正時代にテレビジョン造りに励んだ「凛凛と」(平成二年作)。この作品で初めて海外ロケが行われ、二番目が帰国子女視点で日本の文化を捉えた「さくら」(平成14年作)。「マッサン」のスコットランド場面は北海道らしいですか。

さすが半世紀以上の歴史があると完全新作設定も簡単には無いようです。調べてみると歌手、女優、漫画家、漫才は20世紀で既にありました。

巨炎様
コメント下さり、ありがとうございます。

巨炎様くらいの知識は私には皆無なので(でも、「娘と私」 なんて、巨炎様も未視聴でしょ?)、ただフムフムとうなずくしかございませんが(ハハ)、「ごちそうさん」 も、敷居は低かったとはいえ、なんとなく空気が馴染めない感じはしましたね。 いや、これは私個人だけの偏見的な感想ですが。

なんというのかな、杏サンと相手役の、東出クンとのあいだに流れる、変な空気感(笑)。
どおーもこのふたり、実際につきあってんじゃねーのかみたいな(笑)、でもそれは所属事務所の都合で絶対秘密、みたいな(爆)。

ふたりとも、ドラマのなかでも、すごく素直じゃなかったでしょう。 そういうのも、なんか嫌だったような覚えがあります。

でもこれは、私だけの感じかたですから。

「純と愛」 は、どのように酷くなったのかは分かりませんが、途中まで見ていた限りでは、なかなか野心的な作品だな、とは思ってました。

でも、結構見ていてしんどいんですよ。 そもそも人間の本心って、悪い部分だけじゃなくてグレーだろう、という気がしたもんで。 性悪説に立っているようなドラマは、正直しんどい。

今回気になるのは、ナレーションがなんか幼稚園っぽい、つーか(笑)。 もっとダーティな語りでもいい気がします(なんだソレ)。

>「娘と私」
一応、NHKアーカイブスで最終回だけ観ました。
娘の結婚式に奥さんの遺影を携え参列する辺りが
「カーネーション」の演出にも影響を与えたかも。
「マッサン」も第2回&3回で写真演出きましたね。

>ナレーション
世界名作劇場等にも多数、出演した松岡洋子さん。
英語の吹き替えシーンを考慮してのものでしょうか。

ナレーションでタチが悪かったのは、
やはり「カーネーション」で特にオノマチ糸子が
視野の外の事を語ると大概、碌な事が無い。

「お父ちゃんの言う取る事も解ります」
アンタが善ちゃんのプライド傷つけたんだよ~。

「直子が一生に一度の告白をしたのに」
大阪にいるアンタより東京から電話越しに話しただけの
直子の方が優子の精神状態を把握できるってことなんだよ~。

「聡子が何も言わんもんやさかい」
アンタが言い出しにくい空気をつくってるんだよ~。

「優子は無敵に外面を駆使して」
外面メインは支配人相手。接客はお客目線を体得した優子が
直子の才能と向き合い自分の中に取り入れだしたのがメイン。

もう視聴者に対するミスリードづくし。

巨炎様
コメント下さり、ありがとうございます。

「カーネ」 の場合、「ナレーションは状況を的確に説明するもの」、という常識を覆した、そんな側面がありましたよね。 主人公がナレーションというのは前例がいくらでもあるけれども、たいていそれは脚本家の目であって、反省すべきところはきちんと主人公に反省させてから、ナレーションさせる。 でも 「カーネ」 の場合は全く違うから、一部の視聴者を混乱させる。

主人公の身勝手さはそこで強調され、当然の作用として視聴者の主人公に対する印象は悪くなる。

でもそこが作り手の狙い目でしてね。

あくまで主人公というのは、自分の人生のなかでは暴君なのであり、まず悪い部分があろうとも、自分が反省しなければそれは主人公のなかでは 「許される」 ということで、人生が終わってしまう。
例えは悪いけれども、自分のやることにケチをつけてきたヤツを踏みつぶして殺そうとも、「この俺様のやることにケチをつけるなんて、死んで当然」 と思えば、そいつの人生は反省しないまま、終わりなんですよ。

そんな極端な例は唾棄すべきものだけれど、小原糸子の人生のなかでは、その強引さが、周囲を引っ張っていくための原動力になっていたし、そこが娘たちを惹きつけ、「おかあちゃんには敵わん」 という尊敬につながっていた側面がある。
その力強さが、小原糸子が生きてきた、この世に残した、匂いそのものになっているんですよね。

