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2015年2月14日 (土)

「問題のあるレストラン」 第1-5回 あんな寒いところでものを食べさせることに、まず問題がある

 今年の冬ドラマなにを見る?の項で真っ先に候補として挙げておきながら、レビューをしなかったこのドラマ。
 正直に申し上げて、第1回の作りに少々ガッカリ、同時にかなり不快を催した、というのが原因でした。

 レストランを立ち上げる主役のたま子(真木よう子サン)が手錠をはめられてなかなか登場しないところに、同レストランに賛同する女性たちが次々集まって、たま子の履歴を次々披露していく。 この構成がまずわざとらしい。
 そしてそのメンバーのひとりは、「女装が趣味だ」 という安田顕サン。 オカマ じゃないけれど、こういう設定もあざとくてヤなんだよなー(「オカマ」 を差別用語みたいに受け取るかたもいらっしゃるようですが、そういう過度な反応をする風潮は好きではありません)。 この手のキャラを出しとけば、物語構成上登場人物(特に女性)たちの本音を引き出しやすく、同時に女性の視聴者たちの共感を得やすい、みたいなあざとさを、感じるんですよ(そしてその目論みは、完全に当たっている、と思える)。

 とどめは、「ギャグがつまらん」。
 第5回まで見た総合的な印象なんですが、このドラマのギャグって、スピードがあり過ぎるんですよ。 それがボソボソ声で展開するから、こちらの頭の回転が悪いと、ついていけない。 私、基本的にアホーですから、こういう若々しいスピードの笑えないギャグを見てるとなんかイライラしてくる。

 いや、ギャグの展開だけでなく、このドラマにはところどころ、あまりにもめまぐるしくてついていけない部分がある気がします。
 それはおそらく、マシンガンみたいにセリフを繰り出すわりには、セリフがあまりに練られすぎている、という 「見せ方の間違い」 からきている気がする。
 たとえば第5回で、高畑充希チャン演じる 「男に媚び売る女」 藍里が、男性中心社会に対抗するために、自分はいろんな 「教習所」 を卒業した、とたま子たちにまくし立てるのですが、「教習所」 という 「言葉の強さ」 に、視聴する私の気持ちが立ち止まっちゃって、引きずられてしまうんですね。 で、藍里が結局なにを言ったのか、心に残ってこない。

 このドラマの最大の引っかかりポイントというのは、おそらくこの 「セリフが考え抜かれている」 という坂元脚本の長所を、効果的に見せる見せどころに失敗している、という点にある気がする。

 登場人物たちはときどき、この 「坂元脚本」 独特の長ゼリフをぶちまける独壇場を持つのですが、そこで繰り出される、「男性中心社会への女性たちの不満」 というものが、なんかとても唐突に思えます。
 これは、自分がオトコだからそう感じるのかもしれません。 普段からこの長ゼリフに出てくるようなケースに遭遇している女性は、そこらへんの違和感を持たないのかもしれません。

 そして 「自分がオトコだから」 こそ感じるのが、このドラマの男性たちがもうね、圧倒的にね、サイテーなヤツばかりで。 冒頭に書いた 「かなり不快」 なことが、それです。

 特に杉本哲太サンと吹越満サンの、「あまちゃん」 コンビがもう最悪。 田山涼成サンも胸とかお尻とか触りまくりで、「こんな男がいたら同性の自分ですら寄り付かない」 というセクハラオヤジの権化みたいなヤツで。

 その杉本哲太がね(呼び捨て…笑)、社長なんですけど、第1回で、仕事でミスした自分の会社の女性を脱がせるんだよ(全裸)。 会議室で男どもの衆人環視の中でさ。 脱がせるだけならまだしも(イヤイヤそれだけだってゼッテーありえねェ)、「そこで一回り」 とかぬかしやがって(怒りのあまり言葉がぞんざいになっております)。

 こんな奴いるかよ!

 坂元脚本って、なんかこういうの多くないですか? 私は杉本哲太の(また呼び捨て)そういう役よりも、脚本のそういう作りに心底ムカついたんですよ。 あり得ないほどのセクハラを見せつけて、女性たちよ立ち上がろう、というドラマ視聴へのモチベーションとさせるの? ことさらショッキングな場面をでっちあげて、つかみを取ろうとしているの?

