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2015年4月 5日 (日)

「まれ」 第1週 特に可もなく不可もなく

 久々に現代ドラマ(正確には20年ほど前)に戻ってきた今回の朝ドラ。 題材的にはヒロインが自立するさまを描く朝ドラの王道と言っていい内容なのですが、どうも引き付けるものが弱い気がします。

 王道とはすなわち、悪い言い方をすれば、手垢がついた、ということ。 このドラマの売りというのは、「花子とアン」 で主人公の妹をやった人がヒロイン、ということくらいで、ほかにはちょっと思いつかない。

 そう考えると、ここ数作の朝ドラは、その出来はともかくとして、題材的にこちらを惹きつける強い力が備わっていたと思います。 「花子とアン」「マッサン」 についてはモデルがきちんと存在し、その描き方に耳目が集まった。 そのモデルは主人公以外も含めて興味を惹かれたし、しかも 「マッサン」 では朝ドラ初の外国人ヒロイン。 物見遊山ではないですが、注目されないわけがありません。
 「ごちそうさん」 では特にモデルがありませんでしたが、…これってどこが面白かったのかな(笑)。 途中リタイアなので視聴率よかった原因が分かりませんが、屁理屈に長けてたのかな(失礼)。

 「あまちゃん」 がここ数年では最後の朝ドラ現代ものだったですが、これはクドカンの朝ドラに対するオマージュとパロディ精神、1980年代アイドルに対する思い入れやAKBの揶揄などが満載され、そこに 「東日本大震災」 という重いテーマが横たわっていた、「ひっくり返されたおもちゃ箱」 だった気がします。 極論すれば、ここ数作の朝ドラ視聴率の好調は、ここが源流であると言っていい気がする。 たしかに 「ゲゲゲの女房」 とかそれ以前にもヒットした朝ドラはいろいろあったけど、ここ数作の 「あまちゃん」 が作った流れとはまた別、という気がするんですよ。

 そういった視点で今回の 「まれ」 を見ると、「あまちゃん」 以前のゆる~い朝ドラが帰ってきたような感覚。 だから、内容に関しても、突っ込む気が起きてこない(笑)。 ながら見でも飛ばし見でも、じゅうぶんついていけそうな感覚。 ツッコミ甲斐がないというのはどうにもつまらんものです(笑)。

 逆に言うと、「変にこだわらずに安心して泣いたり笑ったりできるかな」。 このドラマの安心感というのは、「きちんと演技が出来る人」 が脇にちゃんと控えている、ということ。 主人公の母親役の常盤貴子サンをはじめとして、能登でお世話になる老夫婦に田中裕子サンと田中珉サン。 特に田中珉サンの存在感はすごい。 あえてチャラい言い方をすると、「パネェ」(笑)。 主人公の父親は、まあよくあるダメオヤジですが、大泉洋サンはちょっと憎めないそんな父親をうまく演じている気がします。
 …ん~まあ、なんか登場人物紹介にも 「どーでもいい」 感が漂ってるなァ(笑)。

 ちょっと見ていてイライラするのは(笑)、せっかくナレーションが戸田恵子サンだというのに、「声を作ってること」(アンパンマン、とはちょっと、だいぶ違うが…笑)。 主人公が人生で忘れられない誕生日になった日にバースデーケーキにちょこんと父親が乗せた魔女の人形(魔女姫)がナレーションをしているという設定で、ん~まあ、どーでもいいと思えばイライラもせんか(笑)。

 すごくリタイアしそうです(笑)。 なんかこちらを引き付けるストーリーが待ってるのかなァ…。

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テレビ」カテゴリの記事

コメント

リウ様、こんにちは。
辛うじて、土曜日分のみ視聴しました。

看板に違和感有り?>
「成長しない親父」「本意不明の御袋」
此処数年の現代朝ドラって看板の「テレビ小説」
では無く「ライトノベル」「ファンタジーノベル」
の趣きですよね。

・行数ボリューム不足
・行間スカスカ
・ビルディングストーリー要素皆無

揶揄される漫画サイドの「てんとう虫の歌」
又、異端の脚本家・野島伸司氏の「一つ屋根の下」
の方が、大真面目に「家族ドラマ」しています。
(野島氏の朝ドラ、可能か?)