リウ様、おはようございます。

「マッサン」一見するに「男の朝ドラ」ですね。
女性視聴者主体の朝ドラで、男成分の少ない事に不満を
持っている男性視聴者にとって、女性に都合の良い男性像では無く、
剥き出しの男性像描写がされる事に期待します。
強さ・優しさのみならず、愚かさ・弱さを含めて……。

前田 吟・泉ピン子氏>
橋田壽賀子ドラマばりの脂っこい展開に戦々恐々としていましたが、
マッサンと吟パパのやり取りに安堵を憶えました。

20世紀初頭のスコットランド、エリーの親族に結婚の許しを得よう
として、アジア人故に猛反対されるマッサン。
当時の人種差別の一端が垣間見られる重要シーンでしたね。
こういった骨太のラブストーリーは大歓迎です。

今後の朝ドラで、ヒロイン・ヒーローと「日本社会のマイノリティー」
の「許されざる、祝福されざる恋愛譚」を掘り下げて頂ければ重畳でしょうか。
海の西側の大地に暮らす人々等々へ、愚かな憎しみを募らせる連中に、
ビンタを張る位の「真ロミオとジュリエット」ストーリーを。

神山 繁氏>
この方が「和尚」役で出演されると「とんび」を思い出します。
「とんび」の名場面、嵐の海でヤッサンとアキラを取り囲むご近所さんと、
人生を説く和尚のシーン。抱擁のマッサンとエリーを取り囲む酒蔵の人々に
置換妄想しました。嵐の海に立つのは、勿論ピン子!!
(「とんび」朝ドラにしても良かったですね)

「政春、お前はエリーの傘になれ」「おうよ」
「エリー、どうじゃ。寒いか?」「アタタカイ」

リウ様同様、エリーの遺影にウルッと来ました。
その臨終場面が訪れたら、多くの視聴者同様に滂沱の涙を流すでしょう。

M NOM様
お久しぶりです。 コメント下さり、ありがとうございます。

「花アン」 では、見限ったようにプッツリとコメントを頂かなくなっていましたが、今回の朝ドラに期待するM NOM様の気持ちが伝わってまいります。

とは言え、当方まだこの第2回までしか見てなくて、前田吟サンや神山サンを拝見していないのですが(笑)、そうか~、泉ピン子サンが母親で、前田吟サンが父親か~(この朝ドラに関して全く情報を仕入れてないので分かんないんですよ)。 当方 「渡鬼」 は見てませんでしたが、第2回で母親、第3回(?)で父親、といったように、小出しに見せていく、というのも、「ちょっと15分や30分見たくらいで感想を言うには早いのかな」 という気にさせます。

「男性主人公の朝ドラ」 というのは、従来あまり受けがよろしくないような印象があるのですが、今回はどうなんでしょう。
内容が良すぎてもそれが却って視聴率を下げるような現象もたびたび起こるようにも思いますし。

でも、エリーを見ていると、「遠い日本まで来て視聴率下がってガッカリ」、なんて思いは絶対にさせたくない、そんな変な(笑)応援をしたくなりますね。

彼女には、多くの日本人が置き去りにしてきたような、いじらしさとか、透明感がある。 現代人よりよほど、ヤマトナデシコの素質を備えている、と思うんですよ。

リウさま
おはようございます。

昨日の吟さんに続き、今日の二人にも、泣けました。
まあ、本当にベタなんですけど、なんなんでしょう、この心地よさは。やはりエリー演じるシャーロットさんによるところが大きいのでしょうか。
彼女を観ていると、演技のスタイルは違えど、カーネーションに出始めの頃のオノマチを思い出しますね。キャリアの全てをこの作品に賭けている気概というか、ひたむきさを感じます。
あ、勿論、玉山鉄二さんもいいんですよ(笑)。

最近の朝ドラの傾向として、「萌え」の対象となるキャラクターの存在が、視聴者の盛り上がりの鍵を握っていると思うのですが、そういう意味では、私、既にエリーに「萌えて」おります(笑)。いや、ツイッターなどを見ると、同じような方々が多数いらっしゃるようで、おそらくその殆どがオッサン(駄洒落にあらず)と思われます。まさに、M NOM様が言われる「男の朝ドラ」なのかも知れませんね。