 これって、女性たちにとっては 「これほどひどくないにしても、これくらいのことを私たちはされている」 ということなのかもしれないけれど、そういうセクハラパワハラの極端な見せ方、抽出の仕方というのは、翻って男性蔑視にほかならないのではないのか。

 この杉本哲太(またまた呼び捨て…笑)演じる会社の社長は、女房を顧みず女もとっかえひっかえ、出てった女房には慰謝料やってるからいいだろうみたいな、人間としてもサイテー野郎で。
 会議室で全裸にされた女性の復讐もあって、たま子はこの社長の展開するレストランのすぐそばでレストランを開業するんですけど、杉本哲太は(あくまで呼び捨て…笑)そんなのカエルのつらにションベンで、それどころかたま子に 「月300万円でオレの女になんねーか」 って持ちかけたりする。 まあそれだけ財力があるからそういう無神経なオレ様的態度にもなるんだろうけど、男とか女とかいう前に、人間として終わっとるんじゃないですかね。
 昔はこういう悪の権化みたいのもドラマを盛り上げる手段として有効だったけど、いまはここまで悪に徹するには、人間自体の芯の図太さというか、悪を演じきれる精神的な強さを持った人間というのは、まれな気がするんですよ。

 ただ、私がここまでこのドラマのなかの男どもに吐き気を催すのは、私が現実社会で女性たちが直面しているセクハラパワハラについて、あまりに無頓着なことの裏返しではないのか、という気もするのです。

 けっして私が女性に対して優しいからというつもりはないですが(笑)、性的な話題とか結婚の話題とか男性関係の話題とか、一切してるつもりが自分になくても、どこかで女性たちは敏感にそのことを感じ取っているのではないか。

 え~、どうなのかなぁ。 自分じゃ絶対ないと思ってるけど。 却ってそこまで敏感になられてしまうと、それは逆に、女性たちの自意識が過剰すぎるのではないか、という気もしてきます。

 ただ、このドラマはそうした、女性たちのイタい部分もきちんと描いている気はする。
 たとえばさっき例に出した、藍里チャンがセクハラ対抗手段としていろんな教習所を卒業した、とまくし立てたことでも、彼女の処世術で結局どうなったか、というと、カンチガイ男につきまとわれてあげくブン殴られて、という。
 ドラマにはもうひとり、「東大出で融通の効かない就職失敗女」 である結実(二階堂ふみサン)という女性も出てくるのですが、この結実は第4回で、自分がほのかにシンパシーを感じていた男の実態をばらしまくった藍里の顔面めがけ、大事なお客様の誕生日ケーキをぶちまけてしまう。
 この対立軸としてのふたりが、実は幼少時にセーラームーンごっこでいちばん人気のなかったセーラージュピターの役に甘んじていた、という共通点を持っていた、というストーリーの巧妙さ。 自分の感情の出し方を学ばないまま育ってしまった女性のイタさが表現されていた気がします。 ただまあ、セーラージュピターがそんなに人気がなかったかどうかは不明(笑)。

 それにしても藍里チャンにつきまとうカンチガイ男といい、結実チャンをだまくらかすサイテー男(仮面ライダーW…笑)といい、どうしてこうどーしょーもない男ばかりなのか(笑)。
 この男どものなかには、ライバル店のシェフである東出昌大クンもいるのですが、コイツはただ尊大で態度がデカイだけで、女に対する差別意識がない点、いちばんこのドラマのなかではまともな気がするな(笑)。

 えっ、コイツがいちばんまともな男かよ?(爆)

 とりあえずこういう、男にとって不愉快なドラマをなぜ見続けているのか、というと、杉本哲太(とことん呼び捨て…笑)や吹越(ついでに呼び捨て…笑)がどうやり込められるのかを見たいという 「下世話な趣味」 もあるかもしれない。 でもここまでとことんイヤなヤツを演じられたら、もう下手な言い訳とか聞きたくない気もするな。 杉本テメーは悪に徹しろ、つーか(笑)。

 でも本当のところは、どこかで傷をなめ合いたい、というところにあるような気はします。 社会に出ていく以上、自分を見失ったり、自分の思い通りに行かない苛立ちがあったり、自分のイヤなところにも向き合わなければならない、という点においては、男だろうと女だろうと関係ない気がするから。

 それにしても不可解なのは、紆余曲折はあるとはいえ、この 「寒空に吹きっさらし」 のレストランに、客が入る、というところ。 まあ第5回現在110円の利益しか出ておりませんが(笑)。
 なにが 「問題のあるレストラン」 かって、いちばん問題なのはこういうところに店を出しているというとこでしょーが(爆)。

 第5回ではバレンタイン決戦とかいって、子供同伴であぶれた親子連れたちを集客していましたが、あーゆうさぶいところに赤ちゃんを置いたまま食事とか、あり得ないでしょ(たとえ東出クンの店で断られた、といっても、バレンタインデーに赤ちゃんを連れて外食、という客の側にも問題がある、という見方もできる気もするが)。