機能不全を暗示する二世代三世代家族よりも、
天涯孤独者が寄り添って「疑似家族」する方が
健全と考える、小生の考えは擦れてそうですね。
「毒親だったら、居ない方がマシ」

M NOM様
コメント下さり、ありがとうございます。

このドラマのいいところは、ヒロインの女の子の 「舌チョロ」 がオープニングで毎回見られる…あーなんかこういう下品なことを言っちゃイカン(笑)。

別に大泉サンが失踪しようがどーでもいいのですが(笑)、M NOM様はご覧になったかどうかは分からないけれど、ショコタンがかなりイタいキャラで(爆)。 石川さゆりの 「能登半島」 を歌われた日にゃ、「放送事故か」 と思いました(爆×2)。

このドラマを活性化させるには、戸田恵子サンの魔女姫を、もっとサディスティックに魔太郎化すべき、ということくらいでしょうか(この恨みはらさでおくべきか~~っ…笑)。

と、ふざけた返信しかできないで誠に申し訳ないのですが、なんかあまりマジメに考えても仕方ない、という無力感がある、と申しますか…。

「マッサン」が20世紀朝ドラ回帰だったと思うので
21世紀初頭回帰っぽいかなぁ、という感じ。
ただ「ゲゲゲ」以前の朝ドラ行き詰り時期だし(汗。

現代モノといってもタイムスケール5年前後以内の
純・現代ではなく「ちりとて」等に見られた
子役導入から始まり主演女優が高校~母親前後まで
を演じる準・現代モノっぽいですがさて。
京都和菓子を題材にした「あすか」が近いかな。
駆け落ちしてきた両親が田舎に流れてくる
所から始まりました。

>「花アン」で主人公の妹をやった人がヒロイン
一応、NHKドラマ「真夜中のパン屋さん」で
(自分では作らない)ヒロインだったようです。
糸子の孫を演じた小島さんも出てました。

>ダメオヤジですが、大泉洋サン
他に出演番組などがあって朝ドラ、
出ずっぱりとはいかないようです。
上記の「あすか」ではカッコいい父親(ライダー1号!)
にヒロインのキャラがかなり食われていましたが
本作の場合は現時点、ダメ親父に主人公が
食われているような印象を受けます。

巨炎様
コメント下さり、ありがとうございます。

第2週、土屋太鳳チャンが本格的に出てきて、どうなるんでしょうか。 「真夜中のパン屋さん」 は私も見てましたが、彼女をいちばん最初に見たのは、「鈴木先生」 での優等生の役でした。 タオ、なんて変わった名前だからよく覚えてます。 あのドラマは傑作です(テレ東のドラマだから見られなかった地域のかたもいらっしゃると思うのですが)。 あれに比べると、「真夜中」 も 「まれ」 も見劣りしてしまう。

…「鈴木先生」 が最初かと思ってましたが、ウィキで確認したら 「龍馬伝」 で乙女姉やんの少女時代をやってたらしい(笑)。 早くも訂正します(笑)。

シチュエーションはまったく違いますが、「瞳」 とか 「つばさ」 なんかに全体の空気が似ている(朝ドラをちょっとばかしマジメにチェックするようになったのが 「芋たこなんきん」 からなので、両方リタイアのこのドラマをきちんと評価できませんが…笑)。 要するにまあ、良くも悪くも、「昔よくやってた朝ドラ」、ですよね。