しかし、女性視聴者の中で今、密かに「萌えポイント」を集めつつあるのは、どうやら高橋元太郎さんの"島爺"の方らしいのですがね。

Zai-Chen様
コメント下さり、ありがとうございます。

私もエリーは 「どストライク」 です(笑)。 一生懸命、というのが何よりいい。 本文でも触れましたが、ミッキー・マッケンジーさんを思い出してとても懐かしい、温かい気持ちになる、というのもあります。 伴淳サンみたいに 「知らんぷり」 と言いたくなる(笑)。

あ、補足説明させていただきますと、「熱中時代・刑事編」 のなかで、伴淳三郎サンが 「ガイジンは 『知らんぷり』 というと座る」 と水谷豊サンにレクチャーする、というシーンがありまして(笑)。

「熱中時代・刑事編」 も、かなり熱心に見てたのですが、30年以上たって憶えているのは、その部分だけ(あ、あと、「放火犯は燃えてる現場に戻ってくる」 というのも覚えてるな…笑)。

カンケーない話はそれくらいにして、中島みゆきサンがもし紅白に出るとすれば、来年じゃちょっと遅い、今年のほうがいい、と思っているワタシです。 これで4世代分、チャート1位、という金字塔を打ち立ててくれるとまたうれしいのですが(これも枝葉の話かな…)。

橋本様
タイトル詐欺のような某朝ドラが終わり、なんかサッパリ・・・と言うのがおばさんの気持ちです。
もともと苦手だった主役さんは、やっぱり苦手のまま、「ごきげんよう」の響きはは好きでしたが、お声はどうも・・・私のアンは、名前だけ借りられちゃったのね(プンプン)でした。

 でも、新しい朝がやってきて、爽やかエリーさんの笑顔、表情、おばさんにも「どストライク!!」ストーリーもさほど意外性もなく?ベタな展開と言いますか自然な流れで好きですね~。エリーさんの演技に感心させられ、ピン子さんのいびりも、世間が言う程気にならず、むしろ上手いなと感心して見ております。(ただ北海道でなく、本当のスコットランドの風景見たかった、と言う思いはありますが(笑)

 けれどちょっとここで不安・・・たしか前回もちび花ちゃんのころは満足し、期待したな・・・今回はそんなことのないよう、エリーさんとマッさんに期待してもいいのだろうか・・?頑張って欲しいものです。

 東京局制作作品は、話題性が高いようですが、おばさん的には大阪局制作の朝ドラが好きのようです。(おひさまからの視聴ですけれど・・・。)

 橋本様のこれからのレビュー、楽しみにしております。

リウ様、おはようございます。

「花子とアン」最後まで視聴していました。
細かい感想&朝ドラへのリクエストは後刻UP
したいと思います。

第一週、涙と笑いの裡に終りました。
マッサンとエリーの抱擁を、唖然と眺める乗合バスの乗客。
ハリウッド映画ならば拍手と歓声、指笛の「お約束」場面
でしたね。
大正時代の日本人は、斯くも奥床しい。

このワクワクするノリ、少年ジャンプならぬ熟年ジャンプ
的展開ですね。
此れまでの朝ドラが所謂「少女コミック」的展開で演出されて
来たのに対し「マッサン」は「少年コミック」のノリ。
「連続テレビコミック」と改題しても遜色ありませんね。

少年ジャンプの三本柱「友情・努力・勝利」
ウイスキー作りを目指すマッサンとエリーが、

・家族愛、会社の同士愛等々を支えにし乍ら(広義の友情)

・日本初のウイスキー作りに邁進(努力)

・苦難の末に、日本中にウイスキーを普及させる(勝利)

舞台も、1stステージ広島、2ndステージ大阪、3rdステージ北海道
と、ゲームプレイ的展開ですし。

年長視聴者から見たら顰蹙かもしれませんが、朝ドラの表現方法が
又拡がった様に思います。

Zai-Chen様、お初で御座います。

おばさん 様
コメント下さり、ありがとうございます。

「花アン」 に限らず、子役からのバトンタッチでドラマのスピード感が変化し、筋立てが難しくなっていく、というのはありますね。

思うに、成人してからのドラマの筋がうまくいかなくなるのは、今の日本人が 「きちんと大人になりきれない」 故に起きる現象なのではないか、と。 私も含めてですけどね。 「大人のロジック」 で物語が進んでいかないんですよ。 「働かないと飯が食っていけない」、とかね。

昔の大人たちがどうして3人も4人もそれ以上も子供たちを養えていけたか、というと、やはり働いていたから、だと思います。 まあ子育て費用も無駄が少なかった、とも言えるのですが。