 冬場で吹きっ晒し、というと屋台のサービスがまず想起されますが、あれは温かいおでんとかラーメンとかを提供するから絵になるのであって。
 このドラマでたま子たちが考える 「おもてなし」 の中心にあるのは、あのハダカにされた女性がレシピを残した 「ポトフ」 であることは自明です。 このポトフによって寒空に吹きっ晒し、という設定も生きる気がする。
 だけど、フレンチって基本的に、そんなに 「温かいもの」 っていうイメージがないんですよね。 しかもこの店、ビルの屋上でしょ。 それって寒いよぉぉ~?…(笑)。

 セリフが考え抜かれているわりに、心にスッと入ってこない、というのは、私がオトコであるからという理由以上に、こういう 「基本的なおもてなしの心」 をどこかで置き去りにしている、という、ドラマの 「抜け方」 に原因があるような気も、してくるのです。

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コメント

リウ様
おはようございます。

レビューのタイトルに思わず笑っちゃいました。
そうそう、それが一番問題なのよ!みたいな(爆)
あと、真木よう子さんが料理をサーブするとき、いつも、モフモフしたマフラーを巻いているのも気になります。何か、皿の上に繊維落ちそうじゃないですか?
ほら~、やっぱり寒いんでしょ?それとも、ドラマ上、何か別の理由があるのでしょうかね?

でも、このドラマ、当初は「最高の離婚」のようなコメディと思っておりましたが、実際、そう宣伝もされていたと記憶していますが、実はこれ、コメディじゃないのではないか。そう考えると、ギャグの笑えないところもさほど気にならなくなりました。(それでいいのか、という疑問は置いといて)

コミカルな台詞は、題材の重さを中和するための調味料ぐらいに思って、本当は、現代に生きる女性の様々な「生きにくさ」を登場人物それぞれが抱える「問題」に託して描いている。そう割り切り、結構興味く観させていただいております。

ただ、セクハラ・パワハラの事例は、一昔前の研修用ビデオを見ているような感はありますね。いくらなんでも、今の時代、あんな露骨なハラスメントが横行している会社はないぞ、と思いたいですし、それに、女性従業員を裸にして謝罪させるとか、そんな要求を口にした時点でお縄になるものすし。
でも、ああいう、カリスマ創業者の独裁経営下にある会社なら、ないこともないのかな~。う~ん、ようわかりません(笑)。

ただ、裸にされた真木よう子さんの友人に、刑事告訴を思いとどまらせたのが、「これ以上世間に恥を晒さんでくれ」という母の言葉ということ。これは、世同調圧力の中、周りの空気を伺いながら日々暮らす日本人の「世間」の有り様を象徴していて、やるせなかったです。もっとも、私だったら、自分の娘があんな辱めを受けたの知ったら、そんな事させた奴らは絶対許さない。自分の全てを賭けてでも償わせますがね。

坂元脚本の登場人物が、時として、「それはないよなあ」的な行動に走る傾向があることは、私も薄々気付いてはおりました。前作の「Woman」から脱落したのも、満島ひかりさんが、飲まなければ確実に命が縮む高価な薬を、いくら病気を子供から隠すためとは言えゴミ箱に捨てる、という暴挙に出たからでありまして・・・

リウ様

「問題のあるレストラン」レビューUPありがとうございました。

期待した坂元脚本でしたが、初回の過激さにびっくり。そして、パワハラ、セクハラ、ストーカー、DVと満載の男性陣。(しかも少々時代錯誤的) 女性目線で見てもひきますね〜。ああいう場で裸なんかになるはずないし(露出狂であれば別ですが。。。)
話の展開についていけない場面が多々ありました。
といいつつ、第2回以降もちらちら見てはいます。

いろんな問題を盛り込み過ぎ。そして長台詞もなんだかなぁという内容ですし。
リウさまもご指摘の「教習所」。たしかに、その言葉のインパクトが少々強くて内容が残らない。台詞を考えすぎてるのかもしれないですね。

登場人物が多すぎて、主人公の存在感が薄いのも問題かなと思います。
今は1クールの回数も少ないですから、これだけの登場人物をからませて話を展開するのは至難の業ではないでしょうか?

最終回に向かって、どういうふうに話を収束させていくのか、心配になってきますね。

そして、設定の寒すぎるレストラン。
これが一番の問題だって。。
ホントに!