リウ様

こんばんは。

毒にも薬にもならない、リーガル・ハイの古美門センセイが揶揄する、いわゆる「朝ドラ」が帰ってきたという感じです。

ただ、問題なのは、こうしたドラマに、今、どれだけのニーズがあるのかということ。
「ゲゲゲ」「カーネ」「あまちゃん」を経験した人達が朝ドラのファン層を広げ、今の「朝ドラ中興」のきっかけとなったと思いますが、彼ら、彼女らは同時に、かつての、いわゆる「朝ドラ」からは徹底的に離れていた人たちであります。

そんな人々が、今回、半年間、朝の貴重な15分間をこの番組に費やすことをするのかと言えば、はなはだ疑問ではあります・・・私も含めてではありますが。

ただ、ついてるだけでいい時計代わり、というかつての朝ドラの機能としては、ある意味うってつけなのかもしれません。

そうした意味では、今回のエンディング画像が、土屋太鳳ちゃんの日めくりカレンダーというのは、意味深ですね。

とりあえず私は、BSの「あまちゃん」再放送で、この半年間を凌ごうかな?などと思い始めておりますが。

すいません。先ほどの投稿は私です。
これで3度目かな?・・・リウ様が仏様よりご寛容でありますよう。

Zai-Chen様
コメント下さり、ありがとうございます。

私だってよそ様のサイトにお邪魔するときとかラジオ局のリクエストメールとかに、自分の名前を入れるのを忘れたりしますもん。 こうしたブログサイトではいったん自分の名前を入力するとそれが記憶されるので便利といえば便利なのですが、しばらくご無沙汰するとそれが消えちゃうことがあります。 それに気付かず…という失敗が私の場合は特に多いです。

Zai-Chen様のご考察はまさに的を射まくり得まくり(笑)、私も 「芋たこ」 からの参戦とはいえ、Zai-Chen様ご指摘の 「朝ドラ中興」 層。 参戦してからも、「昔みたいな」 朝ドラの場合、ほとんどリタイアしてます。

なにしろ1週間分1時間30分をまとめて見る方式なので、ちょっとでも内容がヌルいともう我慢が出来ない(笑)。

私もBSの 「あまちゃん」、ブルーレイ保存のために録画しておりますが、いや~、第1回目からもう引き付けること引き付けること。 あ、東出クン出てたんだとか(ボケすぎちゃうか)有村架純チャンこれがブレイクのきっかけだったよな、とか。 ギミックがそこかしこに落っこってて、目が離せないんですよ。 レベルが違いすぎる。 どうして毎週レビューしなかったのかな、なんて考えてます(笑)。

>BSの「あまちゃん」再放送で、
>この半年間を凌ごうかな?

NHK側もそういう意識があるみたいですよ。
実は「政宗」の再放送枠で午前中の「まれ」
に対して今週の「あま」をやるようです。
東北復興の「八重」&「あま」に対して
「花燃ゆ」&「まれ」で今年のテーマは場繋ぎ!

「マッサン」でメイキングやリアルマッサンの
特番を結構、やりましたが番組内容に興味を
持ってもらおうという意識がうかがえました。が、
「あま」を前に出し過ぎると本放送中の「まれ」に
凡庸感が際立ってマイナスだと思うのですよ。
「まれ」自体が失敗しても朝ドラというジャンル全体
に視聴者を繋ぎとめておこうという戦略では?ただ、
この流れを作ってしまったのも「あま」だと思います。
リウ様はこれを功の部分で見ますが私は罪で見る。

話は先に述べた「あすか」に言及しますが、主人公が京都和菓子職人の世界に入ってきた際に「職人は生涯をかけて自分の一品を造り一人前になる」と教えられる。そして洋菓子の食材を取り入れてヒットするのですが周囲にも真似る人が出てきて一時期の流行として飽きられてしまう。この流れに似ています。

>「ひっくり返されたおもちゃ箱」
実際、クドカンは「伝統」という他人の土俵に自分が影響を受けたバブル期サブカルネタを持ち込んで馬鹿騒ぎを起こす傾向が強く、それを私は好まない。実際、三陸編の海女カフェやお座敷列車の頃は郷土愛が立脚点のため観てこれましたが後半は何が面白いのか解らなくなってきました。