「花アン」 でも、勤労の大変さがまったくと言っていいほど、描かれていなかった。 せっかく徹夜しても、いつのまにか寝ちゃってた、みたいな(笑)。 花子はいつも机に向かっていた、とは言え、いつの間にか仕事してる感じでしたね。

M NOM様
コメント下さり、ありがとうございます。

第1週の感想を改めて書こう、と思ったのですが、ここで書き尽してしまおうかな(笑)。

そこでちょっと 「詩集」 のブログらしく、当記事本文に 「麦の歌」 の補足をあらためてつけさせていただきました。

おばさん様のコメントの通り、泉ピン子サンのイビリ役は思っていたほど苛烈ではなかったですね。
ただ 「あなたを憎くて言うのではない、お願いだから別れてつかあさい」 と泣きながらエリーに懇願したわりには、そのあとシラッとしてるとか(笑)。

土曜日放送分、乗合バスを止めて愛の語らいを長々とするマッサンとエリーでしたが、これを現代的感覚から見ると、「なにをイチャイチャしとるのだ、そこを早くどきなさい」 ということになろうか、と(笑)。

でもそれが許されてしまうのは、時間の感覚が今よりずっとユルイ昔だったというのもあろうし、「自動車」 という移動手段に対する信頼ゆえの話だろうと考えることが出来る。
何より男の相手がパツキンのジンガイですから(笑)。 「なにをやっとるんだ、ドケドケ」 という気持も失せてしまうか、と(笑)。

現代的な感覚で考え出すと、エリーが日本で結婚を反対されたら、じゃ帰ればいいじゃん、と。
でも当時は、イギリスに帰るだなんて、それこそとんでもない話で。 日本に来るのだって、とてつもない決意が要っただろうし。
エリーが帰国を決意するには、並大抵ではない覚悟が必要。 だからマッサンが乗り合いバスを止めて 「蛍の光」 を歌って 「オレの手を離すな」 といったくらいでは、その決意は揺らいではいけない気がする。

でもそれを押し切ったのは、やはり政春の覚悟だった。 エリーの、マッサンへの愛だった。

確かにベタ、なんでしょうけど、そこに至るふたりの気持ちには、不安を克服してきた、その経過がある。

エリーは自らの家族、祖国を捨てる、という並外れた不安であり、政春には日本で初めてウィスキーを作る、ということに対する不安。

そこのところを確実に描写していたからこそ、ふたりが第6回でとった行動に、強い説得力が生じるのだ、と思うのです。

「覚悟」 を描いているドラマに、ハズレはない。

第1週のタイトルが、「鬼の目にも涙」 であったことから、1週目で容易に結婚が許される、と思っていました。
でも、そう簡単には解決しなかった。
それが却って、このドラマへの期待感を増加させます。

私、ウィスキーと言えばサントリーウィスキーばかり飲んでいるのですが(うちのハイボールは、角だから。…笑)、今度はニッカにするか(笑)。

ニッカウヰスキーの売り上げ、伸びるんじゃないでしょうか(笑)。 株の買い時です(笑)。

私も第一週感想。

久方ぶりに正統派な印象。勿論、各話の引きや密度は
「カーネ」には及ばないけど朝ドラ良作としては
十分、水準に達している。そもそも再放送中の
「梅」に見られる「カーネ」に対する反動と
この作品が視聴率的に成功した事で
場当たり的なウケが優先されて全体の整合性に難を
きたす傾向が続いていたのが要約、脱してきた印象。

メリハリをつけているのはOPでも強調されている
故郷を捨てる覚悟で日本に来たエリーの視点、
さらにはヒールとして立ちはだかるピン子の存在感。

「カーネーション」の三姉妹編でも糸子が打倒される鬼のオカンでしたが印象がだいぶ違いますね。これは陰湿さの有無というキャラの違いと後はバックボーンの違いでしょうか。あの頃の糸子は善作をまだまだ理解できていませんが、それでも洋裁屋を志す自分を認めてくれた呉服屋の父の背中を見てきた。
対してピン子(しかし他のブログレビュー見ても役者名が圧倒的多数)の場合は自分が家の主筋で夫は婿養子。他者の存在や考えを受け入れる度量を試される経験の無さは和尚さんがエリーを認める側に回ったら途端に「亀山家」の名を持ち出しジャッジを無効にした所にも表れていました。

旦那は日本酒造りに打ち込み業績を示す事で妻の
プレッシャーに上手く折り合いをつけてきたようですが
第2回のやり取りを見ても子供の言動には
「家を守っとるお母ちゃんは立派やけど、できれば遠くから尊敬したい」
的な意識が垣間見えますね。長男が存在だけ述べられて以後は全く言及されていないのは何かの伏線なのでしょうか(笑。

リウ様
こんばんは。

懐かしい!スコット・マッケンジーさん!
「みっき~」ですね(笑)。今、どうされているんでしょうか?