??様
コメント下さり、ありがとうございます。 どなたかなァ~? 文体から推理して、「おばさん様」 かも?(間違っていたらゴメンナサイ)

完全防寒体制ですもんね、真木サン(笑)。 私が気になったのは、厨房に縄のれんみたいなのがあったこと。 アレ、出来上がったものをサーヴするのにスッゲー邪魔っぽい(笑)。 縄のれん、料理の汁でベタベタなんじゃなかろーかと(爆)。

でもまあ些細なことなので(笑)。

でもそーゆー細かいところに気配りが出来てないところが、かつての坂元脚本の傑作とは違うところかもしれません。

記事中で 「ギャグがつまらん」 と書きましたが、第5回は結構笑えたかもしれません。 とにかく3回目あたりまでのギャグの外し具合がイタくて。 出演女優たちの世代に合わせたギャグは、オッサンには分からんのです(笑)。

でもセーラームーンは分かりましたけど。 アニメじゃなくて実写版の、北川景子サンのデビュー作見てたから(甥と一緒に、と言い訳しときましょう…笑)。 ただセーラージュピターが人気がないようには見えなかった(笑)。

痴漢とかセクハラとかレイプとか、ひとたび裁判になってしまうと女性にとっては傷に塩を塗るようなことですから、二次的三次的苦痛を伴う、とはよく聞くことです。 裁判をすべて女性でやるとかですね、ちょっと考えればできそうなもんなんですが。 つまり鈍感の矛先がずれているんですね、男性の意識の。

それにしても、私、「Woman」 最後まで見たんですが、どんな話だったっけなー(ハハ…笑えん)。

rabi様
コメント下さり、ありがとうございます。

このドラマ、女性の機微についてはとても細かく調べ上げているのに、男性に関してはすごく底が浅い。 坂元 「裕二」 とかいって、ホントは女なんじゃないの?と勘繰りたくなるほど(笑)。

でも脚本家が女性だったら、もう少し男の側の事情も同情的に描くはずです。 このバランスの悪さは、却って男性特有のものだ、と考察が出来る気がします。 男だからこそ、男のイヤな部分に対して、容赦がない。 男だから、男を悪く書ける。

でも男を底が浅い存在にすることで、実は男性中心社会の本質に、深く切り込んでいけないことが、この 「女性賛歌」 ドラマの最大の弱点であるように思えます。

男なんか、自分が男だから言いますけど、気のないふりをして結構ウラで値踏みとかしてるんですよ(値踏み、っていうのかな?)。 「器量が悪いクセに愛想がなさすぎる」 とか(笑)。 「いくら美人でも愛想が悪きゃ意味なし」 とか(笑)。

結局愛想かよ(笑)。

そういうのは、言い方を悪くすれば、「女のクセに愛想もよく出来んのか」 ということでしょう。

そういう、「無意識下の差別」 みたいなものが男性中心社会のいちばんの問題なんじゃないでしょうか。

このドラマでは、男たちがもうあからさますぎ。 だから本質に切り込めない。

でも、最初のうちは不快だったけど、ここ数回は、たま子たちのチームワークに、どこかホンワカしている自分がいたりします。

リウさま

おはようございました。
すんません。最初のコメントは私です。
また、やらかしてしまいましたね。
ご容赦のほどを

Zai-Chen様
失礼いたしました、間違えました(ハハ…)。 こちらも、あまり下手な推理などするものではありませんね。 お詫び申し上げます。

もう春ドラマが始まっているのに、終わったドラマにコメントしてすみません。

わたしもこのドラマは毎度、こんな場所で・・・というのが一番気になっていたものですから、つい書き込みしたくなってしまいました。

リウさまも書かれていたように
この季節、この吹きっさらしの場所で
しかも回によっては、ベビーカーで赤ちゃん連れたお母様たちが来てましたね。
うそでしょ。
赤ちゃんに風邪ひかれるのが何よりコワイのがママというものでしょう==

しかも天候によっては使えないレストランなのに結婚式のパーティ予約受けてましたが
どしゃぶりになったら、一体どうやって決行するんだろう??と
常にそういうとこが気になって気になって・笑

最終回でも、健康で若い人しか来れないのか?というような場所を選んで
レストラン再開してました。

キャラクターは楽しかったけど
すんなり入ってくるとこと
そうじゃないとこが極端でした。

再放送が始まった「あまちゃん」で
このひどい雨木社長と部長が
大吉さんと保っちゃんで明るく共演してるのがすごく懐かしくうれしくなってしまいました。

あおぞら様
コメント下さり、ありがとうございます。

このドラマに関しては、「最終回まで見て」 という記事を書きかけなのですが、どうも記事の最終的な落とし所が分からなくて、そのままになっておりまして…(笑)。

つまり、最後まで 「どう捉えていいのかな」 というドラマだったような気がするんですよ、強引に結論づけると。

いや、別にこのドラマの作り手(坂元氏)がセクハラのことに関してもそんなに突っ込む気もなかった、ということだったらそれでいいんですけど。

もし突っ込む気だったら、法廷闘争まで持ち込んじゃって、セクハラされた元社員がまた過去の恥ずかしいことをさらけ出されて精神的にダメージ受けて、まで描かれるでしょう。