これはクドカンがアキ以上に思い入れがあったであろう春子に特に表れていました。帰郷すると母が経営しているスナックで働き、東京では復縁前の元夫宅に芸能事務所を構え、若い頃にバイトした喫茶店で面接を行い、昔のツテで仕事を取ってきて…と要は全て人様からの借り物の中でいきがっている。そして喫茶店のマスターに「B級だっていいじゃない」と言わせる。

「あま」は朝ドラに新旋風を巻き起こしたのは事実ですが
新しく何かを創造したかというとそれは違う。
そして「ごちそうさん」は家計簿をつける根岸お母さんが
夫に「普通のものを作れ」と意見する。伝統への揺り戻し。
(しかし宝くじCMキャストの組み合わせは笑える)
「マッサン」は生みの苦しみ。オール巨人がカモキンに
「イミテーションで売れとんのやろ?それで満足しなはれ」
と皮肉を飛ばす。「あま」への対抗意識がうかがえましたが
大阪NHK側は「あま」に喝采を送っているだけでは
気付かない部分が良く見えていたように思うのです。
(最も上記二作品の全てを一作品内でやりきったのが「カーネ」ですが)

だから、「あま」以降の流れからのリセットも早い。
次はシリーズ最古の江戸時代からスタート。
「まだまだ攻めるで」(BYカモキン)。
東京NHKのリセットはいつになるか。

巨炎様
コメント下さり、ありがとうございます。

私のような途中参加の朝ドラファン(厳密には、「おしん」 が最初で、「はっさい先生」 やら大昔はたま~にハマってはいたのですが)ではとても太刀打ちできない、筋金入りの朝ドラウォッチャーである巨炎様の、俯瞰の利いたご意見。 とても抗う術はございません(笑)。

「あまちゃん」 というのは、確かにトリックスターの性格が色濃い朝ドラです。 ドタバタとひっかきまわし、結局論点が定まらなくなってくる傾向が、確かにあった気がします。

ただ、クドカンの場合、私が見た数作のドラマに共通しているのは、「開き直り」 の哲学のような気がします。 「開き直る」 ことの悲壮さ、みっともなさ、情けなさ。 でも開き直らなければ、未来へ突破が出来ない。

春子の場合、他人様のフンドシで相撲を取ることに、一抹の羞恥心みたいなものがあったような気がします。 でも、開き直らなければ、自分の過去を乗り越えられない。 それは見方によればエラソーにも見えますが、本人はそう周囲から見えるほど、自信たっぷりじゃなかったのかもしれません。

そこらへんの春子のなかにあったわだかまりを打ち砕いたのが、薬師丸ひろ子サンの(ヤベエ役名忘れた…笑)「実は私は歌がうまかった」 という展開だった、とも考えられる気もします(もう詳細忘れかけてるので、この説に説得力はありません…笑)。

トリックスターは一度きりしか効果がないと思うんですよ。 あまりこういう突飛な手は続けられない。 「つばさ」 なんかは性格的に 「あまちゃん」 に近かった気もしますが、ややもすると 「ふざけてる」 と取られがちなんですよね、こういうのって。 クドカンは、そこらへんのバランスを、うまくとってた気がする。 とっ散らかった論点をうまく収束する強力な武器(東日本大震災)があったから。

それに比べると 「ごちそうさん」「花子とアン」「マッサン」 は物語として作り手の注意力に欠けている気がする。 墓参りの件もそうだったけれど、エピソードの回収、という点においての注意力です(「ごちそうさん」 は途中リタイアなので不注意なことは申せませんが、このドラマに関しては伏線を回収するために屁理屈つけすぎ、という気はしてました)。

…比べ始めるといろいろと問題がございます(笑)。

いちばん比べてならないのは、「カーネーション」 とでしょうネ(笑)。

あれ?土屋太鳳に替わって普通に面白くなってきたような…。「あま」の再放送開始に併せて第1週は三味線弾いてた?どうも「あま」と類似点が多い一方で対照性やアンチテーゼがテーマな気がするので、その点をピックアップしてみます。