今回の作品でもう一つ感心するのは、異なる文化の出会いをしっかりストーリーに組み込もうとする姿勢が窺えることです。
女人禁制の酒蔵もさることながら、法事の席で騒ぐ子供たちを、エリーが優しく、しかしキッパリと諭したシーン。これは、明治時代に日本に来た外国人が、「日本という国は、なんと子どもに甘いのか」と驚いたという記録を踏まえているのでは、と思いました。
異文化との出会いは、時に差別のようなものも生み出しますが、世界を広げ、人と人とを新たに繋いでいくものなんだよ、ということを、その後の「蛍の光」を歌うシーンでよく表されていたと思います。

M NOM様、こちらこそおはつです。
「男の朝ドラ」、いい響きやな~と思い、つい引用させていただきました。
これからも、よろしくお願いいたします。

巨炎様
コメント下さり、ありがとうございます。

第1週での、マッサンとエリーの帰国から、スコットランドでの馴れ初めと駆け落ちをフラッシュバックしていく、という手法は、本文にも書きましたが、結構トリッキーかな、とは感じました。

でもそうすることで、エリーの故郷でもマッサンの故郷でも、ふたりの結婚に対して同じような嵐に見舞われたのだ、ということが理解できた。

この手法を取ることで、「エリーはなにも、故郷が嫌になったとか、その土地には必要のない人間だったとか、家族にも見放されるようなどうでもいい人間だったから、という理由で、日本に来たのではない」、ということが強調された、そんな気がします。 日本とスコットランドの様子を交互に描写することで、エリーのアイデンティティが表現できている。

しかし状況的には、「日本酒造り」 の家でウィスキーを作ることは、まず不可能に近い。 だから大阪に出るのでしょうか。

マッサンの中に存在している、「オレは逃げているのか?」 という強迫観念。 これは興味深かったです。
「オレはウィスキーに、逃げているのか?」。
父親との相撲の末に、その答えを探し当てたように思えたマッサンでしたが、そこまでの葛藤に至るのに、巨炎様がご指摘になった、「長男の存在が抜けている」、ということには、私も気になりました(笑)。

そもそも跡取りというのは、長男の仕事。
それを長男が出来なかったからと言って、じゃ次は次男、という感覚なのですから、母親の側にも何かそこにほんの少しでも、躊躇というものが必要なのではないか、と。
そもそも次男がイギリスに行っちゃった時点で、次男のやりたいことが亀山家と齟齬をきたしているのですから。

出てくんのかな、亀山家の長男?(笑)

Zai-Chen様
コメント下さり、ありがとうございます。

そうだ、「ミッキー」 というのは役名で、最初は確かそのようなお名前でしたね。 同じように懐かしがってくれるかたがいてうれしいです。
何年か前のテレビ番組で、「あの人は今」 みたいなので、向こうで再婚して幸せにやっている、というのを見た気がするんですが。 何しろオッパイが大きかったな(そこかい…笑)。

法事の席で、和尚が 「豆を箸でつまめ」 とか言ったのには、少々義憤を感じました(笑)。 「底意地の悪い坊主だな」 と。 そもそも坊主が酒なんて飲んでる時点で間違っとる。 な~にが形より心だよ、みたいな(笑)。

そんな 「仏教の形骸化」 という問題も、実は現代的な問題と緊密につながっている気がします。
お焼香とか、意味の分からないことに対して、我々はもう、エリーと同じ 「異文化の意識」 しか持っていないのだ、と。