でもそのクッション役を恋人のイトシ君(エート、名前は…笑)が引き受けちゃったので、別に法廷闘争まで見せる必要がなくなっちゃった。

で、これも半ば強引な総括なんですが、このドラマって、結局出てくる人たちがすべて、「誰誰のため」 とかいう 「人を思いやる気持ち」 で行動している面を持っているんですが、「それって中途半端な思いやりなんじゃない?」 、というのが物語の中枢にある気がするんですよ。

これを論じ出すと結構長くなるのであたりさわりのないところでいくと、このレストラン自体が寒い寒い吹きっ晒しの所で営業している、というのがまず第一で。

で、客が赤ちゃんをこういうところに連れてくる、というのも、「赤ちゃんも一緒に楽しませてあげたい」 みたいな、自分たちがそうしたいことに無理やり付き合わせて自己満足している 「カンチガイの思いやり」。

そしてこのレストランが廃業に追い込まれてしまった直接の原因が、ひとりのクレーマーによる抗議であったのだけれど、それもそのクレーマーは、自分が不快に思った、スプーンが落ちてきて危ないと思った、という動機だけでなく、自分と同じ考えの人の代表者みたいにしている、その 「カンチガイの正義」 による行動だったのではないか、という。

もっと書きたくなってきた(笑)。

書きかけの 「最終回まで見て」 を完成させようかな~(笑)。

リウさま

お返事ありがとうございます。

リウさまの丁寧な書き込みを読んでいると
自分がドラマを見ていて
あれこれ視点が飛びながら感じたりしていたことが
ああ、そうそう、そういうとこもあったよね
と頭の中で整理されていくので
とても助かります。

セクハラの話にしても
第一回目を見て、ここまで描くか?と
ものすごく辛い気持になったので
見るのをやめようかとも思ったのですが
見ないとわからない、というスタンスでドラマを見てるものですから
(ドラマに限らないですが)
見ていきつつ
やはり泥仕合になるような裁判が始まってしまうのか、と思いきやの肩すかし

そういうとこが支点のようで支点でない
いろいろちりばめつつ
それを音楽とかチームワーク的なカラーで
目くらましつつ進めていったような
そんな印象を持ちました。

スプーンだったかフォークだったかが落下して
確かにそれは危険なことに違いないけど
フォローしても収まらなかったという辺りも
明確にはしないままだったのも
どれもこれも、はっきりとしたモノを見せないけど
問題提起
というか。。

という風にまとまらないので
ぜひぜひ
「最終回まで見て」をアップさせてくださいませ。
お待ちしていたしております。

あおぞら様
コメント下さり、ありがとうございます。

過分なおほめのお言葉をいただき、少々恥ずかしいですcoldsweats01

「中途半端な思いやり」、などとエラソーなことを書いてしまいましたが、その人の中枢にまで干渉してしまう思いやり、というのは却って迷惑になってしまったりするものです。
ですから、このドラマのそこをあまり掘り下げてみても、却って下世話なレビューになってしまう可能性がございます。

だから 「最終回まで見て」 のレビューが仕上がらないんですよねー(笑)。

いや、たま子たちのチームワークから、「頑張れ女の子!」 というあたりさわりのない主題を感じ取れたらそこで終わり、というレビューなら、いくらだって書けるんですが(難しい話になってまいりました…笑)。

結局たま子は、めげずに新しいレストランを開業しますよね、あおぞら様がご指摘のような、「そんなところに誰が来る?」 みたいなところに(笑)。

でもそれって、「失敗してもなんとかなる」 という、たま子が経験を心の肥しにしようとしている部分もある、という見方もできるのではないでしょうか。

まあ失敗し続けたら立ち直れなくなりますが(笑)。

でも、大事なのは前に進もうとする気力があるかどうかなのだ。

そこんところを坂元氏はいちばん言いたかったのかもしれません。

仕事に自分なりの意義を見つけて、仕事をすること、一生懸命になれることが何よりも人生、という道のりにとっていちばん大切なことなのではないか。

…なァんだ、ここで書きたいこと、半分くらい書いちゃったぞ(笑)。

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    こちら上記の海外版。 内容的には国内版とほぼ一緒なので、値段が安いこちらのほうがいいでしょう。

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