1.アキと希
「向上心も協調性も何の取り柄もない」という春子のアキ評価。母親にそこまで言われたら子供は余計に委縮するだろーが…と言いつつも、まあ協調性に乏しい春子がアイドルの夢破れて向上心まで封印して燻っていた頃に生まれた娘だから(泣。
これに対して希は父が原因で向上心を封印している分、協調性がある。感心したのは弟の一徹は早朝だけ家主の文さんを手伝わせ、後は部活に専念させてあげて自分がバイトで家計を助けている点。末っ子とはいえ体もできてきた男手一人が働いていない事で不和が生じない配慮がされています。発案は母親かもしれませんが少なくとも希自身はこの状況を自然と受け入れている。単にイイ子ぶりたいだけの子ではない。
それを踏まえると第1週で方言のメモを取っている場面。特に面白いとは思わなかったですが周囲に受け入れられるための努力の表れだった。実際、仲良しグループ(女子オンリーが多い朝ドラで男女混合は珍しい)の阿吽なやり取りに上手く入っています。一方で入れ替わりで引っ越した圭太は一子はすぐに気が付いたのに希は解らなかった。この辺り「じぇじぇじぇ」を元ネタにしつつスタッフが自分達流にアレンジできている。

2.田中珉VS中村敦夫
いやー、小泉今日子対薬師丸ひろ子どころじゃないですわ。
元治さんの祭り好きは第1週で示されていましたが
それを伏線にして紋次郎は第2週までとっておいた。
やるじゃん。

3.徹と希
最初は「花アン」のダメ親父ぐらいのポジかと思いましたが父と娘の誕生日を同じに設定している等、実は「あま」の春子並に重要なキャラかも。出稼ぎ失踪で暫く出ないかと思ったらアッサリ登場して語った空白期間に関する会話で出てきた「ITバブルの崩壊」。そして、この家族が80年代はそこそこの暮らしをしていたのが90年代におかしくなってしまったらしい事。そう、徹=「21世紀になってもバブルの夢ばかりを見ている駄目大人」
実際、塩田で儲けるとかIT事業に誘われ釣られたとか、他人の褌ばっかりだな(笑。まあクドカンの場合は自分もそういう人種と自覚しながら、リウ様の指摘にあるように開き直って上手くいったパターンっぽいですが。
希自身は徹を反面教師にしながら夢を追う形になりそうですが、この駄目父は自分が変わらない限りは娘に「応援するから夢に向かって頑張れ」と言っても余計に希は及び腰になってしまう。

対照性を楽しめる層がベストで片方が馴染めない人はもう片方ぐらいの戦略なのかもしれません。ちょっと面白いのは「あま」がバブルの再現なのに対して一世代程前の時期を扱う「まれ」がバブル後の時代を真剣に捉えようとしている節がある事。小学校時代にほぼ独学でケーキ作りを覚え、バイトの経験を経てアマチュアレベルでのスキルは既に体得と、ここまでの過程描写に関して特に力を入れていないのですよね。「あま」のスタート時期にあたる2007、8年頃までの話になるかも。

巨炎様
コメント下さり、ありがとうございます。

どうもPCの調子が良くなく、昨日は仕事から戻ってこれの復旧にかかりっきりでした。 今はなんとか凌いでいますが、また不通状態になるやもしれませんので、予めご了承ください。 買い換えたほうがいいかも(Vistaだし、7年も使ってるし…笑)。

また巨炎様、大学論文のようなコメントで、どう返信してよいか分かりませんが(笑)、とりあえず私も第2週は見ましたので、同じ土俵で論じることはできるかな…と。

と言うものの、巨炎様のような深遠な比較論は到底できませんので、見たまま思ったままを述べますと。

いきなり幼なじみと再会して、その男の子からもう土曜日に告白と、「早っ!」 という感じでしょうか。 そしてまれの幼い頃からの、「夢」 に対するわだかまりがあっさりと氷解してしまうのも、「早っ!」。 そして 「夢というのは怖い」 という制御も同時に行なう。