難しいことを書いてしまったかな~。

リウ様
こんにちは。

いや、違ってました。ミッキー・マッケンジーで正解です。大変失礼をばいたしました(汗)。

でも、なんで「スコット」なんて思いついたんだろう。第一思いっきり男の名前じゃないですか(笑)。まあ、ミッキーも、我々からすれば男女どちらでもありそうなんですが。

やはり、「スコットランド」が浸食しているのでしょうか?私の記憶に。

Zai-Chen様
コメント下さり、ありがとうございます。

えっ、じゃ私も勘違いだ(笑)。 スコット・マッケンジーって、「♪サーンフラーンシスコー」って歌ってた人でしたよね(笑)。

でも私も、かなりおかしな記憶違いですよね。
私の大間違い?の記憶によると、「ミッキーは最初違う名前で日本に来たのだけど、熱中時代の役名に合わせてミッキーに改名した。 その後しばらく日本で、ミッキー・マッケンジーの名前でタレント活動した」(笑)。

変な記憶だなぁ。 今しがたネットで調べたのですが、どこにもそんな記述がない。
これって伊集院光サンの深夜ラジオ 「深夜の馬鹿力」 でいうところの、「空脳(ソラノウ)」 なんですが(知らんか…笑)。

大阪編、濱田マリさん出番まだー?

キャラもシナリオもブレが無くて良し。泉ピン子を導入で
登場させて、それを引っ張らなかった所にも表れています。
イビリの内容自体なら「ごち」の和江さんの方がキツイ。
ただ和江さんは自分もアウェーの経験があり、
め以子の同情を拒み続ける矜持を持っている。
対して早苗は自分に旗色が悪くなったら
「ワタシは可哀想なんだ」オーラを出したり
(こういう所が私がピン子キャラで嫌いな所)
同情を武器にしようとする。「家を守る事が家族を守る事」
というのが彼女のポリシーでしょうが、それは
自分のアイデンティティを守るという意味合いが強く
そのためには筋の通らない事をしても赦されると思っている節がある。

ただ当時の家族単位なミクロ社会における閉鎖性を限られた尺で表現するため彼女一人にそれを集約させた意味は大きいですね。「カーネ」では家族の絆という正の側面に焦点が当たり、「ごち」では嫁いだ時には空中分解寸前だった訳だし。
リウ様の指摘にあるように「覚悟」の描写。スコットランドでの馴れ初めを回想による触り程度でしか扱っていない以上、ここでそれを描く必要があり、そのために「枷」の存在が必要不可欠。

この辺り、先に触れた第2回における会話が
結構、重要になっていたのが解ります。

マッサンが兄貴の話をして「筋が通らん」と
言ったのに対してピン子は親父をもってきた。
会話の筋が通っていねー!
ただ、マッサンが父を説得した事で
最初に出してしまった切り札を失ってしまった。
自業自得…が、今週はマッサンもそうだったり。

社命で留学させてもらった話を持ち出していて
なら、先に大阪に顔を出すのが筋だろうが~!
二人の絆と覚悟を描くために先に帰郷させたのは
解ってたけど、これはマッサン自身のキャラ
「可愛がられた次男坊故の考えの甘い所がある」
にリンクしていました。
「ガンダム」でシャアに裏切られて戦死するガルマが
「キシリア姉さんへのメンツ」云々、言っていたのを思い出す。

巨炎様
コメント下さり、ありがとうございます。 出張のため、返信がまことに、まことに遅れました。 お詫び申し上げます。

しっかし帰ってきてブログを開いたら、巨炎様のコメント内容が、また深い(笑)。 「こりゃ今週分を見なければまともに返信できない」、と思って録画した分を見たら、なんと台風の影響で1話分抜けてる(汗)。 あわててBSの再放送を予約して事なきを得ました。 間接的ですが、助かりましたm(_ _)m。

さて、今週分を見たら、いや、これはかなりすごいことになっている、という感じで、あらためて第2週レビューを書かなければ、という気になりました。
まさしく、エリーの 「覚悟」 を描いていた。

そして巨炎様も突っ込んでましたが、このドラマ、「人間のずるさ」 みたいなものも、ちゃんと描いている。 筋が通らないことをする理屈が、きちんと考えられていて、そこに私自身はとても惹き付けられています。

ちょっとこの連休も用事があって忙しいのですが、頑張って今週分のレビューを書いてみます。 できなかったときはオナグサミcoldsweats01

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BOOKS

  • マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 下

    マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 下
     1600ページも費やして、この上下巻はまだ彼らのデビューまでしか書かれていない。 3部作計6巻のうち2巻に過ぎないのだ。 なんと気の遠くなるような作業なのだろう。  本書はビートルズを語るうえで孤高の一作となるはずだ。 虚飾をすっかり剥ぎ取った、20世紀最大の奇跡に潜む真実が、これを読めば理解されるはずである(当ブログ紹介記事より抜粋)。 本書下巻では、1962年のレコードデビューまでが書かれています。

  • マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 上

    マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 上
     1600ページも費やして、この上下巻はまだ彼らのデビューまでしか書かれていない。 3部作計6巻のうち2巻に過ぎないのだ。 なんと気の遠くなるような作業なのだろう。  本書はビートルズを語るうえで孤高の一作となるはずだ。 虚飾をすっかり剥ぎ取った、20世紀最大の奇跡に潜む真実が、これを読めば理解されるはずである(当ブログ記事より抜粋)。 この上巻ではビートルズの祖先から遡ってリバプールで人気に火が付き始めたところまでが書いてあります。

  • ポール・デュ・ノイヤー: ポール・マッカートニー 告白

    ポール・デュ・ノイヤー: ポール・マッカートニー 告白
    まず驚かされるのが、表紙のポールの写真です。 よくこんなのが採用されたな、というくらい、刻まれた年輪が顕著に分かる 「年老いたポール」。 飾り気のないその写真に、「素のポール」 をあぶり出そう、という心意気が見える。 そして実際、著者のその目論見は、成功しているように思えます。 何より大きいのは、「NME」「Q」「MOJO」 など音楽メディアで長年記者を務めてきた著者がポールと同じリバプールの出身者である、ということ。 さらにポールと同じファースト・ネームであること。 だからポールはまるで自分の分身に話しかけるかのように、時折同郷人にしか分からない言葉で気さくに著者に話しかける。 この本を読む者は、まずその 「不思議なリラックス感」 に包まれるはずです。  本の構成は大きく二つに分かれます。 前半ではビートルズからウィングス、ソロに至るポールのたどってきた長い長い歴史、後半ではポールの人格に迫る試みがなされていく。 そのインタビューは、一気に行なわれたものではありません。 著者がNMEの記者だった1979年のものから、明示はされていないがおそらく2013年、「NEW」 の発売前後が最新のものではないか、と思われます。 実際読んだ感覚では 「キス・オン・ザ・ボトム」 あたりが最新のような気もする。 その30年以上にわたる膨大なポールへのインタビューを、項目によって構成し直しているようです。 ですから、今年(2016年)亡くなったジョージ・マーティンについてのポールの見解であるとか、最新の情報が提示されているわけではない。 ポールの情報というのはこの歳になってもなお日々更新型ですから、その点については物足りなさが確実にあります。 さらに、30年以上というとポールのものの考え方にも変化変遷があってしかるべきだと思うのですが、30年以上をリミックスにかけているからその変化というものがつかめてこないもどかしさがある。 表紙を飾ったポールの 「老い」 という問題にも、この本はきちんと答えてくれているわけではない。 さらに言えば、ジョン・レノンの死について多くが割かれているのとは対照的に、2001年に亡くなったジョージ・ハリソンの死についての記述はない。 正直なところ、このような本を読み漁ってきた身としては、衝撃に値するような情報が書かれているわけではありません。 しかし前述したような、リラックスしたムードのなかでポールと語らっているような疑似体験を共有できる強みが、この本にはある。 この本全体に貫かれているのが、この心地よさなのだ、と思うのです。 その心地よさが乱れるパートがあります。 自身の失敗作、どうでもいい作品について語るときのポールは多分に感情的になりがちであり、イライラした様子を隠しません。 特に 「シークレット・フレンド」 を語るポールのくだりはポールファンなら一読に値する部分でしょう。 しかしそのイライラも、ポールの人間性が垣間見える瞬間としてこの本にとっては必要なパートなのです。 3000円以上と、この本は決して安くはない部類の本です。 ただその値段に見合うパフォーマンスは兼ね備えています。 この本と付き合った1か月足らずの間、心地よい体験をすることができました(アマゾンの自身のカスタマーレビューより)。

  • : レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]

    レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]
    全200ページ程度のボリュームのなかで、キャンディーズに関する特集記事は50ページ。 ただし、これが濃い。 全シングル曲、ほぼほとんどのアルバムの解説は当然として、彼女たちの芸能界における歴史から見た考察、コメディエンヌとしての彼女たち、DVD解説など多岐にわたり、キャンディーズが分析されています。 特に圧巻は、レア音源に関する記述。 ここまで調べている読み物には、個人的にはお目にかかったことはありません。 700円。