私はもう 「夢」なんてものを本気で考える段階は過ぎてしまったので、登場人物たちが抱く 「夢」 の定義が少々論理的に見えて、そこに 「青臭さ」 も感じてしまうのですが、その青臭さから登場人物たちが脱却していくのか、それともこのドラマのオープニングテーマ曲のような青臭いままで論理づけられてしまうのか、という成り行きには注目したいところです。

ただそれも、物語が面白いかどうかにかかっているわけですが。

要するに、「夢」 という頭の中だけの漠然としたものは、「夢中」 の中に消え去ってしまうものだ、と思うんですよ。

自分が夢中になれるものの中に没頭していくことが、結局夢をつかむことなのであって、それは同時に、自己完結の世界では実現しない。 他人に揉まれながらでないと、自分の評価というのはどこまで行っても自己満足の世界から抜け出せないからです。

「まれ」 の世界はそんな、自閉的な引きこもりがやみくもに自分の世界の中にだけ閉じこもって夢を追いかける話とは、明らかに一線を画しています。

まれの父親はそんな点で、自分の中でだけ満足してしまう 「夢」 を他人(家族)のための 「夢」 に転換できるのか、「人というものは、変われるのか」、という命題を、見る側に投げかけているような気がします。

ますます作劇は「あま」テイストで
テーマはアンチ「あま」です。

アイドル志望の一子は希&圭太間に直に関わらず
二人にアキ・ユイ・先輩の要素を振り分けた感じ。
やっと圭太父の板尾氏が出張ってきました。

「バブルの頃は能登のゴッドファーザー」
「漆器造りは斜陽産業」
この言い分を聞きながら酒を飲む紋次郎が渋い…。倅の言う事ももっともや。あの頃は俺も調子に乗っ取った。だから孫には技術屋に留まらない輪島塗を背負うような器を持って欲しい。そういう気持ちを台詞に頼らず表情や仕草で表すのは見事。
後継者不足で孫が継いでくれるなんて本当は嬉しいのにね。

「女にモテん男は弟子にでけん」
って希に絡めるための言い分、女はカンケー無いだろ(笑っと思いつつ初登場の時に綺麗な和服のお姉さんを連れていた
中村敦夫氏がハマり過ぎて妙に説得力がある。一方

「おやじも説得できん」
まー、これもっともですが圭太は何で卒業間近に中退で飛び出してくるのか。「あま」におけるユイの場合は「東京じゃ中学でアイドルデビューしている子もいる」という焦りがあるので理解できたけど、圭太は「父親(=現実)逃避」なのでしょうか。この辺りは今後、はっきりしてくるかな。

後、どうでもいいですが徹だけ駄目オヤジっぽいけど
彼の悪友達も仕事してないように見えるのは、どうなんだろー。

巨炎様
コメント下さり、ありがとうございます。 どうもPCが本当じゃないな~(笑)。

今週分はまだ未視聴ですが、巨炎様のお書きになる紋次郎氏のていたらくを読んでいる限りでは、前作 「マッサン」 の風間杜夫サンを思い出します。 風間サン演じる森野熊虎は 「♪あれからニシンは~どこへ行ったやら~」 の世界を生きていて(笑)、過去(会津)も否定し、自分の置かれている立場も逆に考えて酒に呑まれていた。 いわゆる逃避の世界だったのですが、それをマッサンという 「夢」 に託したまま、自分の中にある問題をうまく緩衝して自己解決に向かっていった。 それは見方によってはどこかに曖昧さもあり、根本の解決になっていないようでもあったのですが、人生なんてそんなもの。 曖昧でなければ、立ち行かないこともあるんですよね。

紋次郎氏はそれをどう、自己解決していくんでしょう。

大泉サンに対しては、もっともっとすごい 「自らを変えるための試練」 を作り手が手ぐすね引いて用意している気がします(笑)。

えー、リウ様がどこまで観ているのか
まだ観る気があるのか不明ですが
今週はちょっと驚き。「純と愛」テイスト!?
近年の朝ドラの中で黒歴史扱いと感じていたので
「まれ」スタッフは意外とチャレンジャー?

巨炎様
コメント下さり、ありがとうございます。

まだ見ておりますよー。 まあ、今週分はまだですが。

そんなことになっとるのですかcoldsweats02。 先週分は 「レビューしようかな」 と思うくらい内容がよかった気がするのですが、シュールな展開が待ち受けているのですね。 覚悟して視聴します。

うわー、全く前フリなしにパティシエの祖母が
登場してきて、そこそこ観れるレベルだった
内容が一気に劣化してきた印象。
「あまちゃん」は夏ばっぱが纏め役の頃は
好きだったので全く逆パターン。

藍子さんをほったらかしてフランスに渡り
のこのことやってきて希の市役所に勝手に
辞職届を送りつけたり、そんな自分を
手前勝手な理屈で正当化してばかり。
何だか「つばさ」の母娘を観ているようで、
これでヒロインが「パテシエに成りたい」とか、
洗脳されているよーだ…。

巨炎様
コメント下さり、ありがとうございます。

草笛サン登場の先週分は、まだ月曜日しか見ていないのですが、そうなんですか~。

このドラマ、3週前はダブル田中夫婦の息子が帰ってきて、2週前は六角サンがまれを騙して、1週前は草笛サン。

これって、土の者と風の者、でしたっけ?つまりよそ者か土地の者か、という関連性でやってるのかな、と思ったんですが、草笛サン登場でまれがパティシエに方向転換、となると次の 「出会うはずの人」(オープニングテーマの一節)というのは、誰になってくるんでしょう?

ただ、結構真面目に見ていると、無理クリな展開でもいちおう的確なフォローがされてましたよね。

例えば腰が痛くて塩田を諦めた、という徹が掃除の仕事を始めた、どうしてよ、腰が痛いのに、と思ってたら藍子サンに腰揉ませてたり、とか(笑)。

それが草笛サンの場合はないのか~。

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BOOKS

  • マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 下

    マーク・ルイソン: ザ・ビートルズ史 下
     1600ページも費やして、この上下巻はまだ彼らのデビューまでしか書かれていない。 3部作計6巻のうち2巻に過ぎないのだ。 なんと気の遠くなるような作業なのだろう。  本書はビートルズを語るうえで孤高の一作となるはずだ。 虚飾をすっかり剥ぎ取った、20世紀最大の奇跡に潜む真実が、これを読めば理解されるはずである(当ブログ紹介記事より抜粋)。 本書下巻では、1962年のレコードデビューまでが書かれています。

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  • : レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]

    レコード・コレクターズ 2011年 07月号 [雑誌]
    全200ページ程度のボリュームのなかで、キャンディーズに関する特集記事は50ページ。 ただし、これが濃い。 全シングル曲、ほぼほとんどのアルバムの解説は当然として、彼女たちの芸能界における歴史から見た考察、コメディエンヌとしての彼女たち、DVD解説など多岐にわたり、キャンディーズが分析されています。 特に圧巻は、レア音源に関する記述。 ここまで調べている読み物には、個人的にはお目にかかったことはありません。 700円。