MUSIC

  • ザ・ビートルズ -

    ザ・ビートルズ: サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド(スーパー・デラックス・エディション)(4CD+DVD+BD)
    ロック界、いや、すべてのポップミュージックにおけるアルバムの中で史上最高と称され、すでに世界文化遺産の域にまで達しているこのアルバム。 そのアルバムの発売50周年を記念して、スペシャルエディションがリリースされます。 なかでもブッ飛ぶのがこのスーパースペシャルボックスセット。 CD4枚組であらたなリミックスのステレオ盤1枚、モノ盤1枚、初期テイク集が2枚、さらにブルーレイ1枚とDVD1枚で5.1サラウンド、ハイレゾ音源、ドキュメント映像 「メイキングオブサージェントペパーズ」 のデジタルリマスター等々、卒倒するようなラインナップです。 18、000円プラス税と値は張りますが、史上最高の名盤だからこそこれは買い。 5月26日の発売までに予約をしておけば、アマゾンならば値下がりした時に値段がそのあと高騰しても最安値で購入できます。 ビーファンならずとも、これは注目ですぞ!

  • 山口 百恵 -

    山口 百恵: ゴールデン☆アイドル 山口百恵(完全生産限定盤)
    全シングルA・B面プラスボーナストラック(「あなたへの子守歌」)を、山口百恵名義としては初のブルースペックCDとしてリリース。 音はいわゆるドンシャリ系ではなく、アナログ盤に準拠した原音に忠実な印象です。 パッケージングはアナログシングル盤サイズで中袋、CDを納めるケースが完全にドーナツ盤をイメージしています(よく言えば斬新…笑、悪く言えばチャッチイ…笑)。 しかしその発想は買える(笑)。 ほぼ原寸大のシングルジャケットと裏の歌詞カードの複製ブックレット。 ただスキャニングは欲を言えばもう一歩。 当時シングル盤を中心に聴いていたかたなら、この編集盤はかなりの 「買い」 です。 しかしこのジャケット表紙の写真、スッピン風で個人的にはすごく好き。

  • デイヴ・グルーシン&リー・リトナー -

    デイヴ・グルーシン&リー・リトナー: Two Worlds / Grusin & Ritenour
    NHK朝ドラ 「花子とアン」 で美人のスコット先生が夜な夜な歌い、チビはなチャンがすっかり覚えてしまったイギリス民謡、「ザ・ウォーター・イズ・ワイド(流れは広く)」。 このアルバムでルネ・フレミングが歌っていたのを思い出しました。 ルネのソプラノはけっして大袈裟でなく上品で、私のとてもお気に入りのソプラノ歌手ですね。 このアルバム自体は全体的にクラシックにギターのリー・リトナーが絡むフュージョンぽいものなのですが、故・黒田恭一サン評するところの、「大人が聴く音楽」。 胸を締め付けるような哀しみと、すべてを包み込むようないたわりに満ちていて、私の人生のなかでも最上位に位置する愛聴盤です。

  • 桜田淳子 -

    桜田淳子: ゴールデン☆ベスト 桜田淳子~シングル・コレクション
    彼女の活動期に発売されたシングルをすべて網羅したベスト盤。 確かに後年のものほど馴染みがありませんが、選曲漏れがないので、彼女の存在とは何だったのか自体に思いが至るベスト盤です。 音も楽器の音像がよくてなかなかいいマスタリングをしている気がします。 2600円程度で推移しています。

  • ザ・ビートルズ -

    ザ・ビートルズ: ザ・ビートルズBOX(限定生産品)(USBメモリ)
    パソコンにUSB端子があり(たいていついてると思います)、パソコンで音楽が聴ける環境をお持ちの人ならば、聴くことができます。 現在のテクノロジーで最もいい音質で聴ける、ビートルズの音楽です。 ただし国内版にもかかわらず、訳詞とか一切なし。 ジャケットもブックレットもパソコンデータ。 純粋に音楽だけ楽しみたい人向けです。 また、曲間にコンマ何秒かのブランクが入ります。 「アビイ・ロード」 のメドレーも同様です。 しかし、音はさすがに、すごい。 大きな音量であればある程、目の前にビートルズが迫ってくる勢いです。 ツヤが違います。

  • The Beatles -

    The Beatles: The Beatles [USB]
    こちら上記の海外版。 内容的には国内版とほぼ一緒なので、値段が安いこちらのほうがいいでしょう。

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