MUSIC

  • ザ・ビートルズ -

    ザ・ビートルズ: サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド(スーパー・デラックス・エディション)(4CD+DVD+BD)
    ロック界、いや、すべてのポップミュージックにおけるアルバムの中で史上最高と称され、すでに世界文化遺産の域にまで達しているこのアルバム。 そのアルバムの発売50周年を記念して、スペシャルエディションがリリースされます。 なかでもブッ飛ぶのがこのスーパースペシャルボックスセット。 CD4枚組であらたなリミックスのステレオ盤1枚、モノ盤1枚、初期テイク集が2枚、さらにブルーレイ1枚とDVD1枚で5.1サラウンド、ハイレゾ音源、ドキュメント映像 「メイキングオブサージェントペパーズ」 のデジタルリマスター等々、卒倒するようなラインナップです。 18、000円プラス税と値は張りますが、史上最高の名盤だからこそこれは買い。 5月26日の発売までに予約をしておけば、アマゾンならば値下がりした時に値段がそのあと高騰しても最安値で購入できます。 ビーファンならずとも、これは注目ですぞ!

  • 山口 百恵 -

    山口 百恵: ゴールデン☆アイドル 山口百恵(完全生産限定盤)
    全シングルA・B面プラスボーナストラック(「あなたへの子守歌」)を、山口百恵名義としては初のブルースペックCDとしてリリース。 音はいわゆるドンシャリ系ではなく、アナログ盤に準拠した原音に忠実な印象です。 パッケージングはアナログシングル盤サイズで中袋、CDを納めるケースが完全にドーナツ盤をイメージしています(よく言えば斬新…笑、悪く言えばチャッチイ…笑)。 しかしその発想は買える(笑)。 ほぼ原寸大のシングルジャケットと裏の歌詞カードの複製ブックレット。 ただスキャニングは欲を言えばもう一歩。 当時シングル盤を中心に聴いていたかたなら、この編集盤はかなりの 「買い」 です。 しかしこのジャケット表紙の写真、スッピン風で個人的にはすごく好き。

  • デイヴ・グルーシン&リー・リトナー -

    デイヴ・グルーシン&リー・リトナー: Two Worlds / Grusin & Ritenour
    NHK朝ドラ 「花子とアン」 で美人のスコット先生が夜な夜な歌い、チビはなチャンがすっかり覚えてしまったイギリス民謡、「ザ・ウォーター・イズ・ワイド(流れは広く)」。 このアルバムでルネ・フレミングが歌っていたのを思い出しました。 ルネのソプラノはけっして大袈裟でなく上品で、私のとてもお気に入りのソプラノ歌手ですね。 このアルバム自体は全体的にクラシックにギターのリー・リトナーが絡むフュージョンぽいものなのですが、故・黒田恭一サン評するところの、「大人が聴く音楽」。 胸を締め付けるような哀しみと、すべてを包み込むようないたわりに満ちていて、私の人生のなかでも最上位に位置する愛聴盤です。

  • 桜田淳子 -

    桜田淳子: ゴールデン☆ベスト 桜田淳子~シングル・コレクション
    彼女の活動期に発売されたシングルをすべて網羅したベスト盤。 確かに後年のものほど馴染みがありませんが、選曲漏れがないので、彼女の存在とは何だったのか自体に思いが至るベスト盤です。 音も楽器の音像がよくてなかなかいいマスタリングをしている気がします。 2600円程度で推移しています。

  • ザ・ビートルズ -

    ザ・ビートルズ: ザ・ビートルズBOX(限定生産品)(USBメモリ)
    パソコンにUSB端子があり(たいていついてると思います)、パソコンで音楽が聴ける環境をお持ちの人ならば、聴くことができます。 現在のテクノロジーで最もいい音質で聴ける、ビートルズの音楽です。 ただし国内版にもかかわらず、訳詞とか一切なし。 ジャケットもブックレットもパソコンデータ。 純粋に音楽だけ楽しみたい人向けです。 また、曲間にコンマ何秒かのブランクが入ります。 「アビイ・ロード」 のメドレーも同様です。 しかし、音はさすがに、すごい。 大きな音量であればある程、目の前にビートルズが迫ってくる勢いです。 ツヤが違います。

  • The Beatles -

    The Beatles: The Beatles [USB]
    こちら上記の海外版。 内容的には国内版とほぼ一緒なので、値段が安いこちらのほうがいいでしょう。

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